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No.656に関するツリー

   第20回リトバス草SS大会 - 主催 - 2008/10/30(Thu) 20:57:32 [No.656]
いしのいし - ひみつ・遅刻@EX分はない@4685 byte - 2008/11/02(Sun) 14:47:27 [No.675]
いしのいし 修正版(クドのセリフの途切れなどを修正) - mas - 2008/11/03(Mon) 01:29:49 [No.680]
MVPここまで - 主催 - 2008/11/01(Sat) 00:29:01 [No.669]
”初恋”を恋人に説明するとき - ひみつ@6566バイト EX佳奈多シナリオバレ - 2008/11/01(Sat) 00:26:11 [No.668]
[削除] - - 2008/11/01(Sat) 00:13:33 [No.667]
[削除] - - 2008/11/01(Sat) 00:08:59 [No.666]
いしに布団を着せましょう - ひみつ@ 13.095byte EXバレなし - 2008/11/01(Sat) 00:01:38 [No.665]
路傍の。 - ひみつ@初@6498byte EXネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 23:56:34 [No.664]
約束 - ひみつ@20161 byte EXネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 23:26:00 [No.663]
石に立つ矢 - ひみつ@12553 byte ネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 20:28:57 [No.662]
重い石なのに柔らかい - ひみつ@5791 byte EX微ネタバレ 微エロ - 2008/10/31(Fri) 16:23:12 [No.661]
『重い石なのに柔らかい』解説 - ウルー - 2008/11/03(Mon) 00:51:50 [No.677]
みんなの願い - ひみつ@4564byte 初めて EXネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 01:25:44 [No.660]
死体切開 - ひみつ@ 6546 byte EXネタバレなし スプラッタ・猟奇注意 - 2008/10/30(Thu) 23:52:21 [No.659]
ともだち記念日 - ひみつ@14988byte - 2008/10/30(Thu) 23:40:37 [No.658]
10本目の煙草 - ひみつ@ 7033 byte EXネタばれ多分ない - 2008/10/30(Thu) 21:46:20 [No.657]
MVPとか次回とか - 主催 - 2008/11/03(Mon) 00:52:33 [No.678]



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第20回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催

ひとまず携帯からスレ建て。
遅くなってごめんなさい。
作品の投稿はこの記事に返信する形でお願いします。


[No.656] 2008/10/30(Thu) 20:57:32
10本目の煙草 (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@ 7033 byte EXネタばれ多分ない

 紫煙が浮かぶ。
 吸って吐く。吐いて吸う。誰も立ち入ってはいけないはずの屋上で、太陽に向かって煙草の煙が立ちのぼる。
 その仕草は作業のようではなくて、だけど決しておいしそうに吸うようにも見えない。止まらずに吸っては吐いて、吐いては吸う。煙が空に消えていく。

 ガタ

 止まる。そして億劫そうに物音がした方を向く。入り口が閉鎖された屋上、その唯一の出入り口の窓の下、女の子が独りで立っていた。
「二木か」
「恭介さん」
 名前を呼び合った二人にそれ以上の会話はない。恭介は再び煙草を吸うし、佳奈多もそれを止めようとしない。ただゆっくりと佳奈多は恭介の隣まで足を動かす。
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。言葉はない。

「恭介さん、煙草を吸う方だったんですね」
 煙草が根本近くまで燃えた時に、蚊の泣くような佳奈多の声。
「今日だけだ」
 いつもより小さく短い恭介の声。また煙を吸う。
「いいのか? 風紀委員長が喫煙者の隣でゆっくりしていて」
 煙を吐く。
「もう、どうでもよくなりました」
 何が、なんで無粋な事は聞かない。それは他人が聞いてわかる物ではない事くらい、誰にでも分かる。佳奈多は空を見上げる。晴天の空はどこまでも気持ちよくて、憂鬱だ。
「どうして私は戦っていたんだっけ?」
 声と煙は空に溶ける。やがて恭介は煙草を吸い尽くし、残ったそれを灰皿に押しつけた。
「なんで灰皿なんて持っているんですか?」
「灰皿を買うのに年齢は確認されない」
 にべにもなくそう言って、新しい煙草を取り出した。安っぽいライターを取り出して、火が出るように摩擦する。
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「じゃあ煙草はどうやって?」
「職員室でくすねてきた」
 そう言えば漂ってくる臭いがさっきと違うと、佳奈多は灰皿に目を落とす。見ればそこにある煙草に同じ物は何一つとして無かった。一箱くすねるとすぐばれるから、開いている箱から一本ずつくすねてきたのだろうと、佳奈多は適当に当たりをつける。
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「恭介さん」
「ん?」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「後悔してますか?」
 止まる。
「後悔か」
「はい」
「そう、だな」
 紫煙が浮かぶ。吸われる事のない煙がユラユラと煙草から浮かんで空に消える。
「もし俺があのバスに乗ってたら。そう思う事はあるよ」
 みんなを助けられたのではないか。
「それを後悔と呼ぶのかは知らないがな」
 そしてまた吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「けどな、結局歩いていくしかないからな」
 ピクリと佳奈多の体が震えた。そろそろと、腫れ物にでも触るように恭介の顔を見る。疲れきった顔だった。
「強いんですね、恭介さんは。私は、そこまで強く在る事は出来ません」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「強くなんてないさ。俺は弱いよ」
 根本まで吸い尽くした煙草を灰皿に押し付けて、新しい煙草を取り出しライターをこする。また別の煙草の匂いが周囲に満ちる。
「強かったらこんな事で時間を潰してやしないさ。もう、歩き始めている」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「それでも私よりは強いと思います。私は歩こうとすら、思えませんでしたから」
「だけど強いのが正しいとは限らない」
 断定する恭介。そして佳奈多が口を開く前に強い口調で続ける。
「もしかしたらみんなは、いつまでも一緒に立ち止まっている事の方が嬉しいかも知れないからな」
 吐いて吸う。吸って吐く。煙が空に消えていく。それを見る。
「恭介さんは、」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「恭介さんは、どうして煙草を吸っているのですか?」
「また歩き出す為さ」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「みんなの事に区切りをつけないと歩けそうにないからな、煙草は線香に似てるだろ」
「素直にお線香をあげようとは思わなかったんですか?」
「それは思わなかったな」
 佳奈多の呆れたような言葉に、煙を吐きながら答えを返す。
「線香は、もう何十本ってあげたからな。でもみんなの事に区切りはつけられなかった。どうしても引きずっちまうんだ」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「今の俺はみんなの重さを引きずったまま歩けそうにないからな。煙草を吸えば、今だけは忘れられそうな気がした」
 そして吸い尽くした煙草を灰皿に押しつけて、また別の煙草を取り出した。
「これで最後だな」
「今、ポケットから煙草が見えた気がしたんですけど」
 煙草を口にくわええてライターを擦る。吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「線香の代わりだからな、9本でいいんだ。間違えて1本余分に盗ってきちまった」
 佳奈多は浮かんで消える紫煙を見る。恭介の方は見ていない。
「1本目は鈴」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「2本目は理樹、3本目は真人、4本目は謙吾、5本目は神北」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「6本目は来ヶ谷、7本目は西園、8本目は能美。そしてこれが、三枝だ」
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「そうなんですか」
 感慨深くそう言う佳奈多。そして彼女は恭介に手を差し出した。恭介は目を見開いてそれを見る。
「本気か?」
「本気です。何ですか、その反応は?」
「いや、悪い。二木が煙草を吸う光景が全く思い浮かばなかったもんだから」
 そう言って恭介は佳奈多に煙草を握らせた。佳奈多は恨めしそうな顔をしながらもそれを受け取り、口に運ぶ。そして、吸う。
「っっっ!!?」
 げへげへごほと思い切りむせた。
「おいおい、大丈夫か?」
 心配そうな顔の恭介を涙目で見る佳奈多。
「よく、こんなもの、平気な顔をして吸えますね」
「体質じゃないのか? 俺は1本目から問題なく吸えたぞ」
 普通に答えた恭介を一回睨みつけて再度煙草に口をつける佳奈多。吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。
「げほっ」
 佳奈多は軽く一回むせた後、もう二度と吸うものかと言わんばかりに煙草を恭介に押しつける。苦笑いでそれを口に運ぶ恭介。
「無理して吸う必要なんてないんだぞ?」
「いいんです、無理してでも吸いたかったんですから」
 けほけほと喉の奥のいがらっぽさを吐き出すように咳き込みながら、佳奈多は誰にも聞かれないような声で呟いた。恭介にも聞こえないような小さな声で。
 佳奈多はけほけほたくさんむせてから、やがて落ち着く。目には涙を滲ませて。
「――酷い目にあいました」
「ああ、煙草は目にしみるからな」
 そう言って恭介は10本目の煙草を佳奈多に差し出した。
「二木、いるか?」
「いりません。それは、恭介さんの煙草でしょう」
 憮然とした顔でいい返す佳奈多。しかし恭介は手を引っ込めないで言葉を続ける。
「俺は9本しか煙草を吸わないんだ、1本余る。もったいなから誰かが吸った方がいい」
 恭介は自分の口にくわえた煙草を揺らしながら言う。それをじっと見る佳奈多。
 吸って吐く。吐いて吸う。煙が空に消えていく。それを見る。
「ハァ」
 ため息をついた佳奈多はおずおずと手を出して、煙草を受け取る。
「それじゃ、頂きます」
 ついでにライターも借りて、火をつけながら煙草を吸う。
「っ! げほ、ごほげほ!!」
 途端にむせる。咳き込んで涙を流しながら、それでも煙草を吸って吐く。吐いて吸う。涙がポロポロと流れていく。
 そんな佳奈多を見ながら、恭介はそこでようやく最後の煙草を吸い尽くしている事に気がつく。恭介は億劫そうに9本目を灰皿に押しつけた。
「ああ、吸い終わっちまったか」
 ふと、思う。みんなを悼む為に9本の煙草を吸ったのならば、佳奈多が吸っている10本目の煙草は何を悼んでいるのだろうかと。
 その答えが浮かんでは消える。みんながいた過去だろうか? 笑い合えていたはずの今だろうか? 望んでいた未来だろうか? その全てにみんなの笑顔があった。
「ごほ、げほっ!」
 隣ではむせる佳奈多、目には涙。その煙が流れてきて、恭介の目をこすってゆく。目をこすった煙は空に消える。それを目で追う。
「ああ、やっぱり煙草の煙は目にしみる」
 目に入る前で光が歪む。

 晴天の昼、気持ちのいい日。煙は上に涙は下に。10本目の煙草が燃え尽きるまで。


[No.657] 2008/10/30(Thu) 21:46:20
ともだち記念日 (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@14988byte

 五月十五日はともだち記念日。
 そう決めた。

 女子寮を抜け出して、昼間のうちに鍵を開けておいた窓から、お菓子を詰めたバッグを片手に夜の校舎に忍びこむ。見慣れた世界は姿を消し、静寂に沈んだ偽りの深海がそこにある。乏しい現実感を取り戻すため、履きかえた上履きで廊下の感触をたしかめる。なぜか止めていた息をふっと吐き出し、私はひとり頷いた。
 曇り空に嫌われて、窓から射しこむ月光はない。濃密な闇だけが私のことを出迎える。怖くも寂しくもないのは、この先でともだちが待っていると知っているからだ。足取りはふわふわ軽やかで、心はぽかぽか温かい。調子に乗って体をくるりと一回転。誰にも見られていないのに、柄にもない乙女の真似ごとが、私の頬を熟れたリンゴみたいに紅潮させる。
 冷たい両手を頬に押し当て、うつむき加減に早歩き。今日の私はちょっとおかしい。ともだちに笑われないように、バッグの中の甘い匂いを嗅いで、興奮でほてった理性をゆっくり冷ます。
 昼間はみんなと過ごす教室で、大切なともだちと待ち合わせ。逢引なんて小洒落たものではないけれど、よろこびに頬がゆるんでくる。
 扉の前で立ち止まり、ひとつふたつと深呼吸。古典的な黒板消しトラップも今日はない。クラスを間違っていないかたしかめてから、私は扉に手をかける。覚悟を決めて頷いて、控えめにがらりと開け放つ。
 窓際の机に腰かけて、ともだちは夜空を見つめていた。こちらを向いたその刹那、雲間から漏れ出た月光が、彼女の笑顔をななめに明るく照らし出す。その光景は窓枠を額縁になぞらえた一枚の絵画のようだった。
「こまり。来てくれてありがとう」

 初めてともだちと出会ったのは、五月十五日の火曜日だ。その日、学校に忘れ物をした私は、今日のように夜遅く校舎にひとりで忍びこんだ。そうして、誰もいないはずの教室で、私は文字通り自分自身と出会ったのだ。
「私を見て、怖いよーってわーわー泣くから大変だったよ」
 ともだちが、おおげさにあの日の再現をする。私と寸分の狂いもなくおんなじ顔をしているから、さまになりすぎていて怖い。
「誰だって、自分と同じ顔の人を見たらびっくりするよ。ドッペルゲンガーかと思ったんだから」
 中央の席をふたつくっつけて、私たちはふたりだけのお菓子会を楽しんでいる。誰かに見つかると大変なので、部屋の電気はつけられない。薄暗いこの空間で、私の鏡像のようなともだちと向き合うこの構図はどこか神秘的なものに感じられる。
「出会ったら死んじゃう、もうひとりの自分ってやつだっけ。私にはそんな力なんてないよ。それに、もし死ぬとしたら私の方だし」
 ドーナツをひとかけら齧り取り、ともだちは不吉なことをさらりと言ってのける。自虐のようなそれを咎めようと口を開いたとき、私はふとあることを思い出す。
「こまり。そういえばさっき、窓際にいたよね。誰かに見られたらどうするの。絶対にもうあんなことしないで」
 ともだちのことを何と呼ぶかは散々迷った。ちゃんづけもさんづけもおかしいので、結局こまりと呼び捨てることで落ち着いた。その呼び方にはだいぶ慣れたけれど、ともだちへの叱責はひとり相撲を取っているようで今でも妙な気分になる。
「あー、そうだね、ごめん」
 力なくうなだれるともだちの姿に、私の胸は刺されたように痛くなる。
 ともだちは生涯、私以外の誰とも出会うことができない。何故なら、彼女は誰かに観測されることによって消滅してしまうからだ。観測とはすなわち、目で見たり、耳で聴いたり、鼻で嗅いだりすることだ。神北小毬という人間は、この世界にひとりしかいない。彼女の存在はそんな当たり前の事実をゆがめている。だから、観測されることでゆがみは強制的にただされる。つまり、たったそれだけのことで私のともだちは消えるのだ。
 隠れ双子姉妹として出ていって、みんなを驚かせよう。私が軽い気持ちで口にしたその言葉は、ともだちの背負う運命にあまりにも無理解で無自覚だった。泣きたいほどに悔しくて悲しかったけれど、それでも涙は流さない。本当は泣くべき立場にいる私のともだちが、泣かずに前を見つめていたからだ。
「ね。いつもみたいにお話してよ」
 ともだちのおねだりに、私は暗く沈んだ心を引っ張り上げる。彼女は朝夕の区別なく、人のいるところに出ることができない。いつどこで観測されてしまうか分からないからだ。そのためか、彼女は外の世界のことをとても知りたがった。
 だから私は残酷なことだと知りながらも、自分がみんなとどんな風に日々を過ごしているのか、ひとつひとつの思い出を丁寧に伝えていく。いつか、日常のありふれたひとかけらが、神北小毬というひとつの存在で結ばれた私と彼女の、共通の思い出となることをただひたすらに信じて。
「たのしそう」
 足音ひとつ聞かれただけで存在が揺らいでしまう、陽炎のような生を抱き締める私のともだちが、そう言って屈託のない笑顔を浮かべる。嫉妬ではなく純粋な憧れだけを宿すそのやさしい瞳に、私の心はじんと熱くなる。
 吹けば消える蝋燭の火のように、いつ果てるとも分からない命のともしびを燃やし続けるともだちは、凄絶なまでに美しかった。ともすれば自賛のような響きを奏でるその思いを、私はいつか花咲く萌芽のように胸の奥底へと大切にしまいこむ。
「変だよね。こまりと私はこんなにも違うのに、世界から見れば私たちはどっちも神北小毬っていうひとくくりだなんて。こんな些細なゆがみぐらい、許容してくれればいいのに。かみさまのけちー」
 私の顔は自然と曇る。私と彼女は神北小毬である以上に、まったく別の人間だ。私たちが言葉を交わすことこそその証左。私は対話によってしか彼女のことをはかれない。それなのに、ともだちだけが世界のゆがみに縛られる。その理不尽が私は悲しくて悔しくてたまらない。
 他者の痛みに敏感な、私の自慢のともだちが、慌てたように首を振る。
「違うよ。私はこまりを恨んでなんてない。というよりもね、感謝してるんだよ」
 ともだちはそこで沈黙を挟んで、照れの残る表情を引き締める。
「こまりの話してくれる思い出は、どう頑張っても私のものにはならない。それはもうどうしようもないことだから。でもね、こまりと共有する一分一秒は、私をつくるたしかな時間なんだよ」
 何ひとつ分け与えられていないと、そう思い込んでいた私の胸に温かなしずくがぽたりと落ちる。ともだちの心にあいた大きすぎる空白に、届けられていた何かがあることを知って、もはや私の瞳はうるまずにはいられない。やがて溢れ出す涙を拭いもせずに、私はともだちを抱き締める。全身に伝わるたしかな鼓動が、彼女の儚い命を燃やすがゆえの力強さであるように思えて私はひとり慟哭する。
 涙でうるむ視界にともだちと歩む未来が見えなくて、私は赤子のように彼女のぬくもりを求めた。指先に触れるほのかな熱が、いつか逃げ去るもののように思えてしかたない。抱かれたままのともだちが、私の耳元にそっと口を寄せる。やわらかな吐息が耳朶をくすぐり、彼女の囁きが心にすっと染み入る。
「こまり。心配しなくても私はだいじょうぶ」
 そばにいることを許されたようで、心のつかえが溶けていく。こんなにも脆くて強固なつながりを、私は何度でもたしかめる。世界がともだちの存在を拒絶するというのなら、せめて私だけは彼女の存在を認めてあげようと思う。本当におこがましいのは世界か私か、たぶん誰にも答えは出せない。
 
