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No.201に関するツリー

   第6回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/03/26(Wed) 23:51:21 [No.201]
頭が春 - ひみつ@ちこく - 2008/03/29(Sat) 04:38:49 [No.213]
それはとても小さな春 - ひみつ 甘@遅刻はしたけど間(ry - 2008/03/29(Sat) 02:03:12 [No.212]
春秋 - ひみつ@遅刻 - 2008/03/28(Fri) 23:46:30 [No.211]
葉留佳の春の悲劇 - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 23:27:42 [No.210]
最後の課題 - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 22:05:49 [No.209]
ほんの小さな息抜き - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 21:58:39 [No.208]
宴はいつまでも - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 21:57:58 [No.207]
はなさかきょうすけ - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 21:57:57 [No.206]
春の寧日 - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 21:56:39 [No.205]
春の朝 - ひみつ - 2008/03/28(Fri) 17:14:22 [No.204]
少年、春を探しに行け。 - ひみつ - 2008/03/27(Thu) 21:20:32 [No.203]
感想ログとか次回とかー - 主催 - 2008/03/30(Sun) 01:35:31 [No.216]



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第6回リトバス草SS大会(仮) (親記事) - 主催

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「春」です。

 締め切りは3月28日金曜午後10時。
 厳しく締め切るつもりはありませんが、遅刻するとMVPに選ばれにくくなるかも。詳しくは上に張った詳細を。

 感想会は3月29日土曜午後10時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.201] 2008/03/26(Wed) 23:51:21
少年、春を探しに行け。 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ

「春を探しに行かないか」

 部屋の中でぼんやりと窓の外を眺めていると、突然来ヶ谷さんの声が耳に飛び込んで来た。振り向くと、そこにはニヤニヤ笑いを浮かべた来ヶ谷さんがいる。
「どうしたのいきなり」
「ふふ」
 あれは間違いなくろくでもないことを企んでいる時の来ヶ谷さんの顔だ。ほんのり頬を赤らめながら、ちょっと眉を困らせて、浮かんだ笑みを隠すように片手を口元に寄せている。
「うふふ、そんなに警戒するな少年。そんな顔をされたらおねーさん、もう心臓バクバクだ」
「むぅ……じゃあどんな顔すればいいのさ」
「うむ、そのままでも十分理樹君は魅力的だがな。欲を言うなら笑顔がいいだろうな。それもただの笑顔じゃなく、そうだな、あれだ。春のような笑顔がいい」
 そんなことをうそぶいて、にかっと笑う来ヶ谷さんの方が春みたいだよ、なんて思った。頭の中は、いまだに霞がかかっているようだ。
「来ヶ谷さん」
「おう、なんだ少年」
「春って何のことなの?」
「いきなり哲学的な質問だな。だが、春は春であり春でしかない。それ以外の回答を、残念ながら今の私は持ち合わせてはいない」
「どこにあるの?」
「わからない。だから今から探しに行こうと言っているのだよ、少年」
「なんでまたそんなことを思いついたのさ」
 僕がそういうと、来ヶ谷さんは心底嬉しそうに「それは愚問というものだ、少年」と笑った。
「それはもちろん、春だからだ」
 窓から差し込むのは、ついこの間までの寒さが嘘みたいな日差し。厚めの下着もいつの間にかやめている。薄着のままでもいいかな。外出用の上着を一枚羽織ればそれで準備は完了だ。
 僕は同居人に一言声をかける。ちょっと散歩に行ってくるよ。夕飯までには帰ってくるから。うん、必ず。僕は頷く。
「春だからね」
 僕が笑うと来ヶ谷さんも笑った。
 春を探しに、とりあえず僕らは歩き出すことにした。



 くだらないことを話しながら歩くこと約三十分、まだ疲れはない。ペースは早くもなく、遅くもなく。このままならどこまででも歩けそうな気がする。いい調子。
 来ヶ谷さんは僕のすぐ隣を歩いている。僕と来ヶ谷さんの身長差はほとんどないため、僕の目の前すぐのところに来ヶ谷さんの顔がある感じだ。
「ねぇ、来ヶ谷さん」
「うん? どうした少年」
「春、見つかった?」
 僕の言葉に「ふふ、せっかちだな少年は。まだ探し始めて三十分も経ってないではないか」と笑う。
「そうだな、見つかったと言えば見つかったし、見つかっていないと言えば見つかっていない」
 日差しや風の温かさ、飛び始めた花粉、どことなく浮かれた気持ち。そういうものをおしなべて春というのなら、僕らはもう春を見つけている。くしゃみだって出る。
「――っくしゅん!」
「おや、花粉症かね」
「いや、おかしいなぁ。僕、花粉症の気はなかったはずなんだけど……」
 そういえばどことなく鼻から喉にかけてがムズムズする。目も少しかゆいし。
「はっはっはっ、おめでとう少年! これで君もようやく花粉症童貞卒業だな!」
「花粉症童貞……っくしゅ」
「ほら、ティッシュだ。使うといい」
「ありがとぅ……」
「なに、礼には及ばんさ。理樹君の童貞喪失記念だ」
 なんだか違うものを失くした気がするが、今の僕はそれどころじゃない。
「これも、春?」
「そうだとも言えるし、そうでないとも言えるな」
「微妙だね」
「そう、微妙なんだ」
 来ヶ谷さんの言葉よりも、止められないくしゃみの連鎖に気をとられる。童貞喪失記念だというティッシュを一枚取り出し、引き絞るように、かむ。



 またしばらく歩くと、自然公園らしきところに差し掛かった。「この中を通ろう、少年」と来ヶ谷さんが言うので、僕もあとに続く。
 林の中にあるじゃり道は昼間だというのにやたら薄暗い。木々の隙間から差し込む光は道の上に薄い斑模様を作り出している。ひよひよと鳥の鳴く声が聞こえる。足元の砂利は少し湿っていて、踏みしめるとじわりと水気が滲む。
「ここを越えたら、開けた場所に出るから、そこで小休止しよう」
「賛成」
 長くなりそうだったので、この林に入る少し前に立っていたコンビニで飲み物を買っておいた。小休止、望むところだ。しかし、
「……どうした? 少年」
「いや、別に」
 来ヶ谷さんはこの辺りのことに詳しいんだなあ。僕はここがどこだか全く見当がつかないというのに。
 来ヶ谷さんはまるで地図が頭の中に全てインプットされているかのように、いくつか見かける分かれ道を無視してずんずん歩いていく。僕は少し早足で彼女の背中を追い掛ける。少し湿った植物特有のにおいがしている。
 薄暗い道を抜けると、そこは見渡す限りの野っ原だった。あちこちで蝶がひらひら舞っている。耳を澄ますと、どこからか水が流れる音が聞こえる。小川の音。さっきまでの湿気を含んだ空気が嘘のように、ここには太陽の匂いが満ち満ちている。
「来ヶ谷さん――」
 声をかけようとした彼女はすでに座り込んでいる。視線がかちあう。彼女の目が「早く座りたまえ」と優しく微笑んでいる。
「いいとこだね」
「ああ、適当に歩いてきた割には上出来だ」
 んーっ、と、大きく伸びをしてそのまま寝転ぶ来ヶ谷さん。それがあまりに気持ち良さそうだったから、僕も真似して伸びをした。
 んーっ!
 はあ、と息を吐いた瞬間、体中に溜まった老廃物とか、そういう余計なものが全て抜けてどこかへ飛んでいってしまったような気がした。
「気持ちいいだろう?」
「うん、気持ちいい。ずっとこうしてたいくらいだ」
「そうか」
 いつの間にか鼻やのどのむず痒さはどこかに行ってしまっていた。笑い出したいような、それでいて大切にしまっておきたいような、よくわからない感情。
「ねぇ来ヶ谷さん。これは春かなあ」
「さあ、どうだろうな」
 来ヶ谷さんは僕の様子を観察してにやにや笑っているだけで、僕の言葉に答えようとしていないように見えた。構わず、僕は続ける。
「こういうのが春だったらさ、もうずっと春だったらいいのにね」
 その時、来ヶ谷さんはとても悲しそうな顔をした。一瞬だったけど、いや、むしろ一瞬だったからこそ、僕はよりはっきりとその顔を目に焼き付けてしまう。
「なぁ理樹君」
「うん」
「春になると人はどうして幸せになれるのか、どうして春には“幸せ”というイメージがあるのか、理樹君にはわかるか?」
「……春だから?」
「それじゃあ答えになっていないだろう」
 僕の答えがおかしかったのか、来ヶ谷さんはしゃべりながらくすくすと笑っている。悲しい顔を見せたかと思ったら、
それだ。まったく。つられて僕まで笑ってしまう。
「ん……まぁ少年の答えもあながち見当外れというわけでもないがな」
 よっと。
 勢いをつけて、来ヶ谷さんは一気に跳び起きる。一面の緑の中を、彼女の長い髪がふわりと舞う。僕らの周囲をゆるやかに風が舞っていることに気付く。
「春の前にある季節は、一体何だ?」
「春の前って、そりゃ冬だけど……って、ああ、そうか」
 僕はようやく来ヶ谷さんが言わんとしていることを理解した。季節は、循環する。夏が訪れ、秋が過ぎ去り、冬が耐え忍ぶものだとしたら、春はその訪れを喜ぶものだ。
「跳び上がる前には身を屈めろ――なんてよく言うが、季節だってそれと似たようなものだろう?」
「そうだね、そうかもしれない」
「だからな」
 まだ寝転がっている僕の真上から覆いかぶさるように、見すくめられる。
「春が来て、ずっと春だなんて、それは本当に悲しいことなんだ」
 僕は何も言えずに、来ヶ谷さんの瞳の、奥の奥を覗き込んでいた。彼女の瞳の中の僕は、まるで何も考えていないかのように呆けている。たとえ僕らの所に春が来たとしても、そのことをただ春としか思えないほど、何もかもを甘んじて受けとることしか出来ないほど、僕は何も考えていなかったのかもしれないと思った。
「――そう、だね。そうだと思う、本当に」
「少年」
 抱きしめられる。
「くるがや……さん?」
「少年、春を探しに行け」
 来ヶ谷さんの声が耳元でしている。吐息が首筋に吹きかかる。強く抱きしめられているのに、ちっとも苦しくない。もっと大きな何かで包み込まれている。
「春はな、自分から探しに行くものなんだ。眠っている暇なんてないぞ。春なんてものは探そうとしなかったら、いつまでたっても見つからない。少年は今までいっぱい、いっぱい冬だったろう? もういいんだ。もう君達自身の春を探しに行っていいんだからな」
 来ヶ谷さんの腕の中は、まるで日だまりのように温かかった。お母さんみたいだなんて思った。母親なんて、もう顔すらよく覚えていないのに。僕は来ヶ谷さんの背中に手を回し、ぎゅうっと力を込める。とくん、とくん、と身体の奥の方から響き始めた音。僕の物とも、来ヶ谷さんのものとも知れない。何も言葉にできず、僕はただ来ヶ谷さんの身体にしがみついていた。頬の下で潰された草がちくちくと肌を刺した。
 ここは光に満ち溢れていて、影なんてどこにもなくて、明日も明後日も晴れで、きっとこれからも、ずっとそうだ。温かくて、心地よくて、ずっとここにいたい。でもこれはきっと春じゃない。そう思った。
「こら、寝るな。少年はこれから誰よりも頑張らなきゃいけないんだぞ。誰よりも強くならなきゃいけないんだ。誰よりも素晴らしい春を探しにいかなきゃいけないんだ。辛いぞ。大変だぞ。でも、もしもつらくなったら、いつだって休んだって、いいんだからな」















 風が吹いていた。
 気持ちのいい風が。















 そして、僕は目を開ける。
 そこは近所の公園にある木陰のベンチで、少し向こう側では小さな子供達がきゃっきゃと騒いでいて、時計を見ると短針がもうすぐ五時を指そうかというところで、僕は大きく伸びをして腰の骨をぽきぼき鳴らして、来ヶ谷さんはやっぱり僕の傍にはいなくて、当たり前のように僕はさっきまでのことが全て夢だったことを知った。寝汗をかいていたのか、立ち上がる時にお尻の下がひんやりとした。風が吹くと途端に鼻がむずがゆくなる。ティッシュでも入ってないかと上着のポケットをまさぐりながら、僕はこの公園を後にした。
 公園から十分も歩けば家に着く。上着の内ポケットに入っていたティッシュで鼻をかみつつ、道端の桜の木を眺める。膨らみかけの蕾。春ももうすぐだなと思う。桜並木の向こうに僕らの家が見える。歩みは自然に早まっていく。カンカンカンと、金属製の頼りない階段を小走りで上り、僕はドアを開く。
 そこにはエプロンをつけたまま腕組みをしている鈴がいる。まるで門限を破った子供を叱る母親のような口調で、鈴は口を開いた。
「遅かったな、もう飯は出来てるぞ」
「ごめん。遅くなっちゃった」
「こんな時間まで、一体何してたんだ?」
「公園で寝てた」
 鈴は一瞬眉を顰めるが、すぐにそのことに思い当たったようだ。
「また例のあれか?」
「わかんないけど、たぶん」
 何の脈絡もなく眠りに落ちる僕の持病。本当に小さな頃からずっと患っていて、今も治る見込みはないらしい。そのおかげで随分苦労もした。悲しいこともあった。
「最近無かったのにな」
「そうだね。鈴のいないところで眠っちゃうのは本当に久しぶりだ」
 僕は靴を脱ぐ。夕飯の匂いが漂ってくる。料理自体に急かされているような気がする。
「まぁ、あんまり気にするな。理樹はあたしが守るんだから」
「鈴、それ僕の立場がないよ……」
「立場なんて別にどうだっていいだろ。あたしが守るって言ってるんだから、理樹は素直に守られてろ。だから、理樹はいつだって安心して眠ればいいんだ」
 そう言って鈴は、照れたようにふにゃと表情を崩した。開いたまんまのドアから吹き込んだ風がちりんと、鈴の横髪につけた鈴を鳴らす。春何番、とでも言うのだろうか。
 僕らが探すまでもなく、もうすぐこの街にも春がやってくる。長い長い冬を越え、待ち望んでいた春が。桜は咲いて散り、やがて緑の葉をつける。人知れず次の春を迎える準備を始める。真夏の太陽に焼かれ、心寂しい秋の風に葉を散らされ、冬になれば雪に埋もれる。そうまでして迎えた春でも、気付かなければそれはただの春だ。桜の花は虚しく咲いて、ゴミになる。僕らはそれを汚れた靴で踏みつける、ただの人になる。
 でも、と僕は思う。

「鈴」
「なんだ?」
「明日、暇だったら僕と一緒に出かけない?」
「ん、いいけど、何をしに行くんだ?」
 なんだかよくわからない、という表情を浮かべる愛しい彼女。僕は飛び切りの笑顔でこう言った。

「春を探しに行くんだ」


[No.203] 2008/03/27(Thu) 21:20:32
春の朝 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ

 雀がどこかで鳴いている。窓から朝日が差し込んでいる。遠くの踏切の音が、澄んだ空気を伝ってここまでやってきた。朝だ、起きなきゃ。



 ゆっくりと身を起こして、ベットから抜け出す。少し寒いけど、これに負けると遅刻は確定、風紀委員長が遅刻だなんて学校中のお笑い種だ、ぐいっと背を伸ばし、深呼吸した。肺が冷たさに驚いて、目が覚める。
 さて、そんなことをしつつ隣を見れば、ルームメイトは夢の中、すやすやとした寝息がここまでやってきて、とても和む。

 ぼーっとしている彼女を、ぼーっと見つめる。私が過ごす時間の内、最も静かで最も安心できる時間。カチリコチリと時計の音に、くーすかくーと小さな寝息、静かに時間が流れていく。

 これがないと、私の朝ははじまらない。
 葉留佳だの葉留佳だの葉留佳みたいな問題児を追いかけてばかり居ると、少しばかり荒んだ気持ちになってしまうから……うん、前みたいなのだったら別にいいんだけれど、これからは少しだけ……少しだけ丸くならないといけないから。
 そんな事を思ってため息を一つ、私が丸く? 自分で言っておいて想像がつかない。
 ひとまず、悩みをためておくとろくなことがないので、葉留佳あたりをこきつかって鬱憤を晴らすことにしよう。これで少しは丸くなれる。

 そんなことを思いつつ、カーテンをまとめて窓を開ければ、薄い青空が視界に広がって、春風が静かにカーテンを揺らす。木では蓑虫も揺れている、春の景色。うん、目が覚める。

 今日もいい天気、せっかくだから、今の内に校庭を掃除してしまいましょう。
 これからは終業式、始業式、そして入学式と行事ラッシュ、あまりみっともない学校を見せるのは風紀委員長としては認められない。
 ブロークンウィンドウの理論にのっとって、新入生は綺麗な校舎で迎えてあげないと、後々風紀の乱れに繋がるのだし。 
 まぁ作業要員としては、葉留佳あたりが暇しているだろうから適当にとっつかまえて、あとは風紀委員の面々と、他に、風紀委員会から注意を受けている学生が6……7……8人、奉仕活動ということで作業してもらって、クドリャフカにも手伝ってもらいましょう。

 そこまで考えて、ふと彼女の顔を見る。
 私が一番頼りにしている、一番頼りない……友人。
 ほわんとしたその顔は、毎日見ても何故か飽きることがない。



 夢の世界のクドリャフカ、あなたはどんな夢を見ているのかしら?

