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WINGBEAT COFFEE ROASTERS

all 第27回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/02/19(Thu) 00:32:27 [No.930]
Future_Drug - ひみつ@4940バイト 1秒遅刻するのも1日遅刻するのも同じ。 - 2009/02/21(Sat) 03:04:05 [No.941]
しめきるー - 主催 - 2009/02/21(Sat) 00:18:56 [No.940]
[削除] - - 2009/02/21(Sat) 00:00:59 [No.939]
みんないっしょに - ひみつ@14804byte - 2009/02/20(Fri) 23:57:41 [No.938]
透明な涙 - ひみつ 20464byte - 2009/02/20(Fri) 23:51:44 [No.937]
彼女と赤橙の空 - ひみつ@20428 byte - 2009/02/20(Fri) 23:49:52 [No.936]
リトル・ホリデイ - ひみつ@17364byte - 2009/02/20(Fri) 23:48:02 [No.935]
ダブルサプライズ - ひみつぅ@1851 byte - 2009/02/20(Fri) 22:47:06 [No.934]
ある晴れた日のカクテル光線 - ひみーつ@10741byte - 2009/02/20(Fri) 10:12:23 [No.933]
愛のおはなし。 - ひみつ@11951byte - 2009/02/19(Thu) 08:47:35 [No.932]


彼女と赤橙の空 (No.930 への返信) - ひみつ@20428 byte

 潮騒の音が聞こえてきた。そちらに目を向けると、あるのは一面の青。空の青と海の青。それらは遠くに行くごとに近づいているような錯覚を抱かせた。足下に熱せられた砂の感触。わたしは辺りを見回す。防波堤。テトラポッド。後はどこまでも続く肌色と青ばかり。ふふっ。わたしは小さく笑う。聞こえてくるのは波の音ばかり。その静けさが殊更強く、教えてくれる。この世界は、きっとどこまで行っても今のような景色が広がっていることだろう。わたしの願いは叶ったのだ。ふいに、幾人もの顔が通り過ぎる。楽しそうに笑っている女性。可笑しそうにしている男性。最後に、悲しそうにわたしを見つめている男の子。唇を一度、強く噛む。望んだのはわたし。見捨てたのはわたし。
 わたしは波打ち際までくると、その青の中に足を沈める。染み込んできた水が靴を通り、やがてわたしの足を濡らす。すみません。気が付けば口からは、そんな言葉が漏れ出していた。その言葉は、ふいに吹き抜けた風にさらわれて行く。その風を追うように、わたしは視線を前へと向けた
 視界に入るのは、どこまでも続く砂浜と海だけ。この景色に果てはあるのだろうか。あるのなら見てみたいと思った。わたしは歩き出す。先ほど、濡れたはずの靴はもうすっかり乾いていた。







「西園さん、これどうもありがとうございましたー」
 能美さんが、そういって文庫本を差し出してきた。わたしは開いていたノートから視線を上げて、それを受け取る。それは先日、能美さんに貸した小説だった。わたしは口元を緩めると、能美さんへと視線を向ける。その瞳には、多分期待のようなものがこもっていただろう。それに気づいた能美さんは、人懐っこい笑みを浮かべると胸の前で、その小さなこぶしを握った。
「とっても面白かったのです!」
「そうですか。お気に召したようでなによりです」
