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all 第34回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/05/28(Thu) 21:27:13 [No.128]
そして、おほしさまに - ひみつ。ちこく。5116byte - 2009/05/30(Sat) 10:31:46 [No.145]
しめきり - しゅさい - 2009/05/30(Sat) 00:43:04 [No.142]
[削除] - - 2009/05/30(Sat) 00:04:04 [No.141]
キミを待つあのソラの下 - ひみつ@9898byte - 2009/05/30(Sat) 00:00:54 [No.140]
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今にも落ちてきそうな空の下で - ひみつ@15546 byte - 2009/05/29(Fri) 01:55:03 [No.136]
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羂索は空から - ひみつ 6470 byte - 2009/05/28(Thu) 23:03:44 [No.134]
空の頭はいつまでも - ひみつ 14421 byte - 2009/05/28(Thu) 22:49:16 [No.133]
ふと空をのぞんでみれば - じみつ(誤字) 13946 byte - 2009/05/28(Thu) 22:26:03 [No.131]
婚礼には焼肉が必要だ。 - ひみつ 9131 byte - 2009/05/28(Thu) 22:16:03 [No.130]


キミを待つあのソラの下 (No.128 への返信) - ひみつ@9898byte

 謙二は真男の最奥で果てると同時、その赤く艶やかな唇にむしゃぶりついた。突然の嵐の如き接吻に、真男の括約筋が引き絞られる。体内を荒れ狂う熱の本流に真男は成すすべなく飲み込まれていく。荒い息と熱い唾液が互いの口腔内を廻り、逞しい肉体に浮かぶ汗が溶け合い、二人は永く昏いまどろみへと落ちていった。
 窓の外に広がる空はどこまでも高く青く澄み渡っていた。



