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   第23回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2008/12/10(Wed) 23:14:11 [No.760]
空中楼閣 - ひみつ@遅刻@1088byte - 2008/12/13(Sat) 21:37:26 [No.784]
解説っぽいもの - 緋 - 2008/12/14(Sun) 23:57:22 [No.789]
花は百夜にして一夜で散る。 - 遅刻・秘密 7182 byte - 2008/12/13(Sat) 20:09:26 [No.782]
天球の外 - ひみつ@3479 byte - 2008/12/13(Sat) 00:27:48 [No.781]
MVPしめきるー - 主催 - 2008/12/13(Sat) 00:26:25 [No.780]
一度やってみたかったこと - ひみつ@17禁 3681byte - 2008/12/13(Sat) 00:21:51 [No.779]
ちょっとだけ涙がこぼれた夜のこと - ひみつ@8881 byte - 2008/12/13(Sat) 00:20:36 [No.778]
塗り潰される現実、塗り返される虚構 - ひみつ@20477 byte - 2008/12/13(Sat) 00:18:18 [No.777]
夜討ち - ひみつ 6895 byte - 2008/12/13(Sat) 00:12:04 [No.776]
夜討ち(改訂版) - ゆのつ@8624 byte - 2008/12/17(Wed) 23:34:44 [No.808]
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[削除] - - 2008/12/12(Fri) 23:59:54 [No.774]
恐ろしい夜に会いましょう - ひみつ@15208 byte - 2008/12/12(Fri) 23:58:28 [No.773]
あれまつむしが ないている - ひみつ@10269byte - 2008/12/12(Fri) 23:40:41 [No.772]
とある寮長室での出来事 - ひみつ 初です@5834 byte - 2008/12/12(Fri) 23:37:11 [No.771]
割り切れない数字 - ひみつ@13762 byte - 2008/12/12(Fri) 21:27:33 [No.770]
朝を迎えに - ひみつ いじめないでください…(涙目で上目遣い)@4486byte - 2008/12/12(Fri) 21:23:45 [No.769]
現実逃避をしたい男たちの夜の過ごし方 - ひみつ@4883byte - 2008/12/12(Fri) 20:34:05 [No.768]
ぼっちの夜 - ひみつ@4948 byte - 2008/12/12(Fri) 15:30:07 [No.767]
きっと需要がない解説 - ウルー - 2008/12/14(Sun) 11:23:20 [No.788]
宇宙的進化論 - ひみつ@6248 byte - 2008/12/12(Fri) 14:51:11 [No.766]
恐怖の一夜 - ひみつ いじめてください(スカートたくしあげ)@16283 byte - 2008/12/12(Fri) 00:45:10 [No.765]
冬の天体観測 - ひみつ@3790byte - 2008/12/11(Thu) 18:08:04 [No.764]
夢渡り - ひみつ@3371 byte - 2008/12/11(Thu) 03:22:28 [No.763]
貧乳少女 - ひみつ@13851byte - 2008/12/10(Wed) 23:43:50 [No.762]
MVPとか前半戦ログとか次回とか - かき - 2008/12/14(Sun) 01:47:17 [No.785]
後半戦ログ! - かき - 2008/12/15(Mon) 00:18:07 [No.791]



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第23回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) (親記事) - 主催

 エクスタシーネタバレの申告は必要ありません。
 未プレイだけど参加しちゃうぜ!な方はご注意ください。


 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「夜」です。

 締め切りは11月12日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は12月13日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.760] 2008/12/10(Wed) 23:14:11
貧乳少女 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@13851byte

 ある日の午後、教室で小テストの予習をしていると赤面したクドが寄ってきて私と一緒に痛くしたりされたりしませんかと告白されて意味が分からないので適当に頷いたらそこから恋が始まっていた。
 事情を聞きつけたらしい鈴から汚物を見るような目で睨まれ近寄るなと吐き捨てられ二木さんから出会い頭に平手打ちを頂戴して妙に爽やかな笑顔の恭介にがっしりと手を握られて意味が分からないので適当に握り返したらロリコンになっていた。


 貧乳少女《ペッタンコガール》


「おはよう、ロリコン」
 鈴がにこやかに挨拶をしてくる。鈴は今でも理樹とロリコンを三割ぐらいの確率で言い間違える。もちろん三割の方が理樹なので、今日は普段通りということだ。にこやかに挨拶を返して、よかったら教室まで一緒に、と語尾に付け加えたと思ったら鈴はもういなかった。
 ひとり階段を上って廊下に出ると、何やら騒がしい。朝の優雅なひとときを至上の喜びとする僕は、人だかりを無視して通り過ぎようとしたところで背後から首ねっこを引っつかまれた。白い歯を剥き出しにした恭介が笑顔でポージングを決めていた。こいつが僕にロリコン菌を感染させた張本人だ。死んでしまえ。
「何か用?」
 恭介は人だかりの中心を指さした。黒くわしゃっとしたものを手にしたクドが、床にはいつくばった謙吾を見下ろしていた。クドの頬は興奮に上気していて、やわらかそうな薄桃色の唇から、今まさに妖艶な吐息が漏れ落ちた。
「背が高くて強い男の人が、そうやって私に屈服するところ、いつ見てもいいものなのです。もう本当に、何度見ても飽きません」
 クドはぶるっと身を震わせる。頬は熟れすぎた果実のように赤くなっている。内から溢れ出す熱を冷ますように、両手でそっと自分の頬を包み込んだ。制服のスカートが扇情的にひらひらと揺れる。
 なるほど、と僕は納得する。
 最近のクドはバトルにハマっていて、他人を自分に従順なペットとすることに精を出している。本人から当初バトルの話を聞いて、健全な遊びで健康的な汗を流すなんて素晴らしいことじゃないか僕は興味ないけどね、などと適当な感じで放任主義を貫いていたのが間違いだった。
 誤算だったのは、クドが人の痛いところをぐりぐりほじくるのが大好きな嗜虐趣味者いわゆるサディストいわゆるSであったことと、他人を屈服させるためならどんな労力も惜しまないことと、誰かをいじめるときのクドがでたらめな強さを持っていたことだ。誤算だらけだった。
 クドが、手に持つ《利尻昆布》を謙吾の前に投げ捨てる。ひどい武器だった。謙吾のすぐそばには《上履き》が二足揃って落ちている。こっちもひどい武器だった。上履きのつま先は女子仕様の赤色で、かかとの部分には《六年一年》とマジックで書かれていた。ひどい変態だった。
 とびきりのご馳走を与えられたように、クドが嗜虐的に目を細める。制服のボタンを一つ二つと外し、熱を逃がすように胸元へと風を送り込む。
 なだらかな胸が急に特有の色香を帯びたような気がして、僕はとっさに視線を逸らした。
「宮沢さん、悔しいですよね。だってその姿、すっごく恥ずかしいです。それなのに平静を保てるなんて素敵だと思うのですよ。そうそう、負けた人には称号を与えるルールでしたよね。宮沢さんは、ご主人の命令をよく聞く賢いわんこのイメージなので《クドリャフカの忠犬一号》です。誇るといいのです」
 薄い胸を堂々と張って、自らの言葉責めに酔うようにクドが空色の瞳を恍惚に濡らす。人の心に自らの手で首輪を嵌めるよろこびに、クドは我慢しきれず小さくあえいだ。
「では、ごきげんようなのです」
 淑女のように言い置いて、いつから気づいていたのかクドは迷いのない足取りでこちらに歩み寄ってきた。皆の注視など意にも介さず「行きましょう、リキ」と僕の腕を引く。
 妖精めいて可愛らしいクドを何気なく見下ろすと、たわんだ制服の隙間からきめの細かい健康的な肌と純白ブラが丸見えになっていて、思わず息を呑んだ。まだ往来の激しい廊下のさなかで、クドは大胆にも体を密着させて顔を寄せてくる。吐息にも似た、ささやくような声が落とされる。
「さっきも、そうして見ていたのです」
 動揺に僕の心臓はひときわ激しく跳ねた。
「ですけど、やましくなって、目を逸らしましたね?」
 僕の手の甲へと痛くない程度に爪が立てられる。これがクドなりのおしおきなのだ。羞恥と興奮とがないまぜとなった表情で、クドはうるんだ瞳を飴細工のようにとろかせる。
 背後から聞こえてきた咆哮に、僕たちは思わず振り返っていた。謙吾が床に伏せて意味不明の叫びを上げながら、小学六年生女子の上履きを両手に嵌めて床をばんばん叩いていた。屈辱のあまり気でもふれたか、号泣しながら利尻昆布をもしゃもしゃ食べ始める。「ほのかな酸味!」ついに上履きまで食べ始めた。「ほのかな苦味!」
 クドが自らの胸を抱き、湧き上がる欲望を振り払うように首を振った。
「私は本当に強い人を踏みにじってひざまずかせたいのです。お手軽に手に入るご馳走ばかりを味わっていたら、きっと私はダメになってしまいます」
 でも、と言った途端にクドの目つきが変わる。いやらしいものでも見るように、顔を真っ赤にして僕のことを見上げてきた。
「リキ、まだ分からないのですか! お手軽な方に流されると、本当のご馳走の味が分からなくなるのです! もちろん、今すぐ向こうに行って、宮沢さんの恥ずかしい姿を徹底的になぶってあげればリキは満足するかもしれません。でもですよ、ほらどうぞ、と差し出されたご馳走を食べればリキはそれで満足なのですか? それともリキは、私に責められたくてわざとそんなことを言っているのですか? リキまでお手軽に成り下がるつもりなのですか? 恥を知るといいのですっ」


 ひとまず落ち着いたクドが、次なる獲物として選定したのは来ヶ谷さんである。クドは前々から、謙吾と並び立つ極上の素材としてその名を挙げていた。
 謙吾が今日まで放置されてきたのは、ひとえに「大好物は後まで取っておく方なのです」というクドのこだわりからである。
 また「果実を青いうちに摘み取るのは私の流儀に反します」だとか「本丸を堕とすには外堀から順に埋めるのが常套手段です」だとか「既に陥落した仲間が多いほど向けられる期待は大きいです。期待を受ければ自然と自尊心は高まります。この瞬間を狙わずしていつ狙うのです」だとか「人の心はとびきり優しく折ってあげるのが一番いいのですよ」などとも言っていた。
 階段の前で来ヶ谷さんが仁王立ちしていた。その背中に隠れるように《クドリャフカの飼犬四号》葉留佳さんがいた。謙吾の敗北を見て、慌てて連れて来たというところだろう。
 クドにとっては捜す手間が省けて願ってもないところだろうが、怯える葉留佳さんの姿から目ざとく《おいしそうなもの》を引き出すのが嗜虐趣味者の常だ。
 今だけは来ヶ谷さんを歯牙にもかけず、クドは瞳を艶っぽく濡らしてほほえむ。
「後で痛ぁくおしおきなのです。ご主人様の手を噛んだのですから、それなりに痛くしないと示しがつきません。私を見ると尻尾を振らずにはいられない、従順なわんこにしてあげるのです。はぁっ、その顔、だらしなく仰向けになって服従する子犬そのものなのです!」
 どんびきする来ヶ谷さんを差し置いて、クドは今日も絶好調だ。
「そんないやらしい顔を見せて、どうされたいのですか? そんなに私にねちっこく責められたいのですか? それとも優しく調教されたいのですか? 遠慮せずに言ってみるといいのです、この変態! あぁっ、もう、今日はお手軽な人たちがいっぱいなのですっ」
「おねーさんはもう帰るぞ」
 撤退を始めた来ヶ谷さんの腰に手を回し「哀れなはるちんをお助け下さい姉御ぉー」と葉留佳さんが泣きながら引き止めている。はずみでスカートのすそがめくり上がりかけていて、来ヶ谷さんは必死に振り払おうともがいている。
 寄り添うクドから、今度はさっきよりも痛めに爪を立てられる。目の前に転がり込んできた突然のご馳走をクドは自分ひとりでは処理できない。痛くする人とされる人がいなければ、クドにとってのご馳走は成立しないのだ。
 クドから視線を切って再び来ヶ谷さんを見ると、肉感的なその腰にいまや葉留佳さんが顔を押しつけるように組みついている。来ヶ谷さんの豊かな胸がやわらかそうにつぶれて、その不意打ちに頭の芯を焼かれた。
 小動物のようなクドが僕からすっと体を離し、触れれば切れそうな鋭い視線を向けてくる。
「結局おっぱいなのですか? 私というものがありながらっ」
「違うって! どうしてそうなるのさ」
「違うもへちまもないのです! リキ、そこに正座するのです!」
 学校の廊下は、どっかんばっかんと絶え間なく爆音の響く紛争地帯の様相を呈していた。冷たい床に正座する僕の頭上からはクドの責め声が機関銃のごとく降り注ぎ、もみあって転倒した来ヶ谷さんと葉留佳さんは女同士でちちくりあっているようにしかもはや見えない。彼方から謙吾の「酸味の苦味の絶妙なハーモニー!」という叫び声が聞こえた。
「この勝負、俺に任せてもらおうか」
 僕たちを取り囲む輪から颯爽と踏み出したのは、元《クドリャフカの飼犬21号》恭介だ。誰よりも従順でありすぎたためにクドから放逐された、あまりに哀れな忠犬である。肩には《まな板教団》のたすきをかけている。昨日は《幼女専用車両推進委員会》のたすきをかけていた。
「ジャンクフードは引っ込むのです!」
 クドが一喝した。お手軽な人を意味する最大の蔑称をぶつけられて、恭介が血反吐を撒き散らした。どこか嬉しそうでもある。
「しかしご主人! これまでの勝負を仕切ってきたのは俺です」
 恭介が肩膝をつき、片手を胸に当てて芝居っぽく抗議する。
「ご主人の覇道を阻む者の姿を、そしてそいつらがことごとく踏みにじられる様を俺はずっとそばで見てきました。そこにいる来ヶ谷は、ご主人に仇なす最大の巨悪。この勝負を俺が仕切らず誰が仕切」
 鈍い音が響いた。鈴が兄の後頭部に蹴りを入れていた。たぶん殺意があった。恭介は首を絞め上げられながら引きずられていった。はずみで落ちた《まな板教団》のたすきだけが床にむなしく残された。
「さて。邪魔者も消えたことですし、来ヶ谷さん、勝負を受けてくれますね?」
「まぁ構わないが。私が勝ったらどうなる?」
「私のことを欲望のままに踏みにじるといいです」
 来ヶ谷さんは顔をゆがめて、どんびきしていた。だが、クドのペースに飲み込まれることを嫌ってか、すぐに余裕に満ちた表情を浮かべる。
「最近のクドリャフカ君は少々おいたが過ぎるようだからな。私専属のペットとして再教育してあげよう」
「私と痛いことをし合うのですか? いい度胸なのですっ」
 互いの言葉は微妙に噛み合っていないが、それが戦闘開始の合図となった。周囲から下らないものと下らなくないものが次々と投げ込まれた。気絶して泡吹いた恭介までもが投げ込まれた。《まな板教団》のたすきが空を舞った。
 来ヶ谷さんが、投げ込まれた最上大業物の日本刀《肥前国忠吉》を手に取って構えた。刃先が揺らめき、研ぎ澄まされた白刃が美しく輝く。スカートには、特異な形状を持つ《サンダーファイブ》が差し込まれていた。リボルバーでありながら散弾を放てる近距離特化型の稀有な拳銃だ。
「おねーさんが引導を渡してくれよう。次にクドリャフカ君が目覚めるのは、私のベッドの中と心得るがいい」
 クドが、投げ込まれた最新式の《デジタルカメラ》を手に取って掲げた。スイッチを入れると中央部分がぐんぐん屹立して望遠仕様となり、嵌め込まれたレンズが美しく輝く。
「来ヶ谷さんの恥ずかしい写真をいっぱい撮ったげるのです。誰にも見せたことのないいやらしい素顔、遠慮せずに晒すといいのですっ」
 とてもだめな感じに両雄が激突しようとしていた。


 僕は寮室の床から跳ね起きた。
「なんだ、夢か……」
 それにしても変な夢だった、と僕はつぶやく。
「リキ、何をしてるのですか?」
「夢オチごっこ」
「わけが分からないのです」
 足を布団に突っ込んだまま、ベッドの上でクドがため息をつく。
 ここはクドの部屋で、ここは現実だった。
 クドはデジカメを手にして、撮影した来ヶ谷さんの痴態の数々を堪能中だ。くすぐったそうに笑いながら、食い入るように小さな画面を見つめている。
 折角なので見せてもらおうとしたが、途中から来ヶ谷さんが割り込んできて、それだけはやめてくれと涙目でクドに懇願したのでその話は立ち消えとなった。もちろんクドは傍目にも分かるぐらい全身をぞくぞくさせて、理不尽な交換条件をいくつも呑ませていた。交渉の様子もしっかりと撮影していた。
 しばらくして、クドがデジカメを置いた。飽きたのかもしれない。
「あーもう、我慢できないのです」
 違っていた。クドの顔はどうしようもないぐらい紅潮していた。僕はこの顔を知っている。他人をいじめたくて痛くしたくてたまらないときの顔だ。
「この子のいやらしくて恥ずかしい姿、リキに見せたげるのですっ」
 布団を引っぺがそうとするクドに、布団の中の不自然な膨らみが、必死にそれを阻もうと抵抗していた。
「待て、なのですっ」
 犬にしつけをするように、クドが命令する。膨らみがおとなしくなる。
「と言いたいところですが、抵抗を許すのです。見られたくなくって頑張って、それでもどうしようもなくって屈服してしまうところ、私がばっちり見たげるのですよ」
 精神的優位に立つクドが、力で勝る抵抗者を凌駕した。布団はあっさり引っぺがされた。体を小さく丸めた来ヶ谷さんがそこにいた。クドの飼犬として布団の中に放り込まれた羞恥と屈辱と熱気とですっかりしおらしくなった彼女は、弱りきった子犬そのものだった。恵まれた体の線が強調されていて、視線を向けていることにさえ罪悪感を覚えた。
「リキの目つきがえっちぃのです」
 クドがふとももの上に乗っかった来ヶ谷さんの頭を撫でる。赤子扱いを受ける彼女は、両腕をかざして何とか顔を隠そうとしていた。
「めっ。恥ずかしい顔、ちゃんとリキに見せたげなさい」
 震える両腕をがっしりつかんで、クドが強引に万歳のポーズをさせた。
 来ヶ谷さんの少女みたいな悲鳴が響き渡る。
 今日も平和だ。


 ゆっくりと目を開ける。
 僕はベンチに座っていて、隣にはクドがいる。
「なんだ、夢か……」
 それにしても変な夢だった、と僕はつぶやく。
 いや、まだ夢の中かもしれない、ともつぶやく。
「リキ、何をぶつぶつ言ってるのですか?」
 無視する。こういうとき、夢から覚める方法といえば定番のあれだ。
「ねぇクド。ちょっと僕のほっぺたつねってくれない?」
「いいのですよ。ほら、こっち向くのです」
 クドが手招きする。僕は頬を差し出す。
 思いっきりつねられた。
「痛い。何故だ!」
「痛くしたから当たり前なのです」
 軽蔑の目を向けられる。僕はそれでもくじけない。
「そうか、今のじゃ刺激が足りないんだ……」
 棒読み気味に、僕はクドの手をぎゅっと握り締める。
「クド、もっと強くやってよ!」
「この変態っ。いつからそんな軽い男になったのです!」
 顔を赤くしたクドに強烈な平手打ちをもらった。痛かった。現実だった。
「ごめん。冗談だよ」
「一体何がしたかったのですか?」
「白昼夢ごっこ」
「わけが分からないのです」
 気がつくともう夜だ。
「今日は疲れたのれす」
 ろれつの回っていないクドが、急に舟をこぎ始める。ついでに、もう歩けないのですとか言い出したので寮の部屋まで背負って連れて行くことにする。
 運ぶ途中で何人かの知り合いとすれ違ったが、やけくそで笑顔を振り撒いた。まさかこれを狙っていたんじゃないかと首を回すと、クドのとろけきったつぶらな瞳と視線がかち合い、思わず息が詰まって足を止めた。
 クドは本当に眠そうで、けれどまだ起きていた。
「明日からまた頑張るのです」
「謙吾も来ヶ谷さんも倒したんだし、ちょっと休憩すれば?」
 だめなのです、とクドが僕の右肩の辺りで首を振る。
「私の最大の敵はあんなもんじゃないのです」
「もしかして僕のこと?」
「うぬぼれもいい加減にするのです。リキなんて相手にもならないのです」
 ひどい言われようだ。僕は苦笑する。
「そいつは何も言わずにいきなり私をねじ伏せて、私からいっぱい奪っていきやがったばかやろうなのです。だから私はそいつから奪われたものをぜんぶ奪い返すのです。泣き寝入りなんてしてやらねーのです」
 クドは誰かのことをぼろくそに言っている。多分、漫画かアニメかゲームの話だろう。寝ぼけているのだ。僕は適当に話を合わせる。
「いつか勝てるといいね」
「当たり前なのです。負けっぱなしじゃいられねーのれす」
 締まりのない啖呵を切って、クドは寝息を立て始めた。
 僕は止めていた足を寮へと向けた。


[No.762] 2008/12/10(Wed) 23:43:50
夢渡り (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@3371 byte

 街灯も無い峠道だから、星が綺麗に見えるものだと思い込んでいた。空を覆う雲に覆われて、煌めく星どころか、いつも馬鹿みたいな顔で浮かんでいる月さえ見えなくて、頼りは携帯のライトだけというどうしようもない状況なのだが、それでも一所懸命に足を動かして前進する。電池が切れたらお終いだなぁ、なんて考えて、喉渇いたなぁ、とも思って、よく分からないけど顔がにやつく。辛いし、なんだか気持ち悪くなってきたっつーのに、そう言う時ほど楽しくなる。なんでだろうね。パブロフの犬みたいな感じ。困難なほど面白くしてくれる。だから、僕は涎を垂らして笑顔で待っている。

『夢渡り』

 この世界を暖かいという人がいる。夢見がちな文学少女でもあるまいに。
 守られてる自覚もあったし、ずっと守ってくれるっていう甘えもあったし、それが悪いことなんて思ってなくて、無償の愛情が当然だと思って。今めちゃくちゃな距離を歩いていることにはなんら関係は無かったりするんだけど。体を動かせば楽しい。そういう思い込み。体に刻む為に、僕はひたすら歩を進める。
 フッと暗闇が訪れる。携帯の電池が切れた。三十分程もったので、まあ良い方かなと前向きに考えて、携帯を踏みつけた。液晶が割れた。蹴り飛ばした。崖から落ちていく。靴を脱いだ。力一杯投げ飛ばした。崖から落ちていく。夏の夜のアスファルトはひんやりとして気持ちいい。調子をこいて、でんぐり返しをしたところ、落ちていた石が背骨の隙間にゴリッと食い込んで悶絶した。ちょっと泣いた。視界は、ぼやけたまま。とりあえず、前へ進もうよ。
 車通りが先ほどから一切無いのが不気味でしょうがないけど、田舎だし、山だし、夜だし。これがきっと普通なんだろうと考えて、涙を拭いた。真っ暗闇で何も見えない。目を瞑って歩いてみた。壁に激突した。おでこを思いっきり打った。ちょっと泣いた。ぶつけたところを擦ってみる。少しコブが出来ていた。自分の馬鹿さか加減に呆れた。目を開けてみた。暗闇に目が慣れたのか、少し見えるようになっていた。分厚い雲を突き抜けた微かな月明かりが僕だけを照らしてくれている気がした。勘違いも甚だしい。涙を拭いた。暇なので鼻歌を歌った。息苦しかった。むせた。
 どれだけ歩いたのか分からない。大分疲れていることだけは確かだ。一時休憩を取ることにした。ガードレールに腰掛ける。宇宙で浮いてるって多分こんな感じかな、なんつって。風も無い。湿気は多い。虫の声がやたらに五月蝿かった。欠伸が出た。いつもなら当然の如く寝ている時間なのだ。手の甲で目を擦る。もう少し頑張ろう。
 立ち上がって、再び歩き出す。頼りない視界を頼りに。足の裏から感じる冷たさが唯一の友達。鼻水を啜った。それから、また随分と歩いた。たまに走った。たまに踊った。ごく稀にこけた。鼻血が出た。ちょっと自分でウケた。そうしている内に、たぶん、きっと、僕が目指していたであろう場所に着いていた。真新しくなったガードレールを越える。座り込んで、崖から足を垂らした。今なら簡単に空も飛べる気がする。気のせいだけどね。風が少し出てきた。僕にも変わらない大事なものがあった。変わらない筈だった。反転した。ひっくり返った。全ては夢だったのかなぁ、なんて。ロマンチックなことを考える。黒い世界は、僕の心を落ち着かせる。ぐるぐるぐるぐる回る僕の心を消してくれる。何も無いなら、最初から無い方がいい。そっちの方がエコだ。世界的にも、僕としても。豊かに肥えて重くなってしまった僕の中。ダイエットするにも手遅れなふくよかさだった。無理矢理下剤を飲まされて下痢して、頬がこけるほどに絶食させられて、今に至る。時代のニーズに答えて、スリム化に成功した。誰も頼んでいない。
 さてと、と腕を交差させ、指と指を絡めて、ストレッチ。準備は万端だ。そろそろ眠い。欠伸が止まらない。涙が少し、睫毛に絡まる。邪魔くさい雫を拭った。よっ、と掛声ひとつ。
 僕はこれから夢を見る。ここでしか見れない夢。覚めない夢。新しい世界の始まり。僕の終わり。


[No.763] 2008/12/11(Thu) 03:22:28
冬の天体観測 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@3790byte

 吹く息も白くなってきたこの季節に恭介のこの一言から始まった。
「リトルバスターズ全員で天体観測するぞ!!」
 僕は恭介の突然の発言に反応が全く出来なかった。反応が出来なかったは僕だけではなく鈴、真人、謙吾も呆然としていた。
「恭介。こんなに寒い日によ。体を震わせながら星なんか見ないといけないんだよ?」
「そうだな。最近夜は冷えるぞ。体を壊してしまったら元も子もないだろ?」
「こいつ、馬鹿だ」
 三人からは否定の台詞しか出なかった。
「恭介はなんで突然天体観測したいって思ったの?」
 恐る恐る僕は恭介に聞いてみた。
「それはな。毎日こんなに息が詰まりそうな生活をしているが、しかし、これからもその生活を死ぬまで続けないといけない。だから、少し息抜きをするために…いや、自分の大切なものを見つけるために俺は天体観測をする!!」
「なあ…謙吾…恭介の言ってること…分かったか?」
「珍しいこともあるものだ…俺もそう思った。」
「こいつ馬鹿だ!!」
「それじゃ…今日の夕食後、寮の玄関に集合な!!鈴と理樹は他のメンバーに連絡を頼んだ!!」
それだけを言うと準備があるのか恭介は急いで部屋を出て行った。