 あの夜から四日が経った。本当は毎晩ともだちと会いたいけれど、学校があるからそううまくいかない。吟味したお菓子をバッグにたくさん詰めこんで、出発の時間までたくさん眠った。明日は日曜日だから、夜更かししてもだいじょうぶ。
 張り切って出かけた私は、プロの泥棒よろしく手際よく校舎に侵入する。今日のともだちは、運悪く外から観測されることのない教室の中央でぽつんとひとり座っていた。いつものように笑顔で挨拶。お菓子の山を披露して、私たちは再会をささやかに祝い合う。
 観測されれば消えてしまうともだちは、自分の時間を能動的には使えない。その姿も足音も、彼女を殺す致死の毒だ。そうした事情を抱え持っているから、ともだちは私の知らない思い出をひとつも持っていない。彼女の時間は、私と出会っているこのときにしか進まない。
 それゆえに、昨日はあの人と出かけた、あのテレビ番組を見た、などという体験をともだちは語れない。誰かと関わり合うことは、そのまま彼女の死を意味するからだ。そのため、ともだちの口から紡ぎ出される言葉はそのほとんどが自らの感情を示すものだ。
 たのしい。きれい。すごい。うれしい。
 ともだちは言葉によって自分自身を描き出す。彼女の口から漏れる感情の数々が、宝石のようにきらめく美しいものであることを、私は願わずにはいられない。いつかそれらが積み重なって、彼女の存在が世界に認められることを祈らずにはいられない。
 唐突に聞こえてくる足音が、私たちのやさしい時間を引き裂いた。迷いなく近づいてくる無慈悲な音が、教室の前でぴたりと止まる。静かに扉が開けられたそのときにも、ともだちは身を隠すことすらできずに呆然と立っていた。
 月明かりを背負って、恭介さんがそこにいた。視線がもたらす毒から庇うように、私はともだちの体を引き寄せる。大切な人をうしなう単純な恐怖に、血も心も凍りつきそうだった。自分がしっかりしなくちゃだめなのに、それでも指先の震えを止められない。
「安心しろ。俺の観測ではそいつは消えない」
 恭介さんは、何もかも見通すような冷たい瞳を浮かべている。
 私の腕の中でともだちが震えていた。そうさせている恭介さんのまなざしを、私は何も言わず静かに見つめ返す。
「週明けまで待つ。月曜の朝には俺がそいつを消す」 
 一方的な宣告の先に、自らの罪を受け入れあがなうために、言い訳を捨て悪人を演じる恭介さんの決意が透けて見えた。だからこそ私は憤り、馬鹿にすんなと口汚く彼を罵るのだ。そうなじられて当然だとでもいうように、顔をゆがめて反論ひとつしない彼の姿が現実に酔いしれる道化のように思え、ただ悔しくて憎くてしかたがなかった。
 それだけ言うと恭介さんは自ら教室を出ていき、残されたのは私とともだちのふたりだけ。食べかけお菓子の甘い匂いが場の空気をわずかに弛緩させたその一瞬に、今なお怯えの残るともだちをそっと椅子に座らせてあげる。聞きたいこと知りたいことは山ほどあるけれど、私はぐっと口をつぐんで彼女を見守る。
 時計の長針が半周したころ、前触れなくともだちが小さな口を開く。
「私、自分が本当に生きてるのかどうか分からなかった。誰かに観測されることで消えるなんて、そんなの、この世界にいないのと同じこと。だから別に自分が消えようが残ろうがどっちだってよかった」
 ともだちが、自分の中に残されている存在のかけらをひとつひとつ言葉にして吐き出しているようで、私の心は恐怖にわななく。すべてを語り終えたとき、世界から彼女が切り離されてしまうような根拠のない考えを抱いたからだ。
「こまりと出会って、私はようやく自分が生きているって実感できたんだよ。何の意味もなかったこの世界で、生きていたいって思えるようになったんだよ。だから今、自分が消えてしまうことが怖い。こまりと会えなくなることが本当に怖い」
 嗚咽混じりに言うともだちの、慈愛とよろこびに満ち溢れた瞳が私の心を痛める。
「でもこの感情も、こまりがくれたもの。たしかな心がここにあるから、私はこまりと出会えたことが嬉しいし、別れることが寂しいと思えるんだよ」

 結局わたしたちは教室で身を寄せ合って一夜を過ごした。恭介さんがともだちを消そうとする理由について、あくまでも推測にすぎないけどと前置いて、あのあと彼女は自ら語ってくれた。
 私とともだちの出会いは、ともだちを私という存在に少しずつ近づけた。世界のゆがみはそうして広がり、たぶんそれは恭介さんにとって許容できない域まで達したのだろうということだ。
 ともだちが観測によって消えるのは、神北小毬という人間が一人しかいない、その事実をゆがめる存在だからだ。けれど、私たちのどちらもが神北小毬である以上、観測によってともだちではなく私の方が消えてしまう可能性もいまや皆無ではないという。
 だからこそ、週が明ければこの奇跡は人為によって砕かれる。恭介さんは観測というリスクある選択を避け、もっと確実な方法でともだちを消し去ろうとする。ゆがみをただす代償は、おそらくこの世界の崩壊だとともだちは言った。彼にとって不要でしかないわずかな猶予を私たちに与えたのは、彼が神でなく人であると自覚するがゆえの甘さだろうか。
 ここにいるともだちは、私が消えた後の世界において、神北小毬という虚像を配置するために恭介さんが創り出した手駒だ。そんなことは最初から分かっている。私たちは本来、同一世界で出会うはずのなかった存在だ。それでも出会えた奇跡がここにあったから、私はともだちと一緒に生きたいとこんなにも強く願うのだ。
 そのとき、私はあることに気づいてしまう。私は泣き笑いのような表情を浮かべて、思わずともだちの両肩をつかんでいた。首を傾げる彼女の無垢な横顔に、まぶしい朝焼けが鮮血のような化粧をほどこしている。
 どうして、という無粋にすぎる問いかけが私の口からこぼれ落ちる。それがあまりに悲痛な響きを湛えていたからか、ともだちはしばし言葉をうしなう。
 ともだちは、自分に与えられなかった、たくさんのものを望んだはずだ。観測によってうしなわれることのない肉体を、みんなと関わり合いながら過ごす世界を、しあわせを築くための未来を、それらをなにひとつ持たない彼女はたしかに望んだはずなのだ。
 残された時間を使って私から思い出を引き出すことで、ともだちは今よりもっと私という存在に近づくことができた。自我を持った駒が本人に成り代わるという、恭介さんさえおそれた事態を、ともだちは私に悟られずに引き起こすことができたのだ。成功するかはたぶん五分以下。しかし何もせずとも彼女は消える。得られる対価を思えば抗しがたい魅力があるはずの選択肢を、ともだちは私にすべてを話すことで自ら放棄した。
 落涙する私の頬をやさしく包み、気高い私のともだちが顔を寄せてくる。訪れたのは小さな衝撃。ともだちが私の額に自分の額をこつんとぶつけたのだ。
「こまりは泣くことなんてないんだよ」
 はにかんで笑うともだちは、そのときたぶん誰よりも人に近かった。
「ねぇこまり。私のさいごのわがまま、聞いてくれる?」

 観測による危険が万にひとつぐらいはあるかもしれないと、ともだちに引き止められたから、私はまだいちども校舎から出ていない。本当はお菓子を取りに寮まで戻りたかったが、ともだちの気づかいをむげにするわけにもいかない。
 昼時になるとさすがにお腹がすいてきて、ともだちの反対を押し切って私はひとり校舎内の探索を始める。しばらく歩き回って分かったことだが、人の気配がどこにもない。意を決して訪れた職員室ももぬけの空だ。休日とはいえこれはおかしい。たぶん恭介さんの計らいだろう。
 そうと分かれば遠慮することはない。ともだちを教室から引っ張り出し、ふたり並んで学食へ。いつも活気に満ち溢れて手狭に見えるそこは、不思議と孤独を想起させることのない広さを感じさせた。たぶん初めて見る景色に戸惑うともだちのあたたかな手を、私は先輩気取りで引いていく。
 業務用の巨大な冷蔵庫の中には、学食にはまるで似合わない、彩り鮮やかな高級食材がこれでもかと詰めこまれていた。デザートの類も豊富で、冷凍庫にはアイスまで用意されている。
 必要な分だけ調理場に運びこみ、私は朝ごはん兼昼ごはんを作り始める。高級食材を見送って素朴な食材ばかりを選んだのは、私たちの食事を特別なものにしてやろうという、恭介さんのゆがんだ善意の押しつけを受け入れたくなかったからだ。この時間は特別なものでなくてもいい。私はともだちとただ普通の時間を過ごしたい。
 ともだちに手伝ってもらって料理を作っていると、いつかの調理実習を思い出す。不器用に材料の皮をむき、包丁をふるう彼女を見ていると何だかおかしくなって自然と頬がゆるみだす。
 それから二人で作ったごはんを食べて、いろいろなことを語り合う。そうするうちに時間はまたたく間に流れ去り、さっき昇ったばかりの日が気がつけば逃げるように沈んでいく。
 夕食を済ませてからも、私は空白の時間を恐れて他愛のない話題でともだちと語らい続けた。口を開いていないと不安でしかたがなかったのだ。そうしてすっかり日も落ちたころ、話をしながらつまんでいた皿の上のお菓子がなくなって、私は何か別のお菓子を持ってこようと腰を浮かせる。
「そろそろ行くね」
 いつか告げられると分かっていたその言葉に、私は浮かせた腰を沈める。
 他人に消されるのを座して待つなんてまっぴらごめんだよ。そう言って自分の生に自分で幕を引くことを選んだともだちは、消える前に外の世界を見ることを望んだ。
 永遠の別れにも、気のきいた言葉はひとつも出てこない。ともだちは校舎の玄関に立ち、観測されれば死ぬ残酷な世界へとたったひとり、自らの意思で飛び込もうとしている。
 さよなら、と。
 明日また会う友人に手を振るような気軽さで、私たちは別れを告げて互いに背を向ける。これから先、もう二度と私とともだちの生が重なり合うことはない。
 ひとり教室に引き返すと、そこにはともだちの残滓がどうしようもないほど濃厚に漂っていた。こらえきれなくなって、瞳からぽたぽたと、たぶん炎よりも熱いしずくを流れ落とす。ずいぶんと広くなってしまった教室で、私は顔を覆って泣き崩れ、いなくなってしまったともだちを想ってひとり静かに身を震わせた。

 夜が明けても、ともだちは戻ってこなかった。だからあのあと、ともだちがいつどこでどのように消えたのか、その瞳にどのようなものを収めたのか、私はなにひとつ知らないでいる。
 食べ残されたお菓子の甘い匂いが、朝の冷たい空気に混じって私の鼻腔をくすぐる。教室の中央、机をくっつけて作られたふたりぶんの空間が、昨日までのことが夢でないのだとやさしく教えてくれていた。


[No.658] 2008/10/30(Thu) 23:40:37
死体切開 (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@ 6546 byte EXネタバレなし スプラッタ・猟奇注意


 腑分け場、そこが俺の糧を得る場所。慣れた手つきで人を切り刻む、それが俺の毎日。
 俺は普通朝のテレビは欠かさない。通勤途中の新聞も欠かさない。どこかで大きな事故があった、とか、どこかで大きな事件があった、とか。そういった情報は仕事量に直結するから前もって見ておくにこした事は無い。
 そして昨日は大きな事故があった。ニュースによると、どこかの学校の修学旅行のバスが崖下に転落したらしい。死者、多数。どうやらしばらくは忙し日々を送る羽目になりそうだ。
「ああ、めんどうくさい」

 やがて辿り着いた仕事場。そこに用意されたモノ、爆発事故のせいか真っ黒なソレが仕事相手だ。最初の仕事相手は体格や体つきからして、きっと女だったモノ。いつもの通りにメスを使って皮膚と筋肉を切開。腑を外気に触れさせていく。
 開いた中身は外と比べると格段に状態がいい。内蔵も損傷がほとんど無いし、肺も黒い灰がこびりついていない。
「アンタは現場から遠かったんだろ、ラッキーだったな嬢ちゃん」
 これは会話と言うのか、独り言と言うのか。そんなどうでもいい考えが頭をよぎる。
「死因は肌の大部分を焼かれた事による酸素欠乏症ってとこか」
 診断を下した所で所見を書き込み、初めて仕事相手の個人情報を見る。先入観に惑わされない為と、情を移さない為だ。写真の中でこっちを見てくるのは可愛らしい少女。
「神北小毬ちゃん、ね。葬式にはもう少しマシな姿で出られる。よかったな」
 下らない独り言は止まらない。

 次の仕事相手も真っ黒で、きっと生きている間は女の子と呼ばれていただろう。ただしさっきの子と違い、今度は足があり得ない方向に曲がっていた。骨折をしているのは一目で分かるが、それが生きているうちに折ったのか、死んだ後でどこかに叩きつけられて折ったのかの判断も仕事のうちだ。
「ったく、めんどくせぇ」
 ブチブチと文句が口から漏れるが、まさか仕事を放棄する訳にもいかない。明日の朝メシが食えなくなってしまう。まずは手始めに足の方から診断する。さっきと同じように皮膚と筋肉を切開、骨折部位を露出させる。
「炎症あり、と。こりゃ死ぬ前に折れたな」
 炎症はつまり腫れると言うことで、もちろん死人の骨を折っても生体反応ではない炎症は起こりにくい。厳密には死亡直後だったりした場合とかは僅かな炎症が見られたりするのだが、この子は結構派手に腫れている。死亡後に折れたとは考えにくい。
「落下から爆発まではタイムラグがあったらしいし、これはその時に折れたかな?」
 その所見を書き込んで診断再開。メスを使ってお腹を開くと、中身は相当にグチャグチャ。大腸は4つ位に分裂して汚物が腹を汚しているし、小腸はあちらこちらが破裂してドロドロの何かが漏れ出ている。腎臓も片方が潰れ、心臓にも穴が空いている。テラテラと赤やら透明やらの体液が光を美しく反射させていた。
「ぅぇ」
 とても見慣れた生理的に受け入れがたい光景に口から軽薄な声が漏れる。それでも体の中を切り刻んでいくと、灰が付着して真っ黒になった肺を見つける。他の臓器よりは比較的損傷は少なそうだが、しかしこれが死因だと長年付き合った仕事の勘が告げていた。念の為に大動脈も見てみるが、やはりくすんだ赤色をしている。
 所見に『一酸化炭素中毒の可能性が濃厚。要血液検査』と書きこんで、サンプルとして大動脈の血液を抜き取って添える。
(まあ生きているうちに内臓がグチャグチャにならなかったのはある意味で幸せだったか? 腹の中はその後の爆発でやっちゃたんだろ。ったく、その所為でいちいち全部の内臓を見なくちゃいけないこっちの身にもなれっての)
 そして個人情報を開く。名前は西園美魚、穏やかそうな顔をして写真からでも落ち着いた雰囲気が伝わってくる。そして黒いソレに向かって一言だけ言葉を。
「御愁傷様」

