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No.506に関するツリー

   第16回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/08/28(Thu) 00:07:52 [No.506]
そのボールをど真ん中ストレートで投げ込む - ひみつ@5064 byte EXネタだけどシナリオのバレは無し - 2008/08/31(Sun) 11:31:29 [No.539]
銀玉 - ひみつ@13291 byte 遅刻 ネタバレしようがない。そしてごめんなさい。 - 2008/08/30(Sat) 05:41:46 [No.530]
――えむぶいぴーらいん―― - 主催 - 2008/08/30(Sat) 00:11:15 [No.529]
願いの叶うボール - ひみつ@5505 byte ネタバレなし 頭カラッポにして読んでください - 2008/08/30(Sat) 00:04:20 [No.528]
左目で見据えるもの - ひみつ 19283 byte EX要素若干あり - 2008/08/30(Sat) 00:01:47 [No.527]
そーろんぐ・ぐっどばい - ひみつ・10928byte EXネタありだけどバレはほぼなし - 2008/08/29(Fri) 23:59:17 [No.526]
熱闘・草野球 - ひみつ@3342byte - 2008/08/29(Fri) 23:55:12 [No.525]
[削除] - - 2008/08/29(Fri) 23:48:26 [No.524]
Refrain - ひみつ@12911 byte EX微バレ - 2008/08/29(Fri) 23:42:50 [No.522]
Primal Light - ひみつ@8341 byte 多分ネタバレなし - 2008/08/29(Fri) 23:15:20 [No.521]
居眠り少年は空の隙間に極彩色の夢を見る - He Meets You"ひみつ"@17347byte - 2008/08/29(Fri) 22:49:03 [No.520]
一日だけの仲間入り - ひみつ@EXネタバレ有り 11411 byte - 2008/08/29(Fri) 22:43:01 [No.519]
それは白く柔らかくボールのようで - ひみつ@12791 byteEXネタバレなし - 2008/08/29(Fri) 22:37:21 [No.518]
解説&あとがき - ひみつ@orz - 2008/08/31(Sun) 12:04:34 [No.540]
生き抜いたその先に - ひみつ@7580byte EXネタバレ有 初 - 2008/08/29(Fri) 20:34:12 [No.517]
生き抜いたその先に 加筆修正 - ひみつ@7580byte EXネタバレ有 初 - 2008/09/01(Mon) 20:45:54 [No.544]
Re: 生き抜いたその先に 加筆修正 - ひみつ - 2008/09/11(Thu) 23:49:55 [No.551]
ぼくのいやなこと - ひみつ@バレない程度にEXネタ微 15891 byte - 2008/08/29(Fri) 01:12:43 [No.515]
八月三十一日。夏休みの終わり - ひみつ@8442 byte - 2008/08/28(Thu) 23:21:27 [No.514]
ネタバレなし - ひみつ@8442 byte - 2008/08/29(Fri) 08:57:24 [No.516]
独り言 - ひみつ・初・EX捏造似非ネタ微混入…申し訳ない…・19434 byte - 2008/08/28(Thu) 21:41:54 [No.513]
誰にもみとられなかった白 - ひみつ@8047 byte - 2008/08/28(Thu) 21:00:47 [No.511]
[削除] - - 2008/08/28(Thu) 21:02:38 [No.512]
目の前にある、やみ。 - ひみつ@8,968byte - 2008/08/28(Thu) 18:21:03 [No.510]
はるか遠くに転がっていくボールを追いかける犬のよう... - ひみつ@EXちょこっとだけネタバレ・お手柔らかにお願いします - 2008/08/28(Thu) 15:05:02 [No.508]
容量:14914byte - ひみつ - 2008/08/28(Thu) 15:12:17 [No.509]
ログと次回と感想会後半戦のご案内なのよ - 主催 - 2008/08/31(Sun) 01:53:24 [No.536]



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第16回リトバス草SS大会(仮) (親記事) - 主催


 エクスタシーネタ解禁です!!
 ただし、未プレイの方のために名前の欄に『EXバレ』などの申告をお願いします。



 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「ボール」です。

 締め切りは8月29日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は8月30日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。



 エクスタシーネタ解禁です!!
 ただし、未プレイの方のために名前の欄に『EXバレ』などの申告をお願いします。


[No.506] 2008/08/28(Thu) 00:07:52
はるか遠くに転がっていくボールを追いかける犬のように (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@EXちょこっとだけネタバレ・お手柔らかにお願いします

 私がそれに気づいたのはいつだったでしょうか。きっかけは何だったでしょうか。よくわかりません。ただ、いつの間にか理解していていつの間にか受け入れていた、というのが一番正しいと思います。リキさんにリトルバスターズに誘われて、いろんな人と仲良くなれて、それから……そこからがよく覚えていませんです。ただ、リキと一緒に勉強したりリキと一緒に遊んだり、それからリキと恋人同士になったり。今となってはそんなこともあった、程度の記憶しかありません。でも私は間違いなくリキと好き合っていたんです。
 それはまどろみの中に落ちていくような感覚。布団の中に入って眠る時と同じような、温かいような気持ちのいいような、寂しいような。でも、これだけは間違いありません。リキは私を救ってくれたんだと。
 そこからの私はほかの人を救うための歯車になりました。私はもう救われたから。だから次はわたしじゃない誰かの番。
 私はリキのことが好きです。だから今度は私がリキを救います。
 と言っても、私ができることはせいぜい他の皆さんの手助けをすることくらいなのですが。

 すべてが終わって、私は本当の私のことを思い出しました。リキと一緒にいた世界が温かい夕日の中だとしたら、本当の私は底なし沼の底にただよっています。
 私は救われました。リキに幸せを分けてもらいました。だから、もう十分です。歯車としての役割と終えた私は、やがて燃やされてこの地に還るのでしょう。
 だから、リキ。私の好きな人。あなただけはまばゆい太陽の下へ帰ってください。真人さんが、謙吾さんが、恭介さんが、みんなが助けた命を輝かせてください。

 ……なのに、なぜ世界がこんなに明るいのでしょうか?
 なぜ私は沼の底ではなく太陽の下にいるのでしょうか?
 なぜリキが私の手を握っているのでしょうか……

夢か現か、幻か。
 夢が現実に、現実が夢に、幻は幻に。
「あ、クド」
「あっ、こんにちはリキ。えーと…どぅーゆーふぁいんせんきゅー?」
「え、えと……I’m fine thank you」
「おう! いっつぐれいと!」
 2学期が始まって何日かしたある日の昼休み。家庭科部の部室で昼食を取ろうとしているところでリキに会いました。いや、さっきまで同じ教室で勉強していましたから今日初めて会ったわけではないのですが。それでも授業中と休み時間では嬉しさが違います。授業中は勉強しないといけないのですが休み時間ならリキと遊んでも怒られません。
「リキ、もしよかったらこれから家庭科部の部室に行きませんか? 今日は二人分もないですがおすそ分けくらいはできますよ」
「それは魅力的だね。どうしようかなぁ……」
返事は分かっています。リキを好きな人は私だけじゃありません。それに
「ごめん、先に約束があるんだ。ごめんね、クド」
「いいえ、気にしないでくださいリキ。部室にはほかの人を誘います」
「ごめんね。それじゃ、また後で!」
「しーゆーネクストじゅぎょー!」
 私は元気に手を振ってリキを見送ります。何かを追いかけるように駆けていくリキ。いえ、あれは追いかけられているのでしょうか? どちらにせよ、リキの瞳に映る姿は私ではなく他の人。
 私は救われた。魂をリキに。身体をリキと鈴さんに。その二人が一緒になることは素直に喜ぶべきと思いますし、それ以上を望むなんてとんでもないことです。せめて二人を祝福してあげること。みんなで一緒にいられることを喜ぶこと。
 私はとっても幸運なのですから。
「おっ、クド公。やはー。こんなところで突っ立ってどうしたの?」
「あ、三枝さん。こんにちわです」
 ぺこりとお辞儀をする。おじい様が「日本人は礼に始まり礼に終わる」と言っていたのを私は忘れていません。三枝さんは手にお弁当箱らしき巾着と何かの袋を持っています。購買で買ったものでしょうか?
「クド公これからご飯たべるとこ?」
「そうですが、三枝さんは?」
「あ、よかったらこれあげようか?」
 と、購買の袋らしきものを私に向けて差し出します。
「いいのですか? いただいてしまって?」
「うんうん、はるちんは優しいからね。やははは」
「では遠慮なくいただきますです!」
 中身はパンでしょうか、サンドイッチでしょうか。わくわくしながら袋の中を覗き込んで、嗅ぎなれた匂いがすることに気付きます。中に入っているのはパチンコ玉ほどの茶色いボールがたくさん。
「ってこれ犬の餌です!!」
「そだよー、ストレルカとヴェルカのごはんだからねー。いやぁ、クド公ならイケるかなぁ、と」
「わふー!私一応人間ですっ! それにストレルカとヴェルカのご飯を私が食べるわけにはいきません……」
「あ、問題そこなんだ……いやね、お姉ちゃんからストレルカとヴェルカにこれ届けてこいって言われちゃって。まったく人使いが荒いのですヨ」
 三枝さんと佳奈多さんは順調に関係を修復しているようです。この前はみんなで佳奈多救出作戦なるものも実行しました。あれは楽しかったですねー。わふー。
「とりあえずこれ届けないといけないからサ、中庭行かない?」
「いいですねー、そうしましょう」
 家庭科部室での落ち着いたご飯は好きですが、こうやって誰かと一緒に食べるご飯も好きなので万事おっけーなのです。一人で食べるより二人で、みんなで食べたほうがご飯もおいしいのですから。
 本当はリキと一緒に食べたかったのですが。

「ストレルカ、いけません、許してください、そんなところ…わふっ!」
「素直にもう無いって言いなよ」
 ご飯欲しさにじゃれついてくるストレルカに押し倒されている私を見て、三枝さんが苦笑いしています。でも私は必死なのです。これは食うか食われるかの生存競争で、負けた方は食べられてしまうのです。ご飯を。
「ごめんなさいストレルカ、もうご飯がないのです! 許してください!」
 そんな言葉に構わずストレルカはどこかにあるんじゃないかと私の体をあちこち探します。このままではあられもない姿にされてしまってお嫁にいけなくなってしまいます。
「三枝さーん、ヘルプみーってご飯食べてる!? しかもそれ私の煮物ですー!」
「いいじゃんいいじゃん、細かいことは気にしないでサ。お、この里芋おいしー!」
「あああああああ、いけません、それはダメなのです! それだけはお許しをー!」
 私は必死の抵抗を試みますが、ストレルカは離れてくれません。
「このしいたけもいけるなぁ…ねえクド公これ全部食べちゃっていい?」
「私の分がなくなってしまいますー!」
「いいじゃんケチー。減るもんじゃないし」
「減ってますー!!」
 そこでストレルカもようやくもうご飯がないことに気づいたのか解放してくれました。あわてて三枝さんのところへ行くと
「はいこれ」
 色とりどりのおかずが入っているお弁当を手渡されました。
「これは……?」
「お姉ちゃん特製のお弁当。半分だけなら食べていいよ。私もクド公の半分食べちゃったから、交換」
「なるほど、それはいいアイデアです」
「じゃ、ランチターイムとしましょうか」
「わふー!」
 佳奈多さんのお弁当は手間暇がかかっていてとてもおいしいものでした。三枝さんも私のお弁当を美味しいと言って食べてくれてとてもうれしかったです。
 ご飯を食べた後は三枝さんとストレルカ・ヴェルカと遊んだりしていました。今日はフリスビーがなかったので、そのあたりに転がっていたボール(リトルバスターズの練習中に飛んできたまま忘れられたのでしょう)を投げて、とってくる遊びです。もちろんストレルカが投げて私が拾いに行くパターンも。それ見て三枝さんは
「いやぁ、さすがクド公ですナ」
「わふ? 何がですか?」
「だってあのわんこたちと対等に遊べるのってクド公くらいだもん」
 それはほめられているのでしょうか、それとも馬鹿にされているのでしょうか……少し考えましたが好意的に受け止めることにしました。
「ありがとうございます」
「あ、ごめんけなしたつもりだったんだけど」
「けなしてたですかー!」
「いやぁうそうそ、ほんと心の底から褒めてましたヨ?」
 何か疑わしい気もしますが、素直に喜んでおきましょう。と、向こうにリキの姿が見えました。鈴さんと手をつないで歩いています。
「うわー、あつあつだねー」
「そうですねー…」
「あれ、クド公ジェラシー?」
「そ、そんなわけない……ですよ」
 そんなわけはありません。でも言葉に詰まってしまいました。本当にそうなのか、と心のどこかで私じゃない私が言うのです。
「未練タラタラだね〜」
「そ、そんなことはありませんです!」
 思わず声を荒げてしまい、ストレルカとヴェルカがいぶかしげな視線を向けてきたのであわてて「なんでもないのですよ」と取り繕ってしまいました。二匹はそれ以上のことはしてきませんでしたが、なんだか心の機敏まで覗かれてしまったような感じです。
「よ〜し、ほらクド公、とってこ〜い」
「わふー!」
 唐突に三枝さんがボールを投げると、思わず体が反応してしまいました。走り出した私を見て、ストレルカとヴェルカも走り出します。
「おぉ、どっちが早いか競争だー!」
「負けませんよ、ストレルカ、ヴェルカ!」
 二匹はこっちこそ、とばかりにおんおん、と吠えたてる。ボールは遠くへ飛んで行ってしまったので、ストレルカとヴェルカの速さには勝てず、あっさりと抜かれてしまいます。「お、ヴェルカの勝ちか。ストレルカは早いけど茂みの中では動きづらいもんねー」
 三枝さんのところにボールをくわえて戻ってきたヴェルカは得意そうにおん、と。ストレルカはちょっと悔しそうにくぅんと鳴きました。
「ねえクド公」
「はい、なんでしょうか三枝さん」
 とぼとぼと帰ってきた私を、三枝さんはいきなり
「おりゃー、ヘッドロックじゃー!」
「わふー! やめてくださいですー! 苦しいのですー! ロープなのですー!」
 必死に抵抗しますが、もう完全に首を取られてしまっているので身動きがとれません!がんばって抜けようとしますが無駄な抵抗のようです…
「ふっふっふ、諦めて降参して私の言うことを素直に聞くなら許してやらんでもないぞー」
「聞きますー! 聞きますから離してくださいー!」
「じゃあ聞くけど」
 そこで三枝さんの力がふっと抜けました。逃げるなら逃げてもいいけどできれば素直に答えて欲しい。そんなところでしょうか。詳しくはわかりませんが。
「クドは、今も理樹くんのこと好きなの?」
「え?」
 一瞬何の事だか理解できませんでした。中庭をそよりと風が流れ、木々のざわめきだけが聞こえてきます。ざぁ、と。それ以外のすべてが止まってしまったような、そんな錯覚がする沈黙。
「……よくわかりません」
 長い沈黙の末、なんとかひねり出した答えがそれだった。
「そか」
 三枝さんは短くそう言うと私を解放してくれました。でも私はそこから動けず、沈黙が続きます。
「ほーらクド公、とってこーい!」
「わふー!」
 本能とは恐ろしいもので、さっきまで氷のように固まっていたはずなのにボールを投げられたら反射的に体が動いていました。今度はストレルカとヴェルカよりも先にボールをつかみます。すぐさま三枝さんのところまで持っていくと
「お、頑張ったじゃんクド公。ご褒美になでなでしてあげよう」
「わふ〜」
 三枝さんがやさしくなでなでしてくれると気持ちがほわほわしてきました。さっきの沈黙なんて嘘のようです。これは三枝さんなりに「あんまり気にしないで」という気づかいでしょうか。そんなことしなくても気にしないですよ。
「犬っていつでも一生懸命だよね〜」
「そりゃあ、みんなマジメだからなのです!」
「マジメかぁ〜。私には程遠い言葉なのですヨ。やはは」
「そんなこと……ないと思います」
「今の間はナニクド公」
「いえ、そういうわけでは」
「もー、失礼しちゃうなー。でもさ、犬が一生懸命ボールとかおっかけるのはマジメだからとかそんな理由じゃないと思うな」
「というと?」
「ただ単に楽しいからってだけだと思うな。だって、楽しくないことやってもしょうがないじゃん?」
 三枝さんが言うととても説得力がある言葉でした。といっても、三枝さんは分別のある人ですから本当に人が困るようなことはしません。ちょっとしたいたずら程度。やったほうもやられた方も、少しすればみんな笑顔になれる。だから楽しいのだと思います。恭介さんにも同じことが言えるかも知れません。
「クド公はさ、ちょっと自分を抑えすぎじゃないかな。別に無理やり諦めなくてもいいと思うんだけどネ」
 微笑みながらの言葉。でもその微笑みは私だけに向けられたものではないことはわかりました。自分の奥底にいる自分へ向けて。三枝さんの本当の気持ちに向けて。
「でも、私は今幸せですよ。リキと、三枝さんと、リトルバスターズのみんなと一緒にいられるだけでも十分です。それだけでも十二分の幸せだと思います」
「私もちょっと前まではそう思ってたんだけどね」
と、そこへ先ほど見かけた二人が。どうやらご飯を食べ終わって中庭に出てきたようです。もう手をつないでいなかったことに少しだけホッとしている自分がいました。
「鈴さん! ぐっどいぶにんぐ!」
「ん、グッドナイスデイ」
「意味がかぶっちゃうよ、鈴」
「じゃあグッドナイト」
「まだお昼だしそれ寝る前の挨拶だから……」
 リキと鈴さん、相変わらず仲がよくて見ていてとても微笑ましいです。
「ストレルカとヴェルカも元気そうで何よりだ」
 鈴さんが声をかけるとストレルカとヴェルカもおん、おんと返事を返します。鈴さんは猫だけではなくて動物全般に好かれるのかもしれません。鈴さんは優しいですからね。
「あ、クド…さっきはごめんね」
「いえ、構いませんよ。結局三枝さんとここで一緒に食べましたから」
 罰が悪そうな顔で謝るリキ。そういうところの気遣いだけは無駄にするんですね。
「……何かあったのか?」
「いや、その……」
 案の定鈴さんがいぶかしそうにリキの顔を覗き込んでいます。リキはどうこたえるべきか迷っているようなので、
「ご飯の前に少し話をしただけですよ」
「そか。まあ大したことはないんだな」
 とりあえずリキをフォローしました。別に全て話してしまってもどうにもならないのはわかっています。でも、なぜかそうしないといけない気持ちになったんです。二人の邪魔をしてはいけない、と。
「っていうか私は無視ナノデスカ!?」
「いやいや、そんなことないよ。こんにちは、葉留佳さん」
「鈴ちゃん鈴ちゃん、とりあえずこれで遊ぼっか」
「えぇ、ひどいよ…」
 話に置いて行かれ気味の三枝さんはリキに声をかけたと思ったらすぐに鈴さんにボールを差し出しました。たぶん無視され気味だったことへのちょっとした仕返しなのでしょうね。あるいはいつものように脈絡がないだけかもですが。
「よーし、とってこーい!」
「わふー!」
「なにっ! 負けるか!!」
 三枝さんがボールを投げると私と鈴さん、ストレルカとヴェルカが一斉に走り始めました。
「クドに負けるかー!」
「こっちこそなのですよー!」
 転々とするボールを追いかける二人。
「うにゃっ!」
 鈴さんがボールに向かって飛びこみましたが、掴みきれず弾いてしまいます。それを私がキャッチ。三枝さんのところへ。
「おー、クド公は偉いねぇ。なでなでしてあげよう」
「わふー……」
 三枝さんになでなでされると気持ちがとてもほわほわします。やっぱりご褒美は大切ですね。
「もう一回だ! 理樹もやるぞ!」
 今度は鈴さんがリベンジの要請。しかもリキの手を無理やり引っ張って参加させます。
「じゃあ私もやる!」
 そう言って三枝さんがボールを放り出して私たちのところへ。
「ええ、それじゃあ誰が投げるのさ?」
「それはアレですよ、どこぞの誰かが適当に」
「適当すぎるよ……」
 そこへストレルカがおん、と鳴いてボールをくわえました。なんだかやれやれ、って感じに見えますね。もしかしてストレルカは私が考えているよりもずっと大人なのかも知れません。
「ストレルカが投げてくれるそうです」
「お、やったね」
「よし、いつでも来い!」
「はるちん負けないぞー!」
 投げられるボール。走り出す4人。
「わふー!」
「うにゃー!」
「うわあ、押さないでよ!」
「あはははっ、まてまてー!」
 押し合いへしあい、みんなボールに向かって一直線。
 そうです。こんなに楽しい時間を、私は手に入れたんです。どうしてこれ以上望むというのでしょうか。
「キャッチなのですわふっ!」
 ボールをとった瞬間に転んでしまいました。それを見てリキが「うわ、大丈夫?」と手を差し出してくれました。私は少しためらいつつも、その手を取って立ち上がります。
「ありがとなのです、リキ」
「ううん。それよりも怪我とかしてない?」
「わふ、平気なのです」
 リキ。優しいリキ。その手を離したくない。温かいその手をずっとつかんでいたい。
「クドはおっちょこちょいだな」
「わふ……」
 でもそれはいけません。リキが好きなのは鈴さんだから。名残惜しさもありつつ、ゆっくりとリキの手を離します。
「クド公はすごいよね。あんなに一生懸命追いかけられるなんてさ。私なんか途中であきらめちゃいましたヨ」
「わふ、あきらめちゃダメですよ。どんなに遠くても取れそうになくても、追いかけることが大事なのですよ」
「そだね。じゃあ私は同じセリフをクド公に返すよ」
 言われてはっと気付きました。
 私の本心。私の本当の願いはそこに。
「もう一回だ!」
 鈴さんが躍起になっています。それを見たリキが「わかったから」と言ってストレルカにボールを渡しました。
 ストレルカがボールを投げると、また走り出す4人。
「わふー!」
「うにゃにゃー!」
「わあ、みんな速いよ」
「ほらほら、理樹くんも頑張って頑張って!」
「そうなのです! リキも頑張るのです!」
「わかってるよー!」
 追いかけてもいいのでしょうか。諦めなくてもいいのでしょうか。
 今の幸せ以上のことを願ってしまってもいいのでしょうか?
 リキと、鈴さんと、三枝さんと、みんなと走っていく。いつまでも。どこまでも。
 まるで。


[No.508] 2008/08/28(Thu) 15:05:02
容量:14914byte (No.508への返信 / 2階層) - ひみつ

容量入れ忘れたので追加(汗)
あとタイトル長くてすみませんm(_ _)m


[No.509] 2008/08/28(Thu) 15:12:17
目の前にある、やみ。 (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@8,968byte



 コロコロコロコロ。
 それは、僕の後悔の念。
 
 
   目の前にある、やみ。
 
 
 その日は晴れていた。
 どこまでも続くような青空。さすような光。痛いほどだった。
「理樹?」
「鈴?どうしたの?」
 いつもどおりの放課後。僕はのどが渇いたのでジュースを買いに中庭に出ていた。
 別に真人と話すのが嫌になったからとか真人が暑苦しいからとかそういうわけではなく、ただ純粋にのどが渇いたからだ。
 真人は僕が教室を出るときに何か恨めしげにつぶやいていたが。
「馬鹿兄貴が呼んでる」
「恭介が?どうしたんだろう…」
「あたしに聞かれても分からん」
「そうだよね…。鈴、ありがとう」
「うん」
 僕は猫と遊ぶのであろう鈴と途中で別れ、教室へと戻ることにした。
 恭介が僕に用事…。なんなんだろう。
 考えてみたが、何が思いつくわけでもなかった。
 
 
 
 僕はつらかった。
 それは、どこまでも続く暗い道のようだと思った。
 ―――ごめんなさい。
 今はもう、それしか僕にはなく。
 
 
 
「恭介?」
「ああ、理樹。きたか」
 教室に入ると、もうすでに恭介はそこで待っていた。
 僕の姿を確認すると、こっちに向かって歩いてくる。
「ミッションだ」
「は?」
「理樹。お前に新しいミッションをあたえる」
「うん…。それはいいけど、なにやるの?」
 みんなで一緒にやるようなものではないのだろうか。
「企業機密だからな。いいな?」
「企業って…。まあ、いいけどさ」
 いつもながら恭介はよくわからない。
 でも、きっと恭介のことだから、みんなを楽しませてくれるような、そんなミッションなんだろうと僕は予想した。
 こんなことを思うと、僕にリーダーが勤まるのだろうか、とも思うけれど。
「じゃあ、今から説明するから、良く聞いてくれ」
 恭介がミッションについての説明を述べてゆく。
 なるほど。確かに楽しそうだ。
「わかったな?…それじゃあ、ミッションスタートだ」
 久しぶりに聞くその言葉に、僕は高鳴る鼓動を抑え切れなかった。
 
 
 
 その道は、どこにでもある道だった。
 どこまでも続く道。
 曲がり角、横断歩道。
 あるはずのものはすべてあった。
 でも、どうしてだろう。
 
 
 
「えーっと…」
 僕は早速ミッションを開始した。
 まずは下調べだ。
 下調べといっても、ようはリトルバスターズメンバーに聞くだけなのだが。
「葉留佳さん?」
「あーっ、理樹くん。やはー」
「えーっと、少し聞きたいことがあるんだけど…」
「いいですヨっ。このはるちんにどーんとおまかせあれっ!」
 楽しかった。
 僕は、みんなと一緒に、このすばらしい時間を過ごせているのだという実感。それがあった。
 だから、恭介もこんな風に、何かをやろうと思うのかな。
 そんなことを、思った。
 
 
 
 なにかが足りない気がした。
 あるはずのものは全てあった。
 なにも、足りないものなんて、ないはずなんだ。
 そこは、夜の道。
 続いてゆくのは、電灯の光。
 そして、電信柱と、電線。
 
 
 
 ほぼやるべきことも終わり、あとは当日を待つばかりとなった。
「りんちゃんっ、お菓子食べますかーっ」
「…食べる」
「じゃあ、これがおすすめだよー」
「あ、ありがとう…。こまりちゃん」
「どういたしましてーっ」
 鈴と、小毬さんの声。
 鈴にいい友達ができて、よかった。
「直枝さん」
「あ、西園さん」
「あの、この前の本の続き、読みましか」
「……」
「…噛んだだけですが、なにか?」
「いや…。聞いてないけどさ」
 今までまったく交流がなかった、西園さんとも仲良くなって…。
 本当に、すごいことだと思う。
 それから、僕はリトルバスターズのリーダーになったんだ。
 今はまだ、恭介のことは越せないけど。いずれ、僕がその代わりに、いや、それ以上にならなくてはならないんだろう。
「……」
 遠く、みんなの声が聞こえる。
 僕が立派なリーダーになるために、まずはこのミッションを成功させよう。
 そうして、その日への決意を固めた。
 
 
 
 どこまでも続いていた。
 途切れることはなかった。
 暗いだけの暗闇で、慈悲などなく、ただ。
 僕はそこで、ずっと。
 
 
 
「少年」
「来ヶ谷さん?」
 今は休み時間。
 来ヶ谷さんが、僕の机の前へとやってくる。
 珍しいなぁ…。
「明日のことなんだが…」
「ああ、うん」
 明日のミッションについてのことらしい。
 僕は周りに聞こえないようにと、小さな声で話す。
「準備はこんなもんか?」
「うん。大丈夫」
 来ヶ谷さんから、確認のための紙を見せてもらう。
 何も問題はなさそうだった。
「いよいよ明日だな」
「うん。頑張ろうね」
「ああ。そうだな」
 来ヶ谷さんが自分の席に帰ると、それと入れ替わるようにクドがやってきた。
「リキっ、今よろしいですか?」
「どうしたの?」
「えーと、わふー…。明日は何か持っていったほうが良いのでしょうか?」
「うーん…。前に言った物くらいで良いと思うよ?量は多いとうれしいけど…」
「わかりましたっ!…じゃなくておーるらいとっ、です!」
「うん。よろしくね」
 みんな、このミッションのために頑張ってくれている。
 なんとしてでも、成功させよう。
 みんなの喜ぶ顔のためにも、そして、自分のためにも。
 
 
 
 見えているようで、見えていない。
 あっているようで、あっていない。
 そんな、矛盾。
 それが、この世界には満ち溢れていたんだ。
 なにもかもがあって…なにもない。
 続いてゆく、繰り返されてゆくだけの、そこは。
 …暗闇。
 
 
 
 いよいよ当日だ。
 準備は万端。あとはミッションの開始時刻まで待つだけ。
 最初は小毬さんがやってくれることになっている。
 僕らは本部待機組だ。
 コンコン、がちゃ。なんて律儀にノックの音まで交えながら、二人はやってきた。
 そして―――
 ぱんぱんっ!
 クラッカーの音が鳴り響く。
「りんちゃんっ、お誕生日おめでとうーっ」
「鈴、誕生日おめでとう」
「おめでとう、鈴」
「お祝いはこの筋肉だ!!って謙吾、なにすんだっ!!」
「りんちゃーんっ!お祝いにしゃかしゃかへいっ!」
「鈴さん。お誕生日、おめでとうございます」
「お、おめでとうなのですっ!は、はっぴーばーすでーっ!なのですかっ」
「鈴君、誕生日おめでとう」
 みんなから、一斉にお祝いのメッセージ。
「鈴、おめでとな」
 最後に恭介がお祝いの言葉を述べると、鈴はもうすでに硬直していた。固まっていた。
「りんちゃーん?どうしたの?」
「……」
「とりあえず、お祝いにワッフルでもどうですかーっ」
「……」
「りんちゃんが動かないーっ!!」
「はっ?!」
 鈴はやっと気がついたらしい。
 この状況を再認識すると、なぜか冷静に小毬さんに説明を求めた。
 相当混乱しているらしい。
「お誕生日パーティ、ですよっ」
「…あたしのか?」
「そうだよーっ、みんな一生懸命準備したんだよー?」
「そうなのか…」
「じゃあ、はい。このお誕生日席に、どうぞーっ」
「うん。わかった」
 きっと鈴はまだ何がなんだか分かってないと思う。
 そんなこんなで、小毬さんが座ると、僕が音頭を取ることになった。なぜかマイクもある。
『え、えーっと…。これから、鈴の誕生日パーティを始めます。皆さま、盛大な拍手をお願いいたします…。って、これじゃあなにかの大掛かりなパーティみたいじゃないかっ!!』
「そのつもりだったんだが…」
『そうだったの?!』
 拍手はまばらに、僕のつっこみのエコーとみんなの笑い声とともに、パーティは幕を開けたのだった。
 
 
 
 コロコロコロコロ…。
 ボールが転がってゆく。
 白い背中が見える。
 その背が、ボールを転がしてゆく。
 コロコロコロコロ。
 僕はその背を追いかける。
 どこまでも続いてゆく、長い長い暗闇の中。
 ごめんなさい。
 それしかないのに。僕には。
 続いてゆく。
 ただ、続いてゆく。
 
 
 
「もう…お腹いっぱいだ…」
「さすがに…ギブアップだ…」
「早いなお前ら。俺なんか、まだまだいけるぜ?」
 真人と謙吾がギブアップした頃、パーティもお開きとなった。
 パーティは無事成功。
 あの後、お菓子を食べまくり、歌ったり踊ったり…なんでもありだった。
 途中、うるさすぎて近くの部屋の人に怒られたりとか、なぜかマッド田中さんやバイオ鈴木さんまで乱入してきたり、本当すごかった。
 鈴もパーティを楽しんでくれたようだ。
 一番楽しそう…というか、うれしそうだったのはプレゼントを渡したとき。
 みんなからのプレゼントに、目を輝かせていた。
 …中身は…すごいものもあったけれど、そんなものは関係ないんだなぁ…なんてことも思ったりして。
「大成功だったな」
 後片付け中。
 恭介が、僕に話しかけてきた
「うん。よかった。成功して」
「お前のおかげだよ。…ありがとな、理樹」
 ポン、と僕の頭の上に左手が。
 暖かい。
 懐かしい、感覚。
「僕だって、恭介がいなかったらここまで出来なかったよ。…ありがとね」
「ああ」
 そう言って、恭介はごみ捨てに行ってしまった。
 僕は…恭介の背を追ってきたけど…追えているのだろうか。
 いや、そんな心配をしている場合じゃない。
 自分を信じて、前へと進まなくては。
「理樹ーっ」
「なに?鈴」
「ありがとな。今日は」
 きっと、ここまで来た道は正しいと、信じて。
 
 
 
 ごめんなさい。
 前に、ボールと白い背。
 駆けてゆく。
 僕はそれを追いかける。
 どこまでも、続く。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。―――レノン。
 そう。僕はあの時救えなかった。
 僕は、『レノン』を救えなかった。
 ごめんなさい。『恭介』。
 僕はあの時、救えなかった。
 救えなかったんだ。全てを。
 ごめんなさい。
 恭介は、右腕をなくしてしまった。
 あの事故で、救えなかった。
 救い、出せなかったんだ。
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 僕に、力がなかったから。
 僕は、『レノン』を救えなかった。
 どこまでも、どこまでも続いてゆく道。
 それは後悔。
 どこまでも、どこまでも進んでゆくボールと猫。
 そして、暗闇。
 ごめんなさい。
 それしかもう、僕にはなかった。
 
 
 
「ごめんなさい」
 ずっと、ずっと繰り返してゆく。
 この、悪夢を。
 どこまでも、どこまでも続いてゆく。
 この、なにもない、暗闇の中。
 僕は布団の中で。
 僕は道路で歩いて。
 ごめんなさい。
 それをただ、繰り返してゆく。
 それだけ、たった、それだけのこと。
 転がってゆくように、ずっと。


[No.510] 2008/08/28(Thu) 18:21:03
誰にもみとられなかった白 (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@8047 byte

 私は一人で立っていた。校舎とをつなぐ渡り廊下、そこでポツンと独りで立っていた。聞こえる雨音、屋根があるだけの渡り廊下には容赦なく冷たい雨が吹き込んで体と服を濡らすが、しかし私はそんな事には一切の感情を示すことなくただじっとソレを見続けていた。
「…………バカみたい」
 意味無く呟いた言葉を雨音が叩いて散らす。私の視線の先には白球、ボロボロになった野球のボール。渡り廊下から少し離れた場所に打ち捨てられて汚れた白。
「バカみたい」
 私は繰り返す。意味なんてないって、自分が一番気が付いているはずなのに。
 例えば、このボールはいつから打ち捨てられていたかなんて想像。野球部がここまでボールを飛ばしてきたのか、それともどこかの生徒がキャッチボールをしていて失くしてしまったボールなのか。そんな頭の中の想像でさえもリトルバスターズという名称は浮かんでこない。
「本当、バカみたい」
 自嘲的な笑みを漏らす。リトルバスターズなんて名称は浮かんでこない、そんな言葉が出た時点で名称は浮かんでいるというのにどうしても白球とリトルバスターズをつなげたくなかった私がそこにいた事に気がつく。いや、そんな私がいた事なんてとっくに気が付いていた。それなのに気がつかなかった事にして、事実から目をそむけ続けている。それでも野球のボールを見つけて思考にふけったという事はやはりあの騒がしい一団に未練があるという事で――――
 グルグルと取りとめもなく意味もない思考が頭を回る。
「…………」
 もう影も形もなくなってしまったリトルバスターズという集団。修学旅行の事故から半年、あの騒がしくも愉快だったみんなはどこにもいない。いや、あの面々ならばあの世でも愉快にやっているのかも知れないけれども。
 彼らの騒ぎは痛快だった。突如として運動部のキャプテンを集めたチームと野球で対戦したりとか、校内で場所を問わずにバトルを繰り広げたりとか。
 何より飽きるという事がなかった。野球では負けたとはいえ手に汗を握る接戦を繰り広げたり、バトルでは野次馬に道具を投げ込ませたりした。自分の投げ込んだ武器で戦って貰ったりすると異様にテンションがあがったものだ。いやまあ、調子にのって3Dメガネを投げ込んだのは反省してるけど。掴んだ直枝君、半泣きだったし。

 ざぁざぁと冷たい雨が降る。僅かに飛び込んでくる飛沫が徐々に体を濡らしていく。
 正直に言おう。私はあの集団が好きだった、大好きだった。そして――――恋をしていた。棗 恭介、リトルバスターズのリーダーに私は恋をしていたのだ。
 それはほんの小さなきっかけ。野球の試合、キャプテンチームの5番がホームラン級の打球を打った。それをセンターだった棗君は必死になって追い、そしてダイビングキャッチ。そのままホームランスペースに落ちた。決勝点になったあの3ランホームランの瞬間、私の初恋は始まった。
 ボールをキャッチする、たったそれだけの動作。棗君とは今まで同じクラスになった事もあったしバトル観戦も何度もしたというのに、そんな小さな行動に私の心臓は悲鳴をあげた。
 コイって何? 食べられるの?
 前日にそんな冗談を言ってそりゃ魚の鯉だと突っ込まれていた私の初恋は、「スマン、ボールは取ったが俺が落ちちまった」と苦しそうに笑っていた同い年の男の子。
 戸惑った。恋なんて知らなかったからどうすればいいのかも分からなかった。3年だと言うのに勉強も上の空、気がつけば棗君を探していた。
「やっぱり、相手の事も理解しないと!」
 テンパったあげくにそんな突拍子もない事に考えが至ったせいで、私は一回だけリトルバスターズの野球の練習に参加した事があった。体育の授業でのソフトボールくらいしか経験の無かった私にとって、野球はやっぱり難しくて何度もエラーをしてしまう。だけど一回だけボールが捕れた時、みんなが我が事のように喜んでくれた。
 ――違う、我が事のようにじゃない。彼らにとって、仲間とは本当に我が事なんだ。それに気がついて笑顔で褒めてくれる棗君を見た時、私の心臓はまた悲鳴をあげた。あれが惚れ直したというものなのだろうか?

