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WINGBEAT COFFEE ROASTERS

all 第25回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/01/19(Mon) 22:55:58 [No.887]
来ヶ谷唯湖の悩み事相談室 - ひみつ@9137byte@ちこくー - 2009/01/24(Sat) 17:04:15 [No.903]
チャイルドフッド - ひみつ@9072 byteしめきられたのです - 2009/01/24(Sat) 00:59:18 [No.901]
MVPしめきり - 主催 - 2009/01/24(Sat) 00:23:11 [No.900]
始まりの日 - ひみつ@15087バイト - 2009/01/24(Sat) 00:05:15 [No.899]
始まりの日(一字修正) - Foolis - 2009/01/25(Sun) 05:24:59 [No.906]
砂浜のこちらがわ - ひみつ@12638byte - 2009/01/24(Sat) 00:00:52 [No.898]
最果て―sai-hate― - ひみつ@1353 byte考察には値しない - 2009/01/23(Fri) 23:50:12 [No.897]
月の彼方 - ひみつ@ 9365 byte - 2009/01/23(Fri) 22:40:48 [No.896]
[削除] - - 2009/01/23(Fri) 22:08:43 [No.895]
コジロー - ひみつ@6650 byte - 2009/01/23(Fri) 21:14:09 [No.894]
哲学者の憂鬱 - ひみつ@ 3093 byte - 2009/01/23(Fri) 20:12:25 [No.893]
西園美魚の排他的友情概論 - ひみつ@19628 byte - 2009/01/23(Fri) 18:57:43 [No.892]
マグメルに至る道 - ひみつ@12122byte - 2009/01/23(Fri) 17:21:46 [No.891]
哀愁の鈍色スパイラル - ひみつ@5849 byte - 2009/01/23(Fri) 15:10:53 [No.890]
見事なる筋肉の躍動が世界を覆い尽くした後の世で - ひみつ@7972byte - 2009/01/23(Fri) 10:03:09 [No.889]
MVPとか次回とか - 主催 - 2009/01/25(Sun) 01:33:44 [No.904]


