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WINGBEAT COFFEE ROASTERS

all 第25回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/01/19(Mon) 22:55:58 [No.887]
来ヶ谷唯湖の悩み事相談室 - ひみつ@9137byte@ちこくー - 2009/01/24(Sat) 17:04:15 [No.903]
チャイルドフッド - ひみつ@9072 byteしめきられたのです - 2009/01/24(Sat) 00:59:18 [No.901]
MVPしめきり - 主催 - 2009/01/24(Sat) 00:23:11 [No.900]
始まりの日 - ひみつ@15087バイト - 2009/01/24(Sat) 00:05:15 [No.899]
始まりの日(一字修正) - Foolis - 2009/01/25(Sun) 05:24:59 [No.906]
砂浜のこちらがわ - ひみつ@12638byte - 2009/01/24(Sat) 00:00:52 [No.898]
最果て―sai-hate― - ひみつ@1353 byte考察には値しない - 2009/01/23(Fri) 23:50:12 [No.897]
月の彼方 - ひみつ@ 9365 byte - 2009/01/23(Fri) 22:40:48 [No.896]
[削除] - - 2009/01/23(Fri) 22:08:43 [No.895]
コジロー - ひみつ@6650 byte - 2009/01/23(Fri) 21:14:09 [No.894]
哲学者の憂鬱 - ひみつ@ 3093 byte - 2009/01/23(Fri) 20:12:25 [No.893]
西園美魚の排他的友情概論 - ひみつ@19628 byte - 2009/01/23(Fri) 18:57:43 [No.892]
マグメルに至る道 - ひみつ@12122byte - 2009/01/23(Fri) 17:21:46 [No.891]
哀愁の鈍色スパイラル - ひみつ@5849 byte - 2009/01/23(Fri) 15:10:53 [No.890]
見事なる筋肉の躍動が世界を覆い尽くした後の世で - ひみつ@7972byte - 2009/01/23(Fri) 10:03:09 [No.889]
MVPとか次回とか - 主催 - 2009/01/25(Sun) 01:33:44 [No.904]


砂浜のこちらがわ (No.887 への返信) - ひみつ@12638byte

 彼女を見かけた。これが夢だと気づいた。ただ夢だとしても、彼女に出会えたことが嬉しかった。一言でもいいから言葉を交わしたいと思った。足を踏み出すと、砂利と革靴の底が擦れる音がして、自分がグラウンドの只中に立っていることがわかった。
 彼女は木影にできた人の輪のなかで楽しげに話をしていた。品のないことを言っては、よく知っている人や、よく知らない人を笑わせていた。わたしも笑った。それを見て彼女もまた朗らかに笑った。
 目を覚ますと右腕の感覚がなかった。身体を起こすと背もたれが軋んで、肘の先に温かな痺れが広がった。わたしはしばらくあの子に出会ったことを思い出せないでいた。散乱したノートや教科書を片付け、能美さんを揺り起こして、冷たい毛布に身をくるみ、いくつかの英単語と「彼女」という三人称が英語的なニュアンスを持つことを思い出したとき、ため息が漏れた。以前よりずっと狭くなった本棚の片隅。緑色の背表紙があまりにも眩しかった。


