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お日さまが一番上にのぼったころのこと。 芝生のなかに、ぐでんと横になった大きな猫が一匹いました。 「ぬぉー」 そう、ドルジです。 ドルジはぽかぽかの光をあびて、お昼寝をしていました。 そよそよとふく風が、体をなでていきます。 とても気持ちよさそうです。 しかしとつぜん、ぐごごごご、という音があたりをゆらします。 「ぬお?」 それはドルジのお腹の音でした。 ドルジは体をのばすと、横になっていた体をおこしました。 そして、のっそのっそと歩きだしました。 目ざす場所は、中庭です。 そこにはなんと、小皿に山もりになったモンペチがおいてありました。 だれかが、猫たちのためにおいたのでしょう。 ドルジはその山に近づき、十匹分はありそうなモンペチをもしゃもしゃと食べはじめます。 おやおやドルジ、そんなに食べたら、ますます太ってしまいますよ? 「ぬおっ」 そんなのかんけぇぬおっ! そんなのかんけぇぬおっ! とばかりにドルジはモンペチをぺろりとたいらげます。 ドルジの『ド』は、『ど』うでもいいの『ド』なのです(体重的な意味で)。 「ぬきゅー♪」 ちろりと口のまわりをなめて、ドルジは満足そうです。 ご飯を食べたらお昼寝……と思いきや、ドルジは立ちあがります。 そうして、きょろきょろとなにかを探しはじめました。どうやら遊び相手を探しているようです。 中庭にたくさんあるうちの、一番大きな木の下にいきました。 『ねーねーみおちん、なにしてるの?』 『見てわかりませんか?』 『本を持ってますネ。これははるちんと遊びたい合図と見たー!!』 『……ふんっ』 『鼻で笑われた!? しかも見下すような目のオプションつき! あああ体ごとそっぽを向いて拒否するフルコンボ! やめて、私のライフはもうゼロよ!! とかいいつつドサクサ紛れに抱きついてみる』 『HA★NA★SE』 『ぎゃー!! 傘が目にー!!??』 『三枝さん。そこは「目がー、目がー!」と言うべきです』 「ぬーん」 しかし、お昼になるといつもいた人はいませんでした。パンの耳をわけてもらおうと考えていたドルジは、少しだけがっかりです。 気を取り直して、ドルジはまた歩きはじめました。 いつも散歩する道を、いつもよりゆっくりと歩いていきます。 風はそよそよ、お日さまぽかぽか。くんくんと鼻を動かせば、自然のいいにおい。 「ぬんぬん、ぬ〜☆」 ついついうれしくなったドルジは、ご機嫌におどりだしました。 ドルジの『ル』は、らんらん『る』ーの『ル』なのです。 そんなドルジの前に、大きくてきれいな建物があらわれました。 人間さんが、女子寮とよんでいる場所です。 『ヴェールカっ、ヴェールカっ、スっトレっルカ〜』 『あ、クーちゃんだ。こんにちは〜』 『こんにちはなのです』 『かわいいわんちゃんたちですね〜』 『よかったら、小毬さんも一緒に遊びませんかっ?』 『ふえぇ!? うーん……でも、いつも吠えられてるし……』 『大丈夫です! このおもちゃを使えば安心して遊べるです』 『それじゃあちょっとだけ……ほわぁっ!!?』 『わふーっ!? のしかかっちゃダメです! 噛んじゃダメです! ぱだじじー(待って)!! すとーい(止まって)!!』 『うわあぁぁぁん!! やっぱり大丈夫じゃないぃぃ……』 けれど、そこにもやっぱり、だれもいませんでした。 こうなったら、意地でもだれかと遊びたいドルジです。ぬふー、と気合いをいれて、かけだします。 次についた場所は、放送室でした。この時間はいつも、肉球にこだわる女の子がいて、やさしい音が聞こえてきていたのです。 『誰だ? ……なんだ猫か。いや、お前は本当に猫なのか?』 『ぬー』 『ぬーではない。猫ならにゃーと鳴いてみせろ』 『ぬー』 『意地でもにゃーとは言わない気か。その心意気にもずくをやろう。なんだ、いらんのか。……ん? ピアノが気になるのか?』 『ぬおっ』 『はっはっはっ。その手ではうまく弾けんだろうに。……む? ……手……肉球……ぷにぷに……クドリャフカ君……ドルジよ、少し肉球を触らせてくれって私から逃げられると思うなっ!!』 「ぬおー?」 放送室の窓に、顔をべたっとくっつけます。ですが、真っ暗でなにも見えませんでした。やさしい音も聞こえてきません。 今日は肉球をさわらせてもいいかな、と考えていたドルジは、やれやれだぜと首をふりました。 ドルジは次を目ざします。 『おい恭介、こんなところを教師に見つかりでもしてみろ。怒られるだけではすまんぞ?』 『大丈夫だ。見つからなければ怒られない!』 『うお……ここまで開き直られると、逆に悪いことしてない気がするぜ』 『気がするだけだ。立派な校則違反だ』 『おいおい謙吾っちよぅ。ならついてこなけりゃよかったじゃねえか』 『む……』 『吐いちまえよ。楽になるぜ?』 『屋上、最っ高ー!!!!』 『だよな! 屋上イヤッホォォォウ!!』 『屋上イェイイェイ!』 『よっしゃ、野郎ども! コーラで乾杯だ!!』 『『『かんぱーい!!!!』』』 『誰だー! 屋上にいるやつはー!?』 『『棗恭介です!!』』 『この裏切り者ぉぉぉぉぉ!!??』 この学校で、一番お日さまに近い場所に、ドルジはいました。