 そういってにこりと能美さんへと笑いかける。その時、視界の隅に写った机の角からにゅっと腕が生えてきた。わたしは、机の上に広げっぱなしのノートの上に手を置く。そうとは知らずに腕はノートの端を掴むとぐいっと引っ張った。もちろん、手が置かれているので動かない。すぐに「あれ? お?」という素っ頓狂な声が響く。数秒後、声の主はそーっと顔の半分を上げて机の上を見た。その視線がわたしの目を捉える。わたしは、何も言わずにその瞳を見つめ返す。その間も、その人はくいくいっとノートを引っ張っていた。
「……何をしているんですか、三枝さん?」
「……イヤー、別に何もしてないですヨ」
「そうですか。ならノートから手を離してください」
「いや、ほらあれですヨ。広げっぱなしだったから閉じて上げようかなって」
「それぐらい自分でします」
 そこまで話したところで三枝さんは、立ち上がってノートを離した。そして、今度はその上にあるわたしの腕を掴んできた。
「お願い! 今日、抜き打ちで英語のテストがあるのすっかり忘れてて、しかもノートとってないから予習も出来ない可哀想なはるちんに愛の手を!」
「……嫌です。普段から取ってないからそういうことになるんです。自業自得だと思って、今回は赤点をとって下さい」
「おにー、美魚ちんのあくまー!」
「あのー、三枝さん、私のお貸ししましょうか?」
「あ、ミニ子のはいらない」
「能美さん、甘やかしてはいけません。三枝さんのためになりませんよ。それが真の思いやりというものです」
 そうわたしは能美さんに向けていう。けど、どうにも能美さんの耳には入っていないみたいだった。能美さんは、ツカツカと三枝さんに近づくと両手を掲げる。そして、三枝さんのことをポカポカと叩き始めた。
「えい、えい!」
「うわわ! な、なに!?」
 三枝さんは驚いてわたしのことを見てくる。それにわたしは顔を背けて返す。これも自業自得だろう。と、ちょうどその視線の先に鈴さんと直枝さんが教室に入ってくる姿が見えた。わたしは、「鈴さん」と短く呼ぶ。二人は、その声に気づくとわたし達の所へとやってきた。二人は、三枝さんと能美さんのやり取りに首を傾げていた。
「どこか行ってらしたんですか? 先ほどから姿を見かけませんでしたけど」
「うん、鈴とね。職員室に」
「職員室?」
「えと……」直枝さんは、そう短く漏らすとはにかむ。「あの事故のことでね」
「ああ……ヒーローですものね。直枝さんと鈴さん」
「そんなんじゃないよ。ただ必死だっただけだよ」
「謙遜しなくてもいいですよ。直枝さんと鈴さんは、わたし達の命の恩人なんですから」
「うむ、西園女史の言うとおりだ。理樹くん、鈴くん。胸を張りたまえ。特に鈴くんは、もっと強調するように張りたまえ」
 その唐突に聴こえてきた声に、わたしは振り返る。いつの間にいたのか、ちょうど後方に笑みを浮かべた来ヶ谷さんがいた。その言葉を聴いて鈴さんは威嚇するように目を剥く。猫ならきっと毛が逆立っていることだろう。ふいにそんな鈴さんの肩に、そっと手が置かれた。手の主──神北さんは、陽だまりのような笑みを浮かべながら鈴さんのことを見つめていた。鈴さんは、照れたのか頬を赤く染めると、下を向いてしまった。皆が、そんな鈴さんを見て嬉しそうに笑う。それを見ながら、わたしは直枝さんに話しかけた。
「あと、三人ですね」
「え?」
「井ノ原さん、宮沢さん、恭介さん」
 そのわたしの言葉に直枝さんは合点がいったというように一度頷く。それを確認した後、わたしは窓の外へと視線を移す。
 そこにある澄んだ空を見ながらわたしは、あの可笑しくてバカバカしい日々が、また間近に迫っていることに小さく口元を綻ばせた。