 彼女について記そうと思う。
 正確には、今日もまたそう思い立った。
 動機を簡潔に述べよう。すべての人間に忘れ去られることが死であるならば、まずわたし自身が忘れぬためだ。彼女のこと然り、英単語然り。次に、もしわたしが死んだとしても、なんらかの形で彼女の記憶なり記録なりがこの世に留まるのであれば、彼女は死なないのではないかと考えたからだ。
 では、小説の登場人物たちは生きているのだろうか?
 考えてみたがわからない。生きていると言って差し支えないほど厚みを持った人物もいるし、ちゃんちゃらおかしいと鼻で笑える人物もいる。その線引きはわたしにはできそうもない。そもそも、存在した人間を文章に落とす過程と、架空の人間を文章の中で立ち上げていく過程を同一に見ていいのかどうかも定かではない。
 長ったらしくなってしまった。
 ともかくわたしには、目の前の喧騒より、照り返す白浜より、健康的なビーチボートや不衛生なスイカ割りより、なにかしら文章を書いていることのほうが性に――
 不意に、頬に冷たい感触。思わず身がすくむ。
「びっくりした?」
 これ西園さんのね。
 言いながら、直枝さんは紙コップを差し出してきた。日差しが逆光になって顔は見えなかった。
「何年前のラブコメですか」
 ケータイを閉じた。閉じてから、今まで連ねた文字が消えてやいないだろうかと不安になった。不安にはなったが、とりあえず紙コップを受け取っておく。コーラのロゴがプリントされた表面には冷たい水滴が浮いていた。でも中身は炭酸ではないようで、スポーツドリンクだろうか。
「もう泳がないんですか?」
「いや、また行くけど、ちょっと休憩。西園さんは?」
「わたしは、日焼けなんてしても似合わないですから」
 直枝さんが腰を下ろすとビニールシートが少しだけずれた。ぬるい風が吹いて、汗ばんだ腕に砂が付いた。払っても落ちなかった。
「誰かとメールしてたの?」
「その質問はデリカシーに欠けますね」
 答えると、また沈黙が続いた。人のざわめきの中に、ほんの少し波音を聞いた気がした。でも、耳を澄ませてみても、もう聞こえない。ビニールシートが擦れるごわごわした音がして振り向くと、直枝さんが寝転がっていた。パラソルの布地の赤が肌に落ちていた。
 気詰まりなわけではなかったけれど。
「こんなことしていて、恭介さんは大丈夫なんでしょうか」
 自分たちのことを差し置いてわたしは言った。直枝さんは笑った。
「さあ、ダメなんじゃない? ――や、わかんない。緩い会社だったのかも。あと、恭介だし」
「おいおい。俺がこの休み取るのにどんだけ苦労したと思ってんだ」
 また海の側へ目をやる。濡れたすね毛が夏の太陽に輝いていて美しくなかった。見上げると、恭介さんが腰に手を当てて立っていた。
「なに、恭介らしくないね。遊び疲れた?」
「馬鹿言え。俺たちの夏はまだ始まったばかりだぜ!」
「去年あんなにしんみりしてたのが馬鹿みたいだよ」
 起き上がった直枝さんが、呆れたように言う。
「そう言うなって。取れちまったもんは仕方ない。遊ばにゃ損だろ」
 さっきと言っていることが違うけど、口を挟むなんて無粋なことはしない。
「だが、遊びにも休息は必要だ。より一層パワフルに遊ぶためにはな。……これ理樹のだろ?」
 言うや否や、置いてあった紙コップを取って一気飲みしだす。ぷはーっ、と親父臭く口元を拭って、
「うまかったぜ」
「いろんな意味で残念ですが、それはわたしの分です」
 お約束、という奴だろうか。
 恭介さんはきょとんとしたまま、紙コップと私の顔を見比べた。
「道理で随分残ってるわけだ」
 見ている分には楽しいかもしれないけれど、やられた身としては腹立たしいとしか思えない。
「恭介はなんかたまに抜けてるのはもしかして狙ってやってる?」
「そういう節もなきにしもあらずだが、今回は素だ。って、そんな睨まないでくれ」
「睨んでません。これが素です」
「あー……新しいの買ってくるから、ちょっと待ってて」
「そうですか? さっきから随分人が増えたようですが」
 売店の方に視線をやると、ちょうど昼どきと重なったせいか、ちょっとした人だかりができていた。
「つーか、俺が自腹切って持ってきたドリンク類はどうした?」
「あそこ」
 直枝さんが指差す先に、元気にはしゃぎまわるビキニパンツとふんどしがいたので、私は慌てて空を見た。青く薄く澄んでいて、濃紺の水平線とは混じりもしなかった。
「よし理樹。買いに行くぞ」
「え? 恭介も行くの?」
「どうせ昼飯もなかったりするんだろ?」
 わたしは頷いて、おにぎりの詰まっていた大きなレジャー用の弁当箱を持ち上げて見せた。片手で足りる。まだ半分と見るか、たった半分と見るか。
「たこ焼きなど食べたい気分なのですが」
「任せろ西園。じゃあ行くぞ! 昼飯前の腹ごなしだ!」
「うん、まあ、行くけど。じゃ、ちょっと待っててね」
「夕暮れまでには戻ってきてくださいね」
