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   第24回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2009/01/08(Thu) 00:13:56 [No.855]
赤い雨が降る - ひみつ@1754Byte 遅刻 20分で書けとかorz ぐろくないよ、ほんとだよ - 2009/01/10(Sat) 22:05:26 [No.878]
MVPしめきり - 主催 - 2009/01/10(Sat) 00:54:00 [No.874]
水溜まりに飛び込んで - ひみつ@とりあえず何か一つ書ければよかった 5550 byte - 2009/01/10(Sat) 00:37:05 [No.872]
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雨ときおりハルシネイション - ひみつ@20374 byte - 2009/01/08(Thu) 23:41:15 [No.859]
雨のひ、ふたり。 - ヒミツ@12168 byte - 2009/01/08(Thu) 22:51:59 [No.858]
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Re: MVPと次回について - west garden - 2009/01/19(Mon) 00:56:25 [No.885]
Re: MVPと次回について - 主催 - 2009/01/19(Mon) 22:53:13 [No.886]



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第24回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) (親記事) - 主催

 エクスタシーネタバレの申告は必要ありません。
 未プレイだけど参加しちゃうぜ!な方はご注意ください。


 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「雨」です。

 締め切りは1月9日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は1月10日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.855] 2009/01/08(Thu) 00:13:56
最後の涙 (No.855への返信 / 1階層) - HIMITU@ 8214 byte

 夢を見た気がする。遠い昔に見た夢を夢で見た気がする。たしか、あの時も今日と同じように雨が降っていた。





 目を覚ます。とたんに感じる寒さ。ああ、雨が降っているんだな。そう寝起きの頭で他人事のように考えた。
「はぁ。今日は久しぶりのデートなのに」
「おはよう。彩」
 憂鬱な感情をため息と愚痴と共に吐き出したあたしの言葉に気がついて、にっこりと微笑んでくれた旦那にあたしも自然に笑みがこぼれた。
「おはよう、あなた」

 旦那がいるのは台所、火を使っている音と匂いが食欲をそそる。もちろん別にあたしが無理矢理台所に立たせている訳じゃなくて、休日の時くらい朝寝坊しておきなという彼の善意だ。うん、あたしはいい旦那をつかまえたと思う。
「もうすぐ出来るよ、彩みたいに凝ったものじゃないけどね」
「あたしだってそう上手くないわよ」
「ははは。彩が下手なら上手な人はいないよ」
 そんな雑談をしながら立ち上がり、洗面所に向かう。今更気にしても仕方が無いとは分かっていても、やはり好きな人に寝起きの情けない姿は見せたくない。せめて最低限、身支度を整えて顔を見せたい乙女心。いや、もう乙女って年じゃないのは自覚してるけど。
「彩。もうできるよ?」
「分かってるわよ身支度くらいさせなさいよ見せたくない顔がある事くらい察せぇ!」
「そんな、今更でしょ」
 狭い家であるせいで洗面所にため息まで聞こえてくる。あたしは顔を洗って目垢を落とし、髪の毛にブラシを通してボサボサになったそれを梳く。
「だって久しぶりの二人っきりじゃない。少しくらい意識させてよ」
「昨日も一昨日もすごい格好だったくせに」
「過去の事は忘れなさい!」
「そんなムチャクチャな…」
 パジャマを脱いで脱衣かごへ。下着姿の鏡の中の自分を見て思う。うん、今日もあたしは綺麗だ。これならきっと嫌われない。本当ならもうちょっと体に気を使いたいけど、もうすぐ朝食ができるのならそんなに時間をかけられない。鏡に映る自分から目を離して足を動かす。せっかくだから温かいうちに食べたいし。
「パンにソーセージにスプラングルエッグ、サラダ付き。美味しそうじゃない」
「って言うか、その格好はいいの?」
 テーブルに並んだ朝食を見て頬を弛めるあたしと、あたしの下着姿を見て顔を赤らめて目を逸らしながら表情を弛める旦那。このエロ親父め。
「たまにはこんな刺激的な朝もいいでしょ。どう、この下着?」
「風邪ひくから早く服を着なって!!」
「別に下着姿の一つや二つ、気にしない事をしてるじゃない。子供までつくってるんだから」
 そう言いつつも自分の顔が少しずつ赤くなっていくのが自分でも分かる。こんな付き合い始めみたいな反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。いや、本当に妙に気恥ずかしい。ちょっと急いで服を着る。
「ああビックリした」
「ふっ。まだまだ青いわね」
「僕は一生青いままな気がするよ」
 照れる旦那に勝ち誇ってやる。実際はあたしも十分青い気がするけど。そんな言い合いをしながらあたしは席につき、旦那と一緒に食事をとる。しばらくは無言で食器の音だけがカチャカチャとなる静かな時間が過ぎた。
「理樹」
「ん?」
 突然その単語が、自分でも意識しないで口から飛び出た。それにきょとんとするのは何も旦那だけじゃなくてあたしもだ。
「大丈夫かな?」
 だから当たり障りの無い事を言う。それに旦那は苦笑いをしながら答えてくれた。
「まあ僕も心配だけどね。けどお義父さんがちゃんと面倒を見てくれてるんだ。問題ないさ」
 ちょっと焦げたソーセージを口に運びながらの言葉。あたしもソーセージをくわえてみる。美味しい。ちなみによく見て見たら、旦那のソーセージはほとんどが少し焦げていて、あたしのソーセージは全然焦げていない。焦げたソーセージを自分の皿に集中させるなんてこの天然紳士め。夜は野獣になるくせに。
「彩、顔が赤いよ? やっぱり風邪をひいた?」
「うんがーっ!」
「懐かしいね、それ。けど君は女性で母親なんだからもう少し言葉には気を使わないと子供の教育に悪いよ」
 指摘されて更に顔を赤くしたあたし。それに冷静になって文句を加える旦那。だけど心配はいらないと思う、どう見てもあの子は父親似だからあたしにはあまり似ないだろうし。パッと見、男の子か女の子かも分からない所とか特に父親似だ。子供の将来が本当に心配だと、目の前の旦那を見て思う。
 そんな他愛もない雑談をお皿が空くまで続ける。カチャカチャという食器の響きはほとんど途切れなくて、すぐに朝食が終わった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま。どうだった?」
「うん。美味しかったわよ」
 お世辞じゃなくてそう言う。そんなに難しい料理じゃないとは言え、滅多に料理をあまりしない旦那の料理が美味しいのは正直、悔しい。絶対何か秘密があるはずだ。隠し味に何かを入れているとか。例えば、愛とか。
「うんがーっ!!」
「え? 何、急にどうしたの?」
 恥ずかしさで悶えたあたしをきょとんとした顔で眺めてくる旦那が印象的な朝食後だった。

 朝食が終われば待ちかねたデートだ。子供は預けてあるし、本当に久しぶりの女と男のデート。すごく心が躍る。速急に支度を整えて、外出。外で待ち合わせをした方が恋人っぽいのかも知れないけど、正直恋人っぽさよりもより多くの時間を一緒にいたいっていうあたしの要望、というかワガママでこんな形になった。
「行こっ!」
「わわわっ」
 ドアを開けて鍵を閉める。それと同時に飛びついて腕を絡ませた。よろけて顔を赤らめたのは、慌てただけじゃなくて照れているんだと思いたい。
「あ、彩。これじゃあ傘をさせないんだけど」
「いいじゃない、一つの傘に二人で入れば」
 それを俗に相合い傘と言う。言っているこっちも恥ずかしかったが、旦那も顔が一気に赤くなる。
「彩、顔が真っ赤だよ」
「あなたこそ」
 二人でクスクスと笑い合った。
 そうしてから二人、どちらともなく寄り添って傘を一つだけ開く。あたしのじゃない黒い傘に潜り込んで、二人で歩く。
「雨かぁ」
「雨だね」
 取り留めのない、と言うか意味の無い会話になってしまった。意味の無い独り言まで拾ってくれるなんて、あたしは本当にいい旦那をつかまえたと思う。
「彩はさ、何か雨に思い入れとかあるの?」
 だけど、いきなりそんな事を聞かれて心臓がドキリと動いた。
「なんで?」
 あたしは反射的にそう問い返す。旦那は少しだけ頭を傾げて考えた後に返事をしてくれた。
「何となく、かな」
 なんとも言いがたい返事だったけど。とにかくそれはともかくとして、あたしはちょっと考える。意地でも隠しておきたい話ではないけど、あまり愉快な話じゃないのも確か。できるなら別の機会にしたいと思うのだけど、残念ながらそういう訳にもいかないらしい。旦那がすごい心配そうな顔であたしの顔を見つめてきてるし。こういう時は勘が鋭いんだから。
「雨の日に事故にあったの。土砂崩れ」
「あ」
 隣から間抜けな声が聞こえてきた。あたしの体をよく見てみれば、古傷がたくさんある。その事は旦那も当然知っているし、あたしが土砂崩れの事故にあった事も知っている。ただ、その時に雨が降っていた事を旦那は知らなかっただけだ。
 急に気温が冷えて肌寒くなった気がする。
「言ってなかったけど、あの時は本当に死ぬんだと思ったの。別に死にたかった訳じゃないけど、あたしが死ぬことを納得しちゃった感じ」
 次に自衛隊の仮設テントの中で目を覚ました時が逆に不思議だった。何であたしは生きているんだろうって。
「何かあったかい夢を見てた気がするんだけど、全然思い出せないし。もしかしたら死後の世界ってやつなのかもね。それをね、ちょっと思い出しただけ」
「彩」
 すごく悲しそうな顔が隣にある。ほら、こうなるから話したくなかったのに。あたしはもう何とも思ってないのに、絶対そんな顔をすると思ったから。
 だから声をかけるよりも早く、キスをしてやった。こうすれば悲しそうな顔を見なくて済むし、デートらしい。しばらくそのままでいたら、向こうの方から舌を入れてきた。あたしの口の中で赤い軟体動物が動いて絡む。
 傘が雨に叩かれる音がする。雨の中、人通りの少ない歩道でキスをする目を閉じた旦那とあたしに、一瞬だけとても明るいスポットライトが当たった。






























 あ、死ぬんだ。
 すごい納得がいった。別に体は痛くないのに、気がついたら確信できた。
 目の前には綺麗な旦那の顔があった。目を閉じてキスをした表情のまま、旦那の顔だけがそこにあった。首から下は赤いペンキがぶちまけられているし、ところどころに白やら黄色やらが見えるけど、とりあえず旦那の顔は綺麗だ。
 どこかで焦げる臭いがする。雨がザアザアと降っている。雨が顔にかかって、デートの為にせっかくとかした髪が崩れていく。傘をさして雨をよけないと。
 それで傘は、傘はどこにいったのだろう? 目の隅でメチャクチャになっているステンレスとビニールはもう傘とは呼べない物体な気がする。精一杯の力で首を動かしてみるけど、傘は見つからない。鉄クズになった車とか、お腹から下がミキサーにかけられたみたいなあたしの体は見つかったけど、傘だけは見つからない。
「理、樹」
 言葉が漏れる。旦那も死んであたしも死んで、独り残される一人息子の名前。

 理樹は、大丈夫かな? これから一人でちゃんと生きていけるかな?

 疑問は口から出ることもなくて、答えが返ってくるはずもない。
 けど、だけど。聞かなくても分かる気がした。理樹はきっと、友達に恵まれて一生を過ごせる。それはきっと、愛嬌のある丈夫な男の子だったり、お菓子の大好きなほわほわした女の子だったり、日本の事に詳しい小さなクォーターの少女だったり、笑顔が無邪気な年上の青年だったり。思い出すみたいに次から次と顔が浮かんでくる。
 意識が切れてあたしが無くなる。その感覚が少しだけ懐かしくて、涙が零れたような気がした。


[No.857] 2009/01/08(Thu) 21:22:21
雨のひ、ふたり。 (No.855への返信 / 1階層) - ヒミツ@12168 byte

 ♪〜 となりの○っトロ ○っト〜ロ   ○っトロ ○っト〜ロ 〜♪

 エンディングテーマを軽く聞き流しながら、目の前で音楽に合わせて揺れる尻尾に軽く顔を埋めてみた。
 鼻息がくすぐったいのか、むずかるように少しだけ身じろぎしたが、すぐに身体を預けてきた。子供の体温は高いというけれど、精神年齢が子供の場合も当てはまるんだろうか?などと埒もないことを考えながら、少しだけしっかりと抱き寄せた。

「うみゅ…なんだ、するのか?」

 不安そうな顔で訊いてくるので、なるべく無害そうな顔で違うよ、と否定しておいた。最近、お互いに歯止めが利かなくなってきているせいか、する前の警戒も強くなった。あまり無防備にそんな表情を見せないでほしい。ぞくそくしてしまうから。
 首筋に冷気が忍び寄ってきたのを感じて、包まっていた布団を頭から被りなおした。ぞくぞくしたのは寒さのせいだ。僕らのやり取りを他所にDVDは回り続け、風に煽られた雨粒が窓ガラスに当たってぱらぱらと音を立てた。

「寒くない?」
「くない」

 まあ、言いたいことは伝わった。それでも念のため密着度アップ。

 ↑ぬくさが10上がった!
 ↑なごみ度が5上がった!
 ↑恥ずかしさが5上がった!
 ↓自制心が20下がった!

 あれ、ちょっとやばいかもしれない。

「どーした?」
「ん、なんでもないよ」

 まあ、僕の自制心はもうちょっと残ってるから大丈夫だろう。たぶん。
 でも、黙っていると見る見るうちに下がっていきそうなので、何か喋った方がいいとは思った。思っただけ。
 柔っこくてぬくいこの娘を抱いていると、覇気が薄れていくというか、自分がどんどん堕落していくような気がする。甘美な堕落。あ、なんかいい響きかも。
 積極的に堕落を楽しむことにして、くんかくんかと鈴の匂いをかいだりしてみた。…うん、冗談。そこまではしなかった。
 鈴の方はさっきからもじもじと落ち着かない様子で、おそらくだけど恥ずかしいのを我慢しているんだろう。僕よりも限界値が低いようだから。
 抜け出そうともがき始めるのを少し困らせたくなって、脚もからめてしっかりとホールドしたら、しまいには後頭部が飛んできた。

「離せぼけーっ!!」

 僕の拘束から抜け出した鈴は、およそ僕の予想通り顔を真っ赤にして、うっすら涙まで浮かべていた。
 でも、すぐにトイレに駆け込んだところを見ると、その表情の理由は予想とはちょっと違っていたようだ。今の顔も良かったけれど。

「おかえり」
「うう…」

 ちょっと大げさにあごをさすりながら出迎えると、鈴は素直に僕の懐に納まった。寄りかかってくる、膝を抱えて丸くなった鈴の重さ。
 胸にかかるそれは、まあそれなりには重いけれど、人ひとり分としては少ない。…もう少し増えてくれると嬉しい。

「うー…なんだ?」
「いや、ちょっと冷えたんじゃないかなと思って。うん、やっぱり足冷たいよ」

 そう、胸のことなんて考えてない。こちらの顔も見ずに心を見透かしてきたのでごまかしてみる。でも触れた足先は本当に冷たかった。
 ひんやりとした小さなつめと小さなゆび。手のひらに包み込んでゆっくりさする。

「…くすぐったい」
「うん、でもしもやけになっちゃうから」

 嘘だ。このくらいじゃ多分ならない。ぷくっと膨らんだ指先をふにふにする。特に中指のあたりがちょっと肉球に通じる気持ちよさだ。熱心にふにる。
 鈴の指で遊びながらちらりと見ると、ほったらかしにされた小さめの液晶が所在無げにタイトル画面をリプレイしていた。

「鈴、次は何観ようか?」
「んー…いい。まだいい」

 僕が遊んでいる間、鈴が退屈すると思ったのだけど、違うのだろうか?小さな箱に手を伸ばし、電源を落とす。
 ぱちぱちっ。窓ガラスに強めに当たった雨。やけに大きく聞こえたその音で、部屋の静けさを認識する。なんか文学的っぽい。
 耳を澄まして気付いた息遣い。僕も彼女も落ち着いていた。鈴がはぁはぁ言ってないのは残念だったけど、自分の息が荒くないのは安心した。
 不意に鈴が身体を前に倒した。足を僕に捕らえられたまま、テーブルのほうへと懸命に手を伸ばす。何をしたいかは分かったけれど、僕は忙しいのでその様子を心の中で応援しながら見守るしかできなかった。

「んんっ。んーぅ…んゃっ!」

 ささやかな気合の声と共に上体がちょっとだけ伸び、その指先がかすめたみかんをころりとこちらへ転がした。いったんは崩した体勢を立て直した鈴は、今度は難なくみかんをキャッチし、ちいさく歓声をあげる。
 その喜びのお裾分けなのか、振り返って得意げな顔を向けてきた。たぶん本人は“ちょっとだけ嬉しい顔”のつもりなんだろうけど、頬と小鼻のあたりがぴくぴくと小躍りしていて、まるで装えていなかった。
 頭を撫でてあげたいけれど、手がふさがっているので代わりに頬擦りしてみた。

「ゃ…やめ…きしょぃ…」
「んー?」

 鈴は例のごとくむずかったけれど、本気で嫌がっているわけではなさそうなので知らん振りして、たっぷりほっぺたの感触を楽しんでおいた。
 ことしのほっぺたはぷにぷにのもちもちだ。僕のかさかさした頬にも負けずに吸いついてくる。一匹猫だった去年から比べたら考えられないしっとり感だ。みんなに感謝しないといけないな。
 鈴がみんなから寄ってたかってコスメの講習を受けていたのを思い出していると、鈴が頬擦りから逃れて僕の顔を覗き込んだ。

「んぅ…ん、どした?」
「何でもないよ」
「うそつけ、なんかエロい顔してた」

 失敬な。笑いはしたかもしれないけど、今のはエロいことを考えていた顔じゃない。そう抗議しようと思ったら、鈴の興味は既に手元のみかんに移ってしまった後だった。
 皮につめをつき立てて、そこからぺりぺりと皮をむしっていく。剥くのではなくむしる。横顔を覗き込めば、鈴はとても真剣にみかんと向き合っている、いるのだけれど、どんなに慎重にはがしていっても、何故かすぐに途切れてしまう。あっ、とかにゃっ、とか声が上がるたび、細かくちぎれた皮が足もとに溜まっていった。
 なんとか剥きあがったみかんをぱっくりとふたつに割ると、ひと房ずつ大事に取って食べ始めた。白いもさもさはついたままだ。僕はもさもさも綺麗に取ってつるつるにしてから食べるのが好きなんだけれど、鈴はそんなのお構いなし。

「鈴」
「ん」

 僕が声を掛けると、ひと房だけ僕の口に放り込んでくれる。意思疎通はばっちりだ。でももさもさは取ってくれない。
 みかんを飲み込むと、頭の中でもぐもぐと響いていた音が消え、静かさが際立った気がした。
 窓がかたかたと揺れる。風が強まる代わりに雨は細かい粒になったようで、さあぁっ、とときおりガラスに吹き付けるようになっていた。
 指を休ませて足の甲をさすっていると、ふいに鈴が口を開いた。

「けっこう面白かったな、いや、すごく面白かった」

 何のことか咄嗟に判断できずにいると、焦れたように「映画だ、さっきの」と付け足した。僕が今鼻歌を口ずさんでいたらしい。
 くちゃくちゃ面白いとまではいかなかったけれど、気に入ってはもらえたみたいだ。「そうだねー」と打った相槌が適当っぽく聞こえたのか、ちょっと「むぅー」としていたけど。

「あれだ。ねこバスとか乗ってみたいな」
「ええー、ちょっと不気味じゃない?」

 目光るし口はチェシャ猫みたいだし。あと脚多いし。でも鈴にとって重要なのはそこじゃなかったらしい。

「なにぃ?かわい…くはないが、ふかふかのもこもこだぞ?」
「毛皮だからねぇ」

 それでもあれはデフォルメされてたからまだ“ちょっと不気味”程度で済んでるけど、あれが現実に存在したらかなり大型の肉食獣だ。それが夜道で突然現れたら僕は腰を抜かす。
 足の指にばかり夢中で、あまり気のない僕の反応が鈴には不満らしく、軽く喉で唸りながら上体を捻ってのしかかって来た。バランスが崩れて倒れそうになったので、背中に腕を回して抱きかかえる。ごすっ、と割と痛そうな音を僕の後頭部が奏でた。変な角度で壁にぶつかったので実際痛い。頭もそうだけど首が。
 首がつっかえて背中が浮いてしまっていたので、体をずらしてようやくベッドに倒れこんだ。背中でもぞもぞとずれる様は裏返しのいもむしみたいだったと思うけど、両手がふさがってるからしょうがない。まあ誰も見ていないし。

「だ、だいじょうぶか?」
「うぅ、大丈夫だけど痛いね…」
「ごめん…」

 慌てて見上げてくるので正直に言うと、しゅんとしおれて僕の胸に顔を伏せてしまった。
 背中に回していた手を頭に乗せる。いつもぎゅうぎゅうにひっつめている髪も、今は力が抜けたみたいに根本が緩んで膨らんでいた。もしゃっとした手触りの頭をゆっくり撫でる。手のひらが少しくすぐったい。
 風はおさまったみたいで、窓の外も静まり返っていた。視線を戻すと、切なげに細めた鈴の目がこちらを見上げていた。僕の方を向きながら、どこでもないどこかを見るような曖昧な視線。かすかに開いた唇に、僕が吸い寄せられそうになったとき、

「っくちっ!」ごづっ!

