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WINGBEAT COFFEE ROASTERS

all 第25回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/01/19(Mon) 22:55:58 [No.887]
来ヶ谷唯湖の悩み事相談室 - ひみつ@9137byte@ちこくー - 2009/01/24(Sat) 17:04:15 [No.903]
チャイルドフッド - ひみつ@9072 byteしめきられたのです - 2009/01/24(Sat) 00:59:18 [No.901]
MVPしめきり - 主催 - 2009/01/24(Sat) 00:23:11 [No.900]
始まりの日 - ひみつ@15087バイト - 2009/01/24(Sat) 00:05:15 [No.899]
始まりの日(一字修正) - Foolis - 2009/01/25(Sun) 05:24:59 [No.906]
砂浜のこちらがわ - ひみつ@12638byte - 2009/01/24(Sat) 00:00:52 [No.898]
最果て―sai-hate― - ひみつ@1353 byte考察には値しない - 2009/01/23(Fri) 23:50:12 [No.897]
月の彼方 - ひみつ@ 9365 byte - 2009/01/23(Fri) 22:40:48 [No.896]
[削除] - - 2009/01/23(Fri) 22:08:43 [No.895]
コジロー - ひみつ@6650 byte - 2009/01/23(Fri) 21:14:09 [No.894]
哲学者の憂鬱 - ひみつ@ 3093 byte - 2009/01/23(Fri) 20:12:25 [No.893]
西園美魚の排他的友情概論 - ひみつ@19628 byte - 2009/01/23(Fri) 18:57:43 [No.892]
マグメルに至る道 - ひみつ@12122byte - 2009/01/23(Fri) 17:21:46 [No.891]
哀愁の鈍色スパイラル - ひみつ@5849 byte - 2009/01/23(Fri) 15:10:53 [No.890]
見事なる筋肉の躍動が世界を覆い尽くした後の世で - ひみつ@7972byte - 2009/01/23(Fri) 10:03:09 [No.889]
MVPとか次回とか - 主催 - 2009/01/25(Sun) 01:33:44 [No.904]


