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No.621に関するツリー

   第19回リトバス草SS大会 - 主催 - 2008/10/15(Wed) 00:20:21 [No.621]
場所を変えてみたら - ひみつ@大遅刻の6575 byteorz ネタバレはありません - 2008/10/19(Sun) 22:53:04 [No.651]
over - ひみつ@4844 byte EXネタバレ パロディ注意 - 2008/10/19(Sun) 13:32:31 [No.650]
犯人はだれだ!? - ひみつ@EXネタはない@9,332 byte /超遅刻すみません - 2008/10/18(Sat) 16:23:16 [No.646]
変心の実 - ち゛こ゛く@≒2331bite EXネタバレ有り - 2008/10/18(Sat) 00:57:20 [No.641]
真説・本能寺 - ひみつ@EXネタ有 時間&容量オーバー 30419 byte - 2008/10/18(Sat) 00:11:35 [No.639]
「また」リコール隠し - ひみつ@6.824kb バレなし - 2008/10/18(Sat) 00:07:21 [No.638]
[削除] - - 2008/10/18(Sat) 00:03:23 [No.637]
仲間外れでも許せる理由 - ひみつ? 9207 byte - 2008/10/17(Fri) 22:45:54 [No.636]
変わるモノ - ひみつ@22437 byte EX微バレ 容量オーバー - 2008/10/17(Fri) 22:28:04 [No.634]
0:10えむぶいぴーらいん - しゅさい - 2008/10/17(Fri) 22:13:00 [No.633]
[削除] - - 2008/10/17(Fri) 20:52:28 [No.632]
焼菓子騒動 - ひみつ@13993 byte EXネタバレ0.1%くらい - 2008/10/17(Fri) 20:47:33 [No.631]
笑顔で - ひみつ@8673 byte EXバレなし - 2008/10/17(Fri) 04:59:11 [No.630]
わたしはあなたのゆめをみる - ひみつ@8940 byte 十七禁 - 2008/10/16(Thu) 21:16:14 [No.629]
繰り返しの中の小さな矛盾。 - ひみつ@6486 byte - 2008/10/16(Thu) 18:44:20 [No.628]
かわらないきみ と かわらないぼく - ひみつ@ネタバレなし 5382 byte - 2008/10/16(Thu) 12:10:36 [No.627]
視線の先には - ひみつ@15451 byte微かにEXネタバレ - 2008/10/15(Wed) 23:47:20 [No.626]
狂った天秤 - ひみつ@9504byte - 2008/10/15(Wed) 18:31:19 [No.625]
We don't forget our journ... - ひみつ 15332byte EXバレなしー - 2008/10/15(Wed) 13:45:10 [No.624]
ずっといっしょに - ひみつ@6817byte EXバレなしー - 2008/10/15(Wed) 03:18:29 [No.623]
感想会後半戦について - 主催 - 2008/10/19(Sun) 01:31:27 [No.647]



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第19回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催


 エクスタシーネタ解禁です!!
 ただし、未プレイの方のために名前の欄に『EXバレ』などの申告をお願いします。



 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「変」です。

 締め切りは10月17日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は10月18日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。



 エクスタシーネタ解禁です!!
 ただし、未プレイの方のために名前の欄に『EXバレ』などの申告をお願いします。


[No.621] 2008/10/15(Wed) 00:20:21
ずっといっしょに (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@6817byte EXバレなしー

 がたがたがた。ごとごとごと。
 揺れを感じて目を覚ます。
 僕は何故かおんぼろ列車に乗っていた。
「よし、出発だ!」
 いつの間にか通路のところにいた恭介が、高らかに宣言する。
 恭介を囲むように立っているみんなが「おー!」と拳を突き上げる。
「なんだなんだ。地震か雷か火事かそれともおやじか!?」
 対面の席で眠っていた鈴が飛び起きて、大混乱に陥っている。
「おいおい、何暗い顔してるんだ。出発だぞ?」
「どこに?」
「目的地なんてどうでもいい。そんなことを聞くのは無粋だ」
「そうなんだ……」
 恭介の謎の理屈に、僕の疑問は一蹴されてしまう。
 恭介はこほんとわざとらしく咳をして、再び宣言する。
「よし、出発だ!」
 みんなが律儀にも「おー!」と先ほどの再現をする。
 何だか僕も無性に楽しくなってきて、席から思わず立ち上がる。
「よし、理樹。お前も調子が出てきたな。それでこそだ」
 まだ戸惑いの残る鈴の手を引いて、僕たちはみんなの輪に加わる。
「見ろよ。学校の奴らが、俺たちの門出を祝福してくれてるぜ」
「いや、見えないから」
「ああ、それもそうだな。じゃあこれでいいだろ」
 言った途端、染みの浮いた天井に裂け目が走る。
 そこを中心として、列車の壁と天井がぱっくりと左右に開いた。
 色々と突っ込みどころ満載だが、僕は何も言わない。
 開けた視界の先に、学校のみんながいた。
 みんな、笑顔で僕たちに手を振ってくれている。
 妙に気恥ずかしかったが、みんなの真似をして僕も手を振り返す。
 彼らの姿が小さくなって見えなくなるまで、ずっとずっと振っていた。
「寂しいのですー」
 クドが瞳をうるませながらぽつりとつぶやく。
「会うは別れの始めとも言う。忍耐だ、クドリャフカ君」
 言いながら、来ヶ谷さんはクドを抱きしめる。
「遠慮なく、おねーさんの胸に飛び込んでくるがいい」
「く、苦しいのですー」
 そうして、僕らを乗せた列車はどんどん進んでいく。
 どう見ても線路なんてないのに、どこからか線路が継ぎ足されていく。
 僕たちを載せた列車は、地平線の彼方まで続く草原をゆっくりと走っていく。
 そのとき、小さな影が列車と並走していることに気がつく。
「おまえたち、何でこんなところにいるんだ?」
 草原を駆ける猫たちの群れを見て、鈴が驚きの声を上げる。
「きょーすけ。この列車をとめてくれ」
「悪いが、そいつは無理だ」
「どうして」
「どうしてもだ。それより、わざわざここまで会いに来てくれたんだ。返事をしてやれ」
 渋々といった感じで、鈴は身を屈めて猫たちに声をかけ始める。
 やがて、列車は速度を上げて周囲の景色と共に猫たちの姿も流れ去っていく。
 続いて前方に見えてきたのは、地面に鎮座する巨大な岩だ。
「このままじゃ、ぶつかるよ!」
「少年よ、案ずることはない」
 来ヶ谷さんの言葉に呼応するように、岩が自然と動き出す。
 岩の置かれた場所には、地下に通じる大穴がぽっかり開いていた。
「わふー、地下の秘密基地なのですー」
「なかなか洒落てますネ」
 恭介は不敵に笑い、どうだと言わんばかりに胸を張っている。
「こんなものは序の口だ。お前らはこれからもっと驚くことになる」
「楽しみー」
 小毬さんは能天気に笑っているが、あまりいい予感はしない。
 列車は穴の中に入り、坂に敷かれたレールに沿って進んでいく。
 背後で再び岩が動いて、穴は完全に閉ざされてしまう。
 地上の光が遮断されてしまい、視界は一面真っ黒だ。
「おい、恭介。これでは何も見えんぞ……」
「こんなときこそ筋肉体操だ!」
 不満を漏らす謙吾と、何故か興奮している真人の声が闇から届く。
 ぱちんと指の鳴る音が聞こえ、闇が一瞬にして引き裂かれる。
 石と木と泥だけで造られた地底都市が、そこに姿を現した。
 壁には規則的にたいまつが取りつけられていて、それらが煌々と輝いている。
 僕も鈴も、思わず目を丸くする。
「地底都市、悪くありません……」
 西園さんが冷静にそう評する。
「お。どうやら出迎えのようだな」
 家々の扉が開いて、中から地底人と思しき存在が出てくる。
 純白で細長い体を持つ者と、黄白色のぶよぶよとした体を持つ者。
「可愛いのですー」
 クドが目を輝かせながら言う。
 僕はお世辞にもそう思えないが、列車に群がって小刻みに体を動かしている様は頑張れば歓迎の仕草と見えなくもない。
 どこかに行っていた恭介が、両手に大きな箱を携えて戻ってきた。
「恭介氏、それは何だ?」
「聞いて驚け。地底人からの贈り物だ」
「ほう。して、中身は?」
 みんなが見守る中、開かれた箱の中には大量のお菓子が入っていた。
 歓喜のあまり、小毬さんが両手を組み合わせて放心状態になっていた。
「美味しそうなのですー」
「では、遠慮なく食べさせてもらおうか」
 ケーキやドーナツなど、みんなが思い思いのお菓子に手を伸ばす。
 僕もそれに倣おうとしたとき、おかしなことに気がついた。
 鈴はお菓子の山を見ているだけで、一向に手をつけようとしないのだ。
「どうしたの?」
 気分でも悪いのかと思い、僕は思わず声をかけた。
「あのな、理樹。その、なんだ。あたしは今から変なことを言うぞ」
 既にその言い回し自体が変だったが、僕は素直に頷いておく。
「あたしたち、ここにいてもいいのか?」
「え、どういうこと?」
「あたしたち、ここにいたらいけない気がするんだ」
「どうして?」
「分からない。理樹はそんな風に感じないか?」
 鈴の言葉を咀嚼しようとしたとき、背後に気配を感じた。
「ふっふっふー。聞いちゃいましたヨ」
 振り返ると、葉留佳さんがにんまりと笑って立っている。
「葉留佳君、どうかしたのか?」
「それがですねー、姉御。理樹くんたちがここにいたくないとか言ってるんです」
 芝居がかった動作で、葉留佳さんがヨヨヨ、と泣き崩れる。
 派手に騒ぐものだから、いつの間にかみんなが集まってきていた。
「おい、どうかしたのか?」
 みんなを代表して、恭介が真剣な口調で問いかける。
「それがそのー、かくかくしかじか」
「さっぱり分からん。来ヶ谷、説明してくれ」
「ふむ。詳しいことは分からんが、少年と鈴君はここにいたくないそうだ」
 伝言ゲームのごとく、ニュアンスが微妙にねじ曲がってしまっている。
「そうなのか?」
 恭介に正面から見つめられ、僕は口ごもる。
「リキがいないと嫌なのですー」
「私もりんちゃんがいないと寂しいよー」
 みんなが口々に別れを惜しむようなことを言う。
 こんなはずじゃなかったのに、と思いながら僕は首を左右に振る。
「違う、違うよ! そんなこと思ってないって! 鈴もそうだよね?」
 鈴は目を泳がせるが、みんなの注視に耐えられなくなってか、こくこくと頷く。
「というわけだ。三枝、単なるお前の勘違いだ」
「やはは。はるちん一生の不覚なのですヨ」
「よし。誤解も解けたところで、お菓子パーティの再開だ」
 僕はドーナツを手に取り、ためらいなく齧りつく。
 甘くて美味しい。
 鈴はケーキを手にしたまま硬直していた。
 みんながそれを見ていた。
 じっとじっと見ていた。
 鈴は意を決したように、一口食べる。
 みんながどっと沸いた。
 僕と鈴は呆気に取られる。
 急に、小毬さんが僕たちの方に歩み寄ってきた。
 そうして、興奮気味に僕たちの手を握る。
「これからも、ずっといっしょだよ」
 言いながら、満面の笑みを浮かべる。
 小毬さんの瞳には、かすかに涙さえ滲んでいた。
「いっしょなのですー」
 いつの間にか来ていたクドに、背中から抱きつかれる。
「ふむ。その体勢は興味深いな」
 クドと同じ格好で鈴に抱きついて、来ヶ谷さんは鈴の胸に手を回す。
「ほう、ちっとも育ってないな。いい感触だ」
「なにするんじゃぼけー!」
 鈴が暴れ回るが、来ヶ谷さんの束縛からは逃れられていない。
「まぁまぁ姉御、鈴ちゃんも困ってま――」
「葉留佳君か。おねーさんがまとめて可愛がってあげよう」
 仲裁役の葉留佳さんまでもがあっさりと捕獲されていた。
「よし、それじゃ列車の速度を上げるぞ!」
 恭介が高らかに宣言する。
「ごーごーなのですー」
 列車の揺れが大きくなる。
 がたがたがた。ごとごとごと。
 僕たちを乗せた列車が地下の道を走っていく。
 どこまでも。


[No.623] 2008/10/15(Wed) 03:18:29
We don't forget our journey. (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ 15332byte EXバレなしー


 一瞬、目の前の光景が理解できなかった。
 修学旅行へ向かう途中、我が校のバスは一列に連なって道路を走っていた。
 その中の一台、前を走っていたバスが突然、暴力的な衝突音を響かせたと思った次の瞬間、私の視界から消えた。
 ゴムタイヤとアスファルトの摩擦が奏でる耳障りな急ブレーキの泣き声の意味が、今になって私の頭に浸透してくる。
 地面には痛々しい抵抗の跡が刻まれていた。
 無惨に引き千切られた古びたガードレールと、バスを飲み込んでいった何もない空間が徐々に私の心を恐怖で凍りつかせる代わりに私の頭に、これが現実だよ、と寒気が走るほど優しく囁きかけてくれた。
 私の身体が振動に振り回される。気付けば、自分の乗っているバスも急停車していた。
 同校の他のバス達も一様に足を停めている光景を見て、改めて事態の緊急性が脳髄に染み渡る。
 同じ車両に乗っていたクラスメイト達の混乱と興奮の悲鳴が、歓迎できない盛り上がりを産み出してくれた。
 お陰で考えていたことが霧散してしまった。
 私は洗濯機のように回転する頭を、コンセントを全て引き抜く勢いで鎮める努力を尽くし、数秒前まで抱えていた考え事の内容を必死に想起する。
 数秒前まで、私は目の前を走るバスを睨みつけていた。
 ひょっとしたら、その車両にはあの子が乗っているかもしれないと思ったから。
 今朝、学校の駐車場でクラスごとのバスに別れて乗り込むとき、あの子の姿はなかった。
 点呼をとった担任は首を傾げながら寮に電話したが、結果は空振り。
 全寮制の学校とはいえ、私もあの子も頻繁に自宅に帰っていたから。寮にいないなら自宅だろう、遅刻なら置いていくしかない、と深く追求されないのも無理はなかった。
 私も少し意外に感じたが、あの子が修学旅行を欠席するのも十分すぎる理由はあった。
 修学旅行のスケジュールはクラスごとの行動、クラス内で班に別れての班行動が大半を占める。このクラスに居場所の無いあの子にとって、それは苦痛以外の何者でもないだろう。
 ならばあの子が欠席するのも納得のいく話だった。だがバスが走り出したあと、私の頭にもう一つの可能性が浮かんできた。
 それは他のクラスのバスに紛れ込んでいる可能性。
 クドリャフカや来々谷さんの居るクラスなら、あの子の友達も多いだろう。
 その可能性に気付いたのがバスが発車したあとで良かったかもしれない。バスが出る前に気付いていたら、自分に厳しい私のことだ、またあの子の怨みを買おうと規律を振りかざして、罵詈雑言を吐き散らしていただろう。
 いつものことだ。
 いつものこと、もう何年も前から変わらない。
 変わらないし、今更変えられない。
 あの子から私に噛みつくこともあれば、私からあの子に噛みつくこともある。だから変えられないし、変わらない。
 変わる必要もない。
 その疑惑が浮かんでから、目の前を走る件のバスに透視能力を持つ超能力者のように視線を突き刺していたが、生憎私はそんな空想の世界にしか存在しない力は持ち合わせていないので代わりに頭を動かす。
 トラブルメーカーのあの子の性格を考えれば、むしろその可能性のほうが高いんじゃないかと疑念が確信に変わり始めていた頃、彼女達が乗っていると思しき疑惑の車両は崖下へ投げ出された。

 気付けば、心臓が身体を突き破りそうなまでに暴れていた。
 呼吸が荒い。苦しい。苦しいのは息だけじゃない。
 だって、未だに信じられない、信じたくない、信じられない。けど、目の前の画用紙は現実という色で鮮やかに塗り上げられていた。
 あんなところから落ちたら、中に乗っている人はどうなるの?
 私はバスの扉に体当たりをしていた。
 無駄にぶつけた肩が痛い。
 多分そのあとに鬼気迫る形相で運転席に向かって、開けて、と叫んだのだと思う。
 運転手は驚きを顔に張り付かせて、理性的判断より先に反射的に扉の開閉スイッチを押していた。
 足をもつれさせながら車外へ転げ出る。
 頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
 ああ、もう現実逃避するのは止めよう。あのバスには間違いなくクドリャフカも来々谷さんも乗ってる。一刻も早く助けに行かなければならない。
 願わくば、あの子は今日は本当に病欠か何かで家で寝込んでいて先程の私の推測、いや憶測は杞憂であって欲しいと祈った。
 全力疾走にはまったく向かない革靴でアスファルトの地面を蹴り続けながら、もつれた思考を迅速に纏める。
 運が良ければ生きている、運が悪かったときの想像は理性と感情の両人ともに受け取り拒否された。
 運に関しては私もあの子も救いようがないことは今は考えたくない。
 破れたガードレールの傍に数人の教師が集まっていた。
 携帯電話を耳にあてている者、ガードレールに手をついて崖下を見下ろしている者、徒歩で崖下までおりられる道がないかと興奮気味に訊いている者、様々だ。
 何人かの教師が私の姿を認めて、バスに戻りなさいだの、先生達に任せてだの怒鳴っていたのは今の私にとって不要な雑音でしかない。
 ガードレールの途切れている場所に辿り着き、そこから崖下を見下ろす。
 7、8メートルほど下に今、道路を占領しているものと同じデザインのバスが木々を薙ぎ倒し横倒しになっていた。
 このくらいの高さなら大丈夫、運が良ければ、と自分の心臓に言い聞かせる。
 窓硝子は割れているようだが、中の様子は窺い知れない。
 私は顔を上げ、辺りを見回すと目当ての物はすぐ見つかった。
 遠目にで気付き難いが、道路を数十メートル行ったところに下におりる石段があった。
 すぐさまそこを目指して、再び革靴を磨り減らす。
 待て二木、先生の話を聞け、といった声が後ろから追いかけてくる。
 私が普段優等生だから強行手段をとらず言葉だけで説得しようとしていたようだが、好都合だった。
 救出の為の人手を石段へと導く為、私は足を動かす。
 背の高い木々に囲まれた日当たりの悪い土を踏みしめた後は、もう誰一人として私を止めようとする人間はいなかった。
 私より足の速い男性教員達はみな私を追い越し、バスの転落場所に向けて駆けていく。
 私も足を止めない。
 と、次の瞬間、私は耳を疑った。
 いや、正確には耳が聞こえなくなったのだ。
 理解の追いつかない頭を必死に回転させてその原因を見つけようとする。
 私の鼓膜を占有する“これ”は何?
 轟音? 爆発音?
 視線を空に転じると、私の向かう方向の先で業火が踊っていた。
 理由にはすぐに思い至った。
 ああ、ガソリンに引火したのか。
 本当に運が悪い。
 胸の中が黒いもので押し潰される。
 あと10分あれば、何人かは助けられたかもしれない。
 この人手なら、15分あれば全員救出できた。
 そんな風に思いながら、地面を蹴る速さはさらに増していた。
 そのときの私の頭の中は空っぽだっただろう。
 悪い想像なんて入り込む隙間もないくらい空っぽで、真っ黒だった。
 こういうのを現実逃避と呼ぶなら、私は全力疾走で逃げてやる。まだ死んでない、まだこの目で確かめてない。






 その光景を見たとき真っ先に思い浮かんだのは奇跡という言葉だった。
 爆発の起こった場所から少し離れた、森の拓けたところで転落したバスに乗っていた生徒達が集められていた。
 その大半がどこかしら怪我を負っている、中には意識のない者もいるようだが、歓喜の涙を流しながら、全員いるな、と点呼を済ませた男性教師の様子から死者は出ていないことが窺えた。
 クドリャフカも来々谷さんも命に別状はない様子だったのをこの目で確認して、ひとつ息を吐き出す。
 99%の絶望と1%の希望、その割合は逆転した。
 私の胸を満たすのは99%の希望。しかしまだそれは100%ではない。
 先生はクラス全員の生存を確認したようだが、私はこれからこのクラスの者でない生徒を探さなければならない。
 胸の中ではまだ1%の黒い腫瘍が早鐘を打っていた。
 自分で捜し歩くこともできるし、意識のある生徒に訊くこともできるが一番手っ取り早い手段は。
 私はスカートのポケットに手を突っ込んだ。固い感触が指先に当たる。
 そしてそれを取り出し、親指でボタンを繰る。
 電話帳を開き、あの子の名前にカーソルを合わせる。
 両親が戻ってきて、三枝の家から見放されたあの子を引き取ったことで、あの子を学校に行かせてやれるようになった。
 それを契機にあの子も携帯電話を持たされた。
 その番号は私にも知らされている。もっとも、今までお互いかけたこともかけられたもなかったが。
 これでもしあの子が、最初からバスに乗ってなくて今日の事故のことも何も知らないで電話口に出たら、なんて言い訳しよう。
 その内容を考える暇も惜しくて、手の中の機械に呼び出し音を鳴らせる。
 数瞬遅れて、私の背後から間抜けなメロディーが奏でられた。
 あの子の自作の曲か何かなのだろう。
 そちらに振り向く、木の陰に隠れてて今まで気付かなかった。
 悪い予想ほど当たるものだな、と呆然とした。
 何でこの子はウチのクラスのバスに乗らなかったのだろう。
 同じクラスのはずなのに。
 一緒に産まれた私達は、今まで生きてきてずっと差別されてきた。
 そしてその終わり方さえも、こんな風に差別されるなら皮肉が利きすぎだろう。
 同じ顔をしているのに。同じ家で育ったはずなのに。同じ学校の同じクラスなのに。
 私は五体満足で立っていて、この子は満身創痍で横たわっていた。
 意識はないようだが、口元に手を近づけると空気の流れを感じた。ちゃんと呼吸はしているようだ。
 片足の本来曲がるべきではない部分が曲がっている。
 一見してわかる外傷はそれくらいだった。
 頭を強く打っていたり、内臓が破裂していたりすればまったく安心はできない。
 早く、病院に連れて行かないと。
 息が苦しかった。その原因はここまで走って来たことだけではない気がする。
 心臓の鼓動も未だ止まない。
 死ぬはずない。死なない。大丈夫。
 そう自分に言い聞かせても、黒い腫瘍が心を喰い尽していく。
 運に関しては、本当に救いようがないのだお互いに。
 痛々しく傷ついたこの子の姿を見ていると、空転した思考は責任の所在に向く。
 なんでこんなことになったんだろう?
 あのバスに乗ったからだ。
 あのバスに乗りさえしなければ。
 私がこの子を追いつめさえしなければ。
 私がこの子の居場所を奪わなければ、こんなことにはならなかった。
 口の中に苦いものが広がる。
 体の芯から震えが走った。
 その感情の色を、人は後悔と呼ぶ。

 気付くと、周囲が騒がしい。
 救急車が到着したらしかった。
 担架を広げた救急隊員達が、怪我の酷い患者から優先して乗せてください、と叫んでいる。
 意識のある生徒達は我先にと、気絶している友人を運んでもらおうと声を張り上げていた。
 私はその人達に、負けてはいけないような気がした。
 一生に一度くらい、自分の好きなものを好きと言っていい日があると思う。


 救急車に乗るというのは生まれて初めての体験だった。
 耳に痛いサイレンの、その音源と同乗しているというのは耐え難い苦痛だった。聴覚的に。
 椅子が電車と同じ横向きというのも気分が悪い。ちょっと酔った。
 向かいに座る救急隊員の人が、絶え間なく私の顔色を窺いながら気休めの言葉を吐いてくれた。何を言われたのかは正直よく憶えていない。
 女の子の顔をそんなにじろじろ見るのはマナー違反だと思う。

 手術室の前で、ランプが消えるのを待ち続けるというのも凍(こご)えるくらい退屈だった。
 私にできることと言えば、力なく長椅子に座り込んで待つことだけだった。
 傷ついたあの子の姿を見れないのは、さっきよりマシかもしれない。
 もう大分長い時間待たされている気がする。
 携帯電話の時計を確認してみると、さっき見たときから五分しか経っていなかった。
 手術ってどれくらいの時間がかかるものなんだろう?
 長ければ十数時間かかるものらしいが、怪我の度合いにもよるだろう。
 葉留佳の怪我の具合はどれくらいなのだろうか? そんなものこっちが知りたい。
 さっきから堂々巡りだった。
 こうしていると余計なことばかり考えてしまう。
 今日という日がこんな日になるなんて思いもしなかった。
 この修学旅行が終わったあともいつもと変わらないいがみ合いと苦痛に満ちた日常が続くものだと思っていた。
 今日で終わってしまうのだろうか。あの子は解放されるのだろうか。

 嫌だ。
 そんなの嫌だ。
 こんな形での解放なんて嫌だ!
 あの子は生きて幸せになる道だってあったかもしれないのに。
 私にはその役を担えなくても。





 違う。
 そうじゃない。
 最初から私が!
 私があの子に優しくしていれば。
 していれば、よかったのに。
 あ、あはは。
 姉妹で喧嘩したまま死に別れて後悔するなんて、まるでチープなドラマのようじゃないか。笑えてくる。
 あははは。
 こういうときは死んだほうが幽霊になって出てきて仲直りするのがお約束なんだっけ?
 だったら死ぬのは私のほうでよかったのに。
 ああ、でもそれだと今度はあの子が三枝の家を継ぐことになるのか。
 じゃ、これがあの子にとって一番幸せな終わり方なんだ。
 すごいや。すごいや。よくそこまで考えたよ神様。
 あははは。
 はっ。
 私はポケットからティッシュを取り出した。
 やめよう、余計なことばかり考えてしまう。
 手術室の扉を見上げる。
 時間がかかるのは希望がある証拠だよね?
 それとも最後の悪あがきなの?
 だったらお願い。楽に死なせてなんかやらなくていい! 最後の最後まで足掻いてあの子を死神から引き離して!
 大岡越前裁きだと本当の母親は我が子を綱引きしないんだっけ?
 でも私は悪い姉だから無理やり引っ張ってもいいよね? どんなに痛がっても辛くても生きていて欲しいって願ってもいいよね?
 なんでこんなことになったんだろう?
 あのバスに乗ったからだ。
 あのバスに乗りさえしなければ。
 私がこの子を追いつめさえしなければ。
 私がこの子の居場所を奪わなければ、こんなことにはならなかった。
 これも何度目だろう。
 時計さえなければ完全に時間の感覚など失せていたであろう静寂の牢獄の中、不意に手術中と書かれたランプが消えた。
 私は弾かれたように長椅子から立ち上がり、その扉が開くのを待つ。
 ドアが開くまでの一分にも満たないであろうその待ち時間が私には焦れったかった。
 手術服に身を包んだ医師達数名がマスクを外しながら出てくる。
 その中の一人、壮年の医師が私の表情を見ると、私が何か言う前に答えてくれた。
 命に別状はないらしい。全治2ヶ月。夏休みが終わる前には退院できる。
 今は眠っているので、目が覚めるまで安静にしておいて欲しいとのことだった。
 99という数字がようやく3桁の大台に乗って私は胸を撫で下ろした。


 今は本当にすることがないな。
 ベッドで静かに眠る葉留佳の顔を見ながら、私はそう思った。
 することと言えば、早々にこの部屋から出て行くことぐらいだ。
 この子にとっても目が覚めて最初に見る顔が私では最悪だろう。
 不意に、葉留佳の表情が歪む。
 目が覚めたのか、と思ったがそうではなかった。
 眉をしかめ、苦しげな息を吐き出している。
 うなされているようだった。
 安静にしておいてと言われた手前、起こしていいものかどうか一瞬迷って、私の出した結論は彼女の手を握るというものだった。
 幼さの残る丸っこい指、小さな掌は温かかった。
 強い力で握り返された代わりに、彼女の表情は和らいだ。
 まいった。これではさらにこの場を去り難くなった。
 この温かさをもっと感じていたい。
 そう思っていたとき、騒々しい足音が廊下から響いてきた。
 ノックもなしに部屋のドアが開かれる。
 入ってきた2人は息せき切らして葉留佳の名を呼んだ。
 今は眠ってるんだから静かにして、父さん母さん。
 自分でも驚くほど冷静な声で、そう釘を刺していた。
 葉留佳の寝顔を見て、2人の表情に安堵が浮かぶ。
 私はなんとなく、手を握っているところをこれ以上両親に見られるのも嫌で、もう帰ろうと思った。
 罪悪感を覚えながらも、強く握られた指を一本一本ほどいていく。
 そして椅子から立ち上がり、ドアの方向へ向く。
 そのとき、後ろから寝言が聞こえた。


「お姉ちゃん」


 瞬間、瞼をきつく閉じた。
 それは、懐かし過ぎる言葉だった。
 私の肩が震える。
 なんで、なんで。
 熱いものが零(こぼ)れてくる。
 葉留佳、葉留佳、目が覚めたの!?と母さんの声が震えている。
 そうか、葉留佳が起きたのか。
 なら私は早くこの部屋から去らないといけない。
 振り返らずに、ドアへと足を進める。
 そのとき、後ろから葉留佳の声が響いた。
「かなた……?」
 私の姿に気付いたらしい。
 何か言わないと。
 いつものように冷たい言葉で突き放してこの場を去らないと。
 でも、今なにか言ったらそれはすべて涙声になってしまいそうで。
 私は何も答えずドアのノブへ右手を伸ばし、