 果てはまだ見えなかった。一体どれだけ歩いただろう。この世界で太陽は沈まなかった。視界に映るのは水平線で交差する青と地面を満たす砂浜のみ。だから、時間の経過なんてわからない。そもそも時間という概念があるのかさえあやふやだ。わたしは、果てを目指して歩き続けていた。けれど一向に果ては見えなかった。それでもわたしは歩き続けた。何故、それほどまでに果てに執着しているのだろう。多分、わたしは自分のいる場所がどんな所なのか知りたかったのだと思う。わたしは誰でもないわたしになりたかった。けれどそれはここに来ただけではかなっていないような気がする。だから、その答えが果てにあるのだと思った。
 わたしは波打ち際に向かい、しゃがみ込む。そして、そこにある青を掬った。青は、手の平の上で無色透明へと変質し、零れ落ちていく。零れ落ちた透明は海に戻り青と混ざり合っていく。染まっていく。わたしは、また無色透明の水を手の平で救う。その動作を何度も繰り返す。
 ふとその時、視界の隅で一瞬何かが光った。それは波が引く瞬間だけ、太陽の反射を受けて輝いていた。その眩しさに一度、思わず顔を背ける。わたしは、波打ち際に近づいていくと、それを拾い上げる。それは小さなガラス細工の瓶だった。瓶の中に、半分ぐらい砂が詰っていた。けれど、瓶の上部には、ワイン容器の栓のような蓋がしっかりと押し込まれていたその瓶は、太陽の光に照らすと中にある砂が輝いているように見えて綺麗だった。しばらく、その捩れた瓶に映る砂の輝きを見つめる。きっと普段、こんなものを見つけた所でなんとも思わないだろう。けれど波にさらされている姿は、人の持つノスタルジィを刺激する。それはまるでこの瓶を覗けば、その軌跡が見えるのではないかという幻想。わたしは、目の前に瓶を掲げて、その向こう側を見る。奇妙に歪んで、遠近が曖昧になった景色。この幻想的な景色を見て、人は夢想をするのだろう。わたしにはそう思えた。そんな感傷じみた考えがおかしくて、瓶を掲げたままクスリと笑う。
 その時、瓶を介して見える捩れた景色には、奇妙なものが映った。それはココに来て初めて目にする色。けど、それはわたしがとてもよく見慣れた色。「あ……っ」うめき声のような声が漏れる。心臓がせっつくように一度、大きく跳ねた。わたしは、瓶をポケットに無造作に入れると覚束ない足取りで、そちらへと向かっていた。

 その色まではまだ遠い。けれど、その色はまるで自分の存在を誇示するように鮮やかさを放ち、わたしの視界を固定する。
 それは青と同じ、自然の象徴。
 ふいににこりと屈託なく笑う見慣れた顔が浮かぶ。けど、その顔はそんな風に屈託なく笑うことは少ない。わたしは、そんな風には笑えない。
 鮮やか過ぎる色が迫ってくる。それは世界の息吹を感じさせる色。あの子の名前と同じ色。
 ──緑。
 やがて、わたしはその場所に辿りつく。そこには緑を囲むように小さなブラスティック製の柵が刺さっており、その中に芝生が広がっていた。その芝生の中央付近、そこにはわたしをここまで連れてきた緑色。ケヤキの木が風にさらされながらゆったりと無数の葉を揺らせていた。わたしは、柵を乗り越えて芝生の中に入り、そこにあるケヤキの木へとそっと触れた。その時、まるで波が岩に当たり弾ける様な音が聞こえてきた。それは断続的に聴こえてくる。その音を境にするように辺りの景色が変わり始めた。灰色をした大きな建物がケヤキの下を見下ろすように現れる。その建物から少し離れた所にコンクリィトの壁があたりを囲むように広がっていく。わたしは、その景色を呆然と見詰めた後、視線を下へと向ける。そこにもやはり灰色のコンクリィト。それはわたしの見慣れた風景。あの人たちと過ごした一番の舞台。
 その風景にふいに朱がさし始めた。それを見て弾かれたように頭上を見上げる。そこにあるのは茜色に染まりながら沈み行く太陽。もうどこを見回しても青はない。それがどうしようもないほど、告げていた。ここが果てであると。