マグメルに至る道 (No.887 への返信) - ひみつ@12122byte

 こまりちゃんが口に運んだドーナツは、ぱっくり裂けた腹部からべたべたの粘液にまみれて溢れ出る。机に広げたたくさんのお菓子を、こまりちゃんは幸せそうな笑顔で頬張っていく。噛み潰され、粉々となったお菓子の断片が、次々と腹から滑り出て、そのまま床に撒き散らされていく。
「りんちゃんも、遠慮せずにどうぞ」
 焼け爛れた左腕の、かろうじて残された人差し指と中指で、こまりちゃんは器用にシュークリームを摘んでくれた。受け取ったそれの表面には、点々と彼女の血が滲んでいる。構わずに口内へと放り込んで咀嚼する。甘くて美味しい。あたしたちは、互いに顔を見合わせていつもみたいに笑い合う。
 弾みでこまりちゃんの右目が飛び出して、床をころころ転がっていく。慌てる彼女をなだめつつ、妙にぶよぶよとした感触の眼球を拾い上げる。お菓子をくれたお返しに、あたしが彼女の眼窩にそれを嵌め込んであげた。
「ありがとー」
 みんなの中で、こまりちゃんは顔が一番きれいに残された。そのぶん、腕は一本しかないし、腰から下は全く存在していない。胴体は内臓ごと大きく抉り取られて、常に赤黒い内壁が剥き出しだ。動くと腸が落ちるため、あたしがいつも折りたたんでお腹に収めてあげている。あたしたちは変わらずに一番のなかよしだ。
 急に外が騒がしくなる。馬鹿たちが野球の練習をしているのだ。捨て置こうと思ったら、こまりちゃんが見たいと言い出したので、一緒に窓から見学することにする。とは言っても彼女は足がないので、あたしが背負ってあげるのだ。
 こまりちゃんはずいぶん軽い。こういう体をしているせいで、どれだけお菓子を食べても太らないのだ。ちょっとうらやましい。とか思っていると、足首の辺りにぬるりとした感触。また腸が落ちたのだ。二人揃って大慌て。なんとか収め直して窓際に向かう。
 馬鹿三人は今日も元気だ。あたしがこまりちゃんとべったりだから、ピッチャーがいなくて仕方なくキャッチボールをしているらしい。
 きょーすけは全身が焼け焦げて、なにがなにやら分からない。目も鼻も口も完全に溶け爛れているから、最初は誰か分からなくて難儀した。謙吾は腕が変な方向に折れ曲がっていて、骨が肘から皮膚を破って突き出ていたりする。真人はこまりちゃんと同じで腕が一本根元から失われている。悪運が強くて利き腕の方だけが残された。こまりちゃんはだめだったのに。
 あの日、目覚めるとあたしは馬鹿の腕の中にいた。だからあたしは五体満足でここにいて、馬鹿は四肢の多くを欠損させてここにいる。みんなぐちゃぐちゃになったのに、あたしだけが仲間外れなんだ。少しだけ妬ましい。あたしもみんなと一緒になりたいのに。
「りんちゃんが負い目を感じることなんてないんだよ」
 表情なんて見えないはずなのに、こまりちゃんはあたしの心を完璧に見透かす。敵わないな、と苦笑する。
 こまりちゃんは、あたしがみんなと同じになりたいと願っていることを知っている。だけど、絶対にだめだよと言って、いつもその願いを否定する。だからあたしはこの話題を自分から口に出さない。こまりちゃんと喧嘩なんてしたくない。いつまでもなかよしでいたいんだ。でも、だからこそあたしもみんなと同じになるべきだとやっぱり思う。ここで考えはぐるっと一回り。いつも答えは出ないんだ。
 返事をしようと口を開いたとき、教室の扉が威勢よく開かれる。くるがやとはるかだ。この二人は最近いつも一緒にいる。しかも騒がしい。でもこいつらの騒がしさは嫌いじゃない。自分でもよくわからん。でもなんだか心が落ち着くんだ。
「静粛に静粛に。聞いて驚くがいいですヨ」
 はるかが言葉を発する度に、右目周辺から覗いている血管や筋肉が痙攣したみたいに動く。はるかの顔面は肉を剥ぎ取られたみたいになっていて、しかも損壊の度合いがばらばらだから妙にでこぼこだ。くるがやは顎から上がきれいに失われていて喋ることができないから、そのぶんはるかが二倍うるさくなった。くるがやも身ぶり手ぶりが無駄に大きくなったから、結局のところ前より騒がしい。賑やかだからいいか。
「なんとなんと。理樹くんがこっちに向かっているとの極秘情報をキャッチしたのですよ! 情報源はもちろんはるちんレーダー……ってなんですか姉御、そんなもんあてにならない? 冗談きついっすよー!」
 二人の漫才を尻目に、あたしはこまりちゃんと顔を見合わせる。
「よかったね、りんちゃんー」
「理樹のやつ、来るのが遅すぎじゃぼけー」
「まーまー。ヒーローは後からやってくると相場が決まってるのですヨ」
 あたしたちは連れ添って教室を後にする。もちろんこまりちゃんを背負ったままでだ。理樹はあの日からどこかに姿を消していた。あたしたちをほったからかしたまま、全く音沙汰なかったのだ。
 挨拶代わりに飛び蹴りでも喰らわせてやろうかとか、いやいや言い訳の時間ぐらいは慈悲として与えてやろうかとか、いやいやいやそれでもこうして現れたのだから罪は帳消しにしてやろうかとか、色々な考えがぐるぐると頭の中を巡る。
 階段を下る最中で、両肘から先を損じたクドも行軍の仲間に入る。クドは炎にやられてあの長くて綺麗な髪を残らず失った。それでも相変わらずわふーとか言っている。
 中庭を経由すると、いつの間にかみおも加わっていた。顔が斜めに切り取られたみたいになっているが、あんまり喜怒哀楽が激しいやつでもなかったからそんなに困ってないみたいだ。脇腹や胸をひどくやられた影響で内臓がほとんどだめになっているけど、本を読む両手が残っているから気にしないらしい。みおらしいなと思う。
 最後に馬鹿三人とも合流して、開け放たれた校門へと向かう。そこに懐かしい顔があった。みんなが口々に理樹の名を呼んで、手を振ったり笑顔を向けたり思い思いの方法で自分の存在を主張する。よかった。これでみんな揃った。また楽しく遊べるぞ、理樹!
 叫び声が上がった。
 理樹が尻餅をついて、信じられないものを見るような目であたしたちを見ている。
「く、来るな。僕をどうするつもりだ」
 理樹の視線がみんなの顔を順になぞり、あたしのところで止まる。
「おい、鈴から離れろ!」
「理樹くん……」
 こまりちゃんが絶望にまみれた声を出す。
 その直後、足のないこまりちゃんが地面に落ちる。衝撃で腸が周囲に溢れて、両目がどろりと流れ出す。もう二本しか残っていない大切な指が、地面と体に押し潰されてぼきりと折れた。こまりちゃんは、もう二度と自分の手でお菓子を食べられない。
 わけがわからなかった。あたしはこまりちゃんを支えていたはずなのに。それなのに、急にその支えていた部分の肉が崩れたのだ。
「今だ、鈴、こっちだ!」
 こまりちゃんの口が動く。私のことは気にせず行って、とつぶやく。
 あたしは叫びながら理樹のところに走り寄り、あいつを渾身の力で殴り倒した。馬乗りになって顔面を殴る。殴りながらも、流れる涙を止められなかった。理樹がこまりちゃんを見たときと同じ目であたしを見る。上等だ。お前みたいな馬鹿は、殴られないと目が覚めない。
「あんなの、もう、人間じゃない」
 理樹がつぶやいた途端、背後で湿った音が弾けた。慌てて振り向くと、みんなが揃って血溜まりの中に沈んでいた。千切れた腕や足がぷかぷか浮いて、そこに名前も知らない大小様々な臓器が混じり合って、もはやどれが誰のものなのか全然分からない。理樹の発する言葉の毒が、みんなの肉体を蹂躙したように思えた。
 あたしにすがるように、こまりちゃんが指の欠け落ちた腕を虚空に持ち上げる。唐突に傍らの理樹が嘔吐し、呼応するようにこまりちゃんの腕が力を失って血の海を叩いた。
 こまりちゃん、と半狂乱で叫んだ瞬間に、あたしは羽交い絞めにされていた。理樹があたしを校門の外に連れ出そうとする。あたしは絶対に嫌だった。暴れたけど理樹の方が力が強くてだめだった。ずるずると引っ張られていく。悔しかった。悲しかった。みんながいるところに手を伸ばす。でも何も届かない。当たり前だ。


