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No.817に関するツリー

   第2回小大会 - 主催 - 2008/12/28(Sun) 00:17:36 [No.817]
話は下で果てる - ひみつ 遅刻ってレヴェルじゃねーぞ!@3710 byte - 2008/12/31(Wed) 23:45:57 [No.846]
似たもの夫婦 - ひみつ 遅刻@2533byte - 2008/12/31(Wed) 00:25:33 [No.839]
――MVPここまで―― - 主催 - 2008/12/31(Wed) 00:21:11 [No.838]
たなからぼたもち U - ひみつ@1248 byte - 2008/12/31(Wed) 00:13:44 [No.837]
男心と秋の空 - ひみつ@ 8745byte - 2008/12/31(Wed) 00:09:19 [No.836]
郷に入りては郷に従え - ひみつ@10234Byte - 2008/12/31(Wed) 00:07:57 [No.835]
馬子にも衣装 - ひみつ@8331 byte - 2008/12/31(Wed) 00:04:30 [No.834]
空谷の跫音 - ひみつ@6424 byte - 2008/12/31(Wed) 00:04:24 [No.833]
壺中の天地 - ひみつ@5354byte - 2008/12/31(Wed) 00:04:05 [No.832]
[削除] - - 2008/12/31(Wed) 00:02:48 [No.830]
[削除] - - 2008/12/31(Wed) 00:01:52 [No.829]
[削除] - - 2008/12/31(Wed) 00:03:55 [No.831]
身の毛がよだつ - ひみつ7403 byte - 2008/12/31(Wed) 00:00:37 [No.828]
Лучше горькая правда, чем с... - ひみつ@4414 byte - 2008/12/30(Tue) 23:45:57 [No.827]
一期一会 - ひみつ@3412byte - 2008/12/30(Tue) 22:54:09 [No.826]
猫に小判 - ひ・み・つ。6,915byte - 2008/12/30(Tue) 22:12:05 [No.825]
蓼食う虫も好き好き - ひみつ@10,239 せふせふっ - 2008/12/30(Tue) 19:42:27 [No.824]
棚から牡丹餅 - ひみつ 1954 byte - 2008/12/30(Tue) 17:58:12 [No.823]
[削除] - - 2008/12/30(Tue) 15:26:49 [No.822]
人間万事塞翁が馬 - 秘密 8571byte - 2008/12/30(Tue) 08:58:27 [No.821]
春眠暁を覚えず - ひみつ@3857 byte - 2008/12/29(Mon) 17:13:27 [No.820]
大は小を兼ねる - ひみつ 4019 byte - 2008/12/28(Sun) 09:42:53 [No.819]
金は天下のまわりもの - ひみちゅ 4137byte - 2008/12/28(Sun) 02:16:25 [No.818]



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第2回小大会 (親記事) - 主催

 早く記事開くとかいってて遅くなって申し訳ありません。

 第二回小大会を開催いたします。
 12/30 火 24:00 締切
 12/31 水 22:00 感想会
 お題『タイトルがことわざ的なもの』
 慣用句なども有りですが、既存の言葉を弄るのはダメとのこと。(大谷が木から落ちる、など)
 10240byteまで
 一人二作まで

 なお、小大会については前回同様MVPを獲得した方に
 『他の参加者及び主催(かき)副催(大谷)保管所管理人(えりくら)に称号をつける権利』
 を贈呈致します。
 好きな人に好きな称号をつけられます。特定の誰かだけにつけてもいいし、全員につけてもいいし、自分につけてもいいし、もう好きなようにいたしちゃってください。
 なお、この称号は保管所にて後世へと伝え続けられていきます。参加される方はそのことをご考慮くださいませ。


[No.817] 2008/12/28(Sun) 00:17:36
金は天下のまわりもの (No.817への返信 / 1階層) - ひみちゅ 4137byte

 床がひんやりとしていて冷たい。
 僕を落とした大きな手の人はどんな人だったのだろう。


  金は天下の回りもの


「わふ、500円玉を見つけたのです。誰の落し物でしょうか?」
 そういう声が聞こえて、床に寝てた僕は拾い上げられた。
 さっきまで、僕を持ってた大きい手とは違い、とても小さな手だった。人は大きいと思っていたけれど、小さな人もいるんだな、と思った。
「佳奈多さんに届けましょう」
 そう言った人は僕を握り締めてその場から離れた。
 その手は暖かい。

 ○

「佳奈多さん、落し物がありました」
「えっと、落し物?クドリャフカ、ごめん、今忙しいからそこにある机に置いといてちょうだい」
「分かりました」
 クドリャフカ、と呼ばれた僕を拾い上げてくれた人は、佳奈多、という人に言われて机に僕を置いた。
 その机は冷たい。

 ●

「ふぅ……疲れた……」
 佳奈多、という人の声だろうか。
 忙しいと言った後のことだからか、とてもリラックスしているようだった。
 その後、がらんっとドアが開く音がした。
「あ、お姉ちゃん今仕事終わった?」
「そうよ、今終わったわ」
「えっと、これ食べて欲しいなぁなんて思ったり思わなかったり」
「どっちかはっきりしなさい」
「じゃあさ、食べてね。ここにおいておくからっ!」
「ちょっ、待ちなさい!」
 佳奈多、という人をお姉ちゃんと呼んだ、名も分からぬ人はどさくさに紛れてなぜか僕を制服のポケットの中へ入れてどこかへ走り去った。
 その中は暖かい。

 ○

「姉御ーっ」
「葉留佳君か、なんか用か」
 今僕を持ってる人は葉留佳君、という人らしい。
「そうですヨっ、500円玉ゲットしたんですヨ!」
「ほう、どこでゲットした?」
「まぁ、中庭的な?」
「嘘はよくないな」
 葉留佳君、と呼ばれた人は姉御、という人に嘘を見抜かれて身体をちょっとだけ震わせた。
「りょ、寮長室ですヨ!」
「なるほど、このまま寮長室へと返すのも面倒だしな………」
「な、なんですか姉御?」
「それではここに自販機、そしてその前には私がいる。することは?」
「やはは…おごる、という選択肢以外は存在しなさそうですネ……」
 葉留佳君、と言われた人は僕をそのポケットの中から取り上げて僕を自販機の中へと押し込んだ。
 僕の仲間たちのほとんどはこの場所へと閉じ込められる運命らしい。
 自販機の中は冷たい。

 ●

「さらば英世ーーっ!」
 そんな大声が中まで響いてきた。
 その時、僕は大量の仲間と共に転がり落ちた。そして、また人の手の中へと僕は戻った。
「おっ、平戌20年代って最近の500円玉じゃねえか。最後の英世を使っちまったけどなんかラッキーだな」
 その人の足取りは軽やかだった。軽やか過ぎる足取りはどこへ向かうかも分からない。
 だけどその手は暖かい。

 ○

「おっ、鈴か」
「なんだ馬鹿兄貴。笑っててなんだかきしょいぞ」
「ん、そうか?まあ、でも今俺はとても機嫌がいいからな」
「で、なんのようだ」
「小遣いをやる」
「いらん」
「まあそう遠慮するなって」
「じゃあ仕方なくもらってやる」
 馬鹿兄貴、と呼ばれた人の手を離れ、鈴、と呼ばれた人の手に僕は渡った。
「大事に扱えよ」
「わかった」
 鈴、という人は無愛想な返事をしながらも僕をポケットの中に入れた。
 そこは、暖かい。

 ○

「あら、棗さん」
「おまえは……超ささみ人!」
「はぁ…、もう訂正するのも馬鹿らしくなってきましたわ……」
「それでなんの用だ」
「今日という今日こそ貴方にリベンジをしますわ!」
「ふんっ、受けてたとう」
 その時僕を持ってた鈴、という人の身体は激しく動き始めた。
 何度も揺れて、衝撃が僕にまで伝わってきて、それが何度も繰り返された。
 そしてその末。
「おーほっほっほっ!」
 超ささみ人2、と呼ばれた人の高笑いが聞こえた。
「それでは、負けた棗さんは何をくれますの?」
「しょうがない……いまはなにも持ってないから超ささみ人3にはこの500円玉をくれてやる」
「まあ、いいんですの?」
「元々強引に渡された物だったからだ」
 鈴、という人は僕を取り出して超ささみ人4、という人の手元に渡ることになった。
「おーっほっほっほっほ!」
 その人は今の場所に高笑いだけを残した。
 それでも、その手の中は暖かい。

 ○

「神北さん、いますわよね」
「さーちゃん?なにかようかな?」
「えっと、この前貸してくださった500円を返しますわ」
「ありがと〜!帰ってくることはないと思ったんだ」
「わ、わたくしはそんなに信用なかったのですね……」
「あっ、ごめん……。でもありがと、さーちゃん」
 超ささみ人5、という人は神北さんと呼ばれた人の手に僕を渡した。
 その手も暖かい。

 ○

「ふんふんふ〜ん♪」
 神北さん、という人はとても機嫌がよかった。
 手の中が頻繁にゆれている。スキップでもしているのだろうか。
 だけど、その瞬間。
 ばたんっ、という音と共に僕は手の中から離れて草むらへと転がってそして倒れた。
「あれ…?あれ、500円玉がなくなっちゃった………」
 神北さん、という人の声が遠くから聞こえた。
 草むらの中は冷たい。

 ●

「神北さん、どうかされましたか?」
「えっと、みおちゃん?」
 みおちゃん、という人がやってきたようだ。
「はい、みおちゃんです。それで、お困りのようですが……」
「えっとね、さっき転んじゃってさーちゃんから貰った500円玉を落としちゃったんだ…」
「それは、残念ですね……。近くを探してみましたか?」
「うん、今探してるんだけど見つからなくて……」
「そうですか。では、もし宜しければわたしの500円玉を使いますか?」
「えっ、いいの?」
「はい。本を置く場所が無くなって来て買う予定もないので」
「あ、ありがとう〜みおちゃん」
 その声がどんどん遠くなっていった。
 僕は冷たい地面の中に置いて行かれた。

 ●

「あら、500円玉がこんなとこに落ちてるわ」
 近くを通りかかった誰かが草むらの中の僕を見つけたようだ。
「誰かが落として行ったのかしら?それ以外には考えられないけど……」
 その人は僕を拾い上げてくれた。
「むむむ……なんかむしょうに投げたくなってきたわ…。毎日理樹君の野球練習を見ているからかしら……。理樹君、打ってくれるかな」
 名前も知らないその人は――。
「うおぉぉぉりぃやぁぁぁぁぁっ!」
 おもいっきり僕を上へと投げた。
 風が冷たい。

 ●

「む…?」
 しばらくして、僕は地面にまた落ちようとした時。
「はっ!」
 誰かに掴まれた。
 その内、僕を掴んだ手は開かれた。
「500円玉か?なぜ空から落ちてきた?不思議なことが起こったが、まあいい」
「あっ、謙吾」
「理樹か」
「どうしたの?なにか不思議なことが起こった、って顔してるけど」
「空から500円玉が降ってきた」
「へ、へえ……。それは不思議だね」
「まあちょうどいい。理樹、これをやる」
 僕は謙吾、という人から理樹、という人の手に渡った。
「あ、ありがとう?」
「はっはっは、お礼に疑問符はいらないぞ、理樹」
「う…………うん、そうだね」
「じゃあな、理樹。また後でな」
「うん、じゃあね」
 謙吾、という人はその場から去ったみたいだった。
「平戌20年か……もう今年も終わりなんだね」
 その後、僕は理樹、という人のポケットの中へと入った。
 とても暖かい。

 ○

「おい理樹っちよ、一緒に学食に行こうぜ」
「うん、いいよ」
「理樹、今日はなにを食べるんだ?」
「うーん、まだ決めてないなぁ。真人は?」
「オレは当然カツ丼に決まってるぜ」
「あぁ、そうだよね……。聞いた僕が馬鹿だったよ」
「……やべぇ、金がない。わりぃけど理樹、貸してくれねーか?」
「えぇっ、また?」
「すまん!今日500円玉落としてしまったんだよ」
「500円玉…?それなら、これかな?」
 僕は理樹、という人の手の上に置かれた。
「おぉっ!?多分それだ!理樹、それをどこで拾った?」
「僕が拾ったわけじゃないけど、謙吾が拾ったみたいで、なんか僕に突然渡してきた」
「そうか……まあなんにしてもありがとなっ、理樹」
「うん、別にいいよ」
 理樹、という人はそう言うと真人、という人に渡した。真人、という人の手はとても大きな手だった。
 僕を最初に落とした人はその人だったのかな?
「おばちゃーん、カツ丼くれ!カツ特盛りで!」


[No.818] 2008/12/28(Sun) 02:16:25
大は小を兼ねる (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ 4019 byte




 鏡の前で、長い髪を梳る。ひと櫛、ひと櫛、丁寧に。
 身嗜みとしての意味はもちろんだけれど、それ以上に、これは普段化粧などしない私が『女の子』を忘れないための儀式。
 時間をかけて整えた髪を見ながら、鏡越しに時計を確認する。
 壁際に掛けておいたマントを羽織り、帽子を頭に乗せれば完成。
 姿見で全身を確認する、おかしなところはないだろうか?背後を確かめようとくるくる回るとマントの裾がひらひらとはためく。
 …思わず何度もくるくるしてしまって目を回しかけた。
 ドアのノブを握り、深呼吸を一つ。自分に魔法をかける。
「行ってきます、なのですっ!」



 冷たい朝の空気で肺をいっぱいにしながら、寮から学校までの短い道のりを駆ける。
 白い息が後ろに流れていく。文学少女なら「蒸気機関車のよう」とでも例えるのだろうか。いや、そもそも彼女はこんな風に走ったりはしないのだろうけれど。
 気分が乗ってきた。スピードを上げる。髪が跳ねる。マントが跳ねる。帽子を片手で押さえながら、もっと速く。
 と、前方に見慣れた後姿を見かけ、スピードを上げる。ふわふわの髪に輝く星と、ぴょこぴょこ跳ねるポニーテールを飾る鈴。駆け抜けざまに声を掛ける。
「小毬さん、鈴さん、おはようございますなのですー!」
「あ、おは……」「ん?どうしたこま……うにゃっ!?」
 何に驚いたのか、二人は絶句して立ち止まってしまった。どんどん開いていく相対距離に、私は首をかしげながらも学校を目指す。



 校舎に沿って玄関を目指していると、なぜか外壁をよじ登っている不審人物がいた。
 不本意ながらよく見知った人物だ。帽子が落ちないよう、押さえながら振り仰ぐ。
「わふーっ!?井ノ原さん、何してるですか?危ないですよっ!」
「何って、教室に行きがてらのトレーニングさ。オレの筋肉にかかればこんな壁、大したこと……へっ?」
 集中しているのか、声を掛けても振り向きもせず、一心に手がかり足がかりを探していたのだが、何を思ったのか急に振り向いた。
「げっ……うおっ!?」
 急な姿勢の変化にバランスが崩れ、両手が宙に浮く。脚力のみで踏ん張ろうとしたようだが、かえって外壁から身体が離れてしまう。
「うんぬおわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」
「まさっ……!」
 悲鳴の尾を引かせながら真っ逆さまに落ちていく。
 一瞬ヒヤっとしたが、幸い植え込みの上に落ちたようだし、高さも二階より少し高い程度だったから心配は要らないだろうと判断し、その場を後にする。ごめんなさい。



 教室に向かうまでの間、すれ違う生徒のことごとくが私を振り返った。私は何もおかしいことをしていないはずなのに、何だか珍獣にでもなった気分だ。
 振り払うように足を速めた結果、教室に付く頃はほとんど全力疾走で、すっかり息が上がっていた。
 ドアに手をかけたまま息を荒くする女生徒。自らを省みれば奇異に見られても仕方ない。自意識過剰になっていたのだろうと気持を切り替え、その頃には息も整っていた。
 ずれた帽子と乱れたマントを直し、ドアに向き直る。これを開ければゴールだ。笑いさざめくドアの向こうには、いつものように友人と、そしていとしい人との時間が待っている。
「おはようございます、なのですっ!」
 静寂を表すのに、しーん、という擬態語が使われることがある。しかし、それは静寂のごく一部しか表せていないということを、今身をもって実感した。
 まず始めに開かれたドアのそば、つまり私の至近距離で喋っていたグループの音が消えた。
 その静寂は徐々に、しかし加速しながら伝播し、瞬く間に室内の音を奪い去っていった。
 音の真空と化した空間に、音密度の高い外部から音が徐々に侵入してきた。廊下や隣の教室から漏れ聞こえるざわめきが、かえって室内の静寂を際立たせる。
 そして痛み。静寂が痛みを伴うものだと初めて知った。無音という音は肌に刺さるらしい。
 ちりちりとした痛みに耐えながら、音密度の薄さとは対照的にねっとりと重さを増した空気を掻き分けるようにして歩を進めた。
 生徒たちの緊張が、凍りつくような冷気となって足にまとわり付く。いや、実際に冷気を纏っているのだろうか、私が通り過ぎた後には氷柱と化した生徒たちが連なっていた。
 マントが重い。氷漬けになった生徒たちを引きずるかのような重さが肩にのしかかる。ほんの数メートルの距離がとてつもなく遠い。
 くじけて足を止めそうになった私に、たったひとり。空気の重さなどまるで感じさせない足取りで近づいてきた。私のいとしい人。私は、万感の想いを込め、言葉を搾り出す。
「わふー。リキ、おはようなのです」
 すると、戸惑ったような、しかし優しい笑顔で答えてくれるんだ。
「おはよう、唯湖さん。えっと……どうしたの、その格好?」