 甘い飛沫と至近距離からのヘッドバッドを喰らって僕は悶絶した。




「ねぇ」
「…」
「ねぇ、鈴」
「っさい!」

 僕が悶絶している間、放り出された鈴は赤い額をさすりながらも自分の為すべきことを為した。つまり、
 1.僕らの下敷きになって歪に折りたたまれていた掛け布団を引っぺがし(僕は丸太のように転がされた)。
 2.一度掛け布団を丁寧に広げ(ついでとばかりに僕をベッドから蹴り落とした)。
 3.その布団にくるまって不貞寝した(僕は落下のダメージで悶絶時間が追加された)。
 そして今、ようやく悶絶を脱した僕は、ベッドの横で正座しながら鈴にすげなくされている。カーペットの敷かれた床は、僕の部屋の冷たい板張りよりはましだけれど、硬めの繊維が地味に痛い。それに頭も前後に拡大してるんじゃないかってくらい痛いし、落ちたときに打った背中やら肘やらも痛い。痛みで寒さなんか忘れそうだ。そして寒い。

「り…」
「ふかーっ!」

 溝はなかなか埋まりそうになかった。
 鈴の声は、僕に背を向けて布団にもぐっているせいでくぐもってしまっていた。自分ではかなり強く言っているつもりなんだろうけどちっとも怖くなかった。
 自らの重さに耐え切れず、窓を水滴が流れ落ちていく。

「ごめん、僕が悪かったよ」
「…」
「その…なんかキスとかしたくなっちゃって」
「なんかってなんだ」

 痛いところをつかれた。これでもかというほど身体が痛いのに、追い打ちを喰らった気分だ。
 仕方ないじゃないか、くしゃみが出そうな顔に勘違いしてドキっとしたとは口が裂けそうになるまで言えない。
 鈴は寝返りをうって、ぎりぎり目から上だけを布団から出して僕を見ていた。
 よし、ごまかそう。

「ほんとにごめん。鈴がそんなに嫌がるなんて思わなかったんだ」
「なっ!?」
「頭突きするほど嫌だったなんて気がつかなかった」
「や…ちが…!」

 鈴は動揺のあまり言葉の断片をこぼすばかり。もうひと押ししてから引けば、鈴は安堵のあまり怒りなんて忘れてしまうだろう。そう思った。

「…いや、違わないな。たしかに嫌だった」
「え?」

 動揺させられたのは僕の方だった。くぐもった声でこぼした鈴は、憂いが秘められているような真剣な眼差しを一瞬見せ、すぐに伏せてしまった。

「そうだ、あのとき、理樹があたしをただエロの相手としてしか見ていないような気がした…。あたしはそれがつらかった。
 だから頭突きしたんだ。そうか、この痛みはあたしの心の痛みなんだな…」

 鈴はそう言って布団の中に頭まで潜ってしまった。取り残されたしっぽが寂しそうにうなだれている。
 僕はといえば、鈴の言葉が胸に突き刺さって、立ち上がりかけた中途半端な姿勢のままで固まってしまっていた。鈴の口から始めて聞いた明確な拒絶の言葉。
 いままでは、言葉では嫌がりながらも本心では受け入れ、悦んでくれていたのに。いや、それも僕の思い違いだったのだろうか?
 本心から嫌だと思っていても、僕へ想いがそれを我慢させていたんだとしたら…いや、でもあんなに悦んで…実は演技だった?
 疑念と後悔がない交ぜになって頭の中でぐるぐると渦を巻く。溢れた泥水は、涙腺の堤防をあっさりと突き崩して床へと滴った。

「ふふ、少しは反省したか…ってうわっ!?何で泣いてるんだ理樹!」
「ぐずっ…だって、僕がへたくそだ、から、鈴を悦ばせ…だか、愛想を…」
「ばっ、なに…ぅ、あほかぁっ!」
「ばふっ!?」

 顔を真っ赤に瞬間沸騰させた鈴から枕が飛んできて、顔面で受け止めることになった。痛みでツンとした鼻に、鈴の匂いが後からやってくる。

「すぐそっちに持っていくのを直せと言ってるんだ!
 …ばかっ」

 真っ赤な顔のまままくし立てると、また布団を被ってしまった。

「ふぇ?…じゃあ、僕が下手だからってわけじゃ、ない?」
「下手とかわかるかぼけぇ!あたしは、その…      …理樹がぃぃ」

 布団の中からのくぐもった声だけれど、ちゃんと届いた。この気持ちを何と言ったらいいんだろう。いても立ってもいられずに窓を開ける。吹き込んだ風に乗ってきた雨粒が僕の身体を濡らしていく。雨よ降れ!そんなものじゃ僕の熱を冷ませやしないさ!
 迸る衝動のままに僕は叫ぶ。

「いぃやっほーーーーーーう!!あぁいしてるよぉっ、り、ぐべっ!?」
「うっさい!近所迷惑だろっ!!あと寒いわっ!!」

 くずかごの角は痛かった。




「痛いよう、寒いよう」
「ばかなことを言うからだ。反省しろ」
「うう…しくしく」
「つーん」

 後頭部の腫れを三倍程度に増量した僕は、くずかごから飛び散ったごみを拾いなおしていた。泣き真似までして同情を誘っているのに鈴はまた背中を向けたまま、手伝ってもくれない。
 小降りだったから身体はもう乾いていたけれど、結局、終わる頃にはすっかり指先がかじかんでしまっていた。寒さに震える頑張り屋さんの手に、息を吐きかけながら僕は語りかけた。

「ああ、真人、疲れたろう…?僕も疲れたんだ…なんだかとても眠いんだ…」
「何やってるんだお前」
「ネ□とパ○ラッシュごっこ」
「ばかだな。…ほんとーにばかだ。ばーか」

 もうすぐクライマックスを迎えようという僕に対してあんまりな言葉だ。ひとこと文句を言ってやろうと振り向いた僕だったけれど、口をついて出たのは文句ではなく質問だった。

「…なにしてるの?」

 こちらに向き直った鈴は、布団の端を持ち上げて、真っ赤な顔でそっぽを向いていた。



「寒いんだ。早く入れ。
               …ばか」



 雨はまだ降り続き、なかなかやむ気配を見せない。
 だから、あたたかい布団にくるまって、だらだらしよう。きみと。


[No.858] 2009/01/08(Thu) 22:51:59
雨ときおりハルシネイション (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@20374 byte

   ■

「クド、ごめん。ちょっとどいてくれるかな」
「あ、はい、わかりましたー」
 流し台の下で文庫本を読んでいたクドにそう話しかけてどいてもらう。僕の手にはビニル袋。今日の食事当番は僕だ。鈴が帰ってくる前に少しでも進めておきたい。僕に気を使っているのか、すぐに休めと鈴は言う。けど、鈴だって最近は忙しそうだ。二人で住むときに決めたルールだし、出来るだけ守りたい。僕らは二人で生きていくと決めたのだ。
「ええっと……みりんはどこだったかな」
「流しのしたですよ。ちょうど能美さんがいたところです」
「ありがとう」
「他にも料理酒やお酢もあるので、お間違えのないように」
 西園さんの指摘どおり、みりんはその他大勢の瓶に、こっそり隠れる様に身を潜めていた。僕は瓶を取り出してから、ふと、室内をみやる。部屋は1DK。奥に見える六畳の洋間はカーテンで仕切ってある。僕と鈴が寝泊りするのはそこだ。手前のダイニングには小さなソファが二つ、小さな机とテレビが一つずつ。二人で住むには手狭だけれど、これ以上の広さは、僕と鈴の収入で借りるのは無理があった。
 クドはいる場所を追われたため、どこへ行こうかきょろきょろと辺りを見回している。ソファに陣取っていた来ヶ谷さんがおいで、と膝を叩いている。クドは朗らかに笑い、ソファの横へ腰を下ろした。来ヶ谷さんが不満そうに息を漏らす。隣のソファでは葉留佳さんが真剣な顔をしてテレビへ目を向けていた。どうやらシューティングゲームに興じているらしい。あまり巧くない。西園さんは僕へのアドバイスで満足したのか、隅へ移動し、文庫本を広げていた。謙虚な彼女はスペースをとらない。謙虚でない真人は部屋の真ん中では腕立て伏せをしている。背中には、瞑想状態の謙吾があぐらをかいていた。机には、小毬さんが顔を伏せて眠っている。そこには午後の緩やかな光が差し込んでいた。髪の色が鮮やかに透ける。光を追って窓を見やると、窓辺に恭介が腰掛けていた。恭介は読んでいた漫画本から目を上げる。
「どうした、作らないのか」
「いや、作るよ」
 そうして僕はビニル袋に入っていた材料を取り出す。
「お、今日はカレーかっ」
 腕立て伏せの勢いは止まらず、真人の声が聴こえる。謙吾が顔をしかめた。
「どうして見もせずに判るんだお前は」
「理樹とは何年も一緒だったんだ。何を買ってきたなんて、こすれる音で判るぜっ。それに理樹はカレーにみりんをいれるんだっ」
「把握しすぎて気味が悪いな……」
 謙吾の溜息。部屋の中に小さな笑いが生まれる。それに気を取られたのか、テレビ画面上では飛行機が盛大に爆散していた。悲鳴にも似た声。びくりと小毬さんの肩が震えて、ゲームの中身を取替えに来た葉留佳さんに鋭く頭突きをした。うずくまる小毬さん。転げまわる葉留佳さん。げらげらと来ヶ谷さんが笑っていて、少し酷いと思ったけど、気づいたら皆笑っていた。
 でもすぐにやむ。チャイムが鳴った。
「おーい、理樹、帰ったぞー」
 鉄と鉄ががなり合う音が僕しかいない室内に響く。
「ん、なんだ、鍵かかってるのか」
「ああ、ごめん、今開けるよ」
 僕は言葉とは真逆に動く。全速でゲーム機とテレビのスイッチを切る。葉留佳さんが頭を抱えながらこっちを恨めしそうにみていた。心の中で謝る。小毬さんはダメージが深いのか、ぴくりとも動かない。それとも鈴が帰ってきたからだろうか。僕は出来るだけ続きを考えないようにする。クドと西園さんから文庫本を回収して、部屋の本棚へ戻した。二人にも心の中で謝る。もうへたに声も出せない。
「理樹」
 呼び止められる。急いでるのに、と振り返る。恭介は少しだけ目を細めた後。
「ほら、忘れてるぞ」
 そういって、僕へ漫画本を手渡す。急いで本棚に戻した。危なかった。これで何とか大丈夫なはずだ。
 足音は出来るだけ立てずに、玄関へと向かう。一度深呼吸して、気持ちを落ち着ける。扉を開けると、狭い廊下。傘の水を切る鈴がいる。
「天気予報もたまにはあたるな。傘持ってったのに、びちょぬれだ」
 僕は恭介がいた窓辺からあふれる暖かな光を思い出す。でも鈴の背後には、壊れた蛇口のように雨が降り注いでいた。
「理樹、どうした?」
「……なんでもない」
「そっか? まぁいいや。とにかくお腹ぺこぺこだ」
 鈴が部屋の中へ入る。なんだ、まだ進んでないのか。うん、さっき帰ってきたばかりで。じゃ、あたしが腕を振るうか。いいよ、鈴はさっきまで仕事だったんだし。それを言ったら理樹もだぞ。だから当番制なんでしょ。
 いつものやり取りをしながら、室内を見渡す。窓から差し込む光なんてない。切り取られた四角に見えるのは、ただ地面を叩く鈍色の雨だ。
「あー、疲れたっ。先に着替えてくる」
 部屋の真ん中を横切る。真人は腕立て伏せをやめていた。謙吾と並んであぐらをかいている。二人を蹴り飛ばすような鈴の進路。彼女に彼らはみえていない。真人と謙吾は身を捻るようにして、彼女を避ける。それに意味はない。避けなくとも彼女は彼らを通り抜けるだろう。なぜなら彼らはこの場所にはいない。
 あの日よりも大人びた鈴を、あの日から変わらぬ姿の皆がみつめている。
 鈴は誰も居ない洋間へ行き、着替え、皆が集まる部屋へ戻ってくる。
 葉留佳さんが座っていたソファへ、鈴が飛び込むように座る。葉留佳さんが手を広げて、とられちった、とジェスチャーする。鈴がリモコンでテレビを点ける。くだらない番組。小毬さんは動かない。西園さんは外を見ている。雨だ。来ヶ谷さんの膝の上にクドがいた。恭介はどこだろう。やはり窓辺に腰掛けている。
「どうした、作らないのか」
「理樹、作らないのか?」
 二人の声が重なる。二人の声が聴こえる。けれど僕は鈴にだけ、言葉を返す。
「いや、僕が作るよ」

   □

「ねーねー真人くん。そろそろ海みえる?」
 三連続で大貧民になった葉留佳さんは現実から逃避して、風という名の現実へ立ち向かう真人へ声をかける。真人は位置的に小毬さんの真上にいる。普通、車に乗っている時は真上なんて表現は出てこないけど本当に真上だから仕方ない。
「まだ見えねぇなぁ」
「大分近づいてきてるとは思うがな」
 そういえば謙吾も真上にいた。捕まらないか心配だ。
「なぁ、思うんだが。そこ寒くないか?」
 来ヶ谷さんが反対側から声をかける。恭介は容赦ないので、割と速度は出ている。これだけ風に全力で当たれば当然、
「いや、全然寒くないな」
「あたりまえだ、寒いわけがない」
 そうか、やっぱり張り合うのか。
「じゃあ、二人とも戻ってこないのかぁ。広々使えるねぇ」
 小毬さんはじゃじゃ〜ん、と効果音と共にお菓子の袋たちを取り出す。クドと葉留佳さんがそれに拍手。真上から「退路も断たれたな」「ここからが本当の地獄だ」と声が聴こえたけれど、小毬さんは完全無視でお菓子を広げていく。時々思うんだけど、割と小毬さんは酷い。

 車は何事もなく進む。
 全ての問題は排除されたかのように。
 この旅にはもう、旅以外のなにもないように。

 僕は車が停車したのをいい事に、後ろの方へもう一度視線をくばる。トランプは飽きたのか、皆それぞれの行動に移っていた。クドと西園さんは二人並んで本を読んでいる。時々、二人で互いの本の文章を指し示し、何かを話している。葉留佳さんはオーディオプレイヤで音楽を聴いていた。来ヶ谷さんが彼女の耳からカナル型のイヤフォンを奪う。よほど恥ずかしいのを聴いていたのか、葉留佳さんが珍しく真っ赤になって取り返そうと奮闘する。それをみながら小毬さんが微笑む。ついでにお菓子も食べている。いや、どっちがついでなんだろう。どっちでもいいか。真人と謙吾が歌をうたいはじめた。へたくそだな、と恭介が笑う。車の速度が少し落ちる。僕の手に、来ヶ谷さんが投げたオーディオプレイヤが収まった。
「葉留佳の最高傑作だ、私たちのテーマ曲にしよう」
「理樹、そこに接続ケーブルがある。繋げれば爆音で流しながら走行できるぞ」
「お、そっちを歌おうぜ!」
「お前ら鬼っすか!」
 前触れなく、海が見えた。歓声が上がる。車が跳ねた。皆が海を見た。一瞬で話題を海にさらわれた葉留佳さんだけ少し膨れたけれど、恭介が接続ケーブルを手に取った瞬間、危機が去ってないことを知る。
 僕はそれをみながら、ゆっくりとシートに背を預けた。
「理樹、寝るのか?」
 鈴の声が聴こえた。いたんだ、なんて薄情な台詞が頭に思いつく。
「いや、もっと起きていたい」
「じゃあ、おきてろ。皆まだまだ遊び足りないぞ」
「僕も遊び足りない。でも……」
 恐ろしいほど眠かった。これまで、こんなに眠かったことなんてない。
「……そっか。うん、やっぱり、仕方がないな」
 鈴の手が僕の目の前を覆う。重い瞼がくっついた。もうずっと開かないのでは、と僕は思う。
「理樹、がんばれ。あたしがいるから。理樹が強くなったように、あたしも強くなったから。この物語は終わりでも、まだ続きはあるから。どこかのわたしたちはきっと幸せだから。だから理樹とわたしも、頑張ろう。それに負けないくらいに」
 楽しげに響くみんなの声が遠くなる。何もかもなくなっていく。
 音楽は鳴っただろうか。僕はそれを聴いただろうか。
 僕はそれを把握できずに、夢から覚める。
 病院の硬いベッド。体は泥のように沈み込んでいるのに、骨が鉄になったみたいに動かない。影が僕を覗き込む。鈴だ。
「理樹、夢を見てたのか?」
 僕は頷く。
「だと思った。楽しそうに笑ってた」
 僕は夢の中の景色を思い出す。体が夢から覚めて、少しずつ離れていくのが判る。僕は二度とあんな夢を見ることは出来ないだろう。だから、せめて忘れないように、夢の中でみた景色を鈴に語る。何事もなく、全てが解決した世界。僕らは完全無欠のハッピーエンドで車に乗り込み、新たな世界を予感させる旅へ出ていた。その圧倒的な幸せと輝き。もうこの世界にはいない皆の笑顔。ひとしきり語った後、鈴は僕の手を握った。
「理樹は、やっぱりみんなといたいのか」
 夢に落ちる前、僕は確かに鈴と共にそう願った。けど、時間を巻き戻すことなんて出来ない。バスは燃えた。忍び込んだ恭介も燃えた。事故にあった彼女たちはそもそも燃える前に死んでいたかもしれない。もう彼らは、彼女たちは、この世にはいない。どれだけ願っても、祈っても、それは変わらない。全てを覆す奇跡なんて起きるわけがない。