 一緒に暮らそうという提案をあたしは蹴った。かつてのあたしなら、理樹との同棲をあっさり受け入れたかもしれない。でももう無理だ。理樹の顔を見る度に、こまりちゃんたちの顔がどうしようもなくちらつくのだ。
 安アパートを借りてバイトして、綱渡りみたいな生活を続けた。しばらくの間は理樹のことを憎んだ。それと同じぐらい恐怖した。理樹のあの、化け物を見るみたいな目が忘れられなかったからだ。
 あれから随分経って、ようやく許していいと思えるようになったんだ。たぶん、理樹はあいつなりにあたしのことを考えてくれてた。でなきゃ戻ってなんかきてくれない。だけど、あいつの言葉はみんなを傷つけた。みんなはもう死んでるから、これ以上死ぬなんてことはない。でもだからこそ、心の傷は永遠なんだ。
 よし、とあたしは決意する。あの馬鹿を説得してみんなのところに戻ろう。あいつには日が暮れるまで土下座させて、もう一度みんななかよしになろう。それでみんな楽しく遊ぶんだ。半ば強引に連絡先と合鍵を渡されていたから、幸いにも理樹の住んでいるところは分かる。善は急げ、今日のバイトの後で向かうことにする。
 わざわざ行って留守だったらあほらしいので、昼休みに電話をかけた。出ない。というより電源が切れているか電波が届かない云々。もういい。出たとこ勝負、見切り発車でいいやと思う。
 バイト終わりとなると日は完全に落ちていた。金がもったいないが、徒歩だとどう考えても深夜コースなので仕方なくバスに乗ることにする。真っ暗なので思い切り迷って、予定よりだいぶ遅れて理樹のいるアパートに着いた。あたしの借りているところと負けず劣らずのおんぼろだ。しかも周りに店が全然ない。こんなんでどうやって生活してるんだと、思わず余計な心配までしてしまった。
 バスに乗る前と降りてからと二回電話をかけてみたが、どっちのときにも、電源が切れているか電波が以下略と返された。あいつ、充電せずにほったらかしにしてるんじゃないのか。その辺りも含めて、言いたいことは山ほどあった。
 理樹の部屋は二階の一番奥だ。錆びついた階段をかんかん上って、埃の堆積した床をずかずか歩く。まだ十二時前なのに、手前にあるどの部屋からも明かりは漏れ出ていない。本当に人住んでるのかここ。理樹の部屋も明かりついてないし。うわぁと思わず声が出た。最悪だ。バス代返せ。
 いやいや、バイト後とかで疲れ果てて寝てるという芽もまだある。あたしは生気のない目でチャイムを連打する。途中から面白くなってきて、チャイム音でビートを刻んでみたが理樹は出てこない。パンチ力が足りないのかもしれないと思い、今度は拳で直接ドアを叩いてみた。埃がもっさり手についた。きしょい。
 もはや外部からの呼びかけは無意味だという結論に達して、最終手段の座敷童子作戦を敢行することにする。こっそり家に忍び込んで家主の帰りを待つという緻密かつ的確な作戦だ。モラルなんて千切って丸めてどっかに捨てる。ちなみに、キーアイテムは理樹から渡された合鍵だ。キーだけに。ふっふっふ。柄にもなく見事な言葉遊びをしてしまった。
 あたしはがちゃりこと鍵を開け、どっかと扉を開け放つ。くさっ。封印の解かれた室内から、もわーんと猛烈な悪臭が漂ってくる。割と普通に耐えられない。きつく鼻をつまんで部屋に上がり込む。開けた扉から差し込む月光が、電気の消えた室内を仄かに明るく照らし出す。そのとき、あたしの目は闇に浮かび上がる人影を捉えた。あの馬鹿ちゃんといるじゃないかぼけー!
 ドア下に噛ませる木片なんてないから、手を離した途端にドアは背後で静かに閉まる。またも真っ暗闇だ。しかもくさいし。電気のスイッチを探して、当てずっぽうでその辺の壁をばんばん叩く。たちまち手は埃まみれ。めまいがする。片手を埃の生贄に捧げたことで、十回目ぐらいでようやくスイッチを探り当てた。叩きつけるように押す。闇が一気に切り開かれる。
 首をくくった理樹が、天井からぶら下がっていた。
 あたしは目を見開く。
 理樹の、もうなんにも映さない瞳を見て、ようやく理解が胃の腑に落ちた。
 理樹の部屋には、余分なものがほとんどなくてさっぱりしていた。死ぬ前に捨てたのかもしれないし、元々こうなのかもしれない。部屋の片隅にはぼろっちょの机があって、その上に紙が置いてあった。拾い上げて読んでみると、それは謝罪の言葉で埋められていた。具体名は出てないけど、たぶんあたしに宛てられたものだ。そしてみんなに宛てられたものでもある。
 あたしは吊られた理樹を見上げて、ばーかと言葉を投げつける。こんな紙切れ一枚で、みんながはいそうですかと納得するもんか。みんなが納得したってあたしが許さない。あたしはみんなのところに戻る。理樹にも一緒に来てもらうぞ。おまえはそこでたっぷりみんなに謝るんだ。
 理樹の足元に倒れていた椅子を起こし、そいつに乗って理樹の体を床に下ろす。唯一にして最大の問題は、この重くてくさくて目立つこいつをどうやってあそこに連れていくかだ。壁にかかった時計を見る。針は十二時ちょっと過ぎを指している。今から、こいつを背負って明け方までにみんなのところへ行ってやる。もちろんバスも電車も使えない。たぶんもうどっちも動いてないし。お金もったいないし。理樹、この借りは高くつくぞ!