 時は過ぎて、私はようやく告白する決意を固めた。どうせ後一年も経たないで卒業なのだ、どうせならば玉砕してやろうと自分を叱咤する。
 告白する時期は修学旅行中に決めた。棗君以外のメンバーは二年生だからリトルバスターズの中で彼だけが学校に残るチャンスはこれ以外に無い。いっそみんなの前で告白しようかとも思ったが、私にそんな勇気はないらしい。想像しただけで目を回してしまった。自分でもちょっと意外だ。座右の銘は『女は度胸』なのに。いま決めたんだけど。
 修学旅行当日。緊張して朝早く目が覚めてしまい、中庭を散歩していたらバッタリと棗君に出会ってしまった。何をしているかは持っているカバンの大きさを見ればだいたい分かる。忍び込むつもりだ、修学旅行に。
「…………」
「…………」
 無言で見合う私達。私は突然意中の人に出会ってしまってフリーズしていたし、棗君もまさかこんな時間に人に出会うとも思っていなかったのだろう。
「…………」
「…………」
 だんだんと棗君の顔に冷や汗が滲んでくる。それはそうだ、もうこれ以上ない程の現行犯で言い訳のしようも無い。そんな棗君が面白くて私は思わずクスクスと笑う。
「あ、あのな、これは、」
「いいよ、黙っててあげる」
「へ?」
 それでも必死に弁解しようとした棗君の言葉を遮って、私はそんな言葉を口にしていた。
「黙っててあげる。どうせ修学旅行に参加するつもりなんでしょ?」
「ほ、本当かっ?」
 私の言葉が余りに思わぬ言葉だったからだろう。棗君は喜色満面だ。
「もちろんよ」
 だって、私はそんなあなたが好きになったんだから。それは心の中に仕舞いこむ。どうせ今はそんな雰囲気ではないし。
「いや、悪いな」
「いいのよ。代わりに一つだけお願いがあるから」
 私の言葉にん?と首を傾げる棗君。
「なんだ?」
「修学旅行から帰ってきたら時間をくれない? 少しでいいからさ」
「俺のでいいのか?」
 怪訝そうな顔をする棗君に、更に私が怪訝そうな顔をする。
「謙吾じゃなくてか?」
 その言葉に私の胸が苦しくなる。棗君が私の好きな人が宮沢君だと勘違いしている事、それがびっくりする程辛かった。
「うん、宮沢君じゃなくて棗君」
「そうか……わかった。それとな、ありがとう」
 不思議そうな顔をしたまま棗君はお礼を言って駆けていく。あれではきっと、宮沢君じゃなくて棗君だと言った私の気持ちに微塵も気がついていないに違いない。でも、それでも言おう、それだからこそ言おう。棗君に好きだって。
「約束、したからね」
 自分にだけ聞こえるように私はそう呟いた。

「約束、したからね…………」
 意味無く呟いた言葉は虚しく響き、雨に叩き潰される。
「は、はは……」
 それがどこか悲しくて、紛らわすように私は地面に落ちた白球を拾い上げる。濡れて冷えきった体は思ったとおりに動かなくて、ボールを拾うだけの動作が随分とギクシャクとした。
「…………」
 その汚れた白を見て思いだす、どこかで聞いた初恋の色は白いという話。
 初めての恋に色はなくて、ただ純粋な白さがある。純粋に相手を好きだと思える感情、純白の想い。それが初恋なんだって。
 恋という感情は色々なものが混ざりやすい。嫉妬や打算は恋を穢すけど、初めての恋は白く貴い。
「それでも、初恋は叶わない」
 そして初恋はもう一つ有名な逸話を持つ。曰く、初恋は叶わない。それは恋というものは本来白色ではないものだかららしい。例えば恋の果てに子供が出来たりすると、どうしても純粋ではいられなくなる。だから白い恋は実らない。
「…………けど、こんな形で実らないのはあんまりよ」
 想いを伝える約束だけを残して逝ってしまうなんて。せめて約束が無ければよかったのに、せめて約束が果たされれば良かったのに。もう汚れようの無い純白は、雪のように蕩けるのを待つばかり。
「っ!」
 それが悔しくて、私は強く唇を噛む。唇から赤色が、瞳から無色が流れる。それらはポタリポタリと手の中のボールにたれていく。けれども心の中の白は変わらない。穢れもしなければ消えもしない。
「っく、ひっく――」
 嗚咽が漏れる。もう届かない想い、決して完成する事のない恋。ただ、ゆっくりと終わりだけを待つ白。
 リトルバスターズもそうだ。メンバーの死は悼んでくれても、リトルバスターズというグループだけは誰も悼まない。ただ朽ち果てるだけだったこのボールのように、どこにも届かず静かに緩やかに消えていく。
「っぐ、ふぐぅ、うぇぇ……」
 私は泣きながらハンカチを取り出して手の中のくすんだ白を磨いた。どうしてこんな事をしているのか、私にも分からない。もしかしたらリトルバスターズをこのボールを通して見たから、これが汚れているのが我慢できなかっただけなのかも知れない。
 ほんの少しだけ汚れが落ちたボール。それを胸に掻き抱いて、私は泣き続ける。長い間外に放り出されたボールはもとの白さを全く取り戻せていない。それは、とても悲しい事実だった。
「あぁ、うわぁぁぁ」
 もう、どうにもならない。壊れてしまったものは戻らないし、壊れないものを壊すことも出来ない。汚れた白色を通してそれを理解してしまった私はせめて見届けようと思った。胸に抱いた白を最期まで。
「あ、あ。あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……――」
 慟哭はやがて雄叫びへ。私はお腹の底から声を絞り出して、力一杯にボールを雨空へ投げ飛ばした。どうか天の果てにいるだろう彼らにこの白球が届きますようにと。



 汚れたボールが灰色の空へと消えていく。
 誰にもみとられなかった白は今、一人の少女にみとられて空へ向かう。


[No.511] 2008/08/28(Thu) 21:00:47
[削除] (No.511への返信 / 2階層) -

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[No.512] 2008/08/28(Thu) 21:02:38
独り言 (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ・初・EX捏造似非ネタ微混入…申し訳ない…・19434 byte

”――探している…”
 その言葉が聞こえても、決して応えてはいけない。それは彼女の独り言。
 だから、それに言葉を返してはいけないのだ。





 白いボールが、壁を跳ねる。
 返ったボールが古ぼけたグローブに収まる。キャッチした硬球を無表情に見下ろした鈴は、もう一度振りかぶってそれを投げた。
 手から離れた硬球は、己の投げた強さと同じ強さで再びグローブへと収まる。白いボールが白い壁へと一瞬掻き消えて、戻ってくるのは予想した位置へ予想した強さ。
 何度も何度も繰り返す。
「探してるのにっ…」
 寸分狂わぬホームと、正確なコントロール。
 投げるたび、ちりんと涼やかな音が鳴り響く。
「こんなに探してるのにっ……――何で、見つからないんだっ」
 ボールを返してくる白い壁を睨み付け、鈴は強く呟いた。
 ここは”出る”と噂の場所で、人は滅多に近づかない。だから鈴は、周りを気にせず力一杯投げられる。
 何もかも忘れる程一心不乱に投げ続ける。違うそうじゃない、と鈴は考える。
 何もかも忘れるために、投げ続けているのだ、と。
 会話がキャッチボールだと言うなら、壁を相手に独りで投球するこの行為は、独り言と同じなのだろう。
 投げてはキャッチする。――たった独りで。
 ちりんとスズが鳴るたび、一緒に結んでいる赤いリボンもひらりと揺れる。
 誰もいない。
 鈴以外、誰も。
 当たり前だった。リトルバスターズは、いまや彼女独りきりなのだから。
 息が上がってくる。手の平が痛い。
 こんな時、無性に叫びだしたくなる。
 鈴は、一度唇を噛み締めて、それから力一杯ボールを投げた。


「こまりちゃんなんかいなくたって寂しくない!」
「理樹となんか一緒じゃなくても平気だっ!」
「真人の筋肉なんか見たくない!」
「謙吾なんか頼りにしてないっ!」
「みおと本読んだって面白くないっ」
「クドの料理なんて美味しくないっ!」
「はるかと一緒にいたって楽しくないっ!」
「くるがやになんか構って欲しくないっ!」


 連続投球に肩で息をしながら、鈴はボールを握り締める。
「あたしは……もう、ノーコンなんかじゃないぞ。教えてもらう事なんか何もないんだ」
 最後に、一際大きく振りかぶる。


「だから、お前なんか…いなくたって全然大丈夫だ!この――馬鹿兄貴っ!」


 シュッと空気を切る音。
 鋭い投球が壁を叩き、次の瞬間、予想もしない方向へと跳ね飛んだ。
「!」
 しまったと思いながら、鈴は視線だけでボールを追いかける。雲一つない蒼穹へと吸い込まれ、やがて落ちていく白いボール。青い中に一つきりの、孤独な白だった。
 やがて弧を描いたそれが――パシリ、と誰かの手に収まる。



”誰が馬鹿兄貴だ、ノーコン”



 きっとそこには、少しばかり澄ました顔の兄がいて。

 ボールを指先でクルリと回し、目を細めて笑う。

 青い空を背後に、そうしていつでも人気者だった彼の周りには、皆が。

 ああ――やっと……やっと見つけたっ……!


「きょーすけっ…!」



 ――ぜったい、理樹もいる。真人も謙吾も、こまりちゃんだっている。はるかが手を振って、クドが飛び跳ねて、その横でみおが静かに目を伏せて、くるがやが小さく微笑んでいて。


 こまりちゃんと話してると凄く幸せだった。
 理樹とずっと一緒にいたかった。
 真人の筋肉に突っ込むのホントは好きだった。
 謙吾はいざという時必ず助けてくれた。
 みおの選んでくれた本はホントに面白かった。
 クドの料理は頬っぺたが落ちそうに美味しかった。
 はるかといるといつの間にか笑い続けていられた。
 くるがやに頭撫でられるの、実は嬉しかった。


 それから、きょーすけがいないと、ホントは全然駄目で。全然大丈夫じゃなくて。


 ずっとずっと探してた。みんなをずっと探してた。
 いつかどこかで会えるんじゃないかとそんな事を願ってた。

 手が痛い。もうボールなんて投げたくない。あたしホントはまだまだ下手なんだ。
 だって返ってくるボールは痛いばっかりで。
 すごく、痛いばっかりで。
 もう……独りで投げるのなんて、嫌だよ…。


 ボールを掴んだその手を見失わぬよう、ただそこに収まる白いボールだけを見つめて、鈴は腕を伸ばす。何も考えずに飛びついた。
 途端に響く、甲高い少女の悲鳴。
「な、何ですのいきなりっ!?」
 聞いた事のある声音に顔を上げれば、そこに恭介の姿はなかった。代わりに、舌を噛みそうになる程ややこしい名前の知人の少女がいた。
「さしすせそると!」
「どこの塩の商品名ですのっ!?わたくしは、さ・さ・せ・が・わ・さ・さ・み!ですわっ」
 もはや挨拶代わりとなってしまった佐々美との遣り取り。気の抜けた顔で、鈴は佐々美から手を離す。
 佐々美は相変わらず偉そうに腰に手を当てている。そして、自分のキャッチしたボールと鈴、壁を順番に見ると、フンと鼻を鳴らした。
「日曜日も壁で練習ですの?暇ですわねぇ」
「……」
「まぁ、貴方には壁での練習がお似合いかもしれませんけれど。おーっほっほっほっほ!」
「……」
「………。ええ、まぁ、か、壁もいいですけれど…」
 なにやら自分の台詞が空気にそぐわなかった事を自覚して、佐々美は決まり悪げに視線を彷徨わせる。
 それから、気を取り直すようにツンと顎を上げた。
「ですけれど、実際一人で壁に投げるだけでは、つまらないんじゃありませんこと?」
「つまらない事を考えるよりはいい」
 ぽつりと落ちる台詞に、佐々美が言葉を失くす。沈黙の中、鈴がグローブをぼんやり見つめる。もう擦り切れた、けれど丁寧に手入れされたそれは、もともとはソフトボール部で、佐々美が使っていたものだ。
 光沢も失くしボロボロになっても、それは大事に使われている。二人無言で、大切にされ続ける、擦り切れた古い思い出を見つめる。
 やがて、コホンとわざとらしく佐々美が咳払いをした。無意味に髪を掻きあげながら、佐々美はまだ手に持っていたボールを鈴に差し出す。
「ま、まぁ……中々、筋はいいと思いましてよ?」
「そーか」
 短く答えて鈴はボールを受け取った。グローブに収まる硬球と伏目がちの鈴とを交互に見遣り、佐々美はやがて大きく息を吸う。
 眉根を寄せ、そっぽを向きながら彼女は口を開いた。
「貴方、――軟球では、投げてみませんの?」
「なんきゅー?」
「…ソ、ソフトボールですわ」
「そふとぼーる」
 佐々美の言葉を鸚鵡返しに呟いて、鈴はぱちくりと目を瞬かせる。それは、どういう意味だろうか。
 鈴は考える。以前ならきっと、相手の意図を汲み取ろうともせず否定を返していただろうけれど。
 だがやはり、他人との広い交友関係が希薄だった鈴には、相手の考えはよく分からなかった。だから仕方なく無難な答えを選ぶことにする。
「別にあたしは、投げられるならどっちでもかまわない」
「でしたら、明日の放課後にでもグラウンドに来るといいですわ」
「…ソフトボール部の練習で使ってるんじゃないのか?」
「だからですわ」
「だから、なのか?」
 まだ首を傾げている鈴に、佐々美が業を煮やしたように告げる。
「一人よりは、誰かがいた方が練習にもなるでしょう、と言っているんですわっ!」
 居丈高に言い放つ佐々美を、鈴は茫漠と見つめる。
 まだ少し頭が追いついて行かなかった。
 明日?
 練習を?
 一人じゃなく?
 誰かと?
「な、何ですの…!?」
「そると」
「わたくし塩じゃありませんわっ」
「すまん、なると」
「更に離れましたわよっ!?」
「ええと、…さささ」
「――」
 溜息をついて、佐々美はあきらめた様に口を閉ざす。鈴に悪気がないのは、もう彼女も知っている。
 鈴は、食い入るように佐々美を見上げる。
「一人じゃなくて、練習できるのか?」
「ええ、ただしソフトボール部ですから、軟球になりますけれどね」
 こくりと了承して、鈴はじっとグローブ中のボールを見下ろす。そして佐々美に視線を向けた。
 いつも何かと突っかかってくる彼女は、鈴の中では友人というより、知人のレベルだった。
 けれど、そういえばと鈴は不意に気付く。事故の前と後で、彼女だけは変わらなかったという事実に。
 修学旅行の事故で、鈴のクラスメイトは全員、帰らぬ人となった。
 同乗していた恭介も含め、バスに乗っていた人間は、鈴を除いては誰も助からなかった。
 鈴一人だけが助かった。
 以後、転校の話もあったが、いきなり環境を激変させるのは良くないという意見もあって、鈴はまだ同じ学校にいる。席が隣のクラスに移っただけだ。
 事故から後、誰もが鈴を敬遠し、面倒ごとを避けるかのように寄り付かなくなった。元々人付合いの苦手だった鈴は益々孤立して、けれど、佐々美だけは以前と変わらず接してきた。
 廊下で出会えば声高にフルネームで呼びかけてきたし、なぜかバトルに発展することもあった。
 さすがに”宮沢様”とは口にしなくなったけれど、腫れ物を扱うように鈴と接する周りとは、一線を画している。
 今だって、こうやって普通に話しかけてくる。
 ――もしかして、と思った。
 もしかして、彼女なら。
「あたしが投げたら、投げ返してくれるのか…?」
「当たり前ですわ」
 即座に、返答。
 そうして鈴は漸く理解した。今までだって、いつだって彼女は、鈴に言葉を投げかけてくれていたのだ、と。
 自分に応じる気さえあれば、こんなにも簡単に話が続く。
 これが――会話だ。
 忘れていた、忘れようとしていた人としての日常。当たり前の行為。
 鈴は、ちりんと頷く。
「そうか。投げたら、投げ返してくれるのか」
「ええ。…何ですの、そんな当たり前の事を何度も」
「うん。当たり前の事だったんだ」
「?」
 今度首を傾げるのは佐々美の方だった。鈴はボールを握り締めて、小さく小さく呟く。
「…あたしは、ホントにノーコンだ」
 今まで、一体どこにボールを投げていたのだろう。
 こんなに近くにいてくれたのに、――気付かず、自分自身に投げてばかりで。
 けれどそれも、本当はどこにも投げられてはいなくて、どこにも返ってきてはいなかった。結局自分にすら、だ。
 どこまでも無知で、果てしなく独り善がりで、本当に、神なるノーコンだ。
 何も見えていなかった。
 ボールを握り締める鈴をどう思ったのか、佐々美は「気楽に来ればいいんですわ」と言った。彼女なりの、精一杯の気遣いだろうという事は鈴にも分かる。
 鈴が無言で頷くと、佐々美はほっとしたように表情を緩め、だが直ぐにそんな自分に照れたのか赤くなる。
「で、ではわたくし休日練習がありますから、これで失礼しますわっ」
 まるで誤魔化すようにそう言ってから、佐々美は少しばかり逡巡したあと、口早に小さく付け足した。
「明日…待っていますわよ」
 幽かな、ともすれば聞き逃してしまいそうな声。
 佐々美はさっと踵を返して鈴の元から去っていく。言わなければ良かったと思っていそうなその背中へ、鈴は咄嗟に叫んだ。
「――また、明日だ!」
 佐々美が振り返る。それを見た鈴は、思わず手に持っていたボールを佐々美に向って投げた。
 見事にキャッチした佐々美は、眉をひそめる。
「な、なんですのっ…!?」
「――それ、預けておくっ。明日取りに行くから」
 絶対に行くからと、強い視線を向ければ、佐々美は、頬を染めながらも偉そうに腰に手を当てた。
「遅刻したら許しませんわ!」
 そうして、硬球を手に佐々美は休日練習へと向かっていった。
 一人になった鈴もその場を離れ、寮へと帰る道を辿り始める。
 いつも、寮への帰り道は独りだった。今日も一人だ。けれど――それは独りとは違う。
 だから足取りは軽い。
 明日――明日だ。待ち遠しい、なんて感覚はいつ以来だろう。
 それから、そういえばまだ佐々美の名前を呼んでいなかった、と気付く。
「――さ、さささ……ささ、…み…だ」
 あれ程言い難く覚え難かったはずの名前が、思ったよりすんなり口から滑り出る。
 ああ、そうか。今までは、単に興味がなかっただけなんだ。
 自分が覚えようとしなかっただけだ、と知った。
「ささみ…ささみか、うん」
 明日会ったら、間違えずに呼んでやろう。きっとびっくりするぞ、あいつ。
 早く――明日にならないかな…。


          *


 翌日は快晴だった。
 授業はあったが、鈴は何となく出席しなかった。事故以来、時折こうした自由気儘な日を過ごしている。
 教師は何も言わない。下手に刺激して何か問題でも起こるのを避けているのだろう。好都合だった。
 今日の放課後は、佐々美とキャッチボールをするのだ。体力は温存しておかないといけない。
 久しく感じていなかった、楽しいような嬉しいような――つまりは幸せな心地で、鈴はうとうと枕を抱きしめた。



 見たのは、青い夢だった。
 細い飛行機雲。
 澄み切った空に、白いボールが突き抜けてゆく。
 周りには沢山人がいて。
 鈴は、佐々美とキャッチボールをする。
 鈴の投げたボールを佐々美がキャッチし、そして投げ返してくる。
 思ったより、ずっと高くボールが上がった。
 キャッチしようと、鈴はグローブを前に翳しながら後ろに下がる。
 白いボールはどこまでも高く飛んだ。
 高く――高く、空の彼方へ突き抜けて。

 ボールが、グローブに収まる事は無かった。



「――っ…」
 はっと目を見開くと、もう夕方だった。鈴は額を抑えながら起き上る。
 少し頭が重い。寝過ぎただろうか。
 窓の外は赤く染まり、そろそろ部屋を出てもいい時間になっている。
 一つしか持っていない練習用のボールは佐々美に預けてしまったから、持ち物は愛用のグローブだけにして、鈴はグラウンドへ向かう。
 きっともう誰かいるはずだと思ったのに、グラウンドに人影はなかった。
 ならばと、鈴はソフトボール部の部室に足を向ける。
 少し緊張する。
 どう切り出そうか。ドアを開けての第一声は――。
「ささみ…だ」
 うん、それがいい。第一声は決まった。ちゃんと、名前を呼んでやるんだ。
 あいつは、いつもちゃんとあたしの名前を呼んでくれていた。だからあたしも呼ぶ。
 驚く佐々美の顔を思い浮かべながら、鈴はドアの前に立つ。
 大きく深呼吸をして、それから鈴は、ドアノブを回した。

「さ―――」

 ガランと真っ暗な室内。
 誰もいない。
 鈴は目を瞬かせる。
 時間が早すぎたのだろうか…。そんなはずはない。では何故誰もいない?
「どうして…」
 呟いたのは、しかし鈴ではなかった。背後から聞こえた声に鈴が振り向くと、そこに、一人の見知らぬ女生徒が立っていた。
 ソフトボール部の部員だろう。手には小さなボールを一つ持っている。
「…あ、――あのっ……」
 鈴は、勇気を振り絞って口を開く。
 だが次の瞬間、それを叩き潰すように女生徒が叫んだ。
「どうしてアンタがここにいるのっ!!」
「っ…」
 突然突き付けられる怒声。悪意の視線に怯えて、鈴は一歩下がる。
 女生徒は、手にしていたボールを鈴へと投げつけた。
 どん、と胸に当たって地面に落ちる、――硬球。
 馴染んだ重みと硬さ。
「アンタのでしょうっ…!」
 憎々しい声。
 どうして彼女が持っているのか分からなかったが、佐々美に預けたはずのそれを拾おうと、鈴は身を屈めた。
 そして、凍りついた。
 ボールへと伸ばした指先が震える。
 夕陽の中、ボールは…赤黒く――どす黒く染まっていた。
 どうして――…一体何が。
「アンタのせいよっ…アンタがそんな物佐々美先輩に渡すからっ…!」
「さ、…ささみ、は…どうし…」
「全部…全部アンタのせいじゃないっ!そんなどうでもいいボールをっ…拾おうとしたのよ佐々美先輩は!」
「ひろ、おうと、した…」
「そうよっ…そのせいで車にっ…!」
「っ!」

 ――車に、撥ねられたのよっ……!

 女生徒は、悲痛な声で絶叫した。


 休日練習の帰り道。
 部員みんなでの、楽しい会話。
 新しい部員が増えると佐々美は言った。
 そうして彼女が大事そうに取り出したのは、小さな硬球。
 増える部員が誰かは、みんなすぐ分かった。
 佐々美は嬉しそうで、だから多少の不満不平は、誰も口にしなかった。
 やがて、通行人とぶつかった佐々美の手から、ボールが零れ落ちる。
 佐々美は――躊躇すらせず、ボールを追った。
 たかがボールだ。それがどれほど大事な物だというのか。
 だが佐々美は、車も見えない程に、そのボールを拾うのに一生懸命だったのだ。


「返してよ…」
 女生徒が、引き攣るほどの憎しみも露わに、鈴をねめつける。
「返してよ、佐々美先輩返してよっ!」
「あ、あたし、は…」
「アンタが死ねば良かったのにっ!」
 ザクリと憎悪が突き刺さる。
「そうだアンタが死ねば良かったんだっ。修学旅行の事故だってきっとアンタのせいだ!」


 流れ出る悪意は止むことなく。


「この――死に神っ…!」


 ――死  に  神  。


 そうか、そうだったんだ。
 あたしのせいだ。
 あたしがころした。
 ささみの事も、みんなの事も。
 全部あたしのせいだ。
 みんなあたしが悪かったんだ。

 全部全部、みんなみんな、何もかもあたしが―――!



「うあぁぁぁぁああああぁぁぁぁ―――っ!」



 叫んだ。叫んで鈴は走り出す。
 目の前の女生徒を押しのけ、走ってその場から逃げだした。



 なんで。どうして。
 あたしだけが生き残った。
 どうしてだ。

 ――あたしが………ねば、良かったのにっ…!。

 投げなきゃよかったんだ。あたしが――ボールなんか投げたから。
 それを、受け取ってくれたりしたから、だからささみは――。
 ささみ、痛かったか?苦しかったか?
 ごめん。ごめんごめんごめん…ごめんなさいっ…!


 こんなに苦しい想いをするなら、こんなに辛いなら、――もう、いい。
 辛いばっかりだ。痛いばっかりだ。
 もう、独りでキャッチボールなんてできない。
 投げ返してくれる相手を探していたのに、探しても探しても、見つからない。
 あたしの探してるものは、この世界にはきっともう、ないんだ。
 だったら、もう――いい…。



”――探している”



 不意に、声がした。
 ふと辺りを見回せば、自然に足が向いていたのか、いつもの練習場所に鈴はいた。



”探しているの”

「あたしも……探してたんだ」

”――見つかった?”

「見つからなかった。見つけたと思ったけど、やっぱりまた失くした。だから、もういいんだ。――もう、なんにも、いらない」

”――じゃあ……私にちょうだい…”

 するりと首に巻きつく、冷たい手。
 身体を絡め取る金の髪。
 ここは、”出る”と噂の場所で――もし何か聞こえても、彼女の独り言に、応えてはいけないのだ…と。

 だが、最早そんな事はどうでも良かった。欲しいなら、欲しい者が貰っていけばいい。
 最後の会話が幽霊とだなんて滑稽だけれど。
 でも、独り言よりはずっといい。


 ――もしかして、今度こそ……皆に会えるかな…。

 そんな儚い希望を胸に、鈴は、――そっと世界から目を閉じた。




          *



「――くちゃくちゃ感動するだろ」
「いや別に」
「なにぃっ!?あたしはしたぞ!もうくちゃくちゃ泣いた。涙どっぱーん!だ。お茶の間もボーン!」
 いつの間にか爆笑にすり替っている。理樹は、薄っぺらい本を片手に後ろを振り返った。
「で、この本書いたのって西園さん?」
「……百合とボールと本…(ぽっ)」
「いやいやそこで赤くなる意味が分からないんだけどさ」
 百合も中々…などとのたまい始める腐女子の隣で、危険思想の痴女子がハアハアと興奮しだす。
「未成熟で無垢な少女達が、薄暗い部室内で淫靡かつ淫らにくんずほぐれつ絡み合う…ああエロ萌えるっ…!」
「そんな表現どこにもないよっ」
 いったい来ヶ谷の思考回路はどこでどんな風にねじ曲がっているのだろうか。いやどうだろう、これはこれで真っ直ぐ素直な思考回路かもしれないが。などと頭の隅で考えながらも理樹は突っ込みを忘れない。
 そして、邪な方向へ走る者がいるかと思えばその一方。
「わふっ…えぐっ…り、鈴さんが可哀想なのですぅっ…!」
「ほわぁ、な、泣かないでぇ、クーちゃんっ…ぐすっ…」
「そういう小毬さんこそ、な、泣いているのですっ…ずびっ」
「だってっ…りんちゃっ………うわぁぁぁんっ!」
「うわぁぁんっ!」
 どうしてそこまで、という位純真無垢な少女が二人、抱き合ってとうとう泣き始める。それを見た鈴が、「あたしもだ!」とか訳の分からない事を叫んで小毬に抱きつき、やかましい泣き声が三人に増えた。
 更にその近くで、「くっ…不肖宮沢謙吾、男泣きだっ…!」とこっちもよく分からない事を言ってデカイ図体でおいおい泣き始める。
 甲高い少女三輪唱に野太い低音が加わって、ある種の異空間が発生。差し詰め地獄絵図の阿鼻叫喚。近寄っては危険だ。
 引きずり込まれないよう、一歩下がった理樹の背中が、どん、と何かに衝突する。鋼鉄の筋肉。なぜか黙ったままその筋肉が震えている。
 怪訝に思った理樹が見上げると、真人は目から水を流していた。
「真人。目から鼻水出てるよ。はいティッシュ」
「おうサンキュっ…ってなにーっ!?オレの目から鼻水がぁーーっ!?」
「うわっ真人くんエンガチョっ!」
 傍にいた葉留佳が一足飛びに真人から距離を取る。
「理樹くん!真人くんってば、ばっちぃですヨっ!」
「…あー…」
 ――ごめん、真人。
 取り敢えず、自分の些細な一言のせいで不当な責めを負った真人に、心の中で謝っておく。
「そういえば、葉留佳さんは、今の話どうだった?」
「やはぁ…何ともかんとも…さしすせソルト!で笑いに転じるも微妙…ってトコじゃないですかネ?」
 普段最も非常識なくせに、なぜか最もマトモな感想である。
 これであと残っているのは恭介だけだ。見ると恭介はまだ本から顔を上げない。もしかして泣いていたりするのかと、理樹がこっそり覗き込む。
「ぐー」
 寝ていた。
「ちょっと恭介っ?」
「――はっ!?ああ、すまん…。実は俺、漫画以外を見ると意識を失うんだよ…」
「…今までどうやって進級してきたのさ…」
 段々突っ込むのも面倒になってきた所で教室のドアがガラリと開く。
「おーっほっほっほっほ!こんなところで会うなんて偶然ですわねっ棗鈴!今日こそ勝負を決めて差し上げますわっ!」
「お前、ウザい」
「な、何ですってぇっ!?キーっ!」
「フカーっ!」
「まぁ待てお前ら」
 もはやどこから突っ込んでいいのか分からない二人の間に、割って入る恭介。
「勝負なら、……コイツでつけないか?」
 セリフと共に取り出したのは白いボールだ。鈴と佐々美に異論のあろうはずもない。
「よーし!じゃあ外出るぞー!」
 恭介の一声で、ギャラリーを引き連れてグラウンドへ。途中ですれ違ったピンクの髪の風紀委員もなぜか巻き込まれた。
 ギャラリーを含めた人数は大凡野球チーム二つ分に相当。それが判明するや、突如チーム対決へ移行。
 そんな中、外野を割り当てられたある生徒が、グラウンドの隅を見つめて目を丸くした。
「た、田中君!あれは君の仕業か!?」
「どうしたんだい?鈴木君。……あれ、とは?」
「あれだよあれ!ほら、校庭の隅に、西園君そっくりな女子と金髪の女子が仲良く座ってるじゃあないか!」
 まさか西園君のクローンでも作ったのか!と誰もいない空間を指さし騒ぐマッド鈴木に、バイオ田中がちょっとだけ気の毒そうな視線を送る。
 後にこれは、霊験あらたかな話として「校庭の七不思議」に加えられたとか。


 やがてかっとぶ白い球。
 青空の下響き渡るのは「まわせまわせー!」と叫ぶ声。

 取り敢えず、リトルバスターズ+α達は今日も元気にボールを投げている。


[No.513] 2008/08/28(Thu) 21:41:54
八月三十一日。夏休みの終わり (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@8442 byte


 紅く染まる校舎、長く伸びる影。蝉時雨の降る夕暮れのグラウンドに二人。離れて立つ二人は向かい合って、土と汗に汚れた白球を放り合っていた。
 小さいほうの人影は、唇をつんと尖らせ、むっつりと黙り込んでいる。そのくせコントロールは正確で、逆光になる相手の構えたグローブにも、いい音をさせてボールを放り込んでいる。たまに一際いい音をさせた時は、口元が微かに緩むが、相方の視線を感じてすぐに表情を改めてしまう。
 もう一方の影は、相方よりは大きいものの、さほど大柄というわけでもない。体格も良くも悪くもなく、悪く言えば特徴が無い。こちらは時折投げ損なって、相方がそれたボールを難なくキャッチするたびに謝っている。夕日を背にしていてその表情が他者に伝わりづらくはあるが、この場所にやってきた時からずっと同じ表情を浮かべている。眉が下がり、笑っているような悲しんでいるような困り顔を。



