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気がついたら、俺は白い天井を見上げていた。 さっきまで何をしていたのか思い出せない。 体を起こす。どうやらベッドの上で寝ていたようだ。周りを見わたすと看護師がうろついていた。 看護師は俺が起きたのを見ると外へ駈け出していった。***病室の棗さんが目を覚ましました、とかなんとか言いながら。 どうやら俺は病院にいるようだ。そう言えばどうしてこんなとこにいるのだろうか。 思い出せない。 頬が痩せこけた医者がやって来て俺の健康状態をチェックしている。おいおい、そんな心配しなくても俺は大丈夫だぜ? 身体検査は終わったらしい。すると医者は何やら俺の名前を聞いた。そんな事解りきってるよ。俺は・・・ 思い出せない。 医者はレポートに何やら書き込み始めた。俺はその動作をただじっと待っていた。 暇だ。やることがない。俺は天井を見上げた。始まりと同じ白い天井。 しかしまた滑稽な話だ。自分が何者かも解らないなんて。 医者が、今日はこの辺にしましょう、色々とありすぎたから疲れてるんでしょう、と言って俺を病室まで見送った。 色々っていうのは何の話だ。 思い出せない。 とりあえず今日は寝て過ごすことにした。何もすることがなくて暇で死にそうだった。 次の日、俺は医者に呼ばれてカウンセリング室に行った。 医者は言った。 『あなたは自分がどんな事故にあったか覚えていますか?』 言っている意味が分からない。 事故?なんの話だ。俺はこの前まで就職活動をしていたはずだ。 ・・・いや、俺はそもそもなんで就職活動なんてことをしていたんだ? 疑惑が加速度を増して膨らんでいく。限界に達したシャボン玉は音も立てずに欠片を残して消え去った。 (!?) そうだ俺は理樹と、鈴と、真人と、謙吾と、 そこまで脳が理解した瞬間、感情が決壊した。 「ーーーッつ!」 俺は声をあげて泣いた。叫んだ。周りなど気にもしなかった。なぜ泣いたかさえ最後の方には解らなくなっていたが、ただ悲しかった。 医者は俺に起きたことを簡潔に述べてくれた。 俺が乗っていた修学旅行のバスが崖から転落したこと。他の生徒は事故の衝撃と爆発で死んでしまったこと。 つまり、生き残ったのは俺独りだということ。 俺は呆然としながら椅子に腰かけていた。 思い出したくなかった。 そしてどうやら俺はその事故から一カ月以上もずっと昏睡状態にあったらしい。一時危篤状態にもなったらしいが全く記憶にない。 夢を、見ていたような気がする。楽しい夢物語のような夢を。 まだ体調が万全ではないということで、様子見で一週間入院することになった。 こうして病院のベッドの上にじっと寝ていると、たまに寂寞の思いに駆られることがあった。そんな時は、あいつらと一緒にいる時間を思い出して紛らわした。そんな時間はもう戻ってきはしないのに。 考えることすらどうでもいい。考えることで胸が締め付けられるなら、考えるのをやめよう。 警察が俺のところまで来て事情聴取をした。覚えていることは少ないし思い出したくなかったので俺はしらを切った。 そこで俺は疑問に思った。なんで他のやつらは死んだのに俺だけのうのうと生き残っているのか。俺の体に火傷の跡はない。 警察に聞くと包み隠さず教えてくれた。 『お友達があなたの周りを覆っていたんですよ。ええっと名前は・・・そうそう、直枝理樹と・・・棗鈴と言いましたかな』 驚愕した。俺は情けなくて、どうしようもなくて、許しを請いたくて啼いた。バカ野郎、なんで俺なんかのために・・・。嗚咽を漏らしていると、警察はこれ以上は無駄だと判断したのか病室を後にした。 だいぶ調子もよくなってきたので屋上に出ることにした。空は厚い雲に覆われている。やがて雨が降ってくるだろう。俺は雨が降ってくるのを心密かに楽しみにしながら屋上に立ちつくした。 そう言えばあいつらと野球した日はこんな日じゃなかったな。もっと清々しく晴れ渡った日だった。暗くなるまで馬鹿みたいに泥だらけになって練習したっけ。 そんな平凡な光景。 もう一生見ることができない、そんな平凡な光景。 雨が降ってきた。俺の頬を雨の雫が伝う。涙だったか、そんな詮索はどうでもいい。今はただ、現実という名の脅威に打ちひしがれていたかった。 退院する日が来てしまった。疲れた顔で俺はその病院を後にした。色々、ありすぎた。 学校の正門の前に立つ。これから一歩を踏み出すのが怖い。現実と夢の違いを諭されそうで。 足を前に動かす。正門をくぐる。迎えは、もちろんいない。 寮の前まで歩を進める。いつもは理樹が、真人が、謙吾が、・・・鈴が。 胸が抉られそうだった。寂しさに穴をあけられるくらいなら自分で開けてやるよ。気がついたら自分の胸を掻き毟っていた。 いつも見慣れた自分の部屋。だがそれはこの前の部屋とは違う。いくら過去を願っても俺は神様じゃない。 授業中はいつも空を見上げていた。あいつらといたあの空を。雲はまばらに散っている。やがて消えてなくなるだろう。 恐ろしいスピードで月日が経っていった。最近は誰にも話しかけられることもなくなった。俺が話そうとしないから当然だろう。ただ胸が苦しかった。 いつからだろうか、俺は授業を抜け出して屋上で空を見上げるようになっていた。 今日は清々しく晴れている。あいつらもこの空を見ているのだろうか。