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目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。 冗談で言っているわけではなく本当に分からなかったのだ。 「どこ……」 自分のものとは思えないほど擦れた声に僅かに驚く。 それに体を動かそうとすると全身が引きつるような痛みに苛まれてしまう。 私は諦めて現状を把握するため半分となっている視界に映るものを必死に見ようとした。 ……半分? 「あ――」 気付いた瞬間全てを思い出した。 右目が見えなくなり絶望し、思い詰めて学園の屋上に上り風に煽られて落ちてしまったのだ。 「死ななかったんだ」 自分でもゾッとする感情の籠もらない声が洩れる。 ああでもそうか。建物は三階建てだったから余程運が悪くなければ生き残る可能性はあったんだ。 そもそもあの時は死ぬ覚悟なんて全くなくて落ちたのだから、無意識に致命傷を避けたのかもしれない。 「なんて無様」 なんとも可笑しくて嗤ってしまう。 しばらくボーっとしていると看護師さんが病室を訪ねてきた。 彼女は私が意識を取り戻しているのに気付くと慌てて出て行ってしまった。 残念。あれからどのくらい経ったのか聞きたかったのに。 まぁすぐ聞けるだろう。 酷く冷静な頭でそう結論付けると一度大きく息を吐いた。 「そう。生きてるのね」 なにかそれがあまりに非現実的なことに思えた。 「そう言えば」 意識を失っている最中、繰り返し夢を見ていた気がする。 どんな夢か詳しく思い出せないが一つだけ印象に残っていることがある。 夢の中で彼は明るく楽そうに笑っていた姿の方が多かったけど、それ以上に辛そうな表情を浮かべる姿の方が私には酷く印象的で焼き付いて離れない。 あの方は―― 「宮沢さん……」 廊下を走る複数の足音を背景に私はポツリとその名を零した。 意識を取り戻してからしばらくは大変だった。 家族が呼ばれひどく泣かれ怒られてしまった。 その後怪我の具合を教えてもらったのだが、頭を打ってはいたが内臓への損傷はなく骨折がいくつかあるだけ。 精密検査で問題がなければリハビリさえすれば元通りの生活ができるそうだ。 ――なんだそれだけか。 もう二度と歩けないとかの結論を期待していたのだがずいぶん軽い怪我だったのね。 少し拍子抜けしてしまった。 それとどれだけ眠っていたか尋ねたところ半月という回答が返ってきた。 これは率直に言って驚いた。 まさかそんなにも眠っていたとは。 ……ああ、でもそうなると修学旅行はもう終わってしまったのか。 右目が見えなくなる前は多少なりても楽しみだったので少々残念だ。 その時の私はそんなことを考えていた。 そのことを聞いたのはリハビリの最中だった。 やる気がないからだろう。なかなか成果が上がらない中、人づてに修学旅行中にバスが落下する事故が起きていたことを知ったのだ。 幸い死者は1人も出なかったらしいが一歩間違えればかなり悲惨な状況だったらしい。 けれどそれを聞いても私は別に何も感じることはなかった。 これが少し前ならば違ったのかもしれないが、今の私にはどうにもそれ以上の感情を持てないでいた。 しかしその事故に巻き込まれたクラスを聞いた時、それまでと違い自分の感情が大きく揺らいだのを感じた。 宮沢さんのクラス、その事実を聞いた瞬間に自分の心臓が大きく跳ねたのだ。 ありえないと思った。 私の心はあの時から止まっているとばかり思ったのにこうも動揺するなんて。 私は自分の懐いた感情の正体を知りたくて、その日から真面目にリハビリを開始した。 彼らが入院している病院は私が入院している場所と違うので、会うとしたら早く退院しなければならなかったのだ。 そして必死にリハビリを行ったお陰だろう、私は夏休み中に退院することができたのだった。 けれど肝心の宮沢さんはまだ入院しているまま。 会いに行こうかと一瞬考えが頭を過ぎったが、どう話しかけるべきか分からず断念。 学園で偶然を装って会えばいいのではないか。そう結論付けて私は新学期が始まるのをただひたすら待った。 しかし結局新学期が始まって、宮沢さんが退院なされても私は会えず仕舞いだった。 「どう、話せばいいのでしょう」 それが最大の問題だった。 私とあの人の接点なんてこの目について悩みを打ち明けたことだけ。 ただそれだけの関係でどう話しかけていいものやら皆目見当が付かない。 それに負い目がある。 