 昼間陽光に炙られてからからに干上がった水呑場は、今も横殴りの赤光に晒されている。上向けられた蛇口の先は、一日の狩りを終えた蜻蛉に休息の場を与え、蜻蛉は青い眼を光らせてあたりを油断なく警戒しながら着陸する。
「ねえ、そろそろ終わりにしない?」
 球を放りながら、大きいほうの影が口を開く。「ごめん」以外の言葉は久しぶりだ。
「……」
 対する少女は無言。返事の代わりに眉根が寄せられる。大きい影は、相方の機嫌が一段階マイナスに傾いたのを見ても、再び言葉を重ねる。
「ずっとやってたし、お腹もすいた――」
 ばしんっ、という強い音に驚いたか、蜻蛉は不意に体を浮かせる。空中を跳ねるように、ほんの僅か斜め上方へ。場所を僅かに移して肢をつけた直後、鋭い漆黒の嘴が攫っていく。
「すいてない」
 相手の言葉を遮るようにグローブを強襲し、ゆっくりと言い聞かせるように少女は言う。鋭く、硬く、脆い声。顔を伏せた少女がどんな表情を浮かべているかはわからない。
 強い拒絶に口をつぐんだ影は、軽く息を吐き、困り顔に笑みを乗せてボールを投げる。
「そうだね、さっき一緒に食べたもんね」
 緩く投げられたボールは少女の足元に転がり、少女は俯いたまま、つま先でかるくつついた。ややあって、蝉の声の合間を縫って、鈴の音が小さく聞こえた。



 グラウンドの隅で、一羽の烏が嘴に蜻蛉を咥えたまま地を跳ねる。蜻蛉の体は潰され、ひしゃげ、それでも抜け出そうと翅を震わせる。止める事のできない羽ばたきが、自らの体を破壊していく。
 二人はキャッチボールを再開していた。それは少女が帰るのを拒否したからでもあり、もう片方がそんな彼女ともう少しこのままでいたい、と思い直したからでもあった。
 そんな二人のキャッチボールは、少女が愚痴をこぼし、もう一方が相槌を打ったり宥めたり、という形に変わる。
「この間なんか、あたしが大事にとっておいたモンペチの海鮮まぐろ丼味を食べたんだ」
「聞いたよ。『材料マグロだけで海鮮でなおかつ丼ってどうなってるんだ?くっ、これは挑戦だ!食べるしかないじゃないか!』だっけ?」
「……えらく物まねうまいな。しかも一缶じゃ分からないからって、買っておいた三缶全部食べた」
「……よくお腹壊さなかったよね」
「そのおかげでコイズミとアジモフがお腹すかせて鳴いてたんだ。かわいそうじゃないか!」
「あー、あの二匹はまだ小さいからね」
「そうだ、チャーチルがいつもあいつらの分まで食べちゃうから、新味はあいつらに食べさせてやりたかったのに」
 鳴いていた子猫たちを思い出したのか、しょんぼりとボールを投げ返す彼女に、相方は宥めるように言葉をかける。
「でも、そのあと小毬さんにすごく怒られたんでしょ?反省したって言ってたし、許してあげなよ」
 地雷を踏んだ。
「――っ、小毬ちゃんだけじゃなくてお前もきょーすけをかばうのか!悪いのはきょーすけなのにっ!!」
 裏切られた。絶対に味方してくれると思っていたのに。幼い憤りを目尻に浮かべ、少女が大きく振りかぶる。
「待っ」
「りきなんか嫌いだっ!!」
「痛っ」
 怒りの声とともに投げつけられたボールを取りそこね、弾かれた右手を押さえる。はっと我に返って駆け寄る少女を、大丈夫だからと笑顔で止める。
 グローブを外し、異常がないことを確かめると、もう一度笑顔で無事を告げる。不安げに見ていた彼女が、ようやく安堵し、ごめん、とだけ呟く。
 少女は俯いたまま、淡い黄色のキャミソールの裾をぎゅっと握る。
 前の晩から少ない衣装をベッドの上に広げ、ああでもないこうでもないと一晩かけて選び、今朝は鏡の前で何度もおかしなところがないか確かめた。その裾はいま土と汗に汚れ、皺くちゃになるほど握り締められている。
 かたく握り締められた小さなこぶしの上に、柔らかな手のひらがそっと添えられた。
「いいよ。それより、続けよう?まだ時間はあるよ」
 消沈した少女をいたわるように声をかけると、りん、と涼やかな音色が、キャッチボールの再開を告げた。



 ようやく落ち着ける場所を見つけたか、烏が足を止め、咥えた獲物を地面に放す。捩くれた体を横たえられた蜻蛉は、自由を得るため空に飛び立とうと、翅を打ち付けて地面をのた打ち回る。
 キャッチボールは、静かに再開された。今度は相方の方が積極的に話しかけ、少女はぽつりぽつりと会話に参加した。
 今の二人の会話の内容は、今日の出来事について。二人で巡った店のことや食事中の出来事、途中で見かけた景色のことなど。互いに笑顔を浮かべ、次第に声も弾む。
「映画はぐっすり眠ってたね。かなりうるさかったのに」
「ああ、あの映画はつまらなかったな。あのくらいならうちの馬鹿ふたりがいつもやってることのほうがすごい」
「いやいやいや、あの二人は規格外だから比べちゃ駄目だよ。あと、いい加減名前で呼んであげないと可哀想だから」
 会話につられるように、グローブの奏でる音も軽快になっていく。
「何でだ。あいつら本当に馬鹿だぞ。このあいだうちのビニールプールで、人間スプラッシュマウンテンとか言ってはしゃぎすぎて壊してた。
馬鹿としかいいようがないだろ?」
「うわぁ、それは馬鹿としか言いようがないね。うん、馬鹿と呼ぼう」
 大の男が子供用のプールではしゃぐ様は馬鹿以外の何者でもない。フォローを諦めた相方は、次いで残念そうな表情を浮かべた。
「でも、そっか。壊れちゃったんだね、プール。僕も入りたかったな」
 浮かんだ表情が妙に儚くて、少女は投げかけた手を止めて、息を飲む。
「……ごめん」
「どうして謝るの?りんは悪いことしてないのに」
 少女にも分かっていないのだろう。理由を問われて首を傾げた彼女は何か伝えたいのに言葉にならない、そんなもどかしさを顔に浮かべて奇妙な動きを繰り返す。
「次はプールに行こうか。大きいやつ。きっと楽しいよ」
 見かねた相方は、努めて明るい声で少女に提案する。その努力はそれなりに効果を発揮し、少女は途切れながら言葉を紡ぎだす。
「次、もあるのか?」
「うん」
 恐る恐るの問いに、間を入れずに頷く。考えるまでもないと。それが伝わったと感じてから、左手を胸に添えて、ゆっくりと説く。
「もう、大丈夫だから。来年はもう、行かなくてもいいんだ」
「――――っ」
 極まって、声を出せない少女の方へと足を踏み出す。離れた距離を詰めていく。やがて残された距離が一歩だけになって、少女は半歩だけ後退る。
 一歩半の距離は華奢なその腕が零にした。



 悶絶する蜻蛉の体に、漆黒の杭が突き立てられる。柔らかな胴体を啄まれ、衝撃で翅が破れ、頭がちぎれ落ちる。地に堕ちた狩人の首は、烏が胴体を嚥下するまでの間、重なり合う影を虚ろに眺めていた。
 二人は地面に腰を下ろし、少女は腕に抱かれたまま、「次」の話に夢中になっていた。行きたいところ、やりたい遊び。食べたいもの、食べさせたいもの。
「そう、コロッケも作れるようになったんだ?」
「うん、うまいぞ。ちょっとだけひき肉を入れるのがうまさの秘密だ」
「そっか、楽しみだなあ」
 細い指が少女の髪を撫でる。無造作に短く切られた髪がさらさらと指を通るたびに、少女がくすぐったそうに身じろぎする。
「……髪、伸ばそうかな?」
 少女が自分の髪をひと房摘み、しげしげと眺める。
「どうしたの、急に」
 髪を梳くのを止めて覗き込むように顔を寄せると、ミルクのような少女の匂いと微かな汗の匂いの混ざった、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。
 頬に息遣いを感じて髪をいじる手を止めた少女は、今にも触れそうな距離に気付いて慌ててそっぽを向く。それでも耳が赤く染まっているのは隠せない。
「別に、なんとなくだ」
 そう、と微かに笑ってまた髪を梳き、少女も目を閉じて身を委ねる。川を渡る風が二人を撫でる。
「あの、な」
 ぽつり、と。ちゃんと相手に聞こえただろうかと心配そうに顔を上げる。目が合って思わず逸らしてしまったけれど、聞いてくれているようなので、続きを口にする。
「さっきの、は、嘘だ」
 ぶつ切り。首を傾げた気配、さっき、と繰り返す声。伝わっていない、足りていない。
「嫌いだ、って」
 言葉が喉に引っかかる。囁くような声。あと少しだ、頑張れ、と自分を叱咤する。
「ほんとは、大す――」
 最後まで言わせてもらえない。



 やっぱり大嫌いだ、と。少女はまた嘘をついた。



 夕日が熔けた鉄のようにぐずぐずに崩れて沈む頃、小腹を満たした烏が地面を蹴り、その翼を羽ばたかせてねぐらへと飛んでいく。
 その羽音を見送って、二人の影は家路につく。
「お腹すいたね」
「うん」
「今日の晩御飯は何かな」
「理希が帰ってくるからごちそうだって言ってた」
「甘いものばっかりじゃないといいけど……」
「そうだな……まあ、馬鹿どもも来てるから、大丈夫だ」
「僕たちの分がなくなる心配をしなきゃいけないね」
 しっかりと手をつないで。
「頼みがある」
「何?」
「宿題、手伝ってくれ」
「……全然やってないの?」
 絡めた指は離さずに。
「でも、とりあえず帰ったらお風呂かな」
「そうだな、汗でべたべただ」
「一緒に入ろうか?久しぶりに」
「なぁっ!?」
「いいじゃない、凛がどれだけ成長したのか見せ――」
「お前も馬鹿親父と一緒かっ!」
 姉妹の影は寄り添って、どこまでも伸びていく。


[No.514] 2008/08/28(Thu) 23:21:27
ぼくのいやなこと (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@バレない程度にEXネタ微 15891 byte



−ある夏の日1−


 夏の空を白球が駆け上がっていく。
 少し前で守っていた右翼手が一歩二歩と後ろへ下がる。
 定位置より一歩半後ろの位置で止まり、下降を始めた打球を捕るために構えた。予測される落下点は二歩前だ。
 正午過ぎの太陽は眼球を、網膜を、視神経を。焦がさんとばかりに鋭く熱い光を放っていたが、ボールからは決して目を逸らさない。
 サードランナーはどうするか。ある程度は知っていた。どちらかと言えば足の速い選手だ。けれど。決して浅いフライではないが、肩には自信がある。向こうもそれくらいの事はわかっているだろう。
 十中八九、タイミングとしては際どくなる。それでも、僅かにこちらが分はいいと判断する。ランナーは2・3塁。セカンドランナーは名前を聞いた事もない選手だったが、この試合で見る限り足は速い。鋭い当たりでなければ単打で還れるだろう。
 最終回。一点差。ワンアウト。ツーアウトから次の打者に賭けて来るか。試合終了のリスクを負ってでもここで同点にしようとするか。

 刹那に脳を走り抜けた思考には意味はない。

 ただ冷静に対処するために、状況を整理しただけだった。
 四の五の言わず全力でバックホームすればいい。タッチアップするか否かなどどうでもいい。
 動かなければ動かなかったでいいし、ベースを蹴ったなら刺してやるだけだ。 
 地を駆けながら、白球をグラブに収める。幾百幾千の練習で慣れきった硬球の衝撃を左手に残し、つけた勢いも使って右腕を理想的なフォームで振り切った。

 ホームベースで構える捕手のミットにワンバウンドでのストライク返球。
 既に足から突っ込んでいたサードランナーと交錯する。正面からブロックの隙間に滑り込ませるのではなく、横から掠め取るようにホームベースへと腕を伸ばす。
 その指先はホームベースに届き、そして、


  *


 肌寒くなってきた晩秋の空気を引き裂き、空を白球が駆け抜ける。強烈なライナーは、しかしファールだ。
 直球を待って早く振ったのだろう。スライダーにバランスを崩されながらも当てたのは大した物かも知れない。
 思考の最中、太ももを痛烈な感覚が襲う。
 呻きながら、蹲った。打球を見ても、その行き着く先を予想もしなかった事を後悔する。
 アホか俺は、などと自己嫌悪してみても痛みは消えしない。

「だ、だいじょうぶですかー!?」

 中性的な顔立ちをした少年――直枝理樹――が心配そうな顔をして駆け寄ってくる。
 太ももを押さえながら立ち上がり、制止するように手の平を前に出した。

「大丈夫。慣れては、いる」
「は、はぁ」

 その言葉に嘘はない。試合中、練習中、何度もこんな事はあった。
 痣が出来た事もあるし、練習を休んだ事もある。その経験から、これくらいなら今痛いだけだろうと予想もついた。
 それでも心配そうに見てくる理樹の横、男は足元に転がったボールを掴みとり、大丈夫だと半ばアピールする目的でグラウンドに向けて放り投げる。

 どこぞの筋肉が打ち返した。おい。

「…………」
「……あの、その、馬鹿がすいません」
「さっさと戻ったらどうだ。バッターがいなきゃダメなんだろう」
「は、はい……えっと、……あ」
「どうした」
「い、いえ、なんでもないです。……すいませんでした」

 ぺこっ、と軽く頭を下げて戻っていくその背中を見、溜め息。
 恐らく気付かれたのだろう。試合の時に一度会っただけでどこぞの連中と違って目立つ事もしていないのに、大した記憶力だと自身の成績を思い浮かべながら少し羨んだ。
 相変わらず気弱そうな奴だと思う。
 あんなのでよくキャプテンが務まる、とすべきかあんなのだからキャプテンが務まる、とすべきかは未だ判然としない。

「……ったく」

 練習が再開されたグラウンドに視線を戻し、あれじゃあボールの数が無駄に減るだけだとそんな事を思う。
 投げられた球を打ち返すのも楽しくはあるだろうが、練習としてもあまりいいものとは思えなかった。猫が邪魔だし。
 晴れ間はあるが雲の多い空を見上げる。もしかしたら、少し降るかもしれない。風も割かし強い。
 そんな風に感じて顔を伏せて校舎の側へ身体を向け歩き出し、

「なんなら、練習に参加してもいいんだぞ」

 聞き慣れた男の声に顔を上げた。

「……なんだ、やっぱり棗か。いないと思ったら仲間を遠くからストーカーか? あまり良い趣味じゃないな」
「なんだとはご挨拶な上に、随分な言われようだな。明日から就活で旅に出るから職員室で公欠の手続きをしてきて遅れたんだよ」
「未だに就職が決まってないのはアホやって事故に遭ったからわかるにしても、……就活するたびに旅に出てるのはどうなんだ」
「金がないからな。まぁ、こないだ粗大ごみの日になかなかしっかりしたママチャリを拾ってきたからちょっとは楽になる」

 急な坂は歩きよりきついけどな、と続けて笑った後で恭介はグラウンドに目をやり、黙り込む。
 無視したまま歩き出す事も出来たが何故か足を動かす気分にはなれなかった。
 さぁ、と少し今までより強い風が吹き抜ける。「わ、た、ひゃうあ!?」などと言う悲鳴が聞こえてきた。
 見れば星の髪飾りをつけた女の子が涙目で頭を抑えながら尻餅をついていた。目測を誤ったのか風でふらついたのか、頭に打球が当たったらしい。

「なぁ、どうだ」
「なにがだ」
「野球部主将から見て、あいつらは」
「元、だ。第一、部が活動停止状態だったから俺がやった事なんてなんもねぇよ」

 呆れを態度で示しつつ睨み付けるように、横目でその顔を見る。
 表情からはなんのつもりなのか、読めない。
 いつもの事だったが、自分に向けられるとどうにもやりにくかった。
 野球をやらせようとでもしているのか、コーチでも欲しいのか。

「まぁ」

 ちらっ、と見る。いつかに比べればマシだが、それでも草の生えたダイヤモンドを人間だけでなく犬猫が走り回り、隅の木陰には読書する少女。
 めちゃくちゃ。男女混合。はっきり言ってカオス。運動神経のない奴も居れば万能の奴もいたり、筋肉でバットを振り回すしか能のない奴も居る。
 でも、まあ。

「草野球チームとしては成り立つんじゃないか」

 実際、それ以上でもそれ以下でもない。
 あれなら、そこらの草野球チームとやっても戦績は五分五分だろうと思う。
 主将を掻き集めたチームに勝ったのだって、運動神経ばかりで野球に関しては同じような素人ばかりだっただからだ。
 剣道部の主将だけは無駄に桁違いではあったが。

「なかなか手厳しいな」
「ただの寄せ集めに対する評価としては十分だろうが。お前は何を目指してるんだよ」
「そう言われると大きな大会があるわけでもないから答えにくいが」

 飄々と返してくる。目標もなくやっていてあれだけの強さになるのなら大したものだと苦笑する。
 必死にやって必死にやって、それでも辿り着けないものは多いというのに。

「その点」
「…………」
「お前は目指してたんじゃないのか? 甲子園」
「……さぁ。どうかね」

 はぐらかす。
 進学校でありながらソフトや剣道など全国クラスの部活動もあるが、それに比べて野球部は彼が入る以前から弱小もいいところだった。
 最高で地方大会のベスト4は記録していたが、たまたま良い選手が揃ったのだろう、十数年前の1回きり。ここ数年は1回戦負けの常連だった。
 恭介の言葉に、自問する。中学時代、そこそこ活躍した。常連とまでは行かなかったが十分に狙えるだけの高校から誘いもあった。だと言うのに、こんなところにきて。
 それは果たして、本気で目指していたと言えるのだろうか、と。

「大学では続けないのか」
「続けねぇよ。もう1年もやってないし、どっかの誰かと違ってもう就職先も決まってる。それに、」

 野球なんて、ただ他のスポーツよりも出来たから、やっていただけ。
 けれどその言葉は飲み込む。ちっぽけなものだった。結局は他の奴らよりも出来るからやっていたのだ。
 誰よりも上に立てる。チームの中心になり、自分が引っ張る。きっと、そんな事に優越感を抱いていただけなのだと、そう思う。

/

 ――あんたに任せたって、間抜けなスイングで三振するだけだろうが、この下手糞が!
 言葉の応酬。
 ――そうやって、見下してんのが!
 気に入らないと。大した実力もなく、練習もいい加減なくせに、ちっぽけなプライドだけは持っている上級生。
 勝ちたがるくせに、勝つための努力はしない怠け者。
 衝撃にロッカーが軋む。ぶつけた背が痛む。
 誰も助けはしない。腐った年功序列のレギュラー争いを、実力で黙らせ、見下し罵る事で壊し叩き潰したから。
 同級生も下級生も。反発していたものも賛同してくれていたはずの人間も、誰も、何も言わず、動かなかった。

/

 ――だから、あんな事件も起こった。
 部室での騒ぎはさほど大きくもならず沈静化した。
 だが、腹いせだったのだろう、上級生が校外で他校の不良と喧嘩をした。まだ退部はしていない内に起こった暴力事件。
 しばらくして下された処分は半年間の対外試合の禁止。春の選抜に大事な秋がなくても、まだ、夏がある、そう思った矢先。面子にこだわる進学校が下した別の処分。
 無期限の……部活動禁止。

「それに……俺は嫌いなんだよ、野球は」

 吐き捨てながら、何が違ったのだろうか、と思う。
 噂で聞いただけだったけれども。結果が出ているだけで上級生が無意味に威張る事は何も変わらなかったソフト部を、根本から作り変えたらしい、下級生の少女と。自分は。
 やろうとした事も目標も、聞いたとおりなら似たようなものだろう。だが、結果はこうも違ってしまった。

「ただガキん頃からやってたから何となく続けてただけだ」
「……そうか」
「信じてない、って顔だな、そりゃ」
「そりゃまあ、信じられるはずもないさ。わざわざこんな所に野球やってる連中を見にきてる奴の、そんな言葉は」
「偶然通りかかったら見ちまうだろ、こちとら経験者なんだ」
「……今更だがな、ひとつ、気になっていた事がある。その経験者がなんで試合のとき、8番だったんだ?」

 一瞬、言葉に詰まる。
 が、すぐに言うべき言葉は見つかり、鼻で笑った。

「練習どころか碌に運動をしていなくて、他の部の奴よりも使えない野球部に上位を打たせる理由がないな」
「たまに、寮の裏でバット振ってたのに……な」

 舌打ちする。
 なんなんだこいつは、と。露骨に不快感を顔に出してみせる。
 何がしたいのかがさっぱりわからなかった。何にしたって得になる事があるわけもないのに、この、棗恭介と言う男は何を思って人の感情を逆撫でするような事を言ってくるのだろうか。
 疑問に思ったところで答えは出ないし、出るくらいなら多分……まだ、野球をやっているだろう。

「……なにがしたいんだ? 就職決まった奴への僻みか」
「んなわけあるか。だいいち、俺はお前さんの就職が決まったってのは今日初めて知ったんだ」
「じゃあ、」
「ここ最近、結構な頻度で見に来てたろ。だから、……未練でもあるんじゃないのか、と思ってな」
「っ……知ってたのかよ……」
「そりゃ、あれだけ来れば気付きもするさ。個人の問題だし、別に放っておいてもよかったんだがな。
 ただこっちは一応、野球部の部室やグラウンドを『借りている』身だ。それに関して何かあるなら、解決するのが筋ってもんだ。違うか?」
「勝手に使って勝手に恩返しなんざ、お節介もいいとこだな。ありがた迷惑だよ」
「そう思われたなら、これ以上は何も言わないさ」
「ああそうかい。助かるよ」

 言って、背を向けて今度こそ本当にここから離れるために歩き出す。
 もう二度と来るものか、そんな決意をして、校舎へ向かう。
 後ろからもアスファルトの地面を踏む音がして、制服のポケットに手を突っ込み、歩を緩めた。

「なぁ」

 一度、聞いてみたかった事があった。それを今になって思い出し彼は声をかける。
 足は止めない。恭介からの返事がなければ、歩き続けるつもりで。

「どうした?」
「棗。……お前はどうして、野球をしようなんて思った。なんで続けてる。あのメンバーで、好き嫌い以前に碌に野球を知らない奴もいる集まりで」

 立ち止まり、空を見上げる。まだ晴れ間はあったが、雲は厚くなっているようだった。
 恐らく小雨だろうが、もうじき降り出すだろう。夜には土砂降りになるかも知れない。

「周りが就職活動や受験勉強に必死になる中、流されず、俺が俺で在り続けるため……ってのもあるが」
「なんだそりゃ」

 意味が分からなかった。それなら、さっさと就職先を決めてしまってやった方がいいだろうに。
 本当におかしな奴だと思い、苦笑した。

「楽しいし、燃えるだろ。輝きはしないダイヤモンドの中で、仲間たちと何かのために一生懸命になって動くのは。
 弱くても、泥に塗れてみんなで強くなって、信頼で勝利をもぎ取る。最高の展開じゃないか。
 集まったメンバーは、俺にとって、そしてあいつらにとってもきっと最高のメンバーだ。だから続けている」

 弱いチームを強くして甲子園へ。近道は詰まらないから選んだ道。そこから、誰よりも高い場所へ。
 そうしようとした自らと。
 素人ばかりの女子も多いチームで、少なくとも運動神経においては秀でている運動部主将チームに勝とうとして、勝った。
 そうした棗恭介は似ていると、そんな事を思う。
 けれどそれは全て、すぐに気付けてしまうほど自惚れた錯覚で、実は何もかもが違う。
 ――ああ、やっぱりか。
 思い知ったのは二度目だった。
 恭介は仲間を信頼していたし、今だってそれは変わらない。自分の方が強いから上に立ちそこから引っ張り上げ、それなのに視点は同じ位置に合わせ、同じものを見ていた。そして多分今は、全員が同じ位置に立っているのだろう。
 それに比べ、彼は。上から引っ張り上げると同時に、共に強くなるべきチームメイトを見下し、実力で従わせていた。似ているようで、根本的に違っているのだ。

「……棗。その中に、」

 無意識のうちに言葉を紡いでいた。途中で我に返り、何を言おうとしていたのか惑う。わからなくなる。
 俺を? 違う、ありえない。あるはずがない。だとしたら、ひとつだけだ。その中に入れて欲しいのが、自分ではないのなら。

「……もし、野球部の二年生と何も出来ないまま引退した三年生、それと、野球部に入れなかった一年生に……野球をやりたいって奴が居たら……入れてやってくれ」

 野球部の活動停止の遠因でありながら、何よりも大きな引き金となった彼が、野球部の主将が、仲間にはなれなかった野球の好きな連中に出来るたったひとつの何か。
 ひたすら高みを目指すために、楽しさを全て奪ったから、次は、心の底から楽しめる野球を。贖罪になりはしない。する気もない。
 出来たのはただ頼むだけなのだから。頭だって下げるつもりもない。この場所で野球が出来なくなった人たちのために頭を下げてやれるほど自分は立派な人間ではないとわかっていた。

「さっきも言ったが……」

 振り向く。恭介は力強く笑っていた。

「こっちは借りている身だからな。それくらいは聞いてやらないと割に合わないさ。約束しよう、何なら声をかけて回るが」
「それはいい。……本当にやりたい奴は我慢出来なくなって、ここに来ると思う」
「お前も、そうじゃないのか?」
「違うさ、俺は。さっきも言ったろ。俺はな、野球なんて大嫌いなんだよ」

 この言葉に偽りはない。何か後ろめたい事があるとしたら、かつては『好きだった』事を隠していること。
 多分、就職が決まってからここに、グラウンドの見える場所に足を運び続けていたのは、そんな気持ちを全て、綺麗さっぱり捨ててしまうためだ。
 最初は好きだったものを、必死にやっていたものを、簡単に捨てられるのか、と。人が聞いたらそう言うかも知れない。彼自身も少しそう思うから。
 だが、そうじゃない。簡単に捨てなきゃいけないなのだ。未練タラタラに躊躇してギリギリまで持っていたって、いざ捨てるときに後ろめたさや後悔が残るだけだ。
 今なら未練はない、後悔もしない。こんなところに、下手くそな野球を見に来た意味はあったじゃないか。そう思う。

 いつかの疑問の答えだってもう出た。だから、もう、捨ててしまおう。

「風邪、引くなよ」
「は?」
「雨が降ってきたみたいだからな。商店街のおっさんたちとの試合が近いってのに、こりゃ今日の練習は中止だな」

 言われ、頬の濡れた感触に気付く。
 そこに触れ、笑った。見上げた空に晴れ間はなくなっていて、分厚い灰色が我が物顔で天を覆い尽くしていた。
 視界も僅かに霞んでいる。
 そうだ、俺は、野球なんて大嫌いなのだ。
 だからこれは恭介の言う通り雨なのだと。

「ああ……本降りになる前に帰るよ」

 ずぶ濡れになった情けないところなんて人に見せられるわけがない。
 だから早く寮の自分の部屋に帰って寝てしまおうと思う。
 棗恭介は既に背中を向けていて、静かに手を振るだけだった。


  *


−ある夏の日2−


 タッチの方が、早い。
 だが、焦ったためにしっかりと捕球出来ていなかったのか、肩口にぶつかったミットからボールは零れ舞い上がった。大して上がりはせず、すぐに頂点へ達して地面へと向かって落ちて行く。
 捕手は体勢を崩していてボールを取りに行っても間に合いはしない。

 これで、同点。

 滑り込んだままの無様な格好で首を捻りボールの行く末をイメージしながら、確信した。
 その確信を引き裂く短く大きな声が、砂を巻き上げた。
 捕手のカバーに入っていた投手が腕を目一杯伸ばして頭からボールに突っ込み食らいつく。真夏の陽光が歪める砂煙の向こうに、絶望を見た。
 その投手のグローブに白球は収まっていない。しかし、落ちてもいない。茶色いグローブの先に引っかかった白球は乾いた色をした地面に落ちる事は無く。次の瞬間に審判が宣告したアウトは、彼の耳に聞こえはしなかった。
 ただ、思った。
 ――ああ、なるほど。
 こいつらは、全員で、野球を、やっていたんだと。もし自分たちがこんな状況になっても、チームの誰一人としてここまで必死に食らいつきはしない。絶対に。


 タッチアップが分の悪い賭けである事はわかっていた。しかしそれ以上に、例え今日安打を放っていようが、次の打順を打つ三年生など信用出来なかった。
 ひとりでやってきた。見下して、引っ張って、実力で不平不満を抑えつけ消し去り、言う事を聞かせて。自分しか信用せず、そして結果を出してきた。他の奴の事なんて、人数合わせくらいにしか考えていなかった。
 だからもう、ひとりで野球をやる方法しかわからなかった。考えても浮かばなかった。
 頭抜けた実力と才能があったから、この競技が、信頼も必要なものだなんて、知らなかった。知る機会もなかった。誰よりも強かったから、誰よりも弱かった。そんな事に気付く。
 でも今更知って、何が出来る。ここまでくれば、弱い人間なんて、そう簡単に変わりはしないのだ。それこそ、別の世界でも作って、無限の時間でも得ない限りは。

 もう、何も変えられないのなら、野球なんて。

「だい……っきらいだ」

 もしかすると、さいしょから?
 呟きは空へ向かう事もなく。相手チームの歓喜の声に掻き消された。

 今になって眼前に転がる汚れた白球は決して、疑問に対する答えをくれない。


[No.515] 2008/08/29(Fri) 01:12:43
ネタバレなし (No.514への返信 / 2階層) - ひみつ@8442 byte

忘れてた。EXネタバレなしです。

[No.516] 2008/08/29(Fri) 08:57:24
生き抜いたその先に (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@7580byte EXネタバレ有 初

生き抜いたその先に


そこはただひたすらに冷たい世界だった.
私の躯には容赦なく大粒の質量を持った水滴が叩きつけられる.
手足には泥が,体からは血が.
今までいた,あの暖かい世界が嘘のようだ.

ああ,私はこんなところで何をしているんだろう.

戻らなきゃ

あの世界に

そこまで考えて私はかぶりを振った.
何を弱気になっているんだろう.
私は彼に別れを告げたばかりなんだ.
彼は最後まで強く在ってくれた.
私もそれに答えなきゃ.

その時に私の意識は覚醒し始める.
さっきまでの泥の中で混濁していた,弱いだけの,逃げいていた私はもういない.
私も彼に勇気を,強さを貰った.

ここで生きなきゃ全部がなかったことになる.

今はこのサバイバルゲームを生き抜くことを考えなきゃ.
勝たなきゃ全てが終わってしまう.

―――ゲームスタート

繰り返される世界で幾度も紡がれた言葉.
今はその経験が私を奮い立たせる.
何度も殺されたんだ.
その死を回避する方法については……熟知している.
それはあまりいいことではないかもしれない.
でもただ辛いだけだなんて,そんなものは嫌だ.
あの幸せな時間を手に入れるためなら,苦しい記憶だってなんだって,私は糧にして生き抜いてみせる.

まずは私自身の意識に喝を入れなければ.

それを合図に私は体に力を入れた.
まず動かないと.
幸い冷たい雨水のおかげで感覚は麻痺している.
これなら無理やりにでも動けそうだ.
それでも動きが鈍いのがわかる.
まるで体が金属にでもなってしまったかのようだった.
このまま水に晒されたら錆びてしまう.
私の場合は腐ってしまうのだろう.

そんなのはまっぴらごめんよ.

生きるんだ.
生きて彼に逢おう.
愛しい彼に,不器用だけど頑固で,それでいて優しくておっせっかいな彼に.

まず冷静になろう

私は考えを巡らせる.
これほど大規模な土砂崩れだ.
父さん達の誰かが救助を要請してくれている筈.
そうでなくても異変を感じたふもとの人たちが様子を見に来ているかもしれない.
だったら少しでも助かる可能性が上がるように目立つ国道まで這って行く.
森の中で倒れているよりも道端で倒れている方が発見されやすいはずだ.

救助隊の車もそこに止まっていると信じる.

相変わらず体は重くて,なかなか進まない.
それでもあきらめるわけにはいかない.
だから一歩一歩―――正確には手であるが―――踏みしめていく.
そしてその距離が途方もなく長いものに感じる.

彼の手の温かさを,あの世界の暖かさを胸に抱き,私は手を伸ばす.
掴み取るように,誰かの手を.
私の求めていた手ではなかったが,その手は誰かに繋がった.
私が意識を失っていた間に救助隊がすぐそばまで来ていたのだろう.
その時の私はそんなこともわからなかった.

ただただ私は,人の手のぬくもりに包まれて意識を落とすだけだった.



目を開けると白い天井が見えた.
清潔感あふれる質素な天井,悪く言えば飾り気のない天井.
部屋には無機質な時計の時を刻む音が鳴り響く.
その無情なまでに生気を感じさせないどこまでも深く吸い込まれそうな白のせいか,私は一瞬死後の世界を連想したが,杞憂だったようだ.
そんな空疎な空間を破るようにドアを開く音が響く.
やさしい声が聞こえた.

「あや,目が覚めたのかい?」

お父さんの声だ.
だんだんとまどろみが晴れてくる.
私の体を包んでいるものがシーツだと気付いたころには,私はここが病室なのだと気付いた.

そして私は自分が助かったことへの安堵のせいか……再びまどろみへと意識を沈めていったのだった.

思えば私はまたあの暖かい世界,彼らの夢の世界に行きたくて,眠ったのかもしれない.

ここまで頑張ったんだ.
それくらいは許してほしい.
甘い甘い夢に浸りたい.


だから……ねぇ,褒めてよぉ.理樹君.



病室に夕闇の赤い光が差し込んでいる.
暖かい光だった.
赤く燃える紅蓮の炎のように.
もしくは静かに燃える蒼い炎のように.
それはただそこに存在して私を温めてくれるのみ.
それは先ほどまで見ていた夢のような暖かさが残っていたようだった,

それは彼との甘い蜜月の時.
夢の中での彼は私を撫でてくれた,料理のことを褒めてくれたりもした.
たとえ夢のなかであったとしても,幻であったとしても,確かに私は彼を愛した.
彼も私を愛してくれた.
そのことが私を支えてくれてここまで来た.
結果,私は生き延びた.

―――でもこのままじゃいけないのかもしれない.
こうやってずっと夢に浸っていてはだめなのかもしれない.
それはあの世界に決別した私の……決意と反している.
このままじゃ…ずっと楽しいだけの世界を見続けるだけではいけないんだ.
厳しい現実で生きていかなきゃいけない.
私が苦しい経験を糧にして生き抜いたたように.
そうして新しい何かを手にするために.

それはあの世界の人々が理樹君ともう一人の少女に教えようとしていたことでもある.

「ここであたしが立ち止まってちゃ,パートナーの理樹君に示しがつなかいじゃない」

静寂が支配していた世界にポツリと言葉を落としてみる.
それは波紋となって広がっていき.私に力を与えてくれる.
言い聞かせるように,これからの現実という道のりを歩くために.

そして私は彼の通っていた学校に行こう.

