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all 第35回リトバス草SS大会 - しゅさい - 2009/06/11(Thu) 23:22:09 [No.154]
そりゃ、煙じゃ腹は膨れねぇが。 - ひみつ@10211byteここからがほんとうの遅刻だ! - 2009/06/13(Sat) 18:28:57 [No.171]
しめきりー - しゅさい(笑) - 2009/06/13(Sat) 00:23:57 [No.167]
どくどく - ひみつ@8596byte - 2009/06/13(Sat) 00:06:48 [No.165]
[削除] - - 2009/06/13(Sat) 00:00:08 [No.164]
駕籠の鳥と毒りんご - ひみつ 8074 byte - 2009/06/12(Fri) 23:56:40 [No.163]
精神解毒薬 - ひみつ@7950byte - 2009/06/12(Fri) 23:53:01 [No.162]
気の毒な姉妹 - ひみつ@1071 byte - 2009/06/12(Fri) 19:10:20 [No.161]
毒は上に積もる - ひみつ 9397 byte - 2009/06/12(Fri) 18:25:23 [No.160]
コルチカム - ひみつ@12180byte - 2009/06/12(Fri) 14:34:55 [No.158]
(No Subject) - ひみつ@12180byte - 2009/06/12(Fri) 14:36:16 [No.159]
修正しといたよ! - すさい - 2009/06/13(Sat) 00:17:30 [No.166]
Sweet Baggy Days - ひみつ@14977 byte - 2009/06/12(Fri) 04:34:51 [No.157]
彼岸花 - ひみつ@7372 byte - 2009/06/12(Fri) 00:21:30 [No.156]
彼岸花 - 橘 - 2009/06/28(Sun) 15:37:45 [No.207]
『彼岸花』修正しました - 橘 - 2009/06/28(Sun) 15:42:27 [No.208]
All I Need Is Kudryavka - ひみつ@18627byte - 2009/06/12(Fri) 00:05:09 [No.155]


そりゃ、煙じゃ腹は膨れねぇが。 (No.154 への返信) - ひみつ@10211byteここからがほんとうの遅刻だ!

「…いらっしゃいませ!こちらでお召し上がりですか?」
 人が恥ずかしさを我慢して笑顔で訊いてやってるのに、向こうはこっちを見ようともしねえ。殺すぞ。
「んもっ、持ち帰りっ、…ンバーガ…と…プルパイ、たたっ、んぴんで…」
 あ?今何つった。シャキシャキ喋れよこのガキャ。聞こえねっつうの。殺すぞ。
「ご注文を繰り返します。お持ち帰りでトリプルメガチーズバーガーのLLセットとラッキーセット、ドリンクはコーラで」
 訊きなおすのも面倒だ、一番高いやつにしたからいいだろう。あ゛ぁん?何だそのツラは。殺すぞ。
「…よろしいですね?」
「ひぃっ」
 おまけにせっかくゼロ円でスマイルをくれてやったのにひきつけ起こしやがった。殺すぞ。
 支払いが万札とかどこのブルジョアだ。殺すぞ。いやそうかチップか、チップだな。ならいい。
 だが客が泣いて喜んだのにクビになった。何でだ。バブルか。殺すぞ。

「暑っちぃな。いや熱い、だなこりゃ」
 薄っぺらい帽子で蒸れた髪をバサバサ掻きむしって空気を送り込む。べっとり貼りつくような熱気だがないよりましだ。三日も続けりゃハゲてたとこだ。殺すぞ。
 歩道の柵に腰掛け、尻のポケットからくしゃくしゃのパッケージを取り出して一本咥える。残りも一本。ライターは事務所のヤツを拾ってきた。拾っただけだ。殺すぞ。
 紙筒の先がジジッと赤くなる。一気に五ミリくらい灰にして空を見上げる。薄く雲が覆った灰色の空に、たっぷりと脂の乗った白い雲が昇って行く。あぁ、マズいな。マズい。
 目の前を通り過ぎた若いヤツがすれ違いざまにわざとらしく咳き込みやがった。文句あるなら言ってこいやコラ。殺すぞ。
 残りわずかになったパッケージを空に掲げた。曇った空にはまるで似合わない青だ。デカデカと貼り付けられた白い文字が胸クソ悪いぜ。殺すぞ。
「…よし、今日も百殺達成だ」
 呟いた拍子に腹の虫が鳴いた。店長から分捕ってきた封筒を見ると中には野口ひとりと小銭少々。殺すぞ。
 フィルターが焦げるまで喫って、丸々と太った携帯灰皿に押し込む。あ?その辺に捨てるわけねぇだろ。殺すぞ。
 今日の稼ぎをポケットに押し込んで腰を上げる。まずは煙草だ。高ぇんだよクソ。