 …だって。



 …だって君が、最近



 小さい子ばかり見てるから。 


[No.819] 2008/12/28(Sun) 09:42:53
春眠暁を覚えず (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@3857 byte

 春の朝。



「んにゅぅ………」
 カーテンの隙間から光が漏れる。その光が鈴の目にかかり、むずがるように顔をしかめる。そんな事を繰り返した後に、鈴は軽く寝返りをうった。シンプルな、ともすれば子供っぽいとも言えるパジャマは少しはだけておへそがちらと見えてしまっている。
「――すぅ」
 そんな事は知らんと言わんばかりに、眩しさから解放されて鈴は眠りに戻る。コリコリと耳を掻いて、本当に気持ちよさそうに鈴は眠る。

「きょうすけぇ、今日は何して遊ぶぅ?」
 そんな寝言を口にするのは謙吾。彼も子供っぽいパジャマを身に付けてナイトキャップまでしているが、鈴と違って全く微笑ましくないのはなぜだろう? そしてそんな事とは無縁にいつもと同じく下らない事に心を煩わせない少年は、夢の中でも遊ぶ事に余念が無いらしい。
「なにぃ、罰ゲームが制服を着る事だとぅ………」
 夢の中でも変わらない平和な世界を堪能しながら、謙吾は夢でも遊び続ける。

「ぅ、ぅぅぅ」
 苦しそうな声をあげているのは、何でパジャマにそんなヒラヒラをつける必要があるのか分からない黒ゴスロリを着ている小毬。いつもの明るい表情はなりを潜め、うめき声が途切れない。
「もぅ、ぅぅぅ。お菓子、食べれないよぅ」
 ………幸せそうな夢ではあるようだが。
 そして彼女の隣のベッドでは、佐々美が穏やかな顔をしていた。彼女のパジャマも小毬と同じく黒色だが、佐々美のは寝やすいように設計された高級なパジャマである。
「クロー…、ママですよー」
 小さく、誰に聞かせるでもなく漏れ出た声が、聞く者が聞けばせつない意味を含んでいた。幸せな過去はもう過ぎ去ってしまっている為に。

「筋肉! 筋肉!!」
 夢の中まで気合いを入れて、腹の奥底から力を込めるように言うのは下着だけしか身に付けていない真人。フン! フン!! という息と体中にかいている汗。もしかしたら眠りながらでも体を動かして筋トレをしているのだろうか。器用ではあるのだろうが、限りなくバカくさい話である。
「う…ううぅ………」
 そして男の汗の臭いを強制的にかがされているのはごく普通で何の特徴も感じられないパジャマの理樹。なんというか、御愁傷様という他ない。苦しそうな声をあげる理樹だが、残念ながら現状は改善されない。
 理樹の寝苦しい日々は続く。

 寝息しかない静かな部屋で、少女は静かに眠っている。だがそれは彼女が夢を見ていないと、そういう訳ではない。時折表情がよく変わるのは、ただ眠るだけでは説明のつかない。
 ………まあ、悦に入ったような表情を見れば、来ヶ谷がどのような夢を見ているのかは理解出来ないはずもないのだが。後、この年頃の女の子の寝るときの姿が全裸なのは少しどうかと思う。

 本の匂いが充満する部屋で、ゆったりとした寝息が二つ響く。
 一人は小さな女の子。中華風のパジャマを着込んだその少女は、少しだけはだけた布団に包まれてすうすうと寝息をたてている。
 ぐっすりと寝込んでいるクドはきっと、辛い夢も悲しい夢も、楽しい夢も嬉しい夢も見ないままに眠っている。ただすうすうと、小さな寝息をたてて眠っている。
 そしてその部屋に眠るもう一人、美魚もゆったりとした寝息をたてて寝入っていた。言葉にならない程度に小さく口を動かしながら、それでも彼女は静かに眠る。
「…鳥、ずっと一緒………に」
 少しだけ口から声が漏れる。それ以上の言葉が漏れる事もなく、美魚は寝入る。空色のパジャマを着た少女は、ほとんどはだけずに服を身に纏いながら夢虚を漂い続ける。

「はるかぁー、服装はしっかりしなさいって言ってるでしょー」
「おねーちゃん、そりゃ無理てもんですよー」
「あなただって女の子なんですからねー、しっかりしないと直枝に嫌われるわよー」
「う〜。そんな御無体なぁ〜。でもおねーちゃんだってその辺りどーですかネ?」
 ちなみに二人とも熟睡している。更に、別に同じ夢を見ている訳でも多分ない。それなのに傍から聞くと会話が奇跡的に成立していたりする。
「べ、別に私は直枝の事なんか………」
「よっしゃ、おねーちゃんも缶蹴りして一緒に遊ぶのだー」
 佳奈多は淡いブルーの、少し薄めのパジャマの前を思いっきりはだけながら口をむにゃむにゃと動かしている。ちなみに、白いブラは丸見えだ。そして葉留佳も明るいオレンジ色の、彼女らしいパジャマの前を佳奈多そっくりに思いっきりはだけながら口をむにゃむにゃと動かしている。もちろん彼女も黄色いブラが丸見え。
 本当にこの二人、息が合っているのか合っていないのか。深い眠りにつきながらも不思議な会話は止まらない。



 始業式であるこの日、みんなは仲良く寝坊した。


[No.820] 2008/12/29(Mon) 17:13:27
人間万事塞翁が馬 (No.817への返信 / 1階層) - 秘密 8571byte

 屋上は言わば私のしーくれっとべーす。今日も今日とて私はお昼休みの時間に屋上へと向かう。ドライバーを使って侵入することにも慣れて、ちょっぴり感じる背徳感に思わず苦笑い。
 屋上に出て、空を見上げればお日さまがさんさんと輝いてぽかぽかした陽気を与えてくれている。このまま午睡と洒落込みたいところ。だけど午後からは授業がある。サボりは駄目なのですよ。私は自分にそう言い聞かせるも瞼はもう既に重たくて、体からは"眠らせて〜"とシグナルを発している。
 とりあえず私は給水タンクの段差に腰掛けて、まどろみながら持ってきた袋からお菓子を取り出す。今日のお菓子は一口サイズのあんドーナツ。普通のあんパンも美味しいけれど、砂糖をいっぱいまぶしたこのあんドーナツはとっても甘くて私の最近のお気に入り。取り出したあんドーナツを口に放り込む。始めに砂糖の甘さ、そして噛むたびにあんこの甘味も加わって私はとっても幸せな気持ちになって思わず顔を綻ばせてしまう。うん、やっぱり美味しい。誰も見ていないことをいいことに私はお行儀悪く手についた砂糖を舐め取る。
「小毬さん?」
「ほわぁ?!」
 いきなりの来訪者に私はびっくり。思わず背中から後ろに倒れてしまう。重力に従って私の頭は上の段のコンクリートとこっつんこ。
「うう…痛い……」
「だ、大丈夫?」
 見上げれば理樹くんが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。ちょっぴり顔が近いことに私はどきどき。
「うぅ…理樹くんにお行儀悪いところ見られちゃったぁ〜」
「え、えっと手についた砂糖はついつい舐めちゃう…よね?」
「何で疑問形なの〜」
 うう、恥ずかしい。よりによって理樹くんに見られるなんて思いもしなかった私は頭の痛さと相まって自分の情けなさに思わず涙が出る。今日はお客が来ないと踏んで油断していた私が甘かった。って、あれ?
「ほぇ? そう言えばなんで理樹くんがここにいるの?」
「今日は天気が良かったから久しぶりに屋上でお昼を食べようかと思ったんだ」
 理樹くんは笑いながらサンドイッチを取り出す。私は理樹くんの座るスペースを確保しようと体一つ分だけ横にずれる。それを見た理樹くんは先程まで私が座っていた場所に腰掛けた。
「小毬さんはいつもお昼になると屋上で食べちゃうし。だから一緒に食べようかなって」
「そっかー。そうだ、あんドーナツ食べますか?」
「うん、ありがとう」
「はい、どうぞー」
 ごそごそと袋の中に手を入れてあんドーナツを取り出す。今の私はとっても上機嫌。理樹君と一緒にいると不思議となんだかとってもハッピーな気持ちになってしまうのです。
 理樹くんがあんドーナツを手に取ろうとしたところで急に景色が暗くなる。そして、ぽつりと水滴が落ちた音を耳にする。さっきまでのぴーかん模様が嘘のよう。まさに青天の霹靂。どんよりした色の雲がいきなり空を覆ったと思いきや、お日さまを隠して雨を降らしてしまう。
「あわわっ!?」
「小毬さん、取り敢えず中に戻ろう!」
 私と理樹くんは急いで学校の中に戻る。幸いなことに紙袋の中のお菓子は無事だった。けれど、しとしと降り始めた雨はだんだんと雨足が強くなっていくだけ。
「…戻ろっか」
「あ、あはは。そうだね」
 あまりに急過ぎる出来事に理樹くんは力なく苦笑う。私も思わず空笑いを浮かべるしかなくて結局は教室で理樹くんと一緒にお喋りしながらお昼休みを過ごす他なかった。
 あれだけ晴れていたのに、と私は思わず心の中でお天道様に呪詛の言葉を投げつけてやった。





 午後の授業が始まってからというものの、雨の勢いは収まることは無くそれどころかさらに激しくなりつつあった。私は授業をそっちのけで窓ガラスの奥の景色とにらめっこ。折角の時間を無駄にしてくれたにっくき雨をただじぃっと睨めつけて過ごした。だから午後の授業をちゃんと受ける気にもなれなくて、私がやっとのことで窓の外から視線を外したのは放課後を告げる鐘が校内に鳴り響いた時だった。
 じめじめして鬱陶しい雨の中を帰るのは嫌だったけれど、今の雨足では当面止む気配もない。寮までの距離はさして距離があるというものではない。それに、カバンの中には折り畳み傘が入っている。多少濡れてしまうことを覚悟すればものの数分で自分の部屋に辿り着くことが出来る。あんまり気乗りしないけれども仕方なく私は重々しい足取りでげた箱のある昇降口へと向かった。

「…あれ?」
 げた箱から靴を取ろうと向かった先には理樹くんの姿。何かを思い出したようで頭に手を当てている様子が窺える。思わずいそいそとげた箱の中の靴を取り出して理樹くんのもとへと駆け寄る。
「理樹くんどうしたの?」
「あ、小毬さん」
 既に靴を履いてしまった理樹くんは困ったような表情を私に見せる。
「雨なんて降るわけないと思ってたからさ、傘の持ち合わせが無いことに気がついちゃって」
 理樹くんはそれから独り言をぶつぶつと呟いている。
「雨が止むまで待とうかな。いやいや、早く帰りたいから濡れるのを覚悟して走って帰ろうか。いっそのこと、この辺の傘を取っていって…いや、駄目だ」
 なにやら悩んだり迷ったりと表情をころころと変えていて不謹慎ながらちょっぴり可笑しくなる。って、いけないいけない。理樹くんは本気で困ってるから私も何か考えないと。二人して難しい顔で考え続ける。暫くして、ふとある考えが私の頭を過る。
「そうだ、それならいい案があるよ〜」
「え、どんな方法かな?」
「えっと、理樹くんが私の持ってる傘に一緒に入ればいいんだよー」
「なんだ。小毬さんが傘を持って……ってえええ!?」
 昇降口に理樹くんの驚いたような悲鳴が響き渡る。途端、その場にいた生徒は一斉に理樹くんと私に視線が集まって、今更ながら深く考えずに言った解決法が恥ずかしいものだと気付いた。
「えっと…ほら。私は気にしないよ?」
「僕が気にするよ!!」
「うう…それはそれでなんか嫌かも…」
「ご、ごめんっ! そういう意味じゃなくて…」
 よく見れば周りで何やらひそひそと話している生徒がちらほらと見える。話している内容は分からないけれど、心なしか理樹くんの方に視線を巡らしているのが見えた。何だか私も居た堪れない気分になってくる。
「えっと…それじゃあ折角だから、ご相伴に預かろうかな」
「うん、えへへ」
 どうやらこの場の雰囲気やら重圧やらに圧し負けた理樹くんは観念したのか、私と一緒に帰ることを承諾してくれた。理樹くんに対する返答に声が多少裏返る。それを聞いていた理樹くんと一緒に思わずはにかむ。だってしょうがないよ。私だって恥ずかしいんだから。
「うう、理樹君が笑った…」
「小毬さんこそ笑ってるよ」
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよー」
 カバンの中から傘を取り出して雨空の下に出る。理樹くんも私の後をゆっくりと着いてきて私の傘の中に入ってくる。一つの傘に二人の人影。これはいわゆる相合傘なんだろうなと、ぽけーっとした頭でそんなことを思う。
「小毬さん、濡れてるよ」
「ほわぁ!」
 ぼうっとしていたら理樹くんに私の右半身が少し湿ってしまったことを指摘される。理樹くんは傘の位置を少しずらすために私が持つ傘の持ち手に手を重ねて半ば無理矢理に位置を調節する。触れられた部分がぽわあっと温かく感じるのはきっと気のせいじゃないのだろう。
「うん、これで大丈夫」
 傘が覆う場所は私が濡れないようにしてくれた配置。だけどこれだと理樹くんの左半身がびしょ濡れになってしまう。折角の理樹くんの好意はありがたいけれど理樹くんが濡れることは何だか凄く悪い気がしてならなかった。だから私は理樹くんが濡れないように傘の位置を先程の位置に戻す。すると理樹くんはむぅ、と頬を膨らませる。
「僕は大丈夫。それより小毬さんが濡れちゃう方が僕は辛いよ」
「ううん。私はだいじょーぶなのですよ。このままじゃ理樹くんも風邪をひいちゃうよ」
「いやいやいや、小毬さんが…」
「ここは理樹くんが……」
 遠慮の押し付け合い。傘の譲り合いが次第にヒートアップしていく中、掴まれた手もだんだんと熱を帯びてくる。それだけで私の心臓はとくんと跳ねる。それからこの言い争いが不毛だってことに気が付いて、二人してさらに内側に寄り添うことが暗黙の了解になったのは少し後のことだった。
 無言の時間が続く。結局あれからあまり歩けていない。時折理樹くんとの視線が合うとお互いに気恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。でもこの距離感は恥ずかしいけど嫌じゃなくて、むしろ近すぎるくらいがとっても居心地がよくて。それがもっと続けばいいなと思うのは私の我儘なんだろうか。
でもそんな時間が長く続く筈もなくて、あっという間に女子寮の目の前まで辿り着いてしまう。話すこともなくただ歩いているだけならばやっぱり大した距離じゃないんだなあと改めて実感する。どうして長く続いて欲しいと願うと時間は残酷なまでに短いと感じてしまうんだろう。
「えっと、ここまでだね」
「うん、ありがとう。あとは自分で行けるよ」
 理樹くんが私の手を離そうとしたそんな時だった。
「あ―」
 どちらともなく漏れ出た言葉。空を仰げば先程までの雨がまるで無かったかのような快晴。そして何よりも、私達の眼前にはくっきりとした虹が見えていた。
「私、久しぶりに虹を見たよ」
「うん、僕も。でも、いつ見ても…」
「綺麗、だよね」
 きれい、と一言で済ませるには勿体無いほど美しい虹に思わず私と理樹くんは見とれてしまう。それから虹が消えるまで、私達は空に架かる橋を眺めていた。

「それじゃあ、僕は行くね」
「あ、うん…じゃあ、また後でね」
「うん、また後で」
 私は理樹くんに手を振ると理樹くんもそれに返してくれた。虹が消えたと同時に離される手に物寂しさと名残惜しさを感じずにはいられなかったけれど、ちょっと前の出来事を回想するだけで今日がしあわせだったってことを再確認。そして前言撤回。あんなにも濃密な時間とこんなにも綺麗な景色を見せてくれたお天道様に感謝の言葉をそっと口にして呟いた。
 さてと。それじゃあ、風邪をこじらせちゃったりんちゃんの所へお見舞いに行く準備をしようかな。

































「鈴、風邪の具合は大丈夫?」
「だいじょうぶって朝にも言ったぞ。なんで来たんだ」
「だって僕は…鈴の彼氏だからね」
「だからそんなはずい言葉を使うな!」
「だって実際にそうでしょ?」
「うう……理樹のぼけー」


[No.821] 2008/12/30(Tue) 08:58:27
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[No.822] 2008/12/30(Tue) 15:26:49
棚から牡丹餅 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ 1954 byte

 ありのままに当時の状況を説明するなら、僕は食器棚の上から二番目の段から落ちてきた二木さんの下敷きになっていた。僕の上で、僕を押し倒すかのようにびろーんと伸びていた二木さんは、頭でも打ったのか気絶している様子だった。ちょうど耳元に彼女の口があって、耳たぶに感じる息遣いに興奮しまくった。
 僕としてはわりとどうでもいいんだけど、どうして食器棚の上から二番目だなんて窮屈なところから二木さんが落ちてきたのか、説明が必要だろうか。あ、欲しいの。ふーん。要するに犯人は僕です。ごめんなさい。
 棚から牡丹餅、ってことわざがあるじゃない? いや、ことわざなのかは知らないけど。思うに、この「棚」というのは食器棚のことだと思うんだ。だって例えば、本棚から牡丹餅が見つかるなんて、どう考えたって不自然じゃない。でもよく考えてみたら、本棚から牡丹餅が出てきたらまさに「思いがけない幸運」だよね。うーん、食器棚に拘る必要はなかったかなぁ。
 いや待ってくれ。そもそも「棚から牡丹餅」って喩えなんだから、棚そのものに拘る必要がなかったんじゃ……? ガッデム、なんてことだッ! 僕としたことがっ! ちくしょう、ちくしょう! 例えば、例えばほら、「女湯に僕」とか! そういうのでもよかったじゃない! ちっくしょーう!
 しかしあれだね。女湯か。この前小毬さんとクドに「直枝です、女になりました。たまに取れるんです」って言ってみたら信じ込まれちゃったことだし、今度頼んでみようかな。きっと快諾してくれる。やったね!
 話が逸れてきたので強引に戻すと、棚から二木さんが落ちてきたら「たなからかなた」だよね。なんてことだろう、上から読んでも「たなからかなた」、下から読んでも「たなからかなた」!



