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後半戦ログですー - 主催 - 2008/05/11(Sun) 23:23:27 [No.287]



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第9回リトバス草SS大会(仮) (親記事) - 主催

 建てるの遅くなってごめんなさい。
 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「文字」です。

 締め切りは5月9日金曜午後10時。
 厳しく締め切るつもりはありませんが、遅刻するとMVPに選ばれにくくなるかも。詳しくは上に張った詳細を。

 感想会は5月10日土曜午後10時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.255] 2008/05/08(Thu) 20:11:00
姉妹二組 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ

「ふーっ暇ね」

 誰もが考えもしなかったバスの大事故で修学旅行が中止になって一週間、学校は静まりかえっていた。約一クラスが入院したということもあるが、その数字以上にごっそり人がいなくなったような気がする。葉留佳、そしてリトルバスターズの存在感は考えていた以上に大きいものらしい。二年はほとんどの人が授業が終わるとすぐに友達などの見舞いに行き、一年や三年もこの重い雰囲気では何か楽しもうなんて考えることができないらしく、学校全体が静かになった結果風紀委員は暇で仕方なかった。

「ストレルカ、ヴェルカもう上がっていいわよ」

 そう言ってみたけれど二匹ともどうしていいかわからないようにお互いの顔を見ている。それも仕方ないか。いつもだったら仕事が終わったらすぐに好きで好きでたまらない姉の元へ駆け出しているけれど、今はその姉もまた病院だし何をしていいかわからないのね。

「どう、ちょっと私と遊ぶ……何よ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

 びくっとしたような二匹を見て少し傷ついた。普段校内の見回りぐらいでしか一緒にいないけれど、それでも二匹とは仲のいい関係を築いていると思っていたのに。この子たちは一体私のことをどういう風に思っているの。



 落ちていたボールを適当に投げて拾わせているうちに、最初はつまらなそうにしていた二匹も徐々に元気よく駆け出すようになった。体を動かすというのは思ったよりも気持ちがいいものね。このしばらくの間は私の方もふさぐことが多かったが動いているうちに気分が晴れていくのがわかる。遊んであげているつもりが私の方が遊んでもらっているのだろうか。

「さあ、次はちょっと遠くまで投げるわよ。それ」

 ヒュッ、ゴスッ

「うわあああっ!」
「だ、大丈夫っ!?」
「う、うん大丈夫だから。二木さんも気にしなくていいから」

 勢い良く投げたボールは後者の陰から出てきた生徒に当たってしまった。直枝理樹、大惨事を奇跡的に防いだ学校のヒーローは当たった頬に手を当てつつも笑いながら許してくれた。濡らしたハンカチで当たった個所を冷やしている間も、直枝理樹は気にしないでとばかり言うだけだった。



「さすがに学校のヒーローは心が広いわね。人を恐れさせるだけで誰も助けることができない冷酷女にも優しく接するなんて」
「そんな自虐的にならなくても。二木さんが優しい人だってことはちゃんとわかっているから」
「一体どうすればそんな勘違いができるのかしら。誰に聞いても私の印象は冷酷としか言わないわよ」
「誰に聞いてもじゃない。クドも会いたがっているしそれに……」

 直枝理樹が指さした位置には私にじゃれついているストレルカとヴェルカの姿があった。犬に懐かれているからそれだけで私がいい人だとでも思ってるの。つくづくお人好しみたいね。

「ねえ、二木さんはお見舞いに行かないの」
「いいわよ、せっかくクドリャフカがあなたと過ごせる時間を減らしたくはないし」

 クドリャフカから毎日のように直枝理樹についての話を聞かされている。優しく、一見頼りなさそうに見えて芯の強い男の子。なるほど、その通りの印象ね。クドリャフカが好きになる気持ちが少しわかる気がする……何、考えているのよ。クドリャフカの想い人相手に。

「クドのこともだけど葉留佳さんに会いにいかないの」
「何を言っているのかしら。三枝葉留佳は風紀委員会の敵よ。そんな人相手に見舞いに行く理由がどこにあるのかしら」
「理由ならあるよ。お姉さんが妹のお見舞いをするのは当たり前のことだよ」
「……話したの? あの子が」
「……」

 それについては何も答えない。でもそれはどうだっていい。私と葉留佳の容姿から姉妹だと考えている人はいくらでもいる。直枝理樹が葉留佳から話を聞いて姉妹だと知ったかなんて大して重要じゃない。大事なのは私が会いに行くなんて無理だということ。

「あなたがどれぐらい知ってるのかなんて知らないけれど無理よ。私と葉留佳の関係は普通じゃない。会えるわけないでしょ」
「そんなことないよ。葉留佳さん会って話したがってるよ」
「はは、私と話したい。病院生活は憎んでいる相手と話したくなるくらい暇なのかしら。悪いけど私は葉留佳の暇つぶしにつきあうようなお人好しじゃないの」
「二木さん」
「うるさいわね! 私と葉留佳のことが他人に理解できるわけないでしょ!」
「自分に正直になった方がいいよ」

 いたたまれなくなって私は直枝理樹から目をそらした。優しく諭されたのにそれに反発してそっぽを向く。なんて子供なのかしら。つまらない意地を張るしかない子供。それが冷酷な風紀委員長様の正体みたいね。

「すまん、理樹。行くぞ」
「う、うん」

 いろいろと荷物を抱えた棗鈴の言葉に直枝理樹が後ろを振り向いた。ちょっと助かった気がする。ほんのわずかの会話なのに私の心はぐちゃぐちゃに掻き回されてしまった。直枝理樹は駆け足で棗鈴の方へ向かったけれど、途中で振り返りまた私のところへ戻ってきた。

「あの二木さん。もし見舞いに行くんだったら葉留佳さんの病室はクドの隣だから、クドの病室と間違えないでね」

 そしてまた駆け足で行き今度こそ振り向かず校門を抜けていった。その様子を見送った後私は思わず呟いてしまった。

「間違えて、葉留佳の部屋に行きなさいと言っているようにしか聞こえないわよ」



 馬鹿な人。でも彼はそういうつもりで言ったのではないとわかっているけれど、結果として彼は正しいことを言った。私が葉留佳の見舞いに行くなんて何か間違いでも起こらない限りありえない。それが私達姉妹の関係だから。

「クゥーン」
「ああ、ごめんなさい、ぼうっとして……ねえ、あなた達はお姉さんに会いたい?」
「オン!」

 私の言葉がわかるのか二匹とも元気よく返事して大きく首を縦に振った。正直な子。やっぱり姉妹って性格が似るのかしら。まっすぐな姉にはまっすぐな妹、ねじ曲がった姉にはねじ曲がった妹。まっすぐなあなた達がうらやましいわ。

「それにしても皮肉ね。犬は病院には入れない。会いたいと思うのは会うことができなくて、会いたいと思わないのが会うことができるなんて」
「オン!」
「怒ってるの。私が会えるのに会わないことに」

 こんな所でも姉妹似ているのかしら。ストレルカとヴェルカを怒らせることで。

「クゥーン」
「嫌よ、私は会いに行かないわ」

 二匹とも首をうなだれたようにしている姿を見て少し心が痛む。あきらめたのかとぼとぼと歩いて行ったが途中で立ち止まり、何を思ったのか花壇の花を抜き始めた。

「何やっているのあなた達。そこに入ったらダメなことはあなた達よくわかっているでしょ」
「オンオン」
「だからやめなさい!」

 二匹で合わせて計10本抜いてようやく花を抜くのやめた。しゅんとしながらも何かを訴えるように私をじっと見つめている。

「何よこれ、私にプレゼントだというの」
「クゥーン」

 二匹は私の質問に首を横に振った。本当はもうわかっている。何で賢いこの子たちがこんな馬鹿なことをしたかなんて。

「クドリャフカへのプレゼントね」
「オン」
「じゃあ、さっき直枝理樹に頼めばよかったじゃない」
「クゥーン」
「それじゃダメなの。私が行かなければダメだって言うの」
「オンオンオーン!」

 元気よく答える二匹を見たらもう断ることできなくなる。私に病院に行かせたいからこんなことするなんて。本当に姉妹って似るのね。一見子供のように思えて、私なんかよりずっと大人。あなた達とクドリャフカはよく似ているわ。私は、いや私達姉妹は、あなた達姉妹にかなわないのかしらね。

「帰ったらお説教よ」
「オンオン!」

 そう言われても元気よく尻尾を振るストレルカ達を連れだって私は病院へ一歩踏み出した。





 病院の外で二匹を待たせて私は病院へ入り、そして受付の人にクドリャフカの病室を尋ねた。受付の人はわかりやすいですからすぐ行けますよと言っていたが、私は今“間違えて”葉留佳の病室へ入った。入院している生徒も見舞いに来た生徒も私が入ってきたことに驚いているようだ。けど肝心の葉留佳は私が来たことに何の反応も示さなかった。

「寝てるのね」

 それを見て思ったのは助かったということだ。病院へ行くまでの間会って何を話したらいいのか考えてみたものの答えは全然出なかった。ストレルカ達が一緒についていなければ途中で逃げ出していたと思う。このまま私が部屋を出るまで寝ていてくれたらいいのだけれど。それにしてもいつ何をやらかすかわからないあなたがこんな時間に寝てるなんて。やっぱり一命は取り留めたけれど回復まで時間がかかるのだろうか。それとも私相手じゃなければやる気が出ないの。

「あんまり見舞いは来てないみたいね」

 リトルバスターズもほとんどが入院しているし、見舞いに来るのなんてお母さん、お父さんそれに直枝理樹と棗鈴ぐらいか。はあ、お母さんが仕事でよかったわ。この前会った時もちゃんと見舞いしてあげてなんて言ってたし。今この場に居合わせてたら葉留佳を起こしてでも話させられていたわね。人はそんな簡単に仲良くできたりしないのに。

「さて、いつまでも間違えた部屋にいないで、そろそろクドリャフカに会いに行きましょう」

 しばらく葉留佳を見ながら髪をすいてみたりしたけれど葉留佳は一向に目を覚まさない。もとより目を覚ましていたとしたらどうすればいいのかわからなかったのだ。寝ているというのであればそのままほっておこう。そう思って立ち上がった拍子に何かが落ちた。

「メモ帳か」

 中を少し見ると葉留佳からお母さんにあてたあれこれが記されていた。多少のわがままもあればわがまま言ったことに対して謝ったりしていたりもする。まったくこんなところでしか素直になれないの。

「素直にか……」

 台の上にはペンも置いてある。私に書けとでも神様かなんかが言っているというの。でもそれぐらいがいいのかもしれない。和解するにしても私たちにはまだまだ時間が必要だ。手紙からスタートぐらいがちょうどいいかも。そう思って葉留佳の顔を見ると私らしくない考えが浮かんできた。

「何馬鹿なこと考えているのよ」

 けど私はその考えから抜けられそうにはなかった。これは私らしくない考え。まるで葉留佳が思いつきそうな考えなのに。ああ、やっぱり私達は姉妹なのね。考え方まで似てしまう。こんなことをしたら葉留佳はきっと怒るだろう。でも私はそれが楽しそうに思えてならない。葉留佳を怒らせることで葉留佳に私の方を向かせる。ねえ、普段のあなたもそう思って色々といたずらを仕掛けているわけ。

『葉留佳、早く元気になりなさい 佳奈多』

 ああ、このメモを見た時葉留佳はどんな反応を示すだろうか。同じことを仕返ししてくるのだろうか。でも、今までだったらそんなことをされたくないと思っていたのに、こんなことをした後だと仕返しされるのが楽しみでならない。早く元気になって私に仕返しに来てね。さて、それじゃあ今度こそクドリャフカのところに行かないと。あんまり長居してストレルカ達を待たせるのも悪いし。じゃあね。



「それにしても意外と顔に何か書いても気付かれないものね」




















「気付かないわけないじゃない。馬鹿なお姉ちゃん」


[No.257] 2008/05/08(Thu) 21:29:07
もっと! もっと愛を込めて! (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@25kbとか\(^o^)/

 相も変わらず、僕と真人の部屋に集まる男四人。
 でも今日はいつもとは、少し様子が違っていた。そう、恭介の様子が。
「……はぁ」
 いつもなら脈絡ないことを言い出しては「どれも等しくミッションさ」とか言ってるはずの恭介は、さっきから溜息をついてばかりいる。
 真っ先に耐えられなくなったのは、謙吾だった。
「なあ恭介、今日は何かして遊ばないのか?」
「……はぁ」
 返事に、また溜息を一つ。さすがに心配になってくる。明日は久しぶりの試合で、昼間はずっと葉留佳さん並みにテンション高かったのに。
「ねぇ恭介、いったいどうしたのさ? 何か悩みがあるなら言ってよ」
「筋肉の悩みなら相談に乗るぜ」
「いや、それは確実にありえないから」
 まあさすがに就職先が決まらなくて鬱だ、とか嫌な意味で現実的な悩みを相談されても困るけど……恭介には、今まで何度も助けてきてもらったんだ。僕にできることがあるなら、恭介の力になってあげたい。心からそう思う。
「……なあ、理樹」
「なに、恭介」
「人が生きていくために必要なもの……それが何か、わかるか?」
「え……」
 なんともまた、哲学的な問いかけだった。でも真人だったら、間違いなく「筋肉だな」とか答えるんだろうなぁ。
「人が生きていくために必要なもの……なるほど、筋肉だな」
 本当に言っていた!
「何を言う、真人。……友情に、決まっているじゃないか!」
「う、うおおっ! なんてこった、確かに筋肉さんも大事だが……そうだよな、友情がなきゃ生きていけねぇよ!」
「ああ、そうともさ!」
 ……なんだろう。謙吾はものすごくいいことを言っているはずなのに、なぜか認めたくない。あ、二人とも、肩組んでスキップするのはやめてね。狭いしお隣さんに迷惑だから。
「で、恭介。どうなのさ」
「残念だが、二人ともハズレだ。ま、謙吾はいい線いってるが」
 コホン、と一つ咳をつく恭介。さっきまで溜息ばかりだったのに、すっかりいつも通りだ。というか、「何か悩みでもあるの?」って聞いてほしかっただけなんだろうなぁ、きっと。
「人が生きていくために必要なもの、それは……愛だ」
「…………」
 いやまあ。随分と恥ずかしいのがきたなぁ……。
 恭介がぐわばあっ、と勢いよく立ち上がる。さらに妙なポーズをとって、語り始めた。
「いいか、理樹。人の日常とは傷付けあいの繰り返しだ。他人を疑うのも無理はない」
「いや、別にそんなこと……強いて言えば恭介の言ってることが色々疑わしい感じだけど」
「けど、何もかも信じられなくなったら……それは他人の愛を感じられなくなることと同じだ」
「ねぇ、聞いてる? 聞いてないよね、そうだよね」
「おまえは一人きりでつらい思いをしていないか!?」
「いや、特には」
「卑屈に生きていないか!?」
「ツッコミ癖ってもしかして卑屈な性格から来てるのかなぁ……」
「素直に笑えてるか!?」
「今はひきつった笑いを浮かべてるかもしれない」
「ここは素直に、はい、と言ってくれないか理樹」
「ああ、うん。じゃあ……はい」
「そうか……ならおまえは多分、愛されてるな」
「はあ」
「その愛が消えてしまわないよう、強く生き続けてくれ」
 演説はそれで終わりみたいだった。やり遂げてやったぜ的な満足感溢れる表情のまま、恭介は腰を下ろす。
 しかし何なんだろう、今のは。どうせまた何かに影響されたんだろうけど……最後の一文に関しては、鈴に愛想つかされないようにしっかりしてろ、というメッセージだと思えないこともない。
「……す、すげえっ!! 愛……愛か! 俺も筋肉への愛を胸に、これからの日々を生きていくぜっ!!」
「うおおおっ!! 理樹、恭介、真人! 愛してるぞーーっ!!」
「二人とも、ものすごく近所迷惑だから」
 ツッコミも程々に、僕は恭介に向き直った。
「それで結局、恭介は何に悩んでるのさ?」
「要するに、愛に飢えているんだ」
 ……うわぁ。
 僕がわりとマジな感じで引いている横で、さっきまで騒いでいた謙吾はがっくりと項垂れていた。
「くっ……俺の愛じゃ、足りないというのか……」
「ドンマイだぜ、謙吾っち」
 まあ謙吾の言うことはおいといて。実際のところ、恭介は何が言いたいんだろう。僕を含めバスターズの皆から慕われてるのは間違いないし、恭介ほど周りから愛されている人もいないと思うんだけど。
「もしかして、誰か好きな人ができたとか? って、恭介に限ってそんなことないよね、ははは」
 もちろんそれは冗談で、その証拠に僕は自分で笑い飛ばした。だというのに、恭介ときたら。
「ふ、すでにお見通しだったとはな……さすがは理樹だ」
 一瞬何を言われたのか分からなかった。僕は随分とマヌケな顔をしていたことだろう。真人と謙吾も似たようなもので、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
「……い、いや、ちょっと待ってよ。え、ええっ? 恭介、それ本気で言ってるの!? loveじゃなくてlikeだったりしない!?」
「当然、LOVEさ」
 冗談で言っているようには見えなかった。
 あの恭介が……恋。
「……まあ、びっくりしたけどよ。別にいいんじゃねえか? 今時、筋肉だって恋の一つや二つするもんだぜ」
「なんだかんだ言っても、恭介だって年頃の男子なわけだしな」
 親友二人の立ち直りは随分と早かった。僕は正直、まだ信じることができない。別に、恭介に誰か好きな人ができたのが気に入らないわけじゃないけど、なんというか……想像できないんだよなぁ。
「……その、恭介。相手は誰なのさ? まさか……」
「安心しろよ。俺が愛しているのは理樹、おまえだ……みたいなありがちなオチじゃない」
「それがありがちというのも嫌な話だけど……」
「お、そうだ。簡単に教えちまっても面白くないし、おまえらで当ててみろよ」
 まあ、恭介のことだからこういう流れになるのは想定してたけど。
 改めて言われてみると……誰なんだろう。やっぱりリトルバスターズの誰かなのだろうか。というか、この半年近く、恭介にバスターズ以外の女子との交流があったかどうかが疑わしい。
 となると、鈴を除いた残りの五人が候補になるけど……うーん。
「おっしゃあ、わかったぁッ!」
「俺もだ」
 真人と謙吾がほぼ同時に声をあげた。というかほぼ即答じゃないか。二人ともやけに自信満々みたいだし。
「よし、言ってみろ。真人からな」
「へへっ、いいのかよ?」
 不敵な笑みを浮かべる真人。いったい真人はどんな答えを導き出したんだろう。さすがに筋肉ネタではないと思うけど、なら……うわぁ、筋肉関係以外まったく想像がつかない! なんというか、ごめんよ真人……。
「恭介、おまえが好きなのは……クー公だ! そうだろ!?」
「違う。断じて違う」
 真人が出した答えはクド、それを恭介はやたら力一杯に否定する。なんか恭介の顔に冷や汗らしきものが見えるんだけど……。
「一応理由を聞いておこうか」
「え? だっておまえ(21)だろ?」
「ちげーよッ!!」
 ああ、やっぱり。でも、クドを好きな恭介か……せっかくだし、ちょっと想像してみよう。

『能美、お兄さんと楽しいことしないか?』
『わふーっ、おっけーぃなのですっ』
『じゃあこっちに来てくれ……ハァハァ』
『わふー……? 恭介さん、息が荒いのです。だいじょうぶですか?』
『ふふ、そりゃ荒くもなるさ。じゃあ、早速……!』
 がっ!
『うぐっ!?』
『わふっ!? きょ、恭介さん!? どうしたですか!?』
『クドリャフカ、無事!?』
『わふー、佳奈多さん!? か、佳奈多さんが恭介さんをきるしちゃったですかっ!? ぐっじょぶなのです! ああっ、間違えましたっ』
『クドリャフカ、あなたを守るためなら……私の手がいくら汚れたって、構わないわ』
 がしっ!
『わ、わふっ!? か、佳奈多さん、苦しいのですー!?』

「やっぱり犯罪はダメだよ、恭介……天罰だよ……」
「……何かとても失礼な想像をされてる気がするんだが……まあいい。次、謙吾」
「うむ」
 さて、謙吾はいったい誰と予想したんだろう。
「恭介。おまえが恋に落ちた相手……それはずばり、西園だろう」
 西園さんか。うーん、確かに西園さんと話してると恭介のことが頻繁に話題に上がるし、向こうの方も恭介を好いてるとは思うけど……。
「ほう……どうしてそう思ったのか、教えてくれないか」
「いいだろう。おまえは誰にも聞かれていないと思っていたようだが……俺は知っている。おまえが以前、『西園、またお兄さんって呼んでくれねぇかなー』と呟いていたことを!」
 う、うわぁ……。冷や汗の量が増えてるってことは本当なんだね、恭介……。
「そして、能美ほどではないとはいえ小柄で胸も小さい。(21)なおまえの好みにもピッタリなはずだ!」
「おまえもか謙吾!? ええい、いい加減そのネタから離れろっ! 不正解っ!」
 結局謙吾もそういう認識なんだね……。なんだか恭介が哀れに思えてきたけど、とりあえず想像してみる。

『西園、俺のことお兄さんって呼んでくれないか?』
『……おにいちゃん、ではダメなのでしょうか』
『そんなことはない、もちろんアリだ。むしろ是非そうしてくれ』
『では、おにいちゃん。一つだけ、条件があります』
『条件? おまえの愛を得るためなら、俺はなんだってするぜ』
『ごにょごにょ……どうでしょう?』
『なんだ、そんなことか。お安い御用だ』
『では、早速お願いできるでしょうか? あ、ちょうどあそこに』
『お、本当だ。じゃ、行ってくるぜ』
『がんばってくださいね、おにいちゃん』
『おう! おーい理樹、俺とやら

「うわぁああぁあああっ! 恭介、それ騙されてる、騙されてるからっ!」
「さっきからどうしたんだ、理樹。大丈夫か……?」
 恭介が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。距離が近い。恭介の息遣いがすぐそこに感じられて、僕は思わず仰け反ってしまった。
「理樹?」
「い、いや、なんでもないよ。それより僕の番だよね」
 少し強引に話を逸らす。恭介は不思議そうにしてはいるけど、追及するつもりはないみたいだ。あぁ、よかった……。
「で、理樹は誰だと思うんだ?」
「そ、そうだなぁ。来々谷さんとか?」
 なんだかんだで恭介と来々谷さんは似た者同士な気がするし。実際、気も合ってるみたいだし。そんな風に、理由を説明する。
「なるほど。さすが理樹君、よく見ているな。だが気が合うからといってそういう関係になることを望むかといえば、それはまた別の――」
「……あの、来々谷さん。いつの間に僕の後ろに立っていたのかな? 全然気付かなかったんだけど」
 いやまあ、今さらこの人の神出鬼没っぷりにツッコむ気にもなれないけど。いきなり背後から声がしたんじゃ、驚くって。
「ちなみに、俺は気付いていたぞ」
「ああ、俺も俺も」
「へっ、俺の筋肉センサーからは何人たりとも逃げられねぇよ」
「気付いてたんなら教えてよ……」
 当の来々谷さんは、はっはっはと豪快に笑いながら僕の隣に来て、その手を僕の頭の上にぽん、と置いた。わしゃわしゃと、大雑把に撫でられる。
「いや、少年達が随分と面白そうな話をしていたものだから、つい、な」
 乱れた髪を、今度は丁寧に撫で付けるようにして直していく。何がしたいのかさっぱり分からないけど、それが来々谷さんらしいと言えば、らしい。なんにしても、女の子に髪を弄られるのはなかなか気恥ずかしいことだった。
「そ、そもそも、来々谷さんは何しにきたのさ?」
「ふむ。クドリャフカ君の部屋でお泊り会を開くことになっていたのは知っているだろう? 理樹君をそれに招待しに、いや、拉致しに来た」
「言い直し方が明らかに変だったよね、今」
 それに女の子のお泊り会に男の僕を招待するのは……いやまあ、これは今さらか。拉致とか言ってる以上、強引にでも連れていく気なんだろうなぁ。鬱だ……。
「そういうわけだから恭介氏、理樹君は借りていくぞ」
「って、ええ!? 今すぐなの!?」
 それは困る。だって、恭介の好きな人が誰なのか、まだ教えてもらっていない。僕は視線だけで恭介に助けを求めるけど――。
「ああ、いいぜ。この際だから、理樹には秘密にしといた方が面白そうだしな」
「そ、そんなっ」
 恭介の了解を得たところで、来々谷さんは僕の襟首を引っ掴んでずるずると引き摺り始める。この細い腕のどこにこんな力が……。
「俺達はどうなるんだ、恭介」
「おまえらには教えてやるよ。せっかくだから、告白の準備を手伝ってくれ。力仕事もある、真人の筋肉には期待してるぜ」
「おう、任せとけっ!」
 そんな三人のやりとりを最後に、バタン、と閉じられた扉が僕と彼らの世界を隔てた。
「ああ……」
「そんなに落ち込むことはないだろう。むしろ、向こうで話すネタが一つできたと喜ぶべきだ」
「正解が分からないじゃないか……」
 階段まで引き摺られていった所で、僕は自分で歩く旨を伝えた。僕が逃げ出したとしてもすぐに捕まえる自信があるのだろう、来々谷さんもあっさり離してくれた。
「なに、告白の準備と言っていたくらいだから、そう遠くない内にわかるだろうさ」
「まあ、そうなんだけど。でも、準備が必要な告白って……」
 それも、真人や謙吾の助けが必要なほどの。恭介のことだから、何か大掛かりな仕掛けでも用意する気なのかもしれない。
 僕の隣に並んで歩く来々谷さんが、くっくと小さく笑いを零しながら言う。
「さてな。いつかのように、花火でも打ち上げるんじゃないか」



「まさか、本当に連れて来るなんて……」
 クドの部屋に入った途端、二木さんにそう言われた上、溜息までつかれた。まあ、ここはクドと二木さん二人の部屋だし、いてもおかしくないわけだけど。
「心配するな佳奈多君。理樹君にここでナニかするような度胸は無いよ。多分」
「最後の多分っていうのが引っ掛かるんだけど……」
「ま、君もそれだけ成長したということさ」
 なんだか遠い目をされた。というか、その“成長”の使い方は好ましくないような気がする……。
「そんなことよりも理樹君、さっきの話を皆にしてやってくれ。私も途中からだったしな」
 来々谷さんの言葉で、この場の全員の視線がこっちを向いた。……言っちゃっていいんだろうか、と思いもするけど、どちらかというとこれは言わざるをえない状況だよなぁ。
「実は……」
 かくかくしかじか、なんて言葉だけで全部伝わったらどれだけ楽だろう、などとどうしようもないことを頭の片隅で考えながら、僕は事の顛末を話して聞かせた。
 各々の反応は様々だ。鈴は何やら神妙な顔をしている。葉留佳さんは無駄にテンション上げてるし、二木さんは対照的に興味が無さそうだ。小毬さんは分かっているのかいないのか、いつものニコニコ笑顔。すでに候補から外れているクドと西園さんは、
「どうせ私は魅力の欠片もないだめだめわんこなのですーですーすー……」
 片やセルフドップラーで悲哀を演出し、
「直枝さんじゃないんですか……はぁ」
 片や自分のことはどうでもいいようだった。
「で、残ったのは来々谷さんと葉留佳さん、それに小毬さんなんだけど」
「私は除外しても問題ないだろう。恭介氏はアレでウブなところがあるし、ああいう話を当人に聞かれるのは嫌だろうからな」
 そういえば恭介は来々谷さんの侵入に気付いてたっけ。
「となると、まさかまさか……恭介くんの本命は、このはるちんなのかーッ!? やはは、モテる女は辛いですネ」
 相変わらず葉留佳さんのテンションは高い。単に盛り上がりそうな話題に便乗してるだけなんだろうし、皆もその辺りは分かってるんだろうけど……一人だけ分かってない人がいた。
「ダメよ、葉留佳!」
「うぇい!?」
 まあ、当然というかなんというか、二木さんなわけで。ずっと仲が悪かったみたいだし、本気と冗談の区別がつかないんだろうな、きっと。
「あんな、進学する気もないくせしてこの時期に就職先が決まってないようなニート予備軍にあなたをやるわけには……!」
「お、お姉ちゃん、落ち着いて」
 ……なんというか、まあ。二木さんの言うことは概ね事実であるだけに、僕としても擁護するのが難しい。
「とにかく! 葉留佳はダメよ、わかった直枝理樹!?」
「は、はい」
 思わず答えちゃったけど、僕に言われてもなぁ……。
 で、まあ。これで葉留佳さんが候補から外れたというか外されたので、残るのは一人になったわけだけど。
「ふえ? どーしたの、みんな?」
 その最後の一人……小毬さんは、ぽりぽりと小動物チックにじゃがりこを齧っていた。
「……そういえば、真人と謙吾が恭介は(21)だって頑なに主張してたけど」
「ええッ! 恭介くんってそうだったんデスカ!?」
「最低ね……最低」
「どうせ私はひんぬーわんこなのですーですーすー……」
「私って、子供っぽいんでしょうか……」
「いや、君は十分オトナだよ美魚君」
 うわ、失言だった。恭介の評価がガタ落ちに……。
 今まで黙っていた鈴が、わなわなと身を震わせながら勢いよく立ち上がった。
「変態兄貴なんかにこまりちゃんをやれるかぼけーッ!!」
「ほわあっ!? どどど、どーしたのりんちゃん!?」
 いやいやいや、どうしたのって、あなたのことですから。
「しかし、身体つきはオトナだが小毬君もだいぶ子供っぽいからな。これはもう確定ではないか?」
 来々谷さんがさり気なくセクハラを織り交ぜつつ言った。特に反論は……ああ、一人だけいた。なんか反論するポイントがズレてはいるけども。
「えー、ゆいちゃん、私子供っぽくなんてないよ〜」
「だから、ゆいちゃんと呼ぶなと……そういう呼び方が子供っぽいと思われる原因だ、小毬君。この機にその呼び方を改めてみる気はないか?」
 おお、これはなかなか上手い切り返しだ。ついに来々谷さんがゆいちゃんから解放されるんだろうか。
「う〜ん……じゃあ、子供っぽくてもいいよ。ゆいちゃ〜ん♪」
「うぐっ……」
 あっさりと撃沈していた。
「……で、結局のところ恭介が好きなのは小毬さんってことでいいの?」
 と言ってもまあ、推測に過ぎない。案外僕らの知らない所で運命的な出会いとかがあったのかもしれないし。とりあえず一番可能性が高いのが小毬さん、ということで。
「ということは……恭介くんの称号は、こうなるのであったーッ!」

 恭介の称号が『ロリ疑惑』から『ロリ確定』へランクアップした!