「あーっ、また喫ってる!」
 …食後の一服ぐらいいいじゃねぇか。口に出せばその五倍は言い返されるので、あからさまに嫌な顔を作って振り向いた。
「もー、目を離すとすぐコレなんだから。ダメダメ中年ですネ」
 リビングの窓を開けて庭に降りてきた。サンダルで芝を踏みながら大げさに肩を竦めて見せる。アメリカ人かお前は。
 それに自覚してんだから中年とか言うんじゃねぇ。ムッとしたもんでつい言い訳じみた反論が口をついて出ちまった。
「放っとけ。家の中じゃ喫ってねぇぞ」
「そういう問題じゃないわよ。父さん一日に二箱は喫ってるじゃない。お金だってかかるし、何より身体に悪いわ」
 ほら増えやがった。声の方を見ると洗い物を終えた佳奈多もリビングから顔を出していた。
「せめて本数を減らしたらどう?…もちろん出来ればやめて欲しいけれど」
「無理だな。これでも減らしてる」
 主に経済的な理由でな。
「…理解に苦しむわね」
「ほーんとですヨ。あんなマッズイものすぱすぱ喫う人の気が知れませんネ」
 眉間を押さえた佳奈多のため息に口を尖らせた葉留佳が乗っかった。…ちょっと待て。
「…葉留佳。あなたどうしてまずいなんて分かるの?」
「へっ?」
 おいおい、顔にデッカデカと『やばい』って書いてあるじゃねぇか。
「いやー、そのー…どっかで誰かが『マズイ!もういっぽん!』とか言ってたのを聞いたような聞いてないようなー」
 ごまかし下手にも程があるだろ。つかお前歳いくつだよ。
 佳奈多の身体がゆらぁっと近づいたかと思うと、その鋼鉄の右手ががっちりと葉留佳の顔に食い込んだ。
「ひぎゃっ!?ちょ、お姉ちゃん?お姉サマ?なんか頭がみしみし言ってていだだだだーっ!?」
「正直に答えたら離してあげてもいいわよ?」
 やべぇ、見ている俺も恐怖でちびりそうだ。俯き加減の前髪の間から覗く眼光が尋常じゃねえ。なのに口許が笑ってるからなお怖ぇ。
「ちょ、ちょっとだけ!冒険したいお年ゴロだから一本ちょっぱってひとくち!でもすぐ消したよ捨てたよもーやりませんーっ!!」
 いつだったか足んねぇと思ったらお前だったのかよ。しかもなんてもったいない喫い方しやがる。
「あなたって子はほんとにもう…。まあ、分かったわ。二度としちゃ駄目よ?」
 口調は穏やかになったが、指はいまだにがっちりと葉留佳の頭をホールドしたまま。
 娘の悲鳴はしばらくトラウマになりそうだった。