「ほぇぇぇ?天体観測?」
「なんでこの時期に天体観測なんですか?確かに寒いと夜空はきれいに見れますが…」
「恭介はいつも突然だからね」
 夕食を食べるために学食に行ったらみんながいた。
「うん〜楽しそうだから〜いいよ〜」
「そうですね…たまには夜空を見るのも良いかもしれません」
「ふむ…そうだな…」
 小毬さん、来ヶ谷さん、西園さんも天体観測に参加してくれた。
「葉留佳さんは?」
 となりに居た葉留佳さんと正面に二木さんがいた。
「いいっすね〜楽しそうですヨ〜ね〜お姉ちゃん?」
「そうね…たまにはきれいな星も見るのも良いかもね?」
「わふ〜みんなで見ると楽しそうなのです〜」
「じゃ〜みんな食べ終わったら寮の玄関に集合ね」





「寒い…」
 みんな一度自室に戻ったからまだ来てなかった。
「少し早く来過ぎたかな…」
「お前風邪引くぞ」
 玄関には僕と鈴しか居なかった。
 少し経ってから小毬さんや同室の笹瀬川さん、西園さん、クド、来ヶ谷さん、謙吾、真人が来た。
「あれ?葉留佳さんと二木さんは?」
「佳奈多さんは葉留佳さんのところに行ってから来るって言ってました」
「そうなんだ…」
「なにぃ!!はるかが遅れてるのか?」
 鈴はふかーと怒っていた。
「やはは〜鈴ちゃん〜怒ったらダメなんですヨ?」
 突然後ろから出てきた葉留佳に鈴は驚き僕の後ろに隠れてしまった。
「ごめんなさい。葉留佳が準備に遅れていたから…」
 葉留佳に続いて二木さんも遅れて来た。
 やっぱり葉留佳さんが遅れたのか…
「あれぇ〜きょ〜すけさんは〜??」
 ほんにゃりした口調で小毬さんが恭介が居ないことに気づいて言った。
「あ…確かに恭介がいないね…」
 周りを見回したけど恭介の姿がなかった。
「俺はここに居るぜ!!」
 グラウンドの方から声が聞こえた。
 そこに行ってみると…恭介が大きな望遠鏡を何個もグラウンドの真ん中において立っていた。
「よし!!お前ら今から天体観測を始めるぞ!!ちなみに、空は見てみろよ!!こんなに空は星で沢山だ!!あたり一面の星だ!!さあ!!望遠鏡で覗きまくれ!!」
 予想以上に恭介のテンションが高いみたいだ。こうなってしまったら誰も止められないだろう。
「恭介!!みんなに迷惑だろ!!夜なんだから静かにしろ!!」
 鈴はハイキックを恭介の頭に蹴りを入れたけど…当たったはずなんだけど…テンションの高さで痛みが感じてないみたい。





「うわ〜きれい〜ねぇ〜ねぇ〜お姉ちゃん〜見てみて〜」
「もう、そんなに騒がなくても見るわよ」
「ホントだよぉ〜きれ〜」
「はい…こんなに綺麗なものが望遠鏡を覗くだけで見れるなんて信じれませんね」
「わふ〜♪わふ〜♪」
「ほう…本当に綺麗だな…」
 みんなから綺麗の一言しかでなかった。でも、この星を見てしまったら綺麗しか言えないと思った。
 恭介は笑いながらみんなの方を見ていた。もしかしたら恭介は、こんなに星が綺麗なものだと言うことを知っていたのからみんなと見ようとしたかな、と思った。





「ねぇ…恭介はこんなに星が綺麗だって事知ってたからみんなを誘ったの?」
「そう、こんな綺麗な星空、俺だけで見るのは勿体無いだろ?みんなで見たほうがいいと思ってな…」




 本当に綺麗な夜空…とても寒かったけど…みんなで見た星空も悪くはないなと思った。






「あ…流れ星…」


[No.764] 2008/12/11(Thu) 18:08:04
恐怖の一夜 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ いじめてください(スカートたくしあげ)@16283 byte

 ――これから語りますのは私こと古式みゆきが体験したごく普通のことについてのお話です――










『大事な用がある。今すぐ渡り廊下のところまで来てくれるか』
 お風呂から出た後携帯を確認してみると宮沢さんからそんなメールが届いていた。いよいよ私も特別なその時が来たのかと思い、これならもっとしっかり身を清めていれば良かったかなと若干後悔しつつ約束の場所まで来ると、そこにはもうすでにほとんどのリトルバスターズのメンバーがそろっていた。一体これはどういうことか宮沢さんに説明を求めてみたけれど帰ってくるは少し待ってくれという言葉だけ。その後しばらくたって一番最後にやってきた朱鷺戸さんの姿を見た途端棗先輩が高らかと宣言した。
「これから新メンバー歓迎記念第二回リトルバスターズキモ試しでホラー・NO・RYO!大会を開くぜ、いやっあほぉぅっ!」
 ……ええーっと……もうこんな冬の時期に納涼? それにメンバーが増えてすでにずいぶんたった今になって歓迎? いえ、歓迎してくれるのに文句を言ってはいけない。それにしてもこれは一体。周りの様子をうかがってみるとその表情は二通りに分かれている。笹瀬川さん、二木さんそれに朱鷺戸さんは理解できないような唖然とした表情。一方宮沢さんたち前からのメンバーはあきれたような表情。自分自身の顔は確認できないけれどきっと私の顔も笹瀬川さんたちの表情に近いのだろう。
「あの一体これは?」
「今日また二つの会社から不採用の連絡が来た」
 隣に立っていた宮沢さんに説明を求めてみると、私の耳元に口を近づけ小声でただそれだけを言った。短い言葉だったけれどそれは私が状況を理解するには十分すぎる言葉だった。言われて棗先輩の顔をあらためてよく見ると泣いたあとのように目が少し赤くなっている。
「……やけになった」
「もしくは古式たちに八つ当たりだ。なあ、呼び出した俺が言うのもなんだがこんなことにつきあう必要ないぞ」
「いえ、別にかまいませんけれど。これぐらいで棗先輩が元気になるのなら」
「そっか、そう言ってくれるとありがたい」
 私としてはどちらかというと夜あんな思わせぶりなメールを送ってきた宮沢さんの方に文句を言いたいところですが。はあ……いつか来る時まで使わずにしまっておいた勝負下着をわざわざ身につけてきたというのに、そんな私の想いを全然気づいてないんでしょうね。……あんなメールが送られた後勝負下着を身につけてくるというのはごくごく普通のことですよね。私がいやらしい人間だということはないですよね。あれ、私は誰に対して聞いているのだろう。
「古式」
「は、はい!?」
 変な思考に陥っていたなか名前を呼ばれたことで思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
ああ、恥ずかしい。
「最初の時は男子一人女子二人のチームだったが他のメンバーは二度目だし、今回はお前たち四人一組で行ってくれ。まあ、命の危険とかはないしたとえあったとしてもお前たち全員戦闘能力高いし大丈夫だろ。ルールは各階のチェックポイントに置いた4枚のお札を取ってくることだ、それでリーダーだが理樹お前が決めてくれ」
「なんで、僕!?」
 やはりこれは八つ当たりが目的か。直枝さんに決めるよう言った瞬間他の三人から恐ろしい殺気が漂ってきた。そんな直枝さんの様子を見て棗さんはいつもとは違う少し意地悪な感じの笑いを浮かべた。
「直枝、私が統率力のある人間だということはよくわかってるわね」
「あらわたくしも部長としてしっかりしていることを、あなたと違って直枝さんはしっかり理解してますわ」
「あたしと違って理樹くんと夜の校舎での思い出が何もない人がいろいろと言ってるけど、ちゃんと理樹くんは私を選んでくれるわね」
 3人がそれぞれ直枝さんに詰め寄り徐々に包囲網が狭まって行く。とうとう校舎を背にし三方を3人で囲んだ。鬼気迫る3人の表情とおびえる直枝さんの姿はどう見たって肝試しのリーダーを決める姿には見えない。
「じゃ、じゃあ古式さん」
「「「な、なにーーーっ!?」」」
「はあ?」
 3人ばかりでなく私の方も驚いた。あの私別にリーダーなんかやりたくないのですけれど。
「こらーっ! 直枝っ!」
「どうしてここでこの3人以外を選ぶのですか!」
「鬼畜だ、外道だと思ったけどとうとう寝取りまでするか!」
 だからとてもただの肝試しのリーダーを選ぶようには見えない。
「あの私からも疑問なのですけれど、なんでよりもよって私なのですか?」
「えっと……他の3人だと絶対話まとまりそうにないから、古式さんお願いします」
 そう言われ他のメンバーの顔を見ると、ライバルが選ばれるよりはましといった表情が浮かんでいる。これで私が断ったらまた話がこじれてしまうか。そもそもこんな簡単なことで話がこじれてしまう元凶は直枝さんにあるのに、話がまとまらないからとかいうのはどうかと思うけれどそれは言わないでおこう。仕方ない、やりましょう。正直こんなわけのわからないこと早く終わらせて眠りたい。
「わかりました。では早速行きましょうか」
 どうしようもない不安を抱えつつ私は校舎へ一歩足を踏み入れた。





「4か所と言ってましたからそれぞれが1回ずつ挑むということでよろしいですか?」
「妥当ね」
「ではまず最初は私が行きます」
 肝試しの内容以上にメンバーの方が不安だったが、ちゃんと付いて来てるところを見ると一応は大丈夫みたいだ。仲間割れみたいな事にさえなければこのメンバーは肝試しでおびえるようなことはないだろう。でもそうなるとこのメンバーは人選ミスなのでは。次から次へと教室をのぞいていくがそこに不安はどこにもない。出発前の一悶着で逆にリラックスしたのだろうか。ふふ、本当に肝を試されたのは先ほどの直枝さんかも。
 ガタタッ
 そんなどうでもいいことを考えた私の耳に変な音が入ってくる。そして考えるより先に……
 バキィッ
 仕掛けられていた罠に思わず体が反応してしまった。見た目では壊れてないみたいけど大丈夫だろうか。後ろを振り向くとみなさんが何か信じられないような様子で私を見ている。
「あー、えっと、古式さん。今の姿はその……」
「弓道が本職ですけど武道家として最低限の護身術はたしなんでいます」
「いや、そんなことはどうでもいいのですけれど……うーん」
「どうしたんですか。みなさんははっきりした性格の持ち主だと思っていたのに。ずいぶんじれったい態度ですね。言いたいことがあるのでしたらはっきり言ってください」
「はっきり……じゃあ、言うわ。人は見かけによらないって言うけど意外だなって」
「だから何がですか?」
「古式さん、ショーツが見ていますわ」
 その一言であわてて目を下に向ける。今の蹴りの拍子に机にスカートが引っ掛かったためか下着があらわになっている。急に恥ずかしくなってスカートで押さえてみたものに完全に手遅れだ。
「古式さん真面目で言い方悪いけれど地味な感じがするから、おばちゃんが着けているような下着を着けているイメージだったけれど、まさかあんな黒のエロ下着を着けているなんて。本当に人は見かけによらないわね」
「待ってください。わたくしも黒の下着を好んでいますけれど、黒だからというだけで痴女扱いされたくはありません。私はあそこまで派手でいやらしいデザインのものは身につけたりはしません」
「違います!」
 あー、今ものすごい勢いで私が変な人になっている。
「もう私は風紀委員でもないし、学校の中とはいえ今は放課後だし、そもそも派手な下着は禁止なんて恥ずかしい校則はないけれど、さすがに今のあれはみんな引く」
 だから違う! いつもは朱鷺戸さんが言っているように地味な格好をしている。今だけ偶然なのに。ちゃんと理由を聞いて。理由、理由……あんな理由は言えない! 宮沢さんから夜にメールが送られてきただけで勝負下着で出かけるなんて言ったら、私はとんでもない色ボケ女になってしまう。あっそれでもいつでもこんな格好をしているよりはましかしら。いつでも派手な下着を身に着けているのか、それとも殿方に夜会うよう言われただけで期待してこんな格好出てくるのか。うっ一体どっち? どちらの方がまだ常識人。ああ、何でこんな最悪の二択しかないわけ。
「すっかり変なことで立ち話状態になっていたわね。そろそろ次行きましょうか」
 ああ、もう弁明できない。信じよう。いつでもこんな格好と思われる方が良かったと信じよう。





 標本に張られていたお札をひらひらさせながら思う。こんなつまらないもののために私は一体どれだけ多くのものを失ったのだろうと。ちゃんと集中していれば軽くよけるだけで済んでいたのに。怖くないからとぼんやりしていたさっきの自分を叱りたい。
「どうしたのく……古式さん」
 くの次は何を言おうとした。
「別に何も……次は誰が行きますか?」
「じゃあ私が」
 二木さんが退屈そうに手を挙げる。たしかに怖くもない肝試しほど退屈なものはそうそうないかも。
「退屈そうですね」
「そりゃね。このメンバーで一体何を楽しめばいいというの」
「あなただったら能美さんや妹さんとだったら楽しめそうね」
「そうそう。だから理樹くんのことはもうやめたら」
 またその話に戻るか。またしても皆さんの顔に青筋が立った。
「それはそれ。これはこれ。クドリャフカや葉留佳のことと直枝のことはまた別よ」
「なんですかその態度。直枝さんのようにいい加減な」
「あなただって神北さんや、鈴さんへの態度は妖しいじゃない。私は正真正銘理樹くん一筋だから」
「だからと言って直枝があなたのことを好きになるとは限らないわ」
「ぬああっ!?」
「まったく直枝さんがはやく優柔不断な態度をやめればすべてがはっきりするのに」
「たしかにあんな女たらしじゃなければ」
「……あのー、ずっと疑問なんですけれども、なんでみなさんは直枝さんのことが好きなのですか? あんな女の敵を」
 その一言を言った途端先ほどまでの険しい表情が一変し惚けたようなものに変わる。
「あれでまあ肝心なところでは決断力はあるし……」
「優柔不断も優しすぎるだけと思えば」
「死の淵にあった私は蘇らせたのは理樹くんとの思い出だから」
 そして三人ともさらに惚けた表情へと変わった。もうやだ、この人たち。どこか上司や同僚に対する相談に応じてくれる場はないのだろうか。そして惚けたまま音楽室へと入った二木さんは難なくお札を手に入れた。棗先輩この企画完全に失敗では。





 いつの間にか二人の間で話がまとまっていたのか三階では笹瀬川さんが先頭に立ち、ためらいもなく教室の扉を次々開いていっている。神北さんや能美さんあたりだとおどかしがいがあるのだろうが、このメンバーだとはそうはいかない。こんなことで棗先輩は元気を取り戻すのだろうか。
「これですわね」
 飾られていた絵が不気味に光るがとても気絶とかするようなレベルではない。あまり怖くされたら今頃混乱していたかもしれないが、さすがにこれだと物足りない。
「では行きま……」
「少しお待ちになってください」
 無事お札を手に入れ早速次の階に移ろうとした私を笹瀬川さんが止める。何か問題でもあるのだろうか。窓際で細かく立ち位置を確認するようにし何かポーズを決めている。
「ああっ!? 気付かなかった」
「やるわね、笹瀬川さん。後で私もやろう」
 私には全然理解できないことが二人は理解しているようだ。一体なんだというのだろう。
「これがベストかしら」
「満月ではないところが少し物足りないけど、月を背景にこちらを向くようにしているとはなかなか眩惑的ね」
「くっCGが一枚できるチャンスを逃したのは痛い」
 CG?
「一体笹瀬川さんは何をしているのですか? それとCGとは?」
 私がそう言うと三人ともあきれたように溜息をつく。そんなに私が変なことを言ったのだろうか。
「古式さん、理樹くん争奪戦に参加しないのは正直ありがたいけど、けどねCG争奪戦に参加しないのはさすがに人としてダメだと思うの」
「まったくあーちゃんといい古式さんといいのんびりしているんだから」
「いいですわね、古式さん。CGとはこの世で二番目に大切なくらい重要なものですよ。それを大事にしないでどうするというの」
「二番? では一番は?」
「「「立ち絵」」」
 三人の声がきれいに重なる。また変な単語が出てきた。
「古式さんはCGがあるとはいえそれに満足したら駄目じゃない」
「私の後輩ですら一応立ち絵があるというのに、情けないとは思わないのですか」
「人間常に上を目指さないと。友人としての忠告よ」
 その後さらに数分ほど私への文句が続いた。それを聞きながら私は思った。友人やめたいな……と。





「せっかくこんな小道具があることだし何かこれ使えないかな」
「わたくしも待ってもらったことですし待つことに文句は言いませんわ」
「いまさらやり直しはきかないわね。直枝がいないからと油断してた自分が悪いから仕方ないんだけど」
 あっさりお札を手に入れた後朱鷺戸さんは例のCGとかいうものについて思案している。まったく理解できないことだけど、これは理解するのとしないとどちらの方がいいのだろう。
「ケガをして血を流しているようなのがよろしいのでわ」
「いいの、そんな敵に塩を送るようなまねをして」
「わたくしを見くびらないでほしいですわね」
「じゃあ、肩を撃たれて倒れて苦しい表情ながら目は死んでないといった感じでいくか」
 ケチャップを肩に塗りつけ横向きに倒れ、顔を少し上げて前を睨むようにする。本当にその行為にどういう意味があるだろう。しばらくその体勢でいた後急にはっとしたような顔に変わり膝をあげる。それによってスカートが持ち上げられたのか下着が少し見えた。
「あ、あざとい」
「パンチラとはさすがに露骨すぎませんこと」
「なんとでも言って。遠慮なんかしていたら勝ち抜けない。CG枠を手に入れるためだったらどこまでも非情にならないと」
「しかもそんな派手なショーツを着けて。いつでも準備しているとわけ」
「ショーツ……ふふ、ふふ」
 ショーツという言葉を聞いた途端先ほどまでの勝ち誇ったような笑みが消えた。また自虐モードに入ろうとしているのか。
「理樹くんから夜会えるかってメールが届いたからあわててシャワー浴びて勝負下着に代えてやってきたというのに来てみたらみんな揃っていていきなり肝試しが始まって全員女だから見せる意味がなくなったこんな準備してきたあたしって馬鹿じゃないと思ってあたしったらこっけいねと言うかみんな笑いな……」
「笑わないわ。笑うわけないじゃない」
 自虐モードへのスイッチが完全に入ろうとした時二木さんの言葉が遮った。その予想外の事態で朱鷺戸さんの目に再び光がともる。
「私だってメール見て着替えたんだから」
「あなたもですの」
 驚いたよう三人がお互いの顔を見る。そうか、この人たちは夜直枝さんからメールが送られてきただけで勝負下着に代えるんだ……ダメだ! 私この人たちと同レベルだ! はっ!? だとしたら先程の件も宮沢さんからメールが送られてきたことが原因だと話せばよかったのでは。うう……二択を外した。
「本当に馬鹿にしないの。あたしなんかメールの後あわててシャワー浴びてにおい落としたのよ」
 あっそれで一人だけものすごく遅かったのか。
「馬鹿にするわけないじゃない。それは女として当然のことよ」
「私も入浴がまだでしたらそうしていましたわ」
 ……理解できない状況に頭が痛くなってくるけど、とりあえず三人とも出発時が嘘みたいに仲良くなっているからよかったと考えるべきか。うん、よかったよかった。
「さすがに古式さんみたいなのを身に着けていたら引いていたけど」
「そうね、どう考えたったあの下着はありえない」
「うんがーっ!?」
「それあたしのセリフ」
 前言撤回! 全然よくない! ……ふう、リトルバスターズをやめることを一度真剣に考えてみた方がよいかも。





「……」
「何か聞こえない?」
「そう? 気のせいじゃ」
「ふっ、女スパイの聴力……」
「妄想でしょ」
 妄想と一言のもとに斬り伏せられて沈んでしまったが、どうやら最初に言ったことまでは妄想ではないらしい。たしかに何かこちらへ向けて悲痛な声が聞こえてくる。
「なんなのでしょう。この憐れみ以外を感じさせない悲しげな声は」
「あえてたとえるならこの世のすべての不幸を一身に背負い、一人取り残された人間があげるような声ね」
「ほら見なさい、あたしが言ったとおりでしょ」
 あっさり復活した朱鷺戸さんが勝ち誇ったような笑みを見せる。うらやましい、あなたみたいな生き方はものすごく楽しいだろうな。
「よっしゃあ、5枚目のお札はあたしがゲットするからね」
「「「5枚目?」」」
 その一言ではっとしそれぞれが持っているお札を見せ合う。間違いなく4枚すべて手に入れてある。だとしたらこの声の正体は何だというの。徐々に近づいてくる足音にさすがの皆さんの顔も青ざめてくる。私も胸が早鐘のように鳴り、緊張でのどが渇いてきた。落ち着け、緊張するな。弛緩せよ……階下に影が見えた途端その影はそれまでのゆっくりとした動きから急な動きへと変わり、階段を駆け上がり笹瀬川さんの足元へと飛びついた。
「えっ!?」
「きゃっ!?」
「ちょーっ!?」
 足を刈られ体勢を崩した笹瀬川さんに二人が巻き込まれる。迷っている暇はない。相手は敵だ。
「よがっだあーーっ。びどに会えだーっ」
 緩から急へ。渾身の力を込めて相手に蹴りかかろうとしたが、その情けない声に動きを止められた。服がずいぶん汚れ涙で顔がぐちゃぐちゃになっているその姿を見たら、とても攻撃なんてできない。しばらく相手が泣くのを見守った後すこし落ち着いてきたのを見計らって相手に声をかけてみる。
「あのあなたは」
「杉並です。E組の杉並です」
 言われてみるとE組の教室で見かけたような気が。格好がボロボロなこともあって普段どんな生徒だったか思い出せない。
「私たちが言える立場ではないですけれど、こんな時間にこんな場所で何をしていたんですか?」
「窓の外見てたら直枝君たちが何かしていて、気になって行ってみたらなんか怖いのがあって……逃げようとしても罠みたいなのがあって……そのうち携帯もどこかに落として……うえーん、怖かったよう」
「そうだったのですか。何か迷惑をかけてしまったみたいですね。でもそうなると私たちが来る前からいたということですか。先ほどまで全然物音がしなかったのですが」
「理科室でずっと気を失っていたんです」
 理科室? 影が薄……しっかり様子を見ていなかったから全然気づかなかった。
「夜の校舎で何か直枝君と特別なことが起これば、私だって立ち絵は無理でもCGは手に入れるかもと思ってきたのに……」
 やはり重要なのですね、それ。
「直枝君の周りの女の子ってみんなすごい子ばっかりだから、私だって何かすごいことやろうと思ったけど、やっぱり私じゃ無理なんだ」
 そう言って杉並さんは落ち込んでしまったけれど、周りの様子を見ながら私は思う。笹瀬川さんが倒された拍子に巻き込まれた二人も頭を打ったみたいで気を失っている。この結果だけで見れば武闘派の三人をまとめて一撃で倒したことになる。杉並さん、あなたは自分が考えているよりもはるかにすごい人よ。さて、どうしよう。一人ぐらいなら担いで帰ることもできたかもしれないが、さすがに三人は無理だ。三人気絶したから迎えに来てくださいとメールを打ったら棗先輩は一体どんな反応を示すだろうか。そして気絶させたのが杉並さんだと知ったらどれだけがっかりするだろう。それを考えると少しだけおかしくなった。










 ――いかがでしたか。この世で一番恐ろしいのは妄執にとらわれた人間。これはそんなごく普通のことについてのお話……えっ!? 私!? 私は普通です――


[No.765] 2008/12/12(Fri) 00:45:10
宇宙的進化論 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@6248 byte

