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なにやら頭上に気配がと思って目を開けたらそこには生足が無防備に投げ出されていて、脳の覚醒メーターは一気にレッドゾーンを振り切った。 「わぁぁ!」 文字通り飛び起きるとそこは中庭の芝生エリアで、自分はその中心に寝そべっていて、地面にぺたりと座りこんだ葉留佳さんが頭上から顔を覗きこんでいた。 「あ、起きた。やはー」 「や、やはー?」 覚醒はしたものの、状況の把握ができない。自分はなぜこんなところに? 「理樹くん、ここで寝てたんだよ」 「……ああ」 言われて、いつもの自責の念が襲いかかってきて、ようやく合点がいった。倒れたのだ、きっと。 「そっか。ごめん、恥ずかしいところを見せちゃったね」 「ぜんぜーん。眠り姫みたいで可愛かったよ」 なんて冗談めかしながら葉留佳さんは冗談にならない距離にまで接近してきた。条件反射のレベルで後ずさる。すぐに木の幹にぶつかって追い詰められた。 「やっぱ眠り姫にはお目覚めのちゅーだよねー」 「いや、起きてるから。起きたから。おかしいから」 「うにゅ〜ん」 なんて鳴きながら、葉留佳さんはえぐるように頬ずりしてきた。なんでだ。 「えいやー」 ちう キスされた。ほっぺにだ。 「なななにしてるのですかーっ!」 僕の代わりに通りすがりのクドが叫んだ。○級生ならフラグが一瞬でへし折れる展開だ。 「クド公じゃん。どったのそんな怖い顔して」 「そりゃ怖くもなりますっ。今っ、何をしていたのですかっ、三枝さんっ」 「何って、ちゅーしてただけだよ」 「ちゅちゅちゅーだなんてあれです。ふじゅんいせーふぉーゆーですっ」 推奨していた。 「間違えましたっ。ふじゅんいせーこーゆーですっ」 「堅いなぁ。ただのお目覚めのちゅーだってば。やりたきゃクド公もすれば?」 「えっ」 クドは思いついたようにぱたぱたと尻尾を振った。どこまでも犬っぽい。がしかしすぐに正気を取り戻して、 「なななにを言うのですっ。不意打ちで唇を奪うなんて犯罪ですっ。大岡裁きで八つ裂き刑ですっ。三枝さんだったら三/八枝さんになってしまいますっ」 「唇じゃなくてほっぺだよ。起きちったから唇はダメかなーって」 すでに涙目のクドは、散々納得いかない様子をうめき声を繰り返した後、鋭い視線でこちらを振り向いた。 「リキ! 三枝さんにちゅーされたのはどこですかっ。ここですかっ」 ぺろぺろぺろぺろ! ものすごい勢いでほっぺを舐めまわされた。え、なに、殺菌行為? 「不潔です」 僕の代わりに木の上から西園さんが一蹴した。木の上? 「なんですか直枝さん。わたしが木に登っていてはいけませんか?」 「ダメってわけじゃないけど、だってほら、西園さんはいつもこの木の下に座っているから」 「わたしにだって、木に登りたい気分の日くらいあります」 よくわからない理由を並べ、西園さんは日が暮れてしまうほどの時間をかけて木から降り立った。 「降りるのに苦労するなら最初から登らなきゃいいのに……」 「気分ですから。それよりも直枝さん、全て見させてもらいましたよ」 全て、とは先ほどの乱痴気騒ぎのことだろう。痴態と言い換えてもいい。 「直枝さんともあろう方が女性相手にちゅーを許すだなんて……汚らわしい」 「それだとまるで僕が男相手にちゅーを許すのが自然みたいだよね。ねぇ、おかしくない?」 「なーんだ、美魚ちんもしたいんじゃん」 「わふーっ」 「違います。私が言っているのは、あんな場面を万一直枝さんに好意を寄せている殿方が目撃してしまったら可哀想だということで」 「やーい、美魚ちんのツンデレー」 「ツンデレわふーっ」 「だから違うと」 「美しい、美しすぎる!」 話をぶったぎるほどの声量で、木の上のそのまた上から来ヶ谷さんが魂の叫びをあげた。木の上から登場するのがブームなのか。 「理樹くんの唇を奪い合う葉留佳くんとクドリャフカ君に、それを見て密かに嫉妬する美魚くん……天国かっ!」 来ヶ谷さんは恍惚の表情を浮かべながら、頭から地面に垂直落下した。地面スレスレのところでサーカスめいたアクロバティックな着地が展開される。うん、なんとなくわかってた。 「私も混ぜてくれ。なんだ、いくら必要なんだ? この際糸目はつけんぞ」 「そういう生々しいのはやめようよ……」 「ふむ。冗談だ。純粋な意味で、遊んでいるのなら私も混ぜてくれ」 「別に遊んでるわけじゃ……」 「お、いーじゃんいーじゃんみんなで遊ぼーよ。遊びたかったら理樹くんの指とーまれ!」 なんでこっちなんだ。などと思っているうちに僕の指に4本の指が突き合わされる。 「だいけってー!」 「なにして遊びましょーか?」 「内容を決める前に、賞品を決めてはどうでしょうか」 「ふむ、つまり勝者が理樹くんをゲットできるわけだな」 「それ、僕に旨味がまったくないんだけど。ていうか拒否権も」 「拒否したければ、理樹くんが勝てばいいのさ」 そのとき、グラウンドのほうから野球ボールが飛んできて、ちょうど5人の中間地点の芝生に転がって止まった。全員が目でボールを追うことわずか0.2秒、遊びという名の真剣勝負内容は暗黙のうちに満場一致で可決した。 「ぐるにゃー!」 「ぅわふー!」 「愛<マナ>よ力を!」 「はぁはぁはぁ!」 「来ヶ谷さんっ、ボール追いかけながら器用に僕のお尻触るのやめてよっ」 ボールは飛び跳ね弾かれ、並々ならぬ圧力に幾度と形を変えながら芝生を転がっていく。皆必死だ。僕が一番必死だ。ボールを追いかけつつ貞操も守らなければならない。 「こらーっ!!」 そこに現れたのが二木さんだと気づいたときにはもう僕以外の全員はその場から退散していて、見事にボールと僕だけが取り残されていた。これがトカゲのしっぽ切りってやつか。 「わぁぁ、ごめんなさいごめんなさい」 「あなたたち芝生に入ったらダメだと……あら、あなた一人?」 「はいそうなんです。ものの見事に見捨てられました……」 「まったくボールなんかにじゃれついて……顔がドロドロじゃない」 頭をなでられる。小さい子供にするようにだ。 「……」 ひたすらなでられる。無言で。心なしかうっとりしているように見える。あの、さすがにそろそろ泥も落ちたのでは? 「……案外、可愛いものね」 「あの、ちょっと、二木さん?」 「抱きしめてもいいかしら」 二木さんだと思ったら来ヶ谷さんだった。と思ったらやっぱり二木さんだった。わけがわからなくて逃げ出した。校舎裏にまで逃げたところで葉留佳さんたちが待ち構えていいた。 「さくやは おたのしみ でしたネ」 「さっきだよ。ていうか、逃げるのってひどくない?」 「ダメですよリキ、ああいうときはすぐに逃げないと」 「クドまで……」 「瞬発力を鍛えるべきですね。でなければ目当てのサークルの本を全制覇する日など遠い先の話です」 「ていうか、西園さんってそんなに素早かったっけ?」 「理樹くん、たくさん走って汗をかいたろう。私の体になすりつけて拭いてくれても構わんのだぞ」 「来ヶ谷さんは万年発情期なのをどうにかしたほうがいいと思う」 そのとき、驚くべき気配のなさで僕の背後に立つ影があった。無論僕の背後なのでその存在に気づくのが最も遅かったのは僕だった。 「お前ら、こんなところで何してるんだ」 振り返ると鈴がいた。なんだ鈴か、と思ってもう一度背後を振り向くとまた葉留佳さんたちの姿が消えていた。焼却炉の影、ごみ箱の中、植木の影、木の上にブルブルと震える4つの影が見えている。相変わらずとんでもない逃げ足だ。ていうか逃げる必要がどこに? 「なんで逃げる」 「さ、さあ? 用事でも思い出したんじゃないかな」 「……?」 鈴は訝しげに僕の顔を覗きこんできた。逃げた葉留佳さんたちのことなど一瞬で忘れ去ったかのように、意識をこちらに向けているのがわかる。 そして、猫のように鋭い視線の鈴の口から、驚くべき言葉が発せられた。 「お前、誰だ?」 さすがに冗談としか思えなかった。 「鈴、何言ってるのさ。まさか僕のこと忘れちゃったわけじゃないでしょう?」 「お前、このへんに住んでるのか?」 「いや、僕が住んでるのは鈴と同じ、ここの学生寮だよ。僕が男子寮で、鈴が女子寮」 「むむむ。どーにも見覚えがあるよーなないよーな……」 「鈴、ふざけてるの? 僕、なにか鈴の気を悪くすることしたっけ?」 「あ、なんかひっかかったぞ」 「鈴、鈴ってば!」 