[ リストに戻る ]
No.684に関するツリー

   第21回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2008/11/13(Thu) 00:16:22 [No.684]
秋の味覚、柿 - ひみつ@2748byte 投票対象外 グロ注意 - 2008/11/16(Sun) 19:29:26 [No.712]
夏の終わる日。 - ひみつ@5980byte…小話なのに大遅刻… - 2008/11/15(Sat) 02:18:52 [No.704]
MVPここまでなのよ - 主催 - 2008/11/15(Sat) 00:21:38 [No.703]
秋といえば - ひみつ@20186 byte - 2008/11/15(Sat) 00:02:28 [No.702]
[削除] - - 2008/11/15(Sat) 00:02:25 [No.701]
もみじ - ひみつ@2803byte - 2008/11/14(Fri) 23:50:21 [No.700]
秋の夜空に想いを馳せて - ひみつ@7366byte - 2008/11/14(Fri) 23:48:47 [No.699]
唇寒し - ひみつ@8597byte - 2008/11/14(Fri) 23:42:01 [No.698]
Re: 唇寒し - あまりにひどい誤字だったので修正版を載せておきます。 - 2008/11/15(Sat) 23:13:31 [No.709]
季節の変わり目はこれだから困る - ひみつ@2755 byte - 2008/11/14(Fri) 23:23:09 [No.697]
Merchendiver - ひみつ@13333byte - 2008/11/14(Fri) 22:58:24 [No.696]
白はいつ辿り着く? - ひみつ - 10777 byte - 2008/11/14(Fri) 22:56:24 [No.695]
食欲の秋、運動の秋 - ひみつ@ 8804 byte - 2008/11/14(Fri) 19:51:51 [No.694]
秋の夜長の過ごし方 - ひみつ@12571 byte - 2008/11/14(Fri) 18:58:09 [No.693]
紅い葉っぱ - ひみつ@ 11933 byte - 2008/11/14(Fri) 00:09:52 [No.692]
もみじ ゆうやけこやけ きんぎょ - ひみつ5141 byte 鬱注意 - 2008/11/14(Fri) 00:06:38 [No.691]
たき火 - ひみつ@ 初 4123byte - 2008/11/13(Thu) 23:32:07 [No.690]
まちぼうけ - ひみつ@17584 byte - 2008/11/13(Thu) 22:16:07 [No.689]
秋の理由 - ひみつ 3978 byte - 2008/11/13(Thu) 22:03:33 [No.688]
秋の風物詩 - 秘密(初 10KB - 2008/11/13(Thu) 16:14:24 [No.686]
注意 - おりびい - 2008/11/13(Thu) 17:13:09 [No.687]
後半戦ログと次回と - 主催 - 2008/11/17(Mon) 00:15:49 [No.714]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
第21回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) (親記事) - 主催


 今回より、エクスタシーネタバレの申告は必要ありません。
 未プレイだけど参加しちゃうぜ!な方はご注意ください。


 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「秋」です。

 締め切りは11月14日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は11月15日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.684] 2008/11/13(Thu) 00:16:22
秋の風物詩 (No.684への返信 / 1階層) - 秘密(初 10KB

秋の風物詩

そこは学校の中庭。
散乱した落ち葉が古い木製のベンチとマッチして、何処か寂れた雰囲気さえ醸し出すその場所は、今日に限って活気に満ちていた。
芝生(落ち葉に覆われていて、判別はしづらい)のうえに集まる活気の発生源――僕ら、リトルバスターズよって。


修学旅行のバス事故の後、佳奈多さんと佐々美さん、そして、僕がリトルバスターズに入る前からの幼馴染みであり最近ここに転入してきた朱鷺戸あやさんを加え、更に騒がしい集団になったリトルバスターズは今日もリーダーである棗恭介の発案でここに来ている。


「焼きいもをしよう」


つい先程、何故か背負ったランドセルに何故か詰まっていた大量の薩摩芋を弄びながら、爽やかな笑顔で恭介が放った一言によりみんなに招集がかかった。
思いつきの一言から、5分以内に全員が集合するあたり、リトルバスターズはかなり結束した集団だと思う。

「焼きいもなんて何年ぶりかなぁ〜」
小毬さんがそう言うと、みんなもうんうんと頷く。
僕は確か小学校6年の秋が一番最後だった。
恭介達と一緒にやっていたので、やはり彼らも同じだろう。

「ひゃっほ〜!!楽しそうじゃあないか!!」

謙吾がウキウキ、クネクネと踊りだす。
…ネジのぶっ飛んだ最強の男はテンションも最強だった。

「焼きいもと聞いたら、筋肉担当の俺も黙っていることはできねぇな」

食べ物と筋肉にしか興味を持たない(持てない?)真人、てか筋肉担当ってなに!?

「焼きいもってなんなのですの?」
焼きいもを知らない笹瀬川さんを「ささ湖、お前は焼きいもを知らないのか?」と鈴が馬鹿にしている。

「佐々美ですわ!わたくしは何処かにある湖かなにかですの!?」


…バトルスタート


「ちなみにだ」

2人を全力で無視た恭介が不敵に笑った。

「中庭の使用に関しては、二木が既に許可を出している」

―…誰にも邪魔されたりしないぜ?

「よっしゃ〜!二木最高〜!」

「おぉ!お姉ちゃん、感謝しますヨ〜」

「かなちゃんありがと〜」

「うむ、融通の利く佳奈多君は粋な計らいをしてくれる」

思い思いの称賛の声に、満更でもない様子の佳奈多さん。
「これくらいなら、大して害はないですし。」

素っ気なく言っているが、そこに以前のような刺々しさはなかった。
二木の家に縛られなくなった今の彼女には、もうまわりに厳しくする必要はない。
勿論、葉留佳さんにも。
2人の関係は至って良好。というか、最近の佳奈多さんは葉留佳さんに対して、少し甘やかしが過ぎるぐらいである。

葉留佳さんの彼氏である僕が言うから間違いない。

「じゃあ、まずは落ち葉を集めよう」

恭介の号令でみんな落ち葉を拾いにいく。

「ほわぁ!?あやちゃんが草の中に隠れてる!?」

「来ヶ谷さんもなのです!?わふー!?か、佳奈多さんへるぷゆーなのです〜!」

楽しそうだった。
ちなみに、クド。ヘルプユーじゃなく、ヘルプミーだからね?

「うおぉおぉおお!」
「どりゃぁあぁぁぁ!!」

匍匐前進の要領で落ち葉を集めている真人と謙吾。 既に山のような落ち葉をかき集めている。

いやいや、そんなに要らないから…
(ちなみに、2分後にその落ち葉の山の中から、グルグル巻きに縛られた笹瀬川さんが発見されるのだが、これはまた別のお話)

見ていて飽きなかった。
「理樹く〜ん、みてみて〜♪」
見ると、葉留佳さんがタライ一杯に落ち葉を集めてきていた。
「よくこんなに集めたね」
それも、かなりの量だった。

「褒めて、ほめて〜」

「よしよし、葉留佳さんは偉いよ」

苦笑しながらも頭を撫でる。
葉留佳さんは暫く嬉しそうに大人しくしていた。

育った環境が環境の為、あまり人に褒められることがなかった彼女。
そのぶんを僕は埋めてあげたかったのだ。

‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

数分後。
真人6人分くらいの落ち葉の山が僕らの前に聳えていた。

「おまえら、最初の目的を覚えているか?」

恭介が頭が痛いというように言った。

それはどう考えても、焼きいもをする為のものではない。

どちらかというと、どんど焼きができそうだった。
しかし、全体の八割が『焼きいもだけど、なんでしょうか?』みたいな顔をしている。


あぁ、僕も頭が痛い。


「美魚ちゃん、入れてきたよ〜」

「ありがとうございます、朱鷺戸さん。さぁ、火を着けましょう」

そして、知らないうちに進行している焼きいも大会(?)。
葉留佳さんがいつの間にか、「はるちんに着けさせろ〜」と走っていっていた。
全くまとまっているのかグチャグチャなのか、よくわからない集団である。


「はるちんファイヤー!」

シュゴオォオォォオォ!!


「うえぇぇえぇぇえぇ!?」

突然、キャンプファイヤーなんて比じゃないくらいの炎が立ち上がる。
葉留佳さんがまたいつものように脈絡のない行動を…

「……よく燃えるかなって…」

突然あやさんが話し始めた。

「唐辛子とか葉っぱの間にぶち込んだ挙げ句、その上からサラダ油を大量にかけてみたのよ。全く…これじゃ全部灰じゃない…全部灰になっちゃうじゃない!何よ、そんな温かい目で見てるくらいならいっそ笑えばいいじゃない!あーっはっはっはって笑っちゃいなさいよ!!」

あーっはっは!

自虐笑い。

(あんたの仕業か!?)
全く笑えなかった。
ごめん葉留佳さん。冤罪だった…


燃え盛る山は不安定で今にも崩れそうになっている。
「葉留佳さん、危ないよー!」

「理樹く〜ん!!スゴいですよ!マヂでマヂで〜」

駄目だ…会話が通じない。 目ばかりキラキラさせてぴょんぴょんジャンプする葉留佳さんに併せるように、山はどんどん崩れていく。
「…ぁ」

そして
遂に崩れた。
山が
真人2人分はあるであろうその燃え盛る塊は、ゆっくりと葉留佳さんを目指して落下してくる。

その時になって漸く気がついたのか、葉留佳さんが驚愕の表情を浮かべる
驚きと恐怖で足がすくんでしまったようで、そこから動けないでいる。
このままだと、彼女は確実に迫り来る炎の餌食となってしまうだろう。

「……っ!」

その瞬間
僕は走りだし、葉留佳さんをその場所から突き飛ばした。

…そして気がついた。
突き飛ばしたときに、ちょうど葉留佳さんがいたその場所に…今度は自分が囚われてしまったことに。

現在
燃え盛る落ち葉の塊が
僕の身体を目指して
一直線
力一杯…落下中。

「理樹くん!危ない!」

葉留佳さんが叫んでいた。塊が近づく。
もう避けられない。

しかし、そんな状況に置かれていたにも関わらず、僕は何故か冷静でいられた。

塚、何で葉っぱなのに固まって落ちてくるんだろ… なんて考えられるぐらいに。

そして、いつか何処かで、誰かとした約束を思い出すことができるくらいに。

『これからはどうする?』

→これからは、強く生きる
×逃げ続ける


そう。
強く生きるって、誓ったじゃないか。

だから
僕は
最後まで
諦めなかった。
諦めることは逃げだから。
「えいっ!」

草野球とバトルランキングで少しは鍛えられた跳躍筋を使って、思いっきり後ろにジャンプする。

ギリギリ脱出成功。

「ふぅ…」
冷や汗を拭いながら炎の山に目を向ける。


…しかし
そこで
僕ノ目ハ
トンデモナイ者ヲ
モクゲキシタ。

それは1つの違和感。
そこに居た。
本来なら動けないはずであろう僕を助けようとした

井ノ原真人が
…燃え盛る炎の山の中心に。


「「「「「「「「「「「「「「…………………………………………………」」」」」」」」」」」」」


一同、無言。
これは余談なのだが、彼は今日いつものシャツとジーパンでわなく、ジャージだった。
それは、先程まで遊び(筋トレ)をしていたことが原因なのだが、それが裏目に出た。



ジャージは…石油製品。


ゴオォオォォオォォォオ!

「う、うおぉおぉぉおぉお!!焼き筋肉になるぅうぅぅう!」

瞬間、彼は炎に包まれた。
「あっちぃぃぃいぃぃ!!」
火を消そうと、その場でゴロゴロのたうちまわる。
しかし、そこは落ち葉の上。
しかも、唐辛子やらサラダ油やらがトッピングされているというオマケ付きである。


ゴオォオォォオォォォオ!

当然、更に激しく燃える。 のたうち回る火だるま筋肉。

「い、井ノ原さぁあぁぁん!?」

クドが必死に自分のマント(耐熱性らしい)で消火しようとしている。

「…水をかけましょう」

西園さんは冷静そうに見えて、かなり動揺しているようだった。

だって振りかけてるのが水じゃなくてミソカツジュースだから。

なんだろう。
…味付けでもして食べるのだろうか。

「真人、お前の犠牲、無駄にはしない!!」

謙吾が何処かから持ってきたのか、殺虫剤を吹き掛けて火を煽っていた。

いやいや、蜂居ないから!というか、それやりたかっただけだよね!?

「恭介氏、このままでは!」

「そうだな来ヶ谷」

あぁ、やっと一番頼りになる人達が!

『早くしないと彼の下にあるみんなの芋が!!』

そっちか!?あんたら鬼か!?ほら、もう真人何にも言わずに燃えてるよ!?

「来ヶ谷、馬鹿真人を何とかしてくれ!俺は芋を救助する!」

あぁ、恭介。君の中では焼き芋>真人なんだね?

恭介が芋を救助している間、来ヶ谷さんは火だるまの真人を蹴る、蹴る、蹴る蹴る蹴る蹴る、更に蹴る、本気で蹴り飛ばす。

「止めて!!来ヶ谷さん!!それじゃあ炎と一緒に真人の生命の灯火まで消えちゃう!」

そう。それはそれほどまでに激しく見事な蹴りだった。死なないのがおかしいくらい。

「ゴッホ…ッ!!」
しかし、流石真人と言ったところか。

「アブねぇ、筋肉さんがついていなかったら死んでいたぜ」

多少の火傷は負ったものの、目立った外傷はなく、けろっとしていた。
そして、彼と筋肉は違うものとして分類したほうがいいのかな?

「ごめんね真人」
「良いってことよ理樹っち」

笑って許してくれる気さくな彼が僕は好きだな。

「ほら、葉留佳さんも謝る!」

いつの間にか僕の背中に乗ってきていた葉留佳さんに注意する。

「やはは…次から気を付けますヨ…」

出来れば次なんてない方がいい。

========数分後==========

やはり、何事をやるにしても普通にはいかないのが僕らリトルバスターズだった…
「炎KOEEEEEEEEEEEEEEEE!」

「うっさいボケー!」

炎に対してトラウマを持ってしまった真人を鈴が思いっきり蹴っていた。

はぁ…とため息を吐きながらも楽しいと感じる自分に気がつく。
どうやら、僕もだいぶおかしくなってるみたいだ。

(葉留佳さんに似てきたのかな?)

なんだか微笑ましくなった。

「ねぇ、理樹くん」
「ん?何、葉留佳さん?」

僕は絶賛逆膝枕中の葉留佳さんに問い掛ける。

「ん〜、呼んでみただけ」
ベタだな、とか思いながらも彼女に対する気持ちが強くなる。
(僕は今、きっと幸せなんだろうな。)
葉留佳さんの髪を手櫛で掬いながらそんなことをふと思う。

「ねぇ、葉留佳さん」
「なに?理樹くん」

だから、僕は。
こんな幸せをありがとう。
「…愛してるよ」

その想いを乗せてそっと告げる。
顔が火照ってくるのがわかる。
葉留佳さんが顔をあげて僕を見つめた。

「わたしも、愛してるよ♪」

目を閉じ、2人どちらからともなく顔を近づけ優しいキスを交わした。

彼女を抱きしめ、僕は想う。

貴女は
この世界で一番大切な
おてんばで可愛らしい
僕の天使だ。

「今日のキスはスウィートなポテト味だったのでした♪」

僕と愛しい彼女。
そして、リトルバスターズ。
きっと、これからも、こんな幸せで刺激的な日常がこれからも続いていくんだろう。

僕は歩いていく。
もっと前、遥かな未来に。

…勿論、大好きな君の手を引いて。








…明日は2人でローソンに行こう。


[No.686] 2008/11/13(Thu) 16:14:24
注意 (No.686への返信 / 2階層) - おりびい

SS情報サイトを見ればこの作品が登録されてありましたが、
感想会終了まではそれはやめておいていただけますか。
作者が誰かわかっていると忌憚なき感想が言えなくなる恐れがあるから、
また作者が誰か当てること自体に楽しみを求めている方も多いので
それらの楽しみがそがれることになります。

初めの方ですしまたルールの書き方が悪かった部分もあるので個人的には今回はOKかと思いますが
次回からは感想以前で作者が特定されるような書き込みなどに注意してください。


[No.687] 2008/11/13(Thu) 17:13:09
秋の理由 (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ 3978 byte

 クシュン
「大丈夫?」
「はい、すみませんでした」
 言葉ではそう言っているけれど唇はわずかに震えている。少しでも寒くないように風よけになるように座っているけれど、秋も深まった今の時期にはあまり効果がないようだ。痩せすぎなくらい痩せている美魚にはこの寒さはつらいのだろう。
「ねえ、図書室とかもっと温かいところへ行かない。このままだと風邪ひいちゃうよ」
「本格的に冬になったらさすがにそうしますけれど、もう今が外で本を読むラストチャンスなのでこうしていたいんです。なお……理樹は寒ければ建物に入ってください」
「いいよ、僕は美魚と一緒にいたいし」
 自分の言葉にむずがゆくなってくる。好きだし付き合っていても面と向ってこんなことを言うのはまだテレがある。美魚も顔は本の方に移したけれど目線をちらちら僕の方へ向けている。前から中庭で美魚と過ごすことはあったのに、ちゃんと付き合い始めてからの方がかえって緊張してしまう。
「えっと読書の秋だしも僕も何か読もうかな」
「読書はいつだって良いものですよ」
 無理に話題を作ってみたけれどあまりその内容は気に入らなかったらしい。本当に本が好きな人からすれば秋だけ本を読むのはあまりうれしくないことなのだろうか。
「別に読書だけには限りません。スポーツが好きな人にとってのスポーツ、芸術が好きな人にとっての芸術それらは本来季節は関係ないものです」
「でも食欲は? 新米ができるしいろいろおいしいもの出てくるよ」
「それにしたっておいしいものはそれぞれの季節にありますから」
「ああ、そっか」
 美魚は一瞬クスッと笑った後しおりをはさんで本を閉じ僕の方に向きなおした。
「以前はそういう風に少しひねくれた考えをしていましたが、今は読書の秋や食欲の秋というのを認めています。ちゃんと理由がありますから」
「そうなの?」
「本当の理由は知りませんけれどわたしなりの理由があります。さてクイズです。理由を答えてください。わからなかったら罰ゲームですよ」
「ええっそんな」
「チクタクチクタク」
 僕の抗議の声を無視して無情にもカウントダウンが開始された。突然クイズなんか出されてもわからないよ。正式な理由ではなく美魚が自分で考えた理由。うわっこれで答えわからなかったら美魚のこと理解していないみたいでいやだな。
「……うーん、ごめん降参」
「ひどいです。わたしのことを全然理解していないのですね。これは罰ゲームで反省してもらわないと」
「えっと、許してくれない」
「許しません。ああ、でも罰ゲームの前に先に答えを教えないと気にかかってしょうがないでしょうね」
「うん、教えてくれる」
「正解は好きなものはあきないからです」
「ああ」
「春夏冬はあっても秋だけはない。だから足りない秋を埋めるために秋だけ特別に言う必要があるんです」
「なるほど」
 もっと難しい理由かと思ってけれど答えはわりと単純な言葉遊び。でもそれも美魚らしいといえば美魚らしいか。難しい理由としか考えていなかったなんてまだまだ僕は美魚の理解が足りないらしい。
「さてお待ちかねの罰ゲームタイムです」
「あんまり待ってないんだけど」
「わたしは待ってました。それでは発表です。寒いからわたしがよいというまで後ろから抱き締めて温めてください」
「……それ罰ゲームかな。豪華プレゼントじゃないかな」
「罰ゲームですよ。その恥ずかしさに耐えることは」
 たしかに考えただけで全身カーッと熱くなるくらいに恥ずかしい。美魚の方も本人は余裕のつもりで言ってるのだと思うけれど顔が真っ赤になっている。そのことを指摘したらどんな反応をするだろう。
「……それにこれだと理樹の方にもぬくもりが伝わりますし」
 風よけになることを言ったら美魚は気にしてさすがに建物の中に入ってたと思う。だから気づかれないように口に出さないでいたけれど、美魚は僕がやっていることに気づいた上であえて僕にかっこつけさせてくれていたみたいだ。やっぱりまだ僕は美魚を理解できていないのかな。



「スタートです」
 美魚を抱きしめながら思う。たしかに美魚の言う通りだなって。好きなものはあきない。美魚と過ごす秋はけっしてあきない。秋なのにあきないか。なんだか変な感じがする。
 クシュン
 そんなことを考えているとまた美魚がくしゃみをした。つられて僕もくしゃみしそうになったけれど、かかったらものすごく怒られそうだから必死で耐えた。でもいくらこんな風にお互いの体温で温めあっていても、このままだと二人ともカゼをひいてしまう。もう冬も近いのに外で長時間抱きしめていたら風邪をひいてしまったなんて言ったらみんなどんなこと思うだろう。リトルバスターズにメンバーが増えて初めての秋、そして美魚という恋人ができて初めての秋。このたった一度きりの秋はいつまでもあきないだろうな。


[No.688] 2008/11/13(Thu) 22:03:33
まちぼうけ (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@17584 byte


「まちぼうけ〜、まちぼうけ〜」
 はなうたなんか歌っちゃったりしてゴキゲンなんですよ。
 今日の理樹くんとのお出かけ、家から一緒に出るんじゃなくて、わざわざ待ち合わせて。
 これって、ででででぇとってヤツですよネ?ね?
 ゴキゲンなのも無理もないと思うでしょ?
 4日ぶりのいいお天気、ちょっぴし肌寒いのも何のその。この間理樹くんが買ってくれたカーディガンがあるからへいちゃらなのです!
 ベンチで足を投げ出して、ちょっとぱたぱたさせちゃったりして。子供っぽいですかネ?
 ちょっち不安になって周りを見てみると、こっちに注目してる人なんていやしないんですよ。ちょっと自意識カジョーでしたネ。
 結構のどかないいお天気でお散歩している親子連れとかカップルとかちらほら。
 ときどき冷たい風が落ち葉をまきあげたり、スカートをぴらっとめくろうとしたり。む〜、えっちな風ですネ。
 おお、あっちのカップルさんはこんな昼間っからほほ寄せ合ったりなんかしちゃったりして、くぅ〜あっついですネ!
 さすがにあれはまだマネできませんね。いかに理樹くんラヴといえど!アイ苦しいほどにラヴだとしても!
 や〜、ちょっと熱くなりすぎましたね。でもあったかくなったから良しとしましょう。

 時計ちらり。
 う〜ん、おっそいなー。もう30分も待ってますヨ?何しちゃってるんですかねあの無意識ラブコメ星人はっ。
 も、もしかして途中で新しく恋の種まいちゃってるとか!?ありえる、ありえますよあのタネ馬コゾーめっ!
 そして何時間も遅れたあげく、「紹介するよ、僕の妻と子供たち」とかなんとかちくしょーっ!
 ああ、なんかそう考えたらあのへんで遊んでる男の子とか目元が理樹くんによく似てるかも…。そっかー、理樹くんあんなおっきな子供いたんだねー。
 こんなことならさっさと理樹くんとえっちぃことしちゃえばよかったなー。それで理樹くんをメロメロにっ。
 べつに遠慮してたわけじゃないんだけど、って、いや遠慮してたか。
 何度かそーゆー雰囲気になったこともありますヨ?でもなんていうか、一線を越えられなかった感じ?
 だって何部屋もあるようなところには住めないしー、そしたらやっぱりキョードー生活ですから見せたり聞かせたりしちゃったら気まずいでしょ?ちゅーでガマンですよ。ちゅーは好きですしネ、やはは。あ、エロいってゆーな!エロじゃないもん。ちゅーはいいんだもん。あったかくてー、しあわせでー、くたーっ、てなっちゃうんだから。って、キスの話は置いといて。
 ていうかこっちも気を使わせちゃってるよね。使わせるっていうか使ってもらっちゃってるって言うか。
 バイトだって家に居づらいからってのがないとはきっと言わないよね。たぶん、めいびー。
 そんなことないないっていつも言うけど、今日二人きりなのもきっとそのおかげだし。
 今ごろ何してるのかな。今日はお天気だから洗濯…はしてないかな。あ、お布団干したら気持ちよさそうだねー。干したお布団でお昼寝とかさいこーぅ!
 なんか帰りたくなってきちゃったかも。べ、べつに心配だからとかじゃなくてお布団でお昼寝したいだけなんだからねっ!?とかツンデレってみてもホントに帰ったら怒られるよねそうだよねー。
 とかなんとかやってるうちに待ち合わせまであと20分。そういやー来たのは待ち合わせの1時間前でしたネ。やはは。

 ひとりで怪人百面相ーとかやってたせいで、なんかちっちゃい男の子がいつの間にか近くに来てましたよ。じーっと見てますよ、見られてたんだハズカシーっ!
「よーよー、お姉ちゃん美人だねー。おめかししちゃってこれからでーと?」
 声掛けようかなどーしよっかなーって思ってるうちに向こうから声掛けてきましたよ。おませさんですネ、ってかナマイキだぞこんガキゃーっ!
「カレシ来ないけどすっぽかされたんじゃねーの?そんなヤツのことはわすれて、おれとデートしようぜ」
 ななななんとこっちが戸惑ってるすきに連続攻撃してきましたよ。かなーり棒読みでポイントは低いですけどネ。
 まあ、デート前に目クジラ立てて怒るのもナンですし、オトナの態度で返してやりましたよ。ところで目クジラってどんなクジラなんですかネ?
「きれーな女を見かけたらこうやって落とすんだって父ちゃんが言ってた」
 コゾーに理由を聞いたらショーゲキの事実が判明しましたですよ。うちの晶パパ並みのロクデナシさんですねー。
 ちょびっとこの子の将来が心配になってきましたよ。ここはちゃんと教えてあげなきゃダメですよね?きれーな人と見ればみさかいなくフラグ立てまくる理樹くんみたいな人になっちゃダメですよー?
「待たせちゃったのは悪いと思うんだけど、それはちょっとあんまりじゃないかな…」
 うっひゃーーーっ!?どびっくりですヨ。心臓打ち上げ花火ですよ。待ち合わせにはまだ早いのに何でいるんですかっ!?
「いや、待ち合わせの10分前だから普通だと思うけど…ごめん、待たせちゃったみたいだね」
 ありゃ、そんなすまなそうにされると困っちゃうのですヨ、ただのヤツアタリなんだし。だからこっちも今来たところだってごまかそうとしたら、
「ずーっといたじゃん。おれ見てたぜー」
 って人がおあいこにしよーとしてるのにー。ほにゃらら、恐ろしい子!そいえば名前知らないですね。てコラーっ!理樹くんもナニにこやかーに眺めてくれちゃってるんですかっ。恋人が困ってるのに当事者意識ゼロですねもーっ。
 ここはウヤムヤのなーなーにしちゃイケナイところですよねっ。涙目ウルウルで恨めし視線攻撃ーっ!ってな感じで睨んでやりましたですよ。そしたらサスガの理樹くんも平身ていとーですよネ?
「ごめん。なんか可愛いなと思ってつい」
 ま゛っ!?はずっ、きゃっ、あーもーっ!顔が沸騰するーっ!何てことをさらっと言いやがりますかこんちくしょーっ!この女たらしーっ!やりちんーっ!エロがっぱーっ!
 まくし立てて肩で息してるのに、あっちは二人で顔見合わせてなんか連帯感出してるし。微笑みあうなっ!目と目で通じ合うなーっ!
「おじゃまみたいだからばいばいなー。お兄ちゃんがんばれよー」
 いいからさっさと行けーっ!
 時計を見たらちょうど待ち合わせの時間。あーあ、なんだか疲れきっちゃいましたヨ。理樹くん癒して〜ごろごろ〜♪とかできたら可愛いかなーなんて思うんですけど、それはちょっと恥ずかしいからムリっ。
 結局、怒りんぼフェイスでつい文句を言っちゃうんですよ。「遅いわよ、直枝」って。
 素直じゃないですネ?





