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冷え込む空気に目が覚めた。 「ぅぅぅ」 けれども頭の中には黒いもやがかかったみたいにハッキリしてくれない。ボンヤリするというよりは、頭の引き出しが動いてくれないといった感じだ。 「寝すぎたかな?」 コキコキと首を回す。んっ、と背伸びをする。体の動きは全く問題ない。むしろいつもより軽いくらい。 外を見ると、雪。もう3月も終わりに近いのにチラホラと雪が降っている。 「うわぁ、寒いはずだよ」 ため息が漏れる。せっかく久しぶりのデートなのに幸先が悪い。せめて地下に潜る日だったら天気なんて関係なかったのに。 駅前の広場。季節に似合わない雪のせいか、人通りは全くない。降る雪々は世界を白く染めていき、全ての色を落としていくような錯覚さえ覚えてしまう。 「さむ」 雪の冷たさに手先の感覚が共に溶けゆくような。寒さとは違うモノで背筋が少し冷たくなり、かじかむ手をそっとすり合わせる。 時計を見る。待ち人はまだ来ない。 「理樹くん!」 そう思ってまたため息がでかけた時、そんな声が聞こえて一気に現実に引き戻された。色の無い世界を引き裂くように鮮やかな女性がかけてくる。 「沙耶!」 顔に笑みが浮かぶ。側に駆け寄る彼女を見るだけで世界に色が戻ったみたい。雪の白しか感じられなかった世界は、実は街路樹の緑もあるし店の看板に使われている赤もある。それなのに彼女を見つけられなければ世界の色にも気がつけなかった。 「ごめん。ちょっと遅れちゃった」 「いいよ。そんなに気にしてないから」 そう言うけど、それは嘘だ。そんなにじゃなくて全く気にしていない。例え何時間待たされようとも沙耶が来てくれるだけでいいと思えるくらい、夢中にさせてくれる女の子だから。 「でも寒かったでしょう。とりあえずそこら辺の喫茶店に入りましょう?」 ちょっと心配そうな顔をする沙耶に、頷く以外の行動なんて出来るはずもない。 テーブルの上にはコーヒーが二つ。ついでにチーズケーキも一つ。 「ん〜。美味しい♪」 そしてとても嬉しそうな顔で甘さタップリのそれをつつく沙耶。 「お疲れ様、沙耶」 「あ〜も〜本当に疲れたわよ。上司との駆け引きなんてするものじゃないわ。 せっかく敵対組織を全部潰して、後は地下迷宮の探索をするだけだってのにどうしてああも及び腰になるのかしら?」 うっぷんを晴らすようにチーズケーキをぱくついている。僕にはよく分からない事だけど、組織に所属している沙耶は上に呼び出されて報告をするなんて事がままある。そこで上司とやらと交渉して、学校での活動費やら弾薬の補充やらも捻出しているらしいので無碍にも出来ないそうだ。 「でもまさか、何十階もあるとは思わなかったしね」 「それはそうよ。私だって見たときは唖然としたもの。でもまあ、やるしかないんでしょうけど」 言葉が終わるときにはチーズケーキのお皿の上にはもう何も乗っていない。食べたりなさそうな顔をしていたけど、お代わりはしないみたいだ。代わりに疲れた顔でコーヒーを手に取る。 「優等生としての仮面を傷つける訳にはいかないのは分かるけど、徹夜は勘弁して欲しいわね」 昨日の仕事を思い出したらしい顔をして、沙耶はズズズと音をたてながらコーヒーをすする。ちょっと行儀が悪い。けれどもそんな沙耶も可愛いと思える僕は重傷なのだろう。 「でも、何十階ってあってよかったとも思うのよね」 「え? どうして?」 静かにコーヒーを飲んでいた沙耶だったが、急にそんな事を言い出した。任務を大事にする彼女がそんな事を言うのが意外過ぎて僕は思わず聞き返してしまう。 そして沈黙。穏やかなBGMが流れる店内、僕と沙耶だけしか世界にいないような静寂の中でやがて目の前の女の子は口を開く。 「げげごぼうおぇ」 「だから女の子がげげごぼうおぇとか言っちゃダメでしょ」 顔を真っ赤にしてそんな事を言う始末。反射的に僕はいつも通りのツッコミを入れてしまう。そして沙耶はどうやらそれがお気に召さなかったらしい。顔を真っ赤にしたまま涙で僕を睨みつけて大声を張り上げる。 「ええそうよ、どうせ私なんて女らしくない女よ。任務がいつまでも続けば理樹くんとずっと一緒にいられるよねとか思ったんだからスパイとしても最低ね。滑稽でしょこっげび!!」 急に口を押さえてプルプルと震える沙耶。どうやら最後に舌を噛んだらしい。 そりゃあんだけ長いセリフを何度も言えばたまには舌くらい噛むだろうとか、そんな謎の自虐パフォーマンスもスパイらしくないんだよとか、ありきたりな突っ込みをいれる前に、とにかく沙耶が口にしてくれた言葉が嬉しくて、どんな言葉も口から出てきてはくれなかった。 