そのことを考えると胸がときめくのを感じた.
不思議と気分が晴れてきた.
これからの目標が持てた気がした.
そのことを考えれば,私はいくらでも頑張れるんだろう.
それは夢じゃない,でも事実でもない.
これから実現させていくのだ.
幸い学校は寮制を取っているので通う家には困らないだろう.
幸い父は医者であったので学校に通うお金を憂慮することもない
そこまで考えたところでふと気づく.
「流石にまた銃ってのもダメだよね…」
そもそも日本ような法治国家で拳銃など持っていては即座に捕まってしまう.
「そうよそうよ.どうせ私は漫画の中のキャラをトレースして拳銃持って学園うろつくような不審者よ.
ドナ●ドもびっくりな道化師よ.漫画のキャラになりたいなんて痛々しい?.笑いたければ笑えばいいわ.アーハッハッハ」
静寂が支配していた世界に無粋な言葉がはじける.

「はは……あはは…….早く突っ込み役をパートナーに戻さないとね.」

変な彼の求め方を始めてしまった.
前のような自嘲気味た感が含まれている笑いだった.

「やっぱり私には理樹君がいないとなぁ」
本人がいたらまず言えない台詞.
「それでも,理樹君に会うには最低でも高校まで待たなきゃいけないのかぁ」
少し落胆したように呟く.
それでも彼に会えるならいくらでも我慢できるだろう.
夢の中での繰り返しだって私は耐えたんだから.

そして,やることもないので窓から見える風景を眺める.
夕焼けが水平線に沈んでいくのが見える.
海に反射した赤い光がキラキラと輝いていてとても綺麗だ.
眩しくて少し視線を下げてみると公園があるのが見えてきた.
幼い頃の私が遊んでいたリキと同じ遊びがそこにあった.
とても懐かしくて瞳が潤む.
でも私は涙を堪えた.
この涙は…次に理樹君を目にしたときまで置いておこうと思ったからだ.

同年代の4人の男の子と1人の女の子がサッカーで遊んでいる.
銀髪の男の子とバンダナの男の子が二つの柵の間を陣取っている,
公園だからきちんとしたゴールは用意できなかったのだろう.
しかし柵の間隔が広いので,ゴールキーパーが二人のようだ.
それを3人の男女が華麗にパス回しをして攪乱していた.

2:3のPKのようだ.

こんな変則的なルールでサッカーをするなんてまるでどこかの疑似野球チームのよう……

「って……えええええええええええ!?」

見間違えるはずがない.
それにそれほど容姿が変わっているようでもない.
そもそも愛した彼を見間違えるほど私の眼は節穴でもない.
まさかこれほど近くにいようものとは…….

少なくともこれで私が次にやることは決めた.
「弾は弾でもサッカーボールよ」
そんな我ながらバカのことをのたまいつつ,私は視界が霞んでいるのに気づく.
頬に一条の水滴が落ちるのを感じる.

―――それは怪我のせいで今すぐ彼と話せない悲しみからくるものなのか.
もしくは彼を現実世界で見つけることができた嬉しさからなのか.

それを問うのは無粋というものだろう.

なにはともあれ

「待ってなさいよ,理樹君.
―――必ず,会いにいってあげるんだからね」

















そして白昼の日差しの下.


グラウンドで野球にいそしむ金髪を二つの髪留めで止めた少女が一人.








〜fin〜






















蛇足的なもの.



「先生,どう思いますか?私はやはり怪我のショックからくる一時的なものだと思うのですが」
「うーん.現状ではなんとも言えませんね.それより医者でありお父さんなあなたなら,前にもこんな兆候があったかわかりませんか?」
病室のドアの前で硬直する男性が二人.
その間長々と自虐独り言が廊下に鳴り響いていた.

「アーハッハッハ」
病室から笑い声が響きわたる.
「「うわっ」」
ビクリと震える情けない大人が二人.

「残念ですが.」
「末期なんでしょうかね」
そして病室には痛い子扱いされちゃった女の子が一人.


[No.517] 2008/08/29(Fri) 20:34:12
それは白く柔らかくボールのようで (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@12791 byteEXネタバレなし

 ぷちん。とシャツのボタンを外すと、解放を待ちかねたようにまろび出る雪のようなもち肌。
 半ば以上を精緻なレースの城壁に包まれ、全貌は明らかではないが、その状態ですら他を圧倒しうる威容を誇っている。
 守りの要たる優しき鉤爪は、質量の尖兵の絶え間ない圧力に今まで良くぞ持ちこたえている。
 もし衆目の前で彼らが果てることがあれば、平和な日常はたちまちの内に蹂躙され、阿鼻叫喚の巷となるに違いない。
 げに恐るべきは豊穣の化身。
 羨望すら抱けない畏怖のような心持で思わずまともに見入ってしまったものだから、流石に姉御に窘められた。
「葉留佳くん。私の肉体をねっとりじっくりたっぷりと観察するのは構わんが、手を合わせるのは勘弁してくれ」
「へ?おおっと私いつのまにっ!」
 余りの畏れ多さに無意識のうちに合掌していたらしい。なむなむ。

○○○○○

「しかし、私のこれが人とは違うことは自覚しているし、大きい方が男子に好まれ、女子に羨まれることも知っているが……」
 湯船にぽゆゆんと浮かぶ双子のお月様でお湯をかき混ぜながら、姉御は誰に聞かせるともなく呟く。と言うかここには他に私しかいないんだから私に聞かせてるんだけど。
「これにそれほどの価値があるとはどうしても理解できん。ただの脂肪の塊だぞ?それがたまたま胸に偏っただけじゃないか」
 姉御の言い分は確かにもっともなんだけど、何か実も蓋もないっていうか。それに頷ける人は少ないんじゃないかな。
 私もそうだ。だから私は人差し指を立てて言うのだ。
「ちっちっち、分かってないっすねー姉御。それは持てるもののゴーマンってやつですヨ?持たざる一般大衆の支持は得られないですねー。ぁあ、そういえばカシューナッツって実なんですかね、それとも種?植えたら芽が出るかな?」
 この間はじめて食べたんだけどアレって止まらなくなっちゃうねー。なんてことを考えていたら姉御がこっちをじーっと見ていた。あれ、何で?私また何かやっちゃった?
「食用としているのは種の殻を取り除いた中身の部分だな。生でもないから植えても芽は出ないよ」
「そっかー、ちぇー。種だったらこっそり植えて食べ放題ーとか考えてたのになー」
 よかった、ちゃんと会話できてたみたいだ。お友達と一緒にお風呂なんて始めてでテンション上がっちゃってるから、何か失敗しちゃうかもと思っていたけど。
 まあ、失敗したとしても姉御ならきっとスルーしてくれちゃうんだろうなあ。あれ?じゃあもしかしたら失敗してたのにスルーされたのかもしれないのか。ま、いいや。考えてもわかんないし。
「じゃあ、みかんの種にするかー。みかんって種ありましたっけ?」
「いわゆるみかんとして最もポピュラーな温州みかんはほとんど種をつけないな。だが、夏みかんやオレンジ、伊予柑、柚子など他の柑橘類なら種があるよ」
 ゆいねえは私の突発的な疑問にもすらすらと答えてくれる。ホントすごい人なんだなーっと思う。
 お互いの裸を見せ合うのは凄く恥ずかしいし、ちょっと肌が触れ合うだけでドキドキするけど、嫌なことを考えなくてすむ。
 それだけで、お泊り会に参加してよかったなーって思う。もちろん、楽しいのはお風呂だけじゃないけどね。

◇◇◇◇◇

「三枝さんっ、今度私のお部屋でお泊り会をするのですが、三枝さんもご一緒に参加していただけませんか?」
 いつものようにみんなのいる教室に遊びに来た私に、クド公が尻尾を振って駆け寄ってきた。まあ、尻尾はイメージだけど。
「そっか、クド公旧館に引越したんだっけ。もう片付いたの?」
「はい、それでお披露目をかねて、ぱじゃまぱーてぃをしようと小毬さんたちとお話していたのですっ、わふー!」
「うん〜。はるちゃんもぜひ来て欲しいなっ♪」
 クド公に次いで、こまりんとみおちんも現れた!こまりんの攻撃!みおちんは見守っている。なんちて。
 お泊り会なんていう素敵イベントに誘われたら、いつもの私なら話を最後まで待たずに乗っちゃうところなんだけど。
「でも、クド公のルームメイトって確か……」
 今はあいつがクド公の部屋にいるはずなんだ。
「佳奈多さんなら、その日はご実家に帰る用があるそうなので、後片付けだけよろしくとおっしゃっていました!」
「あ、そう……ふいー、さすがに風紀いいんちょと一緒じゃハメはずせませんからネ。安心したですヨ」
「……三枝さんは風紀委員にマークされていますからね。もっとも三枝さんは羽目を外しすぎる傾向がありますから、少しは自重したほうがいいと思いますが」
「ひどっ!?うう、そんなに羽目はずしすぎかなあ……まあいいや。そーゆーことなら私も参加するするー!」
 あいつがいないなら断る理由もない。後でルームメイトがうるさいかもしれないけど、別にいいや、いつものことだし。
「もちろん私も参加するぞ」
「ひょわえぇっ!?」
 突然耳元で声がして、私は飛び上がってその拍子にクド公につまづき、横にあった誰かの机を巻き込んでどかーんと転んでしまった。
「さいぐささんっ!」
「は、はるちゃん大丈夫〜?」
「あいたたたたぁ……はるちんついてないですヨ〜」
 しこたま打ってしまったおでこをさすりながら何とか体を起こすと、姉御が不思議そうな困ったような顔をして手を差し伸べていた。
「すまんな、そこまで驚くとは私も予想していなかった」
「耳元不意打ちはひどいですよ姉御〜」
 分かってたのに、また油断したところをやられてしまった。憶えている限り今のところ全戦全敗だ。
「はっはっは、まあそう怒るな。それよりクドリャフカくん。参加者はここにいる5人で決まりか?」
「はい、鈴さんも誘ったのですが、途中で逃げられてしまいましたー」
 逃げられたかー。やっぱり鈴ちゃんはまだこういうの慣れてないみたいですね。そうなれば頼りになるのはこのお方。
「ふむ、そちらについては私に考えがある」
 こうして姉御を中心に女の子たちの悪巧みが始まるのであった、マル。

◇◇◇◇◇

 かぱんっ。空の洗面器を滑らせてお風呂の壁に当ててみると、ちょっと間抜けな音が浴室に響いた。
「うーん、いまいちだなぁ。テレビとか漫画だと、かぽーんってもっといい音がしてたんだけどなァ。なんでだろ?」
「主に浴室の広さの問題だろうな。思うにその音が出てきたのは銭湯を描いた場面がほとんどではなかったか?」
「んー、言われてみればそうだったかも」
 私が首を捻っていると、浴槽の中で縁にもたれてふんぞり返った姉御がその疑問に答えてくれた。さすが姉御、こういう意味なく偉そうな格好が似合う。
 姉御も私も髪をタオルでぐるぐる巻いている。これも最初私はうまく巻けてなかったんだけど、姉御がちゃんとした巻き方を教えてくれて、今ではちゃんと自分で巻けるようになったんだ。
「しかしアレだな。再三言っている気はするが、理樹くんは年頃の男子としては少々初心すぎるんじゃないか」
「そうですねー。私も最近ようやく分かってきました」
 さっきも鈴ちゃんがお風呂に入っている間、ずっとからかわれっ放しだった。可愛いなーと思うんだけど、頼りなくもある。
「よし、たまには強い刺激を与えてみるか。葉留佳くん、ちょっとそのままの格好で理樹くんを誘惑して来い」
「ちょ、私っすかーっ!?」
「うむ、私が出ても構わんのだが、少年には刺激が強すぎるだろう」
 う、そりゃあ姉御のだいなまいつなぼでーよりは全然刺激が少ないですけどー、ってそういう問題じゃなくて!
「はっはっは、冗談だ。そんな刺激を与えても少年がエロスに走るだけで、成長とは呼べんだろう」
「はぁ〜、めちゃくちゃ焦りましたヨ」
 椅子にお尻をぺたんと下ろして脱力する。本気でドキドキしてしまった。心臓に悪いですよ姉御。

■◇◇◆◇

 ちゃーぷちゃーぷ。たぱぱーっ。湯船の中で身体を揺らして大波小波。あはは、揺れてる、面白ーい。
 姉御は浴槽の外で縁に頬杖をついて眺めている。
「ふいー、ごくらくごくらくーっ」
「葉留佳くん、ちょっと行儀が悪いぞ」
「えー、そっすか?楽しいですよー。そだ、姉御も一緒にやりません?」
 我ながら名案だと思ったのに、姉御はちょっと渋い顔をする。
「流石に二人で一緒に入ったら窮屈だろう。私はこのガタイだしな。私がクドリャフカくんや鈴くんのように小柄なら入ってやれんことはないが」
「それもそですネ。ちぇー」
 急に飽きちゃったので大人しく湯船につかる。
「ときに葉留佳くんはクドリャフカくんと風呂に入ったことはあるか?」
「んー、たぶんないですね。やっぱこういうイベントでもない限り誰かと一緒にお風呂って入らないし」
「今度誘ってみるといい。彼女と仲が悪いわけではないだろう?」
「やはは、実は嫌われてたりするかもなんて思ったり思わなかったり。部屋一緒だから我慢してるだけで」
 クド公とはうまく付き合えてはいると思うけど、あんまり自信はない。ほとんどの時間を特定の誰かと一緒に過ごすっていうのは、ちっちゃいころ以来だし。
「気を使うっていうのをどうやったらいいかわかんなくていつも試行錯誤ですよ。だからお風呂なんて無理むりー」
「勿体無い。一緒にお風呂だぞ?クドリャフカくんとひとつ湯船の中で密着、未発達のあんなところやこんなところを触り放題。ふふふふふ……」
「あ、姉御ー?おーいっ」
 眼がなんか全然焦点合ってない。古典的に、目の前で手のひらをひらひらと振ってみたりしても全然反応なし。どーしたもんだろ。

■◆◇◆◇

「う〜、ちょっとのぼせたかも〜」
 水に浸して絞ったタオルで首筋を拭う。あ〜、ひんやりして気持ちい〜。
 でも姉御はそんな私を尻目にさっさと身支度を整えてしまう。冷たいなも〜。あ、閃いた!
「今の姉御とかけましてこのタオルと解く!」
「私は先に出るぞ」
 そう言った姉御は既に脱衣所の扉に手をかけている!
「わー、まってー姉御ーっ!私まだ何も着てないーっ!!」
「あまりぐずぐずしていると、痺れを切らした少年が押し入ってくるかもしれないぞ?」
 うう、分かりましたよ、着替えますよ。ちょっとだけぼやいたら、諦めて脱衣かごから下着を取り出し、身に付けていく。
「いやー。お風呂、楽しかったですネ」
「いつもキミはそう言うが、私相手でもそんなに楽しいものか?」
 着替える私を眺めていた姉御は、無表情のまま、そう尋ねた。
「んー?そう言われてみると、あんまり楽しくもなかったような気もしますねー♪」
「ほう、なかなか正直だな?」
 あれー?湯冷めしたのかな。背筋がぞくぞく寒いなー?なんて現実逃避していたら、姉御がどこからか模造刀を取り出していた。
「よし、正直な葉留佳くんにはおねーさんが飛びっきりのご褒美をくれてやろう」
 ええっ!?なにこの何気なく選んだ選択肢でバッドエンド直行みたいな展開はっ!
「じょ、冗談ですってば、やだなー姉御。ちょっとしたお茶目お茶目ーっ」
「まあ言い訳はお仕置きの後でゆっくり聞こうじゃないか」
「今お仕置きっていったーっ!?」
 もうしばらく理樹くんには待ってもらうことになった。ゴメンナサイ。

■◆◇◆◆

「しかし、私のこれが人とは違うことは自覚しているし、大きい方が男子に好まれ、女子に羨まれることも知っているが……」
 湯船にぽゆゆんと浮かぶ夢の風船でお湯をかき混ぜながら、姉御は誰に聞かせるともなく、というか私に聞かせるために呟く。
「これにそれほどの価値があるとはどうしても理解できん。ただの脂肪の塊だぞ?それがたまたま胸に偏っただけじゃないか」
 論理的とか合理的とか物事を見るのは姉御のいいところでもあるし悪いところでもある。もの凄く冷たい人と思われることもあるし。
 私は人差し指を立てて言う。論理的でも合理的でもない人間の代表として、なんて大げさですかね。
「ちっちっち、分かってないっすねー姉御。それは持てるもののゴーマンってやつですヨ?持たざる一般大衆の支持は得られないですねー。あ、そういえばカシューナッツって実なんですかね、それとも種?植えたら芽が出る?」
 やっぱり姉御がこっちをじーっと見ていた。そうやって自分とは違う、生きた『人間』てやつを観察しているんだろうか。
「食用としているのは種の殻を取り除いた中身の部分だな。生でもないから植えても芽は出ないよ」
「そっかー、ちぇー。種だったらこっそり植えて食べ放題ーとか考えてたのになー」
 ゆいねえとの会話は楽しかった。肯定も否定も無視も、全部私を認識した上でしてくれたから。
 できそこないの私に色々なことを教えてくれた。でも姉御はすぐに忘れちゃうアホの子相手で大変だったかな。
「じゃあ、みかんの種にするかー。みかんって種ありましたっけ?」
「いわゆるみかんとして最もポピュラーな温州みかんはほとんど種をつけないな。だが、夏みかんやオレンジ、伊予柑、柚子など他の柑橘類なら種があるよ」
 姉御は、本当はそんな特別じゃない、普通の女の子だったのかもしれないと思う。
 今になっても、お互いの裸を見せ合うのはやっぱり恥ずかしい。身体に自信ないし。でも、裸になると、身体だけじゃなくて心も、普段は見せられないところを見せている気がする。ほんのちょっとだけだけど。
 それだけで、お泊り会に参加してよかったなーって思う。ここに来てよかった、とも。

○○○○○

「う〜、ちょっとのぼせた〜」
 水に浸して絞ったタオルで首筋を拭う。あ〜、ひんやりして気持ちい〜。
 でも姉御はそんな私を尻目にさっさと身支度を整えてしまう。やっぱり冷たいな〜。ではでは。
「姉御とかけまして!」
「私は先に出るぞ」
 そう言った姉御は既に脱衣所の扉に手をかけている!
「ちょ、うそ、前より早い!?私まだ何も着てないーっ!!」
「何のことか分からんが、あまりぐずぐずしていると、痺れを切らした少年が押し入ってくるかもしれないぞ?」
 うう、分かりましたよ、着替えますよ。理樹くんにお見せできるようなカラダじゃないし。諦めて脱衣かごから下着を取り出し、身に付けていく。
「いやー。お風呂、楽しかったですネ」
「いつもキミはそう言うが、私相手でもそんなに楽しいものか?」
 着替える私を眺めていた姉御は、無表情のまま、そう尋ねた。
「んー?そう言われてみると、あんまり楽しくもなかったような気もしますねー♪」
 よし、隠れろーっ!脱衣かごを服ごと被ってその場にうずくまる。
「……あり?」
 姉御からのリアクションがない。静かに怒ってお仕置きたーいむとか言うはずなのに。
 かごを被ったまま、おそるおそる姉御の方を振り返ってみる。
 ゆいねえは笑っていた。
 いつもの豪快な笑いでも不敵な笑みでもなく、優しい感じの、ほほえみを浮かべていた。
「姉御?」
「……私は楽しかったよ」
「ゆい、ねえっ」
 あれ、おかしいな。そんなはずないのに。そんなはず、っ!
「わ、私も」
「葉留佳くん、どうした?」
「……ぇ?」
 目を離さないで見ていた。瞬きをひとつしただけなのに。
 ゆいねえはいつもの姉御に戻っていた。
「着替えたくない、理樹くんをこの湯上りバデーで悩殺だぜうへへというなら私は構わんが、風邪を引くぞ?」
「や、やはは……っ、そーんなわけないじゃないですか、やだなー。ちゃちゃーっと着替えますからもちょっと待っててくださいよっ」
 私は背中を向けていそいそと服を身につけていく。顔も、洗わなきゃ。
 ばしゃばしゃ何度も顔を洗っている間、姉御は何も言わず、最後にタオルを差し出してくれた。
 行こうか、と今度こそ脱衣所の扉を開ける背中を追いかけて、私もお風呂を後にする。

 言いそびれた言葉はしまっておこう。


[No.518] 2008/08/29(Fri) 22:37:21
一日だけの仲間入り (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@EXネタバレ有り 11411 byte


「サッカーをしよう」
 は? という声は全員から。冬も近づいたこの日、いつもの通りにグラウンドに集まったリトルバスターズの面々は、最後にやってきた恭介の言葉に目を丸くした。ちなみに、恭介の手の中に古いサッカーボールがあることからそれは冗談でない事が分かる。そしてこの瞬間、全員の心が一致した。ああ、また恭介が気まぐれをおこしたのかと。



 一日だけの仲間入り



「で、なんでいきなりサッカーなんだよ?」
 まず真っ先に突っ込みを入れたのはいつもの通りに真人。バットを肩に担いだ真人はジットリとした目で恭介を見た。
「決まっている、ここにサッカーボールがあるからだ」
 何をバカなという視線で恭介が返事をする。
「そうか。……だが、サッカーをするには足りないものがある」
「何だ?」
 不思議そうな顔をする恭介にクワッっと目を見開く真人。
「それはっ…………!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………それは?」
「…………」
「…………まさか勢いだけでいったのか?」
「…………へっ!」
 恭介の指摘に冷や汗を流す真人。どうやら図星らしい。
「コイツ馬鹿だ!」
「いや、きっとド忘れしたんだよ。そんな目で見ないであげて」
 いつもの通りの鈴の突っ込みに、いつもの通りの理樹のフォロー。
「ド忘れなんかしてねぇーよ、何も考えてなかったよ。ごめんなさいでしたぁー!」
 そしていつもの通りになぜかキレる真人。つまりはどこまでもいつも通りだった。
「まずはメンバーが足りんな、サッカーならば11チームが2つ必要だ。だが俺達は10人、1チームにも満たない数しかいない」
「それに広さも足りん。そもそもとして野球とサッカーでは形も違うからな。サッカーをするだけの広さを野球のグラウンドだけでは確保出来んぞ。その辺りはどうするつもりだ、恭介氏?」
 とりあえず真人は置いておいて、問題点を指摘する謙吾と来ヶ谷。結構大きな問題であるのだが、恭介は飄々としたままで疑問に答えていく。
「ならフットサルにすればいい。5対5で丁度いいだろ? それにフットサルなら野球場のスペースでなんとかなるだろ。ほら、なんの問題も無い」
「――あの、私は日なたでの運動はちょっと」
「ああ、そういえば西園はそうだったな。なら俺が審判として抜ける。4対4だが、まあ試合は問題なく出来るだろ」
「ゴールはどうしましょうかネ?」
「ポストの代わりにベースを置こう。上の判定は俺がする」
 更なる疑問にも次々と答えを返していく恭介。だがしかし、次の質問には流石の彼も一瞬固まってしまう。
「…………えっと、スカートだからサッカーとか足を動かす競技はちょっと」
 いや、恭介だけでなく発言した小毬以外の全員が固まった。
「…………えっと、まさか小毬は野球の練習の時も下に何も穿いていなかったのか?」
「はい」
「パンツもかっ!?」
「来ヶ谷さん、ちょっと黙って」
 理樹の言葉になぜか満足そうに引き下がる来ヶ谷。そして漂うイヤな空気。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………兄妹の縁を切らせてもらう」
「何でだよっ!?」
 鈴の声で再起動を果たす場。男性陣の顔が若干赤いのは仕方がないかも知れない。
「きょーすけの顔が赤い。きっと小毬ちゃんのスカートの中身を想像してる。変態だ」
「してねーよ!」
「じゃあ、何できょーすけの顔は赤いんだ?」
「これは、まあ、その……」
 微妙な間が空く。
「変態だ!」
「ええい、じゃあ何で理樹の顔が赤いのか本人に聞いてみろ!」
「うええっ? そこで何で僕にふるのっ!?」
「リ、リキ。リキは変態さんだったのですか?」
 心配そうな目で聞いてくるクド。悪意がない分だけタチが悪い。そして話を逸らせたと安堵の息を吐いている恭介には悪意がある分だけ腹が立つ。
「あ、あの、その、えっと……」
 しどろもどろになりながらなんとかクドに説明しようとする理樹だが、いったい何と説明したらいいのやら。思春期の男の子にとって最も困る質問の一つである。しかも質問者が同じクラスの女の子、ここまで来ると質問ではなく拷問だ。
「はっはっは。まあこの年頃の男の子なんてみんなそんなものだよ」
 そこでようやくフォローに入ってくるのは自他共にエロいと認める来ヶ谷。今まで入ってこなかったのはタイミングがつかめなかったからではなく、慌てふためく男性陣の様子を楽しんでいたというのは周知の事実である。
「毎夜毎夜、少年の妄想の中で我々はあられもない姿をさせられ、おねだりさせられているものさ」
「してませんからっ!」
 そんな彼女はもちろん場をかき乱す悪魔である、救いの天使などでは断じてない。一瞬だけホッとした理樹は自分の考えの甘さを悔いた。
「まあそれはそれとして、そんな小毬君にはおねーさんからプレゼントだ」
 とりあえず一回理樹をからかった来ヶ谷は、小毬に向かってどこからともなく黒い布きれを差し出す。
「? 何これ?」
「ブルマさ」
 ブッ。誰とは言わないが噴き出す音がした。
「わぁ〜。ゆいちゃん、ありがとう」
「うむ。だがお礼ならばゆいちゃんというのはやめて欲しい」
 冷や汗を掻く来ヶ谷に向かって、それは無理だよ〜。とか言いながらブルマを身につける小毬。もちろんその場で。
 居た堪れないのは男性陣である明後日の方を向いたり瞑想したりと大忙しだ。
「…………とりあえずよ、来ヶ谷」
「何だ、真人少年?」
「何でお前が小毬にピッタリのブルマを持ってやがるんだよ」
 小毬の着替え途中、当然と言えば当然の疑問に来ヶ谷は何をバカな事をと言わんばかりに言い返した。
「小毬君だけじゃない、リトルバスターズ全員にピッタリのブルマは常に用意している」
 バサァと、やはりどこからともなく黒い布を広げる来ヶ谷。
「何でそんなもんを持ってるんだよ!」
「趣味だ」
「趣味かよっ」
 もう会話が通じているのか通じていないのか。疲れきった真人の代わりに、理樹が恐る恐る来ヶ谷に言葉をかける。
「ねえ、来ヶ谷さん。僕の見間違えだったらいいんだけど、なんかブルマが9枚ないかな?」
「言っただろう? リトルバスターズ全員にピッタリのブルマは常に用意していると」
「僕たちの分もあるのっ!?」
 悲鳴染みた大声があがる。
「ああ、もちろんだ。ちなみにこれは西園女史たっての希望だ」
「西園さんっ!?」
「いえ、私としては直枝さんの分だけでよかったのですが」
「何で僕だけっ?」
「……説明致しましょうか?」
「……ごめん、やっぱりやめて」
 グダグダの会話が終る頃には、既に小毬はブルマを穿き終わっていた。

 チームが2つに分けられる。実力が出来るだけ均等になるように恭介の独断で分けられた、謙吾・理樹・鈴・クドチームと真人・来ヶ谷・葉留佳・小毬チーム。
「よーし。じゃあ試合開始だ!」
 ポケットから取り出したホイッスルを思いっきり鳴らす恭介。謙吾のキックオフで古いサッカーボールが転がり始める。
「オラオラオラオラッー!」
 そして始まると同時に謙吾に突っ込む真人。しかもボールを持っているのは理樹である。戦略を無視するとかそういったレベルではない暴走だ。いつも通りに最初から訳が分からない。
「てーい、はるちんキーック!」
「って、うわぁっ」
 そして真人に目を奪われていた一瞬の隙をつかれていきなりボールを奪われる理樹。
「理樹、何やってるんだ」
 鈴の叱責が飛ぶも奪われたボールは戻らない。そして葉留佳はボールは来ヶ谷へとパスをした。
「やはは。作戦通りに行きましたね、姉御」
「うむ。そのまま真人少年は謙吾少年のマークを頼む」
 突っ込む来ヶ谷。立ち直った理樹と鈴がそうはさせまいとブロックをかけるも、来ヶ谷はフリーになった葉留佳にパスを回す。
「しまった!」
「いくぞ、はるちんミラクルシュート!」
「わ、わわわ」
 ゴール前に居るクドはいきなりの一対一に慌ててしまう。そんなクドに向かって葉留佳は思いっきりシュートを放ち、

 パシッ!

「「「へ?」」」
「と、取りましたです!」
 …………クドは見事に両手でキャッチしていた。
「もちろんハンドな」
 あっさりと宣告する恭介。言うまでもなくフットボールにキーパーというボジションはなくて、手を使ったらその時点で反則である。
「わふー? キーパーは手を使ってもいいのではないですか?」
 そしてルールが理解出来ずに頭を捻っているクドがそこにいた。

 ハーフタイム。15分の休憩を有意義に使っている両チームを見ながら、恭介は木陰へと歩いて行く。
「お疲れ様です、恭介さん」
「サンキュー、西園」
 美魚の隣に腰掛ける恭介。サワサワと流れる風が気持ちいい。
「……接戦ですね」
「ああ、ちょっとレベルが低いがな」
 そう言ってスコアボードを見る二人。5対6で真人チームが1点リード。というか、お互いに点が取られ過ぎである。
「…………恭介さん」
「ん、どうした?」
 美魚の声に顔を向けず、声だけで応える恭介。
「なぜ、突然サッカーを?」
「…………」
 楽しいからだ。そういった恭介らしい答えが返ってくるかと思いきや、恭介は黙ったまま。
「随分古いサッカーボールですよね、あれ。けれどもちゃんと手入れがされているように見えます。何か関係があるのですか?」
「…………」
 繰り返し問う美魚に対して恭介は何も答えない。そんな恭介の様子を見た美魚は、それ以上は恭介に問いを重ねずに黙っていた。
 恭介は答えない。口には出さずに、先ほどの出来事を自分の胸の中だけで反芻する。



「すいません」
「ん? 俺か?」
 放課後、少し遅れてグラウンドへ向かっていた恭介は教員室の前で呼び止められた。呼び止めたのはそれなりの歳であろう、顔と言わず醸し出す雰囲気が疲れきっている柔和そうな男性。胸に古ぼけた、しかししっかりと手入れをされているサッカーボールを抱えた男性。
「あんた、見ない顔だな。父兄の方か?」
 不思議そうな顔をする恭介に対して男性はハハハと力なく笑う。
「あ、いえ。そういう訳ではないのですが……」
「何だ違うのか。じゃあ何なんだ、あんた」
「なんと説明したらいいのやら」
 優しそうな顔を辛そうに歪めて言葉を探す男性。
「ここに転校予定だった娘の父なのですが…………」
 困ったように言葉を探す男性に、恭介は真剣な顔で次の言葉を待つ。
「…………その、娘は事故で、その、ね」
 そこまで言われれば内容は判断がつくというものである。恭介は目を閉じて黙祷する。
「……すまない、無神経な事を聞いてしまった」
「いえ、いいんですよ。あやが死んだのは私の所為ですから。本当に、あの子には何もしてあげられなくて……」
 男性に涙は無い。涙を流す程の体力も残っていないのだろうと見る者に思わせるような疲れた顔だった。
「それで、俺に何か用事があるのでしょうか?」
 恭介としてもこの男性はここであっただけの関係である、詳しい事は聞かずに先を促す。男性の方も我に返り、感傷に浸ってしまった自分の行動を恥じるように口を開いた。
「ああ、申し訳ない。ここの三年生に棗 恭介君という人が居るはずなのだが、その人のところまで案内してもらえないだろうか?」
「棗 恭介は俺ですが」
 恭介は不思議そうに首を傾げる。それはそうだ、この男性とは面識なんてないはずなのであるのに、男性は確かに恭介を名指しで指名してきたのだから。男性の方も驚いたように目を見開く。
「君が棗君なのかい? リトルバスターズというグループのリーダーの」
「はい、間違いないです」
「そうか、それはちょうど良かった」
 そう言って男性は胸に抱いたサッカーボールを恭介に向かって差し出した。
「先生に聞いたのだが、君たちはよく野球をして遊んでいるそうだね。そこで無理を承知でお願いいしたい。今日だけでいいから、このボールで遊んでもらえないだろうか?」
「…………」
 差し出しされたボールを無言で見る恭介。そして何となく答えが分かっているような問いを口にした。
「このボールは?」
「遺品だよ、娘の」
 答えは恭介の予想に相違無く。
「私は海外を転々とするような仕事をしていてね、娘には随分と寂しい思いをさせたのだと思う。そしてようやく日本に落ち着いて娘にも友達が出来るだろうと思った矢先に、ね。あやは逝ってしまった。
 このボールは昔短い期間だけ日本に居た時に、娘がよく遊んでいたボールなんだ。だから今日一日だけでも、このボールで遊んでもらえないだろうか?」
「分かりました」
 あっさりと承諾してボールを受け取る恭介。そしてそのまま踵を返し、グラウンドに向かって歩いて行く。
「…………すまないね」
 そんな男性の声が、恭介の背中を追い越して行った。



 後半戦が始まる。どちらの作戦か、いきなり混戦模様だ。ボールに6人が群がり、もみくちゃとしている。
「いてっ。オイ審判、謙吾が今、いってぇ!」
「ふにゃ、誰だお尻触ったの」
「はっはっは。私に決まっているじゃないか」
「ふかー」
「って、鈴。そんな事やってる場合じゃないって」
 大騒ぎしていてもう訳が分からない。少し離れた所にいる恭介は呆れたような顔をもみくちゃとしている場所に向けていた。その視線はサッカーボールへ。
 会った事もない筈のボールの持ち主をなぜか恭介は明確に想像できた。
 長く金に近い茶髪を白いリボンで左右に分けて、真ん中の長い部分は黒いリボンで束ねている。そして活発で外を走り回るのが大好きな女の子。もしもその子が転校してくればきっとリトルバスターズに参加してくれた。そんな確信を持たせるような女の子。
「…………」
 恭介は黙って視線を空へ向ける。今はそこに居るだろう少女に向かって呟いた。
「どうだ、友達と遊ぶのは楽しいだろう?」

 うん、楽しいね。みんなで遊ぶのは。

 何となく、そんな言葉が返ってきたような気がした。


[No.519] 2008/08/29(Fri) 22:43:01
居眠り少年は空の隙間に極彩色の夢を見る (No.506への返信 / 1階層) - He Meets You"ひみつ"@17347byte