 沈まない太陽は、沈み。孤独を求めたわたしは。わたしは──。

 この場所でボールが飛んできたこと。中性的な少年と話した記憶。人見知りする少女に聞かせたお話。
 グラウンドで、部室で、皆と話した他愛のない会話。
 それらが頭の中で映画の予告編のように忙しなく過ぎていく。
 ……ああ。
 わたしは、漸くそこで自分の間違いを認められた。






 車窓から沈んでいく茜色に染まった太陽を眺めていた。
「わふー、とっても面白かったのです!」
「しかし、どうせ海まで行ったのなら、皆の水着姿が見たかったな。もう少し時期が早ければ、ああ、諦めきれん!」
「ゆいちゃんは、楽しくなかったの?」
「いや、楽しかったぞ。それとゆいちゃんはやめてくれ」
「来ヶ谷、いい加減諦めろ」
 車内から、そんな賑やかな声が聞こえてくる。わたしはそちらへと視線を移す。そこにはオレンジ色に染まりながら笑っている皆の顔。ふいにコンコンと窓がノックされる。普通に考えて今車は走っているのだから、そんなことはありえないのだが、けどそれがありえるのがこのメンバーなのだ。わたしは、ドアについたボタンを押す。
「お、開いた開いた」開いた窓から井ノ原さんが逆さまに顔を出す。「なんかやけに楽しそうだがなんかあったのか?」
「別に何もないですよ?」
「うむ、何もないから黙って屋根に座っているがいい」
「なんだよ! こっちは謙吾と二人で暇なんだよ。風があるからオチオチ話もできないしよぉ」
「この車内は今や女の子の秘密の園だからな。君達のような男性はお断りだ」
「恭介と理樹はいいのかよ!」
 井ノ原さんは、運転席と助手席のほうを指差してブンブンと振り回す。直枝さんは、それに困ったように笑う。恭介さんは恭介さんで運転で忙しいのか無反応だった。いや、ただ単に無視しているだけかもしれない。その間も井ノ原さんは、如何に天井にいることが仲間外れにされているようで寂しいか切々と語り続けた。
「ええい、うるさい。美魚君!」
 来ヶ谷さんは、きっと井ノ原さんを睨み付けるとそう言って来た。その言葉の意図をすぐに察知するとわたしは、先ほど押したボタンを今度は、上へと上げる。井ノ原さんの「おい、ちょ、ちょっと待って」とか「いや、待ってください。お願いします」とか、とても情けない声が聞こえてきたが無視した。窓が完全に閉じると、ドンドンと井ノ原さんがガラスを叩く音が聞こえてきた。けれど誰も取り合わないことに気づいたのか、しばらくしてその音もやんだ。わたしは、それを確認するとまた沈み行く太陽を見ようと窓のほうを向いた。だが、ツンツンと肩を叩く気配を感じてわたしは動きを止めた。少々、残念な気持ちになりながらそちらを向くと何故か頬を膨らませた三枝さんの顔があった。そういえばいつも無駄に喧しい三枝さんが、さっきからまったく会話に参加してないことに気づいた。「三枝さん?」わたしは、短く口を開く。けれどそれを聞いた三枝さんは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。その態度に首を傾げる。三枝さんは何も言ってこない。わたしは早々に諦めると、窓のほうへと視線を向けた。すると今度はさっきよりも強くグイグイと肩を押された。わたしは眉間に皺が寄るのを自覚する。
「なんですか? 三枝さん」
「美魚ちん、冷たすぎ! 普通、もっとなんか聞くでしょう? 私にはそんなに興味がないってことかー!?」
「聞いたじゃないですか?」
「もっとですヨ!」
「……めんどくさい人ですね」
「むきー、冷静にめんどくさいとか言うなー!」
 三枝さんはそういうとわたしの肩を掴んで左右に激しく揺すりだした。乗り物にはあまり強くないので、そういう行動はやめてほしい。
「はぉ……それで、どうしたんですか?」
「……メール」
「メール?」