 今度の仕事相手は体格からして男だった。ただし先程の二人と同じように真っ黒なのはもちろん、肩とか腹に穴が開いているし、頭も割れている。
「ああ、めんどくせぇな、ほんと」
 パッと見、どこが致命傷なのか全く分からない。外見からしてこれでは中を見ても分かるかどうか。
「うわぁ、中を見たくねぇなぁ」
 メスを腹の中心に押し付けてやった。多少手が震えて歪な切れ方をするが、もちろん死体は文句を言わない。もしかしたら後で上から文句が出るかもしれないが。
 そうして顔を出した内臓は想像以上にメタメタで、もう臓器の形をしていない。腹の中の肉はミキサーにでもかけられたのか。シェイクされた後に火であぶったのか。
「これで死因なんて分かるか、くそ! ロクな死に方してねぇなこのガキ。どんな死に方をしてもお前の勝手だが俺に迷惑をかけんなよ、チクショウ!」
 死因が分からなければ後で言われる嫌味の量が増えるのに。顔を歪めながら、もしかしたら何か手がかりがあるのかと、レアのハンバーグを手で転がしていく。だが手の中の肉はただこねられていくだけだ。手がかりなんて全く見つからない。
「ああクソ、なら頭だ。せめて頭に死因があってくれよ!」
 頭の皮膚を切開し、頭蓋をノコギリで削っていく。ギコギコと聞きなれた音と一緒に白い粉が舞う。一応マスクとゴーグルをしているとはいえ、思わず唇が歪む。
 そして頭が外される。脳を守るべき液体がポタポタと溢れる中、脳みそは腹と比べてとても綺麗だった。
「くっそ、やっぱり傷は外側だけかよ! 死因は腹か、くそ、このクソガキ!」
 嫌味はほぼ確定。さてどうしようかと腸が愉快な事になったコイツを睨みつけてやれば、対照的にほとんど壊れていない神経の塊が。
「は」
 口から空気が漏れる。そうだ、もしかしたら頭の奥に何か腫瘍が出来ているかもしれない。それがタイミングよく破裂して、それが死因になったかも知れない。
「ああ、可能性はゼロじゃないからな」
 どうでもいい事を口にしながら、柔らかい肉に手を触れさせる。
「さて」
 外見は一応検査に見えるように、けれども死体相手の仕事な以上は多少の損壊は目をつむって貰える。結構な付き合いの長い仕事だからこそ、その線引きはほぼ分かっているつもりだ。
 グチャグチャと脳みそを潰していく。神経が完全に死んでいるのでピクピクと解剖されたカエルのように痙攣する事はないが、それでも快感な事には違いない。人の体と命を弄ぶ、背徳感と爽快感。この調子だといつか生身の人間にも手を出すかもしれない自分が怖いような誇らしいような。
「と、仕事仕事」
 壊すことに夢中になりかけた所で我に返る。今やっているのはあくまで検査。脳の中に死因がないかどうかを判断するだけだ。クチャクチャと音を変えた脳を探り続ける。
「はいはい、脳にそれらしきものは見当たらない、と」
 それなりに気が済んだ所で検査終了。おからのようになった脳を頭の中にしまい直して頭蓋を接合。パッと見で頭の中がどうなっているのか、そんなのはもちろん分からない。所見には『死体の損壊が激し過ぎる為に死因の特定は困難』と書きこんでおく。
「さて、このスプラッタ君の名前は、と」
 棗恭介。写真には強さと美しさを兼ね揃えたような男が。まあその男の顔は今、真っ黒焦げの炭素の塊になっているけど。視線をそっちに動かしてみれば、そこにはやはり黒い顔。
「ざまぁみろ」
 餞別にせせら笑いを送ってやった。

 三人が終った所で目を動かす。長年務めてきた職場、そこいっぱいにある死体死体死体。
「く、くく。めんどうくせぇなぁ」
 次の死体はどれにするか。この全身が筋肉につつまれた男にするか、そこの髪が長くて比較的状態のいい美女にするか。首が270度曲がっている亜麻色の髪をした小さな女も捨てがたい。
「くくく、くく」
 唇が歪む。ああ、なんて可哀想な子供たち。ちゃんと出来る限り死因を特定してあげるからね。
「ああ、ホントめんどうくせぇ」
 メスをしっかりと握り直して近場の死体に向かう。めんどくせぇと口の中で繰り返しながら。


[No.659] 2008/10/30(Thu) 23:52:21
みんなの願い (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@4564byte 初めて EXネタバレなし

「メス」
「はい」
「鉗子」
「はい」
 無機質な音と無感動な声がこの部屋を支配していた。点滴は一定のペースで人体へと呑み込まれてゆく。









とある高校の修学旅行へ向かう途中での事故。約四十名ほぼ全員が緊急の患者として、付近の病院へ搬送され、僕が勤めている病院にもそのうちの何人かが搬送されてきた。
 先輩がトリアージ、つまりは最も生存率が高い患者を優先し、治療する順番を決めること、を行い、そのまま手術室へと向かった。僕もそれにならう。研修医の僕は治療行為を行うことができても、誰一人助けることが出来ない。だから、少しでも先輩の技術を盗もうと思う。
殺菌。そして、消毒。
オペの準備をしている最中、先輩が言った。
「直枝」
「はい」
「大丈夫か」
それは、同じような事故で生き残った僕の身を案じてくれたのだろうか。
「はい、大丈夫です」
「そうか」
先輩はもう話しかけてこなかった。
最初の患者はがっしりとした、筋肉質な少年だった。その少年を見て、僕はめまいを起こしそうになる。
その少年は、あまりにも僕の幼なじみによく似ていた。
彼の体を先輩のメスがゆっくりと裂いてゆく。その瞬間、僕は猛烈な吐き気に襲われた。
他人なのに。真人ではないのに。
このまま嘔吐してこの場から逃げ出してしまえたらどんなに楽なのだろう。しかし、許されない。歯を食いしばってこらえた。そして、一度大きく息を吐き、赤の他人への処置を眺める。



「今日はもう帰れ。そんな顔でうろうろされると助かるものの助からん」
先輩にそう言われて、無理やり帰らされることになり、家路に着く。道すがら、僕は真人に良く似た少年を思い浮かべる。
彼も真人と同じく、もう二度と目を覚ますことはなかった。
不意に視界がにじむ。現金なものだ。他人の死などもう何度も見てきたというのに。
目をこすり、再び現実を見る。いつのまにか、自宅にたどり着いていた。
時計に目をやる。とっくに日付が変わっていた。周囲の家に明かりはなく、街には僕しか住んでいないような錯覚を覚えるのは、少しセンチだろうか
ドアノブに鍵を差し込み、帰宅の意を告げる。

「ただいま」
「おそい、まちくたびれたぞ、理樹」

電気をつけたリビングには、猫のように顔を洗い、眠気と闘っている鈴の姿があった。
少し驚いた。いつもならこんな時間まで起きているなんて、事をしているときにしかありえないのに。
「ごめん、もしかして待っていてくれたの?」
「夕飯、チンだけど食べるか」
「あ、うん」
「分かった」
僕の質問をさえぎって、台所に立ち、オーブンレンジのスイッチを入れる。待っている間の沈黙。今日のこともあって、僕のほうからはなんとなく声をかけづらかった。
僕たちはあの事故のあと、寄り添うように生きてきた。あんな事があっても、僕は鈴が好きだったし、鈴も僕を好いていてくれたと思う。みんながいなくなってから、僕はずっと鈴のそばにいて、ひたすら勉強に励んだ。いつかあの時のような決断を迫られたときのために。
そして、僕はバス会社からもらった多額の見舞い金で無事に医学系の大学へ合格、そのまま入学、鈴も一緒に住もうというプロポーズまがいのセリフをはいて、鈴とアパートで同棲を始めた。鈴は僕がいない間の家事を担当し、時々猫を拾ってきた。何かとお金が必要な同棲生活に、正直ペット代諸々は苦しかったけれど、鈴の喜ぶ顔が見れたならばそれだけで満足だった。そうして無事に大学、大学院生活は終わり、研修医として病院に配属されることが決まったとき、僕は鈴に正式にプロポーズした。そして、彼女の薬指には僕が渡した婚約指輪が光っている。
「あのな、理樹」
そうしているうちに、鈴が僕の前にやってきて、話しかけてきた。
「どうしたの?」
「もし、もしな、みんなが生きていたら、こまりちゃんやクドやくるがややみおが生きてたら、理樹はあたしと結婚してたか?」
驚いた。本当に驚いた。鈴の口からそんな質問がでてくるなんて。
「鈴」
「こまりちゃんやクドみたいに優しくない、くるがやみたいに胸も大きくない、みおみたいに―」
「鈴っ」
「むぎゅっ」
僕は鈴を力いっぱい抱きしめた。これ以上彼女にいらぬ不安を与えぬように。自分の思いを伝えるように。
「鈴。僕は鈴が好きだよ。誰にも、恭介にも負けないくらい好きだ。たとえみんなが、リトルバスターズのみんなが生きていても、僕は鈴とつきあっていたよ。」
「ほんとか?」
「うん」
「なら、聞いて欲しいことがあるん―」
ちょうどその時、オーブンレンジがチンと自己主張を始めた。
鈴はそれを聞いて、台所へと駆け出してゆく。戻ってくるとき、何故か夕飯を僕に見えないように後ろに隠していた。心なしか、鈴の顔が紅い。
「理樹、夕飯だ。座れ」
「え?うん…」
無理やり座らされた僕は先をうながす。
「ねえ、鈴。聞いて欲しいことって?」
鈴はそれに答えず、後ろに隠していた夕飯を取り出した。

そこには、丼いっぱいにお赤飯が乗せられていた。それがどんな意味を指しているのかは、当人である僕が一番良く分かっている。
「……。」
驚きで声が出ない。
「二ヶ月目だって言われた。理樹、よく聞け。あたしのお腹の中にお前とあたしの子供がむぎゅっ」
再び鈴を抱きしめていた。優しく。傷つけてしまわぬように。今僕が抱きしめているのは鈴だけじゃないのだから。


みんなにもう会うことは出来ない。奇跡でも起きない限り。
だからこれまでも、これからも、みんなの分まで背負って生きてゆく。
それが、みんなの願いだと信じて。


[No.660] 2008/10/31(Fri) 01:25:44
重い石なのに柔らかい (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@5791 byte EX微ネタバレ 微エロ

 窓から射し込む陽光に覚醒を促される。相も変わらず、寝覚めは最悪だった。
 起き上がって部屋を見回してみれば、珍しく私一人であるようだった。夜のうちに部屋に戻ったらしい。備え付けのベッドをこんなに広く感じるのは、久しぶりのことであるように思える。
 毛布を蹴り飛ばして起き上がると、妙に肌寒いことに気付く。ふと自分の身体を見下ろしてみると、朝っぱらから気分の悪くなるものが目に入った。どす黒い、赤。
(ああ……裸だ、私)
 いつ脱がされたのか、覚えていない。そもそも着る前に押し倒されたのかもしれなかったが、夜の記憶があやふやなのはいつものことだったので、考えるのを止めた。どちらにせよ、物好きであることに違いはない。
(萎えないのかしら)
 あるいは、こんなものでさえ彼の自己満足に転化され得るのかもしれない。だとするなら、それは喜ばしいことだ。私にとっても悪いことではない。
 しかしながら、いよいよ容赦が……いや、余裕が無くなってきたなぁ、と思う。そうさせているのは私だし、それがわかっていて何もしようとしないのも私。手首に付いた、赤い跡も日に日にその色を濃くしていく。最初は戸惑っていたくせに、随分と慣れたものだ。ちょっと痛い。
「……はーあ。シャワー浴びよ」





重い石なのに柔らかい





 4時間目の授業があと15分ほどで終わるという所で、スカートのポケットに入っている携帯電話が振動した。
(……15分くらい待ちなさいよ)
 机の下、携帯を教師に気付かれないよう取り出して開く。メール。送り主は、予想通り。直枝理樹。
(ったく……辛抱強いんだか、弱いんだか)
 内容を読む気が失せたので、そのまま折り畳む。どうせ毎度の呼び出しだろうし、構わないだろう。違ったら違ったで、適当に謝っておけばいい。それでどうにかなる。
 ふと窓の外に目をやると、うざったいくらいの晴天。ああ、鬱だ。残り15分は寝て過ごすことにしよう。



 気付くと昼休みが半分終わっていた。
「あー……」
 なんて不幸な私。もったいない。
「おはよう、二木さん」
 なんて不幸な私。寝起きだというのに、こんなにも耳障りな声が。寝惚けてる風を装って、可愛らしく見えるようにキョロキョロと辺りを見回す。直枝は真後ろに立っていた。せめて横にいろよ。
「んー。おはよーぉ、直枝」
 面倒だけど身体を横にして、さらにそこから首を45度回して直枝のほうを向く。笑っていた。苦笑ってやつだと思う。しねばいいのに。私の腹の上で無様にしね。
「で、なんでここにいんの」
「あれ、メール見てない?」
 素直な女の子に生まれ変わったことになっている私は、素直に頷いてやった。苦笑される。まあこれはわからんでもない。
「いつまで経っても来ないから、どうしたのかと思って」
 心配したんだよ、とでも言いたげだった。学校内で交通事故に遭うとでも思っているのだろうか。ああ、間違って窓から落ちるくらいはあるかもしれないけど。
「ごめんね。寝てた」
 とりあえず素直に謝っておく。
「はは、みたいだね」
 てめーのせいで寝不足なんだよ、って言ってやろうか。まあ、いつ寝たのか覚えてないから、案外ぐっすり眠っていたかもしれないけど。
「大事な話があるんだ」
「ふーん」
 どうせロクな話ではない。
 場所を移すことになった。直枝に腕を引っ張られて教室から出るまでに、けっこうな数の視線を感じる。
 私じゃなくて直枝に文句言ってよ。



「教室まで来てほしくなかったな」
 屋上に続く階段の、狭い踊り場。私は珍しく直枝の行動に文句をつけてやることにした。ああ、でも、はたして文句と言えるのかな、これは。
「ごめん、迷惑だった?」
「そうじゃないけど」
 こんな程度でそういう顔しちゃうんだ。ほんっと……どうしようもないね、直枝は。そうさせてるのは私だけど。ああ、要するに私がどうしようもない女なだけか。
「ああいうの、印象悪いわよ。まだ一か月も経ってないんだから」
「ああ、そっか……変な心配させちゃったね。ごめん」
 そうよ。あなたはずっと、そういう顔をしてればいいのよ、直枝。
「わかればよし」
 こうして気配り上手を演じたところで、ようやく本題に入る。さてどんなロクでもない話が出てくるか。
「今週末にでも、学校を出よう」



 棗さんのことはどうするの。
「もちろん、一緒に行くよ」
 お金は。
「僕の両親が遺してくれたお金がある。口座止められる前に全部引き出しといたよ。あとはバイトかな」
 住む場所は。
「情けない話なんだけど、二木さんのお父さんとお母さんが力を貸してくれて、うん、なんとかなりそうなんだけど」
 これって駆け落ちよね。
「まあ、そうなるのかな……」
 ちゃんと養ってね。
「いやまあ」



 そもそも私は選択することを放棄している。
 葉留佳が死んでから、人の言うとおりに動くだけでいい、意思のない人形でいるのは、ひどく楽な生き方になった。気に入らない二木の連中ではなく、いつかどこかで恋をした男を新しい持ち主に選んでから、何かを選択した覚えがない。それに不都合があるわけでもなかった。
 たぶん、直枝にとっても都合は良かったと思う。反発しない私は荷物としては軽かっただろうし、だからこうしてこの関係も続いている。



 紐で、手首足首をベッドの四隅に括りつけてもらう。半月もやっていれば慣れるもので、そう時間はかからない。じょうずじょうず、と褒めてやると、直枝ははにかんだ。
 数少ない私からの要求だけれど、特に直枝の負担にはなっていないようだった。行為の趣旨にも合っているからだろう。思うに、これも長続きする秘訣の一つではなかろうか。
 直枝が、シャツのボタンを一つずつ外していく。そういえば、手首に紐をかけていては脱がすことができない。ということは、昨日は脱いでから縛ったということになる。
「ん」
 舌先が触れる。
「は、あ」
 ひとつ賢くなったのは、キスをするのにもセックスをするのにも、愛なんてものは必要ないと知ったことだと思う。お互いに気持ちいいからやっているだけだし、それ以上の意味が必要だとも思えない。面倒事は御免なので、避妊はちゃんとやっている。
 直枝から離れられないのは、単に気持ち良いからだ。けっこう上手いほうだと思う。幸い、彼は私の腕をまるで気にしないどころか舐めるような変態なので、こちらとしても気が楽なのが良い。
「ん、あっ……は、ぁん」
 ただ面倒なのは、直枝理樹という人間はかなりヤワな作りをしているということだった。両手でようやく荷物を一つ持てるのだけど、本人は二つ持てると思っている。その点、私はわざわざ演じるまでもなく気配り上手だと思う。どうせ直枝は私に被虐趣味があるとしか思っていないのだろう。7割不正解。
「くっ、あ、んは、ああっ……なお、え……なおえっ」
 明日から口を塞ぐための手拭いあたりも用意したほうがいいかもしれない。ああ、でも、それだとキスがしにくいだろうか。コンフリクト。
 こんなに気持ちいいのだから、できるだけ長持ちしてほしい。


[No.661] 2008/10/31(Fri) 16:23:12
石に立つ矢 (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@12553 byte ネタバレなし

「理樹!何か楽しいことはないか?」
「さあ、今日は何をするんだ!?」
「ひゃっほーーーーうっ!マーーーーーーーン!!」

 宮沢謙吾は全力を尽くす。剣道部の次期部長と目され、見合うだけの実力を持っている。
 稽古に手を抜くことはなく、自分に厳しく鍛え上げる。

 宮沢謙吾は全力を尽くす。遊ぶときであっても真剣に。遊びだからこそ真摯に。
 しばしば周囲を引かせるほどに、貪欲に楽しみ尽くす。

「はっはっはっ!楽しいなあっ!」

 ネジが外れた、と人は言う。




石に立つ矢




【1】
カキッ!

