![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
がちゃり。ばたむ。がちゃり。ばたむ。 ――よく、小説や映画なんかでは現実から目を逸らすな、とか、現実と戦え、なんてことを恥ずかしげもなく押し当ててくる。当たってるよ?当ててんのよ。 だけど、真っ直ぐ見据えて立ち向かってみても誰も幸せになれないことは多々あるわけで。 今なら、この何度開け閉めしたところで変わりばえのしない、出来そこないのどこでもドアがそうだ。 何度閉じて念じなおしても呪文を唱えても、ドアの向こうに変化は訪れない。 ……長々と思考に寄り道させるのにも限界がある。改めて立ち向かうまでもなく現実ってものはこっちに干渉してきてしまうのだから。 電気代がもったいない。現実からの牽制攻撃は、私の動きを封じ込めるのに十分な威力を持っていた。 まあ、なんだ。つまり、冷蔵庫が空なんだ。 〜 婚礼には焼肉が必要だ。 〜 バター、ドレッシング、マヨネーズ。チューブのマスタードと炭の力の消臭剤。冷蔵庫は現在彼らの貸しきり状態だ。冷凍庫は見るまでもない。 自業自得、自己責任。時折見かける逃げ口上だ。自分で言うならともかく、他人に言われると途端に不快指数マックスを記録する。当を得ていることもないではないのが始末に悪い。 キャミソール(黒だ)一枚でキンキンに冷えたフローリングに寝そべって思い返せば、一昨日食べたプリ○ュアソーセージが最後の晩餐だった。 そのとき私は思ったはずだった。明日は出かけよう、と。艶かしい肌色の棒状物体を頬張りながら誓った、はずだった。 まあ、鏡を見ながらよりエロい食べ方を模索していて速攻で忘れたわけだが。 だが昨日も食料はなかったはずだが一体どうしたのだったか。……ああそうだ部屋を片付けようと思い立ったんだったな。 うん、だんだん思い出してきた。別に汚いというわけではないが、少々散らかっているのが気になったので、当面使わないものだけしまおうと思ったんだ。 読んでしまった本や資料の束を片付けているうちに疲れて眠ってしまったんだ。やはり途中でコレクションの整理まで始めてしまったのがいけなかったか。だがぱんつはいい。 硬いフローリングを間近で見るとうっすらと埃が積もっていた。私の髪はさぞかし絡め取っていることだろう。モップ犬を思い出した。クドリャフカ君はどうしているだろうか。アメリカンにHAHAHAHAHA!と笑うようにだけはなって欲しくない。 一度想像してしまうと心配で仕方なくなってしまった。電話してみよう。確かソファーの上だったか。フローリングの上を転がって携帯を取りに行く。身体の凹凸が大きいせいで揺れが酷い。魅惑のボディもここでは無用の長物ということか。たしかにつるぺたはいいな。 クドリャフカ君の平面に思いを馳せながらボタンを押す。ええい早く出ろ。 『はろー、クドリャフカですっ!』 「遅い。罰として胸を撫でさせろ」 『ご無体なっ!?確かに揉むほどないですがそういう問題でもなく!』 「はっはっは、どうやら心配は無用だったな」 用は済んだのでクドリャフカ君の近況などを聞いて電話を切った。身長がとうとう148センチ台に突入したと喜んでいたので、いつまでも愛らしい君でいて欲しいとお願いした。泣かれた。 運動をしたせいで腹が減った。マヨネーズは遭難した際に非常食として有効らしいが、最後の晩餐であるのならせめて人間らしい食事で締めくくりたい。 食料がなければ持って来させればいいじゃない。私の中の佳奈多君が囁く。いや、これは佳奈多君の顔をしているがいるが全くの別人、マリーカナトワネットの仕業だ。常に背中に薔薇を背負って現れ、氷の微笑で地球温暖化を阻止する超人だ。 