 君の顔が視界の隅々に映っている。君は部屋の明かりもつけずに、二段ベッドの下段の端にひじをついて僕の顔を心配そうにのぞきこんでいる。いつもいつも太陽の下で遊んでいるとはとても信じられないくらいに白く美しい肌が、夕と夜の境目にある淡い光に照らされてぼんやりと輝いている。なぜ男子寮に君がいるのだろうと、僕はそれを不思議に思うが口に出したりはしない。大丈夫か、気分はどうだ、と君は言う。悪くない、大丈夫だよ、と僕は言う。背中が汗でぐっしょりと湿っているのを感じる。気持ち悪いのを我慢してにっこり微笑むと、ようやく君の顔も綻び、横髪に結わえ付けられた慎ましやかな装飾が涼しげな音を奏でる。君が何を考えているかは手に取るようにわかるが、本当に大事なことは本人ですらわからない奥底に隠されているので意味はない。ただ、しっかりと握られた左手が、君の脈拍を、君がここに生きていることを絶え間なく僕に教え続ける。それ以上に大事なことなどないのだと、思考を放棄するように僕は思う。なぜかここでは君の匂いがしないのだけれど、それを気にする僕はいない。










「鈴、そのボールどうしたの」
「落ちてた」
「ふぅん」
 鈴は床に座り込み、薄汚れた子供用のゴムボールを膝の間で転がして遊びながら気のないそぶりだ。長く伸びた前髪が窓から射す夕日で影になっていて、ベッドの上にいる僕からは鈴の表情が見えない。思えば、今日の昼頃にこの病室を訪ねてきた時から手にしていたゴムボールだ。落ちていたにしても、なぜ拾ってきたのだろう。そんな汚いボールを拾って来なくても、他にも何かあっただろうに。それでも鈴はまるで、それ以上の物は無いとでも言いたげに、僕と話している最中も手の中でにぎにぎしたり、放り投げてお手玉したり、壁にぶつけて一人キャッチボールをしたりしていた。
「学校の方はどう? 不自由してない?」
「別に、普通だ。何にも問題ないぞ」
「そう、良かった。まぁ……それはそれで少し寂しいんだけど」
「というのはまるきり嘘だ。全然どうにもならない。早く理樹が帰って来てくれないとあたしがこまる」
 随分と判断に困る嘘だった。多分、ある程度本当で、嘘なのだろう。そうであってほしいと思う。
 鈴は時折ちらちらと、空になったベッドに視線を向けている。僕の隣のベッドで寝ていたおじいさんがいなくなったのはつい昨日のことだ。僕や鈴のような親無しにも優しい、気のいいおじいさんだった。次の手術に備えるために一人部屋に移ることになったのだと、馴染みの看護師さんが眉を少し困らせながら教えてくれた。彼のような老齢の患者が、こんな時期に一人部屋に移されるということ
の意味を知らないほど、僕も、そして鈴も幼くはなかった。来週の土曜、ちょうど今くらいの時間に三回目の手術を受けるのだと言う。二回目の時ですら成功の確率は五十パーセントを切っていた。なら次は。
 生命のカウントダウン。他人事などでは、決してない。
「じゃ、理樹。あたしは帰るぞ」
 ぴょこん、と立ち上がって鈴は言う。髪に結わえられた鈴が、ちりんと清涼感を運んでくる。
「ああ、うん……そうだね、もう結構遅いし。面会時間も終わっちゃうし」
「明日も来るから」
「いや、無理しなくてもいいよ」
「無理なことなんかないっ!」
 ボールを投げつけられる。それは、ぽこんと可愛い音を立てて僕の頭に命中し、まるで操られでもしているかのように鈴の手元にするすると吸い寄せられていった。
「そんな寂しいこと言う理樹は、めっ、だ!」
「めっ、なんだ……」
「というわけで、あたしは明日も来る」
「鈴」
「なんだ?」
「何か僕に話があったんじゃないの?」
 口ごもる鈴。そういう態度をとる鈴を見るのは久しぶりだった。都合の悪いこと、後ろめたいことを話そうとする時、小さい頃の鈴はいつもそうだった。
 聞いてほしいことがあるんだ、とぽつりと鈴が口にしてからもう随分な時間が経っていた。ボールの手遊びをしている最中も、鈴なりに話す機会を伺っていたのかもしれない。
「……やっぱり、明日話す」
 わかった、という間も与えずに「じゃあな馬鹿兄貴」と、鈴はそそくさと病室を出て行った。
 ふぅ。
 小さく一つため息をつく。おじいさんがいなくなり、鈴が帰ってしまったこの病室は酷く静かだ。静けさが痛い。街の喧騒は遥か彼方にある。
 親も親類も、まともな身寄り一人いない僕を見舞ってくれるのは、双子の妹である鈴だけだ。僕の世界は狭い。登場人物は、僕、鈴、同室の患者、看護師のお姉さんに、お医者さん。以上、五名。おじいさんがいなくなってしまったから、四名か。図らずも一人部屋になってしまった僕だ。カウントダウン。かっち、こっち。耳の中で響き始めた機械仕掛けの時計の音。
 窓から降る橙の光がうっとうしくて、乱雑にカーテンを引く。さして広くもない病室はたちまち暗がりに落ちていく。










 付き合おうか。唐突な君の言葉に僕は少なからず驚く。見ると、君の頬はたった今湯にでも浸かってきたかのように紅く紅く染め上げられている。それに見惚れる間もなく君は僕の手を取り、駆け出す。やたらめったら叫びだしたいような気持ちに、僕も、そして君も戸惑いを隠せない。熱に当てられた頭の中に僅かに残された冷たい部分が、君の兄への報告の言葉を考え始める。そのシチュエイションを想像するや、世界がぐるぐると音を立てて回転するように思えるのは、きっと僕の頭が上気しているせいなのだろうと、茹った頭でさらに考える。僕の息が情けなく乱れ始めても、投球で鍛えた君の心肺能力は一向に限界を迎える様子はない。一つに結んだ髪の隙間から僅かにのぞく首筋に一つ、小さな小さな黒子を見つける。一時の狂騒が過ぎた後の君にそれを教えてやったら、果たして君は怒るだろうか、それとも、喜ぶだろうか。










 次の日、読みかけの本を読みながら鈴が来るのを待っていると、正午を告げるチャイムと共に高町さんが昼食のトレイを持って病室に入ってきた。
「やー、昼ごはんの時間だよー! 少年は今日も元気に生きてるかい?」
「元気かどうかはわかりませんけど、なんとか今日も生きてます」
「それは重畳。テンションの低さも相変わらずでお姉さんはそこはかとなく嬉しくなくもないよ」
 どっちだよ。
 突っ込んでも突っ込みきれない人と対する時、これは僕のスルー技能が試されているんだと思えば大抵のことは流してしまえるのだと最近になって気付いた。もちろん高町さんは突っ込んでも突っ込みきれない人などではなく、テンションは高めだが面倒見が良く優しい普通の看護師さんだ。ただし年齢の話をすると、眉間の皺が寄ったまま半日くらいは戻らなくなる。
「今日鈴ちゃんは何時くらいに来るの?」
「さぁ、いつもは昼過ぎくらいですけどね……休みの日はいつも昼前くらいまで寝てるんで、昼過ぎないと活動できないんです、あいつ」
「ふーん、よく知ってらっしゃる……さすがお兄ちゃん」
 むふふ、と気味の悪い笑みを浮かべながら僕の前にドンとトレイを置く高町さん。
「喜べ少年! 今日の昼飯はひさしぶりに豚肉のしょうが焼きだっ!」
「おー」
「喉に詰まらせるほどにがっつくといいさ!」
「いや、普通に詰まらせませんけど」
 というか、詰まるほど食べられない。最近、僕の食欲はかなり落ちてきていた。まともに一食食べられていたのは、一体どのくらい前の話になるだろうか。高町さんは、僕が食べられなくても何も言わない。まだ空になっていない食器を片付けてもらう時の、あの情けなさときたら。
「よいしょっと」
 僕がいただきます、と手を合わせている間に、高町さんはもう一つのトレイを僕のトレイの横に置いて、パイプ椅子を引き寄せた。床がぎぎぎと鳴る。
「一人で食べるのって寂しいでしょ? だからー、おねーさんが一緒に食べてあげようと思ってさ」
「別に構いませんけど……怒られません?」
「へーきへーきっ」
 そんなことを言いながら「いただきまーす」と、高町さんはさっさと食べ始めてしまった。つられるように僕も箸を動かし始める。
「ふふっ、ウチの病院食は相変わらずおーいしっ! このご飯が三食に昼寝がついて、私のような美人の看護に可愛い妹は毎日のように見舞いに来てくれる、と……りっきー、君は今とてつもなく贅沢な暮らしを満喫していることをちゃんと自覚してる?」
「はは、まぁ」
「これで給料が出れば完璧なんだけどね……まぁ、そんなことになってたら明日には私が骨折でもして入院してしまうところだよ」
「いや、普通に仕事しましょうよ仕事」
 入院してるだけで給料が出る病院なんてない。あったとしても、それはどこかの入院保険だろう。
「夢だねー、夢。それは私の人生における『夢のような暮らしランキング』の上位を常にキープしている生活の一つだよー」
「夢――ですか」
 脳の端に引っ掛かった言葉を何の気無しに口にすると、自分で意図した以上にその言葉は冷えていた。僕の口調の変化に高町さんは目敏く反応する。
「あれ? どうかした?」
「いえ別に何でもないですけど、その……ちょっと」
「どうしたのよ、奥歯に何か挟まったような言い方して。ほら、おねーさんに教えてごらんなさい」
 ほら、ほら、と僕の目の前に箸をちらつかせる。さすがにかなわないな、と僕は思う。
「夢……って、言ったじゃないですか」
「うん、確かに言ったわね」
「夢って、一体何なんだと思います?」
 言葉にしてみると酷く抽象的で、掴み所のない質問だった。
「夢……夢、ねぇ……ま、一概には言えないけどね。夢ってさ、言葉にすれば一言だけど、その意味って、本当に人それぞれだから……」
 そう言って、頭を抱えて何やら考え込むそぶりを見せる高町さん。
「例えばね、私達ってよく『将来の目標』とかのことを指して『夢』って言っちゃったりするじゃない。でも、『夢』と『目標』っていう二つの言葉の間にある差って、結構大きなもののような気がしない? 少なくとも私にとって、その二つの言葉は決定的に違う言葉なのよね。でも、また他の誰かにとっては『夢』と『目標』は全く同じものなのかもしれない。結局それって、人それぞれってことよね。だから、夢って何だっていう問いには必ず『誰にとって』っていう言葉が必要。りっきーがそれを知りたいのなら、結局の所りっきー自身が『夢』って一体何なのかを考えてみなくちゃいけないってことなの」
 はいお茶、と脇に置かれた急須を手にとる高町さん。慌てて空の湯飲みを差し出す。
「……で、りっきーにとって『夢』って、一体どんなものなの?」
 こぽこぽと、湯飲みから湯気が零れた。
 さっきまで自分の頭で考えていたことでも、急に聞かれるとその記憶はひどく曖昧に感じてしまう。自然と答えは歪んでいく。ごくり。飲み込もうとした生唾が飲み込めない。喉にたまった何かは、このままでは流れ出してはいかないだろうと感じた。水分が必要だった。お茶に手を伸ばし、飲み干す。
 瞬間、遠い情景が脳裏に浮かんだ。ここではない場所、遠い未来、あるいは過去。遥か彼方で僕と鈴が笑っている。幾人もの大切な人達に囲まれて、僕と鈴は兄妹ではなくて、まるで輪のように重なって、いつまでも、いつまでも――
「……叶わないもの、だと思ってます」
「叶わないもの?」
「だって――夢だから。それは、ただの夢です」
 理由になっていないな、と自分でも思った。僕の中にもっと沢山の言葉があれば、上手く説明できたのかもしれないのに。歯痒い。「……ごめんなさい」と頭を垂れる。
「うん――、うん、そうだね」
 ――、と高町さんは言った。俯いていた僕は高町さんの言葉を聞き取ることが出来なかった。
「りっきーが持ってる『夢』のイメージってさ、本当に『夜に見る夢』そのものなんだと思うよ。見ている間は楽しかったり、悲しかったり、辛かったり、誇らしかったり……でも、覚めてしまえば、それはただの夢。どれだけ欲しくても届かないし、触れない……んだよね」
 悲しいね、と高町さんはお茶をすすりながら付け加えた。
「でもさ」
「はい」
「叶わないものって、決め付けてしまうのは少しもったいないような気もするな。夢ってさ、多分希望だから。りっきーが思ってるように大抵は届かないものなんだとしてもさ、もしかしたら届くかもしれないと思えるからなんとかやっていけるわけじゃない? 最初から届かないものでしかなかったら、夢なんて悲しいだけのものだよ。夢を現実に変えていけるって信じられるからこそ頑張れるんだと、私は思うな。りっきーだって、きっとそうだよ」










 君より小さい子供達の輪の中で、君は何もかもを忘れてしまったかのように無邪気に笑っている。ほんの少しあけられた扉の隙間から、僕はそれを覗き見る。どこか遠い所で失くしてしまったものがそこにあって、なくて、僕はまた唇を噛み締める。君は僕に全く気付かない。あるいは、気付かないふりをしている。君は、君を苦しめる全ての物を決して認めようとしない。人が生きるのに苦しみなど必要ないと、今でも君は頑なに信じ続けている。幼い頃からずっと君を守り続けてきた強く優しい兄の姿はここにはない。いや、もうどこにもありはしないのかもと、君の兄の変わり果てた姿を僕は思う。彼という存在そのものが遍く幻想の一つだとしたら、君は一体何を信じればいいのだろうかと、僕は扉の縁をそっと指の腹で撫でる。ささくれは棘、僕の指をいとも容易く突き破る。










「夢を見たんだ」
 連れてこられた中庭のベンチに二人並んで座り、僕は何も言わず、じっと鈴の言葉に耳を傾ける。
 すぐそこにある自販機で買った缶コーヒーのプルタブに力を込めながら鈴は言う。かしゅっと軽い音がする。
 どんな夢、と僕は問わざるを得ない。

 まず、あたしと理樹は兄妹じゃないんだ。あたしには別の兄貴がいて、まぁ理樹をさらに馬鹿にしたような兄貴なんだが……とにかく、あたしと理樹は兄妹じゃなくて、幼なじみなんだ。あたしとその兄貴と理樹の他にもう二人馬鹿な幼なじみがいるんだが、まぁそれはいいや……んー、それでだ。あたし達は一緒の高校に進学するんだ。今あたしが通ってる、あの面白くない高校だ。でも、夢の中では、ちょっとは面白かったかも。多分理樹がビョーキなんかせずに、普通に一緒に学校通えてるせいだ。そこでな、あたし達は野球を始めるんだ。え、何? 意味がわからないって? うん、あたしにもよくわからん。でも、そこでは、あたしがピッチャーで理樹がキャッチャーなんだ。理樹と練習するのは、しんどいけど、ちょっぴりは楽しかったな。そんな風に野球やってるうちに他の友達も出来た。その中にこまりちゃんていう子がいるんだけど、こまりちゃんはあたしのことを大好きだって言ってくれるんだ。もちろん、あたしもこまりちゃんのことは大好き、なんだ。ふふ、なんか、おかしいな。本当は友達なんて一人もいないのに、夢の中では友達がいっぱいいるなんて。理樹さえいてくれれば、友達なんて要らないって、思ってたのにな。
 でも、最近その夢、段々楽しくなくなってきたんだ。きっかけはよく分からないし、覚えてないんだけど、確かに何かが変わったんだ。夢の中の兄貴は優しくなくなった。他の幼馴染も、友達も、こまりちゃんでさえも、あたしと一言も話さなくなったんだ。あたしは怖くなった。このままずっとこれが続いて、みんなと仲良く出来ることなんてもう二度とないんじやないかって、思ったんだ。そう思ったらもうあたしからみんなに話し掛けることなんて出来なかった。結局、あたしに優しくしてくれて、あたしを見てくれるのは夢の中でも理樹だけになったんだ。現実と一緒だ。そんなの、夢見てたって現実と変わらないじゃないか。
 なぁ、理樹。あたし最近さ、寝てても起きてても、夢の中で楽しかった時のことばかり思い出してるんだ。みんなで馬鹿なことばかりして遊んで、遊んで、遊んでいる内に一日が終わって、寮に戻って眠ってしまえば明日はまた楽しい一日が待ってる。そういう毎日のことばかりを思い出すんだ。きょーすけや、まさと、けんご、こまりちゃん、はるか、くるがやにクド、みお、それに、あたしと理樹。みんなのことばかりだ。あたしの頭の中はみんなのことで一杯なんだ。でも、夢が覚めればみんなはいない。理樹は病院。あたしはまた一人で学校に行く。一人で授業を受けて、一人で昼ごはんを食べて、一人で掃除当番をして、一人で寮に帰っていくんだ。お日様が暮れて夜が来て、また明日は一人だ。そんなのはもう、やだ。やだ。やだ、やだ、やだやだやだやだ――

 ――戻りたい。
 終わりに、鈴は俯いたまま、そう呟いた。
 戻りたいって、一体どこに、なのだろう。鈴が戻りたいというそれは、夢だ。どれだけ楽しくても、どれだけ辛くても、それは夢でしかない。夢は覚める。現実には勝てはしない。夢に対する現実の優位は揺るがない。
 ――それでも、僕は考えてしまう。
 夢に痛みがあれば、喜びがあれば、悲しみがあれば、まぶしさがあれば、暗がりがあれば、優しさがあれば、厳しさがあれば、忍耐があれば、達成があれば、人生があれば――それはもう既に現実なのではないか? 一体この世の誰が鈴の夢を否定できるだろうか。僕らの現実は狭い。夢が覚めれば、鈴は僕の妹で。僕は鈴の兄だ。そして、そう遠くない将来、僕は鈴を残していくことになるだろう。鈴は一人だ。この酷い世界で、僕の愛しい妹は一人きりになるのだ。誰が鈴に寄り添ってやれるだろう。誰が鈴の手を引いてやれるだろうか。夢にすら裏切られてしまったなら、鈴は一体どこに行けばいいというのか。
 薄汚れたボールが鈴のポケットから転がり落ちる。今日も持ってきたのか。僕はそれを拾う。埃まみれのゴムボール。鈴は、何を思ってそれを必死に握り締めてきたのだろう。
 下手投げで、鈴の頭めがけて、そっと投げた。
 当たる。それは、間抜けな音を立ててどこかへ転がっていく。
「……痛いぞ」
 痛くなんてないくせに。
 僕は転がっていったボールを拾いあげる。
 そして、また投げる。
 今度はしっかりキャッチされる。
「ねぇ、鈴」
「なんだ?」
 言いながら、こっちに投げ返してくる。夢の中の鈴の投げる球のように鋭い球ではなく、あくまで優しく、ふんわりと。胸元で掴んで、また投げる。
「もしも、さ。その、鈴の見ていた夢と、今僕たちがいる現実、どちらか一方の世界を選べるとしたら、鈴はどっちを選ぶ?」
 途切れた会話。僕と鈴の穏やかなキャッチボールは続いていた。ゴムボールは僕と鈴の間を、ふらふら、ふらふらと、行ったり来たりした。数メートルも離れていない、薄暗がりのキャッチボール。もし、お互いに投げるボールの緩さがそのまま相手に対する優しさだとしたら、僕と鈴は今幸せなのかもしれない。そう思った。
「……わからない」
 長い長い沈黙の後、搾り出すように鈴は言った。
 分かっている。鈴のことは、他の誰よりも僕が一番よく知っている。
 鈴は嘘を吐いた。
 夢に取り残される僕を思って、精一杯のつよがりを。
 それを証拠に、見ろ。
 泣いてるじゃないか。
 ぼろぼろ、ぼろぼろ、ぼろぼろと。
「ごめんね」
「どうして理樹が謝るんだ」
 ごめんね、こんなに弱い兄貴で、ごめんね。
 君と一緒に毎日を過ごせなくて、ごめん。
 幸せな毎日を君にあげられなくて、ごめん。
 でも――
「鈴」
「うん」
「今度はちゃんとしたボールとグローブで、ちゃんとキャッチボール、出来るといいね」
「……うん」
 ふんわりと微笑みながら、鈴はまた投げる。
「でも、あたしはこれでいいぞ。ちゃんとしたボールやグローブなんかなくたって平気だ。このボールだってあたしたち、ちゃんとキャッチボール出来てるじゃないか。あたしはそれで、十分だ」
「それで、いいの?」
「ああ」
 少しずつ距離を広げていく。下手投げから、上手投げへ。ゴムボールは軽い。力のない僕でも遠くへ飛ばせる。簡単に受け止めることが出来る。でも、やっぱり僕は下手くそだから、時々投げそこなうし、捕りそこなう。失敗するその度に鈴は走って取りに行く。僕も負けじと走る。二人で同時に走ることもある。身体があるのを忘れてしまいそうなくらい、軽い。二人の間に転がったボールに二人で飛びつく。手が触れ合う。ふと見つめ合い、僕は君と笑う。











 最後の夢は、最後の選択。世界の選択を前に、僕はこの世界の君ではない君を思う。君はいつも一人で、僕はそれを影から見守る事しか出来ない。君に良き友人を、優しく強い兄を、幸せを与えてやりたいと思う。眠りを放棄すれば、世界は反転し、夢は現実へ、現実は夢へと還るだろう。僕と君は現実を放棄し、夢を手に入れる。
 だけど、僕は首を横には振らない。
 全てを手に入れられることを知りながら、僕は全てを放棄する。目の前の救える命を見捨て、僕は一人きりの君を抱き締める。間違いだとしても、それでいいと僕は思う。やがて光は全てを掻き消して、僕と君を現実へと還すだろう。奇蹟が描き出した二つの夢は、ここに一つの終わりと始まりを見出す。だから僕は、

『これで、いいよな?』

 これに首肯をもって、たった一つの答えとする。


[No.520] 2008/08/29(Fri) 22:49:03
Primal Light (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@8341 byte 多分ネタバレなし

「理樹、明日墓参りに行くぞ」

 そんな声が耳に飛び込んできたのは、仕事で使う記録書式の作成をしていた時だった。使いやすいように、後で見たとき分かり易いようにと、そんな簡単なようで、やってみるとまったくうまくいかない無理難題を上司に吹っかけられて、半ば諦めて退職願でも書こうかと考えてしまうほど疲れていた僕は、これ幸いと仕事を放棄した。

「明日?また唐突だね」
「時間は取れそうか?」
「うん。話していた通り、明日は休みだからね」

 今年は諸事情がありお盆に訪れることが出来なかったから、その行動自体は僕らにとっては唐突でも何でもない。八月も残すところ二日にはなってしまったけれど、そろそろ行かなくては、とは僕も思っていた。ただ、なぜ明日なのかと質問すると、返ってきた答えは「明後日以降は気温がぐっと下がるらしい」、との事。

「体調は大丈夫そうなの?」
「うん、大丈夫だ。むしろ明日行かないと、行けなくなりそうだな」

 数ヶ月前から新たに増えた、鈴の体調という心配事が今の僕の大部分を占めている。行くのは恭介のところだけ、という僕の妥協案には同意してくれたものの、他の意見は頑なに拒否された。かなり不安な面があるのは確かだが、「何かあっても理樹が助けてくれるだろ」という一撃必殺の言葉を持ち出されたからには、どうにかしない訳にはいくまい。
 結局、鈴に押し切られるような形で、翌日の墓参りが決定していた。




『Primal Light』




 僕らの予定を遮るように夜半から降り出した雨がようやく上がったのは、夕方近くのことだった。晴れることを信じて疑わず、昼過ぎからせっせと大して多くもない荷物を用意して空を睨み付けていた鈴に、例えばトラロックのような雨の神様も根負けしたのかもしれない。
 天候不順による気温低下、それに加えてお盆を過ぎてから急激に寒くなってきた事を考えると鈴の体調が懸念されたが、今回もやはり「行く」の一点張りで押し通された。そんな鈴のわがままという一言で片付けられてしまいそうな事でも、ほぼ容認してしまう僕自身の甘さに苦笑し、そして一緒に居たいと思える僕自身の鈴への想いを再確認する。僕らは望んで共に居る。雨の日には濡れて、晴れた日には乾いて、寒い日には震えて、雪の日には凍えて。そうやって一緒に過ごしてきた日々は、決して傷の舐め合いなんかじゃない。

 日が傾きかけたころ家を出発した僕らを、澄んだ青い空が出迎えた。本当に先ほどまで降っていたのだろうか、そう疑問に思うほど雨の気配は残っていない。湿度が高いためだろう、この時期にしては少しむっとした熱気を感じながら、墓地までの道程を二人で歩く。
 鈴は少しゆったり目のワンピース。七分程度の長さの袖で若干寒そうに見えなくもないが、この陽気ではちょうどよいかも知れない。未だ不安はあるものの、心配しすぎるのも返って良くないのも解っている。特に今の時期、鈴に余計なストレスを与えないことが最優先事項な訳だが、この付かず離れずの匙加減が未だに僕の課題だったりする。

 供えるべき花は、鈴の手の中に。そして僕はと言えば。

「ねえ鈴?」
「どうしたんだ?」
「女物を僕が持っていたら周囲からの目線が痛いと思うんだけど」
「お前は女顔だから大丈夫だ」

 僕の当然の主張を、何を今更、と言わんばかりの目線を送りながら答える鈴。そんな心に軽く傷の付くやり取りの末に持たされた、外出時の鈴愛用の手提げバッグを一つ。そして、上着のポケットにもう一つの持ち物。

「これ、どこから出てきたの?」
「確か、押入れ漁ったら出てきた。最近部屋を片付けただろ。その時にな」

 ポケットを押さえながら尋ねた僕に「そこにあった経緯はまったく知らん」、そう返しながらも、やはり思うところがあったのだろう。僕の「どうして持ってきたの」という質問に、ただ一言ポツリと漏らしたのは。

「なんとなく、恭介のところに持って行かないといけない気がした」





 寺と、それに隣接した墓地は閑散としていた。お盆には遅すぎる、でも彼岸には早すぎる中途半端なこの時期、墓参りをする人はほとんど見当たらない。ジジジッ、というアブラゼミの独唱だけが、この空間を包むように響いている。

 時期外れの孤独な蝉。それが、今の僕らの境遇と重なる。その声を聞きながら、遠い日を少しでも今に近づけたくて、目を閉じる。
 暗闇に浮かぶのは、忘れられない、忘れたくない、忘れちゃいけないみんな。名前も、顔も、覚えている。でも、それでも。透明なガラスで遮られているように、その世界は、無音だった。風化してしまったのは、声と知った。どんなに耳を澄ませても、聞こえてくるのは‘こちら側’の蝉の声。二つは重ならない、そんな当たり前を少し寂しく思う。

「行こう」

 立ち止まるのは、少しだけ。この記憶は僕にとって、ほんの一瞬の救いや慰めに過ぎない。それでも、これがあるから、僕はここにいる。ここで生きていける。それはずっと前から繰り返してきた、もう言い聞かせる必要もないほど自分に染み込んでしまった事実。

 目を開けて、前を見て。僕より少し体温の高い鈴の手を引いて歩き出す。
 この先で、恭介が待っている。





 軽く掃除をして花を供えた後、手を合わせる。何度も訪れてはいるけれど、それでも伝えたいことは山ほどある。あの事故からここまで歩いてこれた、恭介が見ることのできなかった僕らの事とか。いや、例え恭介も知っている話だっていい。一度聞かせた事だって、時が過ぎればまた違ったものになるから。それでも結局はいつものように、僕は口を開かなかった。それはきっと、言葉にはできないからでも、それができたとしても、どんなに叫んだって届きやしないことを解っているからでもあるんだろう。
 隣で手を合わせている鈴を横目で盗み見る。毎年のように繰り返す「あたしは泣かないからな」の誓いは、今年も果たされないようだ。

 鈴の脳裏を、どんな思い出が駆け抜けていったのかは分からない。あの一学期のことか、それとも恭介と二人で手を繋いで歩いてきたことか。それを理解してあげられなかった自分が、悲しいような情けないような、そんな気持ちを抱いたこともあった。悲しみや痛みの共有は、きっと本当の意味ではできないのだろう。

 人はみんな独りで、それでも生きていく、いや生きていけてしまうのかもしれない。それが酷く悲しいことだと知ったとき、僕らは手を繋いだ。それは弱さではないと僕らは知っている。

 身体の震えと涙は、見なかったことにしてあげよう。ここを出たら、抱きしめてあげればいい。鈴は僕が守る、それは恭介に毎年のように立てる誓い。今年は、それに加えてもう一つの報告がある。これだけは、はっきりと口に出して言わなければならない。
 自分を鼓舞するよう握り締めた僕の左手に、重ねられる温もり。小さくて、でも優しい、鈴の手。「あたしから、伝える」、蝉の声にかき消されそうなほどか弱く、それでも確実に僕の耳に届いた言葉に頷く。

「聞いて驚け、馬鹿兄貴」

 いつもの口調、でも先ほどの涙の後遺症だろうか、わずかに声が震えていた。
 僕は目を瞑り、あいた右手をポケットの中に入れる。指先にある硬い感触を確かめながら、黙って鈴の言葉を聞いていた。

「あたしにな、子供ができたんだ。もちろん、理樹との子供だ」

 大切な報告。これこそが、いつもの時期に来られなかった理由。妊娠初期の心身不安定な時期を漸く過ぎ、もともと細身な鈴のお腹の膨らみも目立ち始めた。自然、僕らの目線はそこに集まる。確かな命の存在を確認できるその部分を恭介に教えるように、優しく撫でた。
 言葉が切れ、繋がる手に力が込められる。もしかしたら不安なのかも知れない。それが解らないことは、少しもどかしいけれど。大丈夫、僕はここにいるよ、その想いを込めて優しく手を握り返した。

「見せれないのが残念だが。きょーすけは、喜んで、くれるよな?」

 もういない人からの返答はない。きっとその決定権は、生きている僕たちにあるのではないだろうか。死者の感情を生者が決する、なんて傲慢な事だとは思うけど。
 それでも、恭介なら絶対に喜んでくれるだろう。諸手を上げて、叫んで。みんなを呼び寄せて、新たなミッションを始めてしまうんだ、きっと。鈴も同じ考えに至ったのだろう、僕らは思わず笑ってしまう。直後、さっきはどうしても思い出せなかった、「当たり前だろ」という嬉しそうな恭介の声が、記憶の奥から聞こえた気がした。

「ともかく、元気にやってる。今のあたしたちがあるのは、お前のおかげだ」

 隔絶された世界、永遠の一瞬。その中で、自分の足で歩く強さを教えてくれた事。そこから送り出してくれた事。あの日々の形なき想いは、僕らの中に、確かに、ある。

「だからな、・・・ありがとう」

 頭を下げる鈴。僕も万感の思いを込めて、それに倣う。

 ありがとう、恭介。
 僕らに始まりを、ありがとう。

 ポケットに入りっぱなしだったものを取り出す。これは僕らの過去、そして今ここにいる僕らの原点。「もって行かないといけない気がした」、そう言った鈴の想いが今、理解できた気がした。

 僕の右手には、始まり。
 そして僕の左手には、未来。

 ゆっくりと右手を差し出し、墓に供える。

 決別のつもりではない。忘れない、ずっと。これは、僕らなりのけじめ。今度は僕ら自身が、始まりになるんだ。生まれてくる僕らの子供のために、道を示してあげられるように。だからこれは、そのために、ここに置いていくよ、恭介。





 太陽は沈みかけている。ヒグラシの物悲しげな鳴き声が聞こえている。

「じゃあ恭介、僕らもう行くね。また今度、来るからさ。新しい家族も連れて、ね」

 冷たくなってきた風は、身重の鈴の身体に障る。名残惜しさを感じつつも、いつまでもこうしては居られない。鈴の手をゆっくりと引いて、その場を後にする。いつかのように、恭介に見送られながら。

 一度だけ振り返る。

 黒い墓石に捧げられた花。
 その中央に置かれた、薄暗くなってきた辺りに溶け込まず輝く、くすんだ白球。

 始まりの光に見送られ、さあ、未来を目指そうか、鈴。


[No.521] 2008/08/29(Fri) 23:15:20
Refrain (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@12911 byte EX微バレ

 誰も――何もいない、朝の渡り廊下。
 屈む。
 拾い上げる。
 スピンをかけて回し――回そうとして。
「あ」
 それは、ぽとりと地面に落ちた。
 少し跳ねて、転がる。
 茶色くくすんでしまった白球。
 もう一度屈む。
 もう一度拾い上げ――拾い上げようとして。
「あ」
 それは、指から離れて落ちた。
 さらに小さく跳ねて、転がる。
 茶色くくすんでしまった白球。
 もう一度手を伸ばし――伸ばそうとして。
 やめた。
 校舎に向かう。
 身体だけが、進んでいた。







Episode:小毬







 教室へ向かう。本当はもう、それに意味なんてないのだろう。それでもそこに足が向くのは、きっと習慣だから。それ以上に、ほかにすることがないから。
 教室には、空席が目立つ。この時間ならおかしくはないけれど、元からいないようなものなのだから、その大半についてはどうでもよかった。いくつかの席にだけ気を付けていればそれでいい。すっかり慣れてしまっていた。
 昔と比べてだいぶ少なくなってしまった“気を付けるべき席”――よっつ――は、まだどれも空いたまま。この時間ならおかしくはない。
 しばらくして、よっつの内ふたつの席が埋まる。ぎょっとして、思わず声をあげた。
「け、謙吾くん、その腕……」
 口に出してから、今のは宮沢くんと呼ぶべきだったか、と後悔する。すぐに、それを気にする人がいないことに気付いた。呼び方についてのあれこれだけは、どうしても慣れることができない。直枝くん。棗さん。
「神北か。なに、昨晩あそこの馬鹿とちょっとな」
 たいしたことじゃない、とでも言うかのように。首から左腕を吊る謙吾くんの姿はもう見慣れたものであるはずなのに、そこには確かな違和感がある。ジャンパーを羽織ってないからだ、と思った。

 授業が始まって少ししてから、席がひとつ埋まった。残された最後の席の主は現れなかった。それが、この世界だった。







 その世界の結末は、ひどいものだった。
 ひどい結末なんて、それこそ何度だって迎えているだろう。でも私は、自らの目で見たそれが――ほかの何よりも、悲しく、哀しかった。
 理樹くんの隣に、いるべき子が、いてほしいと望んだ子が、いない。
 ひとり。