「…うむ、佳奈多くんが素直でないことには同意するが、それはないな」
「がーんっ、はるちんショックー!?」
 姉御は理樹くんのマグカップをちゃぶ台に置くと、私の語った壮大な『りきかなラブラブ☆ドキドキでぇと〜待ち合わせ変〜』をばっさりと斬り捨てた。
 確かに話しているうちに楽しくなってきて、ちょっと大げさというかオリジナルな部分が多くなってしまったのは認めるけど。
「オリジナル過ぎてむしろ葉留佳くんにしか思えん」
 マグのふちを指先でなでながら、姉御の評価は手厳しい。今日は珍しくパンツ姿(ぱんつにあらず)だからだろうか、髪を後ろでまとめてるからだろうか、よりお姉サマ度が上がってる気がする。
 だからカップの犬の絵がにやけて見えるのはきっとそのせいだ。理樹くんのすけべ。
「やはは、モノマネは得意なんですけどねー。ごほっ、ううん、あーあー。『なおえっ、また他の女とイチャイチャらぶらぶしてっ。最低ね。さいってー』…ホラ、むちゃくちゃ似てないっすか?」
「20点だな」
「点数低っ!?」
 ちぇーと口を尖らせたあと、ひとまずしゃべり過ぎてへたった喉をお茶で潤す。これは姉御のお土産、クド公のお茶。
 苦いのはあんまり得意じゃないけど、これは平気。お姉ちゃんより先に開けちゃって怒られるかもしれないけど、姉御に出したってことで納得してもらおう。
 お茶うけのおせんべもクド公おすすめらしい。手にとって顔に近づけると、しょうゆのちょっと焦げたいいにおい。
「まあ、似てるかどうかはとりあえずこっちに置いといて、そんなわけでお姉ちゃんと理樹くんは今ごろでぇと中なんですよー。残念でしたね、姉御」
 ばりん、とおせんべをひとかじり。おしょうゆのしょっぱさがぴりっと舌を刺す。
 姉御は、両手でなんだか大事そうに包んだマグカップに視線を落としていたけれど、私の言葉には笑って首を横に振った。
「連絡もせずに来たからな。それは仕方ないさ。留守の可能性もあったことを考えれば、葉留佳くんがいてくれて良かったよ」
「わらひも…」
 おっと、おせんべが。ずずーっ。っくん。口の中をお茶で綺麗にしてからもう一度。
「私もお留守番でヒマヒマしてましたから、姉御が来てくれてラッキーでしたよ」
 本当は洗濯とか掃除とか、やろうと思えばそんなに暇にもならないんだけれど。
 でも暇じゃなければ気が紛れるというわけでもないので、姉御の訪問は本当に嬉しい。
 姉御からは学校のことやバスターズのみんなのこと、私からは理樹くんやお姉ちゃんのこと。離れてからまだそんなに経っていないのに、聞きたいこと、話したいことがたくさんある。
 幸い、お茶うけはまだまだたくさんある。今のうちにやかんを火にかけて、長期戦に備えよう。

 台所に立って、やかんにたっぷり水を入れていく。ほんとうはきんぴかのでっかいのが欲しかったけれど、二人がかりで却下されたのでふつうのやかんだ。ちぇー。
 水音の間に声が聞こえた気がして振り返ると、姉御は頬杖をついてテレビを眺めているところで、聞こえたのはいつもより早い時間に登場したお昼の司会者の声だった。
 姉御とテレビの取り合わせが妙に不思議で、首を傾げながらとりあえずやかんを火にかける。
「姉御がテレビ見るなんて珍しいですネ。笑っていいかも好きなんですか?」
「うむ、これほどマンネリ化した企画を何年にも渡っててらいなく垂れ流し続ける、という姿勢はなかなか興味深いものがある。というか失礼だな君は。私だって見ることはあるぞ?」
「やはは、ゴメンなさい」
 それは面白いのだろうか、という疑問が浮かぶものの、姉御が言うと妙に納得できてしまうから不思議だ。帰ってきたらお姉ちゃんにも教えてあげよう。
 すぐに消したところを見ると、実際のところはただ手持ちぶさたなだけだったのかもしれない。
 お茶をすすり、時計を見る。
「今ごろは何をしているんだろうな?」
「そうですねぇ…」
 呟いた姉御につられて窓の外を見る。正面には、道を挟んで背の高いマンションの壁しかないけれど、今の時間は窓から陽が差し込んでくる。
 少しこもった布を叩くような音。お布団を干しているのだろうか。
「まだお昼には早いから、駅前あたりをうろうろしてるかも」
 お姉ちゃんは昨夜こっそり情報誌を見て予習していたようだけれど、この辺にはあんまり当てはまらないから困っていると思う。
「佳奈多くんはそのあたり応用が利かないからな。まあ、そこは理樹くんがきっとフォローするさ」
「んー、どっちかって言うとヘンなところに連れて行って逆鱗にふれるのがオチって気がしますけどネ」
 あー、と私の言葉に納得する。姉御のそんな姿ははじめて見た気がするなあ。いつも逆のコトばっかりだから、ちょっと嬉しい。
 はじめてといえば、今ので他にも何かはじめてのことがあったような。なんだっけ。
「確かに恋愛方面での気の利かなさは度し難いな。私は今、いきなりゲームセンターに連れ込む姿が容易に想像できたぞ」
「あちゃー、それは酷い。酷いですよ理樹くん。初めてのデートなんですからもっとロマンちっくでオトナな雰囲気のデートスポットに!」
「ふむ、具体的には?」
「えーと…か、カラオケ?」
 姉御の視線がとてもナマアタタカイものに変化しているのはなぜだろう?なにか変なことを言ったかな。
 まあ、イメージ先行で具体的に何するかなんて全然知らないんだけど。
「姉御はどこ行ったんですか、初デート」
 やられっぱなしなのもシャクだし、ちゃぶ台に身を乗り出して聞いてみる。
 姉御くらい美人なら、きっと私の想像もつかないようなオトナのデートもしてるんだろう。相手はきっと年上の…おじさまとか?いやいや、さすがにそれはないか。
 そんな妄想とは裏腹に、姉御は不思議な表情を浮かべてひと言だけ答えた。
「喫茶店…だったと思う」
 唯ねぇの浮かべた表情は何だろう。懐かしさ…寂しさ…諦め?静かに笑みを浮かべているのに、何だか胸が苦しいような、そんな落ち着かない気持ちになる。
「けっこうアイマイなんですね?なんか遠い記憶っぽいですヨ」
「遠い記憶か。それは上手い表現だな」
「へ?」
 ピィィィィィィッ!
 どういう意味かを聞こうとしたけれど、やかんの音に遮られ、その疑問は質問ごと霧散してしまった。

 おせんべ、かりんと、おこしにこんぶ。お茶を足しながら話は弾む。
 真人くんに泣きつかれてルームメイトになった謙吾くんは、筋トレグッズを壊して追い出されたらしい。
 やっぱり彼のルームメイトは理樹くんにしか務まらないのかもしれない。
 恭介さんの就職がまだ決まってないのは理樹くんも心配してたけど、ここにきて大学受験も考え始めたと聞いたらどんな顔をするだろうか。
 姉御から聞かされるみんなの姿は思いもよらないものばかり。もしかしたら私のまわりだけ時間の流れが遅いんじゃないだろうか。
 そんなことを考えていたら
「バイトは慣れたかな?」
「やはは、もうバッチリですヨ!マスターウェイトレスと呼んでください」
 胸を張って答えたのに、姉御はヒジョーに疑わしい目で私を見る。信用ないなあ、自分では接客業は天職かもしれないとか思っているのに。
 そりゃまあ、ちょっとオーダー間違えたりちょっと遅刻したりちょっとお皿割ったりするけど。
「そうだな、今度店にも遊びに行くよ。そのときは可愛い娘を紹介してくれ」
「いや、なんかそれお店違うですヨ。ウチはご指名とかないですから」
 あんまりにもさらりと言うので、冗談だと思って軽く受け流したのだけれど、姉御はホラーな人形みたいにぎ・ぎ・ぎとぎこちない動きで首だけを動かしてきた。
 しかも気のせいだと思うけど顔が劇画調になっている、気のせいだと思うけど。
「何だ、まさかメイド服を着たりもしないのか!?」
「姉御がそんなに驚いてるほうが私には驚きですヨ」
 私も、ウェイトレスは可愛い制服を着られるものだと思っていたクチなのであんまり言えた立場じゃー、ないんだけど。
「ま、まーそんなにがっかりしないで下さいヨ!遊びに来てくれたらサービスしちゃいますからっ。オムライス!そう、オムライスおいしいんですよ!」
「葉留佳くんが作ってくるなら考えよう」
 うっ、そう来ましたか。立ち直りが早い、というか早すぎる。これはハメられたかなあ、と思うけど後の祭りだ。
「やははー。あー…わかりましたよー。それまでに練習しときます。うん、まっかせといてください!」
「ああ、楽しみにしておくよ」
 あしたマスターに作り方聞いてみよう。口は悪いけどお人よしだからきっと教えてくれる…といいなあ。
 ああ、そんなこと考えてたらお腹が空いてきた。時計を見たらもうすぐお昼、なに食べようかな?すぐ食べられそうなのがいいなあ。
 まずは冷蔵庫ちぇーっく。
「姉御ー、お昼なに食べますか?」
 冷蔵庫を開けながら聞くと、なんだか意外そうな声が返ってきた。
「むー、お姉ちゃんに習って、簡単なものくらいなら作れますヨ?たまご丼とか、たまごサンドとか、たまごかけごはんとか」
「卵ばかりだな。あと、卵かけご飯は料理なのか?」
 たまごと牛乳発見。バターもまだあるし、フレンチトーストにしようかな。ウインナーはータコさんでー、レタスをつけてー、うん、カンペキですネ♪
「ふっふっふー♪たまごかけご飯の奥深さを知らないんですね?たまご料理はたまごかけご飯に始まりたまごかけご飯に終わるのですヨ!というわけで姉御はたまごかけご飯ですネ」
「よし、フレンチトーストなら私も手伝おう。作り方を教えてくれ」
「スルーされたっ!」
 がーん、と口でショックを表現する私を尻目に、姉御はまな板やなべの用意を始める。
「ぁあ、おなべは使わないっすよ姉御ー」
 小首をかしげた姉御になべをしまってもらって、私は使う道具や材料を並べていく。
 唯ねぇに私が教えるのなんて初めてだ。ワクワクする。

 その30分ぐらいあと。並んだ料理の前で私はちょっと釈然としない思いで座っていた。
「むぅ、姉御は覚えが良すぎですヨ。この完ペキ超人めー」
 メインのフレンチトーストは2種類。きつね色に焼けた端っこがとってもおいしそうなプレーンのほうは、ほわほわ漂ってくるバターの匂いと合わさっておなかの虫を暴れさせる。
 そのとなりでちょっと日焼けした感じのもうひとつは、姉御考案のコーヒー風味。ちょっとアダルトな匂いで私を誘惑してくる。
 飲み物は私の一存でふたりともオレンジジュース。あとは、中央にふたり分まとめて盛り付けたタコさんサラダ。レタスの山にタコさん一家がピクニックな感じ。ぶっちゃけレタスがこんなにかさばるとはふたりとも思っていなかった。
「そうか?葉留佳くんが焼いたほうが美味しそうじゃないか。私のは少し焦がしてしまったからな」
 お行儀よくいただきますした姉御が私の不満に首をかしげる。確かに姉御のは焦げの部分がちょっと広いし色も濃い。フライパンを温めすぎてバターが焦げてしまったから。
「いやー、そこで負けたらショックで寝込んじゃいますヨ」
 そりゃ、前にあったたまごのアレコレは思い込みだったけれど、改めてお姉ちゃんとたくさん練習したのだ。それをあっさりと抜かれてしまったら情けないじゃないか。
「私が言ってるのはですねー、このタコさんですよ。私がやるとヒトデっぽくなっちゃうのに」
 フォークの先でつついていたタコさんを八つ当たり気味に突き刺して、そのまま一口でぱくり。さよならタコのお父さん。
「…まあ、練習したからな」
「もひゃ?タコさんをですひゃ?」
 離散してしまったタコさん一家を再会させるべく、私はお母さんや子供たちを次々とお父さんの元に送り込む。うむ、仲良く暮らしタマエ。
「ああ。…いや、包丁の使い方をだ。ていうか行儀が悪いぞ葉留佳くん。あとタコさんばかり食うな。」
 私のフォークをガードするように姉御のそれが突き出され、タコの末っ子をさらっていく。
「ああっ、うちの子をカエセーっ!」
「誰がうちの子だ。切ったのは私だぞ」
 私が顔を上げると哀れタコ美ちゃんは姉御の口の中に消えていくところだった。

 騒がしく昼食を終え、食後のコーヒー(私はオレンジジュース)を飲みながらまた取りとめもなく話して。こまりんのクッキーを食べながらまたお茶を飲んで。話したり、ただのんびりしたり。
 西日がみかん色に輝く頃、姉御は腰を上げた。と言っても帰るだけなんだけれど。
「もう帰っちゃうんですか?」
 夕日を背に立つ姉御は、黒髪をきらきらさせて頷いた。
「会っていかないんですか?」
「ああ」
 脱いでいたジャケットをはおりながら、今度は声に出して。私はぺたんと座ったまま。見上げる彼女の姿はかっこよかった。
「すまないな」
「どして、謝るんですか?」
「随分と長く居座ってしまったからな」
 眩しくてまっすぐ顔が見られないから、とりあえず明るく笑い飛ばすことにした。
「やはは、ナニ言ってるんですかー。できればお泊まりしってって欲しいくらいですヨ。お掃除もお洗濯もサボれましたしネ」
「お泊りしていいのか?理樹くんの寝込みを襲ってしまうぞ?」
「あ、そのときはご一緒しますネ」
 影が動く。今見れば唯ねぇが笑っているような気がした。
「まぶしっ」
 やっぱり見れなかった。
「何をやっているんだ、君は」
 畳の上をばたばたとのた打ち回る私に手を差し伸べてくれた姉御の顔は、呆れながら笑っていた。

 玄関まで、10歩くらいの短い短いお見送り。姉御は靴をはき、私はここまで。
「それじゃー、ばいばいです姉御」
「ああ、またな」
 私の肩越しにみかん色の部屋をほんの少し、眺めて姉御は背中を向ける。
 扉が閉まっても、なごりおしくて私はしばらく玄関を離れなかった。
 窓から声をかければよかったな、と後になって思った。




「まちぼうけ〜、まちぼうけ〜」
 ちゃぶ台にはマグカップがひとつ。姉御がさっき使ってた、理樹くんのマグカップ。
 三人で買いに行って、ちょっと間抜けな顔が理樹くんそっくり、と本人の意向は無視して二人で決めた。
 はなうたを歌いながら、そっと指先でふちをなぞる。
 唯ねぇがしていたみたいに両手で包む。
 両手で持ったマグを、そっと近づける。
 目を閉じて、少しためらう。小さなものおとにもびくびくする。最後の距離がとても遠い。
 息を止めて、顔を少し、傾ける。
 はじめてのキスは、つめたくて硬かった。

 まちのおとが聞こえる。夕ごはんのにおいがする。
 夕日はまだまぶしい。
 テレビはつまんない。
 たたみの上で丸くなったり、だらんとしたり。たたみにこすれるのがちょっと心地いい。
 帰ってきてこんなところを見たらお姉ちゃんは怒るかな。理樹くんは照れるかな。
 時計の針がちっとも進まない。
「ふたりとも、おそいなぁ」
 なにをして待とうかな。
 ちゃぶ台の上で、マグカップが居心地悪そうにそっぽを向いていた。


[No.689] 2008/11/13(Thu) 22:16:07
たき火 (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@ 初 4123byte

さて、木々の葉も色づき秋を感じるようになってきた今日この頃リトルバスターズのメンバーは部室に集まっていた。
外も寒くなってきて、最近は部室で遊ぶことが多くなっていた。
そんなある日、恭介が言い出した
「たき火をしよう!」

『・・・・は?』
メンバー全員が同じ反応をした。
「たき火だよ。たき火」
「なぜいきなりたき火なんだ?恭介」
真っ先に反応したのは謙吾だった。
「なぜって寒くなってきたからに決まっているだろう。だから、火をおこしてみんなで温まろうってわけさ」
「ですが、ここでも十分温まれると思いますが・・・」
「なにを言っている西園。寒い中やるからこそたき火なんだ」
「何いっているんだ馬鹿兄貴」
「うるさい鈴。みんなの前で言った。もう決定だからな。じゃぁ下準備があるからー−−‐‐」

バタン。ドアの向こうに消えていたった・・・

「強引に決めつけていったな恭介氏」
さすがの来ヶ谷さんもあきれているようだった。
「たき火ですか〜。たき火といえば焼き芋ですね〜」
「いいねー。クーちゃん一緒に買いにいこうか」
「そうですね〜。商店街の八百屋さんにいいサツマイモがあるんですよ。そこにしましょう」
突然のことにもすぐに対応してしまうクドと小毬さんだった。

鈴の指導で僕や真人、謙吾もついていくことになり、荷物もちをさせられた。

真人は「筋肉担当の俺にはもってこいの仕事だな!」と大量のサツマイモを持っていたけど・・・食べきれるの?

小毬さんは、そのほか必要なものを集めてきたようだった。

そして数時間後

いつものように、幕を用意している恭介の近くにはなぜか佳奈多さんがいた。

「これより、第一回たき火であったまろうぜ大会を開始する!」
「はい拍手ー」

「わふー」「いぇいー」
小毬さんとクドは相変わらず楽しそうだ。

「ちょっと棗先輩!」
「わ。どうしたんですかおねえちゃん」
いきなり声を荒げた佳奈多さんをみて、葉留佳さんが驚いた。
「校内の落ち葉拾いをしてくれるというから来てみればなんですか」
「それもちゃんとやるぞ。集めなければたき火はできないしな」
「しかし・・・」
そこにクドが割って入った。
「佳奈多さん、どうかやらせてもらえないでしょうか?」
「クドリャクカまでそんなこと言うの」
「それがですねー。たき火で焼き芋を作ろうと思ってたくさんサツマイモ用意してあるんですよ。
佳奈多さんにもあげようと思っていたんですが・・その・・だめでしょうか?」
クドの頼みには佳奈多さん弱かったようでぶつぶつ言いながらも、了承してくれた。
近くでなぜか来ケ谷さんも(それ反則だろ・・)とか言いながら倒れていた。

僕たちが落ち葉を集めている間、佳奈多さんは携帯片手に各所に許可を得ていた。


落ち葉集めの際も、真人や謙吾が小毬さんを落ち葉の中に埋めてしまったり、葉留佳さんが罠を仕掛けるなど
いろいろとハプニングがあった。


数十分後、十分な量の落ち葉や枝が集まり火をおこした。

みんなでひとしきり温まったあと、小毬さん主導で焼きいもの準備をした。
たき火メインだったのに焼き芋になったのは恭介はもう気にしていなかった。

「アルミホイルで包むとおいしくできるよ〜」
とのことで、おのおの悪戦苦闘しながら準備をし、たき火の中に放り込んだ。

真人と謙吾は大量に食べるからといって、両手いっぱいに持ったサツマイモ(準備済み)を火の中に入れようとしたとき事件はおきた。

「ふせろ!」
来ケ谷さんが叫んだ瞬間たき火の中から赤い物体が飛び出した。

『ぐふっ』
四散した物体は近くにいた真人と謙吾を直撃。

女性メンバーは来ケ谷さんの助けもあって退避に成功していた。

その間も直撃を受けた二人は退避できず、第二波をうけていた。

「あれは何?!」
「栗だ」来ケ谷さんは即答した。
「栗?!なんでわかるのさ」
「栗は熱しすぎるとはぜるのだ。それに葉留佳くんがいれているのをみていたのでな」
『葉留佳(さん)!』
僕と佳奈多さんが同時に言った。
「いやー。ここまですごいことになるとは思ってませんでしたヨ」
「ていうか、来ケ谷さんとめてよ・・・」
佳奈多さんに引きずられていく葉留佳さんを見ながらつぶやいた。

栗は数分間頭上を走り続けていた・・・。

ちなみに、直撃を食らった真人と謙吾であるが己の筋肉でなんとか耐え切ったらしく、飛んできた栗を拾って食べていた。

やがて、火が収まると自分で作った焼き芋を探し出しみんなで一緒に食べた。

鈴は、いうまでもなく猫たちを呼び寄せ自分が作った焼き芋を配っていた。
ドルジは・・・ほんとにたくさん食べていた。鈴が上げた分じゃ足りず、真人の分までつまみに行っていた。

そのせいでドルジは真人に追いかけられそうだったが鈴のハイキックが炸裂!
先ほどの栗のダメージが残っていたようで、その場で撃沈。

どんなことがあっても、みんなで一緒に食べるとどんなものでもおいしく感じられるように思えた。

〜みなさんもこの時期の焼き芋を食べると〜とてもおいしいですよ〜by小毬

end


[No.690] 2008/11/13(Thu) 23:32:07
もみじ ゆうやけこやけ きんぎょ (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ5141 byte 鬱注意

 目を開ければ、見渡す限りのアカのウミ。
 ざわり、ウミが波打ち、飛沫が舞う。
 まるで血に濡れた小さな手のひらの群れ。
 赤、紅、朱、緋。アカは好きじゃない。いや、嫌いだ。
 ゆうやけにどっぷりと頭の先まで浸かった身体が、違う、目に映る全てがその色に染まっている。
 例外。足もとにひっそりと目立たないように黒。長く伸びて結局くっきりと映る影。
 目の前にかざした手のひらは、裏返してもくまなくアカい。髪も服もそう。頭から汚水をかぶったようで気分が悪い。
 鮮やかなアカや黒くにごったアカ、いろいろなアカにまだらに染まった視界が、滲んでぼやけて混ざり合う。
 風呂に入れば落ちるだろうか。






 、
「――そう、分かったわ。…ええ、また連絡する。…大丈夫よ母さん。あの子の事だからひょっこり戻ってくるわ。…うん、じゃあ」
 通話を終えてもしばらく、暗い画面に目を落としていた。そこに映る自分との睨みあい。
「どこをほっつき歩いてるのよ、あの子は…」
 自分の声に合わせて空ろな人形が口を動かす。こみ上げる吐き気に携帯を閉じた。



一、
 手洗い場からの帰り、三枝の縁者に呼び止められた。昼なお暗い廊下の途中のさらに陰、隠れるように立っていたので分からなかった。
 叔父に見つかるのを恐れてのことだろうが、そんなところで見咎められればかえって危ういだろうに。叔父怖さに頭の回転まで鈍ったのだろうか。それとも元からだったか。
 卑屈そうな薄笑い、丸めた背中、肌寒い廊下にあって薄い汗までかいている。
 会釈だけして、先に自室へ戻る。しまりのない顔をしていた。すぐに来るだろう。着物の袖を振り、ひらひらと廊下を泳ぐ。