「あははは……って恭介! そんな走んなくても!」
「新しいミッションだ! 休憩してる場合じゃねえぜ! いぃぃやっほおおおおおぅ!!!!」
 砂浜をすごい勢いで駆けていく背中を、直枝さんは足を取られながらよちよちと追っていく。これはこれで美し……ではなくて。
 お二人はいつからこんな調子だったんだろうな、と考えた。
 きっとわたしには想像もつかないほど、繰り返し繰り返し、こんな調子だったのだろう。多分、これからも長い時間、繰り返されるのだろう。でもそれは、何十年か先には見ることができなくなっているのだろう。それはある日突然終わりを迎えるのか、今こうしている瞬間にも徐々に損なわれているのか、想像してみたがわからなかった。
 損なわれた。そう、彼女も損なわれてしまったのだ。
 ここではないどこか別の場所に、彼女はいたのだ。彼女はわたしの持つなにかか、わたしに関りの深いなにかから生まれた。彼女は手で触れられ言葉を交わせる存在だった。雨上がりの校庭を泥を跳ねながらつまらなそうに歩き、また楽しそうにみんなを笑わせていた。しかし彼女は消えてしまった。ぱっと、その場所と一緒に。
「はろはろ美魚ち〜ん? きょーすけくんたちはー?」
「お目当ての直枝さんなら恭介さんと買出しです。戻ってください」
「なんか酷っ! 私は純粋に美魚ちんとお話したいな〜って来たのに!」
「お弁当ならありません。戻ってください」
 とぼとぼ海へ帰る背中で、ビキニの水色の紐が下ろした髪と一緒に揺れていた。歩く反動で揺れているのか、潮風なのか。判断に困っていると今度は鈴さんが来た。
「直枝さんは恭介さんと一緒に買い物で、お弁当はありません。あ、でもちーかまならありますよ」
 サイドバッグを探ってちーかまを取り出す。
「いや、そーじゃなくてだな」
 剥き身にして渡すと、鈴さんはもぐもぐ食べ始めた。白いワンピースにちーかま。この組み合わせはどうなんだろう。
「まあくるがやから逃げてきただけなんだがな。みおは泳がないのか?」
「ええ、わたしはあまり――」
 そういうのはちょっと。
 続けようとして、鈴さんの無邪気というか、純真な瞳に言いよどんでしまった。
「少しやることがありますので」
 ふみゅ。そーなのか。鈴さんはつぶやいて荷物を漁り始めた。何をするのかと見ていたら、ブラウンの潰れたビニールを取り出して、息を吹き込み始めた。さすがの肺活量で、しわくちゃの茶色がみるみる丸くなっていく。
「ん? やるか?」
「いえ、遠慮します」
「そか」
 やがてビニールは、一抱えほどの、なんとも使いづらそうな猫耳の生えたボールになった。
「バレーはやる?」
「ええ、まあ、考えておきます」
 わたしの答えに満足したのかどうなのか、ん、と短く頷いて、皆さんの方へ走っていった。これだけ大勢の人の中でも、猫のビーチボールはよく目立った。舞っては落ち舞っては落ち、飽きもせず繰り返し続いていた。太陽は頂点に差し掛かっていて、ビーチボールや波や白砂を照り付けていた。パラソルの下にいても眩しかった。
 わたしはまたケータイを開いた。画面は暗くて、文字も殆ど読み取れなかった。少し待ってみても目は慣れそうになかった。
 だから目を閉じて彼女のことを考えた。
 彼女についてなにを書くべきか考えた。
 彼女はなぜ消えなくてはいけなかったのか。誰が消したのか。
 その答えはわたしの中から消えていた。ただ、彼女自身が失われてしまったという、なにがしかだけが残っている。多分わたしは、そのことが残酷だと思っている。
 ひとつの疑問として、果たして彼女は、――。
 額に柔らかな冷たいものが押し当てられていた。手を添えてみる。濡れタオルであるらしかった。薄くまぶたを開けたとき、些か暴力的な西日が目に入った。身体を起こすと海は暗くて、背中にじりじりするような日差しが当たった。
「目、覚めた?」
 声の方に目を向けると、直枝さんがわたしの荷物を肩に下げ立っていた。その向こうには井ノ原さんたちがわっせわっせとカバンやらを担いで歩いていた。
「起こそうかと思ったんだけど」
 そう言って直枝さんはばつが悪そうに頭を下げた。
「いえ、お気遣いありがとうございました」
 この時期これだけ暗いのだから、ずいぶん眠ってしまったのだろう。逆にわたしが居たたまれなかった。
 気がつけばあたりには数えるほどのグループが残っているだけで、吹く風に反して寒々しささえ覚えるような暗い浜辺が広がっていた。
「お腹すかない?」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
 答えたけれど、本当は少しすいていた。だけど、なんだか言い出しにくい。
 帰り際、花火をやる段取りだったようだけれど、寝ているあいだに終わってしまったんだろうか。
 そう思っているところで、頭に手を置かれた。
「よし、西園にはこの大役を担って貰おうか」
 渡されたのは一本の大きな打ち上げ花火だった。