 すでに遠くにあるいつかの日々の中でも、この繰り返しの日々の中でも、ほとんど訪れたことのない三年生の教室が並ぶ階層。そのうちの一つの出入り口から、中を覗き込む。彼の姿はすぐに見つかった。最奥、窓際の席で何かの漫画を読んでいる。
 異質。そう表現するのが一番簡単であるように思えた。
 どうするべきか、迷った。そもそも、ここに来たのは彼と話をするためなのだから……まずは、入って声をかけるべきだろう。でも。かけた声に、彼は応えてくれるのだろうか……? それを思うと、足が自然と引けていた。どん、と誰かにぶつかる。
「あ、ごめんなさ……い……」
 尻すぼみになる。ぶつかったのは、理樹くんだった。
「ああ、いえ、こちらこそ」
 理樹くんはそれだけ言って、教室に入っていった。私のことはそれきり気にも留めない。一直線に向かうのは、彼の――恭介さんの席。理樹くんがそれ以外の目的でこんな所に来るなんて、あるはずがなかった。すれ違いざまに見えた横顔は、怒り……のようなものを湛えているように思えた。
 その前に、立つ。しばらくの沈黙があった。
「恭介」
 やがて、理樹くんが切り出した。廊下からもっとも離れた窓側の席近くでの声は、不自然なほどにはっきりと私の耳まで届く。
 その理樹くんを見る恭介さんの目は……一言でいえば、恐い。私達には、少なくとも私には、見せたことのない目。それが、理樹くんに向けられている。理樹くんは、怯まなかった。
「鈴がどうしてあんなになっちゃったのか……恭介は知ってるんでしょ?」
 鈴。りんちゃん。
 鈴ちゃんが今どうしているのか、どうなっているのか、私は知らない。知りたくなかった。知ってしまえば、きっと……なにもせずには、いられなくなってしまうから。私は本来なら、もうここにいてはいけないはずの存在なんだから……必要以上に干渉しては、いけない。だから、ダメなんだと、言い聞かせる。
「…………」
 しばらくの、沈黙を間に置いて。恭介さんが、その口を開く。
「……それが?」
 まるで、気に留めるほどのことでもないように。
「それが? ……それが、すべてじゃないかっ! 今の鈴にとっては、それがすべてじゃないかっ!」
 震えた。初めて聞いたかもしれない、本気の怒鳴り声。理樹くんの。
「そのせいで、この学校での生活をっ……僕らと過ごせたはずの青春を失ってしまったんじゃないかっ! ……鈴が、今、どうしてるか知ってるんだろ?」
「…………」
 答えない恭介さん。私は、理樹くんが何か言う前に背を向けた。だって、聞いてはいけない。放っておけなくなってしまう。早く行ってしまおう。
 なのに、私の足は動こうとしない。
「鈴はね……」
 ……私は、どうしたいのだろう。何をしたいのだろう。このまま、今の鈴ちゃんがどうなっているのかを聞いて。
 ふいに、思い出す。今朝、渡り廊下で見つけた……ボール。茶色くくすんでしまった、私が拾い上げることができなかった、ボール。
 ようやく、足が動いてくれた。

 ――それは、俺のせいだ――

「……?」
 振り返る。教室からは、もうだいぶ離れた。理樹くんの声も、恭介さんの声も、聞こえるはずがない。でも、たしかに聞こえた……ような気がする。とても、とても小さな声だったけれど。
「きょーすけ……さん……?」
 それは、もしかしたら。
 叫び。ほんの、小さな。





 放課後。理樹くんが急いで教室から出ていくのを見送ってから、私は鞄を片手に立ち上がる。向かうのは、恭介さんのクラス。もしかしたらもう寮に帰っているかもしれないけど、それならそれで、確認してから寮に行けばいい。まずは、近いほうから。
 変わってしまったのは、鈴ちゃんだけじゃない。恭介さんもだ。理樹くんと鈴ちゃんはダメでも、恭介さんが相手なら許される……はず。ダメって言われたら、それで諦めよう。
 結局、何もせず見ているだけ……それができるだけの覚悟が、私には足りていなかったということなんだろう。ここに残ると決めた時から、そうしなければならないとわかっていたはずなのに。
 階段を上りながら、頭の中で文章を組み立てる。どうやって誘おうか。普通に言ってもあしらわれてしまうだろう。そもそも、何ができると決まっているわけでもない。まったくの徒労に終わってしまうかもしれないし、実際その可能性は高いだろう。それでも私は――不謹慎かもしれないけれど、胸躍らせていた。誰かのために何かができるかもしれない、その喜び。もし私が世界にたったひとり取り残されてしまったら、きっと生きていけない――そんなことをしみじみと思う間に、目的の教室に辿り着いていた。しまった、結局なんて声をかけるか考えられなかった。とりあえず、教室の中を覗き見る。
 教室に残っている生徒はまばらだ。そんな中で、恭介さんはさっきと同じように、漫画を読んでいた。授業中からずっと、かもしれない。それを咎める人はいないのだから。
 まずは、教室に入る。そして、ゆっくりと近付いていく。私のことに気付いているのかいないのか、恭介さんは漫画を読み続けるだけ。ページをめくる以外には、身動きひとつしない。それが、寂しかった。
 ついに、そのすぐ隣まで来た。それでも、恭介さんは手にした漫画から視線を外さない。意を決して、声をかける。
「あの、きょーすけさん」
 視線がわずかにこちらを向く。探るような目だった。
「……誰だ、あんた」
「ふぇ?」
 予想していなかった言葉に、つい変な声が漏れてしまう。ああ、そういえば……今回はまだ、恭介さんとの面識はないことになっているのだった。でも、この教室にそれを気にするような人はいない。わざわざ、そんなところに気を遣う必要なんてない。
 つまり、体よく厄介払いされている、ということなのだろう。ちょっと傷ついた。でも、だからってすんなり帰るわけにもいかない。恭介さんがその気なら、そっちに合わせてやろう。恭介さんは有名人だし、私達のクラスにはしょっちゅう顔を出していたから、私が一方的に知っているという分には不自然な点はないはずだ。
「あの、私、神北小毬っていいます」
「……で?」
 わかりやすく、見せつけるように溜息をついてから、そう私に問う。何の用だ、と。
 さて、どうしようかな。何も考えていないんだけど……それでも、恭介さんと話をすれば何をすべきか見えてくると思っていた。なのに、肝心の恭介さんには会話をする気がないようで、さっそく手詰まりになってしまっている。
「……用がないなら、さっさと帰ってくれないか。今、いいとこなんだよ」
「え、えーと」
 引き下がるわけにはいかない。何でもいいから、言わないと……何でも……。
「……や、やきゅー……」
「…………」
「わ、私と一緒に、野球しませんかっ」





 どういうわけか、木々の茂みの中を進んでいる。先を歩く恭介さんの背中を見失わないように、ついていく。
 意外にも、恭介さんは私の提案に頷いてくれた。それどころか、先導してくれている。まず野球部の部室でボールとグローブを拝借して――グラウンドでキャッチボールでもするのかな、と発案者ながらに思っていたところ、なぜか恭介さんの足は裏山に向いていた。
 しばらく歩いていると、やがて開けた場所に出た。樹木は生えていないし、地面も他に比べて平らだ。なんというか、中途半端に人の手が入っている、そんな印象を抱いた。
「裏山に、こんな場所あったんだー……」
 学校のことなら、もう隅まで知り尽くしているように思っていたけれど……ほんの少しその敷地から出ただけで、そこはもう未知の世界。
「……これもまた、証だ。確かに、そこにいた、というな」
 ぼそりと、小さな声で恭介さんが言う。
「こんな空間、現実にありはしない。ただ、残してある、それだけのことだ」
 そう言って、恭介さんは手に持っていた軟球を投げて寄越した。速くも鋭くもない、柔らかな放物線を描いて飛ぶボールは、私にも簡単に取ることができた。グローブに収まったボールを眺める。少し汚れているけれど、それはまだ、白い。
 しばらくそうしていると、恭介さんが覇気の欠けた声を飛ばしてくる。
「小毬、やらないなら帰りたいんだが」
「え、あ、やる、やりますっ」
 慌てて、恭介さんに教えてもらったやり方でボールを放る。自分でも驚くほど真っ直ぐにボールは飛んでいって、恭介さんのグローブに吸い込まれた。ぱしん。あれ、今、名前で呼ばれた? それを聞こうとして、その前にまたボールが飛んできた。キャッチ。ぱしん。投げ返す。ぱしん。
 そうやってしばらくの間、キャッチボールを続けていた。会話は言葉のキャッチボール、という名言みたいなものを思い出す。このボールに想いを込めて投げたら、届くだろうか。そんなことを思っていると、ふいにボールのやり取りが止まった。恭介さんが、ボールを取ったまま投げ返してこない。
「……なあ、小毬。もうだいぶ前になるが……ここに、妙な奴が入り込んできたの、覚えてるか」
 すぐに思い当る。そう、あれは――まだ全員がいた頃のことだから、かなり前の話になる。この世界に、迷い込んできた子がいたのだ。実際に会ったことはないし、話をしたこともない。任せておけ、という恭介さんの言葉どおりに、任せっきりにしてしまっていたから。
 その子がどうなったのか、私は知らない。繰り返しの中で、いつの間にか気にもしなくなっていた。今言われなければ、ずっと忘れたままだったかもしれない。
「俺は……あいつのためにも、やらなきゃいけなかったんだ。どれだけ反対されようが……やるんだと、決めた。俺たちがいつまでもここに閉じこもっていたんじゃ、あいつが報われない。そう、思った」
 恭介さんの視線は、グローブの中、そこにあるはずの白球に注がれていた。教室で漫画に向けていたものとは違う、強い……想い、感情を湛えた瞳。それはやがて、自虐の色に変わった。
「それで、焦って無理やり事を推し進めた結果が……このザマだ。笑い話にもならねぇ。……本当に、笑えない」
「きょーすけさん」
「なぁ、小毬。遠慮なんかしなくていいんだぜ? 俺は……おまえにとっても大事なあの二人に、酷い仕打ちをしたんだ。責めてくれよ。罵ってくれよ。殴ってくれたっていい。なぁ」
「私は……責めないし、罵らないし、殴りません」
 きっぱりと言ってやると、恭介さんは驚いたような顔をした。何に驚いているのだろう。私だって、ふえぇとかほわあっとかばっかり言っているわけじゃない。今の恭介さんみたいな……ダメな子には、ちゃんと言ってやらないといけない。
「恭介さんは、それで満足するの? そしたら、前みたく……二人じゃなくて、みんなで野球をやるの?」
「それは……」
 言いよどむ。きっと、頷きはしないだろう。
「人間、誰だって失敗します」
 そう言う私だって、理樹くんや鈴ちゃんにたくさん心配と迷惑をかけて……そうして、今、ここにいる。
「そんな言葉で……片付けられるものか」
「うん、そうだね。でも……いじけたまま、何もしないで……恭介さんは、それでいいの?」
「…………」
 恭介さんは、俯いたまま答えない。いいなんてわけがない。でも、それを口にするのを恐れている。
 人間、誰だって失敗する。でも、その一度の失敗があまりに手痛いものだったら。私がこんなことを言えるのは、私が恭介さんじゃないからだ。私が同じように失敗をすれば、やはり今の恭介さんと同じようになるかもしれない。
「ねえ、恭介さん」
 だから、私の言うことはひどく自分勝手なのだろう。恭介さんには、恭介さんにしかわからない辛さや苦しさがあるのだろう。それを知らない私は……それでも、言葉にするしかできない。
「ここで……この世界で成長するのは、成長しなきゃいけないのは、理樹くんと鈴ちゃんだけじゃない。私達だって、そう。だから、恭介さんも……前に、進まなきゃ」





 屋上にひとり。手摺りに寄りかかりながら、グラウンドを見下ろす。
 あの日、恭介さんは応えてはくれなかった。それでも、私は恭介さんを信じたかった。理樹くんなら大丈夫だと信じたように、恭介さんのことを信じた。
 マウンドで大きく振りかぶっているのは、鈴ちゃん。懐かしい風景だった。ちゃんと鈴ちゃんを連れて帰ってきた理樹くんは、やっぱりすごいなぁ、と思う。私が同じ立場だったら、出来ただろうか。
 塁上に立つ、真人くんと謙吾くん。あ、鈴ちゃんが真人くんにボールをぶつけた……痛そうだ。けんせー? だったのかな。バッターボックスの理樹くんは、きっと苦笑いしているだろう。
 私は、もう一人を探す。見つけた。打球に飛びついて、キャッチ。一塁の真人くんに送る。わんなうとー。
 それはもう、見慣れたいつもの恭介さんだった。遠くてよく見えないけれど、その顔に浮かぶのは満面の笑みに違いない。もうすぐ、その笑顔も永遠に見れなくなるのだと思うと、自分が屋上にいるのがひどくもったいないように思えてくる。もっと近くで見たい。それで、私も一緒にやりたい。それは、とっても素敵なことであるように思えた。
 手摺りを乗り越えて飛び降りたら、死んじゃうだろうか。こんな世界だから、ナイスふんわり感でうまい具合に着地できたりしないかな。そしたら、グラウンドまで一直線に駆けていって――想像の中の私は、何もないところで何度かこけていた――そして、言うんだ。私もまぜて!
 そんな夢想をしているうちに、世界は紅に染まっていた。
 さいごのゆめ。


[No.522] 2008/08/29(Fri) 23:42:50
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[No.524] 2008/08/29(Fri) 23:48:26
熱闘・草野球 (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@3342byte

 絶体絶命のピンチだった。

 ページをめくっていた美魚の手にはいつの間にか汗が握られている。二塁手の小毬は落ち着きなくソワソワと身をゆすり、一塁手のクドは逆に体をガチガチにこわばらせている。遊撃手の恭介と三塁手の謙吾も見た目落ち着きを払っているものの緊張感を隠せていない。かけ声だけは威勢のよい葉留佳も今だけは固唾を飲み、真人はブンブンと腕を振り回しているがそれも落ち着きのなさの表れだ。唯一泰然自若とあるのは来ヶ谷だけだった。
 運動神経に長けたキャプテンチームを相手にリトルバスターズは四回の裏まで9対6と、三点差をつけていた。草野球らしい、よく言えば打撃戦、悪く言えば大味な展開だが白熱した好ゲームだった。
 が、そこはキャプテンチームにも意地がある。初心者同士(細かく言えば全体で練習している分リトルバスターズチームに一日の長はある)とはいえ相手の半数は女子生徒。元が運動部員だけに揃いも揃った負けず嫌いな連中である。

 簡単に終わらせるものかと始まった最終回の攻撃で二点を返しなお二死満塁。迎える打者はここまで本塁打を含む三安打中の四番柔道部キャプテン。
 流れは完全にひっくり返されていた。解説者がいればしたり顔でうそぶいているだろう。野球に詳しくないものにも結末が見えそうなほどだ。
 連続安打が続いた後だけに理樹はタイムをかけた。理樹だけでなく内野手が自然とマウンドに向かいかけて、足を止めた。止めざるをえなかった。
 ここまで打ち込まれれば並の投手だって疲弊する。一呼吸いれるのは当然のセオリーだ。
 それでも内野手全員がそうしなかったのはマウンド上でまっすぐに立つ鈴の姿があったからだ。人見知りで自信なさげな鈴はそこにいなかった。
 目で「大丈夫だ」と告げられ理樹は引き下がりタイムを解いた。座り直す頃には鈴の自信のようなものが伝染したらしい、逆転されても裏の攻撃があると開き直るほどになっていた。



 一球目。適度に荒れる鈴のボールがかすめるようにストライクゾーンを通過する。
 二球目。投じられたボールは外野手の頭を大きく越えるファール。
 追い込んだ。が、今日はここから本塁打が生まれていただけにバッテリーに油断の色はない。
 ツーナッシングだがもとより遊ぶつもりはない。素人の理樹に配球の妙など分からなかったし鈴には細かいコントロールがない。何より鈴の性格上「間を置く」という選択肢などあるはずがない。
 左足を一歩引き両腕が高々とあげられた。突然のワインドアップに虚を突かれつつもランナーが一斉にスタートする。緊張に我を忘れたわけではない。鈴の双眸にはただ一点。「これで決める」

「ライジング」

 左足が高々と上がる。女性特有の柔らかな肢体を利用した目一杯の捻りが奇跡のストレートを生み出す。

「ニャットボールッ!」

 技名を叫ぶのはもちろん恭介の発案。なぜってかっこいいから。
 指先から放れたボールは理樹の構えたミット、すなわちど真ん中へ。柔道部キャプテンの反射神経は瞬時にストライクを判断し、野球部キャプテンが惚れこんだ(打順こそ八番だがオーダーは彼が決めた。本職の意地をかけて)バットの軌跡はボールの通過地点に向け最短距離で振り抜かれた。



 ドンッッッ



 鈍い音は、
 理樹のミットから発せられた。



「ットラーク。バッターアウトっ!」

 動くもののいないグラウンドに主審のコールが響きわたった。

 息を詰めて見守っていた美魚が深々とため息を吐く。真っ先にマウンドに駆け寄ったのは小毬。「すごいすごい」と連呼しながら背中から抱きつき鈴がたたらを踏む。
 満面の笑みを浮かべて恭介と謙吾はお互いのグラブを打ち付け合う。クドは緊張の糸が切れたのかへたり込んでいる。
 外野からゆるゆると来ヶ谷が、奇声をあげながら葉留佳が、飛び跳ねるように真人が駆け寄る。
 キャッチャーマスクを放り投げて理樹も目一杯の笑顔だ。

「9対8で、リトルバスターズチームの勝利」

 両チームが整列し主審より勝ち名乗りを受ける。リトルバスターズの初試合初勝利の瞬間だった。


[No.525] 2008/08/29(Fri) 23:55:12
そーろんぐ・ぐっどばい (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ・10928byte EXネタありだけどバレはほぼなし

そーろんぐ・ぐっどばい


 風紀委員長さんに診断書を渡しに行くところだった。
 ちょっと遠回りして中庭を歩く。ひと気はない。普段の騒がしさなんて感じられないで、運動部の声が遠く聞こえるだけだった。
 そこに聞きなれた声がする。
 芝の上、いつも西園さんがお弁当を食べている場所に、鈴さんの姿を見つけた。私には気が付かないまま、猫たちになにかお話している。
「いいか。一筆けいじょう、火のよーじん。おせん泣かすな、馬肥やせ、だ」
 にゃー? と一番前のぶち猫が首をかしげて、前足を舐め始めた。それを見て鈴さんは、大きくため息。
「ほんとに分かってるのかお前ら。火のよーじん……は、大丈夫だな。おせん泣かすな……おせんっていうのは、おせんべいの略だ。えー、おせんにキャラメルー、生ビールに焼酎はいかがでしょうかー」
 あんまりツッコまない方がいいのでしょーか?
 ともかく、お邪魔したくなかったので、心持ち足音を忍ばせる。と、猫の一匹が私の方へ駆けてきた。
「おっ……クドか。おはよう」
 釣られて振り向いた鈴さんが、私に気付いた。少しびっくりしたみたいだったけど、笑って挨拶してくれる。
 こうなっては仕方ありません。
「今日も皆さんお元気ですか?」
 ん、と腕組みして鈴さんは頷く。このごろは私の前でも堂々と猫と遊んでくれるようになった。毛づくろいをしたり、モンペチの缶を開けたりしてる鈴さんはいつもニコニコしていて、ずっと眺めていたいと思える。
「なにをお話してたんですか?」
「ちょっとな。これからの気構えを教えてたんだ。最近、気が抜けすぎてる」
 猫たちは鈴さんが目を離したのをいいことに、地面に寝っ転がってじゃれあい始めていた。そのうちあぶれた一匹が、鈴さんのスニーカーに前足をかける。
「言ってるそばからこれかーっ!」
 ふかーっ! と威嚇。
 驚いて、みんな散り散りに逃げていってしまった。
 鈴さんは追おうともせず、腰に手を当てて尻尾の群れを見送る。
「す、すみません、お邪魔してしまいました」
「クドのせいじゃない。あいつら、少し甘やかしすぎた」
 鈴さんはそう言ってくれたけど、浮かない顔で、やっぱり寄り道なんてしなければよかったと思った。どうせ行かないわけにいかないんだから。
「クドは、これから?」
 鈴さんはもう明るい顔をしていて、私が胸に抱いた封筒を指差して訊ねてきた。自分で顔が強張ってしまうのがわかった。
「はい。風紀委員長さんのところに少し」
 どうして上手くできないんだろう、と思うけど、なんとかそれだけ答えられた。鈴さんも察してくれたみたいだった。
「クドもがんばれ」
 そう言って見送ってくれた。

 真昼の校舎は薄暗い。窓から差す光で、延々と影が落ちている。
 廊下を歩いていて誰ともすれ違わなかった。もしかしたら今日は活動していないのかもしれない。そう思いながら委員会室の前まで来たけれど、扉の向こうからは人の静かな話し声が聞こえてくる。
 ひとつ、深呼吸。
 くぐもったノックの音が、湿っぽい廊下に転がった。
「はーい、開いてますよー?」
 中から間延びした男の人の声がする。私はまず帽子を取って、それから失礼します、とできるだけはっきり口にして引き戸を開けた。
 机の向こうに、眼鏡の男子生徒が二人掛けていた。私を見て、イスを蹴飛ばしながら慌てて二人が立ち上がる。
「お疲れ様です、能美先輩! 今お茶淹れますね」
 あ、いえ、お構いなく。と言うのも聞かず、一人がポットに駆け寄った。仕方がないので、私はもう一人の生徒の方へ歩み寄る。
「頼まれていたものを貰ってきました」
「はい、どうもありがとうございます、休みの日にわざわざ」
 封筒を差し出すと、イスを勧められた。なにか話があるのかと身構えたけれど、委員長さんはのんびりと封筒の中身を取り出して眺めているだけだった。そのうち、湯のみが差し出される。玉露の匂いがした。ちょっとだけ口を付けると、佳奈多さんが飲んでいたお茶だった。
「卒業する前、二木先輩がたくさん買ってくれたんですよ。よかったらおかわりしてください……って、能美先輩はご存知ですよね」
 委員長さんはそう言って、また診断書に目を落とす。
 敬語を話されるたび、違和感を覚える。本当であれば同い年なのに、と。それなのに私は一年早く、あとひと月ちょっとで、この学校を出て行く。私がしなきゃいけないことを、残る人たちに託して。
 飛び級なんてしなければ、なんて、絶対に思わないけれど。
「はい、大丈夫ですね。これで先生方も納得してくれるでしょう」
 俯いていた私に、委員長さんは歯を見せて笑いかけてくる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「いえ、僕もストレルカには助けてもらいましたから。最後にしてあげられることがあってよかったですよ、ほんと。あとはこっちに任すだけです」
 そう言って、新委員長さんを指差す。指された人が、はにかんで頭を下げる。来年の二年生。さっきお茶を淹れてくれた人だ。
「ストレルカは功労者ですからね。ちょっとでもふざけたことしてたら僕がとっちめますよ。ですから……」
 ですから、安心して卒業してください。
 そう言いかけて、委員長さんは口をつぐんだ。
「ココナッツとペリメニのことも、よろしくお願いします」
 逃げ出したくなるのを堪えて、気詰まりな沈黙が来る前に、私は笑った。
「あと、お茶のおかわりいただけますか?」
 それから酢こんぶを頂いて、部屋を後にした。
 ストレルカ。
 会ったときは手のひらに乗るくらい小さかったのに、私の知らないうちに、私より先に大人になってしまった。私より産まれた子犬たちのことを構うようになった。
 もう長旅は無理だろう、と言われた。
 恭介さんや佳奈多さんが色々話をつけてくれて、風紀委員会で面倒を見てくれることになった。反対する人もいたらしい。それでも、お医者さんに診せてみると、やっぱり航空機輸送には耐えられない、と診断をもらった。
 子犬たちはお母さんのところに残すことにした。去年産まれたばかりで、いきなり引き離されるのは可哀想だ。ヴェルカも、無理を言って引き取ってもらうことにした。結局、私だけがみんなを残して日本を離れることになる。

 獣医さんのところからストレルカを連れて帰ると、もう夕方になっていた。春一番が吹き出して、マントの上からでも肌にしみる。やっぱり何度経験しても慣れない。
 グルーミング用のくしを借りようと思って、鈴さんを探した。中庭にはいない。猫たちの姿もない。
 校舎をぐるりと回り肌寒い裏庭を通ってグラウンドに出た。
 キン、と懐かしい音がした。
「次、いくよー!」
 バッターボックスにリキが立っていた。こんな寒い日なのに、汗をかいているのが遠目にも分かる。野球をしたのはほんの一年前のことなのにとても昔のことに思えて、でもリキの姿は鮮明で、目を瞑れば皆さんの掛け声が聞こえてくる気がした。
 ただ、リキの前には鈴さんしか立っていなかった。
 恭介さんはもちろんいない。井ノ原さんも宮沢さんもいない。猫たちだっていなかった。グラウンドが妙に広々としていた。
 鈴さんはリキの打ったボールをがむしゃらに追いかけて、なにかを吹っ切るように、思い切り投げ返す。リキも目一杯バットを振って、鈴さんに応えていた。
 鈴さんは猫たちにお別れを言えたんでしょうか。私にはわからなかった。
「帰りましょうか、ストレルカ」
 ウォン、と小さく鳴いて応えてくれた。私の隣を粛々と付いて歩いてくれる。リードを引っ張りまわされたころのことを考えた。ストレルカの子供、ココナッツたちは、ちゃんと皆さんの言うことを聞いて、ストレルカみたいになれるんでしょうか。心配ばかりが募るけど、あとはもう任せるしかないことを思い出して、そのまま歩いた。
 女子寮の前の茂みでストレルカを待たせて、部屋にくしを取りに行く。それから濡れタオルを何枚か。
「そーいえば、毛を梳いてあげるのも久しぶりですねー」
 しばらく背中にくしを通すと、ストレルカは気持ちよさそうに唸って、お腹を見せた。なんだか催促されてるみたいだった。
「お母さんになっても、やっぱり甘えんぼさんなのは変わりませんね。ここはどうですかー?」
 ふさふさした毛をかき分けて、ストレルカの弱いところを重点的にグルーミングする。やっぱり変わってない。
 それから一通り毛づくろいして、足をタオルでよく拭く。周りに人がいないのをよく確かめる。もっとも、さっきから誰とも会ってませんけど。
「いーですか? 今日だけは特別なんですよ?」
 ォウ? と、よく分からないような声を出す。気にせず後ろに回りこんで、ぐ、とストレルカを抱きかかえた。とても重い。腕の中から滑り落ちそうになって、ストレルカが暴れる。
「あっ、ダメですよ! 暴れないでください!」
 ぼふ、とストレルカがおしりから地面に落ちた。その拍子に私もしりもちをついてしまう。そこにストレルカが飛び掛ってきて、背中から倒れた。
「いたたたた……」
 おしりをさすりつつ、起き上がろうと、茂みの下になにかが落ちているのが見えた。四つんばいになって、手を伸ばす。茶色くくすんだ野球のボールだった。
「そーいえば、ストレルカ、もうボールでは遊ばないんですか?」
 昔、夢中になってゴムボールを追いかけていた。私も一緒になって追いまわって、服をダメにしておじい様に怒られたのを思い出す。
「じゃ、今日はこれで遊びましょうか」
 それから、なんとかしてストレルカを背負って、部屋に帰った。建物の中に入るとき、ちょっと嫌そうだったけど、無理を言って我慢してもらった。こういうことができるのは今日が最後だと思うから。

 部屋に入ると、ストレルカは私の背中から飛び降りて、真っ先にココナッツとペリメニのケージに歩いていった。子犬たちもお母さんの姿に気付いて、がしゃがしゃと柵を揺らす。ドアを開けてやる。ストレルカは二匹の頭をそれぞれ舐めて、私がベッドに敷いたタオルの上に二匹を置いた。
「今日は4人で一緒に寝ましょう」
 お風呂に入って、ご飯……はなにか買ってきて部屋で食べて。お話しながら同じ毛布に包まって眠る。再会してからは初めてだ。だんだん楽しく思えてくる。
「まだお風呂って時間じゃありませんから、ちょっと遊びましょうか」
 ポケットから、さっき拾ったボールを取り出す。
「ほら、いきますよー」
 コロコロコロ。床を転がす。
 ストレルカは反応しない。まだ子犬たちの毛づくろいをしている。
 壁に当たってボールが止まる。
「むう、無視するなんてあんまりです!」
 自分でボールを拾って、もう一度。小さい頃はばびゅーん、と飛んでいって、私が走り出す前に戻ってきてしまうなんてことがあった。私はそれで泣き出してしまって、次はストレルカが手を抜いてくれた。でもちょっと退屈そうにあくびをしたり。だから、今度はもう少し強く。
 コロコロコロ。トン。
 ストレルカは見向きもしない。
「そっちがその気なら、私だって考えがありますよ!」
 机の中から、色の付いた輪ゴムを取り出して、いくつも巻きつける。反応しないわけに行かない、すごく目立つ色になった。日本の鞠球にじゃれ付いていたのを思い出す。あれならきっと。
「じゃあ、もう一回!」
 元気よく声を出してボールを構える。
 コロコロコロ。トン。
 コロコロコロ。トン。
 コロコロコロ。トン。
 静まり返った部屋、私と三匹の息をする音と、ボールが転がる音だけが響いた。
「……どうしてですか」
 ストレルカは何も答えない。
「せっかく、また遊ぼうって思ったのに」
 子犬の世話ばかりしていて、私のほうを見ようともしなかった。
 涙が滲んだ。ストレルカたちの姿がぼやけて、遠く見える。置いていかれることを知って怒っているのかもしれない。もうお別れなのを知っていて、私のことなんてどうでもいいと思うようになったのかもしれない。
 でも、じゃあどうしたらよかったのか。日本に残ればよかった? お母さんとの約束を忘れて? そんなこと、できるわけがない。
 私はそのまま泣き出してしまった。声を出して泣いた。悲しくて堪らなかった。
 誰かが慌てて部屋に入ってきた。ストレルカは二匹を咥えて部屋を飛び出していった。誰かに抱きしめられて、頭を撫でられているのがわかった。その人にしがみついて、服で何度も涙をぬぐった。
「もっと泣いてもいいぞ」
 言われるまま、私は泣いた。結局、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
 出発の日まで、ストレルカはついに私の前に出てこなかった。



 それから、テヴアでストレルカのことを思い出すことはなかった。ストレルカのことを嫌いになったわけじゃない。そんなことあるわけがない。ただ、テヴアでの生活は目まぐるしくて、勉強も大変で、思い出す機会がなかったのだ。
 日本に帰る決心がついたときにはあれから3年が経っていた。犬の時間に直すと15年。ココナッツとペリメニは二十歳になっている。もう私と同い年だ。ストレルカの歳は、考えたくなかった。
 ストレルカの気持ちが分かるようになるまで、あとどれくらいかかるんだろう。


[No.526] 2008/08/29(Fri) 23:59:17
左目で見据えるもの (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ 19283 byte EX要素若干あり

 今日も私は一人、何をするでもなくただぼんやりと中庭のベンチに座っていた。
 周囲を見回しても、放課後の中庭には私以外の人の姿は無く、そこに音を立てるものは無い。それだけに遠くグラウンドの方から聞こえてくる喧騒がやけに大きく聞こえた。恐らく、体育系の部活に打ち込む人たちの声だろう。
 ……私も、以前はあちら側の人間だった。いや、正確にはグラウンドで掛け声を上げたりはせず、むしろ静謐を是とする道場でではあったが、部活動に打ち込み、そこに価値を見出していたことには変わりない。
 だが、病気で右目の視力を失った私は部活を、ずっと続けていた弓道を断念せざるを得なかった。幼い頃から弓道一筋だった私はそれ以降、何もすることが無かった。私は右目の視力と共に、居場所までも失ってしまっていた。
 ただ朝起きて、朝食を摂り、上の空で授業を受け、日が暮れるまでここでぼんやりと過ごし、夕食を摂り、眠る。完全にパターン化された、無彩色の日々を過ごしていた。こんな毎日が、いつまでも続くような気がしていた。

 不意に、視界の隅に動くものが映った。それはころころと転がって来て、私の足に当たって止まる。上半身を屈めて拾い上げた。砂埃をかぶり薄く黄ばんだ……野球のボール。
 野球のボール? だが今、野球部は活動停止中と聞いていたが。そこまで考えたところで気付いた。最近グラウンドで野球をしているらしい、校内でも有名な男女十人のグループ。リトルバスターズ。確か、彼らはそう名乗っていた。
 彼らグループとは特に親しいわけではなかったが、うち一人には面識があった。剣道部の宮沢さん。片目を失明し、することの無くなった私の話し相手になってくれた人。彼は私に言った。趣味でも見つければいい、と。だが、私は未だそれを見つけることが出来ずにいた。
「あっれー? こっちに来たと思ったんだけどなー」
 唐突に、人気のない中庭に場違いな良く通る女子の声が響き渡る。声の方向に目をやると、校舎の角から姿を現した一人の女子生徒。きょろきょろとあたりを見回す彼女と、目が合った。
「……これを、お探しですか?」
 そう言って、手の中の白球を掲げて見せる。
「あっ、それそれ! 拾ってくれてありがとう、古式さん……だったよね?」
 言いながらぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる、その女子生徒。特徴的なツーテールをぴょこぴょこと揺らす彼女は、三枝葉留佳さん。騒々しいグループの中でも一際賑やかな人で、いつも風紀委員の方達に追いかけられている印象がある。
 私の目の前まで走り寄ってきた三枝さんに、どうぞと言ってボールを差し出す。それを受け取った彼女は、ふと眉を顰め、私の顔を覗き込んでくる。
「あの、もしかしてボールどこか当たっちゃった? 顔色悪いけど…だいじょうぶ?」
「いえ、大丈夫です。ただ、何もすることが無いから座っていただけです」
 実際には足に当たったのだが、たいしたことも無いのでそう答えておく。
 三枝さんは一瞬目を見開き、何やら迷うような素振りを見せた後。
「あー、その、もし良かったらなんだけどさ……」
 遠慮がちに口を開いて。
「……一緒に野球、やらない?」
 そう、脈絡の無いことを口にした。





 三枝さんは不思議な人だった。
 彼女の脈絡の無い野球への誘いを、私は片目では距離感が掴めず危険だからという理由で断った。だが、翌日も、その更に翌日も、彼女は放課後のたびに中庭に姿を見せ、私に話しかけてきた。野球の誘いは最初の一回のみで、それ以降は毎日別の、とりとめの無い話題を振ってきた。
 私の目のことは校内に知れ渡っていた。誰もが腫れ物に触れるかのように私に接する中で、彼女だけは何の気負いもなしに私に話しかけてきた。
 そんな彼女を最初は五月蝿いと感じたりもした。だが、だからと言って彼女を追い払う気力さえ湧かず、流されるままに彼女の話を聞いているうちに。

「だからね、はるちんこう言ってやったんですヨ」
「なるほど……」

 彼女の言葉に相槌を打つようになり。

「あの時の風紀委員の子たちの顔ったら。見ものだったなー」
「そ、それはちょっとやりすぎですよ……」

 苦笑しながら彼女を諫め。

「ねえ、みゆちんって呼んでいい?」
「み、みゆちん!? それって私のことですか?」
「もっちろん。古式みゆきだから、みゆちん。どうかな?」
「い、いえ…… それはちょっと恥ずかしいので……」
「むー。いいと思うんだけどナァ…… まあ恥ずかしいならしょうがないか……」

 彼女の提案を動揺しながら断り。

「で、恭介さんってば『黙っていれば可愛いのに惜しい』なんて称号つけるんだよ。ひどいよねー」
「黙っていれば…… ふ、ふふっ……」
「あーっ! 何でそこで笑うのさー!」
「ご、ごめんなさい、でも…… ふふふっ……」
「また笑うー! もう、古式さんも酷いよ、ぶーぶー!」