「なんか、称号のランクは上がったけど人としてのランクは下がった感じだね」
「やはは。理樹くん、ウマいこと言いますネ」
 なんだか好き勝手言われてる恭介が哀れだ……いやまあ、僕も人のことは言えないけど。
 まあそれはおいといて。もう少し話を深い所まで進めてみようと思う。
「ねぇ、小毬さん。最近恭介となにかあった?」
 いくら恭介でも、何の脈絡もなく恋に落ちたりはしないはずだ。となると、何かきっかけがあったはず。もしも小毬さんにその心当たりがあったなら……。
「ふぇ? え、えーと……どうしたの、いきなり?」
「いや、どうしたのって。恭介が小毬さんのことを好きかもしれないっていう話をしてたじゃない」
「え、ええええっ!?」
 って、今!? さっきまでの流れはお菓子に夢中でスルー!?
「うあああっ、えーと、あの、その……そそそそんなことはないと思うよー!?」
「こまりちゃん、だいじょうぶか……?」
 恭介→小毬さん疑惑がそんなに衝撃的だったのか、小毬さんの動揺っぷりは酷いものだった。顔も真っ赤だし。でも、嫌がっているというわけではないように見える。純粋に恥ずかしいだけ、というのが正しいのだろうか。これは、もしかすると……。
「ねえ小毬さん。やっぱり、なにかあったんでしょ」
「ああうー……」
 真っ赤な顔のまま俯いて、もじもじと身体を揺らす小毬さん。
 この反応からして、何かあったのは間違いないだろう。それが原因で、小毬さんも恭介のことを意識してて……むしろ、意識しすぎてたんじゃないだろうか。だから、無意識の内に恭介に関する話題をシャットアウトしていた。いやまあ、意識しすぎで無意識に、という時点で変だけど。あながち的外れでもないような気がする。
「ここまで来た以上、是が非でも白状してもらわねばな……さて小毬君、どのように責められたい?」
「ふええっ!? ゆいちゃん目が怖いよー!?」
 いつの間にか、来々谷さんによる拷問が始められようとしていた。
「こら、くるがや。こまりちゃんをいじめるな」
「そんなことはしないさ。ただ、恭介氏が小毬君にどのような不埒な真似を働いたのか知りたいだけだ。これは恭介氏に相応の制裁を加えるためにも必要なことだと思うが?」
「む……なら、しょうがないな」
 立ちはだかる鈴をあっさりと丸め込んだ来々谷さんが、両手をわきわきさせながら小毬さんに迫る。ぶっちゃけ私欲を満たしたいだけなのが丸分かりだ。そして、貞操の危機に晒されている小毬さんは――。
「……ようしっ」
 ――前向きマジック。
「わかりましたっ」
 小毬さんの一声に、来々谷さんが動きを止める。
「何があったのか話す……のは恥ずかしいから、紙に書くことにするよ〜」
 小毬さんはそのまま机の方に歩いていくと、「クーちゃん、借りるね〜」と断ってからノートを一冊引っ張り出して、何事かを綴り始めた。
「ちっ」
 そんな聞こえるように舌打ちしないでよ、来々谷さん。
「ふええっ」
 執筆を始めてから十秒も経たない内に小毬さんの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「ああうーっ、文字にすると余計に恥ずかしいー……」
 お約束の自爆だった。いやまあ、口で言ってもたいして変わらなかったと思うけど……。
「文字にしてもじもじ……別に、ウマいこと言ったなんて思ってませんよ?」
「誰もそんなこと言ってないからね西園さん」
「ああ、もじもじしてる小毬君も可愛い……」
 結局来々谷さんの欲求は満たされることになっていた。

 そんなこんなで、15分くらい経っただろうか。時には鈴の応援を受け、時には悶え、せっせと恭介との間に起こった嬉し恥ずかし脳内桃色化イベント(葉留佳さん命名)について書き連ねていた小毬さんだったけど、その完成は意外にも早かった。
「で、できたよー……」
 ノートが閉じられた状態でぽん、とベッドの上に放り出された。よほど恥ずかしかったのか、小毬さんはぐったりしている。鈴がさりげなく傍に寄って、だいじょうぶか、と声をかけていた。
「さて、早速読ませてもらおうか」
 来々谷さんの声を合図に、皆が一斉にノートを取り囲む。興味がなさそうだった割には、二木さんもちゃっかり参加していた。僕の視線に気付いてか、聞いてもいないのにその理由を話し始める。
「棗恭介が本当に女子生徒に対して不埒な真似をしているようなら、これまで以上に監視を強化しないといけない。そのためよ」
 言いながら葉留佳さんとクドに向ける過剰なまでに優しげな視線が気になったけど……まあ、それには触れないでおこう。
「では、開くぞ」
 来々谷さんがノートに手をかける。皆がゴクリと息を呑むのが聞こえてくるようだ。そして、開かれたそのページには――。



『この前のお休み、きょーすけさんにおんぶしてもらって帰りました』



 ……いやまあ、なんというか。皆、無言だった。
 小毬さんらしい、丸っこくて可愛らしい文字の羅列が、真っ白なページの隅で小さく、そして控えめに自己主張していた。この短い一文を書くのに15分もかかった小毬さんは……なんというか、可愛い人だなぁ。そうなった経緯とか、色々抜けているけどこれが限界だったんだろう。
「なあ、理樹」
 僕の隣でマジマジとその文字を眺めていた鈴が言った。
「おんぶしてくれ」
「へ? 今、ここで……?」
「そうだ」
 唐突だった。ついでに、皆の視線もノートからこちらに移る。こ、こんな状況でおんぶなんて恥ずかしい真似が出来るわけが――。
「って、うわ!?」
 僕がしゃがむのを待たずに、鈴が僕の背中に飛び乗っていた。
「こら、しっかり支えろ。落ちるじゃないか」
「そ、そんなこと言ったって……しょうがないな、もう」
 乗りかかった船というか無理やり乗りかかられた船というか。前に投げ出されている細足に手をやって、支えてやる。どこが、とは言わないけど幸薄い鈴の身体は、でもやっぱり女の子のもので。背中全体に感じるそれは、なんとなく柔らかい感じだった。
「……うみゅ。たしかにはずいな、これは……」 
「僕だってそうだよ……」



 翌日。
 今回恭介が連れてきた相手は、隣町の高校の野球部だった。前回の各部キャプテンの寄せ集めと違って全員が現役の球児。特別強い学校というわけでもないみたいだけど、それでも手強いのは確かだった。
 その割には、僕らは善戦している。鈴の投球がそれなりに通用しているのと、センターの葉留佳さんがいつにも増して頑張っているのが大きい。朝からずっと機嫌がいいし、何か良いことでもあったのだろう。
 そんなこんなで試合はもう最終回。表の相手チームの攻撃を何とか無失点で凌ぎ切ったものの、スコアは3対2で1点負けている。
 攻守交替でベンチに戻る途中、僕は恭介に走り寄って声をかけた。
「あと2点取れれば逆転だけど、大丈夫かな。打順はクドからだし」
「ま、その次は一番の来々谷だ。あいつならとりあえず塁には出られるだろ」
 本当は違う話をしに来たはずなんだけど。どうにも切り出しにくい。
 すでにベンチに戻っていた小毬さんが、バッターボックスに向かうクドに「クーちゃんがんばって〜」と声をかけているのが見える。とりあえず、聞かれる心配はない。
「ねえ、恭介。小毬さんなの?」
「なんだ、バレちまったか」
 特に隠す気もないらしい。恭介も小毬さんを意識してか、ベンチに戻らずにそこで足を止めた。僕もそれに倣う。
「おんぶして帰ったって聞いたけど」
「恥ずかしいから絶対誰にも言わないでねって言ったのは小毬の方なんだけどな……」
「というか、どういう流れでそんなことになったのさ?」
「いや、偶然帰り道が一緒になって、途中で小毬が足を挫いたからおぶって連れ帰った」
 いや、なんというか。実に普通だった。
「で、まさかそれだけで好きになったなんて言わないよね?」
「ああ、もちろん。ま、そこら辺を話す気はないけどな」
 男にだって秘密の一つや二つぐらい、あったっていいだろ? そう言って、恭介は笑った。まあ、僕も無理に聞き出そうとは思わない。僕だって、鈴と二人きりの時に何をしてるかなんて聞かれたら困るわけだし。
「ただ、これだけは教えてやろう。理樹、知ってるか? 女の身体って、すげー軽くて柔らかいんだぜ」
「知ってるよ。けっこう前から」
「……言うようになったじゃないか。っと、もう鈴の打順か。そろそろ行くか」
 少し目を離している内に、来々谷さんは一塁ベースの上で、いつものように腕を組み、髪を靡かせながら仁王立ちしていた。クドは三振したらしく、ベンチでしょんぼりしていた。
 この状況……鈴が打つかどうかはともかく、来々谷さんの足の速さなら盗塁の成功はまず間違いないだろう。
「理樹。本当は四番のおまえで締めるのが最高の形なんだろうけどな」
 恭介が僕を振り返ることなく、言う。
「悪いが、今日はもうおまえの仕事はない」

 グラウンドの向こうに、どういうわけか大きな風船――ちょっと小さめだが、アドバルーンというやつだ――が浮かんでいた。まあ、どう考えたって恭介の仕業だ。いつもみたく旅先で作ったコネを利用して調達したんだろう。
 そのアドバルーンが普通と違っているのは、垂れ幕がないということ。正確には、垂れ幕が下りていない。球の下に、何やら布らしきものが丸められていた。僕の見立てでは、勝利の瞬間にあの垂れ幕が下りてくることになっている。くすだまのようなものということだろう。
 さて。来々谷さんの盗塁は成功して二塁まで進んだものの、バッターの鈴はあえなく三振に打ち取られてしまった。これでツーアウト、バッターは三番の恭介。恭介がああ言った以上、僕に回ってくることはないだろう。それでも一応、ネクストサークルには入っておく。
 そこからバッターボックスを眺めていると、恭介が面白いことをやっていた。ちょうど例のアドバルーンの方を指して、バットを突き出すように構えている。
 ――予告ホームラン。
 さすがに投手の人もカチンときたみたいで、少し雰囲気が変わった。頭に血が上ってるのか、この試合初めてのワインドアップで――おおきくふりかぶって、投げた。

 カキィン!

 抜けるような青空に、乾いた快音が響く。真正面に飛んだ打球は、グングンと飛距離を伸ばしていく。外野が懸命に追いかけているけど……あれはもう、完全にホームランだろう。これで2点、僕達の逆転勝利だ。
 ボールはまだ落ちない。単純にすごいと思った。僕ではあんなに飛ばすのは不可能だ。ボールは、そう、ちょうど恭介が予告ホームランで指した方向に、まっすぐ――
「って、まさか」
「小毬っ!」
 一二塁間をゆっくり走る恭介が、ベンチに向かって叫んだ。
「ほわあっ! ななななんですかっ」
「しっかり見とけっ!」
 直後。遠くで鈍い音が聞こえて――アドバルーンの下の、垂れ幕が下りる。
「……はは」
 なんというか、笑いしか出てこない。勝利の瞬間に垂れ幕を下ろすとは確かに予想していたけど、その方法については全く考えていなかった。というか普通こんなの思いつきもしなければ実行しようとも思わないし、ましてや成功させるなんて。でも、それが恭介なんだ、と思うと妙に納得できてしまう。
 そしてもう一つ。予想外のことがあった。
 下りてきた垂れ幕にデカデカと書かれたその言葉は――きっとありったけの想いが込められた、文字みっつ。
「うわあっ、こまりちゃんが頭から湯気出して倒れたー!?」
「わふーっ、小毬さんが茹でおくとぱすなのですーっ!?」
 ベンチの方から鈴とクドの叫び声が聞こえてくる。僕はといえば、驚くやら呆れるやらで、その場にぼーっと突っ立ったままだったりする。
「はっはっは。なるほど、なかなかの花火じゃないか、これは」
 ゆっくりとホームインした来々谷さんが、実に愉快そうに言った。



 ちなみに、後でわかったことだけど。
 垂れ幕の文字は、なぜかチョコバットで出来ていた。未開封のを大量に貼り付けてあっただけだから、もちろん食べられる。
 そんなわけで、小毬さんのおやつはしばらくの間チョコバット一色になってしまったわけだけど……ちょっぴり、幸せそうだった。


[No.258] 2008/05/08(Thu) 23:39:05
[削除] (No.255への返信 / 1階層) -

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[No.259] 2008/05/09(Fri) 16:50:52
神秘には神秘的な死を(修正) (No.259への返信 / 2階層) - ひみつ


「アルファベットのような表音文字と異なり、漢字は表意文字。つまり一字々々に意味があるという事よ」
「日本語はふぁんたすてぃっくです」
「いいえ、漢字は中国発祥で……けど現在の日本語がファンタスティックなのは間違いないかもしれないわね。なにせ漢字、平仮名、片仮名。異なる三種類の文字を当然のように併用しているわけだし。特にアルファベット圏の人にとっては不可思議に思うのも仕方がないでしょう」
「ロシア語、キリル文字は表音なのです」
「遡ってもスラブ語だし、表音文字とは縁がないわね。ま、現在はほとんど表音文字なんだから仕方がないでしょうけど」
「つまり、無理なのでしょうか。とっても残念なのです……」
「いいえ、無理じゃないわ」
 そうして、佳奈多は本棚へと向うと、そこに納められた一冊の参考書に触れた。厚さ八ミリ程度のそれは一見すればただの参考書だが、背表紙に書かれている出版社名は出鱈目だ。
「あ、あのぉ〜」
「いい、クドリャフカ。この事は皆には秘密よ?」
 彼女が人差し指で二度引き出すと、たちまち本棚は壁の内側へと沈み、やがて手前に自動で動いた。壁に沿って設置されていた本棚が動いたのではない。壁が動いたのだ。
 あんぐりと口を開くクドを尻目に佳奈多は、壁の向こう側に現れた暗闇の空間へと入っていった。暗闇は光さえも飲み込んでいるようで、室内の蛍光灯をもってしても内側はうかがい知れない。
 そのような場所に友人が飲み込まれ、しかも声さえ届かない。
 クドは不安げに、その暗黒壁面へと近づいた。
 詳しく見るとそれは影のように平面的なものではなく、流体に近い不安定な存在のようだった。光を吸収し二度とは吐き出さないその暗黒は海面のように垂直に波打っている。それはあたかも少女を誘う官能的なダンスにも似ていた。
 触れる事も出来ず困惑しているクドの前に、指が現れた。
 暗黒平面から浮かび上がるそれは、今まさに生まれようとしているエイリアンのようで、彼女は音にならない悲鳴を上げて尻餅をついた。
 指はノロノロとした動作で暗黒の界面を保ちながら具現化していく。指が手へ、手が腕へ。黒よりも暗い黒色に塗れたそれは藁を探すようにクドへと伸ばされていた。
 床に倒れながらガクガクと震える彼女には逃れる術はない。あまりの恐怖に視野が狭まり、神経が次々に焼き切れていく。自律神経が勝手に涙を溢れさせ、発汗を促す。尿道も緩くなり、今にも失禁しそうだった。むしろ、しろ! いや、してください!
「くぁwせdrftgyふじこlp;@!!!」
 だが、全く空気が読めない腕は声にならない悲鳴を上げるクドの腕を掴むと、そのまま彼女が失禁する暇もなく暗黒平面へと引き摺り込みやがった。
 クドが引き込まれたその場所には、巨大な空間が広がっていた。
「こ、これはいったいっ!?」
「ようこそ、私の秘密の書庫へ」
「書庫ですかっ!?」
 確かにその巨大な空間には高さ3メートルほどもありそうな書棚が並んでいた。棚には数える事も出来ないほどの書物が詰められ、独特な香しい匂いに満ちている。
「この場所は秘密だからね」
「い、いえ、秘密もなにも、それ以前にこの空間はいったい……」
 クドの記憶では壁の向こう側には隣室があるはずで、間違っても人が入り込むだけの空間はないはずだ。ましてこの書庫は寮の半分は占有しているだろう広さなのだ。
「ここはいったいどこなのですかっ。どうなってるんですかっ!?」
「だから、秘密の部屋よ。誰だって一つや二つ、秘密を持っているものでしょう?」
「こんなびっぐな秘密を持っている人は普通居ません!」
「それにしても、姓名判断なんてね」
「わふ〜! スルーされてしまいました!」
 呼吸できるのだからとりあえず地球上だろうと思い込む事にして、クドはその不思議空間を不安げに眺める。無理やり心を落ち着かせてしまえば、決して不快な場所ではなかった。古い西欧の図書館を髣髴とさせる宗教的な造型が散見し、書棚が描くラインも幾何学的で官能的だ。
 並んでいる書物の背表紙には統一性がない。だがそう思うのは言語がそれぞれ異なっているからで、あるいは整頓された状態なのかもしれない。統一性がないと言えば種類もそうだ。サイズが違うのはともかく、冨倉二郎著『兼好法師研究 附・兼好自選歌集評釈』がある一方で、床井雅美著『オールカラー 軍用銃辞典』もあるのだから、雑食にも程がある。
 その他にも……『十八歳未満立ち入り禁止』と書かれた看板がぶら下がっているコーナーがあった。
「あ、あの。あれはいったい……」
「あっちには何もないわよ」
「いえ、でも本が一杯……。といいますか、十八歳未満立ち入り禁止では佳奈多さんも入れないのでは?」
「何を言ってるの。私達、何時の間にか十八歳でしょう?」
「…………」
 そう言われれば、そんな気がしてきた。
 というか、あまり深く考えてはいけない気がする。
 偉い人が十八歳だと言えば十八歳なのだ。
「それで、姓名判断だけど。本があったわよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 佳奈多が持ってきたのは薄く、金字以外は真っ白な本だった。
 それとは別に大学ノートがあり、そこにクドの名前を書く。
「能美クドリャフカ」
「本来はクドリャフカ=アナトリエヴナ=ストルガツカヤなのです」
「……そんなどうでも良い設定はスルーしましょう」
「どうでも良いとか言われてしまいましたっ!?」
 いや、実際どうでも良いし。
 ってか、検索かけるまですっかり忘れてたし。
「能は12画、美は9画。クドリャフカはそれぞれ2・4・2・2・1・2画ね」
「12? 9?」
「姓名判断では特別な数え方をするのよ」
「片仮名も大丈夫なのですか?」
「姓名判断は日本語だから、片仮名にも対応してるわ」
「でも片仮名は表音文字ですし、だったらアルファベットでも……」
「アルファベットは日本語じゃないわ」
「……結局、何でも良いんじゃないかって思えてきました」
 それは言わないお約束なのだ。
「えっと、天格は21画。地格は13画。人格は11画で外格は19画。総格は34画。なるほどね……」
「な、何か分かったのでしょうかっ!」
 興味津々、身を乗り出すクドに、佳奈多は真摯な表情で頷いた。
「まず、姓名判断について簡単に説明してあげるわね。姓名判断は熊崎健翁が創始した、姓名五格の画数に秘められている霊意に基づいて運勢を判断するものよ。天格は苗字を足したもので、家族に共通するものだから個人の運勢にはあまり関係がないわね。地格は名前で肉体的な外的環境に左右されるものよ。人格は姓の最後の一字と名の最初の一字を足したもので、こちらは精神面のもの。外格は姓の最後以外、名の最初以外の文字を足したもので、人間関係に繋がっているわ。そして全てを足した総格は、生涯の運勢を示している。この五格中、天格を除いた四格が個人の人生に関わるものなのよ。ただし、天格も相性を調べる上で必要になったりもするけどね。これらの数は吉凶で分けられているから、そこから調べていくの」
「わ、わふ〜☆」
 クドリャフカはこんらんしている!
「まず外格、つまり人間関係。これは……残念だけど大凶。9の次は10で、空虚を暗示する0が付くことから、よくない画数ね。不慮の災難に縁があり、家族との不和や離別など苦難の暗示があるわ。総格も大凶。マイナス思考の気があり、家庭や職場が安定しないみたい。不慮の災難にもやっぱり縁があって、事故事件の被害者になる可能性が高いわ」
「……そうですか」
「心当たり、あるのね」
 一瞬にして沈むクドの表情から、佳奈多は指摘が正しかった事を理解した。
 幼く素直で明るいこの少女の素性について深く関わっては居らず、家庭についても詳しくは知らない。しかし子犬のように鮮やかな感情の内側に何らかの闇が潜んで居る事にも気づいていた。
「地格は大吉よ。才能豊かで好奇心も強く、どんな道を選んでも才能を発揮できるでしょう。けど、地格は肉体的なものだし、貴方の頭の回転の早さと直感の鋭さは、外格の苦難を増加させるものかもしれないわね」
「辛い、人生なのでしょうか」
「でしょうね。けど、きっと大丈夫よ」
「どうしてです?」
「人格、つまり精神面のものだけど、これも大吉だもの。逆境の中で、何らかの事情で挫折し苦難の底に落ちたとしても、這い上がる事ができるでしょう。波乱の多い人生だけど、感動にも満ちた不屈の人生ね。着実な努力が大きな成果に繋がるはず」
「不屈……波乱の先にある感動」
「私から助言するとしたら、諦めず進みなさい。苦しみの日々の先に、きっと希望はあるわ。貴方はきっと、乗り越えていけるはずだから」
 クドは息を呑んで、それから涙した。
 佳奈多の占いは正しかった。涙を溢れさせるほどに正しかったのだ。
 突然泣き出した少女に困惑する佳奈多に、投げ掛ける言葉は見つけられない。
 やがて小さな一雫は大きな流れとなってクドの頬を、肉体と精神に川を作る。
 その流れに乗りながら、彼女は何処までも深く進んでいくのだ。
 それはずっと昔から変わらない。彼女はそう自覚する。どれほど繰り返したのか、もう覚えていない。繰り返していた事実も、この世界の秘密も彼女は長く知らなかった。あるいは、次に目が覚めれば忘れてしまうのかもしれない。幸福なのか不幸なのかの議論は明後日にしよう。全ては限りなく無限に近い有限であり、眼を瞑る者にはそのように、耳を塞いだ者にはそのように、口を噤ぐ者にはそのように、須らく与えられるものである。
 即ちその名を後悔と呼ばん。
「あぁ、私はそのように生きれば良かったのですね」
 懺悔の言葉は天にも届かず、地にも届かず。
 無限に広がる書庫の内側に消えた。

 
                 参考文献 相良明酔 著 『まちがいない姓名判断のすすめ』


[No.260] 2008/05/09(Fri) 16:53:07
じっとまって、ただ。 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ



『文字なんてくだらない』
 どうしてそんなことを君は言うのだろう。
 文字はこんなにも、やさしいのに。
 
 
   じっとまって、ただ。
 
 
 ピ、ピピと、部屋に無機質な携帯の電子音が鳴り響く。
 同時に、カチャカチャとボタンの押す音が聞こえた。
 ブブブ…ブブブ…。
 携帯の着信の合図。
 僕はすぐさま携帯を手に取り、たった今受信したメールを開く。
 カチャカチャ、ピピピ。
 カチャカチャ、ピピピ。
 携帯からの音だけが繰り返された。
 同じ部屋に、二つの音源。
 そう、この二人は、ただ無駄なことだけをしているのだ。
 二人、同じ部屋で、携帯に文字を打ち続ける。
 まったく、意味のない行為。
 ブブブ…
 携帯がなった。
『あなたは、いつまでこんなことを続けるつもりなの』
 この質問は、きっと嫌味だろう。
 それはそうだ。
 かれこれ一時間はこの意味のないやり取りを続けているのだから。
 カチャカチャ。
『佳奈多さんが答えてくれるまで、いつまでも』
 そう返した。
 また、すぐ近くで携帯の音が鳴り響く。
 ピピピ。
 カチャカチャ。
 ブブブ。
 時刻はもうすぐ夕方の六時。
 …そろそろ寮に帰らなければならない時間だろう。
『そろそろ、やめにしないの』
 僕の思っていたことと同じようなことが返ってきた。
 それでも、僕にやめる気はなかった。
『佳奈多さんは、どうして質問に答えないの』
 だから、質問には答えない。
 佳奈多さんが答えないというのだから、僕が答えなくても文句は言えないはずだ。
 ブブブ。
『さっきから言っているでしょう。あなたに教える義理はない』
『それでも、知りたいんだ』
『どうして』
『どうしても』
 発端は、一時間ほど前へとさかのぼる。
 
 
 
「佳奈多さん」
「なに?直枝理樹」
 放課後。五時ごろ。
 僕は佳奈多さんを見かけたので話しかけた。
 それだけだ。
 いつもそうしているからそうしているだけのことだった。
「いや、寮に帰るんなら一緒に行こうと思って」
「…どうしてあなたはそう…」
「べつにいいだろ…。僕だって気にしてるんだから」
「まあ、いいわ」
 そんなことを言いつつ、僕らは寮への道を行く。
「…あと、私は校舎の見回りをしなくてはだから。…あとは、あの空き部屋だけ、だけど」
「うん。わかった」
 僕も一緒にその空き部屋へと入る。
「…きちんと施錠はされているわね…よし」
「あ…そうだ。佳奈多さん」
「なに?」
 僕はこの機会に、今まで聞けなかったことを聞こうと思った。
 答えられない理由があるのならそれでもいい。
 それでも、佳奈多さんが一人抱えているのがつらそうだ、と僕は思った。
「…佳奈多さんは、葉留佳さんと、どういう関係なの…?」
「…っ!」
 佳奈多さんがこちらへと目を向ける。
 その目は、明らかに敵意を表していた。
「どうして、あなたにそんなことを聞かれなくちゃいけないの」
「…聞きたかったからだ」
「どうして」
「…佳奈多さんが、つらそうだからだ」
「どうしてっ!!」
 佳奈多さんが、僕に背を向ける。
「…佳奈多さん…」
「話しかけないで」
「……」
「あなたには関係のない話よ。…あなたは、こんな話、知らなくて良い」
 そういう佳奈多さんの背中は、とても悲しそうだ。
「でも…」
「いいから」
「…でも、僕は知りたい」
「どうして?…まさか、私を馬鹿にするため?三枝葉留佳を馬鹿にするため?」
「違うよ…。さっきもいっただろ、僕は、佳奈多さんの力になりたい。それだけだ」
「私は話したくない」
 どうにも会話が平行線だ。
 …それなら…。
「じゃあ、メールにしようか」
「…なにをいってるの、あなたは」
「それなら直接話さない。…だから、さっきよりは冷静に話せると思うんだ」
「…文字に頼るの?」
「…僕だって、直接のほうがいいけどさ」
「…まあ、いいわ。…でも、手短にね」
 佳奈多さんも了承してくれたようだ。
 二人で、携帯を取り出して、部屋の隅と隅へと移動する。
 背は、向けたままで。
 
 
 
『これでも教えてくれないの?』
『私には元から教えるつもりなんてなかったわ』
『でも』
『いい加減あきらめなさい。あなたがいくら頑張ったとしても、それが報われることはないわ』
『そんなこと、分からないじゃないか』
『いいえ。わかる』
『そこまで言うんだったら、教えてよ。それでも僕が出来なかったら、その言葉を認める』
『往生際が悪いわね』
『…そうだね』
 となりで、佳奈多さんが息をつく。
 そうして、電子音が聞こえてきた。
 カチャカチャ、ピピピ。
 カチャカチャ、ピピピ。
 ブブブ。
『私と葉留佳は双子。同じ母のお腹から生まれてきた。…父は、違う。三人の子供が、一緒に生まれた。
 そうして、私達はどちらがより出来た子供かを競うことになった。私は勝った。全てに。葉留佳に』
 そう、メールには書いてあった。
 その後、もう一通メールが着た。
『どう思う?』
 …どう…。
 どう、と聞かれても、僕にはスケールが大きすぎて話が分からない。
 分かるけど、分からない。
 これは、価値観の違いだ。
『大変だったね』
 僕はなんとか、そう、打った。
 無責任かもしれない。
 だって、僕には、佳奈多さんの気持ちは分からない。
 …でも、僕は今、確かに見た。
 佳奈多さんが、肩を、震わせているのを。
『あなたに、何が分かるのよ』
『何も分からないよ。ただ、佳奈多さんのことを思ったら、自然にそう出てきただけだ』
『あなたは馬鹿ね』
 佳奈多さんは肩を振るわせ続けた。
 震える手で、
 ただ、しずかな教室の中で、
『文字なんてくだらない。
 文字では、何も伝わりなんてしないのだから』
 そう、返してきた。


[No.261] 2008/05/09(Fri) 18:53:56
そんな風に生きてきて。 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ


 カリカリ…
 カリカリカリ…
 
 ノートに鉛筆を走らせる音が、部屋に響く。
 
 カリカリ…
 カリカリ…ボキッ
 
 芯が折れた。
 その芯はノートの上を転がり、下へと落ちる。
「……」
 折れた芯のかけらが、ノートにあとをつける。
 僕の書いた字の上にも、まだ何も書かれていない、空白のページにも。
 
 
   そんな風に生きてきて。
 
 
 授業が始まる。
 その教室には、僕ひとりしかいない。
「…直枝」
 目の前の先生が話しかける。
「…その…大丈夫か」
 きっと、あの事故のことを言っているのだろう。
 どの時間でも繰り返されるやり取りだ。
 そんなとき、僕は決まってこう返す。
「大丈夫です。僕は、つらくありませんから」
 そうか、と声が聞こえた。
 そうして、今日も授業が始まる。
 
 
 
 カリカリ…
 カリ…カリカリ…
 
 ノートに文字を並べてゆく。
 白かったノートが、黒くなってゆく。
 
 カリ…
 
 僕は手を止めた。
 手が痛い。
 文字を書きすぎたせいだろうか。
「……」
 僕は手を、ひとつ大きく振ると、また文字を書き始めた。
 
 …カリ
 
 今日もまた、一本芯が折れた。
 
 
 
『大丈夫です。僕は、つらくありませんから』
 その言葉を、何回繰り返しただろう。
 学校に持ってゆくのは、授業の準備と一冊のノート。
 席はいつもと変わらない、教室の左奥。
 窓からは、いつもと変わらない景色が見える。
「…直枝、ここの答えは」
 授業の進度は他のクラスと変わらない。
 たまに僕が持病の関係で寝てしまうときもあるが、いつものことなので、大して問題はなかった。
「…では、今日の授業はこれで終わりだ。…起立」
 そうして、寮へと帰る。
 
 
 
 …カリカリ
 
 どうして僕は、こんなことを始めたのだろう。
 そんなことを思いつつも、僕は、ノートへと文字を書く手を休めることはしなかった。
 
 カリカリ…ボキッ
 
 今日は二本、芯が折れた。
 
 
 
 今日は休日。
 学校はなく、つまりは、何もすることがない、ということだ。
「……」
 僕は、ノートを広げた。
 筆箱から、鉛筆を取り出す。
 
 …カリ、カリカリ…ボキッ
 
 …ボキッ
 
 僕はこの音が嫌いだ。
 この、芯の折れる音が嫌いだ。
 とても、痛い。
 
 …カリ…
 
 また、僕は鉛筆を削り、ノートへと手を滑らせた。
 
 カリカリ…
 カリ…カリカリ…
 
「……」
 
 ボキッ…
 
 今日だけで、四本も芯が折れた。
 
 
 
「……直枝くん」
 となりのクラスの女の子に話しかけられる。
 いつか、同じクラスになったことのある人だ。
「…あの…」
 ああ、そうか。
 この人もだ。
 いつもと、同じことを僕に聞くつもりだ。
「大丈夫です。僕は、つらくありませんから」
 だから僕も、同じように返す。
「……」
 一瞬、相手がきょとん、とする。
 そして、一拍おいてから僕に一声かけて、その場を去っていった。
 