 犬たちと遊んでいる夢? みんなと遊んでいる夢? 

 それとも……もしかして私といる夢をみてくれているの?



 私がいることなど気づきもしない、私が考えている事なんて知らないだろう。彼女は幸せに眠り続ける。
 まるっきり無警戒な顔で、たまに寝言を言ったりしながら、朝日に照らされている小さな少女。誰を怖がる事もなく、誰を傷つける必要もないその顔は、とても純粋でとても暖かくて……とても羨ましい。
 私には、きっとこんな寝顔はできない。寝ているときですら、何かに追われている……何に? そんなの知るわけないじゃない。
 葉留佳と仲直りして、これできっと私たちは解放される……そう思ったし、事実荷物から重さはなくなった。
 でも、重さはなくなっても、荷物の量は変わらなかったのだ。

 学校の規律を守る、冷厳な風紀委員長。それが私。変わることがない、私。
 結局の所、これが私の立ち位置なのかもしれない。それを楽しむか、運命を呪うかは私次第。

「……楽しめるかしらね、あなたのように」
 私の問いかけにも気付かず、静かに眠るクドリャフカ。私があなたに頼っている事なんて全然知らないでしょう?
 でもこれからも知らないで欲しい。私は、きっとそれを知られると、あなたに頼れなくなるから。私が素直になれるまで、それまでは……お願い。
 




 日射しが強くなる、頬が熱い。寮の中では、生徒の足音が響き、外からは通勤する車の音が聞こえてくる。
 そろそろ幸せな時間もおしまい。もう起こさないと……私がクドリャフカの寝顔に気を取られて遅刻したとかなったら、葉留佳にいいようにからかわれてしまう。

「クドリャフカ、朝よ、起きなさい」
 それはとても惜しい気持ち、こんな寝顔を壊すのはとても嫌。
「わ……ふ〜」
 小さな声と、のんびりとした動き。残念だけど、私があなたに頼るのはまた明日。
「たまには一人で起きなさいクドリャフカ。子どもじゃないんだから」
 それはきっと嘘、クドリャフカが一人で起きられるようになったら、寂しいのはこっちにいる大きな子ども。
「わふ……佳奈多さん?」
 クドリャフカの目が覚める。ぽやんとした瞳がこちらを見つめる。
「佳奈多さんじゃないでしょう……ほら、起きて着替える、歯ブラシ、寝癖を直しなさい、忘れ物はない? あーもう、たらたらしないっ」
「わ、わふっ!?」
 飛び起きて制服に向かうクドリャフカ、そんな彼女のベットを直しながら、私は大仰にため息をつく。

「こんなんじゃ、いつまで経っても子どものままよ? ちゃんと独り立ちできるようになりなさい」
「わふ……申し訳ないのです」
 縮こまるクドリャフカ、でもごめんなさい、今の言葉は私への言葉、。
「でも、いつか佳奈多さんに頼られるような素敵なれでぃーになれるよう頑張るのです!」
「無理ね」
「わふっ!? 即答されたですっ」
 そう、無理。だって、もう私はあなたに頼ってばかりなのだから……それに、私は素敵なレディーなんかじゃない、ただの意地っ張りな子どもなのだ。



 騒がしい朝は今日も過ぎていく。それはとても幸せな朝、毎日続く幸せな朝。
 そして、私は、こんな日常がずっと続く事を祈っているのだ。
























「ところで佳奈多君」
「なんでしょう?」
「最近遅刻が増えていると聞いたのだが、体調でも悪いのかね? それとも朝帰りか何かかな」
「来ヶ谷さんが詮索するような事は何もありません。たまたまです、以後気をつけます」
「あと、昨日葉留佳君が君の寝顔を盗撮すると言って出て行ったきり戻らないのだが……」
「そういうのを聞いているんなら止めて下さい。葉留佳は星を見て寝たいそうなので、二木特製ハンモックで外の木にぶらさがっています」
「……そうか、見ながらではなく見て、か。後で回収するとしよう」
「それでは」
「うむ、では」
 


[No.204] 2008/03/28(Fri) 17:14:22
春の寧日 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ

 耳鳴りがまた聞こえる。ざわめきの絶えて静まり返った一瞬に、高く澄み切って耳に響いてくる、しんとした、音とも言えない音だ。幻聴ではなくて、健常の耳ならば静寂のうちに自然と聞く、生理的な耳鳴りであるらしい。気付かないときにはまるで気付かない。しかしふとした拍子に一度聞いてしまえば、どこまでも執拗に、物音の隙間から甲高く、張り詰めて鳴る。それが最近では、耳の奥で殆どどよめくように響く。
 外廊下を走る音がどたどたとしたかと思うと、鈴が「ただいまー」と玄関を開けて走り込んできた。玄関から風が吹き込んで、元々開け放たれていた窓から勢いよく抜けた。鈴の手には缶のカルピスが二本収まっていた。一本くれるのかと思いきや、まだガムテープで封のされたままの段ボール箱の上に二本とも乱暴に置いた。なんだか不機嫌そうだ。立ち上がってカルピスに手を伸ばしながら、ずいぶん時間かかったね、と理樹が言おうとすると、言う前に視線で意図が伝わってしまったらしくて鈴はぽつりと呟いた。
「迷った」
「え? 本当に?」
「本当に」
「えーと、どうやって?」
「うっさい。どうやってかなんて知るか」
 荷物の整理の最中、喉が渇いたから来るとき見かけた自販機でジュース買ってくる、理樹も来るか、と言った鈴に、鈴一人だと迷っちゃうから一緒に行くよ、と冗談で返したら、迷うかぼけーっ!と物凄い勢いで反論された。そのことを証明すべく鈴は一人で出かけた。三十分前のことだ。鈴の言う自動販売機は理樹も行きに目にとめていた。家の目の前にあるも同然の自販機で、道中で迷うなど常人には不可能に近い。さすがは方向音痴の鈴だった。
 理樹がカルピスを開けて飲み出したところで鈴が言った。
「そうそう、天気よかったぞ。こんなとこで荷物の片付けしてる場合じゃない。出かけよう」
「ええー」
 引っ越してきて僅かに二時間が経過しただけである。開封していない段ボール箱が、山積みとは言わないまでもまだまだたくさんあって、六畳の洋室を埋めていた。今夜寝る場所にすら困っているところだ。出かける暇なんてあるものかと思いながら、缶を床に置いて窓から外を覗いた。
 確かに鈴の言うとおり、雲一つなく晴れ渡った空だ。
 真昼の陽光に満ちて白く輝き、殆ど透明なように遥々と広がって、しかし一面に見渡せばどこまでも深い青だけを湛えて静まっていた。いつの間にか理樹の背中に張り付いていた鈴が、「ほら、いい天気だろ?」と肩越しに言った。窓から射すのはまるで夏のような陽だが、時折吹き渡る突風で季節は春と知れた。
「でも部屋の中はこんなだよ?」
 理樹の言葉に鈴が部屋を改めて見渡した。理樹も続けて同じようにした。壁際に段ボール箱が計七個、三段に積まれ、蓋を開けたはいいが中身はまだ入ったままの箱がその手前に二つ投げ出され、直径が三十センチ以上あるに違いない黒い銅製のキャセロールが重々しく床に放置されたその脇に、空っぽの箱が二つほど転がっている。ふすまが閉めてあってさしあたり見えないが、隣の四畳の和室には衣類と寝具が未だ収納場所も定まらず積み上げられたままだ。高校の寮からの引っ越しで家具は皆無だし日用品もだいぶ少ないはずなのに、どうしてこんなに荷物が膨大になっているのか、引っ越しの当事者たる二人にもよくわかっていなかった。
「片付け飽きた」と鈴が不満げに言った。
「まあ同感ではあるけど」
「桜を見に行こう」
「それはまた唐突な提案だね」
「いい考えだろ?」
「後学のために聞いておきたいんだけど、どうしてそこで突然桜が出てくるの?」
「春だからに決まってる」と腕を組んで言った。そのとき窓から吹き込んだ春の風に、長い髪がふわりと浮いて背に流れた。自らの重みで流れ落ちながら、蛍光灯の光の中で青いように艶めいた。
 春だから桜とはまた随分と単純な発想だ。満開の桜を見てみたい、とはしかし理樹も確かに思った。白い花びらが天蓋を一面に覆い、四方も視界の果てまで花だけが続く、そんな美しい桜の森を想像する。暖かい空気にざわめくように咲き出して、鮮やかな桜色に爛漫と冴え返り、吹きつのる突風を受けて枝を涼やかに鳴らしながら、霧めいて淡い雨の中でやがて静かな赤に照って散る。よく考えたら、今年はまだ桜を見ていない。
「千鳥ヶ淵かなあ」
 我ながら平凡な結論だった。
「なんだそれ」
「桜で有名な場所。皇居の濠、なのかな。僕も詳しくはないんだけど」
「桜あるのか」
「濠に沿ってずらーって並んでる。テレビで見た限りは」
「つまり理樹もよく知らないんだな」
「そういうこと」


 結局鈴の提案に乗って桜を見に出かけることにしてしまったのは、新しく住むことになった東京という土地を見て回りたい気持ちが少しあったからかもしれない。ひと月前に受験でやって来たときにはそんな余裕はなかったし、後一週間もすれば大学が始まって、ゆっくりとどこかへ出かける暇はやはりなくなる。だから今のうちに遊びに行こう、と鈴の提案は、それなりに理にかなってはいた。
 家を出て、黄色の花の植木鉢を店先はおろか歩道にまでずらりと並べた花屋の前を通り過ぎて、横断歩道を渡ってから小さな路地に入り込んで、でもすぐに大通りに出て、しばらく道なりに行けば都営新宿線の大島駅に到着する。天井の低い地下鉄の駅だった。その低さの内側に、地鳴りを深くこもらせるような圧迫感が時折凝った。休日だというのにホームにひとはあまりいなかった。ホームの真ん中にはひとの身長よりも高い大きな路線図が立っていて、赤や緑や水色や紫の鮮やかなラインが曲がりくねりながら交わって、複雑でカラフルな模様を形作っていた。しばらくその模様に見入っていた鈴が不意に理樹のほうを振り返って訊いた。
「これ全部地下鉄なのか」
「たぶん」
「東京はこんないっぱい地下鉄あるのか。地面穴だらけだな。陥没とかしないといいな」などと呟きながらまた路線図に視線をやり、大島、西大島、住吉、菊川、森下、と新宿線の緑を順に指でなぞって終点の新宿に辿り着くと、「どこで下りるんだ?」と言う。
「九段下だと思う」
「なんだ思うって」
「いや、千鳥ヶ淵がどこにあるのかは正直よくわからないんだけど、皇居なら九段下で下りれば間違いないんじゃないかなと」
 せめてネットが繋がっていれば千鳥ヶ淵の最寄り駅を調べられたし、それ以前にもっと近場の桜の名所を探すこともできたはずなのだが、今はまだネットどころかパソコンそのものがなかった。今度買いに行こうと思ったところでアナウンスが聞こえ、暖かな風が舞い上がり、銀の下地に浅い緑の引かれた車体が轟音を響かせてホームに滑り込んできた。乗り込んで長い座席の端っこに並んで座ると、がたん、と大きくひと揺れして発車した。ひとも数えるほどしか乗っておらずがらんとした感じの車内を見回して鈴が言った。
「地下鉄って狭苦しいな」
「確かに」
 返事をしてから理樹はちょっと考え込んで、「でも」と言った。
「なんだか静かでいい感じもするな。落ち着くよ」
 地上の喧騒を離れ、地の底をゆるりと這う電車に乗って、その一時だけは地上の何もかもを忘却したとでも言うような、無窮の静かさを車輪の音の果てに感じながら進む、そんな感覚だった。うーん?と鈴が首を傾げた。黙り込んだまま車窓の外の灰色とも黒ともつかぬ奇妙な色の後ろに流れていくのへ視線をやり、白い明かりの眩しく溜まる天井を見上げ、「まあそうかもしれないな。がたごといってるだけだしな」と言った。わけわからん、と返されると思っていた理樹にはその返事が少し意外で、思わず鈴のことをまじまじと見つめてしまった。
「なんだひとの顔じろじろ見て」
 そう言って自分の髪を掴んで振り回し、ぺしぺしぺしと理樹の顔を叩いた。痛いというよりくすぐったかった。それから「それにしても帰ってから荷物片付けるの面倒だ」と話題を転じた。
「そこは頑張らないと、明日から生活できないよ」
「いや、半年くらいかけてゆっくり片付ければいいだろ」
「えー」
「でも理樹が頑張りたいって言うならとめないぞ。むしろすすんで応援してやる」
「応援じゃなくて手伝ってね」
 電車が速度をゆっくりと緩め始めた。もうすぐ次の西大島に到着するのかもしれないと思った。不満げな声を上げる鈴を無視して、身を乗り出すように車内を改めて見渡した。車両と車両を隔てる扉は全部開け放たれていて、最後尾の車両まで過剰な遠近法の作用でまっすぐに見通せた。ひとは一人もいなかった。一定の間隔で天井にぶら下がった一つも同じもののない中吊り広告が、視界の奥へ行くにつれて小さくなりながら、赤や水色の背景や、黄色やオレンジの文字をゆらゆらと揺らしていた。
 静かだった。外は相変わらず熱い陽射しの絶え間なく注ぐ晴天だ。傾きかかった瓦屋根の並ぶ下町めいた町並みが車窓を流れていた。遠くで花を燦爛と咲かせているのはこれから見に行くはずの桜の樹だった。天井の電灯が羽虫の飛ぶような音をたてて、途切れてはまた付くことを繰り返した。そのたびに車内は白い光でいっぱいになった。空の青を背景に線路の脇に立つ大きな三本の糸杉の、黒々とした影が地面にくっきりと刻まれているのが見えた。その影の中を通過する一瞬に窓からは夜のような暗さが射し込んだ。糸杉の幹の影に見知ったひとを見たように思った。どうしてこんなところに恭介がいるのか、理樹にはそれが不思議でならなかった。死んだひとが現れるなんて、まるで眠っているようじゃないかと思った。深い深い眠りの中で、かなわない夢を見てるみたいじゃないかと思った。
 夢?


