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No.444に関するツリー

   第15回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/28(Mon) 21:23:02 [No.444]
月世界 - ひみつ 1419byte - 2008/08/02(Sat) 00:12:50 [No.462]
――MVP候補ここまで―― - 主催 - 2008/08/02(Sat) 00:11:39 [No.461]
ありのままに - ひみつ 4213 byte - 2008/08/02(Sat) 00:07:56 [No.460]
わんこと私 - ひみつ 10155 byte - 2008/08/01(Fri) 23:59:10 [No.459]
残響 - ひみつ 9602 byte - 2008/08/01(Fri) 23:55:48 [No.458]
それが本能だというのなら。 - ひみつ@9338 byte - 2008/08/01(Fri) 23:49:58 [No.457]
生の刻印 - ひみつ@4267byte - 2008/08/01(Fri) 23:30:13 [No.456]
NIKU ROCK FESTIVAL 2008 - ひみつ 2,036マッスル - 2008/08/01(Fri) 22:52:42 [No.455]
ある新聞部員による実態レポート『聞いてみた』 - ひみつ 8210 byte - 2008/08/01(Fri) 21:50:03 [No.454]
白紙に空はない - ひみつ 4609 byte - 2008/08/01(Fri) 17:31:14 [No.453]
ぜんぶこわれてた - ひみつ@だーく? 6561 byte - 2008/08/01(Fri) 16:46:30 [No.452]
ただし二次元限定 - ひみつ@6427 byte - 2008/08/01(Fri) 11:11:32 [No.451]
小次郎と夏の日 - ひみつ@5871 byte - 2008/08/01(Fri) 00:36:00 [No.450]
死というものと、となり合わせになったとき。 - ひみつ - 2008/07/31(Thu) 14:50:37 [No.448]
3,318 byteでした。 - ひみつ@ごめんなさい - 2008/07/31(Thu) 14:54:04 [No.449]
蒐集癖 - ひみつ4760 byteです - 2008/07/31(Thu) 00:34:44 [No.447]
抑えつける - ひみつ -1593 byte- - 2008/07/29(Tue) 07:30:50 [No.446]
前半戦ログとか - 主催 - 2008/08/03(Sun) 02:05:33 [No.467]
後半戦ログと次回以降について - かき - 2008/08/03(Sun) 23:53:59 [No.471]
小大会MVPについて - かき - 2008/08/04(Mon) 01:02:14 [No.475]



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第15回リトバス草SS大会(仮) (親記事) - 主催

※※
エクスタシーネタバレはまだ駄目です!!(10月よりおk)
第14回よりるーるを多少いじくってます。ご注意くださいませ。
※※


 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「本能」です。

 締め切りは8月1日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は8月2日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


 エクスタシーネタバレ厳禁です。(10月よりおkです)
 重ねてお願いいたします。


[No.444] 2008/07/28(Mon) 21:23:02
抑えつける (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ -1593 byte-

 寝返りを打つ。視界が動く。ベッドの反対側の壁。小さな花が申し訳程度に散らされた白い壁紙。吊るされた制服。肘のところが少し擦り切れている。気付かなかった。

 視線を少し上に。勉強机。教科書と辞書。ノートはない。鞄の中か、ひょっとすると教室に置いてきたか。椅子は最近少し軋む。

 段ボール箱の上に目覚まし時計。招き猫のかたち。時間になると関西弁で喋る。ずっと聞いていない。どんな声だったろう。今は、大丈夫、止めてある。短い針が上の方を向いている。

 視界が翳る。月に雲。息をする。吸う。ひゅう。吐く。ひゅう。心の中で、いち、に、いち、に。

 音はない。聴かない。音楽も、さざめく声も。

 雲が晴れる。月明かりが部屋の隅まで照らす。ぐぅ。おなかが鳴いた。髪が目にかかる。

 ちゃぷん。水の音。少しへこんだブリキのバケツ。知る限りでは三代目。右手を揺らす。少しこぼれる。

 視界が翳る。左手で髪をかき上げる。今日はさらさら。リンスのにおい。パジャマの袖。あわい青。青白い。震える。

 まぶたを閉じる。思う。想う。おもいだす。いろいろなひと。いろいろなこと。たぶんいろいろ。

 おとこのひと。せのたかいおとこのひと。しずかなおとこのひと。すこし話した。あやふやな記憶。また寝返り。まぶたを開く。白く翳る。

 吸う。ひゅ。吐く。ひゅ。心の中で。いちに、さんし、いちに、さんし。

 えらいね。すごい。頑張っている。応援しない。

 ちゃぷ、ちゃぷ。水がはねる。染みが増える。

 いたい。つめたい。言い聞かせる。へいき、へいき、だいじょうぶ。みぎての十字は勝利の証。だからこんどはだいじょうぶ。

 あくびがでた。まぶたが閉じる。まぶたを開く。まぶたが閉じる。

 ちゃぷちゃぷちゃぷと水の音。

 開く。閉じる。あとすこし。

 いち。

 に。

 いち。

 に。すっと冷える。私の勝ち。おやすみなさい。さようなら。


[No.446] 2008/07/29(Tue) 07:30:50
蒐集癖 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ4760 byteです

 人間には蒐集癖があります。
 それの対象は多岐に渡り、鉄道模型である事もあれば、切手である事もあり、お金であったりします。そしてまた、物ですら無い事もあるでしょう。
 趣味で集めている……そういった意味だけではなく、人は何かしら集める事をするのです。
 身近な例でいけば、井ノ原さんの筋肉や、鈴さんの猫も、蒐集の対象と言えるでしょう。神北さんの幸せも、そう言えるかもしれません。
 そして、それは同時に、集める人にとってのアイデンティティとすら言えるのです。
 筋肉に執着しない井ノ原さん、猫を嫌う鈴さん、そして、不幸を振りまく神北さんが想像できるでしょうか?
 仮に存在したとしたら、それは井ノ原さんであって井ノ原さんでなく、鈴さんであって鈴さんではなく、そして神北さんであって神北さんでない存在です。美しくありません。
 あ、いえ、筋肉は元からあまり美しいとは言えない気もしますが……
 それはさておき、蒐集癖とは、生き物が誰しも持っている本能、生き抜くための欲求が、形を変えて現れているのかもしれません。
 筋肉は力、猫は仲間、そしてそのものずばりの幸せ。
 かつて、そして今も人間が生き抜くために集めようとしているものにつながるでしょう?

 話が飛びました。
 そう、私が蒐集する対象は本です。
 一冊一冊が世界を持ち、私をその中に惹きこんでくれる知識と可能性の塊。その世界にひたり、そこから想像し、時に驚き、時に泣きながら現在と未来を夢想する……それが私。
 本には可能性があり、それは数が多いほど広がる……私が本に惹かれ、集めるのはその為でしょう。
 それは、おそらく本能……私の奥底に眠る、人としての本能が、未来に繋がるはずの知識を、世界を求めているのでしょう。
 知識の求め方、求める知識の種類。それは人それぞれですが、誰しもが得ようとするものです。
 何故なら、それは生き抜く為に最も必要な事であり、人が人である事の証明であるからです。人と動物の間には、生物としての違いなどはありません。その差は、知識と感情にのみ存在します。
 そして、本はその二つを同時に与え、育てる機会をくれる稀有な存在と言えるでしょう。
 ですから、私にとっては本こそが、蒐集の対象たる、最も重大で自然な対象なのです。

 ですから、私はその良さを、可能性を伝えたいと思うのです。
 同じ本を読み、共に笑い、共に泣く……そういった行為が絆を深め、各々の知識と感情を育む。これこそが仲間と言えるのではないでしょうか?
 動物は、本能のままに食べ物を蒐集しますが、それを周囲に与える事などほとんどありません。子ども以外には、群れの中であってもほとんど奪い合いでしょう。
 でも、人はそれを分かち合う事ができます。家族と、そして仲間と……
 かつて私は孤独を求めていました。
 一人本を読み、知識を求め、ただ日々を生きてきました。本の世界に入り込み、それを広げる事など考えてもいませんでした。あの人達に出会うまで……
 でも、今は違います。
 本は皆で楽しむもの、本の世界を共有し、広げるもの。
 いくら本から知識を得ても、いくら本に感動しても、それを一人で持っている限り、それはなんの意味も持たないとわかったのですから。

 ですから、私は、私が好きな本を、新しい仲間にも読んでもらいたい。絆を深めたいと思うのです。





「と、いうわけなのですが如何でしょうか二木さん?」
「……長い建前お疲れ様ね。でも、如何でしょうもなにも、人の部屋を本の海にしておいてから尋ねるなんて最初からそのつもりだったのでしょう西園美魚」
「あなたと能美さんの部屋ですね。ちなみに能美さんには許可を頂きました。私の部屋が手狭になったので、少々本を移動させて欲しいと……能美さんは、佳奈多さんは優しいから問題ないと仰っていましたが?」
「本が迫ってくる〜肌色の波がはるちんを潰す気だ〜っていうか、出られないのでどうにかして欲しいのですヨ?」
「やさ……ええ、少々の本には文句を言うつもりはないわ。でもね、留守中に勝手に本棚まで増設して、段ボールを10個も運び込んでおいて少々はないでしょうっ! あと葉留佳うるさい」
「酷いっ!? 溺れる妹にそんな言……」
「正確には12個です。それに、建前の部分に本心も含まれています、1割ほど。面白い本ばかりですよ? 泣く泣く実家に置いてきたものの一部です」
「あの……はるちん無視ですか?」
「じゃあ9割は建前じゃない、それにボーイズラブとかいうのに興味はないわ。あと、私にはクローゼットにカメラもって潜んでいるような妹はいない」
「や、やははこれは……って崩れる、本崩れてるっ!? はるちん潰されます、お姉ちゃ……」
「そうですか、あなたは百合でしたね、失礼致しました。そういう本も混じっていますが?」
「そういう意味じゃない、誰が百合よ!」
「違うのですか?」
「違うに決まっているでしょう」
「私はアリだと思うのですが」
「ないわよ。で、こんなに本があっても邪魔なだけ、どきなさい西園美魚」
「ま、まずはるちんに乗っかってる肌色の山を……どい……」
「そうですか……残念です」
「一箱位ならともかく、さすがにこれはないわ。私も手伝うから送り返し……」
「そうですね、さすがにこの量ではベットが一つだけになってしまいますし」
「……」
「もう夏だというのに、二木さんと能美さんに一緒のベットで眠れを言うわけにもいきません。諦めます」
「…………」
「それでは片づけます、まずは能美さんのベットの上にあるものから」



「……クドリャフカが約束したのなら仕方がないわね」
「よろしいのですか?」
「ルームメイトの言葉だもの、責任はとるわ」
「……ありがとうございます、あと感想を楽しみにしていますね」





〜了〜


[No.447] 2008/07/31(Thu) 00:34:44
死というものと、となり合わせになったとき。 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ




 逃げた。
 ここから、先へと。
 
 
   死というものと、となり合わせになったとき。
 
 
「はぁ、はぁ…っ」
 僕は走っていた。
 ここから、逃げるために。
 横を通り抜ける風の音はうるさく、僕を急き立てるように感じた。
 なぜ逃げているのだろう。
 それは、
「…はっ…、はぁ」
 それは、そのとき感じたもの。
 なぜか分からないけど、僕はものすごく、恐怖を感じたんだ。
 
 
 
 その人は逃げろといった。
 そこから先へ。
 現実と向き合え、といった。
 怖かった。
 こわかった。
 …なにがだろう。
 なにが、こわかったんだろう。
 
 
 
 僕は
 
 
 
 周りの景色が消えてゆく。
 今まで形を保っていたものに、次々と霞がかかってゆく。
 現実では、無くなる。
「…はぁ……っ」
 今までなんとも感じていなかった校門までの距離が、ものすごく長く感じた。
 それだけ、ここは冷たく暖かい。
「鈴……」
 僕は一緒に走っているはずの鈴に声をかける。
 なぜか、不安になったから。
「……ん」
 かすかに、鈴の声と鈴の音。
 そして、足音。
 安心した。
 …ここに、いた。
 
 
 
 ここには優しい人たちがいっぱいいた。
 僕は死なない、と。
 僕はこの先に進め、と。
 背中を押してくれた人たちがいた。
 僕には、その人たちに感謝を伝える方法が無い。
 まだ、ない。
 
 
 
 僕はそのとき
 
 
 
 走っている。
 消え去ってゆく夢の中を、走っている。
 消えてゆく。僕らの世界が。
「…はっ…」
 真っ白で、そこはまるで雪のようで、何もかもが白く埋め尽くされ、
 そして、きれいだった。
 そんな中、消え去る瞬間でも、その世界は、
 きれい、だったんだ。
 
 
 
 ずっとずっと、僕は旅をしてきたような気がした。
 深い深い雪の中、ずっと何かを探すように。
 隠された秘宝を探すように、ただ。
 歩いて、歩いて、歩かされていたような、感覚。
 僕は、どうして、何のために、ここまで。
 ここまで、歩いてきたのだろう。
 
 
 
 僕はそのとき、ずっと
 
 
 
 外が、見えた。
 その外は、もう。
 真っ白で、何かがある白ではなくて、ただ何もない白で。
 空白。
 その言葉通りの、そと。
「…もう、すぐ…」
 この守られた、暖かくて、それでいて冷たい世界。
 そこから、出て行ってしまう。
 なくなってしまう。
 いままでの、何もかも。
 何も…。
 なにも…?
 