西園美魚の排他的友情概論 (No.887 への返信) - ひみつ@19628 byte

 西園美魚は、前面にあるディスプレイを睨みつけていた。手元に置かれたキーボードを、たどたどしい指使いで押しながらデータを入力していく。室内が暗いためだろうか、ディスプレイの放つ淡い光は見え辛かった。知らず知らずディスプレイを見ている美魚の眼が、細くなっていく。それと比例するように銀色のフレームをした眼鏡が下へとズレ落ちていく。サイズが少しだけ合っていない証拠だった。
 美魚は溜息を付きながらその眼鏡を外すと、体を椅子に持たれかけた。瞼をぎゅっと瞑っては閉じる。その動作を数度繰り返す。疲れた目は、それだけで少しはマシになったように思えた。美魚は、幾分楽になった目で頭上を見る。室内の天井は、どうしてこんな作りになっているのだろうと思えるほど、無駄に高かった。室内がどこか暗い印象があるのはそのせいだろう。自分の眼が悪くなり始めたのは、ここで働いているせいかもしれない。そんなことを思いながら美魚は、視線を手元へと落とす。そこには美魚が先ほどまで見ていたディスプレイの他に、数十冊のハードカバーや文庫本がいくつもの小さな塔を作って置かれていた。美魚は、ふぅと短く息を吐くと手に持っていた眼鏡をかけ直した。
「ようしっ」
 昔、教えて貰った前向きマジックを呟きながら、美魚はディスプレイを睨みつける。そこには変わらず浮かんでいる文字と数字の小さな群れ達。早速、挫けそうだった。携帯にしろパソコンにしろ自分は悉く機械とは愛称が悪いらしい。美魚はそんなことを思いながら、隣に詰まれた文庫本の塔の一番上にある本を手に取った。それをひっくり返してみたり適当に捲ってみたりする。相当年月が経っているのか、その本は、かなり傷んでいた。
「……そろそろ、差し替えたほうがいいかもしれませんね。これは」
 そんな風に誰にともなく呟いた美魚の耳に、ふと嫌に陽気なメロディが聞こえてきた。美魚は不思議そうに辺りを見回す。そう時間が掛かることもなく、そのメロディの発生源を見つけると美魚は溜息を一つ吐いた。そこには何が楽しいのかニコニコと笑いながら暢気な鼻歌を口ずさみ続けているスーツ姿の女性がいた。女性は、まるでスキップをするように美魚のところまでくると、脈絡なくズバっと手を高く掲げた。
「ヘーイ! そこのメガネ司書さん。この私にぴったりなエキサイトでサイケデリックな本をプリーズっ!」
「……ありません」
「なにぃー!」
「当図書館は冷やかしお断りです」
「なんだとぅー! 折角さっきまで読書でもしようかなって気分だったのに、司書さんの冷たい態度でなくなっちゃいましたヨ。これは司書として有るまじき行為! どうしてくれるんだー、この真面目天然眼鏡っ娘めっ!」
「……え?」
「むきー! なんだ、その有り得ないことを聞いたような顔はー!」
「うるさいですよ。葉留佳」
 怒ったように声を上げる女性──三枝葉留佳を、美魚は冷ややかに見つめる。葉留佳は最初、不満そうに口をヘの字に曲げていたが、すぐに表情を崩すと美魚のほうへと顔を寄せてきた。
「ところで美魚は、今日の夜は暇? 暇だよね。暇っていえー」
「勝手に決め付けないで下さい」
「なにぃ、じゃぁ何か用事があるのかー?」
「いえ、特には」
「うん、じゃぁ、遊びに行こう! もうすぐだよね。仕事が終わるの?」
「はぁ……まぁ」
 葉留佳の問いに言葉を濁しながら、どうしようかと考える。しかし、考えるまでもないことであった。そもそも葉留佳がこういう風に誘いにくるのは珍しいことではなかった。その度に美魚は、なんだかんだで葉留佳に付き合っていた。いつから自分は、こんなに付き合いがよくなったのだろう。そんなことを思いながら美魚は、溜息を一度吐くと葉留佳のことを見る。
「……わかりました」
「おけおけ、んじゃ、仕事が終わるまで外で待ってますネ」
 葉留佳は、そう言うと背を向けるとスキップでもしそうな勢いで玄関のほうへと向かった。美魚はその背中が見えなくなるまで見つめた後、椅子から立ち上がった。美魚は辺りをキョロキョロと眺めた後、図書館の奥にある事務室へと向かった。



 