 はっとして目を見開くと、鈴の顔がすぐ近くにあった。
「おはよう」
「あ、うん。おはよう」
「動けるか?」
「大丈夫」
 ホームの小さな椅子にぐったりと沈み込む体を起こした。ナルコレプシーで眠り込んだときに特有の、倦怠の中に軽躁のようですらある爽やかさの入り混じった目覚めだった。変な夢を見たはずだけど、既に霧散していて内容は思い出せなかった。灰色の天井を見上げた。線路の向こう側のパネルには黒い文字で新宿とあった。その二文字を呆然と眺めていると、「西大島の手前で寝ちゃって、九段下通り過ぎても起きなくて、新宿に着いた」と鈴が説明してくれた。
 理樹は心の中で溜息を吐き出した。
 強烈な無力感を覚えるのはこんなときだ。ナルコレプシーに襲われれば、どんな決意も行動も物語も瞬く間に中断される。僅かな抗いすらなしえずに理樹は濃く差しつのる眠気に飲まれて昏々と眠る。幼児のように深く熱っぽい、端正なほどの眠りだ。そうして辿り着くこともできなかった九段下を、千鳥ヶ淵を思った。理樹は振り返って訊いた。
「ええと、どうやって電車降りたの?」
「駅員のひとに手伝ってもらった。寝てるだけだって言っても聞かなくて、救急車呼ばれそうになったんだぞ」
 それから鈴は、理樹が何か言う前に「それより理樹に残念なお知らせがある」と切羽詰ったような表情で続けた。
「桜、咲いてないらしい」
「え?」
「九段下に戻るのも面倒だから、新宿に桜見れる場所ないか駅員のひとに聞いたら、新宿なんとかって公園があるけどたぶんまだ全然咲いてないって言われた」
「ああ」と理樹は眩暈を感じながら言った。「そういえば、東京って結構北にあるんだった……」
 日本地図をうねるようにして分断する桜前線の図を思い浮かべた。ひとの歩くほどの速度で、ゆるやかに北上すると聞く。しかしこの時期ではまだ本州の南くらいまでしか来ていないはずだ。東京の桜はまったく咲いていないか、開花した直後で咲いていないに等しいかのどちらかだろう。会話が途切れ、京王線の橋本行きの急行が到着し、ホームで待っていたひとたちを残らず乗せてまた発車する頃になってようやく鈴が口を開いた。
「千鳥ヶ淵とか新宿なんとかに今行っても駄目ってことか?」
「うん」
 再び沈黙が下りた。かと思ったら鈴が突然爆発した。
「黙れぼけーっ! 時期も考えずに桜見に行こうとか言い出した馬鹿はどこの誰だとか言うなーっ!」
「言ってない! 言ってないよ! 首が! 首が!」
 襟元を締め上げられ、首をがくがくとゆすぶられて、なんだか再び意識が朦朧としかける気すらした。三十秒ほども続いたところでやっと解放された。鈴はしばらく不貞腐れるように下を向いていたが、いいことを思い付いたというふうに顔を上げると、理樹の肘を掴んで「まあせっかく新宿に来たんだしその辺歩いてみよう」と提案した。返事する暇すら貰えず、鈴に引きずられるままにエスカレーターに乗った。その途中で理樹は不意にあることに思い至って「ひょっとして気を使ってくれてる?」と訊いた。
「ん? どうしてだ?」
「いや、新宿に来ちゃったのは僕のせいで、だからせめてそのことが無駄にならないようにとかなんとか、そんな感じのことを思ってくれたのかなと」
「何言ってるのかさっぱりわからん」
 本当になんのことだかわからないという口振りだった。
「でもまあ理樹、落ち込むな。元気出せ」
 その言葉が本当にありがたくて、理樹は思わず深々と頷いた。「変な理樹」と鈴がそれを見て笑った。エスカレーターが途切れると改札はすぐそこだった。財布から小銭を取り出そうとしたけれど、制止する暇もなく鈴が駆け出して自動改札に切符を入れた。高い電子音と共に二枚の板に通行を思い切り妨害され、「ふかーっ!」と改札機に向かって威嚇していた。この上なく間抜けな光景だ。しょんぼりとして戻ってきた鈴に小銭を渡して言った。
「大変だったね」
「うっさい!」
 九段下から新宿までのぶんを精算して改札を出た。新宿駅の構造がよくわからないのでとりあえずまっすぐ進むことにした。緩やかな上りの勾配になったショッピングモールを抜けて四つ角にさしかかって、右に折れるとJRと京王線の改札に出た。こっちは出口じゃないのかなあと思っていたら右手に短い階段があった。登ると片側に店舗の並ぶ狭くて天井の低い連絡通路に通じた。通路の先には地上への階段が伸びていて、ゆっくりと半分ほどまで登ったところで、真昼の青空の光が目に眩しく雪崩れ込んできた。
 これまで絶えていた喧騒が、ざわり、と急に聞こえ出したのはその明るさの中でのことだ。ざわざわとした話し声が遠くから湧き上がるように耳に届いた。歌詞の聞き取れない洋楽が後ろで響いた。あらゆる方向から近付いては離れる無数の足音、吹きしきる突風の音、罅割れたアナウンスが、混ざり合って波のように押し寄せてきた。二人で階段を最後まで登り、春の陽光の中へ足を踏み出した。その瞬間、新宿駅前の風景がいっぱいに広がった。出口の前の幅の広い歩道は大勢のひとで溢れ返っていた。隙間なく建ち並ぶビルの群れが遠くの空の下に見え、その手前の通りを何台もの車が、低いエンジン音を響かせて引っ切りなしに右から左へ流れた。左側に建つ一番高いビルは斜めに重なる骨組みを曝した硝子張りだった。空の深い青の中へまるで聖堂の尖塔か大樹の梢のように突き出して、陽射しを浴びて輝くその透明さを理樹はとても綺麗だと思った。どこかで信号が青になったのか、数え切れないくらいのひとたちが賑やかなざわめきと共に右の歩道から歩いてきた。駅の構内や空中に巡らされた回廊からも、途切れることなくひとが現れては別の方向に消えていった。隣に立つ鈴は物珍しげにきょろきょろと辺りを見回して忙しそうだ。
「で、どこに行くの?」
「わからん。理樹が決めてくれ」
「いや、新宿歩き回ろうって言ったのは鈴だから鈴が決めてよ」
「うー」
 鈴は困ったように左右を見た。やがて何か気になるものでも見つけたか、右手を背伸びするように見通して「よし、じゃああっちだ!」と言い、理樹の手を引っ張って歩き出した。「どこに向かってるの?」と訊ねると「あたしにもよくわからん」と返された。どこにも到着しない予感がひしひしとしたけれど、鈴と歩いていればそれだけでも楽しいだろうから別にいいかと思い直して、理樹は鈴の手を握り返した。


[No.205] 2008/03/28(Fri) 21:56:39
はなさかきょうすけ (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ


 ――俺たちの気づき上げてきた繊細微妙な関係を、ありふれた型にはめられてたまるものか。

 (新釈 走れメロス/森見登美彦)




 はなさかきょうすけ




 直枝理樹は感奮した。彼が望むのならば何処までも共に走らねばならぬと決意した。
 桜もまだ咲いていなかった昨日、つつがなく卒業式が行われた。春の風物詩のようにも感じられる卒業式に、しかし桜は咲かない。雲間からわずかな太陽が顔を出しただけの『春の陽気』が祝辞の挨拶に謳われようと、春は決して訪れてはいない。寒々とした冬空は、惜しむように頭上に残っている。おそらく数週間後にやってくる入学式で、ようやくの春といったところであろう。
 冬ならば誰であろうと、寝起きの寒さの中で布団から抜け出すのは至難の業である。というのは寝坊した時の棗鈴の言い訳であるが、その早朝の極寒の中、理樹が布団から勢いよく飛び出ることが出来たのは、耳元で理樹の名を呼んで囁いた男が原因に他ならなかった。
「おはよ……」寝ぼけ眼をこすりながら理樹は言った。「どうしたの恭介?」
「理樹。俺の話を、聞いてくれるか」
「うん。聞く聞く。でも、ちょっと待ってて」
 理樹はそう言ってタオルを持ち、部屋を出て、冷たい水で顔を洗った。ぼんやりとした思考をきゅっと引き締め、水垂れ流しの蛇口も締め、部屋へと戻る。
 恭介は真人の壮大に過ぎるいびきの中に佇み、ダンボールのテーブルを前にして正座していた。反対側へと理樹も座る。
「おっけだよ。それで、恭介、話って?」
「お前も知っての通り、俺は昨日卒業式を終えて、今日卒寮式を迎える」
「うん……」
 瞬時、理樹の心はずんと深爪よりも深く沈んだ。決して避けられぬ別れ。明日にも恭介の姿はこの学校からなくなるのだ。
「そんな悲しい顔をしてくれるなよ。……なぁ、理樹?」
「うん……。ごめん」
「理樹」
 恭介は立ち上がって窓に近づき、そっと少しばかりの隙間を開けた。澄み切った朝の空気が部屋に満ちては頬を撫でる。
「出会いと別れは春のものだ。しかし、春はまだここには訪れていない。そう、理樹は、思うか?」
「そうだね。まだ、結構寒いし」
 理樹も立ち上がって隣に立ち、恭介を押しのけ、窓を閉めた。いきおい視線を隣へと投げやると、恭介は手を口にふふふふふと様になりすぎて気持ち悪く笑っていた。
「理樹、けどな、それは違う。春はいつでも俺たちと共にあった。お前もそれを、知っているはずだ」
 理樹はしばし考え、言った。
「いや、ほら、まだ寒いし。桜も咲いてないし。その内ちゃんと春も来るよ」
「だから、そういうのとは違うって言ってるだろうよぅ。……いいか、理樹、俺たちは常に青い春と――そう、『青春』と共にあった。なあ、そうだろう?」
「そう……なの、かも、しれない、ね」
 吐息が吹きつけ、唾がかかるほどの距離で熱弁する恭介から一歩離れる。
「俺は明日この学校からいなくなる。それは仕方のないことだ。だが、その前に、俺はこの学校に、みんなに、幸福な桜色に彩られた春を残したい。残された俺の青春で、一足早く、桜色をばらまきたい。桜はたとえ散るだけであろうと咲く。……残念だが、俺には桜のように何度も花を咲かすことは出来ない。だけどな、それならば一度きりでも、俺はここに永久に残る桜色を残していきたいんだ」
 ――それが、この俺の最後の青春だ。
 ルームメイトの筋肉の権化が筋トレ中にうっかり突っ込んで作られた、ドアの隙間から漏れ来る細々とした風が寒いわけではなかった。この時、確かに、理樹の心は震えていた。まくし立てられた言葉の意味するところは余りくみ取れてはいなかったが、それでも、感動に打ち震えていた。寒い朝早くから起こされて少々怒っていた気持ちも、半分くらいは何処かへと消えた。
「理樹、俺と一緒に走ってはくれないか」
「え、走るの?」
「ああ。マラソンや体育祭の最後を飾るリレー、そしてメロスにしろ、走ることは友情の証明であり、青春なんだ」
 そう言われればそんな気もするというのは得てしてあるものである。なるほどと応える理樹へ、びしゅりと無駄に空気を華麗に裂いた恭介の手が差し伸べられる。
「全力全開、いや、全力全壊でこの青春―イマ―を駆け抜けるぞ!」
 理樹は静かにその手を握りかえした。明日にはもう、しばらくは触れることがなくなる手なのだと思うと、握る力も一層に強くなる。青春や友情、そういったものをその手の内に掴んだ気がした。
 ――恭介。
 理樹が言葉をかけようとした瞬間、ぐるるるると間の抜けた音が理樹の腹部から響き渡った。
「腹が減っては戦は食えぬ」
 恥ずかしそうに身をかがめる理樹の上で、ぽつりと恭介は呟く。何かナチュラルに間違えているが理樹は恥ずかしさのせいで気づかない。「何か、ちがわねぇか?」と寝言で筋肉真人が突っ込んでいたが、これも気づかれることはなかった。
「とりあえず、学食に行くか」
「う、うん。ごめん。そういえば、まだ朝ご飯も食べてなかったよ」
「では理樹。この部屋から出る前に、俺たちのラスト・ランの為のユニフォームに着替えよう」
 ドアノブに手をかけ、半分ほど戸を開いていた理樹の手が止まる。振り返り見た先には、漫画やアニメの如く恭介の制服の上着が宙を舞う。ものの数秒程度、停止した世界のベールをくぐって、恭介は現れた。
「行くぞ、理樹」
 ――理樹の手の内から、青春や友情が飛散した瞬間である。
 後光すら差しそうな空気を纏ったその顕現は――ブリーフ一丁であった。しかも桜色。何も恥ずべきところはないと訴えるように、桜色ブリーフ一枚、恭介は一人、胸を張る。
「俺の『桜色』を、この学校中に咲き誇らすぞ!」
 述べながら一歩踏み出した恭介の体は軽く宙を飛び、部屋の中へと叩き戻された。これまでの生涯の中でも最大級の蹴りをくれた理樹は、何事にも目をくれず廊下を走り出す。
 追っ手となるはすがるような恭介の声。
「り、理樹っ。待つんだ! お前の走りたいその衝動はわかるが、お前はまだこの桜色ブリーフをはいていないじゃないか!!」
「違うから! 断固違うから!」
 前を向いたまま叫び理樹は疾走する。走りたい衝動って何だ。走っているのにそんなものわかりもしない。ああ、そうなのだ。――逃げたい。ただ、それだけだ。
 駆ける理樹がはっと気がついた時には、廊下の終わりが見えていた。学食の入り口の先。少し中に入ったところでお盆を抱え、こちらに気づいたようにしている少女と目が合う。
「鈴!」
「どうした理樹。朝からそんなに血相を変え、て……うにゃあああああ!!」
 咆吼と共に投げられたお盆を間一髪避け、振り返った数秒の景色の中に理樹は見た。わけのわからぬほど頬を緩め、頬を染め、大きく右手を振りながら駆けてくる、まがうかたなき桜色の変態。
「いっやほぅっ! 恭介、最っこ――んぶっ!」
 お盆が直撃する。言葉も途中で途切れ意味がわからない。変.態.恭介は昆布なのか?
「理樹っ。なんだあの変態は!」
「鈴のお兄さんだと思うよ」
「……お前はあたしにこれ以上生きるなと言いたいのか?」
「強く。強く、生きてよ」
 むりっぽい……。悲痛な鈴の呟きが食パンと共に学食の床に零れ落ちる。
「どうしたんだ? 朝から騒がしいな」
 いつの間にか姿を見せていた謙吾が話に加わる。ひょいと覗かせた視線の先で恭介は大の字に、破廉恥きわまる桜色ブリーフを咲かせていた。
「いや……すまない。『どうしたんだ?』ではないな。これは何事もなかったことにすべきなんだな」
「謙吾ぉぉおおっ!」
 どうやら復活したのか、恭介は手招きしながら謙吾を呼びつけた。どう考えても行ってはならない暗黒面からの招待。しかし引き留めようとした理樹に親指を突き出し、清々しい夏の蒼穹を思わせるような笑顔を浮かべ、謙吾は一歩踏み出す。
 ――謙吾が道着を空中に投げ、桜色のフンドシ一丁となったのは、恭介と会話を始めて一分と立たない間の出来事であった。
「理樹ぃぃいいっ!」
 もはや破廉恥の遙か彼方に存在する二つの生物に同時に名を呼ばれ、思わずびくりと全身が震える。
 足が竦み、周りの視線に痛みすら感じた。それでも立ち止まるわけにはいかなかった。振り絞るように自らの足を叩き、転びそうな足取りで駆け出す。
「走れ、理樹!」
 彼は己を叱咤した。
 降り注ぐような視線の網を突き抜け、走った。生まれて初めての変態を目撃したが如く、未だ信じられぬ、いやなぜ僕まで走らなくてはならない、しかしやはり逃げなければ――様々な思いがくちゃくちゃに駆けめぐって涙を浮かべながら、走った。迫り来る恐怖はほぼ全裸体。むしろそれよりも破廉恥きわまる桜色一丁。謙吾に至ってはどこからか取り出した竹刀を、脇差しのようにブリーフに挟み込む有り様である。何事も考えながら走れるわけもなかった。振り返れば片手を振りながら、狂気の桜色前線が上昇してくるのだ。
 気づかぬうちに逃げ込んでしまった教室棟で、勢いよく曲がり角を曲がった先、誰かと衝突してしまう。立ち止まるわけにはいかず、というかそんなことを考える暇もなく、無我夢中で止めた足を理樹は再び動かす。一瞬見た視界の中には、転んで尻餅をつき黒いショーツを覗かせる少女と、上手いこと避けたらしい少女が立っていた。
「ちょっと、何なんですのっ。一言くらい謝ったらいかが!?」 
「宮沢さんの噂に聞き惚れてぼーっとしていて、避けられなかった佐々美の不注意ではないの?」
「みゆき、あなたは黙っていなさい! ああ、そう、それよりその噂本当なのかしら。あの宮沢様がそんなことぅお――」
 語る少女、笹瀬川佐々美の口を巻き舌にしたのは他でもない、噂のそのまさに対象が、桜色フンドシ一丁という囁かれていた勇姿そのままに現れたからであった。おまけに竹刀のオプション付きである。
「み、宮沢様」「み、宮沢さん」
 呼びかけにほんの一瞬、謙吾が振り返り、桃色の笑みを二人に送る。
「そ、そんな」
「す、素敵ですわ……」
 二人の少女は奔走する桜色双璧の片翼、宮沢謙吾をつてに親密となった間柄である。一瞬顔を見合わせた後、恍惚とした表情でダブルノックダウン。廊下にはじわじわと、桜色よりも遙かに濁った、(鼻)血の海が広がっていった。
 ――さておき、逃げる理樹である。
 彼とて血の涙を流したくて仕方がないが、やはりそういうわけにもいかない。うっかり逃げ込んだ教室棟で、もしかしたらと頼りにしていたリトルバスターズの面々も、全く役には立たなかった。
「葉留佳君、今日は何かのお祭りなのか?」「いや姉御、理樹くんの表情を見るとそうじゃあないんじゃないかなぁと思いますヨ?」「わふー、ファイトですっ」「クドリャフカ。あなたは誰の応援をしているの?」「……もしもこの後、直枝さんがあの二人に捕まったら……」「わわわっ、みおちゃん、大丈夫?」「すみません、神北さん。……少しばかり、桃源郷の空気に眩暈がしただけです」
 好き勝手な言葉を聞きながらも、理樹には休む暇などない。理樹は自分の限界を超える走りをみせていたが、相手はあの恭介と謙吾、普通に走っても理樹よりは素早く、おまけに今日は変態ブースター付きである。転がるように逃げ出た中庭で、ついに理樹は追い詰められた。
「どうしちゃったんだよ、謙吾ぉ!」
 理樹の悲嘆な叫びが響く。
「お前も、恭介の話を聞いたんだろう?」
 理樹が思い出したのは、あの一時の自分であった。たとえ僅かな時間であろうと、何処までも共に走らねばならぬなどと決意した自分を猛烈に後悔する。
「謙吾、恭介の姿を見て目を覚ましてよぉ!」
「お前だって、理樹、恭介の言葉に胸が震えただろう! さあ、共に桜色をこの学校に咲かそう。友情も青春もここにある。このフンドシやブリーフだって、恭介が夜通し染め上げたものなんだぞ?」
 よせやい、などと照れたように頬を掻くほぼ全裸の男の姿に、理樹はほとほと絶望した。この世界の諸々全てに絶望した。ああ、もう自分はどうしようもないのだろう。このまま桜色ブリーフを身に纏い、猥褻物陳列罪となるよりほかないのだ。夜っぴて自らの手で染めてこのようなブリーフを準備する変態を、どうして自分が止められるだろうか。
 理樹が思考を手放しかけ、覚悟を決めたその時であった。
 眼前の謙吾の首が、鈍い音と共にほぼ直角に折れ曲がる。謙吾の倒れて開けた視界には、肩を上下させて怒り心頭といった様子の鈴がいた。
「どうした、鈴」やんわりとした口調で恭介が言う。
「――は、そうか。そうだな。お前だけ仲間はずれには出来ないな」
 ちょっと待っていろとブリーフの中に手を突っ込みかけた恭介に蹴りが飛ぶが、すんでの所で受け止める。
「鈴、兄妹とはいえ、お前とじゃれ合っている時間はないんだ。俺たちは一刻も早くこの桜色で学校を駆け抜けなければならない。みんなの心の桜として、散るよりも早く、少しでも咲き誇るために」
 ああ良い事を言ったと、まるで自分の言葉に酔いしれたように恭介は目を閉じ、そしてそのメンバーにすでに含まれているだろう事実に、理樹の心持ちはますます暗澹へと沈んでいく。
「あほか」
 心底あきれ果てたような口調に、さながら空気が固まり、理樹も恭介も瞼をからりと開け放って鈴を見る。
「そんなに走ったら、枝が揺れたり風が出たりで逆に桜の花散るだろうが!」
 驚愕の新事実といわんばかり、恭介たちは顔を見合わせる。
 ――嗚呼、そう言われればそうか。
「いや、突っこみどころそこなのか?」
 むきむきと現れたのは筋肉達磨こと寝坊していた真人であった。落ち着け鈴、と小さく呟き、至って冷静に、むしろ若干引き気味に指を指し、
「こいつら、怖いぐらい、変態だぞ?」
 今更のように、男たちは自分の姿を鑑みる。
 生まれたままの姿の上半身。
 若干の盛り上がりを持つブリーフ。
 おまけに桜色。
 変態。
 ――嗚呼、そう言われればそうか。
 勇者たちは酷く赤面した。その色はブリーフの破廉恥色よりもまして、美しい桜色であったという。