超人には逆らえないので理樹君を呼び出すことにした。 「やあ理樹君、これからお茶会でもどうかね?」 『わかりました、適当にバランスよく買っていきます』 「うむ、任せた。時計の秒針と睨めっこでもしながら待つとしよう」 『せめて一時間くらいは待ってください』 何という以心伝心。素晴らしいことだ。だが待ち合わせは理樹君が嗚咽交じりに頼むので1時間後ということにした。うむ、我ながら慈悲深い。 しかしいざ食事にありつけるとなると、我が肉体の方が先走ってシンフォニり始めてしまった。指揮者不在の無秩序楽団。やかましさここに極まれり。 よし、音には音で対抗しよう。適当にレコードを抜き取り、タイトルを見ずにテーブルに載せる。適当に置いた針が奏でるのはシューベルトの三重唱。聞き覚えはあるが、おそらくじっくりと聴くのは初めてだ。未知との遭遇。この空腹にも価値があるというものだ。 聴いていると少しずつ話が分かってきた。どうやら結婚式を翌日に控えたとあるカップルの話らしい。きっと式直前の緊張と期待と喜びの交じり合った恋人同士のキャッキャウフフが描かれているのだろう。理樹君を待つのにちょうどいい。 いやまあ何だ。結婚だのなんだのというのはまだ私にはちょっと早いとは思うというか憧れとかそういうものはないのだが、いや、全くないかというと問われると返答に窮しかねないので出来れば聞かないで欲しいと言うところか。いかん、何だか落ち着かない。 というかちょっと待て。結婚式の前日に狩りとは随分とアグレッシブなカップルだな。確かに料理は大事だがそれはお前達がやることなのか?もっと他にヤることとかあるだろう。ああいや別に自分に重ね合わせたりなんかしないぞそもそも予定だってないんだからな!しまった、何だか自分で言ってショックだぞ?くそっ、何なんだこの曲は! 半ば八つ当たり気味にジャケットを確認すると、タイトルは『婚礼の焼肉』。止めた。取り出した。割……るのはやめてジャケットにしまう。もったいないからな。 しかし余計に腹が減った。どうしてくれる。頭の中でさっきの曲が再生される。なまじ一部だけ聞いてしまったからぐるぐると回り始めた。なんだ、これは洗脳か? 仕方ない、可愛らしいものを想像することに没頭しよう。 この場合はやはり鈴君あたりが妥当だろうか。普段のあの素っ気ない態度が何とも堪らない。私を頑なに避けるほど狩猟本能をそそられてしまうよ。ああ、そうしてまた猫に逃げるんだな。私とのひと時よりも猫との戯れを選ぶと。ふむ、ならばそれもいいだろう。好きなだけ戯れたまえ。だがしかし、私も好きにさせてもらうぞっ!見よ、このねこみみを!!猫耳でもネコミミでもネコ耳でもなく!匠の技の粋を集めたこのねこみみを!今ならこのねこぱんちとねこしっぽをセットにしたお得プライスなのだ!! じゅるり。おっと、どうやら勢いのまま可愛らしいから美味しそうに雪崩れ込んでしまったようだ。これ以上鈴君の妄想を続けるのは危険なようだ。別の対象を探すとしよう。 だが、どうするか。小毬君はいつもお菓子とセットだし、クドリャフカ君はそのまま食べてしまいそうだからな。ちゅるり。 ああ、美魚君を忘れていたわけではないぞ。ただ君はこういう場所に呼ばれるのは好まないだろう?私としても嫌がる娘を無理矢理と言うのは……いやかなり好きだが。いやまあつまりある種同志と認めているからだと理解して欲しい。うん。 なに、あと二人忘れていまいかだと?ばか者、あえて意識を逸らしていたのが分からないのか!ああ、もうだめだ。あの二人の名前を思い出しただけであの単語が心を支配する……っ! 『姉妹丼』 くそぅっ!何て、なんて甘美な響きなんだ姉妹丼!!