 それでも、僕は。
 あの夢が、永遠に続けばいいのに。
 そう、確かに思った。

 僕は夕焼けに染まる病室に、彼女たちの姿を見る。鈴と僕を除く、面々。彼女たちは制服を着て、確かにそこにいた。僕と視線が合うと、小毬さんは指を立てて、唇にあてる。そうか、病室は静かにしなければいけない。いや、果たしてそういうことだろうか?
「理樹、どうした?」
 鈴の視線は僕の視線を沿う。小毬さんが首を振った。なら意味は変わってくる。鈴に小毬さんはみえていない。僕だけが弱いままだ。だから僕だけが幻をみる。

   ■

 翌日、僕の携帯には仕事が休みになったと連絡が入った。珍しくもない。僕の働き口に安定という二文字は存在しなかった。
 鈴は朝早くから仕事へ出かけた。最近、鈴は特に忙しく働いている。昨日はたまたまはやく帰ってきたけれど、いつもはもっと遅い。それに比べて僕はなんなんだ。自分自身に毒づく。
 鈴を見送ってから、僕は気力を振り絞り、くたびれたスーツへ着替えた。働き口が安定しないのなら、安定した場所を探すしかない。伸びた無精ひげを剃る。髪の毛も小奇麗に整える。そうする事で少しでも自分という何かが誤魔化されればいいと思う。
 体裁がいくらかましになったところで、部屋の電気を消す。代わりにテレビとゲーム機の電源をいれる。彼女たちが昨日読んでいた本を、昨日と同じ場所へ置く。誰も居ない部屋。ふとその行動は異常じゃないのかと思い、僕は一人立ち尽くす。
 何をしているのだろう。こんな所を鈴に見られたら、頭がおかしいと思われる。いや、おかしいのか。もしこれが鈴にばれたら、僕は一人になるだろうか。気味が悪いと蔑まれるだろうか。それは嫌だ。僕は鈴と居たい。そうしなければ、本当におかしくなってしまう。
 まだ今は誰も居ない。だから片付けても昨日のような顔をされることはない。
「理樹くん、どうしたんだい?」
「いや、何でもないです」
「そうか。あんまり悩まない方がいいぞ」
 迷っていれば誰かが出てくる。そうすれば僕は選ぶことなんで出来ない。
 帰ってきた後に片付けよう。そうすれば何もおかしいことなんてない。僕はいつものように結論を先送りにして、外への扉に手をかける。
「理樹くん、いってらっしゃい」
 振り返ると、小毬さんが手を振っていた。眩しい笑顔。そうか、今日は晴れか。小毬さんが現れたのを切欠に、わらわらと入り口に皆が集まる。ただでさえ狭い場所が、もっと狭くなる。それは幸せな事だったはずだ。今は一体なんなんだ? 僕は沢山の声を受けて、一人で外へ出る。
「いってきます」
 一人で呟いた声は誰にも届かない。
 扉の外は、文句のつけようがない雨だった。

   ■

 雨の中、雑踏をすり抜ける。沢山の人がいる。これだけの人がいて、皆、それぞれに生きている。正気の沙汰ではない。奇跡があるとしたら、まさにそれだ。何故みんな、生きていられる?
 平日だろうと人の絶えない就職支援センタに足を踏み入れる。希望条件なんてない。ただ安定して毎日働ける場所があればいい。僕はすがるような気持ちでタッチパネルを操作して、飛び込みの面接にこぎつける。がらがらの電車で移動して、外見ばかり立派なビルで面接を受ける。履歴書を一瞥しただけで、面接官の顔が歪んだ。いくら話をしても手応えなんてない。まだ空気の方が感覚がある。
 最後に何かありますか。僕は半ばやけっぱちで、自分が卒業した高校の名前を挙げる。
「以前にテレビで報道されたことがあるのですが、ご存知でしょうか」
「いえ、全く」
 誰の記憶にも残っていない。僕たちは生きていたのだろうか。僕はここに生きているのだろうか。何も判らない。

   ■

 帰りに、鈴の姿を見かけた。人ばかり沢山集まり、群がる、野暮ったいレストラン。彼女はそこでウェイトレスとして働いている。朝から晩まで、休みもほとんどない。
 ガラス越しに、忙しそうに店内を駆け回る彼女の姿がみえた。注文をとり、キッチンへ戻り、また違う料理を運ぶ。彼女は一日でどれくらいの距離を移動するのだろう。それは果たして人が一日に移動していい距離なのか。心臓がゆるやかに潰れる錯覚を得る。僕はその場所を離れることが出来なかった。離れないことで何が出来るわけでもないのに。
 やがて、彼女がある客へ必死に頭を下げはじめた。男は大きな口をあけて泡を飛ばしている。鈴が運んだ料理に文句をつけているのだろうか。鈴が何をした? 調理をしたのは彼女じゃない。奥から制服を着た男が現れる。店長だろうか。彼もまた頭を下げる。それはいい。あろうことか、彼は鈴の頭をその手で押さえつけ下げさせた。もちろん彼女はそれまで何度も頭を下げている。どこまで下げればいいんだ。地面にこすり付ければいいのか。
 僕はいつの間にか店の前にいた。扉に手をかける。何をしに行く? 男を殴るのか。店長を殴るのか。鈴を連れて帰るのか。
「やめておけ」
 僕を止める手があった。恭介だった。
「ほら、濡れてるぞ。一張羅が台無しじゃないか」
 恭介は全く濡れていない。僕だけがずぶぬれだった。傘がどこへ行ったのか判らない。
「鈴は大丈夫だ。帰ってきたらちゃんと頭を撫でてやれ。よくやった、ってな」
 僕は恭介に従った。項垂れたまま扉を離れる。僕を怪訝そうにみやり、店内へ入るカップルとすれ違った。僕は一人だった。外には皆が居た。相変わらず雨はやまない。小毬さんが僕へ傘を差し出した。擦り切れそうなビニルの傘。
「理樹くん、ふぁいと」
 僕はそれを受け取る。帰るまでの経路は覚えていない。僕は着替えもせずに、敷きっぱなしの布団へ倒れこんだ。僕は少しずつ何かに押しつぶされている。ただ生きているだけなのに。生きていたいだけなのに。
 そして僕はあの幸せだった日々を思い返す。夢にはみれないけれど、だから思い出す。
 音楽は鳴っただろうか。僕はそれを聴いただろうか。

   ■

「なんだ、理樹。ねてたのか」
 目を開ける。そこには鈴がいた。
「今日は遅れるから先に食べていいってメールしたのに……って、なんだ、理樹、スーツなんかで寝て。新しいファッションかっ」
「いや、違うよ……着替える、ごめん」
「別に謝らなくてもいいが……クリーニングに出した方がよさそうだな」
 立ち上がり、僕は着替える。仕切られた向こう側で鈴も着替える。
「理樹」
「どうしたの」
「ちょっと話していいか」
「いいよ」
「今日、いやなことがあった」
 僕はそれをみていた。何も出来なかった。恭介が止めたから? 僕の意思じゃない? やはり僕は何かをするべきだったんじゃないのか? 答えは見つからず、僕はただ項垂れて鈴に続きを促す。
「……なにがあったの?」
「いや、中身はどーでもいいんだ。でもあたしは頑張った。ただそれだけ」
 鈴はつらくなればなるほど、愚痴を言わなくなった。いや、元から彼女はそうだったのかもしれない。彼女の強さは、そういった類のものだ。僕は一体、何が強くなったんだ。
 僕はカーテン越しに彼女に近づく。それに気づいたのか、彼女も近づいてきた。
「頑張ったね」
「ああ、がんばった」
 頭を撫でようとすると、カーテンが邪魔をした。それでも構わず続けると、布が鈴の顔にへばりつく。何をするんだっ、と文句を言われて、撫でたいから撫でたんだよ、と説明する。恭介に言われたから? それとも自分の意思で?
「ああもういいっ。あと苦しいっ」
 鈴が僕の掌から脱出する。隣の部屋の蛍光灯を背にして、鈴が振り向く。
「……ありがとな、理樹。でもな、いいこともあったんだ」
「何があったの?」
「先にご飯をたべよう。あたしが作る。今日は肉じゃがだ」
 鈴がキッチンへ向かう。僕はのろのろとその後をついていく。机には、僕が朝置いていった漫画と小説が積まれていた。テレビとゲーム機の電源も消えている。窓辺には恭介がいる。テレビの横に葉留佳さんと来ヶ谷さんがいる。隣に西園さんが座っている。クドは目を瞑っていた。真人と謙吾がソファに座っている。小毬さんはどこだろう。鈴のすぐそばにいた。それがどういうことなのか僕は理解が出来ない。
 僕は帰ってきてからすぐに眠ってしまった。当たり前だけど、本は放置されているはずだし、テレビはつけっぱなしのはずだ。そうか、鈴が消したのか。
 鈴は手早く材料を切り分けている。単調な包丁のリズム。小毬さんはじっとそれをみつめている。
「……鈴ちゃんは、気づいてるよ」
 それがどういう事なのか判らない。小毬さんは僕に話しかけている。
「理樹くんにわたしたちが見えてることも、とっくに気づいてる」「理樹、皿出しといてくれ」「でも何も言わない。理樹くんを信じているんだね」
 小毬さんはそれだけを言って、身を引いた。鈴がおたまを取るために体を動かしたから、それを避ける形だ。あとは何も言わない。僕をなじるでもなく。僕がおかしいと責めるでもなく。どちらを選べと迫るでもなく。
「理樹、みりんどこだっけ?」
「流しのしただよ」
 西園さんの方を見ると、正解です、とうなずいていた。覚えていれば僕は応えられる。でも、忘れていたら彼女たちを頼ることが出来る。それ自体がもう既におかしい。そんなことは判ってる。なければ自分で探すしかない。あるいは鈴と一緒に探すしかないのに。
「理樹のみりんの使い方は神がかってるからな」
 でも、彼女たちは確かにここに、僕の視界にいるのだ。

   ■

 食事を終えた後、鈴が立ち上がる。出かける準備をしよう、と僕を促した。
「いいことって?」
「すぐわかる」
 僕は鈴に連れられて外へ出る。雨は降り続いている。コンクリートだって削れそうなくらい、滴は重そうだ。
 二人で歩くには狭い廊下。今にも腐って壊れそうなのに、音ばかり大きな階段。僕らはそれらを通り抜けて、雨に降りる。傘を差さなければいけない。僕がそう思ったときだった。
 車がぎりぎり二台停まれる道路。白いバン。それは僕が夢で見た、皆と乗っていた車と同じだった。
「レンタカーだっ。超高かった」
 鈴は高校時代から使い続けているぼろぼろの財布から、一枚のカードを取り出した。車の免許。お金をこつこつ貯めて取ったこと。教習場のおっさんが鬱陶しかったこと。縦列駐車で二回落ちたこと。テストが超むずかしかったこと。最近忙しかったのはそれが理由だということ。
 夢の中では恭介が免許を取っていたっけ。そんなことを思い出す。
 僕は鈴に背中を押されて、助手席に押し込まれる。この車は何人乗りだろう。運転席と助手席に一人ずつ。後ろは三列シートだ。それぞれ三人座れば、合計11人。真人が二人分とるから、ぎりぎりか。僕は後ろを見る。誰も後部座席の扉なんて開けてないのに、いつの間にか人がぎゅうぎゅうづめだった。
「……何でこんなに広いのにしたの?」
「理樹が大変そうだったからだ。あたしだって、それくらい判る」
 鈴はキィを差込む。エンジンが脈打つ。ワイパーが水を切り、震えるように車内が揺れる。鈴は思ったよりも手際のいいハンドリングをみせて、車を操る。
 どういう風にみえるんだ? みんな、普通に遊んでる。いつもみえるのか? ずっとじゃないけど、疲れてるとみる気がする。今はどうなんだ? 後部座席に座ってる。そっか、いちおう、意味があったんだな。
 車が向かっている先は、すぐに判った。たいした距離もない。僕らが出発したのは、あの場所じゃない。僕と鈴は日々を生きるために違う街へ動いた。いや、そういった距離の違いじゃない。僕らが共に生きた時間が、その距離を稼いだ。本当に少しだけれど、確かに僕たちはここにいる。
「近づくとわかるもんだな。ちょっとびっくりした」
 潮の匂い。時刻は違うけれど、それは確かに僕が夢の中で感じたそれだった。僕はあの日のように後ろを見ることが出来ない。
「夢の中では、海についたのか?」
 僕は首を振る。
「そっか。はるかの恥ずかしい歌は、理樹の話で覚えてたんだが」
 葉留佳さんが顔をしかめる様子が頭に浮かぶ。来ヶ谷さんが笑ってる。クドがそんなことないですよとフォローする。真人と謙吾が僕の知らない歌をうたおうとして、葉留佳さんに殴られる。恭介がどこからか接続ケーブルを出す。さりげに西園さんがあくどい笑い方をして葉留佳さんのポケットからオーディオプレイヤを取り出し、投げた。キャッチしたのは小毬さんで、華麗な手捌きで恭介からケーブルも受け取る。
 僕はきつく目を閉じる。どれ位経っただろう。車が停まった。車内にはいつの間にか潮の匂いが満ちている。音が聞こえた。打ち寄せては引く波の音。
「さぁ、着いたぞ。びっくりするくらい近かったな」
 鈴が外へ出る音がした。続いて、僕の扉が開く。僕の頭へ、ぽんと乗る掌。ぐりぐりと撫でられる。僕は目を開けた。鈴がにっと笑って、海の方をみる。腰を落として、僕への視界を開ける。星と月が僅かばかりの光源で、海と僕らを照らしている。
 僕と鈴は手を繋ぐ。夜の海。僕が夢の中で向かっていたのは、それではなかったけれど。
「なあ、みんなは海で遊んでるか?」
「夜だよ?」
「あいつらだから、たぶん、関係ない」
 真人が砂に取られて凄まじい勢いで転んでいた。すぐ後ろにクドが走っていて、方向転換出来ずに真人を踏んで更に転ぶ。謙吾が器用に真人の頭だけを踏む。来ヶ谷さんが爆笑していた。西園さんが日傘を差している。先ほどの復讐なのか、葉留佳さんがそれを奪い取って奇妙なダンスを踊りはじめた。
 僕は視線を上げる。恭介と小毬さんがそこにいた。二人が僕へ手を差し伸べている。
「理樹はどうしたいんだ?」
 それは鈴の声だろうか。恭介の声だろうか。いや、関係ない。その質問にだけ答えよう。僕は恭介と鈴に、言葉を返す。
「鈴と一緒にいたい」
 恭介と小毬さんは顔を見合わせる。やれやれ、と二人似たようなポーズを取って、海へと駆け出した。鈴は僕を見つめて「あたしも理樹と一緒にいたいぞ」と笑った。


 僕の幻は簡単には消えないだろう。そもそも消えて欲しいと願っているのかも判らない。だって僕は確かに皆と一緒に生きていた。それだけが世界の全てだったことがある。それを簡単に否定なんて出来ない。
 ただそれでも。鈴と共に生きたいというこの思いは確かだ。それだけは絶対に真実だ。
「しずかだな、理樹」
 本当に静かだ。雨はいつの間にかやんでいた。
 車に繋がれたオーディオプレイヤが、いつまでも音楽を鳴らしている。


[No.859] 2009/01/08(Thu) 23:41:15
雨のち晴れたら嬉しいな (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@8293 byte

 肩を並べて廊下を歩いていると、沙耶は機嫌良さそうに節をつけて何事かを口ずさみ始めた。
「ぽっつぽつ、ぽたぽた、ざーざー、どしゃどしゃ♪」
「いやいやいや」
「ん? どうかした?」
 くるりと回って僕の前に躍り出た沙耶は、僕のほうを向いたまま、つまり後ろ向きで、スキップをし始める。スキップである。器用を通り越して不気味だけれど、そんな風にはしゃいでいる彼女は実に可愛らしかった。
「ざーざー、までは分かるけどさ。どしゃどしゃ、ってなんなのさ」
「ほら、どしゃ降りってあるじゃない? ちょうど今、外が――」
 窓の外に視線を向け、沙耶はその笑顔を凍りつかせた。それがちょうど飛び跳ねて身体を浮かせていた時で、その一瞬をうまい具合に切り取ったら珍妙な絵画っぽくなるに違いなかった。後世になって評価される感じの。
 それはともかく、妙なタイミングで硬直してしまった沙耶は、当然バランスを崩す。咄嗟に手を伸ばし、しかし不意にめくれそうになったスカートに目を奪われ、僕はついに動けない。そのまま後ろにすっ転んだ。結局スカートの中は見えなかった。