 その手を掴まれた。


 小さな左手に。


 腕を掴んで振り向かされる。


 ああ、駄目じゃない葉留佳。


 怪我してるのに無理してベッドから這い出してきちゃ。


 葉留佳は自分で振り向かせておきながら、私の顔を見てぽかんと口を開けている。


 そして取り繕うような苦笑いとともに頭を掻いて、


「や、やはは。これが鬼の目にも涙ってやつですかネ」


 そんな、空気を読まないことを言うのだった。


 早く、早く、この手を振りほどいて出ていかないと。


 出ていかないと、いけないのに。


 どうして私は、


 葉留佳を抱きしめているんだろう。


「は、はるかぁ!」


 嗚咽交じりの声、うまく喋れない。


「よかっ、たぁ。ほんとに」


 その背を強く、強く抱きしめる。


 何年ぶりだろう。


 懐かしすぎた。


 葉留佳は呆気にとられたように、


「かな――」


 と言いかけて、


「――じゃない。お姉ちゃん」


 私の耳元に、やさしい声が響いた。











 神様なんてものの存在を信じたことはなかった。
 いや、今この瞬間も信じてない。
 それでも私は、私たちの行動をどこかで見ていて裁きを下している存在がいるなら、その存在に祈ろうと思う。
 後悔だけはしないように。
 お願いだから葉留佳を連れて行かないで。
 これからは私が、私が葉留佳を守るから。
 私が葉留佳を幸せにするから。


 醜く捻じ曲がってしまった私の心を、治せる日が来るだろうか。
 そんな日がいつか――――――――


[No.624] 2008/10/15(Wed) 13:45:10
狂った天秤 (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@9504byte

 耳障りな機械音に耐えかねて瞼を上げる。瞳に飛び込んできた残虐な光景に、眠気は瞬く間に吹き飛んだ。猿轡を噛まされた鈴が、錆の浮いた手錠を両手首に嵌められ、天井から吊り下げられている。その隣には脈打つ肉の塊がいくつもあり、それらは表面に打ち込まれた楔と鎖によって同じように虚空に吊り下がっている。
 鈴たちの足元には、各々巨大な鼎が用意されている。並々と注がれた液体が、時折泡立ち飛沫を飛ばす。鼎の周囲には人型のぬいぐるみが何体も置かれていているが、何故かそれらは手足や首が欠損していた。そのとき、鼎から液体が溢れ出て、一体のぬいぐるみが頭からそれをまともに被る。数秒後にはぬいぐるみの上半身が失われていた。僕は現状をようやく理解し、声にならない悲鳴を上げる。
 鈴たちのいる中空の、ほぼ真下に設置された鼎に満たされているのは、おそらく酸のようなものだ。いとも容易くぬいぐるみを溶かした液体の内部に彼女が転落すればどうなるか、想像しただけで意識が遠くなる。
 鈴は目を閉じている。眠っているのだろうか。呼びかけて覚醒させれば、パニックに陥る可能性が高い。先程と同じ機械音が鳴り響き、鈴と多くの肉袋を吊り下げた鎖が僅かに下がる。血の気が引いた。このまま鎖が伸び続ければ、やがて彼女の肉体は鼎に浸かる。数分後か数十分後の未来で、鈴が断末魔の叫びを上げるのを聞いたような気がした。
 床から立ち上がった僕は、鈴の近くに駆け寄ろうとして転倒する。僕の右足には足枷が嵌められていて、もう一端は壁に埋め込まれている。僕はまたも悲鳴を上げて、戒めから逃れようとする。だが、足枷の手錠は足首にきつく締め上げていて、足を切断でもしなければこの呪縛は解けそうもない。足枷の根元を破壊できないかと、床を這って壁に近づいたとき、そこに何か文字が刻まれていることに気がつく。


 鼎の中に入っているのは、重クロム酸ナトリウム。
 鎖は時間経過によって伸び、五分後に鼎へと到達する。
 あなたには、一つのものを救う権利がある。
 権利を行使するならば、救いたいものを心に思い描け。
 権利を放棄すれば、全ては酸に溶かし尽くされる。


 これを読んでいるうちにも、また一段階鎖が下がる。僕は壁面から視線を切り、血走った目を吊られた鈴に向ける。覚えの悪い子供のように、何度も鈴の姿、仕草、思い出で心を満たす。彼女が解放されることをただ祈る。途端、鈴以外を吊るした鎖が支えを失って一気に伸び、先端に吊り下がっていた全ての肉袋は酸の海に沈む。あちこちで一際大きな飛沫を上げて、それっきり鼎は沈黙してしまう。僕は身震いする。
 鈴の無事を確認しようと顔を上げた直後、僕たちのいる空間が揺れ始める。それは単なる錯覚で、僕の意識そのものが揺さぶられているのかもしれない。視界の全てが黒へと塗り潰されたことで僕は彼女を見失う。必死になってその名を呼ぶが、一向に答えは返ってこない。
 視界が正常に戻ったとき、僕を縛る足枷は今なおそこにあり、部屋の対面には鈴がいた。彼女は相変わらず猿轡を噛んでいたが、拘束されている部位が手首に加えて足首にまで及んでいる。そうしてまた、脈動する肉袋が数多く床に転がっていて、これもまた鈴と同じように鎖によって壁と連結されている。
 僕の目を引いたのは、鈴の背後で燃え盛る業火だ。どういう構造なのか、壁面から焔が噴き上がり、今なお激しく燃え続けている。揺らめく炎の合間を縫って、僕の耳に届いたのは例の機械音だ。彼女の体が僕から遠く、即ち壁の方へと引き寄せられる。自らの肉体が炙られていることを知覚したのか、鈴がかっと目を見開く。僕を見て、周囲に転がる肉袋を見て、最後に背後の炎を見て、ようやく現状を悟ったらしく彼女は暴れ回る。
 僕は泣き出したい気分だった。どうして僕たちがこんな目に遭わなくてはならないのか。手がかりを求めて僕は背後の壁を見る。そこには先程とは別の文字が並んでいる。


 足枷の鎖は時間経過によって短くなり、三分後に壁面へと到達する。
 あなたには、全てを救う権利がある。
 権利を行使するならば、既に失われたものさえ救いの対象となる。
 その代償として、いくつかの問いに正しい答えを示せ。
 一つでも間違えると、全ては焼き尽くされる。
 権利を放棄すれば、あなたと棗鈴の足枷は外れる。


 何を迷うことがある。肉袋の群れと鈴の命には明確な差異がある。彼女を失う危険は冒せない。僕は権利の放棄を自らの心に示す。すると足枷が自然と砕け散る。僕は呆然として動けない鈴の元へと走り寄り、その小さな体を優しく抱き締める。彼女が半狂乱で何かを叫ぶが、猿轡に阻まれて言葉にならない。
 炎に引き込まれていく肉袋を尻目に、僕は鈴の猿轡を外そうと格闘する。だが、焦燥感と熱風に邪魔されうまくいかない。ひとまずこの場を離れようと彼女の体を引くと、彼女は瞳から涙をこぼして呻き、手錠の嵌められた両手首をがちゃがちゃと動かす。
 強引に鈴を壁から遠ざけた瞬間、炎が大きく膨れ上がり、高温の舌が部屋の中央まで到達する。凄まじい熱波が、剥き出しになった僕たちの皮膚を炙る。あの場に留まっていれば、僕たちは炎の舌に絡め取られ、重度の火傷を負っていたことだろう。燃え盛る炎の中に、無数の肉袋の影が見える。それらは高熱に耐え切れず、たちまち輪郭を溶かして崩れていく。目を見開いた鈴が驚くほどに多量の涙を流しながら、その光景を見つめている。
 我に返った僕は、鈴の猿轡に手をかける。苦闘の末に何とか取り外すことに成功する。彼女は僕の方を向き、口を開く。そのとき、またも僕の視界が暗転する。鈴が消え、彼女の言葉が大気に溶けて消え、彼女がくれた温もりも消えていく。
 次に視界が開けたとき、僕は先程とは比較にならない数の枷を嵌められていた。その部位は、手首、足首、肩口、胴体、太腿など枚挙にいとまがない。ただ、今度の枷はこれまでと勝手が違っている。手錠のように生ぬるいものではない。鉄製の鉤爪が、その鋭利な先端で僕の皮膚と肉を深々と抉って取りつけられている。鉤爪の根元からは鎖がそれぞれ伸びていて、もはや見慣れた肉袋と個々に連結されていた。束縛から逃れるため、肉の内部に埋め込まれた鉤爪を引き抜く作業は、想像を絶する苦痛を伴うに違いない。
 声を上げることさえままならないのは、頬の部分にも鉤爪が突き立っているからだ。口腔の粘膜を鉄製の爪が突き破り、その先端が再び頬肉を貫通して外側に顔を出している。絶え間ない激痛に全身が軋み、一歩も動くことができない。
 視線の先にはあらゆる枷を取り払われた鈴がいる。彼女は虚ろな瞳で肉袋を見つめたまま、床に呆然と座り込んでいる。
 数多くの肉袋からは、各々二方向に鎖が伸びていた。どちらの先端も鉤爪状であり、構造は全く変わらない。片方は僕の身に食い込んでいるが、もう片方は何も繋ぎ止めることなく床に撒き散らされている。
 僕は次なる指示を求めて、最小限の動きだけで背後の壁を見る。この痛みにはとても耐えられない。今回、壁に記された指示はひどく簡潔だった。それにも関わらず、僕はその内容をすぐに理解することができず、愚鈍にも何度もそれを読み返す。ようやく理解が追いついたとき、僕は眩暈を起こしてたたらを踏む。
 壁にはこう記されていた。


 残された全ての鉤爪を、棗鈴の肉体に打ち込め。
 拒否すれば、あなたと棗鈴は死亡する。


 ここまで残酷な二択が存在するのかと、僕は嘆き絶望する。他の手段はないかと思案を巡らせるが、それは単なる徒労に終わる。抜け道などない。僕はそれを思い知らされる。悩み続けてから、どれだけの時間が経過したのか分からない。やがて僕は壁際にいる鈴に、名前を呼びかけて手招きをする。彼女は僕の言葉に対し、鈍いながらも反応を示してくれる。おぼつかない足取りで歩み寄ってくる彼女を見つめるうちに、僕は今から自分がやろうとしている行為の罪深さに心を押し潰されそうになる。
 傍らまで来た鈴に、僕は壁の文字を読ませた。それから、自分たちに与えられた未来がこの二通りであることを懇々と説き、最後に、どちらがいいかと彼女に問いかける。肝心の選択を彼女に委ねた。責任を押しつけるように。僕は卑怯者だ。狭小なこの空間に不自然な沈黙が満ちる。鈴は背後にある肉袋を一瞥してから僕の方に向き直り、生きたいと静かに言った。何が彼女にそう決断させたのかは分からない。ただ、彼女が生を渇望した以上、これからの数十分あるいは数時間は、僕たちにとって魂を磨り潰すおぞましい時間となるだろう。
 僕は鉤爪を一つずつ拾い上げて、鈴の肌にそれらを突き立てていく。爪痕を刻んでいく。僕の手には肉を裂く生々しい感触が残される。この感覚は未来永劫消えることがないだろう。爪と鎖、僕の指先が、滲み出る鈴の鮮血を浴びて汚れていく。彼女は苦悶の表情を浮かべ、文字通り身を引き裂かれる痛みに小さな体で耐えていた。それでも時折、押し殺したような悲鳴が漏れ出る。彼女の口から自然と垂れ落ちる涎が、床の血溜まりに落ちて細かな気泡を生み出す。
 鈴は涙を流し続ける。ここは阿鼻地獄だと僕は思う。鉤爪を一つ彼女に打ち込む度に、僕はこの凄惨な作業はいつ終わるのかと自問する。床にはまだ鉤爪がいくつも残されていて、それがただ一つの揺るぎない答えだ。僕は激しく落涙しながら手を動かす。血の臭気。鮮烈な血の色。鈴の叫び。舌先に触れる頬の鉤爪の鉄の味。震える指先。心を殺せば楽になれると思うのに、感覚は鋭敏で意識はあくまで鮮明だ。五感からの情報過多で何もかもが麻痺することを望むのに、思い通りにならない自分の心と体が呪わしい。
 やがて、僕はその苦行を為し遂げる。鈴も僕も血みどろで、肉袋を中心に鉤爪で固定されているという異様極まりない風体をしている。肉袋から伸びる鎖は僕たちを縛り、その鉤爪は僕たちにさらなる血を流させる。だが、こうまでして待ち望んだ解放の時はそう素直に訪れてはくれなかった。
 唐突に、肉袋が一斉にどくどくと脈を打ち始める。ぶよぶよとした表面には、細い血管が浮き上がっている。そのうちの一つに恐る恐る近づくと、刺すような頭痛に襲われる。それでも、僕は吸い寄せられるように手を伸ばしていた。
 肉袋に指先が触れかけたとき、鈴の視線を感じて僕は手を止める。彼女は何も言わずに僕を見ている。傷ついた彼女を見ていられなくて、僕は思わず視線を逸らす。逸らした視線の先に、真新しい包丁が落ちている。僕は自分が何をするべきなのかを知る。頭痛に軋む頭を押さえながら、それを拾い上げる。
 僕は何か勘違いをしていたのかもしれない。取り返しのつかない大きな過ちを犯してしまったのかもしれない。僕はただ鈴を救いたかった。それだけだった。そのための代償など想像すらしなかった。
 肉袋の傍で片膝を立てて、表面に刃先を突き入れる。小さな傷口から、どろりと鮮血が溢れ出す。思わず心臓が跳ね上がるが、それでも包丁を握る力は緩めない。刃の先端を操って、肉袋を真一文字に切り裂いていく。皮や筋繊維、脂肪などに阻まれ、悪戦苦闘しながらも全体の半分程度の長さまで切り口を広げる。
 役目を終えた包丁を床に置く。覚悟を決め、僕は傷痕に手をかける。多量の血で両手がぬめる。深呼吸をしてから、肉袋を一気に左右に押し広げる。血と肉と焦げついた臭いが鼻を突く。吐き気を誘う強烈な悪臭だ。僕は思わず身を引いた。
 鼻を押さえながら、震える指先で内部の暗闇に光を取り入れる。
 僕は目を見開き、中に入っているそれを静かに見下ろした。


[No.625] 2008/10/15(Wed) 18:31:19
視線の先には (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@15451 byte微かにEXネタバレ

 空虚な時間が流れていた。それは今という短いスパンと狭い範囲に限らず、ここ最近の学校全体が余りにも静か過ぎた。
 修学旅行、その行きの行程で起きた悲劇。一台のバスが崖下に転落し、生存者はたったの二名。直枝理樹、棗鈴。その両名を除いて生存者はいなかった。余りにも多い死者の数は、例え親しい人が死ななかった生徒にもその陰鬱な空気を伝染させる。学校全体が、緩やかに生きる気力を失っているようだった。



 秋の朝日がのぼる頃、一睡も出来なかった佐々美は静かに机をなでた。かつて友人が勉強していた無機質をただただなでる。
「…………」
 机の上にはぬいぐるみやら色鉛筆やら。引き出しの中には甘いお菓子がいっぱいに詰まっているだろうし、タンスの上の方には小学生がつけるような下着が、下の方にはフリルだらけの私服が入っている。そんな事は佐々美には見なくても分かる事、彼女たちはもう一年以上も同じ部屋で暮らしているのだから。いや、暮らしていたのだから。
 やがて机をなでるのをやめた佐々美はフラフラとベッドへ近づき、ボスンと体を投げたした。ゆっくりと息を吸ってみれば、微かに友人の匂いが鼻を刺激する。
「…………神、北さん」
 震える声に応えは無い。見た目の通りに子供っぽく、甘いお菓子が大好きでフリルだらけの服やバックプリントまで愛用していた小毬。しかし意外にも頭は良くて、特に英語なんかは学年でもトップクラスの成績を叩き出していた小毬。絵本を描くのが好きで、何冊も描いては佐々美に見せてくれた小毬。
 もうこの部屋に甘い匂いが漂う事は無いし、ブツブツと英語が暗唱される事も無いし、カリカリと色鉛筆が音をたてる事も無い。佐々美はそんな、もう何百となく繰り返した思考を飽きもしないでなぞる。
「…………朝、ご飯。食べませんと」
 やがてふらふらと佐々美が立ち上がる。もう朝の食堂が開いている時間だからと彼女は足をふらつかせて部屋を出る。バタンと閉まる扉、その誰も居なくなった部屋はいつもの通りに薄暗かった。

 部屋を出て慣れた廊下を歩き、向かう先は食堂。途中、何人かとすれ違ったりしたが、誰も彼もが佐々美と同じように陰鬱な空気を纏っていた。ただ一組、お喋りをしながら歩いている二人組が居る事には居た。無神経な喋り声が勘に障る、それ以上の感想が佐々美には抱けなかったけど。
 やがて食堂にたどり着くも、流れる空気はいつもと変わらない。大勢の人間が食事をとっているのにも関わらず、食器のぶつかる音が聞こえる程に声がない。まばらに聞こえる声も広い食堂に空しく反響して、むしろ寂しさを醸し出していた。だがそれでも今日はいい方だ。酷い時は言葉が全くない中で食事を強いられる日さえある。
 そんな日常をかえりみる事無く佐々美はカウンターに行き、朝食を受け取って席へ向かう。ソフトボール部の後輩とは最近一緒にいる事が少ない。気を使って貰っているのか、何時までも覇気が戻らないから見限られたのか。どちらでもいいと佐々美は機械的にトレイの上の食べ物を口に運ぶ。
 食事を始めてから三分、ガリと言う音と同時、口内に広がった苦みに佐々美は目の前にあるものを理解した。トーストにサラダ、牛乳にデザートの柿。どうやら今朝の食事はトーストセットらしい。そして手に持っているのは多少焦げたトースト、その黒い部分をかじっていた。
「ぅぇ」
 品のない声が聞こえたと同時、目の前のコゲが友人の最期の姿に重なる。もう見分けがつかない位に焼かれた全身はそうだと言われても友人と結びつける事は出来なかった。よく手入れをされていた髪はチリチリに、可愛らしい顔は無惨、白かった火に炙られて肌は黒。
「…………」
 食欲なんてきれいに消えた。朝食をしっかりとる事は美容と健康の為に必要な事。そんな一般論程度では目の前のコゲを口に運ぶ気力が戻るはずもなくて。
 無言のままトレイを片づける。残飯を捨てるポリバケツはいつも通りにいっぱいになっていた。

 食堂を出る。時間を持て余した佐々美は、とりあえず教室に向かおうと支度を整えて渡り廊下にさしかかった。教室に行き、いつもの通りに意味無く静かな時間を過ごすのだろうと、佐々美はそう思っていた。
「こらっ、ヒトラー。アガサのご飯をとっちゃ、めーだ!」
 そんな大声が聞こえてくるまでは。佐々美がのろのろと声のした方に向くと、そこには二つの人影と多数のネコの姿が。鈴と理樹、あの事故の生き残りの二人が和気あいあいとネコ達にエサをやっている姿が飛び込んできた。目に映ったその映像が体が凍りつかせる。
「鈴、ネコなんだから言ったって分からないと思うよ」
「そんなことない。ほら見ろ、ヒトラーはちゃんとアガサのご飯から離れたじゃないか」
「代わりにレノンのご飯を食べてるけどね」
「ふかー!」
 鈴の威嚇で、ようやく一匹のネコがすごすごと引き下がる。代わりにそのネコは鈴に近づいて、足に首をすり寄せてきた。
「ん、何だ? 遊んで欲しいのか?」
 鈴は寄ってきたネコの顎をくすぐると、そのネコはゴロゴロと気持ちよさそうな声を出し始めた。
 その光景を、佐々美は信じられない気持ちで眺める。
「なん、なんですの…………」
 学校全体が沈んでいる。あの事故で親しい者を失っていない者でさえ。けれど、あの二人だけは事故の前となんら変わりない生活を送っていた。一番今まで通りでは居てはいけないはずの二人だけが今まで通りだった。
「棗鈴!!」
 叫んでいた。叫ぶまでは凍りついた様に体が動かなかったのに、叫んでからは一気に状況が進んでいく。
 まずはネコが一斉に逃げていった。次には鈴と理樹とがびっくりした顔を佐々美に向けて、次の瞬間には二人の前に仁王立ちしている佐々美がいた。
「ささせがわささみっ!」
「あなた……何をしていらして?」
「ネコにご飯をあげていた」
 敵意と呼ぶには生ぬるい、もはや悪意と呼べる感情を振りまきながら鈴につっかかる佐々美。鈴の方も憮然とした態度で佐々美に相対する。
「よくも……そんな事が出来ますわね!」
「いつもやっている」
「だから、よくもいつも通りの事が出来ますわねと言っているのです!」
 佐々美の悪意が空気をピンと張り詰めさせ、それがますます鈴の顔を険しくさせた。
「ちゃんとご飯をあげないと可哀想だろ。あいつらにはあたし達の事情なんて関係ないんだから」
「開き直って…………!」
 佐々美は鈴のあっけらかんとした態度が気に障り、鈴は佐々美に悪意をぶつけられるのが気に食わない。
「そもそもノラネコにエサをあげる必要もないでしょう、何を勝手な事をしているのかしら?」
「あいつらはあたしの友達だ。友達を大事にして何が悪い」
「そう、ネコが友達ね。ネコは大事にするのに人間は見殺しにするのかしら?」

 パンッ!

 それは、鈴が思いっきり佐々美の頬をはたいた音。
「もういっぺん言ってみろささせがわささみっ!!」
 佐々美は一瞬の忘我を経て、沸き上がる激情のまま拳を握り、それを鈴の体――胸に叩きつける。
「何度でも言って差し上げますわ! ネコはそんなに大切にしてるくせに、人間は炎の海の中に置き去りにしますのね!」
 肺の中の空気を押し出された鈴は少しだけ苦悶に顔を歪めると、右足を力いっぱいに振り上げる。脇腹に突き刺さる爪先。
「したくてしたんじゃない!」
「ならなぜ皆さんを助けなかったのです、この偽善者!」
 佐々美のヒザが鈴の太股に。
「助けられなかった、助けたかった!」
 鈴のヒジが佐々美の肩へ。
「助ければよかったんじゃありませんか! 勝手に逃げて、勝手に見殺しにして! それでお友達を大事にする? よく言えたものですわね!!」
 踵が足首に。
「行けばあたし達も死んでた! みんながあたし達を巻き込んで喜ぶはずがないだろ!」
 髪を引っ張り。
「それで、生き残ったあなた達はのうのうと今まで通りに? 死んだ皆様が報われませんわ!」
 服に爪を立てて。
「黙れ、お前に何が分かる!」
「分かりますわよ、あなたこそ神北さんや宮沢様の何が分かって!?」
「謙吾はあたしを庇って死んだんだぞ、勝手な事を言うな!」
「ならあなたも命を懸けて宮沢様を助けなさいよ、神北さんを助けなさいよ! 勝手な事を言っているのはあなたでしょう!」

 罵り合いは途切れ途切れ。二人はもう地面を転がりながら怒りと言葉を叩きつけ合っていた。スカートをはいている事も忘れ、白やら黒やらを晒しながらそれを気に止めもしない。
「あそこにいなかったお前がよくもそんな好き勝手な事を…………!」
「命惜しさにお友達を見捨てる人にはお似合いの言葉ですわ! あら、お友達だけじゃなくてお兄さまも含まれてましたっけ?」
「! お前に、きょーすけの何が分かる! あたしがどうきょーすけを想っていたのか分かるのかっ!?」
「分かりたくもありませんわね、あなたみたいな人の心なんて!」
「コラァ! 何をしてるっ!?」
 怒号。寮から学校への渡り廊下のすぐ側でこんな大喧嘩をしていれば、考えるまでもなく人目につく。渡り廊下にはギャラリーが集まっていたし、その中の誰かが呼んだであろう生活指導の教師が姿を現していた。
「笹瀬川に棗! 何をしてるかっ!」
 その声にも関わらず、二人は取っ組み合いと罵り合いを止めない。人混みをかき分けて二人に近づく教師。そして人の壁を乗り越えた先で、理樹が立ちふさがっていた。
「直枝、どけ」
「嫌です」
 端的に言う教師に、端的に返す理樹。
「どけえぇぇぇ!!」
 思わぬ人物の思わぬ返答に、教師の沸点は容易に超えた。ビリビリと、声が届く範囲の世界を揺るがす。
「どきません」
 それでも理樹は揺るがなかった。淡々とその言葉を繰り返す。少しだけの、教師が理樹の言葉を理解する為の空白の時間。教師の声の届かなかった佐々美と鈴の声が空しく響いていた。
「っ!」

 バキィ――

 感情のままに教師が理樹を殴打した。たたらを踏み、よろける理樹。けれど教師と二人の間には意地でも体を入れ続ける。目は、教師から決して離さない。
「…………」
「…………ッ!」
 その視線に今度は教師がひるんだ。元々、感情に任せて理樹を殴ってしまった負い目もあったのだろう。それ以上手も声も出せずににらみ合うだけの教師と理樹。そしてその間、佐々美と鈴の喧嘩はますますヒートアップしていく。
「だまれ、だまれだまれだまれだまれ!」
「こっの、よくもよくも……」
「あのバスに乗っていなかったお前に――」
「ただ、後から事故の事を聞かされただけの私達の気持ちが――」
「お前に友達も見殺しにしなくちゃいけなかった気持がわかるかぁ!!」
「あなたに友達が苦しんでいる時に何も出来なかった気持ちが理解できましてっ!?」
 パァンという音が重なった。二人が同時に頬を平手打ち、体の動きが止まる。周囲にいた人間は、その光景に言葉を失っていた。
 ハァハァハァという荒い息使いだけが響く。それを見届けた理樹はようやく二人と教師の間から体を外した。そして我に返る教師。
「コラァ! 棗に笹瀬川、何をしているかぁ!!」



 黙々と裏庭の草むしりをする三人。
「…………」
「…………」
「…………」
 太陽はもう中天を過ぎて、もうしばらくすれば赤くなりそうな時間。お昼を食べる時間を除いて最終下校時間まで草むしりをし続ける事が喧嘩をした少女たちと、喧嘩を助長させた少年に対する罰だった。
「…………」
「…………」
「…………」
 その間に交わされた言葉は零。理樹と鈴も一切口を開く事は無く、佐々美に至っては言わずもがな。食事の為に休憩する際にも誰ともなしに立ち上がり、黙々と食事をとって、そしてまた草むしりに戻る始末だ。
「…………」
「…………」
「…………」
 嫌な沈黙。最初の方は険悪といった雰囲気だったのが、昼休みを挟んだくらいから気まずさのそれに変わりつつある。その原因は沈黙の時間、それが二人に冷静さを与えていた。あの殴り合い、罵り合いの最中に相手が何を言っていたのか。そして自分はそれを今まで理解していたのか。二人の頭はそんな事がグルグルの駆け巡っていた。
 しかし今まで殆ど喧嘩友達だった二人、どうしたらいいのか分からないというのが態度だけでよく分かる。
「…………」
「…………」
「…………」
 無言で作業を続ける三人。と、
「つぅ!」
「どうかいたしましたか、直枝さん!?」
「大丈夫か、理樹!」
 理樹の声を皮切りに沈黙が破れた。
「うん。ちょっと草で手を切っちゃっただけだから」
 少しだけ情けない顔で軽く切れた手を見せる理樹。それでも理樹の側に寄ってくる二人。
「血、血が出てるっ! 保健室に行かなくちゃ!」
「い、いや。このくらい…………」
「それに第一関節が切れてますわよ? 早く治療しないと後が辛いですわ!」
「だ、だから…………」
 話も聞かずグイグイと引っ張る二人に何かピンとくる理樹。気まずい空気から逃げたいというのも大きいだろうが、これはもしかしたら――――
「…………ねぇ、二人とも。もしかして僕の怪我を草むしりをサボる口実にしてようとしてない?」
 ピタッと止まる二人。理樹からは二人の背中しか見えないが、どんな表情をしていそうなのかはなんとなく分かる。
「…………君たちね」
「だって…………」
「…………飽きましたわ」
 気まずそうな鈴に佐々美。喧嘩ばかりしていた二人が今は仲良く叱られる悪戯友達のようである。
「く、くくく…………」
 それがおかしくて理樹は思わず笑ってしまう。もちろん二人がそれを嬉しいと思うはずもなく。
「笑うなっ!」
「直枝さん、失礼ではありませんこと?」
「ご、ごめん。くく、はは、あははははははは」
 それでも理樹は耐えきれなくてお腹を抱えて笑い出す。
「…………ぷ」
「…………くす」
 余りにも愉快気に笑う少年に、少女達もつられ笑い始める。そして――
「あははははははははははっ!」
 理樹が笑う。文字通り、お腹を抱えて地面を転げて。土が体についたとしても、それは全く気に止まらない。
「あは、あは、あははははははは!」
 鈴が笑う。笑いすぎてヒザまで笑い、倒れそうになるのを必死になってこらえている。
「あはは、あははははははは…………」
 佐々美が笑う。楽しそうに楽しそうに満面の笑みで。
 笑う、笑う、笑う。

 ひとしきり笑った三人は、結局全員で保健室に行った。全員で行ってしてもらったのは絆創膏を一つはった程度だけど、ついでに軍手を三つ貰ってきた。これで短い時間とはいえ草むしりで手を切る事はなさそうだ。
「あはは、物凄く笑ったね」
「全く。失礼な方ですこと」
 保健室からの帰り道、まだ笑い足りないといった理樹を佐々美がたしなめる。けれどもやっぱりその顔は笑顔。
「……でも、久しぶりに大笑いさせて頂きましたわ。棗鈴、早く行きますわよ!」
 そして機嫌も悪くないらしい。にこりと人のいい笑みで締めくくる。そして少し遅れて歩いていた鈴の方を振り返って声をかけた。その鈴の方はと言うと、丸まった軍手を持って何かを考えこんでいる。
「鈴、どうしたの?」
 心配そうな理樹の声。それに反応したのかしてないのか。理樹が声をかけてから数秒経って、鈴は顔をあげる。
「キャッチボールをしよう」
「「は?」」
 言い方まで恭介に似て、唐突に鈴がそんな事を言った。
「えっと、鈴、何?」
「キャッチボールをしようと言った」
 丸まった軍手をボールのようにポンポンと上に投げる鈴。
「そういえば、事故からボールに触ってない。ちゃんと今まで通りの生活をしないと、みんなが心配する」
「あなたねぇ…………」
 さっきとは一転、苦虫を噛み潰したような顔になった佐々美の言葉。
「そんな無理をしても、皆様は喜びませんこと?」
「だからお前に何が分かるんだささせがわささみ」
 一気に機嫌が悪くなる鈴。大方、先程の喧嘩を思い出したのだろうが、あくまで佐々美は冷静だった。
「だからあなたのお友達は、無理をして今まで通りのあなたを見てて喜ぶような人なのですの?」
「ぅ…………」
 そして鈴もまだ冷静だったらしい。佐々美の正論に情けない表情を作る。
「…………まあ、分かったらよろしいのです。いつかやりたくなったならば以前言った通り、グランドの隅っこでキャッチボールをする程度ならばお目こぼしして差し上げますわ」
 照れくさそうに顔を逸らす佐々美。そして驚いた顔をする鈴。
「ささみ…………。お前は実は、いいヤツだったんだな」
「それはどういう意味ですの?」
 半目になって睨む佐々美。そんなネコ達のじゃれあいを、理樹は一歩離れた所から微笑ましく二人を見守っていた。