ですが、ここにつくまでにだれとも会うことはできませんでした。 そこでドルジは、ごろりと横になりました。疲れてしまったので、少しお休みです。 ドルジの目の前には、だんだんと形を変えていく雲。ふわふわと浮かんでどこかへと飛んでいきます。 丸い雲は、あんぱんに見えますね。三角形の雲はおにぎりでしょうか? 四角いパンのような雲もあります。 おいしそうな雲を見ているうちに、ドルジのまぶたが重くなっていきます。 とうとう、上のまぶたと下のまぶたが仲良しさんになってしまいました。 『にゃーにゃー。ふりふり』 『……鈴』 『にゃんにゃかにゃん、にゃんにゃかにゃん。びょんびょん』 『鈴?』 『もふもふ、ふかふか。くるりんぱっ』 『鈴ってばっ』 『うなぁぁ!? 理樹! いつからそこにいた!?』 『鈴が連れてきたんじゃないか……』 『ぜんぶ見てたんだな? ぷらいばしーのしんがいじゃー!!』 『いやいやいや、』 『ばつとして、ドルジをおひめさまだっこしろ!』 『重すぎてできないよ!!』 『じゃ、じゃーあれだ。かわりに、あたしを、だっこしろ……』 『え……う、うん』 『――――っ!! ほ、ほんとにやるなー! はずかしいだろぼけーっ!!』 『ええええー』 ドルジが目を開けると、青かった空は、まるで燃えるように赤くなっていました。 ドルジは夢を見ていました。それはあたたかくて、やさしくて、きらきらと光っている時間でした。 そんな楽しい時間をまた過ごしたくて、ドルジは走りだしました。フェンスをよじ登り、雨どいと窓枠を伝って地面におりて。ただひたすらに、走りました。 校舎をぐるっとまわりました。 だれもいません。 中庭を抜けました。 だれもいません。 裏庭を通りました。 だれもいません。 部室棟を過ぎました。 だれもいません。 グラウンドにたどりつきました。 それでも、だれとも会いません。 どこにもだれもいません。 ドルジは、たった一匹のドルジでした。 「ぬきゅーっ!!」 ドルジは夢を見ていました。それはあたたかくて、やさしくて、きらきらと光っている時間でした。 それはたしかにここにあった、大切な、宝石のような思い出だったのです。 リーダーの男の子がいて。筋肉の男の子がいて。剣道な男の子がいて。おかしを食べてる女の子、ピアノをひいてる女の子、さわがしい女の子、犬さんみたいな女の子、日傘をさしてる女の子。 そして、ねぼすけさんな男の子と、猫さんみたいな女の子。 そんなみんなとすごした、楽しい毎日。 「ぬきゅーっ!!」 いつ、なくしてしまったのでしょう? なぜ、気づいてしまったのでしょう? どうして……大切なものだと、それを手にしているときに、気づけないのでしょう? 「ぬきゅー……!」 なくしてしまった時間を思って。 大切だった時間を思って。 取り戻せない時間を思って。 一匹では広すぎるグラウンドで、なきました。 『――制服汚れますネ』 『――目ざせ、武道館』 『――頑張るのですーっ』 『――はらほらひれ〜……』 『――もっとよく見て当てろ』 『――見えた!』 『――その年で生えてきたのかい。球筋に出てるぜ』 『――筋肉が通りまーす!』 『――筋肉ないなぁ、僕……』 『――ねこにやつあたりかっ!』 空は暗い青。端っこのほうだけ赤く。ドルジの影を、長くのばします。 と、その長くのびた影の先に、女の子が立っていました。 女の子は影をなぞるように歩き、ドルジの頭をなでました。 「ドルジ?」 「ぬー……?」 「くちゃくちゃなつかしいな。いや、それほどでもないな。くちゃなつかしい、ぐらいだな」 その女の子は、ドルジがよく知っている女の子でした。猫さんみたいな女の子です。 女の子は、ポケットからケータイをとりだすと、どこかへとかけました。 「理樹か? 聞いておどろけ。なんとドルジを見つけた。……そうだ、そのドルジだ。……そつぎょーいらいだから、一ヶ月ぶりぐらいだな。そんなことより今すぐグラウンドにこい。それから、ばかとばかと馬鹿兄貴と、あと……とにかくみんなだ。みんなをよべ。全員集合、りゃくしてぜんしゅーだ!」 ドルジは、女の子に聞きます。どうして? と。女の子は、ドルジに答えます。 「きょーすけが、『今日は、校外学習で学校にだれもいなくなる……しのびこむなら今のうち』とか言いだしてな」 その一言で、ふたつの謎が解けました。学校に誰もいない謎と、いなくなったはずの女の子がいる謎。 「ぬおー」 「よしよし、ひさしぶりだからな。みんなでたっぷりあそんでやるぞ」 ドルジはうれしくて、なつかしくて、女の子にすり寄ります。女の子は勘違いをしましたが。 「ぬー」 記憶のなかにある、大切な時間は決して戻りません。 ですが、それは悲しいことではありません。 楽しかった思い出は、さらなる未来へと歩き出す力になります。 たとえ苦しいことがあっても、辛いことがあっても、乗りこえられるのです。 それはきっと……。 「ほら、みんなきたぞ!」 「ぬきゅー♪」 ドルジの『ジ』は、独り『じ』ゃないの『ジ』だからです。 おしまい。 [No.188] 2009/06/25(Thu) 23:54:10 |
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