「クドっ!」
「はいなのです、おーらーい、おーら…わふーっ!?」

 レフトへと高く上がった打球を見上げて後退ったクドが、捕球の直前、何かにつまづいて仰向けに倒れこんでしまう。
 ボールはグローブを逸れて大きくバウンドし、てんてんと転がっていく。慌てて起き上がろうとするクドだが、それを制する声があった。

「任せろっ!うおおおおぉぉっ!!」

 剣道着にオリジナルジャンパーという奇抜な出で立ちの男が、猛然とボールへ向かう。駆け抜けざまにボールを素手で引っつかむと、強引に身体を捻り、ホーム目掛けて力任せにぶん投げる。
 矢のような、とはよく言ったもので、風斬る音を後に残して白球は、狙い過たずキャッチャーミットへと突き刺さった。

「スゥエエェーフッ!」

 タイミングはぎりぎり、あと僅か数秒数センチ。相手ベンチから歓声が上がる。

「くっそおぉぉおおおうっ!!」

 投げた本人はもんどりうって、高速道路で横転するタンクローリーのごとき惨状をもたらしていた。
 歓声に負けないほどの声で悔しがりながら、それでも土まみれの顔で笑っていた。



「やはは、惜しかったですネ」

 試合後、あっけらかんと言ってのける騒がし娘とは対称的に、反省の沼にどっぷりと首までつかる犬いっぴき。

「わふー、すみませんです。私があの時ころんだばっかりにー。練習してもどんくさい、牛乳飲んでもおっきくならない、あいかわらずのだめだめわんこなのですー、すー、すすすすすー…」
「クーちゃん?そんな風にいっちゃめっ、だよー」
「ふむ、クドリャフカ君は少し自罰的過ぎるきらいがあるな」
「そうだ。馬鹿どもを見ろ。ぜんぜんへこたれてないぞ。むしろくちゃくちゃ元気だ」

 彼女たちの視線の先で、仲良し漢四人組は笑いながら互いに肩を叩きあっていた。

「あんなの、オレの筋肉なら余裕でアウトだったぜ」
「お前が投げてもあさっての方に飛んでいくだけだと思うがな」
「真人は力任せに投げるからな。内野なら問題ないんだが」
「力任せじゃねぇ、筋肉の声に従ってるだけさ…」
「かっこよく言ったつもりみたいだけど、コントロールできてないのは一緒だからね?」

 理樹の突っ込みは筋肉の壁に阻まれ真人の心に届かない。いつもどおりの光景に、見ていた子犬の表情がようやく和らいだ。



 道具を片付け、ついでにグラウンドをならす。部活というわけでもないので、雑談をしながらのんびりと、和やかに。

「うわぁ、謙吾くんすっごい土まみれー」
「思い切り転んでたもんね。滑り込みも全部頭からだったし」
「…一度ベースに届かなくてアウトになっていましたが」
「アレ、普通に走ってたらセーフでしたよ?なんで頭からいっちゃいますかネ」
「何を言う、漢と生まれたからには、やはり記録より記憶に残るプレーをしたいじゃないか!」
「あほだな」
「あほだねえ」
「あほですネ」
「…阿呆です」
「うむ、阿呆だ」
「へへっ、アホだってよ」
「あほなんていっちゃだめだよー」
「あほばんざいなのですっ」
「…じゃあ、満場一致であほに決定だな」
「おい待て」

 突っ込み役が率先して加わったため、謙吾は自分で突っ込むしかない。
 いささか以上の切れの悪さに落ち込む謙吾を慰めるように恭介が流れを修正する。

「ま、冗談はさて置き、今日は謙吾に美味しいところを持っていかれちまったな」
「ですネ。私なんかゼンゼンいいとこなしでした」
「あう、私もダメだったよー」
「はっはっは、仕方あるまい。実際のところ今回は練習不足だった感は否めんからな」
「あたりまえだ。旅行からかえってきて来週試合とか、あほか!」
「…無謀に過ぎます」
「しょうがないだろ、やりたかったんだ」
「うおっ、コイツぜんぜん反省してやがらねぇ」
「僕はもうあきらめたよ」

「わふー…」

 自分のミスを思い出して再び沈みかけたクドの頭に、ぽふん、と大きな手のひらが帽子の上から乗せられる。

「そう落ち込むな、能美。今日の試合、負けはしたが楽しかったろう?」
「それは…はい」

 んー、と虚空を見上げて記憶をリプレイしたクドは、自分よりはるか上にある土塗れの顔を見上げ、こくりと頷く。

「俺も楽しかった。多分皆もな。だから、今回のミッションは成功といっていいだろう」
「みっしょん…」
「ああ、だから胸を張れ能美。なあに、試合なら次勝てばいい。いや、勝つさ。俺たちは今日より強くなるからな」

 言い切る謙吾の表情は恐れも不安もまるで感じない、確信に満ちたもので、頭に置かれた手のひらの、ごつごつとした硬さがそれを裏付けているように思えた。

「よしっ、そうと決まればあしたのために練習だ!おーい真人、付き合え!夕日に向かってダッシュ千本、勝負だ!うおおぉぉっ!!」
「お?よっしゃ、負けねぇぜっ!うらあぁーっ!!」
「いや、千本やる前に日が沈んじゃうから」
「突っ込みどころはそこかよ」
「わ、私もおつきあいしますのですーっ!」

 道具を片付けたグラウンドを漢二人で走り出し、遅れてクドがわんこのように後を追う。理樹と恭介の声は、すでに土埃を上げて遠ざかる背中には届かない。




【2】
「メェ――――ンッ!」
「テェ――――ッ!!」
「ァア―――――ッ!」

 気合の声が板張りの道場をびりびりと震わせる。朝稽古も残り時間僅かとなり、部員たちの顔にも疲労の色が濃い。
 女子は着替える時間の関係で先に終わっており、今は道場の全面を使って次の試合に向けての互角稽古が行われていた。
 この時期、床の冷たさが伝えるのは既に心地よさから辛さに変わっているが、皆汗を飛ばしながらぶつかり合う。

「お疲れ宮沢、仕上がりは順調なようだな」

 交代して面を外した謙吾に声をかけてきたのは剣道部の主将。飛び抜けた実力はないが、真面目さと面倒見のよさで抜擢され、ようやく肩書きが馴染んできたところだ。

「はい、ようやく春の八割程度までは戻ってきました。ただ、試合までそう間がありませんから、もう少し稽古の密度を上げる必要がありそうです」
「おいおい、まだ足りないってのか?やりすぎて試合前に故障するなよ」

 顔の汗を拭いて眼鏡をかけ直した主将に、謙吾は恭介譲りの不敵な顔で答える。

「全然足りませんよ、春の倍は強くなるつもりですからね。それに、俺は絶対に故障などしません」

 唖然とする主将には謙吾が最後に「遊べなくなるのは困りますから」と小さく付け足したことには気付かなかった。
 「…まあ、それならいいんだが」と前置きして、本題を切り出す。

「やっぱりその気はないか?」
「はい。すみません」
「そうか。実力者のお前が補佐してくれりゃ、他の連中のいい刺激になると思うんだが」

 わざとらしく肩を落としながら謙吾の様子を窺うが、心変わりはないようだった。

「…俺には向きませんよ。教えるのもまとめるのも苦手ですから」

 言って面を被ると、紐を結びながら提案する。

「先輩、勝負しましょうか。俺が負けたら副主将の話、引き受けますよ」
「いつも思うんだがこれって逆なんじゃないか?まあいい、受けてやろうじゃないか。今度こそ引き受けてもらうぞ」

 謙吾の挑戦を受けて立つと、剣道部主将は通産七度目の勝負へと臨んだ。面越しに突き刺す眼光を、立ちはだかる謙吾は真っ向から受け止めた。

「今回も全力で阻止します。副主将をする、その時間が俺には惜しいですから」




【3】
「ラーメンを食べに行かないか?」

 吐く息が白く霞むのを眺めていた謙吾が、唐突に提案した。

「なんだ、いきなり」
「おっ、いいな!久しぶりだぜ。理樹、オレチャーシューメンな!」
「ちょ、真人?いつのまに僕が奢ることになってるのさ!?」
「え、違うのかよ?」

 抗議の言葉を心底意外そうに聞いた真人に、理樹は脱力を堪えて尋問を試みる。 

「いやいやいや、どうしてそんなに意外そうなのか全然わからないんだけど」
「そりゃ、オレはアブシリーズの新しいのを買っって金ないんだから、チャーシューメンが食いたきゃ理樹におごってもらうしかなくね?」
「ああ、うん。そこまで言い切られるといっそすがすがしいね…」
「理樹に頼るなっ!」
「…あい、ずびばぜん…」
「はははっ!今日は俺が奢ってやるよ。みんなで行こうぜ!」

 首が直角に折れ曲がった真人と、いまだ威嚇している鈴の肩を叩いて恭介が言うと、両者からは対極の反応が返された。

「さすが恭介、太っ腹だぜ!」
「ねえ真人。そこでついでに『ちぇっ、理樹はケチだなあ』って顔されるのはすごくムカつくんだけど」
「理樹、馬鹿は放っておけ。どうせ直らないんだ」
「そうだ、うつるぞ」
「感染んねぇよっ!」
「…それで、どこにするんだ謙吾。当てがあるんだろ?」

 ダメージから復活したのか、顔に平行に走る数条の赤い傷痕を撫でながら、恭介が謙吾に尋ねる。

「ああ、駅前に最近出来た店らしいんだが、何やら凄いらしいぞ」
「ん、あそこか。俺も聞いたことはあるな」
「何だ、すげぇ美味いのか?」
「いや、凄く安いとか」
「てんちょーがすごいヒゲなんじゃないか?」

 店を知っているらしい恭介を除く三人は、謙吾の曖昧な情報に首を傾げる。

「どうなの、謙吾?」
「いや、何が凄いのかは聞いていない」
「ええー、それじゃ凄くまずいのかもしれないじゃない」

 理樹の危惧は至極もっともなもので他の二人も頷いたが、謙吾はまるで動じず頷いた。

「そうだな。その可能性もある」
「恭介…は、知ってても教えてくれないよね」
「ああ、分かってるじゃないか」

 顔を見れば、店で反応を見るのを楽しみにしていることぐらいは分かる。溜息を吐いて諦めた理樹を真人が肩を叩いて促す。

「ま、いいじゃねぇか、百聞はカモシカってやつだ。行きゃ分かるだろ」
「…まあ、そうだね」

 得意気に言う真人に理樹は居心地悪そうに答え、鈴は口をつぐむ。それが、突っ込みを避けたからなのか、それとも間違いに気付いていないだけなのか、それは外からは分からない。
 そして…。



「どうだ?」
「まあ、確かに凄いよね…」
「あれは予想外だったな!」
「うう、こわかった…」

 カウンターに並んで腰掛けた三人は、恭介の問い掛けに口々に感想を言う。ちなみに、真人の姿はない。店主の披露した人体消失イリュージョンの餌食になって姿を消したままだ。

「あ、ラーメンは美味しい」
「見ろ、もやしもシャキシャキだぞ!」
「お、正直味は諦めてたんだが、嬉しい誤算だな」

 一口めをおそるおそる啜った理樹たちは、ほっとしたような拍子抜けのような顔で続きを食べ始めた。
 しかし、しかめ面のまま、もうもうと湯気の立つ丼からもやしだけを摘んで、しゃくしゃくとかじっているのが一人。

「うーみゅ…」
「鈴?…ああ、ちょっと待ってね」

 そう言い置くと店員に小さめの丼を貰い、そこに麺やスープを取り分けて小さなラーメンを作っていく。

「はい、こっちから食べるといいよ」
「…」

 ちりん、という鈴の音に隠れるように小さく、ありがと、と呟いていた。

「恭介、聞こえたか?」
「…ああ」

 はふはふと美味しそうにラーメンを啜る鈴と理樹、二人のほころんだ顔を手を止めて眺める別の二人。

「ふ、そう寂しそうな目をするな。いいことじゃないか」
「…わかってるよ」

 返事に含まれた拗ねた響きは、丼に落ちて溶けた。
 箸をおいて、カウンターに行儀悪く頬杖をついた恭介は、いつもの不敵な笑みではないそれを浮かべ、尋ねる。
 謙吾がそれに一言だけ微笑んで返すと、二人は改めて熱々の味噌ラーメンとの格闘を再開した。

「…いい話のタネになったか?」
「ああ、なった」




【4】
 食器を下げに来た若い看護師と同室の女性の会話を聞きながら、彼女はペンを置いた。引きつれてのたくった文字を見られないよう、ノートを閉じる。

「みゆきちゃん、食器、もう下げて平気かな?」
「はい。あの、済みません。またこぼして、ちょっと汚してしまいました」
「ああ、いーのいーの気にしないで。おっ、残さず食べたわね、偉い偉い♪」
「きゃ、や、やめてくださいよ…」

 身の危険を感じて逃げようとするが既に遅し、抱きついた彼女に頭をぐりぐりと撫でられてしまう。
 それほど歳の離れていないはずの彼女は、よくこうしてみゆきを子供のように扱う。それが何故か嬉しく感じてしまうため、いつもされるがままになってしまう。

「リハビリも頑張ってるし、これは本気でごほうびあげなきゃかなー?」
「い、いえ、ご褒美なんてそんな…」
「ぬふふ〜、そぉうよねぇ〜。古式ちゃんはゴホウビなんか必要ないのよね〜?」

 そのとき、仕切りのカーテンからにょきっと頭が突き出し、不穏な台詞を吐き出した。

「ちょ…」
「え、何なに、どういうこと?あたしにも聞かせて欲しいなー?」

 止めようとしたみゆきの言葉を遮って、好奇心で目を爛々と輝かせた看護師が身を乗り出してきた。

「古式ちゃんはですねぇ、四月からまた学校行けるように頑張ってるんですよ〜」
「え、学校に…?」

 発言の主は頭だけ出したまま、みゆきを時折ちらちらとわざとらしく横目で見てにしししと笑う。 
 それを聞いた看護師は驚きと喜びと心配を一緒くたに混ぜ合わせたような微妙な表情で見るが、みゆきはそれに恥ずかしそうに頷く。

「彼氏と一緒に桜並木を歩くんだもんね〜?」
「かっ?そ、そんなのじゃありませんよ。な、何度も、言ってるじゃないですか…あのひとは、と、ともだち、で…」

 二人の無言のやり取りに気付かない約一名は、空気を読まないにやにや笑いのまま、さらに燃料を投下。
 顔を真っ赤にして、徐々に消え入りそうになる声で否定するみゆきのやり取りを黙って眺めていた彼女は、飛び込むように距離を詰め、みゆきの頭を胸に抱きしめた。

「ひゃっ!?」
「くぅーっ、愛いやつよのぉー♪」
「や、やめてくだ…くるしっ…」

 窒息しそうになりながらもごもごと助けを求める声を聞いて、しぶしぶと拘束を緩めると、涙の滲んだ上目遣いで睨まれ、危うく抱き潰しそうになる。

「酷いです…」
「ごめんねー。あんまりにも可愛くてつい…。でも、みゆきちゃんの気持ちはわかったわ。お姉さんもいっぱいサポートするね」
「彼氏じゃないって言うけどさ〜、それなら何でそんなに頑張ってるのよう〜」

 みゆきのベッドに肘を突いて、笑いながらわき腹をつついて尋ねる彼女に、抱きすくめられたまま、首だけをめぐらせて。

「何で、って…だって、病室であんな馬鹿な事をする人を、放っておくわけにもいかないじゃないですか」



 外れたネジを受け取った、彼女の視線のその先に。尻振って踊る馬鹿一匹。

――はい、「いし」の間に一文字入れて「い・や・し」!――

 そのネジがあたたかい、かもしれない。


[No.662] 2008/10/31(Fri) 20:28:57
約束 (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@20161 byte EXネタバレなし

 誰も来るはずがない立ち入り禁止の屋上で、私は久しぶりの訪問者を迎えていた。
「はい、クッキーをどうぞ」
「うん、ありがとうこまりちゃん」
 差し出したクッキーをりんちゃんは美味しそうにほおばってくれる。
「どーお?」
「ん。こまりちゃんのお菓子はいつもおいしいぞ」
「よかったよー」
 りんちゃんが喜んでくれて、幸せ。
 私はりんちゃんの顔をニコニコと見つめ続けた。

                            約束

 ―――りんちゃんがここに来たのは突然だった。
 いつものように放課後、私は屋上でお菓子を食べていた。
 偽りの世界とはいえ、お菓子はここでもとても甘い。
 幸せに浸りながら青い空を見上げるのがここ最近の私の日課なのだ。
「……まだ、大丈夫だよね」
 世界は安定を保っている。
 もうすでに何人かこの世界を去ってしまったけれど世界の構築に支障は出てないらしい。
 後どれくらいもつが分からないけど、もうしばらくは大丈夫だろう。
 辺りを見渡すが静かなものだった。
 無理を言ってこの世界に残り続けた私に干渉してくるのは、リトルバスターズのメンバーと何故か分からないけど二木さんだけ。
 理樹くんが現在、他のみんなのために頑張っている状況では、下手に手助けも出来ないのでこうやって日がな一日のんびりとした日常を過ごすことを繰り返し続けている。
「ふぇ?」
 不意に屋上の降り立つ人の足音が聞こえた。
 一瞬先生かと身構えてしまったが、よく考えれば私がそれを望んでいないし、もう物語を終えた私に他のマスター権限がある人が用があるとも思えないのでそれもないだろう。
 そこまで考え私はゆっくりと入り口へと顔を向けた。
「あれ、りんちゃん」
 そこには何故かりんちゃんが立っていた。
 話を聞いてみると最近理樹くんが構ってくれなくて暇なのでここに来たそうだ。
 他の人たちはと聞いてみたけど、みんな捕まらないらしい。
 たぶん恭介さんは今は忙しい時期なんだろうけど、この世界を去ってしまった人たち以外みんな自分達の場所でそれぞれ日常を過ごしているはずだ。
 なので恭介さん以外はたぶん探せば見つかるよと教えてあげても良かったけど、久しぶりにりんちゃんと2人っきりになれたので私は敢えて教えず隣に座るように促した。
 ―――そして冒頭に繋がるのだけれど。