 キミを待つあのソラの下



 人はどこから来たか?
 海から来ました。
 想像力はどこから来たか?
 人から来ました。
 小説はどこから来たか?
 想像力から。
「海から生まれた人、人から生まれた想像力、想像が生む小説」
 西園さんの慈しみ深い声がする。浅く日の差す午後だった。
「そして小説は空へと還る。……この意味がわかりますか?」
 問いかけられて、クドは口ごもった。
「それはつまり」
 逡巡し、ためらうようにそう前置いて。
 それでもクドは、言葉にしない。
 少しの沈黙。意を決し。
「海×空、ということでしょうか?」
「いえ、正確には海の誘い受けと解釈するのが妥当でしょう」
「クドになに吹き込んでんのさ」
「わふー、奥が深いです」
「ええ、直腸だけで20センチはありますからね」
 スルーときたか。
 僕の声を意に介すことなく、二人の会話は流れていった。思い切って張り上げた声が空しく頭の中に響いた。
 それで、ようやくクッキー缶のラベルを剥がし終える。額に汗が滲んでいた。なんだってこんな無闇に厳重なんだろう。二度と買うまいと心に決めてスルーされた鬱憤を晴らし、用意した小皿にクッキーを移し替える。
 キッチンからリビングへ。
「はいクッキー」
 あれ居たの? みたいに二人が振り向く。三人がけのテーブルにクッキーを置く。西園さんが冷ややかな目で僕を見る。
「一時間もなにしてたんですか?」
 そんなに経ってたのか。びっくりして時計を見ると、そろそろ昼下がりとも言えないような時間になろうとしていた。
「ちょっと緊縛を解いててね」
「ちょっとお会いしないうちに下品になりましたね」
 合わせただけなんだけど。
 よっぽど言ってやろうかと決意する間際、
「わふっ、すみません、はさみ、私の部屋でした!」
 クドが慌てて椅子を蹴る。
「あ、いい、いい。もう済んだし、クドも片付け途中でしょ?」
 僕がそう言っているのに、クドは腰を浮かせたまましょげて、青い瞳をふるふる揺らす。なんとなくその肩に手を回して引き寄せる。
「西園さん、クドに変なこと教えないでね」
「変なこととは失礼ですね」
 目を細めて睨まれる。
「でも知ってますよ? 毎日毎日能美さんにわたし以上に変なことを」
「してないよ!」
 クドもいるっていうのになんてことを!
 とんでもないことを言い出すもんで、いやいやと手を振りながらムキになって言ってしまう。
「……してないんですか?」
 だが、逆に西園さんがびっくりしたような顔をした。憐れっぽい目をして、それから気まずそうに視線を逸らす。中央に赤いジャムの乗ったクッキーをもそもそと口に運ぶ。
「そ、そうでしたか。これは大変な失礼を……クッキーおいしいですね」
「なに想像したのさ」
「直枝さんのツッコミ気質は変わりませんね」
「言っとくけど違うよ?」
「あ、お茶どうぞ。出涸らしですが」
「人んちのお茶になんてこと言うのさ」
「勝手知ったるなんとやらというやつですよ」
「僕らもまだ慣れてないのに!」
 結局はぐらかされる。ちょっとこのままだとクドの顔が見られない。抱く腕に力を込めたら、クドが手をパタパタしだしたので慌てて緩める。ちらっと見た顔はなんだか赤い。
 いやまあ、しょうがないでしょ? 心の中で続けて弁明する。しょうがないでしょ?
「ところで直枝さんは先ほどお見せした小説、どう思われましたか?」
 ティーカップを優雅な手つきでソーサーに置き、藪から棒にそんなことを訊ねてくる。パクっとティースプーンをくわえて、上目気味に僕を見た。
 どう答えて欲しいのか。直視しがたいものがあってそもそも流し読みしかしてない。だけど、不快にしてしまうかもしれないが、下手に言い飾るより率直な思いを伝えようと思った。
「卑猥だね」
「直枝さんに聞いたわたしが……ふぅ。能美さんはどうでした?」
 どう答えて欲しいのか!
 すごい釈然としない。
「あ、わふ、私ですか」
 クドはぴょこんと僕の手から逃れて、椅子に腰掛ける。もうクドの顔色は、いつもの透かしたくなるような白色をしていた。胸の前で指を絡めて、視線をテーブルのあたりに落とす。考えをまとめているのだろうか。テーブルはそっけない、自然色とは聞こえはいいがニス塗りしただけの木目色で、もう少し飾り付けてもいいなと思った。
 クドが息を吸った。
「なんだか、こう、懐かしい感じがしました」
 ぎょっとしてその横顔を見る。
「やはり能美さんは分かってくださいましたか」
 西園さんも頷いている。
「ちょっと、いい?」
 西園さんが手に持っている、文庫サイズより一回り大きい本を借り受けて目を通してみた。
 『吐息』『絶頂』『ジェル』。
「学校で、みんなといたときのことを思い出します」
 クドは胸に手を置き、満たされた笑顔で目を閉じる。
「あの頃は夢と希望が溢れていました」
 西園さんの目が、ふと横に流れる。窓の外だ。あいにく、部屋の中からだと煤けたビルくらいしか見えてこない。でも西園さんは、この上ない、すばらしい光景に目を奪われるかのように、目を細める。瞳になにが映っているのか、僕には分からなかった。
「いろいろな可能性が、ありました。この本にあるように」
 ひとりごこちるように西園さんが言う。
 その言葉はどこに向いているのか分からなくって。
 僕は急に、不安になった。
 わけの分からない焦燥感が芽生えて、促されるまま文字を追う。『らめっ!れちゃう!』
「例えば、恭介×理樹」
「ないないない!」
 思わず必死に全否定。
「そんな可能性どこにもなかったよ!」
 全身を使ったオーバーアクションに、西園さんはあっけにとられたような顔をして、ふっと笑った。
「冗談です」
 立ち上がって空のカップを手に持つ。
「直枝さんは能美さん一筋でしたから」
 紅茶の残りを口にしていたクドが、盛大にむせ返った。その顔はまた真赤。
「それじゃあお約束通り、片付けのお手伝いしますよ」
 そう言って西園さんはカーディガンの腕をまくって見せる。