「で?」
「思いついたらやらずにはいられなかったんです。正直今は反省している。でも後悔はしてないよ!」
「ふーん。それで、なんで私裸なの?」
「さすがにシャツはそのままだから、半裸って言ってほしいなぁ」
「うっさい。さっさと言いなさいよ」
「それはほら、『たなからかなた』の真ん中を変換すると……不思議なことに、『たなか裸かなた』になるんだ!」
「へーぇ。で、その手は?」
「今はたまに取れて女になってるから問題ないよね? ね?」
「……なるほど。私が見つけた牡丹餅にはカビが生えてたってわけね」


[No.823] 2008/12/30(Tue) 17:58:12
蓼食う虫も好き好き (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@10,239 せふせふっ

 蹴り殺したい奴がいる。
 電車賃全部使って帰ってこれない馬鹿兄貴。あたしに荷物いっぱい送ってきた。誰が得すんだ、あれ。中身みおに見られた。怖いこと言われた。クドが部屋来たがるようになった。焼いてるとこはるかに見られた。くるがやに心配された。もう帰ってこないで欲しい。
 問題なのはもう一人。
「え〜っと、キップ買わなきゃだねぇ」
 キーホルダーがいっぱいぶら下がったピンクの携帯。きっぷ売り場のまんまえで、うんうん唸ってがちゃがちゃさせる。
「あれ? うーん? どれだろ?」
 通り過ぎる人たちがみんなジロジロ見ながら歩いてく。
「……むむむ、ちょっと待ってくださいね? って、ほわぁ!」
 画面を見ながら歩いていって、おじさんにぶつかった。
 転びそうになったのを理樹が支える。
「ごごご、ごめんなさい〜」
 二人がばたばたしてるところで、人の流れが詰まった。
「り、理樹くん、ありがと〜」
 理樹がこまりちゃんの手を握って、ケータイも取った。簡単そうに弄くって、画面を指してこまりちゃんに見せた。こまりちゃんは笑った。いっしょに理樹もすごい楽しそうに笑った。
 少しして理樹がきっぷ売り機に歩いてく。
「あっ! 理樹くん、お金お金!」
 こまりちゃんはポケットからピンクのクマさんの財布を出したけれど、理樹はニコニコ笑って、
「いいよいいよ。きっぷ二枚分くらい僕が出すからさ」
 そう言ってウィンクした。
「待っててね、こまりん♪」
「うにゃあああああああああ!!!」



蓼食う虫も好き好き



 蹴り殺されたいのかおまえ!
 怒鳴りそうになったけど、こまりちゃんがキョロキョロしだしたから慌てて柱の影に隠れた。
「どうしたの、こまりん?」
「うんとね、いま、すっごい元気な猫さんの声がしたの〜。あれはアメリカンショートヘアーだよ」
 なんでそんな限定するんだ!
 声には出さず、右手だけでエアーツッコミ。
「ははは、ノラネコは今発情期だからね」
 大嘘ぶっこくな! もう10月だろ!
「わ〜理樹くん物知り〜」
 ダメだこまりちゃん、そいつの言うこと信じちゃダメだ!
「伊達に十何年もネコの面倒みちゃいないさ」
 それはあたしのことか!? あたしのことなのかっ!? いいからはよ行け!
 はははははー、と二人で笑い合って、ようやく理樹はきっぷを買ってきた。あたしはよくわからんから一番高いのを買った。
「ツッコミは疲れるな……」
 凝ってきた肩をぐるぐる回して疲れを癒す。長く険しい戦いの予感に武者震いがした。




 二人を追うから手を貸せ、と言ったら馬鹿と馬鹿はびっくりしていた。もにょもにょなにか言ってから、
「よし、鈴! 今日は飲もう!」
 と、可哀想な子にするようにあたしの肩を掴んだ。
「なぁに、男なんて筋肉の数ほどいるってことよ。だから今日は騒ごうぜ!」
 反対の肩を掴まれる。
 振りほどこうとしても、馬鹿ぢからで押さえ込まれて、そのまま担がれた。
「真人! 魂の絆スキップだ!」
「待ってました! わっせろい! わっせろい! 筋肉! 筋肉!」
「よっしゃあ! ほら、鈴もご一緒に! わっせろい! わっせろい!」
「やめんかああああああああああああ!!!!!」
 廊下でサッサクレンザーとかなたに見られた。


 電車で居眠りしてたら夢に見て気持ち悪くなった。まったく使い物にならん馬鹿どもだ。はさみに相談した方がまだましだった。
 電車を降りて、気持ち悪いのを我慢しながら頑張って歩いた。前の方で、こまりちゃんと理樹は肩をくっつけておしゃべりしていた。
「楽しみだなあ、こまりんのモンブラン」
「えへへへ、がんばるよ〜!」
「じゃあ僕も頑張って拾おうかな」
「うん! お願いしまーす! いっぱい作るからいっぱい拾ってね!」
 二人は掘っ立て小屋みたいなとこに入っていった。栗狩りなんとか、というらしい。きゃぴきゃぴしながら受付をして、きゃぴきゃぴしながら帽子を被ったりしていた。見つからないようおじさんを盾にしながら色々書いた。二人は反対のドアから出て行ったから、あたしも追った。
 空は青くてほんのり寒くて、昔遊んだ裏山っぽかった。他に誰もいなかった。
「なんだかいー匂いがするね〜」
 こまりちゃんはそう言って深呼吸した。
「栗の匂いかなあ?」
「分かるの? こまりん」
 理樹の奴、図に乗ってる。こまりちゃんの優しさにつけこんで、きのあるそぶりでたぶらかそうとしてる。だが、あたしの目が黒いうちはそうはいかない。不埒なことに及ぼうとする前にとっちめてやる。
「ううん。こういうとこ来るの初めてだよ〜。理樹くんは?」
「うーん、栗の花の匂いなら知ってるけどね。今度好きなだけ嗅がせてあげるよ」
「やだー理樹くんったら〜!」
 バンバン、とこまりちゃんが理樹の背中を叩いた。
 ふみゅ。栗の花?
 理樹め、あたしの知らない特技を隠し持ってたのか。だがどうするんだ? 手のひら擦ると出てくるのか? ロマンスなのか?
 いくら考えても謎だった。謎だがともかくすごいきしょい気がした。結論を出したら二人がいなくなっていた。あちこち見回してみてもやっぱり誰もいない。
 うみゅう。
「こまりちゃんも、理樹のどこがいいんだ」
 二人を探しながら呟いてみた。
 親友として心配になってくる。
 こまりちゃんなら理樹を預けられると思ったけれど、理樹はこまりちゃんと付き合う器じゃない。最近やっと分かった。
 思えば女の子を見つけたらすぐ飛んでいってた。軽薄なやつだ。ムカついてきたからエアーハイキックする。びゅんびゅん。
 でも、と素振りしながら歴史的思い付きがひらめいた。
 優しいこまりちゃんのことだから、理樹の馬鹿に乗ってあげてるだけかもしれない。
 そう考えたらなんかスッとした。そういえば誰にでもあんな感じだ。いっつもニコニコしてる。いやもう、きっとそーに違いない。うん、さすがこまりちゃんだ!
 でも理樹は馬鹿だからそれに気づいてないで、不埒なことに及ぼうとするかもしれない。あたしは二人の捜索を続けた。理樹の服は地味地味だからこまりちゃんの行方を捜した。
 やっと、木の向こうに、小毬ちゃんのリボンがひらひらしてるのが見えた。最後の最後に助けてくれるのはやっぱりこまりちゃんだった。
 木の陰に隠れながら、そっと覗く。
 理樹は木に身体を預けていた。その肩をこまりちゃんが押さえつけていた。二人は身動きもしないで目と目を合わせていた。
 それから、大きな栗の木の下で、こまりちゃんは理樹にキスした。口と口だった。
「えへへ……」
 こまりちゃんは顔を真っ赤にして理樹から離れた。
 その肩を理樹が抱き寄せた。ほっぺたに手を添えて、もう一回自分からキスした。長くて、長いキスだった。
 何が起こったのか分からなかった。
 けどなんだか武者震いがした。身体中に力が漲ってきた。握った手のひらに伸ばした爪が刺さった。ぷるぷる手が震えるのが自分でも止められなかった。
 こまりちゃんになんてことするんだ!
 叫ぼうとしたら、急におなかから力が抜けた。
 でも、漲ったパワーはどこにもやり場がなかったから――

「ちぇすとぉぉぉお!!!!!」

 思いっきり、隠れていた木を蹴った。ばしぃん! といい音がした。反射神経で降ってきたイガグリをかわしながら、逃げ切らなかったパワーを脚にこめて全力で山を登った。
「ほわああああああ!?」
 後ろからこまりちゃんの悲鳴が聞こえたけれど、今はパワーを逃がすのが先決だった。



 気がついたら遭難していた。
 明らかに道がない。岩とか腐った木とかいっぱい転がってる。
「ふみゅう……」
 腕組みして考えてみるが、やっぱり道はなかった。右にも左にも上にも下にも道がない。したーの方に車が見えたけど、シロアリが走ってただけかもしれない。すぐ木に隠れて見えなくなった。
「これは困ったぞ」
 そう言ったらこまりちゃんの困りまくりの顔が浮かんで、パワーが沸いてきたからまた山を登った。
 気がついたら頂上を制覇していた。
 頂上には打ち捨てられたほこらがあった。茶色くて汚い。みるからに浮浪者の住処だった。賽銭箱も置いてあって、中につばでも溜まってそうな感じだった。
 でも、今あたしにできることは一つしかない。
「人里に返してください」
 五円玉を投げ入れて、がらがら紐を引っ張って、おじぎした。
 返事はなかった。
「うーみゅ」
 腕組みしてみる。
 お金が足りなかったか、さもなくば身体の調子が悪いんだろうか。
「前者だとしたらこま……つ救難隊」
「ふう、危なかった」
 前者だとしたら困惑する。きっぷでお金もない。後者ならやりようはあるんだが。
 ふうみゅーぅ。
 なんだか日が暮れてきて寒かった。ケータイを弄って、最近覚えたテトリスを始めたら、電池が切れそうになった。
 そうだ、ケータイで助けを呼ぼう。
 馬鹿と馬鹿と、馬鹿とこまりちゃんは、ダメだ。ほかのリトルバスターズのやつらも、なんかダメだ。そしたらもう友達がいなかった。
 高山病にかかったのか、目が痛くなってきた。涙も出てきた。鼻も垂れた。ティッシュは無かった。
 最後に、憎たらしい馬鹿兄貴の顔が浮かんできた。
 この際仕方ない。そう思ったけどケータイのメモリーに入ってなかった。本当に使えない馬鹿だった。
 受信BOXにあったと思うから、返信で頑張ろうと思ってケータイを弄くり回した。そしたら受信メールが全部消えた。あれだ。理樹があたしにケータイの使い方を教えてくれなかったのが悪い。
 賽銭箱の後ろの階段に座っていたら、ぐぅ〜、とおなかが鳴った。
「何奴だ!」
 バァァァンッ! といきなりほこらが開いて声がした。ちょっとちびりそうになった。
 おっかなびっくり振り向くと、毛むくじゃらの浮浪者が立っていた。変な絵がプリントしてあるシャツを着ていた。こわっ!
「なんだ、年端も行かぬおなごではないか。……名はなんと申す?」
 でもあたしは慌てず騒がず、
「こんにちは。二年Eぐみゅの棗鈴です」
 ちょっと噛んだ。
「鈴?」
 浮浪者は少し考え込んで、
「聞いた名だ。しかし、そんなわけが……」
 ぶつくさ言い始めた。なんか本気で怖くなってきた。
「どこから来た」
「下から来ました」
「なにをしている?」
「遭難しました」
「遭難か」
「そうなんです」
「不躾なことを尋ねるが、カッコイイお兄ちゃんがいたりしないか?」
「あたしに兄はいません」
「そうか……人違いであったか。もうゆけ。ここはおぬしのようなものが来る場ではない。選ばれし者が賢者を目指す神聖な場所なのだ」
 浮浪者はほこらの中に消えた。
「もし妹に会ったら、今も愛していると伝えてくれ」
 そう言い残して。

 あたしはまた独りぼっちになった。林の向こうに綺麗な街灯りが見えた。キラキラしてた。あたしの足元は真っ暗だった。風が冷たくて、ガサガサ音を立てた。またおっかなくなってきた。動いたら賽銭箱に脛をぶつけて死ぬかと思った。涙が出てきた。
 こんなとき、あたしに声をかけてくれた奴がいたはずなのに。
 変なこと思い出した。
 独りぼっちで辛いとき。そいつは、間抜けなりに手を引っぱってくれたんだ。困ったように笑って。
 泣きそうになった。
 そのとき、ポケットの携帯が震えた。
 取り出すと、ほんのりと周りが明るく照らされた。風がなくなった。
 理樹からだった。
「……遅いわ! ばかっ!!」
 あたしは涙声になっていた。構わず怒鳴って、携帯を開いた。










19:57 りき
やっほ〜元気? モンブランあるよ^^








「うにゃあああああ!!!!」



 あたしの叫びが森に響いた。
 漲るパワーに任せて携帯をへし折った。四つ折りにして石の地面に叩きつけた。
 余ったパワーでまた駆け出した。ふもとへ向けて。
 レノンたちはこんな状況から生き延びてきたのか。あいつらのことをちょっと見直した。浮浪者も、よくわからんが頑張ってるらしい。偉い奴っているもんだ。
 あいつらみたいに強く生きよう。
 同情ついで施しなんてあたしはいらん! 自力で何とかしてみせる!
 念じながら、走って走って走り抜いた。理樹を蹴り殺すことを考えた。どこまでも走ってゆける気がした。
 夜の野山を駆けるあたしは、どこまでも気高い野生の猫だった。


[No.824] 2008/12/30(Tue) 19:42:27
猫に小判 (No.817への返信 / 1階層) - ひ・み・つ。6,915byte

―バトルランキング―
RANK1:バトルランキング暫定王者 ― 直枝理樹
RANK2:胸にはコーラが詰まってる ― 来ヶ谷唯湖
RANK3:リトルバスターズジャンパーと結婚した ― 宮沢謙吾
RANK4:科学部部隊は全員弟 ― 西園美魚
RANK5:キリンさんが好きだけど実は象さんが好き ― 棗鈴
RANK6:「ここだけの秘密……」と言う役 ― 三枝葉留佳
RANK7:本体はストレルカ ― 能美クドリャフカ
RANK8:クド公を狙っている謎の組織幹部 ― 棗恭介
RANK9:私のお菓子は全部みんなにあげる ― 神北小毬
RANK10:もう筋トレはしません ― 井ノ原真人

「おや、鈴君ではないか」
 教室の廊下をさすらっているときに、後ろから声をかけられた。もう既に振り向かなくても誰だかはわかる。くるがやだ。
 でも、くるがやの今のランクはあたしの三つも上にいるからバトルは出来ない。
「くるがやか、どーした」
 あたしは振り向いて、くるがやに返事をする。
「鈴君とアイテムの交換をしたいと思って声をかけた」
「そういうことなら話がはやいな」
 あたしとくるがやは早速持ってる物の交換をする。

―鈴は「芸術に達した変な絵」を手に入れた!

―来ヶ谷は「カップゼリー」を手に入れた!