 モンペチを買いに街まで繰り出していたら、たまたま店に来ていた営業に来年の新製品の候補をいくつか見せられて、鬱陶しいとか思いながらももっと猫の気持ちになった製品開発を求めたり、唐突に値上がりしたことを批判したり、挙句サンプルをもっとくれと頼んだり、を顔なじみである店主を経由して伝えたところ、とりあえず今日はこれで勘弁してください、とまだ開発途中のモンペチサンプルを持っているだけ全部渡されたので、今日はこれぐらいにしてやるということを、店主を経由して伝えてやった。
 若干にやける顔を、隠そうともしないで帰る。既に道は暗い。白熱した議論は予想外に時間を取られてしまったようで、帰りが遅くなるなら連絡、という馬鹿兄貴の忠告をしょーがないので守るため理樹に、遅くなる、とメールだけ打っておいた。迎えに行こうか? と返信が来たが、めんどくさいだろうから断った。あたしも大人になったなぁ、なんて感慨深く思う。いっぱいになった袋を両手にぶら下げる。重い。やっぱり理樹に迎えに来てもらった方が良かったなぁ、なんて後悔する。でも、理樹は人が良すぎるからいつも人の心配ばっかして、多分自分でも気づかんだろうが、すごく疲れてると思う訳だ。そこで、優しいあたしはやっぱりこれ以上理樹に負担をかけたら可哀想だなと思って、やっぱり手伝わせるのはやめようと思った。
 ふわりと右手にぶら下げていた荷物がいきなり軽くなった。最初は、理樹が来てくれたのかと思って、結局こいつはあたしの思いやりなんかを無視して来てしまう厄介な奴だなぁとか、そんなにあたしのことが好きなのかとか、まあ、大事なものだけど持たせてやらんことも無いとか。色々思って振り向いてみたら、そこに居たのはどうしてか二足歩行のデブ猫ドルジだったので「なんだドルジか」と一旦は落胆したのだが、いやいやおかしいだろうと。めんどくさいし、手伝ってくれるらしいので、ここはあれこれ考えず、まあ、荷物を持たせることにした。おまえをあたしのボディーガードに任命する。ぬおー。
「だから、今たべるなよ」
「ぬおー」
 ちょっと悲しそうな顔をしていた。行動がばれて悲しいのか、疑われて悲しいのか。どっちでもいいや。
 二人、じゃないなぁ。一人と一匹で夜道を歩く。昔のドルジを思い出す。思い出すほどにやっぱりおかしいこいつの体型。出会った時、既にこのデブっぷりだった。恭介にこいつ本当に猫か? って聞いてみると、お前はどう思う? と質問を質問で返されたので、猫っぽい、と答えた。じゃあ、猫っぽいから飼っとけ、という結論に達した。折角、珍しく二人、もうめんどうだから二人でいいや。二人だけでこうして歩く機会が出来たのだ。まあ、聞きたいことは沢山ある。
「なあ、ドルジ」
「ぬお?」
「お前猫か?」
 あたしの質問が理解出来たのか、ドルジはサムズアップして答えくれた。それは、俺猫だぜ、っていうことなのか。そんなことはどうでもいいんだぜ、ってことなのか。よう分からんから、猫っぽい、ということでひとつ。
「なんでお前は今、二足歩行なんだ?」
「ぬおー」
 辛く厳しい訓練の賜物なんだぜ、ということをその緩い顔を劇画タッチにすることで伝えてくれた。それにしても気持ち悪い顔だ。もう今後はその顔をしちゃダメだぞ。理樹なら泣いて逃げ出すから。だから、めっ、だぞ。ぬおー。いい感じに会話のキャッチボールが成立した。
「はるかあたりにはドルジを見習ってほしいな」
「ぬおー」
「あいつはうっとーしい上に、人の話を聞かないからな」
「ぬお」
「ドルジもそう思うか?」
「ぬおー」
 満足いく回答に笑った。最近は新しく増えたカネツグに付きっきりだったから、こいつには寂しい思いをさせていたのかもしれない。明日は目一杯遊んでやろうなんて思った。
 と、ドルジが自分の腹の辺りを弄る。何をしているのか、はてな顔で見ていると、腹から煙草とライターが出てきた。慣れた手つきで一本取り出し、口に咥える。シュボっと、これまた慣れた手つきで火を着ける。ふぅー、っと白煙が空に広がる。ビンタした。
「たばことか吸うな」
「ぬおー」
「泣くな。でも、たばこは体に悪いんだ。お前のためを思って言ってるんだ。つーか、どこで拾ったんだ」
「ぬおー」
 諦めたのか、地面に投げ捨て足で火を消す。ビンタした。
「ポイ捨てするな」
「ぬ、ぬおー」
「泣くな。でも、お前のためを思って言ってるんだからな。つーか、ヤンキーか」
「ちっ」
「あ、今舌打ちしたな。ふざけんなー」
「ぬおぬおー」
 走って逃げるドルジ。デブのくせにやたら速い。追いつけない。なんてこった。
「まて。まって。まってよー」
「ぬお?」
「お、置いてくな」
「ぬおー」
 しょうがないなぁ、というジェスチャー。むかつく。けど、待っててくれてありがとう。
「おまえはあたしのボディーガードだろ」
「ぬおー」
 ポンっと手を着く。そうだったー、と頭をぽりぽり掻く。おまえ、本当に猫か?
 シュボっ。バチン。ぬおー。と、その後も、ドルジが煙草を吸おうとしたり、あたしがビンタしたり、手をつないだりして夜道を歩く。暗い夜道は、実は怖かったりする。街灯だけの明かりとか、暗すぎるだろう。嫌なんだよ。本当は理樹に迎えに来てほしかった。そんなわがまま言えなくなったのは、あたしが大人になったからかな。理樹が大人になったからかな。どっちでもいいや。考えるのがめんどいぞ。
 色々考えてると、ピタリと、ドルジが止まる。
「どうした?」
 つないでいた手を離す。何か変な電波をキャッチしたのか、キャッチしようとしてるのか。両手を空に掲げだした。
「こわいぞ。やめろよ」
「ぬおー」
 それでもやめないドルジ。マジで変な電波に汚染されたのか? ドルジー。
「え? うわ!」
「ぬおー」
 いきなり、太陽が目の前に現れたみたいな。眩しくて目が開けられない。咄嗟にドルジを守ろうと、ドルジの前に立ったが、グイと押しのけられる。なんとか、目を開けて周りを確認する。光り輝く丸い球体が頭上に浮いていた。なんじゃこりゃ。しね。ていうか、マジで変な電波キャッチしてたのかー。
 なんか降りてきた。ぬおー、とか言いながら降りてきた。あたしの目の前に降りてきた。光が弱まる。正面に立ってるそいつは、色違いのドルジだった。
 いきなりの事態に唖然とする。意味分からんぞ。まあ、お近づきの印に、とモンペチを一つ渡した。訝しげに見た後で、色違いドルジがドルジに何これ、って顔を向ける。ドルジはサムズアップして答えていた。すると色違いドルジもサムズアップした。折角なのであたしもサムズアップした。友情が生まれた。
「ぬおー」
 色違いドルジが上の球体に向かって鳴く。すると、球体が再び光り始める。今度はなんとか目は開けられる程度の光。色違いドルジが球体へと吸い込まれていく。おお、意味分からん。ついでにドルジも吸い込まれていく。ぬおー、とか言って吸い込まれていく。手を振っていたので、あたしも手を振ってみた。意味が分からんぞ。
 二匹とも吸い込まれたところで、球体が激しい光を発した。目がー。目がー。痛くて擦る。なんとか痛みもおさまったところで、目を開けると、既に球体は消えうせていた。ドルジもいなかった。星に帰ったのだろうか。なんだ星って。とりあえず。
「モンペチ返せー」
 たぶん、一週間分はあったモンペチを持ってかれた。
 




 次の日。
「ぬおー」
「ぬおぬおー」
「おおっ!」
 色違いのドルジが増えていた。モンペチ返せ、と頭を小突いた。劇画タッチの顔を二匹にされたので、走って逃げた。


[No.766] 2008/12/12(Fri) 14:51:11
ぼっちの夜 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@4948 byte

 最近、理樹くんが来ない。
 まあそういうこともあるだろう。夜の校舎にわざわざノート取りに行くよりおにゃのことにゃんにゃんしてたほうがずっといいものね。ムカついたので、目の前で毎度のテンプレ台詞を朗読してやがる変態仮面に鉛玉をプレゼント。
 ばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばん。
 おおっと、ついつい全弾ぶち込んじまったい。ま、いっか。霧散する時風の姿があまりにもいつも通りすぎて、正直、なんだ。飽きた。もっと青い蝶に分裂して飛んでくとか外部装甲をパージして中から女の子が出てくるとか、そういう芸を凝らしてほしい。プレイヤーを退屈させるようなクソゲーやらせやがってちくしょう。せめてスキップ機能つけろ。
「とりあえず生徒手帳落として〜、っと」
 あとは物陰に隠れて理樹くんが手帳を拾うのを待つ。あたしは待つ女なのだ。
 しっかしまあ、来ないのよねーこれが。なんか理樹くんに嫌われるようなことしたかしら? いやでも記憶はリセットされるはずだし。まさかもしかして、マイナス方向の記憶だけ残る設定だとか? うわ最悪、時風のヤロウ死ねばいいのに。
 その時風の手下どもがぬらぬらと現れた。一人いたら三十人はいる感じね。ゴキブリかっての。ていうか、もう時間かぁ。あーあ、やっぱり理樹くん来なかったな。ま、理樹くんってばちょぉっと頼りないけど、かわいいしかっこいいしやさしいし、周りの女の子が放っとかないわよねー。さっすが理樹くん。ムカついたので、群がる影どもに鉛玉をプレゼント。
 すかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすかすか。
 あら? あーそう言えばリロードすんの忘れてたわ。スパイのくせにこんな大事なこと忘れるなんて滑稽よね。滑稽でしょ? あーっはっはっは。ねえちょっと、笑いなさいよあんたたち。
 どかっばきっ。
 あたしは死んだ。





 理樹くん来ねー!
 ルート入ってるのに主人公にほっぽりだされて空気になってるヒロインなんてお笑いよね。というかむしろ新しくない? 時代の最先端を行ってるわ、あたし。
 それにしても理樹くんったら、そんなに女の子とよろしくやってたいのかしら。そうと言ってくれれば、あたしがやりたいだけやらせてあげるのに。
 げげごぼうぉえっ。
 なぁに考えてんだあたしはっ。それもこれも全部理樹くんが悪いんだ。ウサギって寂しいと死んじゃうらしいけどほんとかしら。淫乱なのは知ってるけど。
 あーもう。理樹くん来ないんじゃしょうがないじゃん。テキトーに机動かして死んどこっと。
 ずしゃっ。
 あたしは死んだ。





 よくよく考えてみたらさ。理樹くんのまわりの女の子って都合良く美少女揃いよね。あたし? あたしはほら、優秀なスパイだから。
 つまりアレだ。女の子たちのほうが理樹くんを放っておかないんじゃなくて、理樹くんのほうから女に走ってるってことよね。うっわ最悪、あたしというものがありながらっ。
 げげごぼうぉえっ。
 あーちくしょう。気分転換に地下まで下りてきたはいいけど、何よあれ。天井からロープ垂らしてるとかバカじゃないの? 一人じゃ届くわけないじゃないの。2Pプレイ前提だなんてとんでもないクソゲーね。
 別にあたしは理樹くんなんていなくたって、一人でだって平気なんだから。このダンジョンが一人じゃ攻略できないようになってるだけなんだから。
 しょうがないからトラップ部屋まで行って死ぬか。
 ぶしゅー。
 あたしは死んだ。





 あのね。いろいろ言ってきたけどね。あたしもやっぱり……女の子、なのよね。ちょっと……ちょーっと仲良くなった男の子がさ、いきなり全然構ってくれなくなったら。やっぱり、その。
 って、なんでこんなおセンチな気分に浸ってんのよあたしは。この妙ちくりんなBGMのせいかしら。ピアノ? 音楽はよくわかんないけど、まあ多分そんな感じでしょ。綺麗だけど、なんだか哀しい感じ。あんまり好きじゃない。
 それにしてもこれ、生よね。さすがに録音とか放送とかとの違いは聞けばわかるわよ。こんな真夜中に、どこで誰が弾いてるのかしら。ま、理樹くんいないからどうでもいいや。今度こそ来てよね。
 ぐしゃっ。
 あたしは死んだ。





 いい加減バカの一つ覚えやってないで、攻め方を変えてみようと思う。だって来ないんだもの。こっちから行ってやるしかないじゃない。なーんか負けたみたいで悔しいけど。
 そういえば、またピアノ流れてる。さっきは思いっきり無視しちゃったけど、もしかしてこれって何か重要な手がかりなんじゃないかしら。まあそんなことは、優秀なスパイであるあたしには最初からわかっていたことだけど?
 うん、音の出所を探してみよう。
 夜が明けた。
 ってなんでよっ! 一晩探し回って見つからないとかバカじゃないの? 間違えた。バグじゃないの? おのれ時風め、無駄な時間使わせやがって。デバッグくらいちゃんとやっとけっての。こんなことに時間使うくらいなら、理樹くんの部屋に忍び込むぐらいやっとけばよかったわ。寝顔とか、きっと可愛いんだろうなぁ……。
 げげごぼうぉえっ。
 ま、まあ、せっかく夜が明けちゃったわけだし。登校中に曲がり角でぶつかるとか、そういうベタなシチュエーションで出会うのもいい気がするわ。
 まあ、出会えないんだけど。
 死んでやろうと思ったけど、恐かったからやめた。





 今日で何日目だろう。
 衣替えの時期も過ぎて、あたしは夏服を身に纏っている。そりゃ冬服よりかはマシだけど、それにしたって暑いし、汗で布が肌に貼り付くのがキモチワルイ。ていうかこれ、ブラ思いっきり透けちゃってるわよね。ま、誰もいないからいいけど。そうね、どうせ誰もいないしスカートたくしあげちゃおっか。あー風が涼しいわー。なんかひんやりする。濡れてるのは汗よ、汗。
 ふと、ずっと流れ続けていたピアノの音色が聴こえなくなっていることに気付く。
「理樹くんのばか」
 あたしは泣いた。


[No.767] 2008/12/12(Fri) 15:30:07
現実逃避をしたい男たちの夜の過ごし方 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@4883byte

 夜も更けた男子寮で電気の明かりがついた部屋にはむさ苦しい男が集まっていた。
 俺もここに居る訳だがむさ苦しい男達の仲間入りか…





現実逃避をしたい男たちの夜の過ごし方





「さて…理樹も行った事だし…始めるぜ!!」
「おう!!始めようぜ!!」
「何をするのだ?人生ゲームか?今度こそ俺が一位だ!!」
いつもなら鈴や理樹がいるはずだが小毬や能美に呼び出されお泊り会らしい楽しんでくれればそれでいいんだが…俺は部屋のにおいてある机のかわりのダンボールに人生ゲームをおいた。
「お前ら、最初は3000$からだぜ?」
「おうよ!!俺は車は黄色にするぜ!!」
「なにぃ!!俺が黄色だ!!それをよこせ!!」
 真人と謙吾が暴れ始めた。
「まぁお前ら落ち着けよ。車なんて変わりないし後は運しだいだぜ??」
 俺は車をスタート地点に置き、じゃんけんをした。
 順番は謙吾→真人→俺になった。

「いくぞ!!せい!!」
 勢いよくルーレットが回りだした。
 目は5。
「よし!!1…2…3…4…5…」
 ん…何も起きないのか…つまらないな…。
「次は俺だぜ!!おおおおりゃ〜〜〜!!!」
 力の限りルーレットが回したせいか一向に止まる兆しが無い。

くるくるくるくる…

「おおおお…」
 真人が唸り始めた。その目は…1…
「やってしまったぁあああ!!!」
「馬鹿かお前は使えない筋肉だな」
「うるせぇ!!俺は後から巻き返す男だぜ!!この筋肉にかけて!!」
「真人…この目を見ろよ」
 移動した所に書かれていたのは…
『通りすがりの人にお金を取られる。全てのお金を失う』
 このご時世厄介なことが起きるから仕方ないがスタート時点から金を失うなんてな…。
「しっ…しまったぁああああ!!!!やってしまったぁああああ!!!!」
 真人は髪を毟らんとばかりに引っ張っている。なんかブチブチと音が聞こえそうだった。

「さて…次は俺だぜ!!」

 俺はルーレットを回した。出た目は…3…
「1…2…3…」
 書かれたマスは…

『三回回ってワン!!と言った。他人から冷たい目で見られる』

 は…?なんだこれは…人生ゲームは俺を変人扱いしたいのか?
「お前ら…この人生ゲームは…心してかからないと…死を意味するぜ…」
「…なんか怖くなってきたな…」
「心して掛かるとしよう…」






くるくるくる…

かたかたかた…






 人生ゲームを始めてあれこれ数時間経った。まずい内容のマスは沢山あったもののなんとか乗り切っていった。
「なぁ…理樹って…」
「なんだ…」
 真人がコマを進みながら俺たちに話しかけてきた。
「あの六月を過ぎてから理樹は強くなったが…俺たちから離れていってないか?」
「そうだな…なんか悲しくなるな…」
「もう俺たちだけの理樹じゃなくなるんだな…」
 謙吾は目に涙をためて、真人はどこか遠くを見つめるような顔をしていた。
 他人から見ればおかしな光景に見えるだろうが…仕方ないだろう…。





くるくる…

かたかた…





「1…2…3…4…なぁ…」
 今度は謙吾が話しかけてきた。
「理樹は二木と付き合っていることは知っているし、俺たちから離れていったが…」
 さっきの話を引きずっていたのか…。
「お前たちも彼女って作りたいと思うか?」
「俺は…筋肉質の女なら何でもOKだ!!というか…筋肉さえあればそれでいい!!」
 この高校生でボディビルダーみたいな女子生徒を探すつもりなのか?それにしても筋肉が彼女っていう真人も凄いやつだと思うんだが…
「恭介は…いや…聞く必要はないな…」
「おいおい…それは酷いぜ?もしかしたら彼女いるかもしれないぜ?」
 謙吾の言ったことに反論しようと嘘を言ってみたが…
「それは絶対にない!!お前は(21)にしか興味は無いはずだ!!高校生の女の子では まず無いだろう。付き合いたかったら小学校か中学校にでも張り込みに行ったほうがいい」
 それは世界中の(21)たちに喧嘩を売ってるのだろうか?しかも能美は(21)じゃないのか?
「はっ!!俺はいつか(21)(21)ハンターズを旗揚げしてやるぜ!!」




二木とクドの部屋

「何か寒気が…」
「どうしたの?鈴ちゃん?」
 鈴がぷるっと体を振るえさせてたのを小毬は心配して言った。
「誰かがあたしの噂をしてるんだな」






「俺たちに彼女は出来るのだろうか…」
 ふと言ってみたが、可哀そうな顔をされて二人が肩を叩いてきた。






くるくる…

かたかた…

 コマとルーレットは止まることなく回り、進んで行った。
 俺のお金も結構貯まってこのまま行けば一位になる。しかし僅差で謙吾がいる。真人はと言うと…
「真人…お前はどうしたらここまできて借金がここまで貯まるんだ…」
 真人の持っていたものを見たら赤紙が数え切れないほどあるし、車には乗せられないくらい人間棒が突き刺さっていた。
「最下位確定だな…諦めも肝心だぜ?」
「真人よ…これはお前の未来を案じてるのかもしれないぞ?」
 謙吾が大きく笑っていた。
「なっ…なぜだぁああああ!!!!」
 またまた髪を毟り取らんとばかりに引っ張っていた。




 それから数回回るとゴールにたどり着いた。
 順位は変動はなく、一位は俺、二位は謙吾、三位になるはずの真人は…
「早くゴールしろよ」
「何故だ…何故だ…俺が開拓地から脱出出来ないんだぁあああ!!!!」
 その数分後、所持金1000$でゴールしていた。




「なぁ…人生ゲーム終わってしまったな…」
 時刻は丑三つ時、理樹たちは寝ているだろう。
「そうだな…次は何するか?」
「人生ゲーム以外でなんかあるか?」
「他にか?それか人生ゲームの別タイプしてみるか?世界編」
 ボードを裏返し世界編を出して準備をし始めた
「それにしても俺達…何やってるんだろうな…」
「そうだな…こんなに理樹いないのがこれほど暇なんだな…」
「仕方ないさ…俺達だけの理樹じゃないんだからな…」

 理樹離れできないむさくるしい男たちの夜は更けていった。


[No.768] 2008/12/12(Fri) 20:34:05
朝を迎えに (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ いじめないでください…(涙目で上目遣い)@4486byte

 放課後、僕以外誰もいなくなった教室に恭介がやってきた。
「理樹、早く来いよ。もうみんな集まってるぜ」
 窓の外のグラウンドでは、みんながキャッチボールやらランニングやらをしている。 いつもどおりの、当たり前の光景だった。
 僕は恭介の顔を見る。目の下にクマが色濃く出ていた。疲れているのは、誰の目にも明らかだ。
 そんな恭介に、僕は言う。
「ごめん、恭介。今日は僕抜きでやってくれないかな。少し疲れてるんだ」
 誰の目から見ても恭介のほうが疲れているだろう。だけど恭介は、そんな疲れを微塵も感じさせなかった。
「そうか。なら仕方ないな。今日は俺たちだけで練習するよ」
 そのまま教室を去ろうとする恭介に、僕はこう声をかけた。
「恭介、いつまでこんなことを続けるの?」
 恭介の動きが止まった。その背中はそのまま動かない。
 その背中へ向けて、僕はさらに言葉をぶつける。
「このみんなが創り上げた虚構の中で、あとどれくらい時間を過ごすの?」
「………」
「前に言ったよね。この世界は僕と鈴を強くするためにみんなで創り上げた偽物なんだって」
「…ああ」
「この世界の中で僕たちがどんな現実にも耐えることが出来るように強くするんだって」
「ああ」
「その事を言ったってことはさ、僕たちが強くなったって認めてくれた証じゃなかった の?どうしてずっと一学期をくり返し続けるのさ。僕と鈴は十分強くなったよ。二人 でなら、きっと前を向いて歩いていける。だから、」
「だめだ」
 恭介が僕の言葉を遮った。たった三文字、否定の言葉が恭介の口から出ただけで、僕 は口を噤んでしまう。それほどまでに重みのある声色だった。
 振り向かずに、恭介は言う。
「だめだ。お前たちはまだ強くない。」
 振り向かずに、この世界は言う。
「お前たちが考えているより、現実ははるかに厳しいんだ。これから鈴と二人で生きていかなきゃならないんだぞ。理樹、お前と鈴の傍には俺たちはもうついていてやれないんだ。お前たちが強くなるまで、今ここで俺たちが守ってやらなきゃだめなんだよ。今だって、お前は野球を休もうとしているじゃないか。そんなことじゃ、まだまだ鈴を任せられない」
 この世界の神は振り向いた。
「理樹。お前たちは、まだ子供なんだ。俺たちがいないと、だめなんだよ」
 いやいやいや。
 それだったら、なんで笑っているのさ。恭介。


 恭介が教室から去った後、僕は目を閉じた。瞼の裏にも夕日が差し込んでいて、紅かった。
 さっきの恭介の言葉を鵜呑みに出来るほど、僕は子供じゃない。いや、こうして反発しようすること自体子供なのだろうか。考えがまとまらない。
 暗闇の中で、足元しか見えない道を歩いているようだな。そんなことを思った。



 しばらくして、目を開ける。もう夕日が隠れる寸前だった。
 僕は再びグラウンドを見下ろした。みんなはもう後片付けを始めていて、ボールを拾ったり、トンボをかけたりしている。
 みんな泥だらけだったけれど、夕日に染まったみんなは、とても楽しそうだった。
 その光景を眺めているうちに、日が完全に沈んで、ふと、窓ガラスに映る自分の顔が見えた。
 蛍光灯に照らされた鏡の中の僕は、すねた子供のような顔だった。





 寒さで目を覚ます。寝ぼけ眼で時計を確認すると、ちょうど丑三つ時。どうやら雨が降って気温が下がっているようだ。布団を探すと、鈴が僕から布団を奪って丸まっていた。安らかな寝顔。本当にかわいい。僕は寒さに震えながら、クスリと笑った。
 この部屋の本来の住人である真人はいない。しばらく、謙吾の部屋で寝てもらっている。
 最近、鈴と一緒でないと眠れなくなっていた。大人と子供の間で揺れる僕は、こんがらがってきている。
「鈴」
 少し硬い髪に触れながら、彼女の名を呼ぶ。
「鈴、起きてよ。自分ばっかり布団に入ってないでさ」
 起きないので、肩を揺らす。
「起きてよ、鈴。目を覚ましてよ。」
 揺らし続ける。
「ねえ、鈴。僕には分からないんだよ、強くなっていいのか、みんなが本当に僕たちの成長を望んでいるのか。」
 揺らし続ける。
「僕たちが強くなって、みんなを見捨ててしまうのが、本当に強くなったって言えるのかな。ねえ、鈴。答えてよ」





「………んなもん、知るかー!!!!!」
 暗闇の中、ギラギラ光った眼のネコ科の動物が、僕に向かって跳びかかってきた。そのまま押し倒される。
「理樹、あたしは眠いんだ!こんな夜中に起こされる身にもなってみろ!強くなってみんながいなくなるんなら、もっと強くなればいいだろ!みんながいれるように強くなればいいだろ!あたしは、眠いんだー!ふかー!!!」
 獲って食われるかと思った。それくらいの剣幕だった。
 ご立腹のメス猫は、言うだけ言って、バタリと僕の胸に倒れこんだ。

 鈴の大噴火の声は僕の耳にキーンと響いて、反響しながら、僕の心の中にも、キーンと響いた。
 雨の音が静かに部屋の中に流れ込む。鈴の寝息が聞こえる。
 なんだかおかしくなってきた。鈴に怒られたくないのでひっそりと笑った。笑い続けた。
 ひとしきり笑ったあと、僕は、眠りこける鈴をギュッと抱きしめた。
 そして、抱き合ったまま、布団をかぶって、眼を閉じる。鈴の鼓動が僕の鼓動と重なる。
 僕一人では覚めることのない夜は、とてつもなく簡単に夜明けを迎えた。
 雨も止んだ。もう迷わない。
 夜が明けたら、胸の中の宝物と一緒にみんなを助けに行こう。


[No.769] 2008/12/12(Fri) 21:23:45
割り切れない数字 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@13762 byte

 僕は悩んでいた。
 ここ数日ずっと。
「1.428571……はぁー、何度数えても割り切れないよなぁ」
 ノートを前に頭を悩ませる。
 やっぱりどうやっても整数にはならない。
 でもそれは当然、分かっていたこと。
「別のアプローチが必要だよなぁ」
 思い切って数を減らすか?いやいや、それはないな。
 なら割合を増やす?うーん、やれなくはないけど全部はちょっとなぁ。
 それに別の問題もあるし……。
「……なんだ理樹?もしかして宿題か?」
 いつの間にか部屋に戻ってきた真人が、げんなりと言った表情で僕のノートを覗き見ようとする。
「うん、数学」
「ぬおぉおおーっ」
 答えると真人は頭を抱えて転げまわってしまった。
 相変わらず言葉だけで苦しむんだな。
 ホント真人はよくこれで学園生活を送れてるよね。
「それよりも筋トレはもういいの?」
「ん?おお、もう夕食時だしな。切り上げてきた」
「え、もうそんな時間?」
 言われて時計を見ればもう19時を回ってる。
 気づかなかった。ちょっと集中しすぎちゃったな。
「ごめんごめん。じゃあ食堂行こう」
「おう」
 僕は慌てて筆記用具を片付けると、真人と一緒に食堂へと向かった。


                 割り切れない数字


「それで、今日は真人は何を食べるつもり?」
 道すがら何を頼むか尋ねてみる。
 決めてなかったから真人に合わせてみるのもいいかなって思ったんだけど。
「そりゃ当然カツだな」
「えー、またトンカツ?よく飽きないね」
 昨日も食べたってのによく食べる気になるものだ。
 ちょっと信じられないなぁ。
「何言ってやがる。カツは筋肉になるんだぜ。飽きるわけねーじゃねーか」
「でもクドがよく言ってるじゃない。野菜も採ってバランスよく食べなきゃ駄目だって」
「あー、クー公か」
 ウンザリといった表情を見せる。
「そんな不満そうな顔しないで。栄養が偏っちゃうよ」
 と言いつつも真人が病気になることなんて滅多にない。
 よくあの食生活で健康を維持できるものだ。
 身体をあそこまで鍛えれば不健康な食生活も補えるとでも言うのだろうか。
 けれど彼の回答は予想外のものだった。
「ふっ、理樹、安心しろ。その辺はちゃんと考えてあるさ。必要な栄養素をとらねーと筋肉は効率よく鍛えられないからな」
「あ、そうなの?じゃあどうやって栄養補給してるのさ」
 不思議に思って尋ねる。
 すると真人は自信満々に答えてくれた。
「そりゃあれだよ、マッスルゲイザーさ」
「マッスル……ああ、あれ?」
 真人特製の栄養ドリンク。あれ効果あるんだ。
「おうよ。改良に改良を加えたからな。今じゃあれ一本飲み干せば筋肉さんに必要な栄養は補えるって寸法よ」
 得意げに彼は告げる。
 はぁー、カロリー計算とか栄養バランスの計算とか結構面倒なのによくやるもんだ。
 やっぱり筋肉関係だからかな。
「でもそっか。別の時間に補ってるのか」
「ああ、そういうことだな」
「なるほど……」
 これは意外なヒントかもしれない。
 筋肉以外でも真人が役に立つことってあるんだなぁ。
 一人心の中で感心しつつ食堂へと向かった。