 おわれ。






【参考・引用元】
『新釈 走れメロス』 / 森見 登美彦


[No.206] 2008/03/28(Fri) 21:57:57
宴はいつまでも (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ


「雲が出てきたな」
「夜中に雨が降り出すらしいからな。それはいいから飲みたまえ、今日の主役はあなただからな。それとも私が注いだジュースは飲みたくはないと?」
 向こうではジュースを恭介のカップに注ぎながら来ヶ谷さんが話をしている。僕はそんなふたりをぼんやりと眺めていた。恭介のお別れ会をしよう、そう言い出したのは意外なことに謙吾だったように思う。でも、みんなの想いは同じだった。むしろ一番率先していたのは恭介だったかもしれない。
 しかし、思い直すようにもう一度辺りを見回す。場所が学校の中庭になるとは思わなかった。誰が言い出したのか分からないけど、反対する人もいなかったし、何より恭介がいいと言ったのだから問題はないのだろう。
「どうした、難しい顔してるじゃねーか」
 ある意味不法侵入だよね、という僕の言葉は聞かなかったことにされたけど。
「そんなんじゃないよ、ただ……」
 小学校の時も中学校の時も、恭介は先に僕達から離れていく。それでも僕達は恭介のいる場所に集まってこれた。高校受験のときはどうなるかと心配したけれど、ある意味真人は凄かった。周りから絶望的だと言われていたのにしっかり合格したし。リトルバスターズの絆の強さに今更ながら驚いたものだった。
「かーっ、そんな辛気臭い顔してんなよっ。なんなら俺の筋肉でも見るかっ」
 でも、就職となると話は別だ。
「それはいいよ……」
 来年になればきっとみんなばらばらになってしまう。それは、抗いようがない流れ。僕達はどこへ向かっていくのか、期待よりも不安の方がずっと大きい。
「なんだと? うるさい俺は邪魔だろうから、木の根元にセミの幼虫と一緒に埋まりながら、夏に木に登って筋肉を鳴らしてくださいってことかよっ!」
「いつも以上に訳が分からないよ」
 そういう気持ちはきっと真人にだってあるはずだ。 
「こら、あまり理樹に絡むんじゃない。理樹はお前と違って考えることが多いんだからな」
「謙吾は部活の方は終わったの?」
 遅れてきた謙吾が登場して全員が揃う。この一年、このメンバーはいつも一緒だった。夏は夏で騒いだし、冬は冬で盛り上がっていた。本当にかけがえのない時間を過ごすことができた。
「ああ、もちろんだ。おかげで準備を手伝うことはできなかったな、すまん。片付けの時は好きなだけこき使ってくれて構わんぞ」
 剣道部の活動は春休みでも変わらない。むしろ主将としての立場がある分、謙吾は大変なのだろうと思う。それでも僕たちとの付き合いは変わらない。忙しい立場の中で時間を見つけては僕たちの輪に加わっていてくれた。
「ふむ、なるほど、真人がお前に絡みたくなる気持ちも分からないではないな」
「え?」
「まあ、大体考えていることは分かる。確かにこれまでのように恭介と会うことはできないだろう」
 謙吾の表情もどこか神妙だ。
「だがな……それ以上は俺が言うことでもないか」
「てめえ、さっきは俺のことを馬鹿にしやがったなっ!」
 何か言いかけた謙吾の言葉を真人が遮った。すごく気になるけどふたりをなだめるのが先だ。
「はいはい、喧嘩はだめだよ。今日は恭介が主役なんだから」
「むっ、それもそうだな。謙吾、寛大な俺様に感謝しろよ」
 真人があっさりと矛を収める。気を利かせようとしたのか、ポテトチップスの袋を開けようとして、盛大にぶちまけていた。
「この馬鹿っ!」
 さっそく鈴に蹴り飛ばされている。思えばこの一年で一番成長したのは鈴かもしれない。まだ人見知りをすることはあっても、他人を拒否することはなくなった。日常の繰り返しの中で、人は確実に変わっていく。
「買い出しに行ってきたよー」
 小毬さんと葉留佳さんとクドがスーパーのビニール袋を提げて戻ってくる。葉留佳さんがじゃじゃーんと効果音をつけて勢いよく走りこんできた。
「ずいぶん買いこんできたね」
 お金は足りているのか少し不安だ。
「ふっふっふ、これくらいあっという間になくなってしまうのですヨ」
「そうだねー」
「わふー、ジュースが重いですよー」
 後ろからよろよろと、クドが袋に振られるようにして歩いてくる。
「あ、ごめん僕たちも行くべきだったね」
「いいんですよ。さ、姉御、頼まれていたものはちゃんと買ってきましたぜ」
「おお、ご苦労さん。葉留佳君は実に優秀なエージェントだな」
 うなずく来ヶ谷さんには威厳とでもいうのか、本当に同い年なんだろうか考えることがある。飄々として悠然としていて、ある意味恭介に近い人かもしれない。
「んー、今のは私に対して失礼なことを考えている顔だねえ」
「うわ、やめてくださいっ」
 不意に上から体重をかけられる。ジュースが残っていたらきっと零してしまっただろうけど、この人はこのくらいは計算していそうだ。
「少年よ、こんな綺麗なお姉さんが密着してあげているのだからもっと喜びたまえ。ちょーさいこーっす、来ヶ谷様にめろめろーとでも遠慮なく叫ぶといい」
「叫びませんって」
「ふむ、それは残念」
「姉御の魅力は奥深いですからネ」
「そうか、もっと一般的に伝わるように、葉留佳君で練習させてもらうか」
 くっくっくと、この人は笑っている時が一番怖い。
「あ、嫌な予感がするので、葉留佳ちんはいったん出直してきたいと思います。さよなら、さよなら、さよなら」
「はっはっは、遠慮することはないぞ」
「とりあえず助かった……」
 追いかけっこを始めたふたりを見送り、手近なところにあったペットボトルのお茶を飲んで一心地つく。
 人の輪は波紋のように広がって会話を生み出していく。真人が留年しそうになった話とか、最近の話題を中心にして、楽しい時間は過ぎていく。
「ちょっと、あなたたちっ!」
 不意に別の波紋がぶつかって、小波を生み出した。一斉に振り返ると、二木さんが険しい表情で僕達を見下ろしている。
「風紀委員長じゃないか」
 二木さんはこの惨状をぐるりと見回すと、ため息をついた。
「わざわざ学校に忍び込んで、騒ぎを起こさないでもらえないかしら」
「相変わらず堅苦しいねえ……そうか、参加したいのなら素直に言いたまえ」
 結局のところ二木さんに対抗できそうなのは来ヶ谷さんくらいなものだ。
「なっ、誰もそんなことは言ってませんっ」
 うかつなことを言い出さないようにぐっと自分をこらえる。でも、もう来ヶ谷さんのペースに巻き込まれている。
「まぁまぁ、小毬君。佳奈多嬢にもコップを渡してあげたまえ」
「はいー、どうぞ」
「えっ、だから私は」
「ほう、君は人の親切を断るというのかね。佳奈多君が委員会の活動に精を出しているから、労う意味でジュースを差し出したつもりだったのだがな」
「くっ、まぁいいでしょう。感謝いたします」
 うわあ、すっかり来ヶ谷さんのペースだなぁ、そんなのん気なことを考えている状況ではなかったことに気がつくのは、まだ少し先のことだった。



 すぐ近くにいる人の顔が判別できなくなってくる時刻、空のオレンジ色が濃紺に塗り替えられようとし、お開きにしてもよさそうな頃合にはなっていた。
「でね、私だってつらいんですよ」
「はぁ」
 そんな中、なぜか僕は二木さんの愚痴を聞くはめになっていた。その場から逃げ出したいけど、服の袖をがっちりと掴まれていて、これでは逃げ出せるはずもない。
「……ねえ、二木さんの顔が赤いんだけど何飲ませたの?」
 そろそろ正座をした足が痺れてきている。
「ん、チューハイと呼ばれる飲み物だな」
「それってお酒じゃないかっ」
「まぁ、よいではないか、今日は無礼講だ」
「無礼講の使い方が間違ってるよ!」
「いいじゃないか」
 来ヶ谷さんに抗議をするけど、まったく取り合ってくれない。それどころかみんなわざとこっちを見ないようにしている。
 友情ってこんなものなのかな、人生の無常について考え始めた時、恭介がぽんぽんと僕の肩を叩いてくる。
「こんなに盛り上がってくれて、俺はうれしいぜ」
「恭介」
「だから、あいつの相手は任せたぞ」
 凄くいい笑顔をしたまま去っていってしまった。
「わ、いかないでよ。あ、来ヶ谷さんまで」
 目をちょっと放した隙に姿が消えている。視線で来ヶ谷さんを探すと、さっそく小毬さんに絡んでいた。
「ねえ、直枝理樹。聞いているのかしら?」
「聞いてます、言いづらいんですが、目が据わっていてとても怖いんですけど」
「怖い? そうよ、みんな私のこと怖いって言うわ。でもね、誰も好き好んで怖い女になんてなりたくはないのよ……ないんだってば! ううっ」
「泣き出したよこの人!」
 ……勘弁してください。
「あーあ、お姉ちゃん泣かせたー」
「茶々入れていれないで、助けてよ……」
「いやー、この状態になったお姉ちゃんは私には無理ってもんですよー。理樹君の健闘に乾杯!」
 言うだけ言って今度はクドに突貫していく。置いてきぼりの僕はどうしようもなく無力だった。
「あのね、私だってね。女の子なんですからね」
「はいはいそうですね」
 さりげなくみんなが僕達から距離を取っていく。こんな薄情な人たちだなんて……少しは思っていたかもしれないけど。
「もう、はっきりしないあなたが悪いのよっ!!」
「ええっ、僕の責任なのっ?!」
 話がとんでもないところに飛んできた。これは真人にも負けない言いがかりだと思う。
「あなたがいつまでもはっきりしないから、先に進まないのよ」
「はっきりしないっていきなり言われても、何がなんだか分からないんだけど」
 だけど、それは僕だけのようで、二木さんの言葉に今まで距離を取っていたみんなが側に寄って来ていた。
「まさか佳奈多嬢から切り出してくるとは、分からないものだねえ」
「え? え?」
「あのう、理樹君に決めてもらうようにって、話し合ったはずですよ」
 小毬さんまで話に加わってくる。
「しかし少年はこちらから言わないとはっきりしないと思うが? 恭介氏には申し訳ないことになったが、せっかくの機会だ」
「ああ、一向に構わん、好きにしてくれ」
「いや、僕が構うよ!」
「どうしよう、どうしよう、心の準備がまだできてないんだけどぉ」
 小毬さんが顔を赤らめ、混乱している。
「こういう時は手のひらに人という字を書いて飲み込むとよいらしいです」
 やけに詳しいなって、クドもなんだかいつもの雰囲気と違う。みんな様子がおかしい。これはひょっとすると……。
「遅まきながら理解してもらえたようだな。自分の未来は自分の手で掴みたまえ……ただ、私を選ばないと君がどんな目にあうかは想像できるだろうねえ」
 説得という名の脅迫だと思います。
「え、ちょっと。今日は恭介を送る会で、何で僕がこんな目に遭わないといけないのさ」
「これも運命なのです……私としては恭介さんと直枝さんが結ばれるという結末でも悪くはありませんが」
 西園さんの目が妖しく光る。
「嫌だよ、そんな運命っ」
 完璧にこの展開はまずい。すっかり周りを囲まれていて、助けになりそうな謙吾は真人となにやらヒートアップしている。四面楚歌ってこういうことを言うのだろう。
「さあ」
「さあ」
「さあ」
「ひっく」
「みんな、落ち着いてよ。うん、こういうときは人という字を書いて……」
「理樹くーん、ここは真面目になる場面ですヨ?」
 葉留佳さんに真面目になれと指摘されるなんて! まさに絶対絶メーン! ってそれはこないだ真人が言っていた言葉で、その、ああどうしたら無事に。
「……あ?」
 一斉にみんなで空を見上げる。まるで僕の助けに答えてくれたかのように、地上に引かれるように雨粒はしだいに激しさを増していく。
「思ったよりも早く降り出してきたな……水入りとはこのことか」
 うっとうしげに前髪をかき上げて腕組みをする来ヶ谷さん。
「あーあ、残念っすねー」
「でも、ちょっとほっとしたかも」
 そういう小毬さんの顔はまだ赤い。
「どうぞ、能美さん一緒に入りませんか?」
 どこから取り出したのか、西園さんがトレードマークの傘を手にしている。
「ありがとうございます」
「あー、私もー!」
「さすがに無理です」
「うわーん、みおちんのいけずー」
 蜘蛛の子を散らすように、賑やかに雨宿りに向かう。
「みんな僕をからかっていただけなんだね……」
 僕はポツリと呟いた。服に染み込んでくる雨のせいで疲れがどっと押し寄せてくる。
「あ、そういえば誰か忘れている気がしたんだけど」
「ふん、別に寂しくなんてありませんわよ」
 どこかで誰かが黄昏ている声を聞いた気がした。