「あの…」
「チッ」
 舌打ちに特に意味はない。ただの癖だ。だがテーブルの向こうにいるヤツにとってはそうじゃないらしい。殺すぞ。
「な、何か条件にご不満トカ、あ、ありむ、ますでしょうカッ!?」
 声が裏返った上に噛みやがった。こんなのが店長なのか。よく務まるもんだ。
「…別に」
 確かに不満はあるがそのくらいでいちいち文句を言うつもりはねぇ。仕事があるだけマシってもんじゃねぇか。殺すぞ。
 昨日、帰りに募集のポスターが貼ってあったから飛び込みで来てみりゃ、どうにも店長の落ち着きがねぇ。殺すぞ。
「あのっ!し、失礼かとは存じられまするが、私どもの店を選ばれた理由、などをお聞きしたく…」
 なんだ、志望動機ってヤツか?面倒くせぇな、ポスター見てきた、だけじゃ駄目なのかよ。殺すぞ。
「…パンが好きだからだ」
 パンが好きだからパン屋。これ以上の動機はねぇだろう。会心の出来だぜ。
 …帰りには山ほどパンを渡された。そうじゃねぇだろう。殺すぞ。
「結果についてはご、後日お電話させていただきますので…採用のときだけ」
「…わかった。よろしく頼む」

「辛すぎんだろ。クソ、暑ぃ…」
 揚げたてらしいカレーパンをかじりながら辛気臭い商店街を歩く。どうやら次の職は確保出来なかったらしい。何でだ。風水か。殺すぞ。
 おまけに日差しがモロに背中を焼いて、パンツの中までべっとり汗にまみれてやがる。殺すぞ。
 食後の一服と尻ポケットから取り出したが、空だった。しかも小銭を数えたら二十円足りねぇ。嫌がらせか。殺すぞ。
 今日はとっくに百殺超えて、そろそろ二百に届きそうだ。新記録達成か?アホらしい。
 俺が馴染んだ白い箱はもう無い。ムカつくほど青い空と同じ色したパッケージ。その口に指をつっこんでぶらぶらさせたまま立ち尽くした。