 最初とはうって変わり、赤い太陽に照らされながら雑談を交えて雑草を引き抜いていく三人。だけどもう、いくらこの三人でも体力の限界だった。
「うぅ…………」
「全く。一日中草むしりなんて、体罰の一種ではありません…………?」
「は、はは」
 腰をさすっている鈴、大きく伸びをしている佐々美、地面に体を投げ出している理樹。制限時間までは後一時間程だが、その全体の何分の一かの時間が最高に辛い。各々が軽く体を休めているとき、ガサガサと人が歩いてくる音がした。教師が監視に来たのかと慌てて作業に戻る三人だったが、
「「「佐々美さまっ!」」」
 三者三様の声色で動きを止める。直後、特に強く反応したのはもちろん佐々美。
「あなたたち!?」
「申し訳ありません、佐々美さま」
「佐々美さまが草むしりなどなされているとは露知らず」
「もし知っていればもっと早く来たのですが」
 顔を向けてみれば、もうすでに佐々美の取り巻きの三人が草むしりを始めていた。
「ちょ、止めなさいあなたたち。これはわたくし達の罰ですのよ!」
「止めません」
「佐々美さまの罰は私たちの罰です」
「せめて、お手伝いをしたいんです」
 佐々美の制止の声なんて聞きもしないで、せっせと草をむしる少女達。しばらく呆然としていた佐々美だったが、やがては諦めのため息をつく。
「ならせめて保健室で軍手を借りていらっしゃい。草で指を切りますから」

 理樹はその光景をただ見ていた。鈴と佐々美、そして佐々美の取り巻きの少女達が和気あいあいと草むしりに興じる姿を。
 事故の後の陰鬱な空気、それがここには無い。彼女たちはきっとたくさん傷ついたのだろう。けれども今は確かに笑いあえていた。昔とは確かに違う、だけど変わらない世界がそこにあった。
(…………)
 恭介の視線の先にはこんな光景が映っていたのか、これがみんなの望んでいた世界なのか。それはもう分からない。理樹の目に映る世界が薄く歪む。
「理樹っ! 一人だけサボるなっ!」
 鈴の叱責が飛んでくる。理樹は誰にも気がつかれないように目をこすり、
「ごめん、今行くよ!」
 そして自然に浮き出てきた笑顔をみんなに向けた。
 理樹の視線の先には、歪んでいない世界が広がっている。


[No.626] 2008/10/15(Wed) 23:47:20
かわらないきみ と かわらないぼく (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@ネタバレなし 5382 byte

 くしゅっ。
 彼女がくしゃみをした。
 もうだいぶ肌寒くなったって言うのに、意地をはって薄着のまま歩き回ったから。
 結局、僕が寒くないふりをして、上着を一枚貸すことになるんだ。
 そういうところは、昔とちっとも変わらない。


――かわらないきみ と かわらないぼく――


「店の中だけだぞ」
 長い押し問答の末、しぶしぶと僕の上着を羽織った鈴は、まだ往生際悪くそんなことを言っていた。
「ここが寒いだけだ。そとは天気がいいんだから平気」
 そんな馬鹿な。外は風もあるんだから、店内の方が暖かいに決まってる。
 でも、それを言ったところでまた意地になるだけだから、黙っておく。
「なんだ、にやにやして気持ち悪いな」
「いや、気持ち悪いはひどくない?」
「じゃあ、やらしい笑いだ」
 いやまあ、そりゃ脚に見とれてたけど。
「…気持ち悪いでいいや」
 へんなやつ、と呟いた唇で彼女はコーヒーを飲み干す。
 僕の笑いの苦さは、そいつよりはましかもしれない。
「…映画、けっこう面白かったな」
 カップを置いて、たっぷりと間をおいてからぽつりと呟いた。
 頬杖を吐き、窓の外を眺めていた僕は、その声で向き直る。
「そうだね、鈴が寝ちゃうんじゃないかと心配したけど、楽しんでもらえたならよかった」
「うん」
 頷いた彼女は、それきりまた黙ってしまった。
 カップのふちを指先でなぞりながら、言葉を探している。
 てっきり、馬鹿にするな、とか怒るのかと思っていた僕は少し拍子抜けだ。
 でも、そんな彼女を見ているのは、窓の外を眺めるよりは楽しいかもしれない。


「チケット、いくらだった?」
 ようやく口をひらいて、出た言葉はそれ。
 鈴には悪いけど、笑ってしまった。今度は純粋に、ただおかしくて。
 案の定彼女は怒ってしまったので、苦労して宥めたあと、ようやく答えられた。
「いいよ。最終日だったし、余らせるのももったいなかったから」
 彼女はだけど、と言いつのるけど、本当だと念を押して、ようやく折れてもらった。
 ひとつ問題が解決したせいか、鈴はちょっと饒舌になった。
 会社の仕事や同僚の話、気に入らない上司のことを話す彼女は、やけに無邪気で可愛かった。
 親に学校のことを話す子供みたいだ、と思ったのは言わなかった。


 お冷のグラスから、水滴がすっかりなくなる頃、僕らは店を出ることにした。
 支払いをどうするかでまた少しもめたが、今度はおごりにはさせてもらえなかった。
 もちろんおごりにさせもしなかった。
 別々に払う僕らに、店員が少しだけ迷惑そうにしていた。
 色づき始めた街路樹の下を、肩を並べて歩く。
 彼女は僕の上着にきちんと袖を通した。
 今の服装には余り合わないけれど、風邪を引くよりはいい。
「どこに行くんだ?」
 そぞろ歩く僕に彼女が尋ねる。
「さあ、どこにしようか」
 目的地も決めず、ただ歩く僕は正直に答える。
「無計画なやつだな」
「おっしゃるとおり。鈴はどこか行く予定じゃなかったの?」
 うーん、と少しだけ考えた彼女は、つまらなそうにかかとを鳴らす。
「冬服、いいのがあったら買おうと思ってた。なかったから今日はいい」
「そっか。どこか行きたいところ、ある?」
 このデート自体が急だったから、この後は本当に何も考えていない。
 彼女もたぶん、何も考えていない。
 昔と変わらない、行き当たりばったり。
「…どこでもいい」
 5分は悩んで、心底困った顔で降参した。
「本当にどこでもいいの?」
「しつこいな、理樹にまかせる」
 彼女の答えはあまりに投げやりで、僕のいたずら心が目を覚ます。
「じゃあ…、
 ――――に行こうか?」
「なああっ!?」
 耳打ちした言葉に、人目もはばからず声を上げる。
 顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせて。
「ば、まだ昼間っ」
 鈴が蹴りを放つことはなく、かわりに深い墓穴を掘りはじめた。
「へえ、じゃあ、夜ならいいの?」
「ちが、その、だからっ…行くかぼけぇっ!」
 僕の追い打ちに、鈴は蹴りでもチョップでもなく、ボディブローで突っ込んだ。


 お腹をさする僕と、そっぽを向いた鈴が、それでも肩を並べて川沿いの道を歩いている。
 小さくて河原もないけれど、懐かしすぎないからちょうどいい。
「危うくさっきのケーキが出るところだったよ」
「理樹がおかしなことを言うからだ」
 むくれる彼女だけど、僕だって文句を言いたい。
「冗談に決まってるじゃないか。まあ、たちが悪い冗談だったのは認めるけど」
「悪すぎるわっ!」
「ごめんごめん、でももう少し加減してよ」
 結局僕が謝っている。僕が悪いのは確かだから、仕方ないか。
 それに、僕がずっとお腹をさすっていたから、鈴もむくれるのをやめてくれた。
「…ごめん、まだ痛いか?」
「ん、ちょっとだけ。運動不足だね、きっと」
 うん、と頷いてももう鈴の音は聞こえない。
「ちょっとぷよっとしてる」
「くすぐったいよ」
 何も言わず、急にお腹を触るのは少し驚いたけれど、すぐに手は離れた。
 別に嫌ではなかったから、もっと触っていても良かったのに。
 それに、川沿いは冷え込むから、少しぬくもりを分けて欲しい、なんて虫のいいことを考えていた。


 秋の陽が落ちるのは早い。
 楽しい時間が過ぎるのも早い。
 のんびりしていたはずの僕らの時間が早く過ぎてしまうのは、さて、どちらの理由だろうか。
 不吉なほどに美しい夕焼けが空ばかりか地上をも染める。
 川縁の柵にもたれ、ビルの間にじりじりと沈んでいく夕日を眺めていた。
 どちらが先に言うか、気配をうかがいながら、互いに何度も言いそびれていた。
「行こう」
 結局、その言葉を口にしたのは鈴で、僕らは並んで駅へと向かう。
 口数が少ないのは別に寂しいからじゃない、と自分に言い聞かせたけれど、意味があるのかわからない。
 駅まではあと、辻ひとつ。
「夕飯、どうする?どこかで食べて…」
 悪あがき。必死だな。冷笑する僕が見ているのは、他でもない僕自身。
「ごめん」
 そんな悪あがきなど、気持ちいいほどにさっぱりと断ち切ってくれる、僕のおさななじみ。
「子供、待ってるから」
 この場面で、こんなに爽やかに、眩しい笑顔を見せる。


 長い白昼夢が醒め、僕らは家に帰る。
 駅の手前、向かい合って。
「さよなら。旦那さんによろしく」
「さよなら。奥さんによろしく」
 彼女の目に映る僕は、大人の顔をしているだろうか。
 握手して別れる、その間際。
 不意に手を引かれ、よろめいて。
 ごちん。


 最後がしまらないのは、昔とちっとも変わらない。


[No.627] 2008/10/16(Thu) 12:10:36
繰り返しの中の小さな矛盾。 (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@6486 byte




 それはいつか気付くべきことで。
 でも、それはおかしいことで。
 
 
   繰り返しの中の小さな矛盾。
 
 
 夢を見た。
 遠く遠く、暗い夢。
 それが何かは思い出せなかった。
 でも、なぜか知ってはいけない気がした。
 それは、隠されるべきことで。
「…起きなきゃ」
 そうすることが、まるで義務のように。
 
 
 
「眠い…」
 昨日の夜に恭介が帰ってきて、その後いろいろとあったのだが、張本人たちは今日も元気だ。
「よう、理樹!!」
「理樹、どうした。そんなに眠いのか?」
「いやまあ…」
 そんなこんなで席に着く。
「うぃす」
「恭介、おはよう」
 恭介も元気だ。
 昨日は就職活動行ってたというのに、たいしたものだ。
「おはよう、遅くなった」
「おはよう」
 鈴が猫を連れてきた。
 白い猫。
 いつか見たことがあると思ったら、そういえば昨日の夜の猫だ。
「新入りだ」
「知ってるよ」
「わかめ食わせるか」
「アホかお前っ!!」
 名前はレノン。
 名付け親は恭介。
 その名前が、元から決まっていたかのようにぴったり来るのは何でだろう。
 …違和感。
「よし、そろそろ行くか」
 そんな違和感もすぐに無くなり、日常へと溶け込んでゆく。
 そうして、校舎へと歩き出した。
 
 
 
 野球のボールが落ちていた。
 ただの、野球のボール。
 薄汚れた、使い古された、ただ飛んできただけだろうボール。
 それなのに、それだけなのに、僕にはそれが。
 わざと落とされたように、見えた。
「……」
 どうしてだろう。
 僕は、みんなから何かを期待されているような気がした。
 なにか、話さなくてはいけないような。
 話し声が聞こえるのに、僕には沈黙に感じる。
 まるで、舞台上で台詞を忘れた役者のように。
 そんな、プレッシャーを感じた。
「ねぇ、みんなで何かしない?」
 それなのに、僕は普通に話を始める。
 どうしてだ?
 どうして、僕は今こんなことを言ったんだ?
 …それは、恭介が、少し前に将来の話をしたから。
 昔のことが懐かしくなり、またみんなで何か出来ないかと思ったから。
 それだけ。
 それだけ、か?
「何だよ唐突に」
「なにか、って?」
 その返された台詞でさえ、決められたもののようで。
 怖い。
 僕は、どうしてこんなところにいるのだろう。
 …ここは、どこなんだ?
「小学生のとき、みんなで近所をかっぽして歩いてたでしょ?」
 恐ろしい。
 きっと、僕は気付いてはいけないことに気付いてしまったんだ。
 あの、ボールだって、そう。
 本当は、僕は気付くはずがなかったんだ。
 気付かないように、おいてあったはずなんだ。
 …僕は、気付いた。
 気付いて、しまった。
「だからさ、みんなで何か出来ないかって思ったんだけど…」
 いや、これは正しいことなんだ。
 気付いていようが気付いていまいが、僕が言うことに変わりは無い。
 だって、これはいいことのはずなんだ。
 みんなで、何かできればと思う。
 それは、当たり前のことなのに。
 僕が勘ぐりすぎているだけなのだろうか。
 そう思うと、今まで考えてきたこと全てが消えてしまいそうになる。
 朝の、違和感のように。
「じゃあ、野球をしよう」
 恭介の、言葉。
 突拍子もないもののはずなのに、その言葉もまた、決められたものに聞こえた。
 …いや、僕が野球のボールを見たからそんな気がするだけなんだろう。
 きっと、そうなんだ。
 そうでなければ、いけないんだ。
「へ?」
「…は?」
 恭介が、僕の見つけた白球を手で、スピンさせる。
 どうして?
 どうして僕は、こんなにも違和感を覚える?
 今見ているものが、全て、僕の記憶の中の何かと重なる。
 その何かは、僕には分からない。
 どうして、僕はこの光景を、知っているんだ。
「野球チームを作る。…チーム名は、リトルバスターズだ!」
 どうして、僕は。
 
 
 
「……」
 何かが、おかしい。
 さっきの出来事から、今の授業まで。
 ずっと、既視感を感じていた。
 何でなのか、それが分からない。
「理樹、悪い、ノート貸してくれっ」
「本当に悪いよ…」
 そういえば、デジャヴって言うんだっけ。
 こういう現象のことを。
 そうだ。
 きっと、そうなんだろう。
 ただ、昔の出来事と今の出来事が混同しているだけ。
 それだけ。
 本当に、それだけ。
「…はぁ」
 ため息をつく。
 そしてその瞬間、ドアが開く。
 なぜかその出来事が、また、頭に浮かぶ。
 これは三枝さんのはずだ。
 三枝さんが、僕に四字熟語辞典を借りに来る。
 そうして、その後―――。
「理樹くーんっ、おはよーおはよー」
「う、うん。おはよう」
 三枝さんが、僕の机の前までやってくる。
 ここまで、予想通り。
「どうしたの?」
「いやーちょっと四字熟語辞典を貸してもらえませんかネ」
 四字熟語辞典。
 こんなの予想なんかじゃない。
 ただ、確信していたのだ。僕は。
 これは、過去の回想に過ぎないのだから。
 ならば、その予想が外れるわけが無いのだ。
 そういうことなんだ。
 どうして、僕は。
「理樹くん?」
「さ、三枝さん。四字熟語辞典、持ってないんだ」
「そっか、じゃあ他の人に借りてくる。ありがとねーっ」
 どうして僕は、この出来事を過去のことと認識するんだ?
 過去にあったこと。
 でも、過去には無かったこと。
 現実味なんて、これっぽっちも無い。
 ただ、ここは幻想のように。
 ただ、ここは虚構のように。
「理樹ー、ノート貸してくれよぅ…」
 同じように繰り返されていく世界。
 僕はそのことを認識した。
 認識したとたん、この世界での常識は、常識で無くなった。
 今あるのは、ただの矛盾。
 
 
 
「…恭介」
 そのことを知った僕は、すぐさま恭介に相談に行った。
 きっと、恭介なら何とかしてくれるはずで。
 僕の記憶の中の恭介は、いつも、そうしてくれていたんだ。
 …でも、今は。
 信じられる記憶も、無い。
「どうした?」
「あのさ、少し、相談があるんだ」
「ここでいいか?」
「…長くなりそう」
「わかった。じゃあ、昼休みに中庭な」
 この僕の行動には、デジャヴを感じなかった。
 きっと、この世界でのイレギュラーなんだろう。
 きっと、そう。
 その行動だけが、今の自分の存在を定義する物のように感じた。
 
 
 
 それから二時間。
 授業なんて聞いていなかった。
 聞いていても結局は同じ授業だし、何より今の状況のことで頭がいっぱいだった。
「……」
 中庭に、一人向かう。
「…うん」
 恭介が、中庭に立っていた。
 僕はひとつ深呼吸をすると、前へと踏み出す。
「理樹か」
「うん…」
「…どうした?」
 いつもと変わらない日常に戻ったようだ。
 本当に、いつもどおりのよう。
 …でも、ここは、繰り返しの中なんだ。
「恭介、あの…」
「お前は、気付いたのか」
「え…?」
「もう、気付いたのか」
 何の話だ?
 気付いた?何に?
 …この世界の、矛盾に?
「きょ、恭介、どういう…」
「でも、まだ早すぎた」
 僕の話なんて、聞いていない。
 ただ、進んでゆく。
 僕はここにいるのだろうか。
 ふと、不安になった。
「それは、まだ、気付いてはいけないことだったんだ」
「……」
「早すぎた。…本当に、な」
「…恭介…」
「お前は弱すぎる。だから、俺に頼っちまう」
「…どうして…?」
「それを自分で乗り越えて、自分で歩いていけるようにならなくちゃいけない」
「…ここは」
「理樹…。頼んだぞ」
 
 ―――どこ?
 
 瞬間、僕の目の前が黒に染まる。
 いや、黒なのか、それすらも判別が出来ない。
 だんだんと、黒すらも見えなくなってゆく。
 怖い。
 その感情すらも薄れ、ただ、空白へと落ちてゆく。
 僕は今、何を考えていたのだろう。
 僕は今、何をしていたのだろう。
 記憶は無くなり、遠く、暗い中で眠りについた。
 また、繰り返すそのときまで。


[No.628] 2008/10/16(Thu) 18:44:20
わたしはあなたのゆめをみる (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@8940 byte 十七禁

※このSSには遠回しなエロ成分が含まれています。可能な限り直接的な描写は避けましたが、作者的にもかなりグレーだと思うので、これはアウト、と思った人は読まずに飛ばしちゃった方がいいかもしれません。感想会、あるいはそれ以前の状況によっては削除することになります。ご了承ください。





























 まだ一人部屋だった頃に一度シーツを酷く汚して以来、私は必ず腰辺りの下にバスタオルを敷くようになった。
 触り心地はお世辞にも上等と言えない、安っぽい生地。少し肌に当たるとちくちくするけれど、その感覚は決して嫌いじゃない。毛布を被り、真っ暗な部屋の中で息を潜める。そうして慎重に、物音を立てないよう気をつけながら服を脱いでいく。
 しゅるり、しゅるり。普段なら意識することのない小さな衣擦れの音も、みんなが寝静まった夜だといやに響いてしまう。緊張で全身に汗が浮き、どきどき、ぽかぽかしてくる。
 すぐ近くの、もうひとつのベッドで眠っているルームメイトの彼女にどうか起きないでと祈りつつ、アオザイの長袖からゆっくりと腕を抜いた。身を捩って、ドロワーズも下ろす。手が届かないし姿勢的にも辛いから、膝のところで止めた。
 今の自分は下着姿。薄いキャミソールとパンツだけ。我ながら、はしたない格好だと思う。
 でも、これからやろうとしていることを考えれば、服を脱ぐなんて「はしたないこと」のうちには入らない。

 何度も。
 何度も、してきた。

「ん……っ」

 パンツの両端を摘み、静かに太腿の上を滑らせる。汗で湿ったそれが丸まって腰から離れる。
 お尻が毛羽立ったバスタオルを擦った。やっぱりくすぐったい。シーツの側にある左手を顔のそばに持っていき、タオルの端っこを取って口にくわえた。しっかりと噛む。涎と声が、外に漏れないように。
 鼓動の速さに比例して、身体がどんどん熱くなる。蒸れてさらに汗が滲み、落ち着かなくなってくる。
 それら全てを抑えず、私は目を閉じた。瞼の裏に、前と同じものを思い浮かべた。

 いつもみたいに。
 リキのことを。





          ○|――●





 初めてそれをしたのがいつだったかは、よく覚えていない。
 ただ、訪れた未知の感覚には、ほんの僅かな恐怖と、癖になりそうな気持ち良さが混ざっていた。
 後始末の方法を思案するようになったのはその時から。以降回数を重ねるにつれ、より長く、より静かに続けるやり方を学んでいった。すぐには終わらせない。正直な身体は早く達してしまいたいと訴えてくるけれど、なるべく焦らした方が快感は増すと知った。

 ――みぎてがおりる。
 ――そこにふれる。

 覚えたての頃は、頭を真っ白にして触るだけだった。
 そうすると背筋がぞくぞくと痺れて、勝手に指が動き出す。我慢しても唇から声が出そうになる。
 毎日とはいかないまでも、割と頻繁に私は隠れてするようになった。その度にティッシュを枕の横に置き、バスタオルと合わせて痕跡が残らないよう、真夜中に一人で飛び散った汗や染みになりそうな水を拭き取った。
 勿論完全に綺麗にはならない。だから周りの人達よりシーツを洗濯に出す間隔が短かったけど、幸い誰も不審には思わずにいてくれた。きっとシーツの扱いなんて、私の外見や中身のおかしさと比べれば取るに足らないものだったんだろう。

 ――ゆびがしずみこむ。
 ――やわらかなものをかきわける。

 本格的に意識するようになってから、夢の中にもリキは現れた。
 いけないと思いながら、悪いと思いながら、それでも私はリキの姿を、声を求めてしまう。
 想像するのはどうしようもなく自由で、ささやかな自責の念や罪悪感は何の抑止にもならなくて、私が思い描く、私にとって都合のいいリキは、優しくこの身体をまさぐって、私を幾度も最後まで導いた。
 実際には、ずっと離れた男子寮の一室で、私なんて少しも気にすることなく眠っているはずなのに。
 私のわがままが、身勝手な想いが、リキを汚しているみたいだった。

 ――ぷっくりとしたふくらみをみつける。
 ――ゆびのはらでおしつぶす。

 堪えても堪えても、閉じた唇を割って声は漏れる。
 むずがるようなそれが、だんだん甘く鼻に掛かったものに変わる。
 最初は自分がそんな声を出しているなんて信じられなかった。でも、どんなに恥ずかしくても繰り返せば慣れる。当たり前になる。布団の中でこもる熱や、噛みしめたバスタオルをべたべたにする涎の粘つき、内腿を濡らす雫の温かさを、私はもう手放せなくなっていた。

 ――なでるだけじゃもどかしい。
 ――つめをたててかるくひっかく。

 愛しい人が、耳元で囁く。
 大丈夫だよと私に言い聞かせながら、一枚一枚丁寧に服を脱がせてくれる。
 まずはキス。間近にリキの顔を見る。唇を少しだけ開いて、吐息の交換をする。十秒ほどで離れて、もう一度。次は舌が入る。形だけの抵抗には構わず、舌先がちょんとつついてくる。一瞬躊躇い、私はそれに応える。応えて、貪る。
 そのまま私の胸にリキの手が伸びる。大丈夫だよとまた言って、さわさわとてのひらで撫でてくる。私が下でリキが上。流し込まれる唾が溢れてこぼれるけど気にしない。興奮してきて、私は足を擦り合わせる。じわりとそこが湿り始めたのを自覚して、リキの背に両手を回して抱きしめる。
 クド、どきどきしてるね。リキが呟いて私は認める。返ってくる笑み。頭を私の胸元に運び、キャミソールをめくりあげて舌を這わせる。犬みたいにぴちゃぴちゃと。くすぐったさと気持ち良さが半々の感覚に我慢していると、先端にキスされる。今度はちゅうちゅうと吸われ、あ、と声が出る。耐えられない。腰が跳ね、どっと滲む水の量が増える。

 ――それでもたりなくてつよめにつまむ。
 ――わたしはわたしをおいつめていく。

 リキの指が下に来る。溢れる半透明の水をまぶし、つるつるの皮膚を撫でて入口に差し掛かる。つぷり、と沈み、徐々に指先は奥を目指し進む。私の意識とは関係なしにひくつく覆いを越え、そこに辿り着いた指が、遠慮がちに刺激を与えてくる。
 これまでとは段違いの快感に、私は懸命に声を抑える。けれどいじわるなリキは何も言わず、私の反応を楽しみながら続ける。やがて訪れる、どこかに飛んでいきそうな、私が一瞬私でなくなりそうな、お腹の底に溜まっていたものが一気に解放されるような、そういう圧倒的な気持ち良さ。視界も思考もまっさらになって、何もかもがわからなくなる。

 ――びくんとからだがはげしくはねる。
 ――しばらくかたでいきをする。

 カーテンの隙間から射し込む月明かりに、布団を除けてぬらぬらと雫をまとった指をかざすと、てのひらを、甲を伝い、手首をのろのろと滑り落ちていく。そんな光景をしばし眺め、他のところに触れないよう気をつけてティッシュを何枚か箱から引き抜く。薄い紙が擦れる乾いた音をぼんやりと聞き、濡れた手指と下をざらついたそれで今日も拭ってから、私は急な喪失感を得る。甘く幸せな夢から醒めた時の、どうしようもなく悲しい気持ちを。
 優しいリキは、全部まぼろし。本当の私はひとりきり。人目を気にしてひっそり隠れて、惨めに自身を慰めている。
 いつも、そうだった。後片づけをしていると、こんなことをしてる自分が酷く情けなかった。
 なのにやめられない。決していいことじゃない、このままじゃだめだとわかっていても、私は浅ましい欲望を抑えられずにいる。……違う。抑えようとすらしていない。望んで、リキを汚している。

 ――ゆっくりこきゅうをととのえる。
 ――まくらのよこにてをのばす。

 私は、リキが好き。好きだけど、でも、私の想いは届かないと思う。
 背がちっちゃくて、髪の毛も目も黒くなくて、胸はぺったんこで下もつるつるな幼児体型、英語はできないし喋れない、運動だって特にできるわけでもない、何よりこんなにも自分勝手な、変なところばっかりの私のどこに、リキに好かれる要素があるんだろうか。
 周りには、素敵な女の人がいっぱいいる。鈴さん。小毬さん。三枝さん。来ヶ谷さん。西園さん。リキの気持ちはわからないけど、もし私達の中から誰かを選ぶんだとしたら、きっと私は選択肢に入らない。
 かつて、リキは私を笑わなかった。それでも。
 ああ、ねがてぃぶですね、と心の中で呟いても、前向きになろうとしても、それで現実が変わるはずはなかった。

 ――からだをきれいにしておく。
 ――いきをころしておきあがる。

 隣のベッドでは、佳奈多さんが寝ている。時折聞こえる呻き声。もしかしたら、悪夢を見てるのかもしれない。
 以前、お風呂で佳奈多さんの裸を目にしたことがあった。その腕や背中を染め上げる痣の存在は、誰にも言わないで、黙ってて、と釘を刺されている。当然私も不用意に口にするつもりはないし、どうしてそんな風になってるのか、実家へ行って帰ってきた時に何故新しい痣が増えてるのか、深く詮索しようとは思わない。佳奈多さんが私に言いたくなったなら、たぶん教えてくれる。だから、それまでは何も訊かない。
 布団に包まったままパンツとドロワーズを穿いた。佳奈多さんを起こしてしまわないよう、そっと私はベッドから出て、使い終わったティッシュをゴミ箱に捨て、役目を果たしたバスタオルを洗濯物として積んでおく。ベッドにこもっていた私の匂いは、しばらく放っておけば消えてくれるだろう。身体と布団の熱が冷めるまでの間、何とはなしに窓の外へ視線をやる。遠くから、にゃあ、と猫の声が聞こえた気がした。
 腕を軽く持ち上げ、すんすんと鼻を鳴らす。ちょっと汗臭いけど、お風呂に入ることはできない。朝になって佳奈多さんに指摘されたりはしないだろうか。優しくも厳しいひとだから、色々と迷惑を掛けるかもしれない。それが心苦しかった。

 ――よけいなものをかたづける。
 ――これでぜんぶもとどおり。

 姿を見るだけで心が躍って。
 話しかけてくれるのが嬉しくて。
 その笑顔を向けられると幸せで。
 何もかもを単純に受け止めて、はしゃいでいられればよかった。
 けれどいつしかもっとそばにいたくなって、叶いそうにないと気づいて、気づいても諦め切れなくて。
 こんな風にひとり、すぐ消えてしまうようなむなしい夢にすがっている。
 どこまで行っても私は、変わらない。変われない。誰より低い身長も、亜麻色の髪も蒼い瞳も、女らしさが全く感じられない身体も、勉強の上手くできない頭も……お母さんみたいになれない自分自身が、どうしても好きになれない。