 降り出した雨に追われるように後片付けをすると、僕達の時間は終わりを告げた。騒動のきっかけになった二木さんは葉留佳さんが連れて帰るらしい。たまには悪くないってことですヨ、そう言いながら二木さんに肩を貸す葉留佳さんの表情は穏やかで、当たり前の幸せをようやく味わうことができた姉妹を祝福したい気持ちだった。
「はあ、最後まで無茶苦茶だよ」
 最後まで残ってゴミが落ちていないか確かめていた僕に声がかけられる。
「ん、何が最後なんだ?」
「あ、恭介……」
 恭介を目の前にすると、どうにも言葉が出てこない。僕が戻る寮にはもう恭介の居場所はなく、新入生のために用意されている。恭介が帰る場所は別なんだ、そう思った瞬間何かこみ上げるものがあった。
「理樹、今日は恭介様卒業おめでとうパーティーだぞ。なのに、そんな寂しそうな顔をするなよ。まるでこれっきり会えなくなるみたいじゃないか」
「うん、ごめん」
 僕が頭を下げると、髪にまとわりつく雨粒がぽたぽたと落ちていく。一緒に別のものが混じっていた気がするけど、視界がぼやけた僕にはそれが何なのか分からない。
「こらこら、謝るなよ。で、さっきの話を蒸し返すようだが、実際のところはどうなんだ?」
「その話は勘弁してよ」
「兄としては鈴のことを頼みたかったが、まぁいいさ、これも人生ってやつだ。お前の気持ちしだいだからな」
 恭介が出口に足を向ける。僕は慌てて、ずっと言いたかったことを恭介に伝える。今言わないと遅くなってしまう気がした。
「恭介……ありがとう」
 口にした瞬間、ふっと気が緩む。歯を食いしばって涙をこらえた。ここで泣いてしまったら何にもならないから。そんな僕に気づいたのか、恭介は振り返ってにやっと笑った。
「あ、そうだ、今度の日曜はみんなで集まって花見をするからな、しっかり予定を空けておけよ。準備はリーダーに任せるぜ」
「花見?」
 きっと今思いついたに違いない。こうやっていつも恭介は僕達を振り回す。
「それとな、さっきのお前のセリフは間違いだからな」
「へ?」
「またな、だ」
 ああ、この人にはどこまでも敵わないのかなと思わされる。
「……またね」
「ああ」
 今度こそ恭介は振り返らなかった。


[No.207] 2008/03/28(Fri) 21:57:58
ほんの小さな息抜き (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ

ある土曜日の休み時間。

「理樹君、お花見行こう!」

葉留佳さんが唐突に言ってきた。

「え?なんで今?」
「なんでって今って、今が春だからジャン!?」
「いや、そうだけど・・・。」

確かに花見も悪くないかも知れない。
けど、もうすぐテストがある…。
僕らはのんびり花見をしていられる状況ではなかった。

「うむ、それも良いな。」

来ヶ谷さんが葉留佳さんに賛同してくる。

「いや、来ヶ谷さんはだいじょうぶだろうけど…。」
「はっはっは、当然だ。」

いやまぁ。

「お花見行きたいですっ」

ってクドまで・・・。

「でもクド、もうすぐテストだけど、大丈夫なの?」
「わふ〜・・・そうでした・・・」

明るい顔は瞬時に暗くなった。

「で、でも、皆と楽しくわいわいしたいですっ」
「うん、まぁ僕もしたいけど・・・」
「じゃあ決まりだな。」

突然窓のほうから声がした。

「恭介、恭介は大丈夫なの?」
「もちろん。」

窓から教室へ。

「じゃ、リトルバスターズ全員で行くか。」
「でも、まだ春は来たばっかりだし、花見なんてテスト終わってからでもいいんじゃないの?」
「いや、その頃にはもう桜の見頃は終わっている。」
「そうですヨ、ニュースによると見頃は今日なのです。」
「うむ、それなら、今行くべきだな。」
「お花見です〜!」


結局、僕らは花見へ行くことになった。
土曜日で昼までだから昼から行くのかと思ったら、恭介の提案で夜桜を見ることになった。





「うわぁ〜、きれい〜」
第一声は葉留佳さん。
「そうだね。」
「あぁ、まったくだ。」
「ほわぁ〜、ホントに綺麗〜。」
「ふるぱわーなのですっ」
「・・・うん、綺麗だ。」
「すげぇな。」
「うむ。」
「ほぉ、こいつはすごい。」

葉留佳さんに続いて僕、恭介、小毬さん、クド、鈴、真人、来ヶ谷さん、謙吾がほぼ同時に言う。
ちなみに、西園さんは夜は早寝らしいので来ないらしい。

クドは多分「満開」と言いたいのだろう。


桜の木の下で僕らはシートを敷いて座り、なにかをしようということになった。 

「よし、じゃあジャンケンで負けたやつがこの桜の木の桜の花びらを一枚ずつ全部取ることにしよう。」

恭介が提案する。

「いやいや、怒られるから。」

勿論、即却下。

「じゃあ筋肉さんがこむらがえったしようぜ。」

こんなところに来てまでする意味あるの!?

「あほか!!」

バキッ

鈴のキックが炸裂。

「じゃあ俺が鬼になるから、皆俺から離れろ」

謙吾がやる気だ!!?

「お前もか!!!」

バキッ

鈴のキックが炸裂。

「じゃあ〜、しりとりしよっか?」

小毬さんの提案。

「ぅぐっ・・・」

鈴はさすがにツッコめなかった。

「よし、じゃあ負けたやつがおねーさんに抱きつかれるというのはどうだ?」

来ヶ谷さん、それは真人たちが負けてもやるの!?

「やじゃ!!」

スカッ

鈴のキックがかわされる。

ダキッ

っと同時に来ヶ谷さんが鈴に抱きついた。

「・・・ッ!!?」
「ふふふ、捕まえたぞ鈴君」

鈴が暴れるが効果なし・・・。
というか来ヶ谷さんなんで抱きついたんだろう。

「しりとりといえば、昔おじい様が言っていたのですが、しりとりで負けると文字通り『お尻を捕られる』とか!!」

クドがまたおじいさんの間違った知識を言い放つ。

「ほぉ、それは面白そうだ。」

来ヶ谷さんがノッてきた!!?

「いや、絶対来ヶ谷さん変なことするでしょう。」

ツッコむ人がいないのでツッコんでおく。

「ハッハッハ。」

「んじゃちょうどいいし、羽子板でもしますか。」

今度は葉留佳さんが提案。
しりとりの提案はスルーされたようだ。

って羽子板はお正月だし!!?

「葉留佳さん、羽子板はお正月だよ?」
「いやだな、理樹君。わかってますヨ。」
「え?それじゃあなんで?」
「えっと、なんでって言われると〜・・・やりたいから?」

あぁ、やっぱり脈絡がない・・・。

「とりあえず、もっと普通のことしようよってあれ?」

皆すでにそれぞれでやりたいことをしていた。

小毬さんはクドとお茶会。
来ヶ谷さんはまだ鈴に抱きついていた。
真人と謙吾は鈴のキックで倒れている。
恭介はなにやら音楽を聴いているようだ。

残されたのは僕と葉留佳さんだけ・・・ってあれ?
葉留佳さんがいない!?

「わ〜、それおいしそう〜。」

っと思ったら小毬さんたちのほうへ参加していた・・・。

「はぁ、まったく・・・。」

そうため息をついて、僕はみんなのやり取りを見ていた。

皆互いに違うことをやっているけど、皆、心から楽しんでいるようだった。

そんな皆を見ている僕も、釣られて笑みを浮かべていた。

テストの前だからといって勉強ばかりするよりも、たまにはこうして、皆とはしゃいで、息抜きをすることも必要なのかもしれない・・・。

そのことを皆はもう、知っているんだろうな・・・。


[No.208] 2008/03/28(Fri) 21:58:39
最後の課題 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ

「ドルジ、お前と過ごせた3年間色々と楽しめたぜ。これからもあいつらのこと頼むぜ」
「ぬお」

 相変わらずというべきか何というべきか、お前は人の気持ちを理解できるのか。奇妙なしぐさで俺の言ったことに了承したらしきサインを送ってきた。この学校に入学してすぐ何か面白いものがないかと見て回った俺がドルジを発見した時は、すぐにはこいつが猫だとはわからなかったぜ。でももぐりこんできた近所の子供たちと遊んでいるこいつを見て、こいつが何であろうと多くの奴にとって大切な存在なんだろうと何となくわかった。しばらくしてからおんなじように何か面白いものがないか探していた田中と出会い、そしてそこからさらに田中の友人の鈴木と出会えた。そう考えるとドルジがあの二人との出会いを招いてくれたんだろうか。ドルジはどの生徒よりも長くこの学校に居座り続けているが、これからも新たな出会いの演出をしていくんだろうな。



 まだ肌寒いがもう暦の上では春か。もうしばらくもしたら桜の花も咲いてくるだろうか。ああ、リトルバスターズで花見に行くというのも悪くないな。この学校の桜もかなりいいが、卒業した後に頻繁に来るというのは流石にみっともないか。今日を限りで簡単には来ることができなくなってしまうな。校門ではもう既にみんな待っているだろうが、あいつらには悪いができるだけ寄り道していくか。





 見ているとあちこちで告白している生徒がいるな。うまく付き合えそうなのもいれば振られたらしき生徒もいる。振られた奴はよく頑張ってるぜ。本当は泣きたいくらい辛いはずなのに、相手のことを考えて必死で笑顔を作ろうとしている。このところよく見る光景だったりするが、やはり卒業式ともなればその数は別格だな。俺も最近になって同級生、下級生問わずいくつも告白を受けてきた。けどリトルバスターズの仲間との付き合いが深すぎて、その他の生徒とのかかわりはあんまり深くなかったりするんだよな。告白されて悪い気はしないけれど、それでも良く知らない奴にいきなり付き合ってくれとか言われても、ちょっと受け入れるのは難しい。しかし、その一方であんだけ深く関わってきたリトルバスターズの女子メンバーからは何もなしか。別に付き合いたいとか下心を持って接してきたわけではないけれど、いざこうしてみると少しさびしい気がするな。





「グスッグスッ」
「笹瀬川さん。私たちは全国へ行くことができなかったけれど、あなたたちならきっと全国へ行くことができるわ。あなたはキャプテンなんでしょ。そんなめそめそしないで」

 グラウンドの脇を通ったら運動部として別れを惜しむ集団がいくつもあった。笹瀬川は以前は鈴と犬猿の仲、いやライバル猫の仲だったがなんか最近はだいぶ仲良くなっているな。鈴自身が変化しているのもあるだろうが、仲良くなったことには小毬の影響が大きいだろう。鈴といい笹瀬川といい扱いづらい猫をうまくまとめてくれている。心の中ではずっとどっかで気になっていた。俺たちのせいで鈴に女の子の友達ができないのじゃないかって。でも最近は「こまりちゃんたちと遊びに行くから恭介は付いてくんな」とかいって、女の子だけで遊びに行ったりもする。言い方は少し気になるが俺たちがついていなくてもよくなったことは素直にうれしいと思う。こんなこと一年前の俺に言ったとしても信じてもらえないだろう。すんなりとはいかないだろうけど、もっと笹瀬川と仲良くなったらその時こそミッションコンプリートだ。さてと、あんまり泣きじゃくる姿を見ながらぼーっとしているのは悪趣味だな。そろそろここは離れるか。





「棗さん、今日は何か騒動を起こさないのですか」

 後ろから声をかけられて振り向くとそこには二木が立っていた。三枝や能美のおかげで最近はだいぶくだけた態度をとるようになっているが、今日は以前のようなきっちりとした態度と口調に戻っている。

「こんな時でも仕事熱心なのは真面目を通りこして馬鹿だぞ。お前だって仲のいい先輩の一人や二人ぐらいるんじゃないのか。今日は無礼講でいいだろう」
「そういうわけにはいきません。毎年卒業式の日には羽目を外し過ぎる生徒が出ていますし。何代か前には飲酒で騒動起こして警察沙汰になった卒業生もいるそうです」
「ふーん、そうなのか。まあ、いいけどさ。いちいち俺に言われなくてもするだろうけど三枝達と仲良くしろよ。それともう少し息抜いたほうがいいぞ。ちょっとだけ早く生まれた奴からの忠告だ」
「そうそう、素材はとびきりいいんだからそんな難しい顔しないの。まあ、真面目な子をいじるってのもそれはそれで楽しかったけど」
「あーちゃんセンパイ……いきなり現れたと思ったら何をしているんですか」

 二木は後ろから抱きつかれ頬をつんつんされていることに抗議してみるが、そんなことは一向にお構いなしらしい。もっとも二木の表情を見ると本気で怒っていないみたいだ。というか言っても無駄だというような一種のあきらめが浮かんでいる。

「残念ね、以前より面白いリアクション返すようになったと思ったら卒業なんて。能美さんや棗の妹もおもしろいし……今から留年できないかしら」
「セクハラするために留年しないでください」
「セクハラってのは性的嫌がらせのことでしょ。嫌がってないんだからいいじゃない」
「はあ……」

 抵抗しても無駄だとわかり二木が溜息をつく。ひょうひょうとした人間相手では堅物キャラは相性が圧倒的に不利みたいだな。

「いい加減放したらどうだ」
「あれ、こういうのは面白がらないんだ」
「いや、卒業なんだからもっとシリアス路線で攻めた方がいいんじゃないかと思って」
「ああ、そうね。しまったな。最初からそうしておけば『ずっと先輩のことが好きでした』とか言ってくれたかもしれないのに」
「酔ってるんですか」
「私はいつでもあなたに酔ってるわ」
「一体あーちゃんセンパイは私を何だと思っているのですか」
「そりゃあもちろんツンデレS百合っ子だろう」
「言ってる意味はよくわかりませんが、棗さんが私を馬鹿にしていることは何となくわかりました」
「馬鹿になんかしてないさ」
「面白がっているだけよ」

 もう抵抗する気もなくしたように大きく息をついて口をつぐんだ。まいったな、そういう風にリアクションを返す気をなくすのが一番あつかいづらいのに。しばらく二人で見ているとどことなく晴れやかな顔で腕章を外した。

「なんだか疲れました。今日はもう仕事は終わります。あーちゃんセンパイ、棗さん卒業おめでとうございます」

 俺たちが見送られる立場のはずなのに、何となく立ち去る二木を見送ってしまった。二木が見えなくなってから隣を見ると、さっきまでのセクハラが嘘のような温かい表情を浮かべていた。

「心配だったのか」
「うーん、別に。あの子はとっくに大丈夫よ。はあ……結局あの子変えたのも棗たちのおかげだし……やんなっちゃう」
「そう、謙遜するなよ。二木を変えたのはお前の影響も強いさ」
「だといいんだけど」
「それじゃあな」
「待って、少し歩かない」

 いつになく真剣な表情を浮かべている。別にそんな表情にならなくたって断ったりはしないが、それでもそんな顔をされると余計に断れなくなる。





 この学校には色々と面白いやつがいたが、こいつはとくに面白いやつの一人だな。俺みたいに色々な部活から勧誘を受けていたにもかかわらず、廃部寸前の部に入部した変わり者。それも能美が引き継いだし無駄じゃなかったんだろうな。それにしても相当慕われていたらしい。あちこちで女子からお別れの挨拶に向かってくる。まあ、無理もないか。個性あふれる連中なのに大変な問題が起きなかったのは、こいつの手腕だろう。

「ありがとうな、あんな大変な奴らの面倒を見てくれて」
「本当に大変だったわ。寮長なってからで10年分は老けたのじゃないかしら」
「そういう割には随分と寂しそうじゃないか」
「そうね、疲れたけどそれ以上に楽しかったわ」

 思い返しているのか少しだけ目をつぶる。たぶんこいつのまぶたには女子寮の生徒全員の姿が焼き付いているのだろう。

「にしてもさ、絶対男子の寮長は棗になると思っていたんだけどさ」
「またそれか。俺はそんな立派な人間じゃないさ。リトルバスターズのメンバーさえよければそれでいい、そんなちっぽけな人間さ」