相談に乗ってもらったにも拘らず、結果的に自分から死を選んだかのような行動を取ってしまった。 周囲ですら私に対して腫れ物を障るような態度を取っているのだ。 そんな中で私が彼に話しかけたらどう反応されるのか怖くて仕方がない。 「でもこの感覚の正体を知りたい」 一度は消え失せてしまったと思った世界の色が一瞬戻ったような気がした理由。 壊れたと思った私の中の時が僅かに動いたような感覚。 「知りたい……」 そう思っても思うだけで動けずただ無為に時間は過ぎ去っていく。 そうして今日も終わろうとしていた。 「はぁー」 私は木陰に腰掛け小さく溜息をついた。 情けない、な。 「何をやっているのかね」 「っ!!」 突然声を掛けられ私は瞬間的にその場を飛びのいた。 いくらしばらく弓を触っていないとはいえ物心付く前からずっと武道を嗜んでいたこの身が気配に気づかないなんて、相手は何者だろう。 私は臨戦態勢を取るようにスッと腰を下ろした。 「おや、驚かせてしまったかね。そのつもりはなかったのだが」 けれど相手は飄々とした態度を崩そうとしない。 「……貴女はいったい」 「うん?ああ、来ヶ谷だ。できれば苗字で呼んでくれ」 「え、いえ、そうではなく。……来ヶ谷さん?」 その名には聞き覚えがある。 確か宮沢さんが最近一緒になって遊んでいるという集団の仲間の一人だったはずだ。 「うむ。うーん、私を知らんとはそこそこ有名だと思ったのだがな」 彼女は意外そうに腕を組む。 「すみません。あまり他人に興味を示したことがなかったもので」 言ってて少し無礼な物言いだったことに気づいた。 失敗した。警戒するあまり自然な言葉が出てこなかった。 「ああ、なるほど。私も経験があるから気にすることはない」 「え?」 私は首を傾げるが彼女はなんでもないように言葉を続けた。 「そういう君は確か古式君だったかな」 「あ、はい。古式みゆきと申します」 慌てて頭を下げる。 「ああ、堅苦しい挨拶はいらんよ。それで、古式女史はいったいここで何をしているのかね」 「え、あ、その……」 なんと言って答えればよいか分からず、つい言葉を詰まらせてしまう。 するとしばらく私の様子を観察されていた来ヶ谷さんは何か納得したように頷いた。 「ふむ。なるほどおそらく謙吾少年絡みだな」 「な、なぜっ?」 「むっ、図星か」 彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。 けれど私は来ヶ谷さんがどうしてそういう結論に至ったのかわからず混乱してしまう。 「ふむ、何故分かったのか気になると言ったところか」 「え、ええ」 「なに簡単なことだ。ここ最近妙な視線を感じてな。調べてみれば発信源は君だったのでそこから推測したまでだ。我々の集団の中で君と関係がある人物といえば謙吾少年以外いないからな」 「な、なるほど」 ということは宮沢さんも私が最近私が見ていたことに気づいていたのだろうか。 「ああ、謙吾少年は気づいておらんよ。いや、気づいているとしたら私を除いて恭介氏くらいだろうか」 「……」 この人は心でも読めるのだろうか。 けれど彼女は私の訝しげな視線をさして気にするでもなく言葉を続けた。 「それで。君は彼になんの用だね」 「え?あ、その……」 「むっ?もしや何の用事もないにも拘らず見つめていたのかね。うーん、君のような美少女がストーカーとは世も末だな。だがお姉さん相手だとしたらいつでもウェルカムだ。ということで標的と変える気はないかね」 「なっ、ありませんっ。というかストーカーでもありません」 何をいきなり失礼なことを言い出すのだろうか、この人は。 「ふむ、そうかね。けれど傍から見ているとそう変わらないように思えるが」 「ぐっ……」 確かに言われてみればそうだ。 誰も気づいていないと思ったが、もし万が一この方のように気づいて私の行動を見ていたら犯罪者のように見えただろう。 そう気づき私は羞恥で顔を真っ赤に染めてしまった。 「ほう、大和撫子のような美少女が顔を紅く染める姿はかなりそそるものがあるな。お姉さん、我慢できなくなりそうだ」 「っ」 妙な気配がして私は半歩身体を後ろにずらす。 「むっ、気づいたか。なかなかやるな」 「あ、あのですね」 私は抗議の声を上げようとするが寸前で押さえられてしまった。 「すまんすまん。つい周囲にいないタイプだったものだからからかってしまった。次からは真面目に聞くぞ」 「なっ……はぁー」 その態度につい溜息を漏らしてしまう。 なんと言うかどうにも読めない人だ。 