「そうですヨ。美魚ちんの気に入りそうな場所見つけたからメールしたのに、無視されたんですヨ!」
 わたしは、その言葉を聴いてポケットに入れていた携帯電話を出す。そしてメールチェックしようとボタンを押した。けど、どのボタンを押しても液晶は黒いままだった。それに首を傾げる。「あれ?」という声が知らず漏れる。その声を聞きつけた他のメンバーが、手元を覗き込んできた。
「ふぇー、美魚ちゃん。もしかしてこれ壊れているんじゃないかな?」
「ありゃりゃ、携帯、壊れてたの? なんで今まで気づかなかったの美魚ちん?」
「……操作に慣れてないので、そんなに頻繁に取り出さないんです」嘆息しながらわたしは、携帯をポケットに仕舞う。
「西園さん、それでしたら今度、私が携帯ショップに付き合いますから、新しいの買いに行きましょう」
「はい。わたし一人ではどうしたらいいかわからないので、能美さんが付き合ってくれるなら助かります」
「はいです。いっつ・びっく・ぼーと、なのですよ!」
「そかそか。携帯が壊れてたんじゃ仕方ないですネ。むぅ、しかし残念ですね。美魚ちんの驚く顔がみたかったのに」
 三枝さんが腕組みをしながら口をへの字に曲げる。ふいに前方から「じゃぁ」という声が聞こえてきた。皆が、声の聞こえてきたほう──恭介さんのほうを見る。
「じゃぁ、来年も行くか?」
 最初、その言葉を聴いて誰も何も言わなかった。けれど、皆の高揚感がみたいなものが膨らんでいくのを、わたしは感じた。
「それ、いいな」鈴さんがにこりと笑いながら呟く。「バカ兄貴にしては、くちゃくちゃいいこと言った」
 その言葉を皮切りにしたかのように皆が口々に、来年に向けての予定を立て始める。
「わふー、今から楽しみですー」能美さんが両手を挙げながら、笑う。
「では来年こそ水着着用だな!」来ヶ谷さんが、腕組みをしながら何度も頷く。
「あはは、ゆいちゃんったら……でもそれもいいかもしれないね〜」神北さんが幸せそうに微笑む。
「そういうことなら今度は美魚ちんを連れまわしますヨ!」三枝さんが、ニヤニヤしながらわたしの腕に絡みついてくる。
「楽しみだな?」鈴さんが、口元を緩めてわたしに話しかける。
「もちろん、行くよね?」直枝さんが、後ろを向きながら尋ねてくる。
 わたしは考える素振りをするように車窓に映るオレンジ色を見る。子供の頃、このオレンジ色はお別れの合図だった。けれど、それと同時に明日の約束を決める合図でもある。そう思った。わたしは皆の顔を見回した後、口を開く。きっと今のわたしも皆と同じように笑っているのだろう。
「はい、とても楽しみです」



◇◆



 夢を見ていたような気がした。そこは暗くて鉄臭くて、わたしはそこで重たい瞼を開けて回りを見回そうと体を起こそうとした。けどそうすると右足に激痛が走る。それに耐えながらなんとか上半身だけ起こしたわたしの目に、映る二つの影。それはとても遠くて誰だかは判別としない。けれどその二つの影は走っていた。走って、わたしから遠ざかっていた。二つの影の間、そこにはしっかりと繋がれた手の平が見えた。
 わたしは2、3度頭を軽くふると、ゆっくりと瞼を上げた。ふいに緩やかな風がわたしの傍を通り過ぎる。わたしは、膝に広げていたノートが捲れてしまわないように慌てて手を置く。けれど、今度はそのせいで書かれた文字が滲んでしまわないか気になり、わたしはノートを覗き込んだ。そこにはいくつもの物語がつづられていた。リトルバスターズの毎日を描いたお話。わたしが書いた、ありえない未来の物語。そこには何百、何千というリトルバスターズの面々の物語が描かれていた。