 部屋で衿を少しだけくつろげたところで障子が開く。顔だけ覗かせるな、口を閉じろ、鼻息が荒い。言いたいことは色々あるが口を開くのも億劫だ。表情だけ動かして招き入れ、手を引いて奥に通す。
 布団は敷いてあるのだから、説明の手間は省いていいだろう。

 面倒ごとが一つ片付いた。やれやれだ。手首はこわばって痛いし、肩もあざが増えてしまった。
 男は既に出し切ったのか、うつ伏せで動きもしない。タオルで拭いはしたが手も腹もべたつき、ぬるつきは残り、やがて乾いてかさかさする。着なおす気力が萎えたので、洋服に着替える。
 短い裾を翻し、部屋の外へ泳ぎ出る。



二、
 相変わらずうんともすんとも言わない携帯を閉じ、屋敷をうろつく。少しだるい頭で重い足を引きずり、西日で黄金色に染まりゆくなかをあてもなく。
 行く手を遮ったのはでくのぼう。傲慢で、自己顕示欲が強い癖に、親の脛を齧るしか能がない、ひとまわりも歳の離れた婚約者。
 私に気付くなり相好を崩す。胃が悪いのだろう、近くに寄ると腐臭がする。
 ドライブに誘われたので快諾する。とりたてて喜んでいるようでもなかったが、彼の誘いを断ったことなどないのだからそれも当然か。

 車は木立の間を縫うように走り抜ける。窓の外を流れる色彩に、また気分が悪くなる。せめてもう少し彼の腕がよければ我慢ができるのに。
 道の半ばで車を停めると、林の中へ。落ち葉を踏みにじり、奥へ。
 身内の目の届かないところとして選んだのが、屋敷からさほど離れていない林の中、というのが情けない。結局お山から一歩も出ていないじゃないか。
 服が乱れるのは嫌なのだけれど、多少汚れるのは諦めよう。幸い、気に入った服ではないのだし。

 日が暮れてしまうのではないかと心配だったが、思ったより早く済んでよかった。
 生臭い息は結局慣れることが出来なかったが、珍しく真っ赤に染まる顔が見れたので良しとしよう。いつもは五月蝿いぐらいに饒舌な彼が、思いのほか無口だったのも良かった。
 ベルトでこすれた手のひらが痛むけれど、大したことはない。
 土を払うと、日が暮れる前に、落ち葉を踏みしめ歩き出した。



三、
 日が傾き、ようやく帰った私を叔父さまが待ち構えていた。丁寧な口調と穏やかな表情。長い間本家にへつらいながら、機を掴んですかさず寝首を掻いた、そこそこ有能な男。
 薄っぺらな笑顔の下に詰め込まれた下種な支配欲を私の前ではさらけ出す。
 一人で帰ってきた私の姿を見て、婚約者の不興を買ったと思ったのだろう。すぐに土蔵に来るよう私に命じた。空腹だけど仕方ない。

 重い扉を閉め、鍵をかける。外界と隔てられた、叔父さまと二人だけの空間。
 慣れ親しんだ臭いと湿った空気に身をひたす。屋敷の土蔵は三枝の繁栄の証。
 無秩序に詰め込まれた埃まみれのがらくた同様、私も叔父さまの虚栄心を満足させるための置物となる。
 与えられた物を身につけ、与えられた課題をこなす。その従順な様を見て、彼は支配する悦びと、ひとときの安心を得るのだ。過去の自分をそこに写して。

 疲れていたのか、叔父さまはすぐに寝入ってしまったので助かった。ただ、分量は適当だったせいかなかなか起きてくれず、そちらの方が苦労した。眠ったままの方が楽だったとは思うけれど、そこは好みの問題。
 今日一番の重労働で膝が笑っている。これが人力発電機だとしたら携帯電話の充電くらいは出来ただろうか。確かめるつもりはないけれど。
 そういえばあの子ちゃんと充電してるのかしら。遊びに夢中になって忘れているに違いない。困った子だ。
 耳鳴りもするしどうやら鼻もおかしいらしい。風邪かもしれない。
 土蔵の扉を開けると、暗さに慣れた目に夕日が突き刺さり、思わず目を閉じた。



 、



 、
 日が山の向こうに姿を隠し、暗いままの風呂場で湯に浸かる。
 黒い水面が湯船に波打ち、微かな残光に煌めく。表面を染める黒が溶け、肌がほの白く浮かび上がる。
 息を止め、湯に潜る。水面に髪がへばりつき、やんわりと頭皮を引っ張る。それぞれが意思を持って戯れるような心地いい感触にしばし耽る。
 思いのほか早く訪れた限界に、空気を求めて顔を上げる。新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。いや、吸い込もうとして異変に気付く。
 新鮮ではない。なまぐさい。それに屋敷がなんだか騒がしい。急に湯の温度が下がった気がして身震いする。肩を抱き、身を竦め、俯いた、その先に。
 何か居る。油膜のように粘ついた水面に。ふたつの眼がぴかぴかと、私をミている。


[No.691] 2008/11/14(Fri) 00:06:38
紅い葉っぱ (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@ 11933 byte

 山の中を理樹は一人で歩く。紅い葉っぱが散る中の静かな山道。
「ふぅ」
 軽い疲れを覚えて周りを見渡せば、岩や木の下、座って休めそうな場所はいくらでもあった。この調子なら10人を超える人数で来たとしてもいつでも体を落ち着ける事が出来そうだ。
 理樹は適当な木陰を見繕うとそこに腰掛ける。ズボンが少し汚れてしまうけど、多少の汚れを気にして山登りを楽しめる筈もない。もちろん理樹はそれを見越して汚れてもいい格好をしている。
「神北さんとかに注意しとかないとな」
 そう言った理樹はクスクスと笑う。お気に入りの私服で山登りをしている小毬が、半泣きでレースを小枝に引っかけている姿が頭に思い浮かんだから。
「って、神北さんにしてみれば笑い事じゃないか」
 軽い笑みを苦笑いに変えて、理樹はバッグから冷えたスポーツドリンクを取り出した。コクコクと喉を湿らせるように少しだけそれを飲む。そして飲み終わった飲み物をバッグにしまい、目の前に広がる山道に目を移す。ヒラヒラと散る紅葉たち。

 サァァァ――…………

 風が踊る。適度に冷えた風は火照りはじめた理樹の体を気持ちよく冷やしていく。緩やかに流れる風は紅葉を舞いあげながら流れていく。
「気持ちいいなあ」
 その全てを理樹は目を細めながら楽しんでいた。紅葉狩りの下見とは言え一人でこの景色を眺めるのが勿体無いような気持ちも心のどこかで抱えながら、それでも体を目一杯に使ってこの世界の全てを楽しんでいた。
「…………ふぁ」
 小さい欠伸が漏れる。地面に落ちていた葉っぱを一つ拾い、目の前にかざしてみる。光を透かした葉っぱの色は、紅。
「紅葉、か」
 こんなに落ち着いて紅葉を眺めた事なんて今までなかった気がする。新生リトルバスターズが出来てから初めての秋だし、恭介たち5人の旧リトルバスターズでは紅葉狩りをした事はなかったはずだ。紅葉した山の中を走り回った事はあったかも知れないけれども。
「その、前は」
 両親が死ぬ前。その時は確か、
「………あ…れ?」
 瞬間、急速に世界の色が消えていった。それと同時、頭がカクンと力を失う。
 懐かしくも忌まわしい感覚。眠り病、ナルコレプシー。もう克服したはずのその病気。
(なんで…………?)
 理樹はかろうじてそう思うことだけはできた。ただ、それ以上の思考は一切できないで眠りに落ちてしまったけれど。





「コラーッ!」
「うわっ!?」
 大きな声におこされるぼく。ねぼけた頭でキョロキョロとまわりをみわたせば、目にうつるのはぼくの家のいま。そしてみおぼえのある長いかみ。
「いつまでねてるのよ、もうすぐおやつの時間じゃない」
「えぇっ!? あやちゃん、なんでぼくんちにいるのっ!?」
 ぼくを大声でおこした、あやちゃん。
「なによ、りきくんはあたしがいちゃいけないっていうの?」
「そりゃよくないでしょ、かってに入っちゃ」
「かってじゃないわよ、ちゃんとおばさまに断ったんだから」
 ふふんと、なぜかむねをはって答えるあやちゃん。それに対するぼくの反応は、お昼ねをじゃまされた事もあって冷たくなる。
「どうでもいいけど、お昼ねのじゃまをしないでよ。今日はゆっくりとねてたいんだよ」
「なんでよ、こんないい天気なんだから外に行きましょうよ」
 いつもの通りのあやちゃんのわがまま。それがなぜか、僕はなんだか気に入らなかった。お腹の中からいやな感情が出てきて、ガマンできなくなる。
「うるさいな、僕はねてたいんだよ!!」
 だからそうどなりつけてねがえりをうってやる。いつもいつもわがままを言うあやちゃんは、せなかの方で立ちつくしている。
「…………」
「…………」
 静かな時間。チッチッチッという時計の音だけがいまにひびく。
「…………」
「…………」
 いつもはたくさんケンカをして、そしてケンカをした数だけ仲直りをしてきたばくたちだ。なのに、すぐにどなり返してくると思ったのに、あやちゃんはぼくのせなかの方で動かない。
「…………」
「…………」
 動かない。時計の針だけが動く。
「…………」
「…………」
 やがて、本当にしばらく時間がたってから、ぼくのせなかの方で足音がはなれていった。ちょっとだけの安心とたくさんの不安。
「あやちゃん…………」
 何も答えてくれない。一人になったぼくの耳に、時計の針の音だけが聞こえる。チッチッチッと。
 一人だけのお昼ね。遊びに来てくれたあやちゃんはいない。まどの外に目を向けて見れば、ハラハラと紅葉がまっていた。
「…………」
 そして、紅葉を見ているうちに、いつの間にか僕はねむっていた。

 赤い光。目がさめる。気がついたらもう夕方だった。目だけを動かして外を見てみれば、さっきと同じように紅葉が散っている。あやちゃんは、いない。
「…………あやちゃん」
「なに?」
 後ろから声がした。そのまままばたきを4回。
「あやちゃん?」
「だから何よ?」
 やっぱり後ろから声がする。もしかしたらと思ってね返りをうってみると、

 ゴチン!

「「あいたぁ!!」」
 頭がぶつかった。頭をおさえてうずくまるぼくたち。
「ちょ、りきくん。さっきからなんなのよ!」
「あ、あやちゃん?」
 少しだけいたみの治まった頭をあげてみたら、目の前になみだ目のあやちゃんが。ドキンと1回、大きく心臓がなる。
「だから、なに?」
 すごい目でにらみつけてくるあやちゃん。ぼくは、ドギマギをかくすように口を開く。なんて言っていいのか分からないで少し口を空回りさせてから、ようやく言葉が口から出れくれる。
「いたんだね」
「ちゃんとおばさまに断ったんだから」
 すねたように言うあやちゃんがおかしくて、ぼくはクスクスと笑う。
「…………何よ」
「いや、なんでもないよ」
 ムッツリとしたあやちゃんとクスクス笑いのぼくと、ふしぎな見つめ合いは少しだけつづく。そしてぼくの笑い声がおさまると、すぐにあやちゃんは口を開く。
「ごめんね、りきくん」
「え?」
 どうしてかあやちゃんがあやまってきた。あやまらなくちゃいけないのは、どなってしまったぼくなのに。
「いつもあたしが勝手にしてたからさ、だからりきくんが怒ったんだよね? …………だからごめん」
 ちがうよ、と言いかけてやめた。だって、あの時はいつもわがままなあやちゃんにいやけが差していたんだから。だから代わりの言葉を口にする。
「ぼくの方こそごめんね。つい、どなっちゃった」
 あやちゃんはこんなにやさしいのに、どなっちゃいけなかった。
「じゃあさ、おあいこさまだね」
 ぼくの言葉を聞いてあやちゃんが笑う。
「うん、おあいこ様だ」
 あやちゃんの笑顔を見てぼくも笑う。二人でいっしょにクスクスと笑う。いつもの通りの仲直り。
「でもどうしてあやちゃんがここにいるの? おうちに帰っちゃったんじゃないの?」
「だって、りきくんがねてたいって言ったんじゃない。だからあたしもいっしょにお昼ね」
 その言葉の意味が頭に入ってくるのに、少しだけ時間がかかった。あやちゃんが、ぼくと一緒にお昼ね? ぼくのわがままで?
「ぁ……」
 なんだかはずかしいようなもどかしいような、ふしぎな気持ち。
「本当は今日は、りきくんといっしょにコレを作りたかったんだけど」
 あやちゃんはさびしそうにポケットから何かをとり出す。それはキレイな紅い葉っぱ柄のしおりだった。
「うわぁ」
 思わずぼくの口からそんな声がもれる。
「押し花で作ったの。キレイでしょ?」
 とくいそうなあやちゃんの言葉。一にも二にもなくうなずくぼく。
「じゃ、あげる」
「え?」
 とうとつなあやちゃんの言葉にぼくは少し、言葉を失ってしまった。
「だーかーら。これ、りきくんにあげる」
「くれるって、いいの?」
 おどろくぼくに、ニッコリと笑うあやちゃん。
「うん、いいの。りきくんにあげるために家までとりに帰ったんだから」
 あやちゃんが差し出すしおりをおずおずと受けとるぼく。
「じゃあ、代わりのちょうだい」
「え」
 そして受けとったとたんにそんな事を言うあやちゃん。
「あたしがりきくんにしおりをあげたんだから、りきくんもあたしに何かちょうだいよ」
「な、何かって…………」
 僕はとまどう。何かをちょうだいと言われても、そんな急に用意できるわけがない。そもそもとして、何をあげればいいのかも分からないのに。
「なによ、あたしはあげたのにりきくんはあたしに何もくれないって言うの?」
「そ、そういうわけじゃないけど…………」
 口をとがらせるあやちゃんに、ぼくはこまりはてる。キレイなしおりをもらったし、何かおれいをしたいのはやまやまなんだけど。どうしたらいいか分からないで、思わずあやちゃんをすがるよう目で見る。
「あやちゃんは何が欲しいの?」
「しおり!」
 まぬけにも思わずあやちゃんに聞いてしまったら、きげんを悪くするでもなくすぐに答えが返ってきた。
「あたしもしおりがほしい!」
「しおりって……ええっ!?」
 ついもらったばかりのしおりを見てしまったぼくだが、あやちゃんは苦笑いで首をふる。
「ちがうわよ。りきくんが作ったしおりがほしいの。あたしのとおそろいの、紅葉のしおりがいいな」
「で、でも、ぼく、しおりなんて作ってないよ?」
 それはそうだ。ここですぐにしおりが出せたりしたらエスパーだ。
「分かってるわよ、そんなの。まだ紅葉は外に行けばたくさんあるじゃない。新しく作ってよ!」
 笑いながら、だけどみょうにはくりょくのある顔で言うあやちゃん。ぼくに出来るのはもちろん一にも二にも無くうなずく事だけ。
「そう、よかった」
 ほっとため息をはくあやちゃん。僕は首をかしげながらもあやちゃんに問題点を言う。
「でもぼく、押し花の作り方なんて知らないんだけど」
「おばさまに聞けば分かるわよ、きっと」
 あやちゃんの言葉にはえんりょがない。ズバリとそう言い返してくる。そしてイタズラが成功したような顔をして続けた。
「押し花って何日かかかるから、気長にね?」
「うええぇっ!?」
 ぼくのなさけない顔を見て、カラカラと笑うあやちゃん。そしてひとしきり笑ってから、あやちゃんは立ち上がった。
「じゃああたし、そろそろ帰らなくちゃ」
 ふと外を見てみると、外はもう真っ暗だった。さっきまでは夕方だったのに、今はもう真っ暗。
「秋の日の釣瓶落とし、だね」
 ついちょっと前に学校で習ったことわざをじまんげに言ってみる。
「そうね、秋の日の釣瓶落としだね」
 さびしそうにあやちゃんが言う。
「あーあ。もっとりきくんと遊んでたかったな!!」
「っ! あやちゃん、声が大きいって!」
 と思ったら今度はいつもより元気な大声を出す。耳がキーンってなったぼくは思わず言い返した。
「あははは、ごめんごめん」
 そう言っていまを後にするあやちゃん。
「じゃあまた明日ね、あやちゃん」
「さようなら、りきくん。しおり、楽しみに待ってるからね」

 あやちゃんが帰ってからしばらくしてお父さんが帰ってきて、そしてお父さんとお風呂に入ってからみんなでご飯を食べる。
 今日あやちゃんと一緒にお昼ねをしたとか、あやちゃんにしおりをもらったとかぼくが話すのをお父さんは笑って聞いてた。
「そうだ。お母さん、あやちゃんがぼくの作ったしおりがほしいって言ってたんだ。作り方を教えてよ」
 今日はずっと口を閉じていたお母さんにそう聞いてみる。お母さんは少しだけなやんでいたみたいだけど、すぐにぼくの方を見て話し始めてくれた。
「ねえ、理樹。よく聞きなさい」
「うん」
「あやちゃんはね、もう来ないの」
 僕はまばたきを一つした。どこか遠くに見えるお父さんもびっくりした顔をしている。
「あやちゃんはね、今夜からお父さんの仕事で外国に行ったの。だからもう、」
「うそだっ!」
 ぼくの口から大声が出ていた。
「うそだうそだっ! だってあやちゃん、あやちゃん、しおり楽しみにしてるって言ったもん!」
 僕の大声にもお母さんはさびしそうな顔のまま。
「理樹…………」
「うそだうそだうそだうそだっ!」
 ぼくの口から大声が出続ける。と、
「理樹、聞きなさい」
 静かなお父さんの声が聞こえてきた。僕はお父さんを思いっきりにらみつける。
「うそだもん、うそだもんっ!」
「あげればいいじゃないか、しおりを」
 しずかでやさしい、お父さんの声。
「あやちゃんはまたいつか、きっと帰って来るさ。だからその時にしおりをあげればいいんじゃないかな?」
「うそだもん、あやちゃんが外国に行ったなんてうそだもん!」
 ぼくはそう言って部屋からとび出す。お父さんとお母さんのよぶ声をせなかに聞きながら、クツをはいてげんかんを出る。夜道を走るぼくの足は何度も行った事のあるあやちゃんの家へ。僕は走る走る走る走る。あやちゃんの家はそんなに遠くないから、走ればすぐにつく。ついたのに。
「……………………」
 ぼくはぼうぜんとその光景を見ていた。明かりがない、そんなに遅くない時間なのに電気がついてない。
「うそだ…………」
 ぼくのぼうぜんとしたつぶやきがひびくと同時、ガクンと世界がゆれた。
「あ、れ…………?」
 頭の奥がくらやみに引きずりこまれるような感覚。ぼくが何かを思うひまもなく、頭の中に光はとどかなくなった。





「…………」
 ゆっくりと目を開ける。目の前にはヒラヒラと紅葉が舞っていた。
「ぅぁ」
 首を動かしてみればそこは山道。理樹は紅葉狩りの下見に来ていたとすぐに思い出す。
 空を見上げてみれば太陽はまだ高い。眠っていた時間はさほどでもないと、理樹は少し安心した。
「よしっ!」
 行こう。そう思って立ち上がろうとした途端、手に何かの感触が伝わってきた。そこに目を向けて見れば、眠る前に見飽きたはずの紅い葉っぱのひとひらが舞い落ちていた。理樹は振り払うでもなく、その葉っぱを見つめている。
「…………」
 何か大切な事を忘れている気がする、何か大切な事を夢で見た気がする。けれど、思い出せない。
「…………僕が昼に見る夢は、悪夢のはずなのに」
 理樹が生まれてこの方一度もしようとしなかった事、昼に見た夢を必死になって引き上げようとしている。
「…………しおり。そうだ、しおりを作るんだ。紅葉で、しおりを作るんだ」
 何の為に? …………分からない、思いだせない。
「でも、作らなくちゃいけない気がする」
 理樹は手のひらに落ちた紅い葉っぱを優しくつまみあげる。そしてそれを大切に、大切にしまい込んだ。
「帰ろう」
 自分に言い聞かせるように言ってから、理樹は歩き出す。

 理樹が去ったその山道で、紅葉は変わらずに散っていた。


[No.692] 2008/11/14(Fri) 00:09:52
秋の夜長の過ごし方 (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@12571 byte

 例えばそれは、出張でホテルに泊まった夜の風景。野暮ったい色合いのカーテンを開き、窓の向こう側へと視線を動かす。歓楽街に程近い安ホテルであったから見える物は百万ドルの夜景などではなく、鮮やか過ぎてはた迷惑なネオンの彩りのみで随分と空しさを覚えたものだった。恐らくは孤独の風景をそこに見たからだと思う。
 彼氏と一緒ならどんな風景だって綺麗に見えるものですよ、なんて彼女は軽く笑った。ほんの二週間ほど前の事である。新人のミスにより発生した残業を二人で処理していた。眼と腰と腕に痛みを覚えながら、ふとオフィスの窓へと視線を向けた時、そんな事を考えたのだった。
 その時の出来事を思い出しながら、あたしはグラスを揺らす。
 初めて入ったバーだった。薄暗い照明とスピーカーから流れるジャズっぽいBGM。興味はないが、雑音と評するほど不快でもない。やけに高いカウンターに堅い椅子の感触。正面には様々な形をした色とりどりの瓶が棚に並べられていた。お酒の種類には詳しくないので一括りに語るしかないが、丁寧に並べられているとは思った。
 グラスに注がれているのはカシスソーダ。サイズは湯飲み程度ながら、お値段は一人前だ。生々しく思える赤色が照明に暗く反射している。
 お酒は好きじゃない。味が分からないからではなく、酔った人間ほど性質の悪い生き物は居ないと知っているからだ。そう口にすると大げさだと笑う人も居るけど、少なくとも今現在、あたしの目の前にはその実例がいる。
「酷いんですよぉ、酷いんですよ。アイツったらホント酷いんです」
 ぐでんぐでんに酔っ払った後輩の擦れた声に、あたしは最早言葉もなかった。
 二週間前、彼氏の素晴らしさを惚気てくれた面影はない。一刻も早く帰るべく作業に専念するあたしを妨害するように繰り返されたその言葉たちは逆転していた。
 店に入って最初の半時間は格好だけでも真剣に聞いていたが、そんな先輩としてのサービスも長くは続かない。ああ、本当に……後輩の愚痴を聞いてやるのも先輩の仕事だとはいえ、こんな酷いサービス残業は真っ平だ。
 大学卒業を前に奔走しようやく得た職場。女所帯のその空間は不愉快ではなかったが、こう頻繁ではあたしの中にある転職欲求が暴れ出さないとも限らない。
「好きだったのにぃ」
 もう相槌を打つことさえ億劫で、生返事のみである。それにさえ気づけないほど後輩が酔っている事実に嘆くしかない。派手目な化粧もすっかり涙に崩れて、とても男に見せられる顔ではなかった。可愛らしい顔立ちが台無しである。
 しかし、こうして激しく愚痴りながらも今日という日を越えてしまえば彼女はまた新しい出会いを求めるだろう。そして、新たなダーリンを見つけるのに、あたしの予測では一週間と掛かるまい。学生じゃあるまいし、いったい何処から素敵な出会いとやらを見つけてくるのか。
 そんな生き方を少しだけ羨ましく思う。彼女は健全だ。そしてたぶん、幸せだ。一人の男に縛り付けられる事ほど女にとって不幸な事はない。何時までも思い続けなければならないなんて最低だ。とてもじゃないが、真っ当な恋愛とは言えない。叶わないと知った時点でスッパリと忘れなければならなかったのだ。
 あたしだって愚痴りたい気分だった。まったく、どうしてこんな事になってしまったのか。何処で何を間違えてしまったのやら。全ては己の幼さから始まった悲劇だと知りながら、私はこの胸の内にある悔しさを振り払えなかったのである。
 グラスを持ち上げ、視線の高さで揺らす。飲もうと思ったが、悪酔いしそうなのでそのまま赤い輝きだけを見つめていた。
 暦は秋。長い夜はまだまだ続く。後輩の愚痴も丁度三回目のループを始めたところだし、その時間はあたしの恋慕を後悔するにはうってつけかもしれない。

 
 