「うー」
 何故かさっきからりんちゃんはクッキーを見つめて唸り続けていた。
 どうかしたのかな。
「どうかした、りんちゃん」
「んっと、こまりちゃん。これって手作りなのか?」
「ふぇ?そうだけど。何か失敗してた?」
 一応焼き上げた時に味見したけどおかしいところはなかったはずだ。
 材料は全部同じだし、一部だけ変な味がすることはないと思うんだけど。
「そんなことはないぞ。こまりちゃんが作ってくれたクッキーは全部おいしい」
「よかったよ。りんちゃんが気に入ってくれて嬉しいな」
 素直にお礼を述べるとりんちゃんは顔を真っ赤にしてしまった。
 可愛いなぁ、りんちゃんは。
 と、それよりも。
「さっきからうんうん唸ってたけど、どうかしたの?」
 その理由を聞いてなかった。
 りんちゃんは私の顔を見返すと、一瞬躊躇した後答えてくれた。
「クッキーってどうやって作ればいいんだ?」
「え?りんちゃん誰かに作るの?」
「いや、そういうんじゃ……いや、合ってるのか?」
「うん?」
「……作りたい相手はいる。ただ、作りたいってよりはあいつに元気になって欲しいんだ」
「元気?」
 どういうことなんだろう。
 私が小首を傾げると、りんちゃんは実はな、と前置きをして話し始めた。
「理樹が元気ないんだ。でもあたしにはどうすればいいか分からん。……で、分からなくて悩んでたら前にこまりちゃんが甘いお菓子を食べると幸せになれるって言葉を言っていたのを思い出したんだ」
「甘いお菓子?ああ、そういえば言ったね」
 頷きながら思い出す。
 いつのことかは覚えてけど言った記憶はある。
 けれどそれは今回じゃない。いくつか前のループ上での話だ。
 きっとりんちゃんの消えたはずの記憶に微かに残っていたんだろう。
「だからな、あいつに元気になってもらうために作りたいって思ったんだ」
「そうなんだ。りんちゃんは優しいね」
 私が褒めると案の定りんちゃんは顔を真っ赤に染めてしまった。
「べ、別に優しくない。……うにゅ、分かってる。そう言うのはあたしの役目じゃないってことは」
 ああ、きっと今回のループ上で理樹くんの彼女になった子を思い浮かべているんだろう。
 でも彼女も今は苦しんでいる状況だから、理樹くんには声すら掛けてあげられないんだろう。
「でも、何もしないのは嫌なんだ」
 そう呟くりんちゃんは普段と違い、僅かに苦悩の影が見え隠れしていた。
 そっか。りんちゃんも理樹くんと同様に成長しているんだね。
 前はここまで他人のために一生懸命行動しようとはしなかったはずなのにな。
 変わり続けているんだ、りんちゃんも。
 だったらできるかもしれない。ううん、きっとりんちゃんならできる。
 彼女の成長を目の当たりにして私は心の中で頷き、一つの願いを彼女に託そうと思った。
「りんちゃん。なんだったら私が手伝ってあげるよ」
「っ!?本当か、こまりちゃん」
「うん、おっけーですよ。でね、一つお願があるんだけど、いいかな」
 遠慮気味に私が尋ねると。
「うん、こまりちゃんの頼みならなんでも聞くぞ」
 なんの躊躇いもなく、りんちゃんは快諾してくれた。
 その信頼が凄く嬉しい。
「簡単なことだよ。理樹くん以外にもお菓子を作ってあげて」
 それがりんちゃんに託したい願いだった。
「理樹、以外にも?」
 途端に不安そうな表情を覗かせ、私の言葉をりんちゃんは反芻した。
 人見知りのりんちゃんにはかなり過酷なお願いだって分かっているけど、私は再度お願いした。
「りんちゃんは理樹くんの手助けがしたいんだよね?それと同じようなことを他の子にもして欲しいんだ?」
「……こまりちゃんがやってるみたいにか?」
 りんちゃんの口から零れた言葉が意外で目を瞬かせてしまった。
「うーんそうだね……」
 言われてみればそういうことなんだろうか。
 自分としてはただみんなで一緒にお菓子を食べれば幸せも共有できるって思って、持っているお菓子をお裾分けしてるだけなんだけど、りんちゃんにお願いしようとしていることと結果的には一緒かも。
「みんなをね、笑顔にして欲しいんだ。でね、方法は色々あるだろうけど、一番手っ取り早いのは私は美味しいお菓子を食べることだと思うんだ」
「うん、あたしもそう思う」
 顔を綻ばせながらりんちゃんは頷く。
「でね、手作りのお菓子なら思いも篭っててより一層はっぴー、な気分になれると思うのですよ」
「うー、それはなんとなく分かるが……でもなんであたしなんだ?もっと料理が上手いやつが作ったもののほうがいいだろ」
「うーん、それじゃあダメなんだよ」
「うみゅー、よく分からない。そもそも笑顔にして欲しいってどういうことだ?みんなって誰だ?理樹以外じゃあいつだけだぞ?」
 りんちゃんに矢継ぎ早に質問をぶつけられて、一瞬面食らってしまうが、りんちゃんが何を不思議に思っているか理解出来た。
 きっとこういう勘違いだろう。
「違うよ、りんちゃん。みんなってのはリトルバスターズのメンバーのことじゃないよ」
「なにぃ、そうなのか?……うにゅ、あたしの知らない人?」
 数歩後ずさった後、上目遣いでりんちゃんは尋ねてきた。
 ああ、やっぱりそういう風に勘違いしてたんだね。
「そうだね。知らない人も含めて学園のみんなにお菓子を配って笑顔にして欲しいんだ」
「うう、本当にこまりちゃんがやっていることそのものなんだな」
 りんちゃんは途方に暮れたような表情で呟いた。
 だから私はそっと彼女の手を握った。
「だいじょーぶ。りんちゃんならできるよ」
「う〜、でもなんでみんなを笑顔のするんだ?別に悲しそうなやつとか見ないぞ」
 その疑問はもっともだろうね。
 みんなと言う括りで言えば、今のところ悲しんでるようには見えない。
 ……でも。
「うん、今じゃないよ。でもきっとそうなると思うから、その時りんちゃんが笑顔にしてあげて」
「うみゅ、それはこまりちゃんも元気がなくなるってことか?」
 その質問にどう答えればいいか迷ってしまう。
 そう頷ければまだいいんだけど、私はきっと悲しませるほうだと思うから。
「たぶん、ね」
 だから私は曖昧に笑うしかなかった。
「うー、よく分からんが分かった。とりあえず作って渡せばいいんだな」
「うん、そうだね。手伝うから頑張って作ろうね」
 ギュッと握ったりんちゃんの拳にそっと手を重ねた。
 祈りを、願いを込めるように目を閉じて。
「それとね、もし私が手伝えない時はさーちゃんに頼んでみて」
「さーちゃん?」
 りんちゃんは首を傾げる。
 ああ、そっか。その呼び名じゃりんちゃんは伝わらないか。
「笹瀬川佐々美ちゃんのことだよ」
 うう、やっぱり言いにくいなぁ。
 思わず噛みそうになっちゃったよ。
「なにぃっ、させ子か?」
「ほわっ!?り、りんちゃん、さすがにその呼び方はどうかと思うよ」
 私は冷や汗を流しながらりんちゃんを窘める。
「うう、ごめん。……あー、で、なんだ。さささに頼むのか?」
 嫌そうな顔でりんちゃんは尋ねる。
 うーん、そんなにさーちゃんのこと嫌いなのかな。
「料理ならクドとかみおも上手いと思うぞ」
「うん、確かに上手だけどね。でもさーちゃんもとってもお料理上手なんだよ」
「う〜、こまりちゃんが言うなら本当なんだろうけど。でもなんであいつなんだ?」
 りんちゃんの疑問はもっともだと思う。
 でももしその時になったらりんちゃんのことを親身になって助けてくれるのは彼女だけだと思うから。
 けどどう言えば納得してくれるんだろう。
 理由を言いあぐね、私が迷っていると。
「……あいつに頼めばいいんだな」
「え?……いいの?」
 突然の言葉に正直面食らってしまう。
「うん。理由は分からないけどこまりちゃんはあいつを頼れって言う。ならきっとそれは正しいんだと思う」
「りんちゃん……」
 思わず涙が出そうになる。
 ずるいよ、りんちゃんったらそんな言い方。
「……まぁ、それにだ。正直あいつは苦手だが、嫌いじゃないからな」
 少し顔を赤らめながらりんちゃんは呟く。
「うん。さーちゃんはいい子だよー」
 色々誤解されちゃうところがあるけど、さーちゃんはとても可愛くて困っている人を放っておけない優しい女の子だ。
「仲良くなれればきっとりんちゃんも好きになるよ」
 私は確信を持って告げた。
 それに対してりんちゃんは何とも言えない表情をしながらも答えてくれた。
「う〜……努力してみる」
 ふふ、その言葉を聞けただけでも安心かな。
 さーちゃんも意地っ張りだけど、内心ではりんちゃんと仲良くなりたいって思っているはずだから。
 2人は仲良くなれるようにお膳立てはいくらでもしよう。
 ……それがりんちゃんを残していなくなってしまう私に出来る精一杯のことだから。
「ようしっ、じゃあどこでやろう。家庭科室と食堂、どっち使わせてもらう?」
「うーん、よく分からないから任せる」
「うん。任されたよー。ああ、そう言えばどういったお菓子を作るか決めてる?クッキーでいいの?」
 まあクッキーと一口で言ってもいろいろな種類があるんだけどね。
「いや、決めてない。さっきはクッキーと言ったけど実際お菓子ならなんでもいい」
「そっかー。じゃあその辺から決めなくちゃね」
 やることがいっぱいだ。まっ、そういうのも楽しいけどね。
「うう、ごめん。理樹にお菓子を作ることしか考えてなかった」
 申し訳なさそうにりんちゃんは頭を下げてくるけど、そんなこと私は全然気にしてなかった。
「別にいいよ〜。それに誰に食べてもらいかって気持ちのほうが重要だよ」
 お菓子に限らずお料理を作る際は誰に食べてもらいたいか気持ちを込めることが重要だ。
 それが一番の隠し味になるんだから。
「そうなのか。……うーん、それじゃあ理樹の分を作り終わったら今度はこまりちゃんのことを思い浮かべて作ってみる」
「私?」
 自分を指差しながら尋ねる。
「うん、そうだ。理樹の分は別としてこまりちゃんには一番に食べてもらいたいからな」
 りんちゃんははにかんだ笑顔を浮かべる。
 私も笑顔でその言葉に返したいけど……それは出来ない。
「えへへ、そう言ってくれるのは光栄だけどそういった物は一番大切な人に渡さないと」
 だからやんわりと拒絶する。
「うみゅ?だからこまりちゃんで合ってるだろ?」
 それに対してりんちゃんは即答。
 そこでそうだねと同意できればどれほど幸せだろう。
 でもそれはダメなんだ。
「今はそうかもしれないけど、きっとお菓子作りの腕が上がっている頃には私よりももっと大切なお友達が出来てるよ」
 笑顔を張り付かせたまま私は首を振る。
 頷いてあげられないことに凄く申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そんなことないぞ。あたしの一番はずっとこまりちゃんだっ」
 それでもりんちゃんは納得しない。
 そしてそれがとても嬉しい。
 けど私には頷くことが出来ないから、その内分かるよと曖昧な言い方をするしかなかった。
「ごめんね」
 りんちゃんが聞き取れないような小さな声で謝る。
 りんちゃんに応えてあげられない、それが凄く悲しい。
 だから私はそっと彼女の手を握った。
「でもね。私はこういうことを託そうと思ったのはりんちゃんだけだよ」
「託す?」
「うん。りんちゃんだから私のいしを継いでみんなを幸せにして欲しいって思ったんだ」
「いしを継ぐ?ああ、あれな」
「うん。それだよ」
 きっと分からないまま頷いたんだろう。
 でも今はそれでいい。
 その時それに気づいてくれれば。
「私の想いを託したい。そう思うくらいりんちゃんのことは大切だよ。それだけ忘れないでね」
「う、うん、わかった」
 私の思いの他真剣な言葉に、戸惑いながらもりんちゃんははっきりと頷いてくれた。

 ―――だからお願いね、りんちゃん。私の『遺志』を継いで、私たちの所為で悲しむ人達を笑顔にしてあげて。
                             ・
                             ・
                             ・
 目を開ける。
 眼下には崩壊していく世界。
 空は剥がれ落ち、景色は白い霧の中に消え去っていく。
 そんな中をりんちゃんと理樹くんは手を繋ぎ必死に出口を目指して走り続けていた。
 私はその光景を屋上で見ながらポツリと呟いた。
「りんちゃん、約束を果たして……」
 あの時の記憶をりんちゃんと別れてからずっと思い浮かべていた。
 願い星をりんちゃんに託した後、私はあの時の約束を思い出してもらった。
 それはりんちゃんの中では曖昧なものとなっていただろうけど、でもどうしても思い出してもらわずにはいられなかった。
 残していくみんなのために出来ること。
 りんちゃんにお願いするしかない自分が不甲斐ないけれど、それしか私に出来ないから。
「どうか、みんなが笑顔でありますように」
 私は崩壊するこの世界でそっと祈りを捧げた。

                             ☆

 あの事故からしばらく経ち、僕と鈴の怪我はすっかり完治していた。
 時期的にはもう夏休みだが、僕たちはどこへ行くこともなく学園の中で過ごすことが大半だった。
 けれど時折、鈴は何も告げることなくどこかに消えることがあった。
 最初は心配していたものの、戻ってきた鈴の様子に変わったところがないので最近は気にしなくなっていた。
 けれど今日はちょっと違う。
 久しぶりに出かける予定だと言うのに鈴の姿がどこにもないのだ。
「はぁー、どこに行ったのかなぁ」
 ここにきて鈴にいつもどこに行っているか聞いておけばよかったと後悔するが後の祭り。
 仕方ないので虱潰しに学園と寮内を歩き回っていると。
「理樹、見つけたぞ」
 探していた当の鈴の方から声をかけられてしまった。
「見つけたって、探してたのは僕なんだけど」
「うみゅ?そうなのか?……まぁ、それはいい。ちょっとお前に頼みがあるんだ」
「頼み?まあいいけど」
 見つかったと思ったらいきなりなんなんだろう。
 疑問に思いながら鈴を見ているといきなり何かを差し出された。
「口開けろ」
「へ?なんでさ」
「いいから、あーんだ」
「いや、ちょ……とりあえず何を食べさせようとしてるのかだけ教えて」
 口元を手でガードしながらそれだけでも尋ねる。
 さすがに何か分からないものを口にするのはリスキーすぎる。
 すると僕の言葉に納得したのか一旦それを押し付けるのを止め、教えてくれた。
「クッキーだ」
「クッキー?」
「そうだ。手作りだぞ。ってことであーんだ」
「え?あ……むぐっ!?」
 油断したところに指ごとクッキーを口の中に捩じ込まれてしまった。
 いやもう、放り込まれるじゃなく文字通り強引に捩じ込まれてしまった。
「どうだ?」
 これでもかと言うほどワクワクとした表情で聞いてくる。
 こっちとしては強引なやり方に抗議をしたかったけど、そんな目で見られると何も言えなくなってしまう。
 だから結局正直にクッキーの感想を言うに留めた。
「うん、美味しいよ。市販のと変わらないかも」
「ん、そうかそうか」
 鈴は満足そうに何度も頷く。
「甘さもちょうどいいし、焼き加減も絶妙。形はちょっと歪だけど手作りらしくて逆にいいと思う」
「んー、なんか気分いいな」
 褒められて嬉しいのか、鈴は満面の笑みを浮かべる。
「うん。鈴の手作りなんて思えないくらいの吃驚する美味しさだよ」
 噛み締めるように頷く。
 ホント、鈴の手作りと信じられないくらい美味しい。
「しねや、ぼけーっ」
「ぎゃうっ!?」
 捻りを効かせた鈴の回し蹴りを脇腹に受け、信じられないくらい綺麗な放物線を描いて僕は壁に叩きつけられたのだった。

「さて、クッキーも出来たしそろそろ行くか」
 小さな包みを鞄に入れ、平然とした口調で鈴は聞いてきた。
「ちょ、なに何事もなかったような自然な態度をとるかなっ」
 痛む腰を抑えながら僕は鈴を睨みつける。
 と言うか全身が痛いんですけど。
「うっさいばーか。失礼なこと言うお前が悪い」
「い、いやまあそれは悪かったと思うけどさ。でもあれはないんじゃないかな」
 不用意な発言をした僕にも責任はあるけど、なにも壁に叩きつけるくらい蹴ることはないと思う。
 せっかく怪我が治ったというのに危うく病院に逆戻りするところだったよ。
「うう、それはやりすぎたと思う……」
 罰が悪そうに鈴は顔を俯かせてしまう。
 はぁー、まぁいいや。酷い怪我をしたわけでもないしね。
「とりあえずそろそろ行こうか。結構時間食っちゃったし」
 僕の言葉に時計を確認すると鈴は慌てて部屋に戻っていった。