 彼女の話に笑い、それで膨れっ面になった彼女の顔を見て更に笑みを深くし。
 いつしか私は、彼女との会話に楽しさを見出していた。無彩色だと感じていた日々の中に彩りを見つけていた。
 だから、ある土曜日。
「ねえ、私ちょっと買いたいものがあって明日商店街に出るつもりなんだけど、もし良かったら付き合ってくれない?」
 そう言ってきた三枝さんに、弓道を辞めて以来予定とは無縁の生活を送っていた私は、一も二もなく頷いていた。





 翌日の日曜日。
 待ち合わせ場所の女子寮前に、待ち合わせ時間から5分ほど遅れて三枝さんは姿を見せた。
「古式さん、ごめんごめーん! 待ったー?」
「……遅刻ですよ、三枝さん」
 そう言えばこの人は学校でも遅刻の常習者だった。やれやれとため息をつく。三枝さんはごめんごめんと軽い調子で謝ってくる。あまり反省はしてなさそうだ。
「ところで、今日は何を買うつもりなんですか?」
「えっとねー……」
 そんな他愛もない話をしながら校門に向けて歩き出す。こうして外に出向くのも、考えてみれば随分と久しぶりだった。
 校門から出ようとした、その時。
 校門前に停車していた黒塗りの車。その後部ドアが開き、一人の男性が降りてきた。隣を歩く三枝さんがはっと息を呑んだのがわかった。
「三枝さん?」
 三枝さんに声をかける。様子がおかしい。普段のおちゃらけた雰囲気はなりを潜め、今、その表情に表れているのは…… 怯え? あの、いつも陽気な騒がし屋の三枝さんが、怯えている?
 つかつかとこちらに歩み寄り、私たちの目の前で立ち止まったその男性は、開口一番に口にした。
「久しぶりだな、ゴクツブシのロクデナシ、ヤクタタズの娘」
 その言葉に思考が追いつかない。この人は突然、何を言っているのだ? その男が腕を振り上げる様が、やけにゆっくりと見えた。

 ――パンッ。

 乾いた音が響き渡る。その光景ははっきりと見ていたのに、目の前の大人が平手で三枝さんの頬を打ったのだと理解するのに随分と時間がかかった。
 ……何だ、この状況は。
 わけがわからない。
 突然現れた男が三枝さんを口汚く罵り、その頬を張った。それ自体はわかる。だが、なぜ突然こんなことが起こっているのか。そもそもこの男は何者なのか。さっぱり分からない。
 三枝さんはひどくショックを受けた様子で打たれた頬を押さえ、俯いた顔には呆然とした表情を浮かべていた。その肩は小刻みに震え、足元は覚束ない。その姿を見て、何が起こっているのだろうと、この男が何者であろうと、私がすべきことは一つしかないことに気付いた。
「何をするんですかっ!」
「……何だぁ?」
 震える三枝さんの肩を支え、一方しか見えない目に力を込めて目の前の男を睨みつける。男は不満そうな声をあげ、品定めをするかのような視線を私に向けてきた。
「……ふん、■■者か」
 私の右目の眼帯を見て、吐き捨てるように紡がれる差別用語。今更のように、視力を失った右目がずきずきと痛んだ。
 男は三枝さんに顔を向け、嘲りをこめた口調で言い放つ。
「■■者と負け犬同士傷の舐めあいか。いい気なもんだなぁ、葉留佳? こっちはお前のせいでまた事業の先行きに影が差して、苦労しているというのに」
「……ぃ……れ……」
 三枝さんは俯いて何やらぼそぼそと呟いている。その様子に異変を感じ、呼びかけようとしたその時。
 がばり、と顔を上げ。
「うるさいっ! 黙れぇっ! あんたなんかが古式さんのことを悪く言うなっ!」
 三枝さんが、吼えた。
「何さ! あんたたちなんか、馬鹿なしきたりに踊らされて、その上踊らされてることにも気付かない裸の王様のくせに! 古式さんがどれだけ辛い思いをしたかなんて知りもしないくせに! あんたに、あんたたちなんかに古式さんのことを悪く言う資格なんかあるもんかっ!」
 普段の陽気な三枝さんでもなく、先程までの弱弱しく震えていた三枝さんでもなく。炎のような烈しさで怒りを露わにする三枝さん。その勢いに気圧されながらも、私の頭のどこか冷静な部分が、どれが三枝さんの本当の姿なのだろう、などと考えていた。
 三枝さんの勢いに気圧されたのは私だけではなかった。男もぐっと息を呑んだのが分かった。けれどそれも一瞬のこと。
「……このっ!」
 男が腕を振り上げる。先程のような平手ではなく、硬く握られた拳を。
 危ない。そう叫ぼうと口を開き、言葉を

「何をしているんですかっ!!」

 空気を震わせる怒声。思わずびくりと反応し、声のした方へと振り返る。振り返った先には長い髪を靡かせ、左腕にはクリムゾンレッドの腕章を付けた一人の女子生徒の姿。その腕章に白で書かれた“風紀委員”の文字。……風紀委員長の二木佳奈多さんだった。
「……ぉね、ちゃ……」
 三枝さんが何かを小さく呟いたが、良く聞き取れなかった。
「か、佳奈多?」
 男は明らかに狼狽している。この男、二木さんと面識があるのだろうか。
「叔父様、これは何の真似ですか?」
「佳奈多、ひ、久しぶりだな……」
「何の真似かと聞いているんです!」
 あからさまに話を逸らす男にぴしゃりと言い放つ。
「いや、たまたま近くに来たものだからついでにだな……」
「事業の先行きが不安なときにこんなところで油を売っているのですか。随分お暇なんですね。おまけにこんなに注目を集めて。少しは周りの状況も見てください」
 その言葉に周囲を窺ってみると、遠巻きにではあるものの野次馬が集まり始めていた。こちらを見て何やらひそひそと話しているのは遠目にでも分かる。
「一般学生の目もあります。本日のところはお引取りを」
「し、しかし……」
 尚も渋る男。
「私はここの風紀委員長です。この状況で見て見ぬふりはできません。叔父様の行動が三枝家、そして次期頭首である私の顔に泥を塗るものであることをご理解ください」
 一拍の間を置いた後、二木さんが再び言葉を発する。
「もしそれが出来ないのであれば、家の方に今回の出来事を報告させていただきます」
「なっ……!」
 男の表情が明らかに青ざめる。
「学園の敷地内への不法侵入、およびその中での暴行……三枝晶の二の舞になりたいのですか?」
 自分よりふたまわりは年上であろう相手に向かって、口の端に酷薄な笑みを浮かべ、嘲笑するかのように見据える二木さん。その横顔を見るだけで、背筋がぞっとした。

 ……何なんだ、この人は。
 何なんだ、この人たちは。
 彼らが何を言っているのか、私にはほとんど理解できなかった。ただ恐ろしいという感情ばかりが私の中で蠢いていた。

 やがて、男は苦虫を噛み潰したような表情でちっと舌打ちし、車の方へ向き直る。その際、こちらをじろりと睨みつけてきたが、負けじとこちらも睨み返してやった。男は再び舌打ちし、車に乗り込む。少しの間を置いて発車したそれが道路の先に消えた後、ようやくひとつため息をついた。
「あなた達もいつまでもこんなところで油売ってないで、さっさと寮に戻りなさい」
 素っ気無くそれだけ言ってくるりと背を向け、歩き出す二木さん。
「ま、待って!」
 その背に向かって三枝さんが声を上げる。
「……何?」
「あ、ぅ、その……」
 歩みを止め、こちらに背を向けたまま二木さんは問う。三枝さんはその背からは目を逸らし、とても言いにくそうに。
「その……ぁり、がと……」
 かすれる声で、そう口にした。二木さんは、一瞬だけ肩をぴくりと動かした後。
「ふん、礼を言われる筋合いなんて無いわ」
 鼻を鳴らし、無愛想に言い捨てる。
「それと、古式さん」
「はい、何でしょう」
「悪いわね、身内が迷惑をかけるみたいで」
「え……?」
 言葉の意味が分からず、問い返す私。しかし二木さんはそれ以上何も言わず、すたすたと歩き去って行った。





「少し、しみるかもしれませんよ?」
「いた……」
 野次馬の輪を掻き分け、寮に戻ってきた私たちは私の部屋で三枝さんの手当てをしていた。幸いにもルームメイトは不在だった。
 打たれた頬は大したことはなさそうだった。しばらく腫れは引かないだろうが、痕が残ったりはしないだろう。むしろ、私の言うままに大人しく従うその姿が普段の彼女らしくなくて、そちらの方が余程心配に思えた。
「何も、聞かないんだね……」
 俯いたままの三枝さんがか細い声で言う。
 正直に言って、気になっている。聞きたい気持ちは強く存在する。だが、どこかそれを聞くのは恐ろしく、また安易に聞いていいような内容ではなさそうだと思えて、私はとりあえず手当てに集中していた。
 少し迷った後、口にする。
「聞きたい気持ちはあります。けれど三枝さんが言いたくないのなら聞きません」
 少しの間、三枝さんは口を噤み。躊躇いがちに口を開く。
「言うよ…… ううん、聞いて、欲しい……」
 そして、三枝さんはぽつぽつと語りだした。

 三枝の家に伝わる因習。一方の父親が犯罪を犯したこと。異父重複受精。その片割れが二木さんであること。品評会。自分が『ハズレ』であるとされたこと。それ以来、なにか悪いことがあればその度にお前のせいだと言いがかりをつけられ、暴力を振るわれてきたこと。今日の出来事も恐らくそうであるということ。あの大人は「三枝」の叔父であること。三枝さんを引き取り、今は実権を分家の二木家に奪われた三枝家の人間であること。だから三枝さんを昔から苦しめてきた人間の一人で、次期頭首である二木さんには頭が上がらないのだと言う。

 おぞましい、と感じた。
 あの、人ではなくモノを見るような目。存在自体を否定するようなあの目を思い出しただけでぞっとする。あれは、そんな因習の蔓延る一族の中で育まれてきたのだろうか。
 そして、この人は、幼い頃から周囲の全ての人にあのような視線を注がれてきたのだろうか。それを思うと、以前の自分が本当に愚かに思えた。この人の味わってきたものに比べれば、私の感じていた絶望などどれほどのものだと言うのだろう。
 私がそんなことを考えてる間も彼女の独白は続いていた。

「古式さんが座ってた中庭のベンチ。私もこの学校に入ったばかりの頃は何をしていいかも分からなくて、日がな一日あのベンチに座ってたりしたんだ。そんなある日、いつものようにそうしていた私に声をかけてくれた人がいた。一緒に遊ばないか、って誘ってくれたの。その時の私は断っちゃったけど、今は仲間に入れてもらってて。今の私が楽しくいられるのはその人のお陰なんだと思う」
「ベンチに座ってる古式さんを見たとき、あの時の私もこんなだったのかな、って思った。話しかけてみて、何もすることがないからこうしてる、って言われたときは本当に驚いた。あの時の私も同じことを答えていたから。だから、力になりたいと思った。私に手を差し伸べてくれた人の真似がしたかった」
 けど、と彼女は弱弱しく笑ってみせる。
「……けど、やっぱりダメだね、私。あの人みたいに格好良くなれないや。力になるどころかさっきは逆に助けられちゃったし、さ」
 そう言って俯き、深いため息を吐く。
 ……けれど、それは。
「違いますよ、三枝さん」
「……?」
 ゆるゆると視線を上げる三枝さん。そんな彼女に、言い聞かせるように、私は努めて優しい声を出す。
「あなたと話す前の私は、何もすることがなくて何もかもが苦しいだけで、居場所が無くて……自殺を考えたこともありました」
 はっと三枝さんが息を呑む。だが私は構わず言葉を続ける。
「けれど、私はそれを実行しなかった。それはあなたがいたからです、三枝さん」
 ぇ、と小さく三枝さんの声が聞こえた。
「あなたが私に話しかけてきたから。あなたが私に関わってきたから。私の空虚な毎日は変わりました。呆れるほどに騒がしく、自殺だなんて考えるのも馬鹿馬鹿しい、色鮮やかな毎日へと」
 最初は鬱陶しくも思った。だが、今にして思えば、私はずっと羨ましかったのだ。弾けるような笑顔で周囲に騒動を巻き起こし、校舎内を走り回っている彼女の姿が。

『趣味でも見つければいい』
 片目の視力を失い、何もすることがなくなった私に、宮沢さんはそう言ってくれた。
 けれど、私は宮沢さんの言葉を素直に受け入れることが出来なかった。その意見は、私のような持たざる者ではない、持つ者の傲慢な意見だと思った。もしあなたがその片腕を失い、剣道を断念せざるを得なくなったとしたら、あなたは同じことが言えるのか。そんなことを思ったりもした。……そんなもの、ただの僻みでしかないというのに。
 私は、自分が“持たざる者”だと思っていた。そして、宮沢さんや三枝さん、あの騒がしいグループの皆さんは“持つ者”だと考えていた。
 私より三枝さんの方が余程“持たざる者”であったというのに。
 ならば何故今、三枝さんには居場所があって、私には無いのか。考えてみればその答えは至極簡単だった。

 私の周囲は皆、弓道で結果を出すことを求めてきた。私はその期待に応えた。周囲は弓道に関することならあらゆるものを用意してくれた。質の良い弓。軽くて動きやすい特注の弓道着。広く静かな練習場。
 私はずっと、自分からは何もしようとしなかった。弓道をしてきたことは後悔していないが、それ以外の何かを自分の意思で求めたことなど一度も無かった。
 三枝さんはずっと自らの居場所を求めて足掻き続けてきた。弓道という居場所に甘え、それ以外の居場所など探そうともしなかった私とは違う。
 彼女は居場所を求め、差し出された手を取った。差し出された手の眩しさに僻み、その手を振り払った私とは違う。
 けれど。今の彼女の言葉が本当であるのなら。宮沢さんだけでなく、三枝さんも私に手を差し伸べてくれるというのなら。私は今度こそ、その手を取ろう。

「だから、あなたはこれ以上ないほど私の力になってくれていますよ」
「古式さん……」
 ぽつん、と私の名を呼ぶ三枝さんに、小さく首を振って、笑いかけて見せる。
「“みゆちん”でいいですよ……“葉留佳さん”」
 目の前の人は、私以上に“持たざる者”でありながら、自らの意思で足掻き、差し出された手を取り、居場所を見つけた。なら、私も一歩を踏み出そう。差し伸べられた手を取って。自分の意思で脚を動かして。
「葉留佳さん、今更ではあるんですけど……あなた達と一緒に、野球をさせてもらえませんか?」
 葉留佳さんはしばし、きょとんとした表情を見せていたが。
「うんっ! はるちんはみゆちんをリトルバスターズ新メンバーとして大歓迎しますヨっ!」
 そう言って、私が羨んだ眩しい笑顔を向けてくれた。




 翌日。
「それじゃ先に話し通してくるから、待っててね」
 そう言って葉留佳さんは部室棟にある一室、彼らリトルバスターズが使用しているという部室に入っていった。私はそれをドアの前で待っている。
「……ふぅ」
 ため息をひとつ。緊張している。弓道の大会に出たときでさえ、ここまで緊張することはなかった。やはり、私はどこか流されて弓道をしていたのだろう。自分の意思で何かをすることが、こんなにも緊張することだなんて知らなかった。
 部室の中からは、何やら賑やかな声が聞こえてくる。主に、他メンバーの皆さんが葉留佳さんに、新メンバーはどのような人物かと尋ねているようだ。

『新メンバーとやらは可愛い女の子なのだろうなっ!?』
『いや怖いッスよ姉御…… まあ、可愛いというよりは美人系だけど、姉御のお眼鏡に叶うレベルなのは保障しますヨ』
『ほう、それはおねーさん非常に楽しみだ。おっと失礼、涎が……』
『いや、変なことしないで下さいヨ?』

 ……一部、不穏当な会話もあったけれど。
 やがて、部室のドアが小さく開けられ、葉留佳さんがぴょこんと頭を出す。
「それじゃあ、かもーん、みゆちんっ!」
 そう声がかけられると共に、指がぱちんと鳴らされる。私は意を決して、部室のドアを潜った。
 視線が私に集まる。多分に興味の感じられる八組の視線。一際驚いたような宮沢さんの視線。そしてどこか得意気な葉留佳さんの視線。
 私は小さく息を吸い、そして口を開いた。
「はじめまして、古式みゆきと言います。これから、皆さんと一緒に野球をさせて欲しいと思います。どうかよろしくお願いします!」
 




 私は、あっさりと受け入れられた。特に神北さんや能美さんはとても親しみやすい笑顔で歓迎してくれた。
 来ヶ谷さんは少し私を見る目が怖かったけれど。
 宮沢さんは、茶番だ、とか何とかぶつぶつ呟いていたけれど。
 とにかく私は受け入れられ、これから私の運動能力を測るテストが行われることになった。まずは棗先輩のノックを受け、守備の力を見るという。
 屈んで靴紐を結びなおす私に、後ろから葉留佳さんが声をかけてきた。
「みゆちん、頑張ってね」
「はい、もちろんです」
 そう答えた後、葉留佳さんの耳元に口を寄せ。
「葉留佳さんも頑張ってくださいね……直枝さんとのこと」
 葉留佳さんは一瞬、きょとんとした表情を浮かべた後。
「ええぇぇぇぇぇっ!? 何でそのことをっ!?」
 腕をばたばたと振りながら大声を上げる葉留佳さん。
「葉留佳さんに手を差し伸べてくれた人は、格好良かった、ですよね?」
「いやまあその、そうなんだけどさぁ……」
「安心してください、誰にも言いませんから」
 顔を真っ赤に染めてうろたえる葉留佳さんの様子が可笑しくて、くすりと笑いがこぼれる。
「うぅ、みゆちんってばそういうキャラだったっけ?」
 確かに、以前の私ならこういう事を言ったりはしなかったと思う。けれど、今の私がそうなのは、きっと。
「あなたの影響だと思いますよ、葉留佳さん」
 私はそう言って、不満そうな葉留佳さんを尻目に指定された守備ポジションにつく。

 何もすることなく、空虚な毎日を過ごしていた自分に手を差し伸べてくれた人。やがて自分の毎日を楽しいものにしてくれたその人に、憧れの感情を抱くというのはとても自然なことだと思う。
 ……だって、私もそうなのだから。

「それじゃあ準備はいいか、古式!」
「はい、大丈夫です、棗先輩!」

 後ろから、まだ頬の赤さを若干残したまま、それでも賑やかな声援を送ってくれる葉留佳さん。
「みーゆちーんふぁーいとーぉっ!」
 私は振り向いて、彼女にひとつ笑いかけた後。棗先輩の手の中にある白球を、左目でしっかりと見据えた。


[No.527] 2008/08/30(Sat) 00:01:47
願いの叶うボール (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@5505 byte ネタバレなし 頭カラッポにして読んでください

「理樹、あたしは旅に出る」

 何が起きたのかは不明だが、やたらと真面目に、しかも何が入っているのか、パンパンに膨らんだバッグを背負って神妙に語る鈴に、僕は固まる。大事な恋人がどこかの世界の電波を受信した場合の対処法なんて、どんな本にも載ってない、載ってる訳がない、載っててたまるか。
 なるほど、もしかしておかしいのは僕の耳の方なのか。目の前に立ち尽くす無慈悲な現実を否定すべく、僕は口を開く。

「ごめん、ちょっと耳の調子がおかしいみたい。ちょっと確認させてね。最近仲間に加わった猫の名前、言ってみてくれるかな」
「レノン」
「じゃあ、小毬さんのフルネーム」
「かみきたこまり」
「じゃあ、笹瀬川さんのフルネーム」
「ささささささせ子」

 おーけい、感度良好。僕の耳は正常だ。

「ごめん鈴、何かする、って言ってたよね。それをもう一回言ってくれないかな」
「あたしは、旅に出る」

 やっぱり現実は、見えるままそこにあった。ここはツッコむところなんだろうか、見送るところなんだろうか、はたまた諭すべきなのか。どうすればいいのか解らない、挙句何に何をツッコむのかすらわからなくなってきた僕は、とりあえず話を膨らます方向へ進めることにした。

「何で、旅に出るの?」
「願いを、叶えるためだ」

 後悔した。話は、膨らみすぎて割れた風船の破片のように飛散しており、さっぱり解らない。僕はどうすればいいんでしょう。

「知っているか、理樹」

 とりあえず話は続くらしい。それ以外に選択肢を思いつけなかったため、僕はそれに耳を傾けることにした。

「この世界には、7つのボールがあるんだ。それを集めると、龍の神様が現れて、どんな願いでも叶えてくれるんだ」

 いや、まあ、うん。
 すごくどこかで聞いたことのある、というか見たことのある話だ。単行本は全部読んだし、アニメも見た。たまに、来ヶ谷さんが練習中に口ずさんでいる歌は、確か一番初期の主題歌だ。空前絶後の大ヒットを世界全域で巻き起こし、関連分野における経済効果もものすごいものだったという話だが、今はそんなことはどうでもいい。

「今までお前に隠してきたが、棗家に代々受け継がれてきた秘宝の中に、この・・・」

言いつつ、制服の胸のあたりに手を突っ込んで、取り出したものは。

「四星球があったんだ」

 どこに隠してたんだ、とか、それ、僕には星型の折り紙を貼り付けたボールにしか見えないんだけど、とか。ツッコミどころは多すぎるがゆえに、どれにも手をつけられない。故に言葉にもできない。そんな中で、ただひとつ言えることは。
 それがあってもなくても、サイズは変わっていなかったという事だけだ。どこの、だって?そりゃあ、ねえ。

「他に散らばる六つを探す手段が今までなかったんだが、ついにあたしは手に入れた!」

 取り出した、なんだかよくわからないモニタ付のものは、やっぱりアレなんだろうなぁ。

「これは昨日、いろいろあった末に、スパッツさんにもらったレーダーだ」
「誰だよっ!!」
「む、何だ理樹、スパッツさんを馬鹿にするのか?」
「しないけど、名前が可哀想過ぎるよっ!」
「しょうがないだろう。でもいい人なんだぞ。道ですれ違ったあたしに、これをくれたんだからな」
「そのエピソードに、何一つとして好意や信頼を抱ける要素がないよねっ!?」

 よかった、まともだ、僕のツッコミが。それはこの世界のたった一つの光明だ。僕は抜け出すんだ。このツッコミを武器に、いつもの日常へ帰るんだ。いや、無理だ。どう考えても無理だ。そんなことを考えている時点で、すでに僕もまともじゃない。どうしましょう。

「ふーむ、次の反応は東に2,000kmか」
「多分、太平洋の真ん中かと」
「それ以外だと、これか。南へ50,000km」
「地球の円周よりも長いのは何で?」
「または、地核方向へ3,000km」
「普通に無理だから」
「大丈夫だ。あたしは必ず、絶対に、帰ってくるから。だから、・・・いや、何でもない」
「そこで、何で最終回的なノリになるのかな」
「じゃあ、行ってくる」

 まったく人の話を聞かずに、鈴は出て行く。ありえないものを探しに。
そういえば、大切なことを聞いていなかった。鈴は何を願うのだろう。遠くなっていく背中に問いかける。

「猫たちとあたしの、楽園を作るんだ!」

 大声で叫んだ鈴の言葉は、最後までおかしかった。







「笑うか、うなされるか、どっちかにしろ」

 目を開けてすぐ飛んできたのは、そんな鈴の文句。もちろんバッグは背負っていないし、なんだかよくわからない機械も持ってはいない。

「鈴、棗家に代々伝わる秘宝って存在する?」
「起きて早々、意味がまったく解らんぞ」
「7つのボールは、捜しに行かないの?猫の楽園、作るんでしょう?」
「お前、大丈夫か?」

 夢の世界からの帰還。現実との差異。起き抜けの頭でぼんやりと思う。
 寝ながら見る夢は、普段は意識していない願望が如実に現れることもある、そう聞いたことがある。ならば、今の滅茶苦茶で微笑ましい夢は、何だったのだろう。
願望、願い。まとまらず、弾む思考。7つのボール。願いを叶える龍の神。その延長線上にある、僕の願いは。

「ねえ。もし今、どんな願いでも一つだけ叶うとすれば、鈴なら何を望む?」
「いきなりだな」
「うん。寝起きだからおかしいんだよ、今の僕。とにかく答えて欲しい」

 真摯な想いを汲み取ってくれたのか、どうなのか。腕を組んだり、辺りを見回したりと、若干怪しい挙動を示しながらも、たっぷり三分ほどは悩んで搾り出した願い。

「みんなに、謝りたいんだ」

 どんなに願っても、もうできないこと。取り返すことはできないもの。解っているからこそ、こぼれた言葉、だった。

「そうだね」

 願えるなら、もう一度。ほんの少しを、もう一度だけ。

 「生き返らせて欲しい」、そんな、原作で何度も謳われた言葉を、僕らは使う気はない。その願いは、現在の僕らの否定だ。彼らは亡くなることで、そして僕らは先へ進むことで、あの世界の意味を全うさせた。仕方なかった、なんて割り切ることはきっといつまでたっても出来ないけれど、突き詰めればきっとそういう事なのだ。

 鈴の願いを叶えてあげたい。それこそが僕の願い。それもまた、叶うことのない望みである事は解っている。だから、僕は。

「鈴、キャッチボールしよう」

 鈴の願いは、笑っている事。僕の願いは、鈴の願いを叶えること。
 グローブを二つ、ボールを一つ、鈴を一人、部屋から引きずり出す。
 七つそろえても龍の神が出るわけでもなく、どんな願いが叶うわけでもない、星も付いてはいない、何の変哲もない、ただのボールだけど。

 ここから、僕らを始めよう。


[No.528] 2008/08/30(Sat) 00:04:20
――えむぶいぴーらいん―― (No.506への返信 / 1階層) - 主催

これより後の投稿作はMVP選考外とします。
これ以降の投稿ももちろんオーケーですので、びしばしどうぞー。


[No.529] 2008/08/30(Sat) 00:11:15
銀玉 (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@13291 byte 遅刻 ネタバレしようがない。そしてごめんなさい。

【まえがき】
 この話は、ある種のエンターテインメントにどっぷりつかっていない人にはイミフwwwの話です。
 そういった人以外は、読まないのが吉です。
 ただ、これから始めようと思っている人、始めてみたいけど少し怖いんだよなぁと思っている人は読んでみるといいかもしれません。
 分からない用語はグーグル先生に聞いてください。それでも分からなかったら、知りません。
 あと、ごめんなさい。









『銀玉』







 蝉の声が聞こえなくなった。夏の終わりは、ひとつの静寂なのだろうと思う。無音。それこそが夏の終わりを告げる音。そんな話を恭介に一度した。恭介は満面の笑みで、「俺も無音は大好きだ! 興奮する! ビッグ確定だもんな!」と言っていた。意味が分からなかったが、恭介ならしょうがないと思って、「そうだね、プロテインだね」と言っておいた。
 まだ、日の出からそれほど経っていない時間である。こんなに朝早くに起きたのは久しぶりだった。昔、恭介たちとカブトムシを捕りに行った以来だろう。のそのそと布団から這い出し、ゆっくりと梯子を降りる。下のベッドで寝ている真人は、先ほど鳴り響いた目覚ましの音にもビクともしないほどの爆睡を決め込んでいた。仕方が無く、「筋肉様アルマジロ〜」と何回か唱えると、すぐに目を覚ましてくれた。周りをきょろきょろと見回した後、がっかりしたように肩を落として、再び布団の中に潜り込もうとしたので、そこは自前の拳目覚ましを炸裂させて、起きてもらった。爽やかな顔で、「おはよう!」と言われたので、「そうだね、プロテインだね」と言っておいた。
 それから二人で出かける準備を進める。準備といっても、顔を洗ったり、歯を磨いたり、と普段と特に変わりの無いことである。洗面所で謙吾に会った。既に胴着を着ていた。その上、まだまだクソ暑いのに、未だジャンバーを着ていた。この人は、きっとこの格好で寝ているのだろう、と確信した。本人には聞かない。聞きたくも無い。軽い挨拶を交わし、また後で、と一旦別れる。
 僕も真人も準備が完了した。と言っても、二人ともジャージである。恭介に言われたのだ。あまり小奇麗な格好をしてくるな、と。ジャージあたりが一番いい、と。その言葉を受けて、そして、元々大した服を持っていない僕らは、その言葉どおりの服装、ジャージで部屋を出た。持ち物は財布と携帯電話。
 恭介から、召集が掛かったのは昨晩のことである。リトルバスターズ全員にメールを送ったらしい。集合場所は、街の公園。時間は早朝。何をするのかは分からない。だが、恭介のことだ。きっと、就職して一人ぼっちで寂しい中、一人ぼっちで色んな遊びを、一人ぼっちで考えていたに違いない。一人ぼっちで。しょうがないので、皆で一人ぼっちの恭介と遊んでやろうということになった。独りぼっちの恭介のために。
 集合場所には、既に恭介と僕ら二人を除く全員が集まっていた。何人かは寝ていた。西園さんとクドはお互いの肩に頭をのせて寝ていた。可愛らしい。来ヶ谷さんなんて布団を敷いて寝ていた。少し、尊敬した。無視することにした。一緒の時間に洗面所に居た謙吾は既に腕を組んで待ち構えていた。でも、謙吾だからしょうがないと無視することにした。小毬さんと葉留佳さんの私服は無視することにした。
 起きている人とおはようと挨拶を交わした後、周りを見渡すが、恭介の姿は、やはり見当たらない。こんな早朝に呼び出しておいて、呼び出した本人が遅刻なんて、そんな最悪なことは、いくらロリコンの恭介でもしないだろう。とか考えていたら、その恭介が満面の笑みで現れた。満面過ぎて気持ち悪くて、全員若干引いていたが、言葉にして発さなかったのはきっと皆の優しさ。
「この時間に誰一人遅れてこないとは。流石だな。俺の築き上げた軍団は」
 妄想垂れ流しで喋っている恭介は、ガン無視したいところだったが、それだと話が進まないので、なんでこんな時間に僕らを呼びつけたのか、目的を聞いた。
「ああ、まだ言ってなかったな。じゃあ、移動しようか」
 そう言って、結局、今日の活動内容は言わず、一人でさっさと歩いていってしまった。しょうがないので追いかける。寝ている三人は、こんなこともあろうかと持ってきたリアカーに乗せて、真人に牽かせた。