 ……だから、これくらいは、許してほしいと思うのです。

 アオザイを羽織り、首元から腋にかけてのホックとリボンを留める。
 まだベッドの中はあったかい。赤ちゃんのように縮こまって、私はばさりと毛布を被った。
 世界は真っ暗。目を閉じる。リキと、それから佳奈多さんに、おやすみなさいと言葉を投げた。

 じゃらり。
 鎖の音が、頭の奥で響いた。



 ――ゆめからさめて、わたしが「わたし」でなくなっても。
 ――ずっと、いつまでも、わたしはあなたのゆめをみる。


[No.629] 2008/10/16(Thu) 21:16:14
笑顔で (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@8673 byte EXバレなし

 いつもの中庭の木陰で、本を開いている。もう、読まなくても全てそらで言えるほど、擦り切れても、それでもずっと読み続けてきたこの本。わたしの全てが書いてある。
 開いているだけで、私の視線は上を向いていた。青く晴れ渡った空がある。今日もいい天気。暢気にそんなことを考えていた。今日が、この時間が、一瞬の永遠が、最後なのに。
「いやっほー」







『笑顔で』







「……こんにちは」
 右手をシュタッと挙げて、挨拶してくる彼女に対して、冷静にお昼の挨拶を返す。今、お昼だったっけ。まあ、そんな瑣末なことは、今の状況ではどうでもいいことだろうけど。
「隣いい?」
 わたしは無言で体を移動させて、空間を作る。それを返事と取ってくれたらしく、彼女も嬉しそうに「ありがとう」と言って、わたしの横に腰を下ろした。
「驚かないんだね」
 つまんないなぁ、と口を尖らせて言う。何を言うのか。内心とんでもなく動揺している。ただ、リアクションというものを知らないだけであって。「ああ、お姉ちゃん、リアクション苦手だもんね」この子は……。
 ジト目で美鳥を睨む。口元をニンマリとさせて笑っていた。
「はあ」
 この能天気そうな顔を見ていると、なんだか全部どうでもよくなった。顔は一緒なんだけど。
「ああ! 何ため息吐いてるの? 幸せ逃げちゃうよ? もったいなーい!」
「うるさい」
「んふふふ」
「はあ」
 何がおもしろいんだか。変な顔で笑ってる。なんだかむかつく。いや、顔は一緒なんだけど。
「なによー。なになに? あたしのこと嫌い? うざい?」
「若干」
「ひどっ!」
「嘘です」
 嘘に決まってる。それも分かってたんだろう。だよねー、とか言って、美鳥はもたれ掛かっていた木から体を離し、ごろんと芝生の上に寝転んだ。気持ち良さそうな顔をしていた。そんな美鳥をぼんやりと見ていると、わたしの視線に気づいたらしく、ばんばんと地面を叩き出した。わたしにも寝ろと言っているらしい。なので、わたしは本を読み始めた。
「って、おーい。無視しないでよー」
「冗談です」
「流石に傷ついちゃうよ。あたしだって結構繊細なこころの持ち主なんだから」
「へえ」
 気の無い返事をしてみる。そうすると、今度はぶーぶー、とブーイングをしだした。少し、笑ってしまった。わたしがこんな風に素で冗談を出来る相手は、この子以外いないなぁ、なんてことをしみじみ感じる。
「どうしたの?」
 そんなことを考えていると、傍から見たら呆けているようにしか見えなかったようで、美鳥がはてな顔で見ていた。なんでもない、と言うジェスチャーをすると、「まあいいや。さっさと寝転べー」と服の襟をふん掴まれ無理矢理寝そべられた。
 空は見えなかった。木の葉が視界全部を覆ったせいだ。
 目を閉じる。風も無い。虫の鳴き声もしない。無機質な闇が広がる。今の状況の異常さを示唆しているような気がした。でも。
「きもちいいねー」
 その声を言葉を聞いた途端、わたしも気持ち良くなった。二人で並んで寝転ぶ。たぶん、わたしがずっと憧れていたこと。所謂、夢。今それが実現している。二人で遊んでいた記憶がよみがえる。鏡越しにしかわたし達は、言葉を交わすことも出来なかった。言ってしまえば、全てはわたしの想像の産物に過ぎなかったわけだし。でも。
 そっと美鳥がわたしの右手を掴む。そのわたしの右手から伝わってくる体温は本物で、感触も本物で、わたしはギュッと強く握り締めた。美鳥とこうして会えたことが嬉しくて、それを噛み締める。
「こういうのね、憧れてたんだー」 
 わたしも。
「こうやって触れ合いたかった」
 わたしも。
「お姉ちゃんの手、温かい」
 美鳥だって、温かい。
「なんだか夢みたい」
 わたしも、夢見てた。
「あはは。まあ夢みたいなものか」
 いやだ。こうしてずっと遊んでいたい。美鳥と。二人で。わたしはそれで十分なのに。
「もうすぐ終わっちゃうんだよね」
 そんなこと言わないで。
「そうですね」
 感情とは裏腹に冷静な言葉が、わたしの口から発せられる。終わらせたくないと、一番願っているわたしが、それが来てしまうことを確信している。この世界が終わるということは、わたしの人生の幕も閉じるといういこと。でも、今嫌なことは、それ以上にこうして出会えた美鳥とお別れしなければいけないこと。わたしは、馬鹿なんだろうか。馬鹿なんだろう。馬鹿なんだ。馬鹿だ。ものすごく馬鹿。馬鹿。
「粋なことするよね、恭介さんも。最後くらいお別れ言わせようとしてんだよ。あの人だって、自分のことだけで精一杯だろうに」
「強いんですよ。きっと」
「そうだね。まあ、でも、そのおかげでこうして出会えたんだし。この時間を目いっぱい楽しもうよ」
「そうですね」
 そうだ。その通りだ。悔いなんか残したくない。やりたいことをしよう。でも。
 いざ、そう考えると、何も思いつかない。それは、美鳥も同じようで、えーとー、と悩んでいた。その姿がかなりかわいいと思ってしまった。まあ、同じ姿なんだけど。
「よし!」
 何か思いついたらしい。
「お喋りしよう!」
 何も思いつかなかったらしい。流石、わたしの妹。
「で、お題でもあるんですか?」
「無いよ!」
 自信満々だった。
「思うが侭にお喋り! 女の子らしいと思わない?」
「別に」
「女の子らしい話と言えば、ずばり恋愛話だね!」
 人の話を聞いていない。というか、聞こえていてスルーしているという線が色濃い。しかも恋愛話って……。
「で、お姉ちゃんは理樹くんのことがずばり好きだ!」
「いえ、それは……」
 無いとは言い切れないのが悔しい。というか、一度あれやこれやをしてしまったりしている時点でアウトだ。でも。
「直枝さんとは、あれきりという、割り切った関係とういうことでひとつお願いします」
「えろーい」
 何がだ。
「そういう美鳥の好きな人はずばり直枝さんですね」
「ぬ、ぬぅ」
 言い返せないらしい。だめ姉妹だなぁ、とつくづく感じてしまう。真っ赤な顔で、未だに、ぬう、と唸っている美鳥を見ているとかわいくて羨ましく思う。あの、それは顔は一緒ですけどね。
「ふふふ」
「な、なに笑ってるの?」
「美鳥、かわいいですね」
「な、にゃに言ってんの!」
 更に顔を真っ赤にして、噛みながらの反論。同じ顔じゃん! と言ったのは聞かなかったことにしよう。
 楽しい。本当に。その後、美鳥から、恋愛話は置いておいて、と路線変更の提案があったので、リトルバスターズとしての活動遍歴などを色々と話した。美鳥は、笑顔で聞いてくれた。わたしも普段に無い饒舌ぶりだった。でも。
 楽しい時間ほど過ぎるのは早い。
「楽しいね」
 本当に。
「でも、もうお別れみたい」
 嫌だよ。
「そんな顔しないで」
 休み時間にチャイムが鳴るみたいに、簡単にこの時間も終わりだということを告げる合図が。世界の崩壊。それが始まった。
「結構、あれだね。安っぽい感じがするね。こう、発泡スチロールが削れていく感じ? うまい例えじゃない?」
 まだそれは遠くの方から始まっていたので時間はまだある。
「あのね、美鳥。まだ、まだまだ、話したいことがあるんです」
「うん」
「この間、鈴さんが」
「うん」
「あの……すごく……」
 それ以上話すことが出来ない。涙と鼻水が邪魔をする。まだいっぱい話したいことがある。まだいっぱい遊びたい。まだいっぱい触れていたい。これでお別れなんて嫌だ。嫌だよ……。
 ふわりと、温かさがわたしを包む。美鳥がわたしを抱きしめていた。
 お姉ちゃんなのに、しょうがないなぁ。そんなことを言われても、わたしは反論出来ないでいた。
「あたしもこれでお別れなんて本当は嫌なんだけど」
 だったら。
「でも、あたしは、こうして抱きしめることが出来ただけで満足もしちゃったりしてるんだー」
「え?」
「だからね、これでお別れ。ばいばい、だよ」
 見て。美鳥が言う。世界の崩壊とともに、美鳥の身体も少しずつ、欠けていっていた。
 ギュッと、わたしも力を込めて抱きしめる。少しでも、美鳥の身体が残るように、力を込める。だって、これで終わりなんて、嫌だ!
「大丈夫だよ」
「何が、ですか?」
「これで終わりなんかじゃないから」
「だから、何が?」
「理樹くんと鈴ちゃんは、強くなったんだよ。お姉ちゃん達が強くしたんだよ」
「……」
「きっと信じられない事だって起こるんだよ」
「でも、美鳥が!」
「いいの。じゃあねー」
 暢気なお別れの挨拶。あの子らしいと言えばらしい。だから、わたしも言わなければ、きっと、駄目なんだ。これはお別れだけど。お別れじゃないから。だから。
「バイバイ。美鳥」
「あ、あとね、妹からのアドバイス!」
 声だけになっても、しぶとく話しかけてくる妹にずっこけそうになる。笑ってしまった。そして、こんなお節介な妹を持てたわたしは幸せ者だと思う。
 だから、笑顔で、私も消えていく。バイバイ。







 病室のベッドで目を覚ました時、奇跡というものはあるのだなぁ、と。真っ先に思ったことがそれだった。事の真相を聞いて、奇跡と考えたことを恥じた。これは努力の結果であって、決して奇跡なんて簡単な言葉で片付けては駄目だと思った。
 比較的。あくまでリトルバスターズの中での話、軽症の部類だったらしいわたしは、すぐに退院することが決まった。当分、このまま本の虫状態の入院生活でも良かったとは思ったことは内緒。







 学校に復帰した日。
 まだリトルバスターズとして、退院は一号である。本当は内緒で退院して、しなりと教室で本を読みながらおはようございますと言って驚かせるということも考えていたのだが、毎日お見舞いに来て、早く皆帰ってこないかなぁ、と連呼されてたら、つい退院の日取りをぽろりと溢してしまったので、それは無理になってしまった。その時、抱きつかれて変な声を出してしまったことは内緒。直枝さんが鈴さんからハイキックをいい角度で貰っていたことは知っておいて欲しい。
 やや、緊張気味である。美鳥の最後の言葉が思い浮かぶ。まだ驚かせたいと思う心はあるようで、退院一発目の景気付けとしては良さそうだ。
 がらりと教室の戸を開く。随分早く教室に着いたというのに、既に二人、そこには居た。嬉しそうに近づいてくる。
「おはようございます、鈴さん」
「うん。おはよう、みお」
 美鳥。
「おはようございます」
 見ててね。
「理樹くん」
「う、うん! お、おは、おは、おはよう!」
 効果は如何程だろうか。ねえ、美鳥?







「妹からのアドバイス! 弾ける笑顔で名前を呼んであげると、男なんてイチコロだよ!」


[No.630] 2008/10/17(Fri) 04:59:11
焼菓子騒動 (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@13993 byte EXネタバレ0.1%くらい

「きょーすけ。手作りクッキーだ」
「「「「は?」」」」
 夕方の食堂にて。前置きも無しに唐突に鈴がそんな事を口走った。よくよく見れば鈴の手には可愛らしい紙袋が握られている。そして鼻を動かせばバターが甘く香っているのがわかる。
「…………すまん、鈴。何だって?」
 しかし、それを確認してなお真人は聞いた。鈴と手作りクッキー。どこまでも安定しない組み合わせに、思考回路が停止していた。
「だから、手作りクッキーだ」
 バカを見る目つきでバカを見て、鈴は包みを恭介に押しつける。そして夕食を黙々と食べ始めた。
「「「「…………」」」」
 まだ男四人は立ち直れない。まずは恭介の手に握られた包みを見て、鈴の顔を見、そしてまた包みを見る。
「「「「鈴が手作りクッキィーー!?」」」」
「わわわ! ふかー!」
 突然の大声に驚いた鈴がとりあえず威嚇した。
「ちょ、ちょっと待て鈴。突然手作りクッキーなど、しかも恭介にプレゼントなんてなにがあった?」
「うっさい、びっくりしただろぼけー!」
 謙吾が慌てて訊ねるも警戒態勢に入った鈴には通じない。髪を逆立てて威嚇してくる鈴はひとまずおいておき、視線は包みへと集まる。
「「「「…………」」」」
 いつもは一番騒がしいリトルバスターズの一角が、異様な緊張感を伴った沈黙に支配される。
「開けるぞ……」
 恭介の宣言に、誰ともなしに喉がなる。ふわりと解かれる包み。そこには、
「…………普通だ」
「むしろこれ、美味しそうだよ」
 こんがりとキツネ色の焼き菓子が。真人と理樹が当惑の声を出すのも無理は無い。ここまで非の打ち所が無い外見だと、鈴だけに不安が倍増する。理樹と謙吾はアイコンタクトをして恭介の方を見た。
「恭介」
「毒味を頼む」
「俺かっ!?」
 友人二人の情の無い発言に言い返そうとする前に、真人が口を開く。
「まあ、この筋肉に守られた俺が最初に食べるのが妥当かも知れないが、鈴が恭介に作ったものを奪う訳にはいかないだろ? 後で食わせてくれよなっ!」
 内容はところどころバカっぽいところが含まれているが、微妙に的を得ているセリフである。
「そうだよな、これは鈴が俺の為に作ってくれたクッキーだ…………」
 言葉に込められた感情は覚悟か諦観か。
「鈴、俺はこのクッキーを食うぞ!」
「とっとと食え馬鹿兄貴。そして感想を言えっ!」
 妹の罵声を浴びながら、一つのクッキーを取り出す。そしてそれをまじまじと見つめた後、意を決してクッキーを口放り込む恭介。

 サク

「「…………」」
「う…………」
「「う!?」」
「うまい…………」
「「うそぉ!!?」」
 目を見開いて身を乗り出す理樹と謙吾、そしてなぜ驚いているのか分からない真人。そんな真人に謙吾が丁寧に理由を説明していく。
「あのな、真人。あの鈴がクッキーを作ったんだぞ。そしてうまかったんだぞ」
「…………」
 しばらく沈黙する真人。
「うそだぁ!」
「反応が鈍い!」
 ずびしとつっ込む謙吾。そんな二人は完全に無視して、クッキーを口にした恭介は信じられないように一言一言選びながら言葉にする。
「塩と砂糖を間違えるというヘマもしてないし、焼き加減も絶妙だ。少し時間が経ったせいか湿気を吸っているが、文句は全く出ない。このバニラエッセンスの量も俺好みだ。
 ここまでくると匠の業を感じるぜ…………」
 言った本人も聞いている側も信じられないような大絶賛だった。全員の視線が鈴に向けられる。
「そうか、それはよかった」
 その鈴はというと、すごく満足そうに口を開いた。
「田中も満足だろ」















「「「「田中って誰だぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
「わぁ!?」
 男衆の余りの剣幕に、鈴は威嚇する事すら忘れる。男達もパニックをおこし、理樹を最初にして質問を滝のように浴びせかける。
「ちょ、なに、まさか鈴、彼氏できたの? これ、試作品?」
「ち、違う!」
「じゃあ田中って誰だよぉ!」
「そのクッキーを作ったヤツだ」
「何ィ!? これは兄への感謝の気持ちを込めて作ったクッキーじゃなかったのかっ?」
「誰もあたしが作ったなんて言ってない」
「ちょっと待て鈴。確かお前は手作りクッキーだと言ってなかったか?」
「そうだ、田中の手作りクッキーだ」
「ぐあああぁぁぁ! さっきの俺の感動はっ!!」
「で、鈴。田中さんって誰?」
「? 覚えてないのか? 前に熊にエサをやって凶暴化させたヤツだ」
「バイオ田中かよっ! っていうか作ったの男なのかよっ!! っていうかあいつの作ったものなんか食わせたのかっ! っていうかあいつは何でこんなにクッキーを作るのか巧いんだよっ!」
 まさかの怒涛の展開に恭介さえ平常心を保てていない。初めて見る兄の姿に怯えながら、鈴は紙を恭介に差し出す。
「それで、クッキーを食べたヤツにこれを渡してくれって」
 悪い予感しかしないその紙を、恭介はしぶしぶと受け取る。果たしてそこに書かれていた一文は、

『性転換クッキー』

「………………………………」
 無言で自分の胸に手を当てる恭介。手応えあり。次に股間へ手を伸ばす恭介。手応えなし。
「…………なんっじゃそりゃあああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」





 焼菓子騒動





「で」
 リトルバスターズの全員、10人が集められ、代表で呆れた声を出すのは来ヶ谷。
「これは何事だ?」
 携帯電話に表示さているのは一言、『来い』という文字。それを送った人は今、部屋の片隅でブツブツと何かを呟いている。理樹と真人はそんな恭介を一生懸命になぐさめているが、逆効果っぽい。
「恭介氏がパロディ好きだとは知らなかったぞ。そして今度はその主人公の真似か?」
「いや、ただ単純に余裕がないだけだ」
 微妙な顔で返事をするのはこの部屋の家主、謙吾。謙吾の部屋にみんなが集まる事は今まで無かったのだが、恭介の人目につきたくないという言葉によって一人部屋である謙吾のところに白羽の矢が立った訳である。
「…………? では何の遊びですか?」
 美魚が怪訝そうに首を傾げると、謙吾が今までの話を総括して話す。そして最後に問題のクッキーと、バイオ田中からの一文だけ書かれた手紙をみんなに見せた。
「恭介氏が、」
「女の子になったですか?」
「ぐはぁ!」
 クドの悪意ない言葉が恭介のふくよかな胸に突き刺さる。
「…………え、マジでマジで? 恭介さん、ちょっと胸、見せてくれません?」
「ごどばるっ!」
 葉留佳に返ってきたのは涙声だった。しかもマジ泣きらしい。
「という訳でだな、恭介が使いものにならなくて困っているんだ。どうにか恭介を立ち直らせる手伝いをして欲しい」
 困った顔をする謙吾だが、声にはどこか楽しそうな響きが漂っていた。大方、恭介の遊びが出来なくて寂しいけど、これはこれで面白いからOKとか思っているのだろう。
「しかしな、こちらとしてはまだ受け入れがたい事態である事に代わりはない」
 それに答えたのは、こちらも顔は困っているが声色には多分に楽しそうな響きをのせた来ヶ谷。彼女はおもむろにクッキーを一つ取ると、
「という訳で理樹少年、実際に食べて実演してみてくれ」
「僕ぅ!?」
 唐突に話をふられた理樹が大声をあげた。来ヶ谷はというと、心の底から楽しそうな笑みを浮かべて理樹ににじりよる。
「そうだ、さすがの我々も食べただけで性別が変わるなんて信じられないからな」
「え、え、それで何で僕なの?」
 言いながらも周囲に目を配って逃げ道と味方を探すものの、そんなものは一向に見当たらない。
「なに。真人少年は論外だし、謙吾少年も可愛いよりは綺麗系だろう? ならばやはりここは理樹少年が一番ではないかと思ってな」
「論外ってどういう意味だよっ!」
 真人も思わずツッコミを入れた。恭介を放って。シクシクシクと泣き崩れる恭介だが、生憎と彼の相手をする人間はいない。
「では理樹少年……覚悟っ!」
 クッキーを構えて一気に理樹に肉迫して捕獲する来ヶ谷。片手で無理矢理口を開けさせ、そこにクッキーを突っ込む、
「させません!」
 その瞬間。美魚が割って入り、クッキーを奪い取ると、逆に来ヶ谷の口に突っ込んだ。
「なっ…………!?」
 まさか妨害を、しかも美魚にされるとは思っていなかった来ヶ谷は思わずクッキーを飲み込んでしまう。
「あ」
 それは誰の声だったか。来ヶ谷の胸がみるみるうちにしぼんでいく。
「ちょ、股間の辺りがキツいぞ、これ!」
 思わず女の子たちは顔を赤くし、男の子たちは気の毒そうな顔をした。そんな中、美魚は平然とした顔で来ヶ谷に向き直る。
「恭介さんが女の子になってしまった以上、直枝さんまで女の子にする訳にはいきません。死守させて頂きます。
 しかし来ヶ谷×直枝…………。アリです。いえ、ここは直枝×来ヶ谷でしょうか?」
 そしていつしかブツブツと怖い独り言を呟く美魚だが、来ヶ谷の方も何かブツブツと言っていて怖い。
「私が男になるとは……しかも美魚君にしてやられるとは…………不覚!
 …………あれ? でもこれだと可愛い女の子と添い遂げてもなんの問題も無いのか? よっし! 小毬君にクドリャフカ君、葉留佳君に鈴君、美魚君にトドメで理樹女史、選り取り見取りだな!! まずは理樹少年を女史に」
「! させません! 直枝×来ヶ谷の夢を壊させません!!」
 すぐに正気(?)に返る二人。ズゴゴゴゴと妙なオーラをまき散らしながら対峙する。なんかよく目をこらせば、二人の後ろに同性愛の本が見えるかも知れない。
「…………あ〜」
 既に他の面々は二人から意識を外しているのだが、渦中の人物である(らしい)理樹にはあっさりと流していい場面では無さそうだし、そもそもとして他の人たちは飛び火を恐れてか仲間にいれてくれそうにない。
「…………」
 キョロキョロと周りを見回せば、空いているのは…………恭介だけ。物凄い落ち込んでいる恭介に関わりたくないのはやまやまだったがしかし、背に腹は代えられたい。恐る恐る恭介に話しかける理樹。
「ねえ、恭介…………?」
「そうか、そうだよな。いきなり女になったって言っても信じて貰えないよな。誰かがクッキーを食べれば信じてくれるんだよな。だったら…………」
 落ち込んでいて来ヶ谷がクッキーを食べた事に気がついていない恭介はガバリと顔をあげると、眼前にいた理樹の肩に手を置く。
「理樹、頼む! 俺の為にクッキーを食べてくれっ!!」
「うぇぇぇ!? きょ、恭介っ!?」
 男の時のノリで顔を近づかせてくる恭介に理樹の顔が真っ赤になる。
「頼むっ!」
(きょ、恭介の顔がこんなに近くに! ダメだダメだ、恭介憧れだけど僕たちは男同士で…………だけど恭介は今女だからっ?)
 完全にパニックに陥った理樹。顔を真っ赤にして、目と頭をグルグル回して、
「…………」
「…………」
「ってそこの二人! 何を見物してるのっ!?」
 そしてツッコミも忘れない。いつの間にか対峙をやめていた美魚と来ヶ谷が恭介と理樹を見つめていた。
「いや、これで理樹少年が女の子だったらと思うと…………」
「大丈夫です。私の頭の中では恭介さんは男性に変換済みですから。やはり恭介×直枝は王道ですね」
「思わないで、僕を女の子だと思わないで! そして王道って何!?」
 今までの事を忘れて二人に体ごと突っ込んでいく理樹。そして一人ポツンと残される恭介。
「…………」
 またいじける恭介。そしてそのすぐ側で鈴と葉留佳、小毬と謙吾が談笑していた。
「しかし田中さんもまた、すごい物を発明しますネ」
「だな。最初は俺もいきなり恭介が叫んだ時は何事かと思った」
「でもりんちゃん。よく田中さん……というか、知らない男の人とお話出来たね」
「ぅ…………」
 小毬の言葉に、心底嫌だったという事を顔と声で表現する鈴。
「うん? どうかしたの?」
 心配そうな顔をする小毬。次いで謙吾と葉留佳も怪訝な顔になる。
「どうした? 何かあったのか?」
「もしかして、脅されたりとか?」
「違うっ、そういう訳じゃない!」
 力一杯否定する鈴。直後、じゃあどうしたんだという三対の視線が突き刺さり、再び泣きそうになる。
「りんちゃん。本当にどうかしたの?」
 心から心配そうな声を出す。小毬に、しばらく迷っていたものの、最終的には鈴が折れた。
「モンペチを貰った」
「お前はキャットフードで兄を売ったのかぁぁぁ!」
「っ!!」
 突如の大声に鈴の身が竦む。しかし目の前の女性が恭介だと思い直すと、負けじと大声をあげかえした。
「違う! カップゼリーも貰った」
「お前はキャットフードとカップゼリーで兄を売ったのか!」
「そうだ。だけどただのじゃないぞ。カップゼリーは三袋も貰ったし、モンペチに至ってはゴールドを一箱も貰った」
 なぜか誇らしげに言う鈴に、恭介の体が崩れ落ちる。そして、プルンと震える恭介の胸。ブラをしていないので震え方もダイナミックである。
「…………」
 無言で自分の胸を見る鈴。縄跳びをしてもほとんど震える事の無い胸。
「きょーすけなんて嫌いだっ!」
「なんでだよ、明らかにそれ俺のセリフだろうが!」
 恭介が至極当然の突っ込みをいれると、またもや自己主張をする大きな胸。
「きしょいんじゃぼけー!!」
「ぐはぁ!」
 半泣きでハイキックをぶちかます鈴。なにやら女としてのプライドを著しく傷つけられたらしい。原因としては比較的自業自得っぽいけど。
 はーはーと激しく息をする鈴。
「……結構本気で蹴ってましたね、今の」
「鈴は攻撃する時はいつも本気だ」
「そうかなぁ。さーちゃんの傷はあそこまでひどくない気がするけど……」
「? さーちゃんって誰ですかね?」
「あ。いや、あははは…………」
「「?」」
 冷や汗をかく小毬に疑問符を浮かべる葉留佳と謙吾。
「……ところでさ、あのクッキーって美味しいんだよね?」
「ああ。恭介はそう言ってた。……って神北、まさかっ!?」
「ちょ、ちょっと。こまりん本気っ!?」
 話題を返る為にそんな話をしてみたのだが、しかし想像以上に食いつきがよかった。謙吾と葉留佳の血相が変わる。
「いけないよ小毬君! あれに女を捨ててまでの味があるとは思えない!」
「ほぅわぁぁぁ!」
 しかしなぜか一番に小毬に詰め寄ったのは来ヶ谷だった。初動で遅れをとった二人は少しだけ身を乗り出した状態で固まっている。
「確かに市販のクッキーよりも美味しかった事がは認めよう。しかし、しかし小毬君のその可愛らしさを犠牲にするべきものではないと私は考える」
「わかった、わかったからゆいちゃんどいて!」
 男前な来ヶ谷に詰め寄られて顔が真っ赤な小毬。必死になって来ヶ谷から距離をとる。
「はぁ〜、びっくりしたよ〜」
「お口直しにどうぞ」
「あ、ありがとう」
 目の前に出されたクッキーを口に運ぶ小毬。パリという音と共に口いっぱいに広がる甘い香り。
「わぁ。美味しいクッ、キー……?」
 恐る恐る小毬はクッキーが差し出された方を見る。するとそこには指を2本たてた美魚の姿が。
「みおちゃん!?」
「そんなに驚かれなくても、私と来ヶ谷さんの身体能力差を考えれば当然の事でしょう。気にしないで下さい、男になっても私は今までと変わりませんから。
 しかし神北さんは誰とのカップリングがベストでしょうか…………?」
「しまった、油断したぞ西園少年!」
「って、うわぁ! みおちゃんも男の子だぁ!」
 叫んでいるうちにみるみる胸がしぼんでいく小毬。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ぅ」
「「う?」」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! もうお嫁に行けないぃ〜〜〜」
 物凄い勢いで泣き始めた美魚に、流石の二人も少し慌て始める。
「し、しまった。小毬少年がマジ泣きだ」
「……少し調子にのりすぎましたか」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「…………はぁ。これはこれで」
「悦に浸っている場合か美魚少年。ああ、しかしどうやって元に戻したら……」
 小毬の泣き声をBGMに考え込む美魚と来ヶ谷。
「……バイオ田中さんという人に連絡をとってみれば」
「しかしその人との連絡のとり方が分からん。恭介女史も連絡を取ろうとしてただろうし、」
「女史っていうなぁぁぁぁ!!」
 恭介も乱入しててんやわんやの謙吾の部屋。その部屋の隅、完全に話から外れてしまった真人とクドがポツンと座っている。
「…………なあ、クド公」
「はい、何でしょうか井ノ原さん」
 大騒ぎする一同を眺めながら真人は言う。いつの間にか理樹は女になっているし、葉留佳も男になっていた。
「もう一回あのクッキー食べたら元に戻んじゃねぇ?」
「あ」
 クドの口から言葉が漏れる。
「……何で皆さん、それに気がつかないのでしょうか?」
「いや、それは俺が聞きたい」
 少し考えれば分かりそうなものなのにとクドが思ったところで、そう言えば自分も気がつかなかったなと思いなおす。
 際限なく広がる騒ぎ。それが一段落し、真人によって諭されるまでもうしばらく。ついでに真人に気がついて、なんで自分たちが気がつかなかったんだとみんなして落ち込むまでももう少し。
 バカの方が気がつく事もある。


[No.631] 2008/10/17(Fri) 20:47:33
[削除] (No.621への返信 / 1階層) -

この記事は投稿者により削除されました

[No.632] 2008/10/17(Fri) 20:52:28
0:10えむぶいぴーらいん (No.621への返信 / 1階層) - しゅさい

パソコンの前にいられない状況にありますので、事前にMVP締切の時間を設定しちゃいます。
0:10(までオーケー)
この掲示板における時刻を基準としますので、「自分の時計では10分になってなかったのに…」てなことにならないようお気を付けくださいませ。