「そう言えばさ、鈴」
「ん、なんだ?」
 あれからしばらく経ち、一緒に目的の場所へ向かっていた僕はさっきから気になっていたことを尋ねていた。
「なんで鈴はクッキーなんか焼いたの?」
「ああ。なんだそのことか」
「うん。もしかして怪我が治ってから最近、時たまどこかに行ってたのに関係あるの?」
 僕の言葉に理樹は頭がいいんだなと感心されてしまった。
 いや、まあ簡単な推理だと思うんだけど。
 と、それはいい。
 鈴はその理由について僕の目をじっと見据えながら答えてくれた。
「約束したんだ。大事な約束を」
「約束?」
「うん。そのためにお菓子を作った」
「お菓子……」
 その言葉に思い浮かぶ一人の女の子。
 彼女が鈴と約束したんだろうか。
「それに、いしを継いで欲しいとも言われたからな。頑張ったんだぞ、褒めろ」
 鈴は腕を組み告げるが、僕は彼女の言葉の中のある一点に引っかかった。
「……いし?」
「ん、ああ『意志』だ」
 鈴は何かに思いを馳せるような表情を浮かべるのだった。

                             ☆

 ドアの叩かれる音。
 そしてそれに続いて「失礼します」の声と共に彼女たちが部屋の中に入ってきた。
「遅いですわよ。予定の時刻を過ぎてますわ」
 彼女――棗鈴の顔を見ながらわたくしは文句をつける。
 一体全体何をしていたのやら。
「うっさいぞ佐々美。こっちも色々あったんだ」
 負けじとわたくしの顔を睨みつけながら彼女は文句を言ってくる。
 たく、相変わらずですわね。
「まぁまぁ。鈴も興奮しないで」
 その後ろで直枝さんが彼女をあやしてらっしゃいましたが、お前の所為だろとの言葉に沈黙してしまった。
 ああ、大方直枝さんが棗鈴に何かしでかしたのでしょうね。
 あれであの方も結構抜けてらっしゃいますし。
「とりあえず場所を考えなさい。こんなところで騒いでは他の方のいい迷惑ですわ」
 わたくしは彼女たちに注意しつつ、洋服を鞄に詰める作業を再開した。
 すると棗さんは無言でわたくしの隣に立ち、作業の手伝いを始めてくれた。
「すみません」
「ん、気にするな」
 最近彼女とはこんな関係が続いている。
 たまに戦い合うこともありますけど、その回数もあの事故の前に比べてずっと減ってしまった。
 それが少し寂しく、でも逆に心地よくて複雑な心境だ。
 ……まぁ、ここ最近連敗続きですのでプライドを守るという面ではバトルの回数が減るのはありがたいのですけど。
「直枝さんの感想はどうでしたの?」
 何をとは聞かない。
 言わなくても彼女には通じる。
「ああ、美味しいって言ってくれた。佐々美のお陰だな」
「あら、わたくしのお陰なんて簡単に認めてしまった宜しいんですの?」
 クスクスと笑いながら彼女をからかう。
 すると予想通り棗さんは言葉に詰まってしまう。
 ふふ、やはりわたくしたちの関係上、簡単に馴れ合うのはよろしくない。
「うみゅ〜、そ、そうだ。あたしに教われる才能があったから。だから成功したんだ」
「でもわたくしでなければこうも上手に教えられなかったでしょうけどね」
 自分で言っておきながらこう切り返すなんて我ながら意地が悪い。
 けれど棗さんはそんなわたくしを見つめ返すとしっかりと頷いた。
「うん、それは感謝してる。ありがとうな、佐々美」
「うっ……」
 やはりどうにも調子が狂ってしまう。
 わたくしは赤面する頬を隠しながら言葉を続けた。
「けれど肝心の渡す相手がいらっしゃいませんわ」
「うん、そうだな。どこ行ったんだ?」
 くるりと部屋を見渡しながら尋ねてくる。
「お世話になった方々へご挨拶ですって。あの方らしいですわ」
「なるほど。らしいな」
 わたくしの言葉に小さく棗さんは笑う。
 すると。
「あれ、どうしたの?」
 タイミングよくあの方が帰ってこられた。
 棗さんは振り向くと、鞄から包みを取り出しあの方へと近づいた。
「これを渡しに来た」
 差し出されたそれを見て戸惑いの表情を浮かべるのが分かる。
 わたくしも相談されたときは別の意味で戸惑ったものだ。
 あんな計画、普通は思いつかない。
 けれど目の前のあの方の案を参考にしたと聞いたときは逆に納得できた。
 あの方ならそれをきっと願うから。
「これを私に」
「うん。今入院しているやつらにも作ってるんだが、一番最初に出来たやつは一番大切な人に渡したいからな」
 怪我をされたクラスメート全員にお菓子を配るなんて発想は昔の棗鈴からは考えられず、けれどあの方の影響を受けた今の棗鈴ならば納得のできるものだった。
 だから。
「受け取ってくれ、こまりちゃん」
 棗さんが神北さんにそのお菓子を渡すのは自然の流れだった。
「りんちゃん……もしかして……」
「うん、約束だから。こまりちゃんが願ったのとはちょっと違うがあたしの意思で決めたことだ」
「そっか」
 棗さんの言葉に神北さんは涙ぐむ。
 よほどその言葉が嬉しかったのだろう。
 少し嫉妬してしまうが、それを表に出すのは野暮だろう。
「でも今でもやっぱり分からない」
「ん、なにが」
「こまりちゃんはあたしに一番大切な友達は他にできるって言った。けど今でもあたしの一番大切な友達はこまりちゃんだぞ」
 その言葉に神北さんは小さく息を呑む。
 そして首を傾げ続ける棗さんを抱きしめるとそっと囁いた。
「うん。私の一番大切なお友達もりんちゃんだよ。それは永遠に変わらないよ」
 優しく、本当に嬉しそうな笑顔を神北さんは浮かべる。
 そんな2人をこうやって傍らで見ることができるのが何よりも嬉しかった。


[No.663] 2008/10/31(Fri) 23:26:00
路傍の。 (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@初@6498byte EXネタバレなし

暮れなずむ夕暮れ時の河原。
夕日の赤と夕影の黒とのコントラストが鮮やかに彩りを見せていた。
川面はプリズムのように乱反射する光が輝きを放っている。
秋口に入ったとはいえ、陽が沈み行くこの時間でもまだ暖かい。
私は近くにあった小石を水面に向かって投げていた。
対岸まで届かせることに執心してひたすらに投げていた。

ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ…

小石は水を弾きながら遠くへと進み、やがて沈んでいった。
川幅の広いこの川では決して向こう岸に届くことはないのだろう。
それでも私は水切りを続ける。
拾っては投げ、また拾っては投げる。
幾度となく繰り返し、小石が沈むのを見届けてから再び投げ入れる。
その間にも夕日は大分地平線上へと隠れていく。
少し黒ずんだ色。未だに日の光を受けて輝く色。
そのどっちつかずな色の中に私は小石を投げ込んでいた。
何度も、何度も、投げ続けていた。
「来々谷」
不意に後ろから声をかけられる。
「……恭介氏か」
後ろにいるだろう恭介氏の方へは振り向かずに答える。
その間も小石を拾っては投げることを止めはしない。
私はいつの間にか小石を投げ終えることに未練すら感じて始めていた。



結局私は理樹君に想いを告げることはなかった。
正確にはなかったのではなく出来なかったのだが。
理樹君はあの凄惨な、それでも奇跡的に全員が生還したあの事故の後間もなくして鈴君に告白した。
その告白が晴れて実を結び、病院のベッドの上で理樹君と鈴君からその事実を聞いた私は特段と落胆することもなくすんなりと受け入れることが出来た。
むしろ少年と鈴君の赤面する顔が見れたことを眼福だと思っていたくらいだった。
それでも私は心のどこかで彼と付き合い始めることがあるのかもしれないと思っていた。
実際、そんな妄想に何度か耽っていたこともあった。
だがそれが叶わなかったとしてもそれで良かった筈だ。
それが鈴君にせよ小毬君にせよクドリャフカ君にせよ誰にせよ理樹君が誰を選ぶかなんて話は本人の意志以外に判断を委ねることなど無い。
理樹君が誰と付き合うかだなんてものは言ってしまえば可能性論で片づいてしまう話に過ぎなかった。
だからどんな結果だろうと気に病むことはない筈だった。
その筈だった。



「恭介氏はまた何故ここに」
「ああ。ちょっとばかし学校に忘れ物をしてな。そのついでだ」
「学校に、か」
そう言って私は恭介氏の言葉に思わず苦笑する。
学校から離れたこの河原にそんな理由で来る筈がないと私が訝しむことは恭介氏も分かっている筈だ。
彼のことだ。彼は私がここにいるという凡その確証を抱いてここに来たのだろう。
私は敢えて言及することを止め、恭介氏の言葉を黙って聞くことにした。
「だからついでと言っただろ。風が気持ちいいからここまで散歩がてらに足を運んだのさ」
「では、そういうことにしておこうか」
「ああ、そういうことにしておいてくれ」
恭介氏はそれを言ったきりで私が小石を投げ続けるのを黙って眺めていた。

ぱしゃ、ぱしゃ…

川面は次第に黒が多くなる。
夕日の赤の精彩を欠きつつある川ではあるが、尚も懸命に小石を川の中に投じる。
「飽きないのか?」
恭介氏が尋ねる。
「飽く事など無い」
私は端的に答えた。
「今のところ飽くつもりは微塵もないな」
「そうか」
それからしばらくの間沈黙が流れる。
川のせせらぐ音と私の投げた小石が水を弾く音だけが無言の間に割って入るだけだ。
ちらと彼を一瞥する。
彼の視線は水を切る小石の方に向けられていて、私の事など目に入ってはいないように見えた。
「気のせいかもしれないが」
唐突に恭介氏が口を開く。
「何がだ」
「最近、理樹を避けていないか」
ぴくり。
小石を投げ終えたと同時に聞こえた恭介氏の言葉に私は反応せざるを得なかった。
が、変に動揺し図星だと思われることだけは避けたかった。
私は平静を装う。
「…恭介氏はデリカシィがないな」
「なんだ、藪から棒に」
「私が少年に対してセンチメンタルな気持ちに陥ってたとしたら、恭介氏は私の心の中へずかずかと土足で入られたようなものだ」
私は笑いながらうそぶく。
「そんな気持ちだったのか。それは失礼したな」
「なに、ただの冗談だ。恭介氏が気に病むことはない」
私は手の届く場所にあった小石を拾う。
「理樹が心配していたぞ」
「…分かっている」
でなければ、放課後になる度に理樹君がわざわざ声を掛けてくることもないだろう。
そもそも何故だろうか。いつの間にか私は理樹君との距離を故意にとっていた。
私の想いは誰に口外しているわけもない。
口に出していない想いは伝わる筈もない。
ならば、何故私は理樹君から逃げているのだろうか。
私はアンダースローの体勢から腰を回す。
股関節の可動域を出来る限り動かし、鞭のように腕をしならせ――
「いや、お前は分かっていない」

ぱしゃ…

投げる際に言われた一言で手元が狂った小石は僅かに撥ねただけで水流に飲まれた。
「本当に分かっているのなら、普通避け続けはしないだろ」
まさにその通りだった。
恭介氏の意見は的を得ている。
それでも私は彼の言葉を聞く耳を持ちたくなかった。
まるで私の中の何かが認めたくないと言わんばかりだ。訳が分からない。
「何が言いたい」
「俺はただ理樹が憔悴し切ってると言いに来ただけだ。それ以上も以下もない」
ゆっくりと体を翻す。
私はそこで初めて恭介氏と正対した。
彼の別に攻め立てるわけでもない様子が私をまごつかせる。
「ただ、あるとすれば何か思い当ることがあるんだろうな」
恭介氏のその言葉に私は考えを巡らす。答えは存外すぐに浮かび上がってきた。
ああ、そうか。
ようやく私の脳内からそれらしき感情を、持ち合わせている筈のなかった感情を該当させた。
「私は、嫉妬しているのか」
付き合っているという事を聞いた時には思いもよらなかったモノ。
妬みは知らずのうちに私の中に燻っていたのだ。
言葉として分かっていただけの感情に私は侵された揚句、彼等に目を向けることが苦痛だと感じるようになっていった。
だから逃げていた。だから目を背けていた。
気付けばなんと単純なことなのだろうか。
「来々谷。一つ、聞いてもいいか」
「なんだ」
「俺を、恨んでいるか」
「…そんなことはない。あの世界のお陰で私は得難いものを得ることが出来たのだろう」
それは紛れもない事実で。
そして、私は造られた虚構世界で想いを通わせることが出来た。
叶わない泡沫の夢を見せてもらえたのだ。
「私は少年が幸せならばそれでよかったのだよ。それ以上のことはもう望むまい」
それを口に出して認めた。認めてしまった。
そもそも嫉妬など私の独り善がりにすぎなかったのだ。
私の舞台はすでに幕が下りている。
カーテンコールが起こることのなかった舞台は幕引きしなければならない。
だから、もう充分だった。
「野暮なことを聞いたか」
「なに、気にしていない」
「理樹に謝っておけよ」
「…分かった」
それだけを言い、恭介氏は去っていく。
恭介氏が去った後も暫く私はその場に留まっていた。
私は息を整えてからおもむろに川の方を向き――
「……はっ!」
対岸に届けと渾身の力を籠めて投げた小石は川の中程まで水を切りそのまま沈んでいった。
「やはり、無理か」
思わず自嘲の笑みを零す。
それでも先程まで夢中になって投げ続ける使命感にも似た感情は霧散していた。



太陽が沈み切る。
辺りには外套もない。川面はもう光を受けることはなく、ただ黒を埋め尽くすだけだった。
手元に残った最後の小石を投げる。

ぽちゃん。

小石は一度も水を切ることなく、飛沫をあげて黒の中に沈んでいく。
波紋はやがて静まり、その場にぶくぶくと残っていた泡も川の流れに掻き消された。
私はそれを見て、ようやく呪縛から逃れたのだと悟った。


[No.664] 2008/10/31(Fri) 23:56:34
いしに布団を着せましょう (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@ 13.095byte EXバレなし

 アホ毛が直らない!
 と鈴が半ベソでヘアアイロンをガチャガチャしてたので、とりあえず後ろから抱きしめてみた。あったかい。しかも柔らかい。また眠たくなってくる。
「あ、もう……時間ないのにぃ」
 鈴はめっ、だぞ、なんて言いつつ、子猫みたいに擦り寄ってきた。その小さな頭を抱き寄せて、乱れた毛並みを撫でつけてやる。
 クシクシ。
「んぅー」
 半分寝てるみたいな、鼻にかかった甘い声。胸の中で目を閉じて、僕にされるがままになっていた。
 クシクシ。
「りきー、まだかー」
「うん、もうちょっと」
 グシグシ。
 その辺で違和感を覚えた。
 ……なんだこれ? 全然直る気配がないよ?
「りきは髪、さらさらだなぁ」
 鈴が半身になって手を伸ばしてきて、抱き合うような格好になる。うるんだ瞳で見上げてくるけど、跳ねた髪が鼻をくすぐってきてそれどころじゃない。
 いや、それにしても硬い。びっくりだ。そりゃアイロンかけて直らないんだから当たり前なんだけど、それにしたって限度があるでしょ。なんというか、ストレルカの毛を思い出す。ああ、間違いない。こりゃストレルカだよ。切ったばかりの爪のあいだにチクチク刺さる。あ、痛い。痛いぞこれ。
「……まだか?」
「うん、まあ、もうちょっと」
 下手に弄りすぎたかもしれない。もともと女の子の髪のお手入れなんてスキルは持ち合わせちゃいないんだ。開き直ってここはちょっと力技を駆使してみよう。
 思い立って無理やり押さえつけてみた。
 ゲシゲシ、ザラザラ。
 梳くたび梳くたびブチブチ聞こえて小気味いい。
「痛いわ! なにすんじゃ、この!」
 胸に頭突きを見舞われて、一瞬息が詰まった。寝グセから手が離れる。すると驚くべきことに、今まで寝てた毛までが一斉に立ち上がってくる。なにこれ、もしかして鈴怒ってる? それとも静電気? アイロンが漏電してたとか? あ、高校のときやったよこれ。あの金属のボールでテープが浮くやつ。
「いや、ごめんごめん。……ちょっとシャワー浴びてくるよ」
 そっと手を離す
 バチッ!
「あいたぁっ!」
 あー習った習った。くっそ、ホントに学校の勉強って役に立たないなぁ!
 むぅぅぅ、と不満そうな唸りが聞こえる。それでも僕は振り向きもせず脱衣所に入った。
 そうか、もう静電気も本場の季節なのか。
「う、うわああああああ!!!」
 聞こえない聞こえない。