そう思うとなぜか涙がこみ上げて来て、俺は瞼を閉じた。 そう言えば、とふと思った。一回もあのグラウンドに足を進めていない。 行きたくはなかった。思い出すとまた胸が抉られるから。 なのに、俺の足はグラウンドの方へ向っていた。この期に及んでまだ俺は許しを請いたいのか。 今はまだ授業中だが体育をやっているクラスはないようだ。俺はグラウンドの土を踏んだ。 懐かしい、じゃりっという音。太陽が土を焼いている。土の匂いがする。 ほら、早く投げろよ鈴。なんだ理樹、こんな球じゃミジンコだってとれるぜ。真人、いくら暇だからって筋トレはするなよ。謙吾、ナイスプレイ。 そう、言ってやりたかった。まだまだやりたいことが沢山あった。もっと楽しみたかった。もっと。 ピッチャーマウンドに立つ。そこに落ちてた石ころを拾い上げた。振りかぶって投げる。ストライク。 石ころはキャッチャーをすり抜けて土手を越えていった。 もう、どうでもいい。何も考えたくない。俺はグラウンドを後にした。 それからというもの、俺は何も考えないことにした。部屋に閉じこもってひたすら寝ていた。夢の中ならあいつらと一緒だから。楽しかったあの時に戻れるから。 夢の中は楽しかった。いつまでもあの時間を続けていられる。 『筋肉マン参上!!』 『きしょいんじゃぼけー!』 今日の夢は真人が主役らしい。スーパーマンになってみんなを助けている。 食堂でみんなと一緒に飯を食べる。真人と謙吾はバトルを繰り広げている。おいおい、騒ぐのは大概にしとけよ? 他愛もない話をして自分の部屋に戻る。明日はどんなミッションをしようかとわくわくしながら寝る。 目が覚める。時計を見ると午後1:00だった。それが現実に戻ってきてしまったことを示していた。 早く眠りたい。俺にはこの現実は厳しすぎたんだ。もう少しぐらい夢を見たっていいだろう。 しばらく目を閉じていると、やがて睡魔が襲ってきた。 目が覚める。時計は午前7:00を示していた。楽しい時間の始まりだ。 俺はわくわくしながら学校に向かった。今日はどんなミッションをしようか。 学校に着いた。だがおかしい。人通りがない。まさか今日は祝日だったのだろうか。 そんなことを考えていると、理樹たちに会った。 『よう理樹。どうしたんだこんな朝っぱらから』 『恭介、話があるんだ』 『話?』 『まぁとりあえずこっちに来てよ』 そういって理樹たちはグラウンドの方へ歩き出した。空は厚い雲で覆われている。 『で、話ってなんだ』 『野球しない?』 理樹はそう言うと俺にバットを投げてきた。理樹や真人や鈴はすでにグローブを持っている。 『なんだ、そんなことか』 そう言って俺はバッターボックスに立つ。 ピッチャーは理樹、サードに鈴、ファースト謙吾、キャッチャー真人。 『じゃあ行くよ』 そう言うと理樹は振りかぶった。第1球。 それは驚くべきスピードでキャッチャーミットの中におさまった。 『・・・な』 『次行くよ』 第2球。俺は全力で空振った。空を切る音が虚しく響く。 『くそっ』 理樹がこんな球を投げられるとは思わなかった。 『ねぇ恭介。なんで恭介が僕の投げた球を打てないか解る?』 そういう理樹の顔は今にも泣きだしそうだった。他のやつらも同じような顔をしている。 『なんで恭介は変っちゃったのさ』 『それは、お前らが・・・』 理樹は振りかぶる。第3球。俺はバットを振りもせずに見送った。 『僕たちは恭介のそんな姿は見たくないよ!』 理樹はもう泣いていた。 『俺たちはいつまでも友達だ。そうだろ恭介?』 真人は自分が持っているボールを俺に渡した。 『あとはお前の問題だ。頑張れよ』 ボールを渡した瞬間、真人は消えた。存在感が虚脱した。 謙吾が近付いてきた。 『俺たちにここまでさせたんだからこれからはしっかりしろよ。恭介がそんな調子だと俺たちまで調子が狂うんでな』 俺の肩をグローブで優しく叩くと、そのままどこかに消えてしまった。グローブだけが地面に落ちた。 『なんでだよ・・・なんでだよ!まだもう少し夢を見させてくれよ!』 その後立て続けに叫んだが、何を言ったのか覚えていない。 遠くから鈴が叫んだ。 『ふざけるなー!お前が遊びたいからっていつまでも付き合わされるのはいやだー!』 少しこっちに近づいてからこう言った。 『いい加減元気出せ・・・お兄ちゃん』 ちりん、という音を立てた後見えなくなった。 『じゃあ・・・僕も行くよ』 『待ってくれ、お願いだ!』 理樹の目は赤かったがもう泣いてはいなかった。 『目が覚めたらグラウンドに来てよ』 そう言い残し、消えた。 理樹が消えたとたん、いきなり世界が朦朧となり、俺は気を失った。 目が覚めた。外が暗い。ベッドから体を起こした。 ふと気付くと頬を伝うものがあった。暗くて分からなかった。 俺はグラウンドまで駆けだす。途中誰かに呼び止められた気がするが無視した。 ピッチャーマウンドにはグローブが落ちていた。理樹が使っていたものだ。 グローブには泥がついていた。 俺はグローブを抱きしめて、哭いた。ただ、ひたすら。 俺の命は一人分の命じゃない。何人分もの命を背負っている。 慟哭を越えて俺は歩き出す。あいつらの分も。 [No.223] 2009/07/10(Fri) 20:46:14 |
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