 そして食堂へ着くと見知った顔が二つ。
「待たせちゃったみたいでごめんね、恭介、謙吾」
 我らがリトルバスターズの元リーダーの恭介と初期メンバーでもとクール担当、現ネジが数本外れて真人と別ベクトルでバカ度を進行させている謙吾が席に座っていた。
 二人ともすでに料理を持ってきている。
「なんだよ、つめてーな。待っててくれてもいいだろ」
「そう言うな。何も買わずに席で待ってるのはさすがに気が引けるって」
「うむ、まあ安心しろ。まだ食ってはおらん。早くお前たちも買って来るといい」
 言われてみれば確かに二人とも食事に手をつけていない。
「うん、分かった。じゃあ早く買いにいこ」
 僕は真人を促し券売機の前に行こうとした。
「ちょっと待てよ。まだ鈴たちが来てねえぞ。あいつら待ってから行ってもいいんじゃねえか?」
「え?あ、そっか」
 真人の言葉に伝え忘れていたことがあるのを思い出した。
「ごめんごめん。言い忘れてたけど今日鈴たちは来ないらしいよ」
「あん、そうなのか?」
「俺もそう聞いている。なんでも女子メンバーでミーティングだそうだ」
 真人の言葉に謙吾が反応した。
 大方古式さんから聞いたんだろう。
「ごめんね、伝え忘れてて」
「いいって気にすんな」
 僕の謝罪の言葉を真人は笑って受け止める。
 こういうのところが真人が大きいなって思う部分だ。
「………俺も聞いてないんだが」
 対して元リーダーがどんよりとした空気を漂わせて呟いた。
 あれ、鈴とか言ってないんだ。
「あー、まあなんだ。理樹に伝えれば十分とか思ったんじゃねーか」
「う、うむ。ほら連絡系統が複数あれば拙いだろう」
 慌てて二人がフォローに回る。
 うーん、最近恭介への扱いがみんな軽いからなぁ。
「そういえば恭介って今日は何注文したの?僕まだ決めてないから参考にしたいなって思ってたんだ」
 なので僕は誤魔化す方向で動いてみた。
「あん?他人丼だが……」
「へー、珍しいもの食べてるね。親子丼とかなら分かるけどなんでそれ?」
 恭介が頼んだのは牛肉と卵を組み合わせた他人丼だった。
 僕の感心した口調に機嫌を良くしたのか恭介は嬉々として語ってくれた。
「おう、実はな。俺も最初は普通の丼物を食おうと思ったんだがこいつを見つけてな。スタンダードな組み合わせもいいけどたまには変わった組み合わせも面白いと思って買ってみた」
「へー、食事にも面白さを求めるなんてさすが恭介だね」
「ふっ、褒めるなよ。それに珍しいって言ってもゲテモノ料理とかと違ってこれは普通に美味い料理だから安心だぜ」
「なるほどねー」
 変わった組み合わせってのもありだな。
 スタンダードなのもいいけど珍しい取り合わせで互いの良さを引き立てる可能性もあるか。
 それに個々ではどれも最高だしね。
「やっぱり恭介は凄いねー」
 発想力という点ではまだまだだなぁ。
「ん、そ、そうか?」
 僕の手放しの賞賛に少し戸惑った顔をしてしまう。
 あー、ちょっとこっちの事情もあったからといって大げさにしすぎちゃったか。
「ん?理樹も恭介の同じものにするのか?」
「え?ああ、美味しそうだと思うけど昨日も丼物だったしね。今日はアッサリしたものにするよ」
「ならA定食がいいんじゃないか。俺も頼んだが結構食いやすそうだぞ」
 謙吾の言葉に首を振ると彼は自分の頼んだものを指し示した。
 面白味ないけど謙吾らしくていいな。
 それに確かに食べやすそうかも。
「そうだね。じゃあ今日はそれにするよ。行こう、真人」
「おう、分かった。じゃあ行ってくるぜ」
 二人に挨拶して僕らは券売機へと向かった。

「おや?」
 券売機に並んでいるとトレーを持った二木さんの姿が見えた。
「二木さん」
「ん……直枝?」
 僕の声に気づいたらしい。
 一度溜息をつくと僕達のところに寄って来た。
「今から食事?」
「うん、二木さんは?もう終わったの?」
 トレーの上には空になった器が一つ。
「ええ。まだ仕事が残ってるからさっさと終わらせたの」
「仕事って寮会の?あとで手伝おうか?」
 これでも僕は男子寮長だ。それくらいする義務はある。
 けれど二木さんは冷たい視線で僕を睨んだ。
「結構よ。誰が原因で仕事が後れたと思ってるの?」
「えっと、僕?」
 恐る恐る自分を指差すと二木さんの視線は更に険しくなった。
 いや、まあ二木さんが何を言いたいのか分かっているけどさ。
「分かっているなら結構。だから手伝いはいらないわ」
「あ、うん、ごめん。ちょっとしたお茶目のつもりだったんだけど」
「……お茶目、ですって」
「うっ」
 殺気すら纏いだしたし。
 後ろで関係のない真人ですら震えだしてしまった。
「直枝ー、あんた一度教育する必要がありそうね」
「で、でも二木さんだって本気で嫌がってなかったでしょ」
「ぐっ……」
 僕の反論に今度は二木さんが言葉を詰まらせる。
 そしてそのまま顔を真っ赤に染めてしまった。
「う、五月蝿いわねっ。ともかく手伝いは結構よっ、いい?」
「りょ、了解」
「ふんっ」
 二木さんは言い捨てると肩を怒らせながら人ごみへと消えてしまった。
「理樹。いったい二木に何したんだ?」
 恐る恐るといった口調で真人が問いかけてくる。
「あー、ちょっと仕事中にね……あはは……」
 さすがにおおぴらに言うと二木さんに殺されると思うので笑って誤魔化す。
 うーん、やっぱり苛め過ぎちゃったかな。
 今度は優しくしてあげよう。そう心に決めるのだった。

 まあそんなハプニングもありつつ無事食券を買い夕食を受け取ることが出来たので僕らは恭介たちのところへ戻ることにした。
「真人はやっぱりカツなんだね」
「あたぼーよ。理樹も頼めばいいのに」
「いやいや、こってりとしたもの連続は僕には辛いよ」
 そんなことを話しながら歩いていると。
「ありゃ、あれ杉並たちじゃねーか」
「あ、ホントだ。席探してるのかな」
 最近話す機会が増えた杉並睦美さんとその友達二人。
 友達の名前は……なんだっけ。覚えてないや。
 まあ親しいのは杉並さんなんで他は別にいいけど。
「杉並さん。席探してるの?」
「ふぇ?な、直枝君か」
 僕に突然話しかけられて杉並さんはびくりと身体を震えさせた。
 こっちを振り返った彼女の表情はいつものように目元まで前髪で隠れていて分かりにくいけど、僕の顔を見て安心したようだ。ただ少しだけ前髪の下から覗くその顔は赤いようにも見えるけど。
「直枝と井ノ原?」
「何、なんか用?」
 あとの二人は不審そうにこっちを見やる。
「いや、もし席が見つからないからこっちで一緒に食べないって誘いに来たんだけど」
「は?何い「いいのっ?」……ちょ、むつー」
 遮るように杉並さんが聞いてきたので僕は笑顔で頷く。
「今日は僕と真人、恭介と謙吾だけだからね。近くの席が空いてるんだ」
 別に開けて欲しいって言ってるわけじゃないけど、何故かいつも同じ場所がぽっかり開いてる。
 2学期になってからはその数の大幅に増えちゃったんで悪いなって気持ちはかなりあるんだよね。
「じゃあお邪魔しちゃおうかな。二人ともいいよね」
 杉並さんの言葉に渋々と残り二人は頷いた。
 まあ来ヶ谷さんとかいなかったら了承したんだろうけど。
「良かった。席空いてなかったからどうしようか迷ってたの」
 そう語る彼女の前髪から覗く眼はどこか熱っぽい。
「ん?なんか具合悪いのか?」
 隣に立つ真人も気づいたらしく杉並さんに声をかける。
「う、ううん、大丈夫だよ」
 杉並さんは慌てて否定するけどそうは見えない。
 じっくり見れば普通の体調じゃないことはすぐ分かってしまう。
「そうなんだよ。むつー調子悪いみたい」
「部屋で休めばって言ったんだけど食欲はあるからとか言ってさ」
 後ろの二人も揃って同意する。
 やれやれ。
「大丈夫?」
 僕は杉並さんの顔を覗き込みながら尋ねる。
 すると彼女は更に顔を赤く染め大丈夫と頷いた。
「まっ、それほど酷くなさそうだし食事くらいいいんじゃない」
 安心させるように真人たちに告げた。
 それでもまだ少し不安そうな顔を杉並さんの友達は見せたが、彼女が再度大丈夫だからと繰り返し、スッと後ろを振り返るとそれ以上何も言わなくなった。
 ……まあ席に着き恭介たちの顔を見た彼女らは途端に杉並さんのことを忘れて楽しそうに話し出したので気にする必要はないんだろうけど。
 ふぅー、やっぱり今でも恭介たちは女の子達に人気あるんだなぁ。


 そうやって珍しい面子を加えての夕食も終わり、僕らはそれぞれ自分たちの部屋へと戻っていった。
 杉並さんはまだ少しふらふらしてたけど大丈夫かな。
 一応口でも言っておいたけどメールもしておこう。
 そんなことを考えているといつの間にか部屋へ着いてしまった。
「理樹、今日はどこも遊びいかねえのか?」
「ん?ああそうだね。ちょっと後で出かけるけど今日は基本的に部屋の中で過ごすよ」
「そっかそっか」
 真人は満足そうに頷いた。
 そういや最近あんま真人と遊んでないな。
 やることはあるけど今日はちょっと構ってあげよう。
 そう思いつつ部屋の中へ入るのだった。
 ……で、いつも通り筋トレをする真人に適当に声をかけながら僕は真新しい手帳に文字を書き込んでいった。
 夕食中の会話でもいくつかヒントになりそうなものがあったのでノートにまとめ配分も計算した。
 ベストかどうかはさすがに分からないけど不具合が生じればあとで調整すればいいだろう。
「最初がやっぱ肝心だしこれなら確実に面白い作用が出そうかな」
 まあこんなものだろう。
 昨日まで悩んでたにしては上出来だ。
「ん?終わったか?」
「うん、ごめんね一緒に遊べなくて」
「いいってことよ。たっぷり筋トレできたしな。それに理樹の声を聞きながらだったからいつもより楽しかったぜ」
「そう?」
 よく意味が分からないけど。
「でもいったい今度は何やってたんだ?」
「え?うーん、科学かな?」
「ぐぉおおおおぉーっ」
 予想通り頭を抱え、真人はその場でのた打ち回った。
 埃立つから止めて欲しいんだけどなぁ。
「あっと、かなり時間経っちゃった。ごめんちょっとだけ出てくる。先に寝ちゃってていいよ」
「お、おお」
 床に突っ伏したまま息も絶え絶えといった声で真人は答えた。
「じゃ、行ってくる」
 まぁ大丈夫だろうと判断し、僕は静かに部屋を出た。
「さてと連絡連絡」
 携帯を取り出しメールアドレスを呼び出す。
「と、そうだ。場所も考えなくちゃ」
 あの二人も一緒の部屋だからな。
 それにこの時間からじゃさすがに危険だろうし。
 とりあえず今から出かけることを連絡しておくか。
 素早くメールを打つとすぐ返信がきた。
 見ると丁寧に場所も指定してくれている。
 きっとこっちの状況を考慮してくれたんだろう。
「結構気が付く子なんだな」
 僕の中で評価アップ。
 今日はいつもと趣向を変えて苛め過ぎた分優しくしてあげよう。
 それにしても場所のことを忘れてたのは痛いな。
 任せるわけにもいかないし、それも前もって決めておこう。
 心の中で頷き、僕は待ち合わせ場所へと急いだ。


 待ち合わせ場所。そこには夕食の後別れた杉並さんが立っていた。
「待ってたよ、直枝君」
 前髪を掻き分けはっきりとその表情を見せる彼女の瞳はさっきよりも熱っぽい。
 その目が僕をジッと見つめる。
「うん、お待たせ」
 そんな彼女に僕はいつも通りの口調で返す。
 ……そう、いつも通り。
「うん、本当に待った。待ちくたびれておかしくなっちゃうかと思った」
 その声はいつもと違いとても艶っぽく、背筋にゾクリと刺激が走った。
 みんなの前と僕の前とでこうも雰囲気が変わるとは。
 やっぱりちゃんと話してみないことには分からないものだね。
「ごめんね」
 謝罪の言葉。けれどそれはまったく悪びれたものじゃないことに彼女は気づいているだろうか。
 いや、きっと気づいている。
 気づいているけど僕のその態度が逆に嬉しいのだろう。
 ……だって。
「くすっ」
 僕がポケットから取り出した機器を見て、彼女は悦びの表情を浮かべたのだから。
「人気はないよね」
「うん、ここなら外から見えないよ。それに来たとしてもすぐ分かると思う」
「そっ」
 確かに大丈夫そうだ。
 思った瞬間僕は指に思いっきり力を込めた。
「!!!!???」
 あまりに突然すぎたのだろう。
 その衝撃に立ちながら何度も痙攣を繰り返すと、杉並さんは糸の切れた凧のようにその場に崩れ落ちそうになった。
「おっと、危ない」
 予想はできていたので地面に倒れる前に抱きとめ、その耳元でそっと囁いた。
「御褒美、あげるね」
「はい、お願いします」
 嬉しそうな彼女の唇に優しく口付けを交わした。
  ・
  ・
  ・
「さてと、こんなものかな」
 事を終え、身支度を終えた僕はいまだ眠る杉並さんの髪を撫でながら一人呟く。
 持って来た手帳にはさっきまでなかった文字が複数書き込まれている。
 もちろん書き込んだのは僕。
 まあ彼女の意見も参考にはしてみたけどね。
 やはりというか僕が知らない穴場も複数見つけていたらしい。
 これは鈴たちにも聞いて後で修正を加えてみるのもいいかもしれない。
 でもとりあえず。
「子猫を二匹相手にするなら場所はあそこしかないよね」
 初めての試みだしまずは通い慣れたとこにすべきだろう。
 僕はほくそ笑み、パタンと手帳を閉じ上着に押し込めた。
「もう少しだけ寝かしてあげようかな」
 もう一度彼女の頭を撫でる。
「シチュエーションはその都度考えるか」
 全て事前に決めちゃ面白くない。
 何事も楽しまなくちゃ。
 僕は低く嗤いながら夜空を見上げるのだった。


[No.770] 2008/12/12(Fri) 21:27:33
とある寮長室での出来事 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ 初です@5834 byte

 夜の学校。と言えば誰もが一度は経験があるのではないだろうか。
昼間の賑やかな空間とは打って変わり、しんと静まりかえった校舎は気味が悪い。  
中に入るとそこは暗闇が支配する空間だった。先の方は暗くてよく見えない。
廊下をしばらく歩いていると一つだけ明かりが灯っている教室があった。
こんな時間に誰か居るのだろうか。恐る恐る中を覗いてみるとそこには、よく知っている二人の姿があった。


 わたしは本棚の整理をしながら、
「直枝、今やっているのが片付いたら次は名簿のチェックをしてくれるかしら?」と尋ねる。
 すると机の上に築かれたプリントの山を処理しているはずの彼から、
「うん、これが全部終わればね……」と力のない返事が返ってきた。
 振り返って見てみるとそこには、机に突っ伏して伸びている直枝理樹の姿があった。
「ちょっと、しっかりしなさい。まだ始めてから一時間位しか経ってないわよ」
「うん、やらないといけないっていうのは分かってるんだけどね…ちょっと眠気がひどくて、体が動いてくれないんだ……」と本当に眠たそうな声で答える。そんな姿を見たら強く言えないではないか。
 わたしは溜め息をつきながら、
「まったく、仕方ないわね。そんなに眠いのなら眠気覚ましにコーヒーでもいれて少し休憩しなさい。その方が効率がいいわよ」
 と提案してみた。まぁ無理するのは体によくないものね。
「うん。悪いけどそうさせてもらうよ。ごめんね、二木さん」直枝は言いながら立ち上がってコーヒーをいれるためのカップを取り出すとコーヒーをいれ始めた。それを見てわたしも作業にもどる。

 
 今さらだが、わたしたちが何をしているかというと、たまっていた寮会の仕事を片付けている最中だ。
あの日から、わたしと葉留佳それに直枝は、半年程学校を休学する予定だった。けれども実際に休学していたのは三ヶ月ほどで、割と早く帰ってくることが出来た。彼らは言わないけれど、これも棗先輩たちや両親が頑張ってくれたおかげだと思う。でなければこんなに早くは帰ってこられなかっただろう。本当にみんなには感謝している。
 
 まぁ、それで帰ってきたのは良かったんだけど、何故か、わたしと直枝は帰ってきた途端に寮長をやってくれと頼まれた。なんで今更になって寮長を代わってくれなどと言い出すのか、と尋ねるとその時の女子寮長が、前の寮長が二木さんと直枝君が帰ってきたら代わって貰いなさいと言っていたので、と簡単かつ非常に分かりやすく答えてくれた。そうか、あーちゃん先輩の言葉なら仕方がない、などと思うはずもなく、とりあえず断ろうとしたのだけれど、横を見ると直枝はもう既にやる気になっていたので、結局わたしも交代することにした。 
 
 交代して分かったことだが前の二人は全くと言っていいほど仕事をしていなかったらしい。手伝いをしていた頃の倍はあろうかという量の仕事がたまっていた。普通にやっているだけでは処理できそうになかったので、こうして直枝と二人で仕事を片付けているというわけである。


 しばらく本棚の整理をしていると見慣れないダンボール箱を見つけた。こんなもの前は無かったはずだけど、中に入っている物ものを見てわたしは思わず固まってしまった。そこにあったのは、思春期真っ盛りの男の子が何人か集まって拝見するもので、コンビニの隅の方に置かれていて、河原とかに落ちていたりして拾ってきた子は皆のヒーローになれる、まぁ所謂エロ本である。なんでこんな物がこんな所にあるのかしら、というかここは寮長室で出入りする人は限られているはずだけど、と冷静に考えようとしているのだが自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
 駄目よ、落ち着きなさい佳奈多。何も臆すること無いわ。大体わたしは、もう直枝と、その、つまり、あー、なんというか、そういう行為をしているんだから、別にエロ本の一冊や二冊読むくらい何の問題もないわ。むしろ知識を取り入れるために進んで読みたいわね。問題といえば、年齢が引っかかるのかしら、あぁでも大丈夫よ。わたしたちは皆、18歳以上っていう設定のはずだから。でも普通に考えてクドリャフカなんて犯罪よね。あの外見で設定18歳なんて…。って何を口走っているのかしら、わたしは。一度深呼吸しましょう。そうすれば落ち着くはずよ。はい、吸ってー、吐いてー。よし。もう大丈夫、いけるわ。
 
 覚悟を決めた私は適当にページを開いた。閉じた。なんでかしら、男の人が二人抱き合ってたわ、はだかで。
開けるページを間違えたのだと自分に言い聞かせ、もう一度、今度は別のページを開く。
今度は割とまともなページだった。なんというか、すごい。こんな事絶対出来ないわね。でも、やったら直枝は喜んでくれるのかしら、もしわたしがやったら、はっ、想像しちゃったじゃない。駄目よ絶対駄目。直枝が引いてるのが目に見えるわ。

「やっぱり、わたしにこんな事するのは無理ね」と区切りをつけるように声に出すと、
「何が無理なの?」
 後に直枝が立っていた。
「きゃあ!? な、なな、直枝!? いつからそこに居たの?」
「いや、いつからって言われても困るんだけど。今立ったばかりだよ? どうかした?」
「べ、別に何でもないわ。」
「そうなの? じゃあ今後ろに隠した物は何?」
「こ、これは、その何でもないのよ。直枝は知らなくていい物だわ」
 流石にこんな物を見ていたと知られるのはまずい。どうにか誤魔化さなくては。それなのに、
「そっか。さっき見たときは何か真剣に読んでたみたいだったから、もしかして青少年に有害な影響を与える本でも読んでたのかと思ったよ」
 なんて言うから、
「へ?…なんで分かったの?」
 正直に答えてしまったではないか。
「え……図星?ちょっとした冗談だったんだけど。というか、なんでそんな本読んでたの?」
「た、たまたま本棚の整理してたら見つかったのよ。それで、その、直枝にもっと喜んでもらえたらなぁ…と思って。参考までに読んでただけよ」
「二木さん……」
「な、何よ。悪い? わたしがこんな本読むのはおかしいかしら?」もう自棄だ。
「大体直枝がいけないのよ。いつもいつもあなたがっ!? な、直枝? 何? きゃあ!? あ…、ちょっと……ん…ふぁ、いき…なりは…」急に直枝が襲ってきた。
「ゴメン二木さん、なんか今の二木さん見てたら我慢できなくなった」
「ちょ、あなた本気!? ここがどこか分かってるの?」
「分かってるよ。大丈夫、こんな時間に校内に人なんて居ないよ。それとも僕とは、その、嫌?」
「その質問は悪趣味よ。分かってるくせに」
「うん。ゴメンね、二木さん」言ってまたキスをしてくる。
 抵抗しようかとも思ったが、このまま流されることにする。まぁ仕方ないじゃない。たまにはこういう事もあるわよ。だってわたしは、直枝のことが好きだもの。





「いやぁ、中々すごい物を見てしまいましたヨ?これはみんなに報告しなければっ!」
 
 後日、わたしと直枝は、『第一回 理樹君と佳奈多にこの間の事を赤裸々に語ってもらおうZE!大会』なるものに招かれたのだけれど、それはまた別の話。
 


[No.771] 2008/12/12(Fri) 23:37:11
あれまつむしが ないている (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@10269byte

●REC

 はろー、なのです。テヴアを思わせるあついあつーい夏が終わり、野山の木々が色鮮やかな衣装をまとう秋がやってきました。
 ことしは色々あったせいか、夏はほんのちょっぴりしかなかったような気さえしてしまいますが、こよみを見たらもう十一月になろうかというところでした。時間というのはどんどん過ぎてしまうものなのですね……。
 さて!今日は私が日ごろ学び、そして生活しているこの学校についてれぽーとしたいと思います。
 この学校は、駅にほど近い場所にあるにもかかわらず、川と小さな山にはさまれて、自然をみぢかに感じることができます。
 この時期、夜になるといろいろな虫さんたちの鳴き声でこの辺りはとってもにぎやかなのですよ?
 あ、さっそく聞こえてきましたね。あれは何の声でしょうか?おどろかせないようにそっと近づいてみます。

「うぉおおおおりゃあぁぁーーーーーーーっ!!」
「なんの!マーーーーーーーーーーーーーン!!!」

 とってもにぎやかなのですっ!?

「ちょ、ストップストップ!」

■STOP

 慌てて理樹がカメラを停止ボタンを押す。

「真人に謙吾っ、何やってんのさこんな夜中に!」

 名を呼ばれた二人はその声で理樹たちにはじめて気が付いた様子で、きょとんとした顔を見合わせた。

「何、って言われてもなぁ……」
「見て分からないか?」
「いや、わからないよっ」

 直前まで激しい乱闘(の、ようなもの)を繰り広げていた二人は、今はお互いに攻撃を寸止めにした形で静止している。この寒いのに二人とも上半身裸、なのに汗だくで湯気まで上がっている。

「飲み物を買いに出たはいいが少々風が冷たかったのでな。押しくらまんじゅうをしながら行こうとしていたんだ」
「またずいぶんと古風な遊びを……」
「おっと、ただの押しくらまんじゅうと一緒にしてもらっちゃ困るな。こいつは真剣勝負なんだ。負けたやつのジュースは勝ったやつが選ぶ!」
「おー、とても燃える展開なのですっ、いっつ、あ、ふぁいやー!」

 ようやく混乱から立ち直ったクドは、早速目的を見失って目の前の筋肉に惑わされている。
 理樹が押しくらまんじゅうに果たして勝ち負けがあるのか悩んでいる間に、真人が「お、クー公も一緒にやるか?」などと期待に目を輝かせて誘っている。
 クドの瞳は真人たちと同じようにきらきらと輝いている。誰も止めなければふらふらとついていってしまうに違いない。
 手を汚すのは必然理樹の役目、楽しそうに盛り上がっているクドには悪いと思いながら口を挟む。

「ごめん、僕たちは他にやることがあるから」
「わふっ、そうでした!撮影のとちゅうだったのです!」
「あ、クド……」

 理樹の制止は一瞬遅く、つるぺったんと口を滑らせてしまった。たちまち男二人の目が輝く。

「見てくれよ、どうだこの外腹斜筋!カッコいいだろ?」
「わふーっ、たくましいのです!」
「ふっ、そんな汗臭い筋肉なんぞより……見ろ!この刺繍を!!」
「に、にくきゅうがぷにぷにしているのですっ!」
「いや、そういうのはいらないから。クドも釣られないで」

 早速、筋の浮き出た脇腹や触感まで追究した刺繍でアピールしてくる二人を、理樹はカメラを構えることもなく冷たーい視線で迎えた。
 まんまと釣られて興味を示すクドの手を引いて、さっさと歩き出す。

 先ほどの場所は筋肉に汚染されてすっかり虫が警戒してしまっていたので場所を替え、中庭の辺りまでやってきた。
 芝生に入ると、自分たちの近くでは鳴いてくれないものの、鳴き交わす虫の声が周囲に満ちている。

「この辺りでどうかな、ちょっと暗いけど…」
「のーぷろぶれむですっ。ちゃんと懐中電灯を持ってきました!」

 クドは得意満面に取り出した懐中電灯で自分の顔を照らした。……ただし真下から。
 マイクを兼ねているつもりなのだろう、小さな両手でしっかりと握り締め、口許に筒先を近づけて浮かべた笑顔は可愛らしい……と言えない位に不気味だ。
 理樹は無言でカメラの録画ボタンを押し……

●REC

 え?もう回ってるですか?あ、え、えーと……中庭にやってきました!ここはお天気のいい……。

「おっけー、もういいよ」

 え、まだ途中――

■STOP

 その姿を撮影すると、クドを手招きしてモニターを見せた。

「……ひぃぃ……っ」

 魂消る声、というのはきっとこういう声なのだろうというかすれた悲鳴を上げ、クドは卒倒した。

●REC

 うーっ、うーっ。だめ、なのです、ぅ……。

 そんなお、きいの……

 わふっ、ぜんぶ入ったのです……

 すごい、ですぅ……。

「うむ、エロいな」
「……不潔です」
「うわっ!?」

 わふっ?