雨のち晴れたら嬉しいな





 左手でリノリウムの床にぶつけた後頭部を押さえながら、びしぃ! と窓を指差す。窓の外を指差す。
「外! なんで! 雨! どしゃどしゃ!」
「軽く意味がわからないんだけど」
 涙目になっているのが可愛い。それにしても痛そうだ。擦ってあげたくなる。擦ってみた。すりすり。
「……う、うう……なんたる、なんたる屈辱……あたし、凄腕のスパイなのに……なんでこんな……」
 蹲ってぶつぶつと何事か呟いているのも、見慣れた今となっては可愛く思える。というかもう、何をやってても可愛い。恋ってすごいなぁ。ヤバいなぁ。なんだろう、これ。
「……何一人で満ち足りた顔してるのよ」
 いつの間にか復活していた。蹲ったまま、どこか恨めしそうな視線を上目遣いに突き刺してくる。あれ? すごく可愛いんですけど。僕はどうすればいいんですか?
「沙耶、好きだ」
「うんがーっ!! あたしが言いたいのはなんでこんな大雨がげげごぼうぉえっ」
 そのまま近場のトイレに駆け込まれた。
 五分ほどして出てきた。ずかずかと、肩を怒らせながら歩いてくる。
「それで! どうして! こんな! 大雨が! どしゃどしゃと! 降ってるわけ!?」
「さあ?」
 怒り顔も可愛い。
「さあ、って……今日は二人で一緒に、その……街で、日用品の補給をする予定だったでしょ! なのに、なんでそんな……!」
「いやまあ、朝からこんな感じで降ってたし。もう十分がっかりしたから」
「へ?」
 きょとん、とした顔も可愛い。一分ほどそのままでいると、今度はわなわなと身をふるわせ始める。可愛い。
「……ふ、ふふふ……滑稽よね? 滑稽でしょ? 今日は理樹くんとお出かけだルンルルーン♪ と浮かれるあまり雨が降っていることにすら気付けなかったのよっ! これで凄腕のエージェント名乗ってるなんてとんだお笑い草だわっ、理樹くんだってそう思うでしょ!? 笑いたいんでしょ!? 笑えばいいじゃないっ、笑いなさいよっ! あーっはっはっはって笑いなさいよっ! あーっはっはっは!」
「恋は盲目ってこういうことを言うんだろうねぇ」
「きょげえええええっ!!」
 実に可愛らしい奇声だった。



 雨の日には雨の日の楽しみ方があるよ。背中を丸めてどんよりと影を背負う沙耶に声をかける。ちらり、とこちらを見る。拗ねた子供みたいで、可愛いを通り越して可愛かった。わけがわからない。
「とりあえず、外に出よう」
「やーよ。あたし雨きらい」
「そう言わずに」
 沙耶の手を握ってずるずると引っ張っていく。鈴ほどではないけど、ちっこい手だ。そして、この細くて柔らかい指が、無骨な銃の引鉄を引いているのだ。そのギャップがどうにもおかしくて仕方がない。
「なにニタニタしてるの。おもっきし怪しい人になってるわよ、理樹くん」
「沙耶は可愛いなぁ」
「うんがーっ!」
 気付けば昇降口まで辿り着いている。人影はない。夜中から降り出していたようだから、傘を忘れて立ち往生なんてことになっている人もいないわけだ。さて、沙耶はどうやって雨に気付かず登校したのだろう。
「……けっこう腕力あるのね」
「ん?」
「あたしもそれなりに踏ん張ってたんだけど」
 沙耶は軽いからね。まるでそこにいないみたいに軽い。言い過ぎた。えーと、たぶんドルジくらい。急に重そうになった。なぜだ。
「女の子が踏ん張ってるとか言っちゃダメだよ」
 嗜めるのは今さらな気もする。もともと女の子としてどうかと思われる言動の多い子ではあるし、それが沙耶らしさでもある。
「なんでダメなのよぅ」
 なんでそんなに落ち込むんだよぅ。
 とりあえず放っておいて、傘立てへ。僕の傘は、と。あった。何の変哲もないビニール傘。透明なやつ。
「沙耶、相合傘しよう」
「……? なによ、それ」
 その反応は想定外だ!



 何もかも説明するとぎゃあぎゃあ言われそうだったので、もちろんそんな沙耶を見ているのも楽しいのだけれど、幸いにもちょうど雨足が弱まってきていることだし、二人で一つの傘を使うことだよ、とだけ言った。理解できない、不合理的だ、とでも言いたげな顔をされた。された割には、僕らは一つ傘の下に身を寄せ合って歩いている。目的地はローソン。外出許可なんて取ってない。
「あ」
「ん?」
「理樹くん、肩濡れてる」
 そりゃそうだろう。狭い傘の下に二人入っているのだから。
「沙耶が濡れてなければそれでいいんだよ」
 紳士的なことを言っておく。まあ本心なのは違いないけど、男のほうから持ちかける相合傘というのはひどく自己満足的な側面を孕んでいるのだなぁ、と今さらながらに気が付いた。女の子のほうから、よかったら入る? なんて誘われたい。そうして初めてエセ紳士な振る舞いが許される、気がする。
「ふーん、そう」
 そして時々すごく意地悪な沙耶は、たったそれだけの言葉で、僕にエセ紳士的振る舞いを強要するのだ。あうあう、恥ずかしい。わかってないでやってるに違いなくて、末恐ろしい限りだ。
「やっぱり理解できないわ」
「なにが?」
「あいあいがさ、だっけ。なんで二人で一つの傘使わなきゃならないのよ。濡れるに決まってるじゃない」
 沙耶は怒っていた。怒っている、というよりはイライラしていると言ったほうが正しいかもしれない。昔イライラ棒ってあったよなぁ、と脈絡なく思う。
「これが雨の日なりの楽しみ方?」
 なるほど、僕一人が勝手にそう思っていただけだったらしい。今さらだけど、確かにそんなに楽しくない。気恥ずかしくもなかった。沙耶の隣にいることを自然に感じられるようになってきているからだろう。
「実を言うと、相合傘っていうのは友達以上恋人未満の男女が一つ傘の下で身を寄せ合ってあれこれという嬉し恥ずかしイベントで、知り合いに目撃されると翌日にはもれなく黒板に落書きされて茶化されるという、なんというか青春の1ページ? みたいな感じの何かなんだよ」
「うんがーっ!」
 実は空気読んでやってくれてるんじゃなかろうかと疑ってみる。



 いつの間にか辿り着いていたローソンは、今日も青くて直方体だった。明日には赤くなっているかもしれない。いないかもしれない。間違いなく後者だろう。とりあえずからあげクンを全種類買ってみる。全というほど種類はない。沙耶が横からチーズ味をひとつ掻っ攫っていった。
「なにこれ、うまっ!」
 ツチノコでも見かけたかのような顔をする。そういえばいつの間にか何事につけても可愛いと付け加えることをしなくなっていたけど、それはきっといちいち言うまでもなく可愛いからに違いなかった。可愛いので残るレギュラーとレッドも献上する。
「いいの?」
「いいとも」
「んー、じゃあ貰っちゃおうかしら。ありがと」
 デートなら男が奢るのは当然だとよく聞くが、そんなことを言い出したのはどこのどいつだろう。偏見丸出しで悪いけど、きっとアタマの悪そうな女性誌かなんかだろう。迷惑な話だ。そんな風潮などなくとも、僕のような人間は奢るに決まっている。主に自分のために。
「よし、次はファミマに行こう!」
「は?」
 怪訝な顔をされた。頭だいじょうぶ? とでも言いたげだ。
「ファミマの牛肉コロッケがさ、衣サクサクで美味しいんだよね。しかも一個60円と手頃な値段設定。これは行くしかないよ!」
「……まあ、付き合ってあげてもいいけど。ほんとにコンビニ好きね、理樹くん」
「違うよ、ローソンとファミマが好きなんだよ」
「あ、そう……」
 早く景気回復してくれるといいなぁ、などと思いながら自動ドアの前に立つ。がー、と開く。どしゃどしゃ、と雨が降っている。傘立てから愛用のビニール傘が姿を消していた。
「まったく……いつになったら止むのよ。なんかこう、巨大ビーム兵器で撃ち抜いてぶわっと消滅させてやりたくなってくるわね」
「いつかは止むよ」
 昨日の夕方ニュースで見た週間天気予報によれば、今週はずっと雨だった。来週もかもしれない。集中豪雨だかなんだかで、山間部では土砂崩れに注意してくださいだのなんだのと言っていた気がする。さすがに学校の裏山は崩れたりしないと思うけど。
 沙耶は、雨が嫌いだと言った。じめじめして陰気だし、雨嫌いは沙耶に限らず珍しいことではないだろう。僕もあまり好きではないけれど。
「これだけ降った後に晴れたら、きっとすごく気持ちのいい天気になるよ」
 沙耶が、チュパカブラでも見かけたかのような顔をして、僕を見る。
「虹も見えるかもね」
「虹」
 さすがに虹は知っているだろう。そういえば、国や地域によって色の数が違うらしい。見る人によって、色の数も、色そのものも、違っているのだろう。
「ねえ、理樹くん」
 満天の雨雲を見上げ、一度目を伏せ、次に僕の顔を見て、小さく、ほんの小さく笑う。
「一緒に、見られるといいね」
「傘買ってくる」
 あまりに綺麗で、逃げ出していた。
「これください」
「599円になりまーす」
 からあげクン三つも買うんじゃなかった、と後悔する。


[No.860] 2009/01/09(Fri) 13:42:43
雨の日は部屋で遊べ (No.855への返信 / 1階層) - 秘密@17854byte

「また今日も雨か…」
 誰ともない呟き。天気に文句を言っても仕方がないとは言え、冬にこう連日雨ばかりだと気が滅入るというものだ。
「野球の練習も出来ないし、本当に雨は嫌なものだな」
 黄昏ながら言って振り返る謙吾。振り返った先にいるみんなはというと、真人は筋トレに忙しいし女の子たちはお菓子やお茶などを持ち寄って談笑中。何だかんだでしっかりとみんな雨の日常を満喫していた。
「ふんっ! ふんっ! 筋肉、筋肉ぅ!!」
「でねー、ここのモンブランっておいしいでしょ? あとねあとね、エクレアも美味しんだよ〜」
「それは楽しみだな……。うん、今度はあたしが買ってくる」
「お菓子も美味しいですがこの紅茶も絶品です。来ヶ谷さん、どこで買っていらしたのですか?」
「はっはっは。それはイギリスから送られたものだ。懇意にしている農家の方が厚意で送ってくださってるもので、数の関係から一般市場に出回らないものらしいぞ」
「ふむふむ。最近のお茶はグレードが高いですネ。昨日のクド公の緑茶とおせんべとようかんも激ウマでしたし」
「当然よ。クドリャフカの和菓子とお茶は一級品ですもの」
「は、葉留佳さんに佳奈多さん。そんなに褒めないで下さい」
 和気あいあい。とても和やかな空気が流れていた。もう謙吾の存在なんかいらないと言わんばかりに。
「…………」
 物凄く寂しそうな顔をする謙吾だが、筋トレしている真人とお茶組は全く気が付いていない。
「そ、そうだよね! 雨って本当に嫌だよね!」
「み、宮沢様のおっしゃる通りですわ! こう雨ばかりだと外で運動する事も出来ませんし、体がかびてしまいますわ!」
 そんな謙吾に慌ててフォローを入れる理樹と佐々美。そして相手をして貰った謙吾の表情が一気に明るくなる。
「そうだよなっ! やっぱり雨でも体を動かして遊ばなくちゃダメだよなっ!」
「あん? 俺はちゃんと体を動かしてるぞ」
 筋トレが一段落ついたのか、汗を拭いながら謙吾の言葉に答える真人。流石の真人も、あの女の子のみで構成された空間に割り込む勇気はなかったらしい。もしくは、ただ単純にこの中で一番筋肉を持っている謙吾に惹かれただけか。
(後者だったら嫌だなぁ)
 そんな意味の無い事を考える理樹はさておいて、謙吾と真人、そして佐々美の話は進む。
「いや、そういう意味じゃなくてだな。やはりいつもみたいに遊びたいと、そういう話だ」
「なんで今の話の流れでそれが分からないのかしら?」
「いや、でもよぅ。恭介がいないと何して遊んでいいのか分からないじゃねえか」
 そうなのだ。雨とはいえ、みんなが部屋の中で大人しくしているのは恭介がいないからだ。いつもの通りにどことも知れぬ町に就職活動に出かけ、帰ってくるのはいつになるのか分からない――
「みんな、待たせたな!」
 ――噂をすれば影。恭介の声が響く。反射的にみんなで出入り口に目を向ける。が、そこに恭介の姿はない。
「あ、あれ? 幻聴か? 恭介と遊びたいと思った俺が聞いた幻聴なのか?」
「いや。みんな声に反応したから、それはないと思うけど……」
 頭を抱える謙吾に声をかけつつも首を捻る理樹。
「そっちじゃない。こっちだこっち!」
 また声が聞こえる。だが妙に声がくぐもって、どこから響いてくるのか分からない。天井か、もしかしたら地下から来たのか。いや、もしかしたら既に教室内に紛れ込んでいるのかも。全員で首を動かして恭介を探す。
「こっちだって!」
 ドンドンドンと何かを叩く音が聞こえる。そのはっきりした音源に、今度はしっかりと全員がそちらの方に視線を向ける事が出来た。何の事はない、恭介はいつもみたいに窓から来たのだ。
 今は冬の上に雨だから、窓はピッチリと閉まっている上にカギまでかかっているけれど。
「窓を早く開けてくれ、寒い!」
 恭介は結構切羽詰まった様子でみんなに声をかけてくる。というか、何を考えてこの冷たい雨の中、窓の外から来ようと思ったのか。みんなの呆れを代表して鈴が口にする。
「風邪ひけばーか」





 雨の日は部屋で遊べ





「ふう、助かったぜ」
 教室内に飛び込んだ恭介はわしゃわしゃとタオルで頭を拭く。ちなみにそのタオルは掃除用具入れから恭介自身が取り出したものだ。そんなものまで用意していたという事は、やはりあのボケは確信犯だったらしい。
「それで、今日は何して遊ぶんだっ!?」
 そんな事はどうでもいいと言わんばかりの笑みの謙吾。
「…………え?」
 それを聞いた、恭介の意外そうな顔。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 表情が消えた謙吾は、トボトボと歩いて教室の出入り口へと向かう。
「ちょ、待ってよ謙吾! ちょっと今はシャレにならないから早く冗談だって言ってよ恭介!」
「もちろん冗談だ」
 結構本気で謙吾を引き留める理樹に、恭介が冷や汗混じりに言う。
「何だ、冗談だったのかよ! 早く遊ぼうぜ恭介ぇー」
「ああ、宮沢様の笑顔、素敵ですわっ!」
 そして一瞬で笑顔になる謙吾。本当に躁鬱の激しい人物である。そんな謙吾の顔を見て悦に浸るのはもちろん佐々美。
「って、アレ? さーちゃんが好きな人って理樹君じゃなかっ――モガァ!?」
「声が大きいですわ、小毬さん!!」
 不用意な発言をした小毬の口を慌てて押える佐々美。チラリと横目で理樹の事を見る佐々美だが、反応がなく聞こえていなかったようなのでほっと安堵の息を吐く。ちなみに理樹の方ばかり気にしているので、少し冷たく、だけどなま温かくもある視線を送る来ヶ谷と佳奈多、クドには全く気が付いていない。
「あのですね、憧れと恋は別物なのですよ」
「はぅぅぅ。ごめんね、さーちゃん。だけど苦しかったよ」
 軽く涙目な小毬。そんな小毬を見て佐々美も少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「わたくしの方こそごめんなさい」
「ううん。いいよ〜」
 ほのぼのした空気が流れる傍らで、恭介はゴソゴソと道具を取り出して大声で宣言する。
「今日はこれで遊ぶぞ!」
 そして恭介が取り出したのは何本もの割り箸と、紙コップ。割り箸の先には何か文字が書かれているようだが、割り箸の先にある文字である。遠目では何が書いてあるのかよく見えない。理樹がそれについて聞く前に、恭介が自信満々と一言。
「王様ゲームだ」
「ひゃっっっほーーーーう、王様ゲェェェーム!」
「来たぁぁぁぁ!」
 一気に盛り上がる謙吾と来ヶ谷、いや謙吾は元からだが。
「へっ。この俺の筋肉に最適なゲームが来やがったぜ」
「いや王様ゲームに筋肉は関係ないからね」
「え? そうなのか?」
 静かに闘志を燃やしていた真人にしっかりとつっこむ事を忘れない理樹。
 だが、他の人間は微妙な表情のまま。
「お、王様ゲームって…………」
「既に古ゲーの領域にありますよネ?」
 姉妹で呆れる葉留佳と佳奈多。そしてその側で額をつき合わせているのはクドと小毬、そして鈴。
「王様げーむ……とはなんなんでしょーか?」
「う、ううん。私は知らないよー」
「ちなみにあたしも知らん」
 呆れる以前の問題な3人はうんうん唸りながら考えるが、当然答えはでてこない。
「全く、物を知りませんわね。いいですか、王様ゲームと言うのは――」
「くじ引きで命令権を持つ王様を決め、王様が命令をするゲームです。ちなみに王様以外は誰にも分からない番号を持ち、命令は番号で行います」
 彼らの側にいた佐々美と美魚が見かねて口を出した。と言うか、美魚がおいしいところをかっさらった。
「西園さん…………」
「? なにか?」
 睨みつけてくる佐々美を、きょとんとした顔で見返す美魚。とぼけているのか本当に分からないのか、美魚の表情からはよくわからない。多分、前者だろうけど。そして説明を受けた3人の様子と言えば、
「「「???」」」
 だった。ゲームを口で説明するのが間違っていると言えば間違っているのだけど。話を聞いていた理樹がほろ苦い顔で3人に話しかける。
「まあ、やれば分かるから。ほら、恭介から説明があるよ」
 理樹の言葉に3人が恭介を見ると、それを見計らったように恭介が声を出す。
「ここでは色々と場所が悪いな。理樹と真人の部屋に移動しようか」
「色々ってなにっ!?」
 思わず理樹がつっこんだが、とりあえず全員にスルーされた。落ち込み気味の理樹を引き連れて、男子寮の一室に移動する一同。その間に恭介が恭介がゲームの説明をする。

 ルールは基本的に普通。ただ、番号が書かれた棒は人数分の12本ある。余った一本が王様の番号になり、それは王様も知らない。
 ちなみに、余りが王様だったらやり直し。命令は常識の範囲内である事。

「王様の番号ってどういう意味ですかネ?」
 部屋にたどり着く直前に説明が終わり、疑問点を葉留佳が訊ねる。
「王様の棒を含めて13本ある訳だ。つまり、誰にも引かれない余った棒が一本ある。それが王様の番号だ。つまり王様は命令が自分に降りかかる可能性がある訳だな」
「13って数字も不吉ですよねー」
「自分から聞いておいて脈絡がないな!?」
 何だかんだで全員、部屋に車座で座る。そこで理樹は恭介の後ろに見慣れないダンボールを見つけた。
「恭介、それはなに?」
「ああ、色々な道具だ。命令に活用してくれ」
「そんな大きな物なんて持ってなかったよね!?」
「ああ、この部屋に置いといたからな」
「僕たちに何の断りもなく!?」
 理樹が絶叫する。今更私物を部屋に置かれた事で目くじらをたてる間柄ではないはずなのだが、突っこむところには突っこまないと落ち着かない性格をしているのかも知れない。
 恭介はその辺りがわかっているからか、キョトンとした顔で言葉を続ける。
「就活に行く前に、ちゃんと真人に許可をとったぞ?」
 グリンと真人の方を向く理樹。真人に静かに笑い、言う。
「忘れた」
「こいつばかだっ! 脳味噌まで筋肉でてきてるのかっ!?」
 鈴が遠くから思わずつっこんだ。
「ありがとよ」
「いや、ほめてないから」
「え? そうなのか?」
 心底不思議そうな顔をする真人。理樹は始まる前から疲れきっている。その間に暇そうな来ヶ谷と佳奈多は恭介の後ろにあるダンボールをのぞき込んでいた。
「これはまた、色々と用意したものだな恭介氏」
「だろう? 苦労したんだぜ」
「こんな物を買うお金があるなら就職活動の旅費にあてれば歩かなくても済むのじゃないかしら?」
 佳奈多は本気で呆れているが、もちろん恭介はそれを聞いていない。
「さあ、そろそろ始めるか!」
 爽やかな声で恭介が宣言した。