 鈴、と名を呼ぶ声が聞こえた。卒業式が終った直後の事で、あたしは猫達への挨拶に忙しかった。慣れ親しんだ寮からの退出期限にはまだ数日あったが、作業に時間を取られる事は間違いなく、これが彼らの顔を見る最後の時だった。
 だからこそ邪魔はされたくなかったのだが、声の主が理樹であれば話は別である。共に別れを惜しんで欲しかったあたしは顔を上げ、闖入者たる少年を受け入れた。
「やっぱりここに居たんだね」
「うん。こいつらにお別れを言っていた。全然理解してないみたいだけど」
 こいつらはバカだからな、と付け加える。なー、なーと自由気ままに動く彼らはすっかり安心しきっていて、これから大丈夫なのかと心配になるほどだった。
「大丈夫だよ。この子たちだって分かってると思う」
「理樹には猫の言葉が分かるのか?」
「ううん。分からないけど……たぶんきっと」
 理樹の手があたしの肩へと触れた。諭すようなその温もりに、離れがたい感情を抱いているのが自分自身だと気づいた。身繕いに専念する彼らはきっと明日からもやっていける。あたしが殊更気にかけなくても、たぶん。とりあえず苛められたりなんてしないはずだ。
「寂しくなった?」
「……うん、ちょっとだけ」
「会いたくなったらまた会いに来れば良い」
「でもこいつら、きっと忘れてるぞ」
「忘れてないよ。何時までだって鈴を覚えてる」
 その言葉が少しだけ冷たく感じられて、あたしは唇を尖らせた。まるで本当にお別れの挨拶のように聞こえたからだった。じゃれ合う猫達の姿は確かに見納めになるかもしれない。進学先は遠く、おいそれと帰ってこられる距離ではない。その意味で理樹は正しいのだろう。不愉快に感じられたのは、あたしへの言葉に聞こえたからだった。
 理樹と同じ進学先は選べなかった。あれだけ勉強したのに、受験に失敗したからだ。一年待って再受験する事も考えたけれど、理樹は別にしてアイツの後輩になるのは嫌だった。だから春からは、あたし達は別々の日々を送る事になる。真人や謙吾とも離れてしまう。
 それでも、お別れではなかった。こまりちゃん達との関係だってこれからもずっと続いていく。バカ恭介の「リトルバスターズは永遠に不滅だっ!!」宣言により、今後も頻繁に召集される事は間違いなかったのだから。
 だから、そんなお別れみたいな事を言う理樹が嫌だった。特に理樹とあたしとアイツの間ではこれからだって今みたいな関係が続いていくのだから。
「そんなの言われなくったって、分かってる」
「どうしたの?」
「う、うっさい!」
 甘噛みのような声。拒絶しているかのようでありながら、本心は言葉の届く距離に居る相手を愛おしく思う。理樹だってそれを知っているから、肩に触れる手を離したりはしなかった。風が一陣、通り過ぎて行く。まだまだ冷たく厳しい、けれどもう直ぐ訪れる温かさを予感させるその行く先を二人で見ていた。
「さあ、そろそろ戻ろう。卒業記念大フェスティバル祭りが待ってるよ」
「なんかすっごい嫌な予感がするぞ」
「主催は恭介、演出は来ヶ谷さんと西園さん」
「なんか絶望的に嫌な予感がするぞ」
「ちなみに二木さんは既に葉留佳さんの手で懐柔済み」
「なんか嫌な予感以外のなにものもなくなった気がするぞ」
「さっきちょっと覗いたら真人と謙吾が上半身裸で無数のくす玉をあんな所に――――」
「絶対行くかあああああああっ!」
 絶叫し逃げ出そうとするあたしを理樹の腕が止めた。考えてみれば肩に触れた時点で既に拘束する気だったのだろう。噛み付いてやろうかと一瞬考えたが、その意思は一つの言葉によって失われた。
「鈴が必要なんだ」
「あ……」
 全身が萎えるのを感じた。その甘い痺れに心臓が跳ねる。真正面に見つめる理樹の瞳の奥に見るあたしの顔は、どうにも隠せないほど紅潮していた。



 結局、全てはあたしの脳内補完のなせる業であり、実際には「ツッコミ役がいないと収まりつかないから」という意味合いであった。笑わば笑え、乙女の耳はかくも都合よく出来ているものなのである。
「なつめさぁん。なちゅめさんっていくつでしたっけぇ、えぅ」
 タイミングの悪い問いに、裏拳で答える。いつの間にか呂律も回らなくなっていた後輩は見事に昏倒し、嬉しくもない荷物が出来上がった。
 静かになった彼女を横目に、あたしは記憶の中の自分を罵っていた。どれ程間抜けだったのか。浮かれていた自分の恥ずかしさに赤面する思いである。
 当時、あたしとライバルの間ではそれはもう七転八倒の青春ラブコメが日夜繰り広げられていたわけだが、そんな麗しき――現在も十分に麗しいわけだが――少女達にとってそれは些かの瑕疵もなく真剣そのものだったのだから、記憶の中に不快な黒ずみは僅かしかなった。
 つまり、少女は正々堂々と戦っていたつもりだったわけである。
 だからこそ後になって、この時点において既に決着していたという事実を知った時の驚きときたら表現の術がないほどで、丸二日ほど放心していた。
 情けない。あたしにとって、恋愛とは仲の良い者同士のじゃれ合い、その延長線上にしか見えていなかったのだ。共に居られる事が全てだった。多少なりと知識は得ていたが、それらは遠いもののように感じられた。
 そもそも、恋愛感情というものが分かっていなかった。
 たぶん今でも、あまり分かっているとは言えないのだろう。
 理樹は好きだ。自分の知る限りの人間の中でそれは間違いなく最高位に属している。一緒に居るのが楽しかったし、不満も数知れずあったが不快ではなかった。そもそも、日溜りを嫌う者は少ないだろう。理樹は正しく、あたしにとってのそれだった。
 ただ、それがどこまでの強度だったのかは……分からない。
 それが真摯なる渇望ならば、例えば放課後の屋上で暮れゆく夕日に向かい「恋だあああああああああああああああああああああああっ!」と叫ぶ事に一切の憚りがない事はこの世の真理である。それくらいのパワーが恋には秘められているはずなのだ。
 しかし、あたしはというと。
「こ、こぉ……こぅ、うにゅぅ……」
 と尻すぼみするばかりで、ただの一度たりともそれを言葉に出す事が出来なかった。
 本来ならば、吐き出さなければならなかったはずなのに。そうする事によって、初めてあたしの内側に燻る感情に恋だの愛だのという名前が与えられたはずなのだ。
 そのような手順を踏まなかったが故に、あたしは今も迷っている。
 それは、そう……例えば夜空を見上げて、星の瞬く様をジッと見つめていると、心は自然と宙へと舞い上がり、世界の果てへと駆けて行く。分厚い空気の壁を打ち砕き、月と火星でのスイングバイを華麗に決めたあたしはかくしてアステロイドベルトを越えて木星へ。ふと、そこから振り返ってみるのだ。遠く幽かな地球の蒼はもう他の光と区別がつかない。彗星の台座に腰掛け目を凝らしてみても、まるで見つけられない。困った事に迷子になってしまったらしい。仕方がないので闇色の真空を一つ摘んで、サクサクと食べる。軽い塩味であり、コンソメのようにもチーズのようにも思えた。空腹は満たされたが、満腹には程遠い。そろそろ地球に帰りたいものだと思った。しかし迷子なあたしに向かう先を見つける術はない。
「運転手さん、ちょっと地球まで」
 ぺしりと彗星を叩くと彼は低い声で答えた。
「当彗星はこのままルート3X221を直進し、一路オールト雲へと向かいます」
「それじゃあ帰れないじゃないか」
「地球へ行かれる方は6番ホームにてお乗換え下さい。なお、当彗星は途中停車致しません」
「帰れないじゃないかっ!」
 何度か叩いてみたが返ってくる答えは何時も同じで、目が回るような速度で一秒ごとに遠く離れていく。加速していく迷子の日々の終わりを見つけられないままで。



「棗さんも一つどうですか?」
 声に引き戻され、あたしは自分のデスクで眼を覚ました。眠っていたわけではなく、夢だけを見ていたのだろう。振り返るとそこには後輩が居て、紙皿を差し出していた。そこにはなにやら茶色い塊が載っている。
「マロンです」
「甘栗?」
「外回りの途中で見かけたので差し入れです。やっぱり食欲の秋と言ったらこれですよね」
 カラカラと笑う彼女の顔はすっかり何時もと変わらないものだった。化粧も決まっていて、とても昨日、あれだけ暴れた女と同一人物には見えないほどだ。断る理由もなく、あたしは一つ指でつまみ、そのまま口に放り込んだ。
「なんだか凄く元気そう」
「はい。私、昔から二日酔いしない性質なので」
 そういう意味ではなかったのだけど、あえて追求はしなかった。彼女はそのまま、別の先輩のところに向かった。にこやかに差し出す甘栗を誰もが嬉しそうに受け取っている。入社した当時から分かっていたが、彼女はとても世渡り上手だった。
 それは恋愛に関しても。一日泣いただけで、あぁも切り替える事が出来るものなのだろうか。本当はそういうものなのだろう。あたしのように名前のない感情を引き摺り続ける方が間違っているのだ。
 彼女を見習わなければ、と思ってはみたものの上手くいくとは思えない。そんな器用にはきっと生きられないだろうし、実のところ明確に消し去りたいという意思もない。日溜りを嫌う人間は少ない。あたしにとって不満ではあっても不快ではないその場所から離れたいとは思わない。結局のところ、あたしの恋愛感情は何時までもそういうものなのだ。
 そうこうしている間に、後輩に続いて、今度は上司が失恋したようだった。
 ついに結婚か寿退社かと噂されていたお局様だっただけに、社内メールで『慰めろ』というお達しが届いたとき、同僚たちは一様に重い重いため息を吐いた。ただでさえ酒癖の悪い人間であるから、今宵の飲み会は大いに荒れる事だろう。主演が酒乱の酒宴の終焉は等しく地獄と相場が決まっているのである。
 急に腹痛を訴え始めた後輩の首根っこを、かつて猫にそうしていたように捕まえる。
 そういえばもう随分、彼らとの交流がない。遠巻きに欠伸をする野良の姿を度々見かけてはいたが、あたしからも彼らからも近づく事はなかった。そう考えると、彼女は実に猫のように可愛らしい存在に思えた。
「あ、あの、棗さん。私、早退させてもらえたら……」
「強制参加だかんな」
 あたしは最大限の優しい笑顔で言う。彼女を捕まえている反対の手には、携帯があってメールが開かれていた。
 理樹からのものだった。
『二人目産まれました!』
 わざわざデコメで送られてきた写真には赤ちゃんの姿があり、その周囲を無数のハートマークが飛んでいる。恐らく、一度でも返信しようものなら何処のパーツがどちらと似ているか、恐ろしい長文が返ってくるのだろう。
 それを考えると、突然携帯のフレームが悲鳴を上げた。まったく不思議な話である。あたしは優しく労わるように握っているだけだというのに、何故だか勝手に軋むのだ。今にもヒビが入りそうなほどである。
「な、棗さん! なんか携帯がまずい感じにっ!?」
 怯える彼女に、あたしはその愛らしい写真を印籠のように見せ付ける。
「強制参加だから」
「……はい、お供します」
 秋の夜長は色々と思い悩むのに十分すぎて、少しだけ飽きてきたところだった。 
 だから今夜は思い切りお酒を飲んでみようと思う。前後不覚になるほど飲んで、そして僅かな間だけ全てを忘れてしまおう。酔った勢いで色々と失態を見せてしまうかもしれないが、思い悩むのは後にすれば良い。
 今はただ、酔いたい気分なのだ。


[No.693] 2008/11/14(Fri) 18:58:09
食欲の秋、運動の秋 (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@ 8804 byte

 女の子たちの団欒。鈴の部屋に集まった6人の少女たちは思い思いにくつろいで過ごしている。
 美魚は椅子の上で読書中。葉留佳と来ヶ谷は壁に寄りかかって世間話に花を咲かせているし、鈴とクド、そして小毬はベッドの上でトランプに興じている。
「ぬぬぬぬぬ、でりゃー!」
 小毬は気合いと共にクドの手札から一枚を抜き取った。そして抜き取ったカードを見てガックリとうなだれる。
「さよならです、ジョーカーさん」
 ほっとした表情のクド。そして立ち直った小毬はやけくそ気味に手札をシャッフルし、それらを鈴へと突き出した。
「さあ、鈴ちゃんの番だよ!」
「ううう」
 小毬の気迫に圧されてやや情けない顔をする鈴。そして手札の中で妙に浮き出ているカードが目に付いた。フラフラと誘われるよう、それに手を伸ばす鈴。
「て、わっ!」
「うわーい、鈴ちゃんがジョーカーを引いた!」
 なんかびっくりした顔をする鈴と、さっきとはうって変わって満面の笑みを浮かべる小毬。
「くそぅ。クド、引けっ!」
 背中でカードをシャッフルして、クドの目の前に突き出す鈴。
「はい、分かりましたっ」
 そして一切の躊躇なくカードを引くクド。すぐに崩れ落ちる体。
「バ、ババさん。お帰りなさいなのです」
 うなだれるクドに得意げな鈴。
「…………姉御姉御、なんかババが3周くらいしてるように見えるんですけど」
「ふむ、私にも同じものが見える。今小毬君がババをひいた事で連続11回ババを当てたな。これはギネス級じゃないのだろうか?」
 壁に寄りかかった二人が冷や汗をかきながら異様なババ抜きを見て話をしている。そして二人が見ている前で12回目のババが引かれた。
「うわぁ…………」
 葉留佳の呟き。それに関わらず鈴は自分の目の前に手札を広げ、今度はよくそれを吟味するクド。
「なんか、いつまでババを引き続けているか見てみたい気がしますネ」
「うむ、それはそうなのだが…………」
 来ヶ谷の視線は変な気迫を背負った二人ではなく、小毬の方に向いていた。見られていると気がつかない小毬は、広げたお菓子の中からスナック菓子を一つつまみ取ると、口に運んでポリポリとかじる。
「こまりんがどうかしましたかネ?」
 来ヶ谷の視線に気がついた葉留佳が聞く。
「ふぇ?」
 名前を呼ばれて顔を向けて、ようやく自分が注目されているという事に気がつく小毬。ババをひいて打ちひしがれているクドは置いておいて、重荷をクドに押し付ける事に成功した鈴も何事かと意識をこちらに送っていた。
 その妙な雰囲気に気がつかずに、小毬を見続ける来ヶ谷。いつものようにふざけた舐め回すような視線ではなく至って真面目な視線を送るものだから、小毬も少しドギマギしてしまう。
「ゆ、ゆいちゃん。何かな?」
「………………………………小毬君」
 たっぷり間をとって一言。
「太ったか?」
「がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
 女の子として致命的な事を言われ、ものすごい表情をする小毬。
「え、小毬さん、太ったですか?」
「まあ、食欲の秋ですから」
「う、うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
 クドと美魚の素朴な言葉に、思いっきり泣き崩れる小毬だった。

「そうか、1ヶ月で2キロ太ったのか……」
 輪になって座る6人。半ベソをかいていた小毬だったが、来ヶ谷の言葉で本泣き寸前になる。
「泣くなこまりちゃん」
 彼女を横から慰めるのは鈴。ちなみに部屋にかかった横断幕『〜第三回コマリマックスのダイエット大作戦パートスリー〜』は、もう誰も気にしていない。用意した本人からして一発ネタだったのだろう。
 それはさておき、とりあえず現状の確認から始めたみんな。小毬は自分の体重やら恥やらを話すのはためらい続けていたが、最終的にはダイエット成功の為とポツポツと話を始めた。
「あうぅ〜。秋は限定品とかが多くて〜」
 広げられたお菓子には『秋限定・マロンチョコ』やら『新食感、柿風味』やら色々な文字が踊っている。
「と言うか、小毬さんは毎月どのくらいのお菓子を買っているのですか?」
 そのお菓子の山を見てクドがぽつりと漏らした。
「お小遣い帳、見る?」
 と、どこからともなくお小遣い帳を取り出す小毬。
「…………それ、どこにしまっていたのですか?」
 ちょっと驚いた風の美魚が訊ねる。
「えーと、ここ」
 小毬は腰の辺りを差すが今ひとつ判然としない。不可解そうな顔をする美魚に、小毬は言葉を付け加える。
「仕舞い方ならはるちゃんに教わったから、はるちゃんに聞くといいよ〜」
 全員の視線がいっせいに葉留佳の方を向いた。ちょっとだけビビる葉留佳。
「や、やはは。ほら、イタズラ道具とか隠しているうちに自然に身に付いちゃったんですヨ。今度教えましょーか?」
 4人は微妙な顔をしながら頷く。
「まあ、とりあえず小毬君の出納帳を見ようか」
 話を元に戻したのは来ヶ谷。お小遣い帳を拾い上げて、開く。
「…………」
 そして絶句。どこをどう見ても、お菓子の名前ばっかり。
「え、ちょっと小毬君、お菓子以外の文字が見あたらないのだが、これは何かのネタなのか? それともお菓子の出納帳とその他の出納帳で分けているのか?」
「?」
 不思議な顔をしたいのはこっちだよ。その言葉をギリギリで飲み込んだ。他の面々もお小遣い帳を覗き込んで絶句している。
「…………小毬ちゃん、文房具とかどうしてるんだ?」
「え? お誕生日に貰った文具券とかお年玉で買ってるけど」
 恐る恐る鈴が訪ねてみたら、ごくごく一般的な返事が戻ってくる。
「しかし、これなら対策がたてやすくていい」
 少しびびっていた来ヶ谷だが、しかしすぐに不敵に笑う。
「小毬君」
「な、なに?」
 その不敵な笑みを見て微妙に顔をひきつらせる小毬だったが、もちろんそんな程度で来ヶ谷の言葉は止まらない。
「明日から1ヶ月、お菓子を買うのと食べるの禁止だ」
「がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
 またもやすごい顔をする小毬。そしてものすごい勢いで来ヶ谷にすがりつく。
「ど、どうか、どうかそれだけはお許しをぉ〜」
「ええぃ、離せ離せぇ!」
 そしてすがりつく小毬を光悦の表情で抱きしめる来ヶ谷。言動不一致も甚だしい。
「これでお二人が男性でしたら完璧でしたのに…………」
 すごい残念そうな顔をする美魚の事は全員でスルーした。

「ううぅ、明日から1ヶ月もお菓子を食べられないなんてぇ」
 結局、小毬は来ヶ谷にすがりつくのをやめてその場で泣き崩れている。ダイエットをしなくてはいけない手前、そう強く出られなかったらしい。
「でも、それだけでいいのでしょうか?」
 問いかけるのは美魚。とりあえず食べる方の制限は出来たとはいえ、やせるにはそれだけでは足りない。入れるのを少なく出すのを多く。食事制限をした上で更に運動をしなくてはいけないのだ。下手な食事制限をしてしまえば栄養失調とかで倒れる危険性もあるのだがここは寮である。出される食事を欠かさず食べていればそうそうそのような事態にはなりにくい。
「うむ。しかし、放課後は野球の練習をしているからそれなりの運動量は確保できているとは思う。まあ、更に増やしても問題は無いとは思うが……」
 目の前の計算用紙に数字を書き込んでいるのは来ヶ谷。どうやらカロリー計算をしているらしい。
「早朝に軽いランニングくらいしてもいいかもな」
 そしてやがてそういった答えを出した。
「ランニングか、それならみんなで走ってもいいかもな」
 鈴がそんな協調性に溢れた発言をする。
「いいですね、それ。みんなでやった方が楽しいでしょし」
「さんせー、なのです」
 葉留佳とクドが鈴の案にすぐ飛びついて来た。そしてそれをたしなめるのは来ヶ谷。
「こらこら、そう結論を急ぐものじゃない。第一、それを決めるのは小毬君だ。計算上ではこれ以上の運動をしなくても痩せられそうだからな、ただでさえ負担がかかるんだから無理はよくない」
 あ、といった風で小毬を見る二人。
「お菓子、お菓子ぃ……」
 聞いてなかった。
「……アレ? でもこの状態でもやせてられるって事は、ランニングして動いた分だけお菓子を食べても問題ないんじゃないですかね?」
「葉留佳君っ!!」
 ふと思いついた事を葉留佳がうっかり口にしてしまった。大声で来ヶ谷がたしなめても、もう遅い。小毬はすでに目を輝かせて来ヶ谷の事を見ていた。
「お菓子食べられるのっ!?」
「…………」
 ジト目で葉留佳を睨む来ヶ谷、アハハと乾いた笑い声を出しながら目を逸らす葉留佳。
「理論上は、OKな筈です」
 代わりに答えたのは美魚。小毬の顔がパァァと輝く。
「やったー、お菓子が食べられる!」
「よかったな、こまりちゃん」
 これ以上ないような、正に地獄に仏といった小毬と一緒に喜ぶ鈴。それを見て来ヶ谷はハァァァァと、深いため息をついた。
「えと、何でそんなに落ち込んでいるのでしょーか?」
 そんな来ヶ谷の様子を見て、クドが不思議そうに問いかける。
「ランニングで消費されるカロリーはたかが知れているからな、そんなにたくさんお菓子は食べられん。それなのにあの喜びようは……」
 つまり変に希望を与えたくなかった、という事。クドもアハハとつられて笑い声をあげる。
「あ、あのですね。ダイエットって、やせる時は胸からやせるって言うじゃないですか。もしかしてダイエットするとスタイルが崩れたりしませんか?」
 話題を変える言葉を口にするクド。その素朴な質問に、来ヶ谷はふむ、と頭を動かす。
「医学的にそのような事は聞き覚えがないが、まあ激しい運動をすれば確かに胸にある余分な脂肪は吸収されるかも知れないな」
 だが、と言葉を続ける豊満な肢体を持つ少女。
「しっかりと食事を取り、しっかりと運動をする事は成長に欠かせない事でもある。今回の小毬君は食べ過ぎて太ってしまったようだが、キチンと運動をすればスタイルが崩れるどころかもっと素敵なスタイルになるかもな。そもそも、しっかり食べなければ成長出来ないのは当然だ」
 はっはっはと笑う来ヶ谷を最初はキョトンと見ていたクドだったが、やがてみるみるうちに顔に笑みが浮かんでくる。
「そうなのですか、ありがとうございましたっ!」



 一ヶ月後。少々お菓子を食べすぎたながらもしっかりと小毬はダイエットに成功し、一同はまた鈴の部屋に集まっていた。壁にはまた横断幕がかけられてみんなが真剣に話し合っている。
 横断幕には『〜第四回ひんぬーわんこのダイエット大作戦パートフォー〜』と書かれ、運動と食事のバランスを崩してややふくよかな体型になってしまったクドが泣いていたとか。


[No.694] 2008/11/14(Fri) 19:51:51
白はいつ辿り着く? (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ - 10777 byte


 風が吹いた。
 それがとても冷たくて、わたしの身を震わせる。また、感じた冷たさにより読んでる本のページを送る手が止まった。
 今吹いた風から、今は何月の何日で、季節はいつだ、とわたしに感じさせた。
 肌で実感をしてみると冬そのものだったが、周り見てみると冬とは全く違う風景。
 紅葉した木があり、そしてその葉が風により木が揺らいで少しずつ、少しずつ、舞い散り漂い始めてるところを見ると、秋だと分かる。
 暦の上ではいまだ冬にはなってはいないけど、この寒さでは冬という季節が通じてもあながち間違いではないように思えた。

 こんなときに、中庭のこの場所でいつものように本を読んでいるわたしは客観的に見ると可笑しいのだろう。そして、誰でも思うのだろう。なぜ、校舎の中で読まないのか、と――。
 だけど……これから少しずつ寒くなっていく時期に、
 静かで冷たいこの場所にある緩やかな時間の中で本を読んでいるのか、騒がしくも暖かい教室の中で本をゆっくりと本を読んでいるのか、
 それは、わたしにも――分からなかった。


 白はいつ辿り着く?