 
 僕はそのとき、ずっと探してきたものが
 
 
 
 その世界には、どんな思いがあったのだろう。
 暖かかった。
 ずっと、暖かいと、信じて疑わなかった。
 ずっと、ずっと、信じていた。
 そんな、子供のときのような、そんな、すばらしい時間がいつまでも。
 いつまでも、続く、って。
 信じていたのに。
 しんじて、いたのに。
 
 
 
 僕はそのとき、ずっと探してきたものが、砕け散るのを
 
 
 
 ―――知った。
 知って、しまった。
 僕は、その暖かい世界から、一歩踏み出した。
 何も無い、空白へと。
 本当は何もなかったんだ。
 もとから。
 その何も無いものを、僕はずっと追いかけていたんだ。
 でも。
 でも、間違いなく、その探し物は僕を繋ぎとめていたんだ。
 僕を支えていたものが、砕けて、散って、ぼろぼろに。
 そうだ。だから僕は、あのとき。
 逃げたんだ。
 あそこから、あの、なにもないと、知らされてしまったあそこから。
 だから。
 僕は、こわかったんだ。
 僕が、僕自身が崩壊していくような、そんな感じがした。
 そう。
 ここは、くうはく。
 何も無い、しろ。
 僕がずっと、しんじていた。
 何かがあると、しんじていたこのしろの中に。
 僕は、ただ。
 ただ、沈んでいった。
 
 
 
 何かがあると思っていた底は、ただのしろ。


[No.448] 2008/07/31(Thu) 14:50:37
3,318 byteでした。 (No.448への返信 / 2階層) - ひみつ@ごめんなさい

すみませんでした…。
書き忘れました…!


[No.449] 2008/07/31(Thu) 14:54:04
小次郎と夏の日 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ@5871 byte

「こ、こんにち……」
「かあああああああっ!!」
「ほわぁぁああああっ!?」

 扉からおずおずと顔を出した小娘を一喝する。そやつは、間の抜けた叫び声を上げて逃げ出していった。
 気だるい昼下がりに、景気づけの一発。これでここのじじばばどもも、少しは暇を潰せるだろう。何人か驚いたままあの世逝きになった所で、そんな根性なしどもの事は知らん。
 館内にごみ箱や小娘が転がる音が響き渡り、笑いや気遣いが混じった声が聞こえたが、やがてそれも消え、ここは静かになる。





「……夏風が心地いいわい」
 しばらくして、独りごちた。
 ずいぶんとやかましい蝉時雨や、遠慮会釈のない日射しの中を、山からの風が吹き抜ける。ゆっくりとカーテンが揺れる。思わず頬が緩んだ。
 この辺りは街から離れ、夏の匂いがしっかりとして気持ちよい。木と、土と、生き物と……一緒くたにした匂いを嗅いでこその夏じゃ。 
 クーラーとかいうものもついているらしいが、涼しい夏など風情もなにもあるものか。たたき壊してやったわ。
 代わりにつけた風鈴は、涼しげに鳴る。からからと鳴る音を聞き、夏を感じるのは実に風流、騒がしいモーロクじじいどもと一緒に、芸能番組だのを見るのは性に合わん。
 


「ふん」
 たった独りの部屋の中を、静かに風が吹いていく。
 山の匂いは鮮烈で、蝉時雨は止むことがなく、日射しが肌を刺す。太陽は中天を過ぎ、転がり始めたが、未だ暑い……ただ暑い。
 昔、こまりと共に過ごした夏はどうだったか……ここよりももっと暑く、もっと心地よかった記憶がある。
 暑くなると、縁側に座り、こまりと二人西瓜を食べていた。ここのようなしみったれた部屋ではない、広い広い畳の上を、夏風が過ぎていった。
 あの時の西瓜は大層うまかった。近くの川で冷やし、頃合いを見て二人でとりにいったものだ。こまりはとろく、幾度もずぶぬれになっておったが……
 じゃが、兄の名を呼び、わしに西瓜を食わせるこまりは幸せそうだった。わしも、きっと幸せだっただろう。例え、我が名を呼んでくれなくとも、それでも……
 今は独り、部屋にいる。



「ふん……」
 外を見れば山の景色は昔と変わらず、緑が空へと昇っておる。こまりがおった頃と変わらぬ、拓也や、小毬がまだ外で駆け回っていた頃となんら変わらぬ。
 届かぬ幸せに手を伸ばそうとし、押しとどめた。いかん、わしはここまで耐えたのだ、これは、墓場まで持って行かねばならん腕だ。
 あの小僧っこは、わしをあと80年は生きるとかほざいておったが、それはあるまい。人は老い、死ぬ、それが定めじゃ。
 そして、そのあと数年か、十数年の幸せの為に、きゃつらの幸せを奪う事はできん。
 おそらく、小毬と小僧を呼べば、あの頃のような幸せを感じる事ができるかもしれん、いやできるじゃろう。
 だが、どうしてもわしはそれを恐れる。
 たった一人のわしの希望を、兄の希望を、拓也の希望を……そしてこまりの希望を傷つける事は怖い。
 妙な小僧が現れ、あの事故があり、そして現在がある。
 あの小気味よい小僧が言うには、小毬はもうだいじょおぶ、おっけいですよとの事だ。いまいち安心できない口調じゃったが、まぁきゃつは嘘はつかぬだろう。騙される事はあっても、騙す事はできそうにない、今時珍しい小僧じゃ。
 だが……危険は冒すまい。小毬は、わしの側に寄らせるわけにはいかぬ。

 もう、失うのも、失わせるのも十分だ。
 老いさばらえた果てに、ようやく安心できたのだ。こまりが……小毬の楽しげな声が聞こえるだけで、この老骨は満足すべきなのだろう。
 わしは、そこらの連中とは違う。独りで生き、独りで死んでいったところで無念に思うまい。それどころか、最後の最後で不安が消えたのだ、感謝せねばなるまいな。
 じゃから、最期まで傲岸不遜でいたいものだ。奴らが同情などせぬように。
 皆から受け取った想いを渡す、幸せを渡す、自らの幸せより、孫の幸せを願おう。それが、神北小次郎としての役目、親として、祖父としての役目……そして、人としての本能なのじゃ。
 


 向こうからは、小毬の声が聞こえる、じじばばの楽しげな声も聞こえる。
 わしは、それを一言たりとも聞き逃さぬように耳をそばだてた。間抜けな自分の姿が、たまらなく惨めに思えた。
 昔は街に出るたび、こまりに寄りつくたわけどもを一喝し、ちびらせておったというに……墜ちたものだ。
 
 人は孤独を恐れる。誰かに自分を理解して貰いたい、共に笑い、泣きたいというのは、それは人としての当然の心。
 そしてまた、孤独を求めるのも、それと全く同じじゃ。
 人を好き、ぬくもりを求めるという事は、それを傷つけ、傷つけられる可能性をも求める事、人に好かれたいというのは、嫌われる事を恐れるということ。
 人を遠ざける連中は、結局の所、嫌われ、嫌うことを恐れているのか。愚かな話だ。そんなわしが言うのだ、間違いはあるまい。





「結局、わしはただの臆病者か……」
 時間が過ぎ、独語した。
 小毬の声はもう聞こえぬ、帰ったのじゃろう。昔は帰りがけにも寄っておったものだが……毎度毎度追っ払われる内に、たまに覗くだけになりおった。
 小僧も最近は愛想を尽かしたのか、寄りつかなくなっている。

「それでいいんじゃ、小毬、小僧」
 寂しさを払うように言った。風が吹き、風鈴が揺れる、風はそろそろ温い。
 偏屈で臆病者のじじいは、勇敢な若者に後事を託す。
 そうだ、それでいい、幸せスパイラル……とか言っておったか、小毬や小僧ならばできよう。まして、奴らには仲間がおる、話に聞くだけで、この老体の血が沸き立つような、愉快で強い仲間達が。
 わしにはできぬ、できなかった。スパイラルどころか、たった一つの幸せすら守れなんだ。わしができるのは、せめてわしがなしえなかった幸せを託す事だけじゃ。

 毛布を被り、寝る。さすがにまだ暑いが、なに、寝ている内に丁度良くなるじゃろう。
 小毬が去ったのなら、あとは晩飯までなす事など何もない。
 独り眠り、飯を喰い、風を浴び、やがて死ぬ。孤独に最期を迎えようが、それはさだめか。好いた女一人幸せにしてやれなかったわしには、それでも贅沢すぎるやもしれんがな……
















「りりり理樹くん、おっけーですか?」
「うん、今日こそおっけー。いびきかいてるよ、このじーさん……寝てるときまで騒がしいんだから」
「じゃあ……ごーしていい?」
「うん、遠慮なく。ぼくの部屋じゃないけど」
「ほわぁあっ! 緊張するよ〜黙って入って怒られないかな?」
「きっと大丈夫だよ……多分」
「そっかー理樹くんが言うならだいじょーぶ……?」
「怒られる前に近づいちゃえばもう大丈夫。結局、近寄らせないのなんて近寄らせたらおしまいだから、孫が嫌いなじいさんなんていないしね」
「ほぇ?」
「何でもない何でもない、ほら、早くご飯の準備しよう。折角作ってきたんだから」
「う、うん、じゃあおっけーなことにしよう。おっけー?」
「おっけー。まったく、手間かけさせるところは変わらないんだから……でも、ぼくと小毬さんがもらった分の幸せは返さないとね」


[No.450] 2008/08/01(Fri) 00:36:00
ただし二次元限定 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ@6427 byte

「ねえねえ、理樹くんのこと、おにいちゃんって呼んでもいい?」
 事の発端は、相も変わらず清々しいまでに脈絡のない葉留佳さんの言葉だった。










まあ要するに妹萌えについての話。










「いやいやいや、いきなりなんなのさ。わけわかんないよ」
 おにいちゃんかぁ、いいなぁ、などと内心思っていることは億尾にも出さず――出てないよね? まあとにかく、僕はつっこみを入れておいた。葉留佳さんは邪気のない笑顔で何やら無性に楽しそうだ。
「えー、だって理樹くんはおねえちゃんの将来の旦那サマじゃないデスカー」
「ぶっ」
 思わず飲み途中のどろり濃厚カルピス原液ソーダを噴き出してしまったが、幸か不幸か葉留佳さんにはかからずに済んだ。
 それにしても、体育館脇の自販機のラインナップは相変わらず謎だ。どろり濃厚な原液と銘打っているだけあって、その味は喉がいがいがするほどだ。ついでに炭酸の爽快さが混じり合って最早わけがわからない。こんなものいったい誰が何に使うんだよまったく。
 と、まあ軽く現実から目を逸らしていると。
「うひゃー。もう、ばっちぃなぁおにいちゃんはっ」
 なんかもう、どう考えたって不幸だったと思えてくる。それでも僕は、それが義務であるかのようにつっこみを入れる。入れなきゃもうどうしようもなかった。
「だからなんでナチュラルにおにいちゃんなんて呼んでるのさ」
「はっ! まさかおにいちゃん、おねえちゃんを捨てる気デスカ!?」
「そんなことをするぐらいなら僕はむしろ自分の命を捨てるっ!」
「ひゃはあっ、オトコらすぃおにいちゃんってステキっ」
 なんかもうわけがわからない。いくら脈絡のなさと話の噛み合わなさが葉留佳さんの美点だとは言っても、これはないだろう。あれ、美点だっけ? いやまあどうでもいいけど。
「まあとにかくそういうわけなのデスヨ」
「いや、いきなりまとめにかかられても……」
「むー、まったくしょうがないおにいちゃんですな。こうなったら、あの方の出番だァーッ! カモーン!」
 葉留佳さんは脈絡なく指をパチンと鳴らす。同時に、影。それはちょうど、僕らの頭上から舞い降り、いや、飛び降りてきた。
「俺を呼んだかい? はりゃほれうまうー」
 マスク・ザ・斎藤が現れた。
「呼びましたともアニキ! さあ、このわからず屋なおにいちゃんをどうにかしてやってくださいアニキ!」
 相変わらず子分キャラだった。というか、もう三下でいい。
 しかし斎藤は本気だった。ずん、と力強く前へと――僕へと、一歩を踏み出す。
「任せときな。うまうー」
「アニキー、カッコいいぞー!」
 さっきの状況からさらに輪にかけてわけがわからなくなっているが、僕はもうつっこむ気さえ起らなかった。いや違う。あれはもう、完全につっこみ待ちなんだ。つまりつっこんだら負け、向こうの思う壺。だから僕は耐えなければならない。はりゃほれうまうー。
「小僧」
「……なにさ」
 威圧的な斎藤の声。僕は踏ん張った。
「おまえ……おにいちゃん、と呼ばれて何を感じた」
「何って……」
 ちょっといいかもなぁ、と思った。それを葉留佳さんに聞かれないよう、斎藤に耳打ちして伝える。僕はいったい何をしてるんだろうなぁ、と思った。
「それだけか? うまうー」
「うーん……」
 何かこう、胸の奥底から湧き上がってくるものがあったよ、とまた耳打ちする。すると斎藤は豪快な笑い声をあげ、僕の肩の上に、力強くその手を置いた。ちょっと痛かった。
「はりゃほれ! ちゃんとわかってるじゃないか、うまうー。つまりそれが……妹萌えだ」
「妹萌えだって!?」
 雷が落ちたかのような衝撃を受ける。身体がわなわなと震え始めた。止まらない。僕は恐怖していた。
「い、いもうと……もえ……だなんて……。そんな、そんな馬鹿な! 恭介じゃあるまいし! そんな変態チックな! うわあああああああっ」
「……なに、恥じることはないさうまうー。妹萌えってのは男女関係なく、それどころか妹がいなくたって感じ得るものだからな」
 ほんのかすかな……小さな光が、射した気がした。
「そ、そうなの……? つまり、妹に萌えるのが普通……? むしろおかしかったのは、今までの僕……?」
 その光は、少しずつ、少しずつ大きく、強くなっていき、そして。
「ああ、その通りだうまうー。妹萌えとはつまり……人類普遍の……本☆能なんだよ! はーりゃほーれうっまうー!!」
「本☆能……!」
 それは、僕を照らす太陽となった。
 直後、「きしょいんじゃボケーッ!!」と叫びながら200メートルほど助走をつけて駆け込んできた鈴の飛び膝蹴り――ハイキックにはあったパンチラという慈悲すら存在しない、容赦皆無必殺必倒の一撃によって斎藤は沈んだ。
「お騒がせした。あとはしっぽりむふふといってくれ」
 鈴はそう言って斎藤の仮面を剥ぎ取ると、それを装着して恭介を引き摺り何処かへと姿を消した。しばらくして、遠くから「はりゃほれうまうー」と雄叫びが聞こえてきた。
「やはは。どうなってんですかねー、コレ」
 僕が聞きたい。
「まあそんなわけで、はるちんは妹としての立場を利用して理樹くんに甘えたくなっちゃったのデスヨ」
「利用とは、また露骨なこというね」
 脈絡がないことについては、最早つっこむ意味を見出せなかった。
「というわけだからー。えいっ」
「わ、わ」
 いきなり、右腕に抱きつかれた。なんかこう柔らかいものが押し付けられるくらいに密着している。
「えへへー。おにいちゃん♪」
 さらに上目遣いでそんなことを言われてしまっては、もう降参するしかなかった。空いている左手で、頭を撫でてあげる。僕の可愛い妹は、くすぐったそうに目を細めた。
「甘えん坊だね、葉留佳さんは」
「んー、おねえちゃんにも同じこと言われますヨ」
 やはり斎藤の言葉は正しい。妹萌えとは、男女の違いもなく誰もが持つ感情。二木さんとまたひとつ通じ合えた気がして、僕にはそれが嬉しかった。
「ところでおにいちゃん」
「ん? どうしたの?」
「はるちんはそろそろ、おねむの時間のようデス。ふわ」
 口元に手を当てて、小さく欠伸する。寝不足なのだろうか。
「それで、そのぅ……ちょっと、枕が欲しいかなー、って」
 どこか恥ずかしそうなその様子に、僕は得心がいった。辺りを見回す。中庭にあってちょうどよさそうなのは、芝生といくつかのベンチ。……まあ、ベンチかなぁ。最近芝生の生育状況がよくないって二木さんが言ってた気がするし、できるだけ怒らせたくない。
「じゃ、向こうのベンチ行こうか」
「んー、それはいいケド……枕はー?」
 不満げなのか不安げなのかよくわからない表情の葉留佳さんに、僕は笑顔で答えてやった。



