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all 第26回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/02/05(Thu) 21:25:32 [No.908]
死ねない病 - ひみつ@6617 byte まにあったきがする - 2009/02/07(Sat) 21:33:50 [No.925]
しめきりー - 主催 - 2009/02/07(Sat) 00:15:37 [No.923]
持たぬ者 - ひーみーつ@6144Byte - 2009/02/07(Sat) 00:05:34 [No.922]
[削除] - - 2009/02/07(Sat) 00:00:46 [No.921]
馬鹿につける薬はない - ひみつ@10133byte - 2009/02/07(Sat) 00:00:25 [No.920]
ガチ魔法少女 マジカル☆みおちん - ひみつ@13165Byte・作者は病気 - 2009/02/06(Fri) 23:58:32 [No.919]
桃缶はっぴぃ - ひみつ@9202 byte - 2009/02/06(Fri) 22:57:21 [No.918]
風邪をひいた日に - 秘密 @4507Byte - 2009/02/06(Fri) 22:47:32 [No.917]
手樫病 - ひみつ@9345 byte - 2009/02/06(Fri) 22:43:28 [No.916]
世界の卵 - ひみつ@19577byte - 2009/02/06(Fri) 19:16:02 [No.915]
pony症候群 - ひみつ@12934 byte - 2009/02/06(Fri) 18:04:37 [No.914]
一滴の涙 - ひみつ@14144 byte - 2009/02/06(Fri) 07:36:37 [No.913]
裏庭での一時 - ひみつ@17018byte(冒頭、若干修正) - 2009/02/06(Fri) 05:09:24 [No.912]
わらしべクドリャフカ - ひみつ@20356 byte - 2009/02/06(Fri) 00:01:36 [No.911]
父娘の平日〜看病編〜 - ひみつあーんど初 5810byte - 2009/02/05(Thu) 21:46:40 [No.910]


裏庭での一時 (No.908 への返信) - ひみつ@17018byte(冒頭、若干修正)

「でもでも、やっぱり少しだけ不満があるです」
「気持ちは分かるけどね、あなたも私も姉さんも仕事があるのだから少しは我慢なさい」
「でもでも〜」
「むぐ、もぐ」
「食べてばっかりいないでお姉ちゃんに反論してよ〜」
 人気のない裏庭。放課後、恭介の都合で野球の練習までに少しだけ時間が出来て、帯に短くたすきに長いその空白の時間、寮に帰る気になれなかった理樹が散歩していた時にそんな会話が耳に入ってきた。
「?」
 裏庭は物寂しい場所で秘密の会話をするにはうってつけの場所だがこういった雑談をするには不向きだ。なんというか、風景を見ているだけで気が滅入る。真面目な会話をするには向いている風景なのかも知れないけど。
 こんな所でそんな雑談をする人達にちょっとした興味がわき、ひょいと裏庭を覗いてみる。ゆっくりと邪魔にならないように静かに顔を出したつもりだったが、最初の瞬間からバッチリ全員と顔が合ってしまった。
 3人とも女の子。背が高くてきりっとした顔つきの、灰色がかかった髪で色白の女の子。背が低くてぽややんとした、肌が少し焼けた黒髪の女の子。食べてばっかりの、けれども黙って立っていたら絵になりそうな女の子。
「あ、ごめん。邪魔しちゃっ――」
「あ、理樹君だ」
 と。理樹が謝る前に背の低い女の子が、いきなり名前を呼んできた。
「え?」
「どうしたのかしら? こんな所になにか用事でもあるのかしら?」
 背の高い女の子も気安くそんな事を言ってくる。
「え? え?」
 全く見覚えがない。理樹は助けを求めるように最後の一人の女の子の方を見る。
「もぐ、もぐ、ごっくん」
 口の中の物を咀嚼し終えた女の子は、
「や」
 そう言って親しげに手をあげて挨拶したら、また目の前にある羊羹に手を伸ばした。なんというか、行動ですべてを台なしにしているような女の子だ。
「って、そうじゃなくて」
 ぶんぶんと頭を振って変な考えを振りはらう。失礼な事を聞くとは分かっているが、これを聞かない事には話が進まない。
「皆さん、どちらさまですか? 僕と会った事ってありましたっけ?」
 理樹の言葉に、背の高い少女はああそうかといった顔になり、背の低い少女は頬を膨らませ、台なし少女は食べる動きを停止させる。
「まあ、よく考えたら分からないわよね」
「ひどいよー。理樹君、3日前一緒にご飯食べたじゃん!」
「僕とは昨日一緒だったのに……」
「???」
 全く心当たりがない。機嫌が傾いてきている2人の少女を背の高い少女がまあまあと慰める。
「そう言えば私たち、理樹さんにちゃんと自己紹介してないじゃない。いい機会だからちゃんと自己紹介をしましょうよ」
 そう言ってコホンと咳払いをする背の高い少女。
「私はストレルカ。改めてよろしくお願いしますね、理樹さん」
「ヴェルカだよ、ヴェルカ〜」
「……ドルジ」
 !?