「オンッ!」
「ヴァウッ!」
 本を読んでいると突然犬の声がふたつ、続けて耳を刺激してふと、手が止まる。
「わふーっ!」
 さらにまた、犬の――ではなく、能美さんの元気な声が聞こえる。
「クドリャフカ、ストレルカ、ヴェルカ。ご苦労様、解散してよろしい」
 二木さんの能美さんへと向ける優しい声。それが意識しなくもここまで聞こえてくる。
 能美さんは風紀の見回りの手伝いで、今それを終えた。と、わたしは勝手に推測をする。
 声だけを聞いて、そのままわたしはまた本のページをひとつ、めくって続きを読む。
 その時、わたしはとてとてとてーと走ってくる三つの影に気づくはずもなかった。

「こんにちはです、西園さん」
 びっくりしたのも束の間。顔や声には出ないようにしたが、体は少し驚いてしまう。
 能美さんはそんなわたしの様子には気がつかなかったみたいだった。
「こんにちは」
 わたしは能美さんの顔を見上げ、返事をする。
 文字ばかりを目で追っていたからだろうか……見上げたときに見た、能美さんが纏ってるその白が少しだけ眩しかった。
「西園さん、なにをしているのですか?」
「本を読んでいます」
「どのようなものですか?」
「完全自殺マニュアルです」
 ………。
 …時が止まった。
 能美さんは宙を見てしばらくの間、黙りこくって何かを考え込んでいる。
 けど、それもすぐに終わって、その小さな体がとても高い位置まで飛び上がった。
 飛び上がった姿はマントを大きく広げていて、手をばたばたと振っている。さらにそこからわたしに向かって、小さな風が起こる。
 …その姿が一瞬、なにかをわたしに幻視させる。
「わふー!?西園さん、はやまらないでくださいー!」
「もう決めました。止めても無駄です。では」
「わふーーー!!待って下さーい!すとっぷうぇいと〜!」
 わたしがこの場から立ち上がって動いていないことに全然気付いていないのか、未だにわたしの目の前であたふたとしている。
 そういえば能美さんは、冗談でもすぐに信じ込んでしまうのだと言ってしまった後に気付く。
 冗談でした、と言おうにもそのタイミングが見つからない。しかし、すぐにストレルカが二回程吠えた後、落ち着いた様子。
 …傍から見ても能美さんとストレルカ、どちらの立場が上にあるのか分からない、と不思議に思った。
「能美さん、冗談です」
「え…あ、あー、じょ、冗談でしたか。わふー」
 冗談で一安心した様子だった。

「それで、どんな本を読んでいるのですか?」
 わたしは無言で、持っていた本の表紙を上げて能美さんへと向ける。
 能美さんはそれにまじまじと、今にでも食いつきそうな顔で見ていた。なぜかストレルカもヴェルカも一緒になって脇から覗いている。
「おー、のべーるですね、一体どのようなお話でしょうか?」
「秋の日、とある一人の少女が一日だけを何度も繰り返して…そしていつまで経っても冬がこない。そのようなお話などがあります」
「なるほどー、面白いのですか?」
「そうですね……、わたしは面白いと感じました。しかし、それこそ何を見ても一人一人が思うものは千差万別、十人十色でしょう……。
 なのでこれは面白い、これはつまらない、と言った類のものは能美さん自身が感じることです」
「、結構興味を惹かれましたので……では、えーと、今度ですね、ぶっくをれんどしていただけないでしょうか?」
 …何か違う気もするけど、あまり細かいことを気にしないで進めよう。
 それに、この本はすでに何回か読み終えている。また、本を貸すことには何らかの抵抗も感じない。
 だから、心地よく返事を返す。 
「もちろんいいですよ」
「ありがとうございますです!あ、えっと、さんきゅー!」
「どういたしまして。本ならいつでも貸し出せますよ」
「わふーーー!!」
 快諾がとても嬉しいのか、ストレルカとヴェルカと共にはしゃいで回り始めた。
 その光景がとても微笑ましかった。
 少し走ってまた戻ってきて。
「では、楽しみにしてるのです!」
 と、その時だった――

―ビュゥゥン………

「わふっ!」
 また風が吹いた。
 先ほどと同じ冷たい風で、わたしと能美さんの体を震わせる。傍に置いてあった傘も少しだけ転がって行ってしまう。
 そして、風が吹いたことによりまた、葉が散っていた。木々が起こすざわめきと共に。
 
「うーん、寒いのです。超べりーこーるどです」
「ええ、最近では肌寒い日が増えてきてますね。本をここで読むわたしとしては、迷惑極まりないのですが……」
「そういえば、西園さんは教室では読まれないのですか?」
 …この寒さのまま、冬に入ったらこの地域で雪が降ってしまうのかな、と唐突に白の景色と同時にわたしの脳に映像として浮かび上がった。
 そしてその雪は木の葉のようにゆっくりと舞い落ちて行くのだろうか。その白く漂っていても地に落ちてしまったらなにかに染まって――
「あ……あの、西園さん、どうかされましたか?」
「…すみません、考え事してました」
「わふー、寒くなってきたので具合が悪くなったのかと余計な心配をしてしまいました」
 目の前の少女を見て、どう感じるのだろうかと考えてしまう。そして、すぐには訊かずにいられなかった。
「能美さん、突然ですが雪は、好きですか?」
「雪……すのーですかー。私の祖国には全くありませんでしたが、すのーは好きですね。あ、もちろん寒いのは苦手です。
 これまでいろんな国に行ってきましたけど、雪がよく降ってる国にも行って遊んだりもしたり……、
 それから、白はどっちかと言うと好きですし、それになんと言っても空から降ってくるので、そういうとこから好きですね。
 あ、それとですね、雪が全くないからと言っても祖国のことはとっても好きですよ。けど今は――いいえ、なんでもありません」

 能美さんは最初の方こそ楽しそうに語ってくれたものの、言葉の最後は滴が一粒、地に落ちていく様子を表すかのように、元気がなくなって行く。
 それが、独り言のように聞こえた。
「いいですね、能美さん」
「そーなのですか?」
「そうです、自分ではなんともないと思っていても、人によっては羨ましいものだったりするものですよ」
「わふー、なるほどー」

―ビュウウゥゥゥン………!

 今度は強い風が吹いた。
 咄嗟のことで、わたしは傍にある傘には目もくれないで、真っ先に手の中にあった本で風から身を守ろうとしていた。
 だが、手から本が離れてひとりでに閉じられてしまう。見ていたページはもう既に覚えていない。白い傘も、わたしから離れて行ってしまった。
 能美さんはと言えば、帽子を抑えるのが間に合わなかった様で、葉と共に強風に煽られ飛んで行ってしまったが、能美さんが指示せずともストレルカがすぐに取りに行った。

 こうなると次はどんな風が来るのだろうか、と考えそうになってしまうが、頭を振る。
「あっ、そうです、西園さん!」
 なんでしょうか?と疑問符すら浮かばないわたしが言うより早く、能美さんはマントを外して横に広げてわたしの隣に座り、自分の首の後ろにもわたしの首の後ろにもそれ回して……。そして、能美さんの方から体を寄せてくる。
「こうすればもっと暖かくなると思いませんか?わふー」
 突然のことでわたしの頭が追いついてない。それほどまでになぜか能美さんの行動がてきぱきとしている。
 しかし、暖かい。素直にそう感じることが出来た。
「はい……」
 一人で居た時よりは、感じるものが違った。

「西園さん、こうしてみるとなんだか修学旅行思い出しませんか?
 こんな感じに布団を被って、夜中にみなさんとたくさん話したことを今でもよく覚えています」
 およそ数ヶ月前、たいしたことも起こらないで無事に終えられた修学旅行。
 それこそ何かが起きるとしたら、来ヶ谷さんが夜這い、または風呂場で女生徒に襲い掛かったりするとか、三枝さんがふざけすぎて大問題を起こしたり、
 神北さんがなぜか熊と仲良くなってたりとか、井ノ原さんと宮沢さんがバトルをするとか、鈴さんが猫を連れてきたり、宿泊先で拾った猫を連れて帰るとか……。
 または、向こうでもメンバーのみで野球の練習をするなど。
 何事も起きなくてよかったと言うべきだろうか。
「ストレルカ、ヴェルカ、ありがとうです」
 いつの間にか、ストレルカが帽子をくわえて帰ってきていたようだった。ヴェルカの方は、わたしの傘をこちらまで運んで頑張ってる。
 わたしは心の中でしか言えないけど、ご苦労様でした。と労ってあげよう。
「思い出と言うと、わたしは目的地に着いた時に突如、どこからか現れた恭介さんに修学旅行の印象をすべて持っていかれましたね」
「そうですねー、そしてなぜかミッションをいつもより多く、与えられたような気がするのです」
「学年の先生たちからも上手く隠れながら、行動していた姿は印象的でした」
「何はともあれ、疲れたけど楽しかったのです」
 結局はこの一言でまとめられる。わたしでさえ、楽しめたのだから。
 でも、もっと楽しめたらよかった。とも思ってしまった―――。
「わふっ」
 能美さんは掛け声と共に、立ち上がる。
「では、私はそろそろ寮に戻りたいと思うのですが、西園さんはどうするですか?」
「この本をまた読み終えるまで、ここにいます」
 わたしは風により閉じられた本を拾い上げる。
「わふー、分かりました。ではまたあいましょー」
 寮の方へと向き直った能美さんに、ストレルカもヴェルカもついていく。
 そういえば、二匹ともどこに住んでるのだろう、と考える。だけどそれは能美さんに訊けば分かることで、また後日訊いてみよう、と思う。
 …能美さんが忘れ物をしていることにふと気が付いた。
「能美さん」
 くるっ、とそんな効果音が似合いそうな振り向きだった。
 違和感があるとすればマントがないことだろうか。または関係ない、もっと別の理由からだろうか。
「わふー!なんでしょーかっ」
「これを忘れてますよ」
 わたしは半分地面に垂れていて、半分わたしの肩にかけられたままのマントを指差す。
「あっ、言うの忘れてましたね。えーと、このまま外に居たら寒いでしょーから、今日は西園さんに貸します!」
「オンオンッ!」
「ヴァウヴァウッ!」
 笑顔で言う能美さんの周りをなぜかぐるぐると回ってるストレルカたち。
 さらに能美さんまでもが一緒になって回り始める。
 目の前の光景に困惑するな、と言われても困惑してしまうだろう。それほどに不思議なものだった。
「分かりました。では、わたしが寮に戻ったらこの本と一緒に渡せばよろしいでしょうか?」
「はいっ、それでよろしいですっ!」
「ありがとうございます」
 能美さんはそのまま走りながら校舎の陰へと姿を消した。わたしの声が聞こえたのか聞こえなかったのかも分からない。

 能美さんたちが去ったことにより起こった静寂。
 何かがあるとすれば、木の葉が擦れる音。木が揺れる音。虫が鳴いてる音。それぐらいだった。
 貸して頂いたマントをちゃんと着け、本の続きを読もうと適当に開こうとした………が、よく見てみるとページの隙間から赤いものがちらちらと見えていた。
 そこのページを開くと、紅葉が一枚――いえ、二枚。大きさこそ多少の異なりがあったが、なぜか二枚ともお互いに向き合っている。
 向き合え、という暗示なのだろうか、それとも何かが起こるのだろうか。など、疑問が絶えることはない。
 しかし、そんなことを考え続けていても答えなんて出るはずもないことを悟る。
 不思議なしおりがあったとこのページをよく見てみると、能美さんと会った時点で読み進めていたところの続きになっていた。
 
 穏やかな風が吹く。
 二枚のしおりはどこかへ旅立った。次に辿り着くところへと。
 本を読み進めている途中、不意にこの場へときて風を感じた時の問いが現れる。教室にするかここにするか、の二択が。
 だけど、もう答えが出ていた。わたしはこれからここで本を読んでいようと。そして―――


[No.695] 2008/11/14(Fri) 22:56:24
Merchendiver (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@13333byte

 さよならって言われたら寂しがるような、そんな正常を悲しんではいけないだろうか。
 精神状態を散らかした部屋に例え、おもちゃ箱を片っ端からひっくり返し、投げられるものは全て投げ尽くして、ありきたりの常套句に、何らかの変革を与えようとしている。
 走り回るのに疲れたら、立ち止まったり佇んだりするだけでね。その手をいつ離してくれても構わない。それを美しいとも思わない。安定が安定でいられないのと、安息が安息でいられないのと同じことだ。その速度はその時々で違う。客観よりも主観の問題。それに対し僕らが受動的であるか、能動的な態度を取るべきか。それ以前にこの手の思索が既に綻びの証しかもしれない、なんて。笑う。
 朝焼けから夕焼け、パズルのピースを正しい位置に。
 朝凪から夕凪。組み替えて、差し替えて。

 目映い光に手を伸ばして、触れた頭を乱暴に引き寄せキスをした。最初は軽く、二度目は深く。唾液が短く糸を引き、輝きを放つよりも早く切れた。小毬さんが驚いたように目を丸くしている。顔にかかった彼女のリボンを指で弄ぶ。そこでようやく目が覚めた。いや、とうに目は覚めているはずだった。
 寝惚けていたのだ、僕は。
「ま」
「ま!?」
「間違えた……」
「ええぇぇぇぇーっ!」
 穏やかだった屋上に小毬さんの絶叫が響く。


 Merchendiver


「ゴメンナサイ」
 その後の僕は、平身低頭と低頭平身を器用に使い分けるのみだった。つまり、ひたすら謝ってひたすら謝った後、ひたすら謝ったのだった。
「あはは……気をつけなきゃダメだよ〜、理樹くん。まだ相手が私だから良かったけど」
 そう言う小毬さんの顔はまだ赤い。
「小毬さん、今度こういうことがあったら断固抵抗してねお願いだから……。容赦なく暴力に訴えていいから! もし、それで僕が死んじゃったとしても、とてもとても正当防衛」
「今度があるの?」
「今度はないです!」
 今度はないのかぁ。小毬さんが珍しく意地の悪い笑みを浮かべる。
「でも、やっぱり理樹くんも男の子なんだね。力が強くてびっくりしちゃった。寝顔は姫、って感じなのに。あれじゃあ今度も抵抗できないんじゃないかなあ」
「小毬さん」
「はい?」
「楽しんでるでしょう?」
「うん」
 小毬さんはころころと笑い、
「大丈夫、鈴ちゃんには内緒にしておくから。二人だけの秘密」
 と付け加えた。
 多分、僕が彼女を鈴と『間違えた』のだと思っているんだろう。僕は記憶を辿る。そういうこともあったのだろうし、その彼女の思い違いも恐らく正しいのだろう。そういうことにして僕は話を進める。
「でも、二人だけの秘密って、ちょっと心躍る響きだよね」
「そう、なの?」
 秘密を握られている側の僕としては気が気じゃないけれど。
「う〜ん、ベランダのプランタに野菜の苗を植えて、毎日欠かさずお水をあげる感じ?」
「ああ……。実が真っ赤に熟す頃、それはそれは嬉々として収穫するんだね」
 もっともこれはトマトの場合である。
 青々と茂った秘密の苗に、ジョウロで水を蒔く小毬さんの姿を想像する。
「私は少し青い方が好きだな」
 僕の顔が青くなりそうです。
 小毬さんは、僕の様子には気づかず、最近のトマトは甘すぎると思うの、と続けた。
「こういう話を始めると、その食べ物が無性に食べたくならない?」
「何でも奢らせて頂きます」
「ち、違うよっ、そういう意味じゃなくって!」
「いや、小毬さんとのキスに比べたら安いものだよ!」
「理樹くんキャラ違う……」
「自分でもそう思う……」
 お互いせいので忘れよう、犬に噛まれたことにしよう、まったく犬め悪いやつ、などと投げやりなやり取りをしているところで低い音が唸る。小毬さんが携帯電話を取り出し、犯人はこの子とばかりに軽く振ってみせた。赤青黄色の、やや過剰なイルミネーション。
「ごめん、呼び出し〜」
「みたいだねえ」
 ひとまず彼女はそれをポケットに戻し、代わりにいくつかの包みを取り出した。その中から一つを僕に手渡す。
「はい、お腹の空いた犬さんに。新作のチヨコレイト」
 僕は苦笑いでそれを受け取る。
 それを確認すると、小毬さんは小走りで屋上の出口へ向う。
 かと思いきや、そのままの勢いで戻ってくる。
「理樹くん、一つだけ私からの忠告、唇のお手当はしっかりしておくように」
 ちょっと痛かったよ。
 人差し指を立てて。
 唖然と固まる僕を置き去りに、小毬さんは再び走っていってしまった。
 屋上に静けさが戻る。
 雲がのんびり流れるのを眺める。
 チョコレートの包みを開け、それを口に放り込む。ほろ苦いココアパウダーの舌触り。人差し指で唇に触れてみると、確かに少し荒れているのが分かった。
「全然、忘れてないし」
 小さく呟いてみる。ゆるりと融ける真四角。ストロベリーのフレーバーが香る。

 今がいつか分からなくなって、ここがどこか分からなくなって、君が君か分からなくなって、途方に暮れることがある。
 好転を続ける世界の中、それでも僕は戸惑っている。
 屋上からの帰り道。三年の教室の前を通ると、読書中の恭介が目に入った。机に積み上げられた本の山。またどこかから手に入れてきたのだろう。そっと教室の中を伺う。放課後を謳歌しているこの場所に、彼以外の生徒は見あたらなかった。
 恭介の側へ静かに歩み寄る。隣の机に手を掛けた時、ようやく彼の視線がこちらへ向けられた。
「気づいてたでしょう?」
 僕の方から口を開く。
「ひょっとして、驚かそうとしてたか?」
 まさか。そう言って僕は椅子に腰を下ろす。
「僕、本を読んでいる時の恭介が好きだもの。できるならあんまり邪魔したくない。遠くからそっと見ていたいくらい」
「告白か」
「そんなのいつも言ってるじゃない」
 僕が笑うと、恭介も頬を緩ませる。それじゃあ理樹のご期待に応えるとするか。彼は視線を本へ戻す。緩んだ表情のまま、僕は恭介の横顔を眺めた。
 窓の外は透き通る青で、僕は何だか写真を撮りたくなったけど、その僅かな動作でさえ、この繊細な光景を壊してしまいそうな、そんな気がしていた。僕らは日々を積み重ね、空気が徐々に冷たくなって、日も段々と短くなり、もう少ししたら、ここにも黄昏が訪れるのだろう。そうであって欲しい気持ちと、そうであって欲しくない気持ちは、両方そこにあった。そのままで、いつだってそこにあった。
「最近さ」
 意を決して僕は喋り出す。恭介はそのままで相槌をうつ。
「佳奈多さんが丸くなった気がするんだ。葉留佳さんとも前より仲がよくなったみたいだし、葉留佳さん自身もそれが嬉しそうで、楽しそうで。それだけじゃなくて鈴も、鈴も昔とは全然変わって、強くなって、優しくなって……本当にそれだけじゃないんだ。小毬さんも、クドも、西園さんも、来ヶ谷さんも、笹瀬川さんなんか実はいい人だったりして」
「理樹」
 支離滅裂になっている僕を恭介が遮る。
「俺達は?」
 真人と謙吾と、僕達のことを僕は思い浮かべる。
「僕達は……」
 ほんの少し言い淀んで。
「あんまり変わってない、かも」
 恭介が吹き出す。
「そいつは何よりだ」
 そうかもしれない。つられて僕も笑う。本当に、心からそう思うよ、恭介。
「それで?」
 その言葉を聞き返すように、僕は恭介を見る。
「何か俺に話があるんじゃなかったのか?」
 僕はしばらく上を見上げ、考える仕草をする。だけどそれは仕草だけで、実際は何も考えていなかった。
「ううん、いいんだ。また今度」
 そう言って席を立つ。
「今度があるのか?」
 心なしか、先程までより真剣な表情の恭介。けれどどうしてそんなことを聞くのか、きっとお互いよく分かっていなかった。
 うん、あるよ。
 そう呟いて、僕は教室を後にする。
 一瞬の奇跡の中にいると思う。やがて失われゆく、かけがえのない瞬間の中にいると思う。皆が好きだった。皆と一緒にいる時間が好きだった。嘘いつわりなくそう思っている。
 それを再び捨て去ろうとする僕を、誰か愚かと笑うだろうか。

 僕らはどこまで自身の分裂に耐えられるのだろう。
 例えば僕から両親を奪ったあの事故が神様の仕業だとして、修学旅行のバス事故が神様の与えた試練だとして、それに何らかの意味があるだなんて、僕は思わない。
 夜。自動販売機近くのベンチに座って、星を眺めていた。真人が眠るまで待ってから部屋を抜け出したのだけど、真人は気づいていたかもしれないな、なんて。そんなことを考えていた。
 太陽が出ている間はまだ暖かいが、夜になるとぐっと気温が下がる。かじかんだ指を暖めるべくホットコーヒーを買った。砂糖とミルクを増量したそれは、口に含むとじんわり甘く、ゆっくりと胃の中へ下っていくのが分かった。
 両手でカップを包み、ベンチに背を預ける。空気が冷たい方が星が綺麗に見えるらしいと、昔、誰かに聞いた気がする。流れ星が来ないように願うべきだろうか。それとも流れ星に僕らの願いを叶えないように願うべきだろうか。もしも本当の願いが叶ったとして、人はそれを容易く受け入れられるのだろうか。
「……理樹くん?」
 声のした方向を見やると、そこには私服姿の小毬さんが立っていた。寒くなったとはいえ、いささか重装備のダッフルコート。ニットの手袋。
「小毬さん」
「びっくりしたよ〜、こんな時間に人がいるなんて思ってなかったから」
「それは僕も同じだよ。小毬さんこそどうしたの?」
 これって校則違反だよねえ。お互い様、お互い様。共犯だよ、共犯。冗談混じりにそんなことを話している間にも、小毬さんは自動販売機とのにらめっこを始めていた。しばらくして出てきた紙コップを持ち、小毬さんは僕の隣に座る。
「私ね、コタツで暖まっていると、アイスが食べたくなる人なの」
「ああ」
 僕は何となく理解する。
「つまり、寒空の下で星なんか眺めながら、暖かい紅茶など飲みたくなったんだ」
 もっと言うなら、そういう気分の話。
 小毬さんの手の中で乳白色の液体が湯気を立てている。
「ぴんぽ〜ん、正解です。理樹くんも?」
「う〜ん、そうだね。僕も似たようなものかも」
 やっぱり共犯者だ。嬉しそうな小毬さん。
「でもさ」
 僕は付け加える。
「暖かい部屋でお鍋をつつくっていうのも、いいよねぇ」
「あはは、もう少し寒くなったら皆を誘ってみようか」
 思わず僕らはいつもの調子で笑いあい、それに気づいて声を落とす。少しの沈黙。小毬さんが笑顔のまま、口許へ人差し指を寄せ、静かに、と言う合図をして見せる。色づいた木々の葉が揺れる音。地面に落ちた枯れ葉が擦れる音。
 ずっと考えていた。幼いあの日、恭介が僕の手を引いてくれなかったら、僕は生きることを諦めてしまっていたかと。あのバス事故でみんなを失った後、僕は本当に駄目になってしまっていたかと。
 色々なことが混ざってごちゃごちゃになっているけれど、僕はそれを知らないし、それを恭介に尋ねることは、結局、最後までできなかった。あの世界を誰よりも許せなかったのは、この世界を誰よりも求めたのは、やっぱり僕なんかより恭介の方だったから。
 たった一人だけの、本当の自分がどこかにいるとは思わない。唯一無二の、真実の世界がどこかにあるとは思わない。だけど疑念はいつもそこで頭をもたげる。
 僕は本当に強くなれたのだろうか。僕らがいつまでも一緒にいられないなんて分かっている。いつか避けられない別れが来ることも知ってる。僕らが欲したのはそういう世界だ。けれどその時、僕はその別れを笑って受け入れることができるのだろうか。
 受け入れられない過去を忌避してしまった僕に、果たしてそんな未来が訪れるようなことがあるのだろうか。
 近づいていた顔を寄せ、彼女の唇に口づけた。
 時間が緩やかになるのを感じる。
「今度は、ないって言ったのに」
 抑揚のない、小毬さんの声。
「本当に、もう二度と今度は来ないって、今、分かったから」
 小毬さんのことを知ってる。君がどんな過去を持っているか知ってる。僕があの時、小毬さんにキスしたのは、そのことを覚えているから、小毬さんを好きだった時の気持ちを覚えているからなんだ。
「気づいてた?」
 小毬さんがすっと表情を緩める。
「屋上で理樹くんにキスしようとしてたのは、私のほうだったんだよ」
 いきなり目を覚ました時はびっくりしたけど。その、逆にされちゃったし。小毬さんの告白に、僕は黙って訳を問う。
「眠りの森のお姫様は王子様のキスで目を覚ましたのでした」
 王子様? 僕は間の抜けた声で聞き返す。
「私が、王子様」
 理樹くん、お姫様。小毬さんが手袋を外し、両手で僕の頬を包む。
「理樹くんのしたいようにすればいいと思う。皆が皆そう言うか分からないけど、私はそう思う」
 彼女の温もりがじんわりと伝わってくる。自分の感情をどう表現していいのか、どう言葉にしたらいいのか僕は分からなかった。
 世界の終わりが訪れたら、みんな壊れてしまうのだろう。
 壊れたみたいに笑って、思いきりはしゃぐのだろう。
「いってらっしゃい、じゃあ、ダメなんだよね」
 さようなら。あなたが好きだった。
 抱き締められたのが分かって、僕はそっと目をつむる。
 ありがとう。僕も、君が好きだった。

 僕を待つのは、恐らく悲劇だろう。あんな穏やかな日々は、二度と訪れないだろう。
 次に目を開けた時、僕はまた一人ぼっちになっているかもしれない。両親を失った子供の時のまま、膝を抱えて震えているかもしれない。
 だとしても、僕はこれから自分の過去と向き合おうと思う。それがどんなものであろうと、僕はそのあるがままを受け入れたいと思う。例え僕が、もうこの世にいなかったとしても。
 世界は時に残酷で、そのことに何の意味もなくて、それでもいいと思ったのは、それでも真摯に、無様に生きたいと思ったのは、皆がいてくれたおかげだから。
 そして、いつかもう一度、僕は君達と生きたい。

 物語の果てで待ってる。
 物語の外で待ってる。
 物語とは別の場所で、待ってるから。


 誰かが側にいる。そんな気配を感じて理樹が目を開けると、そこには見知った顔があった。
 僅か数センチの距離に。
 間髪入れず絶叫、同時に迅速な後ずさり。
「おはよう、理樹くん」
「小毬さん、顔っ、顔近い……くしゅっ!」
 理樹がくしゃみをする。
「大丈夫?」
 もうこんな寒さだから屋上で眠るのは危険だと思うよ。風で乱れるスカートの裾を押さえ、小毬はそう呟いた。
 理樹が両腕を擦りながら首肯する。
「生死を左右しかねないね……」
「命の恩人?」
「命の恩人」
 小毬はえへへと笑う。そして携帯電話を取り出す。
「それより理樹くん。これ見て」
 小毬に言われるがまま、理樹は差し出された画面を見る。表示されていたのはこんな文章。
『貴方達の愛しい愛しいモンペチは私が頂戴したにゃん(はぁと)。勇気ある名探偵の諸君、私を捕まえたくば部室に集合したまえぶははは!(cv若本) by怪盗キャットリート』
 別にモンペチは愛しくないんだけど。僕らが猫な訳じゃないしなぁ。理樹が内容をよく確認すると、どうやらいましがた届いたばかりのメールのようだ。
「これ、何?」
「事件みたい」
「犯人からの犯行声明?」
「うん」
「送信者の欄に思いっきり『三枝葉留佳』って表示されてるんだけど」
「ああっ、言われてみるとそうだ!」
 うそ〜ん。苦笑いを浮かべながら、理樹は考えを巡らせる。どうやらまたいつものゲームが始まるらしい。ここ最近、西園さんが睡眠時間を削って何か書いていたようだから、脚本は彼女かもしれない。
 とにかく部室に行ってみようか、理樹は小毬にそう促した。
 ひときわ冷たい風が吹く。
 冬がもう、すぐ側まで来ている。
「理樹くん」
 屋上から出ようとしていた理樹を小毬が呼び止める。
「もうずいぶん寒くなってきたから、そろそろ鍋パーティの計画を立てようか」
 きょとんとした表情を浮かべ、理樹が小毬を振り返る。小毬も理樹を見つめる。
 その沈黙に耐えかねたのか、慌てて理樹は何かを言おうとした。しかしそれより早く、小毬はいつもの小毬に戻っていた。
「ううん、ごめんなさい。何でもないの。私の勘違い」
 理樹に走り寄ってその背中を押す小毬。二人は何事か話しながら部室へと向かう。誰もいなくなる屋上。誰もいなくなった屋上。