「いやー、なかなか寝心地のいい枕ですな」
「そりゃよかった」
 木陰のベンチで、僕は膝を提供していた。つまり、膝枕である。僕が、葉留佳さんに。
 葉留佳さんの長い髪を、指でゆっくりと梳いていく。ふわりと、柑橘類の良い匂いがした。
「あー、やば……ほんとに寝ちゃうかも……」
「いいよ、寝ても。眠いんでしょ?」
「でも、そうするとおにいちゃんがしばらく身動き取れなくなっちゃいますヨ?」
 ここにきてやけに遠慮深い妹だった。普段からもっとそうしていれば、二木さんに叱られることもないだろうに。いや、あれは構ってほしいという意思表示だから無理か。
 なんにせよ、すでに僕の心は決まっていた。
「構わないよ、そんなの」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
 ようやく素直になった葉留佳さんは、ゆっくり瞼を閉じていく。
「おやすみ」
 相当な眠気だったのか、返事もないままに葉留佳さんは寝息を立て始める。失礼かな、と思いながらも、その寝顔を覗き込んでみる。実に安らかだった。何人からも何事からも守ってあげたくなる、そんな寝顔。
 また、髪を梳いた。


[No.451] 2008/08/01(Fri) 11:11:32
ぜんぶこわれてた (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ@だーく? 6561 byte



 甲高い金属音が感情を掻き消す。
 同情はない。慈悲もない。
 目の前の奴らはそのどちらもくれなかったのだから、くれてやる必要もない。
 ハンカチを取り出し、飛び散り頬にこびり付いた血を拭き取る。

 それから、隣で自らに笑みを向けてくる愛しい妹の名を呼ぶ。

「ねぇ、葉留佳」
「なぁに、お姉ちゃん」
「こいつら、どうしよう?」

 ひっ、と短い悲鳴が上がる。

「喋るな。音を発するな。耳障りだって言ったでしょう。物分りの悪い愚図は嫌いなのよ」

 並び立ててから、佳奈多は手に持った鉄パイプを振り上げて、しゃがみ込んだ『それ』の頭に向けて振り下ろした。
 先端がすぐ後ろの壁に当たりまた喧しい金属音を響かせて、脳天を割る寸前で鉄パイプの動きは止まった。
 だが、佳奈多と葉留佳の眼前で恐怖に竦む人間には、その事すら認識出来ない。
 生きている、その事を知るだけで精一杯だった。或いは、その事ですら認識は出来ておらず、何も考えられないまま身体が動いているだけだったかも知れないが。

「そうだねぇ」

 ふむ、と薄く口を歪め、葉留佳は顎に手を当てた。
 思案するような仕草だったが、実際のところ大して考えてなどいない。
 答えは出ているのだ。この機を逃せばどうなるか。最悪、死が待っているかも知れない。
 そうなる前に全てを終わらせて、手に入れなければならない。なら、必ずすべき事は決まっている。
 けれど、結果的にそこに行き着けばいいだけ。

「私と、同じような目にあってもらうのも面白いカナァ」 

 一思いに殺してしまうのもアリだろう。世間様の事を考えればそうはいかないのが実情だが、『もの言わぬ人形に生きる価値など無い』。
 人としても。生き物としても。人形としても。玩具としても。
 かつて自分自身に向けてそう罵った人間が今、身を屈めて震えている。
 動くだけ、生きているだけ、穢れた血が通っているだけ。動く人形は呪われた人形だ。
 そんなこわいもの、

「壊しちゃったほうがいいんじゃないかしら?」
「でもほら、気持ち悪くても人形って一応玩具だからさ。可愛がってあげなきゃ――私たちが、満足出来るまで」
「葉留佳は優しいのね」

 柔らかな笑みを浮かべて、佳奈多は嬉しそうに葉留佳の頭を撫ぜる。
 酷い目にあってきたにも関わらず、羨ましいほどに繊細で綺麗な、自分と同じ色をした長い髪を指に絡め、目の前に運ぶと慈しむようにその髪先に口付ける。

「なん、で」

 ひゅ、と。
 葉留佳と佳奈多の外からした不快な声を制する、空気を切る音。
 鼻先に突きつけられた鉄パイプの僅かに錆びた臭いに怯みながらも、人形は最後の一捻りの生を――生存本能をふたりに対して露にする。

「そんな報告は、」
「へぇ?」
「こいつ面白い事言うね、お姉ちゃん」
「えぇ、まったくだわ。……ここに集められた人形たちを見て、その意味もわからないなんて」
「私らの監視なんてのはね……教師も生徒も、みーんな、もう取り込んじゃってるの。だからそんな報告は行かなくて当然ってこと」

 まるで、本当に玩具の人形に答えるかのような憎しみも怒りも篭らない笑顔で、2人は疑問に答える。
 じゃれ合うように手を繋ぎ、当たり前に顔を近付け、幸せそうに身を寄せる。

「く、く」

 ――狂っている。
 言おうとして、言えない。今更何を言っても、2人は自らを救う気など微塵もないと朽ち掛けた人形は理解出来ていたから。

「狂っている、とでも言いたいのかしら? 残念ながらそれは間違い。狂っているのはあなたたちの方。私と葉留佳を分かった世界の方」
「私たちが継いだら三枝の家の全部をあげる――そう言ったら、みんな簡単に寝返っちゃうんだもん。笑っちゃうよねー」
「ホントにね。でも私はあいつらが単純で助かったわ。……だって、私は葉留佳がいれば、あんなものも、何もかもいらない」
「うん、私もだよ、おねえちゃん。私はおねえちゃんがいれば、ぜんぶ、それでいいのデス」

 夜の空の下、二木家の庭に艶かしい水音が生まれる。
 目を開けたまま啄ばむようにふたり唇を合わせて世界を証明するみたいに、理性もなく本能のまま佳奈多と葉留佳は互いを求め、溺れる。
 仲直りした。一緒になれた。一緒になれる。そのためなら、なんだってする。その決意が揺らぐ事のないよう、ふたりは互いを求め続けその快楽に沈む。
 そんな2人の行為を非難するかのように砂と靴底の擦れる音がして、佳奈多はすぐさま鉄パイプを振り抜いた。
 屈んだ姿勢で脇を走り抜けようとしたのだろう男に向けて。
 その一撃は顔面を的確に捉え鼻を折り最後の気力を容易に奪い去った。

「そんなに死に急ぐ事もないでしょうに。大人しくしていれば殺しはしないんだから……ただ、二度と私たちに逆らえないよう教育する事が目的なんだもの。
 その出来の悪い脳にちゃんと教えてあげる。私と葉留佳の仲を邪魔すれば、どんな報いを受けるのか。もっとも、あと数年であなたたちにはその意思どころか力すらなくなるわけだけど」

 既に痛めつけられ意識を失い横たわる二木の人間。三枝の人間。佳奈多と葉留佳に、恐怖を刷り込み逆らう事をさせないように育てた『つもり』だった愚か者たち。
 だが、本能は理性を凌駕する。同じ血を分け合った姉妹。失敗すればどうなるのか。どんな目に合うのか。2人して奈落の底に叩き落されもう二度と会えないかもしれない。
 そんなリスクなど、考えはしても無視出来るほどに、佳奈多と葉留佳は互いの存在を欲し、求め合い、依存し、生きてきた。
 そしていがみ合った末の理解の先に見たものは……2人で生きる未来。2人だけで生きられるとはどちらも思っていない。
 ただ、誰と関わろうとも、誰と交わろうとも、誰とわかれようとも、姉の手だけは、妹の手だけは離さなくてもいいせかい。

「佳奈多、愛してるよ」
「ええ、私もよ、葉留佳」
「だから」
「うん」
「「ずっと一緒にいようね」」

 それはこの場で倒れ伏し壊れてしまった人形たちに否定され妨げ続けられた当たり前の事。
 その言葉に嘘はなく、永遠に裏切りはありえない。誓いと同時に、佳奈多が最後の一体に鋭い一撃を見舞う。
 鈍い音と共に走る衝撃は肉を突きぬけ、内臓を歪ませ、骨を折り、目から光を奪い、生存本能すら無に帰す。
 仰向けに倒れ伏した人形に葉留佳が近付き、恨みを晴らすのではなくただ遊びの延長のように自然に、足のつま先を喉の奥に押し込んで回し歯を蹴りつけ眉間に踵を落とす。
 共同作業のように2人で首を絞め呼吸する権利すら奪い去り、全てが自分たちの意思のままに決まるのだと調教するかのごとく髪の毛を引き抜く。
 耳障りな叫び声も嘆きも許しを乞うために口を開こうとするその行動もすべてを制する。不幸なのはこの人形が気絶出来なかった事か。
 助けも呼べず非難も出来ず自らの失敗を嘆く事も出来ずただ苦しみをその身に受け続ける。

 人形には生を求める本能はもうなかった。ふたりは殺しはしないと言ったではないか。ただ黙っているだけでいいのだ。
 こんな苦しみの先にもまだなお生を与えてくれると言うならば、この姉妹はなんと慈悲深いのだろう。
 そんな事すら思う。ようやっと首が解放され呼吸を再開したあたりで意識は遠のき始める。生きてるじゃないか。それでいい。逆らわなければ生きて行ける。
 手放しかけている意識の外から聞こえる佳奈多と葉留佳の幸せそうな笑い声はまるで天使の祝福のようにも思えた。そんな錯覚が、狂ってしまっているからだと言う自覚は人形にはありはしないし、芽生える事もない。
 だって、とうの昔にこの家の人間は、三枝の血を僅かでも持つものは、皆狂ってしまっていたのだから、そんなものは今更だ。
 狂っていること、いつか狂うこと。この家の人間にとってそれが正常。学習も経験もせず生まれ落ちた時点で得ている本能同然のものなのだ。

 佳奈多と葉留佳だって、例外じゃない。生まれ方と狂うまでの経緯と境遇がちょっと皆と違っただけだ。


[No.452] 2008/08/01(Fri) 16:46:30
白紙に空はない (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 4609 byte

 その時、二木佳奈多は仲直りした妹に尋ねた。

「ねえ。何で直枝理樹を選んだの?」
「え?」

 きょとんとした顔で振り返る葉留佳に、佳奈多は続ける。

「拠り所にするのなら、彼じゃなくても良かったでしょう?現実は置いておいて、助けを求めるのならあの四人の中では一番頼りないと思うのだけど」
「むー、理樹くんをバカにすると許さないから」
「私だって直枝理樹の頼もしさは、まあ、今では知ってるわよ。でも普通、助けを求めるのなら棗恭介じゃない?」

 唸りだしかねない妹を宥めつつ疑問をぶつける。
 佳奈多にとっては当然の疑問だったのだ。
 結果的に彼は最高の結果を出してくれたけれど、もしも自分が葉留佳の立場であったとして、果たして彼に頼る気になれるか、と。
 もちろん葉留佳だって無意識の依存だったのだろうし、明確な理由を口にできるわけではないのだろう。
 ただ、無意識ならばより頼りになりそうな人物に依存するのが自然ではないのか。そんな疑問だった。