「ほわぁ!」
 小毬の声。箸を配り終えた時点でこの声をあげるという事は、間違いなく小毬が王様だ。
「おっ。こまりんが王様ですか」
 葉留佳はニンマリ顔で笑う。だけど小毬はそれどころではなくて、落ちつきなく周りを見渡していた。どうしたらいいのか分からないらしい。
「えっと、えっと…………」
「簡単だ、番号と命令を言えばいい」
 そんな小毬に端的な助言をするのは恭介。それを聞いて深呼吸を一つ。
「それじゃあ、3番の人に〜……」
 間延びした声の後に、
「このお菓子をプレゼント!」
 ドザザザザと、物凄い量のお菓子が積まれた。
「……こんな量、どうやって持ち歩いているのよ」
「それはわたくしも疑問ですわ……」
 佳奈多の呆れ声にルームメイトの佐々美が賛同する。
「で、肝心の3番は誰だ?」
 謙吾の声に、元気なく手が上がる。
「この量の菓子をいったいどうしろと言うのだ…………」
 来ヶ谷だった。無茶苦茶困った顔をしている。
「あ、ゆいちゃんか〜。おめでとう」
「…………」
 来ヶ谷は小毬の声に顔をひきつらせる事でしか反応できない。
「とりあえず、お茶請けにしたら?」
「ああ。そうさせて貰うよ、少年」
 解決したらしかった。



「あら。わたくしが王様ですのね」
「王様と言うか、女王様な雰囲気が出てる気が…………」
 理樹の率直な感想は佐々美の一睨みで黙らされた。
「ん〜。そうですわね…………」
 目で全員を軽くなでる佐々美。そうしてからダンボールの中に入っていたブラシを取り出し、命令。
「1番の方が10番の方のブラッシングをすると言うのはどうでしょう?」
「うにゃ!」
 いきなり鈴が大声をあげた。
「…………鈴、何番だ?」
 恭介が訊ねると、鈴は泣きそうな顔で箸に書かれていた番号を見せる。1と書かれていた。
「そうか…………」
 恭介も鈴に番号を見せる。10と書かれていた。満面の笑みだった。
 鈴は、いつの間にか物凄く嫌そうな顔に変わっていた。



 一応手は抜かなかったらしい。猫で鍛えられたブラッシングにより、恭介の髪は光沢を放っている。ちなみに表情も髪と同じくらい輝いている。
「王様だーれだ!」
「ハゲろ、ばーか」
 無駄にハイテンションとなっている恭介に、鈴が無表情でつっこむ。心の中ではわざとわしゃわしゃやって、毛根に致命的なダメージを与えればよかったとか思っているのかも知れない。
「ふっふっふっふっふっ…………」
 そして不気味な笑みを浮かべるのは、来ヶ谷。
「ゆいちゃんが王様?」
「だからゆいちゃんと言うなと…」
 すぐに崩れたけれど。それはともかくと、気を取り直した来ヶ谷は女性陣をしっかりと凝視する。凝視した上で、ゆっくりと言葉を口にする。
「6番が――」
 ピクリとクドの体が震えた。ギラリと来ヶ谷の瞳が輝く。
「この、クドリャフカ君用に作ったエロゴスロリを着る事っっっ!!」
 ふっさぁ〜と、どこからともなく取り出したエロゴスロリを風にたなびかせる来ヶ谷。
「だからそれはどこから出したのよ……」
 佳奈多の疑問に答える人はいない。
「わふぅー!」
 目を丸くしたクドはゴスロリを見て固まっている。ところどころにアブナイ切れ込みが入っているし、多分スカートの長さも股下10センチ程度しかない。
「こ、こ、これを私が着るのですか?」
「そうだ。王様の命令は絶対だ」
「お、王様ゲーム、恐ろしいです…………!」
 生き生きとし過ぎている来ヶ谷の言葉に色を失うクド。助けを求めるように首を動かしても、全員成り行きを見守るだけ。そんな中、理樹の表情がクドの目にとまる。顔を少し赤く染めて、目を閉じている理樹の表情が。
(リキ……)
 その理樹の顔を見てクドは決意を固め、口を開く。
「あら? ちょっとクドリャフカ。あなたの番号は6番じゃないわよ」
「わかりまし――え?」
 その直前に佳奈多がそんな事を言ったために、変な言葉になってしまったけれども。言った佳奈多はというと、クドが持っていた箸を逆さまにする。
「持ち方が逆なのよ。あなたは6番じゃなくて9番」
「そうだったのですかっ!」
 びっくりしているみんなと、とてもびっくりしているクド。天然らしい。
「では、6番はどなたでしょう?」
 美魚の言葉に、一斉に周りを見渡すみんな。特に来ヶ谷は必死である。そんな中、持っていた箸をひっくり返すのが一人。
「あ、俺だ」
 真人だった。



「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 嫌な雰囲気だった。一人を除いて静まり返っている。
「ううう……。せっかく作ったクドリャフカ君用のエロゴスロリ服がぁ…………」
 そして残った一人はすすり泣いているのが嫌な空気に拍車をかけている。
 目の前の筋肉は、毒だった。自分の体より3周りは小さい服を無理矢理着たせいで、服はところどころが裂けている。大きさの面からいっても当然だし、ビジュアルを優先したせいで布の強度の面からいっても当然だ。そして裂けた部分が更に露出を上げているのだが、その下にあるのがたくましい男の筋肉だと拷問でしかない。そしてトドメに裾、明らかに足りてない丈は真人のへそですら満足に隠せていない。つまり、真人のトランクスは丸だしだ。
「お、王様ゲーム、恐ろしいです…………!」
 戦慄が走っているクドの言葉。さっきと同じセリフでも重みが違う。
「さすがの俺の筋肉でも、これは着こなせないぜ…………」
「いや、その筋肉だからこそ着こなせないんだと思うけど。着たのが僕ならまだ――って、なにを言ってるの僕っ!?」
「うおおおぉ! よもやこの筋肉があだになるとわぁぁぁ!!」
 気力が無くとも律儀につっこんで自爆した理樹と、ゴスロリ筋肉が頭を抱えて自己嫌悪に陥っている。
「…………次に、いこうか」
 疲れた恭介の声で箸をひく一同。ちなみに来ヶ谷は鼻をすすっていた。どうやらマジ泣きだったらしい。
「…………で、王様は誰だ?」
 真人から目を逸らしつつ司会進行を一手に引き受ける恭介の言葉に、手をあげたのは美魚。ちなみに余りに美しくないものを見たせいか、彼女にしては珍しく傍目からでもズーンとしているのが分かる。
「……もうなんでもいいです。と言う訳で12番の方、この本の感想文を書いて下さい」
 そう言って美魚が取り出したのは薄い本。詳しい説明は省くが、濃くて薄い本である。どのくらい濃いかというと、表紙を見ただけ一般人が硬直するくらい濃い本である。
「み、み、美魚ちゃん…………?」
「どうかしましたか、神北さん?」
 上手く言葉を出せない小毬に可愛らしい仕草で問いかける美魚。何度か口をパクパクと動かした小毬だったが、やがて全てを諦めて肩を落とした。チラリと自分の番号を見て安堵のため息を吐いている。
「…………」
 で、顔面蒼白になっている直枝理樹という名前の少年。
「ゴメン。何番だって?」
「12番です」
 もう一度、穴が開くほど箸の番号を凝視して、試しに上下を逆にして、ついでに裏表も逆にしてみる。12という数字は変わらない。
 ぐったりとして美魚に手を出す理樹。
「…………読まさせて頂きます」
「そんなにげんなりしなくても大丈夫ですよ。漫画ですし薄いですし、私のお薦めですから」
 美魚は滅多にしない、満面の笑みを浮かべながら理樹にその本を手渡した。



 再起不能なくらいに沈んだ雰囲気の中、呪われているかのように誰ともなく箸に手を伸ばす。
「王様だ〜れだ……」
 やる気が微塵も感じられない声。
「へっ。とうとうこの筋肉が王様になる時が来やがったか」
 ほとんどの人間がどうでもよさそうな表情をしている中、得意顔で立ち上がるエロゴスロリ筋肉。そして精神汚染物質はゆっくりと全員の顔を見渡す。
「改めて見ればどいつもこいつも筋肉の足りない顔をしやがって」
「いや、顔にある筋肉は表情筋くらいだから」
 薄い本を抱えながらもアイデンティティを守る理樹。
「ん? そうなのか?」
 そしてそういう真人の顔には、表情筋以外の筋肉がついているのかどうかが激しく疑問である。
「まあいい、俺の命令は単純だ。校庭を5周して筋肉をつけてこい!」
 全員して外を見る。ザアザアザアと冷たそうな雨は降り続いている。
「…………マジか?」
「本気と書いて友と読む」
「なんでこの流れでマジという言葉が出てこないのっ!?」
 呆れた恭介、得意顔の真人、相変わらずアイデンティティを守る理樹。
「番号は、7番だぁ!」
 一斉に自分の番号を見る一同。声は誰からもあがらない。
「ん? 誰だ? クド公か? 理樹か? 西園か?」
 呼ばれた人間はみんな首を横に振って番号を見せる。11・5・9。確かに違う。
 彼らに続いて、みんなも次々に自分の番号を見せていく。2・8・10・6・1・12・3・4。みんな違う。
「という事は……」
 代表して恭介が残った番号を表にする。書かれた数字は、7。
「俺としたことが。良かれと思ってやった事がかえって俺の筋肉のみを鍛える事になるとはな。ますます筋肉偏差値が広がっちまうじゃねぇか!」
「なにその偏差値」
「うおおおー! 俺の前で偏差値という言葉を使わないでくれぇー!!」
「どーゆー精神構造しとんじゃぼけぇ!」
 スパコンと鈴のハイキックが炸裂する。だがげんなりとし過ぎているせいか、イマイチいい音がしない。
「くっ。もしも3番と言えばこのキックに筋肉がくっついて、素晴らしいものになったというのによぅ!」
「きしょい事言うな!」
 ふかー。と威嚇する鈴だが、やはり真人は意に返さない。
「じゃあな。俺はもう一段階上の筋肉を目指してくるぜ!」
 そして颯爽と去っていく。エロゴスロリ服パンツ丸だしのままで。

 ――い、井ノ原。お前は何をしているんだ。って言うかなんていう格好をしているんだ?
 ――そうだな、あえて言うなら新たな筋肉に生まれ変わる為の儀式、か。
 ――その格好でどんな筋肉に生まれ変わる気だお前っ!?
 ――横断歩道。さあ、そこをどいてくれ!!
 ――……………………? あ、ああ! 問答無用だな!
 ――つか直枝ー。井ノ原は俺たちじゃもうどうにもならん。早く来てつっこんでくれ。
 ――別に宮沢でも棗でもいいぞー。コイツにつっこんでくれるなら。
 ――邪魔だぁ!
 ――わぁ!? い、井ノ原、そっちは外だぞ!?
 ――俺は、校庭を3周しなくてはならないんだぁ!
 ――この雨の中をかっ!? いや、雨の中だからこその儀式なのか!?
 ――風邪ひくぞっ!?
 ――いや、バカは風邪をひかんだろう。
 ――それもそうか。

「さて」
 コホンと咳払いを一つしてから恭介が仕切る。
「そろそろお開きにするか」
「お疲れさまですっ!」
「来ヶ谷さん、お菓子を運ぶのを手伝います」
「うむ。ありがとう、ついでに少し食べていってくれると助かる」
「あ〜。私も私もっ!」
「じゃあ、みんなでゆいちゃんの部屋でお菓子パーティーをしようよ〜」
「いいですわね」
「あ、僕はタオルを用意しておくよ」
 みんなは一気に三々五々、散っていく。
「ぅぅぅ。結局俺は参加できなかった……」
 凹んだ謙吾だけを残して。

 ――キャアアアアア! 校庭に、校庭に変態が!!
 ――ふっ、ふっ。筋肉、筋肉!
 ――井ノ原ぁ! お前は何をやっているんだ!

 外の声は雨音が邪魔で聞こえない。


[No.861] 2009/01/09(Fri) 17:40:45
雨後の筍 (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@8829 byte

 真人の頭からたけのこが生えてきた。そりゃもうニョッキリと。



   〜雨後の筍〜



 朝、顔を洗い終えた理樹が部屋に戻ると、真人がタンクトップ姿で部屋を出て行くところだった。

「出かけるの?」
「おう、ちょっと走ってくるわ」
「雨だよ?」
「ああ、雨だな」
「じゃあ、先にいちおう席とっとくね」
「おうっ!」

 真人は冬の冷たい雨の中ランニングしてくるので、朝食はシャワーを浴びた後になる。だから、理樹が先に食堂に行って、いつも空いている席ではあるが、念のため真人の分を確保しておく。といった意味の会話を交わし、真人は部屋を飛び出していった。
 それを見送った理樹は、とりあえず着替えることにした。それが無事な真人を見た、最後だった。



 真人が食堂に現れたとき、それはすでにあった。
 そのとき理樹は、同席していたクドリャフカと二人、真人を待ちながら食前の会話を楽しんでいた。より正確に言えばイチャイチャしていた。そして他のメンバーは、席を一つ以上空け、なるべく二人を視界に入れないように振舞っていた。
 そんなときだ、真人が現れたのは。食堂の非常なざわめきに、はじめに気付いたのはクドリャフカだった。理樹の口許にさりげなく残ったご飯粒を、意を決して直接口で取る「個人的みっしょん」に挑戦していたクドリャフカは、そーっと寄せていた顔を途中で止めてしまった。止めざるを得なかった。
 真人を見てしまったから。たけのこを、見てしまったから。
 理樹は、いつまでたってもご飯粒が取られないので心配になってクドリャフカを見た。そして、中途半端な距離で固まっているクドリャフカの、特に中途半端に開いている唇に注目した。よし、とりあえず人さし指だ。それでクドリャフカは我に返った。
 指を口にくわえたまま、身振り手振りで理樹に伝えようとする。「リキー、うしろうしろー!」それでようやく気がついた。たけのこに。いや、真人に。



「モウソウチク、という種類の竹に酷似していますね。あくまでも外見上は」

 美魚がポケット事典を片手にそう判定した。
 食堂には馴染みのメンバーだけが残っていた。他の学生たちは、真人が余りにも平然としていたので「まあ、いつものことか。井ノ原だし」と納得して授業に行ってしまった。ここにいるのは全員サボりだ。
 そう、真人は平然としていた。今はカツをつまんでいる。さっきカツ丼を平らげたので、これはデザートだ。ソースは別腹。

「竹はふつー頭から生えないですヨ。どーなってんですかコレ」

 葉留佳がたけのこを無造作に掴んで左右に引っ張る。

「いだっ!?ちょ、やめっ、うぎゃあああああああっ!!」
「おお、なかなか頑丈ですネ」
「ちょ、葉留佳さん、やめてあげて!?」

 たけのこがびくともしない代わりに、真人が断末魔の声を上げる。

「ふむ、太い髪の毛のようなものか?骨や頭皮を突き破って生えているというわけでもなさそうだ」
「ほわぁっ?ゆいちゃん、怖いこといわないで〜」
「む、だからゆいちゃんはやめてくれと…」
「めんどくさいな。切っていいか?」

 生え際をかきわけて検分していた唯湖の見立てに、エグいものを想像したのか小毬が涙目になっていた。鈴はめんどくさくなっていた。

「そういえば恭介はどうした?」
「さっきまでその辺にいたけど…いないね」
「田中さんを探しに行くといっていました」

 謙吾の疑問に答えたのはクドリャフカだった。あの恭介がこんなオモシロふしぎなイベントに首を突っ込んでこないわけがなかった。田中というのはきっと元生物部部長のバイオ田中だろう。このたけのこが人為的なものだとすれば最有力の容疑者だ。

「だが、田中はシロだ」
「早っ!」

 みなが期待を高めきる前にその芽を摘んでしまう、空気が読めすぎる恭介ならではの空気を読まない発言だ。
 いつの間に戻ってきたのかというささいな疑問はさておいて、恭介のかたわらに立つ人物に注目が集まる。

「そのたけのこは、生物部で開発したものじゃない。全く未知の植物だ」

 夏場と同じく制服に白衣をまとった田中は、無駄に大きな胸を張って告げた。

『誰?』
「田中だ。バイオ田中」
「こんな格好で失礼。クッキー改の実験中だったんでね」

 唯湖もかくやという巨乳美女に変身した田中が、これでもかとばかりに胸を揺らす。しかし、同じ巨乳でも、田中と唯湖には決定的な違いがある。それは、ブラの有無。
 田中の胸は実に開放的な自由度をもって縦横無尽に跳ね回る。その破壊力たるや、

「くっ…中身が田中だと分かっていても思わずくらっと来ちまうぜ…」

 恭介をして(21)〈アイデンティティ〉を揺らがせるほどに。
 それはさておき、疑惑が晴れたわけではないものの、とりあえず専門家ということで田中にたけのこを検分してもらった。

「…これはたけのこだね」
「んなことはわかっとるわっ!」
「ありがとうございましたっ!?」

 鈴が腰の入ったいいハイキックを真人におみまいする。
 近頃、鈴はバスターズのメンバー以外にも打ち解けはじめ、こうして突っ込みを入れることも出来るようになった。真人を蹴るのは照れ隠しだ。そんな妹の、幼馴染の変化を恭介たち旧メンバーはほんの少しの寂しさとともに嬉しく思う。
 だが、問題は解決しない。

「なあ田中…さん。ただのたけのこが頭から生えるなんてことはあるのか?」

 恭介がはにかんだ表情で田中に質問する。田中は自らの容姿の破壊力を正しく理解していないので、接し方が分からないのだ。

「なんだよ棗君、随分他人行儀だね。まあいいか。細かい説明は省くけど、普通頭から生えるなんてことはない。これは瑞徴とか呪いとか、いわゆるオカルトの類の話だ」

 呪いという言葉を聞いて、お化けに弱いメンバーが真人から距離を取る。特に美魚はそ知らぬ顔で食堂の入り口まで下がっていた。

「呪いのセンはないだろうな。この馬鹿が誰かの恨みを買うとは考えられん」

 喧嘩するほど仲がいい、を地で行く謙吾は確信を持って断言した。

「ほほう、それじゃーナニかいいことの前触れってことですネ。なーでなーで」
「ふむ、そして葉留佳くんの頭からも同じものが生えてくるわけだな」
「げっ、えんがちょ!えんがちょ切ったーっ!」
「納得いかねぇーーっ!?」

 真人は短期間での手のひら返しに涙すら浮かべていた。

「水をやってみよう。伸びるかもしれない」
「肥料も必要だな。もずくはどうだろう」

 恭介と唯湖は好奇心のままにたけのこを育てはじめた。奇跡が起きた。

「…はっ、見てください!」
「ほわぁっ、た、たけのこが〜」
「のびましたっ!?」
「きしょっ!」

 伸びる、伸びていく。水ともずくの力か、それとも筋肉か、VTRの早送りのように見る見るうちに。
 皆が見守る中、たけのこは天井を突き破り、立派な竹へと成長をとげた。

「…とまった?」

 ざわざわと葉の茂る音が聞こえなくなり、理樹が見上げると、首の筋力で竹を支え、仁王立ちする真人の姿があった。

「ふぅ、筋肉のおかげで助かったぜ…」

 真人がどこか誇らしげに冷や汗を拭う。天井を貫通しているため、倒れることはなさそうだが、それでも相当な重さだろう。確かに筋肉のおかげと言えるかもしれない。
 しかし、それはささいなことだ。真人以外のものにとっては。

「こいつはたまげた…光ってるぞ」

 普段物事には動じないと近所で評判の(21)さえ、驚きの声を漏らした。真人に最も近い部分の軸が光っている。

「かぐやひめ…?」

 誰が呟いたのかわからない、しかし誰もが思ったそのとき、美魚の悲鳴が聞こえた。

「逃げて…!」

 立ちすくみ、しかし精一杯の警告を発した美魚を一顧だにせず、それは迫ってきた。
 普段の姿では想像もつかない速さで、前脚には鉈を持って。

「ドルジっ!?」

 真っ先に反応したのは鈴。飼い主としての使命感がそうさせるのか、ぎらつく鉈の輝きも恐れずに、地を薙ぐようなローキックで後ろ脚を払いに行く。しかし、今のドルジには通じない。

「とんだーっ!?」

 まるで猫のように軽やかに飛び上がり、鈴の頭上を軽々と飛び越える。

「ふっ…」
「させんっ!」

 ならばと立ちふさがったのは恭介と謙吾。

「いくぜ!」「応!」
「「合体!!」」

 謙吾が恭介を肩車した!すごい!大きい!