「こわっ!なんだこれっ、こわっ!こいつは変なやつだ!」
 貰ったものを確認してみてあたしはびっくりした。同時に、変だと思ったし、怖いとも思ったし、不思議だと思った。そして、馬鹿だとも思った。
「はっはっはっ、鈴君のお気に入りになったようでおねーさん嬉しいぞ。いいものだろう?ちなみにそれは裏ルートから入手したもので、ものすごく値が張ったものだったな」
 こんな絵がくるがやの言ってる通りの価値があるなんて言われても、あたしには信じられない。
「鈴君にもいつか価値が分かる日がくるさ」
「うわっ、なんだこいつ!」
 でも、なんだかじっくり見ているとなんだか自然の風を感じる………。
 ふと辺りを見渡すとくるがやは既に姿を消していた。さっきまでくるがやが居たところにはカップゼリーのカップだけが残っていた。
 いつもとなんの変化も見せないくるがやだった。

「鈴さんなのですっ」
 前からとてとてっ、とクドがやってきた。クドのランクは確かあたしの二つ下だったはず。けどバトルを申し込まれるかと思ったがそんなことはなかった。
「うーん…」
「わふ?鈴さん、どうかされましたか?」
「いや、これとにらめっこしてただけだ」
 クドはあたしが持ってた絵を覗く。
「わふっ!?すごいの見てしまったのです……」
 クドは絵を見て驚いていた。こんなの見たら誰だって驚く。あたしも驚いたから。
「それで、クドはアイテム交換をしたいのか?」
「はいっ」

―鈴は「古銭」を手に入れた!

―クドリャフカは「カップゼリー」を手に入れた!」

 あたしはクドから貰ったお金のようなものを眺める。
「クド、これはなんだ?」
「それはですね、日本のとても古いまねーだとおじいさまがおっしゃってました」
「これの価値ってどのくらいなんだ?」
「そうですねぇ…私にもよくは分かりませんがきっとぐれーとなぷらいすだと思うのです」
 クドは両手を大きく、高く挙げてこれの価値を示している。うーみゅ…、こんな古ぼけてぼろぼろな物がそんなにするのか………物の価値はよくわからん。
「なるほど……クド、ありがと」
「はい、よかったです。では、また後ほどです。鈴さん」
 クドはそう言うとぱたぱたと走り去って行った。

ブルルルル…、ブルルルル…
 気を取り直して次はどこでさすらおうかと迷っていたら、携帯に連絡が入った。
『廊下で恭介《8位》とクド《7位》のバトルが勃発』
 観戦しにいこう。

―野次馬たちから次々と武器が投げ込まれる!

―クドはボディーシャンプーとを選び取った!
―恭介はデジタルカメラとガムテープを選び取った!

 …?なんでふたりとも武器を二つも取ってるんだ……?
「おいきょーすけ、武器二つ選びとってもいいのか?」
「鈴、携帯を見ろ」
『今日から武器を二つまで取ってもいいことにする。一つで十分な奴は別に二つも取らなくていい』
 朝、というか今日確認したときにはこんな連絡はなかったはずだ。きょーすけの様子を見てみるとなぜか息遣いが荒い。
 バトルスタートの合図がこの空間を包んだ。

 ◆

―クドの攻撃!
 クドはボディーシャンプーで泡立たせている!
―恭介の攻撃!
 デジタルカメラでクドの写真を撮っている!
 野次馬達も携帯でクドの写真を撮っている!
―クドの攻撃!
 クドは泡で足が滑った!
―恭介の攻撃!
 恭介はガムテープでクドを勢い良く貼り付けた!
 野次馬達はクドの写真を撮っている!
―クドの攻撃!
 クドはガムテープで貼り付けられていて身動きが取れない!
―恭介の攻撃!
 恭介はデジタルカメラでクドの写真を撮っている!
 野次馬達もクドの写真を撮っている!
―クドの攻撃!
 クドは必死にもがいてる!
―恭介の……

 ◆

 これはひどい。なんであの馬鹿兄貴はずっと床に転んだ状態の、全身白い泡に包まれ貼り付けられているクドの写真ばっか撮っているんだ。戦ってないじゃないか。しかも野次馬達も馬鹿兄貴と一緒になってクドの写真を撮っているんだ。
「わっ、わふーーー!もうやめてくださいー!ぎぶ、ぎぶですーーっ!」
 泡だらけになってしまって貼り付けられてるクドは、目に涙を浮かべている。マントも制服も髪も脚も、泡のせいで濡れてしまってる。
「まだ始まったばかりだ、クド」

 ◆

―恭介の攻撃!
 恭介はガムテープでクドをさらに縛った!
 野次馬達はクドの写真を撮っている!

 ◆

「これは…エロいな……」
 くるがやの様子を見ると、くるがやも一緒になって写真を撮っていた。あたしには理解が出来なかった。
「クドが可愛そうなだけじゃないか!身動きがひとつも取れない状態で、なんでこんな……!」
「恭介さんも中々の鬼畜ですね……」
「ク、クーちゃん………」
「やーっぱクド公ってばエロエロなんだネ」
「フッ、フッ!」
「ハッ、ハッ!」
 みおは無表情だし、こまりちゃんはどうすればいいか困ってるし、はるかはなぜか納得している。そして馬鹿ふたりは筋トレしている。理樹はいなかった。

 あたしはもう意を決した。
「もうやめろ馬鹿兄貴っ!勝負はついてる!」
 きょーすけの後頭部にハイキックをおみまいしてやった。
「いてっ!なんだよ、鈴。おまえもこれが欲しいのか?」
 この馬鹿兄貴は振り向きながらカメラをあたしに向けて差し出した。あたしの意図を読んではくれなかった。
「ちがうっ!」
「分かった分かった」
 これで一安心だ。

「恭介氏、ちょっといいか」
 しばらくして、くるがやがきょーすけに話かけていた。クドはこまりちゃんたちに連れていかれてた。馬鹿ふたりは筋トレしてた。
「ん、なんだ?」
 その時。くるがやの目が光ったのをあたしは見逃さなかった。
「断罪してやろう」
「は、ちょ、まっ……」
 くるがやが脚を振り上げた時には、きょーすけはカメラだけを律儀に残して既にいなくなっていた。
 残ったカメラはくるがやが懐にしまいこんでいた。クドの全身が泡まみれのびしょ濡れで、涙が目にたまって縛り付けられて、必死にもがいている写真にどんな価値があるんだ。くるがやはそれをどうするつもりなんだ。
「おい」
 くるがやが野次馬達に向けたとても低い声だ。野次馬達はくるがやの方に視線を向けた。これだけで怯えてる奴もいれば平然としてる奴もいた。
「おまえらの愚行は万死に値する」
 野次馬達に向かって、くるがやが走り抜けたと思ったら数多くの携帯がその場に残った。野次馬達の姿は既に消えていた。
 残った携帯はくるがやが回収していた。なにをするつもりなのか理解が出来ない。
 そして、写真の価値も理解出来なかった。














 ◇◇◇

 ……あら、これは…携帯?誰の落し物かしら?携帯を拾い、開いてみると写真のフォルダの画面になっている。
 ファイルをひとつ、開いて見るとガムテープで縛られて全身泡に包まれて濡れているクドリャフカの姿が表示された。

 だっ、だれよっ!こんなことしてるのは!私にも生で見せなさい!うらや……いえ、酷いっ!
 つい声に出てしまってはいないか少し心配。他にもこんな写真がたくさんあるみたいだった。

「こ、この携帯は没収ね、…没収」


[No.825] 2008/12/30(Tue) 22:12:05
一期一会 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@3412byte

 雪が降ってもおかしくないくらい寒い日が続いている。寒いのは苦手だから正直まいっている
 私は今、寮長室で直枝くん、佳奈ちゃんと黙々と作業を続けていてるんだけど、二人とも真面目なんだか分からないけど、一言もしゃべらないで作業を続けている。私には真似が出来ないから無理していないか心配になるくらい。

「あーちゃん先輩?手が止まってますよ?」

「あ…ゴメンね?」

 佳奈ちゃんと直枝くんを観察してたら佳奈ちゃんに怒られちゃった。え?怒られた理由が違う?そんなの気にしたら負けよ?まぁ…ボーっとしていたのは事実なんだけど…

「直枝?終わった?終わったならこの中に入ってる資料を整理して欲しいんだけど」

「分かったよ」


 直枝くんは佳奈ちゃんの指示をうけてダンボールの中の資料を整理をし始めた。大変そうだけど、自分の作業も終わってないから手伝うことも出来ないわね。


「ねぇ?二木さん?この資料ってこのままでいいの?」

「それは二つ目のダンボールの中に入れてくれたらいいわ。それと…はい。このプリントにクラス別で書いてあるからこれを見てお願い」

「うん。」

「でも、なんでこのようになるまでほって置いたのかしら?大変じゃない…」


 佳奈ちゃん…愚痴らずに頑張って…
 それにしても直枝くんがきてから佳奈ちゃん変わったわね
前より明るくなったような感じがするわ
 これも直枝くんのおかげなのかしらね

「直枝くんってさ〜?」

「はい?」

「佳奈ちゃんと付き合ってるの?」

「へ?まぁ…つ、付き合ってますよ?」

「な、何を言い出すんですか!?あーちゃん先輩!?」

 二人とも顔を赤くしちゃって〜
 見てるだけでからかいがいがあるわね

「もういいわね〜私も彼氏欲しいわ〜作っちゃおうかしら?でも佳奈ちゃんと直枝くん、お似合いだわ。良かったわね?佳奈ちゃん?」

「突然、どうしちゃったんですか?」


「人生に出会えた人って何かの運命なのよ?これって一期一会って言うものなんだから。直枝くんに会えたのも何かの運命、だから大切にしなさい?」


「は、はい…」

 私に似合わない台詞が出ちゃった
 私は人をからかうのが趣味なのに…なんでって?それは、からかった後の佳奈ちゃんはかわい過ぎるし病みつきになるからに決まっているじゃない

「もう…なに顔をニヤニヤさせているんですか?ニヤける前に手を動かしてください。先輩が一番遅いんですから…」

 佳奈ちゃん…まだ顔が赤くなってるのにそんな事言っても説得力ないわよ…

「私も口だけじゃなくて手も動かしているわよ?ほらっ作業が終わったなら直枝くんの手伝ってあげたら?一人でするのは大変そうよ?」

「そうですね…あーちゃん先輩は続けてくださいよ?…直枝、手伝うから半分くれない?」

 佳奈ちゃんと直枝くんか…お似合いの二人ね…
 佳奈ちゃん…本当に良い人と出会えたわね…

「直枝、委員会の資料はまとめたわよ?次はどれかしら?」

「うん、ありがとう。次は寮生の名簿の整理をしてくれないかな?僕は生徒会の資料を整理するから」


 ふと時計を見てみたら作業を始めてから随分と時間が経っていた

「二人ともありがとう。もう時間だから、今日はこれで終わって良いわよ?お疲れ様〜」


「「お疲れ様でした」」

 二人はそう言って寮長室を出て行った
 一人になった部屋でお茶をいれ、一息ついた
 白い湯気が上る

「二人とも楽しそうだったわね…前まではあんなに無愛想だった佳奈ちゃんが変わるほどだから直枝くんには感謝しないといけないわね」

 なんか今日は二人のことばかりのことを考えているわね
 しかも今日佳奈ちゃんに一期一会なんだから…って言っちゃったし…
 でも、こうして直枝くんと佳奈ちゃんが出会えたことも何かの運命だと思っちゃうし…
 一期一会だからこそ、この出会いを大切にしないと…私、まだ十八歳なのに、オバサン臭くなったわね…
 少し、自重した方が良いかもね…

「それにしても、温かい…」

 入れたばかりのお茶は外の寒さを忘れさせてくれるくらい温かかった
 ふと頭の中に出てきた言葉を口に出してみた




「二人に幸あれ」


[No.826] 2008/12/30(Tue) 22:54:09
Лучше горькая правда, чем сладкая ложь. (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@4414 byte

『2週間に及ぶ宇宙での実験を終え、今乗組員全員が地上へ降り立ちました。今回の実験は今後この地域での水面上昇の問題解決に……』
「……」
「お母さんやっぱり行きたかったかですか」
「いいわよ、クーニャ。私が行かなくても私の願いはちゃんとかなったわ。大事な誰が成功させたかではなく成功したかどうかなのだから」
「でも」
「……そうね、やっぱり行きたかったかもね。だからクーニャお勉強頑張りなさい。真に私の願いをかなえられるのはあなたなのだから」
「はい」

 ……少し寝てたみたいね。今は何時ぐらいだろうか。捕らえられてからのわずかの間に時間の感覚がいい加減になってしまった。時間に対する正しい感覚は宇宙飛行士にとって必要最低限な要素の一つなのに。あと何日で処刑されるのだろうか。水も食料も与えられず暴行を受けながら処刑を待つというのはひどくむなしい。こんなことだったら脱出してから捕らえられるまでに自殺しておけばよかった。
 それにしても人はどんな時でも夢を見ることができるなんて知らなかったな。それともこれは知らない方が良かったことなのだろうか。それにしてもなんて都合のいい夢なのだろうか。実験は成功しクーニャが私の夢を引き継ごうとする。完全に現実とは正反対ね。夢ってどこまでも自分に甘くできるのね……それともああいう世界があったのかしら。私がどこか重要な分岐点で別の選択肢を選んだ場合の世界。SFの世界でもないか。平行世界論、ああ、懐かしい人たちを思い出したわ。残念ね。飛行機事故に巻き込まれたあの人たちと違って私は事故を起こした側の人間。私が行くべきところは地獄だから天国にいるかつての友人や尊敬する人たちに会えないのか。
 ……この期に及んでなお自分自身に嘘をつこうとするなんてどこまで私は卑怯なのだろう。事故を防げず墜落する船から逃げ出し一体どれだけの人が亡くなったのかわからない。でもそれよりも大きな罪が私にはある。あのような事故を起こした者の娘となればクーニャはどれだけ非難されるかはわからない。それでもあの子は必ず宇宙を目指す。私が自分の願いをかなえるためにそうなるよう育てたのだから。事故は他の人が乗ってたとしても起きていたかもしれない。でもあの子を自分に都合のいいように育てたのは否定しようがない私だけの罪。さっきの夢ですらクーニャを自分の願いのための道具として扱っていた。ああいう傲慢さが私の本質なのだろう。
 子どもは親を選べないということはこの世で最も不幸なことの一つなのだろう。ただの夢なのかそれとも平行世界の姿なのかはわからないが、さっきのは私が宇宙へ行くことをあきらめていた場合の今なのかもしれない。大きな夢を持ちながら家族のためにそれを捨てる人はいくらでもいる。いや、家族と幸せな未来を送るそれもまた大きな夢なのだろう。でも私はそれをしなかった。そのうえ母親らしいことは何一つしないのに子供はほしかったからクーニャを産んだ。私とクーニャの間に一体どれだけの思い出があるのだろうか。手料理すら数えるほどしか食べさせたことがないわね。ああ、そう言えば母さんから料理を教わった時いつか女の子ができたら料理を教えたいなって願ったわね。そんな簡単なこともできなかったのだから宇宙で実験成功させて帰ってくるなんてことができないのも当然ね。私があきらめてさえいれば料理を教えるという願いはかなっていた。選択肢はいつだって自分にあった。そして犠牲は常にクーニャ。もし子供が親を選べるのなら私は決して自分を親に選ばない。
 でもクーニャは何があっても私を親として選ぶ。親子として過ごすわずかな時間に私を理想に思うよう少しずつあの子に刷り込んでいったのだから。私は娘が憧れを抱くような立派な母親であり、そしてそのことからクーニャは宇宙飛行士を目指す。リンゴはリンゴの木の下に落ちる。他の動物や植物なら自然にそうなる。だけど人間は違う。ブドウになることを選ぶことだってことできる。けど約束などで緩やかにけど確実に縛りつけられたあの子はそれを選ばない。なんて残酷なことをしたのだろう。
 少し前まで実験のことなどあれだけいろいろ考えることがあったのに、もう今の私にはクーニャのことしか考えることがないのね。いつ死ぬのかわからないけどそれまで放っておいた娘のことで後悔するしかないなんてつらいな。いっそ狂ってしまえばこういうことを考えないですむのに……無理か。親らしいことをしないことで鍛え上げた肉体と精神だ。ちょっと暴行を受けたぐらいでは死なないし、こんな異常な状況でも狂ったりはしない。でもこれは幸福なのかもしれない。あまりにも真実とかけ離れたさっきの甘い夢。あんな自分だけに都合のよい偽りの世界に浸ることができるとしたら人は必ず堕落する。たとえ今のこの状況が私が最悪の結果を招くための選択肢をした結果だとしても仕方ない。これは私が選んだ結果。自分の運命を神に委ねずにした結果ならばこれ以上に良いものはない。
 クーニャ、今のあなたは私が選んだ結果に巻き込まれただけなのかもしれない。でもそれでも現実はこれ一つしかない。だからこの世界でちゃんと生きて。決して甘い偽りの世界になんて逃げ込まないで。そしていつか私の呪縛を断ち切って。あなたは何にだってなることができる。あなたがリンゴにならないことを心から祈っているわ……


[No.827] 2008/12/30(Tue) 23:45:57
身の毛がよだつ (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ7403 byte