「それで、いったいどうかしたのかね。謙吾少年と何か……いや何かはあったか。彼に何を言いたいのだね」 「あ……はい。その……」 どうしたものか悩んでしまう。 元より他人にこの感情について相談する気はなかったのだけれども。 「なに私は口が固い。それに悩んでいるなら誰かしらに相談するのも一つの手だぞ」 「……はい、分かりました。実は……」 そうして私はあの日から懐く感情について彼女に説明した。 話し終えるとかなりの時間が経っていた。 最初は言うつもりもなかったあの日世界に絶望してから感じていたことから、宮沢さんがバスの事故にあったと聞いて自分の感情が激しく揺れ動いたことについて詳しく喋らされてしまった。 これが彼女の力だというのだろうか。 「なるほどな」 まあいい。もはや話し終えてしまったのだから後はどうとでもなれといった感じだ。 来ヶ谷さんは何度か相槌を打ちつつ、私の言葉を吟味しているようだ。 「結論から言わせてもらうと」 「はい」 「それは恋なのではないだろうか」 「恋、ですか」 そう言われてもピンと来ない。 私が女性で宮沢さんが男性ということからしてそう言った考えもないとは言えないが。 「すみません。私にはよく分かりません」 弓道一筋で今まで生きてきた自分にはそういった感情がいまいち理解できなかった。 「ふむ、そうか。まあ私もそういった男女の恋愛ごとの機微に関しては素人だからな。先ほどはああいったが実際にあってるかどうかは分からんよ」 「そう、なんですか?」 さっきから話してる印象からするにその言葉は少し意外に感じた。 「だがそれでも確信を持って言えることがひとつある」 「なんでしょうか」 今までで一番真剣みを帯びた彼女の声。 私は居住まいを正して尋ねる。 「君にとって謙吾少年という存在はとても大切な存在だということさ」 「え?」 その言葉に思わず呆ける。 「君の人生は弓道のそのものだったのだろう」 「え、ええ」 弓道こそが私の芯となるものだった。 物心がつく前から鍛錬に鍛錬を重ね、それが自分の一部であり最も大切なものとなっていた。 それがあるから自分があり、ただそれに邁進することで満たされた。 「それは大切なものだった。失った瞬間世界から色が失せ全てが無味乾燥に思えるくらい。そうだろう」 「はい」 あの感覚は今でも忘れない。 いや、違う。こうして話している瞬間もこの世界に価値を見出せず、それ以上に自分に価値を見出せていない。 目が見えなくなった、その瞬間時が凍りついたような錯覚を覚え、全てが灰色の染まったような気がした。 「言わば君そのものを失ったんだ。生きているという実感すらあやふやになるほどのな」 「よく、お分かりですね」 根本がないのだ。 昔から言われたことをただやり続けていたからこそ、中心がないとそれすらできなくなる。 自分という存在が感じられなくなり生きている実感が失われるというのはまさにその通りだが、こうも的確にその考えを見抜くとは来ヶ谷さんという方はどういう方なのだろう。 「ん?意外かね、君の感情が分かったのが」 「ええ。凄く的確でしたので」 「なに、私にも経験があるからね」 「え?」 その言葉に驚く。 彼女は私のそんな反応を当然のごとく受け止め話を続けた。 「だが君は一瞬とはいえ色を取り戻した。私も同様だ。……まあ私の場合は最初から世界は全て灰色に見えどうにもつまらなく思えたがね。そしてそれを楽しいものだと気づかせてくれたのは男女の関係というよりも友という別の関係だったが、さしたる違いはあるまい」 「……」 「君はそれが謙吾少年だったというだけだ。……動揺したのだろう。震えるはずがないと思った凝り固まった心が揺れ動いたのだろう。まるで止まっていた時が動き出したような感覚」 来ヶ谷さんはそこまで語り終えるとジッと私の顔を見つめた。 その目を見て私は思わず後ずさってしまう。 「そこにどんな感情があるのかは分からん。だが君にとって世界をひと時でも取り戻したということはそれだけ彼が特別ということだよ」 「あ、う……」 分からない。分からない。 けれど彼女は更に私を追い詰める。 「それとも何かね。このまま何もせずにいることはできるのかね。赤の他人であることに耐えられるのかね?」 「……っ!」 その言葉に改めて考える。 確かにどう話しかければいいか分からず怖いという気持ちはある。 けれどこのままあの人と一言も声を交わさず、永遠に離れるという想像は酷い恐怖だった。 そして気づいた。 あの人のことを考えるとまたこんなにも心が揺れ動いていることに。 