 
 
 …ボキッ…
 
 また、折れた。
 …今日は寝よう。
 
 …パタン
 
 ノートを閉じて、机の端へと置く。
 そうして、ベッドへと足を運ぶ。
 
 …バタン
 
 
 
「……」
 体中が痛い。
 ベッドが硬い。
 …いや…。
「……」
 ここは床の上だ。
 昨日、ベッドへと向かう途中に倒れてしまったらしい。
 そんなに疲れていたのだろうか。
「……」
 僕は床から起き上がり、昨日からずっと着たままだった制服のしわを伸ばす。
 そして、今日という一日がまた、始まった。
 
 
 
「直枝?…おい、直枝っ」
 授業中。
 先生の声が頭上から聞こえてくる。
「話を聞いているのか?…眠ってはいなかったようだが」
「…あ…はい。大丈夫です。…すみません、ぼーっとしちゃって…」
「…具合が悪かったら無理せず保健室に行け。そのほうがいい」
「ありがとうございます。…でも、大丈夫です」
 別に具合の悪いわけではない。
 ただ、少し疲れているだけだ。
「じゃあ、授業を再開するぞ。…教科書の…」
 先生が黒板の前に戻り、授業がまた、始まった。
 
 
 カリカリ…
 
 部屋に帰ると、また、ノートを広げた。
 削りなおした鉛筆でまた、文字を書いてゆく。
 このノートもあと、一ページ。
 
 …カリ…カリカリ…カリ
 
 残り、十行。
 
 カリ…カリ
 
 九行。
 
 カリカリ…
 
 八行。
 
 …カリ…
 
 七行。
 
 カリ…カリカリ
 
 六行。
 
 カリカリ…カリ…カリ
 
 五行。
 
 カリ…
 
 四行。
 
 カリカリ
 
 三行。
 
 …カリ…
 
 二行。
 
 カリ…
 
 一行。
 
 カリ…ボキッ
 
 
 …バタン
 
 音が聞こえた。
 目の前には、暗闇。
 体が痛い。
 どうしてだろう。
『理樹…』
 声が聞こえる。
 それと同時に、意識が遠ざかってゆく。
『理樹っ!』
 これはあのときの記憶。
 思い出したくなかった。
 それでも、周りが思い出させ続けた記憶。
『りきっ…』
 僕は何も救えなかった。
 守りぬけたのは、僕の体だけ。
 それも、僕の力ではなく、僕以外の人々の力によって、だ。
『…り…きっ』
 何も、残らない。残るはずがない。
 僕はただ、慣性的に生き続けただけだ。
 それも、
『…り』
 ここで、
『き』
 終わり。
 
 
 
 僕は暗闇に居続けた。
 残ったのは、折れた十本の芯と、真っ黒になったノート一冊。
 それだけだった。


[No.262] 2008/05/09(Fri) 18:54:37
辛くて、苦しくて、だけどとても幸せな日々を、ありがとう。 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ

 早朝、まだ誰も登校しないような時間に、私は女子寮を出た。
 ルームメイトにはちょっと不審がられたけど、早めに行ってやっておきたいことがあるんだと誤魔化して。
 静寂が満ちた廊下は人の姿もほとんどなく、見かけた幾人かも寝間着のままだった。もうしばらくすれば部活の朝練に参加する生徒が慌ただしく動き回るんだろう。校舎の出入りも多くなる。そして、どうしてもその前に着かなきゃいけない理由が私にはあった。
 ふと擦れ違った寮長の先輩に奇異の視線を向けられ、曖昧な笑みを浮かべながら挨拶を交わして足早に通り過ぎる。
 玄関で靴を履き、外の冷たく清々しい空気を軽く吸い込んで、私達の教室がある南校舎を目指す。夏明けから少しして制服が長袖の物に変わったけれど、袖や襟の僅かな隙間から入ってくる風は肌寒い。すっきり晴れたいい天気とはいえ朝だと尚更で、私はぶるりと小さく身震いした。
 寮と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩くこと二分ほど、昼時の賑わいが嘘みたいにしんとした建物の中に入る。土足でもいい道を進み玄関に辿り着くと、思惑通り人影は見当たらなかった。
 念のため辺りの様子を窺う。……うん、大丈夫。誰にも見られる心配はなさそう。
 そう判断し、自分のとは別の箇所をそっと開ける。
 間違えようがない。そこが彼の下駄箱だってことは、何度も、何十度も目にして知っている。
 微妙に不揃いな並びで突っ込まれた、どこかくたびれた感もある上履きが視界に入った。何となく気になってズレを直し、それから私は懐に仕舞った物を取り出す。指に乾いた紙の手触りを感じるだけで、心臓がどくんと激しく跳ねた。
 ――どうする、やっぱりやめる?
 内なる自分が唆してきたけれど、首を横に振ることでどうにか振り払う。
 緊張のあまり地面に三回も落とし、それでも最後にはちゃんと上履きの上に置いて、下駄箱の扉も閉められた。
 途端、膝の力が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。
「あぅ……ん、しょっ、と」
 深呼吸をしてから、壁に寄り掛かりつつ立ち上がる。こんな恰好、誰かに見られたら変な人だと思われてしまう。
 今更靴を履き替えて、私は逃げるように教室へと向かった。
 もう、後には引き下がれない。



 必死に手紙の中身を考えたのは、昨日の夜遅くだ。
 消灯時間が過ぎ、ルームメイトが寝静まった後、ベッドから抜け出して私は便箋と対峙した。
 罫線が引かれた浅葱色の紙を前に、色々な言葉が思い浮かんだけれど、いざ書こうとしてみるとなかなかしっくり来ない。というより、恥ずかしくて全然筆が進まなかった。直接的なのは論外、遠回し過ぎたら伝わらないだろうし、そもそも未だこうしていること自体に迷いがある。
 ただ、自身の性格を考えれば、どんなお膳立てをされたところで、当人を前にしたら何も言えなくなるのは火を見るより明らかだった。きっと俯きどもって彼を呆れさせてしまう。それは、絶対に嫌。
 散々悩んだ結果、とても無難な内容になった。頭の中で文章を定め、窓から射し込む月明かりを頼りに、私は握ったボールペンを便箋に押し当てる。下書きした方がいいのかな、と悩んで一瞬手が止まり、そのまま僅かに滑った勢いでずるっとペンが黒い線を斜めに描いて、早速一枚無駄にした。ちょっと泣きそうになる。
 その後も漢字を間違えたり送り仮名を間違えたり罫線に字が被ったりで、くしゃくしゃに丸めた出来損ないの手紙がゴミ箱をいっぱいにしかけた頃、ようやく納得のいくものが完成。自分で読み直して確認し、溜め息を吐いた。
 便箋と一緒に買ってきた、淡い桃色の封筒へと二つ折りにしたそれを仕舞い、素っ気ないデザインの、でも男の子は絶対使わないようなシールで封をする。最後、封筒の表面に彼の名前を書こうとして、便箋を入れる前にしておけばよかったと気付いた。どうやらそんなことも考えつかないくらい、自分は平常じゃないらしい。
「……落ち着こう」
 誰に聞かせるでもなく呟き、心持ち弱めの筆圧で五文字を記す。
 直枝、理樹様。一瞬脳裏に彼の顔が過って、自然と頬が熱を持った。
 鼓動が勝手に早まる。どくん、どくん――静かな夜だから、余計に心臓の音がうるさかった。
「直枝、君……」
 人が人を好きになる理由なんてそれこそ恋をする人の数だけあるんだろうけど、私はといえば、いわゆる一目惚れとは正反対だったように思う。二年に進級して同じクラスになり、その前から棗先輩を中心とした、リトルバスターズという集団は校内でも有名になっていた。最初はそんな人達の一人、としか認識していなくて、いつも騒ぎを起こす彼らのことを、正直少し鬱陶しくも感じていた。
 でも、井ノ原君や棗さんに振り回されてる直枝君を目で追う度、様々な一面を見つけて……いつの間にか、私は彼のことが気になって仕方なくなった。神北さんや能美さん、来ヶ谷さんに西園さん、別のクラスの三枝さんも加わってさらに賑やかさを増した彼らの輪の外で、私の視線は直枝君ばかりを探していた。
 遠くから眺めてるだけでいい。他に望むことなんてない。
 それは、確かに本心でもあった。だって私は臆病だ。引っ込み思案で、リーダーシップは取れなくて、口下手でとろくて面白いことなんて何一つ言えなくて、誰かの後ろにひっそり付いて回ることしかできないような、弱い人間だ。
 そう思うのが逃げだとわかってはいるけど、そんな簡単に自分を変えられたら苦労しない。もし想いを口にできたとしても、あっさり拒絶されたら? 二度と立ち上がれそうにないくらい傷付くことになったら? 後ろ向きな考えばかりが浮かんできて、結局一歩踏み出す勇気を持てずにいた。
 ……今だって、怖い。手紙を出すことを考えると、足が竦みそうになる。だけど、
「頑張らなきゃ」
 この気持ちとだけは、きちんと向き合いたいから。
 想いの欠片を文字に込めて、私は、決断した。



 教室が騒がしくなり始めた頃、ほとんど普段と同じ時間に直枝君達が現れた。
 私は物音で振り向いたように見せかけ、ちらりと彼の様子を窺う。
 手紙には自分の名前を入れなかったから、差出人が誰かまではわからないはずだ。実際直枝君は周囲を見回すも、私の視線には気付かなかった。困惑混じりの表情で、井ノ原君の言葉に苦笑しながら頷いている。
 少女漫画とかだとこういうのは屋上に誘う場合が多いけど、あそこは先生の許可なしには鍵を開けられない。だから、放課後この教室で、誰もいなくなるまで待ってます、と書いておいた。つまり直枝君にとっては、最後までここに残っている人が手紙の主ってことになる。
 ……来て、くれるのかな。
 そうならいいと思う。ただ、来なくても構わなかった。きっとその方が、綺麗なままで終われるのかもしれないから。
 胸の鼓動が治まる間もなく、予鈴と共に担任の先生が来る。
 正面に向き直った一瞬、直枝君と目が合った、気がした。

 それからの時間は、困ったことに過ぎるのが酷く遅く感じた。
 数学では簡単な掛け算を間違えて解が大変なことになり、古文は訳してくださいと言われたところの一行後を答えてしまってすごく恥ずかしい思いをした。他の授業は大きなミスをしなかったけど、後でノートを読み返したら変なところにチェックが入ってたりして、友達に「どうしたの? 熱でもあるの?」とかなり本気で心配される始末。
 お昼はお弁当を持って学食に顔を出した。棗先輩達はだいたい決まった席でご飯を食べてるのを知っている。空いたところに座り、相変わらず楽しそうな彼らを遠巻きに見つめながら、自分で作ったおかずを飲み込んだ。そこに直枝君がいないことを改めて確認し、食べ終わったら早々に立ち去った。
 午後の授業も何とか乗り切り、放課後。約束の時間が近付いてくると、今度は逆に時の流れがやたら早く感じる。一人一人と教室から出ていくのを見て、私は今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えるのに必死だった。
 倒れちゃうんじゃないかってくらい心臓が暴れてる。嫌な汗がじんわり服を湿らせて、不安で私の心を締めつける。
 自席から動かずに、それでも私はひたすら待った。
「……君が、手紙をくれた人?」
 俯いていた頭を上げ、私は振り返る。
 ――聞き間違えようもない、直枝君の声。来て、くれた。
 慌てて立ち上がり今の問いに対して頷こうとすると、緊張からか目が眩んだ。
 ふらりと身体が傾いだところで、横から伸びてきた手に支えられる。
「だ、大丈夫? えっと……杉並さん」
「あ……はい。ちょっと立ち眩みがしただけですから……っ!」
 名前、覚えてくれてる。
 そう思いながらぼんやりした頭で馬鹿正直に返し、自分が彼に寄り掛かった姿勢でいることに遅れて気付いて、跳ねるように離れた。
 まともに話したことすらないのに、いきなりこんなの、心臓に悪い。張り裂けそう。
 突然深呼吸を始めた、どう考えても変な私に直枝君は驚いたような顔をしたけど、こっちが落ち着くまで待ってくれる。
 そんなさり気ない優しさも、好きだった。
 だけど。だから――。
「あ、あのっ! わ、私、直枝君にどうしても伝えたいことがあって……!」
 例えば手紙でなら、恥ずかしい言葉も書けると思う。一度文字にしてしまえば、心はそこに閉じ込められる。こんな思いをしなくったって、伝えるだけなら難しくもないんだろう。
 でもそれじゃ、本当に伝えたいものはきっと届いてくれない。私のこの気持ちは、行き場を失ってしまう。
 自分の言葉で。自分の口で。自分の声で。自分の全てで――ありのままを、出し切りたかった。
「ずっと、ずっと直枝君のことが、好きでした!」
 呆気ないほど簡単にしか言えなかったけど、確かに伝えた。
 叫ぶように想いを吐き出した私は、勢いで閉じた目をゆっくりと開く。
 二歩半の距離で、黙って聞いてくれていた直枝君の顔に浮かんでいたのは、やっぱり、辛そうな色だった。
 ……ああ、私、すごく自分勝手だ。
「ありがとう。だけど、ごめん」
「う、ううん。私こそごめんなさい。直枝君にはもう、付き合ってる人、いるんだもんね」
「……うん」
「知ってたから。だから、直枝君の返事が聞けて、よかった」
 上手く、笑えてるだろうか。
 ありがとうございました、と殊更明るくお辞儀し、直枝君にさよならを告げる。
 引き戸が静かに閉まり、そして教室には私一人が残された。
 彼が来る前と同じように、自分の席に腰を下ろす。
「……わかってた、ことなんだよね」
 直枝君と、同じクラスの来ヶ谷さんが付き合い始めたのを知ったのは、少しだけ前のこと。
 微妙に変化した二人の雰囲気を、私はすぐに見抜けた。だって、いつも目で追っていたから。
 そのうち周囲に露呈したけれど、直枝君を好きな気持ちは決して消えてくれなかった。
 ほんの僅か、期待がなかったと言えば嘘になる。もしかしたらいずれ別れるかもしれない。私にも、チャンスは訪れるかもしれない。でも勿論そんなことはなくて、二人がどんどん親密になっていくのが手に取るようにわかった。超然としていてどこか怖くもあった来ヶ谷さんが、直枝君の前では急に焦ったり恥ずかしそうに頬を染めたりしてるのを見て、私が入る隙はどこにもないと理解してしまった。
 最初から、結末の決まっていた告白だったのだ。
 未練がましい恋心を断ち切るための、独りよがりな儀式。
「う……」
 いつもこの場所から、直枝君を見てた。授業中眠そうに目を擦る姿、井ノ原君に話しかけられて苦笑する姿、黒板の字を真剣に写す姿……たくさんの表情や仕草を、今でも鮮やかな色で思い返せるくらい、ずっと瞳に焼きつけてた。
 だけどそれも、今日でおしまい。忘れなきゃ。全部忘れて、明日からはまた自然な顔で会えるようにならなきゃ。
「ふ、うぇ……っ、ひく、うっ」
 ぼろぼろぼろぼろ、どうしようもなく視界を滲ませては溢れてくる涙を何度も制服の袖で拭き取り、私は教室を後にする。
 酷い泣き顔を見られたくないからと人目を避けるように寮を目指す自分は、本当に惨めだったけど――それでもやっぱり、好きになったことだけは後悔したくないと思う。

 ……さよなら、私の初恋。
 辛くて、苦しくて、だけどとても幸せな日々を、ありがとう。


[No.263] 2008/05/09(Fri) 19:19:19
機械音痴の小説書き (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ


〜機械音痴の小説書き〜





 ある日曜日の朝、西園さんが部屋にやってきた。
「すいません、突然」
「いや、良いよ、別に。それで、どうしたの?」
 真人が隣で腹筋をしているのを暑苦しく思いながら、西園さんに尋ねる。
「実は、小説を自分で書いてみたんです」
「へぇ、凄いね。 見せてよ」
「だ、駄目ですっ」
「いや、そんな必死で拒否しなくても…」
「いえ、その、恥ずかしいので…」
 小毬さんとは大違いだな。
小毬さんはノートに描いてる絵本、見られても平気そうなのに。
まぁ多分僕が描いても、西園さんみたいに恥ずかしがるんだろうけど。
「それで、その小説がどうかしたの?」
「えっと、知っている方に見られるのは恥ずかしいので、私の知らない方に読んでもらって感想を頂きたいと…」
「あぁ、そういうこと。それなら携帯サイトで小説を投稿してみたら?」
 確かそういうページがあったはずだ。
「携帯、ですか…」
「あ、そういえば西園さん、機械は駄目なんだったね」
「…はい」
 そういうことになると、いくつかの選択肢が出てくる。
 1.僕が使い方を教える 2.僕が代わりに投稿する
 3.サイトでの投稿を諦めてどこかの小説大賞なんかに応募する
 4.全て諦めさせる
 書いた小説見せてくれないから僕が代わりに打つなんてできないな。
諦めさせるのもなんか気がはばかられるし。
「じゃあどこかの小説大賞に応募でもする?」
「そうですね」
 携帯で応募できそうなサイトを探す。
「あ」
 応募〆切が昨日だった。
 他のサイトも探したけど、どこも同じような結果に終わった。
 これで残る選択肢は…。
「僕が携帯の使い方教えるよ」
「はい、お願いします」
 西園さんは申し訳なさそうに言った。
「あ、その前にちょっと投稿できるところ探すね」
 教えると言ったのは良いものの、まだ投稿できるサイトを探していなかったんだった。
 数分後。
「あった」
 やっとの思いで投稿できる場所を見つけた。
「でも、〆切が今日の午後10時だ…」
「え…」
 西園さんの顔が不安の色に染まる。
「だ、大丈夫だよ、まだあと12時間もあるし!」
 正直自分でもできるのか心配だった。
 でも、今はやらなくてはいけないんだ。
「さ、早く始めよう」
「は、はい」
 西園さんも意を決したようだった。





「えっと、ここに文字を書き込んでいくんだよ」
 書き込み欄を指差して説明する。
「は、はい」
 西園さんはなぜか緊張しているようだが、そんなことを気には止められなかった。
なぜならもっと気になる要素があったから。
「ふっ、ふっ、ふっ」
「真人、悪いけど今日は筋トレ別のところでしてくれない?」
「なにぃ? 俺の筋肉が鼓動をあげる度に胸がときめいて作業に集中できないのであっちいってくださいってかぁ!?」
「いやいや、誰もそんなこといってないから(出た、真人の言いがかり!)」
「っで、なにをしてるんだ?」
「え、西園さんが小説を書いてるんだ」
「なんか、頭痛くなってきた…」
「うん、じゃあこれ以上痛くならないように、他のところで筋トレしようね」
「あぁ、じゃあ、また後でな」
「あ、ちなみに午後10時ごろまでやるから」
「終わったらメールくれ」
「わかった」
 そう言って真人は部屋を後にした。
「さて、西園さん、どういう感じに…ぶっ!」
 西園さんが携帯の画面にマーカーでなにやら書き込んでいる!
しかも携帯の画面はすでに真っ黒になっていて電源が入ってるのかどうかすらわからない。
「西園さん、何やってるの!?」
「何って、直枝さんがここに文字を書き込めとおっしゃったじゃないですか」
「いや、確かに言ったけど打ち込むと言う意味で…」
「あ、あぁ〜」
 なにやら西園さんが納得した。
なにやらゴソゴソとスカートのポケットから取り出す。
そして…。

カツカツカツカツカツッ!

「うわぁ、西園さん何やってるの!」
「見てのとおり、タッチペンで文字を打ち込んでいるのですが」
 いや、画面割ろうとしてるようにしか見えなかったから…。
「このボタンを押すの」
「あ、そうだったんですか…」
 そう言って何やら携帯をじっと覗いている。
「どうしたの?」
「画面が真っ黒です」
「あぁ…さっきマーカーで塗りつぶしちゃったからね」
「洗ってきます」
「あ、あぁ、西園さん!」
 手を伸ばしたが届かなかった。

ジャーーー…。

 あぁ、さようなら、西園さんの携帯。お前はほとんど使われずに、その生涯に終止符を打つんだな。
 案の定、西園さんの携帯はうんともすんとも言わなくなった。
「…機械って、不便ですね」
「…使い方によるけどね」
「どうしましょう」
「ぼ、僕のを使いなよ」
 僕の携帯を西園さんに渡す。一抹の不安を抱えて。
「文字はここのボタンを押すんだよ」
 番号や♯などが書かれたボタンを指差す。
「わかりました」
 本当にわかったのだろうか…。まぁここまで教えたし、大丈夫だろう。

カタ、カタ、カタ…

「あの…」
「ん、何?」
「この携帯、おかしいです」
「え、どうなってるの?」
「こんな感じです」
「見ていいの?」
「タイトルだけなら」

 横から画面をちらりと見ると、『なたまきらない』と書いてあった。
 何が言いたいのか全くさっぱりわけわかめなんだけど。
「…えっと? なにがわからないのかな?」
「全体的に何も」
「どう打ったの?」
「こうやってです」
 そういって両手の指でゆっくりとボタンを押す。
「いや、そのどうやってじゃなくてさ、何を打ちたくてそうなったのかなって」
「えっと、『お』を打ちたかったんですが書いてなかったのですが、『あ行』なので『あ』の部分を打ちました」
「あぁ、その発想は合ってるよ。それを順番分押すんだ、『お』だったら5」
「そうだったんですか!」
 再び打ち始める。
「あの」
 すぐお呼びがかかった。
「どうしたの?」
「やっぱりおかしいです」
 覗きこむ。『なたまきらないにたあまあきらあなああか』
 なにが起きたんだろう…。
「え、えっと、どうしたのかな…」
「順番分を押すということなので押したんですが…」
 言ってる事はそれで合ってるんだけどなぁ。
「た、例えば『お』を打ちかたっかりしたら?」
「初めに『あ』を押して、『お』が5番目ということで『5』を」
 あぁ、そう言うことか。なんとなくそれだったら楽そうだなぁ…。
「そういう意味じゃなくて、5番目だったら『あ』を5回押すってことだよ。あとさっき書いたやつは『CLR』ってやつで消してね」
「そうだったんですか、それならそうと言ってください」
 確かに僕の説明不足だったのかもしれない。けど、今思うと一度に言っちゃうと西園さん混乱しそうだしなぁ。
 でもまぁ、これでもう大丈夫だろう。
 そこで僕は時計を確認する。午後3時。開始から早5時間が経っている。5時間での成果、なし。
 これって、やばいかな? まさかタイトルの文字を打つのにこんなにも時間がかかるなんて…。 でも、ここで焦らせると余計駄目だろうし、う〜ん、どうしよう…。
「あの」
「…」
「直枝さん?」
「…」
「直枝さんっ」
「へ、あ、あぁ、何?」
「濁点の付け方は…」
 まぁ、こうやってひとつひとつ問題を解いていけば、何とかなる…かな。
 僕はそう信じる事にした。





 午後10時、投稿〆切の時間。
「どう? 終わりそう?」
「あと少しです」
「うん、がんばって」
「はい、でも、疲れてきました」
 そりゃそうだろう、12時間も頑張ってるんだから。勿論、ご飯も抜いて。
「でも、もうすぐ終わらせられそうです」
「そう、じゃあもう一息、頑張ろう!」
「はい」
 西園さんは懸命に文字を打ち込んでいる。でも、〆切時間は来てしまった。西園さんの頑張りは、水の泡と化してしまうのかも知れない。
 でも、西園さんは時間の事も気にせず(あるいは気にすることができないのか)、懸命に文字を打ち込んでいる。その頑張りを無駄にしたくはない。
 だから僕は、もう〆切の時間になっていることを知らせなかった。





「できました!」
 午後10時30分、西園さんの小説は完成した。
「もう真っ暗ですが、時間は…」
 西園さんは時計を見る。そして、固まる。
「過ぎてしまいましたね…」
 声が暗くなる。誰だってそうだろう。これだけ頑張って、〆切に間に合わないなんて事があったら、悲しくもなる。
 けど、僕はそれを認めたくなんかない。西園さんを悲しませたりなんか、したくない。
「ちょっと貸して」
 まだ何かテはあるはずだ、きっと、きっと何か…。
 投稿規約を見た。『〆切は隔週日曜日の午後10時』、その続き。
 『なお、遅刻は日付が変わるまでOKですが、人によっては評価が下がることもありますので注意してください』
 今は午後10時30分過ぎ、まだいける!
「西園さん、まだ大丈夫だ!」
「え」
「日付が変わるまでは良いって」
「本当ですか」
 西園さんの表情が一気に明るくなる。
「じゃあ書き込むよ」
「はい、お願いします」
 っと、書き込みボタンを押そうとすると、西園さんの小説のタイトルが視界に入った。
 『棗×直枝』

「ってうわぁぁ! 西園さん、何書いたの!?」
「小説ですが」
「いや、そうじゃなくて、内容!」
「知りたいのですか?」
「いや、知りたくない気もするけど…」
「鈴さんと直枝さんがあんなことやこんなことを…」
「わーわー! 言わなくて良いよ! ってそっちだったの!?」
「冗談です」 西園さんの事だからてっきり恭介かと…。
「本当は恭介さんと直枝さんが…」
「わーーーーッ!!」
「……」
「……」
 冗談という言葉がない。やっぱそっちだったのか…。
「ど、どうしよう」
「何がですか?」
「投稿するの」
「せっかく書いたんですから、してください!」
 確かに西園さんは頑張って書いてたけど、でも、さすがにこれは…。そうだ、確かこういう企画してるところって、毎回お題が決められてるはず。お題がまったく違ったら、諦めてくれるはず。って、さっきまで悲しませたくないなんて思ってたくせに、いざ自分のこととなると、駄目だなぁ、僕は…。
 そんな事を思いつつ、今回のお題を見る。お題は…

『男』

 ばっちり当てはまってたーっ!!
 やっぱり投稿するしかないのか…。
「直枝さん、投稿するのは嫌でしょうか」
 うっ。正直嫌だ。けど、西園さんはあんなに頑張ったんだ。でも、この内容は…。
 僕の中で葛藤が始まる。
「深刻そうな顔をしています、やっぱり、嫌だったんですね…」
 西園さんが俯く。
「そ、そんな事ないよ、これならきっと一番取れるよ、うん!」
 そう言って、僕は投稿ボタンを押した。
 あぁ、もうどうとでもなれ、今の僕はどんなことでも乗り越えられそうだ…。
「…良かった」
「う、うん、あ、あはは、あはははは」
 開き直っても、僕は苦笑いをすることしかできなかった。





 翌日、投稿場所で感想会があった。
『さて、今日の最後は"棗×直枝"の感想、ドゾー』
『なんていうか、凄いとしか言いようがなかったです』
『まさか男同士であそこまで進展するとは…』
 一体どこまでいったんだ、僕と恭介は…。
『でも18禁は駄目なんじゃなかったっけ?』
 え、そんな要素あったの!?
『いや、でも消されなかったぜ? 駄目だったら消されてるよな?』
『かなり上手くギリギリのところを通っていたので良いかな、と』
『あぁ、確かに上手く避けてたよね、直枝が棗に求めるところとか』
『一旦冷たくあしらったくせにあれだからなぁ』
『あそこは神だった』
 なに!? 僕は恭介に何を求めたんだ!? いや、知りたいけど知りたくない!
『終わり方も良かったよな』
『あぁ、始めるところで終わったからな、18禁にならないように避けてるのがわかる』
 …もう見たくない。一体僕と恭介で何を始めるんだ、始めたら18禁になるのか、あぁ、嫌だ、想像したくない。
 それから10分ほど、そんなのが続いた。





『では最後に、この作品の評価を10点満点でどうぞ』
『投稿ちょっと遅れたっぽいし9点かな』
『俺はそんなこと気にしないから10点』
『自分も時間は守るべきだと、9点』
『司会者的にもかなり気に入ったので10点。っということでこの作品の総評価は9.5点だね』
 なんかかなりの高得点を取っている。
「9.5点…」
「お、惜しかったね」
 なんだか複雑な気分だけど…。
「投稿時間が間に合えば満点だっただろうね」
 いや、それでも複雑なんだけどね。
「…はい」
 西園さんは感想会の間、終始笑顔だった。きっと、自分の書いた小説を見てもらって、感想をもらえるのが、とても嬉しいことだったんだろう。
 そうして僕は複雑な気分のまま、西園さんはきっと大満足の状態で、感想会は閉会となった。





「こ、これなら、このままやっていけば、結構なところまでいけるんじゃないかな…」
 内容は知らないけど、さっきの評価を見る限りでの率直な意見を言う。
「じゃあ、もう一本書きましょうか。タイトルは、井ノ原×宮沢です」
 あ、良かった。僕は出てないようだ。
「直枝さんは今回は宮沢さんを狙う悪役に回ってもらいましょう」
 あぁ、駄目だった…。そ、そうだ、お題だ。
「ほ、ほら、今度のお題は『幼少』だって」
「では、幼少時代からという設定で…」
 逆効果だった…。
 でも、俄然やる気になっている西園さんを無理に止めるのも気がはばかられる。なら、僕は彼女を応援すべきなのだろうか。

 多分、僕は応援してしまうだろう。こんなに熱心に何かに取り組む西園さんを見ていると応援したくなってくる。たとえそれが僕にとって不利益になる要素であったとしても、僕は頑張っている西園さんを応援してあげたい。

「次の〆切までは2週間もあるし、頑張って完成度の高いものを目指そう」

 だから僕は西園さんにそんな言葉を投げかけていた。それは僕の西園さんへの応援をする気持ちを含めた言葉。

「はい、今度は満点を目指しましょう」

 西園さんの言った『満点』は感想会での満点と言う意味だけではない。きっと西園さんや僕が読んでも、満足のできる作品に仕上げようという意味。何故だか僕はそう感じ取ることができた。

「じゃ、さっそく明日から始めようか」
「はいっ。ですが…」
「ん、どうしたの?」
「やっぱり携帯の文字の打ち方がわかりません…」
「あ、あ〜…」

 ということは、またアレを繰り返すことになるのだろうか。
 僕はまた、不安を抱えてのスタートを切る事になった。


[No.264] 2008/05/09(Fri) 19:36:28
青い鳥 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@初

「ふう…」
 ようやく最初の通過点である川原にたどり着いた私は、ため息をついて額ににじみ出ていた汗を拭った。季節は秋。風が涼しくなり始めた日曜日の正午前、空には雲ひとつない。今日は絶好の体育祭日和だろう。もっともうちの学校の体育祭はまだ少し先だったが。
「まあ、体育祭なんてろくに出たことないんですけどね、私は」
 誰にともなく呟く。そもそも私は体力がない方だ。それほど遠くない寮からここまでの道のりで額に汗をかいているのがその証拠。もう少し運動不足を改めるべきかも知れない。
 川原には心地よい風が吹いていた。私は土手に腰を下ろし、しばらく休憩をとることにする。そっと目を閉じると、いっそう風が涼しくなった気がした。
 さらさらと川の流れる音を聞きながら、私は今日ここに来るまでの経緯を思い出していた。