「そりゃ恭介さんは完璧超人だから頼りになるけどさ。なんてゆーか、優しくはないと思うんだよね」
「そう?幼馴染の為に世界まで作ってしまうような男が?」
「うん。恭介さんが大事なのはもう決まっちゃてて、優先順位があるんだ。だから、もし私を助けることで鈴ちゃんたちが窮地に立つようなことがあれば、きっと見捨てる」
「それでも、両方を助けてしまうのが棗恭介じゃないの?」
「あれれ?佳奈多ってばやけに恭介さんに詳しいね。何かあったの?」
「質問しているのはこっちよ」
「まあいいですけどネ。……確かに両方助けちゃうのかもしれないけどさ、でも結局、自発的に介入してくることはなかっただろうし」
「まあ、そうね。そんなお人好しは直枝理樹だけだわ」
「でしょ、というのも何だかヘンな気もするけど、まあそーゆーコト。それにね、やっぱり見捨てられるのが怖かったんだと思う」

 後半は早口だった。葉留佳は俯き、それからゆっくりと顔を上げる。

「理樹くんってさ。何も知らないくせにヘンなトコで鋭くて、ちょっとでも関わると見て見ぬフリができない人だから。やっぱり、無意識にSOSサイン出しちゃったのかも」
「直枝理樹なら、介入してきてもいいと思ってた?」
「そんなことない!そんなことない、と、思う」
「ハッキリしないのね」
「なら佳奈多が私なら、どう思う?」
「私なら遠ざけるわね。決まってるじゃない」
「だよネ。全く我が姉ながら怖いなぁ」
「ちょっと。それはどういう意味?」

 やはは、と笑って葉留佳は誤魔化す。全然誤魔化し切れてなんかいないけど。

「でもね。私と佳奈多の立場が逆でも、絶対理樹くんは動いたと思うよ」
「………なぜ、そうも言い切れるのかしらね、貴方達は」
「え?」
「こっちの話。で、理由を聞いてもいい?」
「ん、だって理樹くんは実はワガママさんだからネ。どこまでも普通なのに、自分が納得できるまで諦めたりしないんだよ」
「もうその時点で普通じゃないわ。アレ、絶対頭のネジが何本か飛んでるわよ」
「それを言うならリトルバスターズのメンバーは全員そうだって」
「確かに、そうかもね」

 佳奈多も含めて、きっとそうなのだろう。コワレテイルわけじゃなくて、ただ人よりほんのちょっぴり珍しいだけの話。

「あんなに楽しくて、大切なモノがあったらさ。そりゃあ何が何でも、何を犠牲にしてでも守りたくなるってもんですヨ」

 きっと、葉留佳の言ったことが全てなんだろう。そのカタチはそれぞれ違っていたにしても。
 誰だって何かしら背負っていて。それが重荷であるのなら、軽くするには二つしか方法がない。
 自分が強くなるか、他人を頼るか。
 でもその中で、他人に頼る方法を知らない不器用の集まりが、あのリトルバスターズだった。
 その中で唯一、頼り方を知っていたのが直枝理樹だったから。
 葉留佳にしても佳奈多にしても、気がつけば彼に心を許している。

「でもまあ、こんな『世界』を作っちゃうのは、野生の本能ってやつかな」
「あらどうして?私には感情の塊に思えるんだけど」
「恭介さんはそうかもしれないけどね。やっぱりさ、誰でも生存本能ってヤツはあると思うんだ。それが夢でも、終わりを先延ばしにできるなら……縋りつきたくなるもん」
「そう、ね」

 そうでなければ、こんな不可思議な世界は生まれなかっただろう。
 二人を助けたいという想いが一つであることが事実である一方で、やはりそれぞれが心の奥底で願いを秘めている。
 だからこそこうして姉妹は和解できて、幸せの可能性を手に入れた。
 だが、夢の中でだけハッピーエンドを迎えたって仕方がない。いずれ覚める夢だとしても、せめてシンデレラのようにガラスの靴は残さなければ。

「でもね、葉留佳。きっと大丈夫よ。直枝理樹は我慢ができない人だから」
「大丈夫って、何が?」
「私たちのハッピーエンドだけじゃ終わらないって事。『Nothing or All』だとしてもね。きっと、辿りつけるから」
「佳奈多?」
「そろそろ次だわ。でも、忘れないでね」
「にゃはは、佳奈多は心配症だなぁ。大丈夫だって。もしも忘れてても、理樹くんが思い出させてくれるから」
「そう。なら、安心ね」
「うん、安心。だから、もう行くね」
「ええ」

 白い世界は完全に白紙に戻る。この上に、次はどんな物語が重なるのだろう。
 イレギュラーであっても、筆を持たない佳奈多には描くことはできないけれど。

「ねえ、棗恭介。貴方は本物の奇跡の起こし方を、知っているのかしら?」


 もう何も残っていない空を、仰ぎ見た。


[No.453] 2008/08/01(Fri) 17:31:14
ある新聞部員による実態レポート『聞いてみた』 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 8210 byte

「暑いわね。あんたちょっと取材に行ってきなさい」
 結局、いつ明けたのかうやむやのうちに梅雨が過ぎ、いつの間にか舞台に上がってきた蝉軍団が、連日音響兵器による精神攻撃を仕掛けてくる7月のある日。運動部と同じプレハブ棟の、空調といえば旧式の扇風機のみという部室で、暑苦しい熱血バトルものの少年漫画を熟読していた我が部長閣下は、ふと顔を上げるなり俺にそうのたまった。
 神よ。俺は何か貴方の怒りに触れるようなことをしたのか。




――ある新聞部員による実態レポート『聞いてみた』――




 問.『本能』という言葉を聞いてあなたは何を連想しますか?


 今更神に祈ったり呪ったりしたところで、正月には振袖姿の女子たちにテンション上げつつ神社に詣で、盆にはしぶしぶながらも親に付き合って墓参りをし、クリスマスには街に溢れるカップルに呪詛を吐きながらネットに興じるごく平均的な日本人青少年である俺には何のご利益もペナルティもあるわけがない。まあ呪ったら何かしらのリアクションはあるのかもしれないが。
 であるからして、部長の『暑いから人口密度下げるためにお前出て行け』発言を理不尽と思うのなら、記者は自らの弁舌だけで彼女を打倒しなければならない。うん、無理だ。そもそもこの暑いのに無駄に不毛な汗はかきたくない。幸い我が学舎はわりあい緑豊かで川も近い。木陰を渡り歩けば涼しいポイントにも出会えるだろう。適当に取材しつつ構内を歩いてみよう。
 そこまでを超高速8ビットパソコン並の頭脳で計算し、新聞部の真新しい腕章を身につけた。そして一人称を『俺』から『記者』へと改めた記者は、部室から出ると、日陰のほとんどないグラウンド脇を早々に脱出するため、まずは校舎に向かって歩き出した。


 取材といってもただの時間つぶしだ。何しろ我が新聞部は、設立わずか9ヶ月、部員はたった2名の「部」とは名ばかりの同好会だ。それでも設立当初は部長のほかにも部員がいて、月に2回のペースで新聞も発行していた。が、今年とある先輩が卒業したのを機に皆活動意欲を失い、1人抜け2人抜けして現在に至る。
 俺は入試の時に見かけた部長の姿に惹かれて入部を決めたのだが、アレは蝋燭の最後の輝きだったようだ。詐欺で訴えてもいいだろうか?
 ともかく、取材したところで記事にするわけでもなし。適当に何人か当たれば十分だろう。


 歩き出して間もなく、前方から女生徒が一人歩いてくるのが見えた。顔をチェック。よし、可愛い。近くには小さいが木陰もある。まずはこの暑いのに薄手のカーディガンを羽織って、アイス片手に歩いてくる彼女に聞いてみよう。
 ソフトクリーム様のアイスミルクと思しきそれは、校舎からの照り返しも合わさった強烈な陽射しに炙られて、表面をどろりと垂れ滴らせている。必然としてアイスを持つ右手は白くべったりと汚れるが、当人は時折それを下から掬い取るように舐め取るだけで、特段の対策を採っているようには見えない。
 というか歩きながら食べるのは行儀が悪いと思うのだけれどどうなのだろう。それと学食や購買にはアイスは無かったと思うのだが。
 よほどアイスに集中しているのか、それとも記者の影が薄いだけか、彼女は記者に気付く様子もなく横を素通りしていく。それほど集中しているのなら邪魔するのも気がとがめたが、気付いてももらえないのでは話にならないので、彼女の背中に声をかける。

――お前のぱんつの秘密を知っている――
「ほわっ!?……あ!あうあうあう。えーとえとーみなかったことにしよーみられなかったことにしよーおけー?おけー。ようしだぃじょー、ほわぁっ!?うううー、落−ちーたー」

 対象である彼女の注意を引く前に、いきなり声をかけたのがいけなかったのかもしれない。彼女はぎくりと身体を強張らせると同時に、アイスに向けて細めていた目を丸く見開いて、忙しなく辺りを見回した。
 そしてこちらに気付くと、今度は両手をパタパタと振り回しながら何やら早口でまくし立てる。必死な様は猫に襲われた鶏を見ているようで微笑ましい。
 つい眺めるのを楽しんでしまって注意をしそびれた。そんなに手を振り回せばどのような結果を招くか、知っていたというのに。
 猛暑に嬲られ続け、すっかり腰が抜けてしまっていたアイスは、度重なる揺さぶりに耐え切れず、ついに自らの体液でべとべとに濡らしたコーンのベッドから転がり落ちた。
 熱せられた地面に落ちてぐずぐずと溶け崩れていくアイス。朽ちてゆくその姿に涙を流し、慟哭する彼女。記者は自らが招いたこの悲劇になすすべなど無かった。

――こんなに零して、はしたない女性(ひと)だ――
「うう、ごめんなさいー。綺麗にしますから許して下さいー」

 涙に濡れた声で許しを請う彼女の姿に心を打たれた記者は、こんな場所で立ち話もなんですから、と定型の台詞で彼女を木陰に誘導した。


 やはり木陰は涼しい。落ち着いた記者は、幾分クールダウンした頭で彼女を観察する。やはり美少女と呼んで差し支えないだろう。明るい色のふわふわした髪を、大きな星の飾りが付いたリボンでまとめている。独特のセンスだ。
 間近でじっと観察していると、彼女が記者のほうに振り向いた。記者を見上げ、大きな瞳を不安そうに揺らめかせている。アイスを放置してきたのが心配なのだろうか。それについては、記者にも責任の一端はある。取材が済んだら謝礼も兼ねて新しいのを買うことにした。

――俺のお願い聞いてくれたら、新しいのを買ってあげますよ――
「ほわあっ!?だだだだ駄目だよ私には心に決めたひとがって言っても片思いなんだけどでもまだ諦めてなくて今年こそはって」
――駄目ですか。質問に答えてもらうだけの簡単なお仕事なのですが――
「うわああああんっ、まちがえたあーっ!はずかしいいーっ」

 自分の早とちりに気が付いて、顔を真っ赤に染めるところがまた可愛い。ついからかってしまいたくなるが、話が進まないので頭を切り替える。まずは彼女が落ち着くまで見守ろう。


「聞かなかったことにしよう。OK?」
「はい、OKですよ」
「聞かれなかったことにしよう。ようし、これでOK」

 事実から目をそらしているだけのように思えるが、そこを突付けばまたさっきの騒ぎをぶり返すだけだろう。日陰に入ったとはいえ、同じ場所に留まっているにはやや辛い暑さだ。さっさと切り上げて、もっと過ごしやすい所を探さなければいけない。

――落ち着いたようなので、早速質問よろしいでしょうか?――
「あ、はい。OK、ですよー」

 こちらが協力を求めれば笑顔で快く応じてくれる。世知辛い現代日本にはこのような人材がもっと沢山いてもいい。いや、いるべきだ。彼女のようなパーソナリティの持ち主は、きっと我々の暮らしに愉快な彩りを加えてくれる。

――『本能』という言葉を聞いてあなたは何を連想しますか?――
「連想?連想ゲーム、ですか?」
――単語でも漠然としたイメージでも結構です。思いついたままに答えてください――
「んん?うーん?」

 聞き方が悪かったのだろうか。彼女は首を傾げ、捻り、その場をぐるぐると回り始める。ぐるぐる、ぐるぐる。そのまま回り続けては目を回してしまうのではないかと心配になってきた頃、ようやく彼女の回転が止まった。

「うん、わかったよー。っ、ほわあ!?」

 こちらに笑顔を向けたのは一瞬。よろりと足をもつれさせてそのまま尻餅をついてしまう。ちらりと見えた。いや、見えなかった。

――大丈夫ですか?痛かったら言ってください――
「痛いけどだいじょうぶー」

 やはり目を回してしまったようで、無理に立たせるのは避け、こちらが正面に腰を下ろす。本来ならば寝転がりたいところだが、取材中なので自重する。


――では、改めてお聞きします。『本能』という言葉から、あなたは何を連想しますか?――
「エネルギー、かなぁ」
――エネルギー、ですか?――

 鸚鵡返しに聞き返してしまった。てっきり「よ、よくわかりません」「け、けだもの?」なんて答えを顔を赤らめながら答えてくれると期待、もとい予想していたのだが。彼女はやけに穏やかな顔で続けた。

「はい。母性本能とか、闘争本能とか、『本能』って言葉がつくことって、頭でああしよう、こうしよう、って考えて出てくるものじゃないですよね?きっと、心とか、体とかの、もっと奥のほうから沸いて来るものなんじゃないかな」
――奥のほうですか。遺伝子に書き込まれている命令だと唱える人もいるみたいですね――
「そうなんだ?すごいですねー」

 自分を褒められているようで非常に居心地が悪い。さっさと続きを促す。

「それでね。子供があぶないっ!てときとか、ライバルに負けそうっ!てとき、勝手に体が動いちゃったり、やるぞ!って元気になったりしますよね?きっと、私たちが気付いてないだけで、もっとたくさんの本能が体と心を動かしてるんじゃないかな。
 それってすごいエネルギー。良くも悪くもね。だから『本能』は、ひとを動かすエネルギー、だと思います」