[No.633] 2008/10/17(Fri) 22:13:00
変わるモノ (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@22437 byte EX微バレ 容量オーバー

 いつからだろうか。
 私は自問自答する。
 だが考えても答えは出ない。
 気づいたときには変わってしまっていたのだから仕方ない。
「ふぅー」
 益体もない考えを振り払うように息を吐くと、パソコンに向き直り仕事を再開した。

                変わるモノ

「あーちゃん先輩」
「ん?なに?」
 顔を上げると、目の前で二木さんが少し心配そうな表情を浮かべて立っていた。
 ふむ、最近ポーカーフェイスを私相手にも見せなくなってきたわね。
 うん、いい傾向だわ。
 ……でもどうしたのかしら。
「もしかしてお疲れですか?」
 ああ、そういうこと。
 さっきまでの表情を見られてたってわけね。
「んにゃ、そんなことないわよ。ちょっと考え事してただけ」
「はぁ、だったらいいんですけど」
 納得したのか二木さんはさっきまで作業していた机に戻り、開いていたノーパソを閉じた。
「あら、かなちゃん。どっか行くの?」
 私がそう呼びかけると、途端に彼女は不機嫌な表情を浮かべてしまった。
 あー、そこは相変わらずなのね。
「その呼び方は止めてくださいといつも言ってるじゃないですか、あーちゃん先輩」
 そしていつも通りの反論。
 即座に反応してくれるのは可愛いけど、いい加減認めて欲しいわね。
 まあ、とりあえずこの場は折れておきましょう。
「悪かったわ、二木さん。……それで、どっか行くの?」
「ええ、買出しに」
「買出し?……ああ、あれね」
 記憶の中からキーワードを見つけ頷く。
 確かに買いに行かなくてはならないものがあったけど、あれって結構量があったはずじゃ。
「1人で大丈夫?」
 なものだからついつい尋ねてしまう。
 二木さんのことだからしっかり対策済みだとは思うんだけどね。
「大丈夫ですよ。たぶんそろそろ……」
 言葉を切り、寮長室の扉に視線を向けたので、釣られてそちらに首を動かすとタイミングよく扉が開いた。
「はぁー、やっと終わった……」
 入ってきたのは直枝くん。
 息も絶え絶えって感じね。
 男子寮長が問答無用で引っ張ってちゃったけど、どんなトラブルだったのかしら。
「ちょうど良かったわ、直枝。付き合って頂戴」
「え?いや、今帰ってきたとこなんだけど……どこへ?」
「駅前に買出し」
「か、買出し?」
「そう、買出し」
 にべもない二木さんの言葉に直枝くんの表情が引きつる。
「い、いや、疲れてるんですけど。せ、せめて少しだけでも休憩を」
「ダメよ、仕事はまだいっぱいあるんだから」
 直枝くんの精一杯の訴えは即座に却下されてしまった。
 いやー、相変わらず厳しいわね、二木さんは。
「うう、僕ただの手伝いなのに」
 深い溜息を吐いて直枝くんは項垂れてしまう。
 でもそこはちょっと訂正が必要よね。
「あら、何を言ってるのかしら。直枝くんは次期男子寮長なんだからただの手伝いなんかじゃないわよ」
 もうすでに私と現男子寮長の間では確定事項な事柄だ。
 というか彼以上の人材は現状いない。つかいるならすでに寮会の仕事を手伝わせてる。
「やっぱり確定なんですね」
「当然」
 少し胸を反らせて答えると、直枝くんはがっくりと肩を落としてしまった。
「大変ねー、直枝は」
 からかい気味に二木さんは直枝くんに話しかけるけど。
「何言ってんの。二木さんも私の後継者確定なんだから2人で頑張るのよ」
 私の言葉に二木さんも深い溜息を吐くのだった。
 失礼ねー、2人とも。
「コホン、とりあえず行きましょう、直枝」
「い、いやー、僕はもうちょっとここで休みたいなーって」
「却下」
「はい」
 直枝くんの僅かばかりの抵抗は即座に破られてしまう。
 まー、口で直枝くんが二木さんに勝てるわけないわよね。
「ほら行くわよ、直枝」
「ちょ、腕掴まないで!歩くから。ちゃんと歩くから、だから腕組もうとしないで」
 直枝くんの抗議の声を無視して二木さんはさっさと寮長室を出て行くと、そのまま彼を引きずるように歩いていってしまった
 そんな光景を私は笑いながら見つめる。
「相変わらず強引ね、二木さんは。……あれは積極的なのかしら、それとも無意識?」
 二木さんの性格的に無意識に抱きついてるように思う。
 と言うか意識したら絶対出来なさそうだわ、あの子の場合。
「さてと。じゃあ残りの仕事をさっさと終えてしまいましょうか」
 いつ2人が帰ってくるか分からないし、進められるだけ進めちゃいましょう。
 二木さんも言ったように仕事はいっぱいあるんだから。
 ……改めて自覚するとテンション下がるわねー。

 そうして仕事を再開して少し経ったころ、コンコンと控えめに寮長室の扉がノックされた。
「どうぞー。遠慮せず入ってらっしゃい」
 私が答えると、おずおずと女の子が入ってきた。
「あら、棗さん」
 入ってきたのは私の猫友達である棗鈴さんだった。
「どうかしたの?」
 入った途端きょろきょろと中を見回す彼女に声を掛ける。
 すると少しばかりうろたえた表情で棗さんは答えた。
「うみゅ、理樹は?」
「直枝くん?買出しに行っちゃったわよ」
「え……理樹、いないのか……」
 私の言葉に僅かに目を見開くと、シュンと肩を落としてしまった。
 分かりやすいくらい落胆するわねぇ。そんなにショックなんだ。
「何か用があったの?」
「うー、新作のモンペチが出たんだ。だから買いに行くのに付き合ってもらおうと思ってたんだが」
「新作?」
 それはなかなかに聞き逃せない情報ね。
 私の表情を察したのか、棗さんは小首を傾げた。
「うん?寮長もいる?」
「そうねー、一つでいいから買っておいてくれない?お金は後で払うから」
「ん。わかった」
「じゃあお願いね」
 私の言葉にチリンと鈴を鳴らし彼女は頷いた。
「うみゅ〜、けどどうしよう。1人じゃ持ちきれないし……だけど馬鹿兄貴に頼むのはなんかやだし」
 棗さんは腕を組んで悩みだす。
 ……そんなに棗くんと兄妹で買い物に行くのが嫌なのかしら。
 少し彼に同情しちゃうわね。
 まあ、とりあえず目の前の彼女の悩みを解決してあげましょうか。
「大丈夫よ。直枝くんが買出しに向かったのは駅前だし。棗さんが行くのも駅前でしょう?」
「うん、駅前のペットショップ。寮長も利用してるとこだと思う」
「ああ、そこね。……そうねー、今から急いで出れば追いつけるんじゃないかしら。ちょっと前に出かけたばかりだし」
 壁に掛かっている時計を見上げながら答える。
 たぶん河川敷あたりで追いつけるんじゃないかしら。
「そっか」
「ええ。それに二木さんも一緒だしね。のんびりおしゃべりでもしながら歩いてるんじゃないかしら」
 私の言葉に棗さんはピタリと動きを止めた。
 そしてそのまま油の切れたブリキ人形のようにギギギと首をこちらに向けた。
「……かなたも?」
「ええ、そうよ。2人っきりで仲良くお買い物。……ふむ、そう口にするとなかなかに意味深ね」
「なにぃ!?」
 棗さんは驚愕に目を見開く。
 ……ふふ面白そうね。
「そういえば腕組んで歩いていたわね」
 更に焚きつけてみた。
「なぁっ!?」
 予想通り更に驚きの表情を見せると。棗さんはよろよろと数歩後ずさった。
 面白い。棗さん、いい反応だわ。
「くっ、こうしてはいられない。いってくる」
「はいはい、いってらっしゃい。あっ、私の分の新作モンペチも忘れないでね」
 私の言葉に一度頷くと、くるりと踵を返し棗さんは廊下を走っていってしまった。
 さてさて、どんな修羅場が生まれるのかしら。
 我慢しきれずついつい駅前の方へと私は視線を向けてしまうのだった。

 それからしばらくして新たな訪問者を私は迎えていたのだけれど。
「ねぇ、棗くん。するなとは言わないけど、漫画だけ読みに来るのって酷くない?」
 私は後ろの席で寮長室に置いてある漫画を読み耽っている棗くんに抗議の視線を向けた。
 その私の視線に気だるげに彼は目線を返した。
「いいじゃねえか。たまには息抜きさせてくれ」
「だったら自分の部屋で読めばいいでしょう。……というか就活終わったの?」
 私の記憶が確かなら、棗くんはまだ就職先は決まってなかったはずだ。
 案の定、彼は言葉を詰まらせる。
「……だから息抜きさせてくれって言ってんだよ。自分の部屋とか教室もいいんだが、
たまには気分を変えてみたくもなる」
「分からなくもないけど人が必死こいて仕事している後ろで遊ばれてるとムカつくのよ。
こんな美少女がいるんだから漫画なんて読まずに話しかけなさいよ」
「……それは逆に仕事の邪魔にならないか?」
「いいのよー、そう思うと気分が良いから。それに黙々とやるより適度な会話の方が効率的よ」
「そういうもんかね」
 疑わしそうな視線を彼は向けてくる。
 まあぶっちゃけ黙々と仕事してるのが寂しいだけなんだけどね。
 けど、彼が近くにいるだけで良しとしますか。
「まっ、いいけどね」
 私はくるりと身体を前に戻すと、仕事を再開した。
 キーボードに指を躍らせ数値を打ち込んでいく。
 単純作業だけど量が膨大だから疲れるのよねぇ。
 そんなことを考えつつ資料に目を通し、キーボードを叩く。
 すると。
「よいしょっと」
 すぐ隣で椅子を引く音がした。
 思わず数字を打ち間違えてしまう。
「……棗くん?」
 私はそちらを振り向き、動揺を悟られないよう、努めて冷静な声で尋ねる。
 すると彼は軽く肩をすくめて視線だけこちらに返した。
「どうせ一緒の部屋にいるなら隣同士のほうが自然かと思ってな」
「……そうね」
 なにがそうね、なのだろう。
 自分の言葉を疑問に思いつつ私はそれ以上何も言わず、視線をパソコンに戻し作業を開始した。
 そんな私の行動を見るともなく見て、彼は尋ねてきた。
「そういや理樹は?」
「直枝くん?二木さんと一緒に買出しに行ったわ」
「ありゃ、そうなの?」
 声が若干気落ちしているように思える。
 ……さては彼に会いたくてここに来たな。
「二木さんが強引に連れてっちゃってねー」
「へー、あの二木が」
 彼も意外だったのだろう。
 声に驚きが含まれているのが分かる。
「で、そのあと棗さんがこの部屋に来たから2人が仲良く買出しに行ったって焚き付けといてあげたわ」
 横目で彼を見ながら答えると、彼は少しばかり非難の視線を向けてきた。
「人の妹で遊ぶなよ」
「あら、私は事実を教えただけよ」
 追いかけるという選択をしたのは彼女自身なのだ。
 まぁ、そうなるように少しだけ誘導したきらいはあるけれどね。
「やっ、まぁそうなんだろうけどさ。……でもあの二木がか。そいつはちょいと予想外だな」
「あら、棗くんでも予想できないことってあるんだ」
 結構本気でそれは意外だった。
 何でも……特に親友や仲間内で起きる出来事に対してはどんなことでも把握してると思ったのに。
「別に俺は万能じゃねえよ。特に恋愛関係は口を出す気ないからな」
「そうなの?棗くんのことだからてっきり直枝くんと棗さんにくっついてもらいたいとか思ってると考えてたんだけど」
 シスコンでブラコンだからてっきりそうなるように動くとばかり思ってたんだけど。
「そりゃ本心ではな。けどそればっかりはあいつら自身が決めることさ。俺は一切関知する気はない」
 ニヒルな笑みを浮かべると、彼はもうこれ以上このことを話すつもりはないとばかりに漫画に視線を落としてしまった。
 ふーん、意外ねえ、本当に。
「……そう言えば棗くん自身はそういうのないの?」
 気になっていた疑問を口にしてみる。
 彼ってもてるくせに全然そんな噂立たないのよねえ。
「俺?」
 何故か彼は心底意外そうに尋ね返す。
 そんなに変な質問だったかしら。
「そう、貴方。いないの、そういう相手」
「あー、特にいねえなぁ」
 ガシガシと頭を掻きながら彼は答える。
「そうなの?いつも遊んでいる……えーと、リトルバスターズだったわよね、確か。あの集団にも結構女の子いるでしょう?」
 そういうのに近い関係の子とかいると思ってたんだけど。
 けれど彼は首を横に振る。
「あいつらか。ないな、それは。……あいつらは俺の扱いがぞんざい過ぎる」
「リーダーなのに?」
「そいつはもう理樹に譲った」
 前髪を軽くかき上げながら彼は答えた。
 うーん、そんな仕草が嫌味にならず決まるとこがいやよねー。
「それに元々新生リトルバスターズは俺じゃなく理樹を中心として結成されたものだしな」
「なるほど。つまりみんな直枝くんにベタ惚れと。大変だなー、棗さんは」
 同じ猫好き同士応援してあげたいけど二木さんとか他の知り合いもその面子に含まれるわけでおいそれと頑張れとは言えない。
「ベタ惚れかどうかは分からんが、好意は持ってるだろうな」
 その声に一抹の寂しさを感じた。
 一瞬女の子達の好意が自分に向けられてないからかなとも思ったけど、私の知ってる彼はそういうのに拘る人間じゃなかった気がする。
 だとすると。
「直枝くんに構ってもらえず寂しい?」
「おう」
 予想通りの回答を予想外の素直さで認めた。
「それに鈴も最近小毬とか女子メンバーとばかりつるむようになってなぁ。はぁー、すげえ寂しいぞ」
 それは聞いてないんだけど、ホント筋金入りのシスコンね。
 私は軽く溜息をついた。
「なんだよ、失礼なやつだな」
「べっつに〜。でも恋愛に興味はあるんでしょ?」
 流し目で彼を見ながら尋ねてみる。……が、何故か彼は歯切れ悪くまあなとしか返さなかった。
「何よその反応。……はっ、まさか噂はマジなの?」
「はぁ?なんだ、噂って」
「えっと、男にしか興味ないって噂」
 さっきからの会話を聞く限り、あながち根も葉もない噂ってわけじゃないわよね。
 や、まさか真実。うわっ、それはかなりショックかも。
「ちげえよっ!!」
 一拍遅れで反応が返ってきた。
「反応遅いわねー。まさか結構真実?」
「1パーセントも混じっとらんわ?あまりの内容に言葉を失ってただけだ。誰が噂してるんだ?西園か?西園なんだな?」
 えらく真剣な表情で詰め寄られる。……ち、近いって。
 それになんで西園さんの名前が出るのかしら。
「と、特定の誰かというよりそこらかしこで噂になってるわよ」
「……マジかよ」
 青ざめた表情で呆然と棗くんは呟いた。
 いやー、そんなにショックを受けられるとさすがに可哀想になるわね。
「貴方が彼女でも作れば一発で消えるんじゃない、そんな噂。と言うかもてるのに彼女を作らないからそんな噂が出回るのよ」
 前々から思っていたことを指摘すると彼は深い溜息をついて私を見返した。
「そう言われてもなぁ。女に興味ないわけじゃないが彼女作る気が沸かないんだよな」
「なにそれ」
「別に。恋愛よりも理樹たちとバカやってる方が今は楽しいって思ってるだけだよ」
「ふーん」
 なんと言うか見た目に反して男の子……て言うか子供よね。
 まっ、そこが彼らしいちゃらしいんだけどね。
 ……あー、どうしようかしら。話の流れ的に聞きやすいけど……いいや、聞いちゃえ。
「でも付き合ってみたらそっちの方が楽しくなるかもよ」
「楽しく、ねぇ」
「ほら、ちょうどここにこんなお買い得な美少女がいることだし、試しに付き合ってみない」
 しなを作り、ちょっと冗談めかしつつ尋ねてみた。
 そんな私を彼は頭の先から爪先までじっくりと見渡してポツリと呟いた。
「ないな」
「ちょ、なにそれ。ひっどいわねー。結構傷くつわよ」
 なにあっさりさっぱり結論を出しやがるかね、この男は。
 私は怒鳴りだしたい気持ちを抑え付け、できるだけいつも通り冷静な態度を見せる。
「あー、まぁ、お前ってうちの連中みたいにぞんざいな扱いもしないし、クラスの女子みたいに変に持ち上げてもこないからさ。付き合い易いっちゃ易いし、何よりお前との会話は楽しいけどさ」
「けど?」
 そこが重要だ。
 と言うかかなんでそんな高評価であっさり断られる?
「主導権を握れる自信がねぇ。つか絶対振り回される」
「おいおい」
 それが理由?
 私は軽く眩暈を覚える。
 が、何とかそれをおくびに出さず僅かに溜息を吐くだけに留める。
「まあそう言うわけだから軽い気持ちで付き合う気にはなれないんだ。わりぃな」
 彼は無駄に爽やかな表情でそう締めくくった。
 軽い……ね。まっ、そういう態度で誘ったんだから仕方ないか。
 よし、気持ちを切り替えよう。
「まー、棗くんがそう答えるのは分かってたわ」
「ん、そうか?」
 少し意外そうな表情を棗くんは覗かせる。
 その表情が少し可愛いなって思うけど、ここは敢えてそんな気持ちは切り捨てよう。
「ええ。だって私ってこんなでしょ」
 自分の胸を両手で持ち上げるような仕草をし、そのまま腰、お尻と手を這わせる。
 傍から見るときっとエロイ仕草よね。棗くんも少し顔を赤らめてるし。
 まっ、それは無視して行きましょうか。
「ほら、私ってロリでもペタでもないじゃない。……はぁー、実年齢より年上に見られる自分の容姿が恨めしいわ」
 止めに顔を隠し、ヨヨヨと嘘泣きをしてみた。
「だー、誰がロリコンだ、誰がっ」
「棗くん」
 すかさず人差し指を突き刺してあげる。
 私の迷いのない仕草に一瞬棗くんは動きを止める。
「だ、誰が噂をしてるんだ?」
 冷や汗を掻き、顔を引き攣らせながら棗くんは聞いてきた。
 分かり切ってることことなのにぃ。
「学園中の噂ね、たぶん」
「ぐあっ……」
 今度こそ頭を抱えると、棗くんはその場でのた打ち回るのだった。
 うん、ちょっと楽しいかも。

 そんな奇行にはしる彼の様子を見て楽しんでいると。
「なんか寮長と恭介さんの組み合わせって珍しいデスね」
 寮長室の扉を開け、三枝さんがひょっこりと顔を出して私たちを見ていた。
「あら、どうかしたの、三枝さん」
 珍しい訪問者に声を掛ける。
 あの三枝さんが寮長室に来るなんてよっぽどのことよね。
「やはは、ちょっとかなたがいないかなって思って」
「二木さん?なんだ、そういうこと。てっきり日頃の行いを反省しにきたのかと思ったわ」
 私がそう言うと三枝さんはあははと汗をかきながら頭を掻いた。
 ふむ、自覚はあるわけね。反省もして欲しいんだけどな。
「そ、それは置いといてですネ……えーっと、お姉ちゃんは」
「ああ、はいはい。二木さんなら直枝くんと仲良く買出しに行っちゃったわよ」
「なんですとーっ!!」
 驚愕の表情を張りつかると、身体をよろめかせた。
 棗さんもそうだけど、二木さんがそんなことするのってそんなに意外かしら。
 と、思ってると。
「言っとくが鈴も一緒だぞ」
 いつの間にか復活した棗くんがそう告げると、あっさりと三枝さんは落ち着きを取り戻した。
 ちっ、余計なことを。
「なるほど、鈴ちゃんも一緒かー。じゃあ何にも問題ないデスネ。それによく考えたらあのお姉ちゃんが例え2人っきりになれたとしても理樹くんとどうにかなるわけないっすね。めちゃ奥手だし」
「実の姉に酷い評価ねー」
「やー、事実だからしょうがないデスヨ」
 能天気に彼女は笑う。
 ……あー、そういえば気になってたんだけど。
「ねえ。なんで棗くんがのた打ち回ってた時つっこまなかったの?」
 あの異様な光景をスルーするなんて、私なら出来なかったと思うんだけど。
「へ?ああ、恭介さんの奇行にいちいちつっこんでたら体持ちませんヨ。そう言うのは理樹くんの役目なんデスヨ」
 彼女の言葉に少しだけ同情の視線を棗くんに向ける。
 どんだけ軽く見られてるのかしら、彼は。
「あ、あー、そういやお前は二木に何の用だったんだ?」
 声に若干の動揺を見せながら棗くんは三枝さんに尋ねた。
「え?ああ、シフォンケーキを作ったんで味見してもらおうかなって思いましてネ。でもお姉ちゃんいないならどうしよっかなぁ」
 頭を掻きながら軽く悩むと、すぐさまポンと手を叩いた。
 なにか結論が出たのかしら。
「そういや寮長へクド公から伝言があったんですヨ」
「え?能美さん?」
 い、いきなりなんなのかしら。
「新しい茶葉が手に入ったんで近々持っていくそうデスよ」
「あ、ああそうなの。じゃあ待ってるわって伝えといて」
「はいはーい。了解でーす。じゃあはるちんはこれにて帰ります」
 ビシッと敬礼をするとそのまま三枝さんは寮長室を出て行こうとした。
「ちょ、シフォンケーキは誰に味見してもらうの?」
 私が慌ててそう聞くと、忘れてましたよなどとのたまわった。
 だ、大丈夫なのかしら。
「えっと、美魚ちんに頼んでみますヨ」
「西園さん?」
「いやー、あとで本借りに行くつもりだったからちょうど良かったデスネ。ってことで今度こそあでゅーです、寮長、恭介さん」
「え、ええ」
「お、おう」
 返事を返したときにはもう彼女の姿は見えなかった。
 相変わらず嵐のような子ね。
 誰が言ったか騒がし乙女の面目躍如ってとこかしら。
 ……けれど。
「変わったわね、彼女」
「ん?そうか?」
 彼女が出て行った扉を見ながら零した私の呟きに彼は反応した。
「あら、かなり変わったじゃない。二木さんのこともそうだけど他にも色々と」
 例を挙げればキリがないけど、前より楽しそうなのは間違いない。
 私はパソコンに視線を落としたまま言葉を続ける。
「三枝さん……ううん。二木さんも含めてリトルバスターズのメンバーは大なり小なり変わったわよね」
 あの子達の顔を思い浮かべる。
 あの来ヶ谷さんすら変わったのよね、いい方向に。
「二木はメンバーじゃないんだがな」
「同じようなもんでしょ。……それに特に棗さんと直枝くんは変化が顕著ね」
 私の言葉に微かに隣の椅子がギシッと軋んだ。
「……お前の目から見てあの2人はどう変わった?」
「どう?」
 棗くんの言わんとする意図がいまいち分からなかったけど、私は素直に答えた。
「頼もしく……なったかしら。成長した、と言い換えてもいいけど」
 私がそう答えると、彼は満足そうにそうかと呟いた。
「でも貴方は変わらないわね」
 顔を見ないまま呟く。
 すると彼は当然と言った感じで彼は答える。
「俺はバスターズの要だからな。おいそれと変われないさ」
「リーダーは譲ったのに?」
「それはそれ、これはこれさ」
 楽しそうに彼は笑う。
 それが凄く晴れ晴れとしたものだったので、私はそうとだけ呟いた。
「けどそれも俺が卒業するまでだな。そりゃ今後も関わると思うが、あのグループを纏めていくのは理樹と鈴だろうからさ」
「全てを託すってこと?」
「舵取りはすでに任せちゃいるが、あのグループを率いる責任ってやつも背負ってもらうつもりだ」
「なるほど。そりゃ大変だ」
 と、人事ではない。
 私も寮長を辞して二木さんに役目を譲るんだ。そう言う事もちゃんと考えなきゃいけないわね。
 ああ、二木さんだけじゃない、直枝くんも一緒か。
「けど直枝くんは二束の草鞋で大変ね」
「ん?ああ、そういやそうか。だが理樹なら大丈夫さ」
 全幅の信頼、そう取って構わない声で彼は頷く。
 そしてふと気づいた。
 彼の彼らに向ける視線の変化に。
「棗くん、前言撤回」
「あん?」
「君も十分変わったわよ」
 ニコリと笑顔を向けて教えてあげる。
「え?」
 私の言葉に呆けた表情を見せる。こう言う表情は珍しいわね。
「ちゃんとあの子達を信頼できるようになったのね」
「は?前から信頼してるぞ」
「それは保護者としてでしょ。あの子達のできる範囲を知ってるからこその信頼。けど今は根拠なく信じられるでしょ?」
「あ、ああ。そう言われればそうだな。……けどそれはあいつらが成長したからだろ」
 確かにそうかもしれない。
 けれど。
「けど昔ならなんだかんだで世話を焼いてたはずよ。託すなんてしなかったんじゃない」
 全部自分でしようとしなくなった。さっきの彼の言なら責任を全部背負い込まなくなった。
 それはきっと成長に違いない。
「……参ったな。よく見てるな」
「あら、これでも寮長なのよ。その辺分かんなきゃ務まんないわ」
「俺は男子だが?」
「ああ、貴方たちは特別。なんてったって色々な意味で有名だもの」
 笑いながらそう告げると彼は苦笑を返すのだった。

 そしてそれからも適度のおしゃべりを交えながら私は仕事の励み続けた。
「ふぅー」
 吐き出すように体中の空気を外に出すと、背もたれにもたれ掛かった。
「ん?終わったか?」
「ええ、目処わね。けど終わりはしないわよ、まだまだ」
 仕事はホント、山のようにある。
 はぁー、何でこんなにあるのかしら。
 出来れば自分の仕事は全部片付けてから二木さんに引き継ぎたかったんだけど、こりゃ無理かも。
「そっか、大変だな」
「ええ、大変なのよ」
 コキコキと肩を鳴らしながら答えた。
 うう、自分でも思うけどおばさんくさいなぁ。これでもうら若き乙女なのに。
「たまには息抜きしたらどうだ、俺みたいに」
 漫画を片手にのほほんと彼は告げる。
 ……なんか殺意沸くわねぇ。
「……目が怖いぞ」
「そう?気のせいよ」
 私の言葉に納得してないのか怪訝な表情を浮かべたまま彼は読書に戻る。
 その横顔を見ながら私はもう一度小さく嘆息する。
 はぁー、ホントなんでなのかしら。
 自分の心に生じた変化に頭を悩ましてしまう。そんなこと悩んでる暇ないのに。
「ボーっとしてるけど本当に大丈夫か?」
 いつの間にか彼は近づき私の顔を覗き込むと、そのまま吐息が掛かる距離まで顔を寄せ頬にかかる髪を払いのけた。
「っ!!」
 思わず身体が硬直してしまう。
 それどころか心拍数が異常に跳ね上がってしまう。
 けれど彼は私の気持ちに気づくことなく話しかけてくる。
「ふむ、顔色は悪くないみたいだし大丈夫か。……まっ、ホント、適当に休んどけよ」
「……」
 私は口をパクパクさせるだけで何も言葉を発することが出来なかった。
 こいつは、この男はなんてことをするんだろう。
 容姿も性格もいいし、仕草も決まってるくせに自分がした行動が何をもたらすのか全く気づいてないのだろう。
 ああ、腹が立つ。
 私は思いっきり彼を睨みつけた。
「な、なんだよ」
 でも一番腹が立つのは私がこんな気持ちを抱え彼に翻弄されていることだ。
 本当、どうしたことだろう。
 少し前までは彼に恋する女の子達を微笑ましく見ていた立場だったのに最近ではこの様だ。
 何が私の気持ちに変化を与えたのか見当も付かない。
「はぁー」
 仕事は終わらない。変な悩みも抱えてる。
 どうしろって言うのよ。
「はふぅ」
 そのまま机に突っ伏すように倒れこむと、彼の姿をちらりと横目で確認した。
 片手で漫画を持ったままではあるが、表情は心配そうに私を見ている。
 …………ああ、そうね。
 この煮詰まった頭をどうにかするには彼の言うとおり息抜きする必要あるかもしれない。
「ねえ、棗くん」
「ん?」
 気持ちが変化したのなら行動も変化すべきかしら。
 分からない。
 分からないけど少しは動いてもだろう。
「今度の日曜暇?暇よね?」
「え、えーと……」
 慌てて彼はスケジュール帳を取り出し、予定を確認してるがそんなこと関係ない。
 私がこう結論を出すきっかけを作った責任を取ってもらわなくちゃ。
「あ、いや、その日はだな……」
「問答無用。私に付き合いなさい。と言うか私を遊びに連れて行って」
「おい……」
 半眼で睨んでくるけど私はそれを涼しげに受け流す。
「いいじゃない、たまには。デート、しましょ」
 私は飛び切りの笑顔を彼に向けるのだった。

 とりあえずはそこから始めてみよう。

                 fin


[No.634] 2008/10/17(Fri) 22:28:04
仲間外れでも許せる理由 (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ? 9207 byte

秋の放課後のあくる日、私は女子寮の廊下を疾走していた。

「姉御〜〜!!」

ドバンッ

扉を勢いよく開け放ち、葉留ちんは突撃する

ズバンッ

「きゃわっ」


突撃2秒後撃沈。
突然の衝撃に思わず尻餅をつく

「君には。慎みというものが無いのか」

痛む頭をさすりながら、上を見上げれば姉御が。

「いやあ、葉留ちんは慎みの代わりに美しさを手に入れた乙女ですから」

「では、行くとするか・」

「えぇ!?無視ですか?スルーですか?」

「まったく・・・で一体何のようなんだ」

さっきの言葉は結局スルーなんですね。
まぁ、いいですけど

「用はですね・・・・・・・今から作ります!!」

「では、また明日な」

「うええ!?」

反応悪っ、いつものなら多少は構ってくれるのに。
機嫌が悪いって・・・・ことでもなさそうだし
まさか!!