 裏庭の一時





 名称未定。感染した哺乳類を人間に変える。病原菌が消えるまで約半日。もちろん人間には感染してもなんの効果もない。
「らしいですよ」
 ズズ〜。とストレルカがお茶を飲みながらそう解説をつけてくれる。
「いや、もう、何と言えばいいのか。いや、もう、なんでもありだね」
 理樹にはそんなコメントしかつけられない。というか、他にどんなコメントをつければいいのか。隣にいる鈴とクドも似たような反応をしている。ちなみにこの二人はパニックに陥った理樹によって呼び出された。
「ほらほらクドリャフカ姉さんもそんな顔しないで」
「は、は、はいぃ!」
 穏やかな顔でそう言うストレルカに、クドもリアクションが上手く取れていない。
(っていうか、背の高いストレルカに姉さんと呼ばれるクドにすごい違和感が……)
 それを言うならクドにストレルカにヴェルカにと、外見で似ている所がないのに姉さんお姉ちゃんと言い合うのにも違和感が。まあ、これは義姉妹というべき間柄だから仕方ないのかもしれないけど。
「う〜」
 ちなみにヴェルカは理樹どころかクドにまで気がついて貰えなかったのが寂しいのか、涙目で睨みあげてくる。
「ヴェルカ、あなたもいい加減に機嫌を直しなさい」
「でもでも〜」
 姉妹がじゃれあう。人間としては当然の光景でも、元がストレルカとヴェルカだと考えるとどうにも違和感が付きまとってしまう。
「鈴ちゃん、」
「お前メスだったのか! そして食ってばっかりか!」
 鈴は鈴でドルジが口を開く度にこんな突っ込みばかりを繰り返している。気持ちは分からないでもないが。
「いや二人とも、そろそろ落ち着こうよ。気持ちはすごい分かるけど。ほら、深呼吸して」
 理樹の言葉に半ば暗示的に従い、スーハーと深呼吸する二人。
「って、落ち着けるかー!」
 鈴の雄叫びも無理はない。
「鈴さん、落ち着きなさいって。はい、お茶。クドリャフカ姉さんも」
「……ありがとう」
「ありがとうございます、ストレルカ」
 そんな鈴に、そしてクドにそっとお茶を差し出すストレルカ。なんというか、大人だ。
 そしてずず〜とお茶をすすって、ようやく落ち着きを取り戻したらしい二人。
「はい、理樹さんもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 理樹にもお茶が配られる。それを口につけて喉を通す理樹。
「あ、美味しい。これ、どこのお茶?」
「知らない、恭介君に貰った物だし」
 答えたのはヴェルカ。彼女はお煎餅をパリパリと食べていてご機嫌だ。さっきまで大騒ぎだったのに食べ物一つで機嫌が直る辺り、なんというか、子供だ。
「って、恭介に会ったの?」
「うん」
「ええ、人間の姿になって困っていた所に通りがかったのが恭介さんだったんですよ。服を用意して頂いて、しかもバイオ田中とおっしゃる方の所まで連れて行って頂き、原因まで特定して下さったんですよ」
「血、抜かれたちゃったけどね」
 ドルジがモグモグと口を動かしながら補足するが、ちょっと待って欲しい。今、ストレルカのセリフの中に聞き逃せない言葉があった。
「ゴメン。僕の聞き間違いだったら嬉しいんだけど、今ストレルカは服を用意して貰ったって言ってなかった?」
 声が強張っていると自覚できる程、平静とはかけ離れた理樹の声に答えたのはヴェルカ。
「うん。恭介くんが服を用意してくれたんだよ」
「ヴェルカ! お前大丈夫かっ!?」
「へ?」
 色を無くしてヴェルカに詰め寄る鈴。ドルジでもストレルカにでもなくヴェルカを真っ先に心配する辺り、この兄妹は心底理解しあえているのだろう。
「り、鈴ちゃん? 大丈夫ってなにが?」
「体だ、体は大丈夫か!?」
「いや、だから変な病原菌に感染してるんだって」
 微妙に話がかみ合っていない。見ればストレルカもドルジもクドも首を傾げていて、鈴が何を心配しているのか分かっていないようだ。仕方なく理樹が助け船を出す。
「恭介に何か変な事されなかった?」
「変なこと?」
「うん。例えば不要に抱っこされたりとか、ジロジロと舐めまわすように見られたりとか」