「二つの頭と」
「四本の腕!」

 しかし機動性に劣る夢の合体ロボはドルジのフットワークに難なくかわされた。

「倒せるものなら、倒…っておい!」

 ドルジが真人に肉薄する。鉈の刃がぎらりと光る。

「へっ、道具なんざいらねぇ。この筋肉こそがオレの武器…お前ら、手出しはいらねぇぜ?」

 その場を動けない真人が、真っ向からドルジを迎え撃つ。静かに向かい合う両者。
 皆、固唾をのんで見守る。美魚も合体中の恭×謙を熱い視線で見守った。
 そして、時が動き出す。

「ぬおー」

 ドルジが、ほとんど予備動作無しに飛び上がった。高い。巨体が風船のように天井近くまで舞い上がると、呆気に取られる一同の目の前で体勢を替え、天井を蹴った。

「何っ!?」

 弾丸のような勢いで真人に迫るドルジ。
 やられる――惨劇の予感に誰もが思わず目を閉じると、

 すこんっ♪

 真人の頭が小気味いい音を立てた。

「…え?」

 親友の安否を気遣い、いち早く目を開いた理樹は見た。

 竹が、根本を残してすっぱりと断たれているのを。

 そして、光る竹をドルジが手にしているのを。

「よかった…」

 皆もそれを確認し、一様に安堵のため息をもらす。それを見届けたのか、ドルジは鉈の柄で手にした竹を軽く叩いた。
 ころん。

「にゅぉー」

 ちっさいドルジが出てきた。

 呆気に取られる一同にドルジはお辞儀をすると、小ドルジを頭に乗せ、悠然と去っていった。
 後にバイオ田中はこう語った。

「クッキーに性転換だけじゃなく容姿を変更させる作用も追加してみたんだけど、まさか不可逆変化になるとはね…まあ、今の格好も気に入っているから、成功と言えなくもないかな?」

 その後、こうも語った。

「ああ、今度は動物に変身するクッキーなんてどうかな?そういうマンガあったでしょ。なかったっけ?まあいいや。え、ドルジ?何だっけ…ああ、ごめんごめん冗談だってば。ドルジ君だよね。うん、たぶん水をかけたからじゃないかなあ。ほら、あったでしょ?水をかけてはいけない、太陽の光に当ててはいけない…あと一つは忘れたけど、まあそんな感じ。あの日は雨が降ってたからね、きっとそういうことさ。え、分からない?」

 今、大ドルジと小ドルジは、なかよく日向ぼっこをしている。
 そして、真人の頭に残っていた竹は、毛が生え変わる頃にぽろりとはがれた。しかし、一度貼られた「カッパ」の称号は、まだはがれていない。


[No.862] 2009/01/09(Fri) 22:03:53
雨のあとに見えたもの (No.855への返信 / 1階層) - 秘密 @3160byte

 雨がぱらぱら降っている。
 寮長室に二木さんと一緒に先輩の残した仕事の手伝いをしている。
 なんで先輩の仕事をやってるのかというと、サボって逃げたからだと思っている。
「全く…なんで私があーちゃん先輩の仕事までしないといけないの…あの人、仕事する気あるのかしら…」「まぁ…あの人は大変だからしかたないと思うんだけどね。」
「何言ってるのよ。自分に課せられた仕事をするのは当然のことでしょ?」
 二木さんはぶつぶつ愚痴をこぼしながら作業を続けていた。
 歩道を見ると赤、青、黄、黒、いろいろな色が目に入った。
 傘の色が雨と合わさってキラキラ光っている。
 この近くに小学校があって下校中の小学生が集団下校していていろいろな色が綺麗に合わさっていた。
 僕は強い視線が気になってその方向を向いたら二木さんが睨みつけていてた。「直枝…直枝も仕事…やらない訳?私に押し付けるのかしら?」
「い、いや…うん、やるよ…」
 二木さんのこめかみには青筋が出ていた。
 これはやらないとまずいような気がする…


 黙々と作業をしていると、部屋には雨の音と時計の秒針の音しか聞こえない。「ねぇ、二木さんは雨と晴れどっちが好き?」
「・・・・・・・」
「二木さんは雨と晴れどっちが好き?」
 聞こえてるのか、聞こえてるのに聞く気がないのか分からないけど、僕は負けずにまた言ってみた。
「はぁ・・・雨と晴れどっちが好きかって?」
 溜息交じりの声で聞いてきた。
「うん。どっち?」
「そうね・・・私は晴れかな。晴れの方が暖かくて、太陽の光を浴びると気持ち良いし・・・」
「そっか。」
「なによ。二木さんは晴れの日が好きっておかしいね、って顔してるわよ。」
二木さんは不貞腐れた顔をしていた。
「いやいやいや、おかしくないよ。僕は晴れも好きだけど、雨の日も良いと思うよ?」
「どこがいいのよ。雨の日なんて、じめじめするし、髪はすきにくいし、洗濯物は乾きにくいし、雨の日にいい思いではないから・・・良いことなんてないじゃない。」
 洗濯が乾きにくいってところだけはなんか女子高生とは思えない答えだと思うことはいわないでおいた方が良いような気がする。
「そうかな・・・?晴れもいいけど、雨もいいよ?」「そうかしら、どこがいいか聞きたいわ。」
 二木さんは立ち上がりお茶を二つ入れてくれた。
「ありがとう。雨の日のいいところはね、外見てよ、外には傘の色と雨できらきら輝いて綺麗じゃない?晴れの日では見れないし、確かに雨の日はじめじめして過ごしにくいけど雨には雨の良いところがあるんだよ?」


「ね。綺麗でしょ?」
「・・・・・・・・」
 二木さんは黙って外を眺めていた。
「二木さん?」
「・・・・・・そ、そうね。確かに綺麗だわ、雨の日がこんなに綺麗って思ったことはないわ。」
 二木さんは微笑んでいた。
 見とれてしまうくらいに可愛いかった。



 次の日、寮長の頼みで二木さんと買い物に行ったんだけど、
「二木さん、もう少し寄らないと雨に当たっちゃうよ?」
「そんなことしたら直枝が雨に当たっちゃうじゃない。私は大丈夫だから。」
「そんな事言わないでいいから、入ってよ。」
「あ、ありがとう・・・」 二木さんは小さな声で言っていた。
「不意の雨って嫌な気分になるものだって思っていたけど、良いこともあるんだね。」
「良いこと?」
「良いことは二木さんと一つの傘に入れたことかな?」
「え・・・それって相々傘って言うんじゃ・・・」
 二木さんの顔がだんだん赤くなってきた。
 こういう二木さんも可愛い。
「それ以外にも良いものが見れると思うよ?」
「・・・今度は何よ。」
 雨があがって太陽が雲間から見えてきた。
「ほらっ」
「・・・本当・・・綺麗・・・」
 雨があがって見えたものは、君の笑顔と七色のアーチ・・・



「本当に綺麗な虹」


[No.863] 2009/01/09(Fri) 22:21:13
[削除] (No.855への返信 / 1階層) -

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[No.864] 2009/01/09(Fri) 23:22:41
鳥が羽ばたく日 (No.855への返信 / 1階層) - ひみちゅ 4137byte


 今日は雨だった。昨夜から起きているわけでもないが、昨日からずっと降り続いていることは知っている。
 心なしか、クラスにいる人たちの表情も雰囲気も暗いものに包まれている。わたしはいつも通りに外のあの場所で、気持ちよく読書がしたかった。
 それに。わたしは、雨が嫌いだった。


  鳥が羽ばたく日


 廊下が騒がしくなったと思ったら、三枝さんが教室へと勢い良く飛び込み、そして素早く来ヶ谷さんの席へと向かった。
 一体なんなのか、と思い耳を傾ける。
「ねぇねぇー、大発見しましたヨ!姉御姉御ー!」
 大発見と言ってるが、大したことではないのだろう。
「って、姉御がいねぇー!?じゃあそこにいるクド公でいいや」
 来ヶ谷さんがいないことに気付いた三枝さんは、近くにいた能美さんに声を掛けていた。
「わふっ、三枝さんですかっ」
「クド公、私大発見しちゃったんですよ!」
「大発見ですかっ!それは、一体なんでしょうか!?」
「ふふふ、聞いて驚くなよ…。私は超える人と書いて超人と、鳥の人と書いて鳥人の発音が同じことに気付いたんですヨ!」
「わふー!それは凄いのです!」
 やはりそんな大したことでも、気にするほどのことでもなかった。なにかと思って話を聞いてみてはいたが、少し無駄な時間を過ごしてしまっていた。
 わたしはまた、本に目を戻す。
 教室の喧騒が一段と遠くに感じられた――

―君はなぜ野球のボールが白いのかわかる?

―知らない。君は知ってるの?

―僕も知らない。でも僕はね、思ったんだ。

―なんて?

―それは青空へと飛んでいくためだと、思ったんだ。

 ――そこで、わたしの意識は本の中から教室の中に戻された。
 今、読んでる本の登場人物二人が行ったなんの変哲もない会話。わたしにはなぜか少しだけそれが……、身近に感じられる。
 ボールと言えばリトルバスターズがしている野球の練習。そういえば、前に放課後の中庭でゆっくりと読書をしていた時、飛んできた打球に当たってしまったことを思い出した。
 その時、何かが飛んでくることは確認だけ出来た。最初にわたしは、それが白い鳥だと思い込んでいた。そう思い込んでいたからこそ、ボールだと気付くのが遅れて避け切れなかった。
 染まらずにいた白は、わたしを迷わせるものにもなった。
「西園さん」
 いつの間にか近くにいた直枝さんの声に、はっとさせられる。
「なんですか?」
「今日は珍しく外で読まないんだなぁ、と思ってね」
「同じことを返しますが、今日は外で野球の練習をするんですか?」
「…ごめん、冗談だよ」
 そう言った直枝さんは顔を少し下に傾けた。
「では、なんでこちらに?」
「いやまあ、僕の席の周辺がちょっとね……恭介は来ないし、来ヶ谷さんもいないし…鈴と小毬さんはどっか行っちゃったから…」
 直枝さんが指差した方に顔を向けるとそこには、指定の制服を着ていない二人の男子生徒が踊っている。さらに、その近くでは能美さんが三枝さんの一方的な話を聞いている。そこで納得をした。どこから見てもあそこへと入り込める余地はなさそうだった。あの席にずっと座ってられる自信はわたしにはなかった。
「なるほど。だから、話し相手になって欲しいと」
「ごめんね、西園さん」
 別にかまいません、とだけ返事をした。

 わたしは少し廊下側の窓に目を向けた。その様子を不思議に思った直枝さんはどうしたのかと尋ねた。 
「直枝さん」
「うん」
「雨は、好きですか」
 直枝さんはまず、机の傍に置いていたわたしの日傘に目を向け、その後わたしと同じように窓へと目を向けた。
「好き、ではないかな」
「どうしてですか?」
 そう言うと直枝さんは、わたしの顔を見て話始めた。
「昔、僕たちが遊びに遊びまくっていた時………その楽しい時間が雨によってすぐ流されたからね…好きではないなぁ。一回恭介に雨が降っても強制的に遊ばされたけど、次の日みんな一緒に風邪になっちゃってからはあまり雨で遊ぶことはしなくなったかな。西園さんはどうなの?」
「嫌いです」
 そう言い切った。
 直枝さんが次に口を開く前に、わたしは言葉を続ける。
「なぜなら、わたしの元へと鳥が飛んでこなくなるから……」
 その時、直枝さんは俯いて考え込んだ。
「でもさ」
 しかし、すぐに顔を上げてその疑問を口にだす。
「西園さんは前に鳥は嫌い、だと言ってなかったっけ?今の西園さんの言い方だと鳥は好きだ、と言ってるように見えるけど」
「言いました。ですが、その後に続く言葉を覚えていますか?」
 今度は頭を上に向けて直枝さんは考え始めた。だけど、そこで時間切れ。鐘の音が響く。
「あ、鳴っちゃったね。それで、なんだっけ?」
 わたしはあの時、わたしの元から鳥が飛んで行ってしまうから、と答えていた。それを聞いた後でさっきの言葉を聞いたら、少し混乱はしてしまうだろうと思った。
「秘密です。いつか、また」
「うん、じゃあまた後で」
 直枝さんは自分の席へと戻っていった。

 その時にわたしは、もう答える時は来ないと感じた。


[No.865] 2009/01/09(Fri) 23:40:16
冬の雫 (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@7670byte

 冬の雫



 頬を打ちつける雫が温かみを奪っていく。
 冬の雨は冷たい。雨は、時には私から雪よりも体温を奪った。しかも温めるものはない。家庭科部の部室へ行き炬燵にもぐりこむのもいいが、今はそんな気分になれなかった。机の上にみかんがあっても、ルームメイトが絶賛してくれた茶葉があっても同じだ。
 枝を打つ雨音に耳を澄ませる。窓越しに雨を見ていると思い出すことがあった。
「クドの髪の毛はさ、ガラス越しに見える雨降りみたいに静かな色をしているね」
 恋人だった日々の中で、リキは私の髪の束を掌にのせながらそう表現した。
「すごく綺麗だと思うよ。黒髪がいいと言うけれど、僕はクドのこの、穏やかな雨降りのような髪の色も好きなんだ」
 撫でてくれた彼の温もりを手繰り寄せようと、私は雨を見ながら自らの髪に触れる。そうすれば彼の手の温もりや感触が蘇るのではないかと思った。現実に私の指は虚しく空を梳いた。
 そこには何もなかった。想いも温もりも、消えている。
 冷え始めた私はいつしか空を見上げることも忘れていた。私はいつだって空を見上げていなければならなかった。一人でも夢を叶える強さを彼がくれたはずなのに、今手の中に包んでいるものは強さとはかけ離れたものだった。


 秋の終わり頃の、ある日の教室。鈴さんが机の椅子に腰かけて足を揺さぶっている。
「理樹のことな、クドにならとられてもいいかもしれない」
 彼女がふとした会話の中で呟いた。私はその時、彼女の斜め前で乾燥昆布を租借しつつお茶をすすっていたところだった。
 リキのこととなると冷静を失う彼女の中には、稀に余裕が見えた。他愛のない冗談の一つかもしれない、私のことを彼女なりの言葉で評価してくれているのかもしれない。けれど私には余裕などなかった。彼女の言葉に捻り出した笑顔が鎖に絡め取られていくのを感じながら、私はふるふると首を振って否定した。
「だめですよ鈴さん、そんなことを言っては。リキが泣いちゃいます」
 彼女は眉間にしわを幾本か作り、息をつく。
「あいつは弱虫だからな」
 思ってもいないことを彼女は言う。私は律儀に返す。
「リキは強いですよ」
「今あいつが泣くって言わなかったか? 言ってることおかしいぞ」と彼女が言った。
「まあなんだ、わからなくもない。弱いけど、格好良いところもあるからな。くそ、理樹め」
 頬を染める彼女に、私は再び手繰り寄せた笑顔を向ける。
「リキは女泣かせですね」
「なに、理樹は女泣かせなのか。って、どこで覚えたんだそんな言葉」
 さあ、どこだったでしょう。
 結局彼女は会話の終わりに、やっぱり理樹はやれん、と言った。あいつはあたしだけのものだからな――それから彼女は未だ来ないリキを探しに出かける。
 教室には既に夕影が差し込んでいる。私は壁にかかる時計を見上げた。門限が迫っている。そろそろ校舎を出なければいけないのに、私の腰はどうにも上がらなかった。
「だめ、ですよ」
 とられてもいいだなんて、冗談でも言わないでほしい。
 でないと今、目の前にいる人にすがってしまいそうだから。
「どうしたの、クド?」
 彼女が去ったあと、訪れた彼の優しい優しい声が頭上に降り注がれる。
 頭に乗せられた手。背中を撫でる手。私を慰めるべく奔走する彼の両腕をもう離せない。冬の雨よりも冷たく春の日差しよりも温かなリキの手は、私に絡まった鈍色の鎖をはずしてしまった。
 自由になった私は彼を受け入れる。大切な友達の、大切な人だと分かった上で。
「ごめんね。僕にはクドを抱き締めることしかできない」
「それでいいんですよ。リキには鈴さんがいるのですから、十分です」
「クド。僕はクドが」
 私は彼の唇を掠めとる。それは私がいつのまにか覚えた、彼の言葉を制止する方法だった。
 心は抱かなくてもいいから、せめて身体だけでも抱いてほしいと思う。親友を裏切っているという感覚よりも、リキが触れてくれる心地良さがいつか失われることの恐怖が大きい。
 自分は駄目な子だ。
 自覚はあった。けれど心がついていかない。だから私はより彼を求めるのかもしれない。