「ふむ、気づいたかね。ならば話しかけに行きたまえ。なに、理由は適当にでっち上げろ。話すこと、それ自体が重要だ」 「でも……ご迷惑じゃないでしょうか」 それもまた気になること。 彼が私に話しかけられてどう反応するか、それは私のこの感情よりも優先すべきことではないだろうか。 けれど来ヶ谷さんは私のその言葉を一蹴した。 「ふん、男が女に話しかけられて喜ばんはずがないだろう。それともなにかね。君の知る宮沢謙吾という男はわざわざ話しかけてきた女性を蔑ろにするような男かね」 「そんなことっ…………ありません」 そんなこと言われなくても分かっている。 彼はあまり接点がないであろう私の悩みを真摯に聞き、何とか力になろうと四苦八苦してくれたのだから。 「ああ……」 唐突に思い出す。 だから夢の中のあの方は私の力になれなかったとずっと悔いていたのだろう。 そして仮初めとはいえ私を救えてあんなにも喜んだのだろう。 「古式君?」 唐突に言葉を漏らした私に怪訝な表情を来ヶ谷さんは覗かせたが言うわけにはいかなかった。 あんな夢の話、言っても誰も信じないでしょう。 「なんでもないですよ。それよりも私、行って来ます」 「ん、そうかね。ならば武道場に行きたまえ。まだこの時間、彼はいるはずだ」 「え?あの今から、でしょうか」 「むっ、何を迷う。善は急げと言うだろう。何も告白しに行けと言うんじゃないんだ、簡単だろう」 確かにそうかもしれないがそれでもどうにも迷う。 けれど彼女は容赦なく私の背を押す。 「ほら、さっさと行きたまえ」 「あ、はい」 その言葉に私は慌ててその場から駆け出した。 <Kurugaya.side> 「行ったか。……もう出てきてもらって構わんぞ」 私は後ろの草むらに向けて声をかけると、ごそごそと音を立てて一人の人物が現れた。 「ありゃ、気づいてたのか」 「当然だ。私をなめるな」 その程度の遁術、私にとって見抜くのは造作もないことだ。 「お前くらいだよ、俺の気配に気づくのは」 私の言葉に苦笑を浮かべつつ、恭介氏は肩をすくめた。 「けど珍しいな」 「なにがだね」 「お前があんなお節介をするとはな」 「ふっ、なあに。見目麗しい美少女の手助けだ、話くらい聞くのは当然だろう。例えその悩みが謙吾少年絡みだとしてもそれは変わらんさ」 「そうかい」 私の言葉に納得したのか、彼はそれ以上何も言わなかった。 ふむ、そう簡単に納得されるのもどうかと思うのだがな。 「しかしあの二人、どうなるんだろうな」 「さあ。興味ないな」 「おいおい。あそこまでお節介焼いててそれか?」 ふむ、どうやら恭介氏は何かを勘違いしているようだ。 「私は彼女の悩みを聞いただけだ。二人の仲を推し進めようなどとはこれっぽっちも考えておらんよ」 「そうなのか?」 「ああ。そもそも古式女子自身がそれをあまり望んでおらん。結果的に男女の仲になることもあるだろうがそれに関しては関知せんよ。あくまで話せる仲になりたいということだったみたいだしな」 「なるほどな」 興味深そうに恭介氏は頷く。 その様子に少しだけ疑問を覚える。 「そういう恭介氏はどうなのかね。あれは君の幼馴染だろう。その彼がそれなりに気に掛けてる女性とお近づきになろうとしているんだ。なにかしらリアクションをとってもいいと思ったのだが」 彼女の視線に気づいていた彼が全く何のアクションを起こそうとしていなかったことに少し不思議に思っていたのだ。 お節介という言葉こそ彼に似合う言葉だと言うのに。 「ふっ、それこそまさかだ。理樹相手ならいざしらず謙吾に対して俺が何かすることはないさ。まっ、その理樹に対しても最近は手が掛からなくなったからさして何かやる気はないしな」 「そうかね」 「ああ、そうだ」 それっきり会話が途切れてしまう。 まぁ、彼とさしで話すようなこともないし充分だろう。 「ではそろそろ私は戻るな」 「ああ。まっ、軽く謙吾に聞くくらいしといてやるよ」 「ふむ、その辺りは任せよう。ではな」 「おう」 私たちは軽く挨拶を交わすと、その場で別れた。 さて、どうなることやら。 二人がどうなろうと関係ないが、新しいタイプの美少女が増えることはお姉さんは大歓迎だ。 できれば謙吾少年には頑張っていただき、是非とも大和撫子を愛でる機会を増やしてもらいたいものだ。 [No.200] 2009/06/27(Sat) 19:21:36 |
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