■STOP

 すぐ傍で聞こえた声に理樹は慌ててカメラを止めた。カメラから顔を上げると、目の前には目を覚ましたクド、そして背後には厄介なツートップ。
 すぐに振り返る勇気が出ず、前を向いたまま声を掛ける。

「こ、こんな時間に二人でどうしたの?」
「それはこちらの台詞だと思いますが……」
「すまない少年。このあたりからリビドー全開のオーラが立ち上っているのが、寮の部屋からでも見えたものでな。どこのエロス小僧かと思って様子を見にきたら君だったというわけさ」
「いやいやいや、エロスとか違うからっ」
「本当は三人で飲み物を買いに来る途中に直枝さんの盗撮現場に遭遇しただけです」
「と、盗撮していたのですかっ!?」
「違うよっ!?そ、それより三人って?」

 つい声が裏返ってしまい、慌てて話題を逸らした。盗撮の真偽は深く追求しないでもらうとして、来ヶ谷と西園の他には人影は見当たらない。クドもつられたのか辺りをきょろきょろと見回す。鼻をひくひくさせているのが何とも犬っぽい。

「うむ、葉留佳くんも一緒だったのだが、途中ではぐれてしまった」
「途中で、って……」

 女子寮から中庭までは目と鼻の先、はぐれる要素はまるで見当たらない。だが、二人とも異口同音に、彼女ならあり得ること、仕方がない、と達観していた。

「まあ、放っておいてもそのうち寂しくなって自分から出てきますよ」

 的を射ていると思った。

「それで、クドリャフカ君の寝顔を盗撮して何に使うつもりだったんだ?いや、聞くまでもないか。後でデータのコピーをくれるのなら口外しないと約束しよう。なんなら撮影を手伝ってもいいぞ」
「私は直枝さんと恭介さんの出演作を後で撮らせていただければ……あ、脚本はこちらで用意しますのでご心配なく」
「その話題から離れようよ!?」

 鼻息を荒くする二人を説得するために、理樹は撮影の理由を説明するしかなかった。もちろん盗撮などしていない。

「ビデオレター……ですか」
「そうなのです」

 【ビデオレター】手紙の代わりに映像(+音声)を記録した媒体を郵便などの輸送手段で相手先へ送り、メッセージ・近況などを伝える手段。単語が発明された頃の媒体はビデオテープが主であったが、技術の推移によってDVD、フラッシュメモリーなど、より軽く、情報量の多い媒体に変化している。

「しかし、こんな夜中にか?録画には不向きだと思うが」
「僕もそう思うんだけどね……」

 ほんの1時間ほど前、急に思い立ったのだという。理樹にはそのきっかけが何なのか、まるで見当が付いていなかった。

「なんか、夜じゃないと駄目なんだって。虫がね」
「虫?」
「はい、虫なのです」
「……もしかして、鈴虫ですか?」
「なのです」
「届くと、いいですね」

 もしかして、と言いながら確信を持ったような美魚の口ぶりを理樹は不思議に思ったが、それ以上の質問を重ねることはなかった。

「行きましょう。あまり騒がしくすると虫が黙ってしまいますから」

 拍子抜けするほどあっさりと、美魚は来ヶ谷を促して踵を返した。来ヶ谷も、珍しくきょとんとした顔を見せていたが、すぐにいつものように飄々とした調子で続く。 

「風邪を引かないようにな。あと、気が変わったら私も混ぜてくれ、むしろ混ぜろ」

 と余計なひとことを残して。

●REC

 中庭です。お天気のいい日はよくここでお弁当を食べたり、ヴェルカとストレルカと遊んだりしています。
 いつも静かで、ここにいると教室やグラウンドにいる生徒たちの声が少しだけ聞こえてきます。なのでお昼の後はついうとうとしてしまったりします。
 でも、今は虫たちの声でとっても賑やかです。静かに耳をすませると、ほら……。

てぃるるるりらー、てぃらりらりー♪てぃるるるりらー、てぃらりらりー♪

 斬新な鳴き声です!?

■STOP

 ようやく撮影を再開した矢先、今度は文明の利器が自然のささやきをぶち壊した。

「ごめん、僕の携帯だ。ちょっと待って……」

 理樹はカメラを止めて慌てて携帯を取り出した。発信者名を見ると、

『棗恭介』

 即座に着信拒否、きょとんとしているクドのポケットから携帯を抜き取ると、馴れた手つきで電話帳を表示、『恭介さん』を受信拒否に設定し、元のポケットへIN。その間わずか5秒の出来事であった。

「あ、そうだ。念のため……と」

 再び取り出した自分の携帯でメールを作成。両手の指が目まぐるしい速さで動く。そして送信。

「ふうっ、これでよし、と」

 ヤり遂げた表情で額の汗を拭う理樹。クドはあまりの早業に事態を把握できなかった。

「な、何があったのですか、リキ?」
「なんでもないよ。ちょっとどこかの変態が間違い電話かけてきたみたい。気にしないで、大丈夫」
「でも」
「大丈夫」

 クドは、ひっ、と短く息を吸い込むと、何かとても恐ろしいものでも見たような、引きつった顔でこくこくと頷いた。
 それにしても油断ならない。あの犯罪者は一体どこで嗅ぎつけたんだろうか…まあ順当に考えてさっき追い払った男二人だろう。後でお灸を据えておかないと、などと考えにふけっていた理樹は、服の袖を引っ張られて我に返った。
 物問いたげな彼女になんでもないと念押しして撮影を再開した。

●REC

 えーと、どこまでお話しましたでしょうか?あ、そうでした、虫の声です。わかるでしょうか、たくさん虫が鳴いているのです。
 今鳴いているのはたぶんこおろぎと鈴虫なのです。りーん、りーん、って鳴いてる方が鈴虫なのです、たぶん。

 りーん、りーん、りーん……

 ……何だかちょっと悲しげな響きがします。鈴虫さんにも何か悲しいことがあったんでしょうか?

 りーん、りーん……ふかーっ!変態!あっち行けっ!

 ……ええと。

「猫とケンカしたみたいだね。気にしないで続けよう」

 なんだか鈴虫は猫さんと仲が悪いみたいです。はやく仲直りできるといいです。

■STOP

 撮影を終えた二人は、芝生に寄り添って座り、何をするでもなく夜空を眺めていた。星が頭上で瞬いていた。地上の灯りに照らされて、満天の星空とはいかないけれど。

「何だか邪魔ばかり入っちゃったけど、あんなのでいいの?」
「はい、あれでいいです。とてもいいと思うのです」

 送る本人がそういうのなら、と、それ以上は理樹も言わなかった。言葉が途切れ、虫の声ばかり。
 遠くの声から近くの声、十重二十重に重なる鈴の合奏。目を閉じると、存外に大きなその旋律に、自分の呼吸すらかき消され、生きているのかどうか分からないような、不安定な錯覚に陥る。 

「リキ、『虫の知らせ』という言葉を知っていますか?」

 ふと口を開いたクドの言葉に、遅れて理樹が反応する。

「ええと、予感とか胸騒ぎみたいな意味だっけ」
「はい。その『虫』は、鈴虫のことをさすそうですよ。日本ではむかし、鈴虫は黄泉の国からの使いだと信じられていたんです」
「そうなの?何だか怖いね……」

 ちりちりと鳴き交わす声が、急にうそ寒い響きに変わった気がして、理樹は身を震わせた。しかし、クドはそんな理樹に微笑んで言葉を続けた。

「いいえ、そんなことはありませんよ。黄泉の国からやってきて、死者の声を生者へ、生者の声を死者へと届ける伝令役なんだそうです」
「知らなかったな……」
「ええ、おじいさんがそう言っていました」
「ええー」

 クドの祖父は自ら褌を愛用するほどの日本好きだが、その知識が歪んでいたりでたらめだったりすることも多い。
 クドも今ではそれを十分承知していて、力なく笑った。

「やっぱり、嘘なのかもしれませんね……」

 でも、と続けた先にどんな言葉があるのか、理樹にはわからなかった。ただ、ビデオレターはこんな言葉で結ばれている。



 私のくらすこの場所は、いま、こんなにもにぎやかで楽しいです。 ――あなたの娘より。

■REC END


[No.772] 2008/12/12(Fri) 23:40:41
恐ろしい夜に会いましょう (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@15208 byte

「ちょっとちょっと、みんなみんなー!」
 朝。理樹達の教室にいつも通り騒がしく突撃してくる葉留佳。大部分の人間はいつもの事かと慣れた風だったが、次の一言で全員が硬直する。
「姉御が失踪したーー!」
 そう言いながらも葉留佳はポケットをガサゴソと探り、携帯電話を取り出して操作する。そしてメール画面を表示すると教室中に見せつけるように突き出した。
「ほらっ!」
「なっ!?」
「マジかよっ!」
「来ヶ谷さんらしいと言えばらしい気もしますが」
「くそぅ、俺も筋肉を鍛える旅に出るべきかっ!?」
「って言うかみんなよくその位置から見えるね!?」
 思わず理樹が声をあげて男3人と美魚に突っ込んだ。葉留佳から一番近い真人でも5メートルくらい、一番遠い美魚だと10メートルくらいの距離はあるのに。言い方を変えると教室の対角線上に居るのに。
 生憎と常人である理樹と、鈴にクドに小毬といった女の子達は葉留佳の側まで歩み寄って葉留佳の携帯の画面を覗き込む。件名はなく、本文にわずかに文字が打たれていた。

『火急の用事が出来た。しばらく旅に出るが、特に心配はいらない』

 短すぎてどうにも判断に困るメールである。
「えと、冗談って言う可能性は無いの?」
 恐る恐る理樹が訊ねると、葉留佳は苛立って声を荒げる。
「私だってそれを考えたって! でも、部屋に行っても姉御は見あたらなかったし、それでお姉ちゃんに確認をとったら確かに3日間休みの届け出が出てたって」
「届け出が出てるなら問題ないんじゃないか? って言うかくるがやがどうにかなるなんて、あたしには想像できん」
「それはそうかも知れないけど。なんかすごく、嫌な予感がするんだ」
 当然と言えば当然の鈴の言葉にも、葉留佳は納得しようとしない。とは言え、どうしようもない事には違いない。そこに恭介が割って入って来た。
「鈴の言い分の方が正しいな。だが、三枝の言葉にも一理ある。俺らに一言も無く姿を消すなんて普通じゃない」
 そこでいったん言葉を切る恭介。そして少しだけみんなの反応を見てから、言葉を続けた。
「とりあえず俺は情報を集めてくる。もしかしたら学校には来れなくなるかも知れないが、心配するな」
 そしてもうすぐ始業ベルが鳴るというのに、恭介は教室のドアを開けて出ていく。基本的に教室の出入りには窓を使っている恭介の、そんな常識的な行動は一同に一抹の不安を抱かせた。
 始業ベルが鳴る。来ヶ谷の席は空いたまま。



 そのまま、来ヶ谷も恭介も学校に姿を見せないまま、本当に3日が経ってしまった。最初の1日こそそれなりに違和感なく過ごせていたのだが、2日経ち3日経ちといううちに違和感は強くなっていく。どこか生気が足りないような短い日々、その最後の夜に携帯が鳴る。送り主は、来ヶ谷。
「! 真人、来ヶ谷さんからメールが来た!!」
 理樹が部屋の中で筋トレをしていた真人に声をかけると同時、真人の携帯も音をたてる。筋トレをやめて携帯に向かう真人を確認しながらも、理樹は携帯の画面に目が釘付けだった。件名は一言『緊急!!』とだけ。理樹は急いでメール本文を開く。
『第2回肝試し大会、開催決定!!
 主催は私と恭介氏。今から10分後、校舎の昇降口に集合だ!』
 理樹は二度、ゆっくりとメール本文を読み直す。

「「「「「「「「なんっっっじゃそりゃぁぁぁーー!!」」」」」」」」

 男子寮女子寮合計8つの声が見事に重なった。





 恐ろしい夜に会いましょう





「心配しただろこのボケー!!!!!」
「ぐっはぁ!!」
 鈴のシャイニングウィザードが恭介の顎をとらえた。そして今日の鈴はピンクらしい、何がとは言わないけど。
「ほう。今日の鈴君のパンツはフリフリのピンクか」
「ちょ、来ヶ谷さん! せっかく僕が自重したのに、って言うか僕より詳しく見てる!?」
「忘れろー!!」
 返す脚が男3人のテンプルを打ち抜いた。
(あ、本当にフリフリだ)
 そう思いながら地面に向かう。
「はっはっは。久しぶりだけどみんな元気なようで安心したぞ」
 朗らかに笑う来ヶ谷だが、恭介はともかく他の3人が地面に沈んでいる原因は間違いなく彼女にある。
「でもでもゆいちゃん。どうして3日も休んでたの? みんな心配してたんだよ?」
「ぐはっ! み、3日ぶりに聞くとまたダメージが大きいぞ」
 悶えて崩れ落ちる来ヶ谷。そんな彼女を見て、ニンマリと小悪魔の笑顔を浮かべる葉留佳。
「それでゆいちゃんはこの3日間は何をやっていたのですかネ?」
「ぐふっ!」
「そうですね。学校を休んでいた理由くらい、ゆいちゃんに聞いても構わないでしょう」
「げふっ!」
「? いつの間にお前ら、ゆいちゃんって呼ぶようになったんだ?」
「がふっ!」
「ゆいちゃんですか。可愛らしくてとってもステキな呼び方なのです。皆さんがゆいちゃんと呼ぶなら、私もこれからゆいちゃんって呼びたいです」
「い〜加減にせんかぃ!!」
 低い声で大声をあげる来ヶ谷。女の子たちは楽しそうに、一部本気で怖がりながらキャーキャーとはしゃいでいる。
「なあ謙吾、ここと向こうで世界が違い過ぎねぇか?」
「俺に言われてもな」
 まだ立ち上がれない男衆に、少し哀愁が漂っていた。

「さて」
 仕切り直し。
「という訳で、肝試し大会だ」
 パチパチとまばらな拍手があがる。
「イェーイ!!!!」
 一部、既にフィーバーだが。
「ぅぅ」
「だ、大丈夫。怖くない、怖くないよぅ」
 そして一部、既に泣きそうだが。
「えっと。つまり来ヶ谷さんはこの3日、学校を休んで肝試しの準備をしていたって事?」
 その間にみんなの疑問を理樹が代表して聞いた。
「うむ。端的に言えばそうなる」
 自信満々に頷く来ヶ谷。一気に力が抜ける者、多数。
「心配して損しましたヨ」
 マジで、と口の中で小さく呟く葉留佳。前回、恭介のみのプロデュースであれだけ怖かったのに、そこに来ヶ谷が加わるとどうなるのか想像したくもない。
「って言うか、きょーすけもグルだったのか?」
 鈴は目を細めて恭介を睨む。そんな視線も恭介はなんのその。
「まあ落ち着け、鈴。俺だって最初は心配していた。だがすぐに来ヶ谷は見つかって、しかも肝試しの準備をしていたからな。これはもう手伝うしかないと!」
「その通り、分かってるじゃないか恭介は!」
 突然、謙吾がしゃしゃり出てきた。それもすごい笑顔つきで。その幼なじみの異様な雰囲気に、鈴は思わず数歩あとずさる。
「だよな、お前は分かってくれると思ったぜ謙吾!」
「その期待は裏切れないさ!」
 アハハハハと不気味に笑う2人。
「バカじゃないのか?」
 そのせいで真人にバカと言われる始末だった。本人たちは気にしてないけど。
 そして男3人の入り込めない世界が、正確には男2人の入り込めない世界とそこに果敢な突撃を見せた筋肉の世界が構築されている中で、来ヶ谷を中心としたグループでも歓談が続く。
「しかしですね、学校を休んで肝試しの準備をするのはどうかと思いますよ? それに私たちに少しくらい説明があってもよかったのではないですか?」
 美魚にしては珍しく、やや憮然とした感情を表に出しながら来ヶ谷を責める。
「まあ、確かに美魚君の言うことにも一理あるが、やはりこういうのは突然やるから怖いものだろう? だから君たちに何か言うわけにはいかなかったんだ。敵を騙すには味方から、と言うじゃないか」
「来ヶ谷さん来ヶ谷さん。この場合は敵がいないので、その表現は少し間違っている気がします」
 したり顔で解説するクド。
「はい、すいません」
 そして反論の余地無く沈黙するしかない来ヶ谷。胸を張ったクドの前でうなだれる来ヶ谷というのは、見た目的にどこかシュールだ。
「おい来ヶ谷。早く始めようぜ!」
 そこに修学旅行の夜のようなテンションの謙吾が割り込んでくる。気を取り直す来ヶ谷。
「ああ、そうだな」
「くぅー! 今から楽しみだぜ!! それで組分けはどうする? 恭介と来ヶ谷が抜けるから、誰かは男と女の2人ペアになるのか?」
 若干名に緊張がはしる。
「いや、今回は時間を貰ったからな。1人1人に対応したコースを用意した。今回はグループじゃなくて、個人で楽しんで欲しい」
 若干名に安堵のような残念なような、そんな微妙な空気が流れる。それはさておき来ヶ谷はプリントを一枚ずつ配っていく。
「一応上の方に書いてある名前を確認してくれ。もしも他人の物が配られると大惨事になりかねん」
 なんか妙に物騒な事を言いながらの来ヶ谷に、頭を捻る者多数。とにかく名前を確認する一同。理樹は名前確認ついでに、自分が辿るコースも軽く目を通しておく。
「あ、僕はここからなんだね」
 一番上に書いてある場所の名前は昇降口。すなわち目の前にある入口の名前だ。位置的に目の前にいた理樹は、なんとなくそのドアを開けてみる。
「あ」

 ズガン!!

 来ヶ谷が呟くと同時、理樹の目の前にギロチンが落ちてきた。もう少し落ちてくる位置が悪かったら、笑いごとではどう考えてもすまない。
 みんなに一瞬で静寂が走る。そんな中、来ヶ谷はコホンと咳払いをして一言。
「先走っちゃダメじゃないか少年。開始時刻は守らないと」
「僕が悪いのっ!?」
 絶句している一同は理樹の突っ込みに反応出来ない。やや時間が経ってから、ようやく動き出したのは恭介だった。
「ちょ、おま、来ヶ谷。こんな危険な罠を作ってたのか?」
「うむ。まあ心配する必要はない。女の子たちにこんな危険な罠は設置してないからな」
「「「えー」」」
 露骨に嫌そうな顔をする男の子たちと、ほっと安堵する女の子たち。
「あ、それと謙吾少年」
「な、なんだ?」
 警戒する謙吾に、そっと彼女愛用の日本刀を差し出す来ヶ谷。
「餞別だ」
 もはや不安しか煽られない餞別である。
「ところでよ、来ヶ谷」
「ん? なんだ、真人少年?」
 話が一段落したところで、真人がおそるおそる口にする。
「俺のスタート地点が屋上になっているんだが、まさか」
「ああ、登ってくれ」
 校舎の壁を指さしながらの非情な言葉。
「マジかよっ!?」
「大マジだ」
 あっさりとした返答だった。しぶしぶと校舎に手をかけて登り始める真人。
「って言うか、登れと言われて登る方もどうかと思いますが」
 本当によじ登っている真人を見上げながら葉留佳が呆れた声を出す。
「あ、ちなみに開始時間まであと20分を切ってるから、ならべく早くあがってくれ」
「時間制限付きかよっ!?」
 登りながらでも律儀に突っ込み返す真人。既に三階に手がかかっているのは、褒めたらいいのかそれとも呆れたらいいのか。
「ほら、みんなも開始時間が迫ってるんだから散った散った」
 来ヶ谷の声に我に返った一同は手元のプリントを見て移動を開始する。残ったのは来ヶ谷と恭介、そして昇降口がスタート地点の理樹だけだ。
「よっこいしょっと」
 そして校舎の壁にくっついていた真人はというと、既に屋上に行って姿を消していた。
「真人、すごいな」
「当然だ。私は出来ると思ったからこそ、あのルート真人少年に組み込んだのだからな」
 胸を張る来ヶ谷。突っ込んだら負けだと、理樹と恭介は自重した。そこで来ヶ谷の携帯が鳴る。
「っと。そろそろ時間だな」
 どうやらアラームを設定していたらしい。来ヶ谷は携帯を取り出してアラームを止めると、そのまま携帯を操作する。
「来ヶ谷さん、何してるの?」
「メール。いっせい送信して開始を伝えるんだ」
 カタカタと手の動きを止めないで答える来ヶ谷。
「じゃあ、ミッションスタート!」
 理樹の携帯がけたたましい音をたてた。



 ぐったりしていた。理樹、真人、謙吾、葉留佳、美魚、小毬、クドは昇降口前に戻ってきたと同時に倒れ伏してしまったから、この表現で間違っていないはずだ。何があったのか、謙吾は体中擦り傷切り傷だらけだし、真人はアザだらけだ。
「来ヶ谷、これはもう、筋トレじゃねぇ」
「当然だ、肝試しだからな」
「肝試しでもないよっ! 何で肝試しで矢が飛んできたり、ハンマーが降ってきたりするのさ!」
 理樹の言葉にキョトンとする来ヶ谷。そのまま彼女は国語辞典を取り出すと、理樹に手渡した。
「肝試しの項を読んでみるといい」
 理樹はいぶかしげに辞典を開き、言われるままの項目を探し出して読んでみる。同時、固まる理樹。
「間違いないだろう? そもそも少年にはちゃんと気を使って、罠は傷を負わない配置にしたんだぞ。いやいや、少年のコースが一番手間がかかった」
 カラカラと笑う来ヶ谷。確かに理樹は傷一つついていない。
「すごいけど、ここまでくると逆に怖いよ」
 理樹がポツリと呟いたところで謙吾が日本刀を来ヶ谷に差し出した。
「来ヶ谷」
「ん? なんだ?」
「ああ、助けられた。この刀に」
 日本刀が来ヶ谷に還る。そして二人は強く握手をした。
「美しい筋肉の友情だな!」
「合っているような間違っているような」
 部外者がボソボソとそんな事を言っている傍らで、今度は葉留佳が口を開く。
「ねえねえ、姉御姉御ぉー」
 その声で謙吾との握手を解いた来ヶ谷は葉留佳に向き直る。
「どうした?」
「いやいや、なんか色々聞きたい事があるのですヨ。もー本当に今回は恐かった恐かった。特に廊下を歩いてたら、上からいきなり死体が落ちて来た時は心臓が止まるかと思いましたヨ」
「うむ。あれは私の自信作だ。苦労したが、ハリウッドに遊びに行った時の経験が役に立ったよ」
「いや昔何してたのさ来ヶ谷さん! っていうか、遊びに行ってなんでそんな技術を会得してるの!?」
 理樹の突っ込みを無視して話が進む。
「でですね、どうしても納得出来ない事がありましてね」
 葉留佳の声が震えている。プリントを取り出してその真ん中辺りにある文章を指さしながら聞く。
「この13階段は、どうやって13階段にしたのですかね?」
 そこには『12階段しかない筈の階段、もしも13階段あったのならその階段は死の国につながっている』と書かれている。
「いやいや、ホントに13階段あったからビビりましたよ。で、どうやって13階段にしたんですかネ?」
「ああ、それか。タネ明かしすると興ざめだが、あれは元々13階段あったのだよ」
 葉留佳は一瞬だけキョトンとした顔になった。
「へ?」
「プリントに書いてある解説の方が嘘だ。だから何の仕掛けもしてないただの階段だよ。こういう状況だと言葉一つで人を怖がらせる事が出来る」
 満足そうに笑う来ヶ谷を前にして、葉留佳はどっと体中の力が抜けて倒れてしまった。
「そんな〜。あの恐怖はいったいなんだったんですかネ?」
「だからこういうのは本当はタネ明かしするべきでは無いとは分かっていたのだがな。葉留佳君があんまりにも怖がってたからついついタネ明かしをしてしまったよ」
 そう言って、懐から一枚の写真を取り出す来ヶ谷。
「はぁ。萌え」
 それを凝視して、悦に入る来ヶ谷。若干周りの人間がひいている。
「え、えっと。来ヶ谷さん、それは何?」
 勇気を出して理樹が聞いてみる。
「ん? 理樹少年も見るか?」
 すると、来ヶ谷はそう言ってその写真を理樹に手渡した。
「ぶっ!」
 思わず噴き出す理樹。そこには階段の上で、スカートがめくれるのも構わずに物凄く狼狽している葉留佳が映っていた。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 見ちゃダメ見ちゃダメ見ちゃダメェ!!」
 大声をあげながら写真を奪い取る葉留佳。黄色いシンプルなパンツを理樹の頭にしっかりと記憶させた写真は葉留佳によってビリビリにされていく。
「あ〜ね〜ご〜〜〜!!!!」
「はっはっは。ほんの茶目っ気だ、怒るな。記念になるかと思って、学校中にカメラを仕掛けて置いただけだ」
 その言葉を理解するのに、みんなしばらく時間がかかった。
「えー! じゃあ私の写真もあるの!?」
「ああ、小毬君のもちゃんとある」
「私のもですかっ!?」
「もちろんだよ、クドリャフカ君」
 色を失った一同。そこで今までずっと沈黙を守っていた恭介が心配そうに口を開く。
「なあ、鈴がまだ帰ってきてないみたいなんだが」
「ん? おかしいな、コース的にそんな時間がかかるコースじゃない筈なんだが」
 来ヶ谷は少し黙って考え込む。鈴のコースを頭の中で確認しているようだった。そしてほんの少しだけ時間が経ってから、来ヶ谷はふと確かめるように口を開く。
「まさか、間違えて校長室に迷い込んだのか?」
「ってオイ! あそこはマズイだろ!!」
 来ヶ谷の一人言に、大声をあげたのは真人。
「まずいのか真人!?」
「ああ、あそこのトラップは極悪だったからな。鈴の筋肉だと」
「くそっ!」
 真人の言葉を最後まで聞く余裕は恭介には無かった。一目散に校舎の中に飛び込んでいく恭介。
「待って恭介、僕も行くよ!」
 後を追うように理樹も走り出す。が、
「ちょっと待て、少年」
 来ヶ谷があっさりと後ろからはがいじめにして理樹の動きを封じ込めた。
「離っ、離してよ来ヶ谷さん! 鈴が、鈴が!!」
「だからちょっと待て」
 理樹をはがいじめにしながら、手に持っていた携帯を器用に操作する来ヶ谷。それを通話状態にすると声を投げかける。
「ああ、鈴君。もう戻っていいぞ」
『了解』
 なんか、物凄く聞き覚えのある声が携帯から響いてきた。そして不通状態になると同時、ひょっこりと学校から鈴が出てくる。
「あ、あれ? 鈴、どうして?」
「指令書だ」
 間抜けな理樹の質問に、鈴は配られたプリントの一番下を見せつける。そこには『携帯に電話が行くまで出入り口付近で、誰にも見つからないように待機。これは恭介氏を肝試しに参加させる効果があるので特に重要!』と書かれていた。
「あの、えっと、鈴?」
「あのバカ兄貴。あたしがこの3日、どの位心配したか少しは思い知れっていうんだ!」
 プンと頬を膨らませてそっぽを向く鈴。どうやら本気で怒っているらしかった。
「あ、あはははは」
 もう、そんな声しか出ない理樹とみんな。来ヶ谷は理樹を解放すると、どこから取り出したのかノートパソコンを広げた。
「ここから校長室までも道筋には恭介氏特別のトラップがてんこもりだかからな。どんな写真が撮れるのか楽しみだよ」
 ウキウキと、心から楽しそうに言う来ヶ谷。ちょっとと言うか、かなりタチが悪いかもしれない。

 ドンガラガッシャン鈴もうすぐつくぞギュイーーンぐあぁだが俺は止まらん鈴を助けるまではグォォォォーーーン鈴助けに来たぞっていないぃぃぃグチョプニョブチョンってうわぁぁぁなんだこれはぁぁぁぁぁ
 校舎から聞こえてくる愉快な音と悲鳴に、理樹は静かに合掌した。


[No.773] 2008/12/12(Fri) 23:58:28
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[No.774] 2008/12/12(Fri) 23:59:54
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[No.775] 2008/12/13(Sat) 00:04:31
夜討ち (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ 6895 byte

「古式も、弓道以外に何か打ち込めるものを持った方がいい」

 それが、あの方の口癖でした。どこまでも強く、優しいあの方の。
 昔の私は、それをただただ受け流すだけで、自分にはできないものと思いこんでいました。
 そして、挙げ句の果てに全てを見失い、絶望し、あんな事になってしまったのです。
 返す返すも悔やみきれない、屋上での出来事……



「でも、今の私は違います」
 あの事を思い出した私は、でも首を振り、前を向きます。視線の先は闇と雪……まるで私を拒むかのような、冷たい世界。
 ですが私は迷わずに、一歩を踏み出し言いました。

「だから宮沢さん、見て下さい。生まれ変わった私の、決意を」
 手に持つお重は三段式、日曜日の全てを費やし作ったお重です。その中にぎっしり詰まっているのは、私の乏しい情報網を駆使して調べ上げた、宮沢さんの好物達。
 お重に入りきらなかったものは、風呂敷に包んで背負っています。合わせて10kg少々はあるでしょうか?
 いかに宮沢さんが大食漢であったとしても、これだけの量があれば大丈夫でしょう。
 本当は、お昼に訪ねるはずだったのですが、気合いが入りすぎて夜になってしまいました。多少遅れるのは想定していましたが、まさか草木も眠る丑三つ時にまで長引くとは思いませんでした。これも、私の宮沢さんへの思いが大きすぎたせいでしょう。
 ですが、それも考えようです。夜討ち朝駆け、目標を達成するには、相手の思考能力が鈍っている時間に襲うのが、古来からの兵法の常道ではありませんか。
 最適な時間に、最大の戦力をぶつければ、あの宮沢さんがいかにお堅いといえど陥落するのは間違いありません。

 そう、今の私が打ち込むのは、恋。
 私の身体と、そして心を助けてくれたあの方に、全てを捧げる所存です。思いこんだら一直線、待ち伏せ強敵なんのその、左右に構わず突進するのが古式流。宮沢さんに、このお重をお届けし、そしてご一緒に夕餉を楽しむのです。
 ああ、宮沢さんは喜んで下さるでしょうか? 私の料理を美味しく食べて下さるでしょうか?
 