 理樹の言葉にヴェルカは不思議そうに首を傾げながら答える。
「別に。最初チラリと見たきりこっちに全然顔を向けてくれなかった位。最初は嫌われてるのかなとか思ったんだけど、服を持ってきてくれてから普通になったよ」
「そうだったんだ。僕には最初から最後まで普通だったけど」
「私にも普通でしたよ。ヴェルカにだけそうだったなんて、恭介さんはどうかなさったのかしら?」
 お団子を口に運びながら言うドルジに、少し心配そうなストレルカ。そんな彼女らにニッコリと笑って返事をする理樹。
「ああ、それなら心配しなくても大丈夫だと思う」
(ただの紳士なロリコンなだけだから。っていうか恭介、ストレルカたちに反応しないなんて筋金入りだったんだね)
 心の中でだけそう付け加える。
「やっぱり、恭介は恭介だ」
「だな。バカ兄貴はバカ兄貴だ」
 満足そうな顔で同意を示す鈴。そこからは恭介が真性のロリコンだった事に安心しているのか、それともヴェルカに手を出さなかった紳士さに安心しているのかは判断できない。
「でも、恭介さんはストレルカ達の制服と下着をどこから調達してきたのでしょーか」
 不思議そうにクドが呟くと、理樹と鈴の動きと表情が凍った。女子の制服、しかもサイズがバラバラ。下着つき。ブラだってサイズが一人一人違う。そんなもの、どうやって調達したのか。
「まあ、恭介だし」
「まあ、きょーすけだしな」
 また同じセリフを繰り返す幼なじみ。今度はやや好意的な色を込めての言葉だった。きっとまた不思議な方法を使ったんだろうとごまかしておく。
「何の話なの?」
 向こうの三人には聞こえてなかったらしく、ヴェルカがキョトンとした目で聞いてくる。
「いや、恭介がどこから三人の服を調達してきたのかが気になってね」
 アハハと浅く笑いながら言う理樹に、意外な返事をしたのがストレルカ。
「あ、それ私が聞きました。制服は購買にあったものを拝借したらしく、下着は借りてきたらしいです」
 借りてきた。
「「「誰に?」」」
 三人の声がはもった。ヴェルカはうーんとと首をかしげるが、答えを思い出せないらしい。
「忘れちゃった。見れば分かる?」
 ばっさとスカートをたくしあげるヴェルカ。黄色いレースのぱんつだった。
「わ、わわっ!?」
「何してるんだー!!」
 絶句する理樹と、目を丸くして硬直するクドと、神速で駆け寄りたくしあげたスカートをたくしあげた手をはたき落とす鈴。実に意外なお母さんスキルだった。
「いったーい。鈴ちゃん、何するのよ」
「下着を人に見せるなっ! そんなことをしちゃ、めーだ!」
 左手を腰にあて、右手の人さし指をたてて。そして涙目のヴェルカに視線を合わせて真摯に言う鈴。ネコにしつけをしている時の雰囲気にそっくりだ。そう考えるとお母さん的な行動も実は鈴に似合った行動なのかも知れない。
「そんな事って?」
「下着を人に見せることだ」
 常識人が聞いたら頭を抱えそうな質問にも苛立ったりしないでしっかりと答える鈴。
「そうなの?」
「そうだったのですか?」
「そーなんだ」
 常識を教える対象が増えた。
「ああそうだ。それからハダカも見せちゃだめだぞ。特に男に見せたらダメだ」
 それでも鈴は一人一人に視線を合わせてちゃんと説明する。しかしそれでも納得いかない風のヴェルカ。
「でも、みんなそんなに隠してないと思うけど」
「そ、そんな事はない!」
 意外にも純真そうな口調でとんでもない事を言うヴェルカに、とうとうたじろいだ鈴。そしてヴェルカの言葉にピンと来た理樹が口を開く。
「あ、そうか。ヴェルカが犬の時は背が小さいから、スカートの中が見えちゃうんだ」
 とたんに鈴とクドから生温かくも冷たい視線を向けられる理樹。いたたまれなくなって視線を逸らす。
「そう言えば、誰にもそうですけどどうやって下着をお借りしたのでしょーか?」
「僕は校舎裏の林の中で服を脱ぎ合っている女の人と男の人を見たことがあるけどなぁ」
 理樹はクドとドルジの言葉は全力で無視する。どっちも分かりやすく、深く掘り下げたら地獄に繋がっているだろうから。