「生理で、アイタッ!!」

再び叩かれる

「君は何を恥ずかしいことを叫ぼうとしてるんだ。」

「ううっ、葉留ちんの聡明な頭脳が姉御が冷たい理由を導き出しただけなのですよ」

「君とは一度、聡明という言葉の意味を討論しあいたい所だな」

「葉留チンてきには今からでも断然OKですよ」

「却下。」

「冷た!!」

うわぁ、やっぱりなんだか冷たいですよ、姉御
いつもSっ気満載ですけど、今日は一段とすごいですヨ

「別にイジめてるわけではないが」

「全部聞かれてた!?」

「・・・・いつものことながら、君と話していると中々、本題を進められないな・・・」

「お褒めに預かり光栄です」

「・・・・君は。いや、よそう。とにかく私は用事がある。遊ぶのはまた今度にしよう」

「ううっ・・。仕方ないですね」

よよよっつ、と泣き崩れる葉留チン。

「ほら、はやく出るんだ」

服の襟を掴まれ、外に連れ出される

ポイッ

「うむ。ではな」

「はいですヨ」

歩き出す姉御。
私も立ち上がる
・・・・・・
・・・・・・・・。

「・・・何故着いてくる?」

「え?いやあ・・・姉御のプライベートを観察しさせてもらおうかなぁと」

「・・・・・・ふむ。」

私の言葉に、感銘を受け、深く頷いた姉御。
そのまま懐に手を忍ばせて、何かを床に叩き付けた

「はっ!!!」

シュ

ドバンッ

「うぇぇぇぇ!!?」

広がる煙幕、消える姉御。

「フハハハッ、さらばだ。葉留佳くん」

「待ってください。姉御ォォォォ!!」

あれ?これって。恭介さんに借りた漫画にあった展開ですネ。
血湧き、肉踊る、怪盗モノで、主人公の師匠が、弟子を修行の為に置いていくという。

んで、確かこの後・・

「三枝葉留佳ァ!!また何かしてくれたわね!!」

「うわ、本当にきた!!」

後ろを見れば風紀委員。
お姉ちゃんと仲直りしてからは、あんまり敵対しないようにしてたけど。
今でも、私は堂々とブラックリスト一位だ。

「そこで待ってなさい、今すぐ取り押さえて、「葉留ちんダーッシュ!!」って待ちなさい!!」

薄いけど、まだ煙幕は残ってる。
さすがは姉御です、感謝感激ですネ・・ってそもそも姉御が原因だったような

「「待ちなさ〜い!!」」

「って!!増えてる!!」

1、2、3、4・・・4人?何でこんなにいるの!!?
走る、走る、走る。
まさに葉留ちんは風のように・・・・
って前方からも風紀委員!?

「葉留ちん大ピンチ!?」

急いで方向転換する

「待ちなさい!!」

「うわ〜ん、姉御ひどいっすよ〜」

私はワラワラと集まる、風紀委員から全力で逃走した

*

「ふう・・・・」

風紀委員に追いかけられ、此処から離れていく、葉留佳くんを確認する

「うむ。葉留佳くんには悪いことをしたな・・」

最近ではビー玉やら、何やらも使わないようになったからな、逃げるのはきっと無理だろう
後で佳奈多くんに言っておかなければ。

「まぁ、今回のことで帳消しにしてくれるだろう」

窓から草陰に飛びこんだ為についた葉っぱやらなんやらを払い落としながら
私は目的の場所に向かった。


*

「うう・・・今日はなんだか最悪の一日なのですよ」

あの後、結局、風紀委員に捕まって。。拉致監禁されてしまったのだ。
まぁ・・・お姉ちゃんが来てから、すぐに釈放されたけど。
でも、そんなのは夏休み前ならいつものことだったし、大したことではないのだ。

最も腹立たしいのは・・・・

「なんで、みんな今日は皆そろって用事があるんですか!!」

まず、クド公に声を掛ければ

「す、すみましぇん。葉留佳さん。今日、私には大事な大事な用があるんです」

噛むほど慌ててたけど何の用だったんでしょうかね
続いてコマリンは・・・

「え〜とね。え〜と、あっ。・・私はお気にの透け透けパンツを買いに行かないきゃならない?・・・・・・ほわぁ!?私こんなの穿いて無いよぉ〜」

なんだか、妙に私の後ろを見ながら爆弾発言をしたあげく、そのまま行方をくらましちゃったし

鈴ちゃんは・・・

「っ!?」「鈴ちゃん、遊・・」

・・・・・・。最後まで言い切る前に逃げられちゃったし
美魚ちゃんと佳奈多は何処にもいないし。

「はぁ・・・仕方ないなぁ。今日は大人しく新しい悪戯でも考案するのですヨ」

意気消沈して帰宅する、美少女、葉留佳。だが、これは始まりにすぎなかった。
段々、自分から離れて行く仲間達。飛び交う不穏な噂。
葉留ちんの下駄箱にはミミズが溢れかえり、遂には自分の居場所に巨乳の美少女が・・

「うわ・・・想像しただけで、なんだか悲しくなってきましたよ」

うむむ、昔はこんなんじゃなかったんだけどな。
すっかり私は淋しがりやになってしまったのですヨ

「とりあえず、明日は理樹君に責任とってもらいますかネ」

とりあえず、そんなこんなで本当に帰宅した葉留佳だったが、
自分の考えが大当たり(一部除く)するとは思いもしなかったのだ。

*

2日後の午後

「うそ・・・」

呆然と呟く。
今日の朝食時から何か変だった。
やけに皆、疲れた顔をしてたし。
その後、昼休みに、実に3日連続で一人きりで食事をするはめになり。
イジケて、

「もう午後からサボっちゃおうかな」

なんて思って、でも後でお姉ちゃんに怒られるしなぁ。
なんて考えつつ教室に戻ったら、なんと!!お姉ちゃんがいなかったのだ。
そのまま午後の始めの授業に現れず。
クラスみんなで、

「これは天変地異の前触れか」

なんて騒いでいて。
その後、理樹君達に事情を知らないか聞こうと思って、理樹君達のクラスに向かったら、
なんと皆いなかったのだ。

「ねぇ、ちょっと理樹君は?」

「え?直枝君?さっきの授業は出て無かったよ」

「じ、じゃあ、他の皆は?」

「小毬さんやクドちゃんも居なかったよ。」

その言葉に目の前が真っ暗になる。
まさか、この前考えた通りに本当に葉留ちんは捨てられた?
え?でも、そんな・・・・・嫌な考えばかりが頭を過ぎるそんな所へ

「あ〜、理樹達なら家庭科室に入ってたのを見たぞ」

男子生徒が教えてくれる。

「本当ですか!?」

「ああ、間違ないぞ」

その言葉を聞き、教室を飛びだす。
聞かないと、確かめないと、走って走って走って、家庭科室へと向かう

次の角を曲がれば!!

「あっ、葉留佳さん!?」

角を曲がった直後にクド公と出会う

「クド公!!皆は此処にいる!?」

「え?、あっ、はい。いますけど、ってダメです!!」

扉を開けようとした私にクド公が飛び付いてくる

「ちょっと邪魔しないでよ」

「だ、駄目です。開けたら駄目なんです」

「なんで!?私に見られたら困るものでもあるの?」

「そ、それは・・・」

私の言葉に言葉を濁す。
その様子を見て、私は悲しくなった

「なんで!?最近、皆、変だよ!私だけ仲間外れ!?酷いよ、そんなの!!」

悲しみのままに叫ぶ。
すると家庭科室の中から・・

「それは違うぞ、葉留佳くん」

「あ、姉御。」

「私達は君を仲間外れなんかにはしていない」

「だけど!!」

姉御の言葉に反論する

「ふう・・・まだ少しばかり早いが仕方ない。クドリャフカ君」

「あっ、はい」

姉御の声に反応した、クド公が鍵を取り出して、扉に差し込む

カチャリ

・・・・・・鍵をかけてたんだったら別に私を止めなくて良かったんじゃ。そんな事を思うが、

「葉留佳さん、寂しい思いをさせたのはごめんなさい。でもコレで許して欲しいです」

「コレ?」

「はい、どうぞ。扉を開けて下さい」

その言葉に恐る恐る手を伸ばす。
横のクド公に目を向けると
クド公は頷く。
そして、いっきに扉を私は開けた。

「うゎあ・・・」

目の前に広がるのは鮮やかな色彩。
家庭科室は豪華なパーティ会場となっていた

「どうだ?これで君が仲間外れじゃないってことを分かってもらえただろう?」

「え?」

未だ私には訳がわからない。姉御の言葉に疑問を返す。すると・・・

「誕生日よ。葉留佳」

「お姉ちゃん」

横を見れば、そこには・・・

「って、なに・・・してるんですか?」

「言わないで・・」

クリームまみれになった風紀委員長様がいた

「どうだ?、三枝。気に入ってくれたか?」

「恭介さん。・・・これって私の為に?」

とりあえずお姉ちゃんは置いといて、誕生日って言葉で気付いたことを問う

「あぁ、勿論だ。あとは二木の為でもあるな」

そう、私はすっかり忘れていたが、今日10月13日は私達の誕生日だ

「これを3日もかけて?」

「あぁ、本当は昨日で準備は終わる予定だったんだか、真人と謙吾が派手にやっちまってな。
今までかかったんだ」

「派手にやった?」

「あぁ、真人が間違って酒を買ってきちまってね。
その後は謙吾が・・いきなり暴れだしてな。真人と大乱闘だ。」

「な、なるほど」

健吾君はお酒に弱かったんですね。今度試してみますかネ

「今は、直枝達が食べ物の買い出しに行ってるわ。」

お姉ちゃんが此処にはいない人達のことを説明してくれるだが、疑問が一つ

「サプライズパーティなのに何でお姉ちゃんは此処にもういるんですか?しかも、何か準備を手伝っていたみたいだし」

「うぅ・・・、それは私が悪いのです」

私の言葉にクド公がしょげ返る

「ふむ。純粋なクドリャフカ君では佳奈多君に隠し通せなかったのだ。
 準備を手伝ってもらったのは我々だけでは間に合わないと判断したからだ」

「そっか、じゃあ、クリームまみれなのは?」

「それはだな、単純な事故だ」

「はぁ・・・そうですか」

こっちは葉留ちんの期待どうりとはいかなかったですか。

「理樹達も帰って来たようだな」

窓から外を見ている、恭介さんが呟く

「嫌な思いをさせて悪かったな。三枝」

恭介さんが謝ってくる
でも、

「こんな仲間外れなら葉留ちんは大歓迎なのですヨ」

思えば、これが私の始めての誕生日祝いだ。
きっと・・・皆、それを知っていたから、
私に最高の思い出をプレゼントしようと張り切ってくれたんだろう。

「葉留佳・・・」

「お姉ちゃん」

「今日はめいいっぱい楽しみましょう」

クリームまみれでニコリと笑ったお姉ちゃんの言葉には最強の説得力があった

「うん!!」

その後。葉留佳、佳奈多を主役とするリトバス達は夜まで大騒ぎして楽しんだのは言うまでも無い





あとがき

葉留佳&佳奈多 誕生日記念SS
・・・・・10月13日であってますよね?
あとなんか中途半端な終わり方なのはご勘弁を。


[No.636] 2008/10/17(Fri) 22:45:54
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[No.637] 2008/10/18(Sat) 00:03:23
「また」リコール隠し (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@6.824kb バレなし

 コンコン。
 ノックの音がした。
「理樹、起きてるかー?」
 新聞を畳んで布団の中に押し込むと同時、まだなにも言ってないのにドアが開いた。
「お見舞いに来てやったぞ」
 いや、鈴もまだ退院してないでしょ。突っ込んで見せたら鈴は笑った。
「よし、変わってないな」
 満足げに言って、隣のイスに腰掛ける。手すりのところにひじを乗せ、頬杖を突いて僕の顔を嬉しそうに覗き込んでくる。
「出歩いて大丈夫なの?」
「ちゃんと看護婦さんに言ってきた」
「あ、うん、それなら。……顔のとこ、治ったんだ」
 鈴は頷いてかさぶたを掻く。
「あんまり触っちゃダメだよ、言われなかった?」
「なら思い出させるな!」
 相変わらず無茶なことを言う子だった。
「で、なにしに来たの? なにかあった?」
「遊びに来た」
「あ、そ……果物でも食べる?」
 お見舞い品の代名詞みたいなのが、たしかあったと思う。誰が持ってきたのか知らないけれど。
 身体を起こそうとしたら、いきなり肩を押さえつけられた。
「理樹はまだ寝てろ。あたしがやるから」
 気遣ってくれてるつもりなんだろうけど、背中の打ち身がものすごく痛んだ。
 鈴が包帯に巻かれた手で、たどたどしく果物ナイフの鞘を抜く。誰が持ってきたのか新品らしく、銀色の刃が真っ白い蛍光灯をギラギラ反射していた。入院中に生傷を増やすなんてさすがに笑えない。
「青リンゴでいいか?」
 どう見ても梨だった。
 不安になって起き上がろうとすると、鈴は大層慌てて僕を制する。ナイフを持ったまま。みねが首に押し当てられて、諦めた。シャリシャリ見えないところで音がするのは怖いけど、ナイフの方がもっと怖い。
 というか、お皿はいいにして、剥いた皮はどうするつもりなんだろう? 生ゴミ用のゴミ箱なんて病室に置いてあるんだろうか。
 いい加減、寝返り一つ打てなくて苦しい。
 やっぱり寝たきりっていうのも不健康だ。今度看護婦さんに頼んでみよう。長方形の梨を齧りながらそんなことを考えた。
「皮むくの上手いね」
 食べ終えてから、当然の社交辞令。
 言ってからすごい皮肉っぽいことに気がついた。
「そーだろそーだろ。……まえ、教えてもらったんだ」
 でも、鈴は素直に笑ってみせる。これも鈴の美点なんだろうけど、僕には不安の種にしか映らない。
 これからやってけるんだろうか?
 歩き回れるようになったら、いろいろ考えなきゃいけない。


 そう思っていたから、『お見舞』と書かれた封筒を差し出されたとき、すんなり受け取ることができた。僕の入院費だって馬鹿にはならないし、いくらあったって困るものじゃない。僕らが最初に考えなきゃならないことだ。
「この度は、大変なご迷惑をおかけしたことを、重ねてお詫び申し上げます」
 白髪交じりのオールバック。額の皺が灯りに深く浮かび上がっている。この人もきっと大変なんだろうな、なんてことを考えた。
 それからクラスメイトだった人たちの家族や、運転手さんの奥さんが代わる代わる訪ねてくるようになった。なんでも訴訟を起こすらしい。弁護士を名乗る人もいた。
「こんなこと、二度とあっちゃいけない。君の友達や、亡くなった人たちの無念を晴らすのが生きている者の務めだ」
 力強く語られた。
 そのまえに僕と鈴は生きてくことを考えなきゃいけないんで、とは思ったけれど、口には出さない。代わりに、僕はストレスを受けると眠ってしまう奇病を抱えている、そういう場所に出て行くことはできない、とだけ説明した。
 生存者の証言が云々、と言っていたけれど、警察に話した以上のことはなにも言えない。ただ突然バスがひっくり返った。気づいたらベッドの上だった。運転手さんが本当に起きていたかどうかも僕には分からない。
 それをどうして引っ張り出したがるのか。多分、印象操作というやつがしたいんだろう、と当たりを付けた。
 僕が乗り気でないと知るや、今度は鈴を口説き始めたようだった。退屈になった分、新聞を読んで過ごした。

 救助隊が夕闇の崖下に立ったとき耳にしたのは「大きな古時計」のメロディだった。安否を気遣う遺族の悲痛な呼びかけだった。誰一人として応じることはなかった。
 以下、延々被害者遺族のコメントが続く。修学旅行を楽しみにしていた、将来の夢はなんだった。云々。

 ヘタクソな小説みたいだと思った。

『「また」リコール隠しか』
 何月何日どこどこの、カーブが連続する見通しの悪い坂で観光バスが横転、ガードレールを超えて数十メートル転落したのち、炎上した。この事故で乗っていた高校生ら四十四名のうち四十二名が死亡。警察は当初、ブレーキ痕が無いことや目撃者の証言などから、死亡した運転手がなんらかの理由で運転を誤ったものとみていた。
 しかし調べを進めるうち、今回事故を起こしたものと同様の車種について、過去にも運転中ブレーキがかからなくなるトラブルが九件報告されていたことが判明した。警察は大破したバスを引き上げて詳しく調べている。

 こんな感じで、事件は日増しに大きくなった。
 退院するのはほとぼりが冷めてから、とお願いしていたけれど、この分じゃいつになるかわかったもんじゃない。
 結局鈴と手を繋ぐ時間もなくなってしまった。
 それでも僕らは恵まれている。死んだ人は僕らのようにはいかない。
 僕らにできることといえば、なんとか二人、強く生きていく、というそれだけだ。みんなの代弁や、みんなの家族を助けることなんて無理に決まってる。だいたい、生き残った僕らが言えることなんてあるわけがない。
 鈴と話して、退院する日を決めた。状況が変わらないなら早い方がいいと思った。


 屋上にはぐるりと高い、頑丈そうなフェンスが張り巡らされていた。風が吹いて鈴は寒そうに肩を震わせたけど、僕にはむしろ暑いくらいだ。
 鈴がサンダルを鳴らしてフェンスに歩み寄っていく。僕も後に続いた。
「なんかここ、嫌いだ」
 そう言って鈴は金網を蹴る。予想に反して音はまったくしなかった。
「まあそう言わないでさ。他にゆっくり話せる場所ってないでしょ?」
 黙ったままで頷く。
「明日、退院するよね。それから鈴はどうしたい?」
「どーいうことだ?」
「つまり、学校とかさ。多分、僕らはよくても、通いづらくなると思うんだ」
 鈴は答えない。眼下に広がる街灯りを、じっと見つめている。
 僕も鈴の答えを待つ間、鈴と同じ風景を眺めた。あいにく空は曇っていて、星のひとつも見えないけれど、町並みの電灯は明るい。ずっと向こうの幹線道路をヘッドライトが流れていく。路面バスだって走っていた。その一つ一つに人が乗っているというのが、僕にはまだ実感できない。
「じーちゃんち思い出すな」
 鈴がようやく口を開いた。
「すんごい田舎だったでしょ、あそこ」
「馬鹿、違う」
 鈴はまた震える。
 汗ばんでて悪いけど、と前置きしたら殴られた。気を取り直して、鈴の肩を抱き寄せる。
「なんか、じーちゃんちで見た蛍みたい」
 鈴はそう言って、光の群れを指差す。
 点いたり、消えたり。記憶の中に、本当にうっすらと残る姿と、目の前の景色を比べてみた。
「それよりは星の方が近いんじゃない?」
 幾千の星。なんてベタなフレーズを連想する。遠いし、手が届かない。
 鈴は首を捻った。
「かんせーのそーいだな」
 譲る気はないらしい。
 そのうち僕らもあの中の一つになるのだ。どちらがいいか、と聞かれれば、星のほうがいい、と思う。まあ、意見を戦わせる気はないけれど。
「それで、鈴はどうしたい?」
 もう一度訊ねた。
「あたしにはわからない。なんか、考えられない」
 そう言って、おなかにまわした僕の腕を抱きしめた。
「怖いんだ。いろんなことが」
 今にも泣き出しそうな声だった。慰めなんてなんの解決にもならないと知っていたから、僕はなにも言わなかった。
「理樹は、怖くないのか?」
 怖がってる余裕なんてない、というのが正しい。
 これからは強く生きていかなきゃいけない。泣き言なんて、僕はひと言も口にしたりはしないだろう。そうでなきゃ鈴は守れない。
 この先なにがあっても、目は背けないでいられる自信がある。多分、鈴が死んでも。
 正しく生きる、強く生きるっていうのは、きっとそういうことなんだ。恭介に誓った。
 鈴にもいつか伝えなきゃいけないだろう。


[No.638] 2008/10/18(Sat) 00:07:21
真説・本能寺 (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@EXネタ有 時間&容量オーバー 30419 byte

劇団「リトルバスターズ!」公演『真説・本能寺 〜君を抱きしめられるなら世界を敵に回してもいい〜』





【「みんな、演劇をやろう。劇団名は、リトルバスターズだ!」
 『はあっ!?』】

 幕の下りた舞台。客席を照らしていた照明がゆっくりと落とされ、舞台の始まりを知らせる。

『――戦国乱世の英雄、織田信長。数々の功績、逸話を残した彼の最後の舞台、本能寺。
 しかし、そこで何が起こったのか、なぜ事件は起きたのか。はっきりしたことは分かっていません。
 この物語は今も謎に包まれたままの事件の真相を、様々な資料をもとに大胆に推理、脚色した、フィクションです――』



【「唐突すぎるよ。演劇なんてそんな急にできるものじゃないでしょ、シナリオだって…」
 「シナリオならある」
 「…どうぞ」
 「出来てるんだ、しかもちゃんと台本の形してる…」
 「じゃあ私ナレーションするね〜」】

『――物語は天正十年、運命の六月四日から遡ること三日の、六月一日。事件の舞台となる本能寺で開かれた茶会の場面から始まります――』

 幕が上がり、場所は本能寺の庭。緋毛氈(じゅうたんのようなもの)を敷いた地面にどっかりと腰を下ろし、座の中央でくつろぐ信長。彼は生成りに近い白の小袖を胸もあらわにはだけたセクシーな姿で、観客席を挑発するような不敵な笑みで睥睨している。
 脇に控えるのは筋骨たくましい大柄な男、ヤスケ。この男、南蛮人の筋肉奴隷だった彼を信長が一目で気に入り、熱烈なスカウトの末に助っ人外人武士として織田に移籍したと言う変り種である。学ラン姿だ。
 そして、上手側で静かに茶を点てるのは、美貌の茶人千宋易。後の世に千利休の名で知られる茶聖である。漆黒の道服に身を包んだ彼女は、その黒髪と相まって風景がぽっかりとくり抜かれているようにも見える。
 無造作に茶を飲みヤスケと笑い交わす信長を、宋易は冷たい視線で淡々と眺めている。口許には微笑を浮かべながら。

「さて、蘭丸はどこに行ったんだ? 宋易、なにやら渡していたようだが」  「畏れながら。南蛮より良き物を手に入れましたので、蘭丸殿にはその準備を。…どうやら、準備が出来たようです」

 見れば、舞台下手袖からは少年が恥じらいながら顔だけを覗かせている。

「…なにやってんだあいつ?」
「はっはっは。蘭丸殿、何を出し惜しみしている。信長様がお待ちかねだぞ。君は男だろう、ばーんといけばーんと」

 宋易に促され、蘭丸と呼ばれた少年が南蛮風の衣装に身を包み、おずおずと姿を現す。その姿に信長とヤスケが口々に感嘆の溜息を漏らせば、少年の頬は熟した林檎のように朱に染まる。

「あのー…宋易様。この装束は一体何なんでしょう?」

 黒を基調とした上下一体の装束だが、袴に当たる部分が膝丈ほどしかなく、襟や袖などに白い飾り布で装飾が施された…つまるところがメイド服だ。

「南蛮で使用人が身に着ける作業服だ。動きやすかろう?」

 答える宋易は何故か鼻を押さえているが、蘭丸の疑わしげな視線を真っ向から見返して言い切った。
 信長とヤスケは、蘭丸の可憐さに池の鯉よろしく口をぱくぱくと開閉させるだけだ。

【「ちょ、何でメイド服!?」
 「…お嫌ですか?」
 「当たり前でしょ、僕男だし!」
 「まあそう言うな。お前なら似合うと思うぜ」
 「嬉しくないよっ!」】

 ここで、メイドの原型が固まったのは19世紀ヴィクトリア朝の頃で、とか、それ以前に本物のメイドがそんなひらひらした服は、などといった指摘は無視して物語は突き進む。

「袴よりは確かに足もとが軽いですけど…何かすーすーして落ち着かないですよ」
「ま、まさかとは思うが蘭丸くん、下穿きは穿いているだろうね?」
「え?」

 美女の問いに、少年はますます頬が熟れていく。それを見た宋易もつられたのか顔を上気させ、ひどく落ち着かない様子で視線をさ迷わせる。
 男二人にいたっては、自制心を保つのが精一杯なのか、まるで真空中に放り出されたかのように身悶えている。

「は、穿いてますよ、その…頂いたのを。でもなんか…ちょっと窮屈なんですけど」
「そうか、ならばちゃんと穿けているか私が見てやろう」
「ええっ!?」

 上気した顔のまま、振る舞いだけは平然と、宋易は歩み寄って蘭丸のスカートに手をかけた。

「何しとんじゃコラーーーーっ!」

 上手から走ってきた何者かの、矢のようなドロップキックが見事側頭部に突き刺さる。…信長に盾にされた哀れなヤスケの側頭部に。

「ぐはぁっ」
「む…はずしたか」

 軽い身のこなしで着地したのは、裾が太ももまでしかない変わった形の間着の上に内掛けを羽織った、しなやかな柳を思わせる少女だ。
 一方、すばやく身をかわした宋易と、とっさに盾で防いだ信長は怪我ひとつなく、目の前で振るわれた暴力にまるで動じた様子がない。

「危ないじゃないか。人に当たったら大怪我をしていたところだぞ」
「いや、思いっきりヤスケに当たってますから」
「そうだぞ伏姫。女の子なんだから、もう少しおしとやかにしないと蘭丸は振り向いてくれないぞ?」
「なあっ!?」

 たしなめるように穏やかに信長が投下した爆弾発言により、伏姫と呼ばれた少女だけでなく、蘭丸までがうろたえる。
 二人の動揺をよそに、照明が絞られ、ひとり、信長だけが照らし出される。

「…彼女の名は伏姫。俺の妹だ。名前から察した人もいるだろうが、彼女をモデルにして、後に南総里見八犬伝の伏姫が生まれた」

【「伏姫って…」
 「斬新だろう?」
 「斬新過ぎるよ!お客さん置いてけぼりだよっ!」
 「つーか、盾にされるってオレひどくね?」
 「何を言う。これはお前の、お前の筋肉にしかできないことなんだ」
 「へっ、そこまで言われちゃしょうがねえな」
 「こいつばかだ!」】

 照明が戻され、辺りがもとのように照らされると、額に手を当てた蘭丸と、しきりに頷く伏姫。宋易は、我関せずと茶を啜っていた。

「…お館様は誰に向かって話してるんですか」
「何ぃ、そんな設定があったのか!」
「どうして今ごろ驚いてるのっ!?」
「はっはっは、突っ込みどころが多くて大変だな蘭丸くんは」
「笑ってますけどあなたもですからねっ!」

 唯一、突っ込まなくてもいいのはぴくりとも動かないヤスケだけ。

「そして、伏姫と蘭丸は兄である俺に隠れ、ひそかに想いを寄せ合っている」
「んなぁーっ!?」

【「んなぁーっ!?」
 「おっ、そんな感じだ。上手いじゃないか」】

 激しく動揺する伏姫。あまりの驚きに、髪が逆立っているようにも見える。

「なにその取ってつけた解説!違うからね!?」
「お前こそ誰に訴えているんだ?」
「いやそれは…」

 動揺のあまり客席に訴えてしまうようでは蘭丸に勝ち目はない。端で眺める宋易も、微笑むだけで助け舟は出さない。
 そして場の生温い空気に真っ先に耐えられなくなった伏姫が強硬な手段に訴える。
 ピィィィィッ!
 やや残念な胸元から取り出した笛を音高く吹き鳴らすと、上手袖から獣の咆哮と足音が聞こえてくる。

「わふーーーーーーっ!」

 亜麻色の髪をなびかせ、懸命に走ってくる少女を先頭に、大型犬と小型犬が続いて現れる。
 それぞれ首輪につけた、「やつふさほわいと」「やつふさぐれー」「やつふさぶらっく」とひらがなで書かれたプレートが揺れている。

「やってしまえ!」
「あいあいさー、なのですっ!」

 伏姫の号令の下、「とっかんとっかんー」と果敢に信長へと攻撃を仕掛ける一人と二頭。だが対する信長はヤスケシールドを巧みに操り、八房スリーを翻弄する。
 特に少女は、白い頭巾につけた犬耳と腰につけた尻尾を振りながら必死にじゃれついている。しかし、割と本気でぼろぼろになっていくヤスケの姿に、次第に蘭丸と二人おろおろとうろたえ始める。

【「わふーっ、私が犬になってますー!?」
 「ふわぁ、可愛いねー。すっごく似合うと思うよー」
 「くっ、私を萌え殺そうというのか!?はぁはぁ…」
 「…危ないから少し離れていましょうね」】

 しかし、小競り合いは長く続かない。なぜならば…、

「何事ですか、騒々しいっ!!」

 下手から発せられた鋭い叱責の声に、その場にいるほとんどの者が首をすくめ、舞台はしんと静まり返る。
 声の主は、あざみをあしらった内掛けを羽織り、下手より静々と歩み出てくる。

「げ、帰蝶!やっべぇ、ずらかるぞ!」
「う、くやしいがしかたない…逃げるぞ!」

 よほど苦手なのか、姿が見えた途端にヤスケを抱えて脱兎のごとく逃走する信長と伏姫。
 置いていかれ、慌てて後を追おうとする蘭丸と八房は、帰蝶と呼ばれた女性にむんずと襟首を掴まれ、引き止められる。

「…あら、どこへ行くつもり?」
「こ、こんにちは濃姫さま」
「わ、わふー。こんにちは、なのです」

 凄みを利かせた笑みを浮かべる濃姫に、怯える二人は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がる。さらにその足下で犬たちも平伏し、誰がもっとも格上なのかを如実に表している。