 ここまで想像して、思わずお重を振り回してしまいました。迂闊です、中身は無事でしょうか? 記憶にある限りで2〜3回転してしまったような気がしますが……
 いえ、大丈夫でしょう。大事なのは心です、ハートです、料理にこもった気持ちなのです。
 多少形が崩れてしまっても、あのお優しい宮沢さんなら、きらりと歯を光らせて
「いや、俺の為に料理してくれた事が一番嬉しいさ」
 とか言って下さるに違いありません。
 それどころか、私の肩を抱き「だが、俺が一番食べたいのはみゆきさ」とか言って下さるかもしれません。
 ああ……どうしましょう? 私たちはまだ学生ですのに。

「っ!?」
 慣れた手つきで私の制服に手をかける宮沢さんを想像して、思わず鼻を押さえてしまいました。押さえきれずにこぼれ落ちる鮮血が、一滴二滴……
 花も恥じらう乙女が、鼻を押さえていては洒落にもなりません。あ、あと慣れた手つきというのはあまりよろしくありませんので、ここはぎこちなくに訂正しておきましょう。

 溢れ出た想いをふき取ると、私は再び前を向き、もう一度気合いを入れます。弓を放つ一瞬に似た、心地よい緊張感……もはや、寒さなど感じもしません。
 心頭滅却すれば火もまた涼し……恋に燃える今の私の前には、吹雪など何の障害にもならないのです。
 さぁ行きましょう、生まれ変わった私を、阻める者などありません。恋する乙女を阻むのならば、それ相応の報いを受けて頂きましょう。
 この古式みゆき、心の準備まで含めて準備万端です。何があろうとも受け入れてみせます、宮沢さん情報を集める時に親しくなった元剣道部の方曰く『恋は電撃戦』なのです。
 あの時、私の目は醒めました。
 そう、昔の私のように、うじうじ悩んでいてもしょうがないのです。多少の粗があったとしても、そんな事には悩まずに、ともかく前に進むのが大切なのです。

 ちなみに、私にその貴重な助言を与えて下さった方は、今、私の足下に倒れ伏しています。
 恩ある方を手に掛けねばならないのは甚だ心苦しい面もあったのですが、寮規を楯に私の前進を阻む以上、倒さねばならなかったのです。
 ああ、ですが、私が目標を達成した暁には、彼女もきっと笑って許して下さる事でしょう。彼女もまた、恋する乙女なのですから……
 そういえば、彼女の妹さんにもお世話になりました。
 リトルバスターズのメンバーさんとの事で、貴重なご助言をたくさん頂きました。まさか、宮沢さんの一番の好物が、乾いたお刺身と、塩の代わりに砂糖を入れたお吸い物だったとは想像もつきませんでした。他の誰もが見放す食べ物に目を向ける優しさと、お吸い物に砂糖を入れる剛胆さ。ああ、みゆきはまた宮沢さんが好きになってしまいました……
 それにしても、やはり困った時には人に尋ねるのが一番です。後ほど、お礼に行かなければなりませんね。

 ああ、思わず考え事をしてしまった結果、また出発が遅れてしまいました。このままでは、朝陽に追いつかれてしまいます。
 朝、宮沢さんの枕元で、耳に吐息を吹きかけながら起こして差し上げるという案もありますが、それはまたの機会にする事に致しましょう。
 ああ、男子寮には自炊設備はあるのでしょうか? できればお味噌汁と自家製お漬け物を添えた真っ白なご飯を準備してから起こして差し上げたいのですが……



「宮沢様に何をするつもりおつもりなのですっ! こんな夜中に」

 ですが、幸せな思考は、無粋な言葉に遮られました。私は視線をその不届きな輩に向けます。
 私の背後には、寝間着のまま雪を踏みしめる少女がいました。

「……夕餉をご一緒させて頂くだけです」
「なっ何が夕餉ですかっ! こんな夜中に宮沢様のお部屋に、これは……その……夜這いではありませんかっ!! 真っ暗な宮沢様のお部屋に忍び込み、何をなさるつもりです破廉恥なっ!!」

 彼女は、顔を真っ赤にして騒ぎ立てます。聞いた事があります、宮沢さんに想いを寄せる、不届きな輩が寮内にいると……
 特徴を元に棗さんに尋ねましたら「それはきっとさささのさーだ」との事でした。ずいぶんとまた珍妙な名前だと思いましたが、他の方のお名前にケチをつけるのはやめましょう。もしかすると、由緒正しいお家なのかもしれませんし。
 ……どこまでが名字で、どこまでが名前なのかはわかりませんが。
 ともかく、あの宮沢さんの素晴らしい外見と、比類なきお心に目をとめるとは、人を見る目はあるようですが、残念ながら、敵を見る目はなかったようです。
 私が宮沢さんを想うこの気持ちに、勝てるはずがないのですから。
 
「……邪魔です」
「っ!?」

 雪を斬る一閃。あの方に一歩でも近づく為に学んでいるそれは、風紀委員だろうがその飼い犬だろうが、一撃で沈黙せしめる打撃力を持ちます。
 ですが、私が繰り出した木刀は、すんでの所で避けられました。この方、意外と運動神経はいいようです。

「何をするんですのっ!? っていうかどこから出したんですのその木刀!?」
 猫のように毛を逆立て、さささのさーさんは叫びます。彼女が踏みしめた雪が悲鳴を上げ、彼女が戦闘態勢に入るのが分かりました。

「内緒です、おとなしく倒れなさい」
「なっ!?」

 第二撃、ですがそれもかわされます。まぐれではないようですね。低姿勢に目を光らせ、私を睨む瞳が光ります。
 それにしても、何故私が宮沢さんのお部屋に向かうとわかったのでしょうか?

 ……もしや、私の心の叫びを聞かれていたのでしょうか?
 
 ならば、彼女も恋する乙女、まごうことなき我が好敵手。私も存分にお相手せねばなりません。
 私は風呂敷包みとお重を置きます。

 雪を踏み、木刀を握り、全ての想いを力に変えて……

「見ていて下さい宮沢さん。今すぐに、この小娘を倒し、あなたの元に向かいます」
「させませんわっ!!」

 宵闇に立つ好敵手に、私は戦いを挑みました。
























「誰だ! 夜中にバトルってるのは!」
「なんか謙吾への愛を叫んでいるぞっ」
「またあいつらかっ!」
「廊下に出るな! 前に立つと問答無用で襲ってくるぞ!!」
「風紀委員長がやられたぞー!」
「笹瀬川が吹っ飛ばされたぞっ!!」
「まて、親衛隊が出てきた! 第二ラウンドだ!!」
「……」
 


[No.776] 2008/12/13(Sat) 00:12:04
塗り潰される現実、塗り返される虚構 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@20477 byte

 彷徨っていた。
 彷徨い悩み、どうすることもできない事実に打ちのめされ僕は一人土手で佇んでいた。
 もうとっくに夜の帳は降り、辺りは真っ暗な世界へと切り替わっていた。
 街の明かりも届かず、月の光だけが頼りのこの場所。
 寂しく静かでまるで世界に取り残されたような錯覚を覚えてしまう。
「取り残されたのは僕じゃないのに」
 自嘲の笑みがつい浮かんでしまう。
 にしても本当に日が落ちるのが早くなった。
 それは11月が終わろうとしている事実を如実に指し示していた。
「もう、1ヶ月か」
 彼女が、笹瀬川さんが虚構世界から脱出できず現実世界から消えてもうそんなにも経っていた。
 彼女が居たという事実を示すものはいたるところに転がっているのに、彼女のことを覚えている人は誰もいない。
 その矛盾が僕に希望を抱かせ、同時に絶望も与えていた。
「ホント、なんて僕は馬鹿なんだろう」
 失うまで気づかない。本当にその通りだ。
 今でも好きかどうかは分からない。けれど彼女のことは本当に大切だった。
 それは揺るぎのない事実。
 なのにあの時それに気づけず動けなかった。
 だから僕は後悔をしながら生き続けていく。
「でも……」
 希望がなければそれを受け入れて強くあれたのかもしれない。
 けど僅かな希望が見えてしまったから、僕は足掻きたくなってしまう。
「ホント、間抜けだ」
 あの時足掻けば良かったのに。
 自分の心の原動力に気づけなくて諦めることを選んでしまった。
 だから僕は彼女が戻ることを祈り続けるしかなかった。
「よわっちいな、僕は」
 なのにそれすら覚束ない。
 忘れないだけならできたかもしれないけど、待つことがこんなにも辛いだなんて。
 最初の数日は問題なかった。
 でも1週間、2週間と過ぎもうすぐ1ヶ月が経とうとした頃には僕の心はすっかり磨耗してしまった。
 戻ってくるかもしれない、でも戻ってこない。
 希望を捨てればきっと普通に過ごせたかもしれない。
 でもそれはもう捨てられない。それは絶対にできなかった。
「分かってたはずなのに……」
 両腕に僕は顔を埋めた。

「大丈夫?」
「え?」
 突然声を掛けられたことに驚き、僕は顔を上げた。
 そこにいたのは綺麗な女の子だった。
 印象的なのはその金色の髪。
 笹瀬川さんの夜の闇を思わせる艶やかな髪とは対照的に月明かりに照らされたその髪は明るく輝いていてた。
 初めて見る顔のはず。
「っ……」
 なのに僕の胸はざわめいた。
 ……彼女の顔から目が離せない
 会ったことはないはずなのに、何故か心の中から何かが溢れ出して……涙が一滴頬を伝った。
「うわっ、ちょ、理樹くんっ?ど、どうしたの?」
 僕の様子を見て彼女は思いっきり動揺してしまったようだ。
 それが最初の神秘的な雰囲気を覆すもので、僕は泣きながらも笑みが浮かぶのを止められなかった。
  ・
  ・
  ・
「落ち着いた?」
「うん、ごめんね」
 初対面の人の前で泣くなんて何してんだろ。
 けれど女の子は軽蔑したような素振りは見せず、ただ心配そうに僕の顔を見つめた。
「何かあったの?」
「え?……ああ、何かはあったけど、泣いたのは違うんだ」
「そっ」
 何故だろう。
 人見知りする性格じゃないけど、それでも初対面の女の子にこんな気軽が口調で会話できる性格じゃなかったはずなのに。
 なのに僕はまるでずっと前からの知り合いのように女の子に話しかけ、それを直す気も起きなかった。
 それに女の子も気にしていないようだし。
「ねえ、変なこと聞くけどいい?」
「ん、なに?」
「僕たち、どこかで会ったことない?」
 傍から見たら下手なナンパでもしているような台詞。
 けれど女の子は僕の言葉に笑うでもなくただただ目を見開くばかりだった。
「ごめん、変なこと言ってると思うけど、君の顔を見たら何故か懐かしくて悲しくなって、それ以上に嬉しかったんだ」
 でも喋るのを止められなかった。
 自分でも何故なのか分からない。
 こんなこと初対面の男から言われたら通報ものだ。
 僕だったら間違いなくそうする。
「ごめん、変なこと言っちゃって。忘れてくれると嬉しい」
 言いたいことを言ったら急に恥ずかしくなって、僕は頭を下げていた。
 ホント、何をやってるんだろう僕は。
「いいわ、気にしないわよ。それにもしかしたらどこかで会ったかもしれないし」
 彼女は笑顔を向ける。
 その顔はどこか泣きそうで、でもとても穏やかだった。
 なんでそんな顔をするんだろう。
 それが酷く僕は気になった。
「まあ今回それはいいわ。またそれに関しちゃ話す機会があるだろうし」
「え?」
「それよりもあなたに起きた事を聞かせて欲しいわ」
 彼女の顔はとても真剣だった。
 それは冗談とか遊び半分とかでは決してない顔つきだった。
「不躾なのは分かるし、初めて会う人間に言う話題じゃないのも重々承知してるけど、でも聞きたいの。何か力になれるかもしれないし」
「でも……」
「お願い」
 彼女の顔はとても真剣だった。だからこそ僕は素直に答えようと思った。
「信じられないかもしれないけどこれは事実なんだ」
「うん、信じるわ」
 彼女は強く頷く。
 それに力を得て僕はゆっくりと語りだした。
 あの世界で起きた僕と笹瀬川さんの物語を。


 そして話を終えた。
 何があったかを。そして僕が出来なかったことを。
「……」
 彼女はジッと黙っている。
 呆れているんだろうか。いやそもそも僕の話を信じてくれたのだろうか。
 彼女がどんな反応を示すのか不安に思いながら口を開くのを待ち続けた。
「まるで何かの漫画のような話ね」
「うん……」
 その言葉に落胆してしまう。
 こんな突飛な話、普通なら信じたりなんてできないだろう。
 予想していたこととは言え、想像以上に凹むなぁ。
「でもそう言う事もあるかもしれないわ」
「え?信じて、くれるの?」
 僕は呆然として呟くが。
「初めに言ったわよ、信じるって。それにあなたは嘘を付くような人じゃないもの」
 まるで太陽にように明るい笑顔で彼女は言い切った。
 その言葉が無性に嬉しかった。
「でも……」
「うん?」
「それならあなたがすべきことは決まってるんじゃないの?」
「え?」
 決まってる?
 僕にできることなんてあるのだろうか。
「簡単なことよ、信じること」
 それは……僕を落胆させた。
 そう、確かにそうなのかもしれない。でも信じても信じても彼女は帰ってこない。
 それが僕の心を磨耗させているのに。
「分かってるよ。でも辛いんだ、彼女が帰ってくるのを待ち続けるだけなんて。時間が経てば経つほど自分の無力さと、あの時何もしなかった自分への後悔でどうにかなりそうになる」
 それでも自分を保ち続けられるのは強くなったからかもしれない。
 ……いや、本当に強ければこんなこと悩むことすらなかったと思う。
 だから僕は本当の意味で強くなんてない。
 けれど女の子はそんな僕を見て違うわと首を振った。
「待つのが辛いなら会いに行けばいいじゃない」
「……え?」
「会い行けるって信じた?その様子じゃ信じてなさそうだけど」
 その言葉に僕は目を見開く。
 言われてみれば僕は彼女が帰ってくるのをただひたすら待っていただけだ。
「でもどうやって?それこそ奇跡を起こさないと会えないよ」
 けど僕にはそんなもの起こせない。
 そんな凄い力なんてない普通の人間だから。
「別に奇跡なんか必要ないわよ」
 だから彼女の言葉はとても意外だった。
「ただ祈ればいい。ただ会いたいと願えばいい。そうすれば絶対叶うわ」
「……なんでそう言い切れるの?」
 すると彼女は不適な笑みを見せ言い放った。
「だって、真摯に願い続ければどんな望みも叶うものでしょ」
 それはとても普遍的でありきたりの台詞だった。
 望めば叶う。まだ何も知らない子供に向かって言う台詞だ。
 だと言うのに僕は何故かその言葉を素直に受け入れることができた。
 それはきっと彼女が口にした言葉だから……理由は分からないけどそう思えた。
「……それにね、きっとその女の子もあなたに会いたがってるわ」
「どうして……」
 急にトーンが落ち、何かを懐かしむような後悔するような、そんな表情を見せる。
「その子の気持ち、よく分かるから。大好きな人を置いてったんだもの、口でどうこう言おうが心の中では不安でいっぱいなはずよ。絶対あなたに助けて欲しいって思ってる」
 それは綺麗事を言ってるわけでなく、本当に理解しているような表情だった。
「……君も、誰かを置いていった事があるの?」
 だからだろう。僕は無意識の内のそんな質問をぶつけていた。
 すると彼女はええと寂しそうに頷いた後、僕の顔をジッと見つめて呟いた。
「けどね、本当は置いていかれた人のほうがもっと悲しんで、傷ついているんだってこと、その時のあたしは分からなかった。きっとその女の子も気づいていない。好きな人をそんな気持ちにさせるだなんて本当に罪深いのに……」
 彼女の表情は罪を告白する罪人のようだった。
 ……この子が罪深いと感じる気持ちは分からなくはない。
 でもなんで僕にこんなにも真摯に気持ちをぶつけてくるのだろう。
 これじゃあまるで僕がその置いていかれた相手みたいだ。
「だからね、その子に再会したら君は思いっきり怒っていいと思うわ。うん、あたしが許す」
「ええー」
 さすがにそんなことできないよ。
 あの時現実に一人で戻ってきてしまったのは僕が彼女を強く思えなかったことが原因なんだし。
「会えるのかな……」
 不安が勝手に口から零れた。
 すると彼女は髪を掻きあげ、強い意志を秘めて瞳で僕を射抜いた。
「信じなさい。きっと世界は繋がっている。それに互いが互いに思いあってるなら彼女を助けてだってあげられるはずよ」
「助け、て……」
 それは失念していたことだった。
 でもそうだ。なんで忘れていたんだろう。
 笹瀬川さんは強くて、そのくせ僕の助けがなければ何もできない人だったのに。
「きっと心細くて泣いてるわ。君はそんな子、放っておけないでしょ」
「うん」
 僕はその言葉に躊躇なく答えた。
「なら大丈夫よ。……それに現実離れしたことが起きてその子が消えてしまったと言うなら、逆に言えば現実離れしたことが起きてその子に会えるかもしれないってことじゃない」
「それは……うん、そうだね」
 奇跡だというならすでに起きていた。
 ならすでに起きた奇跡に巻き込まれに行けばいいんだ。
「だから頑張って。奇跡なんて起こせなくてもあなたなら困ってる女の子を助けるくらいできるわ」
 それは確信めいた言葉だった。
 自覚はないし、記憶もすでに風化している。
 けれど僕は確かにどこかで誰かをこの手で助けることができた。
 そんな想いの残滓が僕に力を与えてくれる。
「うん、大丈夫そうね。それじゃあ最後のアドバイス」
「え?」
 もう充分なほど助けてもらったのにこの女の子は更に僕に世話を焼いてくれるらしい。
 見ず知らずのはずの相手なのに。
「過去は未来に影響を与える。けど未来だって過去に影響を与えられるのよ」
 その言葉はとても不思議で、でもそれを口にした彼女の笑顔は今日見た中で一番綺麗なものだった。
 そして彼女は立ち上がるとくるりとこちらを振り返った。
「じゃあまた会いましょ。今度は元気なあなたに会いたいわね」
「え?帰るの?」
「うん、もう遅いからね。それじゃあ、また」
 彼女は手を振り離れていこうとする。
 それがどうしようもなく僕の心を苛んでいく。
「会えるよねっ。また絶対会えるよねっ」
 だから気づいた時にはそう叫んでいた。
 すると彼女は僕の必死な言葉に笑わず、それ以上に真剣な声で返してくれた。
「うん、大丈夫。今度はいなくなったりしないわ。だから、またね、理樹くん」
 それはとても穏やかでそして勇気付けられた。
 だから僕はその再会の約束を信じることができた。
「うん、また」
 僕は再会を信じ、彼女を見送った。
 大丈夫、二人を隔てる壁は無い。何故か分からないけどそんなことを思った。
「って、あれ?そう言えば僕、名前教えたっけ?」
 『理樹くん』って最後に名前で呼ばれた気がする。いや最後だけじゃない、一番最初もだ。
 彼女は絶対そう呼んだ気がするんだけど、なんでだろ。
 そう思ったが彼女の姿はとっくにどこかにいってしまい聞けそうもなかった。
「なんか不思議な女の子だったな」
 やっぱり何処かで会った気がする。
 それに何故だろう。
 リトルバスターズに誘ったら一発で馴染むんじゃないかって半ば確信めいたものを感じるのは。