 わたしは、誰でもないわたしになりたいと願った。そして、この世界を構築した。仲間の──そう思える人たちを見捨てて作り出した世界の果てにあったものは、結局、その人たちとの想い出で溢れた場所だった。もし、わたしが皆を見捨てなければノートに書いたような未来があっただろうか。直枝さんと鈴さんが恭介さんの思惑を超えるぐらい強くなり、そして皆を助け出す。そんな未来が。わからない。でも、創作でならそんな未来も存在する。そこでは皆が助かり笑いあっている。その輪の中にはわたしもいて、皆と同じように笑っているのだ。
 わたしは、辺りを見回す。そこには海辺の上に上書きされた学校。上を見上げれば視界の隅にオレンジ色に輝くケヤキの木の葉が見えた。気が付けば辺りは茜色に染まり始めていた。わたしは、沈むことを覚えた太陽を見詰める。このオレンジ色が悲しくて、皆、明日の約束をする。明日も会えるのが当然なのだと、そう思い込むことで魔法をかけるのだ。
「大切なものほど失った時に初めて気づく。……本当にそうでした」
 そう呟きながら、わたしはポケットの中に入っていたものを取り出す。それはくすんだ銀色の携帯電話。歴から直枝理樹と棗鈴の二人を呼び出す。なんて打ち込もう。散々、悩んだ挙句、お元気でとそれだけを打ち込んだ。送信ボタンを押して、わたしは携帯をポケットに仕舞う。届けばいいと思った。きっと、二人は助かった。先ほど見た夢がそう確信させてくれた。もし届いたら直枝さんと鈴さんはどんな反応をするだろうか。困惑するだろうか。それとも泣いてくれるだろうか。そんなことを考えながら、わたしはもう一度頭上へと視線を向ける。そして茜色の空の中、フワフワと浮かぶ雲へと手を伸ばす。雲を掴むように伸ばした手を握り締める。手を開いてみても、そこには何も載っていない。ああ、ここでもあんなに雲は遠い。わたしは、後ろにあるケヤキの木にもたれ掛かるとそっと目を瞑った。この中庭にボールが飛んできたことで、わたしの毎日は変わり始めた。その時のことを思い出してわたしは口元を緩めた。
「あ、いたいたー」
 ふいにそんな声が聞こえた気がして、瞼を開ける。あ。そんな短い悲鳴のような声が口から漏れた。遠くからこちらに向かってくる人たちがいた。その人たちは口々に何かを言い合っている。その声はひどく楽しそうだった。
「美魚、探したぞ」わたしの前まで来た鈴さんがそういいながらにこりと笑う。
「だから西園さんは、ここだって言ったでしょ?」
 直枝さんが、鈴さんに向かってそういった後、わたしに微笑みかけてくる。恭介さんが、井ノ原さんが、宮沢さんが、能美さんが、来ヶ谷さんが、三枝さんが、わたしに話しかける。どこ行ってたんだ。マネージャーがサボってどうする。これは罰ゲームだね。自分の体がワナワナと震えていることに気づく。そんなわたしの前に、そっと手が差し伸べられた。わたしは、その手をしばらく見つめた後、視線を上へとズラした。
「……美鳥」
「なに? どうしたの美魚? 変な顔して。ほら行こうよ!」
 そういって美鳥は、わたしの手を無理やり掴むと引っ張ってくる。わたしが仕方なく立ち上がると、皆はニカっと笑って歩き出した。
「皆、校門に車が止めてある。そこまでダッシュだ」
「するかボケぇ!」
「く……るま?」
 掠れたような声で、無邪気な笑顔を浮かべている恭介さんに話しかける。その言葉を聴いた恭介さんは、何をおかしなことを言ってるんだっというような顔して、わたしの顔を覗き込んできた。
「西園、どうした? 熱でもあるのか?」
「西園さん、忘れたの? 約束したじゃない。また海へ行こうって」
わたしは息を吐く。海に行く約束。たしかに皆と交わした。けどそれは……それは創作のわたしの書いた物語の中での話。訳がわからなくてわたしはその場にへたりこみそうになる。その時、そんなわたしの背中を誰かがぐいぐいと押してきた。そちらを見ると楽しそうに笑っている三枝さんの顔。
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでさ。早く行こうヨ! 今度こそ美魚ちんに私推薦の場所、見せてあげますヨ」