 手持ち花火が音を立てて燃え盛った。星は出ているが月はなく、花火をより一層際立たせた。
 井ノ原さんと宮沢さんが本数競争を始めたのでそれはそれは盛大だった。直枝さんも笑いながらお二人を眺めていたけれど、隣の鈴さんが対抗意識を燃やし始めるとさすがに止めた。わたしは神北さんや能美さんに混じって奥ゆかしく花火を楽しんだ。
「わふ〜っ! これぞニッポンの夏! ですっ。打ち上げ花火、一発限り割いて散る江戸の浮世の風情です。線香花火はわびさびで、手持ち花火は……一粒で二度おいしいんでしょうか?」
 能美さんは笑顔で解説を入れて、花火は進んでいく。
「そーいえば今お盆なわけじゃないですか。皆さんご実家には帰られたんですか?」
「うん。私は地元だから。親戚とかで集まったりもしないし、ちょっと前お参りしてきちゃったんだ」
「わたしは、これからです。あまりそういうのにうるさくないもので」
 緑や黄色の煙が空に昇っていった。色が変わるたび、お二人の顔が染め変わった。
「あっ! みおちゃんみおちゃん」
 神北さんに服の裾を引かれる。
「ちょっと日焼けの跡、付いちゃってるかも」
「え、ほんとですか?」
「あー、襟のとこ、確かに跡になっちゃってますね。そう言えばお顔も少し」
 西日に当たっていたせいだろうか。二人に胸元を覗き込まれて、なんだか恥ずかしいような、こそばゆくなってくる。
「でもそれくらいならすぐ戻るよ」
 神北さんはそう言って笑ってくれたけど。
「あんまり、すぐには戻ってほしくないかもしれません」
 わたしが答えると神北さんは、
「あれ? みおちゃんもしかして焼きたかった?」
 と言った。
「そんなわけではありませんが」
 そう言ったとき、砂まみれになった恭介さんが現れて、
「よし、西園、行け!」
 わたしの手にライターを持たせた。
 能美さんと神北さん、お二人が顔を見合わせて、それからわたしの顔を見た。
「がんばるのですっ!」
 能美さんの声には妙な気合が入っていた。
「火をつけるだけですけどね」
 と言いつつ、汗で手が滑って、なかなかライターに火が着かない。
「こんなこともあろうかと」
 差し出された恭介さんの手には、ワンタッチ式の長いライター、いわゆるチャッカマンが握られていた。
「なら最初からそっちを渡してください」
「いやまあ、なんかあるだろ? 情緒みたいなさ」
 恭介さんは笑ったけれど、わたしにはよく分からなかった。
 息を整え、導火線を手に持つ。
「あ、それ置いたままでいいぞ」
「ちょっと黙っててください」
 導火線を砂浜に投げ出して、慎重にボタンを押す。
 花火とは違った、素朴な灯りが生まれた。
 それをこわごわ、ゆっくり、導火線に近づけた。
 点火して少し。
 一発目の花火が打ち上がった。
 ドーン、と低い音がして、黄色い花火が散った。暗く溶け込んでいた波打ち際が、微かに明るく照らされた。
 それからはどんどんと、どうやっているのか、一度点火しただけなのに次々と打ち上げられはじめた。
 色とりどりの花火が夜空に舞った。赤や、青や、緑。誰かが酔っているのか、どこかから「たーまやー!」という掛け声が聞こえてきた。
「おう! 負けるな野郎ども!」
 恭介さんの号令のあと、井ノ原さんと宮沢さんが野太い声を出し始め、直枝さんも控え目に、かぎやー、と空に向かって声を上げた。三枝さんも混じって、本当にたまやかぎやの言い合いになった。
 そのまま男性陣はおおはしゃぎでダンスなど踊った。三枝さん以外の女性陣は――わたしも含めて――綺麗な火花に見入った。
 打ち上げが終わったとき、静かさが耳についたが、不思議と寂しくはなかった。


「じゃーパラソル閉じちゃって構いませんかー?」
 タオルで顔の砂だけ払わせてもらって、能美さんの言葉に頷く。わたしもせめてシートだけでも、と砂を払う。後から来た神北さんに手伝ってもらいながら、荷物が置かれていたときの印象よりずっと大きいビニールシートを畳んで丸めた。今日もまた、彼女について書くことはできなかった。
 他のグループの打ち上げ花火がわたしたちの足元を照らした。コンクリートの階段を登って一度だけ振り返ると、最後に大きな音を立てて弾けた玉が、空と海を暗闇ごと赤く染めた。


[No.898] 2009/01/24(Sat) 00:00:52

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