 彼女が立ち去った後、また世界は静寂に包まれた。
 それを僕は寂しく感じていると。
「相変わらずモテモテだね、理樹君は」
「だ、だれっ」
 突然の声に僕は驚いて辺りを見渡す。
 けれど周囲は暗くてどこから声がしたのか分からない。
 どうやら気づかないうちに月が雲に隠れてしまい、文字通り真っ暗闇になっていたようだ。
「こっちだよ」
「え?」
 声がした方に振り向く。
 そこには影から現れたように女の子が立っていた。
 いや、でも彼女って。
「と言うか誰って酷いなぁ。忘れちゃったの?」
 不満そうな声。
 そう、僅かな光で確認できるシルエットを見るに僕は彼女のことを知っているはずだ。
 ……でも。
「ごめん、分からない」
 僕の知っている彼女と雰囲気が違いすぎて正直戸惑った。
 すると彼女は仕方ないなと言った風で口を開いた。
「あたしは西園美魚だよ、理樹君」
 そう、彼女の容姿は確かに西園さんだ。
 声も姿形もどれも僕が知ってる彼女のものだ。
 でも違う。
「違う。君は西園さんじゃない。彼女はもっと静かに笑う女の子だよ」
 目の前の彼女は暗くて分かりづらいけど、どこか小悪魔めいた笑顔を浮かべているように思えた。
「残念、今回は正真正銘の『西園美魚』だよ」
「え?」
 でも僕の言葉に彼女は少しだけ儚げな笑顔を浮かべた。
「あたしは『わたし』のままだから違うってのは不正解。……でも同じじゃないってちゃんと言ってくれたのは嬉しいな」
 もう惑わされないんだねっと嬉しそうに言葉を続ける。
 どういうことだろう。
 目の前の『西園さん』は僕の知ってる西園さんじゃないのに別人とも思えなくなってきた。
「まあこうやって言葉を交わせたのは嬉しいけど、今はあたしのことはどうでもいいよ。あたしがここに来たのは理樹君のことが心配だったからだよ」
「僕?」
「そっ。なかなか帰ってこないんだもん。心配になって探しに来ちゃった。……まあ見つけたと思ったらなんか知らない女の子とイチャイチャしてるし。……理樹君ってやっぱり歩くフラグ製造機?」
「はっ?」
 何を言ってるんだろう。
「美少女ホイホイとかって案もあったけどね。これ、リトルバスターズ女子メンバー共通の呼び名だから」
「ちょ、ええーっ。なんかすっごい理不尽な呼び名な気がするんだけど」
 さっきまでの彼女への不信感が吹っ飛ぶような衝撃の告白だった。
「何言ってんの。実際あんな綺麗な子と知り合ってるし。……でも、話している内容は予想と違ったけど」
「……聞いてたの?」
「正確には聞こえた、かな。理樹君探してたら声が聞こえてね。出るに出られなかったよ」
「そう、なんだ」
 つまり笹瀬川さんについての説明も聞いたと言うことか。
 そういえば笹瀬川さんのことを知ってるかと言う質問はしたことあるけど、あの世界の出来事を含めた話は誰にもしたことなかったな。
 ならもしかしたらこれがきっかけで何かしら思い出す可能性も……。
「で、最初に謝っておくけど、あたしはやっぱりその女の子のこと知らない。あたしだけじゃない、たぶんみんな知らないっていうと思う。どんなに説明してくれたとしてもね」
「っ……」
 一瞬淡い希望を持ってしまったが故にその言葉はかなりショックだった。
 けれど彼女は「でもね」と前置きをして話を続けた。
「あたしも含めてみんなその子のことを知らないけど、たぶん理樹君のほうが正しいって思うな」
「え、なんで?」
 笹瀬川さんのことを知ってるのは僕だけなのに。
「んー、現実でも起きるとは思わなかったけど、みんなの認識が変わっちゃうってのは経験あるからね。だから信じるよ」
「経験?」
 どういうことだろう。
 こんなことが過去にあったというのだろうか。
 すると僕が呆けた顔をしたのに気づいたのか、彼女は寂しそうに笑った。
「うん、やっぱり覚えてないよね。まっ、いいや。理樹君は覚えてなくても『わたし』が覚えてるからそれで満足しておくね」
「……」
 分からない。分からないけど、何故か罪悪感がこみ上げてくる。
「まあそんな話は置いといて。改めて言うけどあたしはその女の子のことを知らない。理樹君風に言うなら覚えていない。でも理樹君の手助けくらいはできるよ」
「手助け?」
「そ、手助け。みんな理樹君がここ最近元気ないこと気にかけてたからね。その事情を知ることができたのがあたしってのが何か運命を感じちゃうな」
 そしてしばらく楽しそうに笑うと、彼女は先ほどまでの態度を引っ込め真剣な声で話し始めた。
「さっきの子が言ってたように信じることが重要だってあたしも思う。それも待つだけじゃ駄目。会いに行かないと」
「うん……」
「でも今回はどこに行けばいいかあたしも分かんないんだけどね。夢で会いに行くってのがもしかしたら一番の正解かも」
「夢で会いに行く?」
 悪い冗談のような台詞だ。
「そう。虚構世界ってのはある種夢に似てるからね。さっきの子が言ってたように強く願えば世界が繋がるかもしれない」
 確かにそうかもしれない、けど。
「それにね、虚構世界は悪意とかそんなものじゃない、きっと純粋で綺麗な願いでできてるはず。そして理樹君は元々そこに何かするために呼ばれていた。だったらその役目を果たしに行こうと願えばきっと向こうから扉を開いてくれるって」
 役目……か。
 たぶんそれは笹瀬川さんの手助け。
 一人ではきっと動けない彼女の背中を押すのが僕の役目なんだろう。
 ……なら。
「そうだね。だったらやるしかないよね。可能性は低いと思うけどなんかやれるような気がしてきた」
 さっきの女の子とこの目の前の西園さんのようでそうでない女の子に会えて、何故か僕の中では奇跡みたいな不思議なことが起きるんじゃないかって言う気持ちが大きくなっていた。
 僕のちっぽけな手じゃそんな大層なものは起こせやしない。
 けど奇跡の場に立ち会うことくらいできるはずだ。
「ありがとう、心配してくれて」
 気持ちを強く持てたのは彼女のお陰だと思うから。だから僕は頭を下げた。
「いいよ、別に。それにね」
「ん?」
「理樹君が心配だからってだけじゃないんだ。あたし達もその人に会って言いたいことができたから」
「言いたいこと?」
 なんだろう?
 すると彼女はニヤリと笑みを浮かべた。
「理樹君の気持ちを勝手にかき乱して傷つけてどっかに行っちゃったその人にはかなり怒ってるんだ。だから直接文句言わない時が済まないの」
「ええー」
「まあ静観してたら横から掻っ攫われそうになった自分たちに一番不甲斐なさを感じているんだけどね」
 何を、言っているんだろうか。
 よく分からないけど何か嫌な予感がする。
「だから覚悟しておいてね、理樹君。その子が帰ってきたら勝負だから。みんなもやる気だよ」
 ビシッと指を突きつけて彼女は堂々と宣言したのだった。
「え、あ、うん……」
 その勢いに流されるように僕は訳も分からず頷いてしまった。
 って、なんかすっごい拙い事言われたような。
「ふふふ、じゃあ頑張ってね、理樹君」
「え?ちょっと待ってっ」
 まるで何処かに行ってしまうような台詞に僕は慌てて彼女に駆け寄り手を伸ばした。
「待ってっ」
 そしてその腕を掴んだ。
 するとその直後雲が晴れ、月明かりが彼女を照らし出した。
「……痛いですよ、直枝さん」
「え?西園、さん?」
 僕が腕を掴んだ女の子はいつもの西園さんだった。
「ええ、そうですが。……いきなり女性の腕を掴むなんてセクハラで訴えられても仕方ありませんよ」
 この物言いは間違いなく僕の知っている西園さんだった。
「あ、あの、さっきまで僕が話していた女の子は……」
 慌てて周囲を見渡すが西園さん以外に人影は見当たらない。
 すると彼女は何を言ってるのだろうと言う視線を向けた。
「先ほどから直枝さんと喋っていたのはわたしですが」
「え?でも……」
「夢でも見ていたのではないですか?もう一度言いますが先ほどまで直枝さんと話していたのは間違いなく『わたし』です」
 はっきり言い切られてしまうと自信が持てなくなる。
 確かにいつもの彼女とは別人の雰囲気だったはずなのに、言われると彼女もそう言う雰囲気を持っているような気がしてしまう。
「さて、もう遅いですし帰りましょうか」
「う、うん」
 そう言われてもなかなか僕は動けないでいた。
 すると彼女は少しだけ冷めた目線で僕を見返した。
「直枝さんはこんな暗がりで女性を一人帰すような方なのですか?」
「え?あ、送るよ。それは当然」
 僕は慌てて彼女の隣に立ち寮へと歩き出した。
「ふふ、役得ですね」
「え?何か言った?」
 小さな声で聞き取れなかった。
「いえ、なんでも。ああ、そうそう。先ほども言いましたがこれから覚悟していてくださいね」
 そうやって笑う彼女の笑顔はどこか小悪魔のようだった。



「とまあそんなことがあったんだよ」
 それ以外のことについても簡単に纏めて僕は彼女に伝えた。
「そう、ですの。そんなことが。だから会ってすぐあなたはわたくしのことを怒ったのですね?」
「え、うん、そうだね。ただあの時は色々と感情的だったからそれだけじゃないけどね。それに勇気がなかったのは僕もだからあんなふうに怒るのは本当は卑怯なんだけど」
 今考えても顔から火が出るほど恥ずかしい話だ。
 すると彼女はゆっくりと首を振った。
「いえ、あなたがどんなこと苦しんだのか全く想像できなかったわたくしが愚かだったのですからどうか気にしないでください」
「笹瀬川さん……」
 またもう一度会うことができた彼女の名前を万感の思いを込めて呼ぶ。
「じゃあさ、どっちも悪かったってことで手打ちにしない」
「そうですね。それがいいでしょう」
 そして僕ら二人は笑った。
「ところで」
「うん?」
「先ほどまでの延々と長い話とこの現状はどういう関係があるのでしょうか?」
 こめかみをヒクつかせながら笹瀬川さんはできるだけ平静を保った声で尋ねてくる。
 いや、凄い怖いんだけどね。
「えーと、それは……」
 視線を横に逸らす。
 そこには。
「あ、小毬さん。ポッキー頂戴」
「はいどうぞー。あ、みおちゃんもいるー」
「ええ、いただきます」
 笹瀬川さんの部屋に何故かあやと美魚(そう呼ぶように言われた)が寛いでいた。
「ん、なに?何か文句ある?」
 僕らの視線に気づいたのかあやは挑発するような笑みを浮かべる。
「文句と言うか何故いますのっ」
「何故って理樹くんがいるからかな」
「それと笹瀬川さんが不埒な行いをしないようにでしょうか」
 美魚までしれっと凄いことを言う。
「何が不埒なことですかっ。先ほども話もありますから感謝はいたしますが、わたくしと直枝さんはパートナーですのよ。他の方につべこべ言われる筋合いはございませんわ」
 その堂々とした立ち居振る舞いについつい見惚れてしまう。
 やっぱり笹瀬川さんはこうじゃなくちゃね。
「でもさーちゃんってあの世界でふられてるんだよね」
「か、神北さん?」
 突然の小毬さんの台詞に僕ら全員固まってしまった。
 けれど小毬さんは相変わらずほわほわとした笑顔を振りまいている。
 げ、幻聴か?
「そうですね。それに1ヶ月以上直枝さんを放っていたのですからどうこう言う権利はありませんよ」
 いち早く再起動した美魚が冷静に笹瀬川さんに言い返す。
「くっ、確かに……」
 笹瀬川さんは何も言い返せず俯いてしまった。
「まっ、もうすぐゆいちゃんたちも来るし、それから話し合えば?」
「そ、そうですわね」
 小毬さんの台詞に笹瀬川さんは勢いよく立ち上がる。
「もう一度、今度こそ直枝さんを振り向かせてみせますわ」
「ふん、理樹くんはあたしと結ばれる運命にあるんだよ」
「妄言は大概にしてください。そんな運命などありません」
 それからやいのやいのと言い合いが始まった。
 ちなみに当事者であるはずの僕は完全に除け者で。
「理樹くん大変だね」
「いや、はは……」
 いくら鈍い僕でも愛の告白紛いのことをさっきから言われてるのは分かる。
 と言うか他の人からも似たようなことを最近されている。
「まっ、私も理樹くんのことは好きだよ」
 そしてさりげなく小毬さんのアピール。
「ふぅー」
 なんか溜息が出てしまう。
 ホントこれからが大変だ。
 でも、今だけは失ったはずのものを手に入れることができた。その喜びを噛み締めよう。
 あやたちと元気に言い合う笹瀬川さんを見ながらそう思うのだった。


[No.777] 2008/12/13(Sat) 00:18:18
ちょっとだけ涙がこぼれた夜のこと (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@8881 byte

「おいきょーすけ、明日時間あるか」
 久し振りに聞く鈴の声は、相変わらずそっけないものだった。
「なあ鈴、せめて『久し振りだな』とか『元気か』とか『おにいちゃん大好きかっこはぁと』とかそういうのから始めようぜ? せっかく妹から電話が来たってのに、いきなりそれじゃおにいちゃんちょっと悲しいぞ」
「きしょっ! 人の声真似して変なこと言うなっ! てゆーかおにいちゃんってきしょっ! てゆーかきょーすけってきしょっ!」
「そこまで言うか……」
 実の妹からの全く愛の無い言葉にかなりのダメージをもらう俺。久し振りの電話だってのに。
 正直凹む。
「……ごめんな、鈴。きしょい兄貴でごめんな。こんなダメダメな俺は穴を掘って埋まっておきます……」
「あー、まぁ、なんだ。きょーすけは確かにきしょいが、そういうとこも含めてきょーすけだと思わんでもないから、ほら、元気だせ、な?」
 妹に慰められる。しかも全然フォローになってないどころかむしろ追い打ち気味だった。
 涙はこぼさない。上を向く。
「はぁ」
 鈴が溜息をつく。
「どーもきょーすけと話してると話が脱線するな」
 電話越し、呆れたような口調だった。その表情、ちょっとした仕草までまだはっきりと思い起こせるのが、少し、嬉しい。
「で、どーなんだ。明日時間あるのか? ないのか?」
「ないことはないが」
 休み前ということで、同期の馬鹿たちと飲みに行く予定だった。
「あるのかないのかはっきりしろ」
 でも、まぁ、なんだ。
「ある」
 心の中で、会社の仲間たちに謝って。
「じゃあ明日、夜8時にきょーすけのとこの駅な」
「分かった」
 やっぱり、俺にとっては鈴の方が大事ってことで。





「うー、なんでこんなに寒いんだ。くちゃくちゃだ。異常気象だ」
「お前、だいたい毎年同じこと言ってるからな」
 こうやって会うのはだいたい半年ぶりぐらいだろうか。だっていうのに、やっぱり鈴の第一声は感傷なんてものから遠くかけ離れた言葉だった。
「久し振りだな、鈴。元気だったか?」
「久し振り? そうか? この前会っただろ」
「その時はお前、『なんでこんなに暑いんだ。くちゃくちゃだ。異常気象だ』って言ってたからな」
「だから声真似すなっ!」
 ふかーっと身を震わす鈴。
 その頭に、ぽん、と手を置いた。
「半年振りなんだ。挨拶の一言ぐらいあったっていいだろう?」
「う……」
 身体を小さくして、鈴。
「まぁ、なんだ、その、元気だったか、きょーすけ」
「おう。バリバリだぜ」
「そっか。うん、ならよかった」
 そう言って小さく笑う鈴の姿に耐え切れず、俺は目の前の頭をくしゃくしゃと撫で回してやった。
「ちょっと、おい、やめろ、こら」
 文句を聞かず、しばらく鈴の頭の上から手を離さなかった。


 温かいところに入りたいという鈴の要望に、言うまでもなく非はなかった。
「鈴、酒は?」
「もちろん飲むぞ」
「なんだ、最初からそれが目当てか」
「あたしだって少しは強くなってるんだからな。ぎゃふんと言わせてやる」
「はっ、そいつは楽しみだ」
 クリスマスが近いせいだろう、いつになく色鮮やかな街を鈴と二人。
 鈴は真赤な毛糸の手袋に、同じ色のマフラーと耳あてをしている。はーっと両の手袋の上からはく息は白い。寒い寒いと何度も小さく呟く。
 交差点横、大きなビルの敷地にはやはり大きなツリーが飾り付けられている。信号待ちのほとんどの視線がそこに集まる。ああ、あれは何年前のことになるのか。リトルバスターズの面々で、校庭に大きなクリスマスツリーを立てたのだった。誰がやり出したか、願い事を書いた紙を吊り下げて、これじゃ七夕だとみんなで笑った。
 あの時俺は何を願ったんだっけ。ふと考える。思い出そうとして、でも、無理に思い出すものでもないと頭を振る。
 駅から五分も歩いたところで、目的の店に辿り着いた。
「ここでいいか?」
「何かあんまり安くなさそうな店だが、だいじょぶなのか?」
 歩道からワンフロア分潜ったところにあるそれは、俺のちょっとしたお気に入りの場所だった。バーと居酒屋の中間のような、一人で静かにちびちびと酒を楽しみたい時によく来る店。
「大丈夫。お前が考えてる程高いわけじゃない」
「ならいいが……」
 気おくれを隠そうとしないまま、俺に続いて扉をくぐる鈴。こら、理樹。俺は心の中で理樹を叱る。お前、ちゃんとお洒落な店とか連れてってやってるのか?
 普段通り俺はカウンターに陣取り、鈴も隣に座らせる。
「ふー、ようやく落ち着いたな」
 俺の言葉に反応もせず、鈴はきょろきょろと周囲を見回す。
「ほら、鈴。まず何を飲む?」
「しょーちゅー」
 思わず吹きそうなる俺。
「なんだ、どうかしたか?」
「いや、別にいいんだが」
 いつの間に焼酎なんて飲めるようになったんだ。しょっぱなから焼酎かよ。言いたいことを飲み込んで、鈴にメニューを見せてやる。
「うーん、いつも家で飲んでるやつはこれなんだが、あとはどれが美味いんだ?」
「好みの問題だからな。まぁ、どれを選んでも、そうまずいものは出ないさ」
「じゃあ、これだ。くろ、きり、しま? お湯で」
「了解」
 もう馴染みとなったマスターに注文をする。生意気にも小指を立ててきたので、それをへし折ってやった。
 鈴は今のやり取りがイマイチ分からなかったのだろう。不思議そうな顔をしながら、手袋、マフラー、耳あてをようやく外す。
「んで」
 と、俺は鈴に言った。
「今日はいきなりどうしたんだ?」
「ん、まぁな」
 言葉を濁す鈴。
「久し振りに愛しのおにいちゃんに会いたくなったか?」
「きしょっ!」
 話したいことがあればその内自分から言い出すだろう、と俺はそれ以上追及しようとしなかった。


 近況報告のような、ただの雑談のような会話を楽しみながら、俺のグラスは四杯目に差し掛かっていた。意外だったのは、すぐに潰れると思っていた鈴が俺と然程変わらないペースで杯を重ねていたこと。
「お前、ホントに強くなったんだな」
「ぎゃふんと言ったか?」
「まさか」
 くく、と笑ってグラスを空にしてみせる。
「あたしに対するちょーせんと見た」
 言って、鈴もグラスを傾けていく。
「ぷはっ、ちょ、ちょっと多かった」
 ふぅふぅと何度か息をつく鈴の様子に、俺はまたくくと笑う。
「む、なんだか馬鹿にされた気がする」
「気のせいだ」
「むぅ」
 妹とこうやって酒を飲むという光景を、果たしてかつての自分は想像したことがあっただろうか。あの繰り返す世界の中で、鈴の成長を望んだのは確かなことだった。でもその未来に俺はいなかった。鈴と理樹の未来をただ一つの希望に、死に損ないの命を使い切るつもりだった。
 ああ、思えば俺はなんて幸せな光景の中にいるのだろう。何だかとても嬉しくなってきてしまった。
 ちくしょう、楽しいぜっ。
「なんだ、きょーすけ。いきなりニヤニヤして。きしょいぞ」
「ほらほらほら、今日はどんどん飲むぞ、鈴っ!」
「はぁ? いきなりわけわからんが、まぁ、付き合ってやらんでもない」
 そんな鈴にまた嬉しくなる。次のグラスが届くなり、だから、俺は言った。
「乾杯だ、鈴っ」
「今度は何にだ」
「二人の間の変わらぬ愛情に」
「きしょっ!」
 返ってきた言葉はあまりにも予想通りだったけれど。


「なぁ。きょーすけ」
「なんだ?」
 テンションの上がった俺に引っ張られるように、鈴も酒を飲み続けていた。もう二人で何杯飲んだか数えるのも面倒になっていた。手を伸ばせば伝票には届くけれど、それをやるのはあまりにも億劫だった。会計がどれぐらいになるのか考えたくもなかった。
 飲むに従って、話すことはいくらでも出てきた。鈴がずっと小さかった頃のこと。五人の幼馴染時代。リトルバスターズとしての数々の無茶。
 ただ、いつの頃からか、鈴の口数が明らかに減っていくことに気づく。眠くなってきたあるいは気持ち悪くなってきたのか、と思ってはみても、鈴の酒のペースは特に変わったようには思えなかった。
 そうやって出来た何度めかのしじま。
 その中で。
 鈴は、言った。
「結婚する」
 ケッコンスル。
 けっこんする。
 けっこん。
 結婚。
「……え?」
 意味もなく聞き返してしまう。
「結婚する」
 鈴は馬鹿正直に同じことをもう一度言う。
 いつか来ることだとは分かっていた。それがそう遠くない日のことであろうとも。
 ただ、それが正に今日訪れるなんて、そんなこと、全く考えていなかった。思えば鈴の様子は電話の時からして少しおかしかったし、今日だってそうだった。どうしてそれに考えが及ばなかったのか、今となれば自分でも疑問だった。
「……そうか」
「うん」
 上目遣いに、身体を小さくして頷く鈴。
 その様子を見て、ようやく自分がまず最初に鈴にやるべき言葉を、未だ与えてやっていなかったことに気づく。
「鈴」
「なんだ」
「おめでとうっ!」
 鈴の顔がようやく上がって、正面から視線が交わった。
 ふにゃ、と鈴の顔が緩んで、だから目元も一緒に緩む。
「良かったな、鈴! この野郎っ!」
 隣に座った鈴の頭を抱えてやる。その頭をくしゃくしゃと撫でて回してやる。
 涙なんて、見せるんじゃねーよ。
 俺まで泣いちまうじゃねーか、バカ。
「このやろっ、このやろっ」
「ば、やめ、おい……」
 ひとしきり弄り回してから、鈴を離してやる。
「親父たちには?」
「まだ。来週、理樹が家に来る。それで、とーさんとかーさんに、言う」
「そうか」
「……きょーすけには」
「ん?」
「きょーすけには――」
 鈴は一度ぐっと顔に力を入れて。
「――兄貴には、一番に言っときたかったから」
 このやろう。
「今まで散々世話になってきたから」
 そんなこと言われたら。
「ありがとう、って一番に言っておきたかった」
 耐えられない、じゃねーか。
「ありがとう、兄貴」




 理樹に連絡するの忘れてた、と突然鳴り出した携帯を片手に店の外へと出て行った鈴。それを見送ってから。
 俺は立ち上がった。
「ああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー」
 声を張り上げる。
 店の奥の方にいた客が何事かとこちらを振り向くが、知ったことか。
 話が聞こえていたのか、マスターと、すぐそばの客たちは笑顔を浮かべている。
「よっしゃあああああああこらああああああああーーーーーーーーーーーーーーーー」
 意味もない言葉を、ただ叫ぶ。
 どうしようもなく、嬉しくて。
 嬉しくて。
 だけどちょっと、寂しくて。
 寂しくて。
 行き場の無い感情を叫び声にして。
 そうして、ああ、俺は思い出していた。
『鈴が幸せになりますように』
 そんないつかの、願い事を。






「うっさいんじゃ馬鹿兄貴ーーーーーっ!」
 戻ってきた鈴に、ごん、と殴られた。
 だから、ちょっとだけ涙がこぼれたのは、しょうがないことだった。


[No.778] 2008/12/13(Sat) 00:20:36
一度やってみたかったこと (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@17禁 3681byte

 あたしは、からっぽ。
 あたしは、からっぽ。
 あたしは――からっぽ。


『一度やってみたかったこと』


 月明かりだけが差し込む部屋の中、あたしは理樹君と二人きりだった。「本当に、あたしでいいの?」という問いに、「もちろん」と理樹君が答えて、今、あたしたちは、同じ部屋で二人、裸で向き合っていた。美魚のよく読んでいる本の言い方をすれば、生まれたままの姿であたしたち二人はたっていた。
「告白したその日の夜に、こんなことするなんて、大胆だね、理樹君」
 あたしがそういうと、理樹君が笑みを浮かべて、
「美魚はこういうの、イヤ?」
 ときいてきた。もし、美魚が理樹君から、こんなことをいわれたら、どんな風に答えるのだろう?そんなことを考えながら、理樹君の質問に答える。
「イヤ、じゃないわね」
「なら、いいじゃない」
 そんなことをいいながら、理樹君は目を閉じて、唇を合わせてきた。あたしも釣られて目を閉じて――、理樹君と唇を合わせた。それだけで飽き足らないのか、舌をあたしの中に入れてくる。ああ、ディープキスってやつね。
 そんなことをぼんやりと考えながら、目を開けると、理樹君が本当に気持ちよさそうな顔をしていた。……そんなに、きもちがいいのなの?こんなことが。
 あたしには、わからない。ただ――美魚が持っている本から考えると、きっとこれは気持ちがいいことなんだろう。



 ――あたしは、からっぽ。



 理樹君が、唇を完全に離したのは、たっぷり10分はたったときだった。理樹君の顔が紅潮しているのがわかる。 興奮、しているらしい。
「美魚のそこ、触れて、いいかな?」
「うん…いいよ」
 ちゃんと、理樹君の望む声を出せただろうか?一瞬、そんなことを不安に思うけど、そんなことは杞憂で、理樹君があたしの大事なところを触ってきた。美魚が一人、夜中にふれたこともあるその場所。その場所に、今度は理樹君が触れていた。
 心の中に湧き上がってくる、美魚が味わったことのある、その感情。人に触られると違うみたいだけど、やっぱりその感覚をあたしは味わうことはない。あたしが味わったのは、頭が真っ白にならないくらいの、気持ちがいいという感情。……きっと美魚がこっち方面に遠慮していたからだろう。
「理樹君…きもちいいよ」
 ただ、形式的に、あたしは理樹君にそういう。
 理樹君は、満足そうに微笑んだ。気がつけば、理樹君がふれていたその場所が、くちゅくちゅと音をたてていた。体は正直、ということだろうか。


 ――あたしは、からっぽ。


「入れるね?」
「う、うん…」
 不安そうな声を上げる。こうやって答えるのが決まりみたいだから。
「本当に入れていい?」
 理樹君が聞いてきた。改めて、理樹君のモノをみると、とても大きかった。
 ――でも、その問いに答えるのにかかった時間は、きっと1秒。
「うん……いいよ」
 あたしがそういうと理樹君はあたしの中に理樹君のモノをいれてきた。
 痛みは、感じた。
 たとえるなら、本を読んでいる最中、野球のボールがぶつかったくらい。
 理樹君は、猿みたいに、あたしを求め――、数回後、果てた。理樹君は満足そうな顔をしていた。
 だからあたしも満足そうな顔をする。



 あたしたちの初体験が、こうして、終わった。
 ただひとつ、幸福なのは、理樹君を満足させてあげられたみたいで、よかったこと、だろうか。




 ――抱かれて、抱いて、抱かれて、抱いて。そんな日々をすごす。
「あん…んんん、はぁ、はぁ」
 嬌声をあげるのもずいぶんとうまくなった。こんな風に鳴けば、理樹君が求めてくるから、あたしは練習した。
 からっぽのあたしがそんなことを思うということは、美魚もやっぱり理樹君を喜ばせたいと思っていたからだろうか。
 …ひょっとしたら、悦ばせたいかもしれない。
 あたしにはわからない。あたしがわからないからきっと美魚もわからない。
 あたしは考えないようにして、理樹君のモノを口に入れる。
 理樹君は、悦んだ。
 あたしの想いに応えるよう理樹君が、何度目かわからない、挿入をする。快楽はやはり感じない、あたしにできるのは、気持ちよさそうな声を上げるだけ。
 どんな体位だろうが、そんなに快楽は感じなかった。野外にいったこともあるけど、そのときも同様だった。



 やがて、そんな日々は終わる。
 あたしの体が、ふ、っと消えた。理樹君、これからどうなるんだろう、そんなことをぼんやりとおもった。






[No.779] 2008/12/13(Sat) 00:21:51
MVPしめきるー (No.760への返信 / 1階層) - 主催

な感じで。

[No.780] 2008/12/13(Sat) 00:26:25
天球の外 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@3479 byte

新しい願望が目覚める。
女神の永遠の光が飲みたくて、
夜を背にし、昼を面にし、
空を負い、波に附して、
わたしは駆ける。

(『ファウスト』第1部より)



天球の外



リキ、おじいさまから新しい望遠鏡を買ってもらいました!
今晩、一緒に星を観ませんか?


そう言ってリキを誘い出した。待ち合わせは午前2時、屋上で。
もちろん後日に佳奈多さんや井ノ原さんたちとも天体観測しようと思っているけど、やっぱりいの一番に好きな人と2人きりで星を観たかった。
寮の部屋、値段を訊くことが憚られるような立派な望遠鏡を前にして、私はもしかしなくてもケチな人間なのでしょうかと何度も自問自答したけれど、そのうちそんな罪悪感などどうでもよくなった。こんなことでぐじぐじ悩むなんてちっぽけだ。


まぁ、これぐらいのわがままならいいでしょう。わふ。


……何がいいの……クドリャフカ? 早く寝なさい……ふぁ……


あ、ごめんなさい佳奈多さん……おやすみなさい。


……おやすみ……クドリャフカ……


電気を消し、一旦ベッドに潜り込む。佳奈多さんが寝付くのを待ってから、望遠鏡を小脇に抱えて外へ出た。想像以上に寒かったので、マントは3重に羽織った。

待ち合わせ場所に、リキはまだ来ていなかった。
深い深い群青色の空を見上げると、月がちょうど真上にあった。周囲には僅かばかりの雲が漂う。
季節によるものか、いつもより空が高く、丸く見える。空そのものが魚眼レンズになったみたいに。
月を頂点にした、巨大なプラネタリウム。
空の限界が見て取れるのに、その先の宙だって見えるのに。
天球はいつもより巨大な、重みのある姿を、私の前に晒していた。

――それに圧倒されながらも、私は心に別の空を思い浮かべていた。

それは、私が恭介さんに消去された時の、偽物の夜空。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



こんな時間に呼び出して済まない。なんで呼んだかは――もうわかるよな


はい


理樹と結ばれた。良かったじゃないか。
それでもう……十分だろう?