【「…私ってそんなに厳ついのかしら…」
 「そ、そんなことないですよ。本当はとってもお優しいのですっ!すごく不器用さんなだけなのですっ!」
 「…」
 「やはは、地味ーにダメージうけてますネ」】

「まあ、そうお怒りなさいますな、濃姫様。いつもの戯れに御座いますれば」
「…宋易殿、あなたも見ていたなら止めてくれればいいでしょう」

 その中にあって、濃姫の気迫を柳に風と受け流す宋易の言葉に彼女は額を押さえて呻く。

「はっはっは、私は煽りこそすれ、止めることなど思いつきもしませなんだ」
「はぁ、そうでしょうね。私が間違っていました」

 これ以上の問答を無駄と判断したか、いまだ竦んだままの二人に向き直る。

「まあ、あなたたちが騒ぎを止められるなんて始めから期待していないけれど。…蘭丸。あなた、その格好はいったい何なの?」

 呆れとも怒りとも形容しがたい複雑な表情で自分の服装を見つめられ、蘭丸は顔を朱に染めて答える。

「こ、これは南蛮の使用人の衣装だと宋易様に…あの、やっぱり変、でしょうか?」

 俯いた蘭丸から上目遣いに問いかけられ、怯んだように目をそらすと、笑みを浮かべながら眺める宋易を八つ当たり気味に睨む。
 しかし、涼しい顔で受け止められ、諦めて蘭丸に視線を戻すと、目を合わせないように焦点をずらしながら答える。

「…そうね。まるで女のようで変、だわ。断れないのは分かっているけれど、…もう、馬鹿ね」

 言い終わる頃には幾分険も取れ、かわりにほんのり頬が赤らんでいた。それを三匹がじっと見上げる。

「な、何見てるのよっ!」
「わふっ!?ご、ごめんなさいですー…」

 思わず叱り飛ばしてしまってから、彼らに非はないと思い直し、白い少女に目の高さを合わせてなだめる。

「ごめんなさい、あなたたちは悪くないのにね。ちょっと苛立っていたものだから、許してちょうだい」
「わふー、だいじょぶなのですー」

 白い少女が頭を撫でられ、尻尾を嬉しそうに振ると、脇に控える二匹も喜びが伝染したように尻尾を振る。

「そうだわ、珍しい菓子を頂いたの。一緒に食べましょう?」
「はいなのですっ」

 濃姫と少女が笑顔で頷きあうと、二匹を連れて下手へと立ち去っていく。

「何をしているの、森。あなたもいらっしゃい」
「は、はいっ!」

 取り残されたように立っていた蘭丸は、濃姫に声を掛けられ、慌てて退場する。
 BGMが大きくなり、舞台が暗くなるが、不意に音が止み、一点に照明が点る。

「…」

 照明の下で、ひとり舞台に残り、新たに茶を点てている宋易。そこに、子猫ほどの大きさのショウリョウバッタが飛び込んでくる。
 バッタは良く見れば本物ではなく、紙を折って作られたもの。しかし、折り紙のバッタはまるで生きているように触角を揺らす。

「笹虫」

 宋易が声をかけると、バッタは一瞬で白煙に包まれ、その姿を一人の少女へと変えた。

【「…さなだむし?」
 「さ・さ・む・し・ですわっ!」
 「なんかバッタから変身してましたネ」
 「ああ、特殊効果はもう手配済みだ」
 「用意良すぎだよっ!」
 「それより、いったい何者なの?」
 「式神だ」
 「いいぞいいぞぅ、それは燃えるなぁ!」
 「いやいやいや…」】

「光秀様は予定通りに出発されましたわ。夜明けとともに進路をこちらに向けます」

 笹色の小袖に身を包んだ少女の報告に、頷きはしたものの満足はしていない様子で、茶せんを止める。

「…もう一枚駒を噛ませておくか。笹虫、光秀殿が動くとサル殿に伝えてこい」
「秀吉様ですか?しかし、あの方はいま遠征中では…」
「あの騒がし娘が真っ直ぐに遠征などするものか。おおかたまだ京あたりで道草を食っているだろう」

 笹虫は宋易の言葉に宙を睨み、すぐに頷いて大きな溜息を吐く。

「確かに、なんだかその光景がありありと目に浮かびますわ。分かりました、さっそく伝えてまいります」
「うむ、頼んだ」

 ようやく満足げに宋易が頷くと、笹虫の身体は再び白煙に包まれ、跡形もなく消えてしまった。
 舞台は再び宋易一人になり、彼女の呟きで今度こそ暗転する。

「さて、楽しくなればいいな」





 ぽん、ぽぽん。闇の中、鼓の音が聞こえ、舞台中央が明るく照らされる。
 背後に白い薄幕だけを垂らした簡素な舞台の上、膝をつき、背を立てた信長が、伏せていた顔を上げる。

「――人間 五十年

      化天のうちを 比ぶれば

           ゆめ まぼろしの 如くなり――」

 すり足で身体をゆっくりと立ち上がらせていく信長は、扇を手に独り、鼓の音を供にして朗々と謡いあげる。
 押し殺した謡いと差し挟まれる鼓の音、そしてゆっくりと進む舞が舞台を支配する。

「――ひとたび 生をうけ

      滅せぬものの あるべきか――」

 客席を鋭い眼差しで睨みつけ、謡いの余韻が消えてゆくなか、静かに動きを止める。一瞬の無音。

『敵は本能寺にあり!!』

 客席の背後から声が上がる。白幕が落ち、現れたのは紅に染まった庭園。信長は唇の両端を吊り上げ、犬歯をむき出しにして謀反人を睨みつける。

「光秀ぇっ!血迷ったな、このデコっぱちが!!」

 信長の言葉に恥辱の色を浮かべるのは無骨な具足を身にまとった、完全武装の乙女武者。
 両手で額を押さえ、信長を睨みつけながら唸り声を上げている。

「デコ…そうよ、デコっぱちよ!これでも昔はそりゃあ可愛かったわよ父上だってお嫁さんにしてくれるって言ってたわ、でもおなごの身で小さい頃から戦、戦で兜かぶってたからどんどんおでこが広くなって今じゃこの有様よ!そのうちもっと広がってどこからおでこかわかんなくなるんだわ、つるっぱげよ!女の子なのにつるっぱげなのよ!?滑稽でしょ、滑稽よね、笑っちゃうでしょ、笑いなさいよ、あーっはっはって笑いなさいよ!あーっはっは!!」

 自らを鼓舞するためか、自虐的にまくし立てて声高らかに狂笑うと、腰から戦刀を抜き放ち、憎き敵に突きつける。

「あれが大将首だ!ものども、かかれぇっ!!」

【「あれ、これは誰の役?」
 「…いえ、私も良くは知らされていないのですが」
 「ああ、もう目星はつけてある。交渉はこれからだけどな」
 「あいかわらずばったり行き倒れてんなぁ」
 「…うん、言いたいことは分かったよ」】

 天地を揺るがすような雄叫びを上げ、桔梗の紋を掲げた兵どもが花道を駆けて舞台へ殺到する。
 だが、押し寄せる兵にも余裕を崩さず、信長はただ一言、その名を呼ぶ。

「ヤスケ!」
「おうよっ!」

 花道を抜けた足軽がその槍を信長に突き出す直前、筋肉色の暴風がその槍を足軽ごと巻上げ、吹き飛ばした。
 その威力に怯んだ隙に、信長に群がった足軽たちは一掃され、立ちはだかる壁の姿が明らかになる。

「オレの名はヤスケ、ノブナガのダチだ。この筋肉を恐れねえヤツは、かかってきやがれっ!!」

 筋肉のみを唯一の武装と身に纏った巨漢が啖呵をきると、遠巻きに見守っていた足軽たちが一斉に襲い掛かる。
 しかし巨漢はそれらをひとまとめにしてなぎ払い、びくともしない。

「ヤスケ、ここは任せたぞ。蘭丸、薙刀を持てぇっ!」

 一度に四人を相手に大立回りを繰り広げるヤスケにその場を任せると、信長は上手袖へと向かう。

「待て、逃げるか信長!」

 光秀の叱声に足を止めると、挑発的な笑みを浮かべて首筋を叩く。

「この首欲しくば、俺のいるところまで辿り着いて見せな!」

 哄笑と共に悠々とその場を後にする信長を、光秀は臍を噛んで見送るしか出来ない。

「ええい、何をしている!相手は一人だ、数で押し切れっ!」
「面白ぇ、来いやオラァっ!!」

 光秀の号令に、体格のいい足軽たちが肩を組み、二・三・四のスクラムがひと塊となってヤスケへと襲い掛かる。
 ぶつかり合う肉と肉。飛び散る汗、発散する熱気。舞台がまさに肉地獄と化す。
 しかし相手は屈強な足軽が九人。さしものヤスケもじりじりと上手へ圧されていく。
 全身に瘤のように筋肉が盛り上がり、血管は浮き、朱に染まった羅刹のごとき形相を浮かべる。
 僅かに傾いたままの天秤から砂がこぼれ落ち、均衡が崩れようとするまさにその瞬間、場違いなほど朗らかな声で加勢が現れた。

「わふーーーーーっ!」

 下手から現れた白と黒と灰色の闖入者は、舞台中央までラインを押し上げていた肉の塊の上へと無造作に飛び乗る。

「わ」「ひぃ」「ぐぉ」「げぺ」

 たちまちの内に崩壊する肉スクラムとついでにヤスケ。光秀は新手の登場に慌ててその場へと駆け寄る。その屍の上に君臨するは――

「犬ゾリ?」

 黒いのをソリに乗った白いのが抱え、そのソリを灰色のが引いている。

「これぞ最終形態、けるべろすふぉーむ、なのですっ!三位一体の攻撃を受けてみよなのですっ、わふーっ!」
「そ、そう…」

 どう見ても負担が灰色一頭に集中しているように見えるが、そんなことはないらしい。白いのは黒いのを右手で抱いたまま空いた片手を振り回し、黒いのも白いのも楽しそうに吠えている。

「ええと…あ!あーあーはいはい。そうね、わかったわ、私の負け。とても勝てそうにないから、許してください。てことで、通るわね」
「はい、どうぞどうぞなのですー。わふー、あいむ、なんばー、わーん!」

 お山の大将的に肉山の頂上で上機嫌な八房スリーを置いて、光秀はひとり信長を追って退場する。だまされた事に気付いたのは既に手遅れになった後。

「だーまーさーれーまーしーたーっ!?」

【「あれ、オレの筋肉の見せ場少なくね?せめてあと二時間くれよっ!」
 「そんな暑苦しい舞台見ていられるか。全部カットでも構わんくらいだ」
 「…そうですね。カットしましょう。美しくありません」
 「ごめんなさいもう言いませんカットしないで下さい」
 「ところで、俺の出番はまだか?もうワクワクしてたまらないんだ。焦らさないでくれっ!」
 「…あ」
 「(…まさか、忘れてたわけじゃないよね?)」
 「(…い、いや。そんなことはない、ないんだが…)」
 「(…そういえば、役すら振っていませんでしたね)」
 「(ええっ?ああもうなんだか落ち着かなくなって踊りだしちゃってるよ、早くしないと…!)」
 「(これを使うといい)」
 「(どうしたの、これ?)」
 「(放送室にあったものを手直しした。間に合わせだがね)」】

 暗闇の中、信長の呟きが聞こえる。

「そういえば、家康はどうしているかな…」
『――そのころ、徳川家康とそのお供の服部忍者達は、国許に帰るお忍びの旅の途中でした――』

 舞台がぼんやりと滲むように明るくなり、のどかな街道の風景が現れる。上手から登場するのは、旅装の男二人と『狸』。舞台上が明るくなるにつれ、その詳細が明らかになる。
 股引、脚絆に草鞋履きの片割れは長身でたくましい白髪の男。小柄なもう一方は、近くで見れば男装の佳人である。そして『狸』。
 俗に八畳敷きと呼ばれる、結婚の際に大事にすべき三つの袋のうち、オチとして間違えられる方のそれを備えた、まあ早い話が信楽焼きの狸の置物である。しかも巨大。一行の中で最も背が高い。
 黄土色の頭巾を載せ、『徳川家康』と墨痕鮮やかに書かれた前掛けを着けたそれは、供の二人を従えて滑るように移動していたが、唐突にその歩みを止める。

「半蔵くん、タンマだタヌ」
「どうされたでござるか、お館様?」
「わし、ちょっと疲れたタヌ。ここいらでちょっと一休みだタヌー」

 狸が少しかすれた中性的な声、加えて言えば太っているかのように作られた声で白髪の男を呼び止める。

「はあ、しかしあまりのんびりしていると日が暮れてしまうでござる」
「融通がきかないタヌ。つまんない男タヌー」
「…お館様、言ってはいけません」
「つ、つまんない…」

 狸の後ろからひょっこりと顔を出した女が、狸の額を叩いてたしなめるが、半蔵は心に深い傷を負って崩れるように膝をつく。しかし、そんな感傷を、切羽詰った声が吹き飛ばす。

「た、助けて!助けてくださいっ!」

 下手から必死な面持ちで駆けてくる若い娘。乱れた小袖の襟元をかき抱き、追われるようにまろび出ると、一行の目の前にすがるようにへたり込む。ほつれた髪で半ば隠れてしまっているが、儚げな美貌に見上げられ、半蔵が胸を疲れたように息を呑む。

「おお、これは美しいお嬢さん。一体何があったのか教えていただけませんか。きっと我々が助けとなりましょう、でござる」
「あ、ありがとうございます、旅のお方」
「…勝手に話を進めないで下さい」

 唐突に膝をついて手を取り、爽やかな微笑を浮かべ始めた白髪の男にやや引き気味の娘、そして置いてけぼりの狸と女。
 しかし、娘の口から事情が語られる前に、柄の悪い声が舞台に割り込んでくる。

「おうおうおうおうっ、逃げ切れると思ったら大間違いだぞ小娘っ!」

 鋭い目つきに無精ひげ、手には野太刀をぶら下げた無頼漢が、手下を引き連れて現れる。

「YO!HO!おれたちゃ山賊、ウッ、女を渡しな、HA!」
「うわ、なにこいつ」
「ウザ、なんでこんなのが仲間なわけ?」
「ちょ、YOU!?冷たくするな、YO!」
「死ね」
「消えろ」
「チッ、ちゃんと働けお前ら。殺すぞ!」
「す、すみません!」
「「はいはーい」」

 まとまりのない手下たちだが、舌打ち交じりの頭領の命令にしぶしぶ従い、抜き身のだんびらを構えて迫る。

「ほらほら、さっさと渡せよ」
「そうそう、お前らもめんどくさいの嫌だろ?」
「そうだ、ZE!」
「憤ッ!」

 ごいん。狸の陰から飛来した茶釜が鈍い音を響かせて手下を直撃。一番気弱そうだった男が受身も取らずに倒れる。

「半蔵くん、懲らしめてやるタヌ!」

 家康のその言葉で、戦いの火蓋は切って落とされた!

【「…あれ、ここで終わり?」
 「アクションなしでいいのかよ?」
 「ふ。そう何度も繰り返しては飽きてしまうからな。断腸の思いでカットだ、でござる」
 「あ、私も出るんですね…」
 「うおっ!?…あ、ああ。ともに頑張ろう(いたのか…)」
 「ねえ、家康の声をやるのって…」
 「…私ですが、何か?」
 「な、何も」
 「そうですか。…狸は後で発注しておきます、化学部に」
 「不安だ…」
 「あー、あのさ、おねえちゃん…」
 「言わないで。考えないようにしてるんだから」
 「はっはっは、今連絡した。二つ返事でOKしてくれたぞ」
 「いやぁーーーーっ!!」】





 舞台は変わり、本能寺廊下。寺を取り囲む兵どもの雄叫びや鎧のぶつかり合う音が聞こえてくる。袖から現れた信長はいまだ丸腰。僅かな手勢に声を掛けながら奥へと急ぐ。

「お前たちは裏手を固めろ!お前は得物をありったけかき集めろ!」

 舞台中央近くで指示を飛ばした信長が再び下手へと足を踏み出したその瞬間。廊下の天井を突き破り落下してきた人影が、気合もろとも手にした釘バットを振り下ろしてきた。

「とりゃーっ!すきあり亀有働きアリ!往生せいやーっ!!」

 ごづっ、と洒落にならない音を立てて床にめり込む釘バット。間一髪でかわした信長がさらにもう二歩距離をとる。

「あっぶねー…おいサル、これは一体何の冗談だ?」
「あれー、もうばれちゃったんデスか?おっかしいなー、せっかく伊賀の子に衣装借りたのに」
「服替えても顔出してるんだからバレバレだろ」
「ああ、そっかぁ。やはは、しっぱいしっぱい」

 サル、と呼ばれた少女はバットを引き抜いたはずみで尻もちをついていたが、尻をはたきながら立ち上がり能天気な笑顔を向ける。

「いやー、この混乱に乗じてお館様の首を取っちゃえばあたしがテンカビトになれるっていうじゃないですか。こりゃ狙わなきゃソンだぜヒャッハー!って感じですヨ」
「お前な…」

 朗らかに言い放つ少女と冷ややかに眺める信長。二者間の温度差で結露しかねないほどの微妙な空気だ。

「ところで、お前出張中だったはずだろ?仕事はどうした」
「え?あー…た、たぶん家来のみんながうまくやってますよ!」
「とりあえずお前クビ」
「ええーっ!?おーぼーだーっ!!」

 すぱぁんっ!!
 しずしずとサル少女の背後からやってきた濃姫が、手にした得物で後頭部を一撃。対象を沈黙させる。
 得物は蛇腹に折り畳んだ紙の一端を束ねて柄をつけた打撃用の扇。大判の一枚紙を贅沢に使用した業物である。

「…この非常時に何をしているのあなたは」
「や、いやー。これは奥方サマ…ちょっとしたゲコクジョー的交流とか?」
「とか、じゃないでしょうが。もう一度主従関係のあり方を叩き込んであげた方がいいみたいね?…しっかりと」
「ひ…!」

 薄く笑って肩を掴んだ濃姫のただならぬ妖気に怯え、背後の信長に視線で助けを求めるが、信長は引きつった顔で首を横に振るばかり。
 そっと手を握られた彼女は、その手を振り解くことも出来ず、流れてきたBGMに乗って下手へと連れ去られていく。

「結局、何しに来たんだあいつは」
「まったくですわ。役に立ちませんこと」

 置いてけぼりの信長が漏らした呟きに、誰もいない場所から答えが返ってくる。
 しかし、信長は動じた様子もなく、姿なき声に呼びかける。

「笹虫か。…なるほど、光秀の謀反もお前の主の差し金か」
「さあ、存じませんわ」
「宋易に伝えておけ、望みどおり楽しませてやる、ってな」
「はい、たしかに承りましたわ」

【「むきーっ、ヤクタタズってゆーなーっ!」
 「おお、ほんとにさるみたいだ」
 「うっきー、うっきゃー、きゃーきゃーっ!」
 「…ほんとにサルになってどうするのよ…」
 「わふー、そんなこと言ってても嬉しそうですね?」
 「あ、呆れてるだけよ」】





「お館様!」
「馬鹿兄貴!」

 薙刀を持った蘭丸と、打掛を脱いで身軽になった伏姫が、反対側から登場した信長とようやくのことで落ち合う。

「無事だったか二人とも。探したぜ」
「ふん、お前も無事でざんねんだ」

 むすりとそっぽを向く伏姫を、蘭丸はくすくすと笑いながら窘めようとはしない。それを見て信長も、唇の端を吊り上げ、蘭丸の差し出す薙刀を受け取る。

「積もる話は後だ、今はこいつらを片付ける!来やがれ雑魚どもっ!!」

 信長が吼え、舞台上を何本もの光条が照らし出す。
 待ち構えていたかのように、花道から刀を振り上げた雑兵どもが群れを成して舞台へと駆けてくる。
 轟く和太鼓の響きと掛け声、雑兵の繰り出す刀を受け止め、胴を蹴り飛ばし、薙刀で斬り伏せる。
 下手から向かってくる者を股下から斬り上げ、その刃を回り込んできた兵の頭に勢いのまま振り下ろし、叩き割る。
 ならばと示し合わせ、三人が同時に刀を振り下ろすと、両手で頭上に掲げた柄でそれらを受け止め、押し返す。
 よろけた三人の胴をまとめて薙ぎ払うと、勢いをそがれた兵どもは信長たちを囲み、睨み合い、機を窺う。
 そこへ満を持して登場するのが乙女武者、明智光秀。抜き身を引っ提げ、自信に満ちた笑みを浮かべ、悠々と花道を進む。
 花道の半ばで立ち止まった彼女は、視線を一手に集めながら轟然と胸をそらし、切っ先を信長に突きつける。

「てこずらせてくれたけど、どうやらここまでね、お館様。いや、織田信長!!」

 対峙する信長は、背に二人をかばい、敵に囲まれてもなお不遜な態度を崩さない。

「ふっ、随分と吼えるじゃないか。それで、俺を倒してどうする。天下を取るか?やめておけ、お前に天下は大きすぎる」
「天下?そんなものに興味はないわ。私が欲しいのはただひとつ!その子、森蘭丸くんよっ!!」

 どどーん!大仰な効果音とともにスポットライトを浴びせられ、左右を見回しながらうろたえる蘭丸。

「ええーっ!?」
「「何いぃーっ!?」」
「「「「「えー…」」」」」

 驚愕する三人とは裏腹に、士気を大暴落させる兵たち。互いに顔を見合わせ、その視線をとある人物に一斉に向ける。

「なっ、なんだお前たち。なんであたしをみるんだ…」
「だって、なあ?」
「うんうん、健康な男子だから」
「うう…」

 頷きあう足軽たちの不穏な空気に、じりじりと後退り、

「おまえらみんなきしょいわーっ!!」
「伏姫さまっ!?」
「逃げるぞ、追えーっ!」
「「「「伏姫さまーっ!」」」」
「ええっ!?」

 裾を翻し脱兎のごとく逃げ去っていく。足軽たちも「らぶ」だの「もえ」だの言いながらそれを追いかけ、残されたのは双方の大将と景品のみ。
 部下たちに捨てられ、一人ぼっちの大将は、花道にがっくりと膝を突き、床にのの字を書き始める。

「み、光秀?」
「何よ、同情でもした?ええそうねかわいそうよね。天下奪ろうとかそんな大それた目的とかなくてたった一人の男の子のために謀反なんか起こしてオオゴトにしたあげく、最後の最後で部下に見捨てられて一人ぼっちになっちゃったんだもの。無計画すぎて馬鹿みたいよね、哀れを通り越しておかしいでしょ?滑稽だわ、滑稽よね?笑っちゃうわよね、笑っちゃいなさいよ。あーっはっはって笑いなさいよ。
 あーっはっはっ!!」

 自棄を通り越していっそすがすがしいほど高らかに笑う光秀を、二人は痛ましげな表情で見つめていた。

「お――」
「でもね!」

 居たたまれなさに声を掛けようとした信長を遮ると、鼻から零れ落ちる滴を拭いもせずに再び切っ先を突きつける。

「蘭丸くんはあたしのものなんだからっ!!」
「いいや、蘭丸は俺のものだっ!!」

 構えた刀を握り締め、乙女武者は花道を駆ける。乱世の魔王も腰の刀を抜き放ち、恋する乙女を迎え撃つ。

「僕の意思は…?」

 賞品には権利などないとばかりに黙殺し、鋼の刃が打ち合わされる。俄かに空は掻き曇り、火花の散るが如くに稲光が飛ぶ。
 土砂降りの雨に打たれながら、二振りの殺意が交錯する。彼我が目まぐるしく入れ替わり、信長の衣が裂け、光秀の鎧が弾ける。
 互角に思われたのは束の間、少しずつ圧され始める光秀に、信長は更に手数を増やしていく。最早光秀の命運は尽きようとしていた。
 だが、しかし。
 舞台中央から手前にかけ、所狭しと立ち回りを演じる二人を他所に、舞台奥の一隅が不意にぼんやりと照らし出される。
 そこに立つのは杉色の小袖に身を包んだ小柄な少女。決意の眼差しを蘭丸に向けると、懐から刃を抜き放つ。
 蘭丸は気付かない。光秀も気付かない。少女は戦いを見守る少年へ駆け寄る。愛を伝えるために。

「受け取って、私の想い…!」

 凶刃と言う名の愛を。

「蘭丸ーっ!!」

 ぞぶり。
 瞬間、全てが紅に染まる。

「そん、な…どうして、お館様…」
「ぐ、うっ…」

 刃は、蘭丸の前に立ちはだかった信長の腹に突き刺さっていた。
 よろける信長を抱き留めるように蘭丸が支える。

「どうして…どうして邪魔するんですかっ…森さんは私と一緒にっ」
「一緒に死んでどうなる…好きなら、生きてぶつかれよ。何度砕けても、ぶつかってみろよっ!」

 荒い呼吸の下、熱く語る姿は大怪我を負っているようには見えない。しかし、いまだ刃は刺さったまま。
 その姿に気圧されたのか、少女は言葉を失い、逃げるように舞台から去っていく。
 その姿を見送りながら、刀を納めた光秀が二人に歩み寄る。

「信長…ううん、信長様…私の負けよ。そこまで蘭丸くんを想っていたなんてね。悔しいけど、私は蘭丸くんを守れなかった」
「よせよ…身体が、勝手に動いた、だけだ…」
「お館様っ、もう喋らないでっ」
「もう長くないんだ、喋らせろよ…大丈夫。どうしてか、あんまり痛くないんだ…」
「そんな馬鹿な、まだ刀が刺さったまま――あれ?」

 傷口を見ようと信長の懐を探った蘭丸は、刺さっていた短刀を取り出した。突き刺さっていた板とともに。

「お館様、これ…」
「ん?…ああ!蘭丸の絵姿じゃないか。ずっと懐に入れてたんだ。…そうか、こいつが守ってくれたんだな…」
「懐にって…」
「お館様…なんで僕はこんな姿なんですかっ!!」

 蘭丸が客席に向かってかざした絵姿は、蘭丸・メイド服バージョン。風か何かでめくれそうになるスカートを必死に抑えている。

「なんでって…可愛いからに決まってるじゃないか」
「…ああ、なんでこんな人が僕の主なんだ…」
「蘭丸、そこは『ご主人様』って言うところだろ?」
「絶対言わないからっ!」

 仲睦まじい二人のやり取りに、光秀は一人、背を向ける。

「あーあ、やってらんないわよ。二人お似合いすぎるんだもの」
「光秀…」
「どこへなりと行っちゃいなさいよ。二人で幸せになっちゃいなさいよ。後片付けはあたしがやっておくから!」

 そして、振り切るように花道を駆けていく。

「信長、討ち取ったりーっ!!ばっかやろーーっ!!」

 最後まで涙を見せなかった乙女を、二人は寄り添って見送っていた。

「あいつ…」
「いや、いい話みたいな顔してるけど、死んだことになっちゃってますからね?」
「う、そうか…」
「全く、どうするんですか。あの様子じゃ、『実は生きてましたー』とかのこのこ出て行くわけにもいかなそうですよ?」

 突然路頭に迷ってしまった現実に直面する二人。しかし、途方に暮れる蘭丸をよそに、信長の口元は楽しそうな笑みを浮かべていた。

「よしっ、なら旅に出よう!」
「ええっ!?何そのいきなりな展開っ」
「日の本だけじゃない、南蛮や唐や誰も知らない土地を見て回るんだ。ワクワクするだろ?」
「いや、まあ…しますけど」
「だろ?くっそー、人生五十年じゃたりないぜ!二百年くらい生きてぇなあ!」
「…なんだか本当に生きそうな気がして嫌なんですけど」

 気分が盛り上がってきたのか、勢いよく立ち上がった信長を、蘭丸は冷めた目で見上げる。

「何ひとごとみたいに言ってるんだ、俺が死ぬまでお前も一緒だぜ?」
「ええーっ!?」
「病めるときも健やかなる時も、だ。さあ、いこう蘭丸!」
「はぁ…わかりましたよ、信長様」

 信長が子供のような笑顔で差し伸べる手を、蘭丸も渋々といった風を装って、しかし口元に笑みを浮かべてしっかりと取る。
 その瞬間、二人の姿は純白のタキシードとウェディングドレスに替わり、エンディングテーマの高まりとともに舞台が降り注ぐ花で埋め尽くされていく。

『――焼け落ちた本能寺から、信長と蘭丸の姿が見つかることはありませんでした。
 その後、彼らがどんな旅を続けたのか、記録に残されてはいません――』

【「ちょ、ウェディングドレス!?」
 「きっと凄く似合うよー」
 「わふーっ、お嫁さんなのですっ」
 「む、私がお婿さんではないのか?」
 「やはは、姉御のお婿さんははまりすぎですヨ」
 「くそぅ、オレじゃ駄目なのかよっ」
 「…当然です。美しくありません」
 「どうか、俺の嫁に…」
 「ああっ、私でよければいつでもお嫁さんになりますのにっ」
 「不機嫌そうね?」
 「…馬鹿兄貴にくれてやるのはもったいない」
 「妬くな妬くな、主役の特権ってやつさ。さて、それじゃみんな。本番は来週だ、張り切っていこうぜ!」
 『ええーーーーーーーーっ!?』】


演目:演劇『真説・本能寺』
団体:学生有志
場所:講堂
日時:初日、2日目 PM2:00〜3:30
   最終日 PM1:30〜3:00

キャスト
織田信長:棗恭介
森蘭丸 :直枝理樹

濃姫  :二木佳奈多
羽柴秀吉:三枝葉留佳
ヤスケ :井ノ原真人
徳川家康の声・服部カンゾウ
    :西園美魚(二役)
服部半蔵:宮沢謙吾

伏姫  :棗鈴
八房ホワイト
    :能美クドリャフカ
八房グレー
    :能美ストレルカ
八房ブラック
    :能美ヴェルカ

千宋易 :来ヶ谷唯湖
笹虫  :笹瀬川佐々美

本来物語に全く関係のない薄幸の美少女
    :古式みゆき(友情出演)

