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all 第24回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/01/08(Thu) 00:13:56 [No.855]
赤い雨が降る - ひみつ@1754Byte 遅刻 20分で書けとかorz ぐろくないよ、ほんとだよ - 2009/01/10(Sat) 22:05:26 [No.878]
MVPしめきり - 主催 - 2009/01/10(Sat) 00:54:00 [No.874]
水溜まりに飛び込んで - ひみつ@とりあえず何か一つ書ければよかった 5550 byte - 2009/01/10(Sat) 00:37:05 [No.872]
[削除] - - 2009/01/10(Sat) 00:19:23 [No.870]
空にも快晴が広がっていた - ひみつ@7258byte - 2009/01/10(Sat) 00:00:30 [No.868]
雨の中の待ち人 - 秘密 @4406byte - 2009/01/09(Fri) 23:58:52 [No.867]
雨の中の待ち人 - 訂正と言ったら訂正なんです - 2009/01/10(Sat) 00:06:30 [No.869]
冬の雫 - ひみつ@7670byte - 2009/01/09(Fri) 23:49:19 [No.866]
鳥が羽ばたく日 - ひみちゅ 4137byte - 2009/01/09(Fri) 23:40:16 [No.865]
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雨のあとに見えたもの - 秘密 @3160byte - 2009/01/09(Fri) 22:21:13 [No.863]
雨後の筍 - ひみつ@8829 byte - 2009/01/09(Fri) 22:03:53 [No.862]
雨の日は部屋で遊べ - 秘密@17854byte - 2009/01/09(Fri) 17:40:45 [No.861]
雨のち晴れたら嬉しいな - ひみつ@8293 byte - 2009/01/09(Fri) 13:42:43 [No.860]
雨ときおりハルシネイション - ひみつ@20374 byte - 2009/01/08(Thu) 23:41:15 [No.859]
雨のひ、ふたり。 - ヒミツ@12168 byte - 2009/01/08(Thu) 22:51:59 [No.858]
最後の涙 - HIMITU@ 8214 byte - 2009/01/08(Thu) 21:22:21 [No.857]
MVPと次回について - 大谷 - 2009/01/11(Sun) 01:30:26 [No.879]
Re: MVPと次回について - west garden - 2009/01/19(Mon) 00:56:25 [No.885]
Re: MVPと次回について - 主催 - 2009/01/19(Mon) 22:53:13 [No.886]


冬の雫 (No.855 への返信) - ひみつ@7670byte

 冬の雫



 頬を打ちつける雫が温かみを奪っていく。
 冬の雨は冷たい。雨は、時には私から雪よりも体温を奪った。しかも温めるものはない。家庭科部の部室へ行き炬燵にもぐりこむのもいいが、今はそんな気分になれなかった。机の上にみかんがあっても、ルームメイトが絶賛してくれた茶葉があっても同じだ。
 枝を打つ雨音に耳を澄ませる。窓越しに雨を見ていると思い出すことがあった。
「クドの髪の毛はさ、ガラス越しに見える雨降りみたいに静かな色をしているね」
 恋人だった日々の中で、リキは私の髪の束を掌にのせながらそう表現した。
「すごく綺麗だと思うよ。黒髪がいいと言うけれど、僕はクドのこの、穏やかな雨降りのような髪の色も好きなんだ」
 撫でてくれた彼の温もりを手繰り寄せようと、私は雨を見ながら自らの髪に触れる。そうすれば彼の手の温もりや感触が蘇るのではないかと思った。現実に私の指は虚しく空を梳いた。
 そこには何もなかった。想いも温もりも、消えている。
 冷え始めた私はいつしか空を見上げることも忘れていた。私はいつだって空を見上げていなければならなかった。一人でも夢を叶える強さを彼がくれたはずなのに、今手の中に包んでいるものは強さとはかけ離れたものだった。