 別に謙遜しているわけじゃない。本気で俺はそう思っている。以前の寮長になってくれないか頼まれた時もそう断った。俺にはあまりにもリトルバスターズが大切すぎる。寮のこととリトルバスターズのことを秤にかけなければいけないようなことが起こったときに、俺は必ずリトルバスターズの方を選んでしまうだろうって。

「そう……ところで今日はそのリトルバスターズで何かしないの」
「俺はしないさ、俺はな」

 今頃校門の前で待ち構えている理樹たちは何をしようとしているのだろう。泣かせる路線、笑わせる路線、意表をついて怒らせる路線もありか。こっそり裏門から出て校門で待ち構えているあいつらを逆に驚かせるというのも少し考えたが、どうもそれは面白みに欠ける。それよりも色々準備しているだろうあいつらを見事に出し抜いて、まだまだそれじゃ俺に追いつけないぜと余裕を見せつけた方が楽しそうだ。絶対あいつらの期待通りの反応なんかしてたまるか。

「見えてきたね」
「ああ」
「それじゃあ私はここまでね」
「別に遠慮する必要はないぞ。俺と一緒にあいつらの仕掛けに乗らないか」
「やめとく、私がこれ以上行っても空気読めてないだけの人間になるわ。棗への用がすんだらおさらばするわ」
「用……」
「そう、用。私ね、さっき偶然棗たちに会ったのじゃなく、棗を捜しているうちに会えたの。棗に言いたいことがあるから」

 うぬぼれているつもりはないが告白されることが頭に浮かんだ。今まで告白してきたやつよりははるかに関係が深いがそれでも断ってしまうな。まったくあいつらばかりでなく俺ももうちょっと成長した方がいいかもな。

「棗……」

 真っ正面に向かい合い真剣な表情をされるが、言葉はそれ以上にはなかった。その代わりにあったのはいきなりの背伸びをしてのキス。外れたのか最初からそうするつもりだったのかは知らないけれどわずかに唇は外れたけれど。

「……」
「またね」

 そう言って特に何もなかったようにすたすた立ち去っていくのを、俺は無言で見つめているだけだった。

「……反則だろ、それは」

 言葉が聞こえないほど遠く離れた後最初に出てきたのはその言葉だった。言葉に出すつもりはなかったが思わず独り言として出てきてしまった。告白とか何にもなしでキスだけして去っていく。完全に意表を突かれてしまった。またねと言ってたが次会った時どう対処すればいいんだ。くそ、このまま次会う時まで悶々とした気持ちでいなきゃならないのか。女はこんな時男よりはるかに強いな。やられたよ、まったく。



 しばらく深呼吸を重ね落ち着きを取り戻し俺は様子を観察してみる。真人がいなくてそしてあいつらの側には人ひとりが入れるくらいの巨大な箱。なるほど、あそこに真人が隠れていると思わせてどこからか真人が現れる作戦か。来ヶ谷や西園がいるにしては見え見えの作戦だな。どこから現れるのか必ず見破ってやるぞ。俺は全力でお前たちを相手する。お前たちが俺を越えることができたかどうか勝負だ。

「ミッションスタート!」

 俺の声に気付きみんなの目がこちらを向いた。ピリピリとした空気を感じる。あいつらもちゃんとわかっているはずだ。俺を喜ばせる一番の方法は俺がいなくても大丈夫だってことを証明することぐらい。俺が今まで課したどんなミッションよりも今のミッションが大事なんだ。期待してるぜみんな。

「恭介、この箱を開けてくれる」

 真人の居場所を探るためるにさりげなく視線を周りに向けている。よく見てみると他の卒業生や在校生の目までちらちらとこちらを窺っている。他の生徒も今日俺たちが何をやるかということを相当期待していたらしい。俺がこの学校で過ごした3年間、大騒ぎしすぎて他の生徒に迷惑をかけたかもと思うようなことは少なくなかった。それでもこうして期待されているのを感じると俺が今までやってきたことは無駄じゃなかったんだと思う。

「何が入っているんだ」

 口では軽い言葉を口にしても緊張感は徐々に高まっていった。一歩、また一歩近付くにつれ周囲の視線が集まりざわめきは消えていった。まだ真人の位置はつかめない。ひょっとしてシンプルにあの箱に入ってるのか。そう思い箱をよく観察してみると奇妙なことに気づいた。箱の上の方に不自然な影を見つけ……

「恭介ぇぇぇぇっ!」

 気づくとほぼ同時真人の雄たけびが響いた。後ろを振り向くと屋上から真人がロープの反動を使って……

 ブチーーーンッ

「あっ……」

 その場にいた何百人という生徒が真人の方を向いた。人は何かとてつもない事態に遭遇した時全てがスローモーションに感じることがある。今全員が真人が落ちるのをゆっくり眺めているんだろう。

 ドガ、ゴシ、ゴロゴロ、グシューーーーッ

「アガガガガ」
「ま、真人っ! 大丈夫」
「真人君! だいじょーぶ」
「練習では成功してたんだけどな」
「空中大ジャンプ3回転くす玉割りいけると思ってたんですけどネ」
「みんな一つ言ってなかったが練習の時にくす玉の重さを計算に入れ忘れていたぞ」
「来ヶ谷さん、それわざと言わなかったのでしょう」

 俺も必ずしもきれいな手ばかり使うわけではないが、来ヶ谷それはいくらなんでもひどくないか。真人本人も知らされていなかったトラップのせいで流石に俺も度肝を抜いたぞ。とはいえこんな危なっかしいやり方ばかりじゃ引く奴も多いと思う。これではとてもじゃないが合格を出せないな。それとも俺が合格を出さないこともお前の計算のうちか。まあ、どっちでもいいか。今この場で言わなければならないのはただ一つだけだしな。

「ミッション失敗だ」





 真人の回復を待って例の箱に入ってあったケーキをみんなで食べてみる。

「もういなくなってしまうんですね」
「何言ってるんだ。学校からいなくなるわけで一生会えないわけじゃないんだから」
「恭介さんがいなくなったらリトルバスターズはどうなるのでしょう」
「西園がプレイに参加すればちゃんと9人野球はできるさ」
「恭介さん、まだたくさんケーキが残ってますから……ゆっくり味わって下さいね」
「ああ、そうする」

 はは、小毬でもケーキ作り失敗することがあるんだ。随分しょっぱいじゃないか。これはケーキの味だよな。俺が泣いてるとかじゃないよな。こんなしょっぱいケーキ一生忘れそうにないぜ。

「やはー、恭介さんだったら留年して残るかと思ってましたよ」
「おいおい俺はそんなつもりまったくないさ」
「私たちのおもりはもう飽きたのか」
「まあな、メンバーが一気に増えてだいぶ大変になったしな」
「恭介はバカだからきっとまたすぐに学校に来る」
「本当はこれからも俺についていてほしいんじゃないか。しょうがないな、鈴は」

 食い過ぎたのかな。一口運ぶのがずいぶん重く感じる。みんなもケーキを食べるのがつらそうじゃないか。

「恭介、すまねえ、ミッション失敗しちまったな」
「あのロープは俺がだいぶ使い込んでいたからな。傷んでたんだろ。まったく俺だったらあんなミス起こさないぜ」
「お前とずいぶん長いこと一緒にいるのにこんなに差があるとはな」
「謙吾、伊達に俺はリーダーやってるんじゃないんだぞ」

 とうとうケーキはひとかけらも残らずみんなの腹の中に入った。もう食い終わったしこれ以上ここにいる理由はないな。さてもう行くか。

「恭介……」

 どうした、理樹。言葉が出てこねえのか。これからのリトルバスターズの中心はお前になるんだ。それなのにそんな情けない姿でどうするんだ。そんなんでリーダーが務まると思うのか。馬鹿野郎。

「情けないぞ、みんな。そんなんじゃリトルバスターズは俺がいなければ何にもできない集団だって思われるじゃないか」
「……ごめん」
「一年、まだ一年ある。来年のお前たちの卒業式の時今日失敗したこと比べ物にならないくらい難しいミッションを成功させろ。それが俺の学生時代最後にお前たちに与えるミッションだ」

 とぼとぼとしてたみんなの目に火が点り始めた。そうだ、それでいい。俺がお前たちに見せてほしいのはそんな姿だ。

「……わかった。どんなミッションだって成功させるよ」
「そうか……じゃあな」

 校門まであと10メートルまでもない。耐えろ、耐えるんだ。俺はリトルバスターズのリーダーだ。みんなの目標でなければならないんだ。そんな俺が泣いてどうする。堂々と笑顔でかっこよく去らなければならないんだ。俺はこの最後のミッションを失敗するわけにはいかないんだ。

「恭介」
「「「「「「「「「卒業おめでとう」」」」」」」」」








































「……で、何が言いたい」
「いや、だからそれだけかっこよく去ったのに学校来るなんて情けないと思い……」
「そんなので補修サボっていいわけないだろ!」

 翌日補修を抜け出そうとした俺はあっさり捕まってしまった。まさかここまで厳重に警戒されていたとは。申し開きを試みたが全く聞いてもらえなかった。

「棗、下級生の修学旅行にもぐりこんで、事故……まあ、事故はお前の責任ではないが、事故で長期入院して治ったと思ったら後輩連れて学校さぼって出席日数が足りないお前を、ちゃんと卒業させるために時間を割いているのだぞ。感謝される理由はあっても恨まれる理由はないぞ」
「いや、そこらへんはほんと感謝してます」
「だいたいお前は……」
「すみません、時間が来たので説教は次の機会に。棗、次は英語だ。事前に言っておいた課題はちゃんとできてるか」
「すみません、他にもいろいろ課題出てたんでまだ全部できてません」
「この馬鹿やろーーーっ!」

 みんな俺をほっておいて春休みの計画を色々立てている。恭介も補修が終わったらおいでと言っているが……うおおおっ俺の課題はいつになったら終わるんだ。


[No.209] 2008/03/28(Fri) 22:05:49
葉留佳の春の悲劇 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ

春・・・春が来た・・・。

「あ〜、もう春か〜・・・。」

不意にそんなことを口ずさむと・・・。

「なになに理樹君、呼んだ?」

葉留佳さんがやってきた!!

「え?いや、呼んでないけど?」
「うそ〜、絶対呼んだよ、しかも呼び捨てで!」
「いやいや、『春か〜』って言っただけだよ。」
「ほら、呼んだじゃーん!」
「えぇ!?いや、だから・・・」

僕は紙に書いて説明した。

「あ、そかそか、ホントだ、私が間違ってましたネ。
この季節は困るんだよね〜、なんでか呼ばれてる気がしちゃうんだよね。」

それは重症なのでは・・・と思ったが言わないでおこう。



その翌日にあった数学の小テストの点数が悪かった僕。

「この『春か』らはちゃんと勉強するんだな、理樹君
また私が教えてやろうか?」
「あはは、そうだね、また教えてもらおうかな・・・」

来ヶ谷さんとそんなことを話していると・・・。

「なんですか?姉御。」

葉留佳さん登場!!

「なんだとはなんだ?葉留佳君。」
「え?やだなぁ、呼んだじゃないですか。」
「誰をだ。」
「私をですヨ。」
「ん?理樹君。私は葉留佳君を呼んだのか?」
「いや、呼んでないと思うよ。」
「あれ〜?おっかしいなぁ。絶対呼んだと思ったんだけどな〜。」

葉留佳さんは離れていった。

「いったい何を聞き間違えたんだ、葉留佳君は。」
「あ、あれじゃない?来ヶ谷さん、僕に『春からは勉強しろ』って言ったじゃない?」
「あぁ、確かに言ったが・・・。」
「それの『春から』を・・・。」
「いや、さすがに聞き間違えないだろう・・・。」

来ヶ谷さんが言った次の瞬間!!

「なになに?どったの?理樹君」

葉留佳さん再登場!!!

「・・・葉留佳君、君の耳はパンの耳か・・・?」
「え?んなわけないですヨ、姉御。」
「いや、いくらなんでも聞き間違えないだろう、今のは。」
「?」

葉留佳さんは首をかしげる。

「・・・葉留佳君、自分の名前が呼ばれたと思ったら返事をしろ。」
「え?あぁ、はい、いいですヨ。」
「遥か」
「はい。」
「病院へ行け。」
「えぇ!?いきなりそれはないッスよ〜!!」
「君の耳はおかしい、すぐに病院へ行くべきだ。」
「も、もう一回チャンスくださいヨ。」

葉留佳さんが再戦を要求。
それにしても、『遥か』と『葉留佳』・・・間違っても仕方がない気も・・・。

「じゃあ行くぞ」

葉留佳さんが無意味に身構える。

「貼るか・・・。」
「はい!!!」

葉留佳さん元気よく返事!!!

「よし、理樹君、救急車だ。」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ姉御〜!!」

確かに今のはいくらなんでもダメだと思う・・・。

「でも確かに『はるか』の一言だけだと間違えるのも無理ないんじゃない?」

一応フォロー。

「ふむ・・・一理あるかもしれんな。」

来ヶ谷さんがなにか考える。

「じゃあ行くぞ。」

一息ついて、

「『貼るか』『遥か』『春か』『遼』『遙』『歯留佳』『葉留佳』『悠』」

えぇ〜・・・。

「よし、君の名前を言ったのは何番目だ?」
「・・・2番目?」

葉留佳さんが苦笑いで答える。
確かに今のは絶対わからないだろう・・・。
しかも結構早かったし・・・。

「よし、耳鼻科行け。」
「えぇ!!!?」
「く、来ヶ谷さん、今のは僕にもわからなかったよ。」
「む?理樹君も耳鼻科に行くのか?」
「いやいや・・・。」

もっと効率的なやり方があると思うんだけど・・・。

「『はるか』がつく文章を作ったらどう?」
「ふむ・・・。」

来ヶ谷さんは少し考えて、

「よし、葉留佳君、行くぞ。」
「は、はいですヨ。」
「春か、もう春か〜、遥か彼方に貼るか。いや、ここでテントでも張るか、それとも彼にサロンパスでも貼るか、う〜ん、葉留佳だな〜。」

なにその文!?
なにを話したいのかぜんぜんわからない!!

「君の名前を言ったのは何番目だ?」
「え、え〜っと、3番目?」

葉留佳さんまたも苦笑いで答える。

「逝ってしまえ。」
「えぇ!?ひどいっスよ姉御〜!!」

確かにひどい。
すべてがひどい。

「も、もう一度だけやってあげれば?」
「そうっすよ!さっきのは突然すぎてわからなかっただけですよ!」
「仕方がない。では行くぞ。」

再び葉留佳さんは身構える。

「遥か彼方に葉留佳と呼ばれる遥かがいました。でもその遥かは葉留佳と呼ばれるのが嫌なので世界の葉留佳を皆殺しにしてしまいましたとさ。」

えぇ〜〜・・・。
なんか話はできてるけど葉留佳さん死んじゃってるよ〜。

「さぁ、何番目と何番目と何番目だ。」
「え、え〜っと・・・って3つもあったんですか!」
「ちなみに、3問正解以上が合格だ。」

それは全問正解でないとダメってことじゃ・・・。

「え、え〜っと、1番目と3番目と4番目?」
「君はそんなに『遥か』が好きなのか?
さっきから『遥か』を当ててばかりいるぞ。」

違う意味で才能だ!!

「うぅ〜・・・だって姉御の問題難しすぎっスよ〜。」

葉留佳さんが嘆いている。

「君はこれから『耳が遥かに遠くにあるハルカ』と呼ばれるといい。」

葉留佳さんは称号を手に入れた!!!!!

「うぅ〜、そんな名前で呼ばれるのか〜、恥ずかしい〜。」

って葉留佳さんノッてる!?