 グラスの中に入った薄茶色の液体が微少の振動を受けて、波紋を描いていた。美魚は、それをなんとはなしに見た後、ちぴりと少しだけ口の中へと流し込んだ。広がる甘みと少しだけ香るアルコール独特の匂いをたしかめて美魚は小さく息を吐いた。顔が徐々に火照っていく不思議な感覚を感じながら、美魚は対面にいる葉留佳のことを見た。葉留佳は、手に持ったグラスを勢いよく傾けて一気に中身を飲み干していた。それを見た美魚は、顔を顰める。
「葉留佳。あなた、あまり強くないんですから」
「えー、お酒はこうやってぐいっと飲むものですよ。ほら、美魚ちんもぐいっと」
「遠慮します」
「うーん、こうやって飲んだほうが美味しいですヨ?」
「それは結構ですが、飲み潰れたらどうするんですか?」
「そんなこと一々気にしてたら、お酒なんて飲めませんヨ!」
「なら、遠慮なく置き去りにしますね」
「美魚ちん、それは冷たいぞー!」
 葉留佳は、そういうと笑いながら身を乗り出して美魚の頬を突付く。美魚はそれを鬱陶しそうに避ける。その動作すら、楽しいのか葉留佳はカラカラとまた笑い声を上げた。カクテル一杯で完全に出来上がっていた。普段もそうだが、今日の葉留佳は嫌にピッチが早かった。美魚はそれに溜息を吐きながら、またちぴりと少しだけ喉にお酒を流し込んだ。
「そういえば、ですネ。なんと今日はびっくにゅーすがあるのですヨ」
 葉留佳は、空のグラスを店員に渡して二杯目を注文した後、神妙な顔をしてそんなことを言った。それを聞いた美魚はグラスをテーブルに置くと、つまみのフライドポテトを一本手に取った。
「あれ? なんか興味なさ気?」
「気のせいです」
 そういった美魚だったが、いつもどうでもいいことを大げさに話す葉留佳の言葉に実際、まったく興味がなかった。美魚は、フライドポテトを齧る。塩気と油分が多すぎて、美魚は顔を顰めた。その様子を見て、葉留佳はまるで悪戯をこれから仕掛けようとする子供のような笑みを浮かべた。
「ふっふっふー。私の話を聞いても、そんな態度でいられるかなっ!」
「はぁ、それでなんなんですか?」
「実は今日の昼休みに鈴ちゃんにあったのですヨ」
 鈴という言葉を聞いた美魚は、ぴくりと反応した。また懐かしい名前が出てきた。学生時代の友人である鈴に美魚は、久しく会ってなかった。さっきまでフライドポテトの健康の悪さに意識の大半を向けていた美魚の興味が葉留佳の話へと移る。それに目ざとく気づいた葉留佳は計算通りとでも言うように、ニヤリと笑うと先を続けた。
「それで、どこであったと思う?」
「どこと……言われても」
 そう言いながらも美魚は、考える。昔の記憶にある印象から鈴のイメージを辿る。ペットショップ。いや、違う。美魚は、自らの考えを即座に否定する。そういえば鈴は幼馴染の直枝理樹と結婚していたな。美魚は自分も出席した結婚式の様子を思い出した。
「……スーパーですか?」
「およ? なんで?」
「いえ、夕飯の買出しをしていたのではないかと。お嫁さんですものね。鈴さん」
 美魚は、そういいながらウェディングドレスを着た鈴の姿を思い出す。純白のドレスに身を包み、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした鈴の姿をすぐにイメージすることが出来た。奇麗で可愛かったな。美魚の口元は自然に緩んでいた。だが、そのイメージは葉留佳の発した「ぶー、ふーせーいーかーいー」という素っ頓狂な声で霧散した。
「違うんだなー、これが。な・ん・と病院の前でなのだー」
「病院?」
「うん」
「鈴さん……何か病気なのですか?」
 そういいながら美魚は心配そうに眉根を寄せる。それを見た葉留佳は、やははといつものように笑いながら手をヒラヒラと振った。
「違う違う。私も最初、そう思ったんだけどさ。聞いたら産婦人科に行ってたみたいなのですヨ」
「産婦人科?」
「うん、三ヶ月だってさ」
「直枝さんは、そのことを?」
「うん、今頃言ってるんじゃないかなぁ。鈴ちゃん、恥ずかしそうだっただけど凄く嬉しそうでしたヨ」
「そう、ですか」
 美魚は、そういうと薄く微笑む。なんとなく心がザワザワしてくる感じがした。美魚は、グラスを取ると半分ぐらい残っていた中身を一気に飲み干した。
「お、美魚ちん、いきなりピッチが上がりましたネ」
「おめでたいことがありましたからね」
 そういうと美魚は、葉留佳に微笑んで見せた。友人に子供が生まれる。それは美魚を、ひどく斬新な気分にさせた。元々、直枝理樹と鈴は、大学卒業と共に籍を入れていたわけだから別段おかしくはない。むしろ若干、遅かったような気さえする。だが、それでも美魚には友人が子供生むというのは、なんとも変な感じだった。
「そうですか。直枝さんと鈴さんが。たしかにビックニュースですね」
「だから言ったじゃん。びっくりしたでしょ?」
「はい、それはもう」
 美魚は、もう一度葉留佳に向けて微笑む。それから少しだけ中身の残ったグラスへと視線を落とす。そこには、メガネをかけた自分の顔があった。美魚は、なんとはなしに手を上げてメガネへと触れる。蛍光灯の光を受けて鈍く銀色に輝くフレームを美魚の指が、そっと撫でた。