「まったく、あの子は何してるのかしら? 約束の時間を1時間以上も過ぎてるじゃない! クドリャフカまで来てくれないし……このままじゃ年を越してしまうわ。もう! あの子ったら適当なんだから! クドリャフカも何してるのかしら……あの子の適当癖がうつったのかしら?」

 私の視線の先で、お姉ちゃんが部屋を歩き回る。綺麗に片づけられた部屋の中を、ぶつぶつ言いながらぐるぐるぐるぐる。
 うーん、無意識で動き回ってるのに、正確な円形を描いているのは実にお姉ちゃんらしいですネ。
 お姉ちゃんが回る間に、時計の針もくるくるまわり、今年が終わるまであと40分と15秒。お姉ちゃんは気付かない。

「ふふふ、お姉ちゃんは相当かっかきているようです。まさに計画通り、はるちんってば天才ですね!」
「わふ……何の計画かは知らないのですが、お部屋に入り込んできた挙げ句、お姉ちゃんを喜ばせる為ですヨ? と言って、私をベッドの下に押し込んだのはなぜなのでしょーか? 一瞬、これがじゃぱにーず押し込み強盗なのかと思ってしまいました」
 小声で呟いた時、隣からやっぱり小声でクド公が話しかけてきた。
 うーん、やっぱりこのちっこいワン公にはるちんの天才的な作戦計画を察するのは無理なようデスネ。あと、理由も聞かずに押し込まれたまんまになっているクド公はやっぱりワン公だと思う。どっちかっていうとわんころ? お姉ちゃんがでれでれになる気もわかる気がしますネ。

「……そして、早く出ないととんでもない事になってしまうのは私だけなのでしょうか? 約束の時間にたっぷり遅れてしまったせいで、佳奈多さんが喜ぶどころかお怒りのご様子なのです。まして、いたのに隠れていたなんて事がばれたら、きっと佳奈多さんはとってもとっても怒るのです。佳奈多さんがお怒りになると、それはそれは恐ろしいのですよわふーっ!」
 クド公はそう言ってがたがたと震えだした。なんかもーホントに調教済だなぁ。
 ちなみに、がたがたクド公は、もう佳奈多さんのケーキを黙って食べたりしません、食べた後、口にクリームをつけたまま『わ、わふ、知らないのですよ?』なんて言ってごまかしません本当ですとか言ってる。うーん、手に取るように状況がわかります。
 まーお姉ちゃんに怒られ慣れてる私はいいとして、初めてのクド公にはトラウマものだったのですネ。
 お姉ちゃんに怒られている回数が多い私は、ちょっと優越感なのですヨ?
 と、優越感に浸りながら、私はクド公にさらなる勝利の笑みを送った。

「ふふふ、クド公はやっぱり大人のレディーにはほど遠いようですネ」
「わ、わふっ!?」
 驚いたように頭をあげたクド公がベッドに頭をぶつけてうずくまる。ちょっと、お姉ちゃんにばれるっ!?
 慌ててクド公の口を塞いで、お姉ちゃんの様子を伺う。お姉ちゃんは「あの子達は本当に心配かけてばかりなんだからもうっ!」とか言って携帯を開いたり閉じたりしていて、こっちに気付いた様子はないみたい。一安心ですネ。

「ふふ、クド公、約束を守って喜ばせるのは子どものやることですヨ? 約束を破ってこそ、より大きな喜びを得る事もあるのですヨ?」
「わふっ!? そうなのですかっ!?」
 私の一言に、クド公は目を見開いてこちらを見る、目から鱗といった面持ちだ。ふふふ……じゃあさらにはるちんの偉大なる計画を聞かせて、その瞳を尊敬の二文字に変えて見せますヨ?
 ちらりとお姉ちゃんを見れば、ビー玉で自爆して階段から落ちてないかだの、お年玉に釣られて誘拐されてないかだの、意味不明な心配をしてる。クド公はともかく、私はそんなアホの子じゃないですよ?
 さて、そんな心配性お姉ちゃんを横目に見ると、はるちんはニヤリと大人の笑みを浮かべて、さぁ、作戦を明かす時が来ましたよ?

「クド公と三人で初詣に行こうと誘えば、お姉ちゃんは間違いなくついてくるのです。そこを待たせて、待たせて、もーこれでもかとばかりに待たせまくって、怒るどころか私嫌われてるんじゃないのかしら実は私の事騙して実は二人で初詣に行っちゃったんじゃないかしらむしろ駆け落ちとかでも二人とも女の子じゃないとかお姉ちゃんが落ち込み始めたところで、愛しい妹とルームメイトがあけおめことよろっ! もーお姉ちゃんの嬉し泣きが目に見えるようです。名付けて『どーんと落として一気に上げる。新年が始まると同時にベットの下から飛び出して、新年明けましておめでとうforお姉ちゃんっ! 可愛い妹のサプライズですヨ? 作戦』略してお姉ちゃんと一緒に新年迎えてはるちんもお姉ちゃんもはっぴープロジェクトですよっ! どうだクド公、この完全な作戦計画に身の毛がよだつ思いでしょう?」
「……わふー、それは確かに身の毛がよだつ思いなのです」
「ふふん、もっと誉めな……って何自分で自分の縛ってるの? っていうかどこから出したそのロープ? リード?」
「……わふ、私は葉留佳さんに無理矢理押し込まれただけなのです。私は嫌だと言ったのです、私は可哀想な被害者さんなのですっ! 葉留佳さんを信じた私がアホの子でした。佳奈多さんにアホの子アホの子と言われ続けていた意味がよくわかったのです。これからはもう葉留佳さんに乗せられたりはしませんぐっばいがーる。だから私にはかまわないでくださいなのですーっ!!」
「って待てやクド公、何失敗するって決めつけてるの!? このはるちんの灰色脳細胞が導き出した完全な計画のどこに穴があるというのデスか?」
「穴というのは基本が出来ているから穴と言えるのです。基本からしてぼろぼろな計画に穴なんて出来ようがないのです。ついでに葉留佳さんの灰色はきっとカビ色なのです」
「うっわ、さすがにそこまで言われると清々しくてはるちん言い返す気力もありませんヨ?」

 ……っていうか、クド公いつからこんなに毒舌になったの? むむ……これはお姉ちゃんの影響を受けてる!?
 しかしこれははるちんにとって誤算であります。クド公の協力を得られないとなると計画に変更が……



「そうね、葉留佳の考える事はいつもいつもなってないんだから」
「わふっ!?」
「げっ!?」

 気付けば目の前にはベッドを覗き込むお姉ちゃん。心なしか頬がぴくぴくしている気がしますヨ?
 あれ? これって何かお約束な展開な予感が!?

「わ、わふーっ! 佳奈多さん私は違うのです! 葉留佳さんに無理矢理引きずりこまれただけなのですっ!」
「クド公早っ!? っていうか裏切り者ー! あんただって私の計画聞くまで普通にいたじゃん! 仲間じゃん!!」
「違うのですっ! 私は知らないのですっ! 気付いたらぐるぐる巻きにされてベッドの下に押し込まれていたのですっ!! 無実なのですーっ!!」

 わふわふ騒ぐクド公を横目に、お姉ちゃんがこちらに近づく。うっわ、これはるちんの経験的に言うと、もう明日の朝陽は木にぶら下がったまんまフラグですヨ?

「お、お姉ちゃん、これは「クド公と三人で初詣に行こうと誘えば、お姉ちゃんは間違いなくついてくるのです。そこを待たせて、待たせて、もーこれでもかとばかりに待たせまくって、怒るどころか私嫌われてるんじゃないのかしら実は私の事騙して実は二人で初詣に行っちゃったんじゃないかしらむしろ駆け落ちとかでも二人とも女の子じゃないとかお姉ちゃんが落ち込み始めたところで、愛しい妹とルームメイトがあけおめことよろっ! もーお姉ちゃん大喜び。名付けて『どーんと落として一気に上げる。新年が始まると同時にベットの下から飛び出して、新年明けましておめでとうforお姉ちゃんっ! 可愛い妹のサプライズですヨ? 作戦』略してお姉ちゃんと一緒に新年迎えてはるちんもお姉ちゃんもはっぴープロジェクト!」とでも言うつもり?」
「……お姉ちゃん、いくらなんでもそこまで察するのは無理があると思います」
「そうね、あなたの机の上にまんま書いた計画書があったから暗記しただけよ」
「……何で私の部屋に入っておいでなのでしょーか?」
「……大掃除押しつけたのあなたじゃない」

 しまった、はるちん迂闊!? 完璧な計画に一点の穴が!?
 あれーじゃあお姉ちゃん私の計画知ってたっていう事デスカ? あれ?
でもならなんで……

 私がそこまで考えた時に、ごーんごーんと除夜の鐘。あれ? 時計ではまだ……
 そんな事を思った時に、お姉ちゃんがたまらず吹き出して、私の頭を撫でてくれた。ほわっとした頭で、あれれ? あれれ? どうなってるの?
 私がそんな事を思った時、お姉ちゃんが言った。


「いつもいつも自分だけがいたずらを仕掛けると思わない事ね。新年あけましておめでとう、二人とも」
 やっぱり葉留佳さんじゃ佳奈多さんにかなわないのですとか言っているクド公は後でしめるとして、でも、でも……

「今回は完敗なのですヨ? でも、お姉ちゃん、来年こそは……」
「「負けないわよ」」

 意地っ張りな私たちの、楽しい楽しいニューイヤー。
 今年は、どんな一年になるのかな? お姉ちゃん。


[No.828] 2008/12/31(Wed) 00:00:37
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[No.829] 2008/12/31(Wed) 00:01:52
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[No.830] 2008/12/31(Wed) 00:02:48
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[No.831] 2008/12/31(Wed) 00:03:55
壺中の天地 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@5354byte

 いつからか僕の隣には美魚がいた。美魚と僕が出会ったのは高校の頃のことで、その頃から美魚はいつも真っ白な日傘をさしていた。だから人ごみの中で美魚を見つけるのはいつも簡単な作業だった。土埃色をした風景の中で揺れている真っ白を探せばいい。カゲナシなどと陰口を叩かれる一方、美魚は他の誰よりも存在感があった。知り合って、視線を交わし合い、会話を成立させるようになるまでの経緯を、僕はよく覚えてはいない。何か特別なことがあったのかもしれないし、実は何もなかったのかもしれない。その時の僕の記憶は酷くあやふやで、そのことを美魚に聞いても確かな答えが返って来たためしはなかった。大事なのは私が今あなたと一緒にいるということで、それ以外にはないと思います。私は何か間違ったことを言っているでしょうか。
 美魚はいつも僕のすぐ隣を歩いていて、美魚の日傘の角はよく僕の後ろ頭を小突いた。ごめんなさいと、あまり悪いと思っていなさそうな顔で謝られても、僕はいつもいいよの一言だけで済ませていた。元々怒ってなどいないし、美魚もそのことをよくわかっていた。僕らは互いが考えていることを手にとるように理解することが出来た。僕が辛い思いをしていると美魚はどこからともなくやってきて、僕の望む言葉を僕にくれた。美魚が悲しんでいる時、僕は何時間だって美魚の隣にいた。僕らは川辺に並んで腰掛けて、とりとめもなく話し続けた。グラウンドの方からは部活動に勤しむ生徒達の声が川の流れる音に混じって響いていて、太陽は瞬く間に昇って落ちた。
 高校を卒業し、それなりに仲の良かった仲間達とも別れた僕は、まるでそうするのが当たり前のように美魚と暮らし始めた。美魚は僕から離れられないし、僕も美魚なしではやっていけない。そういうようなことを二人だけで話し合い、二人だけで決めた。美魚は静かに笑っていた。それは美魚がたまに見せる、本当に嬉しいことがあった時の笑顔だった。美魚がそばにいるだけで僕は十分だった。相変わらず美魚は真っ白な日傘を手放すことはなかった。
 二人だけの暮らしは楽ではなかった。美魚はバイトやその他労働をして賃金を得るという行為をしようとはしなかった。僕も美魚にそれを求めなかった。僕がその話をすると美魚が悲しい思いをすることはわかりきっていた。美魚を悲しませるのは僕の本意ではなかったので、話題にすら出さなかった。僕の稼ぎはそれなりに悪くはなく、狭い部屋で寄り添いながら慎ましく暮らす分には何の支障もなかった。
 二人で暮らすようになってからもその前も、僕らは性的な関係を結んではいなかった。もちろんセックスに興味がなかったわけではない。それは美魚にしたって同じだと思う。だけど僕らは互いにそういう部分を相手に求めようとはしなかった。夜は一つの布団で寄り添うようにして眠った。寒さが酷い夜は互いの手と手を絡ませて体温を分け合った。美魚の手はたやすく折れてしまいそうに細く、どんなに包み込んでもずっと冷たいままだった。美魚の手を温めることだけに、いつも僕は躍起になっていた。
 一度だけ、ずっとこのままでいいの、と美魚に尋ねたことがあった。このままという言葉の意味を美魚は執拗に知りたがった。このままとは、ずっと僕と一緒にいるだけで時間を消費するというような意味の言葉だった。僕は拙い言葉で何度も何度もつっかえながらそのことを伝えた。美魚は何も言わずにじっと僕の目を見ていた。僕の目の中に何かあるのか、と僕は聞いた。美魚はゆっくり首を横に振った。何もないのが好きなんですと、美魚と僕は初めてのキスをした。美魚の唇は柔らかく渇いていて、舌はこつんこつんと僕の前歯を控え目に叩いた。僕はゆっくりと口を少し開いて美魚を受け入れた。

 ある日、溜まりに溜まった郵便物の中から高校の同窓会の知らせを見つけた。日付はちょうど僕の仕事が休みの日だった。僕はどうするべきかを美魚に聞いた。あなたの好きにすればいいと思います、と微笑んだ。あんなことがあったのにね、と僕が笑うと、あんなことがあったからなんでしょうと、美魚は笑わなかった。
 会場は駅からすぐの居酒屋で、見るからに安そうな感じだった。自動ドアが開くとそこは人、人、人。もっと少ない人数でこじんまりとやるんだろうと勝手に想像していた僕は、少々驚いてしばらくその場に立ち尽くしてしまう。
「入らないの?」
 かけられた声に振り向くと、そこには見知った顔があった。
「直枝」
「うん、ひさしぶり」
 僕と直枝は連れ立って中に入り、隣同士の席に座った。ほどなく飲み物が行き渡り、幹事の二木さんの号令で会は始められた。
 僕と直枝は色々なことを話した。これまでのこと、これからのこと。事故のこと、あの頃の仲間達のこと。
「みんな忙しいみたいで、今日は僕と二木さんくらいかな」
「そう」
 僕はぐいと手元のビールを飲み下す。心地よい刺激に、苦み。これを気持ち良いと思い始めたのはいつのことだろうか。
「あ、そういえば西園さんも来てるよ。ほら向こうに」
 立ち上がって手を振りそうな直枝を手で制止する。
「いいよ。どうせ何話したらいいかわかんないし」
 お前ともな、という言葉を再度のビールで胸の奥に押し込めていく。

 ただいま、と引いたままの布団に包まっている美魚に言う。おかえりなさい、と静かな声が返ってくる。
 ねえ、君は誰なの。どうしたんですか急に。聞きたくなったんだ。私は西園美魚です。ごめん、違う、違うんだ、そういうことが聞きたいんじゃないんだ。君が誰なのかが知りたいんだ。君は美魚なのか、直枝なのか、二木さんなのか、それとも僕なのかなんて本当はどうでもいいんだ。どうでもいいことなんです。そうだ。違うんだ。僕はどうすることも出来ないけど、これだけは確かなんだ。愛してるんだ。美魚のことを世界で一番愛してるんだ。愛してるんです。怖いんだ。この気持ちが全部偽物になってしまうのが怖いんだ。でも本当にもなってほしくない。どっちつかずの真ん中で永遠にたゆたっていたいんだ。私はあなたといたいんです。僕は美魚といたいんだ。僕に足りないものがあるとして、それが何だってそんなことはどうでもいいんだ。何が出来なくたっていい。足をもがれても、腕を鈍器で潰されたって構わないんだ。脳みそだけの存在になって、美魚のことだけを考えていられたらいい。いいんですか。
 僕は何も言わずに布団にもぐり、彼女の手をそっと包む。何よりも冷たく、確かな体温。


[No.832] 2008/12/31(Wed) 00:04:05
空谷の跫音 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@6424 byte

 お部屋にいるのは私だけ、いっつも私に構ってくれる、しっかり者の佳奈多さんはここにはいません。
 お勉強を教えてくれる佳奈多さん、話し相手になってくれる佳奈多さん、雷が鳴ったとき、怖い夢を見た時に、私を抱いて寝てくれる、優しい優しい佳奈多さん。
 るーむめいとさんになって以来、いつも私の側にいてくれた佳奈多さんは、机にも、ベットにも、ばするーむにもいないのです。
 ひとりぼっちのこの部屋は、なんだか寂しくて寒いのです……
 
「わふ……」

 思わず口癖が飛び出てしまって、私はごろんところがります。佳奈多さんのベットに、内緒でごろっところがります。嗅ぎ慣れた匂いが私を包んで、少し安心です。
 でも……

「寒いです……」

 ずっとほったらかしにされていた毛布も、シーツも、とっても冷たくて、ますます寂しくなってしまいました。
 私は、むくりと起きあがって、机に戻ります。窓の外は真っ暗で、街灯に照らされた所を、吹雪が駆け抜けています。誰も、誰も歩いていません……

「わふわふ」

 意味なくわふわふ言ってみました。ますます寒くなりました、まいんごっとなのです。
 何か言っていないとさびしくて潰されてしまいそうなのですが、言ってみてもますます寂しいことに今気付いたのです……はぁ。
 寂しい上に自己嫌悪です。どうせ私はさびしんぼうでアホの子のダメダメわんこなんです……です……です……

 ……つっこみさえかえってこないのです、泣いちゃってもいいでしょーか? いいですよね、泣きますよ? 泣いちゃいますよーっ!