山賊の頭領
    :三枝晶(父兄参加)

 化学部  生物部
 ソフト部 杉並睦美
 運動部長ズ(友情合体)
 高宮勝沢 ねこ
 相川

明智光秀:土岐彩

ナレーション:神北小毬


脚本  :西園美魚
演出  :棗恭介

舞台監督:時風瞬

音響監督:来ヶ谷唯湖
照明監督:西園美魚

衣装監修:宮沢謙吾、古式みゆき
舞台美術:井ノ原真人、直枝理樹

特殊効果:マッド鈴木
動物協力:バイオ田中

協賛  :男女寮会
     駅前商店街


[No.639] 2008/10/18(Sat) 00:11:35
変心の実 (No.621への返信 / 1階層) - ち゛こ゛く@≒2331bite EXネタバレ有り

 この両手に、この両手に溢れ返るくらいの気持ちがあたしをいっぱいにする。

 この気持ちが、凍えてしまいそうな闇を照らしてくれますように……


『変心の実』


 タン、タン、タン

 小気味の良い音が鳴る。鳴らしたのは自分で、自分でこんなことを思うのもなんだと思うけど、実際他の人が聴いても小気味は良かったんじゃないかしら?
 頭をぶち抜かれて粛々と消える影。
 まだ始まってもいないゲームと、始まる前から適用されるルール。
「馬鹿の一つ覚えも良いところよね」
 ため息を一つ付いて周りの状況を改めて確認する。何もない、ただ学校の誰もいない廊下の風景だけがそこにある。窓から入る月の灯りがあたしの他に誰もいないことを教えてくれた。

 あたしにハッピーエンドはない。
 分っていても悲しい事実。残された後、理樹君はあたしのことをいつまで覚えていてくれる? 返ってくる答えが分っていても抱いてしまう淡い期待。そう、答えは分りきっている。だって、これまでもそうだったんだから。
 でも、前までとは決定的に違うことがある。淡々と過ごして、あたしの場所を守っていた前の時と、今自分が在る時。今も自分の中で確実に育っている気持ち、それは、あたしの中に育った小さな実。今も育ってる、少しずつ大きくなってる変心の実。
 それまであたしの中で育ってきたどの実よりも、それは彩付いていて艶やかで、あたしを暖かくしてくれた。
「沙耶さん」
 その一言一言が色々な彩を持ってあたしを包んでくれる。どん彩も理樹君から聴こえる声はきれいだ。そしてあたしの変心の実を彩付けてくれる。
 理樹君が育ててくれたから、あたしはこのゲームを終わらせたいと思った。
 あたしはあたしの場所があなたの中に欲しいと思った。
 ハッピーエンドで終わって欲しいと、思った。
 あたしの中で育ってる変心の実があなたの中にも育って欲しい。枯れて良いから、少しだけで良いから、残って欲しと思った。
 あの時とは違う。闇雲に走っているわけじゃない。目的は一つ『ハッピーエンド』で、結果は私が望んでるコト。ただそれが、きっと彼を傷付ける。
 それが心残り。
 そしてそれがあたしの目的で望み。深く、深く彼の中に残って欲しい。あたしのことを忘れてしまってもいい。心の奥底に少しだけで良いからあたしの想いが残っていてさえくれれば……。あたしという人間が、あなたの心の中に少しでも場所をくれるなら、あたしが望む、あたしを待つバットエンドも、ハッピーエンドになるから。最後の最後はきっとハッピーエンドになるから。

 だから理樹君。このゲームが終わる時に

 あたしの声があなたに聴こえますように。

 このお話が終わった後も

 あたしの思いが、あなたに少しでも残りますように。

「理樹君、大好きだよ」

 あたしの想いが……


[No.641] 2008/10/18(Sat) 00:57:20
犯人はだれだ!? (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@EXネタはない@9,332 byte /超遅刻すみません

 じゅるり……夜の屋敷に湿った音が響き渡る……。

「来ヶ谷さん、無駄なことしなくていいからね」
「最初の方がつい見えてしまったのでな。言ってみたくなっただけだ。失礼した」
「無駄に雰囲気が出過ぎだからさ……それについってなんなのさ」
「そろそろ始めるぞ」
「あー、うん。始めていいよ」

 ―

 ある日ある時。辺りは陽も通らない暗い森の中。
 男四人、女六人が入り混じった合計十人の集団がある屋敷の前で立ち止まる。
 先頭にいる少年二人がなにやら会話をしている。片方の少年は困惑している。
「ねぇ、本当にここなの?怪しい雰囲気がしてるけど」
「ああ、ここだ」
 それを受けた少年はさらに
 その少年二人の後ろには八人の男女がいる。
 辺りの状況を見て、なにかを楽しそうにしている者、なにかに怯えている者、
 なにかを心配している者、反応を示さない者、筋トレをしている者。様々だった。
「とにかく中に入ろうよ」
 それ以降、その場にいる集団は一言も発することなく屋敷へと入っていった。

「わぁ〜、中は意外と広いんですネ」
 屋敷へ入り、広間の真ん中へと誰よりも早く行き中を見渡す葉留佳。
 中の構造はこうだ。
 正面玄関から入ってすぐに目に入ってくるのが階段だった。
 上がった後の二階では一階の様子がすぐにわかるようになっている。
「三枝、あまりはしゃぐなよ。そして物を触って壊したりするなよ。今回は俺たち以外誰もいないが、
 借りている状態なんだ。壊したら全員で弁償することになる」
「はーい、物は慎重に扱いましょーネ」
 恭介の注意を聞いているのか聞いてないのか、葉留佳はよくわからない返事をする。
「真人、謙吾。おまえたちもここで戦うなよ。帰ってからな」
「ちっ、なんもできねーじゃん」
「むぅ……仕方ないな」
 恭介の注意だけはとても素直な二人だった。
 この時、理樹は真人には筋トレがあるじゃん…。と思ってたりもしてたが、
 すぐにそんな発想にいたってしまう自分が情けないと感じ、心に留めていた。

「そういえばさ、ここの中って外に比べて意外にも明るいよね。なんでだろー?」
「きっとそれはこの屋敷の七不思議と言う奴だな。そして、明るいのにも不思議が隠されているのだよ。
 たとえばだな、屋敷の中を写真で撮ると必ず霊が写ったり……。
 屋敷中の電気を消すと次に灯りをつけた時に誰かがいなくなったり……。
 毎晩毎晩……」
「っ…」
「ゆいちゃーん、りんちゃんが怖がってるからそろそろやめてあげた方が……」
「ふむ、私のことをゆいちゃんという呼称をやめてくれたら私も止めよう。そしてだな……」
「ふかーーー!!」

「西園さん、なにを読んでるですか?」
「昨日のがまだ読み終えてなかったので、それを」
「そうですかー。では、何かお勧めの本とか読ませていだだけますでしょーか?」
「では、ちょうどこの屋敷の雰囲気などに合った本があります」
「わふー。ありがとうございますなのです!」

 屋敷にいる少年少女十人は様々な談笑を繰り返していた。
 一人は笑い。一人は怒り。また、一人は楽しみ。そしてまた一人は笑う。さらにもう一人は唸りをあげていた。
 そんな中、恭介は全員を一箇所に集めていた。
 集めたのはほかでもない、いろいろと説明するためだ。
 説明内容は個人的理由で略。
「いやいやいや……」

 まとめるとこうだ。
 部屋割り?適当に二人一組の一部屋で組んでくれ。
 女子の部屋は一階で男子は二階な。
 風呂とトイレ?一階の奥にある。
 それとさっきも言ったが、この屋敷の中にある物は壊さないでくれ。
 あと、あまり乱暴に扱わないで欲しい。
 食事?食堂に食材があるからそれを自分たちで作って食べるらしい。
 まぁ、そんなところだ。

「と、言っていた」
「え?来ヶ谷さん、なんのこと?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」

 部屋割りは適当、と言っていたが……。
 なぜか男三人で局地的に直枝理樹争奪戦となっていた。
 その決め方はいたって単純。じゃんけんだった。
 ……その時、『恭介さん!がんばってください!』
 と聴こえたのは単なる幻聴だろうか、なんなのだろうか。判断がつかなかった。

 …

「いよっしゃぁぁぁぁぁーーー!!!」
「くっ!真人にじゃんけんで後れを取るとは不覚だ……」
「やっと理樹と一緒に寝れると思ったが……」

「よっしゃ、理樹!一緒に筋トレ行こうぜ!」
「いやまあ……」
「ほら、もっと元気出せって。俺の特製筋トレグッズ貸してやるから」
 寮ではルームメイトとして同じ部屋に住んでるからか、どこか遠慮、困惑している理樹だったが、
 当の真人本人はそんなことを気にしていないみたいで、純粋に喜んでいるようだった。
 そんな二人の後に残ったものと言えば、暗い顔した二名。
 しかし、そんなのも束の間。片方がすぐに立ち直ったかと思うと
「よっしゃ、謙吾!今日は人生ゲームで遊び飽かすぞ」
「おうとも!」
 二人は肩を組んでスキップしながら屋敷中を回ったとさ……。

「りんちゃ〜ん一緒の部屋になろ〜」
「わかった」

「なんだか小毬君と鈴君の間にはなにやらいい雰囲気が発生してるな…私も――」
「ダメですヨ」
「ダメです」
「ダメなのです!」
「むぅ、それではクドリャフカ君をいただくことにするか」
「わっ、わふーーー!?」
「姉御っ、ちょい待ったぁ!クド公は私のもんだぁー!いくら姉御だからってそれは譲れない!」
「……」

 …

 物音ひとつもしない屋敷の中。
 中は真っ暗で、もう就寝をしている頃だった。

「…なんか落ち着かねぇな、理樹」
「え……真人、なに?」
「筋トレしようぜ!」
「こんな夜に?どこで?」
「ここ」
「僕はもう眠いんだけど……。やるんなら外でやってね。みんなに迷惑かけないようにね」
「理樹ならつきあってくれると思ったんだがなー…。まーいいや」
 真人は特製筋トレグッズをたくさん持って部屋から出て行った。
 それを見て少し安堵をした理樹であった。
「ふぅ……」

 …

 そのうち、真人も筋トレが終わり部屋に戻ってきて、すぐに眠りに落ちていた――
 かと思われた、その瞬間
「みんなー!!起きてくれーーー!!」

「こまりちゃんが広間で倒れているーー!」

 ―

「あれ、ここで終わり?」
「あぁ、続きはまた今度。というかここまでしかまだ出来てない」
「それでこれを映画にして文化祭で公開するの?」
「もちろん、そのつもりだ」
「えっと、私が倒れていて……その後はどうなるの?」
「死ぬ」
「えぇぇーーー!?」
「こ、こまりちゃんが死んじゃうのか?」
「そんなに驚くな、話の中だけだ。ここにいるお前は死なない」
「それだと、これは……推理物、探偵物になるのでしょうか」
「ふむ…なにをするかと思えば映画を撮るのか。なかなか楽しそうじゃないか」
「こういうのやったこのないのでとても楽しみですっ!」
「私は主役じゃないのー!?」
「恭介、これじゃオレが筋トレしか脳にない奴じゃねーか!」
「実際そうじゃないのか、真人」
「ちなみにこの時点で犯人は推理出来る。誰かわかる奴いるか?」
「簡単すぎるな」
「……」
「来ヶ谷と西園か。さすがだな」
「ま、考えればすぐわかることだろう」
「描写が少し偏りすぎです。もうちょっとバランスよく他の人の描写を入れてみてはいかがでしょうか。
 それに凶器も大体わかってしまいます。あと――」
「ストーップ!それ以上はもうなしだ。他のわからない奴に推理させて欲しい」

「あっ、はい!わかりました!」
「能美か、言ってみろ」
「えっとですね、小毬さんはトイレに行こうとして誤って階段から落ちてしまったのではないでしょーか?
 犯人は階段さんなのですよ!」
「な…なんだってー!?と言いたいところだが的外れだ。
 女子の部屋は一階で、トイレも一階だ。なんのために階段を上がる必要がある」
「典型的な間違いによる推理ミスですね」
「わっ、わふー……」
「クド公ー、どんまいどんまい」
「くそ…なにがなんだかわかんねーぜ……」
「俺もだ、真人……」
「えっ、謙吾まで!?」
「ふっふっふ、はるちんには楽勝にわかってしまいましたヨ」
「そうか、それじゃあ三枝、言ってみろ」
「それはズバリ!この話を書いた恭介さんだー!」
「…三枝さん、冗談にしてももう少しいい冗談を言ってみてはどうでしょうか」
「葉留佳君、発想は悪くない。が、ちゃんと話の中で考えた方がいい」
「あ、あはは、『うわーこいつ、なにいっちゃってんの』的な視線が気持ちイイデスネー」
「はるかはだめだ。きょーすけ、あたしが推理してやろう」
「まぁ三枝は置いといて、だ。鈴、言ってみろ」
「それはだな、真人の馬鹿だ」
「オ、オレかぁ!?」
「理由は?」
「こいつしか小毬ちゃんを殺しそうにしかない」
「恭介、これは推理、って言えるの?」
「言えないな。鈴、ちゃんと推理したか?」
「した」
「鈴、それでは全く推理とは言えない。そうだな、ただ単純になんの証拠もなしに疑ってるだけだ、鈴。
 人をそんな簡単に疑っていいことなんてないぞ。何事も疑ってかかれとも言うが、信頼、信用することも大事だ。
 それにそのまま疑って、実際にその人がなにもしてない、なにも知らない。潔白だった。ってことがあったらどうする?
 その疑った分だけ自分に帰ってくるぞ、鈴。わかったか?」
「うみゅ……わかった……真人、疑って悪かった」
「まぁ、気にするな、鈴。たまにはこんなこともあるさ」
「じゃあ、次は私、いいですかっ?」
「わかった、言ってみろ」
「えーとですねっ、私が夜、寝てる時にトイレに行きたくなった。そしてね、トイレに行く途中か部屋に戻る途中かはわかんないんだけど、
 広間でとってもおっきいゴキブリさんがいて、それにびっくりした私がひっくりかえって頭を打ってそのまま……かな?」
「まぁ、悪くは無い、自分をわかってる推理だが…惜しいな。前半だけあってる」
「うーん……惜しいのかぁ」
「やっぱりこまりんらしいですネ」
「ヒントとしては…その時の小毬の周りに凶器と思われる物が転がっていたのと、鈍器なようなもので殴られたのか、頭が凹んでいて死亡。
 と、ヒントはここまでだな」

「あっ、僕わか――」
「わかった、犯人は俺だな」
「謙吾か、どうしてだ?」
「少し心当たりがある……悪かった神北!すまん、俺が殺してしまった!」
「ちょ、謙吾いったいどうしたのさ」
「け、謙吾くん、そんな謝らなくてもいいから、ね」
「宮沢さんが壊れてしまったようですね」
「まったくだ」
「謙吾少年もなかなかの大物だな」
「わふー、宮沢さんも大変なのですねー」
「いつかは白状してくれると思ってましたヨ」
「やっぱり謙吾か、オレも薄々そう感じてたんだよな」
「謙吾、落ち着け……って、もうこんな時間だったのか。今日はもう解散だ。
 みんな悪かったな、遅くまで付き合わせて」
「なに、楽しかったぞ恭介氏」
「映画を撮るの楽しみに待っているのです」
「完成したらわたしにも見せてもらえないでしょうか」
「りんちゃん、楽しみだね」
「うん、そうだな。でも馬鹿兄貴が作るものだから少し心配だ」
「途中から変な方向に行かなければいいですけどネ」
「神北、すまんな。今度お詫びをする」
「あー疲れた…久しぶりに頭が痛くなったぜ……理樹、もどろーぜ」
「あっ、ちょっ、みんな待ってー!!」


[No.646] 2008/10/18(Sat) 16:23:16
感想会後半戦について (No.623への返信 / 2階層) - 主催

 日曜21時からとします。
 ログはまとめて日曜夜に。


[No.647] 2008/10/19(Sun) 01:31:27
over (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@4844 byte EXネタバレ パロディ注意

 少年は、今日も元気に叫ぶ。
 叫ばずにはいられないのだ。

「沙耶! 好きだァー! 沙耶! 愛しているんだ! 沙耶ァー!
地下迷宮に入る前から好きだったんだ! 好きなんてもんじゃない!
沙耶の事はもっと知りたいんだ! 沙耶の事はみんな、身長も体重もスリーサイズもぜーんぶ知っておきたい!
沙耶を抱き締めたいんだァ! おっぱいが押し潰れちゃうくらい強く強く抱き締めたーい! きっと君の身体は柔らかくて、良い匂いがして、ああ、想像しただけで僕はどうにかなってしまいそう!
闇の執行部の監視? 構うもんか! 沙耶ッ! 好きだ!
沙耶ーーっ! 愛しているんだよ!
僕のこの心のうちの叫びを聞いてくれー! 沙耶さーん! 思いっきり声に出てるとかいうツッコミはノーサンキュー!
沙耶を知ってから、沙耶に屋上から突き落とされそうになった時から、僕は君の虜になってしまったんだ! あの蔑むように僕を見下ろす視線たまらない!
愛してるってこと! 好きだってこと! 僕に振り向いて!
沙耶が僕に振り向いてくれれば、僕はこんなに苦しまなくってすむんです! 真人に気付かれないようコソコソと自家発電に勤しむ日々も終わりを迎えるんです!
ボケまくりだけど本当は優しい君なら、僕の心のうちを知ってくれて、僕に応えてくれるでしょう! 応えてくれるよね? 応えてよバーニィ!
僕は君を僕のものにしたいんだ! その美しい心と美しいすべてを! 君のすべてが欲しい! 制服も、白いリボンも、ピンクの下着も、太もものホルスターも! 全部が欲しいんだァー!
誰が邪魔をしようとも奪ってみせる! 時風瞬? 闇の執行部? それがなんだっていうんだ! あんな奴ら、マスクザ斎藤がフルボッコにしてくれる!
僕? 僕は戦いません! 恐いもの!
でも恋敵がいるっていうなら闘ってやる! いるなら出て来い! ほら、そこの! なにが「沙耶は俺の嫁ハァハァ」だよ、ふざけんな! 沙耶は僕んだろ、常識的に考えて! 次元の壁すら越えられない分際でアホなことを言うもんじゃないよ! 僕の愛は次元をも超越する!
でも沙耶さんが僕の愛に応えてくれるなら闘いません!
僕はただ沙耶を抱きしめるだけです! 君の心の奥底にまでキスをします!
力一杯のキスをどこにもここにもしてみせます!
キスだけじゃない! あんなことやこんなこともしたい! 野外で! 教室で! だってしょうがないじゃない、男の子だもの! それが僕の喜びなんだから! 悦びなんだから!
でも独りよがりなことはしません! 約束します! 沙耶が喜んでくれなきゃ、意味がないから! 悦んでくれなきゃ、意味がないから! 大事なことだから二回言った! 二回といわず、何度だって言ってやる! 君がよろこんでくれなきゃ、意味がないんだーーっ!
よろこびを分かち合えるのなら、もっと深いキスを、どこまでも、どこにでも、させてもらいます! むしろさせて!
沙耶! 君がヤンデレの群れの中に素っ裸で出ろというのなら、やってもみせる!
それだけ僕は君を愛しているんだよ、沙耶ァー! 僕の愛は太陽の塔より高く、地下60階より深いんです! ローソンやファミマなんかより、君のことのほうがずっとずっと好きなんです! 愛しているんだ、沙耶ーーっ!
沙耶ァー! 好きだァー! 好きだ好きだ好きだァー! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きィー! どうして僕はこんなにも君のことが好きなんだァー! 
君もそう思うかもしれないけど、僕にもわからない!  わかるのは唯一つ! 僕は沙耶のことが好きで、愛してるってことーっ!
僕は沙耶の笑顔も、呆れ顔も、怒った顔も、落ち込んで煤けてる背中も! ぜんぶが好きなんだ! 君が何かする度、どんどんどんどん愛しくなっていく! 息をしているだけで、君への気持ちが膨らんでいくんだ!
僕は沙耶のすることなら何だって受け入れる! 吐いたり! 奇声をあげたり! いきなりパンツ脱いだり! いいぞもっとやれー! 何もかもが愛おしいーっ!
好きだーーっ! 沙耶、愛してるーーっ!



(15156byte中略)



ボドドドゥドォー!
沙耶ァー! 君は、こんな僕のことを! おかしい、変だって言うかもしれないけど! でも、だって、しょうがないんだ!
だって僕は、君が好きなんだから! 愛しているんだから! 恋しているんだから! ほら、恋という字と変という字はこんなにも似ている! だから仕方ないんだーっ!
いや、仕方ないなんてことはないかもしれない! だって! 僕が変なのは、どう考えたって沙耶のせいだもの! 君が僕をこんなにしてしまったんだ! 責任を取ってもらいたい! 責任取って、沙耶ァー!
僕は本当に君のことが好きなんだ! 沙耶! だから……だから! 例え、世界が終わってしまっても! 新しく始まる世界で、生まれ変わった僕は、生まれ変わった君を好きになる! 何度も、何度だって好きになる! 僕が君を好きになるのは、運命なんだ!
でも僕は、ずっと君と一緒にいたい! この世界で、ずっと君とイチャイチャしていたい! そのためなら、何だって捨てられる! 寝不足になったって、テストで赤点取ったって、そんなのどうだっていい!
僕は君のためなら、人だって撃ってみせる!
沙耶ァー! 好きだァー! 愛してるんだーっ!
僕は沙














「きょーすけが帰ってきたぞーっ!」
 遠くから声がして僕は呼び覚まされる。
 それが指し示す意味も眠気で判然としない。
「ついにこの時がきたか……」
 が……続いて聞こえてきた喜びに打ち震える声で目が覚める。
 ふんと鼻息が聞こえて、それは床に飛び降りていた。
「真人……こんな時間にどこ行くのさ……」
 恐る恐る訊いてみる。
「……戦いさ」
「……は? こんな夜に? どこで?」
「ここ」
 親指で床を指す。
 不敵な笑みを残し、勢いよくドアを開け放つと部屋を飛び出していった。
「…………」


[No.650] 2008/10/19(Sun) 13:32:31
場所を変えてみたら (No.621への返信 / 1階層) - ひみつ@大遅刻の6575 byteorz ネタバレはありません

 風が吹いて、窓が揺れて、外を木の葉が飛んでいきます。ゆらゆらと揺れて、私の目の前を通り過ぎます。ガラス越しに見える校庭はすっかり秋の色、淡く青い空の下、隅ではススキが揺れています。
 夏には心地よかった木陰はすっかり寒くなり、今の私は図書室暮らし、木陰の気持ちよさには負けますが、秋の日射しが入り込む図書室というのもなかなかにいいものです。
 昼はそれなりに賑わいますが、放課後いるのは図書委員さんの他2、3人、静かな時間が流れるのです。人の気配はあるのに音がない、そんな静かな場所、ここは不思議な空間です。読み終わった本を閉じると、濃厚な本の匂いが届きました、これも外では感じられないものですね。
 さて、本を置いて、一息つこうと隣を見れば、そこには捨て犬が

「わふー……」

 鳴いています。



「わふ……どーせ私は誰にも気付いてもらえないんです……影の薄い女なんです……」
「……」
「図書室で騒ぐのはいけないことなので、がんばってぼでぃーらんぐえっじをしたのに、見てもらえなければ伝わりようがないのです……」
「……」

 ぶつぶつと言いながら机にのの字を書く捨て犬……ではなく能美さん。なにかすっかり落ち込んでいます、犬の耳があったらだらんと垂れ下がっていそうな雰囲気です。言うなれば捨て能美さん。いつの間にいらっしゃったんでしょうか、捨て能美さん。全然気付きませんでした。
 それにしても、捨て犬ならぬ捨て能美さんですか、雨の中段ボールに入ってわふーと鳴く能美さん……アリです。二木さんあたりが喜んで拾っていきそうですね。
 とかなんとか、思わず失礼な想像をしてしまいました。その間にも能美さんは一人で話し続けます。

「どーせ私は薄っぺらい女なんです、ぺったんこなんです、広辞苑には完敗なんです、ハードカバーの本にも負けるのです、でも新書位には勝てるかもしれません……」

 何のことでしょうか? よくわからない勝負です。個人的には、新書は読みにくいので文庫にしてはどうかと思うのですがそれはさておき。

「どうかしたのですか? 能美さん」
「わふっ!? ようやく気付いてもらえましたっ!」
 びっくりしたように能美さんが言いました、尻尾があったならぴんと立ててそうな感じです。やはりわんこですね、この方は。
 と、それはさておきどうやらずっと前からいて下さったようです、申し訳ないことをしました。
「すみません、本を読んでしまうと夢中になってしまうもので。ところで何か?」
「わ、わふっ!? あ、えっとですね……つまりその……佳奈多さんがですね、丁度いいので西園さんにあいしゃるりたーんで面倒を見てもらいなさいと……と……」
「……」
「……」
「……」
「……わふ」
「……」
「わ、わ、黙って次の本を取りにいこうとしないでほしいのですっ! 落ち着きましょう、ていくいっといーじー……って本当に手に本をとらないで欲しいのです!?」





「……つまり、二木さんが生徒会に行っている間、私に面倒を見て貰いなさいと」
「……わふ」
「それで目の前に座って色々やっていたのに気付いてもらえなかったと」
「……わふ」
「だんだん寂しくなってのの字を書いていたと」
「……わふ」
「……わふ」
「真似されましたっ!?」
「これで通じると思ったのですが……わふー語は難しいですね」
「言葉にされましたっ!?」

 ひとまず、わふわふという会話の後、現状は把握できました。どうやら、能美さんは捨て能美さんではなく、単純に預けられただけのようです。少し残念です。
 それにしても、一人にするのにあたり、わざわざ誰か知人……といっても、二木さんとはそんなに話したことはありませんが……の所に置いていくあたり、あの方も相当な過保護ですね。リードでもつけておいた方がいいのではないでしょうか?
 三枝さんは、先日、リードをつけられて引きずられていましたが。どことなく楽しそうな二木さんと、真っ青な三枝さんの顔が対照的でした。

「似合いそうですし」
「……わふ?」
「……何でもありません」
 
 首を傾げてきたわ……能美さんを誤魔化しつつ、対応を考えます。
 能美さんは、きらきらとした視線でこちらを見ています。フリスビーでも投げれば、喜んでとりにいってくれそうなのですが、ここは図書室です。
 大体、今の会話で図書委員の方が視線で注意してきておりますし。図書館では注意も静かに、この学校は、なかなかに図書委員レベルが高いところです。
 私は了解の視線を送り、図書委員さんも静かに頷きます。能美さんも気付いて向こうを見ますが、残念ながらどんな会話が交わされたのかはわからないでしょう。
 能美さんがこの会話を理解するには、もう少し図書館レベルを上げなければなりません。私がわふー語を解するようになるのと、一体どちらが先でしょうか?
 さて、それはともかく少々困りました。
 私は能美さんとはあまり話した事がありません、能美さんが嫌いだというのではなく、私はそもそも積極的に話すのは苦手ですし、私とする会話が楽しいとは思えませんし……
 リトルバスターズに入ってから、少しは話すようになったと思いますが、元が元だけに、自分から話しかけるというのはあまりしません。キャラじゃないですし。会話を止める事はありますが、キャラですし。

「わふー……」

 でも、目の前のわん……能美さんは、何か話してほしいようです。うるうるした瞳でこちらを見てきます。構ってもらわないと寂しくてしょうがない、そんな事を目が語っているような気がします。
 なるほど、これが『捨てられた子犬のような目』ですか、これに直枝さんも二木さんも撃沈されたわけですね。
 以前ならば、こんな目で見られてもあっさりと無視していたでしょうし、そもそも、誰かに関わられるというのはなかったと思うのですが……

「わふ〜」
「……思わず撫でてしまいました」
「わふ?」
 首を傾げてこちらを見る能美さん、私はもう一度彼女の頭を撫でます。
「わふ〜」
 すっかりリラックスした顔のわんこ……能美さん。さっきまでの寂しそうな顔はどこにいってしまったのでしょうか?
 感情がそのまま顔に出るというのは、あまりよい事ではないようですが、私は羨ましいです。楽しいときに笑い、寂しいときにはさびしんぼう、もし私がそんな風に豊かな表情を持てたら……気持ち悪いですね。そもそも想像できません。
 そうこうしているうちに、ゆっくりと暖かみが寄ってきてすとんと私にぶつかります。
 能美さんが、幸せそうな顔で目をつぶっていました。やれやれ、図書館は寝る場所ではないのですが……でも、これで何を話すかとか悩む必要はなくなりました。能美さんを撫でながら、本を読む事にしましょう、理想的で合理的な解決方法です。
 いい匂いがこちらに漂ってきます、今度、能美さんに何のシャンプーを使っているか聞いてみましょうか?
 以前ならこんなことは考えもしなかっただろうと思いながら、私は能美さんをなで続けます。わふーわふーという小さな寝息が聞こえてきて、能美さんはすっかり夢の中のようです。
 ……寝息もわふーなのですね。





 能美さんの髪の匂いと、本の匂い、何で私はこんな放課後を過ごす事になったんだろうと思いながら、どことなく満ち足りた気分でいる自分がいます。
 一人で本を読む事には変わりないはずなのに……
 そこまで考えてふと気付きます、これでは新しい本が読めませんね。
 能美さんはすっかり夢の中、仕方がありません、もう一度読み終わった本を……

「……」

 図書委員さんが、黙って本を差し出してくれました。いつの間にここに来たのでしょう?
 私は、黙って頭を下げます。図書委員さんは無言のままくるりとカウンターへ。

「ここは……気に入りました」
 能美さんを起こさないよう、小声で独り言を言うと、私は本を開きます。
 小さな寝息を聞きながら、さっきよりも少しだけ幸せに、私は文字を追い始めました。



『おしまい』
 


[No.651] 2008/10/19(Sun) 22:53:04
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