「理樹、おい理樹?」 午前中の授業が終わり、昼食に行こうとルームメイトを見ると、机に突っ伏したまま寝息を立てていた。歩み寄り、呼びかけながら肩をそっと揺する。 「なんだ、どうした?」 幼馴染の剣道男が傍らに立って心配そうに問いかける。今朝も些細なことで本気の取っ組み合いをしたばかりなのに。 「ん、ああ。多分いつものやつだ」 「そうか。どうする?」 目の前で寝息を立てるこの少年にとって、そして彼ら幼馴染にとっては日常のこと。言葉を尽くさずとも心得ている。 「とりあえず、飯食いに行こうぜ。戻ってもそのままだったら、寮まで運ぶ」 「そうだな。ならパンでも買っておいてやろう」 今朝大太刀回りを演じたばかりの大男二人は、いがみ合うでもなく連れ立って教室を出て行った。 残される少年。教室は弁当を食べる学生たちで賑わっているが、少年に目を留めるものはほとんどいない。 風景として溶け込んでいる。時折寝苦しさに眉をしかめて身じろぎする様も。
「理樹?」 少女が教室に戻ってきたとき、真っ先に探したのは幼馴染の少年だった。 授業が終わると同時に教室を飛び出し、校舎の隅で猫と戯れる。彼女にとっては学校は全て義務教育だ。 猫に食事を与え、ひとしきり戯れた後。学食に向かっていつもの顔を捜す。そこに少年が欠けているのはすぐに分かった。なぜいないかも見当は付いた。その上で彼らと共に昼食を摂ろうとしたのだが。 今少女は教室にいる。机の前に仁王立ちして少年の寝顔を見下ろしている。 「なんかむかつく」 少年の頬を指でつまんで弄ぶ。猫の肉球とは違うさわり心地。 「くせになるな」 少年が起きないのをいいことに、弄び続ける。その口元が緩んでいることに少女は気付かない。
一部始終を眺める長身の少年は、それでいいと思っていた。今は、まだ。
[No.472] 2008/08/04(Mon) 00:03:20 |