雪の降る町に出て、どちらとも言わずに手を繋ぎ合う。白の世界に沙耶の手が温かい。 「どこに行こうか?」 「ゲームセンター!」 間髪入らずに返された言葉に、僕は苦笑する。 「いつも通りだね」 「いつも通りよ」 「でも沙耶は昨日徹夜したんでしょ? ゲームセンターに行って体力とか持つ?」 「大丈夫大丈夫。スパイはそんな柔じゃないから」 「じゃあ徹夜くらいで文句を言わなければいいのに」 「理樹くん、何か言ったかしら?」 「いいえなにも言ってませんごめんなさい!」 笑顔が怖かった。それでも僕が謝れば笑顔の種類も変わるし、そのままサクサクと新雪に覆われた町を歩いていく。 吹く風は寒くて、地面に落ちた雪さえも巻き上げる。巻き上げられた雪は冷たい感触を肌に残して消えていく。段々と、体中の感覚が無くなっていくみたいだ。このまま眠りそうな違和感に包まれたまま、けれど沙耶の手に引っ張られるように歩く。 「理樹くん、着いたよ」 はたと沙耶の声で我に返った。軽く頭を振って見上げて見れば、いつも行っているゲームセンターの店先。少しボーっとしすぎたみたいだ。今日はなんだかそういう事が多い気がする。 「ほらほら。つっ立てないで早く中に入りましょうよ。外は寒いんだから」 そんな僕を沙耶はグイグイと引っ張って店の中へ連れて行く。そんな一生懸命な沙耶に僕も軽く笑みを浮かべて、しっかりと足を動かした。 『故障中』 そんな張り紙が張られたユーフォーキャッチャーを目の前に沙耶が崩れ落ちていた。具体的に言うとOTLみたいな感じで。 「楽しみしてたのに、楽しみにしてたのにぃ」 そんなブツブツと言葉を漏らす沙耶は、明らかに周囲の事に意識がいっていない。それを確認すると僕はゆっくりと沙耶のスカートに手をかけてたくしあげる。 沙耶の生足、ホルスターに入った銃、薄いピンクと白のストライプ。うん、沙耶らしくてとても可愛い。 (流石に触ったら気がつかれるよな) そう思いながらもう片方の手で沙耶のぱんつの上からおしりをツンツン。 「ううう。今日の上司の嫌味もこれを楽しみに耐えてきたのに。ユーフォーキャッチャー用に雑費を多めに申請したのにぃ」 反応なし。本当に沙耶は敏腕スパイなのかすごく疑問だ。いや、地下迷宮での罠解除とか他のスパイの無力化とかを見ている僕としては反論の余地はないんだけど。なんというか沙耶は、スパイである時とスパイでない時の落差が激しんだと思う。地下では頼もしい相方で、こういう時は素敵な彼女。だから、こんなアンバランスな彼女だからこそ、僕は彼女のことをこんなにも好きになったのかも知れない。 そう、お尻をツンツンしながら思う。誰もいないからいいけどこれって目撃されたら危ないよね。 とりあえずお尻のツンツンをやめて、たくしあげたスカートを元に戻す。次は撫でまわしてやろうと心に決めて、ポンポンと肩を落ち込んでいる沙耶の肩を叩いた。 「気持ちは分かるけどさ、いくらここに居てもしょうがないよ。たまには他のゲームを楽しんでみようよ。ね?」 「ううううう。これがよかったのにぃ〜」 未練がましくユーフォーキャッチャーの機体に縋りつく沙耶をズルズルと引きずって僕たちは更にゲームセンターの奥へと踏み入れていく。 で。 「あーははははは! 重量が足りないわね、もっと重い方が扱いやすいのに」 とても楽しそうにおもちゃの銃を握り締めてゾンビを撃ち倒していくゲームでは、当然の如く全国ランキングで名前の乗る得点を叩き出し、 「よっ、ほっ、はっ!」 ダンスゲームではリズム感皆無なのになぜかそこそこの点数を着実に積み重ねて、 「うんがー!」 落ちゲーでは開始45秒で負けていた。本当に器用なんだか不器用なんだか。 「だから女の子がうんがーとか言わないように」 肩を落として無意味になりつつある突っ込みを一応入れておく。もちろん沙耶はそんな事なんて関わらずに躍起になって落ちゲーにコインを投入してリベンジに燃えていた。 それを後ろから見ているだけだったけど、僕には回数を重ねるごとに負けるまでの時間が短くなる理由が分からない。 そして夕暮れ。時間を忘れて遊んでいた僕たちは学校までの道を一緒に歩く。夕日は見えるのに空からは雪が降っている、お天気雨ならぬお天気雪に吐く息も冷たい。 「遊んだわね」 「うん、遊んだね」 主に遊んだのは沙耶な気がするけど。そんな野暮な事は言わない。だってそんな沙耶を見て、僕も楽しんでいたんだから。 河川敷の並木道。この時期ではもう桜が咲いていて、雪と夕日と相まってチラチラと幻想的な世界を僕たちの目の前に作り出している。 「綺麗ね」 「綺麗だね」 沙耶の声に僕も頷く。沙耶と同じ事を考えていたのが、どこか嬉しい。