 昨夜の寮でのことだ。自室でさっきまで読んでいた小説を読み終え、目を上げた私の視界に飛び込んできたのは、ルームメイトの能美さんが一抱えもありそうな大きな本を眺めている姿だった。
 能美さんは本を読まないというわけではないが、私のように本の虫というわけでもない。そして、小さな体の能美さんが大きな本を眺めるその様は何だか不釣合いで、彼女が読んでいる本に興味を覚えた。
「能美さん、何を読んでいるのですか?」
 私が話しかけると、彼女は本を置き、ぱっと笑顔をこちらに向けて答えた。
「はいっ、図鑑を見ていましたっ」
 なるほど、図鑑ならあの大きさも納得だ。実際、能美さんが机の上で広げたページには、様々な種類の犬達が写真つきで載っているのが見て取れた。
「本当に犬がお好きなんですね」
「はいっ! あいらいくどっぐ、なのですっ」
 楽しそうに棒読みの英語を使う彼女を見て、私は能美さん自身が犬のようだなどと、少し不謹慎なことを考えていた。
「他の色々な図鑑もセットになってるんです」
 能美さんが示す方向を見ればなるほど、彼女が見ていたのと同じ大きさ、同じデザインの図鑑がいくつも積まれている。背表紙にはそれぞれ、『魚類』、『爬虫類』、『昆虫類』などの文字が書かれている。さまざまな生物の図鑑がセットになっているのだろう。今能美さんが眺めていたのはさしずめ『哺乳類』といったところか。
「良かったら、西園さんもどれか見てみませんか?」
 邪気のない笑顔で言ってくる能美さん。それを無碍に断るのはなんとなく気が引けて、私は彼女の提案を受けることにした。図鑑を眺めたりなど普段はあまりしないが、たまにはこういうのもいいだろう。
「…では、こちらをお借りしていいですか?」
「はい、どぞどぞですっ」
 一番手近の図鑑を示して言う私に笑顔で答える能美さん。それを確認して件の図鑑を手に取る。ずしりとした重さのそれを机の上に置き、私はその表紙を開いた。

 しばしの間、無言の時間が続いた。ただ、私と能美さんがそれぞれページを捲るぱらぱらという音だけが部屋に響いていた。
 こうやって図鑑を眺めるというのも、存外に楽しいものだった。今まで知らなかった生物はもちろん、名前には親しみがある生物に関してもまだまだ知らないことだらけで、多くの発見があった。
 そんな調子であるページを開いたとき、私の目はそこに釘付けになった。
「……」
 食い入るようにそのページを見る。ページの両横を押さえる手に、自然と力が篭もっていた。
「ところで明日はお休みですが、西園さんには何かご予定はありますか?」
 不意に能美さんが言葉をかけてくる。そう言えば今日は土曜日で明日は日曜日だ。
 私は、視線を図鑑に落としたまま答える。
「そうですね…明日は外出することにします」
 そうだ、明日は出かけることにしよう。このタイミングで翌日が休日というのは都合がいい。
「そうですか。どちらにお出かけですか?」
 再び問いかけてくる能美さん。私は図鑑から視線を上げて彼女に向き直り、答えた。
「青い鳥を探しに」



 ――青い鳥――



 それを聞いた時の能美さんのきょとんとした顔が脳裏に蘇り、思わず頬が緩む。まあそれも当然の反応だろう。学生が休日に何をするのかと問われ、青い鳥探しと答えるなど。しかし、事実なのだから仕方ない。
「…もっとも、他にも言いようがあったのは確かなんですけどね」
 青い鳥探しではなく、野鳥観察、あるいは能美さん風に『ばーどうぉっちんぐ』とでも答えれば、能美さんももう少しすんなり納得できていただろう。けれど、目的の青い鳥以外の野鳥には特に興味がなかったこと、そして何よりそのときの私は随分と悪戯な気分になっていたことが、私にそう答えさせた。
「…我ながら随分影響受けてますね」
 呟いて、腰を上げた。そろそろ休憩も終わりにして、出発しよう。
 私が今いる川原は思い出深い場所だった。リトルバスターズの皆さんで集合写真を撮った場所。そして、いつかの世界で飛ぶ紙飛行機を眺めた場所。あの時には隣にあの人がいて、私は川の下流を見ていた。流れ行く川の果て…海の彼方に思いを馳せていた。
 けれど、今の私の隣には誰もいない。今日、私が目指す場所も下流ではなくその逆、上流だった。
 私が能美さんから借りた図鑑は、鳥類図鑑だった。何の気なしに眺めていた私だったが、一種類、ひどく興味を惹かれる鳥があった。それは比較的目撃例も多い野鳥の一種。それを探して、今日私はここへ出向いたのだった。
 目的の鳥は、水辺に棲む鳥だ。公園の池など、ある程度都市に近いところでも目撃されるが、やはり人の手の入っていない渓流などでの目撃例が特に多い。
 目の前の川を上流へと遡って行けばやがて渓流になっていることを私は知っていた。そこが隠れた野鳥観察スポットとなっているという話も聞いたことがある。近場でなら、そこが一番見つけられる確率が高いと私は踏んでいた。
 今日の私は、チノパンにTシャツ、その上からベスト、背にはザックを背負い、足にはトレッキングシューズを履いている。いつに無く活動的なスタイルだ。
 …もっとも、普段出不精である私はこんな服など持っておらず、体型が近く活動的な鈴さんに借りる羽目になったのだが。深く理由を聞きもせず、快く貸してくれた彼女には感謝してもし切れない。本人は構わないと言っていたが、なるべく汚さないように気をつけ、帰ったら丁寧に洗って返すことにしよう。
 とりあえずは目標を達成しよう。私は上流に向かって足を踏み出した。


 …暑い。
 首にかけたタオルで汗を拭う。この動作ももう本日何回目か分からなくなったほどだ。
 秋の風には涼しいものが混じり始めていたが、それでも今日は雲ひとつない快晴。太陽に照らされ続けながら歩いていれば汗をかくのも当然だ。
 決して、私の体力が無さ過ぎるせいではない。……はずだ。
 どちらにせよ、日差しは決して強いわけではないが、ずっとそれに当たりながら歩くのはなかなかきつい。
 こんなことならあれを持ってくれば良かったかもしれない。ふと、今は使わず部屋の片隅に置いてある白い日傘を思い出した。
 とは言え今更言っても仕方ない。私は手近の木陰に腰を下ろした。時間はちょうど正午だ。ここらでもう一度休憩を入れることにしよう。
 ザックからサンドイッチの包みとペットボトルを取り出す。一番にボトルのキャップを外し、中身を乾いた喉に流し込む。ボトルのお茶はややぬるくなっていたが、それ以上に火照っていた私の体には十分に心地よかった。
 喉が潤ったところでサンドイッチを齧り、体を休める。小一時間ほどそこで休憩し、再び立ち上がった。
 先はまだ、遠い。


 …歩きにくい。
 私は茂みの中の小路を進んでいた。
 辛うじて人の踏みしめたものだと分かる小路は、しかし半ば獣道のような様相を呈している。何度も飛び出た木の根に足を取られそうになりながら、注意して進む。
 こんな茂みの中では、注意すべきは木の根だけではない。何かの虫や、もしかしたら蛇だっているかもしれない。一応虫除けスプレーを露出した腕や首筋に噴いてきたが、それで完全に虫が防げるとは限らない。蛇なら尚更だ。
 少ないとは言え人通りのあるらしいこの道で、そういったものに出くわす可能性は高くないが、皆無でもない。注意するに越したことはないだろう。
 正直、少し疲れている。またしばらく休憩を取りたい気分はあったが、こんな茂みの中で腰を下ろすなんてぞっとする。開けた場所に出るまでは我慢しよう。そう思って、進行方向を見据える。先には木立が見える。今の私の周辺より深い木立が。いや、あれは林、あるいは森と言った方が正しいのではないだろうか?
 どうやら次の休憩は随分先になりそうだ。右手に流れる川を頼りに、私はまた上流へ向かって歩き出した。


 不意に視界が開けた。今まで薄暗かった周囲が急に明るくなり、眩しさに目を細める。やがてその明るさに慣れてきて開いた目に、その光景が映る。それは、間違いなく渓流だった。
 唐突に途切れる木々、そしてその先に広がる渓流。恐らくここが隠れた野鳥観察スポットとやらで間違いないだろう。ちらほらと野鳥の姿が見える。だが残念ながら、目的の青い鳥は見あたらなかった。
 しかし、それでもいい。とりあえず休憩しよう。木立が途切れるまでには予想以上の時間がかかり、私はかなりの疲れを覚えていた。近くにあった平らな岩の上に腰を下ろす。チノパン越しにお尻に伝わってくる、ひんやりと冷たく硬い感触が心地よかった。
 ザックからペットボトルを取り出し、お茶を飲む。もう半分も残っていなかった。水なら目の前に大量に流れているが、一見綺麗に見える水でも迂闊に飲んだりするのは危険だ。煮沸でもできればいいのだが、生憎そんな道具は無い。もう一本多目に持ってくれば良かったと後悔しながら、中身の減ったペットボトルをザックに戻した。

 不意に、視線を何かが横切った。それは青い色をしていた。
 …まさか、今のは。
 私は慌ててザックを背負い、そして、あろうことかそれを追って走り出した。
 もう少し休むつもりだった、疲れきった足で。
 ゴツゴツして歩きにくく、そこで転べば怪我は免れないであろう石の上を。
 なぜこうまで慌てるのか、自分でも分からないままに。
 私は、走り出していた。
 前方左手には、私の身長よりも大きい岩があった。その岩の先に青いそれは消えた。私はそれでも走る。左手を岩の側面に突き、勢いはそのまま回り込む。そうして岩の裏側に回りこんだ、その時。
 私は遂に、その姿を捉えることができた。

 川の上にせり出した木の枝に止まっている、青い小鳥。それは、私が今日ここへ出向いた目的。一目見たいと思っていた鳥、カワセミだった。
 カワセミは、枝の上からじっと川の流れを覗き込んでいた。動く様子はない。
 私の呼吸は荒れていた。左手を突いている岩に体重を預け、ぜえぜえと荒い呼吸を整える。しかしその間も、私の視線がカワセミから外れることは無かった。

 しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきた。その間も、じっとカワセミは川の中を覗き込んでいた。
 ここからカワセミの姿は見えるのだが、木の枝が邪魔で、しかも距離が若干あるためにはっきりとは見えない。私はあまり目が良くないので尚更だった。
 もう少し近づこうと、音を立てないように注意しながら足を踏み出そうとした、その瞬間。カワセミが翼を広げ…矢のような速さで、水の中に飛び込んでいた。
 ざぱっ、と音を立て、水面に水しぶきが上がった。瞬きする間もなくもう一つ、ざぱりという音。再び水しぶきを上げて水面から飛び出すカワセミ。わずかに濡れた翼を羽ばたかせて飛び、私の目の前の枝に止まる。その嘴の間には、一匹の魚が咥えられていた。
 今の出来事を、もう一度まとめてみよう。
 止まっていた枝を揺らし、勢い良く川に飛び込んだカワセミ。水しぶきを立てて飛び込み、それが収まりすらしないうちに魚を嘴で捕らえ、再び飛び立つ。そして、手近の―私の目の前の―枝に止まる。この間、せいぜい5秒と言ったところか。
 これが、カワセミの狩り。見事な早業だった。
 まだぴちぴちと動く、活きのいい獲物を捕らえたカワセミは、何かを探すようにきょろきょろと視線をさまよわせ。
 そして…私と目が合った。
 野鳥の多くは警戒心が強いと聞いていたので、遠くからでも観察できるよう双眼鏡も用意していたが、どうやらそれは不要だったらしい。人間に慣れているのか、カワセミは手を伸ばせば触れそうなほど近くにいる私にも怯えることなく、つぶらな瞳でこちらを見つめ、魚を咥えたままちょこんと小首を傾げる。
 一目見ようとしていたカワセミを目の前に、私はまた昨夜を思い返していた。

 私がカワセミを見たいと思ったのは、そのために背負う苦労を考えれば随分と滑稽で、しかも感傷的な理由からだった。
 能美さんに借りた鳥類図鑑。それを眺めていた私の目に、不意にその文が飛び込んできた。
 『青緑色の美しい鳥』。
 青“みどり”色の“美”しい“鳥”。
 ――美鳥。
 妹を思わせるその文字に惹かれ、私は食い入るようにそのページに読み入った。
 カワセミ。ブッポウソウ目カワセミ科に分類される小鳥で、体長は17cm程度。水辺に生息する。長い嘴が特徴で、青緑色の美しい鳥。
 それが、図鑑の中の記述だった。

 実際こうして見てみれば、想像以上にカワセミの姿は妹を思い起こさせた。図鑑には青緑と書かれており、事実写真では青緑だったその翼の色は、光の加減だろうか、鮮やかな青色に輝いていた。それはあの子の髪の色だった。そして、胸の橙はあの子の瞳の色。何より、どこか悪戯っぽくちょこちょこと首を動かす様が、あの子の悪戯っぽい笑みを彷彿とさせた。
 また、図鑑にはカワセミの狩りの様子についても記述されていた。木の上や空中から一気に水の中に飛び込み、瞬時に魚を咥えて水中から飛び出す、鮮やかなその狩りの技。先程実際に目にしたそれは、本当に見事なものだった。
 “美”しく“魚”を捕らえる、“美”しい“鳥”。
 文字にしてみればそら恐ろしいほどに嵌まりすぎた構図。
 鳥の嘴にかかった魚は、鳥の糧となって消えていくのだろう。そのはずだった。そのはずだった、のに。
 私の方をじっと見つめていたカワセミが、何を思ったのか突然嘴を開いた。挟まれていた魚の体が嘴からこぼれ、宙に舞う。日光に銀の鱗が煌き、ぽしゃんと音を立てて魚は水の中へと帰った。魚はそれを待っていたかのように滑らかな動きで下流へと泳ぎ、すぐにその姿は見えなくなった。
 あの魚は完全な淡水魚なのだろうか。それともいずれは海に出て、海の彼方を目指すのだろうか。ふとそんな疑問が過ぎる。しかし、私の頭の大部分は、もう一つのもっと大きな疑問によって占められていた。
 生物が自らの存在を維持しようとすることは生存本能によるもので、当然のこと。たとえそのために他者の存在を侵すことになろうとも、変わらない。
 鳥は魚を捕らえた。魚は抵抗しなかった。鳥が存在し続けるためには、魚の存在を侵す必要があった。けれど、鳥はそうせず、魚をそのまま元いた場所へと帰した。
「どうして、ですか……?」
 それは、生物の本能に反すること。なのに何故、あなたはそれを選択したのか。自分が消えてしまうかも知れないというのに。目の前のカワセミに対してか、あるいはそれ以外の何かに対してか、私は問いを投げかけていた。
 カワセミは私に答えるかのように、チィ、と一つ鳴き声を上げた後……翼を広げ、飛び立った。
「あっ……」
 思わず手を伸ばすが、その手は空を切る。カワセミはこちらに背を向けて飛んでいく。高く、遠く。その後姿はどんどん小さくなっていく。もう、手など届くはずもない。
 落胆しながら伸ばした手を引っ込めた、その時。
「まったく、美魚ったらいつまでも感傷に浸って。しょうがないなあ」
 不意に、あの子の声が聞こえた。
「えっ? 美鳥!?」
 驚いた私は、きょろきょろとあたりを見回す。しかし周囲には誰も見あたらない。声は確かに聞こえたのに、どちらから声がしたのか分からなかった。そんな私の耳に、再びあの子の声が届いた。
「言ったよね? 空気みたいになって、そばで見てるって。美魚からは見えなくたって、それでも確かに私は存在していて、ずっと美魚と一緒にいるって」
 そこで気付いた。あの子の声がどこから聞こえるのか。そんな答えは決まりきっていた。空気のような存在になった美鳥。空気が寄り集まって形作られるもの。
 ――空。
「美魚だって年頃の女の子なんだから、妹のことなんか思ってる暇があったら男の子の一人でも捕まえればいいじゃない。シスコンもいい加減に卒業しなきゃ」
 顔を上げる。木々が開けた先には、雲ひとつない青空が広がっていた。
「…ま、私もちょっとだけ嬉しかったけどね。でも、いつまでもこうしてちゃダメ。こんなのはもうこれっきりだよ」
 見えないけれど、確かにわかる。空の青を背景に、あの子がどこか悪戯っぽい瞳で私を咎めていることが。
「私はあなたの幸せを願っているんだから。しっかりしてよね。…私の、大好きな、お姉ちゃん」
 ばさり、と。
 聞こえないはずの羽音を立て、姿の見えない何かが飛び立っていったのを、私は確かに感じた。
「美鳥……」
 空に向かってその名を呼んだ。偶然か、はたまた必然か。私が向いていたのは、まさにカワセミが飛び立っていった方向だった。
 もし雲が青ければ、それは青空に溶けて見えなくなる。
 秋の空はどこまでも広く青く澄みわたっていて、もうそこに青い鳥を見つけることはできなかった。


[No.265] 2008/05/09(Fri) 21:58:46
文字色の恋 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ



 最近、クドリャフカのゴミ箱がおかしい。
 クドリャフカが、ではなくて、クドリャフカのゴミ箱が、だ。
 ゴミ箱は、私のものが私の机の右側、クドリャフカのものがクドリャフカの机の左側に設置してある。
 つまり、2人の机の間に、それぞれのゴミ箱が置いてある事になる。
 ひとまとめにすればいいものだろうけど、いかに寮生活と言えど2人で生活すればゴミはやはり2人分出るもので、それぞれのゴミ箱が必要になるわけだ。

 1ヶ月ほど前からだろうか。
 クドリャフカのゴミ箱に、紙くずが増え始めた。
 それこそ、収集日の前には溢れ出てしまいそうなほどのスピードで捨てられている。
 何十枚、いや、もしかしたら何百枚を数えるかもしれない。
 とんでもないスピードでひとり遊びでも敢行しているのだろうかと少しばかり風紀委員長らしくないアレな可能性も考えてしまったけれど、クドリャフカに限ってそれは無い。
 断じてない。
 あんなに可愛い私のクドリャフカが、などとあってたまるものか。
 ええありませんとも。

 こほん。

 まぁ、冗談はさておき見ればそのほとんどは普通の紙である事はよくわかる。
 くしゃくしゃに、いい加減に丸められた紙の山。
 ティッシュやアクセサリー類の包装紙なんかは、ほとんどない。
 色とりどりだったり可愛らしかったりと、原稿用紙やルーズリーフなどの類でも無さそうだし。
 なにかこう、物凄く恥ずかしくて赤面しそうなポエムとかが書いてありそうな気がするわね。わくわく。

「……うーん……」

 そして今。
 屈み込んだ私の目の前には、クドリャフカのゴミ箱から落ちてしまった数枚の紙があった。
 いけないことだとは思いながらも、手にとってみる。
 いつもの私なら踏みとどまるところだけど、1ヶ月もこんな状態では流石に中身が気になってしまう。

 ……。
 色とりどり、と言うだけではなく、四隅は小さな花のイラストが彩られていた。
 がさごそとゴミ箱をあさり、他の紙を手に取る。
 ……必死にゴミ箱をあさる風紀委員長。誰かに見られたりしたら大変よねぇ、と思ったけどここはクドリャフカと私の部屋だ。問題は無い。
 白やピンクや黄緑、色だけのものも多い。
 またイラストが増え始めた。犬、パンダ、ロケット、こうもり…………火星人?
 いやいや。

「なんなのかしら、これ……」

 がさごそ。

「あー……」

 ハートマーク。

「あー…………」

 がさごそ。

「あー…………あー、あー……はいはい」

 納得弾連発猛打賞。
 『LOVE』の文字。便箋。ハートマークのシール。天使。
 でもまだ、確定ではない。そう、内容を知るまでは。
 読むか。読むの? うん、読もう。読みましょうマイ・ロード。いいえ、まずは落ち着くのよ佳奈多。そして状況を整理しましょう。
 ……これは決して盗み見ではないし、プライバシーの侵害でもない。
 クドリャフカのゴミ箱が大変な事になっていたから善意で整理したらたまたま内容が目に入ってしまっただけなの。
 OK? OK。レッツスタート。リードリード。

 今までのものを、床にしっかりと並べる。
 ぎっしりと文字が詰められたものから、字間に余裕があるもの、シンプルにまとめたのだろうかそもそも3分の1も書かれていないものまで、さまざまなものがあった。
 読んでいく。早く、けれどしっかりと。
 ……その書き方と同様に内容もさまざまだったけれど、共通しているものがひとつだけ。
 『お慕いしています』『好きでした』『付き合ってください』『あなたの事を想うと胸が締め付けられるのです』『愛しています』、エトセトラエトセトラ……。
 共通しているのは、相手に好意を、特別な感情を伝える言葉。
 うん。なんていうかもう。ねぇ。

「やっぱりラブレターよね、これ……」

 クドリャフカが恋、か。
 私には今、昔から通じてずっと、特別な意味で好きな異性は居ない。
 ……こう言った事に関しては、私よりも大分先に進んでいたらしい。

「『あの日あの時あの場所であなたに』……」

 以下略。
 えー……と?
 さすがにパクリに走っちゃいけないと思うわよクドリャフカ。

「…………に、しても」

 ……なんとなく、気付く。
 この丸め方は、捨て方は、クドリャフカにしてはどうにも投げやりと言うかいい加減と言うか。
 怒りか悲しみか、あるいはどうにも出来ないもどかしさや苛立ち、迷い。
 そう言った激しく、かつめまぐるしく変わる感情をぶつけるかのような、そんな印象が感じられる。
 私も、似たようなものだからだろうか。それははっきりとはわからなかったけれど。
 内容。時折荒れる筆致、筆跡。長時間押し付けて滲んだインク。紙の丸め方。
 よくよく見ればこのラブレターは純粋な気持ちを綴っているにも関わらずどうにも歪で、存外重い。
 少なくとも、私たちくらいの年頃であれば。

「さて……」

 どうしたものか、と顎に手を添える。
 今からこれをまた適当に丸めてゴミ箱にぽい、と行きたいところだけど。
 何もしなくて、いいものだろうか。何か私に、出来るだろうか。
 何かしらの悩みを抱えているであろうルームメイトに。

「いや」

 ここまでしておいて今更だけど、……誰にだって、隠しておきたい事のひとつやふたつくらい、きっとある。
 私だってそうだ。
 紙を手に、ゴミ箱に突っ込む。
 だからこれは……少なくとも現時点に置いては、出来ればクドリャフカ自身から相談でもしてくるまで、見なかったことに


「佳奈多さん?」


「ぃひゃふ!?」

 心臓が跳ね上がった。比喩でもなんでもなく、その一瞬だけ本当に心拍が胸が痛むほどに強くなった。
 それくらい、背後からの声に驚いた。誰の声か。振り向くまでも無い、けれど、振り向かなくてはならない。

「……ぉ、おお、おぉ帰りなさい、クドリャフカ。は、早かったわね」
「わふ。今日はあまり天気がよくなかったので、休息もかねて早く練習が終わったのです」
「そ、そうなの……」

 脈拍が鋭くなったのは一瞬、呼吸は乱れる事もなく……けれど、冷や汗が止まらない。
 やばい。クドリャフカがどう思っているかはさておいても、私にとってよろしくない状況なのは確かだ。
 ルームメイト的にも風紀委員長的にも非常にバッドだ。多分修羅場的な意味で。

 室内の窓から見た空は灰色で、雨は降りそうには無いけど気分がどんよりするような天気ではある。
 クドリャフカの言った事は紛れもなく本当なのだろう。こんな事で彼女が嘘をつく理由もないのだし。

「佳奈多さん」
「なにかしら」

 なんとか平静を装うとしたけど、声が上ずってしまった。
 裏返らなかっただけよかったとすべきか、判断に苦しむところではある。

「それ、読みましたか?」

 はっきりとは感情を出さず、けれど目はしっかりと見据えて。

「えっと……まぁ、……はい」

 こんなに下手に出るのは、いったいどれくらいぶりの事だろう。
 むしろ、同年代に対しては初めてかもしれないくらい頭の位置が低い。
 クドリャフカの身長自体が低いから、その低さもいっそうのものだ。

 今になって、軽率な行動だったと思う。私らしくない、とも。
 1枚だけ、まだ手に持ったままである事に今更気付き、しかし離すことは出来なかった。
 ただただ沈黙の中、クドリャフカの言葉を待つ。
 けれど。言葉はなく。

「ねぇ、クドリャフカ。これは……」

 沈黙に耐えられないなんて、らしくもない。
 でも、恋なんて知らない私に、恋を知る――或いは知った――クドリャフカの心境は決してわかるものではない。
 だから、耐えられなかった。

「恋文……らぶれたー、です」

 わかりきったことを、それはもう、真剣な顔で。
 ……こんな内容で良いのか。相手に渡すか渡すまいか。想いを伝えるか否か。
 そう迷った挙句にゴミ箱に捨てたわけではない事くらい、色恋沙汰に疎い私にだってわかっている。
 だからこそ、微妙な空気になっているのだし。

「クドリャフカ」
「なんでしょう、佳奈多さん」
「このラブレターがなんなのか……聞いてみても構わないかしら?」

 人の想いを勝手に見た贖罪にはなりえないし、そんなもので済ます気も無いけれど。
 誰かに話すことで何かが変わるかもしれないから。だから聞いてみようと、そう思った。
 クドリャフカは座り、少し逡巡して。

「私は」
「……」
「私は、文字に恋してるんです。そうやって文字にして……大好きな人への想いを、吐き出して、振り切って、前に進もうと」

 必死に笑おうとして作った曖昧な笑顔で。
 文字に恋。どうしてか不思議な響き。
 クドリャフカが。好きな相手に好意を伝えるためのラブレターに。何故、どうして、捨てるからと言って怒りや苛立ちさえも混じった感情を乗せてしまったのか。
 恋をした事の無い私には断定は出来ないけれど、推測くらいなら容易に出来る。
 相手には既に想い人が……ひょっとすると、付き合っている相手が居る、と。
 つまりはそういうことだ。
 相手の名前は最初からこうやって捨てるつもりで書いたからだろうか、どこにも書かれていなかった。
 けど、ここまで聞けば普段のクドリャフカや、周りの人たちを知っていれば見当はつく。
 ……たぶん、直枝理樹だ。

 だとすると、彼は。
 彼は、棗鈴と。どこぞの騒がし3年生のせいで、今の直枝理樹と棗鈴の関係は誰だって知っている。
 そして、彼らは。
 端から見ても、どちらもクドリャフカにとって大切な存在で。
 だから言えないのだろう。

「届かなくてもいいんです。届かないほうがいいんです。ただ、とどめたままにはできなくて……だから」

 私は。
 本当に軽率だった。
 でも、

「…………」

 グッ、と拳を握る。
 悩み、苦しんでいる人が居て。このまま聞いただけで終わったら、風紀委員長のプライドも、私個人のプライドもずたずただ。
 何より、……そんなちっぽけな事情よりも。ルームメイトとして恋の話にも乗れないのは、叱咤してやることすら出来ないのはものすごく情けない。
 それに、この子は。……ふざけている。そんな言い訳が、この私に通用するものか。

「そうやって、後ろばかりを見てちゃ……前になんて進めるわけが無いわね」

 威圧するような、そんな堂々とした口調で。
 これでいい。軽々しくクドリャフカの心に踏み込んでしまったと縮こまるよりも、こうやっている方がずっと私らしい。
 不安そうに、クドリャフカが顔を上げる。

「か、佳奈多さん?」
「何が文字に恋よ。それっぽい事を言えばなんでも解決するわけ?」

 そもそもは勝手に見た私が悪かったのは大いに分かっている。
 けど、結果オーライだ。そうなるようにしてやればいい。クドリャフカが前に進むために、多少の非難は被ってやろうじゃないの。

「…………」
「届かないほうがいい? 本気でそう思うなら、文字にもしないで黙ってトイレに篭って泣いていればいいのよ。……本当は前に進む気なんてこれっぽちもないんでしょう?
 ずっと書いていればいつかは伝わるかも知れない、いつかは自分の方を見てくれるかも知れない……そんな叶いもしない幻想を抱いているのが見え見えね」
「えっと、……その」

 何かに脅えるみたいに。
 何かに惑うように。
 何かに踏み込むみたいに。
 クドリャフカが視線をさ迷わせている。
 ……大丈夫。私の言った事が違うのなら、こうはならない。大丈夫。だいじょうぶ。

「楽よね。ホントは直接言う勇気からしてまずありもしないくせに、そうやって言い訳して、何もかも全部諦めていれば」

 本当に、楽だ。
 何もかも本当は全部諦めているくせに。直接、思っていることを伝えられもしないのに。
 『家族』でありたい人に、妹にすらそうできない私が、何を偉そうに言っているのだろう。
 私だって、何度その気持ちを文字にしようとしただろう。そして結局、文字にすら出来なかった分際で。
 でも、言葉を止める気は無かった。

 ともすれば心を挫きかねない他人からの酷な言葉は一方で、強い一押しになる可能性もある。
 クドリャフカならきっと後者に出来る、そう思っているから、信じているから。

「まぁ、もしかしたら一応前に進む気はあるのかも知れないけど……どのみち、後ろを見たまま前に行こうとしたってね、こけて余計に恥をかくだけよ」
「……そんな歩きかたはでんじゃー、ですね」
「そうよ」

 もし前に進むつもりであっても。ちゃんと前を見なくちゃ、前に進めるわけがない。
 少しくらいなら兎も角、いつまでも後ろを見たまま前に向かって進めるほどに、人は器用に出来てはいないのだ。
 そんな行為は、クドリャフカが言ったようにあまりにも危険すぎる。
 もし前を向き進む事で傷つくのだとしても。前を見ていなければもっともっと大きな傷を負う事になる。
 それこそ、下手をすれば取り返しのつかないほどに大きな傷を。

「………………」

 溜め息を吐きそうになるのを沈黙を欲して堪えた。
 そうやって雁字搦めになって動けずにいるのが、今の私だ。
 行くべき場所に、向き合うべき現実に、背を向けたまま進もうとしてこけて傷ついて痛みに耐えられずに逃げて。
 それで晴れて。
 日常を日常として何の違和感もなく過ごし楽しめていても、肝心な事からは目を逸らし続けて一歩も先に進めずにいる弱虫の完成。
 クドリャフカには、そうなって欲しくない。クドリャフカのためにも、遠回しになるのだろうけど、親しくしているあの子の為にも。
 あなたは、ぜったいに、私みたいな弱虫ではないはずだ。

「だから、ねぇ、クドリャフカ」
「はい、佳奈多さん」

 さっきまでとは違う、強気な瞳を私に向けてくる。
 ……ううん、きっと、私とは違う、もっと先の何かをしっかりと見据えている。

「当たって砕けろ……とまでは言わないけど。でも、当たりもしないでうじうじしてちゃ、得るものなんてなにもないんだから」
「……そうですね。このままじゃ、私」
「そうね、どうせならちょっと進歩させて……矢文で呼び出してみるなんてどうかしら」
「わふー!? とってもえきさいてぃんぐなのです!」