 母を追いかけて行った自分が、リキの傍にひたすら居続けた彼女に敵うはずがなかった。
 はたから見ればリキの手は悲しいほどに彼女の手に合っている。生まれる以前から彼の手は彼女の手を引くために形作られたかのようだった。二人が人の目を盗んでこっそりと繋いでいる場面を目にすると、胸が激しく軋んだ。もちろん幸せな気持ちもある。私たちが世界を作り、恭介さんに協力したのは二人の幸せのためだった。だけど、と思う。だけど。
 繰り返される日々の中で、私は彼が自分以外の人と結ばれる場面を目にしてきた。
 まだ淡い嫉妬しか持たなかった最初はいい。けれど一度彼と想いを繋げてしまったあとは、苦しくて、彼の強さを認めたというよりは逃げてしまいたかった。
 だから私は外に出る。偽りに満ちた世界を飛び出す。世界は、一滴混ぜられた欺瞞を覆い隠すほどの優しさでつくられていて、抜け出すのは容易だった。
 追い出された、とは思わない。
 それは彼と彼女のためだけの世界。私たちの願いの成就などついでにすぎない。
 それでも私は、彼と、リキと繋がることのできた幸せを覚えている。なんとも酷い話ではないか。そこにどんな意味が含まれているんだろう?
 意味はあってほしいと思う。そうでなければこの苦しみは全く無駄なものになる。私にはこれが生きていく上で、人と付き合う上での最低限の痛みなどと納得できない。それとも廻ることで擦れた皮膚の痛みなんだろうか。これを、自分以外の人は耐えているのか。
 忘れていたい、と思った。
 ほんとうに、どうして覚えているんだろう。
 彼は忘れてしまっているのに、自分は彼との思い出の残滓を胸の中に見つけることができる。デジャブでも思い違いでもない、確かな記憶。記憶ほど信じられないものはないだろうに、私は確かにあったことだと分かっている。人の想いにより形成された朧げな世界であっても、私にとってのみ都合のいい夢であっても、そこにいたのは私とリキだった。
 暗闇の中で聞こえたリキの声を覚えている。
 心の中で呼びかける力も失くしかけ、歯車の一つになろうとしていたとき、私はリキの力強い声を聞いた。普段の優しげな少年の声ではなく、私の愛した男の人の声だった。
 弱くてもよかった、と私は思う。
 弱いままの彼で、私は助け出されることなどなくてよかった。こんな記憶も瓦礫に埋もれ、爆発に巻き込まれてしまえばよかったんだ。私は強く願う。しかし今となってはどれだけ強い願いだろうと叶わない。ここは現実で、リキの手も声も私を求めてはくれない。彼が私にしてくれるのはただ受けとめることだけだった。

 昼間、彼の手は彼女の頬をなぞり、愛おしげに呼ばれる。鈴が好きだよ。あんらっきーな自分が通りがかりに見てしまった二人の逢瀬。まったく不運が過ぎる。
「僕には鈴しか見えてないから、お願い。そんなに不貞腐れた顔をしないで」
 怒らせてしまったのか、彼はご機嫌とりの言葉をかけている。彼女はそんな彼を横目で時折盗み見ながら「いいや、許さん」と言った。
「あたしがいるのに他の子とばかり話して、そんなにあたしのことが嫌いなのか。嫌いになったのか?」
 嫉妬のできる幸せをきっと彼女は知らない。
「だから、好きだって」
「誠意が感じられない」
「目を見てよ、鈴。こちらを見てくれなきゃ感じようもないよ」
「いやだ」
「どうしてさ」
「目を見てしまったら……きっとあたしは許してしまう」
 彼女の頬に添えていた手の角度を変え、リキが俯いた顔を持ち上げる。彼女にとっては残酷な、私にとっては羨ましい行為。
「理樹」
 ……リキ。
 唇が深く重ね合ったのを見届けて、私は教室の前を通り過ぎた。

 ねえリキはどうして私を受けとめてくれるのですか。
 リキの、彼女への想いは偽物ではないというのに、私を受けとめてくれるのはどうしてだろう?
 疑問は晴れない。しかしそれをどこかで望んでいた。心に雲をより敷き詰めるよう、私は彼を自分の元に引き寄せる。名前を呼ばれることの心地よさに胸を震わせては「リキ」と叫んだ。深く口付け、互いの熱に溶かされていけるなら、時折のぞく温度差には目を瞑れた。一欠片でも私を想う心があるならそれで幸せだったのだ。
 告白もできないなら心の声で叫ぶしかない。リキ。リキ、ずっと愛しています――と。


 雨が降りしきる日、制服姿のまま外に出る。
 わざとずぶ濡れになってからリキの部屋に行くと、彼は持ち前の優しさで迎えてくれた。
「捨てられた子犬のようになってるよ」と私の髪をごしごしとタオルで拭う。頬に浮かぶ笑みが愛しい。
 わふう、と息をつく私を彼が見つめてくれている。この時間のためなら、明日風邪を引いてもいいだろう。それに。
「じゃあ」と私が言った。
「捨て犬の私のこと、リキが拾ってくれますか?」
 聞いた後、頬にまだ雨粒が残っていることに気付く。拭い忘れただろう水滴を手の甲で払ってから、私は彼の腰に腕をまわした。そして私が下になるよう、彼をベッドに引き寄せる。白いシーツにジワリと雫が染みた。
「……あそんでください、リキ」
 虚構でなくてよかったと思うのはこんな時。
 誰も強くならない世界が続いていくのは、現実だけだった。


[No.866] 2009/01/09(Fri) 23:49:19
雨の中の待ち人 (No.855への返信 / 1階層) - 秘密 @4406byte

 しとしとと雨が降っている空には分厚い雲が立ち込めていて見た限り晴れることはないと思う。
「こんな日って気持ちが沈むわ…」
 誰も聞こえないくらいの声で呟いた。
「はぁ…」
 溜息まで出てしまった。「早く来なさいよ…もう…女の子に待たせるなんてどうなのよ…」
 周りを見ると雨が降ってるのに小学生くらいの小さな子が傘をさしながら遊んでいた。
 傘がクルクルと回っている。
 赤、緑、白、黒、青…いろいろな色が回っている。 こんなに傘が綺麗とは思ったことはなかった。
「でも、本当にこんな天気の悪い日なのに元気よね…私もそんな日があったのかしら…」
 気づけば私はなに年寄り臭いことを言っているのかしら…
「ははは…」
 なんか一人で笑っているのも悲しい。
 やっぱり私の隣にはまだあいつは来ていない。
 あいつがいないと調子が上がらないような気がしてたまらなくなる。
「でも…私が来たのが早すぎたのかしら?」
 腕時計を見たら待ち合わせの時間より時計の針が一回りくらい出来るくらいだからしかたがない。
「でも…こんなに人を待つことが楽しいなんて思ったことはないわね…」
 私の目の前を通る人はみんな傘をさしていて、仕事に行くような人、遊びに行くような人、沢山の犬を連れて散歩している人、コンビニの袋を持っている人、沢山の人がいて見るのが飽きることがない。
「犬か…飼うならストレルカかヴェルカみたいな犬がいいわね。猫なら鈴さんと一緒に居るような可愛いのがいいかも…ドルジだけはちょっと嫌だわ…」
 寮では動物は飼えないけど、将来は動物を飼ってみたい。
 小さくても、大きくてもどっちでも良いけど、可愛いくて、出来れば毛がふわふわなの良いと思うんだけど…


 そんなことを思っていたら、目の前に人が通った。 その人の手には数冊の本が抱かれている。
 この近くにある図書館から借りたのかな…
 雨に濡れないように大切に持っている。
「なんの本かしら?私もたまには読書でもしてみようかな。最近全く本なんか読まないし…探せば面白い本が見つかるかもしれないわ…」
 絵本…?
 もう高校生だし…
 他になら国語の教科書に出てるような日本文学小説もいいわね。
 夏目漱石、太宰治、宮沢賢治、森鴎外…
 有名どころも久しぶりに読んでみようかしら。
 読んだことはないけど海外文学小説もあるかな。
 メーテルリンク、アンデルセン、ルイス・キャロル…
 知ってる作家は童話作家くらいみたい…
 あ…でも学校にも図書室あるし、そこで見つけてもいいわね。


 ふと車道に目をやってみるとバスが来ていた。
 沢山の人が出たり、入ったりしていた。
「あの人、どこに行くのかしら?」
 バスに乗った人の中にアタッシュケースを持ってる人がいた。
 アタッシュケース持っているんだから遠くに行くと思うんだけど…
 どこに行くのかしら?
 国内かしら?
 それとも国外?
 この冬の時期に寒いところなんて行かないと思うけど、暖かいところかしら? 今テレビでも韓流ブームだから韓国?
 でも、韓国は日本と変わらないところにあるから日本と寒さは変わらないと思うし、それに韓国は本場のキムチとかで体を温めるのかしら?
 考えれば私は生まれて一度も海外に旅行に行ったことがない。
 死ぬまでには海外旅行もしてみたい。
 フランス、イギリス、アメリカ、日本の何倍も寒いかもしれないけどロシア、アメリカ、近場なら中国…良い思い出を作れるならどこでも良いかもしれない。 国外の旅行じゃないとしたら、年末だから帰省するのかしら…
 私も実家に帰った方がいいのかも…
 でも葉留佳が帰るなら帰っても良いけど、直枝が残るなら残ろうかな。
 そんなことを考えているとバスはいつの間にか出ていた。


再び腕時計を見てみたら待ち合わせの時間まで針が少しでたどり着くくらい。
「あと少しみたいね…」
 時計から目を離して小さく息をすると白くなっていた。
「息が白い…気づかなかったけど寒くなってたのね…」
 待ち始めてから時計の針が一回りするくらいなんだから気温が変わることがあるかもしれないのは仕方がないと思う。
「厚着はして来たつもりなんだけど、寒いわね。カイロでも買ってくればよかったわ。」
 片手はポケットに入れたけど片手は傘をさしているから入れることができないからだんだん冷たくて手が赤くなってくる。
 ぱしゃぱしゃと水が切れるような音が近づいてくる。
「ご、ごめん…待った?」 傘を上げると直枝が走ってきたみたいで息が荒くなっていた。
「もう…走ってこなくてもいいように来なさいよ。」 溜息混じりに言うと直枝は苦笑していた。
「でも、寒くなかった?ほら。」
 もう、なんでこんな恥ずかしいことが出来るのかしら…
 顔が赤くなってることが自分でも分かるくらいだったけど、直枝は気づいていないようだった。
 私は直枝と手をつないだ。
 直枝の手は温かかった。 雨の中長い時間待ち続けるのは嫌だけど、好きな人を待っているのはそんなに嫌ではないということを思った。
「二木さん、どこに行きたい?行きたいところがあるならそこに行こうよ。」
 直枝はニコッと笑いながら私に聞いてきた。
「そうね…」
 確かに雨の日は雲が厚く掛かって気持ちが沈むかもしれない。
 でも、雨の日に待つのは嫌だけど、好きな人を待つのは嫌じゃないって思った。


[No.867] 2009/01/09(Fri) 23:58:52
空にも快晴が広がっていた (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@7258byte

 空にも快晴が広がっていた。見渡してみても立ち並んだ木の上の方、遠くの空に薄白い雲だか朝靄だかが浮かんで見えるだけだった。
 まだ薄暗いマウンドに、鈴が立っていた。糊の利いたスカートが冷たい風にそよいだ。鈴は買ったばかりの制服をいくぶん窮屈そうに着こなし、と思ったら腕まくりしてリボンをむしりとった。背伸びしてグルグル肩を回した。
 覗いたブラウスが眩しかった。土をならすローファーが黒く照り返していた。僕を一瞥し、感触を確かめるように手の中で擦り切れたボールを転がした。
 反動をつけるよう、大きく一歩、後ろに下がった。地面が削れる荒い音がした。薄く土埃が舞って、日差しを浮かび上がらせていた。
 言葉もなく振りかぶる。
 べりり、とブサイクな音がして、「げえーっ!」と「ぎゃあーっ!」が交じった奇っ怪な悲鳴が鈴の口から飛び出た。脇の下からブラウスが覗いていた。


 拗ねて引きこもった鈴をなだめてやっと連れ出したと思ったら、みんなもう集まっていて、僕らの着席を待っていた。食堂には思ったよりたくさんの人がいて、一斉に注目されるとちょっとたじろぐ。ジャージの鈴は想像通り浮きそうで、追い討ちのように小毬さんがブンブン手を振るものだから、鈴は僕の背中に隠れてしまった。
「全員揃ったか? 揃ったみたいだな」
 そそくさと僕らが席に着くと、マイクを通した恭介の声が食堂に響いた。
「みんな、今日は俺のために集まってくれてありがとう!」
 途端にブーイングが起こる。野次が飛び、怒号が飛び、物が飛び、それでも恭介が涼しげなものだから段々みんなエスカレートして、鈴は上履きを飛ばした。やがて葉留佳さんが投げた卒業証書の筒を鼻先に受けて、恭介は苦悶に呻いてしゃがみこんだ。
「俺はスポンサーだぞ!? 分かってんのかてめーら!」
 その言葉に血気盛んな男子生徒がブルジョア討つべしとみんなを扇動しだして、チョコバットの長いやつがゲバ棒として持ち出され始めたころ、向かいに座った女子が鈴に話しかけてきた。
「棗さん、制服じゃないの?」
 せっかく新しいの買ったのにねえ、と小毬さんが同調する。
「ピシッとしててカッコよかったのに。あたしも新しいの買えばよかったかなあ」
「まあ三年も着てたらそうなっちゃうよ」
 別の女子がため息をついて、袖口のほつれた糸をいじった。これで野球なんてしてたらなおさらだ。
 鈴は顔を真っ赤にして僕を見たけれど、
「直枝! お前も投げろ!」
 と水風船を渡され、構ってあげられなかった。野球で鍛えた腕を見込まれたとあっては黙ってられない。横目に、鈴が勝手に2リットルのペットボトルを開けてコップに注ぎ飲み干すのが見えた。恭介は十字砲火に晒されスーツを水浸しにしていた。水風船は寮生男子の後頭部を誤爆して盛大に破裂した。
 次々命中弾が放たれてるのを見ると、なんか悔しい。追加を探そう。
 席を立つ。
「直枝くん、調子乗りすぎ。いい加減にしたら?」
「え、あ、うん。ごめん」
 鈴と話してたと思った女子に諌められて、釈然としないながらも席に着いた。鈴はまたジュースを飲み干した。それからチラッと僕の顔を窺った。
「……ぎょーぎよく真面目なんて、あたしには無理だ。制服は捨てた」
 それでジャージってどうなのさ。
 つっこむより早く、女子たちが歓声をあげる。
「鈴ちゃん、かっくい〜!」
 小毬さんがぎゅーっ、と鈴を抱きしめる。
「やっぱり棗さんってハードボイルドだよね〜」
 いったいどの辺がやっぱりなのさ?
 思わず尋ねそうになったとき、肩を叩かれた。
「な、直枝くん、いま、いい?」
 振り向くと、同じクラスの……杉下? 杉山? さんが、余白のページを開いたアルバムとマッキーを抱いていた。遠慮がちに差し出される。その後ろでは空気を入れるべきサイズの風船になみなみと水が詰め込まれているところだった。
「あれ? 寮生……だったっけ?」
「え? えっと、違うけど、誘われて……」
 そう言って遠くのテーブルを指差す。けれど、僕には誰を指しているのか分からなかった。
 他の人たちの書き込みに倣って、メールアドレスと当たり障りないメッセージを書く。
「……ありがとう。卒業おめでとう」
「うん。おめでとう」
 彼女は次は隣の鈴に話しかけていた。鈴は話の腰を折られて明らかに不愉快がっていたけれど、アルバムを見ると顔を明るくした。小毬さんたちも飛びつく。こういうのに女子は食いつきがいいなあ、と思った。
 突然酷いハウリングがして、みんな驚いて静まり返った。
「さて、余興はここまでだ!」
 恭介の素の声がした。
 ん? と、恭介の表情が曇った。水を滴らせる前髪がなおのことその顔を暗く見せた。
 トントン。マイクを叩くが、変化はない。かちゃかちゃスイッチを切り替えているけど、うんともすんとも言わない。
 しかし恭介は何事もなかったかのように懐にマイクを収め、
「じゃあ、今日の主役! の中の主役に挨拶してもらうか!」
 そう言った。
 こーわしたーこーわした! とみんなが手拍子して囃し立てる。
「ちょ、ちょっと待て! お前らが風船投げるからだろ!」
 恭介が今度こそ狼狽している。いや、間違いなく怒られるのはみんななんだけど。恭介含めて。
「ええい、乾けば直る! 心配するな!」
 やけっぱちに怒鳴って、オーディエンスを黙らせる。
 そして、僕を手招きした。
「理樹、ここ来て挨拶しろ!」
 と。
 そっか、そうきたかあ。考えてもみなかったよ。
 鈴に背中を叩かれて、というか半分突き飛ばされて、みんなの前に出てきてしまった。
 さっきとは打って変わって、みんな真面目に僕の顔を注視している。鈴はクッキーをつまみ食いしている。
 ほれ、早くしろ、と恭介に肘で小突かれる。これなら水風船のほうがマシじゃないか。
「……えー、本日はお日柄もよく、天気にも恵まれまして」
「ここんとこずっとだけどなー!」
 茶々をいれられる。
 うん、なんか最近全然雨降らないんだよね。おかげでダムの貯水率がヤバイらしいね。雪解け水も期待できなくて、早くも水不足の危機だとか。困っちゃうね、ほんと。
 恭介にまたげしげしされて、我に返った。
「お前が言いだしっぺだろ。こういうのも責任だぞ」
 なんでこう、やる気の出なくなる言い方をするやら。頭を掻いた。大勢で明るく楽しくできたらいいって思っただけなんだけど。
 腹を括るしかないんだろうか。
 声が小さいとまた何を言われるかわかったもんじゃない。唾を飲み込んで、おなかに力を込めた。