[No.696] 2008/11/14(Fri) 22:58:24
季節の変わり目はこれだから困る (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@2755 byte

「ぱんつ盗られた」
 部屋にやって来た鈴がいきなりそんなことを言うものだから、僕は思わず彼女のスカートをめくろうとし、めくろうとしたのはいいけどスカートに触れる前にぴょんと後ろにかわされた。
「……ヘンタイ」
「いやいやいや」
 しかしまあ、スカートの裾を引っ張るようにして手をもじもじさせる鈴は珍しく女の子っぽくて、なんだか胸の内にときめきめいたものを感じてしまう。はて、僕の幼馴染みはこんなにも愛らしく、魅力的だっただろうか? ぱんつを穿いてないというだけで、ここまで変わるものなのだろうか。
「というか、あれ? 部屋に下着泥棒が入ったとかじゃなくて、穿いてたぱんつを盗られたの?」
「……おまえ、スカートめくろうとしていて今さらそれか」
 非難めいた視線を僕にぶつけてくる鈴だけど、自分の大事なトコロを守る薄くも強固な鎧を失くしているせいか、どうにも力がない。
「とりあえず、事情を聞かせてよ。真人はしばらく戻ってこないしさ」
「……うん。ちょっと長くなるけど、いいか?」
 もちろん、と僕は頷く。
 しばらく躊躇っていたが、鈴はやがて事の次第を語り始めた。
「ささ子にけんかを吹っ掛けられたから受けて立ってやったが、なんと驚くべきことにあたしが負けた。それで戦利品として持っていかれた」
「終わり?」
「うん」
「短いね」
「そーだな」
 立ったままなのもなんだから座りなよ、と促す。こくりと頷いてベッドの上、手製のちゃぶ台で宿題をしていた僕のちょうど真正面に腰を下ろす鈴は、両の脚をぴったりとくっつけている。少し残念に思いながらも、いつもは健康的だとしか思わないその脚が妙に艶めかしく見えて、僕は否応もなく興奮してしまう。
「……って笹瀬川さん、何やってんだあんたぁぁあぁあぁぁぁっ!」
「微妙に遅いぞ、ツッコミ」
 なんと逆に鈴にツッコまれてしまった! この僕が!
 ああ、なんてことだろう……。常の鈴にはない妙な色香に惑わされてしまって、いつもの調子が出ていない。ダメだ、こんなことでは。仕切り直すためにも、何か別の話題に切り替えなければ。
「というか、別のぱんつ穿いてくればよかったじゃない」
 結局ぱんつだった。仕方ないじゃない、男の子だもの。
「あー、それか。うん、それか。あー」
 妙に歯切れが悪い。何か恥ずかしいことでもあるのだろうか。
「笑ったりしないからさ、言ってごらん」
「うーみゅ……」
 唸りながらまたも躊躇いを見せていた鈴だけども。
「うー……なんかよーわからんが、あれだ。す、スースーするのが、なんだ、こう……」
 落ち着かない、ということかな。
「きもちいいんだ」
「あれぇー」
「そんなわけだから、しばらくこれで過ごしてみようと思う」
「いやまあいいけどさ」
 あれ? いいのか? だってそれってつまりノーパンってことだよ? ん? ノーパンだからこそいいのか? 
「とりあえず、野郎にツッコミ入れる時はキックじゃなくて目潰しにしようね」
「わかった」
 それだけ約束して、後は最近涼しくなってきたねー、なんて世間話をしたり、軽く押し倒したりして過ごした。
 この時の僕は、まだ知らなかった。
 僕が軽々しくノーパンライフを認めてしまったばかりに、鈴があんなことになってしまうなんて……知らなかったんだ。










「へくちっ」
「…………」
「かぜひいた」


[No.697] 2008/11/14(Fri) 23:23:09
唇寒し (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@8597byte

「早朝の散歩に行きませんか?」
きっかけは、ほろりと零れた西園さんの一言だった。
恋人になってからの僕達は映画館や本屋など色々な所に赴いていて、これまでに散歩をしたことも何度かあった。
しかし、早朝に散歩をしたことは未だかつてなかったことであって。
もちろん僕は西園さんの提案に快諾した。
早朝の散歩に惹かれたのもあったけど、何よりも彼女である西園さんの誘いを断ることなんか元より考えもしていなかったことだった。



地平線から太陽が昇り始めている。
僕は朝日の眩しさに思わず目を細めた。
少しだけ肌寒いけれども澄み切った空気や鳥のさえずりが朝を清々しく感じさせてくれる。
秋にしては気温が低いのだろうか。
吐く息は白く、隣にいる西園さんの顔は少し赤みが差していた。
「寒くない?」
「そうですね、少しだけ寒いかも知れません。けど、大丈夫です」
西園さんは少しだけ肩を縮こませて言う。
とても寒いと言うほどの気温でもないけれど、悴んだ手に息を吹きかけて温めている姿を見て放って置けるわけにはいかなかった。
僕は西園さんにすっと手を差し伸べる。
初めはきょとんとした表情で僕の顔を見ていたけれど、僕の意図が通じてくれたのかそっと握ってくれた。
「うわっ、冷たっ」
握られた手は予想以上に冷たくて思わず驚いてしまった。
「そうでしょうか?」
「うん。冷たいと思わなかった?」
「少しだけ。もともと冷え症なので、人よりも冷たいのかもしれません」
繋いだ手に指を絡める。
冷え切ってしまった手を少しでも温めてあげたくて僕はぎゅっと繋ぐ力を強めた。
西園さんは微かな力で握り返してくる。
僕は未だに手を繋ぐことさえ慣れていなくて。
ましてや僕に出来るエスコートなんてあまりに稚拙なものだというのに。
それでも西園さんは確かに僕の気持ちに応えるように手を握ってくれる。
気恥ずかしさと喜びが混じり、寒さとは別の理由で頬に熱が巡る。
「直江さんの手、温かいですね」
「そうかな」
「はい」
河原を歩く僕達。
川面は太陽の光でキラキラと煌めき、朝日の輝きをより一層眩いものとしていた。
お互いの足音だけが静寂を破っている。
会話こそないけれど、隣に西園さんがいてこうして散歩をしているだけでも僕は幸せな気持ちで満たされていた。
「あれは…」
「西園さん?」
しばらく土手を歩いていると西園さんの視線が少し下に向けられていることに僕は気付いた。
何を見つめているんだろう、と僕が思ったその時だった。
「あっ」
「うわっ」
何かに躓いてしまったのだろうか。西園さんの体が前方に傾いた。
僕達は手を繋いだままだ。
僕は同じように前に投げ出されるようにして躓く。
急に躓いた西園さんを引っ張ってあげることが僕には出来なくて。
結果、二人一緒になって転んでしまう形となってしまった。
「いてて…だ、大丈夫?」
「はい、大丈夫で――っ?!」
「西園さん?」
「…いえ、何でもありません」
西園さんはうつ伏せの体勢を正し、土手に座り込む。
そして、スカートについた葉っぱや泥を座ったまま払い始めた。
僕が情けないばかりに転ばせてしまったから、なんだか見ていて凄く居た堪れない気持ちになってくる。
「その、ごめん」
「どうして直江さんが謝るんですか?」
「いや、だってあそこで引っ張ってあげてれば汚れることもなかったでしょ?」
「いえ、転んでしまった私の方に過失があります。どうか直江さんは気に病まないで下さい」
その様子は我慢しているわけでもなく、普段と変わらない西園さんに見える。
けれど、先程一瞬だけ見せた歪んだ顔を見てしまっては僕はとても何でもないようには見えなかった。
「西園さ――」
「ときに直江さん」
僕が西園さんの具合を確かめようと声をかけようとした。
ところが西園さんは僕の言葉を遮るかのようにして僕に話し掛ける。
「あの、西園さん?」
「…話しかけようとしているのはこちらですよ?」
「いや、西園さんが僕の話に割り込んだよね?」
「気のせいです」
「そうかな?」
「そうです」
物凄い勢いではぐらかされる。
恐らく、怪我を負ってしまったのは事実なんだろう。
そして西園さんはそれを努めて隠そうとしているのかもしれない。
僕は仕方なく言及することを諦めて西園さんの話に耳を傾けることにした。
西園さんはふう、と呼吸を整えてから話を続ける。
「私達が転んだ場所に生えているこの花は何の花だと思いますか?」
花? 花なんか咲いていただろうか。
そう思った僕は辺りを見やる。
すると、よくよく見ると転んだ近くに紫色の花が咲いているのが分かった。
見覚えがない花の形。
けれど、僕はこの花をどこかで見たことのあるような気がしてならなかった。
「うーん…どこかで見たことはあるんだけど。いまいち思い出せないなぁ」
「たぶん、直江さんの記憶は正しいかと。これは藤袴という花です」
フジバカマ。
その名前にはどこかで聞き覚えがあった。
「萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」
「え?」
「山上憶良が詠んだとされる歌です。萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗。これらは一般的に秋の七草と呼ばれるものです」
「…ああ、思い出した。確か生物の授業でそんなことを言ってたかも」
「はい。直江さんはこの間の授業のことを思い出していたのでしょう」
西園さんは藤袴をそっと撫ぜる。
その表情はとても穏やかで、慈愛に満ち溢れているように僕は見えた。
「藤袴は最近では滅多に見られる花ではありません。なので、つい目が向かってしまったのです」
確かにこの場所に咲いている以外には藤袴は見当たらず、それどころか他の花すら咲いていない。
雑草に囲まれた中で咲いている藤袴は美しくも可憐でもあり、何よりも孤高であるように感じた。
「綺麗、ですよね。儚げにすら思える位に」
「うん。でも、僕には儚いというよりは気高く咲いているようにも見えるよ」
「どうしてですか?」
「どうしてだろう…周りが雑草でもしゃんと胸を張って凛々しく咲いていたから、かな」
「…直江さんに気に入って貰えたようで嬉しいです。この花も、きっとそう思っていますよ」
西園さんが本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。
僕もつられて笑みを零した。
それから彼女は腕に力を込めて立とうと試みるも、膝が伸びきる前に前のめりに倒れそうになる。
今度はすかさず僕が受け止める。
「すいません、どうやら足を捻ってしまったみたいで」
西園さんは足を押さえ、苦痛で思わず顔を顰めている。
やはり先程の転倒の際の歪んだ表情は足を痛めていたことによるものであった。
「どうしよう。肩を貸そうか?」
「いえ、出来れば、その…」
「その?」
「直江さんにおぶって貰いたいです」
「うなっ!?」
僕は思わず顔を赤く染める。
西園さんはそんな僕の様子を見て半眼を投げている。
その表情は呆れているようにも怒っているようにも見えた。
足を押さえている西園さんは必然的に彼女から見れば僕の顔は上にある。
こんな状況下の中、不謹慎ながらも頬を染めながらの上目遣いが何とも言えないほど可愛く思えた。
「私だって恥ずかしいです。それを承知でお願いしているのです。それなのに直江さんは断ると言うのですか」
「いや、うん、そうだよねっ」
「…直江さんは鬼畜です」
「ごめん、わかった、おぶる! おぶるから!!」
僕はその場で屈んで西園さんが背中に乗っかりやすい様に背中を丸める。
西園さんは僕の肩を掴んで、ゆっくりと僕の体に体重を預けてきた。
もちろん西園さんの控え目ながらもとても柔らかい部分を僕は意識せざるを得ないわけで。
「どうしました?」
「い、いや、なんでもないよっ」
まだ早朝で人の姿がないのが幸いだった。
そうでなければ僕の心は羞恥心で見るも耐えないほどに押し潰されていたことだろう。
「少し、寄り道をしてしまいましたね」
「たまにはこんな寄り道もいいと思うよ」
「…そうかもしれません」
「動くよ? しっかり掴まっててね」
「はい」
西園さんを気遣いながらゆっくり歩き始める。
それでも僕は極度の緊張から歩き方はガチガチとした硬いものであった。
「…私は、重いですか?」
「そんなことはないよ」
「先程からとても重そうにしています」
「それは…好きな人をおぶってるんだから緊張するに決まってるよ」
「そうですか」
ふと、肩を掴む力が強まった気がした。
急に握りしめられた僕は様子が気になって振り向こうとする。
「西園さん?」
「振り向かないで下さい」
「え、なんで?」
「何でも、です」
「もしかして、照れてる?」
「…直江さんはずるいです。好きな人におぶられて、照れていないわけがないじゃないですか」
消え入りそうな声で西園さんは呟く。
西園さんも僕と同じく紅葉のように赤く染まった顔をしているのだろう。
「直江さんの背中、大きいですね」
「そうかな?」
「はい。それにとても温かいです」
それきり僕は恥ずかしくて何も言うことが出来なかった。
西園さんもただ黙ったまま、ぽふり、と西園さんは僕の背中に顔を埋める。
寮に着くまでの間は互いに喋ることはなく、ただ冷たい秋風が吹き抜けるだけだった。



「ここまでで大丈夫です」
再び西園さんが話しかけてくれたのは女子寮の前に来た時のことだった。
「大丈夫?誰か呼んでこようか?」
「心配には及びませんよ」
そう言って僕の体から早々と下りる西園さん。
誰かに見られるのがよほど恥ずかしいのか、あまりに早く下りてしまったので僕は名残惜しさを感じた。
と、同時に西園さんの足の具合が気になった。
立とうと試みるだけでも痛みが奔るのなら状態はあまり芳しくはないのだろう。
「無理しないで。歩けないほど痛いんでしょ?」
「大丈夫です。ああ……それと、捻ったことは実は嘘です」
「…へ?」
僕は西園さんの言ったことがよく分からなくて思わず聞き返す。
目の前にはついさっきまで足が地に着いただけで痛みを堪えていた西園さんが嘘のように平然と立っていた。
あまりに信じられない事態が目前で起こっていて僕は展開の早さに付いて行けずにいた。
「では、また後ほど学校で」
まるで秘かな悪戯が成功したような笑顔でくすりと笑う西園さん。
ああ、そう言えば西園さんって演技派だったっけ。
してやられてしまった僕は思わず愕然となり、女子寮へと歩く西園さんの姿を見続けることしか出来なかった。
ふと、西園さんの笑顔が誰かと重なる。
それは追憶の彼方にいる誰かを彼女の顔から垣間見ているような。
そんな思いを馳せながら、僕は河原に咲いていた一輪の藤袴を思い返していた。


[No.698] 2008/11/14(Fri) 23:42:01
秋の夜空に想いを馳せて (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@7366byte

 こぽこぽと音を立て、湯気を上げる液体が湯呑みに注がれていく。八分目ほどまでたまったところで隣に座る彼に湯呑みを差し出す。

「どうぞ、リキ」
「ありがとう、クド」

 湯呑みを渡す際に彼の指を掠めた指先が、湯呑みとはまた違うもどかしい熱を持つ。しかし彼の方はそうでもないのか、特に気にした風も無く口にする。 

「それにしても、いきなり夜の校舎の屋上に呼び出されたときは何かと思ったよ」
「あ……説明不足で申し訳ありませんです……」
「あ、いいっていいって。星、綺麗だしね」

 少しだけ自分の失態を恥じる私に彼は慌てたように言って、空を見上げる。釣られて私も仰いだ夜空には、赤いもの、黄色いもの、白いもの、明るいもの、暗いもの……。数え切れないほどの星々が瞬いていた。





   秋の夜空に想いを馳せて





 二学期になって授業が再開されて少ししたある日、私はリキを夜の屋上に誘った。目的は天体観測。以前聞いた、リキと小毬さんの二人が屋上で流星群を見たという話を受けてのことだった。
 今日のことに関しては、小毬さんにいろいろとお世話になった。屋上の窓を開けるドライバーも借りたし、夜の屋上はとても寒いだとか、途中で眠くなるかもしれないとか、お菓子はいっぱい用意しておいた方がいいだとか、たくさんのアドバイスを貰った。
 魔法瓶の水筒から先程より一回り小さい湯呑みに注ぐ。白い湯気と芳しい香りをあげるそれは緑茶。眠くなってしまわないようにと選んだ、カフェインたっぷりの玉露だ。ふうふうと息を吹きかけながらゆっくりと口にする。食道からじんわりと熱が体に広がっていく。ほぅ、と思わずため息がこぼれた。

「わふー」
「……あったかいね」
「はいっ」

 秋も深まり徐々に気温が下がっていく今日この頃、まして夜のコンクリートの上はとても冷える。顔や指先など、空気に触れる部分はちくちくとした寒さを感じていたけれど、それも両手で掴む湯呑みとそこから立ち上る湯気で仄かに温められる。私はいつものマントと、さらにその上から羽織った毛布に包まり直した。
 私は寒いのが苦手だけれど、天体観測には気温が低い方が向いているらしい。空気中の飽和水蒸気量が下がるために空がはっきりと見えるのだそうだ。加えてこのあたりはこの学校以外には大きな建物も無く、寮の消灯時間も過ぎた今、あたりには最小限の明かりしかない。それらのおかげで頭上の星々はその光をはっきりと私たちの元まで届けていた。
 地球に届いた星の光が描き出す、いくつもの星座。カシオペア座、ケフェウス座、くじら座……。夜空を彩る秋の星座の数々。その中のひとつを指差した。

「リキ、あの星座を見てください」
「えーっと、あれかな?」
「はいっ。リキはあれが何座か分かりますか?」
「うーん……確か……」

 ほぼ天頂にあるひとつの星座。彼は私の指先を追い、それを見つける。

「アンドロメダ座、だっけ?」
「正解なのですっ。リキはアンドロメダ座にまつわる神話はご存知ですか?」
「ごめん、そこまでは知らないや。クド、教えてくれる?」
「はいっ、お任せくださいっ」

 そうして、私は語り始めた。遠い世界の物語を。



 ――ある島国でのこと。
   傲慢なカシオペアの態度は神の怒りに触れ、国は大いなる災いに見舞われた。
   神の怒りを鎮めるためには、カシオペアとその夫ケフェウスの一人娘、アンドロメダを生贄として差し出せという。
   アンドロメダは、それで国が災いから救われるならと、自らの身を差し出した。
   鎖に繋がれ、海の怪物に差し出されたアンドロメダ。
   半身を水に浸された岩牢で、彼女は思った。
   国のために自分を差し出したことは間違っていないと。

   ……それでもやはり、叶うことなら国だけでなく自分も生きたいと。

   そこに純白の天馬に跨り颯爽と現れた英雄、ペルセウス。
   英雄は先の冒険で手に入れた見るものを石にする魔物、メデューサの首をもってして海の怪物を退治した。
   ペルセウスの働きで国には平和が戻り、アンドロメダはペルセウスの妻となった――。



「うーん……前にも聞いたことがあるような気はするんだけど」
「そうかも知れませんね」

 アンドロメダ座の隣、やや北東のペルセウス座。そしてアンドロメダ座を中心としてペルセウス座の反対、南西のペガサス座を指差しながら、私は語った。
 リキは何かが引っかかるような表情で首を傾げる。ギリシア神話のペルセウスとアンドロメダのお話は比較的有名なエピソードであり、以前に聞いたことがあったとしても何ら不思議ではない。
 でも、私は知っている。リキが覚えてはいなくとも体験したことを。
 ギリシア神話の世界でもない、そして今私たちがいるこの世界でもない遠い世界で、国のための生贄として鎖に繋がれた女の子がいたことを。そしてその女の子を励まし、助けてくれた男の子がいたことを。

 ……リキ。あなたが思い出そうとしているのは、いつか聞いたギリシア神話なのですか? それとも、いつか体験したあの夢の世界なのですか?
 首を捻るリキに、心の中でそう問いかけて。

「リキは、――さんに恋していますよね?」

 口では、全く別の質問をぶつけた。

「え……ええぇぇぇっ!? なんでいきなりっ!?」

 途端にわたわたと慌てるその姿は、そうだ、と答えるより余程雄弁に私の問いを肯定していて。ちくりと胸の奥が痛む。それを堪えながらもくすりと小さく笑う私に、彼は観念したかのようにため息を付いた。

「……よく分かったね」
「それは分かりますよ。最近のリキ、野球の練習中にはいつもあの人の姿を目で追っているじゃないですか」

 そして私は、いつもそんなあなたの姿を目で追っていたのだから。気付かないはずが、ない。

「だから……」

 つい先を言いよどんでしまう自分をしっかりしろと叱咤する。そもそも今日リキをここに呼び出したのだって、これを言うためだったのだから。

「……私にも、リキの恋を応援させてくださいっ」



 神話のペルセウスは、メデューサの首をもってして海の怪物を退治し、アンドロメダを救い出した。
 目の前のペルセウスは、あの破片をもってして鎖を砕き、私を助けてくれた。

 ……けれど。

 あの破片がメデューサの首であったのならば。
 囚われていたのはアンドロメダではなく、メデューサの娘。

 それは明らかな“みすきゃすと”。
 事実、このペルセウスは鎖に繋がれていた女の子ではなく、別の女の子に想いを寄せているのだから。
 私は、アンドロメダではない。
 ……ならば、せめて。

 再び空を見やる。目に入ったのはアンドロメダ座で最も明るい星、アルフェラッツ。そして秋の大四辺形を形作る四つの星のうち、アルフェラッツを除いた三つの星、マルカブ、シェアト、アルゲニブ。それらをその内に抱える秋の星座。
 ――ペガサス座。

 ……ならば私は、ペガサスになりたい。地に落ちたメデューサの血の中から現れた、純白の翼をはためかせ、長い鬣を靡かせる天馬に。ペルセウスをその背に乗せ、アンドロメダを救うのを助けた天馬に、私はなりたい。



「まさかクド、それを言うためにわざわざここに呼び出したの?」
「はいっ。だって私は、ペガサスになりたいのですからっ」

 空を見れば分かる。雄雄しい英雄ペルセウスと美しいアンドロメダという後に結ばれる二人は、星空の中にあっても寄り添うようにそこに在ることを。そしてペガサスもまた、そっとアンドロメダの隣にいることを。
 ……ペガサスにとってのアンドロメダもまた、素敵なおともだちだったのだから。

 ぇ、と隣で小さな声が上がるのにも構わず、羽織っていた毛布ばっとを脱ぎ捨て、前に駆け出す。秋の夜風に白いマントと亜麻色の髪を靡かせた私の後姿は、彼から見れば天馬の背のように見えただろうか。ふと、そんなことを思った。

「クド?」
「リキには以前話しましたよね。私、こすもなーふとを目指しているんです。こすもなーふとになって、宇宙を旅したいんです」

 空を越え、宇宙を羽ばたく天馬のように。

「私は私の夢のために頑張ります。だからリキたちも頑張ってほしいのです。リキたちの夢のために」

 あの事故に遭って以来、彼女の方も彼をはっきりと意識していることを私は知っている。二人が行動に出さえすれば、その願いはきっと叶うだろう。

「だからっ!」

 フェンスの手前で、彼に向かってくるりと振り向いた。今はどこか間抜けな顔をしているけれど、本当は神話の英雄のように素敵な彼に、その言葉を捧げる。

「幸せに、なってくださいっ」

 ペルセウス、と続けそうになった言葉だけは飲み込んだ。





 ペガサス座流星群の極大期は随分と先だというのに、ペガサスから一筋、流星が煌めいた。


[No.699] 2008/11/14(Fri) 23:48:47
もみじ (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@2803byte

朝起きて着替えていると、鈴が僕の背中を指差して言った。
「理樹。背中、真っ赤になってるぞ?」
「え?…ああ、昨日会社の先輩に叩かれたんだ。よくやったって」
 先輩としては、僕の苦労をねぎらうためにしたことだろうけれど、高校以来鍛えていなかった僕の背中には真っ赤な手のひらがいまだに残っている。叩かれたときは、しばらく息が出来なかった。
「そんなことよりさ、鈴。今日は久しぶりの休みだから映画とかに行かない?前に見たいのがあるって言ってなかったっけ?」
着替えを済ましながら僕は鈴に言った。最近、大きな仕事を任されるようになってから残業は当たり前、土日出勤もざらだった。鈴にはさびしい思いをさせたかもしれない。昨日で仕事はひと段落したので、今日はずっと鈴と一緒に過ごすつもりだ。
僕の誘いに、しばらく何かを考え込んでいた鈴が言った。
「理樹、こーよーを見に行くぞ。」







