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結論から言おう。私は存在してはいけない存在である。 世界には法則がある。万有引力の法則、質量保存の法則、好きな法則を思い浮かべて貰えばいい。世界は法則に従って動いている。だがしかし、世界は法則に従ったモノしかないのかと言うと、断じてそうではない。この世界がいい例である。本来の世界の法則が通じぬ世界、生物としての常識やエントロピーまで否定し、願うだけで雨を降らし、時間の流れさえねじ曲げるこの世界は明らかに元の世界とは異なった世界なのである。 しかし、ここは世界だ。世界である以上、やはり法則は存在する。脆い法則が存在する。それは人の意志のみによって動く法則。宮沢謙吾が後輩に呼ばれたいと願えば後輩に呼ばれる法則。直枝理樹がやり直しを願えばやり直せるという法則。簡単であるが故にこの法則は酷く脆い。例えば棗鈴が壊れた時、それでもそんな棗鈴を直枝理樹は受け入れ、直枝理樹を棗鈴は信じたからこそ、次の世界で棗鈴は事象を半端に受け入れて壊れたままだった。人間の意志という脆弱なものが法則であるからこそ、とてつもなく脆い世界。配慮の及ばない事象には対応できない為、法則を持つ人間がいなくなればなる程世界の行動範囲は狭まっていく。どんどんどんどん窮屈になっていく。そして、最期には瓦解して世界が終わる。 さて、ここで問題だ。瓦解したらどうなる? 法則を持つ人間はもしかしたら元の世界に還ることができるだろう。だが、少し待って貰いたい。それは、法則を持つ人間が元の世界から来たからの話だ。もしも、この世界でしか存在しないのに、たまたま法則を持ってしまったら、どうなるのだろうか? そう、この世界の法則に従わないものがいたらの話だ。元の世界の法則に従わないこの世界で、更にこの世界の法則に従わない存在は、いったいどうなるのかと。 考えてみてもいただきたい。そもそも元の世界の法則に従わないのがこの世界なのだ。そしてこの世界は、元の世界よりも脆く出来ている。ならばこの世界での法則に従わないものは、更なる世界を作りうるのだろうか? 仮に作り得たとしても、更なる世界はこの世界よりも脆いものとなるのは想像に難くない。だが更なる世界が瓦解した時、還るはずの元の世界は存在しない。ならば更なる世界を作りうる、この世界で法則に従わないものである私はどこに還るのだろうか? その答えは分からないが、一つだけ言えるのは、私は存在してはいけない存在であると云う事だ。存在してはいけないならば、存在しなかった事になるのが道理かも知れない。 だが。私はここでだがという言葉を使う。それは存在しなかった事になるのが道理と云う言葉に対してのだがではない。今まで論理的な考えに対しての、だが、である。私は、この集団の中にいたいのだ。 確かに私は存在してはいけない存在であるだろう。元の世界には私など存在しない、存在するはずなどないと云うのに。私は、願う。論理だとか正しいことだとか、そんなことを抜きにして、私はリトルバスターズという集団の中にいたいのだ。これは感情的だと理解している、願うのは悪いことなのかも知れない。だが。 それでも私は願うのだ。願う事しかできないのだ。恐らくはもうすぐ壊れゆくこの世界、この世界の他でも彼らに会える事を夢に見て。 「ぬーきゅー」 「ドルジ。久しぶりだな。しばらく来れなくて悪かった。だからお詫びに、今日のモンペチはなんとプラチナだ」 「ぬおっ!?」 「ほらほら、そうがっつくな。ちゃんとお前の分で用意してあるんだからな。だれも横取りしないぞ」 「ぬおっ、ぬおっ!」 「全く。お前は見事に食べる事と寝る事しかしないな。お前は本当にネコか。本当は水族館から脱走してきたんじゃないのか」 「ぬお?」 [No.893] 2009/01/23(Fri) 20:12:25 |
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