 



 風が気持ちいい。美魚は、深い藍色をした夜空を見上げた後、目を閉じた。そんな美魚の頬に緩やかな風が当たる。お酒で火照った体には、それがひどく心地よかった。もしかしたら皆がお酒を好んで飲むのは、この瞬間を味わうためなのかもしれない。実のところ、美魚はお酒の良さがさほどわかっていなかった。甘いカクテルは美味しいとは思うが、別にジュースでも代替は可能だろう。何故後々気持ち悪くなるアルコールなどを混ぜないとならないのか。美魚は、いつもそう思っていた。だが、それでも視界を閉ざして風の行き先を感じている今の自分は、とても贅沢な時間を過ごしているように感じられた。そう思うと美魚の口元は自然に綻んでいた。閉じた瞼を上げれば、そこには先ほどと変わらず藍色をした夜空と、そこに散らばった星があることだろう。目を開くだけでそれを目にすることが出来る。それだってなんと贅沢なことか。ああ、自分は酔っている。美魚はそれを自覚する。だが美魚にはもっと自覚しなければならない事柄があった。
「おーい、美魚ちん。足が止まってますヨー!」
 少し先のほうから葉留佳の暢気な声が響いてきた。美魚は、その葉留佳の声に溜息を付くと、ゆっくりと瞼を上げた。それから美魚は、何事かを諦めたかのような表情をしてあたりを見回した。上には夜空と星。下には何故か寂れたレールと枕木。美魚は思った。もう少しだけ詩人チックな現実逃避をしていたかった。
 そんな美魚を余所に少し先を歩いていた葉留佳は、何が楽しいのか左右にあるレールに交互に飛び乗りながら美魚のことを待っていた。美魚は溜息を付きながら葉留佳のほうへと歩き出した。歩きながら腕に巻かれた時計を見る。アナログの時計は短針が4を、長針が5を指していた。現在の時刻、4時25分。既に深夜というより早朝に部類される時間だった。美魚は嘆息しながら、足を動かした。
「やはは、しかし、まさかこんなにことになるとは予想外でしたネ」
「ええ、本当に。一体誰のせいなのでしょうね?」
 美魚は、葉留佳の隣まで来ると、そういって冷ややかな視線を向けた。それを見た葉留佳は、たじろいだように一歩、じりっと後ずさった。
「な、なんだー。その目は、私のせいだっていうのかー!?」
「いえ、別に。ただ人に無理矢理、お酒を勧めて眠らせて、自分も眠るなんてどうかと思っただけです」
「そ、それは……だって美魚だって美味しそうに飲んでたじゃん!」
「そうですね。たしかに葉留佳に勧められるがままに飲んでしまったわたしにも問題はあります。ですが葉留佳の責任がなくなるわけではありません」
「んぐっ……美魚ってさ。私のこと実は嫌いでしょ?」
「……え?」
「うわっ、なんだその今更気づいたんですかみたいな顔はー!?」
「そんなことはありませんよ?」
「何故、疑問系!?」