 捨ててしまうだけの文字色の恋に比べれば、突き刺さる矢色の恋はちょっとは迫力も度胸もある。
 まぁ、これもどうかと思うけど。
 ただ、ちゃんと相手に届けるのであれば、ラブレターと言う手段自体は決して否定するものではないのだし。
 ……うん、冗談を言うくらいの余裕は出てきた。
 示し合わせたわけではないけれど、2人して立ち上がる。

「では、佳奈多さん」

 しゅたっ、と足を揃え、敬礼するみたいに右手を額の辺りに持って行き。
 そのまま、クドリャフカは背を向けた……私に、だ。
 そしてその右手を高く上げ、

「能美クドリャフカ、行って来ますです!」
「えぇ、行ってらっしゃい、クドリャフカ」

 微笑みながら、さっきのクドリャフカの真似をして右手を額の辺りへ。

「……佳奈多さんも、ふぁいとっ、ですよ」
「え?」

 とててて、と部屋のドアを閉めるとき以外は決してこちらを見ず、クドリャフカは駆けて行った。
 なんとなく、下ろした右手の平を眺める。
 ……気付かれてはいないだろうけど。なにかある、とは思われたらしい。

「はあぁー……」

 少し移動して背を壁に預け、そのままずるずると落ちて行く。
 緊張した。すっごい緊張した。
 ……思ったよりは、いい方向でなんとかなった。

「あー、しんぞうがー……」

 ひとりぼやいて、胸を押さえる。
 体温が上がっている。汗も少し。顔も多分、赤いだろう。
 見せ掛けだけの威勢。張子の虎の癖に……まぁ、上出来だったと思う。
 ……ちょっと悪いけど、勝手に見た事もうやむやにしちゃったし。

「でもあの子、どうするつもりなのかしらね」

 あそこまで言っておいてだけど、いきなり告白だと流石にやりすぎだろう。
 インパクトはあるかも知れないけど、順番としては間違いだらけ。どろどろしそうだし。

「ま」

 クドリャフカはあれでいて結構しっかりしているし、何とかするか。
 周りの人たちだって……うん。
 ……さて、私はこれからどうしようか。
 自分の心から目を逸らさないで、再び歩き出す事は出来るだろうか。

 誰かに酷な言葉を投げ掛けられたとして、それを糧にする事は出来るだろうか。
 ……いや。まず私が誰かに話さなければ、何も始まらないか。

「わたしも、書いてみようかな……」

 愛しの妹と、家族になるために。
 ひとまず文字にしてみるのも悪くないかも知れない。
 クドリャフカが文字色の恋をしたように。

 ああ。

 …………なるほど、私はそうやっている間に誰かが手紙を見つけてくれる事を期待しているわけだ。
 私がクドリャフカの手紙を見つけて、好奇心から読んでしまったように。

「そんなんじゃ駄目ね」

 今回のはたまたま、偶然だ。
 でも、まぁ。
 時間は余り残されていないかもしれないけど、焦って結論を急いだって何もいい事はない。
 冷静にゆっくり考えるくらいは、クドリャフカだって許してくれるだろう。

 だから、今はとりあえず。

「負けるな。頑張れ、クドリャフカ」

 心の底から、彼女の恋を応援してみよう。


[No.266] 2008/05/09(Fri) 21:59:33
恋恋恋歩 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ

 唐突であるが、これは恋物語である。有体に言ってしまえば恋愛小説と呼べるかもしれない。しかし、世にある物語の大半は多かれ少なかれ恋愛というキーワードが付随されている。世の中にある文章、物語は少々乱暴な括り方をすればたった一つのことを言うために数万の文字を羅列させていると言えるのかもしれないと私は考える。すなわち愛は偉大。もちろん私の勝手な憶測だ。しかし、この物語を書くにあたって、その憶測に準じてさせて貰おうと思う。後に記述するが、そのほうがこの物語を書く目的を、より効果的にしてくれると思うからだ。
 前置きはこれぐらいにしよう。長い前置きほど読者を飽きさせるものはないと愚考する。もう既に長々と語ってしまっている気もするが、そこは寛容な気持ちで受け止めて頂きたい。寛容ついでに物語にはまったく関係ない、手続き的な意味合いでしかない事項を最後に語らせていただこうと思う。
 この物語は全て三人称で記述している。物語の視点──もちろん恋する少女を追うことになるのだが──それらは全て登場人物に聞いた話、また私が実際に見たものに多少の想像と誇張を交えて記したものである。そのため登場人物達の思考や行動に及ぶための理由に僅かズレが生じているる場合があるだろう。しかし、物語とは得てしてそういうものだ。登場人物たちの思考は、私というファクタを介在したのち、更に文章というファクタを通り白日の下に晒される。その過程に置いて、どのようにした所でズレが生じてしまうのは仕方のないことだ。
 また話が長くなった。これ以上、前置きや語りはなしにしよう。最後に今一度、断っておこう。冒頭に記したことではあるけれど、何度もいうことでこの物語が内包するイメージが確固としたものになるのだからここはぐっとこらえて今一度、同じ文章を読んでいただきたい。

 これは恋物語である。例えその少女が想い人を蹴り倒そうが、暴言を吐こうが、悪戯しようが恋物語であることは一切翳りはしない。何故ならば。
 恋する乙女、それは恋愛小説に置いてどんな行動を取ろうと許容されるキーワードだからだ。








 棗鈴は、自分のことをこの所おかしいと思っていた。その考えは今現在も続いている。鈴は、自室にある机の前でノートを広げ四つの感じを書いた。直枝理樹。それは鈴にとっては見慣れた文字。見慣れた発音。だというのに最近、その文字を書くだけでどういうわけか顔がカーっと熱くなった。声に出そうものなら、もう大変で風邪を引いたかのように頭がボーとして舌が上手く回らなかった。鈴は「うーみゅー」という奇天烈なうなり声を上げながら机に倒れこみ目を閉じる。するとすぐに理樹の顔が浮かんできた。頭の中の鈴は嬉しそうに笑っていた。鈴は、耳が熱くなっていくのを感じながら溜息を吐いた。
 ここ最近の鈴は、そんなことを繰り返していた。それこそ鈴が、自分がおかしいのではと思っている原因だった。別に表面上では何も変わった所はない。鈴と理樹。リトルバスターズの面々。あの世界から帰ってきた時から、楽しくて幸せな日々が続いている。だが、どういう訳か理樹を見たり、想像するだけで鈴は後ろから誰かに想いっきり抱きしめられたような息苦しさを覚えた。まだそれだけならいい。問題は二人っきりになった時だった。そんな時、鈴はいつも以上に理樹の顔を見ることができず、ただの世間話すら儘ならない有様だった。
 そのため、この所鈴は理樹と自分だけになるのを異常なまでに避けていた。もちろん、理樹はそんな鈴の様子に気づいているだろう。だが特に何も言ってくるでもなく困ったように笑うだけだった。それが一層、鈴をイライラさせていた。別に理樹が悪いとは思っていない。そういうことではなく、今まで楽しく過ごしてきて、加えてあの世界を二人で切り抜けた。言ってみれば戦友のような理樹を遠ざけなければいけないことが、鈴はとても歯痒かった。どうにかしたかった。始めは時間が経てば、落ち着くと思っていたが一向に治まる気配はない。鈴は、机に手をついて体を起こすと脇に置いてあった携帯電話を取った。今まで誰かに相談することを鈴はしなかった。漸く手に入れた楽しい日々を、自分のこの気持ちが砕いてしまうのではないか。それが怖くて相談することができなかった。だが、もう我慢の限界だった。鈴は携帯からカ行を呼び出すと慌てたように目当ての人物の電話番号を呼び出し通話ボタンを押した。携帯からトゥルルという機械的な音が響く。電話先の相手は神北小毬。今現在、鈴の一番の親友といっても差し支えない人物だった。小毬なら、自分のこの訳のわからない気持ちも聞いてくれるだろう。聞いてきっと優しく笑ってくれるだろう。そうわかっているのに鈴は、自分の胸がどんどん高鳴っていくのを感じていた。このままいけば自分の心臓は壊れてしまうんじゃないか。そんな危惧さえ生まれてくる。つまるところ、鈴は微妙に混乱していた。それがいけなかった。やがて、トゥルルという音が止まりプツという相手が電話取った表す音が鈴の耳に届く。
「あ、こまりちゃんか。あの、あのな。ちょっと聞いてほしいんだ。この頃、あたし変なんだ。なんか理樹のことを考えると胸が苦しくて、あ、でも嫌な気持ちだけってわけじゃないぞ。うん、こう少しだけ幸せな気持ちがしないでもない。これってなんなんだ。わけわからんぞ。こまりちゃん? もしもしこまりちゃん聞いてるか?」
 鈴は受話器に一気に捲くし立てていたが、一向に反応のない相手に気がつき首を傾げる。そんな鈴の耳に小さな息遣いが聞こえてきた。それに続くように漸く受話器が相手の声を拾う。電話先の相手は「うむ」と短く言葉を発した。その声を聞いて鈴の背中に嫌な汗が流れる。
『話は聞かせてもらった。鈴君。私に相談を持ちかけてくるなんてお姉さんは嬉しいぞ』
「う、うなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 鈴の絶望感漂いまくりの絶叫が寮内に響き渡った。
 要するに鈴は混乱のあまり相手先をよく確認せず履歴の神北小毬ではなく、そのすぐ下の来ヶ谷唯湖にかけていたのである。
 どちらもカ行でありながら、カーソルの位置一つ違いで鈴は過酷な道を歩むことになった。







 寮にある鈴の自室。そこで鈴はベットの縁に体を縮こまらせて座っていた。そのちょうど対面には来ヶ谷が腕組をして仁王立ちしていた。その両隣には、まるで従者のように葉留佳とクドが訳のわからない顔をして鈴のことを見つめていた。
「さて、とりあえず女性陣を呼んでみたわけだが」
「なんでだ!?」
「なにぃ!? 私たちじゃ不満だってのか、こむすめぇ!」
「不満じゃなくて不安なんだーっ」何故かのっけからテンションマックスな葉留佳に対抗するように叫び返す。「というか美魚と小毬ちゃんはどうしたんだ?」
「う、ぐ……うわぁぁん姉御ー。なんか鈴ちゃんに上手いこと言われたー」
「うむ、鈴君の言い分もわかる」
「あんまりだーっ!」
「西園さんは、本が良い所なのだそうで後で来るそうです。小毬さんは、お部屋に行ったのですがいらっしゃいませんでした。おそらく例のぼらん……コホン。ボランティアにいっているのではないかとー」
 横で寸劇じみたやり取りを繰り広げている葉留佳と来ヶ谷にかまうことなく、クドは鈴に話しかける。ボランティアの発声の所で態々ネイティブっぽく言い直したが、どう聞いても日本語の発音だった。
「それでどうして私と三枝さんは呼ばれたのでしょうか?」
「ああ、それはな。鈴君と理樹君恋の行方について、女だけで腹を割って話そうではないかとな」
「な、なにぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「わーーーーーーーふーーーーーーーーー!」
「なんだ。あたしは理樹に恋をしてるのか!?」
「って、姉御。なんか鈴ちゃんまで驚いてるんですけど」
「む? ……ああ、そうか。鈴君はまだ自覚してなかったんだったな」
「そんなこと言われても……わからん」
 鈴はそういうと顔をついっと横に向けて皆の視線から逃れる。そんな鈴の様子を見た来ヶ谷は口元に手を持っていき思案する仕草を作った。
「ふむ……では、鈴君。例えば理樹君が、まぁ誰でもいいが、そうだな。例えば、私と理樹君がキスしていたとしたらどうだ」
「どうだと言われても、そんなの……」
 勝手にすればいいじゃないか。そう繋げようとした所で、鈴の頭にイメージが過ぎる。頬を赤く染めて見つめあう理樹と来ヶ谷。その顔が近づいていき互いの唇を軽く触れ合わせた後、顔を離しはにかむように笑う二人。まるで暗い井戸の中に一人取り残されたような心細さと寂しさが、唐突に鈴を襲った。鈴は思わずベッドのシーツを強く掴む。その光景を想像するのも、もちろん苦痛だったが、それ以上に友人のそんな場面が嫌でしょうがない。そんな浅ましい自分が、どうしようもなく我慢できなかった。
「……来ヶ谷のことは好きだ。でも……でもな」
「かまわんよ。例え友人と言えども割り切れない。恋とはそういうものだろう。それにそちらのほうが私としてもいい」
「? どういう意味だ」
「やりがいがある、という意味さ」
 来ヶ谷はそう言うと、瞳を伏せて口元を緩めた。
「あのー、それで結局の所私達は何をすればいいんですかネ?」
 鈴と来ヶ谷のやり取りを見ていた葉留佳は唐突に手を上げると、誰にともなくそう質問をした。来ヶ谷はそれに「うむ」と一度こくりと頷いて腕を組んだまま一定の歩調で部屋の中を歩く。
「本来なら色恋に他人が介入するべきではないのだがな。理樹君はあれで結構鈍感だ。そして鈴君に至ってはこの通り。このままでは鈴君が夜な夜な悶々とすることになりかねないとお姉さんは心配だ」
「するか、ぼけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 言葉尻に瞬時に反応した鈴がベッドから飛び跳ねるように立ち上がりながら、回し蹴りを繰り出した。来ヶ谷はそれを軽々と避けると、何事もなかったかのようにピンと人差し指を立てて話を続ける。
「そこでだ。同じ女性として私たちリトルバスターズのメンバーが、背中を押して上げるべきではないかと考えたんだよ」
「あー、つまり鈍い二人を手助けしようってことですネ。で、具体的にはどうすれば?」
「うむ、そこでこれを用意した。鈴君、これに着替えてみてくれ」
「ん? なんだ、これは?」
「それは、どんなニブチンの男性の心でもときめかせることが出来る魔法の衣装だ。ああ、着替えは洗面所で行うといい」
 その言葉を聞いて鈴は首を傾げながらも、服を受け取って洗面所へと向かう。
「姉御ー。あの服ってなんなんですか? なーんか見覚えがあるような気がするんですけど」
「ああ……ブルマだ」
「……はい?」
 その言葉どおり、しばらくして出てきた鈴はたしかにブルマを履いていた。その顔は、りんごもかくやというぐらい真っ赤だった。そもそも鈴たちの世代によってブルマなんて前世紀の遺物のようなものである。名前も聞いたことはある。どんな形かもしっている。しかし、履いたことなどもちろんあるわけもない。それはもはや羞恥プレイと名づけるに相応しい様相だった。
「こ、これのどこが魔法の衣装なんだ!?」
「ん? 素晴らしいじゃないか。ハァハァ鈴たんの生あし超萌える。と言って理樹君も目の色を変えて襲い掛かってきてくれるぞ」
「襲い掛かられてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 叫び声と共に高く足を掲げて回し蹴りのモーションに入ろうとした鈴だったが、今の自分の姿を思い出し慌てて足を下げた。そこで漸く来ヶ谷の言葉の意味を完全に理解した鈴はあまりの恥ずかしさにキョロキョロと辺りを見回して隠すものを探す。しかし、この部屋の唯一の布であるシーツまでの道は来ヶ谷によってブロックされていた。鈴は、「うー、うー」と唸りながら仕方なく上着の裾を引っ張ってブルマを隠そうとする。だが、悲しいかな。体操服の上着の材質はそれほど厚手ではないのである。そんなものを下に強く引っ張ればどうなるか。生地は上半身に張り付き、そのラインを浮き彫りにし今や鈴の慎ましやかな胸をこれでもかと強調していた。来ヶ谷は、胸元からデジカメを取り出すとすばやくシャッターを切る。
「ああ……いい」
「とるな、ぼけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 もう数えるのもバカらしくなってきた本日何回目かの鈴の絶叫が寮に木霊した。







「まぁ、冗談はこれぐらいにしてだ」
「冗談だったのか!?」
 鈴の絶叫からしばらくして、4人はベッドの上に円を描くように座っていた。鈴は既に元から来ていた私服に着替えている。その顔はまだ、少しばかり赤い。
「あのー、私思ったのですが、そもそも私たちに出来ることと言ったら鈴さんが告白するのをサポートするぐらいしかないのではないでしょうか?」
「うむ、その通りだな」
「あ、姉御。わかってたんですネ」
「なら、あたしがアレを着たのにはなんの意味もなかったのか!?」
「いや、意味ならあるさ」
 口々に正論を言ってくる鈴達の言葉を涼しげに受け流しながら、意味有り気に微笑んだ。そして、その顔を急に引き締めると鈴のことを見つめる。その唐突な真剣な目線を受けて鈴は体を強張らせる。
「さて、結論も出た所で鈴君、言いに行こう」
「な、何をだ?」
「もちろん、好きだ。何も言わずあたしについてこい! とだ」
「なんか、凄い男前です!?」
「ああ、でも理樹君だからいいんじゃないですかネ。ほら女子の制服似合うし」
「い、いやだっ。そんなの、恥ずかしいじゃないか!?」
 そこで初めて告白という名の持つ甘酸っぱい印象を意識し、鈴は布団の中に潜りたい衝動に駆られた。もちろん来ヶ谷達が座っているのでもぐりこむことは出来なかった。仕方なく鈴は顔を伏せてぎゅっと目を瞑る。そうすると理樹の顔が浮かんできた。告白したら理樹はどんな顔をするだろうか。そんなことを考えて顔を伏せただけでは我慢できなくなり鈴は、膝を抱えた。
「あらら、姉御。いきなり告白は鈴ちゃんにはキツイですヨ」
「まぁ、わかっていたことではあるが……困ったな」
「話は聞かせて頂きました。わたしに任せてください」
「わ、わふーーーーーーーーーー、西園さん!?」
 クドの声に鈴以外の皆が一斉に、その目線を追うといつの間に入ってきたのか、来ヶ谷のちょうど後方に美魚が立っていた。
「私の後ろを取るとは……さすがは西園女史だ」
「それほどでもありません。一応ノックはしたのですが皆さんお気づきにならなかったようなので勝手に失礼させて頂きました。ちなみにあそこに神北さんもいますよ」
「み、みんな〜、こ、こんにちは〜」
 その言葉の通り、ドアの脇で立っていた小毬が困ったような笑顔で皆に手を振る。その小毬の声を聞いた鈴は、突然がばりと顔を上げると小毬のことを泣きそうな目で見つめる。 それを見て小毬はベッドのほうまで歩いてくると、鈴の頭を撫でた。
「あれ? ミニ子や? 小毬ちゃんって部屋にいなかったんじゃなかったっけ?」
「あ、はい。小毬さん、どこにいってらしたんですか?」
「うん、ボランティアに。それで帰ってきたらちょうどこっちにくる途中の美魚ちゃんと会って、一緒にきたの」
 小毬はそう葉留佳とクドに答えた後、鈴の頭を撫で続けながら優しく笑いかけた。
「こ、こまりちゃん」
「鈴ちゃん、恥ずかしいと思うけどがんばろう? きっと理樹くんは嬉しいはずだよ。鈴ちゃんの気持ちを聞けて」
「……う、うーなー!」
 小毬の励ましを聞いて考え込んでいた鈴だったが、しばらくして耐え切れなくなったのかシーツに顔を押し付ける。それを見ていた小毬は、横にいる美魚のことをみると一度頷く。それを見た美魚は、ケットから紙とペンを取り出すと、スッと鈴のほうへと差し出した。
「鈴さん、お気持ちは察します。自分の気持ちを相手に伝えるのは、とても大変なことだと思います。ですが、何も直接言わなくても手はあります。そう手紙です」
「て、がみ?」
「はい、たしかに今時古風かもしれません。そもそもならメールのほうが、と思われるかもしれません。ですが、自分の気持ちを込めて書いた文字には想いがやどります。それは例え一言でも、時に言葉以上に相手に気持ちを伝える手段になりえます」
 鈴はその言葉を聞きながら差し出されて紙とペンを受け取る。紙にそっと手を走らせる。手にザラザラとした感触がする。っと、その時ふいに鈴の肩に重みが加わった。それは押しつぶされるようなものではなく、とても心地よい重みだった。鈴は、首をまわし後ろを見る。そこには今までのような悪巧みをしているような笑顔ではなく、慈愛に満ちた笑顔をした来ヶ谷がいた。
「伝えなければ届かないことがある。そしてそれがいつか手遅れになってしまうこともある。鈴君、君はそれを知っているはずだ」
「来ヶ谷」
 鈴は前を向くと、そこにいる皆の表情を見る。皆、鈴のことを見守っていた。葉留佳、クド、美魚、来ヶ谷、小毬。もし……もし、あの時、あの世界で鈴が諦めていたならここで今皆が笑っていることもなかっただろう。
「それに……君はそんなに弱い子ではないだろう?」
 その言葉を合図にしたかのように鈴は勢いよく立ち上がると、机へと向かう。紙を広げてペンを持つ。鈴は思う。何を書こう。そもそも自分に文才があるとは思えない。手紙だって書くのはこれが初めてだ。だから、この胸が苦しくて顔が熱くて、どうにかなってしまいそうな気持ちをありったけこの一言に込めよう。ありったけを理樹にぶつけよう。鈴はゆっくりとペンを走らせる。やがて鈴がペンを置くと、皆がそれを覗き込む。そこにはたった一言、ひどく幼稚で不器用で、ありったけの想いが困った文字が書かれていた。
【理樹、ずっと一緒にいよう】





 さて、その手紙を読んだ直枝理樹がどういう結論に至たり、棗鈴にどういう返事をしたのか、それを書くことなく終わりにしたいと思う。人間とは想像する生き物だ。それ故に案に書かずにいたほうが想像の翼が大きく働くことだろう。ただ、一つだけ言わせて貰うならば私は、直枝理樹が出す答えを最初から知っていたということは記述させていただこうと思う。そうでなければこんな文を書こうとなど思わなかっただろう。告白とはどんな形であれ甘酸っぱいものである。では、その甘酸っぱさを一番恥ずかしく思う時はいつだろうか。それは私が考えるに告白から交際へと転じ、しばしの蜜月を体験した後にくる安定期こそが当人達にあの時の感情を思い起こさせ、居た堪れなくさせることだろう。それまでにはまだ時間があるが、楽しみとは忘れた頃にやってくるものなのだから我慢して待つとしよう。
 ああ、そういえば忘れるところだった。私がこの文を書いた理由を、まだ記述していなかった。物語にはまったく関係ない私的な理由であるため、このまま黙して語らずを通し筆を置くべきなのかもしれないが、後に記述すると書いた以上、やはり書かなければならないだろう。約束は覚えている限り違えないようにしたいと思っている。断っておくが、そう思っている要因に誰かに対する恨み辛みがあるわけでもないし、皮肉の意味合いでもないということは覚えておいていただきたい。話が逸れた。前置きが長いのも頂けないが、締めがダラダラと長いのも頂けないだろう。では、今一度の断りと共に私が、これを書いた理由を明かしたいと思う。
 
 これは恋物語である。
 私──来ヶ谷唯湖がこれを書いた理由は、この物語の主役である棗鈴および直枝理樹に、この話を見せるためである。もちろん、その時には鈴君の写真を添えて。
 おそらく理樹君は顔を赤くしながら照れてくれることだろう。鈴君は顔を真っ赤にして照れながら可愛らしく怒ってくれることだろう。
 その時には私の中にある幾ばくかの残滓も、すっかり消え去っていることだろう。
 ああ、その時がとても楽しみだ。本当に楽しみだ。
 
 二人の表情こそが今、私たちが享受している幸せの証となってくれる。私にはそう思えるのだ。


[No.267] 2008/05/09(Fri) 22:00:53
ひらがないつつで (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@ちょっと遅刻

 鈴が風邪をひいた。
 なぜかと言えば……それはまあ、あれだ。とにかく、全責任は僕にある。いくら暖房が効いてるからって、あの格好のまま布団もかけずに寝入ってしまったのが間違いだった。まあ、似たような状況だったはずの僕はピンピンしているわけだけど。

「鈴、だいじょうぶ?」
『だいじょうぶなわけあるかぼけー』

 今回の風邪で、鈴は喉をやられたらしい。これ以上喉を痛めないよう、恭介の発案で鈴にスケッチブックとペンが贈呈されることになった。要するに筆談でコミュニケーションを取れと、そういうことだ。

「まあ、理樹に腹話術で鈴の言葉を代弁させるという手もあったんだがな」
「いやいやいや、さすがにそれは無理でしょ」
「バカヤロウ、中の人の力を舐めるんじゃねーよ」

 一緒に鈴の部屋までお見舞いに来ている恭介は、相変わらずわけのわからないことを言っている。
 兄妹だしお見舞いということなら、という感じで特別に女子寮の防衛ラインを通させてもらった形だ。ちなみに僕は毎度のことながら、何も言われない。正直、そういう扱いにも慣れてきた。

『おいばかあにき、のどがいがいがする。りんごじゅーすのみたい』
「オレンジジュースなら冷蔵庫にあったはずだが……」
『いやだ。りんごがいい』
「ったく……理樹、鈴を頼むぞ」
「あ、うん。ごめんね恭介」

 気にするな、と言い残して恭介は部屋から出ていった。
 いつもならどうしていたかな。オレンジで我慢しろと言うか、自分で買いに行けと言うか。なんにせよ、恭介も病人には強く出られないようだった。

『なあ、りき。かぜってだれかにうつすとなおるってほんとか』
「よく聞くけど、実際どうなんだろうねぇ」
『ためしてみよう』
「あのね鈴。自分が風邪ひいてるってこと自覚してね」

 やっぱり三割ぐらいは鈴の責任なんじゃないだろうか。





 快方の兆しがまったく見えないというのに、鈴は学校に行くことを頑なに主張していた。本人曰く、声が出ないだけでほかは全然元気だからだいじょうぶだ、とのこと。まあ、傍で見ててそれが本当なのは僕にも分かっているけれど。
 鈴は学校に行きたいというけど、実際のところは小毬さん達に会いたい、ということなんだろうなぁ。もちろん皆お見舞いには来てくれるけど、授業中はベッドの中に一人だし。なんだかんだで寂しがりやだもんな。

「でもダメ」
『ふかーっ!!』
「微妙な迫力だね」

 スケッチブックを掲げての威嚇は端から見ていて随分とシュールだった。鈴もそれに気付いてか、何度か『ふかーっ!!』とかなんとか書き連ねてから、しょんぼりと肩を落とした。

「なあ理樹、別にいいんじゃないか」

 そんな鈴の様子を見かねて、恭介が言った。

「なんだか今回はやけに甘いね、恭介」
「別にそんなことはない。ただ、これだけ元気なら大丈夫なんじゃないか?」
「確かに、そうかもしれない。でも、もしそれで学校に行かせて悪化したりしたら何より鈴のためにならない。やっぱり僕は反対だよ」

 それに鈴には早く風邪を治してもらわないと、僕だっていつまでもお預けをくらうことにげふんげふん。

「……なんだか今回はやけに厳しいな、理樹」
『りきはどえすだ。あたしをいじめてたのしんでるんだ。このまえだって』
「鈴のためを思えばこそ、だよ。ほら恭介、早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「あ、ああ。まあ、おまえがそこまで言うなら……悪いな、鈴」

 恭介がスケッチブックに踊る不穏すぎる文言に気付く前に、背中を押して強引に部屋の外へと連れ出す。いやはや、今回ばかりは鈴の声が出ないことに感謝だ。

「じゃ、鈴。昼休みにでもみんなを連れて抜け出してくるからさ、それまでおとなしく待っててね」
『りきのばーか』

 見送りの声はなかった。





 理樹ときょーすけが出ていってから五分くらい経った。あたしはお気に入りになりつつあるスケッチブックとペンを手に立ち上がる。
 理樹のことなんてもう知らん。あたしは誰がなんと言おうと学校に行く。そんで、こまりちゃんと一緒に屋上でお昼を食べるんだ。約束したんだ、今日、一緒にって。
 あたしは、そっと部屋から抜け出す。逃げ回る猫を捕まえるのに便利だから、こういうのは得意だ。

「あら……こんな時間に一人で何をしているのかしら、棗さん」

 なにぃっ!? いきなり見つかるなんて……それに、この声は……!

『たちつてとと子っ!』
「行がズレるってあなたどんな噛み方してるんですのっ!? というか紙に書いてて噛むも何もありませんわっ!!」
『なかなかのつっこみだな。ごーかく』
「キーッ!! あなたという人は、またわたくしを馬鹿にして……! 今日こそは、地べたに這い蹲らせてやりますわっ!」

 なんかこいつワンパターンだなー。それでこの後、

「……と、そうしたいのは山々ですけれど」

 お?

「その、こちらを馬鹿にしているとしか思えないスケッチブック。筆談のつもりなのでしょう?」
『そーだ。よくわかったな』
「はあ……まったく」

 なんだ? なんか溜息つかれた。

「風邪をひいて声が出ないという話は本当でしたのね」

 ささみの目は、なんだかいつもと違うような感じだった。理樹がたまにあんな感じの目であたしを見ることがある。……なんか、変な感じだ。くすぐったい。

「病人相手に手をあげるほど、わたくしは落ちぶれていませんもの。決着はまた、あなたが本調子の時にでも着けてさしあげますわ」
『べつにあたしはいますぐでも』
「それと、これ」

 書いてる途中だったのに、ささみが手を突き出してきた。手の平の上に、丸っこい何かがのっている。

「のど飴ですわ。では、わたくしはもう行きますから。お大事に」

 あ。
 ささみはのど飴をあたしに押し付けると、そのまま寮の出口の方に歩いていった。

「…………」

 あたしは、緑の包み紙にくるまれたのど飴を見て、それから遠くなっていくささみの背中に視線を移した。
 こういう時は……そうだな。スケッチブックの新しいページを開いて、ささっと大きく文字を書く。

『ありがとう』

 掲げたそれに、ささみは気付かない。だから、もうちょっと書き足す。

『こっちむけー』

 気付かない。書き足す。

『こっちむかんかぼけー』

 気付かない。書き足す。

『おいこら、あかさたなな子っ!』

 ここまで書いてやっても、まだ気付かない。イライラしてきたあたしはとうとう、

「おいこらざざみーっ、こっち向けーっ!!」

 あ、声出た。


[No.269] 2008/05/09(Fri) 22:09:31
伝えたい気持ち (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@遅刻orz

 文字……それはとても大切な伝達手段。
 普段余計な建前や世間体が邪魔して言えない事を、相手に伝える事ができる、非常に優秀な伝達手段。
 まぁ、要するに私みたいなひねくれ者にはぴったりのものだったりする。


 
 少し前まで、大好きなのに嫌がらせをし続けなければいけなかった妹、そんな彼女に伝えたい気持ちを、余計なものに邪魔されないで伝えたい。その為に、私はそんな文字を使ってみようと思ったのだ。

 そう、困ったことに、せっかく仲直りしたのに葉留佳とは喧嘩してばかり。前みたいに深刻な争いじゃないし、あの子は楽しそうに笑っていてくれるからいいのだけど、どうしても、以前の癖できつくあたってしまうのだ。
 風紀委員としての立場というのもあるのだけど、それ以上に照れ隠しなのかなんなのか、ついついきつく当たってしまう。

 困った性格と言ってしまえば仕方がないのだけど、この前、葉留佳が私とクドリャフカが影踏みしている写真を風紀委員室に貼り付けた時、ついつい葉留佳を一緒にノリで貼り付けたのはちょっとやりすぎた。はがすのにはずいぶん苦労してしまったし、しかも写真をはがし忘れて翌朝は針のむしろだし。

 他にも、私の髪にチューリップを差した葉留佳を、学校裏の池に放り込んだ挙げ句「こんなところで海水浴?」なんて言い放って、しかもうっかりチューリップを差したまま教室に戻ってみたりとか、あと、級友の前で「えへへ」とか言って抱きついてきた葉留佳を、失神するまで締め上げてしまったりとか、最近はちょっとしたやりすぎが多い。

 おかげで最近『愉快な人』という評価が定着してしまった。怖がられているのよりはいい……のかしら? でもちょっと納得がいかないのでひとまず葉留佳に苦情を申し入れておいた、2〜3時間。
 それにしてもさすがに抱きつかれた時のフォーローに苦労した。そんなに仲良し姉妹と見られるのが嫌なの? とかなんとかっていじけるし……うっかり嫌に決まってるでしょと即答しちゃったし。

 まぁ、あの子はちゃんとわかってくれていると思うのだけど、さすがにこういうのを何回も続けていると不安になってしまう。
 あの子の前では絶対に言えないけれど、これは愛情の裏返し、大切な妹への、ちょっとしたコミュニケーションなのだ。うん、そうなのだ。そうなのよ?



