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「・・・お願い事、ひとつ」 りんちゃんが去っていった。私の願い星といっしょに。 もうぜんぶやり終えた。あとはここで、世界が終わっていくのを眺めていればいい。 「ふうっ」 私は屋上のフェンスにおでこをくっ付けて、目の前の風景を見渡していた。 誰も居ない世界。役目を終えた世界。 学校の外には、もはや真っ白い空間しかない。いや、もう空間ですらなく、ただの壁かもしれない。あの長い長い日々を過ごしたこの学校も、崩れ始めていた。崩れた欠片が粉雪のように空を舞い、夕日を浴びてきらきらと輝いていた。哀しくも美しい終わりの風景。寒気がするほどの、まさに絶景というのにふさわしい有様だった。 これで、良かったんだよね。恭介さん、みんな。二人はもう、大丈夫だよね。私たちが居なくなっても、ちゃんと笑っていられるよね。だいじょうぶ、なんだよね? そこに、誰かが屋上のドアを開けてやってきた。誰だろう?恭介さんかな? それは初めて見るお客さん。歳は私と同じくらいだろうか。でも制服はうちのとは違う。優しそうな微笑を湛えたその顔は理樹君を思い出させた。 だけど、彼は何者なんだろう?この世界には私たちしかいなかったはずなのに。どこかで会ったような、会った事も無いような。ずっと近くにいたような、遠くにいたような。そんな、奇妙な感覚。何でこんな気持ちになるのだろう? 「なんだ、先客がいたのか。ご一緒してもいいかな?」 「うん、いいですよ〜」 そう答えると、彼は私の隣にやってきて、私と同じように外を眺めた。 「綺麗だね」 「うん、でもちょっと寂しい光景、かな?」 「確かにね。儚いって言ったほうがピッタリ来る、そんな景色だね」 私はくるりと身を翻すと、フェンスに体を預けて座り込む。 そんな私を見て、彼も背を向け、フェンスに寄りかかった。 「元気がないね。どうかしたの?」 「え、ううん。そんなことないですよ〜」 とっさに誤魔化してしまったけど、別にもう何かを誤魔化したり、そんなことする必要もないんだっけ?この風景がそうさせたのか、それとも彼の微笑みがそうさせたのか、私は話し始めた。 「ごめんなさい。ちょっと嘘ついちゃった。そんなことあります」 「あはは、何ソレ」 「うん、えっとですね。自分のやってきたことにちょっと自信が持てないから、かな?」 ずっと思ってた。りんちゃんの傍に居た時間。私がりんちゃんに託したもの。願い星に込めた願い。そんなものが果たして、りんちゃんを幸せにすることが出来るのだろうか? 「私、わかってるんだ。みんな幸せになってほしいと思ってやっていることが、本当は一人相撲でしかなくて、空回りだってこと」 彼は、私の言葉に静かに耳を傾けていた。時折相槌を打ちながら、私の話を聞いていた。 「でも、君は、本当にその人に幸せになってほしくて、やったんだろう?」 「うん」 「なら、気に病む必要は無いよ。君の願いは、きっと叶うから」 彼の言葉には、不思議な説得力があった。彼がそう言うのなら、本当に叶うかもしれない。でも――― 「でも、その子に大したことをしてあげられなかった気がするの。もっともっと、何か出来たかもしれないのに」 彼は私の言葉を聞いて、ため息をついた。何も話そうとしない。しばらく、気まずい沈黙が流れた。 「―――すぐに『結果』を求めちゃいけないよ。『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがる。でも、そのときに本当に大切なことを見失ってしまうかもしれない。そうすると、やる気もしだいに失せていく。大切なのは、『真実に向かおうとする意志』だと思うんだ。向かおうとする意志さえあれば、それがどんなに小さな一歩であろうと、いつかは『結果』に、『真実』に辿り着くだろう?向かっているんだからね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違うかい?」 「確かにそうかもしれないけど。だけど、もう私にはこれ以上何もしてあげられないの。次の一歩なんてもう無いの!」 つい我慢が出来ず、私は彼の方に振り返り、大声で叫んでしまった。自分が歯痒くて、仕方が無かった。 でも、そんな私を、彼は優しい目で見つめていた。 「君の言う通りだよ。そのいつかは、君一人で辿り着けるものではないかもしれない。でも、君は一人じゃない。君の意志を受け継いでくれる人が居れば、そのいつかが、きっと見えてくる」 そうだ。私は一人じゃなかった。クーちゃん、みおちゃん、ゆいちゃん、はるちゃん。それに恭介さんや謙吾君、真人君。みんなが居た。同じ意志を持った、優しくて、心強い仲間たちが。みんなで少しずつ少しずつ、歩いていった。 でも、本当にそれで十分だったのだろうか?私たちみんなの力を合わせてもまだ足りなかったら、どうしたらいいんだろう?もう、私たちは何もしてあげられないのに。 私は、怖かった。私たちのやってきたことが全部無くなってしまうことが、堪らなく怖かった。 そんな私の思いを汲み取ったのか、彼は更に続けた。 「俺もね、そうだったんだ。俺もある女の子に、幸せになってほしかった。笑っていてほしかった。でも俺一人の力では、それを叶えることができなかったんだ。それどころかその子の心に、深い傷を負わせてしまった」 彼は、自虐的で、そして哀しそうな笑みを浮かべ、私を見つめていた。 「だけど、何年もたった後、俺の意志を受け継いでくれる男の子がいた。そして、その男の子は、俺から受け継いだものの更に先を描いた。そうして、俺と彼は、女の子を救うことが出来たんだ」 その先。急にある映像が浮かび上がる。にわとりと、ひよこと、たまごの絵本。 あ・・・・・・何で今まで気付かなかったのだろう。私の目の前にいる彼。理樹君にちょっと似ている彼。その彼が、私にも似ていることに、何故。 「あ、あ・・・・・・そうだ、あなたは私の・・・・・・・・・・・・・・・!!」 「小毬。立派になったね」 おにいちゃんは、私の頭を優しく撫でた。柔らかで温かい手のひらの感触が気持ちよかった。本当に、気持ちよかった。 私たちはしばらく、子供のときのように二人でおしゃべりをしていた。といっても、ほとんど私がしゃべっているばかりだったけれど。 おにいちゃんが居なくなってからのこと。リトルバスターズに入ったこと。みんなに囲まれて過ごした、優しく楽しかった思い出。大好きなりんちゃんや、理樹君といっしょに過ごした時間。おにいちゃんは優しい微笑を浮かべたまま、私の話に聞き入っていた。 私の話がひと段落付いたころ、そのときがやってきた。 「そろそろ行こうか」 「・・・うん」 私はおにいちゃんに連れられて、校門の外に出た。屋上で見たときには真っ白で、何も無い空間のように見えていたのに、実際に出てみると、いつも通りの光景が広がっていた。左右に延びる道路。向かいの民家。学校前のバス停。何一つ欠けてはいなかった。 「さ、こっちだよ」 おにいちゃんに手を握られたまま、私たちはバス停の前にたどり着く。おにいちゃんは道路を眺めながらバスが来るのを待っていた。しばらくの間、私も道路をぼんやり眺めていたが、ふと校舎を振り返った。 校舎は崩壊が進んでいて、そこから吹雪のようにもうもうと白い欠片を散乱させていた。すでに外観はぼんやりとしている。その雪が深々と降り注ぎ、道路をうっすら白く染め上げていた。 もうすぐ、全てが終わる。この世界といっしょに。 本当に楽しかった。幸せだった。この世界が、ずっと続けば良かったんだけど、そんな訳にもいかない。ここは終わらせるための世界だから。 このゆめが終われば、恭介さんは死んでしまう。謙吾君も、真人君も、クーちゃんも、ゆいちゃんも、はるちゃんも、みおちゃんもみんな死んでしまう。もちろん、私も。 だけど、おにいちゃんが教えてくれた。 私たちの行動や思いは決して無くなったりしない。たとえ、私たちだけでは二人を幸せに出来なかったとしても。少なくとも、私たちは私たちの思いを伝えることは出来たと思う。二人なら、きっと私たちの思いを受け継いでくれる。そして、いつか必ず、二人で幸せになってくれる。 大丈夫だ。きっと、全部うまくいく。 と、その時、反対車線にバスが停まった。ドアが開くが誰かが降りてくる気配は無い。 バスを見たおにいちゃんは、顎に手をあて、何か考え込んでいた。しばらくして、おにいちゃんはバスに視線を向けたまま、バスに指差した。 「ごめん。間違えた。あのバスだった」 「ふえぇ!?」 おにいちゃんは笑って私の手を掴むと、反対車線に渡り、停車中のバスに乗り込んだ。バスの中に私たち以外のお客さんは居なかった。運転手さんも休憩中なのか、席を外していた。 私とおにいちゃんは、最後から二番目にある二人がけの席に座った。 おにいちゃんが照れくさそうに話し始める。 「いやあ、迎えに来るのなんて初めてだったから、勘違いしちゃったよ」 「おにいちゃんも結構そそっかしかったんだね〜。ところで、あっちのバスに乗ると、どこに行っちゃうの?」 おにいちゃんが、さっきまでいたバス停を指差した。私もバス停に目を向けた。 「あっちって、さっきのバス停?」 「うん」 「あっちに来るのが、俺たちの居るところに行くバス。で、こっちが逆方向に戻るバス。珍しいんだよ。戻りのバスがやって来るのは」 「え?」 振り返ると、おにいちゃんは居なかった。気付いた途端、バスの扉が閉まる音がした。ゆっくりと、バスが動き出す。 窓の外、バスの脇の歩道におにいちゃんが立っていた。私は窓を開けようとするが、はめ殺しになっていて開けられなかった。私は窓越しに叫んだ。 「おにいちゃん!おにいちゃん!」 「小毬・・・・・・」 おにいちゃんの声が聞こえる。耳ではなく、頭の中に直接聞こえてくる。 「どうやら、小毬たちの思いはお友達に届いてたようだよ。でも、彼らはその思いを、自分たちだけのために使わなかった。皆の意志を引き継ぎ、更に先に進めることを選んだようだね。そして、皆の意志は、ひとつの真実に到達したんだ」 おにいちゃんの姿はもう見えなかった。だけど、おにいちゃんの声はまだ聞こえていた。 「小毬。迎えに来るのは、次の機会にするよ。また、いつか会おうね」 「そんな・・・せっかく、会えたのに。おにいちゃん、おにいちゃん!!」 おにいちゃんの声が聞こえなくなった。バスは私以外は誰も居ない。ただ真っ白い道を走り続けていた。回りも真っ白で何も見えなかった。 やがて、目の前が眩しくなり、バス自体も姿を消し始めていた。 全部が真っ白になった。 目の前は、白い、薄汚れた天井だった。 私はベッドから上半身を起こした。私の隣には誰かがいたはずだったのに、誰もいないし、誰なのかも分からなかった。それが少し、悲しかった。 [No.190] 2009/06/26(Fri) 03:11:50 |
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