 予想の斜め上を行くしっかりした回答だ。少々物足りないのでもう少しだけ付き合ってもらうことにする。

――なるほど、そういう見方もあるんですね。『本能』というとネガティブなイメージが強いと思っていたので、目から鱗が落ちたようです――
「そっか、うん、よかった。これからはもっと本能も大事にしましょー」
――そうですね。本能をなくしてしまったら困りますよね。子作りとか――
「そうです。子作りとか……こここここづく!?だだだだめだよまだ早いよ私たちは学生でもっとちゅーとかひざまくらとか交換日記とかからっ、てそうじゃなくて私には好きなひとがいてそそそそういうことにわわわっ」
――ご協力ありがとうございました――

 手だけでなく足もばたつかせて赤面する彼女。期待通り、いや期待以上の光景を見ることができて満足した記者は、質問を終えた後も、彼女が落ち着くまで付き添い、鑑賞した。


 そうか、なるほど。これは、確かに。


[No.454] 2008/08/01(Fri) 21:50:03
NIKU ROCK FESTIVAL 2008 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 2,036マッスル

「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉 わっしょい」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉 わっしょい」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉 わっしょい」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉 わっしょい」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉」
「筋肉 わっしょい」
 ・
 ・
 ・
「って、皆で筋肉をわっしょいする夢を見てたんだ」
「うん、寝起きからテンション高く筋トレしてるから何事かと思ってみれば、そんな夢見たの」
 迷惑な夢を朝っぱらから見てるルームメイトにこっちは朝からテンションが下がりまくりだ。
「おう、すげーんだぜ。最後には両上腕二等筋に花を咲かせた俺の筋肉たちを見て理樹が『真人ー、上腕二等筋、切れてるー』って言ってな、俺の筋肉を褒め称えるんだ」
「上腕二等筋に花は咲かないからね。それから、僕をそんな夢に巻き込まないでよっ」
「イヤー、夢でも筋肉をわっしょいするなんて、すげーな俺。よし、これを夢で終わらせるなんて勿体無いからな、理樹、今から二人で筋肉わっしょいしようぜっ」
 丁重に断りたい。でも、普通に断ると真人がごねることは分かってるから、ひとつひねりを加えて返事をすることにした。
「ごめん、授業あるから。僕の分まで真人がやっといてよ」
「そうか、授業があるなら仕方がないな」少し肩を落とした真人はすぐに気を取り直して「分かった、お前の分までやっといてやるからな」
 と一人で納得して「筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、筋肉 わっしょい」とお祭りを始めた。
 ホントに二人分やるつもりだろうか。

付け足しておけば、授業から戻ってきてもお祭りはまだ終わっていなかったらしい。夕食後もまだ続いていた。
「これはもはや本能とか煩悩とか言うんじゃなくて、筋肉だな」
その後もう一回太陽が沈むまで踊り狂い続けた真人が疲れと眠気についに耐え切れず祭りを終わらせて眠りに落ちる瞬間、がらがらの声でつぶやいたその一言が、僕にはとても印象的だった。真人は果たして二人分本当にやったのか、気になるところだけど聞かないことにする。明日になれば多分忘れているだろう。
 安らかに眠る真人を見て、きっと、この場に鈴がいたらこういうだろうな、なんて考えた。
「こいつアホだっ」
 間違いない。


[No.455] 2008/08/01(Fri) 22:52:42
生の刻印 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ@4267byte

 線香から立ち昇る煙が鼻腔を刺激する。
 僕は焼けた墓石に組み付くようにして表面に浮いた汚れを拭い取っている。この炎天下、最初の墓石を磨き終える頃には服が汗で濡れそぼっていた。流れる汗は今も止まることを知らず、地面に小さな染みを落としては消え、落としては消えを繰り返す。
 遠くの方から、鈴がおぼつかない足取りでバケツを運んできたことに気づいた。小さな体躯には不釣合いなほどに大きな麦わら帽子を被っているせいで、彼女の姿はよく目立つ。鈴が純白のワンピースに身を包んでいることと、今日の墓参にその服を選んだこととはおそらく無関係ではない。
 僕の傍らに並々と水の満たされたバケツを置いて、鈴は緩やかに息を吐く。何気なく視線を向けると、彼女の顔にも珠の汗が滲んでいるのが分かる。改めて全身を眺めてみたところ、綺麗だ、という飾り気のない称賛が思わず僕の口からこぼれ落ちた。それは今の鈴の服装が、僕に花嫁衣裳を想起させたからなのかもしれない。幸いにも鈴は身を屈めて墓石の一つに手を合わせていて、僕の呟きは届いていなかった。
 順々に墓石を磨いていく途中、僕はある人の墓前で暫し手を止める。献花の交換をしていた鈴までもが手を止めて、僕に訝しげな視線を送っているのを感じる。しかし僕は彼女の方を振り返らなかったし、彼女もまた僕に無粋な言葉を投げかけなかった。
 瞑目する僕の瞳の裏側、その闇の中に浮かび上がるいくつもの人型の影がある。闇と影とは本来溶け合う関係であるが、闇が薄いためか影が濃いためか、そこにある影絵たちは個々に明確な輪郭線で囲われている。彼らの輪郭線は、あの日を過ぎても薄まることも揺らぐこともなく自らの存在を声高に主張し、むしろ僕の心における比重を高め続けている。
 少なくとも僕の主観において莫大な時が流れ、彼らと生きた記憶は一方的な剥離を見せている。鮮烈な記憶は一枚の写真のように脳裏へ永久に残るものだと信じていたが、それは都合のいい幻想なのだと思い知らされた。僕の頭はもう彼らの笑顔を鮮明に映し出してはくれない。
 
 僕は唐突にいつかの夏休みを思い出す。宿題の自由研究のため、僕は山林を駆け回って捕まえた昆虫で標本を作った。色鮮やかな昆虫たちを空き箱とビニールを組み合わせて作った標本箱へと収めたときには、えも言われぬ充実感に満たされたものだ。あのとき僕は、自作の稚拙な小箱の中に夏の記憶を形ある確かなものとして閉じ込めていた。両手で持てるほどの小さな小さな空間に、あの莫大な夏を僕は標本として保存していた。
 僕はきっと生きた標本箱なのだろう。僕の中には身に余る多くの思いが針で留められている。だけど僕は出来損ないの器だ。時間と共に劣化し、磨耗する運命から逃れられない。輝かしい標本たちは僕の中であてどなくさまよい、やがては僕と共に朽ちていくだろう。

 墓参の帰り、僕らは通りがかりの古ぼけた喫茶店に寄った。僅かに吹く風で断続的に店先の風鈴が鳴るものの、鳴き止まない蝉の鳴き声の前には微塵の涼しさも与えてはくれない。お盆に載って運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけながら、僕はどうして生きているのだろうと陳腐な問いを自らに投げかける。
 しかし答えは至極単純なことで、僕には決して消えることのない生の刻印があるからだ。僕に生存本能があるかは甚だ疑問であるし、少なくとも生への執着や渇望は既にない。僕を生へと突き動かすものは、生きなければならないという義務感だけだ。
 恭介は虚構の世界を創り出し、僕の精神の奥深いところにお前は生きなければならないと念入りに刻み込んだ。弱かった僕が恭介の言う強さを手にし、現実に戻ってもその強さを手放してしまわないように。その刻印は順調に機能し、僕は鈴を守りながら今でもこの世界を生きている。真摯な生を叫んで疼き続けるその印が、恭介の刻んだ福音なのか呪詛なのか、僕にはもう判断がつかない。
 数多の世界で僕は恋をしたけれど、それは虚構でしか成就しない想いだった。繰り返される世界に僕の記憶と経験は消費され、上書きされた。恭介は最初から、奪うためだけに彼女たちを僕に与えたのだ。僕の前に鈴と歩む以外の道がないことを知りながら、現実を受け入れる強靭さを僕に持たせるという名目の下、僕の与り知らないところで恭介は全てを成したのだ。
 僕は今でも彼らと、そして彼らが遺してくれた生とどのように向き合えばいいのか分からない。何を怒り、何を悲しめばいいのかも不明瞭なままだ。
 ふと顔を上げて鈴を見つめると、彼女は一瞬の戸惑いの後に柔らかな笑顔を返してくれる。僕は頬を緩めてそれに応え、自然な動作で視線を下げていく。鈴の大きな瞳が視界から消え、アイスコーヒーの注がれたグラスに焦点が合わされる。
 黒々とした液体の中に沈殿する透明な氷を見つめながら、暗闇の中で身動き一つ取れないそれを見つめながら、僕は、先ほどから鳴き続けていたはずの、しかし何故か今になってようやく聞こえ始めた蝉の鳴き声に耳を傾ける。そのとき不意に奏でられた風鈴の音は、これまでの弱々しさを少しも脱していないはずなのに、蝉の声をかき消すほどに強い調子をもって僕の耳に届けられた。


[No.456] 2008/08/01(Fri) 23:30:13
それが本能だというのなら。 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ@9338 byte

「ひどいですっ、最低ですっ! リキはじぇんとるめぇんだと信じていたのにっ」
 その部屋を訪れると、最初にクドからぽかぽかと叩かれた。いやまあ全然痛くないけども。どちらかというと心が痛い。
「浮気だなんてっ……佳奈多さんがどれだけ悲しんでるのか、リキは知ってるですかっ!」
「いやいやいや、待ってよ、誤解なんだよ。僕はそれを解きにきたんだ」
「誤解ぃ?」
 上目遣いで睨まれる。なんだか恐い。
「浮気がバレた男の人はみんなそう言うですっ!」
「ぐへっ」
 いつもならわふーとか言いながら振り上げられる右腕が、今日は僕の顎にクリーンヒットした。小さな拳でも、これはさすがに痛い。
 しかしなんというか、まるで実際に浮気されたことがあるかのような口振りだ。なんだろう、こう見えて意外と経験豊富だったりするのだろうか。ちょっと訊いてみることにする。
「なんかやけに実感籠ってるけど、実際に浮気されたことでもあるの?」
「わ、わふっ!? それはその、別にそんなことはないのですが……」
 予想外の切り返しだったのか、途端にクドの勢いが弱まる。そこを突いて突破するという手もあったけど、それじゃきっと意味がない。だから僕は、とりあえずクドの話に耳を傾けることにした。
「……浮気とか、そんなんじゃないです。でも、好きな人が……別の女の子と……それが、その、辛いことだっていうのは、よく知ってますから……」
 いつも子供みたいなクドが、その時急に大人びて見えた。そういう一面があることに気付き驚き、そして今まで気付いてこれなかったことに少しの寂しさを覚える。
「……二木さんも、辛いのかな」
「……っ! 当たり前です、そんなのっ」
「うん。だから……ちゃんと、誤解を解きたいんだ。僕だって、二木さんにそんな思い、させたくないから」
「……あの、リキ、本当に……誤解、なのですか?」
 僕を見上げるクドの瞳が、揺れていた。もう、だいぶ怒気は薄れているように見える。
「もちろん。僕が好きなのは、二木さんだけだよ」
「え、あ……そ、そそそそーですよねっ! とんだ早とちりでした、ごめんなさいですっ」
 ぺこぺこと頭を下げまくるクドは、さっきまでとは別の方向に勢い余っている感じだった。とりあえず宥めようと、お手をさせる。
「わふっ」
 落ち着いたようだ。
「じゃあクド、部屋入ってもいいかな。二木さん、中だよね?」
「あ、はい。……その、佳奈多さんのこと、お願いします」
「うん。ありがと、二木さんのこと心配してくれて」
「えへへ……お友達、ですから。ではリキ、ぐっどらっく、ですよー」
 ぱたぱたと走っていくクドを見送ってから――その背中がどこか寂しげに見えたのは、気のせいだろうか?――僕は、ドアノブに手をかける。