結局それから皆を呼んで葉留佳さんの聴覚を取り戻そうとしたが、戻ることはなかった。

そして葉留佳さんは全会一致で『耳が遥かに遠くにあるハルカ』と呼ばれることが可決した・・・。

ちなみに、略称は「遥ハル」。


果たして葉留佳さんがその称号を返上する日は来るのだろうか・・・。


[No.210] 2008/03/28(Fri) 23:27:42
春秋 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ@遅刻

 世界が崩れていく。
 空が、山が、そして、誰もいない街が白く染まり、消える。不思議な景色だ、何もかもが消えていく。見慣れた校舎も、まもなく見えなくなるだろう。
 いつの間にか風がやんでいる。もう、それすらも維持できないのか……
 俺たちが作り上げた世界が、その役目を終えて消え去る。そして、俺たちも。
 空に漂う自分、真人の姿はどこにも見えない。まぁいい、俺もすぐ行くさ、最後まで見届けたらな。

 理樹と鈴が、手をつなぎ、そして駈けだした。校門へと……

 恭介は、それを泣きながら見送っている。なんだ、人に泣くのは許さないとか言っておきながら、大泣きじゃないか。
 あいつらの方がよっぽど強い、俺たちが守る必要なんてどこにもない。
 だから……もう大丈夫だ。今のお前達ならきっと生き残れる、生き残れ。そして、月並みだが俺たちの分まで幸せになってくれ。
 俺は古式を救えなかった、古式を救えるのは俺だけだったのに……救えなかった。あんなのは一度で十分なんだ。

 二人は走る。振り向かず、駈ける。

 いいぞ、それでいい、振り返る必要なんてない、未来へ走れ。その為に、その為に俺たちは集まったんだ。
 幸せだった、最後の最後で、リトルバスターズは今までで最高のミッションをやり遂げたんだ。大切なものを、大切な仲間達と共に残すことができた、最高に幸せだったさ。

 二人が消えた、校門の向こうへ。

「健闘を祈る、友よ」
 もう聞こえる事はないだろう、だがもう姿も見えない二人へと言葉を贈った。どうか、二人の前途に幸運を。





 二人を見送った後、ぼんやりと空に浮いた。死んだ後はどうなるのか……それはわからない。わからない以上、じたばたしても仕方あるまい。
 だが、仲間と共に逝けるのならばそれもまた幸せかもしれない。それに向こうには古式もいる……許してもらえるかわからないが、もしかなうならば、今度こそ、今度こそ彼女と共に未来を目指したい。
「ふっ死んでは未来もなにもあったものではないか……」
 間抜けな思考に自嘲する。死……その先に何があるのか?

 最後の喧噪が消えて、世界が崩れる音だけが響く。
 白い、もう、学校以外の全てが消え去り、そして、まもなく俺も……

 目をつぶる、初めて感じる浮遊感に身を任せ、ただ静かにその時を待つ。

「……さん」
「……宮沢さん」
「……?」
 声が聞こえる、どこかで聞いた声が……古式? 今際の際に彼女の声が聞こえるとは……我ながら未練たらしい。
「宮沢さんっ!」
 とても楽しそうな、弾んだ声。
 違うな、古式はこんなに明るくはない、誰だ?
「みーやーざーわーさんっ!」
「ぬおっ!?」
 突如として衝撃を感じ、思わず回転しながら受け身をとろうとする。いや待て、浮いているのに受け身をとる気か俺は?
 目を開ければ、見慣れた校舎が回転している。うむ、恭介の奴なかなか面白い仕掛けを……するわけはないな、俺が回っているのか。
 何かが抱きついている、柔らかい……人?

 一度全てを受け入れていただけに、突然の変化には対応できない。思考がまとまらん、くっ俺は最期まで未熟なままか。

「くそっ!」
「きゃっ!?」
 強引に体勢を立て直し、抱きついていた何かを押さえ込む。何か……何故……
「……古式? 古式なのか?」
 腕の中の少女が恥ずかしそうに微笑む。古式だ……眼帯ももうない、二つの瞳が、俺を見ている。
 整った顔、長い髪……俺が、俺がこの世界でまで追い求めた彼女は、俺が夢見た通りの笑顔を見せて、言った。

「みゆきって呼んで下さい♪」
「茶番だっ! 恭介ぇっっっっ!!!」





















「……そうですか、私は宮沢さんに根暗女の代名詞のように思われていたんですね。精一杯明るい再会にしようと、慣れないながらも何度も何度も試行錯誤を繰り返しておりましたのに、まさか偽物扱いされるなんて……」
「あ……いや、その何だ。あんなに明るい古式はあまりに予想外だったからな、慌ててしまってつい……」
「つまり私には明るさなど似合わないと……そう仰るのですね」
「い……いや、そういう意味では……」
「そういう意味なんでしょう?」
「似合わないのではなく、今までの古式とは違いすぎていて」
「宮沢さんだって、リトルバスターズジャンパーなどというものを着てはしゃいでいたではありませんか、人間は変わるものなのです」
「……古式がそれを言うか」
「何か?」
「いや、何でもない」

 参った。
 最後の最後で、恭介の奴が悪戯でもしかけてきたのかと思って叫んでしまったが、どうも違ったらしい。考えてみれば、恭介はあれでもしてはならない事というのは知っている、知っていた上で行う事もあるが、それは恭介にとってそれ以上の何かを求める時だけだ。文字通り、いたずらに行うことはない。
 この期に及んで仲間を疑うとは、猛省を要する所であった。
 さて、目の前の古式は、すっかり機嫌を損ねて地面にのの字を書いている。非常に上手いのは言うまでもないが、そんなに見事なのの字を書かれても反応に困る。そういえば書道もやってるとか言ってたな……
 それにしても、のの字の為にわざわざ降りてきたのかとか、可愛くすねるのは似合わないからやめろとか、だが落ち込んでいるのは古式らしいとか色々な言葉が脳に浮かんで来たのだが、そんな事を言うとさらに事態が悪化しそうなので黙っておくことにした。俺は真人とは違うのだ。

それに……

「ふっ」
「……さらに笑いますか」
「あ、いや、そういう意味じゃないんだ。ただ……」
「ただ……?」
「嬉しかっただけなんだ。古式」
 そう、古式の姿は少し透けている、そして俺も。だが……
「また逢えた、古式に。そして初めて逢えた、明るい古式に……」
 恭介に聞かれれば、ロマンチック国連総長だの、ロマンチック総統だの言われそうな言葉ではあったが、別に構わない。
 古式に逢えた、そして、古式の笑顔を見ることができた。ならば、他の些末な事などは気にする必要もなかった。
「私もです……宮沢さん」
 古式がそう言ってこちらを見上げる。少しだけ染まった頬を、不覚にも綺麗だと思ってしまった。
 地面ののの字は、いつの間にかハートになっていた、これには触れないでおこう。





「すまない、古式」
 しばらく見つめ合った後、呟くように言った。俺が言いたかった言葉、言わなければいけない言葉……古式は不思議そうに首を傾げる。
「なぜ謝るのですか? さっきいじけていたのは冗談です。本気で謝らなくても……」
「いや、違うんだ」
 冗談です、の一言に古式らしからぬ新鮮さを感じつつも、姿勢を正す。
「俺は、古式を助けられなかった。挙げ句、この世界で好き勝手に……」

 古式は黙って首を振る。それは予想済みだった、古式は俺を責めるような人間ではない。むしろ、謝ってしまう方だ。
 だから俺は無理にでも続ける。これは俺のけじめ、未練……

「言わせてくれ、古式がどう思おうと、俺は……」
「助けてくれました」
「な……に?」
 予想外の言葉に、俺は言葉を止める。古式はまっすぐこちらを見つめている。
「助けてくれました。あなたは、身を挺して私を助けて、未来を与えてくれました」
「古式?」
 繰り返す古式、何を言っているんだ……そう言いかける。
 俺は古式を助けられなかった、助ける事ができたのはこの世界の中だけ。現実にできなかった事を、俺自身が満足する為だけに、古式の姿を使ってやっただけなはずだ。
 だが、古式は笑って首を振る。
「私は助けられたんです。私が自ら命を絶った後、あなたは自分を責めていました、この世界でも、あなたは自分の事を責め続けていました……私のせいで」
「違うっ! 古式のせいじゃない、俺の……」
 言いかけた言葉は、古式の笑顔で止まる。
「だけど、あなたは助けてくれたんです。この世界で、何度も何度も……そして、励まして下さいました。だから私は今笑顔でいられるのです」
「じゃああの古式は……」
 俺の言葉に、古式は頷く、笑顔で。
「そうか……」
 肩から大きな荷物がおりた気がした、とてつもなく巨大な荷物を……
 ああ……やはり俺は幸せだった、こんな幸せな最期を迎える事ができたのだ。もう、未練もない。

 気付けば、世界はとっくに白く染まっていた。俺たちがいる場所だけが、白いもやの中に取り残されたように浮かんでいる。ここは……
「懐かしいです」
「そう……だな」
 校舎の裏、俺が古式と話していた場所、だから古式はここに降りたのか……
 
 古式と並んで座る、昔のように、二人が生きていた時のように……
「宮沢さん」
「何だ?」
「呼んでみただけです」
「ふっ」
 馬鹿にするのではない笑い、古式も笑う。これにもっと早く気付くことができていれば、お互いに幸せだったのだろう。
 真面目に付き合うばかりではない、笑顔で悩みを笑い飛ばせるような会話をしていれば……
「……まぁ今更だな」
 そこまで考えて、ふと笑みをこぼした。だが、不思議と不愉快ではなかった、今更であっても、古式が笑っていてくれるのなら……
「そうでもないですよ。きっと、この気持ちは無駄にはなりません、全ての記憶を失って生まれ変わる時が来ても、あなたからもらった気持ちは、きっと私の中に……」
「ありがとう」
 俺の言葉に、古式は嬉しそうに微笑んだ。





「宮沢さん、ご案内します」
 しばらくして古式が言う。
「……そうか」
 俺の返事に彼女は手を伸ばし、俺はそれを握る。
「迎えに……来てくれたのか」
「はい」
 俺の問いに、少しだけ悲しそうな笑顔、古式の手は、冷たく、そしてほとんど感触がなかった。きっと、それは俺と同じなのだろうが……
 
 古式は軽く浮き上がる、俺もそれに続く。背後では、最後の世界が消えていく。もはや音も聞こえず、消えていく。
 この先に何があるのだろう……だが、古式と共にいられるのならば、少なくとも悪い場所ではないはずだ。
 だから、今度こそこの手を離さない。















 俺は浮いていた。ふわふわと……何もない世界に……
 光が見えていた。あの先に何があるのか……
 声が聞こえている。古式……そうだ、共に……

「今の私は、もう春秋を重ねる事はありません、あなたと同じ季節を生きることもできません。春に桜を見る事も、夏に水辺ではしゃぐ事も、秋の月を見上げることも、冬に身を寄せ合う事もできません。でも、季節は巡る、いつか、いつかきっとあなたと巡り会える」

 古式……?

「私は弱いまま死んでしまった。でも、もう宮沢さんから勇気をもらえました、次は、きっと強く生きられます」

 何を言っているんだ……古式?

「宮沢さん、今までありがとうございました。本当に、本当にありがとうございました」

 古式、古式!

「どうか、お元気で。あなたなら大丈夫、強く生きて下さい」

 駄目だ、古式、君も……

「次に出会った時には、どうか私もあなた方の仲間に入れて下さい。とても強い……あなた達の仲間に……」

「古式っ!!」

「さようなら、宮沢さん。そして、またいつか……逢いましょう」



















 目が覚めた時は病室だった。
 全身に走る痛みが、生きている事を伝えてくれた。
 俺は生きていた。
 恭介は重傷だったが、俺たちは、皆、一人も欠けることなく生きていた。

 奇跡……そうとしか言いようがない出来事。
 あの世界は一体何だったのだろう? 俺たちの作り上げた世界は……
 俺たちが作った世界には、俺たちしかいないはずだった。だが、彼女はあの場所にいた、確かにいたのだ。





「古式……」
 夜、誰もいない病室、天井に手を伸ばす。
「いつか、また逢おう。その時は君も……」
「「リトルバスターズの一員に」」
「っ!?」

 重なる声に周囲を見回す。夜の病室は、暗く、誰の姿も見えない。だが……

「ふっ、お茶目になったじゃないか」
 そう言って、目をつぶる。
 病院は静かだ、いつかの世界のように静か……
 
 俺はそのまま眠りにつく。強く生きるために、古式といつかまた出逢えるように……


[No.211] 2008/03/28(Fri) 23:46:30
それはとても小さな春 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ 甘@遅刻はしたけど間(ry

「修学旅行、好きな人に告白する?」
 ホームルームが終わり、先生が教室から出たとたん、そんな声が聞こえてきた。
 なんでも「修学旅行で告白が成功したら、その二人は別れることがない」なんていう伝説がこの学園にはあるらしく、修学旅行が近づくにつれ、こういう話題を最近よく聞くようになった。
 修学旅行は楽しみだが、私はそういうのに縁遠い。私は好きな人なんていないし、それに――。
 そこまで考えたとき、頭の中に沸いて出た考えを振り払う。今から進んで憂鬱になることもない。
 そんなことを考えながら、私は教室を出た。
 今日は実家に帰らないといけないから早くしないといけない、そんなことを考えながら。




「それじゃあ、今日は早く寝るように」
 久しぶりの実家に帰り、食事を終えた後、叔父がそういった。時間はまだ8時。今まで寝たことも、眠らせてもらったことがない時間だ。
「明日は大切な日なんだ、粗相のないように、粗相があったときにはわかっているな?」
 最後は目をぎらつかせて叔父はいった。
「もちろんです。では失礼させていただきます、叔父様」
 私は頭をさげると、自分の部屋に戻る。
「はぁ…」
 部屋に入るなり、ため息が漏れる。いや、ため息しか漏れなかった。
「お見合い、かぁ…」
 私は明日、お見合いをすることになっていた。
 これだけでも笑ってしまうのに、相手は、最近親から会社を受けついだ、30歳の会社の社長。社長としてはとても若いのだろうが、私からすれば年上としかいいようがない。どうしてそんな相手とお見合いすることになったのかといえば、なんでも、私をこの前開かれたお茶会で見かけたとき一目ぼれし、叔父たちにお見合いを出来ないか、と打診があり、お見合いをする運びとなったらしい。叔父たちいわく、『社会的地位も社会経験も十分あって、しかも私の体に刻まれた傷を全く気にしない、心の広い人』だそうだ。自分で傷つけておいて、こんなことを言えるのだから、叔父たちには反吐が出る。ひょっとしたら、下手に私が家から逃げ出さないため、こんな傷をつけたのかもしれない、と、ふと思った。現に、小学生のころ、間違って長袖の下に隠された傷を男子にみられてから、男子と交流をもつことはなかったし、普通の男子と交流がなければ私の親みたいに駆け落ちすることはないだろう。だったとしたらどこまで最低なのだろうか、この家の連中は。
『これ以上の結婚相手はいないだろう?佳奈多?』
 下卑た笑みを浮かべたあいつらの顔が思い出される。本当に、私をなんとも思ってないのだ、あいつらは。下衆にもほどがある。本当に――死ねばいいのに。
 わかっていたことだがうんざりする。
 私はため息をついた。
 わかっていた。道具として生まれた私はこうして政略結婚みたいなのに使われるって。でも。
「いざこうなると厳しいものね…」
 本当に、いざこうなると厳しい。
 結婚。
 今の時代、この年には縁のないもの。それ、をする。好きでもないような下衆な相手と。
 考えただけで憂鬱になった。憂鬱にしかなれなかった。
 明日お見合いの席でちゃんとできるだろうか。


『修学旅行、好きな人に告白する?』


 そういっていた、クラスメイトが思い起こされる。自分ももしこんな家――男女7歳にして席を同じうせずという時代錯誤の精神で育てられ、子どもを道具としてしか見ていない家――に生まれていなかったら、恋に浮かれていたりしたのだろうか。とそんな益体もない事を考えていたそのときだった。
 ふと、一人の男の顔が浮かんできた。
 学園のある一人の生徒のこと。
「……なんであいつの顔が浮かんでくるのよ」
 わけがわからない。ただ春先にちょっとあることがあっただけだ。
 春先にちょっとの間、二人っきりになっただけだ。
 もしあれを恋の始まりなんていったら笑い話にしかならないだろう。
 そんなことを思いながら、私は眠りについた。


 この日の夢をみることになるとも知らずに。




”それはとても小さな春”