 秋の終わり頃の、ある日の教室。鈴さんが机の椅子に腰かけて足を揺さぶっている。
「理樹のことな、クドにならとられてもいいかもしれない」
 彼女がふとした会話の中で呟いた。私はその時、彼女の斜め前で乾燥昆布を租借しつつお茶をすすっていたところだった。
 リキのこととなると冷静を失う彼女の中には、稀に余裕が見えた。他愛のない冗談の一つかもしれない、私のことを彼女なりの言葉で評価してくれているのかもしれない。けれど私には余裕などなかった。彼女の言葉に捻り出した笑顔が鎖に絡め取られていくのを感じながら、私はふるふると首を振って否定した。
「だめですよ鈴さん、そんなことを言っては。リキが泣いちゃいます」
 彼女は眉間にしわを幾本か作り、息をつく。
「あいつは弱虫だからな」
 思ってもいないことを彼女は言う。私は律儀に返す。
「リキは強いですよ」
「今あいつが泣くって言わなかったか? 言ってることおかしいぞ」と彼女が言った。
「まあなんだ、わからなくもない。弱いけど、格好良いところもあるからな。くそ、理樹め」
 頬を染める彼女に、私は再び手繰り寄せた笑顔を向ける。
「リキは女泣かせですね」
「なに、理樹は女泣かせなのか。って、どこで覚えたんだそんな言葉」
 さあ、どこだったでしょう。
 結局彼女は会話の終わりに、やっぱり理樹はやれん、と言った。あいつはあたしだけのものだからな――それから彼女は未だ来ないリキを探しに出かける。
 教室には既に夕影が差し込んでいる。私は壁にかかる時計を見上げた。門限が迫っている。そろそろ校舎を出なければいけないのに、私の腰はどうにも上がらなかった。
「だめ、ですよ」
 とられてもいいだなんて、冗談でも言わないでほしい。
 でないと今、目の前にいる人にすがってしまいそうだから。
「どうしたの、クド?」
 彼女が去ったあと、訪れた彼の優しい優しい声が頭上に降り注がれる。
 頭に乗せられた手。背中を撫でる手。私を慰めるべく奔走する彼の両腕をもう離せない。冬の雨よりも冷たく春の日差しよりも温かなリキの手は、私に絡まった鈍色の鎖をはずしてしまった。
 自由になった私は彼を受け入れる。大切な友達の、大切な人だと分かった上で。
「ごめんね。僕にはクドを抱き締めることしかできない」
「それでいいんですよ。リキには鈴さんがいるのですから、十分です」
「クド。僕はクドが」
 私は彼の唇を掠めとる。それは私がいつのまにか覚えた、彼の言葉を制止する方法だった。
 心は抱かなくてもいいから、せめて身体だけでも抱いてほしいと思う。親友を裏切っているという感覚よりも、リキが触れてくれる心地良さがいつか失われることの恐怖が大きい。
 自分は駄目な子だ。
 自覚はあった。けれど心がついていかない。だから私はより彼を求めるのかもしれない。

 母を追いかけて行った自分が、リキの傍にひたすら居続けた彼女に敵うはずがなかった。
 はたから見ればリキの手は悲しいほどに彼女の手に合っている。生まれる以前から彼の手は彼女の手を引くために形作られたかのようだった。二人が人の目を盗んでこっそりと繋いでいる場面を目にすると、胸が激しく軋んだ。もちろん幸せな気持ちもある。私たちが世界を作り、恭介さんに協力したのは二人の幸せのためだった。だけど、と思う。だけど。
 繰り返される日々の中で、私は彼が自分以外の人と結ばれる場面を目にしてきた。
 まだ淡い嫉妬しか持たなかった最初はいい。けれど一度彼と想いを繋げてしまったあとは、苦しくて、彼の強さを認めたというよりは逃げてしまいたかった。
 だから私は外に出る。偽りに満ちた世界を飛び出す。世界は、一滴混ぜられた欺瞞を覆い隠すほどの優しさでつくられていて、抜け出すのは容易だった。
 追い出された、とは思わない。
 それは彼と彼女のためだけの世界。私たちの願いの成就などついでにすぎない。
 それでも私は、彼と、リキと繋がることのできた幸せを覚えている。なんとも酷い話ではないか。そこにどんな意味が含まれているんだろう?
 意味はあってほしいと思う。そうでなければこの苦しみは全く無駄なものになる。私にはこれが生きていく上で、人と付き合う上での最低限の痛みなどと納得できない。それとも廻ることで擦れた皮膚の痛みなんだろうか。これを、自分以外の人は耐えているのか。
 忘れていたい、と思った。
 ほんとうに、どうして覚えているんだろう。
 彼は忘れてしまっているのに、自分は彼との思い出の残滓を胸の中に見つけることができる。デジャブでも思い違いでもない、確かな記憶。記憶ほど信じられないものはないだろうに、私は確かにあったことだと分かっている。人の想いにより形成された朧げな世界であっても、私にとってのみ都合のいい夢であっても、そこにいたのは私とリキだった。
 暗闇の中で聞こえたリキの声を覚えている。
 心の中で呼びかける力も失くしかけ、歯車の一つになろうとしていたとき、私はリキの力強い声を聞いた。普段の優しげな少年の声ではなく、私の愛した男の人の声だった。
 弱くてもよかった、と私は思う。
 弱いままの彼で、私は助け出されることなどなくてよかった。こんな記憶も瓦礫に埋もれ、爆発に巻き込まれてしまえばよかったんだ。私は強く願う。しかし今となってはどれだけ強い願いだろうと叶わない。ここは現実で、リキの手も声も私を求めてはくれない。彼が私にしてくれるのはただ受けとめることだけだった。