 部屋の中は、昼間だというのに薄暗かった。カーテンは閉じきられ、明かりも点いていないからだ。それで何も見えないというわけでもないので、そのまま先に進む。
 二つあるベッドのうち、片方が膨らんでいた。
「二木さん。僕だよ」
 当然というかなんというか、返事はない。僕は小さく溜息をついてから、二木さんが潜り込んでいるベッドに腰かけた。ぎし、とスプリングが軋む音。布団の中のものが、微かに動いた気がした。
 さて、まず何を言うべきか。謝った方がいいのかな。いやでも、それだと本当に浮気していたみたいな感じになっちゃうような気がするし。かといって、いきなり誤解なんだ、なんて言うのも言い訳っぽいし。ああ、もう、ここまできて僕は何をうろたえてるんだろう……。
 考えがまとまらないまま、ただ無為に時間が過ぎていく。どこか気まずいその空気に先に痺れを切らしたのは、
「……やっぱり」
 二木さんだった。
「やっぱり、こうなった」
 布団の中から聞こえてくる声は、くぐもっている上に小さかった。聞き逃さないよう、もう少し近くに寄っていって聞き耳を立てる。
「……だからあの時、言ったのに。他に好きな子がいるんじゃないのか、って」
 あの時、というのがいつを指しているのかはわからない。告白した時はもとより、付き合い始めてすぐの頃、二木さんはことあるごとにそんなことを言っていたから。だから僕も、言い慣れてしまった言葉で答える。
「僕が好きなのは、二木さんだよ」
「うそ」
 そこだけ、声が強くなったような気がした。
「うそよ」
 嘘じゃない、そう言うのは簡単だ。でも、きっと二木さんは信じてくれないだろう。僕は彼女に、いったい何を言うべきなのか――いや、してあげるべきなのか。
 とりあえず、彼女の身を隠す布団を無理やり引っぺがした。
「あっ……」
 僕がこんな強引な手段に出るとは思っていなかったのか、あがったのは驚きの声。そして、ようやく見れた彼女の姿。あんな風に布団の中に潜り込んでいたせいで、制服は皺になってるし、髪は乱れてるし、目元なんて泣き腫らした後みたいに赤くなっている。
「……え?」
「〜〜……っ! ばかっ」
 隙を突かれて、布団を奪還される。でも、もうそれに隠れようとはせず、丸めたそれを抱きしめて顔の下半分を埋めるだけだった。恨めしそうな視線が、僕に向けられている。
「……いきなりなにするのよ、ばか」
「ご、ごめん」
 思わず謝ってしまう。
「でも……やっぱり、ちゃんと顔を見て話したかったから。そうしなきゃ、まともに話も聞いてもらえなさそうで」
「私はあなたの顔なんて見たくないし、聞かなきゃならない話だってないわ」
 相変わらず容赦がない。でも、ここで引き下がるわけにもいかなかった。
「……僕は、葉留佳さんのこと、好きだよ」
「…………」
 その細い身体が震えるのがわかった。でも僕は気付かないふりをして、その先の言葉を紡いでいく。
「でも、それは……二木さんへの好き、とは、違うもので……」
「……ふん。陳腐ね。どうしようもなく、陳腐だわ」
 まったくそのとおりだと思う。自分のボキャブラリの貧困さを呪いたかったけど、そうしたところで急に気の利いた台詞を言えるようになるわけでもない。僕は、陳腐な言葉を吐き出し続けるしかなかった。
「葉留佳さんは……大事な、仲間なんだ。それに、その……」
 少し、躊躇う。言ってしまっていいものなのか。
 ……ああ、そうだ。言ってしまおう。言ってやろうじゃないか。これでまだ気が済まないって言うなら、もう――。
「……将来、僕の妹に、家族になるかもしれない子だから」
「……………………は?」
 まあ、その反応は大方の予想どおりではあった。目を真ん丸に見開き、少々俯き加減にその意味を吟味し、そして……ああ、うん、健康的で綺麗な赤だ。
「な、なな、ななななな」
「落ち着いて、二木さん」
「落ち着けるわけないでしょ!?」
 いやまあ。
「だから、その、さ。浮気とかじゃ全然なくて。アレだよ、ほら、アレ。兄妹のスキンシップ」
 これを好機と見て、僕は一気に畳みかけることにした。もっとも、裏の意味などなく本当に嘘はついていないんだから、最初からそうやって言うしかなかったわけなのだけど。
「う……嘘よっ! だって、だってあんなのっ、私だってしてもらったことないじゃない! 信じない、信じないわよっ」
 なんというかもう、ただ意地を張っているだけなんじゃないだろうか。それも結局は僕のせいなんだろうし、そもそも本当に誤解が解けているのかどうかもわからない。もう、言葉ではどうしようもないのかもしれなかった。なら、することはひとつ。少し緊張する。別に、初めてのことというわけでもないのに。
 顔を真っ赤にして、手をばたつかせて、なんだかよくわからないことを喚いている二木さん。まるで子供みたいなその彼女に、ゆっくりと身を寄せていく。何度か殴られるけど、今さらそれぐらいで怯む僕ではない。
「あ、な、なに、なんなのよっ……あっ」
 そのまま、優しく押し倒して……桜色の、柔らかそうな唇を、奪う。
「んんっ!?」
 当然抵抗されるけれど、僕は無視して、舌で二木さんの唇をつつく。少し力を込めて、無理やり捻じ込んだ。
「んんあっ!?」
 唇を突破したはいいが、歯がしっかり噛み合わさっているらしくてその先に進めない。適当に、なぞるようにして舌先を動かす。わりとあっさりと開いた。いきなり噛まれたりしないだろうか、と内心少しビクビクしながらも、舌をさらに伸ばしていく。また何かに触れた。
「あっ……んん……」
 それは、二木さんの舌だったのだろう。逃げようにも逃げ方を知らないのか、僕の舌はあっさりとそれを捕え、絡め取る。
「んっ……ふぁ……ちゅ……」
 漏れ聞こえる声に、少しの甘さが混じり始めたような気がするのは、僕の錯覚だろうか。いつの間にか抵抗も止まっていた。鼻腔をくすぐるミントの匂いが心地良い。
 名残惜しく思いながらも、唇を離す。
「……いきなり、なに、するのよ」
 少し荒い息のまま、さっきと同じことを言われる。
「だって……言葉でダメなら、もうこうするしかないでしょ」
「……ばか」
 その声があまりに切なげだったからか、僕は思わず、もう一度キスしていた。今度は、すぐに離す。
 見れば、二木さんが少し驚いた顔で、また何事か言おうとしていた。今の僕は、何を言われても、何かを言われる度に、彼女の唇を奪ってしまいそうで、それじゃ話が進まないから、先手を取って言ってしまうことにした。
「二木さんっ」
「あ……な、なに」
「その……僕が、こういうことしたいって思うのは……二木さん、だけだから」
 葉留佳さんのことは好きだし、大事にしたいとも思う。でも、それはやっぱり二木さんへの想いとは違うもので。
「二木さんだけ、なんだ」
 もう一度、繰り返す。
 二木さんは赤い顔のままそっぽを向いて、
「……あんまり、紛らわしいことはしないで」
 ぼそっと、呟いた。



「それで、いつまでこのままでいるの」
 しばらくして、二木さんが言った。
 このまま、というのは……まあ、僕が二木さんを押し倒して覆いかぶさっている、この状態のことを言っているのだろう。とりあえず、口付ける。
「あ……ん、ふぁ……ちゅ……んん……っはぁ。こら、質問に――ひゃんっ」
 目元の辺りに舌を這わす。そこはもう乾いていたけれど、少し塩辛いような、そんな味がする。
「ちょっと、嬉しいな」
「ん、んん……なにが……」
「嫉妬してくれたんでしょ? それも、泣いちゃうぐらい」
「……っ! わ、忘れて、お願いだから」
「やだ。ずっと覚えてる」
「うう……」
 舌を、目元から頬、唇へと動かしていき、また唇を重ねる。二木さんは恥ずかしそうにしながらも、おずおずと応じてくれた。
 唇を離すと、二木さんは少し呆れた風に言う。
「まったく、もう何度キスしたのかしらね。直枝、実はキス魔?」
「別に、そんなことはないと思うけど……好きな人にキスしたい、触れていたいって思うのは、自然なことじゃないかな」
 本当に、そう思う。どれだけキスしても、どれだけ触れても、飽きるなんてことはないだろう。そして、それは別に僕に限った話でもない。きっと、好きな人をずっと感じていたいと思うのは、本能みたいなものなんだろう。人は、独りでは生きていけないから。
 二木さんは、どうなのだろう。
「二木さんは、いや?」
 思った時には、もう口に出していた。
「……その質問は、卑怯よ」
 優しい声。
「答えが、ひとつしかないんだから」
 優しい、彼女からの口付け。


[No.457] 2008/08/01(Fri) 23:49:58
残響 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 9602 byte

キィン!!

鋭い音。
痛烈なライナー性の当たり。

ボールは僕の横。

その打球を掴むため、僕は手を伸ばす。
だが、描く軌道はグラブのわずか先。

無理か?
いや、捕る。捕ってみせる。
例え不恰好でもいい。誰に笑われたとしても。
やり遂げなきゃいけない時は今。

足に力を込める。地を蹴る。
―――届け!


・・・白球の行方は、わからない。
夢は、いつもそこで終わる。





残響





だらだらと続いた茹だるような暑さも今は影を潜め、秋を感じる陽気も増えてきた。
それでも時折、思い出したかのように照り付けてくる晩夏の日差し。

それはまるで、僕の記憶のように。
突如として襲い掛かっては、また僕を振り回す。

『修学旅行時の悲劇 生存者2名』
そんな記事が新聞の一面に載った日から、まだ僅か数ヶ月。
図らずも、奇跡とも呼べるたった2人の生存者となった僕ら。それでも当然、無傷というわけではなかったが。

幸い、鈴は小さな切り傷や打撲等で済んでいた。
目に見える怪我は問題ない。
いつかは癒えるから。いずれは跡形もなくなるから。

ただ、心に負った傷は大きい。
兄を失った。仲間を失った。
それは、目に見えるものに換算すればどれくらいだろう?
切り傷?打撲?骨折?・・・それとも、回復が不可能なほどの損傷?

わからないからこそ、僕は思う。
その傷も、目に見えるものなら良いのに。
そうしたらもっと、適切な処置が出来るかもしれないのに。
見えないものだからこそ計り知れない。いずれは消えゆくものなんだろうか。

結局のところ鈴に関しては、表面上は問題ない、と言わざるを得ない。
目に見える怪我は癒えてきている。もうふさがった傷もある。

そして僕はと言えば。
身体は問題ない。それでも、鈴より深刻に、はっきりとした傷が残ってしまった。
どこにいってしまったのだろう。
今年の一学期の記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。



「防衛本能、というらしい」

混乱する僕よりは話が通ると思ったようだ。医者は鈴に全ての説明をしてくれていた。

「自分が耐え切れない苦痛を受けた時に、自分を守るために忘れる、と言っていたな」
「自分を守るために・・・?」
「ああ。格闘技の選手が攻撃されて気を失ったあと、目覚めた時には攻撃された事を忘れてることがあるらしい。その状況と同じだと聞いた」

鈴なりに真剣に聞いて、要約してくれたのだろう。
いつものごとく「よくわからんが」と言っている鈴に「ありがとう」とだけ伝える。

つまりは。
みんな―――恭介や真人、謙吾を失った痛みに耐えるために記憶が抜け落ちた、とそういうことか。

でも、それにしては少し変だ。
鈴の説明からすると、僕は事故自体を忘れてなければいけないのではないだろうか。
でも、それは確かに記憶の中に存在する。

あの凄惨な光景の中、鈴の手を引いた。
僕らを救ってくれた真人や謙吾、どこかに隠れて乗っていたであろう恭介、それに2年からのクラスメイト。僕たちが生き残るために、彼らさえ見捨てて。
その延長線上に、今はある。

そうなると、何故‘今年の1学期だけ’なのか。

極端な話、恭介たちとの出会いを忘れる事が、最も傷が浅くて済むだろう。
もちろん、今隣にいる鈴をも忘れる事となってしまうだろうから、歓迎は出来ないが。
でも、僕らでやったミッションのうち印象に残っているものから消えていくとか、―――それも決して僕は受け入れはしないが―――もう少し良い方法があったんじゃないだろうか。自分のことながら、それでもままならない本能に、そう提案してやりたい。

それは悩むほどの事じゃないのだろう。違和感を感じるほどの事でも。
単純に、一番最近あった楽しかった事を忘れただけなのかもしれない。

それでも。
もっと大切な何かが、誰かが、零れ落ちた時間の中にいたのではないだろうか?



「理樹。探しに行こう」
「何を?」
「失くしもの」
「失くしもの?」

考え込む僕の手を取る鈴。

解ってる。でも解らない振り。
僕は怖いんだ。失くしたものを知る事が。
それは深い悲しみとともにある。多分、僕自身を引き裂いてしまうほど大きな。

「あたしは答えを持ってる。理樹が、あたしが、失くしたもの。何だったかを理樹に教える事はできる。でも」

握られた手。暖かくて、でも少し震えてた。

「それは、理樹にとっての答えじゃない・・・と思う」

僕は頷けなかった。
知りたくはない。怖い。
それでも、鈴の手を拒絶する事は、もっと出来ない。

この手を繋いで歩くと決めた。
共に生きる事。弱い‘僕ら’が、前に進む方法。
でも。

「一緒に、行こう。理樹にはそれを見つけて欲しい。取り戻して欲しいんだ。・・・大丈夫だ、あたしがついてる」

弱いと形容されるのは、はたして‘僕ら’なのだろうか。



鈴は前向きだった。
他人にだって、積極的に声を掛けた。
あの鈴が。
僕らの後ろに隠れてばかりだった、あの人見知りの鈴が。
自発的に話しかけるどころか、話しかけられても逃げてばかりだった、鈴が。



「先生に、借りてきた」

僕らの間には一冊のノート。

「何、これは?」

尋ねては見たものの、何となくは察知していた。
鈴の瞳にある色。それからは深い哀しみが見て取れたから。

「・・・あの事故で、亡くなった人たちの名簿だ」

怖い。知りたくなんてない。もう取り戻せないのなら。
鈴と目が合う。重なりあう手。やっぱり暖かくて、震えていた。

「あたしと、一緒に見よう」

それは傷口に塩を塗りこむような行為。鈴にだって解ってる。
失ったものは、形だけはきっと僕と同じ。でも、記憶の有無の観点から見ると、どっちの傷が大きいかなんて明白だ。
それでも、鈴に迷いはなかった。目を背けなかった。

強くなった、と思う。僕がなくした時間の中で、成長した鈴。
それはやはり、大切なものだったんだ。僕自身を守るためには、捨てなければいけなかったほどに。

だからこそ、見たくない。
それでも、逃げられない。

鈴と共に目を通す。今は亡き人たちの名前。
痛い。どの名前も、僕の胸を貫くようだ。だって彼らは、もういないから。
その中にあって、恭介たちの名前を見たときと同様の、強い痛みを訴えてくる文字列があった。

『神北 小毬』
『来ヶ谷 唯湖』
『三枝 葉留佳』
『西園 美魚』
『能美 クドリャフカ』

震えが止まらない。
鈍器で全身を殴りつけられるような感覚。

「う・・・うぅ・・・くっ・・・」

走る激痛。痛いなんてもんじゃない。耐えられない。
割れそうな頭。軋みをあげる心。呼吸すら覚束ない。
誰かが叫んでいる。―――思い出すな、と。
開いてはいけない、それはパンドラの箱。その蓋が、鈍い音を立てた気がした。
一面の白。目を開けているはずなのに、なにも、みえない。

「りき!?」

僕を呼ぶ鈴の声。意識は闇へと落ちていく。





キィン!!