 美魚の言動を見て、葉留佳は叫び声を上げる。それから突然、がくりと肩を落とすと「まぁ、いいや。とりあえず歩こう」と言ってとぼとぼと足を進める。美魚は、少しからかい過ぎたかもしれないと思いながらも、何も言わず葉留佳に続いた。二人のいつもと変わらぬやり取りからは想像は出来ないが、今の現状はそれなりに抜き差しならない状況だった。そもそもこんな時間にこんな所を歩いているのは、二人して居酒屋で熟睡してしまったのが原因だった。加えて葉留佳が財布を忘れてきてしまったお陰で、今二人はほぼ無一文に近かった。そのためタクシーを呼ぶこともできない。さらにいつも電車を利用している二人には、どこを通れば自分の家がある町へ帰ることができるのかわからなかった。そうして今現在、二人は線路内を歩くという状況に置かれることとなった。美魚は、眠ってしまった自分の不甲斐無さを呪いたくなった。
「一体、後何時間歩き続けないといけないのでしょうか?」
 美魚は、葉留佳のほうを見ずにそう呟く。その言葉には皮肉というバターがたっぷりと塗られていた。それを聞いて葉留佳は困ったように笑うと、頭を掻く。
「やはは、ま、まぁ、偶にはこういうのもいいじゃありませんか。こういう映画もあったしさ。ほら、えっと……」
「……スタンドバイミー、ですか?」
「ああ、それそれ。いやー、私達今、凄く青春してますネ!」
「……スタンドバイミーの原作は、スティーブン・キングの恐怖の四季と題される中編小説の秋の作品です。物語は、4人のそれぞれの悩みを持った少年達が葉留佳のいうように線路づいたに冒険をする話です……死体を探して」
「え? 死体!?」
「知らなかったんですか?」
「え、あ、うーん、実はちゃんと見たことないのですヨ。昔、なんとなく線路を子供が歩いている映像を見たことだけは覚えてたんだけどさ」
「そうですか。スタンドバイミーは少年達の好奇心と愚かしさ。それらを冒険として書き綴られています。冒頭と締めくくりでは語り部であるゴーディが親友であるクリスの死をしったことによる独白で終わるのですが、成長と変化による一抹の寂しさを良く現せていると思います。私は原作のほうが好きですが、映画のほうもお勧めですよ」
 そこまで言った所で唐突に美魚は、クスリと笑った。美魚の話を聞きながら退屈そうに、線路の石を蹴っていた葉留佳はぎょっとしたように体を硬直させた。
「み、美魚?」
「いえ、ただ死体を捜して線路づたいに冒険をしていた少年達と比べて、無一文で帰り道がわからないからとりあえず線路づたいに歩いている私達が可笑しかったもので」
「むー、ああ、はいはい。私が悪いですよ! だって仕方ないじゃん。今日はビックニュースがあったんだもん」
「別に怒ってはいませんよ。そうですね。きっと私も葉留佳の話を聞いて気分が高揚してたんでしょう」
 美魚は、もう一度クスリと小さく笑う。その様子を見て葉留佳は口を尖らせたが、やがて無理やり納得するようにため息を付いた。
 