このときになってようやく、鈴が冗談など何一つ言っていないことに気づいた。それ以前に、会話が成り立っていない。まるで言葉の通じない相手と話しているような、圧倒的な違和感。 「思い出したぞ、お前は――」 そして鈴は、脇の下に手を入れて僕を抱き上げながら、たった一言で違和感の正体を表した。 「お前は、レノンだったな。この間恭介が拾ってきたばかりの」 僕は、レノンだった。 僕は、猫だったのだ。 「それから、焼却炉の影に隠れてるのがオードリー」 葉留佳さんは、オードリーだった。 「ごみ箱の中のがファーブル」 クドは、ファーブルだった。 「植木の向こうのがアリストテレス」 西園さんは、アリストテレスだった。 「木の上のがアインシュタインだ」 来ヶ谷さんは、アインシュタインだった。 5人は、5匹の猫だった。 「なんだお前、体中まっくろじゃないか。ったく、またどこかで遊んでたな。仕方ない、洗ってやる」 鈴は僕を抱えたまま、水道から伸びるホースを手に取った。蛇口を捻ろうと屈んだ瞬間に僕は暴れた。 「こらっ、おとなしくしろ!」 するわけなかった。薄い胸に猫パンチをお見舞いし、ほうほうの体で地面に降り立つ。猫だから空中3回転もお手の物だ。フカーッ、と唸る鈴を尻目に、全速力で逃げた。全速力で追ってきた。 校舎裏の角を曲がったところで誰かにぶつかった。恭介だった。しっぽを逆立てて威嚇する僕を恭介はじっと見つめ、手を伸ばしてきた。 「すまん、イレギュラーだ」 避けようと前足を低く落とした僕は、それが紛れもなく直枝理樹そのものに向けられた言葉であることを察し、力を抜いた。恭介の大きな手が、僕の頭をなでる。 「おそらく、とんでもない数の猫に囲まれて『前回』を終えたからだろう。こんな事態は初めてだからな、仕方ないが、リセットだ」 鈴の足音がすぐ近くにまで近づいている。どういうことだよ、という旨の鳴き声を僕は発した。伝わるわけがなかった。 「俺が何を言っているのかわからんだろうが、俺もお前が何を言っているのかわからん。なんせ、今のお前は猫だからな」 そう言うと恭介は立ち上がり、大きく伸びをするように天を仰ぎ見て、頭上に掲げた指を鳴 目が覚めた。 なにやら頭上に気配がと思って目を開けたらそこにはオーバーニーと絶対領域とその奥の布が無防備に投げ出されていて、脳の覚醒メーターは一気にレッドゾーンを振り切った。 「わぁぁぁ!」 文字通り飛び起きるとそこは中庭の芝生エリアで、自分はその中心に寝そべっていて、地面にぺたりと座りこんだ葉留佳さんが頭上から顔を覗きこんでいた。 「あ、起きた。やはー」 驚きすぎてしゃっくりが出た。 「ぴ、ぴんくっ」 葉留佳さんに起こしてくれたお礼を告げ、通りすがりのクドを交えて三人で世間話をし、西園さんがやってきて木陰でお弁当を囲み、どこからともなく来ヶ谷さんがやってきてみんなで遊ぼうという話になった。 運悪くやってきた二木さんに半ば強引に鬼を押しつけ、かくれんぼが始まった。人ごみを避けて校舎裏に逃げこんだところで鈴と遭遇した。 第一声より早く、ホースの水をぶっかけられた。 「……すまん、わざとだ」 「わざとなの!?」 「いや、なぜだかわからんが、無性に理樹に水をぶっかけなきゃならん気がしたんだ」 「わけがわからないよ……」 「うん、あたしにもわからん」 校舎の角から恭介が現れた。いつになく真剣な表情。一体何事かと僕たちは身構える。 「鈴、俺にも水をかけてくれ。思いっきりだ」 「いきなりやってきて、きしょいことぬかすな!」 鈴は容赦なく恭介に水をぶっかけた。頼まれたからではなく、きしょかったからだろう。 「恭介、どうしちゃったのさ」 「反省みたいなものさ」 「反省?」 「いや……」 びしょぬれになった恭介は、水も滴るなんとやらな笑顔を浮かべ、同じくびしょぬれな僕に向かって、茶目っけたっぷりに言った。 「こうやって濡れ鼠になれば、少しは動物の気持ちがわかるんじゃないかと思ってな」 [No.195] 2009/06/26(Fri) 23:56:50 |
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