鋭い音。
最近良く見る夢。夢を見ないはずの僕が見る、悪夢。

グローブをつけている僕。
野球なんてした事のないはずの僕。
それでも身体は動く。
覚えている、その感覚。

痛烈なライナー性の当たりが飛んでくる。
ボールは僕の横。

打ったのは誰だ?それはわからないけど。
僕はこのボールを捕らなくちゃいけない。
それだけは理解できる。

捕る。捕ってみせる。
僕は地を蹴る。手を伸ばす。




―――届かない。
グラブの僅か先を抜けていく。

振り返る。
何処までも、何処までも転がっていく。

見送る白球の先、遙か遠くに。

輝く星型の髪飾りを。
響くピアノの音色を。
転がるビー玉を。
真っ白な日傘を。
描かれた世界樹を。

僕は確かに感じ取れたんだ。

―――待って!!行かないで!!

飲み込まれていく。それらのすぐ背後に迫った、深い深い闇へ。
声にならない叫びすら、飲み込まれて消える。

残されたのは、立ち尽くす僕だけ。





「ん・・・?」
「起きたか、理樹。大丈夫か?」

寮の部屋。見慣れた室内。
事故や病気の件での特例として、同室を認められている僕ら。
忌々しいナルコレプシーは、僕を依然として苦しめる。
それでも大丈夫だ。僕には鈴がいる。
この病気特有の痛みは消えないが、「大丈夫」とだけ小さく答える。

「・・・名簿、見てて倒れちゃったんだね。今何時くらい?」
「日付が変わりそうな時間だ。続きは明日にしてもう寝よう、理樹」

目を閉じる。再びの暗闇。
恐ろしいほど早い動悸は、さっきの夢のせいだ。
脳に刻み込まれた記憶、そのリプレイ。

闇が襲ってくる。
さっき僅かに感じ取れた、僕の失くしものもまた―――。

「・・・鈴」
「どうした、理樹?・・・んぅっ!?ふぁ・・・」

僕はまだ震えている。怖いんだ。
失くしものは見つからない。見つかっちゃいけない。
僕は潰れてしまう。おそらく、その空白が補完された瞬間に。

だけど、その空白すら悲しい。・・・哀しいんだ。
埋めるために、僕は鈴を求める。
失くしものに潰されないように。失くした事実に潰されないために。

僕には、鈴しか。
鈴にも、僕しか。
だから大丈夫。僕ら二人なら。
いつまでも、どこまでも。
手を繋いで歩いていけるさ。
そうしてまた、次の夜明けを迎える事が出来るんだ。





小さな嗚咽を聞いた気がした。

「・・・りき・・・」

泣いていた。あの日以降、涙なんか見せたことも無かった鈴が。
さすがに突然に、しかも強引過ぎたかもしれない。

「ごめん。痛かった?」
「ちがう・・・ちがうんだ・・・」

雫が零れ落ちる瞳。哀しい色。
それは今、僕を映している。

「・・・理樹、あたしを・・・ひとりに、しないでくれ・・・」
「大丈夫だよ。僕はここに居る」

誓った。‘傍にいる’と。‘守り続ける’と。

「そうじゃない。ちがうんだ・・・」

それは静かな叫び。零れ落ちる涙に呼応するように。

「あたしは、一人じゃ支えきれない。・・・強くない。同じ想いを、哀しみを、苦しみを持ってる理樹なら、わかるはずだ。あたしたちは一緒に歩けるんだ。どこまでだっていけるはずなんだっ!」

僕らの、だけど今は鈴だけが持つ痛み。

「だから・・・早くあたしのとこまで来てくれ・・・。手を繋いでくれ・・・。あたし一人じゃ、この荷物は重すぎる・・・。はやく・・・朝が来てくれ・・・っ」

派生した傷をつけたのは、僕。溢れた雫は、僕のせい。
・・・弱いのは、‘僕ら’じゃなく、‘僕’だけ。

鈴には、僕と、それ以外の誰かが。
それでも、僕には、鈴しか。



泣きつかれて眠ってしまった鈴の手を握る。

僕はここに居るよ。
鈴の隣に。僕だけは、いつまでも。

繋いだ手に力を込める。
言葉にしたら叶わなくなりそうで。でも伝えたい気持ちがあるんだ。

離さない。このまま歩いていこう。
いつまでも、どこまでも。
それ以外なんて、捨ててしまってもいいじゃないか。





キィン!!

また、あの鋭い音が聞こえる。

痛烈なライナー性の当たりが飛んでくる。
ボールは僕の横。

でも。
僕はもう、この手は伸ばさない。

白球は抜けていく。
それでも、振り返らない。

守れるのは僕だけだ。
鈴も、そして僕自身も。
そのために、僕は捨てる。
それでいいじゃないか。

生きる事は、失う事。
喜びの分だけ、哀しみもある。それが理なんだ。
だから。
失うよりは、いっそ、目を閉ざして。





目が覚める。
目に入るのは、白んできた空。起き出すにはまだ早い時間。
それでも、世界の夜明けは近い。

隣には、丸くなって眠っている鈴。まるで猫みたいだ。
その口から、子猫が鳴くような小さな寝言。

「・・・ん・・・、こまり・・・ちゃん・・・」

新たな雫が、鈴の頬を濡らす。





―――キィン!!

またどこかから聞こえる、あの音。
耳に残る、その響き。
消えない、消せない、目に見えないもの。

僕らの夜明けは、未だ遠い。


[No.458] 2008/08/01(Fri) 23:55:48
わんこと私 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 10155 byte

 授業が終わると同時、勢い良く席を立ち、教室を飛び出て、E組の教室へ向けて駆け出す。少し前までは大嫌いだった、でも今は好きになりつつある声が廊下を走るなと後ろから聞こえるけど、聞いてなんかやらない。
 傍から見れば以前から変わることの無い光景なんだろうけど、以前と今とでは意味が全然違う。
 以前はただ逃げていただけだった。“あいつ”からも、居場所の無い教室からも。でも今は違う。姉のことも今ではけっこう好きだし、教室にも居場所が無いとは感じない。
 けど、それでもE組の教室は自分の教室よりずっと楽しかった。そこにはあの素敵な人たちがいるから。姉のことは好きになったけど、みんなのことも以前より更に好きになっていたから。だから結局、自分の組よりE組の方が好きなことに変わりはなかった。
 E組にはみんながいる。理樹くんが、姉御が、こまりんが、鈴ちゃんが、みおちんが、真人くんが、謙吾くんが、(この人は学年が違うはずなんだけど)恭介さんが。そして何より……。
 がらり、と勢い良く扉を開け放つ。扉のすぐそばにいた、見覚えのあるちっちゃい影がびくりと驚いたようにこっちに振り向く。私は走ってきた勢いそのままにそれに飛びついた。

「あははははおもちゃげっとー!」
「わふっ!? げっとされましたっ!?」

 驚きに見開かれたまん丸な目で見上げてくる、私の腕の中に収まるちっちゃい体の持ち主。それは私のお気に入りのおもちゃっていうかわんこ、クド公だった。



   わんこと私



「ふっふっふ、わんこは相変わらずのわんこっぷりじゃのう。うりうりー」

 そう言って、抱き上げたクド公を左右にぶらぶらと振り子のように揺らす。クド公は私の腕の中でわふわふ言っている。

「いやそれそのままだし、思いっきり犬扱いだね……」
「だってクド公ってばほんとにわんこなんだもん。ほらほら見て見てー」

 理樹くんが律儀にも突っ込んでくる。その理樹くんに答えた後、クド公を下ろし、顔の前にびしりと指を突きつけて、言った。

「クド公、お座り!」
「わふっ!」

 クド公はぴくりと反応し、床に手を突き、ちょこんと腰を落とす。それを見て取って、私は更に命令を出す。

「お手!」
「わふっ!」
「おかわり!」
「わふっ!」

 クド公の前に伸ばした左手。その上に右手、左手と順に置くクド公。私はその間に相手右手でスカートのポケットを漁る。そこから取り出したるはクド公の好物、マルテン堂の乾燥昆布(お徳用)。

「取って来い!」

 乾燥昆布をクド公の真上あたりにふわりと投げ上げる。本当ならもっと勢い良く投げるんだけど、さすがに教室だし。

「わふっ!」

 クド公はジャンプし、空中で乾燥昆布を咥え取って見せた。

「待て!」

 着地したクド公に号令を発した後、私は後ろに下がり、距離を取る。乾燥昆布を咥えたまま、切なそうな物欲しそうな目でこちらを見つめてくるクド公。……あ、涎垂れてる。
 5メートル位の距離を取ったところで次の言葉を発した。

「食べてよし!」
「わぅっ!」

 待ちかねたと言わんばかりに小さい口ではむはむと乾燥昆布を齧りだすクド公。ぱたぱたと振られる尻尾が見える気がする。
 その間に私は肩幅ぐらいに足を開く。やがてクド公が乾燥昆布を食べ終わったのを見計らって、次の指示を出した。

「クド公、来い!」
「わふっ!」

 ぱたぱたとこちらに走り寄ってくるクド公。そこに更に指示を飛ばす。

「潜れ!」
「わふっ!」

 開いた私の足を下を四つんばいになって潜り抜けるクド公。通り抜けたところで、最後の命令を下した。

「死んだふり!」
「わ、ふぅ……っ!」

 微妙にそれっぽいうめき声を上げて、その場にこてんと倒れこむ。私はそれを確認したあと、理樹くんに向き直り、えへんと胸を張って言った。

「……とまあこの様に、芸をしっかりと仕込んでるわけですヨっ!」
「……いやまあ」

 呆れたように言う理樹くん。なんだか申し訳なさそうな目をクド公に向けていた。

「うっわ何理樹くん、その『やっぱり葉留佳さんをクドのルームメイトに推薦したのは失敗だったかなあ、ごめんよクド』とでも言いたげな目は」
「葉留佳さん、真人みたいな言いがかりだね……」

 とは言え、クド公はこのままほっとくといつまでも死んだふりを続ける。さすがにそれはかわいそうなので、屈みこんでもういいよと声をかけ、上半身を起こしてやる。ついでにさっき垂らしてた涎もハンカチで拭いてやる。ぐしぐし。
 むくりと起き上がったクド公は、一拍の間を置いて声を上げた。

「また条件反射で従ってしまいましたっ!?」
「とまあこの通り、クド公は条件反射で従ってしまうわけですヨ。あれだね、ペトロパブロフスク・カムチャッキーの犬ってやつだね」
「それを言うならパブロフの犬ね」
「やはは、そだっけ? まあとにかくそんな感じで。クド公はわんこだもんねー、それはもう本能レベルで」
 
 後ろからクド公の首に腕を回し、喉の辺りをわしゃわしゃと撫でてやる。最初は複雑そうな表情を浮かべていたクド公だったけど、そのうち気持ち良さそうに頤を反らしだした。

「最初は英語でやろうとしてたんだけどねー、クド公ってばそれだと間違えちゃうもんだから」

 Sit!(お座り)って言われてお手をしたりとか。

「わふー……やっぱり英語は苦手なのです……」
「あはは、気にすることないってクド公、私なんて英語だけじゃなく勉強全般苦手だからねー」

 笑って言ってしょんぼりしてるクド公の頭のてっぺんをぐりぐりと撫でる。

「いやそれフォローになってないっていうか笑って言うところじゃないでしょそこは……」

 理樹くんのツッコミが虚しく響いた。

「ところでクドリャフカ君」
「はい、何でしょう来ヶ谷さん」

 私たちがそんなやり取りをしている横で、さっきまでクド公に萌えていた姉御がいつの間にか復活してクド公に話しかけてきた。

「今日の葉留佳君のぱんつは何色だったかね」
「ピンクのしましまでしたっ」
「ってクド公ぉーっ!?」





「もう、クド公ってばなんであんな人前でぱんつが何色かなんて答えちゃうかな」

 その夜、寮の自室で私はクド公に文句を言っていた。
 いやそりゃ足の下潜ったらぱんつ見えるだろうし、クド公の性格を考えればそれこそ条件反射で答えてしまっただけで、悪気は無かったんだろうけど。あんな人前でぱんつが何かなんて喋られたらめっちゃ恥ずかしいし。実際理樹くんなんか顔赤くして目逸らしてたし。

「わふー……すみませんです……」

 そう言ってしょぼくれるクド公。もしクド公が本物の犬だったら、きっと今耳を伏せてくーんとかきゅーんとか鳴きながらしょんぼりと落ち込んじゃってるんだろうなあと思う。
 ……なんて言うか、ずるい。そんな表情されたらなんだか苛めてるみたいな気がしてしまって、それ以上言えなくなってしまう。
 クド公の頭の上に手を置いてぽんぽんと撫でる。不安そうな上目遣いでこっちを見てくるクド公。
 まったく、何でこういちいち人の琴線に触れる仕草をするのかねこのぷりちーわんこは。姉御だったらきっと今頃鼻血噴いてるところだ。

「罰としてクド公は今夜一晩抱き枕の刑ね」

 そう言って、にかっと笑って見せる。クド公はしばらくの間じっとこっちを見つめてきた後。

「はいっ。了解なのですっ」

 言って、ぱっと屈託の無い笑顔を見せてくる。
 クド公、私は罰としてって言ってるんだよ? 何でそこで嬉しそうな顔して答えるかな?
 ……なんて思ったりもしたけど、なんだか毒気が抜かれてそれ以上何か言う気にはなれなかった。