 そのやり取りを最後に、しばらく二人は無言で歩き続ける。静かだった。美魚は、地面に固定していた視線を上げると、辺りをゆっくりと見回す。気が付けば線路脇には、草や木が生い茂った場所が広がっており、人工物といえばポツポツと小さな民家があるぐらいだった。その偶に見かける民家も全て明かりが消えていた。人口の光はどこにもなく今、二人を照らしているのは夜空に浮かぶ、柔らかな光だけだった。
 まるで今、この時、自分達が物語の主人公になったかのような錯覚を美魚は覚えた。そのためだろうか。美魚は、先ほど話に出てきたスタンドバイミーのことを思い出していた。青春。そう、あの作品はきっと青春小説だ。仲間達と共に冒険に出かける。そこには綿密な計画は存在しなくて、ただ子供故の短慮な愚かしさがある。だから、きっとあの作品は色鮮やかなノスタルジィに満ちているのだろう。
 それは学生の頃、自分もメンバーだったリトルバスターズというチームのように。そう、あのリトルバスターズというチームこそが美魚の青春だった。気が付けば、あの頃のメンバーに随分と会っていない。どこにいるのかも把握していない人さえいる。美魚は、葉留佳が今日あったという鈴の顔を思い浮かべる。実際の所、美魚には鈴が子供という事実にイマイチ実感が持てないでいた。美魚の記憶の中にいる鈴は、引っ込み思案で素直で可愛らしい少女だった。今、その鈴はどんな表情をしているのだろうか。我が子を守る母親の慈愛に満ちた表情をしているのだろうか。あの鈴が。して、いるのだろう、きっと。それを考えると、美魚はまるで心臓を直接くすぐられているような居心地の悪さを感じた。
 美魚は、ふぅっと短く息を吐き出すと空へと視線を向ける。いつの間にか空は白み始めていた。深い紺から藍へ。美魚は、それをメガネのレンズ越しに眺める。数時間後には、空は鮮やかな青へと変わるだろう。学生の頃、美魚が憧憬を抱いた青へと。美魚は、思う。自分は、あの頃から何か変わっただろうか。成長したのだろうか。わからない。変わったことといえばメガネを掛け始めたことぐらいな気がする。これで、いいのだろうか。美魚は自問し続ける。だが、答えなんて出るはずもない。
 ふと、その時隣から声が聞こえていた。それは、ほっほっほっとまるでリズムを取るような調子で聞こえてくる。美魚はそちらに目を向ける。そこには、レールに敷き詰められた石を3個ほど取って、それをまるでお手玉のように宙に回している葉留佳がいた。葉留佳は、一定のリズムで声を出しながら器用に石を放り投げる。
 一つ目の石が葉留佳の頭上を通過して葉留佳の手元へと吸い込まれる。
 それに続いて二つ目の石も同じ軌跡を描きながら葉留佳の手元へと落ちていく。
 三つ目の石が頭上を通過して落ちていく途中で、葉留佳は一つ目の石をまた頭上に投げる。
 三つの石は、まるで円を描くように葉留佳の頭上を回る。しばらく葉留佳の掛け声じみた声と石が風を切る音だけが辺りに響く。しかし、何週目かした頃、唐突に葉留佳が「あ」と小さく声を上げた。その声に応えるかのように葉留佳の頭上に投げた石が、先ほどまで描いていた軌道を逸れる。数秒後、ゴチンという鈍い音と共に軌道のそれた石は、葉留佳の頭上へと落下した。
「う、ううぅ、いったー」葉留佳は頭を抑えると、誤魔化すように美魚へと向けてにへらと笑いかける。「やはは、しっぱいしっぱい」
 美魚は、そんな葉留佳のことを呆然と見ていたが、少しして口元をふるふると震わせると、ぷっと吹き出した。クスクスという美魚の笑い声が辺りに響く。やがて美魚は、それだけでは足りないというかのように小さく体を震わせ始めた。ふいに先ほどまでの自分を馬鹿馬鹿しく感じた。美魚は葉留佳のことを一瞥した後、またクスクスと笑い声を上げる。その様子を見た葉留佳は、口をへの字に曲げて顔を顰める。
「むぅ、なんか近年稀に見るぐらい美魚ちんにウケてますよ。ていうかここまで笑われるとさすがにムカツキますネ。こら、そこのメガネ娘。いい加減、笑うのやめろー!」
「す、すみませ、ふふ」
 美魚は、葉留佳に謝ろうと声を出したが、我慢できなかったのか言葉の途中で吹き出した。美魚は、手で口元を押さえると葉留佳から視線を逸らす。そんな美魚の視界に小さな光が飛び込んできた。それは、二人が久しく見ていなかった人口の光だった。美魚は、笑うのをやめるとその光を指差す。だが、その口元は緩みっぱなしだった。
「は、葉留佳。ほらあそこに駅がありますよ。もうそろそろ始発が動き出す時間です。それを待ちましょう。ふふ」
「いいけどさ。美魚しつこい! そんなに私が失敗したのがおかしいのかー!?」
「い、いえ、ふふ、おかしいというわけじゃなくて」
「じゃぁなんでそんなに笑ってるのさー」
「ええ、はい。これは、そう……葉留佳に感謝しているんですよ」
「感謝?」葉留佳は、美魚の言葉を聴くと訳のわからない顔をして首を傾げる。「って、そんなこと笑いながら言われても、ちっとも嬉しくないですヨ!」
「たしかに、そうかもしれませんね。ふふ」
 美魚は、そういうと葉留佳に笑いかけて、歩く速度を上げる。葉留佳は、納得のいかなさそうな顔をしていたが、その様子を見てしぶしぶ後に続いた。美魚は、それを気配で感じながら、すぅっと深呼吸をした。朝の張り詰めた新鮮な香りが美魚の鼻腔を通り過ぎていった。