「ふう、食べた食べた」
「食い過ぎじゃボケー!」
 お腹をポンポンと叩くドルジに突っ込む鈴。
「8割方ドルジさんが食べましたからね」
 そう言うのはゴミを拾ってビニール袋にまとめていくストレルカ。そして傍らではヴェルカが寂しそうに落ちて行く夕日を見ている。
「あーあ、もう夕方か。もうすぐ半日経っちゃうね」
「そうなのですか? いつ人間の姿になったんですか?」
「詳しい時間は分からないけど、確かお日さまが昇るか昇らないかって時だったと思う。結構面白かったのに」
 クドの疑問に、残念そうに答えるヴェルカ。
「僕は人間の美味しい物をたくさん食べられたから、満足」
 本当に満足そうに言うドルジを呆れた目で見るヴェルカ。
「でもでも、恭介君が他の人に見つかるとまずいからここから動くなって言うから、人間の姿でお散歩とか出来なかったんだよ」
「仕方ないですよ、ヴェルカ。これ以上恭介さんにご迷惑をおかけする訳にもいきませんからね」
「う〜……」
 分かってはいるけど納得は出来ないのだろう。文句はこれ以上言わないけれども、機嫌を直しもしない。
「困った子ね」
 やんちゃな子供を見るような顔でヴェルカを見るストレルカ。
「じゃあ、ここで何か遊びましょうか?」
 それを見かねてクドがそんな提案をした。目を丸くするストレルカとヴェルカ。
「いいの、クド姉さん?」
「いいの、クドお姉ちゃん。野球の練習があるんじゃないの?」
 声を合わせる姉妹に笑って首を振るクド。
「いいのですよ。一回くらい休んだってだいじょーぶなのです。それにヴェルカ達と遊ぶ方が大切ですから」
 太っ腹なクドの言葉にパァっと顔を輝かすヴェルカ。
「よかったわね、ヴェルカ」
「うん! じゃあ、じゃあ、何をして遊ぶ!?」
「私はヴェルカの好きなものでいいわ」
「私もですよ」
「あたしもだ!」
「僕も何でもいいよ」
「僕は寝てる……」
 唯一協調性の無いドルジは既に草の上でゴロンと横になっていた。
「牛になるぞ、ドルジ」
「今更〜」
 いちおう自覚はあったらしい。そして草の端の方に座りこちらを眺めてくる所を見ると、動く気はなくても遊んでる姿を見る気はあるらしい。まあ、それだったらネコでも出来るけど。
 一方、全権を託されたヴェルカは一生懸命に頭を捻っている。だけどやがて大きな声で叫んだ。
「キャッチボールがしたい!」
「……ヴェルカ、あなたたまにクド姉さんにして貰ってるじゃない」
 ちょっと呆れているストレルカに、ブンブンと首を振るヴェルカ。
「そうじゃないの! 私はストレルカお姉ちゃんみたいに投げ返せないから、私からもクドお姉ちゃんにボールを投げ返してみたいの!」
 確かにストレルカの大きな体だったら首を振る遠心力でボールを投げる事は出来るけど、ヴェルカの小さな体ではまだそんな事は出来ない。
「まあ、ヴェルカがそう言うならいいけど」
 ほんのりと残念そうにストレルカは首を縦に振る。
「じゃあ僕はグラウンドに行って、え〜と、5人分のグローブとボールを借りてくるよ。後、恭介たちに今日は休むって伝えてくる」
 そう言って駆け出す理樹。
「あ、私も行く!」
 そしてついて行きそうになったヴェルカの首根っこを捕まえるストレルカ。
「だからあなたはここに居なくちゃダメでしょう?」
「うう〜……」
 遊べると分かって少しタガが外れてしまったらしい。残念そうに唸るヴェルカの声を聞いて、理樹はくすりと微笑んだ。