真面目で愛想のない姉と頭のネジは緩いがほのかな毒が隠し味の妹をいっぺんに味わうなんて……贅沢すぎるっ! 「というわけで姉妹丼を所望だ。裸エプロンで頼む」 「ちょっと待ってどこから突っ込んだらいいのかな!?」 「焦らした上にそれを私に言わせるのか。ドS極まりないな理樹君は。君の激情のほとばしるまま、私の好きなところに突っ込みまくればいいじゃないか。私は君に熱い突っ込みをイれてもらうのを待ってるんだぞ?」 「ああもうそれなら好きにするよ!チャイム鳴らしても出ないから勝手に入ってみればなんかよだれ垂らしながら妄想してるしかと思えば声も掛けてないのにいきなり姉妹丼とかそれって僕に気付いた上でまだ妄想して経ってことだよね?しかも妄想の中身はまあ大体想像つくけどそれ料理じゃないからオーダーされても僕作れないし!ていうか僕の言葉にドSとかプレイとか調教とか何でもエロく返すのはやめようよ!僕だってそんな挑発的に言われたりするとたまにスイッチ入っちゃいそう、って何言わせるのさっ!?」 これをほとんど息継ぎなしで噛みもせずに言い切ってしまうのだから大したものだ。私は彼に惜しみない拍手を送った。 「素晴らしい突っ込みだったよ理樹君。おねーさんは感動のあまりじゅんと来てしまったよ」 「じゅんって……」 私のエロティックな賛辞に理樹君はたちまち顔を赤らめる。なんとも可愛い瞬間だが、あえて厳しいことも言っておかねばなるまい。 「しかし一つだけいただけないことがある。始めに私が言った『裸エプロン』に対しての突っ込みが欠けていたぞ?理樹君らしくないケアレスミスじゃないか」 だが、私の指摘に彼は「なんだ、そんなことか」と微笑を浮かべた。 「唯湖さんが見たいなら僕は構わないよ?裸エプロン」 「な、っ」 ちょ。え?いやいやいやいやそれはまずいだろう理樹君!いや、あの、いざやってもいいとか言われると、その、心の準備が! ま、待った。いや待ってください!せめて深呼吸する時間を私に下さい!その、嬉しいとか恥ずかしいとか申し訳ないとか何て言ったらいいのか言葉が!? 「あ……う……そのっ」 「可愛いなあ。唯湖さんは」 ばっ、 「……ばか。やっぱり君は鬼畜だ」 「唯湖さんの可愛いところが見られるなら、いくらでも鬼畜になれる気がする」 「調子に乗るなっ」 「痛たたたっ!あは、ごめんってば」 理樹君はずるい。私がどんなに優位に立っていても簡単に主導権を奪われてしまう。そしてそれが少しでなく嬉しいのが悔しい。悔しいので尻の辺りをつねっておいた。 「で、どうしようか。姉妹丼は無理だけど、何か食べたいものはある?」 だが、理樹君はすぐにまた穏やかな笑顔で私の心をざわつかせる。ええい、この爽やかさんめ。 私だけみっともない姿を見られるのは不公平極まりない。出会い頭に見せた慌てぶりでイーブンなんて納得しない。余裕の私と慌てる彼、それが二人の平等だ。 自由と平和と愉しみを取り戻すために反撃の手段を考えていると、ふと出しっぱなしのレコードが目に留まった。ふむ……いや、そうだな。 唇を少し湿らせ、それを拾いながら私は言葉を紡ぎ出す。 「焼肉……そうだな、焼肉が食べたい」 「えー?いや焼肉って何でまた」 案の定、唐突な私の申し出に戸惑った顔を見せる理樹君。 私はやられっぱなしで終わったりなどしないのだよ。さあ、私に素敵な表情を見せてくれないか。 「なんでも、婚礼には焼肉が必要だそうだからな」 はぁっ!?とかええっ!?とかどひゃーとか言いながら私の前で熟れたりんごのように顔中を真っ赤に染め上げるといい。 これからも、ずっと。 [No.130] 2009/05/28(Thu) 22:16:03 |
この記事への返信は締め切られています。
返信は投稿後 60 日間のみ可能に設定されています。