 澄んだ空の下、僕たちは近所の野山へと向かった。
 木々の色はすっかり色を失い、道端には、誰かが掃除したのだろうか、落ち葉がまとまったひとつの塊となっていた。
ここへ来るにあたって、どうして紅葉なのか、と鈴に聞いたところ、
「お前の背中のもみじを見てたら、本物を見たくなった。」
と、だいぶどうでもいい理由からだった。しかし、鈴と一緒なら僕はどこでもよかったので、今こうしているのだけれど。
仕事のことや猫のことを話しながら頂上を目指す。何だか時間がゆっくり流れているような気がした。
あの事故の後、僕らはあらゆるものが変化した日常へと戻り、高校を卒業した。そして、鈴と一緒に、寄り添うように生きてきた。
いなくなったみんなは思い出へと溶け込み、なんとか一命を取り留めた葉留佳さんも、まだ目を覚まさない。今も、二木さんが彼女の帰りを待ち続けている。


歩いていてしばらくすると、休憩所のようなところへとたどり着いたので、休憩を入れることにした。二人で木製のベンチへと腰掛ける。僕たちのほかに人はなく、二人っきりだった。
しばらく周りの風景を堪能する。風で揺れるたびに、少しずつ、確実に、その姿を変える。
なぜか、みんなのことを思い出した。もしここにみんながいたら、どんな光景なのだろう。
小毬さんは、持ってきたお菓子をみんなに振る舞い、クドや西園さん、来ヶ谷さんとみんなでお茶会をしているだろう。その横では、葉留佳さんが落ち葉に飛び込もうとしているのを、二木さんが止めている。
真人や謙吾は、木に登って紅葉まみれになりながら落ちてきそうだ。
恭介は、きっとまた色々と企んでいるに違いない。みんなのリーダーは、きっと僕らが驚くようなことをするはずだ。


気がついたら、涙が流れていた。袖でこすっても、一向に止まらない。鈴はそんな僕の背中をずっとさすっていてくれた。
鈴と強く生きる。みんなとの約束。僕は、守れているのだろうか。

涙が止まっても、鈴は僕の背中をさすっていてくれた。
「鈴」
「ん?」
僕は鈴の手をぎゅっと握った。鈴も僕の手をぎゅっと握り返す。
ずっと握ってきた鈴の手。硬さを失くしたその手を僕はずっとつなぎ続けるだろう。
「鈴」
「ん?」
「愛してるよ、鈴」
「んなっ…。」
僕の言葉に鈴が口をつぐむ。顔が真っ赤だ。
空を見上げる。いつもより空が低く感じられた。
秋の空は低い。
今にも落ちてきそうな空の下で、紅葉が散った鈴の顔に、僕はそっと口づける。


[No.700] 2008/11/14(Fri) 23:50:21
[削除] (No.684への返信 / 1階層) -

この記事は投稿者により削除されました

[No.701] 2008/11/15(Sat) 00:02:25
秋といえば (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@20186 byte

 空を見上げる。
 若干肌寒く感じるこの季節。
 冷たく澄んだ空気が空の青をより鮮やかにしている。
 視線を地面に戻すと、いつの間にか鳥たちが木の傍に降り立っていた。
「相変わらず、ですね」
 季節が変わろうとも彼らの行動に変わりはない。
 若干鳥たちの種類が変わっている気はするけれどもおおむね一緒だった。
 わたしは用意してあったパン屑を取り出すと少し離れた位置にそれを放った。
 すると慣れたものなのだろう。
 素早く鳥たちはパン屑に群がり我先にへと食べ始めた。
「相変わらず、ですか?」
「ええ」
 そういえば秋になって変わったことが一つある。
 こうやって中庭で一緒に本を読む人間が一人増えたのだ。
 1学期からリトルバスターズの面々と交流を持つようになったけれども、彼らの大半は自分とは違い騒がしい気性をしている。
 わたしもその中に混じって色々な遊びを行っているが、やはり自分の性格上静かに本を読んでいるほうが好みなので一人でいることも変わらず多かった。
 けれどこの秋になって新たにバスターズに追加メンバーが増えたことでそれが変わった。
 それが彼女――古式みゆきさんだ。
 まあ彼女は正確には非メンバーではあるのだけれど、同じ時期に交流を持つようになったと言う点では同様に扱ってもいいのかもしれない。
「古式さんもどうですか?」
「よろしいのですか?」
「ええ」
 パン屑の入った袋を差し出すと柔らかく微笑み古式さんはそれを受け取った。
 そして持っていた蔵書――彼女の好みは歴史書や古典文学が大半を占めていた――を地面に置き、鳥たちに向かって餌を放り始めた。
 そんな姿を見ながらわたしは読みかけていた本に目を落とし、読書を再開する。
 時折鳥たちを見やり、古式さんと交替で餌をやるということを繰り返す。
 穏やかな秋の放課後。来ヶ谷さんではないけれど優雅に紅茶でも飲みながら過ごしたくなるような気分だった。
 タッタッタッ!
「ん?」
 軽快なリズムで走る足音。
 何かこちらに近づいてきているような。
「西園さんっ」
「え?」
 古式さんの注意を呼びかけるような声に振り向こうとした瞬間。
「みおちん見っけーっ」
「きゃっ」
 突如後ろから覆いかぶさるように抱きしめられ、わたしは情けなくも悲鳴を上げてしまった。
 当然のように鳥たちは驚いてその場から飛び立ち、あとには無様に地面に転がるわたしと、そのわたしに圧し掛かる不届き者、そして心配そうにオロオロとわたしたちを見やる古式さんを残すのみとなった。
 と言いますか、こんなことをやらかす人間をわたしは一人しか思いつきません。
「何か用ですか、三枝さん」
 わたしはできるだけ冷たい視線で後ろから抱きしめているその人物に向かって言い放った。
「冷たっ!なんかメチャクチャ対応が冷たいぞ〜」
「ええ、わざと冷たくしていますから。で、用件はなんでしょうか。先ほどまでの午後の優雅な時間をぶち壊しても伝えなくてはいけないようなことだったのですか」
 先ほどよりも更に強い視線で三枝さんを睨みつける。
 と言うかその背中で押し潰される柔らかく適度に大きい感触がすでにわたしに喧嘩を売っていて怒りが倍増しそうだ。
 するとわたしがかなり怒っていることに気づいたのだろう。
 慌てて彼女はその場から退き、それを見て古式さんはわたしの体を引っ張り起こしくれた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配かけて申し訳ありません。大丈夫ですよ」
 気遣って頂いた古式さんに礼を言う。
 幸いどこも打ってはいない。
「け、怪我ない?みおちん」
「……ぶつかってきた張本人が言わないでください」
 とりあえず三枝さんに釘を刺す。
 ……もっとも彼女に悪気がないのは分かっているけれども。
「やはは……」
 一応は反省しているのだろう。
 三枝さんは小さく頭を掻いていた。
「とりあえず挨拶がまだでしたね。こんにちは、三枝さん」
「そうですね。こんにちわ、三枝さん」
 わたしが頭を下げたのに習って古式さんも頭を下げる。
「や、やはは、こんちはー、みおちん。みゆきちも。んー、でも二人とも葉留佳って名前で呼んでくれていいのに」
 三枝さんはわたし達の名前の呼び方に不満を持っているようだ。
 まあ彼女……いや彼女たちの家庭の事情は図らずも知っており、三枝さんがそう希望する理由も分かるのだが急に変えるのは少々照れくさい。
 とりあえず今回はこのままで行かせていただこう。
「それよりもご用件はなんでしょうか。……まさかないとは言いませんよね」
 少しだけ語気を強めて尋ねる。
 これでないなどと返答されたら張り倒してしまおうか。
「あ、いやいやありますって。えっとね、二人は秋といえばなんだと思う?」
「はっ?……また脈絡のない質問ですね」
 わたしは溜息をつきつつ彼女を見やる。
「いやまー、ともかくみおちんとみゆきちは秋といえば何を思い浮かべるのか教えて欲しいなと思って」
 その声にふざけた色は見えない。
 何の理由もなく質問していると言うわけではないのだろうか。
 仕方ないですね。とりあえず正直に答えておきましょう。
「秋といえば……やはり読書の秋でしょうか」
「私は……スポーツの秋でしょうか」
 古式さんの言葉に、ああそれもあったなと心の中で頷く。
 けれど読書の秋と言うのはやはり秋と言う季節を表すのに相応しい言葉だろう。
 空の下で小説や純文学などを読み耽るもよし、自室で秘蔵の作品群を読み漁り悦に耽るもよし。
 秋の読書には春や夏とは違った趣があるのだ。
 しかし三枝さんはわたしたちの回答に不満があるのだろうか。
 失礼にも溜息などついてる。
「なんか当たり前すぎて面白くないなー」
 というか口に出していた。
 むっ、当たり前で何が悪いと言うのでしょう。
「いいですか、三枝さん。読書の秋と言う言葉にはちゃんと由来があるのですよ。昔、中国の韓愈という方が遺した『燈火親しむべし』という言葉が「あっ、そういうの別に良いよ」……くっ」
 なんと言うことでしょう。
 これから読書の秋から始まり様々な秋にまつわる逸話をお話しようと思っていましたのに。
「てゆーかさ、由来とかは別にいいんですヨ。ただ、みおちんが読書、みゆきちがスポーツってのは普通すぎだなぁって思っただけ」
「はぁ。ですが一番に思いつくとしたらやはりもっとも身近なものでしょうから仕方ないと思いますが」
 古式さんの言葉にわたしの同意する。
 三枝さんの言い分も理解できるが、馴染みのものが最初に思いつくのは道理だろう。
 ここでわたしが『スポーツの秋』などと答えたら、あまりにもそれはキャラに合わないと思う。
「甘い、甘すぎる。そんなことでお笑いの星のなれると思ってるのかーっ」
「いえ、目指してませんが」
 相変わらずの言動にわたしはぴしゃりと否定の言葉を投げつける。
「キビシッ。厳しすぎるよ、美魚っち〜。み、みゆきちは?」
「す、すみません。お笑いはちょっと……」
「えー、そんな〜」
 三枝さんの言葉に古式さんは恐縮しきりだ。
 はぁー、あまり彼女の言動を額面どおりに受け取る必要はないというのに古式さんは真面目ですね。
「はぁ、で、用件と言うのはそれだけでしょうか?」
 話が進まないので問い直す。
 それだけのことで憩いの場を壊したでしょうか。。
 すると彼女はポンッと手を打ち忘れてましたヨなどとのたまわった。
 たく、相変わらず三枝さんと話しているとなかなか結論に達しませんね。
「……で?」
 とりあえず先を促す。
「お、おお、えっとねー、読書やスポーツの秋もいいけど、やっぱ秋といえば食欲の秋だと思うんだよ」
「はぁ。まぁ確かにそういう言い回しもよくありますね」
「でしょ。ってことで焼き芋食べよ」
「「はっ?」」
 何がと言うわけでなのだろう。
 全然脈略がない。
「いや、だからさー。せっかく落ち葉を集めたし、ちょうどお芋も手に入ったから焼き芋にしようかなって」
 言いながら後ろからさつま芋が入ったビニール袋を二つ取り出す。
「はぁ」
 どう反応すればいいのやら。
 見れば古式さんも対応に困っているようだ。
 すると三枝さんは笑顔で言葉を続けた。
「もうみおちん以外にはメールしたからさ。あとはみおちんの答えを貰うだけなんだ」
「え?メール?」
 三枝さんの言葉にわたし慌てて携帯を取り出した。
 まさかすでにメールで情報が出回っていて、わたしだけ返事を出していなかったとかそういうことでしょうか。
 それならば失礼なのはわたしの方ということになる。
 けれど不慣れな手つきで携帯を操作するがメールの着信は確認できなかった。
「やはは、だからみおちんにはメール出してないって」
「え?ああ、そういえば……」
 勘違いしていたようだ。
 ……いえ、ならば何故三枝さんはわたし宛にメールを送信してくれなかったのでしょうか。
「あの、わたしもメールを受け取っていないのですが」
 理由を聞こうと口を開いた瞬間、古式さんが携帯を片手に困ったような表情を浮かべて三枝さんに尋ねていた。
「え、そうなの?おかしいな。みゆきちゃんには謙吾君のほうからメールを出してくれるって話だったんだけど……」
 首を捻りながら三枝さんは宮沢さんのお名前を口にする。
「宮沢さんからですか?」
 三枝さんの言葉に古式さんは僅かに目を輝かせる。
 ほう。普段はあまりそういった素振りは見せない方ですが、やはり想い人からの連絡と言うのは嬉しいのでしょうね。
 そんなことを思っていると不意に古式さんの携帯が揺れ、無機質な着信音を響き渡らせた。
「え、あ、えっと……す、すみません」
 何度か携帯をお手玉したあと、画面を開き慌てて内容を確認する。
「メールです。あの宮沢さんからでした」
 そして申し訳なさそうに首を縮こませ彼女は答えた。
「かーもう、謙吾君はタイミング悪いですね」
「ええ、まったく」
 三枝さんの言葉に同意する。
 運命の巡りが悪いのかどうにもあの方はタイミングを外すことが多い気がする。
「えーと、とにかくみゆきちゃんは参加する、しない。どっち?」
「え?あ、はい。参加させていただきます」
「んじゃあそういう風に謙吾君にメール返しといて」
「わ、分かりました」
 答えると、古式さんは不慣れな手つきで携帯の操作を始めた。
 と、忘れていました。
「あの、三枝さん。何故わたしにはメールを出していただけなかったのでしょうか」
 もしや仲間外れ。……何か違う気もしますが.
「へ?いや、ほらみおちんって機械の操作苦手っぽいじゃない」
「ええ、それは認めますが。……まさかそれで出さなかったと?」
 だとしたらそれは少し馬鹿にしすぎだと思う。
 確かに人よりも機械の扱いに疎いことは認めますが、直枝さんにかなり教わったのです。
 メールを読むことくらいなら可能だ。……まぁ、返信する内容が少し覚束なくなるくらいは勘弁していただきたいが。
 すると三枝さんは違う違うと手を振った。
「それもだけど、一番はこういうお誘いって直接したほうがいいかなって思ったからだよ」
「直接、ですか?……別に他の方と同様なやり方でもちゃんとお答えするつもりでしたけど」
 そこまで礼儀知らずだと思われていたのでしょうか。
 三枝さんにそう思われていたなんて少し悲しい。
「ああ、美魚っちがそういうのにしっかりしてるのは知ってますヨ。けどさ、なんか直接会いたくて」
「会いたい、ですか」
「うん、少しでも仲良くしたいじゃん」
 いつものように楽しげに彼女は笑う。
 そんな彼女の行動に少し顔が熱くなる。
「それとも……迷惑だった?はるちん迷惑?」
 途端に不安そうな顔を覗かせる。
 ……そういえば前に来ヶ谷さんが仰ってましたね。
 三枝さんは自分の行動に自信が持ててないからこそ、敢えて高いテンションで迷いのない風を装っているように思えると。
 あの世界の記憶はすでに朧気だが、僅かに残った彼女に関する記憶を繋ぎ合わせるとその言葉には頷けるものがある。
 ……ふぅー、まったく。
「確かに放課後の静かなひと時を邪魔されたのは正直腹が立ちましたし、騒がしいのも苦手です」
「ううっ……」
 わたしの言葉に身を縮こませてしまう。
 そんな彼女に小さく微笑む。
「でも苦手と嫌いはイコールじゃありません」
「え?」
「嫌いじゃないと言っているのですよ。三枝さんは……その、わたしにとって大切な仲間……お友達ですから」
 口に出して言うのは少し恥ずかしい。
 けれど心の底からそう思っているのだから仕方ない。
「だから友人を誘うのにそんな顔をしないでください。友人に誘っていただいて迷惑だとか思うはずがないじゃないですか」
 そんな相手に不安な顔などされるのは心外というものです。
「やはは……そっか。うん、そっか……」
 三枝さんは恥ずかしそうに笑うと、何度も噛み締めるように頷いた。
「クスクスクス、お二人は仲が宜しいのですね」
 わたしたちのやり取りを見ていた古式さんが楽しそうに笑いながら告げる。
「うん、仲良し仲良し」
 三枝さんはぎゅっと抱きついてくる。
 少し苦しい。
「まるで姉妹のようですね」
 古式さんがわたし達二人を見比べ、穏やかな表情で告げた。
「姉妹?わたしたちがですか?」
 そのように見られているとは意外だ。
 けれど三枝さんはそうではないようだ。
「あ、みゆきちもそう見える?なんかねー、みおちんのことは私も唯ねえとも違う理想の姉の一人みたいな感じる時があるんだ」
 古式さんの言葉に頷き、わたしを見つめてくる。
 けれど理想の姉ですか?そのような上等なものだと思えないのですが。
「そうですね。お姉さんに構ってもらいたくて甘えてくる妹。そういう構図が時折見受けられますね」
「んー、見た目はそんなにお姉ちゃんっぽくないと思うけど、何故か構ってもらいたくなるんですよネ。……なんででしょう」
 わたしに言われても困るのですが。
「あ……」
 でも言われて気づく。もしかしたら……。
「重ねているのかもしれないですね」
 あの子のことを思い出す。
 あの子もどちらかと言うと騒がしいタイプでしたし、なんだかんだでそういう目で三枝さんを見ていたかもしれません。
 それを無意識に三枝さんが感じ取ったと。
 ……全て想像に過ぎないですが。
「ん?なんか言った」
「いえ、何も」
 わたしの呟きはどうやら聞こえなかったらしい。
 小さく首を振り否定の言葉を口にする。別に言うべきことでもないだろう。
「それよりも、そのような言い方をすると二木さんが悲しまれますよ」
 なんと言っても三枝さんには実の姉がいるのだから。
 なのに理想の姉などと妹から口にされたら結構ショックだろう。
 わたしだってあの子の口からそんな言葉が出れば結構凹むものがある。
「いいよ、別にー。あんな鬼みたいな姉。いっつも口うるさいし」
「そうですか?」
「そうだよ。きっとさ、あいつ誘ったら今回も怒って焼き芋自体させてもらえないよ。はぁー、やっぱ実の姉より義理の姉ってやつですかネ」
「別に義理でもなんでもないですが」
 と言いますかそれはどこのギャルゲーの理論でしょうか。
「やはは、相変わらず厳しいですネー」
「それは変える必要がないですから」
 思わず深く溜息をついてしまう。
 すると少々難しい顔つきで古式さんが三枝さんに向かって口を開いた。
「あの気になったことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「うん、なになに?」
「先ほど二木さんに怒られると言われましたがそれはどういう意味でしょうか。……まさかと思いますが焚き火の許可を取っていないとか」
 恐る恐ると言った口調。
 さて、どう答えるのでしょうか。
「うん、そうだよ。許可なんて取るわけないじゃん、めんどくさい」
 予想通りといいますか対する三枝さん口調はあくまであっけらかんとしたものだった。
 はぁー、やはりですか。
「おおかた落ち葉を拾いと言うこと自体、何かの罰なのでしょう?」
 ある種確信を持って尋ねる
 案の定、三枝さんは頭を掻くと。
「やはは、なんで分かりますかネ」
 などとのたまわった。
「まあ付き合いは長いですし、単純ですからね」
「ないーっ、はるちんの頭が単純だって言いたいのか」
「でしょう?」
 そこに疑問の余地はないだろう。
「うう、躊躇して〜」
 三枝さんは一転、泣きそうな顔になっている。
 ホント打たれ弱いですね。
「それで、なんでまた二木さんも風紀委員長を辞められたというのに罰を受けるようなことをしたのですか」
 少し不思議に思い尋ねてみる。
「うう、容赦ないなみおちんは。えーと、ほら騒がし乙女の面目躍如といいますか、駄目って言われるとやりたくなるというか」
「……つまりなんとなくですか」
 わたしは軽く溜息をつく。
 別に面白い答えを期待したわけではないですが、脈絡のない行動をそこまで波及させなくてもいいものを。
 ほら古式さんだって固まっています。
 なんだか身内の恥を晒しているようで嫌になりますね。
「なるほど。だから二木さんを誘わなかったと」
「あったりまえじゃないですか。怒られたくないもん。誘うわけないって」
 楽しそうに三枝さんは笑う。
「そういうことらしいですよ、二木さん」
「へ?お姉ちゃん?」
 わたしの言葉に顔を引き攣らせると、三枝さんは恐る恐る後ろを振り返った。
 そこには素敵な笑顔を浮かべた三枝さんのお姉さん、二木さんが立っていた。
「う、うぇええっ!?いつからそこにっ?」
「ここにはほんの少し前。でも声自体は結構前から聞こえてたわよ」
 二木さんはジッと三枝さんを睨みつける。
 でも気のせいでしょうか。その目が若干拗ねているように見えるのは。
「えーっと、それはいつからでしょうか」
 すっかり怖気づいてるのだろう。三枝さんの言葉は敬語になっている。
「そうね。理想の姉とかその辺りからかしら」
「え?そこからっ?」
 それはわたしも気づかなかった。
 てっきり焚き火の許可を申請していない件からだと思っていたのですが。
「ええ。そうよね、決していい姉なんかじゃなかったものね。嫌われるのも当然よ」
「や、いやいや。別に嫌いじゃないですヨ。寧ろ大好きですよ、お姉ちゃんのことは。たった二人の血の繋がった姉妹じゃないですか」
「でも理想の姉は別にいるのでしょう?」
 ああ、本当に拗ねているのですね。
「やー、もう。理想と現実は別と言いますか。かなたはいるのが当然。寧ろいないと生きていけない私のとって空気みたいな存在だもん。だから拗ねないでって。愛してますよ」
 三枝さんの必死の説得に納得したのか、二木さんは僅かに頬を緩ませる。
「べ、別に拗ねてなんかないわよ。馬鹿な言動もほどほどにしなさい」
 けれど素直になれないところは変わらないですね。
「なるほど。仲の良い姉妹なのですね」
 古式さんが空気を読まず、お二人の姿を見てそんなことを口にする。
 当然のように二木さんは反論するが、三枝さんはここぞとばかりに二木さんに抱きつくのだった。
「で、お姉ちゃんは何しに来たの?」
 二木さんの腕に抱きつきながら三枝さんは尋ねる。
「え?ああ、忘れてたわ。葉留佳、少し離れて」
「え、あ、うん」
 三枝さんが腕から離れると。
「はい、没収」
 地面に置かれていたさつま芋の入った袋を拾い上げ歩き出そうとしてしまった。
「ちょ、いきなり何する気?」
「なにって規則違反でしょう。許可なく焚き火をするのは立派な違反よ」
 しれっとした口調で二木さんは答える。
「な、いいじゃん別に。お姉ちゃんもう風紀委員長じゃないじゃない」
「ええ、そうね。でもだからと言って風紀を乱すのを見逃していいという理由にはならないわ。それに私は寮長よ。火を使うのなら寮長として生徒の安全性を守るために口を出す義務はあるわ」
「別に風紀なんて乱さないよ。ただちょっとお芋焼くだけだもん」
 不満そうな態度を隠さず三枝さんは反論する。
「それにそのお芋、前寮長からの差し入れだよ」
「はっ、あーちゃん先輩が?」
 三枝さんの言葉に二木さんは驚いて目を見開く。
「うん。落ち葉集め終わった時に偶然通りかかって、わざわざ自分の部屋にお芋持ってきてくれたんだ。あとで焼いたらいくつか持ってきてっていう条件でさ」
「あ、あの人は……」
 二木さんは頭を抱えてしまった。
「なるほど。確かにあの先輩ならやりそうですね」
「そうですね。あの方も大概に常識破りの方ですから」
 何度か会話したことがありますが、恭介さんに負けず劣らず破天荒なところがある気がする。
 その点は古式さんも同意なのだろう。
「ねー。それにクド公とか小毬ちゃんも楽しみにしてるからさ。見逃してよ〜」
 更に三枝さんは両手を合わせてお願いをする。
 なんと言うか珍しい光景だ。
 いつもはそこまで食い下がらないと言うのにそれほどまでに楽しみにしていたと言うことでしょうか。
「別に元から処分するとは言ってないわよ。家庭科室を使わせてもらえるようにするからクドリャフカたちに連絡しておきなさい。そこで焼くなり蒸かすなりすればいいでしょう」
「えー。お芋は機械で焼くより自然の火で焼く方が絶対美味しいよ」
 三枝さんはまだ不満のようだ。
 まあ確かに彼女の言い分も一理あるかもしれませんが、せっかく二木さんが譲歩してくださっているのですし、ここはそれで我慢してもいいと思うのだけれども。
「あ、あんたねぇ」
 二木さんの声にイラつきが混じり始めた。
 そろそろ拙いかもしれないですね。
 わたしが声を掛けようと一歩前に踏み出すと同時に古式さんがそのよく通る声で二木さんを呼び止めていた。
「宜しいですか?
「え、ええ」
「あの、無許可で焚き火をするから問題なのですよね」
「まあ、そうね」
「ならば今から許可を貰うと言うのは駄目なのでしょうか」
 ひどくもっともな提案。
 けれど。
「駄目だよ、きっと。今からじゃ時間掛かりすぎるって。……それに私じゃ許可下りないと思う」
 それは三枝さんのほうから否定されてしまった。
 でもたぶんそれは事実だろう。
 ならばわたしたちが申請すればいいのではとも思うが、それでも許可が下りるのに時間が掛かりそうだ。
「では、監視役がいればいいのではないでしょうか」
 古式さんは左目でジッと二木さんを見つめ問いかける。
 その視線を真正面から受け止めると、二木さんはそうねと呟いた。
「見張り役がいればというのは確かにいい案かもしれないけど、誰にお願いするの?」
「え?そ、それはその……」
 言葉を濁しながらも視線は二木さんを見据ええたままだ。
 それに気づいたのだろう。二木さんは一度深く溜息をつくとしょうがないわねと呟いた。
「ねえ、葉留佳。お芋はどこで焼くつもりだったのかしら」
「え?えっと裏庭。周りも土だけだしいいかなって思って」
「そう。なら水の準備をしなさい。それと風紀委員に落ち葉拾いが終わったことは報告した?」
「え、いや、まだだけど……」
 戸惑いつつも彼女は答える。
「ならあとで私の方から伝えておくわ。じゃあ行くわよ」
「え?えっと、どこへ?」
「やるんでしょう、焼き芋」
 先ほどの古式さんとのやり取りに気づいていなかったのだろう。
 突然の二木さんの言葉に三枝さんは目をぱちくりさせた。
「い、いいの?」
「いいわよ、別に。ただし私も見張りとして一緒だけどそれは構わないわね」
「う、うん。全然いいよ。でも手間でしょ?それになんか言われたりしない?」
 三枝さんは心配そうに二木さんを見やる。
 けれど二木さんは不適な微笑を浮かべる。
「別に、どうとでもなるわ。あんたたちは気兼ねなく楽しみなさい」
「でも……」
 なおも三枝さんは言い募ろうとするが。
「信じなさい、貴方のお姉ちゃんを。心配なんてする必要はないんだから」
 自信に溢れるその顔をしばらく見つめた後。三枝さんはうんと大きく頷いた。
「ほら、行くわよ」
「あ、待ってお姉ちゃん。ほら、半分持つよ」
「ん。お願い」
 そしてお二人は仲良くさつま芋の入った袋をそれぞれ持って歩き出した。
「……こうなると分かってらっしゃったんですか?」
 隣に立つ古式さんに尋ねてみるが。
「あ、いえ、はっきりとは。ただ……」
「ただ?」
「二木さんは三枝さんのお姉さんですから。何とかしてくれるかなって」
「……なるほど」
 その通り、かも知れない。
「けれどよくそうしようと思いましたね。二木さんの代案で納得されるかと思ったのですが」
 家庭科室の使用は許可してくれると言ってくれたのにわざわざ葉留佳さんの我侭を押し通すとは。
 すると古式さんは小さく笑って答えた。
「だって落ち葉で焼いた方が美味しいでしょう」
 そう言う彼女の笑顔は悪戯っ子のようだった。