「えーい!」
「おーらいです」
 ちょっと後ろに下がってヴェルカの投げたボールをグローブにおさめるクド。
「ストレルカ、投げますよー」
「はい」
 そしてクドの投げたボールをキャッチするのはストレルカ。次にストレルカが見るのは鈴。
「行きますよ」
「て、手加減は忘れないでくれ」
 ブォンとやや恐ろしい音を立てて鈴に迫る白球。
「くわっ!」
 パァン!!
 鈴の気合の入った声と共に軽快な音をたてるグローブ。
「びっくりしただろぼけー!」
「ごめんなさい。それなりに力を抜いたつもりだったのだけど、やっぱり力加減が難しいわ」
 チラリとドルジの横を見るストレルカ。そこには頭にコブをつくって目を回している理樹の姿が。ストレルカの初球をなめた結果だった。
「……まあ、努力は認める」
 ちょっと冷や汗を流しながら油断した男の末路をチラ見する鈴。そしてボールは次に鈴からヴェルカへ。

 パンパンパンパァンと軽やかな音を立てながらボールが流れる。
「はいっ!」
「と、と、と」
 またヴェルカのボールが流れ、クドのジャンプでギリギリ届く。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ、ヴェルカ。初めてにしてはとても上手です」
 笑って八重歯を見せながら、ボールをストレルカに回すクド。
「この位かしら?」
 パン!
「ふかー!」
「ストレルカお姉ちゃんはあんなに上手なのに……」
「ストレルカは前からボールを投げていましたから」
 クドの言葉にヴェルカはおーと右手をあげて気合いを入れ直す。
「次は真っ直ぐ投げるもん!」
 パンと鈴からの返球を受けて、しっかりとクドを見るヴェルカ。
「……、えいっ!」
 ぶんと白いボールが飛ぶ。パンと音を立てて、真っ直ぐにグローブにおさまるボール。
「やったです、ヴェルカ」
 笑ってヴェルカを見るクド。
 けれども、ヴェルカはそこに居なかった。いや、多分いる。地面に落ちて服の、盛り上がった所でもぞもぞ動いているのがきっとヴェルカだ。
「ヴェルカ……」
 ストレルカの方を見ても、そこに人間はいない。大きな服を被って顔だけをのぞかせている大型犬がじっとクドを見ているだけ。
「ストレルカ……」
「わん!」
「きゃん!」
 クドの妹たちはそう吠えると姉の元に駆け寄ってくる。そしてペロペロとその顔を舐め始めた。
「く、くすぐったいですよ、二人とも」
 クドはそう言って二匹の頭をかき抱くが、それでもストレルカもヴェルカも舐めるのをやめようとしない。
「くすぐったいですって。くすぐったくて……涙が出ちゃいます」
 グスっと鼻をすするクド。
「楽しかったですよ。ストレルカ、ヴェルカ。私たちが本当の姉妹だったみたいに、夢みたいに楽しい時間でした」
 そう言ってクドは笑った。頬に涙が流れていたけど、それでも静かに笑っていた。

「で、お前はいつネコに戻るんだ?」
「病気だから、個人差があるんだよねぇ」
 その後ろで呆れた目でドルジを見る鈴の姿があった。
「まあそれでも、僕ももうすぐネコに戻ると思うけどね」
 そう言って寝転がっていた体勢から立ち上がるドルジ。それから理樹、クド、鈴と一人一人の顔を見つめる。
「理樹とクドは聞こえてないと思うけど。楽しかったよ。理樹、クド、鈴。今日は僕とお話をして、一緒にお菓子を食べてくれて、」
 瞬間、女性の姿が消える。そして現れるデブネコ。
「ぬおっ!」
 ありがとう。女性の言葉がドルジの言葉に重なった。



「そうなんだ。僕もみんなとお別れしたかったな」
「ストレルカのボールを受け取りそこなうのが悪い。本当にお前はキャッチャーか」
「う、それを言われると……」
「まあまあ鈴さん。ストレルカのボールを受け止めるのが怖かったっても、そんなにリキを責める事ないじゃないですか」
「こ、怖くなんかなかったぞ!」
 翌朝。そう言いながら三人は渡り廊下を歩いている。休みのこの日、昨日の休み分を引け目に思った三人は、せめて朝のグラウンド整備くらいはと引き受けたのだ。
 そうしてふと裏庭に目を向けてみると、
「「「は?」」」
 わらわらわらと、何十人もの老若男女がたむろっていた。しかもそのほとんどが裸だ。
「前を隠せっ!」
 とりあえず誰よりも早く鈴が突っ込んだ。そしてそれを聞いて一斉にこっちを見る全裸の老若男女。
「あ、鈴だ」
「鈴ちゃんだ〜」
「手に持ってるのは今日のご飯? ご飯?」
「ダメだって。人間になるとネコのご飯はまずいってドルジが言ってたじゃないか」
 もうこの会話だけで半ば彼らが何者か想像がつくというものだが、全裸の人間の集団に迫られた鈴は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「誰だお前らっ!」
「アガサだよ〜」
「レノン〜」
「……ヒョードル」
 次々と名乗る中、集団の中から服を着た女性が飛び出した。
「ストレルカ!?」
 その顔を見たクドが叫ぶ。驚いていいやら喜んでいいやら分からないと体全体で表現する程のビックリっぷりだった。
「みんな!」
「ストレルカ、これ、どうしたの?」
 事態に着いて来れていない二人に代わって理樹がストレルカに問いかける。
「昨日バイオ田中って人に血を取られたって言ったでしょ? あの人が病原菌を培養していたらしいんだけど、今朝がた何かの理由で病原菌が漏れたらしいの。いわゆるバイオハザードって奴ね」
「ええええええええええええ」
 裸の老若男女を生み出すバイオハザード。イヤ過ぎる。
「そして私に関してなら、どうやらこの病原菌は免疫を作らないらしいの。だから何度でも人間になれるわ。ドルジは向こうで日なたぼっこしてるし、ヴェルカは」
「クドお姉ちゃん!」
 ストレルカが言いきる前に、横からヴェルカが飛び出してクドに抱きついた。
「ヴェルカ!」
 飛びついて来たヴェルカに、クドもびっくりしながらしっかりと抱き返す。
「あははは、お姉ちゃん。クドリャフカお姉ちゃんだ! 抱っこじゃなくてちゃんと抱き合えてる!」
 そしてそんな二人を見て笑うストレルカ。感動の、姉妹の再会だ。そしてその奥では全裸の民衆に威嚇をする鈴と、そんな鈴を悲しそうに見る全裸の民衆。
「……これ、どう収拾つけたらいいんだろう」
 理樹は一人、額に手を当てて空を仰いだ。ゆっくり日向ぼっこをしているであろうドルジをうらやましく思いながら。


[No.912] 2009/02/06(Fri) 05:09:24

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