「どこからもお返事がありません……」
 お部屋は相変わらずがらんとして、とても広く見えます。一人でいるというのは、こんなに寂しい事だったのでしょーか? ずっとずっとそうであったはずなのに……

 がたがたがたっ!!

「わわふっ!?」

 突然大きな音がして、思わず飛び上がってしまいました。うう……今までだって佳奈多さんがいない晩はあったのに、どうして今日はこんなに寂しいんでしょう?
 私の質問には、誰も答えてくれません。また窓が鳴って、私はたまらずベットに潜り込みました。





 佳奈多さんの匂いがします。優しくて、優しすぎて、冷たい匂い。
 佳奈多さんは、この寮から出て行ったわけではありません、今でもちゃんと私の大切なるーむめいとさんです
 葉留佳さんと仲直りして、お二人はとっても仲良しさんになりました。……いえ、仲良しさんだったのが、元に戻ったのです。
 大切で、大切で、でもそれを言えなかった方と仲直りして、お二人で先へと進むのです。
 それはとってもいいことです。
 私は、あの時心から嬉しくて、大はしゃぎしながらお二人の周りを駆け回りました。ぐるぐるぐる……佳奈多さんが呆れて、葉留佳さんも照れる位に。
 大好きなお友達と、大好きなるーむめいとさんが仲良しになったのです。本当に本当に嬉しかったんです。これからはもっと笑顔が増えるんだ、もっと仲良しになれるんだ。私はそう思って、駆け回ったのです。

 だから……
 
「今日はあの子と一緒に寝るわ。三人になるから私と葉留佳は一緒のベットに寝る事になるから狭苦しそうだけど、仕方がないわよね。ま、あの子がおとなしくしているとも思えないし、簀巻きにでもしておいた方がいいかしらね」

 そう言って出て行く佳奈多さんを、私は笑って見送りました。
 澄ましたような顔のうしろで、隠しきれないくらい幸せそうに笑っていたから、佳奈多さんが大切な方に会いにいくというのがわかったから、なのに、それなのに、私は寂しくなってしまったのです。

「佳奈多さん……佳奈多さん……」

 そんな問いに、いつも優しく答えてくれる、佳奈多さんの姿はありません。
 
 何で、どうして……

 そんな問いかけはいけません。
 私は、これ以上考えてはいけないのです。それは悪い子がすることです……でも……



 どうしてなのでしょう? なんでこんなに寂しいんでしょう?



 がたがたがたがた……窓が鳴ります。
 
 ごーごーごーごー……風が吹きます。

 なのに、この部屋は静かなんです。ひとりぼっちのこの部屋は、とても静かなんです。





「わ……ふ……」
 寒くて、怖くて、寂しくて、なんだか暖かなものが頬を伝いました。
 佳奈多さんと葉留佳さんが仲良しさんになったのは、とてもいいことのはずですのに、私は心からお祝いしたはずですのに……

 なんでこんなに寂しいんでしょうか?

 ぽたぽたぽたぽた、涙が落ちます。じわじわじわじわ、涙で濡れます。



 佳奈多さんがいたなら、佳奈多さんがここにいたなら、私をぎゅっと抱いて、頭を撫でてくれるでしょうか?
 そして、呆れたような声で「もう、怖がりね、クドリャフカは……」と言って……

「え?」
 私はくんくんと鼻を動かします。

 ……あったかな、佳奈多さんの匂い。

「かかかかかにゃたさん!?」
「かが多いわよクドリャフカ……」
 思わず毛布をはねとばした私に、そう言ってため息をつく佳奈多さんは間違いなく佳奈多さんです。本物の佳奈多さんですっ! 私のるーむめいとさんなのですっ!
「はるちんもいますよーっ」
「ははは葉留佳さんっ!?」
 そう言って、佳奈多さんの後ろからひょこっと顔を出したのは葉留佳さんです。あれ、でも、なんで、どうなっているのでしょーか?
「やはは……なんかそう言われると母葉留佳さんとか言われてる気がしますヨ?」
「あなたが母になるなんて世も末ね、考えられないわ。どう考えても子どもが可哀想じゃない」
「お姉ちゃん手厳しいです……っていうか、ならお姉ちゃんはどうなのよーって話ですヨ?」
「わ、私は……いい母になるわ、料理もできるし、教育だって……」
「お姉ちゃんお姉ちゃん、結婚は「一人じゃできないですヨ?」とでも言うつもり?」
「……妹のセリフを途中で乗っ取る姉はいけないと想いますーっ!」
「うっさい黙れ」

 楽しそうに言い争うお二人を見ながら、私は呆然と座り込みます。なんで、どうして……何が起こっているのでしょうか?
 そんな私を見て、佳奈多さんがいつもみたいに優しく苦笑いをして、言いました。

「今夜はこの子もここで寝るから、騒がしくしたら言いなさい。猿轡かませて簀巻きにして床に転がしとくから」
「お姉ちゃん……それはなにげに虐待ではないのでしょうか?」
 葉留佳さんが言います、楽しそうに言います、でも、私も……

「わ、わ……」
「どうしたの? クドリャ……」
「わっふーーーっ!!」
「きゃ!?」

 佳奈多さんに飛びつきます。佳奈多さんが思わず倒れ込んで、こらって言って、葉留佳さんが私も私もと飛びついてきて……





「佳奈多さん佳奈多さん、私川の字になって寝るというのに、憧れていたのですっ!!」
「あ、いいこと言うじゃんクド公。よし、今日は川の字パーティーですよっ!!」
「何が川の字パーティーよ、こら二人ともどきなさい。クドリャフカ……もう、あなたはもうちょっとしっか……こら葉留佳、いい加減にしないと蹴飛ばすわよ」
「何だこの扱いの差ーっ! はるちんはその発言に対する謝罪と即時撤回を要きゅぐっ!?」
「わふーっ!? 葉留佳さんが吹っ飛ばされて3回転して机に突っ込んでしまったのですっ! 佳奈多さんのキックはぱわーあーっぷしてるのですよっ!」
「……やりすぎたかしら? 机壊したら始末書ものじゃない」
「わふ、それにあんまり騒ぐと怒られるかもしれません。反省なのです」
「そうね、もっと静かにしないとね。次は絞め技覚えておこうかしら」
「誰もはるちんの心配はしないのかヨ……」

 

 さっきまでの寂しさは吹き飛んで、寒さなんてどこにもなくて……だから私は……

「わふっ!」
「きゃ!?」

 心からの笑顔で、もう一度佳奈多さんに抱きついたのです。

 
 


[No.833] 2008/12/31(Wed) 00:04:24
馬子にも衣装 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@8331 byte

 年の瀬も迫り、私と直枝は商店街に繰り出していた。
 目的は年末年始のお買い物。
 とは言ってもお節料理の半分は出来合いだし、年越し蕎麦も普通の蕎麦を買う予定だ。
 私としては全部しっかりと作りたかったし、年越し蕎麦も特別なものを用意したかったのだが直枝にそこまで負担を掛けさせたくないと言われては引き下がるしかない。
 まあ、年越し蕎麦を出前で済ませようとしたとこは断固反対したけれど。
「あの、二木さん」
「ん?なにかしら」
 呼びかけられたので振り返ると、直枝が困ったような表情を浮かべていた。
 ツツッと彼の視線を追うと私と彼の手に行き着いた。
「なに?」
「なにって、今見たでしょ。い、いい加減手を離して」
「ああ、なるほど」
 うろたえる彼に対して私は冷静に頷く。
 確かに私と彼の手をさっきからずっと繋がれっぱなしだ。
「いや、納得したなら早く手を離してよ」
「駄目よ」
「うん、駄目だよね……って、なんでっ!?」
 私の言葉に直枝は目を白黒させてしまう。
 ホント分かってないのかしらこいつは。
「あのね、手を離したらまたナンパされるじゃない、あなたが」
「ぐっ……」
 私の言葉に直枝は言葉を詰まらせ俯いてしまった。
 けどその仕草が妙に可愛くてちょっと腹が立つ。
「うう、僕男なのに……」
 更に涙目にまでなって可憐さアップ。
 あー、こうも可愛いと怒りよりも愛おしさのほうが強くなるわね。
 やっぱり今日の直枝は私が守ってあげないといけないわ。
「今は女の子じゃない。大丈夫よ。汚らわしい男共にナンパされそうになってもちゃんと救い出してあげるから」
「……そうだね、今の僕は傍から見たら女の子にしか見えないよね」
 力なく笑いながら直枝はポソっと呟いた。
 そう、今直枝は女装しているのだ。
 それも飛び切り可愛く変身している。
 ……いや少しだけ語弊があるわね。可愛いのはいつも通りよね。
「馬子にも衣装って言うけど、本当ね」
「……お、怒っていいのかな、これは。この格好で立派に見えても全然嬉しくないし、言外に地味って言われてる気がするし……」
「さあ?とりあえず今日日本で一番ナンパされてる人はたぶんあなただけれど。何度ナンパ連中を追い払ったことか」
 私の言葉に更に直枝は泣きそうになる。
「うう……実際に何度もナンパから救ってもらってるから強く言えないけど凄い情けないんですが……」
 なんで彼女に助けてもらってるんだろうと、直枝はぶつくさと愚痴を言っている。
 けどそれはしょうがない。
 この格好をさせといてなんだが、女装した直枝が自分より可愛いのは自覚している。
 だから今日出歩く先で私ではなく直枝がナンパされるのも受け入れられたのだから。
「仕方ないでしょ。あなたこういう手合いの対処慣れてないんだから」
「慣れてたら怖いよっ」
「安心しなさい。私が直枝に指一本触れさせないから」
「はぁー、普通それって僕の台詞なのに。うう、傍から見て全く恋人同士に見えないってどうなんだろ」
「私としてはきにしないけど」
「気にして、お願いだから」
 本気で泣きそうな顔で言われてしまった。
 でも不謹慎だけどその顔がひじょうにそそられてしまう。
「はぁー、なんで初めて二人で迎える年越しでこんなことになってるんだろう」
「そうね、どうしてだったかしら」
 こうなった経緯を思い出しながら呟く。


 事の起こりはもうすぐ2学期の終業式を迎えようとしたある日の放課後。
 いつも通り二人で了解の仕事をしていると直枝が不意に話を振ってきたのだった。
「ねえ二木さん。二木さんは年末ってどう過ごすの?」
「随分唐突ね」
「あはは、ごめん。いや、葉留佳さんが今年はご両親と一緒に過ごすって言ってたからさ。二木さんもそうなのかなって思ってさ。……それとも本家に行くの?」
 最後の台詞は少しだけ心配そうに。
「まさか。今年はごたごたしあの家に行く気はないわ。そもそももうよっぽど特別なことがない限り本家には立ち寄るつもりはないわ」
「じゃあ葉留佳さんと一緒に?」
「そうね、それもいいけどあの家は葉留佳のために家だし……」
 なんとなくあの家で一緒に年を越すイメージが沸かない。
 そう呟くと直枝はあそこは二木さんの帰る家でもあると思うよと答えた。
 ホント直枝らしい発言ね。
「まあ葉留佳もきっとそういうの望んでるだろうし、それもいいかもね。……で、そういう直枝は?あなたも実家に帰るの?」
 そうすると終業式が終わったあと会えるのは新学期ということになるのか。
 正月に何かしら理由でもつけて会いに行くべきかしらなどと想像しながら聞いた。
「ん、僕?僕はたぶん今年も寮で過ごすよ」
「え?」
 私は間抜けな声を上げてしまった。
「ほら僕両親いないからさ。後見人の人のとこに世話になるのもおかしいから去年は寮で暮らしてたよ」
 直枝のその発言に彼の家庭事情を失念していた自分が恥ずかしくなる。
 なんて酷いことを聞いてしまったんだろうか、私は。
「ごめんなさい、直枝」
 私は居たたまれなくて勢いよく頭を下げた。
「いやいや、別にいいって。それにね、恭介とかが自分の家に来るように誘ってきたけど、その誘いを断って一人で過ごそうと選んだんだのは自分自身なんだから、特に二木さんが謝るようなことじゃないよ」
 直枝は笑って言うけどそれを看過できるはずがない。
 なんと言っても私は直枝の彼女なんだから。
「決めたわ。今年は私も寮で過ごすわ」
 私は直枝に向かって高らかに宣言した。
「ええー、そんな気を遣わなくても」
「いいの。私がしたいと思ったんだからあなたが気にする必要はないわ」
「でも……」
 直枝はなおも何か言い募ろうとする。
「しつこい」
「はい……」
 一蹴すると直枝はがくりと肩を落としたのだった。
 どうやら納得してくれたようだ。

 それから少しばかり大変だった。
 直枝と一緒に寮内に残る。その建前として寮会の仕事を持ち出し学園側は黙らせたものの、当然のように棗先輩達が直枝を家に誘おうとしたのでそちらは物理的に黙らせ、一緒に年末年始を過ごせないと伝えた葉留佳に愚図られ必死にあやしたりと本当に大変だった。
 けれどその甲斐あって12月25日にリトルバスターズに招待されたクリスマス会以降、寮には私たち以外数人しか残らず、実質二人きりの時間をこの年末年始堪能することができるようになったのだ。
 寮長室では誰にも邪魔されることない時間を過ごし、こうやって恋人同士で年越しを迎えることができるようになったのだった。
 ――――そう、そういう経緯で今私たちはここのこうして穏やかな時間を過ごしているんだ。

「って、それは僕がこんな格好している理由じゃないでしょっ」
 綺麗に回想を纏めたところで直枝の無粋なツッコミが邪魔をした。
「人の回想に突っ込まないで欲しいわね」
「いやいや、それは悪かったけど僕が言いたかったのは僕がなんでこんな格好をしてるのかってことだよっ」
 直枝は自棄になったように私に迫る。
「なに言ってるのよ。理由なんてゲームで負けたからってだけじゃない。それ以外になにがあるって言うの」
「いやいやいや、何でこんな格好させるのさ」
「何でって……可愛いから?
 衝動の理由を聞かれたらそれしかないわね。
「り、理由になってないんだけど……」
「五月蝿いわね。あと一回罰ゲームは残っているんだから元旦にも女装させるから」
「えー」
 私の言葉に直枝はとても不満そうだ。
 でも仕方ないじゃない。負けは負けなんだし。
「そうね、今度は振袖でも着てもらおうかしら。今から実家から送ってもらうように連絡しておくわね」
「ふ、振袖って、そういうのは二木さんが着てよっ」
 直枝は今にも襲い掛からんとする勢いで私に懇願する。
 ……でもそうね、それもありかも。
「分かったわ。私の分も送ってもらうから二人で来ましょうか」
「だからなんで僕も着るのさっ」
「そんなの可愛いからに決まっているじゃない」
 ホント、何を分かり切ったことを聞くのかしら。
 直枝は私の言葉に疲れ切ったように溜息を吐いた。
「……一応、ほら。恋人同士になって初めてのお正月にそれはないんじゃないかなって思うんだけど」
「それは確かに惜しいけどそれ以上の旨味があるんだから仕方ないわ。これらもずっと一緒にいるのだし初めての記念が特殊でもいいんじゃないかしら」
 これはこれで思い出に残るのだし、と心の中で私は呟いた。
 すると何故か直枝は少しだけ顔を赤らめて質問をしてきた。
「えーと、それってもしかして遠回しの愛の告白?」
「え?……ああ、そうね、そう言えるわね」
 なるほどずっと一緒にいるだなんて告白と言っていいかもしれない。
「じゃあここで結婚する?とか言ってみましょうか」
「……そういうのは男の格好のときに言ってよ、受け入れるから」
「あら、したら好きなだけ女装をしてくれるのかしら」
「しないよっ」
 直枝は真っ赤な顔をして怒鳴るのだった。
 ホント勿体ない。こんなに可愛いのに。
 直枝は生まれてくる性別を間違えたんじゃないかしら。まあそのお陰でこうやって愛し合えたのだけれど。
「ほら、直枝。そろそろ買い物再開するわよ」
「うう、なんかすっごい理不尽だよ……」
 直枝は赤く顔を染めて上目遣いに私を睨む。
 おーけー。私が悪かったわ。だからその可愛い顔を止めて欲しい。
 私の理性がおかしくなる。
「とりあえず私が悪かったからそれ以上止めて。お持ち帰りしたくなるから」
「なに言い出すのさ、怖いよっ」
 僅かに直枝は身を引くがこれは仕方ないと思う。
 むしろ私以外の人間がこの場にいたらすでに襲い掛かっているんじゃなかろうか。
「謝るからそれ以上不機嫌な顔をしないで」
 はぁー、元旦の話は無しにしたほうがいいかしら。
 一度その日にリトツバスターズのメンバー全員が一時的に揃うらしいけれど、こんな格好の直枝をお披露目したら彼女たちから直枝を守りきる自信がないし。
「はぁー、分かったよ。早くいこ」
「ええ」
 再度検討かしら。
 私は心の中で溜息をつきつつ、直枝と並んで歩き出した。
 先ほどからずっと繋がれていた手を今度は直枝から強く握り締めて。