 駅につくと葉留佳は、大きく伸びをして欠伸をかみ殺した。その手には先ほど買ったばかりの切符が握られている。美魚は、そんな葉留佳を眺めた後、ターミナルに設置されたプラスチック製の椅子へと腰掛けて、小さく息を吐いた。重みから開放された足から、超過勤務を嘆くようにじんじんと痛み出す。美魚は、そんな足をねぎらうように、ゆっくりと撫でた。
「いまから帰っても後、1時間ぐらいしか眠れないなぁ。はぁ、今日も仕事ですヨ。やだなぁ。ねぇ、美魚」
 美魚は、その言葉を聴くと欠伸をかみ殺す。それから何気ないことを話すように、しれっと言い放った。
「あ、わたし、今日仕事、お休みです」
「は?」
 葉留佳は、美魚の言葉に口をポカーンと開けた間抜けな顔して固まる。その様子を一瞥した後、美魚は葉留佳から顔を逸らす。そして、そこでニヤリとまるで悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべた。
「え? は? え、だって今日、平日ですヨ? 図書館も満員御礼で営業中ですヨ?」
「あそこの図書館が満員になったところなんて、わたしが勤め始めて一度も見たことはありませんが、たしかに今日は平日ですね」
「ん? え? だって私、聞いてないよ?」
「ええ、言ってませんから」
「え? あ、そっか。嘘だ!」
「いえ、事実です。事務室へ行って館長に申告してきましたから……葉留佳が会いにきた後に」
 美魚は、そういって葉留佳に笑いかける。それはとても底意地の悪い笑顔だった。葉留佳は、その言葉の意味が理解できないのか、眉根を寄せて視線を上空へと投げる。そして、漸くその言葉の意味を理解した葉留佳は、手に持っていた切符を握りつぶして美魚へと詰め寄った。美魚は、椅子から立ち上がると葉留佳のことをひらりとよける。
「はぁ? ちょ、なにそれ!?」
「言葉通り、です」
 その言葉を聴いた葉留佳は、頬を膨らませると美魚へと無数の言葉を投げかける。美魚は、その言葉を無視してくるりと、その場で振り返る。そこで美魚は「あ」と短い声を上げた。美魚の視線の先、そこには駅のターミナルにある屋根から顔を出すように、上ってくる朝日があった。美魚は手を額に翳すと、眩しそうにそれを眺める。
「葉留佳、見てください。朝日です。見事……ですね」
「むきー! 人の話を聞けー。この腹黒メガネっ娘ー!」
 その声に耳を傾けながら、美魚は朝日を眺め続ける。これからも昔のメンバーに会える機会は減っていくだろう。そして、それが日常になり、いつしかリトルバスターズは思い出のお話になるだろう。それでも答えなんて出ないかもしれない。自分は変われないかもしれない。その時も、取り残されたような気分に陥るかもしれない。美魚は、瞼を閉じて耳を澄ます。聞こえてくるのは、葉留佳の声。変わらなければいけないなんてことは、きっとない。美魚はふと学生の頃の自分の言葉を思い出す。その言葉をもう一度、呟いてみる。
「わたしはわたし、ですよね?」
「え? なにー? 何かいったかこんちくしょー!」
 後ろからは葉留佳のそんな声。

 美魚は、そっと瞼を開けて、振り返る。
そこには憮然とした顔で自分を睨み付ける葉留佳の顔。
美魚はそんな葉留佳に笑顔で応える。それと同時に美魚は思う。

「いいえ、何も」

 まぁ、こんな一日も悪くない、ですねっと。


[No.892] 2009/01/23(Fri) 18:57:43

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