[No.702] 2008/11/15(Sat) 00:02:28
MVPここまでなのよ (No.684への返信 / 1階層) - 主催

なのよ

[No.703] 2008/11/15(Sat) 00:21:38
夏の終わる日。 (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@5980byte…小話なのに大遅刻…


 ――海ではしゃぐ声がする。
 皆の笑う顔。願ってやまなかった風景。楽しくて楽しくて――その夏は、永遠の楽園だったのだ。


「…で、今回で何度目だ?」
 ややげんなりした表情の謙吾が呟けば、隣で真人が空を見上げて考えこむ。
「確か、五十回位か?」
「あたしは百回くらい来てる気がする」
「いやいや、せいぜい十二、三回だと思うよ?」
 僅かばかりの理樹のフォローも空しく周りから上がるのは、もう飽きた、のブーイング。だが、飽きた飽きたと連呼する割に、いざ海を前にすれば水着で飛び込んでいくのだから、結局は楽しいのだろう。
 理樹が周りを見回せば、そこには豊満な肉体を惜しげもなく晒す来ヶ谷を筆頭に、フリルのついたビキニ姿の小毬、真っ赤なやはりこちらもビキニの葉留佳に、スカート水着のクド、そしていつもよりおしゃれをした西園が日傘をさして佇んでいる。
 因み恭介は、誰よりも先に海に特攻して行って既にここに姿はない。遠くから、ひゃっほう、という叫び声が響きそれを聞いたリトルバスターズ達は一様に色めき立つ。負けてなるものかとばかりに海へ駆けていく彼らを姿を見送って、理樹は一人やれやれと肩を竦めた。遊ぶ時は全力で――誰の影響かは火を見るより明らかだ。
 理樹も来いよと恭介の呼ぶ声がする。それに理樹は笑顔で応え、そして砂地を蹴って幸せな光景へと飛び込んだ。


 はしゃいで笑って、全力で遊ぶ。
 今、ここにあるのは笑い声と潮騒。
 澄み切った青を映す海。
 ただ、楽しく幸せな光景だけがある。
 いつまでも、夏ならいい。
 いつまでも、今が終わらなければいい。


 ――それは、夢だと分かっていたけれど。


         ◇◆◇


 夕方になって、遊び疲れたメンバー達が次々車に引き揚げていく。
 濡れたビーチサンダルを引きずりながら、理樹は斜め前にある背中へ、ふと声を掛けた。
「ねぇ恭介。明日また、海に来る?」
「そうだなぁ…。どうだろうな。来るかもしれないし、来ないかもしれない」
「何、それ」
「まだ遊び足りないなら、来るだろ」
 そう言ってから、恭介は空を見上げる。
「そうだな…あとは、天気が良ければな」
「そっか、じゃあ明日……」
 雨なら来れないねと、そう言うつもりだった。だが理樹はなぜかその言葉を飲み込んだ。代わりに浮かんだのは、今の季節には到底的外れな気象。なのに何故そんな事を言う気になったのか。
「明日、雪は降らないよね…?」
 理樹の台詞に、恭介がきょとんと目を丸くする。
「まだ夏だぜ?」
「そ、だね…。ごめん、変な事言っちゃった」
 暑いせいかな、と慌てて取り繕う理樹の様子を眺め、恭介は苦笑した。
「あのな、理樹」
「うん?」
「リトルバスターズのリーダーはお前だ」
「え?ああ…うん…」
「――だから、決めるのはお前だ」
 何を、とは言わない。たがその言葉に理樹は、衝撃を受けたように立ち止まる。
「きょう、すけ…?」
「お前が決めろ。明日海に行ってもいいし、行かなくてもいい。ま……雪が降るのだって、いいんじゃないか?」
 何でもない事のように軽く笑って、恭介は理樹の頭を軽くポンと叩く。じゃあ先に車に戻ってるぞと去っていくその後姿を、理樹はただ茫漠と眺める。直後に背後から、スズの音と混じってパタパタと軽い足音が近付く。ひょいと理樹の顔を覗き込む幼馴染の少女。
「どーした理樹。車に戻らないのか?」
「…鈴」
「あ、こまりちゃんだ!ごめん理樹。あたし先に行ってるな」
 ちりんと涼やかな音が、あっさりと理樹の脇を通り抜けていく。自分を追い越し先へと駆けていく小さな背中に、ついさっき見たばかりの親友の背が重なった。
「――鈴!」
 思わず大声を出せば、少女は直ぐに立ち止まって不思議そうに理樹を振り返る。
「なんだ?」
 鈴が首を傾げる。だが、呼び止めたものの先に続く言葉がない。何か言わなければと気ばかり急いて、常になく狼狽した理樹の口から何の前置きもなくそれは滑り落ちた。
「もし明日、雪が降ったら…」
「――ゆき?」
 眉根を寄せる少女に、ああ馬鹿な事を言ったと後悔が押し寄せる。暫しの気まずい沈黙の後、鈴は顎を上向けた。それがやはり彼女の兄によく似た仕草で、やっぱり兄妹だなと思いながら理樹も釣られて空を向く。陽は傾いてきていたが、そこには相も変わらず抜けるような青が広がって夏の西日と重なり合い、雪など程遠い。
「ごめんね、変な事言っちゃってさ…」
「……あたしなら、平気だ」
 鈴は偉そうに腕組みをして理樹を見返した。まるで、あたしはちゃんと全部知っているんだぞ、とでも言うように。
「どんなにたのしくても、……それでも、終わるんだ」
「鈴…?」
「――終わらない夏なんか、ない」
「り…」
「でもな、理樹。――夏が終わったら、ふつー秋だぞ?」
 雪が降るのはもっと先だ、と言い置いて、鈴はくるりと踵を返す。雪が降る事と冬が来る事は、少なくともここでは同義ではない。その理を知っていての発言だろうか。幼馴染の少女は振り返る事なく一人先へ行き、取り残された理樹は只立ち尽くす。
 もうずっと前から、自分ばかりが弱く自分ばかりが置き去りにされているような。
 打ちのめされた気分で見送った背はどんどん離れていく。真っ直ぐ駆けていく脚。だが、その脚は次第に速度を落とし、歩行になり、やがて止まった。前を向いていたはずの顔は伏せられ、揺れる髪が左右に分かれて、間から覗く普段は隠れて見えない項が白く理樹の目を焼く。車に乗り込んでいたはずの小毬が慌てた様子で飛び出し、鈴の下に駆け寄るのとその身体が崩折れるのは同時。
 震える肩を懸命に撫でる小毬と、きっと鈴も同じ表情をしているに違いない。
 ふと前に視線を向ければ、車から降りた恭介は、しかしその場を動く事なく、全てを見通すように只じっとこちらを見つめていた。 彼は強いとそう断じる事は容易く、己の弱さを露呈する事で現状から目を背ける事は可能だろう。だが理樹は、足を踏み出す。それが”彼”の望みであり、――そして何より、自分自身の望みでもあると知っている。彼までのこの距離は、きっと”強さ”の距離だ。
 一歩一歩近づきながら理樹は、むせび泣く少女達の声に唇を噛みしめる。弱い人も、強い人も、傷付き悲しみ絶望するのは同じだ。只、強い人は弱い人よりそれを隠すのが少しだけ上手いのだろう。それを”強さ”というなら、強い人は可哀相だと弱い少年は思う。同時に、弱い自分は幸せだったのだと知る。
 鈴の元に辿りついて、理樹はその腕を取った。
「行こう、鈴」
「理樹…あたしは」
「戻ろう」
 どこへ、と鈴が赤い目元も隠さず訴える。理樹はそれに、黙って笑顔だけを返す。
 泣けるだけの強さを鈴が持ち得たというなら、自分はその先の強さを目指さなければ。
 見ない振りをして忘れてしまう弱さを克服し、事実を受け入れ泣き崩れるより更に強く。

 どうか――あの人のように。

 いつの日にか胸を張って彼らに…ありがとう、と言う為に。


 泣いて笑って、全力で遊んだ。
 ずっと、ここにあったのは約束と呼ぶ声。
 枯れ切った涙を映す世界。
 ただ、楽しく幸せな光景だけではなかった。
 いつまでも、一緒ならいい。
 いつまでも、夏が終わらなければいい。


 ――それは、夢だと分かっていたから。


[No.704] 2008/11/15(Sat) 02:18:52
Re: 唇寒し (No.698への返信 / 2階層) - あまりにひどい誤字だったので修正版を載せておきます。

「早朝の散歩に行きませんか?」
きっかけは、ほろりと零れた西園さんの一言だった。
恋人になってからの僕達は映画館や本屋など色々な所に赴いていて、これまでに散歩をしたことも何度かあった。
しかし、早朝に散歩をしたことは未だかつてなかったことであって。
もちろん僕は西園さんの提案に快諾した。
早朝の散歩に惹かれたのもあったけど、何よりも彼女である西園さんの誘いを断ることなんか元より考えもしていなかったことだった。



地平線から太陽が昇り始めている。
僕は朝日の眩しさに思わず目を細めた。
少しだけ肌寒いけれども澄み切った空気や鳥のさえずりが朝を清々しく感じさせてくれる。
秋にしては気温が低いのだろうか。
吐く息は白く、隣にいる西園さんの顔は少し赤みが差していた。
「寒くない?」
「そうですね、少しだけ寒いかも知れません。けど、大丈夫です」
西園さんは少しだけ肩を縮こませて言う。
とても寒いと言うほどの気温でもないけれど、悴んだ手に息を吹きかけて温めている姿を見て放って置けるわけにはいかなかった。
僕は西園さんにすっと手を差し伸べる。
初めはきょとんとした表情で僕の顔を見ていたけれど、僕の意図が通じてくれたのかそっと握ってくれた。
「うわっ、冷たっ」
握られた手は予想以上に冷たくて思わず驚いてしまった。
「そうでしょうか?」
「うん。冷たいと思わなかった?」
「少しだけ。もともと冷え症なので、人よりも冷たいのかもしれません」
繋いだ手に指を絡める。
冷え切ってしまった手を少しでも温めてあげたくて僕はぎゅっと繋ぐ力を強めた。
西園さんは微かな力で握り返してくる。
僕は未だに手を繋ぐことさえ慣れていなくて。
ましてや僕に出来るエスコートなんてあまりに稚拙なものだというのに。
それでも西園さんは確かに僕の気持ちに応えるように手を握ってくれる。
気恥ずかしさと喜びが混じり、寒さとは別の理由で頬に熱が巡る。
「直枝さんの手、温かいですね」
「そうかな」
「はい」
河原を歩く僕達。
川面は太陽の光でキラキラと煌めき、朝日の輝きをより一層眩いものとしていた。
お互いの足音だけが静寂を破っている。
会話こそないけれど、隣に西園さんがいてこうして散歩をしているだけでも僕は幸せな気持ちで満たされていた。
「あれは…」
「西園さん?」
しばらく土手を歩いていると西園さんの視線が少し下に向けられていることに僕は気付いた。
何を見つめているんだろう、と僕が思ったその時だった。
「あっ」
「うわっ」
何かに躓いてしまったのだろうか。西園さんの体が前方に傾いた。
僕達は手を繋いだままだ。
僕は同じように前に投げ出されるようにして躓く。
急に躓いた西園さんを引っ張ってあげることが僕には出来なくて。
結果、二人一緒になって転んでしまう形となってしまった。
「いてて…だ、大丈夫?」
「はい、大丈夫で――っ?!」
「西園さん?」
「…いえ、何でもありません」
西園さんはうつ伏せの体勢を正し、土手に座り込む。
そして、スカートについた葉っぱや泥を座ったまま払い始めた。
僕が情けないばかりに転ばせてしまったから、なんだか見ていて凄く居た堪れない気持ちになってくる。
「その、ごめん」
「どうして直枝さんが謝るんですか?」
「いや、だってあそこで引っ張ってあげてれば汚れることもなかったでしょ?」
「いえ、転んでしまった私の方に過失があります。どうか直枝さんは気に病まないで下さい」
その様子は我慢しているわけでもなく、普段と変わらない西園さんに見える。
けれど、先程一瞬だけ見せた歪んだ顔を見てしまっては僕はとても何でもないようには見えなかった。
「西園さ――」
「ときに直枝さん」
僕が西園さんの具合を確かめようと声をかけようとした。
ところが西園さんは僕の言葉を遮るかのようにして僕に話し掛ける。
「あの、西園さん?」
「…話しかけようとしているのはこちらですよ?」
「いや、西園さんが僕の話に割り込んだよね?」
「気のせいです」
「そうかな?」
「そうです」
物凄い勢いではぐらかされる。
恐らく、怪我を負ってしまったのは事実なんだろう。
そして西園さんはそれを努めて隠そうとしているのかもしれない。
僕は仕方なく言及することを諦めて西園さんの話に耳を傾けることにした。
西園さんはふう、と呼吸を整えてから話を続ける。
「私達が転んだ場所に生えているこの花は何の花だと思いますか?」
花? 花なんか咲いていただろうか。
そう思った僕は辺りを見やる。
すると、よくよく見ると転んだ近くに紫色の花が咲いているのが分かった。
見覚えがない花の形。
けれど、僕はこの花をどこかで見たことのあるような気がしてならなかった。
「うーん…どこかで見たことはあるんだけど。いまいち思い出せないなぁ」
「たぶん、直枝さんの記憶は正しいかと。これは藤袴という花です」
フジバカマ。
その名前にはどこかで聞き覚えがあった。
「萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」
「え?」
「山上憶良が詠んだとされる歌です。萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗。これらは一般的に秋の七草と呼ばれるものです」
「…ああ、思い出した。確か生物の授業でそんなことを言ってたかも」
「はい。直枝さんはこの間の授業のことを思い出していたのでしょう」
西園さんは藤袴をそっと撫ぜる。
その表情はとても穏やかで、慈愛に満ち溢れているように僕は見えた。
「藤袴は最近では滅多に見られる花ではありません。なので、つい目が向かってしまったのです」
確かにこの場所に咲いている以外には藤袴は見当たらず、それどころか他の花すら咲いていない。
雑草に囲まれた中で咲いている藤袴は美しくも可憐でもあり、何よりも孤高であるように感じた。
「綺麗、ですよね。儚げにすら思える位に」
「うん。でも、僕には儚いというよりは気高く咲いているようにも見えるよ」
「どうしてですか?」
「どうしてだろう…周りが雑草でもしゃんと胸を張って凛々しく咲いていたから、かな」
「…直枝さんに気に入って貰えたようで嬉しいです。この花も、きっとそう思っていますよ」
西園さんが本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。
僕もつられて笑みを零した。
それから彼女は腕に力を込めて立とうと試みるも、膝が伸びきる前に前のめりに倒れそうになる。
今度はすかさず僕が受け止める。
「すいません、どうやら足を捻ってしまったみたいで」
西園さんは足を押さえ、苦痛で思わず顔を顰めている。
やはり先程の転倒の際の歪んだ表情は足を痛めていたことによるものであった。
「どうしよう。肩を貸そうか?」
「いえ、出来れば、その…」
「その?」
「直枝さんにおぶって貰いたいです」
「うなっ!?」
僕は思わず顔を赤く染める。
西園さんはそんな僕の様子を見て半眼を投げている。
その表情は呆れているようにも怒っているようにも見えた。
足を押さえている西園さんは必然的に彼女から見れば僕の顔は上にある。
こんな状況下の中、不謹慎ながらも頬を染めながらの上目遣いが何とも言えないほど可愛く思えた。
「私だって恥ずかしいです。それを承知でお願いしているのです。それなのに直枝さんは断ると言うのですか」
「いや、うん、そうだよねっ」
「…直枝さんは鬼畜です」
「ごめん、わかった、おぶる! おぶるから!!」
僕はその場で屈んで西園さんが背中に乗っかりやすい様に背中を丸める。
西園さんは僕の肩を掴んで、ゆっくりと僕の体に体重を預けてきた。
もちろん西園さんの控え目ながらもとても柔らかい部分を僕は意識せざるを得ないわけで。
「どうしました?」
「い、いや、なんでもないよっ」
まだ早朝で人の姿がないのが幸いだった。
そうでなければ僕の心は羞恥心で見るも耐えないほどに押し潰されていたことだろう。
「少し、寄り道をしてしまいましたね」
「たまにはこんな寄り道もいいと思うよ」
「…そうかもしれません」
「動くよ? しっかり掴まっててね」
「はい」
西園さんを気遣いながらゆっくり歩き始める。
それでも僕は極度の緊張から歩き方はガチガチとした硬いものであった。
「…私は、重いですか?」
「そんなことはないよ」
「先程からとても重そうにしています」
「それは…好きな人をおぶってるんだから緊張するに決まってるよ」
「そうですか」
ふと、肩を掴む力が強まった気がした。
急に握りしめられた僕は様子が気になって振り向こうとする。
「西園さん?」
「振り向かないで下さい」
「え、なんで?」
「何でも、です」
「もしかして、照れてる?」
「…直枝さんはずるいです。好きな人におぶられて、照れていないわけがないじゃないですか」
消え入りそうな声で西園さんは呟く。
西園さんも僕と同じく紅葉のように赤く染まった顔をしているのだろう。
「直枝さんの背中、大きいですね」
「そうかな?」
「はい。それにとても温かいです」
それきり僕は恥ずかしくて何も言うことが出来なかった。
西園さんもただ黙ったまま、ぽふり、と西園さんは僕の背中に顔を埋める。
寮に着くまでの間は互いに喋ることはなく、ただ冷たい秋風が吹き抜けるだけだった。



「ここまでで大丈夫です」
再び西園さんが話しかけてくれたのは女子寮の前に来た時のことだった。
「大丈夫?誰か呼んでこようか?」
「心配には及びませんよ」
そう言って僕の体から早々と下りる西園さん。
誰かに見られるのがよほど恥ずかしいのか、あまりに早く下りてしまったので僕は名残惜しさを感じた。
と、同時に西園さんの足の具合が気になった。
立とうと試みるだけでも痛みが奔るのなら状態はあまり芳しくはないのだろう。
「無理しないで。歩けないほど痛いんでしょ?」
「大丈夫です。ああ……それと、捻ったことは実は嘘です」
「…へ?」
僕は西園さんの言ったことがよく分からなくて思わず聞き返す。
目の前にはついさっきまで足が地に着いただけで痛みを堪えていた西園さんが嘘のように平然と立っていた。
あまりに信じられない事態が目前で起こっていて僕は展開の早さに付いて行けずにいた。
「では、また後ほど学校で」
まるで秘かな悪戯が成功したような笑顔でくすりと笑う西園さん。
ああ、そう言えば西園さんって演技派だったっけ。
してやられてしまった僕は思わず愕然となり、女子寮へと歩く西園さんの姿を見続けることしか出来なかった。
ふと、西園さんの笑顔が誰かと重なる。
それは追憶の彼方にいる誰かを彼女の顔から垣間見ているような。
そんな思いを馳せながら、僕は河原に咲いていた一輪の藤袴を思い返していた。


[No.709] 2008/11/15(Sat) 23:13:31
秋の味覚、柿 (No.684への返信 / 1階層) - ひみつ@2748byte 投票対象外 グロ注意

 あたしは苛立っていた。苛立ち紛れに逆手に持ったフォークを目の前のかきに突き立てる。
 ぐさり。
 ……なんかちょっと、すっきりした。




  秋の味覚、柿





 約束をすっぽかされた。二週間も前から約束してたのに。当日になって、一時間遅れるって電話がかかってきた。あたしは内心不満たらたらだったけど了承し、待った。でも結局、あいつは来なかった。しかも日が変わって今日になって尚、連絡は来ない。

「あたしは怒ってんだぞ、分かってるのか」

 何となく、目の前のかきを睨みつけながら言った。けどかきは何も答える事なくそこに鎮座している。
 なんかまたちょっとむかついた。
 先端が鋭く四つに分かれたフォーク。かきの上に突き刺さっているそれを引き抜き、再び振り下ろす。
 ぶすり。
 弾力のある皮と、その内側の幾分柔らかい中身を貫いて、四つの小孔が穿たれる。深々と突き刺さったフォークの柄を握りなおし、そのままぐちゃぐちゃとかき回す。
 ぐちゃぐちゃ。

「ずっと楽しみにしてたんだぞっ」

 それなのに、あいつは……。
 振り下ろす。抜く。振り下ろす。抜く。振り下ろす。抜く。振り下ろす。
 ぐさり、ぐさり、ぐさり、ぐさり。
 あたしがフォークを振り下ろすたび、かきの皮は裂け、繊維が引きちぎれ、みが潰れ、汁が飛び散る。
 ……うーみゅ。なんか、楽しいかもしれん。
 少しだけ気を良くしたあたしは、しばしその行為に没頭することにした。
 ぐさ、ざく、ざしゅ、ばぢゅ、ぐじゅ、ぐしゃ……。



 プルルルルルル。プルルルルルル。
 フォークを振り下ろすたびに響く音がだんだんと水っぽくなり、かきの表面に孔の開いてない部分が見つけにくくなってきた頃、あたしの携帯電話が鳴り出した。
 右手ではかきを刺し続けながら左手で携帯を手繰り寄せ、画面を覗き込む。液晶に表示された発信者の名前は、あいつだった。

「あいつ……」

 深く息を吸い込む。肺にいっぱい空気を吸い込んだところで通話ボタンを押す。あいつの声が何か言っているが構わず、

「なに考えとんじゃ、あほおおぉぉぉぉおっ!!」

 叫んだ。耳きーんしてろ、ばーか。
 そう少し溜飲を下げたところで、多分叫んだ拍子にだろう、刺してたかきがえらいことになっていることに気付いた。
 ……まあいいか、かきだし。
 電話越しのあいつの声が平謝りに謝ってくる。今夜こそはちゃんと行くとか、当たり前のことばかり言ってくるのでまたちょっと腹が立った。

「当たり前じゃ、ぼけーっ! 今度すっぽかしたら刺すからなっ!」

 ぴっ!
 怒鳴りつけて、一方的に電話を切ってやった。

「まったく、あいつはほんとにしょーがないやつだ」

 言いながら、目の前のかつてかきだったものをぽいとごみ箱に投げ捨てた。ぐちゃぐちゃになったそれは、その外見とは対照的に綺麗な放物線を描いてごみ箱の中に落ちて、べちゃりと音を立てた。
 手に付いたかきの汁を舐め取りながら立ち上がり、流しに向かった。手を洗わないと。
 今夜、あいつはどんな顔でやってくるのだろうか。顔見たら文句言ってやる。もしまたすっぽかしたりしたら、本当に刺してやる。

「覚悟しとけよ、ぼけぇ」

 あたしはそう呟いて、今夜の待ち合わせの準備を始めた。


[No.712] 2008/11/16(Sun) 19:29:26
後半戦ログと次回と (No.687への返信 / 3階層) - 主催

 MVPは雨音さんの『秋の夜長の過ごし方』でした。おめでとうございます!

 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/Little21-2.txt
 ↑後半戦ログです。



 次回 お題『におい』
 11/28 金 締切
 11/29 土 感想会


[No.714] 2008/11/17(Mon) 00:15:49
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS