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棗鈴は、マタタビには酔うが酒には酔わない女だった。 笹瀬川佐々美は、マタタビに酔い、酒にも酔う女だった。 二木佳奈多は、マタタビにも酒にも酔わないが、自分に酔う女だった。 「私、死のうと思うの」 「ふーん」 甘い柑橘系のカクテルをくぴくぴと飲みながら、鈴はいつものように佳奈多の戯言を聞き流した。悲壮感が半端ないので最初は騙されたが、これでもう何度目になるかわからない。あまりにも馬鹿の一つ覚えすぎるので、こいつは詐欺師にはなれないだろうな、と鈴はなんとなく思った。 「それで、死ぬ前に未練を残したくないから」 「ふーん」 「貸してたお金、返してくれない?」 「軽々しく死ぬなんて言うなバカ!」 「チッ」 あからさまに舌打ちしてから、佳奈多はビールが並々と注がれたグラスを、ぐいっと傾ける。中身を一気に飲み干して、ぷはぁっと酒臭い息を吐いた。すでに缶が3つは空になっている。 「なぁに、こんなにお酒買い込むお金はあるくせに私に返すお金はないってわけ」 「バカめ。おまえに借りた金で酒を買ったんだ」 「え? なに、じゃあ私、奢ってもらってるわけじゃなくて実はむしろ私が奢ってるってわけ」 「うん」 「最低ね! 最低だわ!」 ぎゃーすと声を張り上げる佳奈多は近所迷惑以外の何者でもないが、鈴の住まいであるボロ部屋はアパートの一番隅っこなので被害は少なめである。ちなみにその隣の部屋が佳奈多の住居だった。 「ん……にゃ……」 早々に潰れて今は鈴の膝を枕にして眠っている佐々美が身じろぎした。 「……もう……食べられませんわ……」 「ベタだわ……」 「ベタすぎてイラッときたから服を剥ごうと思う」 「その考え、イエスよ!」 「あとあれだ。リボン用意しろ、めっちゃ長いやつ」 「包帯でいい?」 「うん」 佐々美が着ていたいいとこのお嬢様ちっくな服は2人の酒飲みの手によってぽいぽいと剥ぎ取られ、しまいには全裸とされてしまった。無駄に几帳面な佳奈多が、白い包帯で佐々美の特に色気のない裸身を際どく包んでいく。 完成。プレゼントちっくに包帯で梱包された佐々美はまあそれなりにエロかった。 「ここまでしてやらないと欠片も色気がないだなんて……ささみ、可哀想なやつ……」 「あなたも大差ないでしょ」 「うっさいんじゃボケ」 鈴はそれきり佐々美には興味を失くしたらしく、ボロい畳の上に放り捨てられている漫画本を適当に手に取ってパラパラと捲り始める。 「ねーねー、そういえばさー」 「んー」 「今日って新歓じゃなかったっけ」 「新歓よりも新刊のほうが大事だからスルーした」 見開きページでドドン! と大きく描かれた主人公の女の子が「わたしのブラスターはリミット108まであるの」と言っていた。『テニスの魔王様』の最新刊である。明日にはブックオフだけど。片付けが面倒なので鈴は手元に物を残したがらない。 「唐突だがかなた、おまえテニスウェアとか似合いそうだな」 「ほんとに唐突すぎるわよ。行かなくてよかったの、新歓」 「あんなもん可愛い女の子を酔わせてうまいことお持ち帰りするのが主目的の低俗極まりないイベントだろ。自衛だ、じえー」 「偏見にも程がある上にあなたそもそも酔わないじゃない。……あ、ふーん。なるほど。なるほどねー」 「っさい! いいからテニスウェア着ろ!」 「どこにあるのよ、そんなもの!」 「ちょっと買ってくる!」 「いってらっしゃい! 車には気をつけるのよ!」 鈴は部屋を飛び出した。 メイトならコスプレグッズぐらいヨユーだろたぶん、と飛び出してきた鈴だったが、10メートルほど疾走したところでとっくに閉店時間を過ぎていることを思い出した。そもそも日付が変わっているので困る。 「このまま帰るのも癪だなー」 ちょっと遠いが、コンビニまで行って酒を買ってくるか。24時間営業万歳。 「ねえちょっと、そこの君」 「ん?」 後ろから声をかけられる。知らない男の声だ。警戒しつつ振り返ると、中肉中背の中年が立っていた。どこかで見たような服を着ている。全体的に青い。要するにお巡りさんだった。 「君、中学生? 高校生? こんな時間にこんなところで何やってるの」 「大学生です」 「うっそだぁ」 お巡りさんはわははと豪快に笑った。人を見かけで判断するとんでもない警官だった。こういうのがいるから冤罪はいつまで経ってもなくならないのだ、と鈴は内心、義憤に駆られてみたりした。口に出す度胸は当然なかった。 「ん……なんか酒臭いけど……」 「二浪したんです。馬鹿だから」 「だから中学生でしょ君。よくて高校生でしょ君。お酒を飲めるのはハ・タ・チ・か・ら」 さすがにキモかったのでキモいと言ってやりたいのは山々だったが鈴は我慢した。鈴は我慢のできる子になっていた。そもそも時期を考えろ時期を4月だぞこんちくしょう一月前まで高校生だったのが大学入ったばっかでそんな変わってたまるかボケェ、と言ってやりたいのは山々だったが鈴は我慢した。途中で噛みそうだったから。 「とりあえず何か、身分を証明できるもの持ってないの」 「ええと」 ポケットの中を探る。ない。胸元を探る。ない。うるさい。勢いで飛び出してきたのでその手のものが全部まとめて入っている財布は当然部屋に置き去りだった。 「ないです」 「そりゃ困ったなぁ。家は? 電話番号とか」 そこです、と指を差すのは簡単だったが、この情けない姿を佳奈多に見られるのは大変遺憾だった。そんなことをするぐらいなら借りた金を返すほうが何倍もマシだ、と鈴は思う。 「わかりません」 「家出かぁ」 そんな中学生とか高校生とかじゃあるまいし。あまりにも面倒なのでもう佳奈多に金返して助けを呼んだほうがいいんじゃないかと心が揺らぐ。しかし考えてみればあの馬鹿もだいぶ酒を飲んでいたし、そもそもとても他人にはお見せできないような格好の佐々美もいるのだった。 正直言って困った。 「んー、とりあえず夜も遅いし。交番まで来る?」 「そうします。カツ丼食べたいです」 「はっはっは。面白い子だねぇ」 どこがだ、と思うだけ。口にはしない。 意味もなく空を仰ぎ見ると、わりと都会っぽいくせに星がけっこう見えた。 「しにたい」 「え、なに」 なんでも、と答えておいた。 [No.230] 2009/07/11(Sat) 00:02:31 |
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