 昼間、彼の手は彼女の頬をなぞり、愛おしげに呼ばれる。鈴が好きだよ。あんらっきーな自分が通りがかりに見てしまった二人の逢瀬。まったく不運が過ぎる。
「僕には鈴しか見えてないから、お願い。そんなに不貞腐れた顔をしないで」
 怒らせてしまったのか、彼はご機嫌とりの言葉をかけている。彼女はそんな彼を横目で時折盗み見ながら「いいや、許さん」と言った。
「あたしがいるのに他の子とばかり話して、そんなにあたしのことが嫌いなのか。嫌いになったのか?」
 嫉妬のできる幸せをきっと彼女は知らない。
「だから、好きだって」
「誠意が感じられない」
「目を見てよ、鈴。こちらを見てくれなきゃ感じようもないよ」
「いやだ」
「どうしてさ」
「目を見てしまったら……きっとあたしは許してしまう」
 彼女の頬に添えていた手の角度を変え、リキが俯いた顔を持ち上げる。彼女にとっては残酷な、私にとっては羨ましい行為。
「理樹」
 ……リキ。
 唇が深く重ね合ったのを見届けて、私は教室の前を通り過ぎた。

 ねえリキはどうして私を受けとめてくれるのですか。
 リキの、彼女への想いは偽物ではないというのに、私を受けとめてくれるのはどうしてだろう?
 疑問は晴れない。しかしそれをどこかで望んでいた。心に雲をより敷き詰めるよう、私は彼を自分の元に引き寄せる。名前を呼ばれることの心地よさに胸を震わせては「リキ」と叫んだ。深く口付け、互いの熱に溶かされていけるなら、時折のぞく温度差には目を瞑れた。一欠片でも私を想う心があるならそれで幸せだったのだ。
 告白もできないなら心の声で叫ぶしかない。リキ。リキ、ずっと愛しています――と。


 雨が降りしきる日、制服姿のまま外に出る。
 わざとずぶ濡れになってからリキの部屋に行くと、彼は持ち前の優しさで迎えてくれた。
「捨てられた子犬のようになってるよ」と私の髪をごしごしとタオルで拭う。頬に浮かぶ笑みが愛しい。
 わふう、と息をつく私を彼が見つめてくれている。この時間のためなら、明日風邪を引いてもいいだろう。それに。
「じゃあ」と私が言った。
「捨て犬の私のこと、リキが拾ってくれますか?」
 聞いた後、頬にまだ雨粒が残っていることに気付く。拭い忘れただろう水滴を手の甲で払ってから、私は彼の腰に腕をまわした。そして私が下になるよう、彼をベッドに引き寄せる。白いシーツにジワリと雫が染みた。
「……あそんでください、リキ」
 虚構でなくてよかったと思うのはこんな時。
 誰も強くならない世界が続いていくのは、現実だけだった。


[No.866] 2009/01/09(Fri) 23:49:19

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