「わふー、わたしも見たいのですー」
「あ、じゃぁ皆でいこ〜。ね、鈴ちゃん」
「うん、あたしも見てみたい」
「よーし、そんじゃ決まりー! ほらほら美鳥ちん、早く美魚ちんをひっぱってひっぱって!」
「はーいはい。まったくいつにもましてうるさいなぁ。葉留佳は」
「まぁ、うるさいのは葉留佳君のアイデンティティだからな」
「あれ? 姉御。なんかひどいこと言ってますか?」
「気のせいだ」
 皆はわたしは引っ張って歩き出す。その顔は凄く楽しそうで、満たされている。誰も今言ったことの矛盾に気づかない。あの約束は来年のはずだ。ならこの場所に恭介さんがいるはずはない。誰もそれに気づかない。きっとそれはわたしが望んだから。誰一人欠けてほしくなかったから。
やがて前方に正門が見えてきた。そこにはたしかに一台のオンボロのバンが止まっていた。バンの前まで来ると嬉々として、皆は乗り込んでいく。わたしは乗るのに一瞬、躊躇する。すると先ほどのように美鳥が手を差し伸べてきた。美鳥はわたしの顔を見ると「ん?」というように首を傾げる。わたしは、曖昧な笑みを浮かべるとバンの中へと乗り込んでいった。バンの中はギュウギュウ詰めで、皆体を密着させながら座っていた。けど、その窮屈さすら楽しいのか皆、ワイワイと騒いでいて楽しそうだった。わたしは座席の隅、少しだけ開いた隙間を見つけるとそこに腰を降ろす。その時、ふともものところに何か硬いものが当たる感触がした。
「よし! んじゃミッションスタートだ!」
 恭介さんは皆が座ったことを確認すると悪戯っ子のような笑みを浮かべて、声を上げた。車窓に景色が後ろ後ろへと流れていく様子が映る。そのスピードはぐんぐんと上がっていく。すぐに景色はとろけたバターのように混じり合った色彩へと変貌していく。それを見詰めながら、先ほどふとももにあたったものをポケットから取り出した。
「……あ」
 そんな声が漏れる。隣に座っている美鳥がその声を聞いて視線を向けてくる。
「なにそれ? 砂? 星の砂……とかじゃないね。どうしたの、それ」
「いえ……」
 わたしは曖昧に答えると、手に持ったガラス細工の小さな瓶を見詰める。瓶は茜色の光を反射して、オレンジ色にキラキラと輝いていた。わたしは、それをあの時のように翳した。その歪んで捩れた景色の中から皆のことを見る。茜色に染まった皆の笑っている顔が捩れ、遠くにいるのか近くにいるのかわからなくなる。その風景を綺麗だと思った。全てが茜色に染まった世界。歪んだ瓶の景色。そこに入れられたキラキラと光るオレンジ色の砂。それが綺麗じゃないなんて、思えない。
「ねぇ、美魚」
 隣から美鳥の声が聴こえてくる。
「このメンバーといるのって楽しいよね?」
「はい」
 わたしは、応えながら瓶の蓋を取る。それは思いのほか軽く取れた。
「美魚は幸せ? この人たちと友達で」
「……はい」
 口が震えて上手く喋れない。それでもわたしは呟く。だってそれだけは間違いがないのだから。
「幸せ、でした」
 わたしは、窓を開けると、瓶の中に入った砂を外へと流す。砂は、キラキラと輝きながら後ろへと流れていく。あの砂たちは、砂浜に辿り付けるだろうか。わからない。砂は砂浜とは逆に飛んでいっているのだから、可能性は低いだろう。でも、もしこの世界が丸いのなら、いつかあの砂たちは辿り付けるだろうか。
 辿りつければいいと思った。わたしはキラキラと輝きながら、空へと舞っていく砂たちを見詰め続けていた。視界が滲み、その輝きが見えなくなっても、それでもわたしは見つめ続けていた。


[No.936] 2009/02/20(Fri) 23:49:52

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