[No.834] 2008/12/31(Wed) 00:04:30
郷に入りては郷に従え (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@10234Byte

「ねぇむつー、あんたいつになったら直枝にコクるわけ?」
「えええっ!?」

 あたしの部屋に遊びに来ていたむつに、以前にも何度かした問いを投げかけると、面白いほど顔を真っ赤にしてうろたえだす。相変わらずの反応で弄り甲斐がある。

「ななな何言ってるの勝沢しゃんっ!? わ、わたしは別に直枝君のことは……」

 台詞噛んでるし。つーか、こやつはまだバレてないと思っているのか、アホ娘が。
 俯いてごにょごにょと口の中で何やら言っているむつの後ろに回りこみ、肩をぐいと引き寄せる。つつーと白い首筋に指を這わせながら耳元に口を寄せ、囁きかける。

「ほらぁ、直枝にもこんな風にされたいんでしょ。正直に言ってみなって、ほらほらー」
「や、勝沢さんっ、そこは……ひぅっ!?」

 首筋がこの子の弱点ってことは知っている。あたしの腕の中で身を捩るむつがなんだか面白くて、ついそこに這わせる指の動きがねっとりと執拗なものになっていく。

「愛い奴愛い奴。ほれほれー」
「ひゃふっ、やぁ……」
「……何をやってるのよ、あんたらは……」

 ついエスカレートしていたむつとのスキンシップに水を差したのは、ドアを開けて帰ってきたあたしのルームメイト、高宮の呆れたような声だった。
 高宮はつかつかとこっちに歩いてきて、気を取られて緩んだあたしの腕の中からぐいとむつを引きずり出した。

「こら、勝沢。あんまりむつを苛めないの。この子はあんたと違ってデリケートなんだから」
「うぅ、高宮さぁん……」

 頬を真っ赤にして涙目になるむつの頭にぽんと手を載せる高宮。何ていうか、姉貴風吹かしてるよなあ。

「……で、なんでああいう状況になってたわけ?」
「いやー、むつってば直枝にコクらないなんて言うもんだから。だったら直枝のかわりにあたしが美味しく頂いてもいいかなーとか」
「アホかっ!」
「いたっ」

 ぱしん、とあたしの頭がはたかれる。十分に手加減されたそれは痛くもなんともなかったけど、あたしは大げさに痛がって見せる。

「だ、大丈夫、勝沢さんっ!?」
「あー大丈夫大丈夫、頑丈さだけが取り得だから」
「あんたが言うなっ!」

 心配そうに声をかけてくるむつに、平然とした声で止める高宮。いや、そりゃ加減されてたし大丈夫だけどさ。

「むつ、あんたは自分の部屋に戻ってなさい。勝沢は発情期みたいだしあんたの身が危険だわ」
「あたしゃ獣かいっ!」
「獣の方がよっぽど可愛げがあるっての……勝沢には私が説教しておくから」
「あ……その、わ、私は気にしてないから。だから説教なんてしなくても……」

 むつはおどおどとではあるがフォローを入れてくれる。うーん、ええ子や……。

「そう? ならいいけど、ちょっと別件でも勝沢に話があるのよ。ちょっとむつには聞かせたくない話だから、悪いけど席を外してもらえる?」

 そう言って高宮がこっちに目配せを送ってくる。あ、なるほど。あの件か。

「あー……確かにあの件はむつには刺激が強すぎるかもねー」

 にやりと笑って見せ、わきわきと手を動かしながら言うと、何を想像したのか真っ赤になるむつ。

「あっ……そ、それじゃ、私は部屋に戻るね。た、高宮さんも勝沢さんも、また明日」
「ええ、また明日」
「おー」

 顔を赤らめたまま慌てて部屋を出て行くむつ。ぱたぱたと小走りな足音が遠ざかっていった。





「……それで、棗先輩は何て?」

 しばらく耳を澄ませ、むつの足音が聞こえなくなったのを見計らって、話を切り出した。さっきまでのふざけた態度ではなく、真剣な態度で。

「うん、あの子が直枝君に告白する機会は与えてくれるってさ。その代わり、私たちに働いてもらうって」
「働く? 何をしろって言うの?」
「……私とあんたで来ヶ谷さんに、そして場合によっては直枝君にも嫌がらせをしろ、って」
「……は?」

 続けて高宮の口から語られた、指示された具体的な嫌がらせの内容は、聞くだけでも腹が立つほどの陰湿なものだった。あの人たちは仲間なんじゃなかったのか。棗先輩は一体何を考えているのだ。一瞬そう思ったが、すぐに疑問は解けた。直枝を鍛えるための悪役になれと、棗先輩はそうあたしたちに言っているのだ。

「……やだよそんなの。どうしてもやらせたいならそこらの“人形”たちにでもやらせればいいじゃん」
「私も勿論そう言ったわよ。でも、できればそこに生きた人間の悪意ってものがあった方がいいってあの人は言ってた」

 生きた人間の悪意。少しだけ分かる気がする。この世界に存在する有象無象、現実世界の人間の投影である人形たちは、本人の行動を忠実になぞった反応を返す。それはとても忠実だが、忠実すぎて……タネを知っていれば、薄気味悪くさえ感じられるものだった。
 形だけを真似た人形の空虚な悪意より、本物の人間が持つ悪意をもってして鍛えるべき、それは正論のように思えた。
 ……だったら、仕方ないか。はぁ、と一つため息をつく。

「……やれやれ、気は進まないけど」
「……あんたはそれでいいの、勝沢?」
「高宮?」
「私には、そんなことまでやらされる必要があるとは思えない。そもそも、今の直枝は気に入らない。あの子の想い人である資格なんかないと思う」

 うわ、呼び方が“直枝君”から“直枝”になってる。しかも口調も微妙に荒くなってるし。

「別に直枝が悪いわけじゃないのは分かってるわよ。直枝は前回の世界でのことを覚えていない、そういう風に出来てるんだから。でもあんな風に毎回毎回別の女の子にちょっかいかけるのは、正直見てて腹が立つわ。全員かどうかは知らないけど、少なくとも能美さんとはやることやっちゃってるみたいだし。事情を知らずに見れば、ただの最低の女たらしじゃない。もしあれが素だってんなら、絶対あの子には近づけさせないわよ、汚らわしい」

 苛立ちを隠そうともせず、直枝に対する不満をぶちまける高宮。まあ、むつの前で言うわけにもいかないし、結構溜め込んでいたのだろう。
 はぁ、とまたため息を一つ。普段は結構クールなくせに、むつのことになるとすぐムキになるんだから。

「高宮ぁ、あんたほんっっっと、むつに対しては過保護よねぇ」
「うっさいわよ、バ勝沢。そんなのあんただって同じでしょうに」
「……まあ、何ていうか、さ……」

 むつってば根暗だし特に成績がいいわけでもないし運動音痴だし自信が無くてオドオドしてばっかだし優柔不断だしすぐ涙目になるしひんにゅーだしで結構ウザいと思えてしまうときもあるけど。
 ……ほんと、いい子なんだから。

「……何ていうか、ほっとけないのよね」

 きっと、あたし達三人がこの世界にイレギュラーとして紛れ込んだのだってそう。むつは、直枝を。あたしと高宮は、そんなむつを。それぞれ心配して、黙って見てはいられなかった。

「あの子、まだ十八歳なのよ? まだまだあの子の人生これからのはずでしょ? なんでこんなバス事故なんかに遭わなきゃいけないのよ……」
「おいおい、そこに関しちゃあたしたちも同じなんだけど? っつーかおばさん臭いよ高宮」
「私たちはまだいいわよ。それなりに好き勝手やってるんだもの。でもあの子は自分のやりたいこともろくにできなくて、いっつも隅っこでべそかいて……」
「……だからせめて、一度くらい日の目見させてあげたくてやってるんでしょ? あたしたちはさ」
「そう、だけど……」

 背を丸めて俯く高宮の背中にぽんと手を置く。
 高宮の言っていることは分かる。でもここまで来たのなら、やり遂げようというのがあたしの考えだった。
 その嫌がらせには、『できれば』生きた人間の悪意があった方がいい、という話だ。つまり、あたしらがやらなければそこらの人形にやらせるのだろう。だったらどっちにせよ来ヶ谷と直枝が嫌がらせを受けることには変わりない。
 それにこう言っちゃなんだけど、相手が来ヶ谷でまだ良かったと思える。あの集団の他の女子メンバーのうち、神北、棗、西園、能美の四人にそういう嫌がらせをするってのは相手の性格から言って洒落にならない。三枝に至っては自分のクラスで嫌がらせを受けているからこっちのクラスに入り浸っているらしい。その上でこっちでも嫌がらせを受けるとか、いくらなんでもと思う。
 その点来ヶ谷は良くも悪くもそういう事をあまり気にしないように思えた。また、本質的には悪人じゃないんだろうけど、教師相手にもその尊大な態度を崩さなかったり、毎回のように数学の授業をサボり、しかも悪びれた様子もないその傲慢さには反感を覚えるのも確かだった。
 さらに、直枝に対してはさっき高宮が吐露したのと同様の不満をあたしだって持っている。毎度毎度別の女の子に手出ししてる姿には虫唾が走る。どうして生き残るのが杉並や高宮や自分じゃなくてあんな奴なのか、そんな妬みもある。
 だったらいいじゃないか。来ヶ谷や直枝にはちょっと痛い目を見てもらっても。そしてむつには想い人に告白する機会を与えられても。肝心のむつの想い人が他ならぬ直枝だというのは皮肉な話だと思うけど、そうなってしまったものは仕方ない。

「やろうよ、高宮。ここまで来たんだからさ。あの子に一回ぐらいいい目見てもらおうよ」
「それで、あの子自身に嫌われたとしても……?」
「それ、は……」

 痛いところを突かれて、思わず口ごもる。
 自分の友人が、自分の想い人に対して陰湿な嫌がらせをしていた。その事実を知ったとき、あの子はどうするだろうか。
 泣くのだろうか。怒るのだろうか。あたしたちを嫌うだろうか。いずれにせよ、このことを知ったところで杉並が喜びはしないのは間違いない。
 あたしたちのやろうとしていることは大きなお世話、余計なお節介なんだろう。自分でも分かっている。



 でも、だったら…… この世界は何だと言うんだ?



 直枝と棗妹を強くするための世界。そんなもの、一体誰が頼んだ? 直枝と棗妹が頼んだのか? そんなわけない。その事実を知った二人が、素直に喜べるか? そんなわけない。
 この世界自体が、頼まれもしない善意の押し付けで形作られた、お節介の塊みたいなものじゃないか。
 死ぬのは怖い。そうじゃないと言ったら嘘になる。あんなバス事故なんて認めない。そう叫べば無かった事になるのなら声が嗄れるまで叫んでやる。でも、それがどうしたって避けられないことなら……最後に、自分の心残りをなくす。それは、この世界を作った八人も、そこに迷い込んだあたしたちも同じはずだ。
 八人の心残りは、生き残る直枝と棗妹の未来への危惧。
 そして、あたしたちの心残りは……あの、ほっといたらどこまでも日陰の道を歩んでいって、惚れた男にも利用された上で捨てられそうな超絶地味内気根暗娘に、一度でいいから眩しい太陽の光を当ててやりたかったこと。
 たとえ、それが最後でも。たとえ、それが偽りのものであっても。たとえ、それがただの独善でも。

「……それでも、あたしはやるよ。あたし自身がそうしたいからするんだ。気が進まないなら高宮はいいよ。あたし一人でやるからさ」
「勝沢……」

 人に陰湿な嫌がらせをする罪悪感はあるけれど。肝心のあの子に嫌われるかもしれないと思うと怖くさえあるけれど。
 それでも、そうしたいんだから。あの日陰娘に明るいところで笑って欲しいというのは、紛れもないあたし自身の願いなんだから。
 そうか、高宮の言ってたあたし達は好き勝手やってるってのはこういうところを言ってたのか、と今更に気付き、苦笑がこぼれる。さっき高宮に言ったけど、あたし自身も大概むつに対しては過保護だと思う。

「……バ勝沢一人に任せられるわけないじゃない。やるわよ、私も」

 渋々と言った感じで高宮が言葉を漏らす。

「ねえ、高宮」
「何よ」
「直枝たちじゃなくてさ、むつやあんたが生き残るんだったら良かったのにね」
「……そうね、あの子や勝沢が生き残るのなら私も安心して逝けたんでしょうね」

 きっとそれが、あたしたちの本当の願い。でもそれが、どう足掻いても不可能なものなら……束の間のものでも、偽りのものでも、あの子の幸せなひと時を願う。
 そのためなら、他の人間には迷惑をかけるような独善的で最低なお節介だって焼く。

 ……いいじゃないか、この、お節介に満ち満ちた、お節介で作られた世界の中でなら。


[No.835] 2008/12/31(Wed) 00:07:57
男心と秋の空 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@ 8745byte

 12月24日、クリスマス・イヴ。時刻は午後6時。
 街は、活気にあふれ、クリスマスムード一色だった。何組ものカップルや、子どもずれの家族が笑顔で町を歩いていた。夕方から降り始めた雪が澄んだ空気で町を包み、ネオンサインを、いっそう幻想的雰囲気にひきたてている。
 そんな中、僕は2ヶ月前から付き合い始めた、美魚との待ち合わせ場所に向かっていた。
『美魚が、ちょっと変わった趣味をもっていても、僕は美魚と付き合っていく』
 ――そんな決意を胸に秘めて。
 数日前、僕は美魚の趣味を知ってしまった。たまたま部屋にいったとき、美魚が真人と謙吾が……その……交わっている小説を書いている場面に遭遇してしまって。
 それ以来、何となく、彼女のことを避けるようになってしまった。
 このままではいけない、と思ったけど知ってからの数日は、非常に情けない話だけど、なんとなく美魚とどうつきあっていけばいいのかわからなくなって……そして、ずるずると今日まで来てしまった。
『今日、待ち合わせ場所に来てくれますか?』
 美魚が今日、この言葉をいったときの表情を思い出す。今まで見たこともないくらい不安な表情をしていた。
 そのときになって、僕はやっぱり、美魚のことが好きなんだな、って思った。だって、そんな顔を僕は見たくないって思ったんだから。
 だから、僕は、美魚と付き合っていこうと思う。
 ……こんな決意を胸に思って、しかも、ホモ小説を書く趣味――もとい、BL小説を書く趣味(美魚にホモ小説ではなくてBL小説です、と力強くいわれた)変わった趣味なんて言い方をして、逃げているのはわかっている。
 だけど、やっぱり僕は、美魚と付き合っていきたかった。
 玉に一つくらい傷があってもいいじゃないか。
 そんなことを考えながら待ち合わせ場所に行った僕に、美魚はいった。
「『男心と秋の空』そんな言葉を理樹はご存じでしょうか」
 そんな言葉を。