 夕焼けが目に染みた。これだけ見事だと、明日も晴れることだろう。
 寮の前には人だかりができていて、三々五々、お別れの挨拶などしながら、荷物を抱えて校門に歩いていく。
 僕と鈴はまだ下宿の準備ができていない。先生に頼み込んで、もう少しだけ残らせてもらうことになっている。なんだか後ろめたくて近づく気になれない。三年追い出し会も終わったというのに、間抜けだ。
「雨、降るといーな」
 隣に立つ鈴が、退屈そうにジャージのジッパーを上下させながら、そう言った。
「ダムの上だけ降ってくれるといいね」
「うん」
 それで会話は途切れた。二人でぼんやりと校庭の方を眺めた。晴れ続きのせいか、桜はもう咲いているけれど、夕日に染まってよく見えなかった。
「いや、やっぱこっちに降ってほしい」
 鈴が呟く。
「なんで?」
「……埃っぽいの、嫌いだから」
「あ、そ」
 まあ、確かにたまには降ってくれないと困るかもしれない。晴れ続きじゃダメなこともある。そういうふうにできてるものだ、なんでも。
 ぼす、と頭に何かが乗った。
「二人とも、おめでとう」
 恭介だった。
「なんだおまえ。女の子の相手はいーのか?」
「そうだよ。せっかくなんだから相手してあげればいいのに」
 僕と鈴がそんなことを言うと、恭介はさすがに疲れたように苦笑した。
「着替えなくて大丈夫なの?」
「あるか、んなもん」
 まあそうだよね、と納得して一人頷いた。
「暇なら付き合えよ」
 そう言って、僕と鈴にグローブを配った。
「結構残ってくれるみたいだぞ?」
 そう。良かった。
「言いだしっぺは恭介だからね」
「分かってるさ。任せとけ」
 三人、並んで歩いた。僕らの前に長い影が伸びた。懐かしいな、と思ったら、見た瞬間分かる真人と謙吾の足が立っていて、視線を上げると同時、僕らの手を掴んだ。
 グラウンドには大勢の人がいて、賑やかだった。思い思いにキャッチボールなどしている。真っ赤なボールの影が遠くの地面をいくつも行き交っては落ちた。
 それでも空はまだ青さを残していて、やっぱり晴れ渡っていた。


[No.868] 2009/01/10(Sat) 00:00:30
雨の中の待ち人 (No.867への返信 / 2階層) - 訂正と言ったら訂正なんです

〜雨の中の待ち人〜



 しとしとと雨が降っている空には分厚い雲が立ち込めていて見た限り晴れることはないと思う。
「こんな日って気持ちが沈むわ…」
 誰も聞こえないくらいの声で呟いた。
「はぁ…」
 溜息まで出てしまった。
「早く来なさいよ…もう…女の子に待たせるなんてどうなのよ…」
 周りを見ると雨が降ってるのに小学生くらいの小さな子が傘をさしながら遊んでいた。
 傘がクルクルと回っている。
 赤、緑、白、黒、青…いろいろな色が回っている。 こんなに傘が綺麗とは思ったことはなかった。
「でも、本当にこんな天気の悪い日なのに元気よね…私もそんな日があったのかしら…」
 気づけば私はなに年寄り臭いことを言っているのかしら…
「ははは…」
 なんか一人で笑っているのも悲しい。
 やっぱり私の隣にはまだあいつは来ていない。
 あいつがいないと調子が上がらないような気がしてたまらなくなる。
「でも…私が来たのが早すぎたのかしら?」
 腕時計を見たら待ち合わせの時間より時計の針が一回りくらい出来るくらいだからしかたがない。
「でも…こんなに人を待つことが楽しいなんて思ったことはないわね…」
 私の目の前を通る人はみんな傘をさしていて、仕事に行くような人、遊びに行くような人、沢山の犬を連れて散歩している人、コンビニの袋を持っている人、沢山の人がいて見るのが飽きることがない。
「犬か…飼うならストレルカかヴェルカみたいな犬がいいわね。猫なら鈴さんと一緒に居るような可愛いのがいいかも…ドルジだけはちょっと嫌だわ…」
 寮では動物は飼えないけど、将来は動物を飼ってみたい。
 小さくても、大きくてもどっちでも良いけど、可愛いくて、出来れば毛がふわふわなの良いと思うんだけど…


 そんなことを思っていたら、目の前に人が通った。 その人の手には数冊の本が抱かれている。
 この近くにある図書館から借りたのかな…
 雨に濡れないように大切に持っている。
「なんの本かしら?私もたまには読書でもしてみようかな。最近全く本なんか読まないし…探せば面白い本が見つかるかもしれないわ…」
 絵本…?
 もう高校生だし…
 他になら国語の教科書に出てるような日本文学小説もいいわね。
 夏目漱石、太宰治、宮沢賢治、森鴎外…
 有名どころも久しぶりに読んでみようかしら。
 読んだことはないけど海外文学小説もあるかな。
 メーテルリンク、アンデルセン、ルイス・キャロル…
 知ってる作家は童話作家くらいみたい…
 あ…でも学校にも図書室あるし、そこで見つけてもいいわね。


 ふと車道に目をやってみるとバスが来ていた。
 沢山の人が出たり、入ったりしていた。
「あの人、どこに行くのかしら?」
 バスに乗った人の中にアタッシュケースを持ってる人がいた。
 アタッシュケース持っているんだから遠くに行くと思うんだけど…
 行き先は国内?
 それとも国外?
 この冬の時期に寒いところなんて行かないと思うけど、暖かいところかしら? 今テレビでも韓流ブームだから韓国?
 でも、韓国は日本と変わらないところにあるから日本と寒さは変わらないと思うし、それに韓国は本場のキムチとかで体を温めるのかしら?
 考えれば私は生まれて一度も海外に旅行に行ったことがない。
 死ぬまでには海外旅行もしてみたい。
 フランス、イギリス、アメリカ、日本の何倍も寒いかもしれないけどロシア、アメリカ、近場なら中国…良い思い出を作れるならどこでも良いかもしれない。 国外の旅行じゃないとしたら、年末だから帰省するのかしら…
 私も実家に帰った方がいいのかも…
 でも葉留佳が帰るなら帰っても良いけど、直枝が残るなら残ろうかな。
 そんなことを考えているとバスはいつの間にか出ていた。


再び腕時計を見てみたら待ち合わせの時間まで針が少しでたどり着くくらい。
「あと少しみたいね…」
 時計から目を離して小さく息をすると白くなっていた。
「息が白い…気づかなかったけど寒くなってたのね…」
 待ち始めてから時計の針が一回りするくらいなんだから気温が変わることがあるかもしれないのは仕方がないと思う。
「厚着はして来たつもりなんだけど、寒いわね。カイロでも買ってくればよかったわ。」
 片手はポケットに入れたけど片手は傘をさしているから入れることができないからだんだん冷たくて手が赤くなってくる。
 ぱしゃぱしゃと水が切れるような音が近づいてくる。
「ご、ごめん…待った?」 
 傘を上げると直枝が走ってきたみたいで白い息を吐きながら立っていた。
「もう…走ってこなくてもいいように来なさいよ。」 溜息混じりに言うと直枝は苦笑していた。
「でも、寒くなかった?ほら。」
 もう、なんでこんな恥ずかしいことが出来るのかしら…
 顔が赤くなってることが自分でも分かるくらいだったけど、直枝は気づいていないようだった。
 私は直枝と手をつないだ。
 直枝の手は温かかった。 雨の中長い時間待ち続けるのは嫌だけど、好きな人を待っているのはそんなに嫌ではないということを思った。
「二木さん、どこに行きたい?行きたいところがあるならそこに行こうよ。」
 直枝はニコッと笑いながら私に聞いてきた。
「そうね…」
 確かに雨の日は雲が厚く掛かって気持ちが沈むかもしれない。
 でも、雨の日に、好きな人を待つのは嫌ではないって思った。
そして私はこう答える…


『直枝の隣ならどこでもいいわよ?』


[No.869] 2009/01/10(Sat) 00:06:30
[削除] (No.855への返信 / 1階層) -

この記事は投稿者により削除されました

[No.870] 2009/01/10(Sat) 00:19:23
水溜まりに飛び込んで (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@とりあえず何か一つ書ければよかった 5550 byte

 某月某日。
 天気、雨。
 もちろん、リトルバスターズの野球の練習はお休み。
 活動休止中の野球部のグラウンドを借りて練習してはいるが、体育館はバスケ部や卓球部と言った部が使っているし、学校内のソレらしい事に使えそうなスペースはサッカー部や陸上部のテリトリー。

 だが、リトルバスターズ内にはそれを由としない常識の通じない男が居た。
 と言っても他の部を追い払って練習のスペースを確保するだとか乱入して部活動を邪魔するだとかいった非常識な行動はとらない。


「俺は諸積になるぞミスタァー!」


 非常識とかそう言う次元じゃない。もはや頭おかしいレベルだ。
 そう言いながらグラウンドに出来た大きな水溜まりへと飛び込んで行こうとして、

「そのまま水溜まりでおぼれ死ねー!」

 妹の見事過ぎる飛び回し蹴り(脅威の空中3回転)を食らってそのおかしい頭から突っ込んで跳ねた。


  *


「で、結局恭介は何がしたかったの…………」

 少し嫌がる素振りを見せる鈴の髪の毛をこしこしと拭きながら、傍らに倒れ伏す恭介に侮蔑の視線をくれてやる。
 勿論足は後頭部につけてふざけた発言をした瞬間に捻りながら押し込む準備。
 鈴は蹴る時以外は僕の傘の中に入っていたから大した事はなかったけど、恭介は酷かった。
 濡れに濡れた衣服と泥に塗れた全身。濡れ鼠どころかゾンビ状態の恭介を校内に入れるわけには行かなかったので、ここは玄関口だ。
 もちろんこの変人を拭いてやる気はない。

「暇だったんだ。だから諸積さんを見習ってみんなを喜ばせるためにパフォーマンスをしようかと」

 ぐんっ、と踏みつける。
 『はうっ』とか言う気持ち良さそうにしている声が聞こえた。気持ち悪かった。

「んみゅ、にゃ、にゃ、やめれー!」

 なので、鈴のほっぺたをふにふにして僕は荒んだ感情を浄化した。
 その後で恭介に事実を告げる。

「みんな恭介のアホさ加減に呆れて先に帰ったよ。と言うか恭介の行動はもう諸積さんに失礼だよ」

 なんたって向こうはプロだ。あれだって一応はプロ意識の成せる技であるはずで、だとするとみんなを喜ばせるの前に『暇だった』が来ている恭介は限りなく彼を愚弄しているのではないだろうか。
 だいたい桁だって違う。万のお客さんを前にしたプロの気遣いと、一桁のチームメイトを相手にした変態野郎の自己満足オナニーでは格が違い過ぎる。
 けど、恭介は言う。

「ふざけるな理樹! 全世界に居る108人のリトルバスターズファンに失礼だと思わないのか!」
「それっぽい数字を言えば納得されるとか思わないでよね」

 なんだよその数字は除夜の鐘じゃあるまいし。
 パワ○ロのマイライフモードのファンの数の方がまだ説得力のある数字に思えるいい加減さだ。
 拭いて乱れた鈴の髪を整えるため、櫛を取り出す。
 「そ、そんなん自分で出来る!」とか言って顔を赤くしてるけど無視だ。さっきもそうやった。
 でも本当は悦ん……喜んでるんだから鈴は可愛いなぁ。

「くそ! 何故理樹には伝わらなかった!? 俺にはパフォーマンス精神が足りなかったのか!?」
「伝わったよちゃんと。恭介のダメ人間加減は」

 事故で怪我して長いこと休んでから戻ってきてしかも金融危機から来る不況と言う現実に参って余計におかしくなった恭介は冬に入ってから『あのときさーいこうのりあるがむこうかーらー♪』とか一曲歌った後に『俺の存在は単純じゃねぇー!』と絶叫してからずっとこんな感じだった。
 どうやら数年遅く中二病を患ってしまった感もある。
 なまじ僕と鈴のために虚構世界とか後で勝手に名付けた世界をマジに作り出してしまったせいで加速度的に悪化してしまってもいる。
 酷い時は額を押さえながら「くっ……! 俺の中に封印していた虚構世界が……!」とか口走ってたし。
 いっそ雨風の中に放置して風邪でも引かせてしまえばダメ人間加減が180度回転してよかったかも知れない。

「にゅ……ねむ……理樹、あたしはお前の膝の上で寝るからこの馬鹿から足を離して正座してくれ」
「えー。恭介が暴走するよ、そうしたら……」
「大丈夫だ。あたしの携帯電話を渡す。恭介の携帯の番号を入力した後で『追い詰められたセル』と呟くと恭介が自爆する仕組みになっている」
「まじで?」
「くるがやとはるかがそう言ってた」

 なら多分マジだ。
 特に虚構世界から帰って来た後の葉留佳さんは整備委員とか通り越して凄い勢いで発明に目覚めたからなぁ。
 『逃げてヨシと言ったカネ?』とか言いながら髪の毛伸びた事もあったし。
 恭介に謹製自爆装置を仕込むくらいは朝飯食べながら片手で出来るだろうなぁ。

「と言うわけで恭介、イチャつきながらで悪いんだけど自爆スイッチ押していいかなぁ」
「おいおい投げやりだな理樹HAHAHA。「追い詰め」待ってくれ、待つんだ、理樹。きっとお前が唸るようなパフォーマンスを俺は開発するから」
「まずはそこから離れて欲しいんだけど」

 呆れてると、下から鈴の穏やかな寝息が聞こえて来た。
 早っ。と思いながら指で唇に触れる。やーらかい。

「そうだ! トラ○キーだよ! トラ○キーになって戦うぜ、野球部の佐伯と」
「られた」
「うおおぉぉぉぉい!! 頼む、俺にはもうこの生き方しかないんだ!」
「へぇー、ふぅーん、で?」

 曲芸師にでもなるつもりだろうか。いくら就職難の時代だからって絶望するには早すぎる。
 鈴の首元を愛でながら僕が思うに就職云々は何かの間違いで、実は虚構世界に満ちたよくわからない物質に脳を冒されたとかではないだろうか。
 クドの胸が順調に成長してしまっていたり来ヶ谷さんが制服をきちっと着たり二木さんが風紀委員を従えて実力行使で学校の実権を掌握したり転校して来た金髪の少女が「スパイです。よろしく。おっと、でもスパイなのは秘密」とか口走ってたのとかその辺の事もあるし。
 僕も、強くなったとかそういうの以外にも変わったよね、って言われる事がある。指摘されるほど過激にやってるつもりはないけど主に人目も憚らず鈴とイチャつく的な意味でらしい。

「くそ! こうなったらドア○に挑んでやる! 邪魔をするなら森野だってビョン様だって倒してやるぜ! 今度の就職活動は名古屋だ! おみやげにもみじ饅頭買って来るぜ!」
「あー、うん。もみじ饅頭の売ってる名古屋がどこの異次元世界にあるかは僕には分からないけどまぁ恭介は凄いしどうにかしちゃうよね? 行ってらっしゃい」

 言いながら、そろそろやっぱりそれなりに鈴の色んなところを愛でる。
 よく寝てるなぁ。
 さすがに校舎の玄関口でこのまま居つくのはまずいし、恭介も財布と携帯を確認して破れて折れたビニール傘を引っ掴むなり泥塗れの制服のまま豪雨の中に消えて行ったし僕らもそろそろ寮に帰ろう。
 そして真人を追い出して鈴が起きるまで愛でたら鈴と思う存分イチャつく。主にここでは出来ない事で。
 あとちなみに今はプロ野球はシーズンオフだけど恭介はどうするんだろう。








 その後、恭介を見たものはいない。









 とか言えたら悲しいようで割と楽だったけど、何て事はなくて翌日の晩御飯の時間の食堂に、「腹減った、おばちゃん、飯」とか言いながら帰って来た。
 疲れから正常になったのかと思ったら帰って来た翌日からの恭介は「ぐぅ……! 俺の身体に巣食った虚構世界が暴れてやがる……! こいつを出したらこの現実世界が……!!」とか苦しそうにしていてやっぱり変だった。


[No.872] 2009/01/10(Sat) 00:37:05
MVPしめきり (No.855への返信 / 1階層) - 主催

なのです。

[No.874] 2009/01/10(Sat) 00:54:00
赤い雨が降る (No.855への返信 / 1階層) - ひみつ@1754Byte 遅刻 20分で書けとかorz ぐろくないよ、ほんとだよ

「…ぐっ、げふっ、ごふっ!」
「お姉ちゃんっ!?」
「佳奈多さんっ!?」

 がたん、とテーブルの脚を蹴飛ばして佳奈多さんが立ち上がり、しかしすぐにがくりと膝を突き、蹲ってしまう。

「ぐっ…が、は…」

 口もとを手で覆う佳奈多さん。しかしその指の隙間からは赤くどろりとしたものが流れ落ちてくる。

「クド公、水! 水持って来て!」
「は、はいっ!」

 三枝さんの叫びに弾かれたように反応し、流しに駆け込む。シンクに置いてあるコップを取り、蛇口からそこに水を注ぐ間にも後ろからは三枝さんが佳奈多さんを必死に呼びかける声が聞こえる。

「おねえちゃん! しっかり! しっかりしてっ!」

 水を注いだコップを手に、慌てて駆け戻る。拍子に半分近く畳の上にこぼれてしまうが、気にしてはいられない。佳奈多さんの傍らに屈みこみ、コップを差し出す。

「ほらおねえちゃん、水だよ。飲んで」

 佳奈多さんはぶるぶると震える手でコップを受け取り、それを口に運ぼうとするが、再び激しく咳き込みコップはその手から零れる。がしゃんと音を立てて落ちたそれは、畳の上の赤を薄め、じわじわと広がっていく。

「ぐ…が、はっ…」

 佳奈多さんが咳き込むたび、指の隙間から赤い飛沫が飛び、家庭科部室の畳に新しい斑点を作っていった。

「げほっ、は、るか、ご…ん、ね…」

 激しく咳き込みながらもどうにか言葉を搾り出す。その言葉に佳奈多さんの肩を支えていた三枝さんがぴくりと身を震わせ、ぽろぽろと涙を零しながら叫ぶ。

「こんな…こんなっ! だから…だから言ったじゃん、おねえちゃんのばかあああぁぁぁあっ!」















「ケチャップかけ過ぎだってあんなに言ったでしょおおぉぉぉ! お姉ちゃんのばかあああぁぁぁぁ!!」



 床に散らばるは、唾液で程よく薄まったケチャップと、三枝さんが『お姉ちゃんに美味しいって言ってもらうんだから』と張り切って作っていたオムライスの亡骸。

「…ライスの三倍もの体積のケチャップをかけていれば、それは咽るのも当然なのです」


[No.878] 2009/01/10(Sat) 22:05:26
MVPと次回について (No.857への返信 / 2階層) - 大谷

 MVPは広瀬凌さんの「雨ときおりハルシネイション」でした。おめでとうございます。
 感想会後半戦は日曜22時からです。

 次回のお題は「みごと」。
 見事、でもいいし、頼みごと、のように使ってもかまわないそうです。


[No.879] 2009/01/11(Sun) 01:30:26
Re: MVPと次回について (No.879への返信 / 3階層) - west garden

あのすみません。こちらに明記していいのかわからないのですが次回の締め切りは1/23の24時でいいのでしょうか? 
それとも延期なのでしょうか? 
お手数ですが回答お願いいたします。


[No.885] 2009/01/19(Mon) 00:56:25
Re: MVPと次回について (No.885への返信 / 4階層) - 主催

きちんとアナウンスしてなくてごめんなさい。
おっしゃる通り、23の金曜24時締切です。
こちらこそお手数かけて申し訳ありませんでした。
ご参加お待ちしております。


[No.886] 2009/01/19(Mon) 22:53:13
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