そしてまた無言で歩く。嫌な沈黙じゃない、ただ二人で歩く帰り道。こんな時間はきっと、いつまでも続いていく。僕と沙耶が居る限り、いつまでも。 「理樹くん」 「なに?」 「大好き」 「僕もだよ」 交わす言葉は短くて。沙耶の言葉が、なぜか僕の事を不安にさせる。チラリと沙耶を見れば、僕の方を見て笑っていた。満面の笑みだった。 「大好きだよ、理樹くん」 眼尻から夕日を映した涙が零れる。歩きながら、だけど沙耶の言葉と涙は止まらない。 「昔ね、昔。男の子と一緒にこんな景色を見たんだ。夕日と雪、桜の花びらが散っている景色」 「え?」 唐突な沙耶の言葉に、僕の声がつまる。確か、そんな記憶なら僕の中にもある。 「やっぱり。理樹くんはりきくんだったんだね」 「でも違うよ。その女の子は沙耶じゃなくてあやちゃんだったから」 小さい頃の幼なじみだった女の子の名前を沙耶に、今の彼女言うなんてどんな神経だと言ってから気がつく。そんな不安があって沙耶を見るけど、やっぱり彼女は笑っていた。泣きながら笑っていた。 「うん。きっと、だからなんだね。理樹くんにとって私はさ、うたかたの恋人じゃなかったんだ。昔からの知り合いだったから、理樹くんは苦しんでくれたんだね。あの世界から私だけが助からなかったから、それがとても苦しかったんだよね」 「うたかたの恋人なんかじゃないよ、ずっと恋人同士じゃないか。それに沙耶が隣にいるのに苦しい事なんかないし」 「最期にもしも理樹くんがりきくんだったらこの景色をもう一度みたいと思ったんだ。だから、だからそれが叶えられて私は本当に嬉しいんだ」 ダメだ。沙耶との会話が根本的に合ってない。それが悲しくて辛いから、何を言っているのと沙耶に聞こうとした瞬間に、沙耶の手と僕の手がスルリと離れる。 そして僕だけが歩いて行く。沙耶の足は止まっているのに、僕の足だけが止まってくれない。 「不思議な世界だよね。人は想うだけでこんな不思議で素敵な世界を創れるんだね。そこまで理樹くんが私の事を想ってくれるのは嬉しいけど、そこまで私の事で苦しむのは悲しいから」 「ちょ、ちょっと待ってよ沙耶! 僕の足が止まらないんだよ!」 「私は最期に納得してた。けど理樹くんは納得出来なかった。でもね、一人じゃ世界はそこまで完全じゃない。いくら私と理樹くんしかいない世界だって限界は来るんだよ」 嫌な予感が止まらなくて、必死になって僕は足を止めようとする。けれど足は止まらずに前に向かって歩き続けてしまう。なんとか腰と肩と首とを限界まで回して後ろを、沙耶を見る。 僕の後ろで、立ち止まった沙耶はやっぱり笑っていた。そしてやっぱり笑いながら泣いていた。雪が、何も無い白が沙耶と、世界の全てを覆い隠していく。 「沙耶! 沙耶沙耶! くそ、止まれ! 足、止まれ!!」 「無理だよ。ここは理樹くんの世界だけど、それでも少しだけ私の世界でもあるんだから。理樹くんの足を動かし続けることくらいなら、この壊れかけた世界なら出来るんだから」 そのまま、沙耶は白に溶けていく。 「ありがとう理樹くん。もう一度デートが出来て、本当に嬉しかった」 笑ったままで、泣いたままで。沙耶はそう言って、消えた。 「沙耶っ!」 「あん? 鞘?」 「剣の夢でも見てたのか?」 真人と謙吾の声に目を瞬かせる。 「あれ? 謙吾に真人?」 「ふっ。俺の方が先に名前を呼ばれたな。やはり真人より俺の方が友人ランクは高いようだな!」 「くそぅ。オレと理樹の友情はそんなもんだったのかよぅ!」 結構本気で悔しがる真人は置いておいて、僕は首を動かして周りを見る。車の中で、僕たち三人の他は誰もいない。車の窓からは海が広がっているのが見える。 「あれ、ここは?」 「修学旅行先だ。リトルバスターズのな」 謙吾がしたり顔で答える。そして真人は僕が見ている窓から反対側の窓を指さして付け加える。 「ちなみにみんななら先にチェックインしに旅館に入ったぞ。俺達二人はまあ、理樹を起こす兼荷物持ちだな」 反対側の窓を見てみれば、みんなの荷物が車の前に無造作に置かれていた。これから運び入れるところらしい。 「ところで理樹よぅ。鞘ってどんな夢を見てたんだ?」 「鞘って事は当然俺関係だよなっ!」 にこやかな謙吾とは対称に、真人の顔が曇る。そんな二人を見つつ、僕は口を開いた。 「分からない、忘れちゃった。大事な人の夢を見ていた気がするんだけど」 空を見る。セミの最後の鳴き声をBGMに、抜けるような暑い青空だった。どこまでも、現実と夢は違う気がした。 [No.24] 2009/03/19(Thu) 23:01:01 |
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