「んじゃクド公、電気消すよ」
「はいなのですっ」

 電気のスイッチを切り、暗くなった室内をいそいそとベッドに向かう。ベッドに上がると、先にベッドに入っていたクド公をぎゅっと抱き寄せた。
 ……私は、暗いところが嫌い。
 暗闇を恐れるのは人間の本能だなんていうけど、私のそれはちょっと行きすぎなんだと分かってる。原因だって分かってる。
 お山の家にいた頃は、夜寝てたらいきなり文字通り叩き起こされて、暗い部屋の中、訳の分からないことに謝罪を叫ばされながら、あたりが明るくなるまで殴られ続けたこともあった。
 そのせいだろう、暗い部屋で人の気配が動くのが怖くて仕方がなかった。前のルームメイトには随分迷惑をかけてしまった。消灯後トイレに起きだしたルームメイトの気配に怯えて取り乱して大騒ぎして。
 けど、クド公がルームメイトになってからはそういうことは無かった。クド公は人間だけど、何ていうかいい意味で人間っぽくなくてわんこっぽくて、暗い部屋は怖いけど、そこで動くクド公の気配は怖くなかった。それどころか、こうやってクド公を抱いて寝ると暗いのも怖くなくて、むしろ安心して眠ることができた。
 『一人寝は寂しいからときどき一緒に寝たい』そう最初に言ってきたのはクド公の方だったけど、それは私にとっても嬉しい提案だった。本音を言うとときどきと言わず毎晩一緒に寝てもいいんだけど、そんなこと言ってやらない。だってなんか悔しいし。だからこうやって、たまに抱き枕の刑と言ってクド公を抱いて寝るようにしていた。
 クド公のちっちゃい体を後ろからぎゅっと抱き締める。あったかくて、やわらかくて、ふわふわわふわふしてて。なんだかすごく安心する。

「んー、クド公いい子いい子」
「わふー」

 頭を撫でると、気持ち良さそうに頭をすり寄せて来るクド公。
 クド公の髪はさらさらで気持ちよくて、癖になりそうなぐらい手触りが良かった。と言うよりもう癖になってるかも。犬の毛並みの良さを競うコンテストなんてものがあるらしいけど、きっとクド公より毛並みのいい犬なんていないと思う。

「三枝さん、いい匂いがしますー」
「あっ、こら、く、くすぐったいってばっ」

 くるりと身を半回転させ、私と向かい合う形になったクド公がふんふんと小さい鼻をひくつかせながら、鼻っ面をすり寄せてくる。なんていうかもうほんとわんこだ。

「それに、とっても温かいのですー」
「ん、クド公もあったかいよー」

 私の背に腕をまわし、ぎゅっとしがみついて来るクド公。クド公の頭に置いた手が無意識のうちに髪を梳いていた。あー、なんかほんとにクド公の頭を撫でるの癖になってるのかも。でもいいかークド公も嫌がってないみたいだし。そんなことを思いながら、私は穏やかな気分で眠りに落ちていった。





「来ヶ谷さん、何をこそこそ忍び込もうとしているんですか? もうすぐ消灯時間ですよ」
「無論、夜這いのためだ」

 その部屋のドアの前、消灯時間も間近に迫り人の気配も減った女子寮廊下に二人の女子の姿があった。

「夜這いって……まったく、あなたという人は……」

 呆れたように言って頭を押さえる風紀委員長、二木佳奈多。

「何なら佳奈多君も一緒によんぴ…… おっと失礼、ダブル夜這いと洒落込んでみないか? 葉留佳君とクドリャフカ君、どちらを選ぶかの優先権は佳奈多君にやろう」

 悪びれることなく不穏当極まりないことを言ってのける来ヶ谷唯湖。

「しません、いりません。そもそもさせません。大人しく自分の部屋に戻って寝てください」
「ふむ、それは残念だ。仕方ない、声だけ聞いて我慢するとしよう」

 ばっさりと切り捨てる佳奈多に、さほど気にした風もなく言ってのけ、ドアに耳を当てて中の様子を窺う来ヶ谷。

「来ヶ谷さん、はしたないですよ」
「まあいいではないか、ほら、キミもやってみたまえ。なかなか面白いものが聞こえるぞ」
「私はけっこうです」
「まあまあそう言うな。これはキミにとっても聞いておくべきものだと思うぞ」
「何ですか、もう……」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、来ヶ谷にならってドアに耳を当てる。

「……ん、ふっ、クド公ぉ……」
「……わふっ、さいぐささぁんっ……」

 部屋の中からドア越しに聞こえてきた、妙に艶っぽい二つの寝言に顔を真っ赤にして硬直する佳奈多。その耳元に口を寄せ、来ヶ谷は妖しく囁きかけるのであった。

「佳奈多君……キミも本能に身を委ねてみないか?」

 ごくりと、佳奈多の喉が鳴った。


[No.459] 2008/08/01(Fri) 23:59:10
ありのままに (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 4213 byte

「ただいま」
 そんな声が玄関から聞こえた。
 僕は、エアコンが無い部屋であまりの暑さに扇風機の前で全裸になって股を開いていた。お股にあたる風が心地良いんだ。その心地良さは棄てがたい。なので、このままの体勢で声を張り上げることにした。
「おかえり!」
「なんだ。玄関に出迎えくらいしても減るもんじゃ、って何しとんじゃ!」
「見て分からない?」
「変態がいることは分かる」
 誰が変態だ。失礼しちゃうよ。僕はただ扇風機の前で全裸でお股を開いているだけだというのに。
「鈴もやる?」
「アホか!」
 まったく。何を怒っているんだか、僕にはさっぱりこれっぽっちも分からない。更に大声を上げて体温を上げるなんて愚行を犯している。こんなに暑いのに鈴は元気だなぁ。元気すぎる。アホは鈴だよ。
「アホは鈴だよ」
 本気で思ったので、声に出してしまった。ハイキックをお見舞いされた。





ありのままに








 目を覚ますと、僕は全裸だった。更に、押入れの襖を顔面でぶち抜いていた。何故だ! 意味が分からない。
「何故僕は全裸なんだ!」
 とりあえず叫んでみた。誰も答えてくれなかった。そもそも誰もいなかった。
 部屋で一人全裸で何をやってるんだろう。人としてどうなんだろう。でも、誰も見てないから別にいいや。ていうか、全裸の開放感ときたら凄まじいものがあるね。あ、そういえば、お股で扇風機の風を受け止めたら心地良いって気づいたんだ。いつ気づいたかは忘れたけど、そんな瑣末なこと、あの心地良さの前ではどうでもいいよね。
 扇風機のスイッチを入れる。勿論、リズム風、風の強さは中に設定。これが絶妙。首振りは無し。首を振っている間にお股が熱を帯びてしまうから。火照りやすいからね、下腹部はさ。とか考えながら僕はお股を開いた。やはり最高の心地良さだ。
 その心地良さで、先ほどあったことを思い出した。鈴に蹴っ飛ばされて、吹っ飛んで、挙句押入れの襖を顔面で突き破って、最後に意識を失ったことを。でも、お股が心地良すぎてどうでもよくなった。
 ふと時計を見るともうすぐキンコンヒルズが始まる時間だった。夕飯の準備をせねばなるまい。今日は僕が夕飯の担当なのだ。名残惜しいが、僕のかわいい鈴がひもじい思いをするのは非常に遺憾なので、扇風機というオアシスから旅立つことを決意した。さっさと作り終わって、また股を開けばいいさ。
 スクっと立ち上がり、エプロンを手に取り、紐を腰に巻く。鈴とお揃いの百円ショップ様で売っていたエプロン。ざらざらとした触り心地は、つくりの荒い証拠である。まあ、しょうがないか。所詮は百円なのだから。
 手際よく作業を進める。気絶していたせいで準備に時間はとれなかった。よって、非常に簡単な料理にする他なかった。用意できるものは、冷蔵庫冷やご飯、ネギ、卵、ハム、その他調味料。うむ、炒飯に決定。
 フライパンを温め、油を敷く。その上にといだ卵を流し込み、すぐさまご飯を入れ、全体が絡まるように混ぜる。炒飯は僕の得意料理だ。まあ、料理自体、あまり上手くないんだけどね。
 ネギとハムを適当に切り、ぶち込む。そして、やはり全体が絡むように混ぜる。
「ただいまー。ん、いい匂いだな」
「おかえりー。今日は炒飯だよ」
 マイスイート鈴がご帰宅だ。有り合わせのもので作った炒飯だけど、味付けには自信がある。鈴の喜ぶ顔を見るのが、僕は何より好きだった。
「って、何つー格好しとんじゃ!」
「え?」
 言われて、自分の格好を見る。エプロンをしている。至って普通だが?
「普通じゃない?」
「こいつアホだ!」
「む、アホとは何さ」
「いいから尻を隠せ!」
 そういえば、と思い出す。僕は全裸だった。全裸だった上にエプロンを着けた。即ち、裸エプロンの完成である。
「いいかい、鈴。よく聞いてくれ」
「近寄るな変態」
「これは日本の政策の一つ、クールビズだよ」
「んな訳あるか!」
 そんなわけあるまい。自分でも思う。
「いいか、理樹。私は前からお前に言いたかった。何故お前は最近家では全裸なんだ?」
「えー、基本全裸かな?」
「自覚ないのか!」
「今だって半裸ぐらいじゃん」
「うっさいわボケ! きしょいんじゃ!」
 言われて過去を振り返る。
 恭介たちがいなくなり、僕と鈴二人だけになった。色々省いて、僕と鈴は同棲するようになり、今に至っているわけだが。
「まあ、基本クールビズってことでひとつ」
「アホだろ、お前」
「えー」
「前までは普通だったのに。最近おかしいぞ?」
「違う!」
 鈴の言葉に僕は反論した。そう、最近がおかしいわけじゃないんだよ。以前までがおかしかったったんだ。
「だってさ、人って全裸で産まれてくるでしょ? だったら、なんで皆服を着るのかな? 僕は恭介たちがいなくなって強くなるって決めた。そのために色々と調べたよ。人間の起源から始めた。そして、人は全裸になるべきだという答えを導き出したのさ」
「すまん。途中までは理解出来たが、途中から分からなくなった」
「まあ、難しいだろうから」
「うん」
「鈴も全裸になるといいよ!」
 勿論、ハイキックでぶっ飛ばされました。


[No.460] 2008/08/02(Sat) 00:07:56
――MVP候補ここまで―― (No.444への返信 / 1階層) - 主催

これより後の投稿作はMVP選考外とします。
これ以降の投稿ももちろんオーケーですので、びしばしどうぞー。


[No.461] 2008/08/02(Sat) 00:11:39
月世界 (No.444への返信 / 1階層) - ひみつ 1419byte

そっと、唇に触れる。
触れた先から熱で空に飛んでいってしまいそうになる「ココロ」と「カラダ」。
地面に縛られない「ココロ」はきっと空たかくまで、きっと大気圏を突入して、きっとそのうち月にまで届くのでしょう。

「わふー……」
「いつもはヴェルカとストレルカを膝に乗せてるのに、今日は僕の膝の上なんだね」
「ハイ、リキの膝枕、気持ちいいです。お天気もとってもよくて、いっつふぃーるそーどっぐ! です」
「グッドじゃないの?」
「いえいえ、今日の私は気持ち犬さんなのです。ヴェルカとストレルカの気持ちがよく分かるのです。だから、「どっぐ」なのですっ、わふー」
「そっか」
 しかたが無いなぁなどといいつつ頭をなでてくれるリキ。気持ちいいです。
「わふー……」
「少し、眠る?」
「もう少しだけ……このままで……」
 居たいです、と言う言葉が続きません。リキの膝の上はとても心地よくて、もっとそうしていたいのに、お天気の良さと理樹の心地好さが私を眠りにさらっていきます。
「さーらーわーれーまーすー……すー……すー……ZZZ...」
 ああ、もっともっと、リキの温もりを感じていたいのに……私の……バ……カ……。


 フワフワと、6分の1の重力の上で踊る夢を見ました。リキと二人、手をつないで。カラダは地球にあるのに、ココロだけが月にいて、フワフワとした気持ちが、今も私をここで躍らせるのです。
 心が通うと、今度はカラダを重ね合わせたくなって、重なったカラダはそうしてココロも重ねていく。そんな気がします。
もっとあなたと、リキと心を通わせたい……だから、ねぇリキ? 今は夢の中で二人、月の上で踊りましょう?
 それで目が覚めたら、



 『キスしてください』


[No.462] 2008/08/02(Sat) 00:12:50
前半戦ログとか (No.446への返信 / 2階層) - 主催

 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little15-1.txt


 MVP「せんぶこわれてた」の作者は翔菜さんでした。おめでとうございますっ。
 後半戦は3日日曜22時から。
 次回のお題は「ボール」 日程については後半戦後に。


[No.467] 2008/08/03(Sun) 02:05:33
後半戦ログと次回以降について (No.467への返信 / 3階層) - かき

http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little15-2.txt


次回、ミニ大会として

5/8 24:00締切
5/9 22:00感想会
10240byte上限
縛り『理樹が登場しないこと』 (本人直接登場の禁止。会話の流れで名前出てくるとかはおk)

こんな感じでいきたいと思います。




次回の本大会は四週後

8/29 締切
8/30 感想会
お題『ボール』
予定より早いけどエクスタシー解禁!

でいきます。



ちょっとややこしいけど皆様よろしくお願いしますー


[No.471] 2008/08/03(Sun) 23:53:59
小大会MVPについて (No.471への返信 / 4階層) - かき

 次回、8/8締切の小大会についてです。
 MVPを獲得した方には
 『他の参加者及び主催(かき)副催(大谷)保管所管理人(えりくら)に称号をつける権利』
 を贈呈致します。
 好きな人に好きな称号をつけられます。特定の誰かだけにつけてもいいし、全員につけてもいいし、自分につけてもいいし、もう好きなようにいたしちゃってください。
 なお、この称号は保管所にて後世へと伝え続けられていきます。次回参加される方はそのことをご考慮くださいませ。


[No.475] 2008/08/04(Mon) 01:02:14
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