 朝日が校舎を美しく染め上げる頃、あたしはあの懐かしい校門を潜り抜けた。
 眠りから覚めたように理樹が目を薄く開き、首を吊って死んだ影響か、ひどく聞き取りにくいかすれた声で、ごめんと口にした。色々と思うことはあったけど、あたしは気にするなと言って首を振る。
 ひとりで歩けるよと言って、理樹が自分の力で地面に立つ。正直助かった。あたしはもう足が限界だった。気を抜いた途端に意識が朦朧とし始める。せっかくここまで辿り着いたのに。こんなところで倒れるなんて嫌だった。
「理樹くーん! りんちゃーん!」
 そのときあたしは、大好きなともだちの声を聞いた。
 顔を上げる。視線の先にみんなが立っていた。今でもやっぱり、足がなかったり、腕がなかったりはしているけれど。それでも、大好きなみんなが一人も欠けずにそこにいた。あのとき届かなかった手が、今度こそ届く。あたしはみんなと一緒にいられるんだ!
 足のないこまりちゃんは、両脇の下を支えられるような格好でこちらに笑顔を向けてくれていた。指のない手で大きく手を振ってくれていた。これまでの疲れを忘れて、あたしは全力で地面を蹴る。気がつくとあたしは泣いていた。こまりちゃんも泣いていた。みんなは笑ってくれていた。
 こまりちゃんの血みどろの胸へと、あたしは心からの笑顔で飛び込んだ。 


[No.891] 2009/01/23(Fri) 17:21:46

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