 騒がしかった分、静寂がいやに耳についた。ポケットの上から、箱とライターの感触を確かめてベランダに出る。くわえてタバコでライターを擦る。
 足元に置かれたコーラの缶。欠け始めの月の明かりを受けて、積もった吸殻が浮かび上がっている。それを見て、口に含んだ煙を吸うか吐くのか躊躇したけど、結局肺に入れてしまった。ひやりとした感触が喉を落ちていく。
 目線の高さを無人の電車が右から左へ流れていく。ため息を吐く。町並みのシルエットが白くもやで霞む。不意に、クドの小言が思い出された。冗談に混じった、気遣わしげな表情も。
 吸いかけのタバコを足元に落とすと、暗がりに火花が散った。鮮やかな朱色の粒をサンダルで踏みつけ、残る燃え殻を缶の上に積み上げる。
 薄暗い部屋に戻る。西園さんが来てはしゃいでしまったのだろう。クドはソファーに横になっている。珍しく寝相を乱し、薄手の毛布を蹴り出していた。僕はフローリングに膝を突いた。足裏で感じるよりずっと冷たい。読みっぱなしの犬の雑誌と、床に落ちた毛布を拾って、深く安らかな寝息を立てる小さな身体をそっと覆う。布団を挟んで、クドの胸に顔をうずめる。息を吸うと、温かでいとおしい匂いが胸を満たした。
 どれくらいそうしていたか、僕はクドの頭をそっと起こして、ソファーに腰掛けた。小さな頭をももの上に置いた。
 座ったままリモコンに手を伸ばして、テレビの電源を入れる。
『――ロ野球セパ交流戦。楽天のエース田中と、あの人との投げ合いがついに実現しました!』
 音量に一瞬驚く。慌ててボリュームを絞り、それからクドを見た。穏やかな顔をしていた。あどけない表情に、自分が安堵するのが分かった。
 その一方で、昼間の焦燥感が、どうしても拭えないでいた。
『――意気込みを語った斎藤ですが初回、いきなり先頭打者を不運な内野安打で出塁させると』
 カン! という乾いた音。画面では白球が青空に浮かんでいた。
 布教用にと置いていった例の本に手を伸ばす。西園さんやクドの感想の意味が、僕にも分かりはしないかと。
 リトルバスターズがみんな一緒だった頃の話。楽しく無邪気だった時間の話。明るい希望に満ちた時代の話。
 僕はそこになにか、大切なものを忘れてきてしまったような気がしているのだ。
 本に目を落としながら、クドの髪を梳く。心なしか、以前より強張っているように感じられた。
 教育学部を希望すると言った。先生になりたいんだと語る女の子を、みんなして応援した。一生懸命なその子を僕は大好きになった。一緒になってがんばっていきたいと思った。今日まで全部うまくやってきた。他に望むものなんてなかった。
 それなのに、なんで、こんなに。
 テレビの中では野球が続けられている。僕とそう歳の変わらない人が大きな夢を語っている。僕も、なにか成し遂げなくてはいけないことがあった気がする。
『今期2勝目を挙げた斎藤投手。次は野手のみんなに恩返しがしたいですと語ってくれました』
 ヤニクラでも起こしたんだろうか。鈍い頭痛がする。タバコなんかやめてしまおうと思う。野球。あの頃。斎藤。田中。クド。ボール。バット。気が滅入る。代わりにクドの雑誌を読む。犬。大型犬。黒い犬。ヴェルカみたいな。猫。段々と、意識が自分の手元を離れていく。その間際思い出される、忘れもしない、朧な姿。クドの寝顔は何も悪くはなくて。僕は何度も何度も謝って。僕は成し遂げなくてはいけなくて。
 それでようやく、忘れ物を思い出す。



 無人の校舎裏だった。霧がかかったように、世界は不確かだった。音はなかった。自分の鼓動だけが確かだった。
 異様な場所なのに、とても懐かしく思えた。
 そこに、他人の気配が現れる。僕のすぐ背後だった。
「久しぶりだね。ちょっと遅くなっちゃった」
 振り向かず、気配に告げる。
 なんて無茶を、とつぶやく声に、らしくなく動揺しているのが見て取れて、思わず笑ってしまった。
「君が僕の忘れ物だったんだ」
 再会の喜びに詰まりそうになる声を、相手に気取らせてはいけない。精一杯抑えながら話し続ける。
 こんな無味乾燥な、ボロボロの世界なのに、僕はこんなにも充実している。こんなにも生きているのだ。
「もう一度、会いたかったんだ」
 逸る気持ちを闘志に変えて、ぼくはゆっくりと振り返る。
「俺もお前のことなんか忘れていたさ、うまうー」
 血が沸騰しそうに熱されて、身体中を駆け巡る。その熱で汗が噴出す。
「……いい顔だ。段々思い出してきたぜ」
 マスクの下の表情が変わり、周囲の温度が下がるのが分かった。
 目の前に立つ、人生最大の強敵。
 なぜ忘れていたんだろう。
「武器は……ごめん、用意できなかったよ」
 なんたって僕ひとりの力じゃ、限界がある。
「ふふ。そう言って、お前は肉と肉のぶつかり合い。本当の勝利が欲しかったんだろう? うまうー!」
 ダメだ、なぜかこいつには見抜かれてしまう。また、笑ってしまう。
 見抜かれているのだ。僕の心の最奥さえも。
 でもだからこそ、僕が恋焦がれるにふさわしい!
「来い! 斎藤は逃げも隠れもせん! あの斎藤も、彼の斎藤も、己の敵に背は向けなかった!」
 土を蹴って、僕は一気に距離を詰めた。
「斎藤は最強の苗字だ!!」
「うおおおおおお!!!!」

 空はどこまでも高く青く澄み渡っていた。


[No.140] 2009/05/30(Sat) 00:00:54

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