***





「ここが本日のイベント会場だ」
 そう指差して満面の笑みで語る恭介の顔は、やっぱり満面過ぎて気持ち悪かった。気持ち悪さはなんとか心の奥底に沈めて、無かったことにして、それから恭介の指の先を見た。そこは、自分の目を疑いたくなるような場所だった。思わず、「ここ?」と素で聞いてしまった。その問いに対して、恭介は自信満々に頷いた。
 何度見ても変わらない。ていうか、イベントはイベントでも、これかよ。だって、これは……。
「今日はパチンコを打つ!」
 その言葉に誰もが唖然として何も言えなかった。恭介の指の先にはキラキラと輝くパチンコ屋が建っていた。
「ノリ打ち軍団、その名も……リトルバスターズだ!」
 忘れていたが、恭介は稀代のアホだったのだ。アホの中のアホ。キングオブアホ。
「ちなみに、金は全て俺が出すので安心しろ」
 安心しろと言われても。どこにそんな金があるんだろう、この人に。
「俺がなんのために就職したと思ってるんだ」
 このためとかだったらダメ人間確定ですね。
「このためだ!」
 ダメ人間確定だった。でもでも、そもそも、僕たちは高こ「俺たちは全員十八歳以上だからパチンコ屋に入ってもいいんだ」そうですか。ごめんなさい。
 百歩譲って、パチンコを打つのはいいとしよう。なんで、こんな早い時間に集合をかけたのか。来ヶ谷さんなんて、まだ布団から出てこないよ。
「早い時間に並ばないと、新台が取れないじゃないか。見てみろ。既に並んでいる奴らがいるぜ」
 言われて見ると、既に数人並んでいる人たちが居た。先頭の人なんて寝袋で寝ているじゃないか。パチンコを打つ人たちはアホなのだろうか。アホなのだろう。なんだか来ヶ谷さん普通に見えてきた。
「でも、今日の新台は、初めて打つ人には微妙だと思いますが……」
 そう言ったのは、いつの間にか起きていた西園さんだった。ていうか、この人は初めてじゃないんだろうか。
「なんだ西園。お前は打つのか?」
「あ、いえ、私は基本的にスロットですね。パチンコはたまにです」
「ほう、経験者が居ると心強いな」
「今日の新台は、SANKYOの『大夏祭り』ですよね?」
「よく知ってるな」
「メール会員なんで」
 メールも碌に打て無いのに、いつの間に……。
「私は、一度他の店で打ったのですが……あれはクソ台です」
「そ、そうなのか?」
「はい。SANKYO得意のド派手な演出メインなのですが、当たりに絡む擬似連は滅多にしない。しても、大花火フラッシュが出ないとまず当たらない。大花火フラッシュが出ても当たらない。桜柄? そんなものまだ信じてるんですか? あんなもん熱くもなんともないですよ。この台なら同じSANKYOでも『倖田來未』の方がまだマシですよ。アレもクソ台ですが、変な所で熱くなれたりする分、いいですよ」
「そ、そうなのか」
「まあ、恭介さんがSANKYO信者なら止めはしませんが。私は同時に導入されるスロットのバイオハザードを打ちます。機械割119%……ありです」
「そ、そうか」
 捲くし立てた後、西園さんは鞄から本を取り出して、ゆっくりと読んでいた。珍しく雑誌だった。表紙を見てみると、『パチスロ必勝ガイド』と書いてあった。見なかったことにしよう。
「西園、読書中すまないが、ちょっとお前に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「まあ、俺は『大夏祭り』を打つつもりなんだが、初心者には何を打たせればいいと思う?」
「そうですね」パタリと本を閉じる。「まあ、基本は海系ですね」
「やはりそうか」
「ああ、でも、『大海物語SP』は止めましょう。やるならば、『スーパー海物語IN沖縄』の方ですね。『大海物語SP』は連荘力はありますが、出玉も少なく、そもそも当たりが重いです。それに大体パールフラッシュしないとほぼ当たらないので、海本来のおもしろさである、いきなりの魚群や、唐突なノーマルビタ等の爽快感はまるで無しのクソ台ですよ。泡予告? 無視ですよ。三洋の開発陣は無能ですね。その点、『沖海』は海モードにすれば、魚群にびっくり出来ますし。それに、沖縄モードの一発告知、ハイビスカスチャンスが何よりの特徴でしょう。このあたりのバランスは奇跡的ですね。ちょっと私もびっくりしています。まあ、たまたまでしょうけど」
「な、なるほど」
「まあ、ここまで褒めてきましたが、短所もあります」
「短所?」
「はい。まあ、海系全般に言えることですが、単調、なんですよね」
「ああ、確かに。ひたすらタコとかジュゴンが泳いでるの見てるだけだからなあ、海は。じゃあ、他に何かおすすめとかあるか?」
「まあ、私個人の意見を言わせて頂ければ、『サムライチャンプルー』ですかね」
「ほう、また渋いのが来たな」
「あれは久しぶりの良台ですよ。流石、私一押しのタイヨーエレックです」
「で、どんな特徴があるんだ?」
「まあ、今の時代のパチンカーは皆多かれ少なかれ『擬似連』に食傷気味ではあると思うんです」
「まあ、そうだな。京楽とかさっき言ってたSANKYOとか。あの辺のトップメーカーが特に酷いな」
「更に、小当たりに潜伏確変。イライラします」
「『アバンギャルド』の小当たりは逆に笑えるもんな」
「そうですね。ですが、この『サムライチャンプルー』のミドルスペックは、擬似連、小当たり、潜伏確変が一切ありません」
「な、なんだってー!」
「擬似連を模した演出はあるのですが、それは激アツ演出になってます」
「どういうことだ?」
「この台の最大の特徴は『ちゃんぷるー演出』です」
「ちゃんぷるー演出?」
「はい。簡単に説明しますと、様々なタイミングで突然液晶右下のカセット役物が作動し、巻き戻し・早送り・突然再生のいずれかが発生します。変動開始時や、変動中、またスーパーリーチ中等など、いつ起こるか分からないドキドキ感。いつでも起こる期待感。これが堪りません。また、私は原作のDVDを全部借りて見たのですが、そちらもおすすめです」
「へえ、今度打ってみるか」
「まあ、これも褒めちぎりましたが短所もあるんですよ」
「どんな短所があるんだ?」
「はっきり言って、ステージが相当なクソっぷりです。終わってます。これほどクソなステージは見たことありません。あとは、スペック面ですね。若干辛めなんですよ。それでも、それを補って余りある面白さを持っているので、単純におすすめはします」
「そうか。他には無いのか?」
「そうですね。正直、初心者向けではないのですが、現在のパチンコを語る上で人気機種である『エヴァンゲリオン』は外せませんね」
「ああ、エヴァか」
「かなり難しい話になりますので、要注意。エヴァの最新機種である『新世紀エヴァンゲリオン〜使徒、再び〜』ですが、まず、ヘソ入賞と電チュウ入賞でラウンドの振り分け率が違います。ヘソ入賞ですと2R確変、所謂突確が当たりの約30%を占めます。しかし、電チュウ入賞だと、それが約3%になります。つまり、確変中は、ほぼ出玉ありの15Rの当たりになるということです。当たりは重いですが、爆連するというのがエヴァの特徴です。四代目になりますが、その遺伝子をしっかりと受け継いでいると思います。また、今まで通りのステップアップ予告や、タイトル予告、次回予告、使徒予告などは健在で、新たにモノリス予告や一発告知のインパクトフラッシュなどが追加されました。また、全回転を四種類搭載など、多彩なプレミアも特徴です」
「めちゃくちゃ面白そうなのに、なんで初心者向けじゃないんだ?」
「エヴァという機種は、知っているほど面白いんです」
「どういうことだ?」
「エヴァの一番の面白さは豊富な当確演出にあります。非常に地味なものから、派手なものまで、とにかく多いです。分かりにくい強予告からのシンクロとか。確変中の確変確定の要素なんてそれこそ地味です。戻りとか。それを知らずに打つのは、非常に損だと思います。更に、これは初代からの特徴ですが、まあ、それを、エヴァだからしょうがないと言う人もいるのですが……」
「なんだ?」
「ものすごく暇、なんです。通常時が」
「ああ……眠くなるよな……」
「はい。一応、新たに搭載された突発当たりというサプライズがあるにはあるんですが。基本的に『これからよ』とか『準備して』とか『何も無いよりはマシだ』とか鬱陶しいことばかり言ってきます。そして、嵌ります。これはパチンコ中毒者かドMにしか耐えられないと思います。まあ、後、ゲージが結構辛めなのもありますが、それは置いておきましょう」
「なるほどなぁ」
「まあ、初心者一人で行く場合は、この辺りの機種を攻めるのが無難でしょうね。最近の台は、知らないと損をしてしまいますから。ニューギンとか特に」
「小当たり、潜伏確変か……」
「はい。普段打っている人ならば、それが小当たりか潜伏確変かなんてランプ見ればすぐに分かるものなんですが、素人は絶対に知らないですからね。そんなこと。特に、店のデータ機が小当たりまでカウントする店ならば尚更です。初心者は当たったと思うでしょう。正直詐欺ですよ。特にニューギン」
「まあ、確かになぁ」
「あと、最近のフルスペック機ですね。これは情報を持っていないと打ってはダメです」
「ああ、慶次とかか?」
「はい。正直よく分からないのですが、最近の約400分の1の確率の台をフルスペック機と言います。大体はバトルタイプというものになっています。継続率80%という、如何にも爆連しますよーという台です。しかし、これはもの凄い詐欺スペックだったりします。この残りの20%の部分が重要です。先ほど恭介さんの言った『花の慶次』を例に言いますと、この台の場合、残りの20%は2R通常というものになっています。2R通常とは、通称「突通」と呼ばれるもので、突然通常を意味します。通常時にこれを引いてしまうと、出玉どころか時短もつかないので、アタッカーがパカパカして終了になってしまいます。2R通常は本確率に当選した証しなので、思いっきり当りを損したことになるのです。詐欺ですね。ただし、電サポ中に引いた場合、つまり確変中と時短中に引いた場合は時短はつくので、その辺りはマシですが……。また、確変80%の内の10%も2R確変ですからね。実質の出玉有りの大当たり確率は500分の1らしいですよ。ものすごい詐欺ですね。それに2Rが通常か確変か。これを見分けるにはセグを知らないとダメです。まあ、これは携帯サイトなんかで確認すればいいのですが、それさえも知らない人が打つと酷い目に会うと思いますので、くれぐれも注意が必要です。少々熱くなってしまいました」
「あ、ああ。お前が慶次に相当やられていることは分かった……」
「まあ、そういうわけで、初心者は素直に海でも打ってろ、というのが結論です」
「わかった。よし、お前らは海を打て、って理樹以外いねー!」
 二人のパチンコ談義はようやく終わりを迎えたらしい。頑張って話を聞いていた僕でも理解が出来なかった。他のメンバーはそもそも聞く気さえ無かった。更に打つ気さえ無かった。出来れば寝たかった。ていうか、寝る。帰る。バイバーイ。という感じで、僕以外帰っていった。来ヶ谷さんは結局目を覚ますことは無かった。まあ、あの人はあれでいいでしょう。あ、クドもわふーって言ってたよ!
「しょうがない、そろそろ開店時間だ。死んでいった者達のために俺たちが頑張るぞ!」
「あ、ちなみに私はピンで打つんで巻き込まないでくださいね」
「……二人で頑張るぞ、理樹!」
「えー」
 そして、店員の「オープンしましたー」という声と同時に扉が開いた。西園さんが見たことも無い速さで動いていた。恭介は思いっきりずっこけていた。不憫で仕方が無かった。その二人の一連の動きを見て、僕も決心がついた。
 部屋で寝よう。








 その日、パチンコ屋で泣きながら現金投資を続ける男の姿があったそうな。


[No.530] 2008/08/30(Sat) 05:41:46
ログと次回と感想会後半戦のご案内なのよ (No.509への返信 / 3階層) - 主催

 感想会後半戦は21時より開始いたします。8作ぐらい残ってるからみんな早めに集まってくれると主催に優しいよ。
    ↑
 無事終了いたしました!


 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little16-1.txt
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little16-2.txt


 MVP「居眠り少年は空の隙間に極彩色の夢を見る」の作者はえりくらさんでした。おめでとうございますっ。
 次回のお題は「純情」
 9/12金曜24:00締切 翌9/13土曜22:00感想会
 皆様是非ぜひご参加くださいませ。


[No.536] 2008/08/31(Sun) 01:53:24
そのボールをど真ん中ストレートで投げ込む (No.506への返信 / 1階層) - ひみつ@5064 byte EXネタだけどシナリオのバレは無し

 屋上というのはその場所柄か、人を解放的な気分にさせると思う。
 なので、とりあえずパンツ一丁になってから叫んでみた。
「小毬さーん、好きだぁああぁあああぁぁああぁぁぁあっ!!」
 途端に下界がガヤガヤと騒がしくなる。その騒がしさを掻き消すように、届く声がある。
「わっ、私も好きだよーっ」
 喧騒は、拍手と祝福の声へ変わっていった。










「という夢を見たんだ」
「ほわあっ」
 今日も今日とて屋上で小毬さんと過ごす昼休み。何とはなしに昨晩見たかもしれない夢の話をすると、小毬さんは実に直球な反応を見せてくれた。顔を赤くしてオロオロしているのがたいへん微笑ましくてよろしい。
 僕は屋上の場所柄のせいで解放的な気分になりたかったので、まあとりあえず上着のボタンを外して脱ぎ捨てた。うん、なんか解放的になってきた気がする。ノリでシャツもボタンを引き千切るくらいの勢いでご開帳だ。本当に千切れた。
「ほわあっ」
 小毬さんが例の、両手で顔を覆いつつも開けた指の間からしっかりと見ているといういかにも西園さんがやりそうなポーズを取る。どうだい小毬さん、普段から女装とかさせられて実はそんなにやぶさかでもない僕だけど、けっこうたくましい体つきだとは思わない?
「まあそんなわけだから夢を再現してみようと思うんだ」
 ベルトに手をかける。
「ほわあっ」
 さっきからそれしか言ってないけどそこがたまらなく魅力的だよ小毬さん。
「小毬さん、とりあえず教室に戻っててくれるかな」
「う、うん……おっけーいですよ〜……」
 ああっ、魅力が半減だっ。
 なんだかそわそわしながら屋上を後にする小毬さん。そしてズボンを下ろすぅあっ! よし、これで夢を再現するための条件はクリアされた。後は叫ぶだけだ。テンションがアゲアゲになってきたのでとりあえず踊る。踊り狂う。イィーヤッホォォオォウ!! ついでに叫ぶ。
「朱鷺戸さーん、好きだぁああぁあああぁぁああぁぁぁあっ!!」
「あるぇええぇぇぇー?」
 下界から小毬さんのものらしき声が聞こえてきたけど、まあ僕がゾッコンラブなのは朱鷺戸さんなのだからしょうがない。そりゃまあ小毬さんだって美味しく頂けるものなら頂いてしまいたいけど、やっぱり二股はよくないと思うんだ。
「きょげえええええっ!!」
 謎の奇声とピンク色。気付けば僕は飛び蹴りか何かで蹴り飛ばされていた。空を飛ぶって気持ちいいね。そして、ずっしゃあああああと多分無駄に派手に着地する僕。滑り転がっているとも言う。フェンスにぶつかったところでようやく止まった。
「いたた。いきなり酷いなぁ。いったいどこから湧き出てきたのさ、朱鷺戸さん」
「湧き出たって何よ、あたしは天然水か何か!? それともなに、あたしのこと遠回しに天然ボケだとでも言いたいわけ!? ええそうよ、どうせ天然ボケよ、発表直後から公式サイトで天然ボケスナイパーとか言われて天然ボケをスナイプするのか天然ボケなスナイパーなのかっていう議論が巻き起こった挙句に店頭デモでボケまくりの完全無敵少女と名付けられてあっさり決着が着いたってくらい天然ボケよっ! もう運命なのよ、宿命なのよっ、そんぐらい天然ボケなのよっ、なによ、笑えば!? 笑えばいいじゃないっ! 天然ボケな沙耶かわいいよ沙耶あーっはっはっは! って笑いなさいよっ!!」
「天然ボケな沙耶かわいいよ沙耶あーっはっはっは!」
「うんが―――――っっ!!」
 また蹴られた。ピンク。フリルとかは付いていないようだ。
 朱鷺戸さんは真っ赤な顔で肩を上下させ、しまいにはハァハァと息を荒げている。なんだろう、萌えているのだろうか。とりあえず落ち着いてもらったほうがいいようだ。
「どうどうどう。ほら、トランクスも脱ぐから落ち着いてよ」
「落ち着けるかぁぁあああぁああぁぁぁっ!!」
 蹴り上げられた。不幸にも、僕の大事なボールとバットに直撃する。
「ぐがどぼっ!?」
「ああっ、だ、大丈夫理樹くん!?」
 股間を押さえてのた打ち回る僕に、朱鷺戸さんはああやってしまったと言わんばかりに心配そうな声をかけてくれる。照れ隠しですね、わかります。いやでもこれ、正直洒落にならないんだけど。うん。
「ふ、ふふふ……これはもう、バットを捨ててグローブを取るしかないかな……攻守交代の時間だよ……」
「いやあっ! しっかりして理樹くんっ! 攻めのままの理樹くんでいてよぉっ」
 朱鷺戸さんはもう涙目だ。なんというか、そそる。でも僕は、受けもけっこういいんじゃないかなーって思うんだ。いや、もちろん相手は女の子限定だけど。なんというか恭介とか真人とか謙吾とかがかなりキモい感じになりそうだったので、やっぱり僕はバットを取ることにした。バットのままでもキモいのは変わりないとか言っちゃダメだと思うよ。
「……泣かないで、朱鷺戸さん」
 指先で、その涙を拭ってやる。吐き気がするほどのキザっぷりだけど、朱鷺戸さんは天然な上に耐性がないからポッとか効果音出しながら顔を赤くしてくれるんじゃないかな。
 ポッ。本当に赤くなった。
「り、りきくん……」
「大丈夫だよ。ちょっとひん曲がっちゃっただけだから」
「ほ、ほんとに? ほんとに大丈夫なの?」
「うん。そんなに心配なら見てみる?」
「キーーーック!!」
 折れた。
 僕のバットがかっ飛ばす白球が朱鷺戸さんのグローブに収まることは、もう永遠になくなってしまった。
 世界が暗転する。










「きょーすけが帰ってきたぞーっ!」
 遠くから声がして僕は呼び覚まされる。
 それが指し示す意味も眠気で判然としない。
「ついにこの時がきたか……」
 が……続いて聞こえてきた喜びに打ち震える声で目が覚める。
 ふんと鼻息が聞こえて、それは床に飛び降りていた。
「真人……こんな時間にどこ行くのさ……」
 恐る恐る訊いてみる。
「……戦いさ」
「……は? こんな夜に? どこで?」
「ここ」
 親指で床を指す。
 不敵な笑みを残し、勢いよくドアを開け放つと部屋を飛び出していった。
 追おうにも、僕のバットはいつになく金属バットな感じだったので部屋の外に出るのは憚られた。あとなんか、白球が、こう。うん。


[No.539] 2008/08/31(Sun) 11:31:29
解説&あとがき (No.518への返信 / 2階層) - ひみつ@orz

 『それは白く柔らかくボールのようで』作者のぶりかまです。作品を読んでいただきありがとうございました。
 感想会にて分かりにくいというご指摘をたくさんいただきましたので、この場をお借りして解説をさせていただきます。



 まず、謎の記号群についてですが、大谷さんがフラ感で推理されたように、ループのたびに現れ、虚構世界でのプレイヤーの状態を◇や◆、■という四角形で表しています。
 基本的に5つの四角で構成され、左から順に小毬、クド、葉留佳、美魚、唯湖を表しています。
 ◇は虚構世界で意思を持って動いている、つまりプレイヤーの状態。
 ◆は願いが叶えられたあと退場し、虚構世界では意思を持たずに動いている(動かされている)NPCの状態。
 小毬が■になっているのは、願いが叶えられた後も虚構世界に残り、意思を持ちながらもNPCとして振舞っているためです。
 ○は誰かの状態を表しているのではなく、ゲーム内で場面転換に現れる○を表しています。
 (ここで致命的な失敗をしています。○はゲーム内では日付が切り替わる際にのみ現れるもので、それ以外の場面転換では現れないのを失念していました。また、○を◇と同じように5つ並べてしまったために混乱を招いてしまいました。申し訳ありません)

 本編を分解すると、以下のようになります。

 虚構世界1回目(全員プレイヤー): 姉御の着替え→○○○○○お風呂1(みかんの種を埋めてみよう)
   ↓
 鈴END1回目(数回のバッドENDも経験)
   ↓
 ◇◇◇◇◇
 虚構世界6回目くらい(全員プレイヤー): クドのお誘い(クドのルームメイト:佳奈多)
   ↓
 BADエンド
   ↓
 ◇◇◇◇◇
 虚構世界10回目くらい(全員プレイヤー):お風呂2(かぽーん)
   ↓
 小毬エンド、美魚エンド(美魚離脱、小毬潜伏)
   ↓
 ■◇◇◆◇
 虚構世界18回目くらい(クド、葉留佳、唯湖):お風呂3(ちゃぷちゃぷ・クドのルームメイト:葉留佳)
   ↓
 クドエンド(クド離脱)
   ↓
 ■◆◇◆◇
 虚構世界22回目くらい(葉留佳、唯湖):お風呂上がり(のぼせた)
   ↓
 唯湖エンド(唯湖離脱)
   ↓
 ■◆◇◆◆
 虚構世界25回目くらい(葉留佳のみ、唯湖エンド直後):お風呂1’(みかんの種を埋めてみよう)→○○○○○お風呂上がり’(のぼせた)

 となります。



 毎回意味が分からないとダメだしされる進歩のない作者でごめんなさいorz
 今回は大丈夫!と思っていたのに、致命的なミスを犯していましたし。
 なお、タイトルについては「おっぱい」と見せかけて実はオープニングの光の玉という……「ウルーさんのコメント頂きっ!」とかじゃないですよホントに(馬鹿はあからさまに挙動不審になった
 あと、おっぱいは「胸」とか「おっぱい」という単語を使わないでどこまでやれるかチャレンジしてみました。
 この作品の解説&作者コメントは以上です。長々と申し訳ありませんでした。解説が本編にせまる長さになるってのはどうなんだいったい。
 読んでくださった皆様、そして票を入れてくださった皆様、ありがとうございました。



















 以下は蛇足になります。

 お風呂上り’で葉留佳がありえないと驚いているのは、NPCとなったはずの唯湖から、テンプレートにない台詞(私は楽しかったよ)を聞いた事によるものです。
 でもその直後、感極まって告白(?)しかけた葉留佳が見たのは、テンプレートどおりの反応を返す唯湖でした。
 だから、葉留佳の言葉の行き先はもうどこにもない(この時点ではですが)ことになります。

 なぜNPCになった唯湖がテンプレにないはずの台詞を言ったかについては秘密ということで(好き勝手な考察がかなり入っていますので)

 あと、はじめの原稿では◇が6つになっている所が1箇所ありましたが、EXネタバレになるかなと思い削除しました。


[No.540] 2008/08/31(Sun) 12:04:34
生き抜いたその先に 加筆修正 (No.517への返信 / 2階層) - ひみつ@7580byte EXネタバレ有 初

生き抜いたその先に


そこはただひたすらに冷たい世界だった。
あたしの躯には容赦なく大粒の質量を持った水滴が叩きつけられる。
手足には泥が、体からは血が。
耳に響くのは心臓の音。
それは聞こえるはずの雨音さえわからないほどの大きな音。
目の前は真っ黒、暗くて冷たい闇が広がっている。
それが森の木陰が作り出す闇なのか、夜の作る闇なのか、はたまた意識がとうのいていく時に見る闇なのか。
おそらく全部だ。
闇が氷のようにあたしを取り巻いていた。
今までいた、あの暖かい世界が嘘のようだ。

ああ、あたしはこんなところで何をしているんだろう。

戻らなきゃ

あの世界に

そこまで考えてあたしはかぶりを振った。
何を弱気になっているんだろう。
あたしは彼に別れを告げたばかりなんだ。
彼は最後まで強く在ってくれた。
あたしもそれに答えなきゃ。

その時、あたしの意識は覚醒し始める。
さっきまでの泥の中で混濁していた、弱いだけの、逃げいていたあたしはもういない。
あたしも彼に生きる勇気を、強さを貰った。

ここで生きなきゃ全部がなかったことになる。

今はこのサバイバルゲームを生き抜くことを考えなきゃ。
勝たなきゃ全てが終わってしまう。

―――ゲームスタート

繰り返される世界で幾度も紡がれた言葉。
今はその経験があたしを奮い立たせる。
何度も殺されたんだ。
その死を回避する方法については……熟知している。
それはあまりいいことではないかもしれない。
でもただ辛いだけだなんて、そんなものは嫌だ。
あの幸せな時間を手に入れるためなら、苦しい記憶だってなんだって、あたしは糧にして生き抜いてみせる。

まずはあたし自身の意識に喝を入れなければ。

それを合図にあたしは体に力を入れた。
不思議と目の前の闇が晴れた。
それだけであたしの心も晴れてくる。
それでも空から降り注ぐ雨は牢獄のようにあたしの視界を支配している。
それに晴れたといっても、闇夜とうっそうとした森の木陰は消えはしない。
耳元には雨音の煩わしい音が届く。
心臓の音も依然として大きいが、まだマシになった。

まず動かないと。

幸い冷たい雨水のおかげで感覚は麻痺している。
これなら無理やりにでも動けそうだ。
それでも動きが鈍いのがわかる。
まるで体が金属にでもなってしまったかのようだった。
このまま水に晒されたら錆びてしまう。
そして動けなくなってしまう。
あたしの場合は腐ってしまうのだろう。
実質、泥にまみれたあたしの腕は茶色にまみれ、赤錆びを連想せた。
でも、それだけだ。
所詮は泥、動けないほどのものではない。


生きるんだ。
生きて彼に逢おう。
愛しい彼に、不器用だけど頑固で、それでいて優しくておっせっかいな彼に。

次は冷静になろう。

あたしは考えを巡らせる。
まず状況を。
どこに行けば自分は救われるのか。
生き残れるか。
これほど大規模な土砂崩れだ。
父さん達の誰かが救助を要請してくれている筈。
そうでなくても異変を感じたふもとの人たちが様子を見に来ているかもしれない。
だったら少しでも助かる可能性が上がるように目立つ国道まで這って行んだ。
森の中で倒れているよりも道端で倒れている方が発見されやすいはずだ。

救助隊の車もそこに止まっていると信じる。

そして今いる場所を。
記憶に間違いがなければ、あたしと父が働いていた仕事場の地盤が崩れて下に落ちたのだろう。
人の手による人工物を建設しようとしているのだから人里に近いふもとから少し離れたところにあった。
ならば更にふもとに近くなっているはずだ。
さらに周りにはうっそうとした森が茂っている。
森の中でふもとに近いとなれば、人の手が加わっていてもおかしくはない。
おそらくどこかにけもの道のような、通りやすい道があるだろう。
そこを通れば、開けた道に出られるはずだ。
重い首を持ち上げてあたりを見回す。
流石に頭は脳に近いので痛覚がひどいが、この際そんなことは言っていられない。
しかし、どこも似たような木の並びばかりでわからない。
やはり素人には森の道の見つけ方などわからなかかった。
そのことが自分にさらなる焦燥感を抱かせる。
頭は既に焦りでパンク寸前だ。

そんなときに視界の端に動物を……、兎を見つけた。
その兎は一瞬私のほうに顔を向けたかと思うと、木々の中に消えていった。
私はそこをよく目を凝らしてみる。

そこには闇にまぎれてわからなかった、大人ひとりが裕に立って通れそうな道があった。


そこに向けて、最初の一歩を踏み出すかのように手を伸ばす。
しかし、ぬかるんだ地面には手ごたえを感じない。
相変わらず体は重くて、なかなか進まない。
それでもあきらめるわけにはいかない。
だから一歩一歩―――正確には手であるが―――踏みしめていく。
だが、進まない。
いくら足掻いても進まない。
そこであたしは振り向いた。
なるほど、どうりで進まないはずだ。
そこには土塊が在ったあったのだから。
感覚を失った手足では何もわからなかったのだろう。
またしてもあたしは阻まれるのか。

それでも、こんなことで諦めたりするものか。
困難を脱するための勇気も彼にもらった。
再び手を伸ばす。
手が泥を掴む。
空を掴むようなものだ。
体勢を整えるために腕の突っ張りを崩した時に目に入った木々の枝はゆがんでいて、まるであたしを嘲笑っているかのようだった。
「お前には無理だ」
そういわんばかりに。
闇の執行部長の皮肉めいた言葉のように。

「舐めたこと、ほざくんじゃないわよ……。」
か細くだが、言葉が捻り出せた。
それは否定しないといけない言葉。
現実世界でまでそれを認めてしまったらいけない言葉。

執行部長の言葉とアンタの言葉は違う。
少なくともアンタの言葉には根拠がない。
夢の中のゲームマスターであった執行部長にはおそらく、夢の中である限り勝てないだろう。

でも、今は違う。

ここは現実なんだ。
何が起こるかわからない現実なんだ。
今度は渾身の力を込める。

……グチャ……

鈍い音と共に体が前進する。
わずかながら土砂が崩れたようだ。
おそらくこの雨で液状化していたのだろう。
一度崩れた牢獄から脱出するのは容易い。

ズズズ……

そのままの勢いで土塊から這い出した。



雨が止み始めた。
それでも空は曇天だ。
もうどれほどの距離を這っているのかすら覚えていない。
ただ、わかるのは森の泥で液状化したやわらかい地面から、人の手の加わったアスファルト硬い地面に変わったことぐらいだ。
目の前に黒い白線が伸びていく。
どうやら眼もおかしくなってきたようだ。
白いはずのものが黒く見える。
雨は止んでいたので雨音も聞こえないが、私の心音も遠のいっていった
意識が薄れ始める。
彼の手の温かさを、あの世界の暖かさを胸に抱き、あたしは最後の力を振り絞り、手を伸ばす。
掴み取るように、誰かの手を。
あたしの求めていた手ではなかったが、その手は誰かに繋がった。
近くに来ていた救助隊員にすら気づけなかったらしい。

ただただあたしは、人の手のぬくもりに包まれて意識を落とすだけだった。


夢を見た。
あの世界の夢を。
ただ、彼と出会った世界の夢とは違うもの。
それは特殊なものではなくて、少女が幼い頃に思い描くような幸せな儚い夢。
あたし自身の……あたしだけの幸せな夢。


夢から覚めると白い天井が見えた。
手足にも白い帯が見える。
体は相変わらず重く、動かなかった。
清潔感あふれる質素な天井、悪く言えば飾り気のない天井。
部屋には無機質な時計の時を刻む音が鳴り響く。
その無情なまでに生気を感じさせないどこまでも深く吸い込まれそうな白のせいか、あたしは一瞬死後の世界を連想した。
だが、杞憂だったようだ。
手狭な個室だったが大きな窓がついていて、その窓からは綺麗な海が見える。
見下げれば人が歩いているのだって見える。
大小の影が睦ましく歩く姿。
幸せそうに寄り添う姿。
そんな平和な世界が、死後の世界だとは思いたくはない。


病室に夕闇の赤い光が差し込んでいる。
その光が白かった病室を朱に染め上げていく。
暖かい光だった。
赤く燃える紅蓮の炎のように。
もしくは静かに燃える蒼い炎のように。
色々な炎があったが、皆優しく私を温めてくれた。
それは先ほどまで見ていた夢のような暖かさが残っていたようだった。

それは彼との甘い蜜月の時。
夢の中での彼はあたしを撫でてくれた。
料理のことを褒めてくれたりもした。
たとえ夢のなかであったとしても、幻であったとしても、確かにあたしは彼を愛した。
彼もあたしを愛してくれた。
そのことがあたしを支えてくれてここまで来た。
結果、あたしは生き延びた。

―――でもこのままじゃいけないのかもしれない。
こうやってずっと夢に浸っていてはだめなのかもしれない。
それはあの世界に決別したあたしの……決意と反している。
このままじゃ…ずっと楽しいだけの世界を見続けるだけではいけないんだ。
厳しい現実で生きていかなきゃいけない。
あたしが苦しい経験を糧にして生き抜いたたように。
そうして新しい何かを手にするために。

それはあの世界の人々が理樹君ともう一人の少女に教えようとしていたことでもある。

「ここであたしが立ち止まってちゃ、パートナーの理樹君に示しがつなかいじゃない」

静寂が支配していた世界にポツリと言葉を落としてみる。
それは波紋となって広がっていき、あたしに力を与えてくれる。
言い聞かせるように、これからの現実という道のりを歩くために。
今度は這うわけじゃないから、それほど苦しいわけではないだろう。

そしてあたしは彼の通っていた学校に行こう。

そのことを考えると胸がときめくのを感じた。
不思議と気分が晴れてきた。
これからの目標が持てた気がした。
そのことを考えれば、あたしはいくらでも頑張れるんだろう。
それは夢じゃない、でも事実でもない。
これから実現させていくのだ。
幸い学校は寮制を取っているので通う家には困らないだろう。
父は医者であったので学校に通うお金を憂慮することもない。
そこまで考えたところでふと気づく。
「流石にまた銃ってのもダメだよね…。」
そもそも日本ような法治国家で拳銃など持っていては即座に捕まってしまう。
「そうよそうよ。どうせあたしは漫画の中のキャラをトレースして拳銃持って学園うろつくような不審者よ。
サーカスのピエロもびっくりなエンターテイナーよ。漫画のキャラになりたいなんて痛々しい?笑いたければ笑えばいいわ。アーハッハッハ。」
静寂が支配していた世界に無粋な言葉がはじける。

「はは……あはは……。聞いてくれると人がいないっていうのは寂しいなぁ。」

以前のような自嘲気味た感が含まれている笑いだった。

「やっぱりあたしには理樹君がいないとなぁ。」
本人がいたらまず言えない台詞。
もっと早く言っていれば、彼との時間を増やせた言葉。
「それでも、理樹君に会うには最低でも高校まで待たなきゃいけないのかぁ。」
少し落胆したように呟く。
それでも彼に会えるならいくらでも我慢できるだろう。
夢の中での繰り返しだってあたしは耐えたんだから。
そもそも耐えられたのは、彼がいたからなんだから。

そして、やることもないので窓から見える風景を眺める。
夕焼けが水平線に沈んでいくのが見える。
海に反射した赤い光がキラキラと輝いていてとても綺麗だ。
眩しくて少し視線を下げてみると公園があるのが見えてきた。
四方を森に囲まれた、公園にしては珍しく遊具が少ない開けた土地だ。
障害物が少ないからこそスポーツがしやすいのかもしれない。
幼い頃のあたしが遊んでいたりきくんと同じ遊びがそこにあった。
とても懐かしくて瞳が潤む。
でもあたしは涙を堪えた。
この涙は…次に理樹君を目にしたときまで置いておこうと思ったからだ。

同年代の4人の男の子と1人の女の子がサッカーで遊んでいる。
銀髪の男の子とバンダナの男の子が二つの柵の間を陣取っている。
柵というのはそれこそ簡素な、花壇を守るための柵だろう。
長年放置されてきたのだろうか。
柵が壊れてスペースが空いている。
学校の整備されたグラウンドならいざしらず、公園にきちんとしたゴールは用意できなかったのだろう。
しかし柵の間隔が広いので、ゴールキーパーが二人のようだ。
それを3人の男女が華麗にパス回しをして攪乱していた。
よく見ると3人の位置は変わっていない。
どうやらハンデ付きの2:3のPKのようだ。

こんな変則的なルールでサッカーをするなんてまるでどこかの疑似野球チームのよう……

「って……えええええええええええ!?」

見間違えるはずがない。
それにそれほど容姿が変わっているようでもない。
そもそも愛した彼を見間違えるほどあたしの眼は節穴でもない。
まさかこれほど近くにいようものとは……。

少なくともこれであたしが次にやることは決めた。
「弾は弾でもサッカーボールよ。」
そんな我ながらバカのことをのたまいつつ、あたしは視界が霞んでいるのに気づく。
頬に一条の水滴が落ちるのを感じる。

―――それは怪我のせいで今すぐ彼と話せない悲しみからくるものなのか。
もしくは彼を現実世界で見つけることができた嬉しさからなのか。

それを問うのは無粋というものだろう。

なにはともあれ

「待ってなさいよ、理樹君。
―――必ず、会いにいってあげるんだからね。」







そして白昼の日差しの下。

グラウンドで野球にいそしむ金髪を二つの髪留めで止めた少女が一人。




〜fin〜




蛇足的なもの。



「先生、どう思いますか?私はやはり怪我のショックからくる一時的なものだと思うのですが。」
「うーん。現状ではなんとも言えませんね.それより医者でありお父さんなあなたなら、前にもこんな兆候があったかわかりませんか?」
病室のドアの前で硬直する男性が二人。
その間長々と自虐独り言が廊下に鳴り響いていた。

「アーハッハッハ」
病室から笑い声が響きわたる.
「「うわっ」」
ビクリと震える情けない大人が二人.

「残念ですが.」
「末期なんでしょうかね。」
そして病室には痛い子扱いされちゃった女の子が一人。


「って……ええええええええええええええええええ!?」
ヤバイ、聞かれた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

本作品は第16回草SS大会に出品させていただいた作品を加筆修正したものです。
感想会でさまざまな方にご指摘を頂いたので、こうなった次第でございます。
初SSだったのでピリオドやコンマがいけないことについて気付けなくて本当にすみませんでした><
ただでさえ駄文なのにさらにお見苦しくしてしまい申し訳がない;;

以下、大会のチャットや掲示板に張られた感想などに対する私の答え的なもの。


まず、コンマとピリオドについては全て読点に変えました。
後でググってみて、はてなダイアリーで知って深く反省しました。
誠申し訳ない。

そして土砂で半身が埋もれている描写はやはり入れないとわかりいくいということも、読み直して実感しましたので修正しました。

117さんからご指摘いただいた一人称のことやあや視点の情景も私なりに……。

流星さん、ただ私が青が好きなだけです。協調性なくて本当にサーセンorz

大谷さんにご指摘いただいた内容の配分の仕方についても、私なりに考慮させていただきました。
ただ私としては救助隊全然来なかったり飢えさせたりしたら、ただでさえ傷ついていて、雨に当てられて衰弱している沙耶が生き残れるかどうかを考慮した次第です。
変なとこにリアリティ求めててすみません;;
ただ、やはりEXの絵を見る限りではあたりには道らしきものがまったく見えなかったので、途中で誰かに救われる方がつじつまが合うかなと思った次第です。
途中で意識を途切れさせることで満身創痍感を表したかったのですが、容量的に小さくなってしまったので本当に失敗したと想うことを禁じえない。

個人的に大谷さんの辛口な意見がとても助かりました。


後、「あの幸せな時間を手に入れるためなら、苦しい記憶だってなんだって、私は糧にして生き抜いてみせる。」は沙耶なりのやせがまんなどを表したかったのですが、やはり記述が少なすぎました、
本当にすみません。

ただ私のなかでの沙耶は本当は弱い子です。

強がりとかやせがまんばっかり言ってます。


ここまで読んでくれた方、読んでくれなかった方、本当にありがとうございます。


[No.544] 2008/09/01(Mon) 20:45:54
Re: 生き抜いたその先に 加筆修正 (No.544への返信 / 3階層) - ひみつ

えーと、感想会のときの過去ログよく見たらやはり発言したつもりがチャットに反映されていなかったようなのでいまさらながら作者名乗りでます。

tutuken223でした。

途中からチャット固まってたんで変だとはにらんでましたが(ぉぃ
orz


[No.551] 2008/09/11(Thu) 23:49:55
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


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