「屋上にあがったらいけないでしょう!」
「ほ、ほんとにごめんなさい」
 私が叫ぶと、直枝理樹は素直に頭を下げた。
 昼休み、いつもの見回りの最中、屋上にいる直枝理樹を発見し、私は直枝理樹を注意していた。最近屋上で自殺騒ぎがあったので先生から誰かが屋上にいないか特に注意するよう言われていたからだ。
「…大体なんで屋上なんかに来たの?」
「ちょっと忘れ物、とりにきて」
「……直枝理樹、あんたしょっちゅうここにきているの!?」
 あ、しまった、と直枝理樹がつぶやいた。
「大体、ここ、鍵かかっていなかったの?」
 今まで鍵がかかっていなかったが、自殺騒動以来、ここには鍵がかかっていたはずだ。
「あいていたよ?」
 そういいながら目が泳いでいた。嘘をつけない性格らしい。
 でもとりあえず、今追求することはやめていこう。きりがなさそうだから。
「とりあえず、一緒に、職員室にいっしょにきてもらうわよ!」
「ご…」
 直枝理樹が何かをつぶやこうとしたとき、直枝理樹の体がこちらに寄りかかってきた。
「え?」
 一瞬何がおこったのかわからない。
 しかし、直枝理樹の体が自分の体に触れた瞬間状況を悟る。
 まさか――。
「な、何を考えているの、直枝理樹!」
 そう叫ぶが、直枝理樹は私の体によしかかるのをやめようとしない。
「きゃあっ」
 体が、倒れる。
「ちょ、ちょっと直枝理樹、いい加減にしなさい!」
 そういうものの、直枝理樹は無言だ。
 私は懸命に直枝理樹から、逃れようとする。手遅れになってからでは遅い。
 私は直枝理樹のほうをきっ、とにらもうと、直枝理樹のほうへ顔を向けた。








「くーーー」

 ――――え?
 直枝理樹は眠っていた。




「直枝理樹、ナルコレプシーだったわね…」
 直枝理樹を膝枕しながら、私は去年のことを思い出す。
 去年写真つきで、直枝理樹について聞いていた。ナルコレプシーでどこで寝るのかわからないから注意してくれ。といわれていた。だからほとんどあったこともないような、直枝理樹の顔を私はしっていたのか、と今更ながらに納得した。
「くー」
 直枝理樹は私のひざの上で眠っている。
 俗に言う、膝枕の体制だ。体を少しずつずらしている間にこの体制になってしまった。
「昼休み、終わるまでは、このままでいてあげるわよ」
 さっき、失礼なことを思ったお詫びだ。空を見上げる。
 相変わらず真っ青な空が広がっていた。ふ、と昔、葉留佳を膝枕したことを思い出す。
 二人でたしか品評会までの待ち時間のとき、葉留佳が疲れて寝てしまったのだ。
 私はそんな葉留佳に膝枕をした。姉として。 品評会のあと、「なんのつもりだ、葉留佳は見下せ、といっていただろ」といってベルトではたかれたけど。そういえば膝枕したのってそれ以来だっただろうか。
「くーーー」
 あのときの葉留佳も、こんな風に幸せそうに寝ていたっけ。直枝理樹もまた、無邪気に笑顔で眠っていた。
 女顔してる、と第一印象でおもったけど、こうして寝ている姿はまるで本当に女の子だ。――本当に、かわいい。
 あのときの葉留佳をみているようで楽しくなる。
 ふ、といたずらしたくなった。
 鼻をつまむ。
「ん、んーーー!?」
 苦しそうな顔をする。この顔もまたかわいい。破壊力がある。
 次は口をふさぐ。
「ん、んーーー!?」
 って、何やっているんだろうか、私は。そう思うがとまらない。
 そのまま私は、直枝理樹で遊んだ。


 そして――。
 12:40。昼休みもあと10分で終わるという時間になって。
「あ、あれ?」
 直枝理樹が目を覚ました。
「お目覚めですか?」
 そう皮肉たっぷりに私はいった。
 ――いつもの私どおり、かわいげなく。




 チュンチュン…。
 朝になる。目を覚ました。
「そういえば」
 あのとき、本当におわったあと本当に寂しい思いをしたことを思い出す。
 あのとき直枝理樹と一緒にいることに間違いなく幸せを感じていた。 まるで、昔、一度だけ葉留佳に膝枕していたときのように。
「……きっと誰でもよかたんでしょうけどね」
 きっとほかの人物でも私はそうおもっただろう。ただ、私に膝枕されたのが直枝理樹だった、というだけで。
それはとても恋とは呼べない、恋とよぶのはおこがましい、ただ、私が幸せだったという感情。
 ――それが、それだけが、今の私には重要だった。


「ありがと、直枝理樹」
 ああいう気持ちにさせてくれて。
 異性と今までそんなにつきあいがなかった私にはアレだけでも十分だった。
 大丈夫、きっと私は今日がんばれる。どんな最低なお見合いでも。
 そんなことを思いながら私は朝の準備を始めた。


[No.212] 2008/03/29(Sat) 02:03:12
頭が春 (No.201への返信 / 1階層) - ひみつ@ちこく



「みんなー! 大変だー!」

 がたぁん、とドアを開け、お茶会と洒落込んでいた女子メンバーたちの部屋に飛び込んで来たのは鈴である。
 よほど急いでいるのか、かなり激しく呼吸をしていた。

「どうしたんですか、鈴さん」

 クドが駆け寄り、しゃがみ込んだ鈴の肩を掴む。

「寮内で騒がしくしちゃダメだよー」
「それを三枝さんが言うんですか?」

 片や、冷静にポテチを齧る葉留佳とこれまた冷静に突っ込む美魚である。

「た、たいへんなんだ! きょーすけがっ、きょーすけがっ」
「きょーすけさんに何かあったの〜?」

 小毬もクドと同様に心配して駆け寄り――遅れたのは飲み物を注いでいたからだ――鈴に問いかける。
 小毬の予想通り喉が渇いていたのか、鈴は水の入ったグラスの中身を一気に喉に流し込んだ。

「恭介の……恭介の……」
「鈴さん、落ち着いて。ゆっくりと話してください」
「あ、あぁ……」

 やはりなんだかんだで兄の事が心配なのだろう。
 それを察した美魚の言葉に落ち着きを取り戻し、深呼吸。
 そして鈴は意を決し、一言。


「恭介の頭が春になってたんだ!!」


「「「「「………………………………」」」」」

 ド沈黙。

「鈴君。今一度落ち着いてよく聞くといい」
「ん、なんだくるがや」
「……就職活動中に野球を始め、試合直前に人形劇の練習。エトセトラエトセトラ…………いいか、恭介氏の頭の中は年中春だ」
「ですネ」
「鈴さんが一番よくわかっているかと思っていましたが」
「ち、違うんだっ! 頭の中じゃなくて……いいからきてくれっ!」

 言い、鈴は背を向けて歩き出す。
 小毬、葉留佳、クドリャフカ、美魚、来ヶ谷の5人は目を見合わせ……結局、鈴の背中を追いかける事にした。


  *


 外に出、鈴に連れられて女子メンバーがやってきたのは中庭。
 夜だからか、人はいない。
 そこのベンチに、月明かりに照らされ虚ろな目をした私服の――数週間前に卒業したためだ――恭介が居た。

「こ、これは……」

 柄にもなく唖然とした表情を見せる来ヶ谷。

「ホントに春ですネ」
「驚きました」
「……新ジャンルです」
「桜だ〜。綺麗だよ〜」

 最後の小毬の言葉が全てである。
 そう、なんと。


 恭介の頭の上にミニサイズの桜が生えていたのである。
 横幅の最長は丁度恭介の頭くらい、高さは顔の1.5倍と言ったところだ。
 花びらの散り方や枝葉や根付き方あたりを見ても、どうも本物っぽいあたりがシュールである。
 と言うか現実的にありえない。確かに桜が咲き花が咲き暖かな風が吹き、季節は春真っ只中だ。とは言え、人体から桜が生えるのはいくらなんでも春頑張りすぎだ。

「りん……」
「だ、大丈夫かっ」

 珍しく心底心配そうな表情で、恭介の肩を掴む鈴。

「…………っ!?」
「どうしたの、りんちゃん?」

 鈴の表情がすぐさま驚愕に染まる。
 その変異を最初に感じ取った小毬が鈴に近付き。

「ほわ、かわいいー」

 恭介の頭が視界に入ったのか、そんな事を言い出す。

「ほや、頭に何か乗ってますヨ?」
「……そのようだな。なんだあれは。何か小動物のようだが」
「わふー、とってもきゅーとなのですー」
「あ、あれは……!?」

 割と当然の反応を見せた葉留佳、来ヶ谷、クドリャフカとは全く違う反応を見せたのは美魚である。
 その顔は真剣そのもので、正体を見破ろうと恭介に近付き、その頭に――頭の上に乗った何かに――触れた。

「わたしの予想が正しければ……やはりこれは……」
「みお……これが何かわかるのか?」
「うーん、私も小さい頃に見た事がある気がするんだけど……思い出せない」
「これは、………………かの有名なシルバニ○ファミリーですっ!」
「……そうか、俺の頭には……兎さんやリスさんが住んでいるのか……」

 フッ、とニヒルに笑う恭介だが、雰囲気的には末期っぽい感じである。
 人形とは言え頭の上の桜の木の下に動物がいるのである。某ハマの核弾頭波留さんだってきっとびっくりする。
 だいたいなんだ、この世界は一体どうしてしまったと言うのか。

「これはきっと、世界を弄び続けた俺への罰なんだ!」
「おにいちゃん!!」

 罰にするには割としょぼい気もする。
 が、真に受けて鈴も動揺したのか過去にでも立ち戻ったのか、お兄ちゃんなどと呼び始めてしまう始末。どうしようもない。

「しかし……あのまま桜を放置していたら恭介さんはどうなってしまうのでしょうか」
「そんな事聞くまでも無かろう、能美女史。頭から足の先まで養分を吸い取られ……」
「ごくり」
「…………」

 わざとらしく喉で音を鳴らす葉留佳と、黙って来ヶ谷の言葉を待つクドリャフカ。
 来ヶ谷は何やら意味深にうん、と頷き。

「春よ来いを歌いだす」
「わっつ!?」
「名曲ですネ」
「養分吸い取られた意味はあるんでしょうか……?」
「まぁ冗談はさておき。養分を吸い取られるのは冗談では済まない可能性がある」
「植物なら水を与えなければいいんじゃないかな? 一生頭を洗わなければ……!」
「それは別の意味で恭介氏の人生が終わってしまうな、葉留佳君」

 そも、口からも摂取するから意味が無い。
 笑いながらも口元に手を当て、考え始める来ヶ谷。
 葉留佳やクドリャフカはただ見る事しか出来ない。
 そんな中、鈴と、ずっとその様子を見守っていた小毬と美魚が近付いて来た。

「みんな、頼む。恭介を……助けてくれ」
「うん、りんちゃん。みんなで頑張れば、きっと恭介さんは助かるよ」
「……シルバ○アファミリーも、何やら自立行動を開始した上に繁殖活動まで始めそうな勢いですし、あまり猶予はないかも知れません」

 人形が繁殖活動てまたお盛んな。

「可愛い顔して所詮は獣か……」

 苦い顔をして来ヶ谷が呟く。
 無理も無かった。
 と、夜の沈黙の中、不意に金属音が鳴り響く。
 正確には、金属で木材を叩く音か。

「なんだ、この音は……?」
「あ、姉御!! あれを見てください!!」

 葉留佳が指差した方向、それは恭介の佇むベンチ。
 その頭の上。

「家を建て始めたか……!?」
「桜の木の枝の上に建設していますね……」

 揺れるたびに桜の花びらが舞い散り、中庭にある他の桜と混じり月明かりを反射して輝いていた。
 一種、幻想的とも呼べる美しい光景だったが、そんな悠長な事を感じていられる場合ではない。

「引っこ抜くぞ、援護しろ葉留佳君!」
「りょーかい!」
「だ、だめだっ!」

 桜の木を掴んだ2人に制止の声をかけたのは、鈴だ。

「さっき引っ張ってみたら、『かゆいかゆい』って言いながら喉を掻き毟ったんだ……」
「く……既に人体に影響を与えているという事か」
「もう、私たちに打つ手はないのでしょうか……」

 来ヶ谷が舌打ちをし、クドリャフカが俯いて泣き出しそうな顔になる。
 小毬も、葉留佳も、鈴も――皆がもうダメかと諦め帰り支度を始める中、ひとり、その目に諦めを宿していない人物がいた。

「みなさん……わたしに、ひとつだけ思いつく手段があります」

 美魚である。

「ほ、ほんとうかみおっ」
「みおちゃんすごーい!」

 鈴と小毬が希望を取り戻したのか、笑顔を見せる。
 葉留佳とクドリャフカと来ヶ谷は信じ切れず……しかし、今は自信ありげにそう言った美魚の事を信じるしかなかった。

「どうやら……みなさんにわたしの真の姿をお見せする時が来たようです」

 言い、美魚は制服の内ポケットから何かを取り出す。

「見た目は普通の少女……しかし180度回転し90度右に曲げて45度前に倒したその姿は……!!」

 雲間から月が完全に顔を出す。満月。
 月明かりは美魚を照らし出し、その姿を彩る。

 かちん、かちんと何かが繋がる音。
 繋ぎ終えた物を右手に持つと、左手で頭に何かを乗せ、服は制服のまま、右腕を前に突き出し繋がった長いものをくるくると回し、ポーズを取る!



「魔法少女マジカル☆みおちゃん! けーんざん!」



「「「「「………………………………………………………………………………」」」」」

 お寒い風が吹いた。
 春どころか真冬も裸足で逃げ出しそうなほどにお寒い風だ。
 もうなんかこの場だけ地球外的な氷点下である。
 ちなみに繋げたのは魔法少女風のものでハートが先端についたステッキだが、頭に乗せたのはナースキャップである。どう魔法少女なのか。
 しかし美魚は非常に満足げな顔で、喋り始める。

「さぁわたしがきたからには」
「かえって本でもしらべよう、なにかあるかもしれない」
「ああ、そうだな鈴君。図書室にでも忍び込んで……」
「私も手伝うよー」
「わふー、私はいんたーねっとを使ってみるのです」
「私は、お姉ちゃんに相談してみる」
「……って、どこに行くんですかみなさん!?」



 5人が去った後、中庭には恭介と美魚が取り残された。
 美魚は悲しそうな顔で恭介を見。
 恭介は、笑顔を美魚に返した。
 風が吹き、2人を包み込む。恭介の頭から防風開始ー! と言う声が聞こえたが、何事もなかったかのように美魚は口を開く。

「恭介さん……あなたは、わたしが治すと信じてくれますか」
「ああ、西園…………ごめん、可愛いとは思うけど、……正直ちょっときつい」
「…………」
「…………」

 ぐわぁ、と腕を後ろに回す。
 すると目に涙を浮かべ、何かに耐えるように空を見上げ、散り行く桜の花びらに想いを馳せてみる。
 そして、想いそのままに。

「うわあああぁああぁぁぁああぁぁーん!!!!」

 可愛く泣き出し、ステッキを振り抜いた。
 恭介の頭の上の桜の木を目掛けて。
 桜の木はシルバニ○ファミリーごと吹っ飛び、恭介は10円禿げだけを残して、意識を手放した。


  *


「……と、言うところで目が覚めた」
「え!? 今の全部夢だったの!?」
「当たり前だろう、理樹。頭に桜の木なんて生えてたまるか」
「いや、随分と真実味のある話し方だったから……つい。それにさ」
「なんだ?」
「恭介の頭に、桜の木が生えてるから」
「え?」

 次の瞬間、恭介は頭の上を確認する事も無く、悲痛な叫びを轟かせながら廊下へと消えていった。
 恐らく、寮生共用の洗面所へと向かったのだろう。鏡で、その姿を確認するために。
 恭介らしからぬ行動ではある。既に卒業した身で遊びに来たのだから、風紀委員にでも見つかったら大騒ぎだ。

「……いやまあ、嘘なんだけどね」

 春。4月1日。エイプリルフール。
 あの恭介がそんな事を忘れてしまうくらい、その夢は怖かったのだろう。

「初めて恭介を騙せた」

 嬉しそうに笑う理樹。
 廊下から、「ホントに生えてるううぅう!」などと言う絶叫。
 開いたままのドアから、理樹は顔を出す。

「はぁ……恭介、嘘つきかえすにしたって、もう少しまともな――」

 優越感から余裕綽々な台詞を吐いた理樹の眼前を、――桜の木を頭の上にしっかりと根付かせた恭介が薄桃色の美しい花びらを舞わせながら、マジ涙目で疾走して行った。


[No.213] 2008/03/29(Sat) 04:38:49
感想ログとか次回とかー (No.203への返信 / 2階層) - 主催

 MVPはゆのつさんの「春秋」に決定しました。
 ゆのつさん、二回目の参加にしてMVPの奪取おめでとうございます。
 感想会のログはこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little6.txt


 次回のお題は「幸」
 締め切りは4/11 感想会は4/12
 みなさん是非是非参加を。


[No.216] 2008/03/30(Sun) 01:35:31
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