いいえ


諦めきれないのか? コスモナーフトが?


はい


そう言っても、もうこの世界はまもなく終わる。
それに、能美がコスモナーフトになりたいといっても、見通しはあるのか?


そうじゃないんです。叶う叶わないの話ではないんです。
だって、わたしは……



――そう、わたしは。



コスモナーフトに、なりたいんです。
たとえそれが遠い道のりでも。絶望的であろうとも。
それが私の見つけた道標、星座なのです。
コスモナーフトになって何がしたいか、なんて、今はまだわからないけど。
それでも、私の方角は、今まで私の人生に関わった人たちが示してくれました。
もう、お母さんも、お父さんも、おじいさまも関係ないのです。
――私だって、何度もそのことを諦めようとしました。
そして世界は繰り返されていきました。
でも、私自身がどんなにそのことから逃げようとしても、いずれ私はそこに戻ってきた。
どんなに世界が繰り返しても、結局私は、コスモナーフトになりたい私だった。
その命尽きるまで、コスモナーフトの方角へ進め。
私の内側から、何かが――そう促してくるのです。



そこまで一息に言い切った。
恭介さんは依然厳しい目を私に向けていたけれど、やがて訥々と言葉を口にした。



あっちの世界――要するにバスの事故現場だが……
ようやく俺自身がどこに居て、出来ることはなにか、どれくらいの時間で死ぬのか、どれくらいなら動けるのか、目測がついてきた。

もし。もしもだ。万に一つ。

俺たちが、能美が助かるのなら。
いや、もう助からなくたって。

その標、見失うなよ。


もちろんです。



背筋を伸ばし、恭介さんを、そしてその背後にある天球の外を、しっかりと見据えた。
そして、私は消えた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



深呼吸を何度かしているうちに、大好きな人の足音が聞こえてきた。


こんばんは。いい夜だね、クド。

わふ。お待ちしていましたのです。



――あの偽物の空を見なくなってから、何ヶ月が経っただろうか。
目の前の天球は、相変わらず、ひたすらに大きく、その果ては遠い。
それでも。
私は、もう迷わない。
いつからか見つけた、天球の外の星座に向かって、私は駆ける。


[No.781] 2008/12/13(Sat) 00:27:48
花は百夜にして一夜で散る。 (No.760への返信 / 1階層) - 遅刻・秘密 7182 byte



 俯きながら廊下を歩いている小柄な少女がいた。その姿は何らかの悩みを抱えてるようで、小さな身体がさらに小さく見える。
 もしも、周りをよく確認しない生徒がこの廊下を走っていたりしたら、歩いている少女を認識も出来ないだろう。
「私は、私は…。どうすればいいのでしょうか……」
 小さく呟いた少女の姿は、今にも背景の白に溶け込んでしまいそうだった。
 その時だった―――。少女が一歩だけ踏み出した瞬間、その頭には何やら柔らかい物がぶつかり、その衝撃により我に帰った時には視線は宙に浮いていた。
「わふっ!」
「わひゃぁ!」
 気の抜けた悲鳴が、廊下に。そして二人の少女の間に響き渡った。
 少女たちは突如訪れた衝撃に目を瞑り、身を任すしかなかった……。


花は百夜にして一夜で散る。


 クドリャフカは目を開け、まずは何が起こったのかを確認をした。辺りには柑橘類特有のにおいが漂っている。
 最初にクドリャフカの目に情報として入ってきた物は、桃色の二つの髪飾り。そしてその先には小さい尻尾がぴょこん、と揺れていた。
 身体全体を目で通して見ると、体の膨らみ具合やへこみ具合の違いはあるものの、自分と同じ格好で尻餅をついている人物がいる。
 そこで、彼女は人にぶつかってしまったのだと気付いた。
「すみませんーっ、あいむそーりーなのですー!」
 先に謝ったのはクドリャフカ。
「このわんこー!もし私がケガでもしてたらどうしてくれんのー!?謝罪と賠償を要求する!」
 しかし、もう一人の少女は謝る気なんかない。と言わんばかりだった。
「わふー!しゃざいは出来ますが、ばいしょうは出来ないのですっ」
「じゃあ、一生賭けて私に賠償をしてネ」
「も、もちろんなのですっ」
 クドリャフカは、まだぶつかった相手を友人だとは気付いてはいないようだった。
 そして、その相手はクドリャフカを遊び道具にする気満々のようで、表情はにやにやと笑っていた。
「じゃあクド公っ!まずはおすわり!」
「はいっ!」
 簡単に犬へとなってしまったクドリャフカは命令通りにぺたんっ、と座り込む。
「じゃじゃーん!突然だけどクイズ!この花はなんでしょうかっ!?」
 クドリャフカは匂いを嗅ぐのが仕事なんです、と言いそうな勢いで目の前に突き出された二輪の花に自分の鼻を近づけ、花の匂いを嗅いだ。しかし、彼女には花の匂いは嗅げても、花の種類までは分かるわけもない。
 分かるのは、白い花と桃色の花。それらは違う種類の花ということだけだった。
「ふらわーは、私の専門外なのです…お力になれずすみません」
「なんだー、わんこでも分からないのかー……どうしよっかな」
「どうかしましたか、三枝さん。…………三枝さん?」
「ん、どしたの?」
 クドリャフカは目を見開いて改めて周囲を一瞥する。その後正面に向き直って目に広がる姿をじっくりと確認。
 そして彼女は―――。
「わふーっ!?三枝さんでしたかー!?」
 そこにいる人物が意外だったかのように驚いた。
「へ?気付いてなかったんだ」
「三枝さん、いつからそこにいたのですか?」
「わんことごっつんこしたときぐらいかなぁ。これぞわんこもはるちんにぶつかるですネ」
「おー、これがじゃぱにーずことわーざーなのですかー、すごいのです」
 葉留佳の会話にただただ流されているクドリャフカだったが、気分は驚きや焦りなどから自然と落ち着いていた。
「はっはっは、はるちんに任せれば実現不可能なことも実現可能なのですヨ。えっと、せっかくだからこの花はクド公にプレゼントするね」
「わふー、ありがとうございます」
「じゃあ私はこれでっ。花は部室にでも飾っといてちょんまげっ!なんちゃって」
 葉留佳はそう言うと、クドリャフカに花だけを渡して足早にその場から去ってしまった。
 何か急ぎの用事でもあるのかないのか、クドリャフカは考えていたが、茎が無残にも折れてしまっている二輪の花によって思考は中断させられた。
 何故、折れてしまっているのか。その理由を聞こうと彼女は葉留佳が走り去った後を見るが、もういなかった。
「わふー…三枝さん、行ってしまったのです」
 花と共に残された彼女の姿は、飼い主が出かけて行った時の子犬の姿のようだった。
 この場にはもういない葉留佳に自覚もなかったが、その何も考えていないような会話などで悩みにより落ち込んでいたクドリャフカを結果的には元気付けていた。
 そんな葉留佳がどこかへ行ってしまったことによりクドリャフカはまた元気を無くそうとしている。が、気を取り直した彼女は葉留佳から言われたことをやろうと、その足は家庭科部室へと向かっていた。

「佳奈多さん、いますか?」
 家庭科部室へと入ったクドリャフカは呼びかけをしてみるも、それに応じる声はない。
 期待の人物がいないとわかった彼女は、部屋の棚から花瓶を探している。そして、偶然にも花瓶は奥の方から、埃を被った状態で保存をされていた。
 目的の物を取り出した彼女は、その時に舞い上がった埃によりけほけほ、と咳き込んでしまう。彼女はその埃から逃れようと、顔を振りながら花瓶を洗うためにその場から立ち上がり、慣れた手つきで洗い始める。
 そして綺麗になった花瓶をちゃぶ台に乗せて、最後に二つの花をその中へと入れた。しかし、花を支えている茎が折れていたために、奥まで入りきることはなかった。
 クドリャフカはその場で座り、花を眺め始めるが、彼女の表情は次第に花が萎れていくように暗くなっていってしまう。
「…花は、どうしてこんなにも……」
 改めて目の前にある花の姿をまじまじと見つめていると、そんな言葉がぼそぼそと呟くように出てきていた。

「クドリャフカ、いるの?」
 ふと、廊下側から聞こえたその声にクドリャフカは反応した。クドリャフカは頭を振って自分を呼んだ声に返事をする。
「佳奈多さんですか。私ならいますよー」
 それを合図に佳奈多が戸を開けて部屋へと入って来る。
 彼女は入って早々に、クドリャフカの前に置いてある花瓶に入れられた二輪の花に気が付いた。疑問に思った彼女はそれをどうしたのか訊き出した。
「あなた、その花どうしたの?」
「これはですね、先ほどそこの廊下で三枝さんが私にプレゼントしてくれまして、部室に飾っといてと言われたので」
 佳奈多はクドリャフカが座っている位置と対象となる場所へと腰を落ち着けた。
「なるほど、葉留佳が……。でもかわいそうね」
 その佳奈多の言葉にクドリャフカは『なぜでしょうか?』と言いたそうな目をしている。それに気付いた佳奈多は言葉を続けた。
「水だけあっても、土も陽の光も無い場所で花は枯れていくだけよ。しかも茎の部分が折れてしまっているのに……これはどうせあの子が乱暴に扱ったんだろうけど」
「それもそうですね。けど私は、佳奈多さんとは別のことを考えていたのです」
 今度は佳奈多の方が疑問に満ちた目でクドリャフカを見つめている。それにはクドリャフカは気付かなかったが、その後にもまだまだ言葉は続いた。
「この花が、凄いと思ったんですよ」
 興味深そうな表情で佳奈多はその先を促す。
「こんなにも折れてしまっているのに、こんなにも元気良く花が咲いているから凄いと、私は思いました。だけどそれに比べて私は……この花の様に途中で折れてしまってるのです……」
「そうね、そういう考え方も出来るわね。たとえ途中で折れてしまってもその先にはきっと―――」
 クドリャフカの言葉の最後の方だけ、佳奈多には耳には届くことはなかった。だが、佳奈多の言葉はクドリャフカの耳に届いた。
「そうですねっ!佳奈多さん、ありがとうございます」
 佳奈多の言葉を聞いたクドリャフカは突然、何かに納得して、感謝の言葉を述べた。何故、急にクドリャフカがありがとう、と言い出したのかが佳奈多には分からなかった。
「それでは、佳奈多さん。私はもう帰るのですっ」
 クドリャフカの様子が突如変わったことに驚いた佳奈多だったが、すぐに落ち着きを取り戻して部室から出て行くクドリャフカを見送った。
 戸を閉める音を聞いて、佳奈多は一回息を吐いた。
 そして、またクドリャフカの手によって花瓶に収められた二輪の花をじっと見つめる。
「この白い方は確か……菫ね。それでこっちは……菊、かしら?」
 あまりに自身のない答えに佳奈多は自分で笑ってしまう。
「花言葉は――私が分かるはずも無いわね。さて、私も帰りましょう」
 それきり、佳奈多は何も言わずに部屋の外へと向かって行った。

―翌日の昼休み。
 佳奈多は家庭科部の部室で花の様子を見ていると同時に休んでいた。
 昨日からなんの変わりもない。

 しかしその時だった。
 鐘の音が聞こえたと同時に佳奈多は舞い散る白い花びらをその目で見た。


[No.782] 2008/12/13(Sat) 20:09:26
空中楼閣 (No.760への返信 / 1階層) - ひみつ@遅刻@1088byte

 夜空は世界。星は人々。そう仮定するなら流星は決して人々の願いの象徴ではない。地上に流れ落ちてくる隕石や星の欠片は倫理を踏み外した者の象徴になり下がる。
 例えば殺人、或いは詐欺、又は虐待、さらには監禁。
法を犯した者は人としての生を剥奪されるも同然。一度地上に墜ちた星が再び夜空で輝ける星になれるかと尋ねられれば極めて困難な道程になるだろう。


※※※


 俺には何物にも代えがたい恋人がいる。
 彼女さえいれば俺は何も要らない。そう思えるほど彼女は魅力的だった。澄み切ったスカイブルーの瞳は円らで大きく、亜麻色の髪はとても梳きやすく思える程だ。時折見せるチャームポイントの可愛らしい八重歯が俺をますます彼女の虜にさせ、何よりもその小柄な体、平坦な胸のラインが彼女の愛くるしさを醸し出していた。俺にとって彼女はどこをとっても完璧な恋人だった。
 ふと、隣にいる彼女が瞳を閉じる。それを合図に俺は彼女に近づく。爪先立ちになりながらも必死でその幸せな一時を待とうとする懸命な姿が愛おしかった。抱き締めたかった。彼女の唇と俺の唇が触れ合う。そこには温かさなんて微塵もなく、冷たい無機物の感触しか俺は感じられなかったが後悔することは無かった。

こうして、棗恭介という夜空に浮かぶ一つの星は墜ちた。


[No.784] 2008/12/13(Sat) 21:37:26
MVPとか前半戦ログとか次回とか (No.762への返信 / 2階層) - かき

 前半戦ログ
 http://www.geocities.jp/foolisgue/rog23-1.txt

 MVPはいくみさんの『宇宙的進化論』でした。
 いくみさん、おめでとうございます!
 感想会後半戦は日曜21時から!!


 次回は本大会は、年末年始ということで一月空けて
 1/9 金  締切
 1/10 日 感想会
 お題『雨』


 また、一月空くと寂しいって方がいるので第二回小大会を開催いたします。
 12/30 火 締切 (かなり早めに記事は開いておきます)
 12/31 水 感想会
 お題『タイトルがことわざ的なもの』
 慣用句なども有りですが、既存の言葉を弄るのはダメとのこと。(大谷が木から落ちる、など)
 10240byteまで
 一人二作まで

 なお、次回、小大会については前回同様MVPを獲得した方に
 『他の参加者及び主催(かき)副催(大谷)保管所管理人(えりくら)に称号をつける権利』
 を贈呈致します。
 好きな人に好きな称号をつけられます。特定の誰かだけにつけてもいいし、全員につけてもいいし、自分につけてもいいし、もう好きなようにいたしちゃってください。
 なお、この称号は保管所にて後世へと伝え続けられていきます。次回参加される方はそのことをご考慮くださいませ。


[No.785] 2008/12/14(Sun) 01:47:17
きっと需要がない解説 (No.767への返信 / 2階層) - ウルー

 最後らへんのピアノは姉御です。
 今考えなおしてみたらそれはおかしいと自分に言ってしまいそうですが、姉御がピアノ弾いてるあそこは恭介が作った虚構世界の残骸、みたいな解釈。つまり理樹たちが虚構脱出して崩壊した後の世界ということになります。沙耶を無視しても虚構世界を脱出することはできるので、そうした結果、放置されていた沙耶もそこに取り残されます。
 で、姉御がピアノを弾き始めます。ピアノが止まったのは理樹くんが姉御を迎えに来たから。
 でも沙耶は無視。ブワッ(´;ω;`)

 理樹沙耶でイラブる話なんてのは原作やってりゃ十分なわけで、あえて逆を行ってみたのでした。
 後半にいくにつれて短くなっていく「あたしは死んだ」はなんかもう思いつかなかった俺はアホかと言いたくなるほどで、サイトに載せる時は取り入れさせてもらおうかと(ぉ


[No.788] 2008/12/14(Sun) 11:23:20
解説っぽいもの (No.784への返信 / 2階層) - 緋

『無機物』=PCの画面
端的に言えば、背伸びしてキスをしようとしているロリのCGシーンを映すPCに恭介がキスをした話。
次元だけでなく倫理を踏み越えてしまったために、最後の描写で『墜ちた』と書いた次第です。

……捻りがなくてごめんなさい。


[No.789] 2008/12/14(Sun) 23:57:22
後半戦ログ! (No.785への返信 / 3階層) - かき

 http://www.geocities.jp/foolisgue/rog23-2.txt


 アドレスにFoolisさんの名前があるのは彼が一晩でやってくれましただからです。
 いつもありがとうFoolisさん!


[No.791] 2008/12/15(Mon) 00:18:07
夜討ち(改訂版) (No.776への返信 / 2階層) - ゆのつ@8624 byte

「古式も、弓道以外に何か打ち込めるものを持った方がいい」

 それが、あの方の口癖でした。どこまでも強く、優しいあの方の。
 昔の私は、それをただただ受け流すだけで、自分にはできないものと思いこんでいました。
 そして、挙げ句の果てに全てを見失い、絶望し、あんな事になってしまったのです。
 返す返すも悔やみきれない、屋上での出来事……



「でも、今の私は違います」
 あの事を思い出した私は、でも首を振り、前を向きます。視線の先は闇と雪……まるで私を拒むかのような、冷たい世界。
 ですが私は迷わずに、一歩を踏み出し言いました。

「だから宮沢さん、見て下さい。生まれ変わった私の、決意を」
 手に持つお重は三段式、日曜日の全てを費やし作ったお重です。その中にぎっしり詰まっているのは、私の乏しい情報網を駆使して調べ上げた、宮沢さんの好物達。
 お重に入りきらなかったものは、風呂敷に包んで背負っています。合わせて10kg少々はあるでしょうか?
 いかに宮沢さんが大食漢であったとしても、これだけの量があれば大丈夫でしょう。
 本当はお昼に訪ねるはずだったのですが、気合いが入りすぎて夜になってしまいました。多少遅れるのは想定していましたが、まさか草木も眠る丑三つ時にまで長引くとは思いませんでした。これも、私の宮沢さんへの思いが大きすぎたせいでしょう。
 ですが、それも考えようです。夜討ち朝駆け、目標を達成するには、相手の思考能力が鈍っている時間に襲うのが、古来からの兵法の常道ではありませんか。
 最適な時間に、最大の戦力をぶつければ、あの宮沢さんがいかにお堅いといえど陥落するのは間違いありません。

 そう、今の私が打ち込むのは、恋。
 私の身体と、そして心を助けてくれたあの方に、全てを捧げる所存です。思いこんだら一直線、待ち伏せ強敵なんのその、左右に構わず突進するのが古式流。宮沢さんに、このお重をお届けし、そしてご一緒に夕餉を楽しむのです。
 ああ、宮沢さんは喜んで下さるでしょうか? 私の料理を美味しく食べて下さるでしょうか?
 
 ここまで想像して、思わずお重を振り回してしまいました。迂闊です、中身は無事でしょうか? 記憶にある限りで2〜3回転してしまったような気がしますが……
 いえ、大丈夫でしょう。大事なのは心です、ハートです、料理にこもった気持ちなのです。
 多少形が崩れてしまっても、あのお優しい宮沢さんなら、きらりと歯を光らせて
「いや、俺の為に料理してくれた事が一番嬉しいさ」
 とか言って下さるに違いありません。
 それどころか、私の肩を抱き「だが、俺が一番食べたいのはみゆきさ」とか言って下さるかもしれません。
 ああ……どうしましょう? 私たちはまだ学生ですのに。
 でも、私は恥じらいながらも言いましょう。
「はい、宮沢さん……みゆきは、今日貴方に心も身体も捧げる所存で参りました」
 ああ、これで完璧です。
 淫猥さはなく、さりとて嫌がりもせず、適度な恥じらいと、十二分なけなげさを詰め込んだ言葉です。
 甲案「はい、今宵のデザートは私です」は、平凡な上に品がないので放棄。乙案「はい、存分にご賞味下さいませ」は淫乱女に見られそうなので放棄。丙案の「そんな……宮沢さん……」は、お優しい宮沢さんが諦めてしまうかもしれませんので放棄。意外性を狙った丁案「私も……食べたいです」などと言った日には、日本海溝より深い変態のしんかいに沈みそうなので簀巻きにして岩にくくりつけて海洋投棄しました
 諸案を考えた末に辿り着いたこの言葉、目の角度、声の大きさ、何度も自分の部屋で練習したので完全なはず。
 これで宮沢さんも……

「っ!?」
 慣れた手つきで私の制服に手をかける宮沢さんを想像して、思わず鼻を押さえてしまいました。押さえきれずにこぼれ落ちる鮮血が、一滴二滴……
 花も恥じらう乙女が、鼻を押さえていては洒落にもなりません。あ、あと慣れた手つきというのはあまりよろしくありませんので、ここはぎこちなくに訂正しておきましょう。

 溢れ出た想いをふき取ると、私は再び前を向き、もう一度気合いを入れます。弓を放つ一瞬に似た、心地よい緊張感……もはや、寒さなど感じもしません。
 心頭滅却すれば火もまた涼し……恋に燃える今の私の前には、吹雪など何の障害にもならないのです。
 さぁ行きましょう、生まれ変わった私を、阻める者などありません。恋する乙女を阻むのならば、それ相応の報いを受けて頂きましょう。
 この古式みゆき、心の準備まで含めて準備万端です。何があろうとも受け入れてみせます、宮沢さん情報を集める時に親しくなった元剣道部の方曰く『恋は電撃戦』なのです。
 あの時、私の目は醒めました。
 そう、昔の私のように、うじうじ悩んでいてもしょうがないのです。多少の粗があったとしても、そんな事には悩まずに、ともかく前に進むのが大切なのです。

 ちなみに、私にその貴重な助言を与えて下さった方は、今、私の足下に倒れ伏しています。
 恩ある方を手に掛けねばならないのは甚だ心苦しい面もあったのですが、寮規を楯に私の前進を阻む以上、倒さねばならなかったのです。
 ああ、ですが、私が目標を達成した暁には、彼女もきっと笑って許して下さる事でしょう。彼女もまた、恋する乙女なのですから……
 そういえば、彼女の妹さんにもお世話になりました。
 リトルバスターズのメンバーさんとの事で、貴重なご助言をたくさん頂きました。まさか、宮沢さんの一番の好物が、乾いたお刺身と、塩の代わりに砂糖を入れたお吸い物だったとは想像もつきませんでした。
 他の誰もが見放す食べ物に目を向ける優しさと、お吸い物に砂糖を入れる剛胆さ。ああ、みゆきはまた宮沢さんが好きになってしまいました……
 それにしても、やはり困った時には人に尋ねるのが一番です。後ほど、お礼に行かなければなりませんね。

 ああ、思わず考え事をしてしまった結果、また出発が遅れてしまいました。このままでは、朝陽に追いつかれてしまいます。
 朝、宮沢さんの枕元で、耳に吐息を吹きかけながら起こして差し上げるという案もありますが、それはまたの機会にする事に致しましょう。
 それにしても、男子寮には自炊設備はあるのでしょうか? できればお味噌汁と自家製お漬け物を添えた真っ白なご飯を準備してから起こして差し上げたいのですが……



「宮沢様に何をするつもりおつもりなのですっ! こんな夜中に」

 ですが、幸せな思考は、無粋な言葉に遮られました。私は視線をその不届きな輩に向けます。
 私の背後には、寝間着のまま雪を踏みしめる少女がいました。ずんと立ったまま、こちらを指さすのはなかなかに迫力があります。
 それにしても宮沢様? なるほど、確かに宮沢さんは様と言われるにふさわしい方でありますね。今後呼び方を変え……いえ、ですが最終目標『謙吾と呼び捨て』に辿り着くにはむしろ遠回りな気もします。なかなかに難しい問題ですね。

「って、無視ですのっ!?」
 同じ格好のまま、もう一度彼女が言います。気付けば、彼女の肩には雪が積もっておりました。
 宮沢さんの事を考えるあまり、彼女の事が頭から消去されてしまっていたようですが、如何せん宮沢さんに比べれば他の方など些末な事ですね。
 ひとまず、目的を告げる事にしましょう。

「……夕餉をご一緒させて頂くだけです」
「なっ何が夕餉ですかっ! こんな夜中に宮沢様のお部屋に、これは……その……夜這いではありませんかっ!! 真っ暗な宮沢様のお部屋に忍び込み、何をなさるつもりです破廉恥なっ!!」

 彼女は、顔を真っ赤にして騒ぎ立てます。聞いた事があります、宮沢さんに想いを寄せる、不届きな輩が寮内にいると……
 特徴を元に棗さんに尋ねましたら「それはきっとさささのさーだ」との事でした。ずいぶんとまた珍妙な名前だと思いましたが、他の方のお名前にケチをつけるのはやめましょう。もしかすると、由緒正しいお家なのかもしれませんし。
 ……どこまでが名字で、どこまでが名前なのかはわかりませんが。
 ともかく、あの宮沢さんの素晴らしい外見と、比類なきお心に目をとめるとは、人を見る目はあるようですが、残念ながら、敵を見る目はなかったようです。
 私が宮沢さんを想うこの気持ちに、勝てるはずがないのですから。
 
「……邪魔です」
「っ!?」

 そう言って私は一撃を与えます。先手必勝、目的の達成の為には、手段を選ばないのが恋する乙女の流儀です。
 雪を斬る一閃。あの方に一歩でも近づく為に学んでいるそれは、風紀委員だろうがその飼い犬だろうが、一撃で沈黙せしめる打撃力を持ちます。
 ですが、私が繰り出した木刀は、すんでの所で避けられました。この方、意外と運動神経はいいようです。

「何をするんですのっ!? っていうかどこから出したんですのその木刀!?」
 猫のように毛を逆立て、さささのさーさんは叫びます。彼女が踏みしめた雪が悲鳴を上げ、彼女が戦闘態勢に入るのが分かりました。
 騒がしい声とは対照的に、周囲から音が消えます。張りつめた緊張感、この方、なかなかに手練れです。
 ですが……

「内緒です、おとなしく倒れなさい」
「なっ!?」

 第二撃、ですがそれもかわされます。
 まぐれではないようですね。低姿勢に目を光らせ、私を睨む瞳が光ります。
 それにしても、何故私が宮沢さんのお部屋に向かうとわかったのでしょうか?

 ……もしや、私の心の叫びを聞かれていたのでしょうか?
 
 ならば、彼女も恋する乙女、まごうことなき我が好敵手。私も存分にお相手せねばなりません。
 私は風呂敷包みとお重を置きます。

 雪を踏み、木刀を握り、全ての想いを力に変えて……

「見ていて下さい宮沢さん。今すぐに、この小娘を倒し、あなたの元に向かいます」
「させませんわっ!!」

 宵闇に立つ好敵手に、私は戦いを挑みました。














「誰だ! 夜中にバトルってるのは!」
「なんか謙吾への愛を叫んでいるぞっ」
「またあいつらかっ! どっちだ!?」
「両方だ!」 
「廊下に出るな! 前に立つと問答無用で襲ってくるぞ!!」
「風紀委員長がやられてるぞー!」
「あの雪玉何入ってんだ!? 古式が5mは吹っ飛ばされ……なんで倒れないんだ?」
「笹瀬川がやられたっ!!」
「すげぇ、10mは飛んだぞ!? 生きてるか!?」
「まて、親衛隊が出てきた! 第二ラウンドだ!!」
「笹瀬川も起きたぞ!」
「やつら不死身か!?」

「……」
 
 


[No.808] 2008/12/17(Wed) 23:34:44
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