「……こんな馬鹿な事考えてる場合じゃないわね」
 独語して時計を見る。いつの間にか針はずいぶんと進んでしまっていた、故障しているんじゃないかと思う位早い、残念ながら、部屋のどの時計も同じ時間を示していたから、故障ということはなさそうだ。
 とするとあの子が帰るまではおそらく1時間20分程度。お昼ご飯に眠り薬を仕込んで学校に置いてきたので、多分それ位はかかると思う。実験したし。
 だから、それまでにはちゃんと私の気持ちを伝えられるものを完成させないといけない。



 さて、視線の先には出来上がったケーキと、その上にのっかる予定の板チョコレート。ちなみにまだ文字は書かれていない。
 明日は私たちの誕生日。明日の昼はクドリャフカ達と、そして夜は家族みんなで祝うから、今日は二人、あの子の部屋でお祝いしようと約束したのだ。
 ケーキを作るとは言ってあったけど、チョコレートの板に何かメッセージを書いて、あの子を喜ばせてあげようという作戦。
 
 この為に、二人で作ろうという葉留佳に「あなたと一緒じゃケーキが出来るわけないじゃない」とか「指入りケーキなんてごめんだから、ケンタッキーかなんかでも買ってきなさい」とか心にもないことを言って追い払ったのだ。
 そんな事を言われて落ち込んでいるあの子に、実はかくかくしかじかであなたを驚かせる為だったのよと言ってあげれば、きっとあの子は大喜びしてくれるはず。
 その時に、素直になれなかった事を謝って、二人仲良くケーキを食べよう。おしゃべりしながらケーキを食べよう。
 今まで出来なかった分、たくさんたくさん仲良くするんだ。



「む……だからそんなこと考えている場合じゃないでしょ!」
 ケーキの上の生クリームみたいにとろけてる自分を叱咤する。このままにやけている状態で葉留佳が帰ってきたら、真っ赤な顔でこのケーキをぶつけてしまいそう。それじゃあ台無しだ。
 そう、問題はこの板チョコレートに何を書くか……だ。
 
 文字は気持ちを伝える為にとても便利、でも、それと同時に、扱い方を一つ間違えるととんでもない誤解や、悪感情を相手に抱かせてしまう諸刃の剣でもある。だから、慎重に慎重を重ねて適切な言葉を選ばなければいけない。

 ひとまず、最初に葉留佳への思いを全部書きつづった板チョコレートは、一番大きいメッセージ用の板チョコレート8枚を溶接した大作になり、結局、板チョコレートというよりもチョコレート板と化したそれの重みに耐えきれず、ケーキ1号は圧壊、チョコレート板もぐちゃぐちゃだ。
 続いて試作した板チョコレートには、やはり厳しい事も書かなきゃと注意事項を書き始めた結果、同じく16枚を溶接した超大作となり、自重を支えきれずに倒壊した。巻き込まれたケーキ2号も、ずいぶん派手にチョコフレークまみれになってしまった。

 まぁ考えてみればあれはあれで正解だったのだろう。あんなものを用意した日には、姉妹の間に決定的な亀裂が生まれかねない。
 前者の場合は引きつった笑顔でありがとうと言う葉留佳の顔が目に浮かぶし、後者の場合は泣きそうな笑顔でありがとうという葉留佳の顔が浮かんでくる。どちらにしてもあの子は私から一歩距離を置くに違いない。
 せめて、溶接は4枚程度に抑えておかなければいけない。でも、あの子に伝えたい事を、それだけで収めるのは困難な気がする。

「どうしようかしら……」
 また独り言。自分で言うのもなんだけど、私はずいぶんと寂しい人間らしい、寂しいからこんなになったのか、こんなだから寂しくなったのかは実に判断しにくい所なのだけれど。



 だけど、そうしている間にも時間は過ぎていく、着実に着実に……どうしよう。
 時計の針が憎たらしいほど軽快に進む。



「……うん。一番伝えたい事だけ伝えましょう。私があの子に一番伝えたい事、それだけを」
 私はそう思って板チョコレートを手に取る。
 少しだけ緊張、そしてずいぶんと恥ずかしい。でも、それは口にするよりは簡単だった、だから、思い切って文字を書く。

『いつもありがとう、大好きな妹へ』




















「わふ!? 佳奈多さんっ、どうしたんですか? お部屋が真っ暗なのです!?」
「……ねぇクドリャフカ、直枝理樹殺していいかしら?」
「どどどどうしたんですかっ!? 突然物騒な事を言ってはいけないのですっ!!」
「人の妹を盗るなんて最低よね、盗られた者を奪りかえすのは当然よね。クドリャフカ、あなたのつてでライフルかなんか手に入らない? 戦車でもいいわ」
「佳奈多さん落ち着いて下さいなのですっ! 何があったんですか!?」
「せっかく姉妹水入らずでお誕生会……一ヶ月前から楽しみにしてたのに! 葉留佳ったら直枝理樹に誘われたからって明後日にしようって! あんなに恥ずかしい思いして書いたのにっ! ケーキも頑張ったのにっ! 葉留佳の馬鹿っ!!」
「わふっ!? お部屋がケーキだらけなのです!? 小毬さんが大喜びなのですっ」
「もういいわ、葉留佳を殺して私も死ねば私たちは二人だけよ……」
「駄目なのです佳奈多さん!それは無理心中って言うのですよ! ていくいっといーじーなのですっ……ってナイフをとるのは簡単だって言ったのではないのです〜」
「葉留佳のばかぁ……」
「わふ〜っ! ナイフ持ったまま抱きつかないで下さいっ! 誰か助けて下さいなのですっ!!」



 ちなみに、この後「いやははは、驚きましたかお姉ちゃん? 私が誕生会すっぽかしたりするはずはないじゃないデスか」と登場した葉留佳に、大量のケーキが降りそそいだりだとか、その後、目を真っ赤にはらしていじける二木佳奈多と、それを慰める三枝葉留佳という、実に珍しい光景が見られたりだとか、葉留佳の持っていたケーキに『いつもありがとう、大好きなお姉ちゃんへ』と書かれた板チョコレートが載っていたりだとか、そんな事があったりなかったり。


[No.273] 2008/05/09(Fri) 23:11:37
5文字の幸せと7文字の幸せ (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@ちこく やおいとか R-15くらい

『理樹×恭介』
 今日までこの5文字の並びに何度胸をときめかしていたかわかりません。
 しかし、今日、その歴史が幕を閉じます。




5文字の幸せと7文字の幸せ






<<
「こ、ここでいいのかな?恭介」
「ああ、そこでいいんだ、理樹」
「いくよ、恭介…」
「お、おう、ああ…!」
>>

 今、自分の目の前にあるノートに目を落とし、私は、ほぅ、とため息を漏らします。『理樹×恭介』というのは、リトバスにおける、すべてのカップリング――つまり、理樹×宮沢さん、理樹×恭介さん、井ノ原さん×宮沢さん、井ノ原さん×恭介さんという、すべてのカップリングの中で、圧倒的にいい組み合わせでした。
 ですが、わたしは今日気づいたのです。これ以上の組み合わせが存在していたことが!
『恭介×理樹…転じて、恭×理樹子(きょうりきこ)』
 これは…イケます!(呼び方的にも)
 本来なら、攻めと受けを換えるなんて言語道断です。やおい好きの端くれとしてそのくらいはもちろん知っています。わたしもつい先日、『宮沢様は攻めにきまっていますでしょう!』と、さしすせさせ子さん(意見があわないので鈴さんの呼び方をもらいました)と、四時間にも及ぶバトルを繰り広げました。わたしが何度、『井ノ原さん×宮沢さん』はアリですが、『宮沢さん×井ノ原さん』がナシであることをとうとうと説明しても、わかりませんでした。それどころか、『宮沢さん×井ノ原さん』の魅力を伝えてくる始末。字面的にもどちらか攻めかなんてわかりそうなものですが、ささささささ子はわかろうとしませんでした。そのことにずいぶん腹をたてましたが、反省せねばいけないかもしれません。『恭×理樹子』シチュエーションとしてはこうです。


<<


「僕…恭介のことがやっぱり好きなんだ」
 携帯電話のむこう、哀しみの声で理樹は告げた。
「理樹…俺たちは男同士じゃないか」
 こういわなければいけない俺がたまらなくイヤだった。理樹をこれ以上、悲しませたくなかった。だけど、俺たちは男。決して結ばれない二人。理樹の気持ちに答えることなんて、出来ない。
「ねぇ恭介…。僕に直接…いってほしいんだ。これが、最後だから、これでダメだったらあきらめるから」
 そういって、理樹の電話は切れた。俺は、しばらく迷ったが、理樹の教室に向かうことにした。


「理樹、なのか?」
「…うん」
 教室にいったとき、始めにいる、と思ったのは一人の女の子だったが、その格好がおかしかった。女の子はブルマをはいていた。俺の記憶が確かならば、日本でブルマはすでに廃止されていたはずだ。だけど、上に着られた体操服は、うちの学園のものだったから、俺の知らないうちに、うちの学園ではブルマをこれから採用することになったのか、と思ったけど、そうじゃなかった。
「これでも、ダメ?」
 その声で俺は気づいた。これは理樹なのだと。たしかによく見れば理樹だ。今日の理樹はいっそう女らしくなっていた。俺でもまったくわからない、くらいに。理樹は本当はこういう格好なんてしたくないのはわかる。この前、来ヶ谷にされて文句を言っていたからだ。だけど、俺と一緒になりたいから、理樹は、俺に、近づいたんだ――。俺が好きだといったブルマをはいて。こんな理樹を…拒否できるはずないじゃないか。
「理樹」
 俺は理樹の肩をつかむ。理樹の肩は震えていた。何を言われるか、不安でたまらないのだろう。
 俺は言葉ではなく、唇でそれにこたえて――。


>>
 そこまで書いて、パタン、とノートを閉じます。
 ほぅ…。最高です。これはもっともっと深く考えて書かねばなりません。帰ってから、とことん書いてみましょう。
 攻めと受けの交代。本来タブーですがシチュエーション次第かもしれません。もっと、色々妄想してみましょう。何から妄想しましょうか。
「あ、そうです」 
 そういいながら、わたしはノートを破り、リトルバスターズの殿方たちの名前を二つずつ書いていき、左と右で一つずつ分けていきます。これでシャッフルして、名前をひき、左が攻めで右が受けのシチュエーションを考えていくというわけです。
 いろいろなものが出来そうです。
「一番最初は…、と」
 攻めが宮沢さんで、受けが井ノ原さんですか。さしすせさせ子さんが、いえ、敬意を表して、この呼び方は改めましょう。笹瀬川さんが、一押ししていたカップリングです。妄想してみます。

<<
「真人、そんなに筋肉に力いれるなよ」
「こ、こうか…?」
「あ…ああ、そうだ」
「お、俺もういっちゃ」>>


 そこまでノートに書いて、おもいっきり×印を打ちました。
 なんですかこれは、全く美しくないです。真人さんは女装なんて似合いませんでしょうし、女装させるのももちろんナシです。美しくないです。やはり、攻めと受けは交換してはいけないものなのでしょうね。オネピースを例にとればでは『サン×ゾロ』であって『ゾロ×サン』ではないですし、埼京線と京浜東北線では、『埼京線×京浜東北線』であって、『京浜東北線×埼京線』ですし、え○○らさんと大○さんは『え○○らさん×大○さん』ですし。
 理樹だけが特別ですね。やはり、ささささささ子(←呼び方降格)はまったくわかっていません。次、いきましょう、次。
 ひいた名前を戻してもう一度引きます。


『井ノ原さん×恭介さん』

 これは考えたことありますが、とりあえず。

<<「恭介、そんなに筋肉に力いれるなよ」
「こ、こうか…?」
「お、おう、そうだ…」
「お、俺もういっちゃ」>>
 

 ほぅ…、アリです、最高です。でも今までと変わりありませんから次早く行きましょう。


『恭介さん×井ノ原さん』


<<「真人、そんなに力いれるなよ」
「こ、こうか…?」
「お、おお…」
「お、俺もうい、いく」>>
 

 おっきな×印をうちます。ナシにも程があります。
 気を取り直して名前を引きましょう。


『理樹×理樹』


 これは…意外なのがきましたね。考えてみればもちろんこういうことは起こるわけで。そういえば二組ずつ用意しなくても、一組だけ用意して、先に引いたほうを攻め、あとを受けにすればよかったんですね。わたしとしたことが失敗してしまいました。でもせっかくなので、妄想してみましょうか。


<<僕は旧校舎にいた。恭介の命令で、旧校舎に出てくる幽霊についてしらべることになったのだ。幽霊が出るといわれたのは、1階の男子トイレ。ほとんど誰も来ないようなところだけあって、薄暗かった。
 僕は意を決して男子トイレに入り、辺りを見渡す。
「……はぁ…」
 安堵のため息をうかべる。
 何も、ないじゃないか。恭介。怖がったりして損した。そう思いながらトイレを出ようとするとき、鏡が目に入った。
「あれ?」
 気のせいだろうか、一瞬鏡の中の僕が笑った気がした。
「気のせい、だよね?」
 そういいながら、鏡に触れると――、鏡の中の僕がにやり、と確かに笑った。
「う、うわぁぁぁぁ!」
 たまらず、僕はさけんだ。腰が抜けて、逃げ出せない。
 鏡の中の僕は、高らかに笑い、そして――、鏡の中から姿を現した。
「……っ!?」
 あまりのことに声すらでない。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
 そういいながら、出てきた「僕」は僕の唇を奪い、あろうことか口の中に舌まで入れてきた。
「げほっ、げほっ」 
 今まで感じたこともないくらいの吐き気が襲い掛かり、無理やり「僕」を引き離した。
「失礼だな、同じ僕なのに、何をいやがるんだ?…そうか、そういうことか」
 くっくっく、と「僕」は笑った。
 次の瞬間、世界が白につつまれた。

「…?」
 数秒後、視界がもどる。何があった、と思いながら体を見わたす。
「え、え、え!?」
 何があったのかわからなかった。はっきりしているのは”ボク”がいきなり女装していた。…それにさっき自分が出した声を思い出すと女の人みたいに声の高さも上がっているらしい。身体は男のままだけど。
 とまどっている、ボクを尻目に「僕」はぐいっと頭をにぎり、鏡の正面にボクの頭をもってくる。
「!?こ…これがボク?」
 鏡の中にはボクとは思えないほどの美人がいたが、ボクに間違いなかった――。
「予想通りのリアクション、どうも。これなら、男と女で問題なし、だろう?――すくなくとも見かけは」
 そういいながら僕は、ボクの股間に――。
>>

「ほう…」
 これぞ、最高のシチュエーションです。
 この後はそうですね…、女装化した理樹も快楽に目覚めて、鏡の中からでてきた理樹を襲うのがいいと思います。女装化した理樹が理樹を襲う、最高です。
 今ここに、『理樹×理樹』という最高の5文字が生まれました。
 ありがとう『恭×理樹子』。ですがあなたの天下はすごい短いものでした。この5文字だけで、40時間は妄想に費やせるでしょう。最高の5文字が今ここに生まれました。




 しかし、わたしの欲望にかぎりはありません。
 今波がきています。また新しいカップリングがきっと生まれるでしょう。
 そう思いながら、名前をひきます。

『理樹×美魚』

 よし、まかせてください。

<<
 トクン、トクン。手をつないでいるだけで、西園さんの鼓動が伝わってくる。
 今、道を歩いているのは、僕と西園さんの二人だけだった。
「どうして、手をつないでいるだけで、こんなにもどきどきするんだろうね?」
 もう、何度もこうして手をつないでいるのに、僕と西園さんはどきどきしっぱなしだ。
「…そうですね…」
 美魚は、そういうと、恥ずかしいのだろうか、顔をうつむけた。そのせいで顔がみれないのがちょっと寂しいな、と僕はおもった。
「あ、そうだ」
「…?」
「美魚に、本返さないと」
 そういえば一冊借りっぱなしだったのを思い出した。
「そうですね、どうですか、面白かったですか?」
「うん」
 借りていたのは夏目漱石の『こころ』。名前だけ聞いたことがあっただけで読んだことは今までなかったが読んでみると案外面白かった。
「寮に、くる?」
 僕がそういうと、美魚は一瞬、驚いた顔をする。
 …何か僕変なこといったっけ?
「…はい」
 真っ赤な顔をして、美魚はうなづいた。


「ただいま」
 部屋の中に入ると、書置きがおいてあった。
『筋肉が暴走したので実家に帰る。 真人』
 意味がわからなかった!
「真人、今日いないのか」
 そういいながら、本を探す。
「あ、あった」
 本を見つけ出し、美魚に本を手渡そうとしたところで、手がふれあった。

 ――トンっ。

 本が僕の手から落ちる。だけど、僕は本を拾おうとはおもわなかった。西園さんの、瞳から、目が離せなかった。触れ合っただけだったはずの手は、なぜか――いや、この言い方はすごくよくない――自然とつながられていた――きっと、僕から。
「直枝、さん」
 潤った瞳で西園さんが僕を見つめ、ドキリ、とした。
 だめだ、いけない――、西園さんに”そういうこと”をしてしまっては。そういう対象として、西園さんを見るのは西園さんを汚してしまう気がして――すごく、イヤだった。その心情を察したかのように、西園さんがくすっと笑う。
「かわいいですね、直枝さんは、でも…、この部屋に来た時点で、私は覚悟、出来ていますよ」
「…そ、それってどういう」
 いきなり、僕は、西園さんに唇をうばわれ、頭の中が真っ白になる。
「いいで、すよ」
 真っ赤な顔になりながらそういう西園さんを僕は押し倒し――。
>>

「――え?」
 あ、あれ、今のカップリング誰と誰でした?
 理樹と…。
 ノートを見直す。ノートのいたるところに「西園さん」との記述がみられる。
 つまり、わたし…?
 理樹×美魚、
 理樹×美魚、
 理樹×美魚、
 理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚、理樹×美魚…。

「はぅ…」




「制裁、完了」
「…ありがと、来ヶ谷さん」
 ため息をつきながら、少年がやってきた。
「西園女史にも、困ったものだな」
 そういう私に理樹君は苦笑を浮かべた。そういいながら、私は今までの経緯を思い出した。帰る最中、たまたま理樹くんといっしょになり、一緒になってかえっているところに西園女史を発見。「一緒に帰るか」と、私と理樹くんが声をかけても反応なし。
 一生懸命になって何をやっているのか、とおもえば、やおいな小説をかいていた、というわけだ。理樹君がうんざりしていたのでちょっと制裁として、左の紙を全部理樹君、左を西園女史にしておいたがうまくいったみいだ。
「西園さん、何もこんなところで自分の趣味に夢中にならないでもいいのに」
 はぁ、と少年はため息をついた。
「おや、少年はこんなところじゃなかったらよかったのか?」
 からかうように私はいった。
「うん、まぁ」
 予想外な答えに私は驚く。あんな小説をかいているのに、それだけで許せるとは思えなかった。私が男だったら間違いなくひいていただろう。それなのにしないということは。
「ひょっとして、少年は西園女史のことがすきなのか?」
 そういうと少年は顔を真っ赤にして否定した。
「ち、ちがうよ!」
 真っ赤になって否定していても説得力がない。
「そうか、そうか、照れるな、少年」
「そういうんじゃないったら!」
 少年のその様子にわたしは微笑み、私は帰途についた。少年と西園女史、なかなかお似合いかもしれない。だけど少年と西園女史が付き合うのは西園女史は趣味をなんとかしないと厳しいだろうなぁ、と思いながら。



「葉留佳、ごめんね…」
「お姉ちゃん、もうその言葉はきき飽きたですヨ」
 そういって、葉留佳はにっこりと笑う。
「ほんとに駄目なお姉ちゃんでごめん」
「だから気にしないでくださいヨ、私もお姉ちゃんと、こうなれて、うれしいんですから」
「でも、変でしょ?」
 こんなの、駄目なのはいくら最低な私でもわかる。
「もう、だったらお姉ちゃん、今日は私からしましょうか?」
「え…は、葉留佳、無理しなくても…う…うん!?」
 いい終わらないうちに、葉留佳が私の唇をうばった。
「ぷはぁ…、お姉ちゃんの口の中、やっぱりいいですヨ」
 たっぷり30秒、私の口を味わって、葉留佳は唇を離した。
「葉留、佳…」
「悲しい顔、しないでください。もしほんとにいやだったら初めてのときだって、必死に抵抗したんデスから、疑うようだったら、何度でもお姉ちゃんが信じてくれるまでやりますから、安心してください」
「で、でもね」
 葉留佳がそういうたび、葉留佳と和解したその夜、一緒に寝て、葉留佳の寝顔をみているうち、つい葉留佳の唇をうばいそのまま最後までしてしまったことを後悔する。本当は無理させているんじゃないか、どうしてもそうおもってしまって。
「あ〜もう、うるさいですねっ」
 そういうと、葉留佳は、私の胸をわしずかみにする。
「は、葉留佳、いきなり激しすぎっ」
 胸を触られているだけなのに、身体中をゾクゾクした感覚が支配した。葉留佳は恍惚な表情を浮かべている。
 そんな葉留佳に私は――





「ふぅ…」
「……」
「134、135、136」
 一瞬状況がわからなかった。また一緒にお泊り会をしようと、理樹少年を誘いにきたら、スクワットをしている、真人氏と、恍惚の表情を浮かべている理樹少年。
 理樹少年の前には『葉留佳×佳奈多』と書かれた文字。
 そして理樹少年のほうからは、「こういう姉妹愛はいいよね…」という謎の言葉が聞こえてくる。
 その表情はさっきの西園女史のことが思い起こされる。
「そういうことか、少年」
 いまさらながら、理解する。

「ほんとにお似合いの二人なんだな」
 私はそう、つぶやいた。


[No.275] 2008/05/09(Fri) 23:15:39
棗恭介大予言 2008 ”EX”はもう始まっている!? (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ

※この物語は事実を元にしたメタフィクションです


「恭介ー。みんな連れてきたよ」
 それはとある日の放課後の事だった。
 僕は恭介にみんなを集めてくるように言われ、みんなと共に空き教室まで連れて行った。
「あれ? なんか暗いな」
 教室のドアを開けたとたん開口一番に鈴がそういった。
 それもそのはず、教室の窓はなぜか暗幕で遮られ光がほとんど入り込まないようになっていた。
 とりあえず入り口のところのスイッチから電気をつける。
「遅かったなみんな」
 その瞬間、教室の真ん中で仁王立ちしている恭介が目の前に現れた。
「恭介。真っ暗な部屋で何してたの?」
「むろんお前らを待っていた」
 答えになっているようななっていないような事を言って恭介は僕らを中へと招き入れた。
 そして教室の真ん中に置かれた大きな長テーブルの前に各が座る。 
「で、今日はわざわざこんなところに俺たちを呼び出して、いったいなんだってんだ?」
 全員が席に腰を落ち着けた頃を見計らって真人が聞いた。
「まぁ、まずはこれを見てくれ」
 そういうと恭介はみんなへと資料らしきものを配り始めた。
『リトルバスターズEX
 恋愛アドベンチャーゲーム
 2008年7月25日発売
 価格 \8,800(税別)
 対応OS Windows 2000/XP/vista
 メディア DVD-ROM』
「ふむ、これは我々が出る次回作についての資料のようだな」
 いち早く読み終えたらしい来ヶ谷さんが資料を置いて言った。
「ああ、そうだ」
「恭介。これがどうかしたの?」
「実は。俺はここ数日とある疑問からこれに関する調査をしていたんだ」
「疑問? なんだ、なにかおかしいことでもあるのか?」
 謙吾の言葉に恭介は頷く。
「ああ、まず諸君も知っているとおり次回作となるリトルバスターズEX、以後はとある事情によりLBEXと略させてもらうがこれが18禁作品だと言うことは知っていると思う。」
 その言葉に数人は顔を赤らめつつも全員が頷く。
 恭介はその様子を確認した後話を続け始める。
「昨今、そういう恋愛ADVが増え、業界では逆移植、またはリーバス等と呼ばれている現象だ」
「それ自体は別に珍しくないんじゃないでしょうか?」
 西園さんの言葉に恭介は頷く。
「実際少しずつだがここ数年顕著に増えてきているのが実情だ」
「でも、そこに対して恭介氏は疑問を持ったと?」
「ああ、普通のメーカーがそういうことをやる分には俺も疑問を持たなかっただろう。しかし、今回それをやったのは我らがkeyと言うことで俺は何故だか違和感を感じたんだ」
「・・・・・・違和感、ですか?」
「みんなが認識しているかは知らないが、keyというブランドは商売下手で有名なんだ」
「ふむ、その話なら私も聞いたことがある」
 恭介の話に相づちをうちつつ来ヶ谷さんが話を引き継ぐ。
「コピーし放題のディスク。品質重視による販売間隔の長期化、まぁ、他にも色々と言われているな」
「そうだ、その商売下手なはずのkeyが珍しくこんな商法を取ったという事が俺にはどうしても気になったんだ」
「確かに、言われてみると少し変化もしれないね〜」
 小毬さんが納得した面持ちで同意する。
「ああ、そこで俺はまず新たにタイトルに付け加えられたEXに注目してみたんだ」
「えくすたしぃー・・・ですか?」
「いや、能美それをそのまま受け取るならEXと略して表記する必要はないはずだ」
「言われてみればそうだな」
 謙吾が頷く。
「つまりこのEXというのは別の意味を持つ」
「ほう、なかなかおもしろい解釈だ。それで恭介氏はなんと解く?」
「まずXこれはおそらく18禁の事と見て間違いはないだろう。実際新作はX-rated化されるわけだしな」
「じゃ、Eはなんだ? エロか?」
「いやいや、それじゃあ意味被ってるから」
 鈴に突っ込みをいれつつ先を促す。
「Eはおそらく変化を表す言葉、そこから考えるとおそらくEvolutionだ」
「えう゛ぉりゅーしょんですか〜」
「日本語に直すと進化だね〜」
「ああ、そうだ」
「つまり進化するエロ!? おお、それはすごそうですネ!」
 なぜか興奮しながら葉留佳さんは立ち上がる。
「いや、それだったら俺もここまで問題視しないさ」
「じゃ、違うって言うのか?」
「ああ、ここで先ほどの逆移植つまりリーバスという要素が絡んでくる」
 そう言いながら恭介は紙に大きく右から左へとLBEXと4文字記す。
「つまりこのLBEXというのは逆に読めという暗号だったんだ」
「なるほど、それでXとEは18禁によって進化するという解釈になるわけだな」
「その通りだ来ヶ谷」
「じゃ、恭介BとLはなんなの?」
「・・・・・・」
 その言葉に恭介は押し黙る。
 それとは逆に西園さんがなにか衝撃を受けたように固まっていた。
「西園さんどうしたの?」
「も、もしかして・・・・・・」
「・・・・・・やはり最初に気づいたのはお前か西園」
「みおちゃん何かわかったの?」
 みんなの視線が西園さんに集まる。
 その視線を受けて、西園さんは信じられない面持ちで声を絞り出すように言葉を発した。
「Boys Love・・・・・・」
「ぼーいずらぶですか?」
 聞き慣れない言葉だった。
 周りを見てもほとんどの人間が首を傾げている。
 ただ、来ヶ谷さんだけは得心が言った様子でなにやら微笑んでいた。
「恭介それで、ボーイズラブというのはいったいなんなんだ?」
 途切れかかった会話に謙吾が代表して質問を続ける。
「ボーイズラブっていうのはな。近頃市民権を得てきた一部の女性に人気のある文化の事だ」
「文化?」
「ここにとある辞書からの引用文がある」
 そういって再び恭介はみんなに資料を回す。
『女性読者のために創作された,男性同性愛を題材にした漫画や小説などの俗称。BL』
 そして、僕はそれを読んだ瞬間愕然としてしまった。
「きょ、恭介・・・・・・これは!?」
「ああ、そうだ。つまりLBEXとはX-rated Evolution Boys Loveの略・・・・・・」
「もしかしてそれって」
「次の作品によって18禁BLゲーブランドへとkeyは進化するという意味だ」
 そういって恭介は右手を振り上げてその恐るべき結論を僕らにつきだした。
「こんどの俺たちの新作は理樹を主人公とした男達のホモホモワールドだったんだよっ!」
「「「「「「「「「な、なんだってーーーっ!?」」」」」」」」」
「恭介、そ、そんな恐ろしいことがあるのか!?」
「ああ、今回の行動は確かに突発的に見える。しかし、過去のkeyの行動を見るとその謎が解けるんだ」
「まず、今回の首謀者はおそらく原画のいたるだろう」
「なぜ、そんなことが言えるんですか?」
「いたるはボーイズラブにはまっていることが確認されている、実際すでに『ぼくらはみんな、恋をする』という作品を手がけているんだ」
「でも、keyの主導者は麻枝だよね? いたるがどうこういったて変わらないんじゃないの?」
 僕の言葉に恭介は悲しそうに首を振る。
「理樹お前は覚えていないのか? 俺たちの作品つまりリトルバスターズに対する麻枝の発言を・・・・・・」
「引退発言か・・・・・・」
 来ヶ谷さんがぽつりといった。
「そうだ、そして実際次回作ではすでにいたる主導の作品であることが確認されている。つまりkeyがボーイズラブに進むのは確定されたと言ってもいい」
「あ、でも、恭介さん。リトルバスターズの原画は男キャラとかいたるさんが関わってなかったはずです。それは矛盾しないのでしょうか?」
 クドのもっともな疑問。
 しかし、それにも恭介は首を振った。
「それは残念ながらカモフラージュだ。よく見てくれ」
 そういって恭介は新たな資料をみんなに回した。
「男全員はNa-Gaであることは確認されている。ここまではいいな?」
 みんな頷く。
「残りのヒロインだが、まず鈴」
「あたしか?」
「ああ、まずお前は子供の頃男の子と理樹に勘違いされている」
 そういえば、驚いたっけと思い出す。
「つまり実はやっぱり男でしたと言い張ったところで問題ない下地はできているわけだ」
「そうなのか?」
 鈴はいまいち納得言ってない様子だったが恭介は続ける。
「次に能美」
「わ、わたしですか?」
「能美の場合は残念ながらつるぺた、つまり胸がない」
「た、確かにそうですがそんなにはっきり言われると凹みます〜」
「それにリトルバスターズには裸のCGもあったが実際男と言っても遜色のないスタイルだった。もちろん局所は写っていなかったので性別の確認は出来ていない」
 みんなその言葉に頷く。
 いや、クドだけは凹んだままだったけど。
「それに実際俺は見たことがあるんだ髪をショートにした能美、つまり男版の立ち絵の能美CGを!」
「え? そ、そんな・・・・・・わ、わたし本当は男の子だったのですか・・・・・・」
 更なる衝撃を受けたクドがうなだれる。
「そして残るNa-Ga原画の西園、お前は確かに女だ。しかし」
「・・・・・・なるほど理解があるサブキャラというわけですか」
「ふ、さすがに理解が早いな」
「確かに、私には喜ぶと言ってもいい事態ですので・・・・・・」
「つまりNa-Ga原画のキャラは既に全員BLに対するなんらかの要素を持っているんだ!」
 そういって恭介はみんなの顔を見渡す。
「そもそも、お前らは疑問に思わなかったのか? どんなに仕事が遅くても今までたった一人でやっていた原画をいたるが半分とはいえ明け渡したのを」
「言われてみれば確かに・・・・・・」
「つまり、Na-Gaに半分原画を明け渡すことによって、時間的な余裕を作り、リトルバスターズを作っている裏で既にEXの制作に入っていたんだ!」
「そ、そんな事が実際にあるのか?」
「ああ、間違いないだろう、でなければkeyがこれほどの期間で次回作を出せる事の説明がつかない」
「なるほど・・・・・・」
「さらに言うならばEXの存在を世間に公表したのはkeyオフィシャルのいたる達がやっているネットラジオの中だったということも事実を裏付けている」
「そういえばそうだった・・・・・・」
「しかも、今回の事に対しての複線はもっと前に張ってあったんだ」
「複線・・・・・ですか?」
「ああ、実に巧妙だ。前作のクラナドを急遽全年齢に差し替えることは覚えているか?」
「そういえば、最初は18禁で出すと言っていたのに全年齢版で出すかもと少しずつ発言を変えていったんだっけ」
「その通りだ。つまりそうやってクラナドを全年齢にすることによって、リトルバスターズも全年齢にしたことに対する違和感をなくしたんだ!」
「あの、変更にはそんな意味があったなんて・・・・・・」
「しかも、クラナドにはさりげなく攻略できる男キャラが入れてあった」
「そんなのあったか?」
 真人が首を傾げる。
 だが、その疑問は西園さんがすぐに答える。
「春原 陽平・・・・・・」
「そうだ。西園は知っていたようだが、実はこいつとは恋愛エンドが存在する」
「そんな馬鹿な、俺は全員クリアーしてアフターまで見たがそんなのは見なかったぞ?」
 謙吾がそう反論する。
「いや、正規のルートじゃないんだ。各ヒロイン達に会いつつ関係を発展させないと最終的にそのルートに入る」
「そんなルートがあったのか・・・・・・」
「一応BAD扱いとなっていますけど。色々な女性よりもずっと側にいた親友を選ぶ・・・・・・それはBLの世界では王道と言っていい展開です」
 西園さんがそう補足した。
「そもそも考えてみてほしい」
 恭介がみんなを見回す。
「恋愛ADVにサブキャラで男3人は多すぎるとは思わなかったか?」
「い、言われてみれば確かに・・・・・・」
「しかも、その男達が最終ルートのメインキャラだ。ヒロインであるお前達を差し置いてだ」
 考えてもみなかったけど確かにそれは不思議な現象だった。
 恋愛ADVとは本来は女の子とのラブラブな展開がされていくものだ。
 しかし、リトルバスターズに至っては僕と恭介達との友情物語で幕を閉じている。
 恋愛ADVとは言えないような結末といえるんじゃないだろうか。
「そういえば、私ずっと思ってたんです・・・・・・」
 ふいに西園さんが口を挟む。
「恋愛ADVなのに、そもそもリトルバスターズは男キャラのバランスが良すぎるんです」
「ふ、流石だな。やはり気づいたか」
「はい」
「西園さんどういう事?」
「そうですね。ボーイズラブゲームといっても基本は恋愛ADVです」
「うん」
「つまり、普通のヒロインが出てくるような通称ギャルゲーと同じようにいわゆる各属性にあったキャラ付けをさせた男の子達が出てくるんです」
「えっと、それはつまり恭介達がそういう属性を持ってるってこと?」
「はい、順を追って説明していきますと・・・・・・」
 そういってまず西園さんは恭介へと振り向く。
「まず、恭介さんは王子。基本的に完璧で頼りになり非の打ち所のないいわゆるギャルゲーで言うところのメインヒロインのようなキャラです」
「ああ、確かにそんな感じだ」
「しかも、直枝さんだけには弱みを見せるといった特別扱いという重要なファクターも持っています」
 確かに恭介はリトルバスターズ内においていくつかそんな場面を見せていた事を思い出す。
「次に井ノ原さん」
「ん? 俺か?」
「井ノ原さんはいわゆる頼れる親友キャラそしてさらにたくましい肉体を持った筋肉キャラ」
「まぁ、確かに俺はそうだけどよ」
「直枝さんから見ればいつも側にいてくれる存在で、心のよりどころです。そして何よりそのたくましい筋肉が直枝さんの華奢な体とのコントラストが絶妙です」
 そういって西園さんは真人と僕を見比べて少し頬を赤らめる。
「きっと、常日頃から直枝さんもその筋肉を熱い眼差しで見ているはずです」
「確かに、そりゃあ、ありえるぜ」
「いやいやいや」
 否定する僕に目もくれず西園さんは謙吾へと視線を移す。
「そして宮沢さん、あなたはいわゆるへたれ系です」
「へ、へたれ・・・・・・」
 西園さんの言葉にショックを受ける謙吾。
「いえ、この場合は悪い意味ではないんですよ」
「そうなのか?」
「はい、ヘタレ系というのはいわゆる強そうなキャラなんですが実際には押しに弱かったり、人付き合いが苦手だったりするキャラ」
「・・・・・・俺にはどうにも貶されてるようにしか感じないんだが」
「いえ、いわゆるギャルゲーで言うところのツンデレ系といったようにBLの世界ではギャップを楽しむ属性として欠かせないものの一つなんです」
「そ、そうなのか・・・・・・」
「そして、最後に今回男キャラへと転身する事になった能美さんと鈴さん」
 その言葉で二人に視線が集まる。
「能美さんはいわゆるBLのロリつまりショタ系です」
 それは見るからに納得だったので誰も何も言わない。
「そして鈴さんは、井ノ原さんや恭介さんとの対比キャラつまり、親友キャラであり弟キャラというわけです」
「なるほど・・・・・・」
「これで乙女達が求める属性は一通りそろったと言えます。そして攻略キャラは5人。今のBLゲーの世界ではもっともポピュラーな数字です」
 西園さんはそう一通り説明を終えると席に着いた。
「どうだ、みんな? これでわかっただろう」
 話を引き継ぎ恭介が僕らを見渡して言う。
「クラナドからの全年齢化、キャラクターの設定、スタッフの行動といった全ての事柄がBLという流れに集約されているんだ」
 それは衝撃の結論だった・・・・・・。
 恭介の言葉に反論できずにみんな押し黙る。
 僕はその悲痛な沈黙に耐えられず思わず恭介に言った。
「な、なんとかならないの?」
「理樹・・・・・・」
 恭介は悲しそうに目を伏せる。
「俺にだって・・・・・・どうにもならないことはある・・・・・・」
 それはまさに死刑宣告だった。
「俺たちには既にその恐怖が体現する日を待つしかないんだ・・・・・・」
 


――2008年7月25日

――その日、待望のリトルバスターズX-ratedを手に入れる鍵っ子達

――彼らは家に帰り、手に入れたそれをすぐさまプレイし始めるだろう

――まだ見ぬアダルトな展開による期待

――それにより彼らは少しばかり違和感を感じても『その時』が来るまで押し進めてしまうのだ

――そして『その時』が来た瞬間

――衝撃のあまり鍵っ子達の精神は崩壊させられ

――新たな世界を強引に開花させられる事となるのだ

――鍵っ子達を恐怖に陥れるであろう約束された日

――その日まで、あと77日






                            〜樋上いたる先生の次回作にご期待ください〜


[No.276] 2008/05/09(Fri) 23:50:38
こたつ日和 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@大遅刻

「……まず質問してもいいかな?」
「なんだ?」
「鈴、今の季節ってなんだか知ってる?」
「理樹。おまえ、あたしをバカにしてるのか? そんなの春に決まってるだろう」
「それじゃぁ鈴が今入ってるそれは何かな?」
「ん? 炬燵だな」
「炬燵って普通、冬に入るものじゃないの?」
「まぁ、そうだろうな」
「……だよね。ってああ炬燵の中に入って逃げようとしないでっ」
「う、うるさい。仕方ないじゃないか。何が春だ! まだまだ寒いじゃないか!」
「いや、たしかにまだ肌寒いけどさ」
「だろう!? あたしが悪いんじゃない。この寒さが悪いんだ。弁護士を呼べ! あたしはきっと勝ち取って見せるぞ!」
「そんなこと僕に言われても。ていうか、さすがに炬燵に入るほど寒くないと思うよ」
「安心しろ。電源は入れてない」
「なんでそこで誇らし気なのさ」
「というか理樹、おまえ何しに来たんだ? よく女子寮に入れたな。用がないなら帰れ」
「いやいや、鈴がジュース買ってきてって言ったから買ってきたんだよ。ていうか、それはさすがにぞんざい過ぎるよ!」
「ああ、そうだったな。理樹、ありがとう」
「どういたしまして。……その手は僕に、そこまで持って来いってことなの?」
「うん」
「片時も炬燵から出る気はないんだね」
「今日は、例えこまりちゃんがくるがやの部屋に引きずり込まれようと恭介が変態の容疑で警察に捕まろうと炬燵から出ないと誓ったんだ」
「それ、いつ誓ったの?」
「今」
「……はぁ」
「溜息を吐くと幸せが逃げていくと、美魚が言ってたぞ」
「それは大変だね」
「うん、大変だな。……減ったからってあたしのは取るなよ」
「ちょっと僕、自信がなくなってきたんだけど」
「何のだ?」
「僕って鈴の彼氏だよね?」
「そうだぞ」
「彼氏が幸せじゃなくなるってなるとさ。もうちょっと彼女としては、こうなにかしたくならないの」
「あきらめろ」
「はやっ。いや、いくらなんでも早過ぎるよっ。せめて僕と炬燵を天秤に掛ける素振りは見せてよっ」
「…あきらめろ」
「……いや、うん、なんか僕疲れたよ。はい、これジュース」
「ん、ありがと」
「鈴、不精しないでジュース飲む時ぐらい、ちゃんと座ろうよ」
「……」
「あ、考え込むんだ。って結局、飲まないんだっ!?」
「んー、にゃー」
「猫は冬は炬燵で丸くなるけど、鈴は春でも丸くなる」
「なにか言ったか?」
「ううん、なんでもない。ところで今までの言動とか行動でそうなんだろうとは思うけど、そんなに気持ちいいの?」
「うん、床のフローリングの冷たさと炬燵の中の微妙な温さが最高だ」
「ふーん」
「あ、良い事思いついたぞ」
「うん、それじゃぁやろうか」
「何をだ?」
「気にしないで、言ってみたくなっただけだから」
「そうか? それでな。理樹の彼女として、あたしは考えたんだ」
「え、なにを? ていうかさっき思いついたって言ったよね?」
「うるさい。黙って聞け!」
「はい」
「うむ。えっとそう、あれだ。じゃぁ理樹も炬燵に入ればいいじゃないか」
「鈴。あのね。過程って大事だと僕、思うんだ」
「家庭? まて。まてまてまてまて理樹。さすがにそれはあたし達には早いぞ。だってまだ学生じゃないか!?」
「真っ赤になった顔を炬燵布団で隠していやんいやんする仕草は凄く可愛いと思うけど、とりあえずそっちの家庭じゃないから」
「なにぃ!?」
「それで、どうして僕が炬燵に入ればいいってことになったの?」
「なんでって。理樹はこのままだと幸せゲージがどんどん減っていくんだ」
「あ、そうなんだ」
「でもあたしは炬燵に入って幸せだ。だから理樹も炬燵に入れば幸せだ。これぞ幸せスパイラル、byこまりちゃん!」
「なんか色々と違う気がするけど、ん、それじゃお邪魔するね」
「ってなんであたしの隣に入ってくるんだ!?」
「いや、だってここ、僕が入ってもまだ余裕あるしね」
「んなー! だ、抱きつくな!」
「いや、だって僕達は恋人同士だしね」
「ちょ、こらお尻を撫でるな!」
「いや、だって鈴ってお尻弱いしね」
「や、ちょ、はぅ、あっ。やっ、めろって言ってるだろ。このエロ助ーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「げふっ!」
「うー、あたしも痛い。なんでだっ」
「そりゃ頭突きは、したほうも痛いよね」
「理樹がエロいからいけないんだ」
「鈴、可愛いからね」
「な、なんだ、それ!? あ、あたしのせいにするのか。うー、エロい理樹なんか嫌いだーー」
「僕はエッチな鈴も好きだよ」
「んひっ!?」
「鈴、顔真っ赤だよ?」
「り、理樹が変なこというからだっ」
「変なことじゃないよ。本当のことだからね。うん、鈴好きだよ」
「……言ってて恥ずかしくないか?」
「実は凄く。でも、鈴の照れた顔が見たいから何度も言うよ。鈴、好き。大好き。愛してる」
「うー、うー、や、やめろー」
「長い睫も大きな瞳も桜色した唇も照れた顔も怒った顔も笑った顔も全部──全部好き。鈴はどう?」
「ほ、ほぇ!?」
「僕、結構いってる気がするけど鈴から聞いたこと、あんまりない気がするんだ」
「そ、それは……い、いいじゃないか。そんなの知ってるだろ!?」
「わかんないよ。ねぇ、鈴は僕のことどう思ってるの?」
「……うー……なー」
「それじゃわかんないって」
「わ、わかってるっ。手を貸せ」
「手?」
「違う。甲のほうじゃない手の平のほうだ」
「どうするのって、う、あは、あははははは、鈴、くすぐったいよ」
「我慢しろ。ああ、こら引っ張るな! 書けないだろ」
「あは、あははは、書くって、ああ指で文字書いてるの?」
「うん。ほら書けたぞ。これが、その……あたしの気持ちだ」
「いや、あの急に書き出すからまったくわからなかったんだけど」
「なにぃ!? し、仕方ないな。じゃぁ、もう一回書くからな」
「うん、わかった」
「ん、んっと、ほら今度はわかっただろ?」
「ごめん、わかんない」
「なにぃ!?」
「ごめん。鈴、もう一回」
「ん、んー、仕方ないな。ほら、これでどうだ?」
「やっぱりわかんない」
「なにぃ! じゃぁこれならどうだ!?」
「さっぱりだよ」
「それならこれは!?」
「あ、す? すまではわかった!」
「そうか。じゃぁ、今度こそ、どうだ!?」
「あ、ごめん。早すぎてわからなかった」
「なにぃ!? ……なぁ、理樹」
「ん?」
「実はわかってるだろ?」
「うん、実は初めから」
「この頃、理樹がうちのバカ兄貴に似てきた気がする」
「あはは、鈴、ごめんね。はい、お詫びの印」
「へ? あっ……ん、んっ。いきなりは卑怯だぞ」
「うん」
「こら、あんまり強く抱きしめるな。苦しいじゃないか」
「あ、ごめんね」
「ん、それぐらいならいい」
「ねぇ、鈴」
「ん?」
「たしかに気持ち良いね」
「だろう?」
「うん、なんだか眠くなってきちゃったな」
「そうか。それなら寝てもいいぞ」
「うん、それじゃぁ」
「ああ」
「……」
「……」





「理樹。理樹!」
「ん? なに」
「すまん。腕を解いてくれ」
「え? 許してくれたんじゃなかったの?」
「いや、そうじゃない。そうじゃなくてだな」
「鈴? どうしたのモジモジして?」
「あの、だからな」
「ああ、そっか。ごめんね。気づいて上げられなくて」
「い、いや、全然いいぞ」
「うん、でも、ここだと炬燵の骨組みが邪魔だからベッドに行こうか」
「……何をいっとるんだ、おまえは?」
「え、何って……そりゃあ、あ、でも鈴から誘ってくるなんて珍しいね。ふふっ、別に照れなくてもいいよ」
「こ、こ、の……」
「あれ? 鈴?」
「トイレに行きたいから退けと言ってるんだ。このぼけー!!」





 劇終!!


[No.277] 2008/05/10(Sat) 00:32:57
こまりん☆裏ノート (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@遅刻王に、俺はなる!

「じゃあね理樹くんっ! 先に行ってるからねーっ!」
 小毬さんは机の上に置いておいた鞄を掴んで、そのまま走り出す。右腕を頭上でぶんぶん振り回しながら、小毬さんは教室から飛び出していった。飛び出した先の廊下数メートルあたりで誰かとぶつかりそうになって「ほわあぁっ!」と情けない叫び声を上げているのも、いつも通りの風景だ。
「ふぅ……」
 小毬さんが日直の相方に逃げられ(これもいつものことだ)泣きながら仕事をしているのを見かねて手伝っていたら、予想通り遅くなってしまった。性分なのか、頼まれていないことまでやってしまうのが小毬さんだ。わかってはいるが、そりゃため息も出るというものだ。
 さっさと荷物を片してグラウンドに行こうとしたその時。
「――あれ?」
 小毬さんの机から何かノートのようなものがちょろんと頭を覗かせているのを見つけた。
 小毬さんは毎日きちんと予復習をするため、机に文具類を残していくことはない。よって、これは小毬さんがうっかり忘れていったノートということになる。
 折角気付いたのに知らんふりをしていくのも不義理だろう。どうせなら持って行ってあげようとそのノートを手にとった瞬間、ぎょっとした。
 黒い。
 元から黒いのか、普通のノートを真っ黒に塗り潰したのかはわからないが、とにかく黒い。これに名前を書かれるとその人は死にます、なノートと言われたら思わず信じてしまいそうだ。
 僕の脳内でびーよんびーよん警報が鳴っている。
 これはおそらく他人が見てはいけない類のノートだ。不思議なもので、そう思えば思うほど、ページをめくりたいという衝動は高まっていく。ノートを手にしたまま、しばし固まる。
「よし」
 自分を鼓舞するように一声あげて、鞄の口を開く。
 しまう。
 口を閉じる。
「完了」
 そう、これは寮で勉強する時に小毬さんが困らないように、持って行ってあげるだけなのだ。今日の練習が終わったら「はい、これ。忘れ物だぜべいべぇ」と渡してあげるだけなのだ、うん。その前にちらりと中を確認したいなんて、思ってなんかいないんですのよおほほほほほ……
「理樹くん、何やってるの?」
「ほわぁっ!!」
 扉の隙間から小毬さんの片目だけがのぞいていた。
「もう、あんまり遅いからどうしたのかなあって思っちゃった」
「ご、ごめん」
「みんな待ってるよ。行きましょー!」
 僕は鞄を引っつかみ、小毬さんの方に駆けた。小毬さんはにっこり笑って歩きだし、僕はそれに追従する。
 僕らの間に会話はなく、胸の鼓動はけたたましく宿主の異常を訴えた。
 部活動をする生徒の嬌声がやけに遠くに聞こえている。こつこつと、上履きが廊下のリノリウムを叩く無機質な音。暮れかけた太陽。
「理樹くん」
 後ろを振り返らずに小毬さん。
「は、ひゃい」
 あ、まずい裏返った。
「私、ノート忘れちゃったの。理樹くんは、知らない?」
「い、いや、見てないよ」
 あれ?
 なんでそこで否定するよ僕!
「うーん、どこに置いてきちゃったのかなぁ」
 小毬さんが困ってるじゃないか。早く渡さなきゃ。早く早く。
「――は、早く行こう。みんな待ってるしさ。ね」
 返さなきゃいけないという内心と、裏腹な行動。ごまかすように先頭を切って歩きだした。振り向かない。正確に言うと、振り向けない。これが罪悪感か。小毬さんの視線を必要以上に恐ろしいもののように感じてしまう。
 だが、もうなかったことには出来ない。僕はもう一歩を踏み出してしまったのだ。
 いわゆる、死亡フラグというやつである。





       ∞





「結局持ってきてしまった……」
 みかん箱で作った勉強台の上に鎮座している例のノートを目の前に、一人腕組みをしてウンウン唸っている僕。
 部屋には僕しかいない。騒がしくも愛すべき筋肉野郎である真人には「ここから五十キロ離れた山奥で筋肉星からきた筋肉星人が筋肉祭を開催するらしいよ。真人も参加して来たら?」と言っておいた。「筋肉マンになって帰ってくるぜ!」と、真人は意気揚々と夕日に向かって駆けていった。多分明日の朝くらいには戻ってくるだろう。
「さて、どうしたものかなあ……」
 真人のことはとりあえず意識の彼方に追いやって、改めてノートの表紙を見る。そこには真っ白なペン(多分修正液だろう)でこう書かれている。

 ――汝らこの頁をめくるもの一切の希望を棄てよ。

 いい感じにダンテのパクリだった。
 というか、わけがわからない。
 こんなものを小毬さんが書くとは到底思えないのだが、裏表紙には一応『かみきたこまり』と署名がある。だからって、これが小毬さんのものだと決め付けるわけにはいかないのだが、まあ、状況証拠にはなるだろう。
 かっちこっち、かっちこっち。
 部屋の柱に下げてあるぼっこい時計を見上げると、もうすぐ九時を回ろうかというところだ。普段ならば誰かの部屋に集まって馬鹿騒ぎを始める頃だ。
 どちらにしても中を見ないことには始まらない。えいや、と気合を入れて表紙をめくる。表紙とはうってかわって普通の大学ノート風のページだ。
「中身は……と。日記……かな……?」
 なんだ、と少し安堵とともに落胆してしまった僕がいる。
 まったく、何を期待してたんだか。
 他の人ならともかく、このノートの持ち主は一度すれ違えば神様だって頬を赤らめてしまうような素敵少女の神北小毬さんだぞ? お天道様に顔向け出来ないようなノートを作成しているなんてこと、あるはずがないじゃないか。
 そうと分かった以上あんまりじろじろ見るのもかわいそうだと、ノートを閉じようとする。最初のページが偶然目に入る。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月×日

 きょうあったこと。
 いつものようにおく上でぽかぽかしていたら、なんかへんなやつがきた。
 しょうじきうざい。
 そいつのせいでぶつけたあたまがいまでもいたむ。
 まじむかついたのでてきとうなことばとおかしをふるまっておいかえした。
 しんじゃえばいいよ。。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「……え?」
 ごしごしと目をこする。
 なんか今変な幻が見えた気がする。疲れてるのかなぁ。
 気を取り直し、もう一度ページに目を落とす。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月×日

 きょうあったこと。
 いつものようにおく上でぽかぽかしていたら、なんかへんなやつがきた。
 しょうじきうざい。
 そいつのせいでぶつけたあたまがいまでもいたむ。
 まじむかついたのでてきとうなことばとおかしをふるまっておいかえした。
 しんじゃえばいいよ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「OH! MY! GOD!!」
 ショックのあまり外人風に叫びながら、床にもんどりうってもだえた。
 小毬さんが!
 あのほんわかきゅーとな小毬さんがえらいことに!
「あぅあぅあぅあぅあぅ」
 意識が遠くなる。
 綺麗な鐘の音とともに舞い降りる天使に誘われて、魂が空中浮遊を始める。
 魂がはみ出てるとも言う。
「……落ち着け! 落ち着け直枝理樹! KOOLに! KOOLになるんだ!」
 すぅはぁすぅはぁ。
 何度か深呼吸をして、はみ出かけた魂をやっとのことで押し戻す。
 あらためて眺めてみても、気の遠くなる文面だ。絵本で読んだ時とは文字の感じも変わってしまった様に感じる。怨念でも込められているかのような角ばった文字。なんというか、普段の小毬さんがキョンの妹的な癒しキャラだとしたら、このノートを書いてる小毬さんはナイフを持たせた朝倉涼子だ。
 正視に堪えない現実だが、目を背けてはならない。
 これは僕に課せられた使命、いや、運命なのだ。
 こうなったら、毒を食らわば皿まで。
 全てを確かめるべく、僕はパラパラとページをめくり始める。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月△日

 ぱんつをのぞかれた。
 このむっつりすけべやろうめ、いつか参りましたといわせてやる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月☆日

 ぶしつで珍しくいねむりしていたら、さいぐさはるかにらくがきされた。
 たしかにそのときわたしのかおもきもかった。
 だが。
 おまえのしゃべりかたのほうがもっときもいんじゃぼけ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月◇日

 いぬっぽいひんにゅうがしきりに「あたいにさわるとしびれるぜ」といっていた。
 どうせきょにゅうにおかしなことをふきこまれたのだろう。
 つきあいでいちおうこわがるふりをしてやった。
 もうすこしのうみそにしわのあるともだちがいるといいとおもった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月▽日

 きょうしつでしんぶんしをまるめたぼうをつかってちゃんばらをした。
 みんな、いっしょうけんめいやってる。
 こんなことをおおまじめにやるなんて、きっとちのうのせいちょうがようちえんでとまってしまったのだろう。
 あたまがかわいそうなこたちのせわはつかれる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ○月★日

 けんどうばかがへんなじゃんぱーをきてやきゅうをしにきた。
 ちかよるのもはばかられるほどにださいということに、ほんにんはまったくきづいていないらしい。
 しらないというのはしあわせなことだ。
 かれのあたまはいったいいつまで春なんだろうか。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 1ページ読み進むごとに意識が遠くなっていく。
 僕がいるのは本当に寮の部屋なんだろうか。
 どこか異次元空間をさまよっているように感じる。
 視界がぐらぐらと揺れる。
 僕は耐え切れずにみかん箱の勉強机に突っ伏した。
 目が覚めたらこれが全て悪い夢であることを望みながら……





       ∞





「どうした少年よ」
 次の日、ぼうっとしていたら、来ヶ谷さんが心配して声をかけてくれた。
「大丈夫だから……心配しないで来ヶ谷さん」
「大丈夫と言うが少年、君の顔はきもいくらいに真っ青だぞ。保健室、行くか?」
「……うん、そうさせてもらうよ」
 このまま授業を受けていても仕方がない。
 先生が何を言っても僕の頭の中は昨日見たノートのことでいっぱいだ。
 これ以上何かを詰め込むようなキャパシティはない。
「ほら、少年……しっかりしろ。ふらふらしてるぞ?」
 僕が立ち上がると、教室がざわめいた。
 どうやら僕は本当に酷い顔をしているらしい。
「理樹くん、大丈夫?」
 心配した小毬さんが駆け寄ってくる。
 僕は反射的に駆け出した。
「はぁ……はぁ……」
 廊下を走るなという風紀委員の怒号にも構わず走りぬけ、上履きも履き替えずに外へ出た。中庭。いつも来ヶ谷さんが数学の授業をサボタージュする時に使っている椅子がある。腰を下ろすと、ようやくほっと一息つけた。
「あったかい……」
 さんさんと日の光が降り注いでいた。今日初めて太陽の光を浴びたような気がする。
「こんなところにいたか、少年」
「来ヶ谷さん」
 振り向くと来ヶ谷さんが腕組みをしている。走ってきたはずなのに、まったく息を切らしていない。
「少年は存外足が速いな。陸上部にでも入ったらどうだ?」
「そんなに速くないよ……」
「小毬くんと何かあったのか?」
「……っ!」
「そう驚いた顔をするな。昨日から少年は小毬くんに対する時何かおかしかったからな。何があったのかは知らんが、おねーさんに話してみるといい。すっきりするぞ」
「…………」
「ちなみに、隠し立てすると、もれなくおねーさんのセクハラ大作戦がついてくる」
 来ヶ谷さんのセクハラは想像を絶していた。
 あまりにあんまりなために具体的に記述することが憚られるほどだ。
 僕は全てを白状した。
 昨日教室で小毬さんのノートを拾ったこと。中を見たいという興味本位の感情からそれを返せず持ち帰ってしまったこと。中身は僕の想像を遥かに越えた内容だったこと。
 ノートを見せることは拒否した。
 したはずなのに。
 なぜか来ヶ谷さんは「ふむふむ……」とか言いながらそのノートをしげしげと眺めている。
 はて? 僕は一体どうして渡してしまったのだろう。
 記憶が削除されるほど凄惨な手段でもってして強奪されてしまったのだろうか。
 それはそれで怖くて聞けない。
「なるほど、なるほど」
「わかったでしょ? 僕の受けた衝撃が」
「いや、私にはさっぱりわからんな」
「どうしてっ!?」
 あっさりと言ってのける来ヶ谷さんの態度にカチンときた。ついつい声を荒げてしまう。
「じゃあ逆に聞くが理樹くんはどうしてこんなものを見たくらいで衝撃を受けているのだ」
「それは……小毬さんがこんな風にみんなのことを書いてたなんて知ったら、なんかショックでさ……来ヶ谷さんにはわからないの?」
 僕がそう言うと来ヶ谷さんはあからさまにため息をついた。
「あのな、小毬くんは聖人君子じゃないぞ? 人間なんだ、鬱憤がたまることだってあるだろう。子毬くんがこういう形でそういった鬱憤を発散していたとしても、別にそれ自体は責められる事柄ではないとは思うが?」
「う、うん……それは、確かに」
「それに理樹君はまず前提から間違っている」
「どういうこと?」
「まだわからないのか?」
 ひらひらと黒尽くめのノートを目の前で揺らされる。
「つまりこれは、小毬くんが書いたものではない――とまぁ、そういうことさ」
「は、はぁっ?」
 僕は来ヶ谷さんが何を言っているのかわからなかった。
「だって、僕は小毬さんの机でそれを見つけて……」
「小毬くんがそれを入れるところを見たわけではないだろう。それに、最初出て行く時小毬くんは既に鞄を片付けていたんだろう? 机から教科書類を取り出しておいて、わざわざそんなノートを忘れていくなんてあると思うか?」
「う……」
「私ならこう推理する。それは理樹くんと小毬くんが日直の仕事をしている間に何者かによって入れられたものだ、と。日直の仕事とは教室の中にいるばかりではないのだし、二人の目を盗んで小毬さんの机に近づくのはそんなに難しいことじゃない」
 来ヶ谷さんの話は続く。
 僕は黙って話の続きを待つ。
「それを理樹君に拾わせて、中を見させておろおろするのを眺めて楽しむ、という寸法さ。まぁ、あまり趣味がいいとは言えない趣向だが」
 来ヶ谷さんはそこで言葉を切った。そして、もう一度ノートを開いて僕に突きつける。
「少年は本当に気付いていないのか? 犯人はその記述の中で自分の名前を白状しているんだぞ?」
「えっ?」
「もう一度目を凝らして見るといい。何かに気付かないか?」
 僕はぱらぱらとページをめくってみる。
 何かがその文面に隠されている。
 そういう頭で、その文面をもう一度読み込んでいく。
 すると――
「確かに、漢字が少ないよね」
「そう、平仮名ばかりの不自然な文章。稚拙さを狙ったにしても文章自体はそれほどおかしくない。どうにも不自然だ。漢字を使ったのは――『おく上』『参りました』『珍しく』『春』の四回だけ」
「あっ!」
 ようやく僕にも来ヶ谷さんの言っていることが理解できた。
 僕の表情を見て、来ヶ谷さんはにやりと笑った。
「そうだ。ひっくり返して漢字だけを音読みすると」
「『はる』『ちん』『さん』『じょう』……!」
 僕が走り出すよりも先に来ヶ谷さんが駆けていた。