 そんなこんなで予定より十分遅れて家を出て、一時間ばかり遅れて特急を降りた。鈴はやっと機嫌を直してくれたけど、改札を抜けてロータリーを見た第一声が、
「思ってたよりしょぼいな」
 だった。うん、素がこういう女の子なんです。
「そんな身も蓋もないようなことを……一応故郷なんだしさ」
 とは言いつつも、僕もあまりの寂れっぷりに驚いてしまう。目の高さのビルが数えるくらいしかない。ビル風も嫌なもんだけど、こういう風景も寒さを助長する。
「じゃあ、あたし先行ってるから」
 エスカレーターを降りて毛糸の帽子を整えると、鈴はシュタッ! と手を上げて歩き出す。意気込んでるのはいいんだけど、一瞬下車専用のバス停に行きかけるのを見て、途端に不安が噴き出してきた。
 バスの乗り方はわかる? 路線図は見られる? 小銭はある? そもそも場所覚えてる?
 ――付いて行きたくなるのをぐっとこらえて、もこもこコートの背を見送った。僕は僕でやることがあるのだ。
 トイレで前髪と服をチェックして、待ち合わせの改札まで戻った。ジャンパーの袖をまくって時間を確かめる。約束まであと三十分といったところだ。
 Suica対応の自動改札。長い休みということもあって、行き来する人たちの顔は若い。人通りも少なくない。それなのに、なんだってこんな寂れて思えるんだろう。高校時代を過ごした街も似たようなものだったけど、ここにはなんというか、覇気がないように思える。時間の流れがそうさせたのか、僕らが東京に慣れてしまったせいなのか。それとも、みんなが肩をすくめて背中を丸めているせいだろうか。
 目を落としていたタイルに、革靴が乗っかった。
 顔を上げる。
「久しぶりだね」
 そう言っておじさんは手を軽く挙げた。
「ご無沙汰してます」
 さし当たっての挨拶を交わすと、おじさんは辺りを見回してから、バス停とは反対側の降り口を指差した。その先にはチェーンの喫茶店の看板があった。
「その辺でちょっと暖まっていこうよ」
 言われて、少し考える。
 鈴も待っていることだし、冷え込まないうちに行ったほうがいいんじゃないか、とは思った。だけど会って早々のお誘いを無下にするのもなんだ。
 頷いて、僕も歩き出した。
 喫茶店に入って店員にタバコを吸うか訊ねられると、おじさんは僕に目配せしてきた。お好きにどうぞ、と手を振って見せると、
「じゃあ喫煙席で」
 と言った。
 案内されるなり、コートのポケットからタバコを取り出す。
「身体には気をつけてくださいよ」
 火をつけながらおじさんは少し顔をしかめる。煙を吐いて灰皿に灰を落とすと、
「家内にも医者にも言われるんだよね」
 そう言って笑った。
 どこかお悪いんですか? そう訊ねても、おじさんはまた笑うだけだった。
「何か食べる?」
「あ、いえ、電車の中で食べてきたんで」
 サンドイッチとコーヒーを二つ。店員を呼んで注文し、おじさんが二本目のタバコに火をつけると、少し気詰まりな時間が流れた。店には他に厚い化粧をしたおばさんや、退屈そうに携帯をいじる女の子や、くたびれたようにコーヒーを啜るスーツの人がいたけれど、みな一人で、気休めに流れるBGMしか聞こえてこない。
 タバコを咥えた唇の端やライターを擦る手に、覚えのない皺があった。最後に会ったのは高校を卒業したときだから、と計算して出た答えが、果たしてどれくらいの時間なのか、僕には判然としなかった。僕の人生の何分の一、と言われても、ピンとこない。
「お待たせしました。アメリカンコーヒーとBLTサンドになります。ごゆっくりどうぞー」
 テーブルに食器が並べられた。おじさんはタバコを灰皿でもみ消すと、ミルクも砂糖も入れないでコーヒーを啜った。ともかく、相応の時間が経ったらしい。
「そうか。理樹君もそんな歳になるんだね」
 え? とコーヒーでむせそうになった。
「いやなに、あんなに小さかったのに、もう結婚かと思うと、早いもんだね」
 カップをソーサーに置いて、おじさんはまたタバコを取り出した。
「……長い間、本当にお世話になりました」
 おべっか半分、本心半分でそう言った。本当のところ、続柄さえよくわからない。なぜ後見人なんて面倒そうなものを引き受けたのか僕には想像もできないけれど、ともかく、お世話になったのは間違いない。
「ご両親にご報告は済ませたの?」
「あ、はい。明日先方にお伺いするつもりで」
「いや、そうじゃなくて、……理樹くんのご両親にはもう報告に行ったのかい?」
 言われて、驚いた。
「いえ、これからです」
「うん、早く行ってあげな。きっと喜ぶと思うよ」
 言いながら、消し損ねたタバコにコーヒーの残りをかけて消火する。やっぱり、報告に行くとか、そういうことをするのが筋なんだろうか。
「僕の両親ってどんな人だったんでしょうか?」
 訊ねてみると、おじさんは怪訝そうな顔で僕を見た。あごに手を当ててなにごとか考えてから、またタバコをつけた。
「優しい、本当にいい人たちだったよ」
 曖昧な言葉だ。誰に聞いてもそう答えることはできる。本心から言ったのか、社交辞令なのか。
 僕のそんな考えが見透かされたのだろうか。
「少なくとも、息子を残して死ぬなんて絶対できないと思ってただろうね」
 白い煙が強く吐き出された。一瞬、睨まれたようにも思えた。
「ずっと心配してただろうからさ。それは間違いないから、行ってあげてよ。こんなに立派になりました、ってさ」
 冗談っぽくおじさんは笑って、腕時計を眺めた。
「何月だっけ?」
「今年の六月です」
 あー、まだまだあるなあ、とひとりごこちる。
「六月って人気なんじゃないの? お金かかるでしょ」
 そりゃ予約はいっぱいだけど、それで追加料金ってことはない。
「いえ、ちょうど仏滅なんで」
 そう答えると、おじさんはぶはっ! と吹き出して、盛大にむせた。
 大丈夫ですか? と訊ねると、
「ご両親もそういう人だったよ」
 と言って、しばらく笑っていた。
「じゃあ、そろそろお暇しようかな」
「え? うちにいらっしゃらないんですか?」
 鈴も気合を入れて準備してるだろうに、と思って言うと、
「新婚さんの邪魔できるほど歳とっちゃいないよ」
 と歯を見せた。
 そういうことを口にしちゃうのがおじさんだなあ、などと思ったけれど、僕は言わなかった。
 吸殻の積もった灰皿と、触られただけのサンドイッチを残して、僕らは店を後にした。
 改札の外から、おじさんの灰色のコートがエスカレーターを下って、小さく見えなくなるのを見届けてから、鈴にメールを打った。


 僕の実家、ということになるんだろうか。
 子供時代をずっと過ごした家。
 覚えているのは、知らない男の子たちが上がりこんできた、明るい庭だけだった。その庭も雑草と夕闇に覆われて、もうどこにもない。普通であればなにか感興が湧くんだろうけれど、僕には見慣れない一軒の家のように思えた。
 その台所で鈴は倒れていた。野菜まみれで。
「せっかく準備したのに……」
 白滝を前髪にぶらさげながら、鈴はえらく無気力に言った。いや、野菜と言うより鍋の具だっただろうか? そう思うと、二番打者級ばかりが並ぶラインナップがもの悲しい。
「しょうがないって。おじさんにも予定とかあるんだからさ」
 聞いてないけど。
「掃除も全部やったんだぞ」
 うん。来る途中、そういえばどうなってるんだろうと心配になったけど、鈴がしっかりやってくれたようだった。電気も通ってるみたいだし。
「そういえばガスは来てるの?」
「うん、買った」
 そんな簡単に買えるの!?
 と思ったら、テーブルの上にカセットコンロが置いてあった。
「これは?」
「安かったから買った」
「……そんなスーパーの特売じゃないんだからさ」
「こーいうときにお金使わないでいつ使うんだ」
 というかこれどうやって持ち帰るの? やっぱ僕なんだろうか。ああ、それからこの家の名義とかって今どうなってるの?
 疑問は尽きないけれど、おなかは空くので適当に煮て適当に食べた。
 鈴は鍋だけはまだ失敗したことがない。失敗するほうが難しい気はするけれど、うまいね、などと褒めるとすごくいい顔をするので助かる。
「この白菜、おいしいね」
「そーだろそーだろ!」
 と満足げだけど、こっちとしてはあんまり褒めてる気がしない。こういうすれ違いもあるんだなあ、なんて。
 食べてるうちにテンションも上がってきて、またいつもみたいにいろんな話をした。おじさんのこととか、お義父さんお義母さんのこととか。
「電話、すごいうっさかった」
 なんでも僕が傍にいなかったせいであらぬ誤解を与えてしまったらしい。ちょっと先が思いやられる気はした。
 じゃあそろそろお風呂に入って寝ようか、と思ったら、ガスが通っていなかった。
「タバコくっさい奴の隣で寝るなんて絶対やだ」
 睨まれた。んなこと言われてもねえ。
 じゃあ今から鈴の実家に、と提案しかけて、できるわけないと思った。
「よし、じゃあ行くか!」
 突然鈴が気合の入った声を出す。こりゃ名案! みたいなキラキラな目をしてる。
 まさか、と思った。
「……どこに?」
 早鐘を打つ心臓を押さえて、訊ねてみた。
 いつもいつもそうなんだけど、鈴は僕の想像を遥かに飛び越えて行ってしまう。
「理樹のお父さんたちのお墓だ!」
 なんで? と訊くと、鈴は可愛く小首をかしげて、
「気に入らなかったか?」
 と言った。


 正直、気が進まなかった。
 夫婦なんだし、正直に自分の気持ちを伝えるのも大事だよね!
 という考えにこの場だけ賛成して、
「僕はあんまり……というか、嫌」
 打ち明けると、鈴はすごく冷たい目をした。その視線に胸が痛い。
「お父さんたちもきっと寝てるよ。夜も遅いしさ」
「? 寝るのはお昼じゃないのか?」
「じゃあ運動会の真っ最中に訪ねるってのもアレだし……」
「ヘリクツ言うな! 嫌ならはっきり言え!」
 いやいやいやいや……そんな殺生な。
「僕さ、二人の顔も思い出せないんだよ?」
 勢いに任せて、口に出してしまった。
 案の定、鈴はきょとんとした顔をしている。
「……まあ、もうずっと会ってないわけだしな」
「うん。それに、どんなこと言ってもらったとかさ、思い出とかもないんだよ?」
「あたしも実はおとーさんたちのこと覚えてない」
 爆弾発言だった。
「お盆とか、一回も帰ったことなくて、もうどれくらい会ってないのかもわからないし」
「それは関係ないな」
「感謝だって、実はあんまりしてない」
「それはダメだな。今からしろ」
 なんかツッコミが厳しい。
 自分がイラつくのわかる。鈴はなんでこんなに鈴が噛み付いてくるのか。
 大げさに、ため息を吐いた。
「お父さんお母さんたちは、そんな僕のことお祝いしてくれると思う?」
 背筋が冷たくなった。苛立ちが薄れて、心臓が早鐘を打つ。これはきっと、口に出してはいけない言葉だったんだろう。
 後悔が募った。
 そう思ったときにはもう遅くて、
「ん? 思う、じゃ間違いなのか?」
 という僕の思いを蹴散らして、鈴は答えた。
 なんでもなさげな顔をして。
 ……僕はどうしてもそう思えない。そもそも、聞くところによれば二人は即死だったんだそうだ。理不尽だとか、そんなことを嘆く暇さえなく死んでしまったんだから、二人が僕のことを覚えてる保証さえないんじゃないか。
「なんで鈴はそう思うの?」
「理樹のお父さんお母さんだからだ」
 本当、僕の手の届く子じゃないなあ、と思った。


 そんな勢いに乗せられたんだけど、今は鈴も後悔してることと思う。
 小高い丘の墓地には粉雪が舞っていた。
 ガチガチガチガチ鈴のあごが音を立てていて、もう人肌で温めてあげるとかそういう次元の話じゃない。うん、こういう下らないことでも考えてないとそのまま眠ってしまいそうな世界だった。
「……なにすんだっけ」
 交わされる言葉も最小限。訊かれてもまともにお墓参りなんてしたことないし分からない。というか生涯初めての体験かもしれない。
「とりあえずお線香?」
 ライターなんて持ってきてない。
「水、かけるんだっけ?」
 鈴がどこかからバケツとひしゃくを持ってきて、盛大に墓石にぶちまけた。
 驚くべきことに墓石の表面がみるみる白く凍り始めて、街灯りを映し出した。すごいフローズンな感じのお墓になってしまった。なるほど、花もドライフラワーみたいになるわけだ。
 なんかもう、両親に申し訳ない気持ちが芽生えてきた。
 震えながら手を合わせる。
 本当世間知らずで、ダメな息子なんです。ここまでやってこれたのが奇跡みたいなものなんです。みんなの手助けとかもあったし、もしかしたらあなた方は、なにか不思議な世界とかで僕らを守ってくれたんでしょうか?
 この奥さんも、間抜けで意地っ張りで世間知らずで毛が硬くて、あんまりできる子でもありません。僕も、二人の顔も思い出せないし、奥さんにリンスすらケチらせてしまうダメな夫なんです。
 僕はともかく、どうかこの優しい子については、申し訳ないのですが、しばらくお力添えをお願いします。
 パンパン。
 とかしわ手を打って、頭を下げた。
「初詣みたいだな」
 え? なにか違うの?
 訊いてみたけど、鈴は手を擦り合わせるのに忙しくて、聞いちゃいなかった。


[No.665] 2008/11/01(Sat) 00:01:38
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[No.666] 2008/11/01(Sat) 00:08:59
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[No.667] 2008/11/01(Sat) 00:13:33
”初恋”を恋人に説明するとき (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ@6566バイト EX佳奈多シナリオバレ

 佳奈多さんを結婚式の会場から連れ出して、葉留佳さんと二木さん、それと僕の3人で共同生活を始めてから2ヵ月後の、ことだった。
「僕の、初恋について話をしたこと、なかったよね――」
 落ち着いて、出来るだけ落ち着いた声で僕は話し始めた。 今、この家に暮らしている僕と二木さんと葉留佳さんの3人が同じ部屋に集まっていた。二木さんと、葉留佳さんの二人は神妙な面持ちで、僕の話を聞いていた。
「あれはね、僕がリトルバスターズに入る前のことだったんだ――」


『”初恋”を恋人に説明するとき』



「はぁ……」
 下駄箱にいれられたゴミをすべて捨て、僕はため息をついた。……いじめが始まったのは、僕がナルコレプシーになってからだ。


 授業中、寝ていてもお咎めなし――。


 このことが、先生のひいきにみんなに映っているんだと思う。僕も実際にこんな病気になっていなかったら、確かに僕も同じことを思うと思う。授業中、他の生徒が寝ていると怒られているのに、僕だけはおとがめがない。それどころか大丈夫か、と心配されていた。本格化したのはこの前のマラソン大会。みんなが嫌々の中、走っていたけど、僕は大会開始直後、ナルコレプシーで寝てしまったため、参加しなくていいことになった。それまでは少しはいた友達もこの出来事で完全にいなくなり、そのせいで、僕は、今クラスメイトから孤立していた。みんなが、僕を無視する。僕が困っていても助けようともしない。話しかけても無視され続けていた。
 それはしょうがないことかもしれないけれど、でもだからといって――
「これは、ないよなぁ」
 もう一度、下駄箱の中から取り出したゴミをみる。クラスメイトの誰がやっているかしらないが、よくもまぁ、狭い下駄箱の中にこれだけのゴミを入れられたものだと感心する。
「帰ろ…」
 そういいながら、下駄箱から靴を取り出した。
「……いたっ…」
 靴を履いたとたん、足に針が刺さる感覚があった。僕はおどろいて、そのまま転んでしまった。 
「あ〜あ…」
 足をみると、皮がめくれていた。範囲は小さいとはいえ、すごく痛い。くつをぬぐと、画鋲がテープで固定されていた、どうやらさっきは見逃していたらしい。
「ここまで、やるかぁ…」
 思わず、僕はそうつぶやいた。でも、とりあえず、
「保健室にいって消毒してもらおう……」
 僕は深い深いため息をつきながら、保健室に向かった。



「失礼します」
 そういって、保健室のドアをあける。返る声はない。先生、いないのか…、そんなことを思いながら、部屋の中に入っていった。
「……」
 うわ、と声をあげそうになるのを飲み込んだ。自分の隣に座っている、保健委員の天川さんがいた。先生からいいつけられたのか、何か、書類の整理をしていた。
「あ……」
 相手も僕に気づいたらしい。なるべく、目をあわさないようにしながら、間をぬけようとした、そのときだった。
「怪我……しているんですか?」
 その言葉に、驚く。てっきり、無視されると思っていたからだ。
「うん」
 僕は、驚きながらもそれに、うなづいた。


 20分後、手馴れた手つきで処理を終える。
「はい、これで大丈夫です」
 にっこり、とした表情で天川さんはいった。
「あ…ありがと…でもどうして」
 助けてくれたの、という言葉を飲み込んだ。せっかく助けてくれたのに、こんなことを聞くのは失礼だと思ったからだ。でも相手にはつたわったようで、当然のように笑顔でこういった。
「だって、怪我している人を治療するのは、保健委員として、当然じゃないですか」
 そういう天川さんの笑顔は本当にいい笑顔だった。