『男心と秋の空』



 一瞬何をいわれたか、わからなかった。だって、それは、待ち合わせ場所にきた僕を迎える言葉としてはおかしかったから。
「え、えと?」
「『男心と秋の空』そんな言葉を理樹はご存じでしょうか」
 もう一度、美魚がいった。今度は思考がおいついた。
「『女心』、じゃなくて?」
 『女心と秋の空』だったら聞いたことがあるけど。確か意味は、『女性の心は、秋の空のようにかわりやすい』という意味だっけ?
 僕がそういうと、美魚が、言葉をつなげた。
「本来は『男心と秋の空』という言葉がもともとの言葉でした、それが明治に入り、『女心と秋の空』という言葉になったそうです」
 へぇ。
「『男心と秋の空』という言葉は、秋の空模様が変わり易いのと同様に、男の心は変わり易い。男の浮気な心を言った言葉で、男性の言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけないとかそういう意味で言われた言葉だそうです」
 なるほどね、初めて聞いたその言葉にはそんな意味があったのか。
「男の浮気な心を言った言葉で、男性の言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけないとかそういう意味で言われた言葉だそうです」
 もう一度、美魚はそういった。
 なんで二回いう?
 美魚は無言で、じっと僕のほうをみつめていた。
 ……………………………………………………………………………………………え?
「ひどいですね、理樹は」
「いやいやいやっ」
 全力で否定する。美魚とここ数日、確かに距離をとりがちだったけれど、誰か別の人と付き合おうなんてそんなこと思ったことがなかった。
「ご、誤解だよっ」
「では聞きますが」
 そういう美魚の目がすごくこわかった。
「今朝、私とあったあと、あなたは何をしていましたか」
「寮会の手伝いだけど?」
 あの事故以来なぜか寮会に入らされることになり、寮会の仕事を佳奈多さんとしていた。
「佳奈多さんと、二人楽しそうに話していました」
 そういえば、今日は珍しく会話が弾み、ちょっと楽しかった。
「そして昼は?」
「クドに英語の勉強を教えてたけど?」
 学校から戻るとき、教室から出てきた、クドを発見。英語の追試が明日あることを聞いた僕は、クドの勉強を手伝うことにしたんだっけ。
「途中で来ヶ谷さんが加わりました」
「うん」
 途中から来ヶ谷さんが加わった。僕やクドをからかいながら、勉強したんだっけ。
「来ヶ谷さんにひきよせられ、胸にはさまったとき、嬉しそうでした」
 無理やりうもれさせられたんだけど、たしかに顔がにやけていたかもしれない。 
「それから何をしましたか?」
 それから、ええと、ああ、街をぶらぶら歩いていたら、小毬さんをゲームセンターで発見。
 こんなところにいるなんて、意外だ。
 そんなことを思いながら、二人でプリクラをとったんだっけ。
「ハート柄の背景でした」
 うん、確かに美魚がいうとおり、ハート柄の絵柄だった。この絵柄がかわいいよ〜♪というから、ハート柄の背景を小毬さんは選んで、とったのだ。プリクラに二人がうつっているのをみて、小毬さんはご満悦だった。
「……ここまで言えばわかるでしょう」
「あの、全然わからないんだけど」
 ……いままでのどこに浮気要素があっただろうか。
「……」
 美魚の視線がさらに鋭くなった気がする。
「そんなことだから、理鬼っていわれるんです、理鬼は」
「誰がそんなこと言っているのっ!?」
 そんなことをいう僕に美魚は深い深い溜息をついた。…ってちょっとまって。
「美魚、どうして僕のこと知っているの?」
「何を、ですか?」
「今日の僕の行動」
「……人から聞いたんです」
 うん、たしかに、佳奈多さんと仕事をしているところや、クドと勉強しているところ、クドと勉強している途中に来ヶ谷さんが乱入してきたこと、誰かに見られ、しゃべる可能性もある。
 けど、それも一つくらいなら。
 だけど、普通、今日の僕のこと、全部人から聞くことがあるだろうか。
「ひょっとして……あとつけてた?」
 そういうと、美魚は押し黙って…
「すみませんでした、理樹」
 と告げた。



「朝、理樹と別れたあと、理樹のことが、気になったんです。それで……あと、つけてしまいました、すみません、最近、理樹に私が避けられている気がして……しょうが、ないんですが」
 そういって美魚は顔を下に向ける。
「やっぱり、ああいう趣味をもっている人は嫌でしょう、理樹?」
 そういって、何もかも諦めたような視線を美魚は僕に向けた。
 そんな美魚に、僕はいう。
「あのさ、美魚……」
 両手で、美魚の肩を押さえ、正面から彼女を見据える。
 以前、照れくさいと言われた行動。だけど――美魚は拒まなかった。
「美魚がどんな趣味をもっていても、僕は美魚を、嫌いにならないと思う、美魚が僕のこと嫌いにならない限り」
「……すごく、キザなこといっていますよ、理樹」
 非難するように、美魚はいった。だけど、その顔は、笑顔だった。




「今朝、あったとき、本当は別れよう、とおもっていたんです」
 しばらくして、美魚はぽつり、ぽつりと話し始めた。
「だけど別れるとなったら急に理樹のことがすごくすごく、気になるようになってしまって…」
「それで、今日一日、つけてたってこと」
「はい……お恥ずかしい、話ですが」
 そういってもう一度顔を俯けた。
「はじめ、あったとき、どうしてあんなこといったの?」
「理樹への餞の言葉のつもりでした。理樹に必要な言葉、だと思ったので…でも」
 そこまでいって、美魚は言葉を区切った。
「BL小説を書いていたから、振られた、ってことを認めたくなかったのかもしれません」
「……もう一度言うけど、美魚がホモ小説かいてい…」
「BL小説、です」
 そういう美魚に僕は苦笑する。どうしても譲れない一線らしい。そんな美魚に僕は苦笑する。
「BL小説を書いているからって嫌いにならないから」
「――理樹」
 そういって、美魚がほほ笑む。
「それにしても美魚も案外、嫉妬深いよね、クドと勉強したりするだけで、嫉妬するんだから」
 そういうと、美魚がむくれた。
「……言い訳になりますが、理樹が浮気している、って免罪符を手に入れたかったから過剰に反応してしまっただけですよ?」
「じゃあ、嫉妬しなかった?」
「…ずるいです、理樹」
 むくれながら、そういう美魚はやっぱりかわいい。
「だけど、恋人でもない小毬さんと、ハート柄の背景で、プリクラをとるのはあんまりだと思いますよ?」
「うーん、言われてみればそれはそうかもしれないけど…」
 だけど、そこまで気にすることかなぁ。
 と、そこまで言って気づく。なんで美魚は、プリクラをとったときの背景をしっているんだろう、って。
 プリクラをとったところは完全にカーテンで隠されていたのに。
 そう尋ねると、美魚はいった。
「プリクラを、見てください」
 そういわれ、プリクラをみる。僕と小毬さんしか映っていないはずのそのプリクラに、美魚が僕と小毬さんの間にうつっていた、はっきりと。
















「え、ええええええええええええええええ!?」
 思わず、声をあげてしまう。いやいやいや、あのとき確実にいなかったよね、美魚!?
 それに写した後、プリクラみたけど、美魚は映っていなかったはずだ。と、そこまで考えたときどこからか、「ほわぁぁぁぁぁっ」って声が聞こえてきた。
「な、何、今の声」
「黒小毬が驚いた声ですね」
 何、黒小毬って。……って、それよりもっ。
「み、美魚、このプリクラとったとき、いなかったよね!?」
「いましたよ?」
 いやいやいや、絶対いなかったって!プリクラにもたしかにさっきみるまでは写っていなかったってっ。
「影がうすいどこか、影がない少女でしたから、気配を消すくらい、わけないです」
 そんな非現実的なっ。
 いや、たしかに美魚は、昔、影がなかったけどっ。あ、あれ?幻想世界の中だけだったっけ?
 ふつーはそうだよね、とか考えているうちに、美魚の姿が消えた。
「あ、あれ、美魚?」
 ふと、プリクラをみると、プリクラの中でも美魚の姿が消えていた。
「な、なにこれ!?」
 といったあと、美魚の姿が、あらわれた。……なにこの無駄な特技。
「もし、尾行とかをしたいときがいってくださいね」
 そういって、にっこり、と美魚がほほ笑む。
 そんな美魚の笑顔に対して僕はつくづくこう思った。


























『佳奈多さんと浮気しよう』
 と。
 いや、だって、これは怖すぎる。彼女とはいえ、いつ近くにいるか、わからないなんて。
 ふと、さっきのことわざ、『男心と秋の空』を思い出して、僕は思った。
 ああ、あのことわざってほんとのことなんだな、と。


[No.836] 2008/12/31(Wed) 00:09:19
たなからぼたもち U (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ@1248 byte

「二木さんにとって、僕ってなんなのさ?」
「ぼたもち」

 思えば、そんなことを聞いてしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
 以後、彼女はことあるごとに僕をぼたもち呼ばわりするようになった。そもそもぼたもちってなんだよ。わけがわからない。
 ちょっとそこのぼたもち、そのファイル取って。ぼたもち、お茶入れてちょうだい。ぼたもち風情が何言ってるの? ぼたもちならぼたもちらしくしてなさいよ。相変わらずぼたもちの餡子みたいに甘いわね、あなたは。はんっ、ぼたもちの分際で。
 あまりにも酷い言われようだったので、僕はしばらくの間、ぼたもちに悪印象しか抱いていなかったのだけれど。
 ある日、クドに夜のお茶会に誘われた。エロい意味ではない。要するに例のお泊まり会だった。以前に比べてメンバーが数人増えている。二木さんもその一人で、またぼたもち呼ばわりされるのかと思うと半分嫌で、半分興奮に胸を高鳴らせた。
 そしたらなんと、クドが持ってきたお茶請けがぼたもちだった。見ると、二木さんが微妙に顔を引き攣らせていた。目が合った。そっぽ向かれた。

「ぼたもちと言えば、日本には“たなからぼたもち”という諺がありますが――」
「ちょ、ちょっと、クドリャフカっ」
「わふ? どうかしましたか?」
「べ、別になんでも……ないけど……」

 僕は悶えるあまりに床を転げ回った。鈴にきしょいとか言われた。二木さんがなんだか今すぐ死にたいとでも言いたげな顔をしていた。かわいかった。


[No.837] 2008/12/31(Wed) 00:13:44
――MVPここまで―― (No.817への返信 / 1階層) - 主催

ですってよ

[No.838] 2008/12/31(Wed) 00:21:11
似たもの夫婦 (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ 遅刻@2533byte

 僕の記憶の中の学園生活でのバトルとは比べ物にならないほどの大喧嘩だった。
 僕とお義父さんは二人して、暴れ続けるお義母さんと鈴を止めようとしてした。
「――――!!」
「―――――――!!!」
 女性の口からあまり出てはいけない言葉が部屋に響き渡り、女性が見せてはいけないような顔をしていた。
僕もお義父さんもすでに見ざる聞かざるの境地で仲裁にあたっていた。

 今日は鈴の実家へと挨拶に来たのだった。もちろん僕は鈴と子供の頃からの仲だから鈴のご両親には面識はあるし、あまり緊張もしなかったけれど、それでも、ベタなドラマにありがちな、お義父さん、娘さんを僕に君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!というシーンを思い返さなかったといえば嘘になる。
 それでも愛する鈴のために、僕は意を決して、鈴の実家へと向かったのだった。

 ところが、僕を待っていたのは冷たい視線などではなく、暖かいほのぼのとした団欒の場だった。
 二人とも、暖かく僕を迎え入れてくれて、結婚のことも、むしろ理樹君でよかったなどと言われるほどで、夕食を食べていこう、という鈴の提案も難なく受け入れることが出来た。家族というものを早くに失くした僕にとってはとても嬉しい一時だったのだ。
 そう、あの優しい空間が崩れ去ったのは夕食を食べ終わった後ぐらいだ。
 お義母さんと鈴の夕食の後片付けが終わり、四人で晩酌を酌み交わすことになった。
 飲んでいる最中に、お義母さんが言った。
「理樹君、鈴をもらってくれて本当にありがとう。恭介も、きっと喜んでいるわ」
 恭介の名が出た途端に、場の空気が変わった。お義父さんの顔は沈み、お義母さんの目には涙が溜まっていた。鈴は下を向いて、何も喋らない。僕がなにか言おうとすると、鈴が椅子から立ち上がり、ポツリと言った。
「馬鹿兄貴のことなんかどうでもいい」
 それを聞いたお義母さんの様子が変わる。今にも涙がこぼれそうだった眼には怒りの色が表れ、体をわなわなと震わせている。あっけにとられている僕ら二人をよそにお義母さんも椅子から立ち上がり、、鈴の頭を思いっきりはたいた。
 鈴はぐらついたが踏みとどまり、お義母さんをにらみつける眼は本気の眼だった。まずい。止めないと。慌てて立ち上がった僕とお義父さんを尻目に、壮絶な親子の大喧嘩が始まった。




 結果から言うと、二人とも見事なパンチで、ダブルノックアウトとなった。
 お義父さんと二人、それぞれのパートナーを介抱していると、僕の太ももで気絶している鈴を見ながらお義父さんが言った。
「きっとこの子は、恭介がいようといるまいと、ちゃんとやっていけるんだってことを言いたかったんじゃないかな」
「起きたら仲直りしてますよ。きっと」
 僕がそう言うと、お義父さんは、僕をしっかりと見据えた後、頭を下げた。そして、真摯な口調で言った。
「鈴を、よろしくお願いします」
 燦然とした部屋の中、頭を下げるお義父さんを見て、僕は誓った。


「必ず、鈴を幸せにしてみせます。」
 ピクッと、鈴の体が動いたような気がした。


[No.839] 2008/12/31(Wed) 00:25:33
話は下で果てる (No.817への返信 / 1階層) - ひみつ 遅刻ってレヴェルじゃねーぞ!@3710 byte

「ところで理樹」
朝。話していると恭介がいきなり、
「やはりリトルバスターズもそろそろ進化するべき時だと思うんだが」
などと頭の悪いことをのたまった。
「進化って?」
「ああ。リトルバスターズのメンバーも増えてきたことだし」
「うん」
「リトルバスターズも改革の時を迎えるべきだと思うんだ」
「そう」
眠いので適当に返事しておく。全く恭介ときたら、もっと他に考えることがあるだろう。小毬さんのぱんつとか、クドのぶらじゃーとか。
「理樹、改革のために最初にするべき事は何だと思う?」
「うーん、なんだろうね」
「名前を変えることだ。名前を変えて心機一転、また始めるってのは良くあるだろ、不祥事があった後の会社とかさ。あれと同じで、まずは名前を変えて気を引き締めるんだ」
例えが縁起悪すぎてやる気になれない。そして気を引き締める必要がどこにあるんだと思ったが、そんなことは言わずに黙っていた。僕は今、鈴のぱんつを拝借するためのルートを考えるので忙しいんだ。いちいちツッコミを入れてる余裕はない。と思っていたらいきなり、
「という訳で理樹、お前にミッションを命じる。リトルバスターズの新たな呼称を考案しろ。まあ、メンバーからの希望もあとで聞くし、あくまで暫定のもので変えるかどうかは分からないがな」
と言い出した。恭介がやってよ、と言おうとしたのだが有無を言わさず
「ミッションスタート!」
と言い切ったので、とりあえず陽動も兼ねて後で鈴に「恭介がクドの下着を盗もうとしているらしいよ」と言っておくことにして、渋々一旦思考に沈むことにした。

この場合の条件としては、全員の納得する様なものにするのが望ましいだろう。ぱんつ。となると各人の好みを正確に捉え小毬さんのぱんつ、全員の好みに偏り過ぎないようにしなければいけない。クドのぱんつ。分かりやすいもので言えば鈴が猫、クドが和風、真人が筋肉といったところか。更に言えば、恐らく謙吾は呼称が全く違ったものになるのは嫌なはずなので、ある程度リトルバスターズという形を残さなければならない。来ヶ谷さんのおっぱい。となると「バスターズ」ぐらいは残しておいたほうがいいか。葉留佳さんのおっぱい、佳奈多さんのおっぱい。とりあえず「○○バスターズ」という形にするとして、ここからがおっぱい問題だ。おっぱい問題っていい響きだな。「○○」の部分に何を入れようか、おっぱい。うん、おっぱいバスターズ。けしからんおっぱい達に正義の鉄槌を下す。うん、実にいい響き。いやでもこれだと鈴とかから苦情が来るかもしれないな、ぱんつ。そうそう、鈴のぱんつってすごくいい匂いがするんだよ。ちょっと汗のにおいが残っている所とか最高にいいんだ。でも匂いで言ったら小毬さんのぱんつも甘いにおいがしていいんだよなあ。いや、ちゃんと集中してかんがえないと、佳奈たさんのぱんつ。うーん、佳な多さんのぱんつは本人とのギャップが激しくていいんだよな、笹瀬川さんの下着もそうだけど。笹せ川さんはがっかりおっぱいだけど、いやだからこそぶらじゃーがすごく官能的なんだよな。でも来ヶ谷さんみたいな大きいおっぱいの人が付けてるのもまたたまらなくいいんだけど。来ヶ谷さんはガードがかたいんだよな、来ヶ谷さんと沙耶さんのぱんつがそろえばもうコンプリートなのに。・・・いやちゃんと考えないと、そうだ、ここは基本にたち返らなきゃ。リトルバスターズの基本おっぱい。おっぱいの基本、そう、ぺったんこ、(21)。ロリロリバスターズ。・・・いや、これでは恭介と同じだ。ぼくはきょう介よりさらに一歩さきをすすまなければならないおっぱい。ロリよりさらにいっぽさきを進む。ロリからしんかしつつげんけいをのこし。さらにそのさきをいきすじょせいじんぜんいんをとりこにするあらたな名前。すなわち―――

「はぁ、はぁ・・・恭すけ・・・きまっらよ・・・」
「おお理樹、そんなボロボロになって無駄に色っぽすぎる吐息を漏らすほど真剣に考えてくれたのか。俺は嬉しいぞ。襲うのはとりあえず後にするから、今こそ新たな名前を解き放て理樹!」
恭介が無駄に少年漫画的に叫ぶ。なんとなく面白いのでノってみる。
「うん、恭介。いまこそこの伝説の名前を解放するよ。リトルバスターズの新たなチーム名は・・・ガールズ<筋肉ーッ!>バスターズだ!」
「そんな恥ずかしいどころか名前呼ぶたびにX指定になる名前があるかぼけーっ!」

・・・まあ、その。二つのことを同時に考えるのは良くないよねとか、きっとそういう類の話。


[No.846] 2008/12/31(Wed) 23:45:57
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