「それでこんなにパンを?」
「くれるっつってんだからいいだろうが。つうかテメェも食ってるじゃねえか」
 妙に涼しい顔でチョコなんとか――渦巻きの中にチョコが入ってるヤツだ――をお上品にちぎって食ってる野郎にピロシキを食いながら言ってやる。ムカムカすんのは揚げパンばかりで胃がもたれたせいだけじゃねぇ。
「晶さんが食えって言ったんじゃないですか。理不尽だなあ」
「五月蝿ぇ。それよりお前の方は就活どうなんだよ」
 人のことを笑える身分じゃねぇだろうが。突っ込んでやったら案の定奴はパンをちぎる手を止めてほろ苦く笑った。
「ああ…まああまり芳しくないですね、相変わらず」
 俺もついかじりかけたピロシキを口から離しちまった。おいおい、去年から数えてもう四ヶ月だぞ。俺より長くやってんだからしっかりしろよ大黒柱。だがふと、ある疑惑が湧いてきたんで、それをピロシキの代わりに口にする。
「…もしかして連中の圧力か?」
 口にするだけで胸クソ悪い。あんなクソと血の繋がりがあると考えただけで衝動的に血を抜きたくなる。最近はもったいないから献血してるけどな。血には罪が無えし。
 だが、俺の心配を奴は笑って否定した。
「いやいや、あの人たちにそんな力はありませんよ。単純に職歴の問題です」
 …ああ、そうだったな。三枝の力なんざ、山から出たらクソほども無ぇんだった。そんなもんよりもでっけぇ壁はいくつでもあるんだったな。
 くたびれた中年男が情けない顔でへらっと笑う。俺も似たような顔をしてるんだろう。ただでさえ二人とも四十間近。加えてかたや脛傷持ち、かたや十年以上住所不定。
「…やべぇな。俺たちこのままじゃただのヒモだ」
 深刻な顔で頷きあう。こんな風に自分のダメさで連帯を感じちまう辺りが中年なんだろうな。
 だがそんな空気を気にもしないやつがこの家には三人いる。娘二人ともう一人。
「あなた。晶兄。お茶が入ったわよ」
 台所からエプロン姿で現れた彼女。娘二人の母親で、俺たち無職中年をパートで養っているこの家の大黒柱だ。
「「冬霞」」
 ハモった。気持ち悪ぃなオイ。それはどうやらお互い様だったらしく、次の言葉を牽制しあって黙っちまった。
「どうしたの二人とも。そんなに見詰め合っちゃって」
「「み」」
 だからハモるなっての。お前言えよ。いや晶さんが言ってくださいよ。目で押し問答している間に、冬霞に先を越されちまった。
「もうすぐご飯だから、ほどほどにしてね?二人とも張り切ってるんだから」
「「う゛っ」」
 その言葉で今台所で繰り広げられている惨状を思い出した。ああ、これはハモっても仕方ねぇよな。
 二人とも聞こえない振りをしてたんだが、今も台所からは「ぎゃー!」とか「待ちなさい!」とか色々と不安を煽るサウンドが聞こえて来てるんだよ。
「いや、笑ってないで助けてあげたらどうかな?」
 おお、いいこと言った!その通りだ!
 だが、冬霞はそれに取り合う気は無ぇのか、笑って首を振るばかりだ。
「つうか、何であんな張り切ってんだよあいつら」
「あら、本当に分からない?」
 じっと俺の顔を覗き込んでくる。見るんじゃねぇよ。つうか笑うな。
 心当たりは無いでもない。んだが、だからってそこまですることか?とも思うわけでな。おい、手前ぇは笑うな。
 なんて考えてる間に台所が静かになった。俺は少しだけ背筋を伸ばしてあいつらを待つ。チラッと見ると奴も少しばかり顔を引き締めてやがった。
「おっ待たせーっ!」
 先に飛び出してきたのは葉留佳だ。両手で抱えたトレイの上には料理が満載されていた。おい、そんなに走るな、危ねぇ。
「ちょ、葉留佳!危ないからゆっくり!」
 続いて佳奈多も両手でトレイを抱えていたが、慌てているのは口だけで、さすがに足取りは慎重だ。
 幸いなことに料理は無事に食卓へと届けられた。テーブルを埋め尽くす料理の数々。オムレツ、茶碗蒸し、カルボナーラ、止めに親子丼。…卵ばっかりじゃねえか。
「はは、ボリュームたっぷりだね…」
 ああ、たぶん俺たちが頑張って平らげなきゃいけねぇんだよな。
 自分たちの使命を確認して少し青ざめた俺たち中年戦士の元に、娘たちがそれぞれ包みを持ってやってきた。
「はいっ、いつもおとーさんアリガトウっ!」
 微妙にどっかの谷村新司が入った調子で細長い紙包みを、奴はそつない笑顔で受け取った。
「やあ、ありがとう、葉留佳。嬉しいな、一体なんだろう。開けていいかな?」
 がさがさと包みを開けていた奴の手が途中でぴたりと止まった。
「新しいネクタイだよっ。しゅーかつ頑張ってねっ」
「あ、ああ…ありがとう」
 今だけは同情するぜ…。
 そして、俺の前には何だか微妙に落ち着きの無い佳奈多が、小さな紙包みを手にいまだもじもじしていた。
「あの、ね…」
「お、おう…」
 こういう空気は微妙に甘酸っぱくて苦手なんだよ。頼む、スパッとやってくれ。俺の願いがようやく届いたのか、顔を背けたまま紙包みだけ突き出してきた。
「ぁりがとぅ…」
「ぉう…」
 だっ、ダメだ!耐えられねぇ。とにかくこの場を終わりにしてしまおうと包みをむしり取った。
「…禁煙パイプ?」
 小さな箱に収まった、吸い口とカートリッジのセット。何つうか、何だ?俺はこんなときでも説教されたりすんのか?
「な、何度言っても全然減らそうとしないからよっ!」
 おい、それは今キレるところなのか。しまもまだ何も言ってねぇぞ。
「えー、翻訳すると、晶兄にはもっと長生きして欲しい、って言ってるみたいよ?」
 くそ、ずいぶん楽しそうじゃねぇか、冬霞。見れば奴も葉留佳も一緒になって笑ってやがった。
「あー、ま、何だ。ありがとな」
 手を伸ばして、髪に触れる直前で一瞬だけためらったが、そのままくしゃくしゃと頭を撫でた。まるで父親みたいに。
 あー、しょうがねぇ。明日から頑張ってみるか。尻ポケットに入れるには、その箱はちょっと硬そうだったけれど。


[No.171] 2009/06/13(Sat) 18:28:57

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