「違うっすよ姉御! あちしは何にも知らないっす!」
「ふふふ葉留佳くんは往生際が悪いな。今ならお尻叩き十回の刑で済むのだぞ?」
「だってーっ! やってないものは本当にやってないっすからー!」
「観念するといい葉留佳くん。もう証拠はそろっているのだ」
「お慈悲!」
「却下だ」
 響くスパンキングと共に、この忌まわしき「こまりん☆裏ノート事件」は幕を下ろした……
 
 ……かに、見えたのだが。





       ∞




「どうしたよ理樹。何か考え事か?」
「うん、ちょっとね」
 あれから僕は一人で色々と考えていた。あの日の夕方に帰ってきた真人は、筋肉マンにはなっていなかったが、毎日牛丼ばかりを食べるようになった。
「? 変な理樹だな」
 がつがつと牛丼をかきこむ真人。そのうちに真人の決め台詞が「筋肉革命だー!」から「屁のつっぱりはいらんですよ」に変わる日も遠くないかもしれない。
 まぁそんなことはどうでもいい。
 まず気になったのは犯人とされた葉留佳さんだ。
 なぜ葉留佳さんは来ヶ谷さんに問い詰められた時に犯行を認めなかったのだろうか。あのノートを書いたのが葉留佳さんだったとしたら、あの暗号は葉留佳さんが「私がやったのですヨ」と言わんばかりに残した署名と言っても過言ではない。あの時僕は動転していたので気付かなかったが、冷静になって考えればそれほど難しい暗号じゃない。解いてくださいと言っているのも同然の暗号。葉留佳さんなら「ふっふっふ。よくぞ見破った……!」くらいは言わないとおかしい。
 葉留佳さんは、ただ来ヶ谷さんに罪を着せられただけで、実は何も知らなかったのだとしたら、そういった矛盾にも説明がつく。OK。
 そもそも、来ヶ谷さんの説明は筋が通っているように見えて、穴だらけだ。
 僕らの目を盗んでノートを机の中に入れておくというのはいい。
 だが、そのノートがもし小毬さんに見つかったらどうする?
 だってあの時、小毬さんは机の上に鞄を置いていたんだから。鞄を掴んだその瞬間、机の中から顔を出した真っ黒なノートに気付かないという可能性はそれほど高くはない。
 というか、気付かないほうがどうかしている。

 そこで僕は二つの可能性を考える。
 一つ。
 来ヶ谷さんと小毬さんがぐるになって僕をからかっているという可能性。
 この場合小毬さんが仕掛け人、来ヶ谷さんが僕をミスリードする役割だ。そうであれば、僕が想定外の行動――例えば、ノートに気付かないとか、中身を見る前に返すとか――を起こしたとしても大怪我になる前に回収できる。撒餌に僕がまんまと引っかかった時にのみ作戦は決行される。
 もう一つは――小毬さん単独犯の可能性。
 小毬さんは忘れていったと見せかけて僕にあのノートを拾わせる。紆余曲折を経て僕は葉留佳さんの悪戯だという結論に辿り着き、小毬さんの疑いは晴らされる。
 そうすると来ヶ谷さんの行動が謎だが、来ヶ谷さんがあのノートに秘められた真の意図に気付いて一芝居うったとしたら一応の説明はつく。スケープゴート役が葉留佳さんだから、来ヶ谷さんならどうにだって出来るだろう。
 ただ――この推理には重大な欠陥がある。
 なぜ、小毬さんはそんなことをする必要があるのか、ということだ。
 あのノートを見せて、しかもそれを葉留佳さんの悪戯だと誤認させて、小毬さんは一体何をしようとしたのか――
「理樹も牛丼食えよ。旨いぞぉ」
「いや、今日はやめとくよ。また今度ね」
「なんでだよ。腹減ってねぇのか?」
「んー……やっぱり、食べようかな」
「おしきた。すんませーん! 並一つに特盛りー! 特盛りのほうはつゆだくねぎだくでー!」
 あいよー、と元気の良いバイトさんの声がする。
 一分も経たないうちにほかほかの牛丼が来る。
 まぁいいか、という気分にもなる。
「真人ー」
「あー? なんだよー?」
「ほーら! 筋肉、筋肉〜!」
「うおっ!? ノリノリだな、理樹めっ」
 第三の可能性。
 僕の考えすぎ、という可能性。
 それもありなのかもしれないなぁ、と筋肉祭り(牛丼ver)を開催しながら思った。
 人間、そんなこともあるさ〜っと。

 鼻歌を歌いながら牛丼をかきこんでいると、不意に小毬さんの笑顔を思い出してなぜか背筋がぞくっとした。窓の外を振り返り、誰もいないことを確認し、ぽりぽりと頭をかいてまた牛丼に没頭することにした。


[No.278] 2008/05/10(Sat) 01:17:37
流れる (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@遅刻しましたが甘めにして頂けると嬉しいです

 あいつなんて嫌い
 いつも私の邪魔をするから

 あいつなんて嫌い
 いつも私を騙すから
 
 あいつなんて嫌い
いつも私を馬鹿にするから

 あいつなんて大嫌い
 私から何もかも奪っていくから



 お菓子も、立場も、居場所も、いつもいつも私から奪っていく。
 どちらが先に立ったのか、どちらが先に話したのか、成績は? 料理は?
 いつも私と比べられて、いつも私を馬鹿にする。
 偽善者ぶって誉められて、大人と一緒に私を蔑んでいる。
 いつも私の邪魔をして、いつも私を騙して、馬鹿にして、そして何もかも奪っていくんだ。
 あいつは世界で一番私に近い人、世界で一番私から遠い奴。

 雨が降ってきた、これもあいつのせい。
 ノートが雨に濡れている、文字が静かに滲んでる、これもあいつのせいだ。
 私がこんな所にいるのもあいつのせい、私が独りなのも、学校から逃げ出す羽目になったのもあいつのせい、みんなみんなあいつのせいだ。
 あいつなんていなくなっちゃえばいい、私がいないどこかに行ってしまえばいい。どんどん雨が強くなって、そのまま流されてしまえばいいんだ。
 
 なのに雨は強くならない、ぽたぽたノートを濡らすだけ。醜い文字が滲むだけ。
 
 おかしいな、雨は私から降っている? これは雨?
 私は泣いている? 誰も私を認めてくれないから? あいつが私を蔑んでいるから? あいつが私を……
 違う、あいつと仲良くなんてしたくない。
 
 あいつが悪者なんだ、私は悪くないんだ。
 あいつが悪い、あいつが悪い……嫌だ、私が悪いのなんて嫌だ。
 あいつが悪いから、私は悪くないんだ。
 あいつが……

 嫌い、あいつが嫌い、こんな事をいちいち書き続けなきゃいけない位嫌い。
 嫌い、私が嫌い、こんな事をいちいち書き続けなきゃいけない私が嫌い。
 書き続けなきゃ居場所がないこの世界はもっと嫌い、なくなっちゃえばいい。嫌いなものだらけのこの世界なんて、なくなっちゃえばいい。















 どんぶらこっこ、桜の花びらが川を行く。静かな水面でゆらゆら揺れて、進む頭上にちぎれた紙切れが一枚二枚三四の五。水面に浮かんだ紙切れからは、文字がどんどん消えていく、そのまま流れて消えていく。

「いやー消える時はあっけないものですねぇ、葉留佳さん」
「ええ、全くですヨ葉留佳さん」
「ホントホント」
 誰もいないので一人で会話、むなしくなんかならないよ?
 学校の側の川べりで、私はびりびりノートをちぎる。お姉ちゃんは風紀委員の居残りで、いつになったら終わるやら。

 私の手から離れた紙きれ、風に吹かれて春の旅。少なくなった桜とペアで、川に向かってふわふわふよふよ。
 持ってるノートをちぎっては投げちぎっては投げ、なんかこう言うと強そうだよね。
 見上げた空の巻き雲に、えいやとばかりに投げつけてみれば、うん遠山の金さんもびっくりの桜猛吹雪ですヨ。

「おおっ、はるちん風流」
 護岸から身を乗り出して見たのは、少し遅れた桜吹雪、ちょいと黒いのはご愛敬。黒いのなんかもういらない、とっと流しておさらばしよう。
 柵に身をもたれて視線をずらし、眼下の川面も春の色。うーん、よきかなよきかな。



「ってあなたは何ゴミ散らかしてるのよ」
「あ、お姉ちゃん意外と早……痛い痛いっ!? そんなに引っ張られたら耳がダンボになっちゃうってば!?」
「人の注意をさっぱり聞かないあなたの耳は、もうちょっと大きくなったほうがいいわ」
「いえいえそんな事ないですヨ? 私三枝葉留佳はよそ様の注意はありがたーく耳に入れて……」
「反対側から出してるでしょうが!」
「おーさすがお姉ちゃんよくわかって……ってもー駄目、ストップ! わかった、わかりましたからっ! 話せばわかるっ!」
「問答無用っ!!」
 青空の下、笑いながら大騒ぎ。
 私の耳はとっても痛くて、姉妹ゲンカはとっても幸せで、なんかこれって春だよね。





「しょうがないわね……」
 しばらく経ってお姉ちゃんはため息一つ、私の隣に並んで立つ。ため息ばっかりついてると幸せが逃げるよーって何か視線を感じますヨ?
「……何も言ってないですヨ?」
「言わなくてもわかるわよ」
 じっとにらむお姉ちゃん、しれっと受け流す私、私たちはしばらく見つめ合って吹き出した。

「さっき千切っていたのはノート? 相変わらずよくわからない事をするのね。また赤点をとっても知らないわよ?」
「私の赤点のマジノ線は鉄壁ですヨ?」
「はぁ……そう言って前回の期末で赤点二つもとったのは誰かしら? 英語18点の数学32点、そもそも赤点を越えるというのを目標にするのがおかしいでしょう? あと生物も赤点まであと3点だったわよね、真面目にやらないと卒業できないわよ?」
「あ……あれはマジノ線が迂回されて……っていうか何で私の点数知ってるのお姉ちゃん!?」
「昨日全国ニュースでやってたのよ」
「うっわ……この人真面目に教える気ないですヨ」
「今度クドリャフカとまとめて勉強教えてあげるから私の部屋に来なさい。さもなくば全部の成績を直枝理樹にばらすわよ」
「不当な要求には屈しないぞー!! 鬼畜英数一億火の玉欲しがりません赤点はっ!!」
「もしもし直枝理樹? 今までの葉留佳の成績表のコピーと、よだれ垂らして寝てるときの写真のセット、クドリャフカの一日占有権と交換しない?」
「お姉様、一体どこからつっこめばよろしいのでしょうか?」
「さぁ、携帯に電源入ってない所からじゃないの?」



 音もなく流れる川の側、お姉ちゃんと他愛もない話をしながら時間を過ごす。春の陽気に時折流れる桜の花、信じられない位幸せな時間、昔はこんな時が来るなんて信じられなかった。
 いつも私の側にいて、いつも私を蔑んでいた奴はどこにもいない。私の嫌いなあいつはどこにもいない。私の嫌いな世界なんて、雨に流されて消えてしまった。
 今私の側にいるのは、私の大切なお姉ちゃん。からかったり、からかわれたり、学校で追い回されるのは今まで通りだけど、あとはいつも優しい私のお姉ちゃん。
 昔の世界は冷たかったけど、今の世界は暖かい。みんなが優しくて、大変な事もあるけど、だけどとても楽しい。
 誰も嫌わなくていい、誰も悪くない世界。私は今そこにいる。

「何にやけてるのよ、気持ち悪いわね」
 ……優しいよ?

 その時道を自転車が走っていって、桜の花が舞い上がって、お姉ちゃんが花びらを一枚拾い上げる。ん……花びら?
「あ……」
 お姉ちゃんが拾い上げたのはノートの切れ端。昔の私の濁った気持ち……お姉ちゃんは、それを一瞥すると言った。
「ふーん、葉留佳、それよこしなさい」
「あ、あの、お姉ちゃんこれ……」
 思わず抱きしめたノートを、お姉ちゃんは無理矢理ひったくった。

 昔みたいな緊張感、少しだけ怖い、でもそんな時間は続かない、続くはずなんてなかった。ここは幸せな世界だから。

「過去を水に流す……ね、葉留佳もたまにはいい事思いつくじゃない」
 お姉ちゃんはそう呟くと、ノートをぽいっと川面に放る。ずいぶん減ったページをはためかせて、続いてぼしゃんとかいう音がして、驚いた魚が一匹はねた。
 あんまり唐突で、はるちんパニック。風紀委員長川にノートをポイ捨てするの図に、しばらく思考停止なのですヨ?



「ずいぶん豪快な事するね、お姉ちゃん」
 しばらくしてようやく感想が言えた。
「ふっ」

 それでお姉ちゃんはいつもの笑いで応じて、それからくるっと向こうを向いた。

「委員長権限で折角委員会を早めに終わらせてきたのに、あんなつまらない事で時間を潰したくないわ。ただでさえ私たちはつまらない事で時間を無駄にしていたんだから……とっとパフェかアイスでも食べに行きましょう。時間は有意義に使うものよ」
「……うんっ!」

 私はお姉ちゃんの腕に飛びついて、一緒に街へと歩き出す。
 川に行ったノートはもう見えない、それに見たってしょうがない。振り返る必要もない事だから。
 私とお姉ちゃんが歩く先、商店街の喧噪が聞こえる。 
 ざわざわざわざわ……色々な人が話す声、仲良し同士で騒ぐ声。そんな楽しい騒ぎの中に、私たちも歩いていった。


[No.279] 2008/05/10(Sat) 03:10:59
前半戦ログですよ (No.257への返信 / 2階層) - 主催

 MVPはみかん星人さんの「青い鳥」に決定しました。
 みかん星人さん、MVPおめでとうございます。
 感想会前半戦のログはこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little9-1.txt


 後半戦は明日5/10日曜 21:00より開始致します。
 時間に注意してね!! 22:00じゃないよ!! 21:00だよ!!


 次回のお題は「筋肉」
 締め切りは5/23 感想会は5/24
 みなさん是非是非参加を。


[No.280] 2008/05/11(Sun) 02:33:25
竹と月と。 (No.255への返信 / 1階層) - ひみつ@遅刻?何それ?美味しいの?

 井ノ原真人はとても力の強い子供だった。取っ組み合いの喧嘩では負けたことがなく、幼稚園は年中組にして園最強の称号を手に入れたのだった。
 年長組の教室に単身乗り込んでいく彼の後ろ姿に憧れる園児も少なくなかった。が、彼は誰ともつるもうとしなかった。他の園児たちが砂場や滑り台で遊んでいるのを尻目に、真人は一人うんていを使って懸垂をしていた。誰から教わったわけでもない。ただ、そうすればもっと自分に力がつくことを本能的に悟っていた。
 どうして真人がそこまで力に固執するのか、両親でさえもそれを知ることはできなかった。息子に直接聞いてみたことはある。だがその時返って来たのは「なにかがおれをよんでいるんだ」という将来に大きな不安を抱かせる頭の良くない言葉だけだった。両親は聞かなかったことにした。
 小学校に上がる頃には真人は近所でも評判の悪ガキとなっていた。真人に悪意があったわけではない。しかし、彼にとっての「腕試し」は周囲の人間にとって迷惑以外の何物でもなかった。真人はあまり頭が良くない。
 ある日、そんな彼の元に挑戦者が現れた。自分と同じ年ごろの、力の無さそうな、でも鋭い目をした少年。と、少女。
 真人は後に語る。あれがオレのキブン点だった、と。真人はあまり頭が良くない。
 それは真人に人生初の敗北を与えた少年の、何気ない一言。

「なかなかだったぜ、お前の"筋肉"」



 ――――その日、彼は筋肉と出会う――――








 キンニク。
 その甘美な響きにまず真人が覚えたのは、生物としての根源的な懐かしさだった。どこか郷愁の念にも似たその思いを言葉で上手く表現することは難しいが、ただ、自分のあるべき場所はそれの中にあるような気がした。むしろ自分はそれのような気さえした。
「な、なぁ、お前が言う"キンニク"って、何なんだ?」
 しばらくその音が発する余韻を楽しんだ後、真人は少年に尋ねてみた。真人はその言葉の意味を知らなかった。真人はあまり頭が良くない。
「はぁ? 筋肉は筋肉に決まってるだろ。お前の身体についてる、力の元だよ」
「ち、ちからのもと……」
 ガツン、とまるでハンマーで殴られたような衝撃が真人を襲った。力の元。今まで自分が求め続けていた「力」の更に根源的な存在。それが自分にもついているという。何ということでしょう。
 真人は悟っていた。自分を呼んでいる「何か」とは、このキンニクのことだったのだと。
「そ、そそそそれはどこにあるんだ?」
「お前、本当に何も知らないんだな。ほら、こうやってグッて力入れてみろ」
 少年はそう言って右腕を手前に曲げてみせた。
「こ、こうか?」
 真人がそれを真似る。
「そう。今少し盛り上がったところがあるだろう? それがお前の筋肉だ」
「……これがオレの力の元……キンニク……」
 真人はそれに見とれた。この決して大きくはない部位から力が出てくる。頭の下がる思いだった。というか実際に頭を下げた。何度も何度も下げた。今までそれを知らなかった自分を恥じた。今までごめんなさい。そしてありがとう。しっかりと反省して、これからはしっかりとキンニクを崇めようと思った。真人はあまり頭が良くない。
「……お前、何してんだ?」
 自分の右腕にぺこぺこと頭を下げる頭の悪い真人を見かねてか、少年は言い辛そうに口を開いた。
「もちろん、キンニクにお礼を言ってるんだ。なんだ、お前もやりたいのか?」
「……」
 少年は逃げた。
 少女はずっと前にその場から姿を消していた。



 その後も何かいろいろあって結局真人は件の少年少女とつるむようになって途中から更に二人ぐらい増えて計五人ぐらいでいつも一緒にいるようになった。
 彼らは真人にとって初めてにして生涯の友人たちで、仲間たちで、井ノ原真人の人生を語る上で筋肉の次に欠かせない実に感動的な存在ではあるのだが、そんなこと今はどうでもいいのであった。
 筋肉の話である。
 キンニクという言葉、概念を知ってからというものの、真人の「己が最強を証明してやる」的な志向は更に強さを増していくのだった。そして同時にそれはキンニクへの思いに他ならなかった。
 キンニクキンニクと彼の口をついて出るのはそればかりだった。友人たちはそんな真人にも温かかった。
「なぁ、キンニクってやっぱり男なのか?」
「そうだな、今日は久しぶりにサバイバルおままごとでもやるか」
「仮にこのキンニクが女だとしたらちょっと恥ずかしいな」
「久しぶりって何、僕そんなアグレッシブな遊び初めて聞くんだけど」
「まぁどっちにしろオレのキンニクへの思いは変わらねーんだけな、へへ」
「俺は別に構わん。竹刀があれば何でもできる。竹刀ですかーーーー」
「……あ、今の話、キンニクに聞かれちまったら恥ずかしいから、お前ら、内緒にしといてくれよ」
「ままごとか、たまには悪くないかもな。あ、理樹、お前猫役な。ネコミミつけろ。あたしが世話してやるから」
 斯くもキンニクへの偏愛著しい真人ではあったが、しかし、この会話当時彼は小学四年生。未だ全盛を知らず。
 全盛期の真人伝説を語るに欠かせない重要な最後のファクター。それと真人が出会うのは、翌年のことであった。

 真人は相変わらず頭の良くない毎日を過ごしていた。キンニクを崇め、称え、鍛え奉り、更なる恩恵に与り候ふ。そんな真人は幸せそうだった。周囲の人間にはそう見えていたし、彼の友人である例の四人もそう思っていた。事実、真人は幸せだった。キンニクがあり、自分がある。それは見事に完結した世界だった。あの時少年にキンニクという言葉を諭されて以来、真人が浸り続けてきた世界だった。
 だが、いつからだろう。完璧だったはずのその世界に、キンニクと自分との間に、わずかばかりの齟齬を感じるようになったのは。
 サンタクロースの乗っていないクリスマスケーキのような、黒胡椒を振りかけないカルボナーラのような、安売りのハーゲンダッツのような、小さいながらも何処か致命的に満たされないもにゃもにゃ。真人が抱いたのは、例えるのならば、そんな感覚だった。
 真人にとっての幸運は、そんな悩みともつかないもにゃもにゃが芽生えた時、彼が既に五年生になっていたことだった。あるいはそれこそも一つの運命だったのかもしれない。
 国語の授業中のことだった。給食を取り、続く昼休みにはキンニクを鍛え奉り、そうやって迎えた五時間目の授業だったから、もちろんのこと真人はキンニクの回復に忙しかった。教師も既に諦めていた。むしろ関わりたくなかった。だからまるで瞑想する賢者のようなただならぬオーラを発する真人を視界に収めないように平常通り授業を進めていた。
「それじゃあみんな、利き腕を上げて、一緒に書いてみましょう。せーの、いーち、にーい、さーん……」
 漢字の学習だった。真人を除くクラスの全員が、宙にその漢字を書いていく。教師の腕を見て、正しい書き順を確かめる。平和な小学校の授業風景だった。
 ただならぬ何かを真人が感じたのは、まさにその時にことだった。本能が何かを訴えかけていた。
 瞑想を止め、真人は目を開ける。
 瞬間、真人は衝撃を受けた。

『筋』

 黒板に書いてあった文字に、気づいたからであった。
 真人は震えた。
 その、美しさに。
 竹と月と、そして、力。ああ、なんと美しいことだろうか。
 真人は、今、緩やかな風を孕む竹林の中にいた。満月の優しい光。竹と、月と。周囲に余計なものは一切なかった。しん、と静まり返った夜に、竹の小さく揺れる音が響いていた。筋肉がぴくぴくと動いた。真人は小さく笑う。この世界にはまだ足りていないものがあった。竹と月と、最後に力が揃い、調和した時、それは完成された美へと昇華されるのであった。真人はおもむろに腕立て伏せを始める。それはいつになく静かな運動だった。真人は声を漏らすことなく、ただただ己の筋肉と対話する。力とは何か。筋肉とは何か。そして、世界とは。





 キンニクを知り、筋肉を知った真人は、既に人間という枠に囚われる存在ではなくなっていた。
 彼は筋肉になりつつあった。人をやめ、筋肉になりつつあったのだ。
 頭が良くないとかそんな問題ではなかった。何故ならば彼は筋肉(仮)であるのだから。
 彼は日に千回の腕立て、腹筋、背筋、スクワットをこなす。それにより、彼の身体はより格の高い筋肉となっていく。
 以前の真人であれば恐らくはそれで満足していたであろう。しかし、今の真人は、これだけでは足りないことを知っている。
 真人は目を閉じ、トレーニングによって荒ぶった心を落ち着かせる。墨を手にして硯へと向ける。一磨り毎に心も研磨されていく。
 筆を持ち、墨に浸し、瞼を開かぬまま、真人はその日最初の文字を書く。

『筋肉』

 見えぬままに書いたそれ即ち己が心そのもの。ここで初めて真人は目を開ける。そうして自分の中の筋肉を正しい方向へと導いていこうとする。
 納得のいくまで、真人はこれを何度も何度も繰り返す。
 しかし、未だ納得のいく「筋肉」に彼は出会えていない。














 筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉















 彼は日に千の筋肉を書くという。一筆毎に、彼の心は筋肉へと近づいていく。
 ――竹と月と、力と。そこに加わる肉たる自分。
 いつか、それらを、一片の曇りなく、完成された世界として表現できた時。
 彼が真の満足と共にその筆を置く、その時に。
 井ノ原真人はきっと知るのだろう。
 力とは何か。
 筋肉とは何か。
 そして、世界とは。


[No.282] 2008/05/11(Sun) 16:15:40
ゴミ箱さんの変(感想会へのレスSSです) (No.280への返信 / 3階層) - ひみつ@なんか書かなきゃいけない気がしたんです…

 うーん、今日もいい天気。私はぐいっと背伸びして、すうっと空気を吸い込みます。
 春の屋上桜の匂い、山の緑が元気になって、夏に向かってまっしぐら。真っ白雲を上に見て、のんびりお菓子を食べるのは、やっぱりとっても素敵です。
 静かな屋上のんびり幸せ、幸せものんびり、ここは私のプライスレス。

「……あれ? なんか違う?」
 ま、いっか。きっとあんまり違わないよね。
 気を取り直して鞄の中をごそごそと、出てきたのは桜餅。お菓子もしっかり春の色、甘い気持ちでとっても幸せいい気持ち。ぱくっと一口素敵な時間。



「でも一人で食べるのは寂しいよね」
 ふわっと春風吹いてきて、雲がのんびり流れてて、私はちょっと寂しいです。
 一人の幸せはちょっと寂しい、二人になるとちょっと嬉しい、三人になったらとっても素敵。お願い事一つ、誰かここに来ないかなぁ。
 ちょっと寂しい独り言、風さん誰かに届けて下さい。

「ほぇ?」
 その時扉がばたんと開いて、嬉しい友だち駈けてきます。これは素敵、とっても素敵。お願い事は叶うみたい。でもそんなに慌ててどうしたの?
 わふわふぱたぱた、クーちゃんはとっても大あわて。

「わふーっ!! 小毬さん、最近私のゴミ箱さんがおかしいのですっ!!」
「おおっ! ゴミ箱さんがお菓子なんて素敵だねー」
 でもそれって使いにくい、お菓子をゴミ箱にするのはちょっと困る。食べちゃうとなくなっちゃうし、使うと食べられなくなっちゃう。でも面白そうだよね。
「わふ?」
「うーん、それは大変だねぇ」
「はい、ゴミ箱さんが大変なのです。なのでちょっと小毬さんに来て欲しいのですよ」
「いいよー。それじゃあ早速クーちゃんの家にごーですよ」
 桜餅を鞄に帰して、クーちゃんのお家に出発です。

 友だちの大変は私の大変、困ったときにはお手伝い。それでみんなが幸せで、とっても素敵なスパイラル。








「そうですか、私が至らぬばかりにご迷惑をおかけ致しまして……」
「いえいえ〜困ったときは助け合い、それはとっても大切なこと。だから心配いりません、あなたを助けて私も幸せ、悩みがなくなってクーちゃんも幸せ、ほら、とっても素敵です」
 
 クーちゃんのお部屋でご挨拶。あらら、ゴミ箱さんはお菓子じゃなかったです、勘違い。
 アイス塗りっていう、美味しそうな名前だけどとっても渋いゴミ箱さん、クーちゃんの福島土産だそうなのです。
 だからゴミ箱さんがお菓子なんじゃなくて、ゴミ箱さんがおかしくなったみたい。それにしても、お話するゴミ箱さんって珍しいよね。



「実は最近お悩みだそうなのです」
 クーちゃんがそう言って頷きます。ゴミ箱さんもうんうんと続いて、私も頷いて三人仲良し。
「そっかぁ、大変なんだ」
 ゴミ箱さんの世界にも色々あるみたい。お友達のお友達はやっぱりお友達、それに、ゴミ箱さんがいないと、お部屋は散らかったままだから、頑張って悩みを解決してあげよう。
 そんな私にクーちゃんが、わふわふしながら言いました。

「なんと恋の悩みだそうなのです! 大人なのですっ!! 凄いのですっ!!」
「おおっ!」
 恋のお悩み、それはとっても大事な事。見ればゴミ箱さん、ちょっと赤くなってうつむいています。ほわーっ! 私も照れてきたっ!?

「わふーっ! 素敵なのですっ!!」
「わわわ照れちゃうよっ!?」
「そうです能美さん、あまり大声で言わないで下さいっ!!」

 どったんばったん大騒ぎ、ばたばたわふわふからからころろん、三人揃ってごっつんこ。

「わふー……」
「痛いです……」
「あうう……」
 お部屋の真ん中で三人揃ってごろごろぐるぐる。痛いのはちょっと嫌だよね……





「はい、ですからあの方は私の恩人。腕も手もない私ですが、せめてお側にいてお役に立てればと……」
 ごろごろ転がりしばらく経って、三人元気になったから、早速相談再開です。
 そして話し出すゴミ箱さん。それはとっても素敵な事、悩んで悩んで疲れた時、助けてくれた好きな人。
 そんな優しい素敵な人に、その時の気持ちを返したい、お部屋を綺麗に恩返し。
 例え自分が汚れても、例え自分に気付かれなくて、ちょっぴり寂しくなったとしても、それでも側にいたいのです。
 例えどんな立場でも、好きな人の側にいたい、とっても素敵な事なのです。
 
「わふーっ!? 凄いのです、恩返しなのです、ご恩と奉公なのですっ! いざ鎌倉なのですっ!!」
「だいじょーぶっ! 腕も手もなくても、心があるなら大丈夫っ!!」
「そうでしょうか……でも、今の私はしがない一ゴミ箱の身、あの方が覚えていて下さるか……」
「それは絶対大丈夫、私がちゃんと保証しますっ!」
「はいです! 私も保証するのですっ!!」
 そんなこんなで大騒ぎ。三人がやがや大騒ぎ。

 そう、その人は私も知ってる人、忘れることなんて絶対ない。だからだいじょうぶゴミ箱さん、きっとその人あなたのことを、大切にしてくれるはずなのです。

「もしも忘れていたら、私とクーちゃんがどぎゃーんでどかーんっですよ!」
「爆発させるのですねっ!」
「させちゃうよっ!!」
「それはやめて下さいっ」
「じゃあ私が爆発しちゃうのですかっ!?」
「爆発しちゃうねぇ」
「爆発にこだわらないでくださいっ!!」

 

 ある春の日昼下がり、私とクーちゃんとゴミ箱さん。三人並んで歩きます。向かうはお隣男子寮。
 とっても優しいゴミ箱さん。あなたの恋、叶うといいね。
 
 

 











 その後、ゴミ箱を古式だと言って抱きしめる謙吾の姿が見受けられたり、クドリャフカが変になったと佳奈多が大パニックになったりとかいう出来事があったとかなかったとか。



『おしまい』


[No.285] 2008/05/11(Sun) 21:26:46
後半戦ログですー (No.285への返信 / 4階層) - 主催

 次回とかについては前半戦ログのとこで。

 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little9-2.txt


[No.287] 2008/05/11(Sun) 23:23:27
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