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鏡の前で、長い髪を梳る。ひと櫛、ひと櫛、丁寧に。 身嗜みとしての意味はもちろんだけれど、それ以上に、これは普段化粧などしない私が『女の子』を忘れないための儀式。 時間をかけて整えた髪を見ながら、鏡越しに時計を確認する。 壁際に掛けておいたマントを羽織り、帽子を頭に乗せれば完成。 姿見で全身を確認する、おかしなところはないだろうか?背後を確かめようとくるくる回るとマントの裾がひらひらとはためく。 …思わず何度もくるくるしてしまって目を回しかけた。 ドアのノブを握り、深呼吸を一つ。自分に魔法をかける。 「行ってきます、なのですっ!」 冷たい朝の空気で肺をいっぱいにしながら、寮から学校までの短い道のりを駆ける。 白い息が後ろに流れていく。文学少女なら「蒸気機関車のよう」とでも例えるのだろうか。いや、そもそも彼女はこんな風に走ったりはしないのだろうけれど。 気分が乗ってきた。スピードを上げる。髪が跳ねる。マントが跳ねる。帽子を片手で押さえながら、もっと速く。 と、前方に見慣れた後姿を見かけ、スピードを上げる。ふわふわの髪に輝く星と、ぴょこぴょこ跳ねるポニーテールを飾る鈴。駆け抜けざまに声を掛ける。 「小毬さん、鈴さん、おはようございますなのですー!」 「あ、おは……」「ん?どうしたこま……うにゃっ!?」 何に驚いたのか、二人は絶句して立ち止まってしまった。どんどん開いていく相対距離に、私は首をかしげながらも学校を目指す。 校舎に沿って玄関を目指していると、なぜか外壁をよじ登っている不審人物がいた。 不本意ながらよく見知った人物だ。帽子が落ちないよう、押さえながら振り仰ぐ。 「わふーっ!?井ノ原さん、何してるですか?危ないですよっ!」 「何って、教室に行きがてらのトレーニングさ。オレの筋肉にかかればこんな壁、大したこと……へっ?」 集中しているのか、声を掛けても振り向きもせず、一心に手がかり足がかりを探していたのだが、何を思ったのか急に振り向いた。 「げっ……うおっ!?」 急な姿勢の変化にバランスが崩れ、両手が宙に浮く。脚力のみで踏ん張ろうとしたようだが、かえって外壁から身体が離れてしまう。 「うんぬおわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「まさっ……!」 悲鳴の尾を引かせながら真っ逆さまに落ちていく。 一瞬ヒヤっとしたが、幸い植え込みの上に落ちたようだし、高さも二階より少し高い程度だったから心配は要らないだろうと判断し、その場を後にする。ごめんなさい。 教室に向かうまでの間、すれ違う生徒のことごとくが私を振り返った。私は何もおかしいことをしていないはずなのに、何だか珍獣にでもなった気分だ。 振り払うように足を速めた結果、教室に付く頃はほとんど全力疾走で、すっかり息が上がっていた。 ドアに手をかけたまま息を荒くする女生徒。自らを省みれば奇異に見られても仕方ない。自意識過剰になっていたのだろうと気持を切り替え、その頃には息も整っていた。 ずれた帽子と乱れたマントを直し、ドアに向き直る。これを開ければゴールだ。笑いさざめくドアの向こうには、いつものように友人と、そしていとしい人との時間が待っている。 「おはようございます、なのですっ!」 静寂を表すのに、しーん、という擬態語が使われることがある。しかし、それは静寂のごく一部しか表せていないということを、今身をもって実感した。 まず始めに開かれたドアのそば、つまり私の至近距離で喋っていたグループの音が消えた。 その静寂は徐々に、しかし加速しながら伝播し、瞬く間に室内の音を奪い去っていった。 音の真空と化した空間に、音密度の高い外部から音が徐々に侵入してきた。廊下や隣の教室から漏れ聞こえるざわめきが、かえって室内の静寂を際立たせる。 そして痛み。静寂が痛みを伴うものだと初めて知った。無音という音は肌に刺さるらしい。 ちりちりとした痛みに耐えながら、音密度の薄さとは対照的にねっとりと重さを増した空気を掻き分けるようにして歩を進めた。 生徒たちの緊張が、凍りつくような冷気となって足にまとわり付く。いや、実際に冷気を纏っているのだろうか、私が通り過ぎた後には氷柱と化した生徒たちが連なっていた。 マントが重い。氷漬けになった生徒たちを引きずるかのような重さが肩にのしかかる。ほんの数メートルの距離がとてつもなく遠い。 くじけて足を止めそうになった私に、たったひとり。空気の重さなどまるで感じさせない足取りで近づいてきた。私のいとしい人。私は、万感の想いを込め、言葉を搾り出す。 「わふー。リキ、おはようなのです」 すると、戸惑ったような、しかし優しい笑顔で答えてくれるんだ。 「おはよう、唯湖さん。えっと……どうしたの、その格好?」 …だって。 …だって君が、最近 小さい子ばかり見てるから。 [No.819] 2008/12/28(Sun) 09:42:53 |
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