「それから、彼女はいつも無視していることを謝った。僕に味方したら、いじめられそうで、他のクラスメイトと同じように僕の事を無視していたみたい――本当になんでもないような出来事なんだけど、それ以来、彼女のことをよくみることが多くなったと思うし、気にかけるようになったと思う。他のクラスメイトは無視していたせいで、この出来事がすごく鮮明にのこって――、今思えば、恋していたようなきがする」
「……理樹くんにも、いろいろあったんですネ」
 そういって葉留佳さんは、僕の話にうなづく。葉留佳さんはとりあえず、おいておいて――おいておいていいわけはもちろんないんだけど――問題は二木さんだ。僕は恐る恐る、二木さんのほうを見た。
「……#」
 怒っている、すごく怒っていた。話を始めたときよりも怒っているように思えるのは絶対気のせいではないだろう。こういってはなんだけど、二木さん、すごくわかりやすい人だし。
(やっぱり無理があったんじゃないですかネ?……ってか、初恋のことを現在の恋人に話すのはやっぱり駄目だと思いますヨ)
 葉留佳さんが耳元でささやく。うん、しゃべっている最中もおもったけど、現在の状況を正当化するには、やっぱり無理があったとおもう。あとね、初恋の人のことを話したくって話したわけじゃないんだ。初恋のことを今の恋人に話してもいいことなんて一つもない、そんなことはわかっている。だけどこれ以外に方法が思いつかなかったんだ。
「で?直枝理樹」
 僕の呼び方が、直枝から直枝理樹、になっていた。これはほんとに怒っている、うん、怒ってる。
「……今の話とあなたの今の状況とどのような関係があるのか、しっかりと説明してもらいましょうか」
 怒気を多分にはらんだ声で二木さんがいった。許す気はさらさらないみたいだ。僕はいまさらながら観念する。もっと早く観念してひたすら土下座しておけばよかったかな、といまさらながら思った。
「だからそれ以来、看病する女の子がいいと思えるようになって」
「……で?」
「女の医師がいいとおもえるようになって」
「……で?」
「昨日、バイト代で女医さんの衣装を買ってきたのに、二木さんがきてなかったから」
「葉留佳が着て、部屋にはいってきたから、つい襲ったと?#」
「み、みわけがつかなかったんだよ、直枝、って僕のことを呼んでいたし」
 僕と葉留佳さんの今の状況を説明すると、僕は裸で葉留佳さんはピンクの白衣をはだけている感じだった。それだけならまだしも僕は葉留佳さんとつながっていたりした(←理樹くん的婉曲表現)。つながったときになって初めて葉留佳さんだってことに気づいて、青ざめていたところを二木さんにみつかったのである。
「……いや、しかし、まさか、本当に襲われるとはおもいませんでしたヨ」
 葉留佳さんがのんきに言う。興奮して葉留佳さんにだいぶ酷いことをしてしまったのにこんなことを言える葉留佳さんは本当にすごいとおもった。
「しかし理樹くん、お姉ちゃんとこんなことしているんですか、お姉ちゃんも理樹くんもやりますね〜まさかココまでとはおもいませんでしたヨ」
 でも、お願いしますから黙っていてください、葉留佳さん。さっきまでのことを話せば話すほど、二木さんの怒りが増幅されそうです。 葉留佳さんを襲ってしまった僕にそういうこという資格はないんだろうけど、でも言わせてください、お願いします。
「……死んで、やるから」
 ポツリ、と佳奈多さんがいう。
「死んでやるから、死んでやるから、死んでやるからぁ〜」
 目にたっぷりと涙をうかべて、二木さんが言った。ああ、こういう二木さんもかわいいなぁ、とぼんやりと思う。…ってそんなこと思っている場合じゃなくてっ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、二木さん」
「お姉ちゃんがしんだら、私が理樹くんを独り占めですヨ?」
「〜〜っ、だったら、直枝を殺して私も死ぬわっ」
「ちょ、ちょっと落ち着いて二木さんっ、くび、首絞めようとしないで、ほんと、やばいっ」
「うわぁぁぁぁん」

 二木さんと葉留佳さんと、共同生活を始めて2ヶ月。
 こんなんで残り4ヶ月ちゃんとやっていけるのかな、と僕はおもった。
「何、他人事みたいにおもっているの、直枝ぇぇぇぇっ」



 ちなみにこの2ヵ月後。3人が同じ布団で朝を迎えたとか、迎えていなかったとか。



 おわれ


[No.668] 2008/11/01(Sat) 00:26:11
MVPここまで (No.656への返信 / 1階層) - 主催

なのです

[No.669] 2008/11/01(Sat) 00:29:01
いしのいし (No.656への返信 / 1階層) - ひみつ・遅刻@EX分はない@4685 byte

 寮は静かだった。
 誰もいないかと思うほどに。
 けれども今、僕の頭の先にはちゃんと人はいるのだけど。

 ……この静けさはなにか、騒がしいことが起こりそうな前触れな気がする。
 区切りのいいところで頭を上げ、大きく伸びをする。
 少しだけ休もうと思ったところで目を前に向けて真人の様子を見てみた――。
「おう、理樹、大人しく写して貰ってるぜ」
 こうなるとはほんのちょっとだけ思っていたんだ。


 僕がいつものように宿題をしようと言って、真人はそれをしぶしぶ引き受けるという形。
 ここまでは大して変わらない展開。
 だけど毎回毎回やるときには「わからねぇ、わかんねぇ」ばかりで、
 僕としても集中が出来なくなって来てしまう。
 BGMとして使うにしても不気味すぎてやる気が削がれてくる。
 だから今回は大人しく宿題をしてね、と忠告したけど……。
「なんで写してるの?」
「なんでって言われてもな………」

 なぜかそれっきり真人は黙りこくってしまった。
 ………。
 なぜか不思議な顔で僕の顔を凝視する真人。
 なぜか―――。
 ………。
 疑問点を挙げたらキリがない。
 いやまあ、なんというか。
「真人、なんで黙ってるの……どうみても不気味だよ」
「以心伝心だ」

 いしのいし

「いやいやいや、それで伝わったらすごいからね」

 そのときだった。
 静かだった寮が一瞬にしてひとつだけの勢いある足音に壊されたのは。
 何事か、と思ったころにはもう既に僕たちの部屋のドアが開かれるところだった。

「理樹、真人、大事なことを話すから集まれ。これから全員呼んでくる」
 その正体は恭介だった。
 またなにか始まらなければいいのだけど……。

 ◇

「と言うわけでだ。お前たちに集まってもらったのは他でもない……しっかりとやってもらいたいためだ」
 またなにかの漫画の影響なんだろうな。
 そう思うしかなかった。
 ちなみに、ここに集まる前に真人はなにかおいしい物が食べられると思ったいたみたいだけど、
 その期待は見事に裏切られた結果になった。
 そんな真人の様子を見てみると、哀愁が漂っていた。

 しかし、そんな真人をよそに今の恭介からは言い知れないプレッシャーを感じる。
「なんかわざとらしくてへんだぞ、きょーすけ」
「え、えーと、アーチョフィショーナルっぽいですか!」
「クーちゃん、それを言うならアーティフィシャルじゃないかな?」
「あっ、間違えてしまいましたっ」
「やはりクドリャフカ君は相変わらず愛愛しい……」
「わふーー!?私には帰りを待ってる大事な
「変だったか?んまぁ、いいや」
「ところでなにをやって貰いたいのでしょうか」
「そうだな、人数を集めてほしい」

「なんの人数集めだ?」
「野球だ」
「なんでまた急に」
「これからこの10人でいい勝負をしていくのには物足りないと思ったからだ」
 やっぱり漫画の影響だろうか……。人数集め。やはり嫌な予感しかしなかった。
 また僕が集めることになるのかなぁ……。
 感じてる恭介からのプレッシャーがそうでないことを祈ろう。
「あと何人ぐらい必要なんですかネ」
「4人」
「ふむ、そうなると合計14人になるわけだな」
「そうだな、明日から集めてもらうことになるが大丈夫か?
 石に齧り付いても集まった4人も含めてこれから14人でいい勝負をしていくための意志を固めていきたいと思う。
 以上。解散」

 恭介からの説明はそれだけだった。
 あっけなく解散と言われてもみんなは呆然としてて解散という言葉が聞こえていないようだった。
 恭介だけがさっさと部屋に戻って行ってしまった。
「要約すると――草野球の試合で、これからよりいい試合をするために、あと4人メンバーを集めて欲しい――ということですね」
「要約ありがとう、西園さん」
「きょーすけのことだから漫画の影響だろ」
「それしか考えられないな。でも……あと4人も見つかるのか?」
「難しいところだね」
「私は、まぁ頑張ってみることにしますネ」
 葉留佳さんがメンバーを集めるとしたら――
 きっと勢いに圧倒されてしまって相手が先に逃げて失敗してしまうのだろう。
 そんな姿しか脳裏に浮かばない。ごめん、葉留佳さん
「私に出来るのでしょうか…心配です……」
「大丈夫だよっ、クーちゃん!何事も、ど根性だよ〜」
「ど、ど根性ですかっ。なるほど、頑張ってみます!」
 小毬さんとクドは――ないだろうけど、逆にメンバーに勧誘されたり……。
「私は世にも恐ろしい、怖い仕掛けを用意して引っかかったところで一言だけ、入れ。とだけ言うことにする」
「来ヶ谷さん、それ脅迫だからね」
「む、そうか。」
「俺は筋肉関係をあたってみるぜ」
 出たぁ!よくわからない筋肉関係!
「そーか、じゃああたしは猫関係をあたってみる」
 えぇ!鈴まで乗らないでよ!
「俺はそうだな――マーーーン!関係をあたるとするか」
 謙吾まで……それにマーーーン!関係ってなんなのか。
 とても気になるけど触れてはいけない領域なんだろうな。

 ああ、どうなるんだこのリトルバスターズ――。
 ……そうだ、まだ一人希望があった。
「西園さんはどうかな?」
「わたしですか。そうですね、まだ愛書が読み終わってないので」
「え、愛書?」
「そうです、わたしは気に入った本は144回読みなおす癖があるので………いっしっし」
「…西園さん、何か言った?」
「いえ、なにも。すべて冗談です」
「そ、そっか。よかった。144回は冗談だよね」
「では、わたしはパスさせていただきます。石が流れて木の葉が沈んでもそんなキャラにはなりませんので」
「えー」
 結局、僕が頑張るしかないようだった……。

 はぁ。
 ため息がひとつでた。


[No.675] 2008/11/02(Sun) 14:47:27
『重い石なのに柔らかい』解説 (No.661への返信 / 2階層) - ウルー

前提その1
死亡後、とりわけ事故からたいして時間が経ってない状態の理樹には佳奈多は“重い”。

前提その2
しかし佳奈多ルート通過済みのお人好しな理樹くんは佳奈多を放っておけない。

前提その3
佳奈多は弱い子。

前提その4
理樹にとっての二人:鈴>>>(もしかしたら超えられるかもしれない壁)>>>佳奈多

前提その5
仲間みんな死んだ上に佳奈多という重い荷物を背負って理樹くんストレス溜まりまくり。

前提その6
佳奈多は素直じゃない。というかめっちゃ捻くれてる。



以上を念頭に置けば純愛になるはず。
それにしても前提多すぎである。


[No.677] 2008/11/03(Mon) 00:51:50
MVPとか次回とか (No.657への返信 / 2階層) - 主催

 ログは月曜夜に。
 MVPはぶりかまさんの『石に立つ矢』でした。おめでとうございます!

 次回 お題『秋』
 11/14 金 締切
 11/15 土 感想会


[No.678] 2008/11/03(Mon) 00:52:33
いしのいし 修正版(クドのセリフの途切れなどを修正) (No.675への返信 / 2階層) - mas

 寮は静かだった。
 誰もいないかと思うほどに。
 けれども今、僕の頭の先にはちゃんと人はいるのだけど。

 ……この静けさはなにか、騒がしいことが起こりそうな前触れな気がする。
 区切りのいいところで頭を上げ、大きく伸びをする。
 少しだけ休もうと思ったところで目を前に向けて真人の様子を見てみた――。
「おう、理樹、大人しく写して貰ってるぜ」
 こうなるとはほんのちょっとだけ思っていたんだ。


 僕がいつものように宿題をしようと言って、真人はそれをしぶしぶ引き受けるという形。
 ここまでは大して変わらない展開。
 だけど毎回毎回やるときには「わからねぇ、わかんねぇ」ばかりで、僕としても集中が出来なくなって来てしまう。
 BGMとして使うにしても不気味すぎてやる気が削がれてくる。
 だから今回は大人しく宿題をしてね、と忠告したけど……。
「なんで写してるの?」
「なんでって言われてもな………」

 なぜかそれっきり真人は黙りこくってしまった。
 ………。
 なぜか不思議な顔で僕の顔を凝視する真人。
 なぜか―――。
 ………。
 疑問点を挙げたらキリがない。
 いやまあ、なんというか。
「真人、なんで黙ってるの……どうみても不気味だよ」
「以心伝心だ」

 いしのいし

「いやいやいや、それで伝わったらすごいからね」

 そのときだった。
 静かだった寮が一瞬にしてひとつだけの勢いある足音に壊されたのは。
 何事か、と思ったころにはもう既に僕たちの部屋のドアが開かれるところだった。

「理樹、真人、大事なことを話すから集まれ。これから全員呼んでくる」
 その正体は恭介だった。
 またなにか始まらなければいいのだけど……。

 ◇

「と言うわけでだ。お前たちに集まってもらったのは他でもない……しっかりとやってもらいたいためだ」
 またなにかの漫画の影響なんだろうな。
 そう思うしかなかった。
 ちなみに、ここに集まる前に真人はなにかおいしい物が食べられると思ったいたみたいだけど、その期待は見事に裏切られた結果になっていた。
 そんな真人の様子を見てみると、哀愁が漂っていた。

 しかし、そんな真人をよそに今の恭介からは言い知れないプレッシャーを感じる。
「なんかわざとらしくてへんだぞ、きょーすけ」
「え、えーと、アーチョフィショーナルっぽいですか!」
「クーちゃん、それを言うならアーティフィシャルじゃないかな?」
「あっ、間違えてしまいましたっ」
「やはりクドリャフカ君は相変わらず愛愛しい……」
「わふーー!?私には帰りを待ってる大事な人がー!?」
「変だったか?んまぁ、いいや」
「ところでなにをやって貰いたいのでしょうか」
「そうだな、人数を集めてほしい」

「なんの人数集めだ?」
「野球だ」
「なんでまた急に」
「これからこの10人でいい勝負をしていくのには物足りないと思ったからだ」
 やっぱり漫画の影響だろうか……。人数集め。やはり嫌な予感しかしなかった。
 また僕が集めることになるのかなぁ……。
 感じてる恭介からのプレッシャーがそうでないことを祈ろう。
「あと何人ぐらい必要なんですかネ」
「4人」
「ふむ、そうなると合計14人になるわけだな」
「そうだな、明日から集めてもらうことになるが大丈夫か?
 石に齧り付いても集まった4人も含めてこれから14人でいい勝負をしていくための意志を固めていきたいと思う。
 以上。解散」

 恭介からの説明はそれだけだった。
 あっけなく解散と言われてもみんなは呆然としてて解散という言葉が聞こえていないようだった。
 恭介だけがさっさと部屋に戻って行ってしまった。
「要約すると――草野球の試合で、これからよりいい試合をするために、あと4人メンバーを集めて欲しい――ということですね」
「要約ありがとう、西園さん」
「きょーすけのことだから漫画の影響だろ」
「それしか考えられないな。でも……あと4人も見つかるのか?」
「難しいところだね」
「私は、まぁ頑張ってみることにしますネ」
 葉留佳さんがメンバーを集めるとしたら――
 きっと勢いに圧倒されてしまって相手が先に逃げて失敗してしまうのだろう。
 そんな姿しか脳裏に浮かばない。ごめん、葉留佳さん。
「私に出来るのでしょうか…心配です……」
「大丈夫だよっ、クーちゃん!何事も、ど根性だよ〜」
「ど、ど根性ですかっ。なるほど、頑張ってみます!」
 小毬さんとクドは――ないだろうけど、逆にメンバーに勧誘されたり……。
「私は世にも恐ろしい、怖い仕掛けを用意して引っかかったところで一言だけ、入れ。とだけ言うことにする」
「来ヶ谷さん、それ脅迫だからね」
「む、そうか。」
「オレは筋肉関係をあたってみるぜ」
 出たぁ!よくわからない筋肉関係!
「そーか、じゃああたしは猫関係をあたってみる」
 えぇ!鈴まで乗らないでよ!
「俺はそうだな――マーーーン!関係をあたるとするか」
 謙吾まで……それにマーーーン!関係ってなんなのか。
 とても気になるけど触れてはいけない領域なんだろうな。

 ああ、どうなるんだこのリトルバスターズ――。
 ……そうだ、まだ一人希望があった。
「西園さんはどうかな?」
「わたしですか。そうですね、まだ愛書が読み終わってないので」
「え、愛書?」
「そうです、わたしは気に入った本は144回読みなおす癖があるので………いっしっし」
「…西園さん、何か言った?」
「いえ、なにも。すべて冗談です」
「そ、そっか。よかった。144回は冗談だよね」
「では、わたしはパスさせていただきます。石が流れて木の葉が沈んでもそんなキャラにはなりませんので」
「えー」
 結局、僕が頑張るしかないようだった……。

 はぁ。
 ため息がひとつでた。


[No.680] 2008/11/03(Mon) 01:29:49
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