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all 第29回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/03/19(Thu) 22:35:37 [No.22]
猫? 愛? - ひみつー@5,599byte - 2009/03/21(Sat) 00:28:45 [No.36]
シーメ=キッター (Seemue-Queitier) - 主催 - 2009/03/21(Sat) 00:27:05 [No.35]
ハッピーメーカー - ひみつ@16188 byte - 2009/03/21(Sat) 00:13:00 [No.34]
愛の円環 - ひみつ@12160byte - 2009/03/21(Sat) 00:00:49 [No.33]
愛・妹・ミー・マイン - ひみつ@2585 byte - 2009/03/20(Fri) 22:29:15 [No.32]
愛はある、金がねえ - ひみつ@2802 byte - 2009/03/20(Fri) 19:45:11 [No.31]
変態少女―サディスティックガール─ - ひみつ@15148 byte - 2009/03/20(Fri) 19:35:40 [No.30]
[削除] - - 2009/03/20(Fri) 17:15:10 [No.29]
木漏れ日のチャペルで君と誓う - ひみつ6987 byte - 2009/03/20(Fri) 12:52:28 [No.28]
馬鹿でもいいじゃない - ひみつ@4585byte - 2009/03/20(Fri) 11:52:28 [No.27]
終線上のアガポルニス - ひみつ@20340byte - 2009/03/20(Fri) 10:01:52 [No.26]
正しい想いの伝え方 - ひみつ@17213byte - 2009/03/20(Fri) 01:03:21 [No.25]
幻想への恋慕 - ひみつ@11514 byte - 2009/03/19(Thu) 23:01:01 [No.24]


正しい想いの伝え方 (No.22 への返信) - ひみつ@17213byte

冬、春を迎える季節

それは唐突にやってきた。
「俺は気付いちまったんだ」
恭介のいつに無く真剣な視線が僕の瞳を縫い止めて離さない。
「あの日お前が俺たちを助けてくれた時からずっと思っていたことがある」
放課後、恭介に呼び出されて訪れた裏庭には人影はなく、彼だけがひとり佇んでいた。
もうすぐ冬も終わるのだろう。まだ少し肌寒さは感じるものの風は春の香りを運び、やがて来る始まりの季節を予感させた。
「俺は」
ぐっと、恭介は何かを言いたそうにして、けれど言い留まっている。
どうしたのと尋ねようとして、しかしその場の空気がそれを許さない。言い淀んでいる恭介の瞳には迷いと決意が混ざり合い表情を曇らせていた。
結局僕は何も言わず恭介の言葉を待つ。一番大事なのは彼が彼自身の力で話を切り出すことだと思ったからだ。
それが息を吸うほどの時間だったか、一息付くほどの時間だったかは分からない。
「俺は、お前が大好きだ」
静かにゆっくりと、けれど力強く、真直ぐに僕の瞳を覗き込んでそう言った。
その言葉の意味が理解できて、けれど理解できない。
「僕も恭介のことは好きだよ?」
それがあまりにも僕らはにとっては普通の感情だったからだ。
恭介は僕らのリーダーとして小さいころから一緒で、困った時、迷った時には手を差し伸べていつも最高の結末へと導いてくれた。
その恭介を目標にして、いつか越えてみようと決意してリトルバスターズの新リーダーにまでなることになったのだから。
当然、僕は恭介の事が大好きだ。寸分の迷いもなくそう断言できる。
けれど恭介の瞳に映るのは失望。ふっと、寂しげな、自虐的にも見える笑みがこぼれる。
「違うんだ」
なにが、違うのだろうか。
「俺は、お前のことを愛している。誰よりも、だ」
ひとすじの風が髪を撫でていく。何をどう言っていいのか分からない。どう反応すればいいのかも分からない。
寧ろこれは恭介なりのネタかなにかなのだろうかと考えて呆気に取られ動けない僕を突然彼は力強く抱きしめた。
「俺の傍に居てくれないか」
その瞬間、冗談などではなく、真剣な想いによって紡ぎ出されたのだと理解できてしまった。
でも僕たちは、と吐き出そうと思ったその言葉は喉で詰まる。
目の前にある真剣な恭介の瞳と、力強い彼の腕の中で、迷う事など無かったのだ。
その問いに僕はゆっくりと頷いた。




秋、冷たい雨の季節

しとしとと冷たい雨が無機質な灰色のコンクリートを更に黒く染め上げていく。
その隅に置かれた小さなお墓の前に僕は傘も差さずに立っていた。
この喪失感をよく知っている。それでも泣かないと決めていた。
笑顔で見送りたいと思ったから。泣いてばかりじゃなくて、強くなって安心させたいと思ったから。
だから僕は冷たい雨の中で最後のお別れを告げる。
ありがとう。
さよならは言わない。きっと君はいつだって傍に居るんだ。
いつか、僕もそこに行くことになったらまた合えるかもしれないから。
失うことは悲しいことだ。だけど、出会ったことで得る喜びも僕はもう十分に知っている。
だから、ありがとう。
喜びをくれて。
笑ってくれて。
傍に居てくれて。
出会ってくれて、ありがとう。
一緒に居るだけで楽しくて、ボールを華麗に受け取る姿も、追いかける姿も可愛くて。
本当に、幸せな時間だったんだ。
熱い物がこみ上げる。少しくらい泣いても雨に紛れて分からないだろうか。
いや……ここで泣いてしまったら、きっと止まらなくなるから。だから……。
すっと、横から傘が挿される。誰も居ないと思っていたのに、驚いて見上げる。
赤いTシャツに鉢巻と使い古されたジーパンと言う代わらない姿で、彼はそこに居た。
お互いに何も言わずに、僕は目を閉じる。
ぱんっという真人が手を合わせる音が聞こえた。
無限にも思える黙祷の後、帰ろうと真人に声をかけた。
無言のまま静かな雨の墓地を後に真人の傘に入れてもらいながら歩く。
「あのよ」
真人が不意に歩を止めて遠慮がちに声をかけた。
「あー、何ていえばいいのかわかんねぇけどさ」
ぽん、と大きな真人の手が僕の頭の上に乗せられた。彼の手はこんなに大きかっただろうか。
「泣きたい時に泣ける強さだってあるんじゃねぇか
俺はそれでお前が弱いとは思わねぇ。だからよ、今だけでも思いっきり泣いとけよ
明日からまた元気になる為にな」
その一言で僕の中に抑えていた物が全て溢れ出した。
心の底からずっと抑えていた物が何倍にもなって流れてくる。
「心配すんな。悲しい事があっても俺がまた笑えるようにしてやるからよ」
真人の腕が背中に回って静かに、優しく抱きしめられる。僕はただ静かに何度も頷いていた。




夏、ほとばしる情熱の季節

この試合が終わったら伝えたいことがあるんだ。
謙吾にそう言われて僕は一人、大きな全国大会に足を運んでいた。
リトルバスターズのメンバー全員で行けばいいのにと思っていたのだが謙吾がその提案に珍しく首を横に振ったからだ。
訝しく思った物の、結局最終的に謙吾の希望通り今は一人で来ている。
試合の方は順調に勝ち進み、既に決勝戦が始まる所だった。
今の所結果は2-2で引き分け。この大勝戦で試合の結果が決まるクライマックス。
相手は何度か謙吾を打ち負かしたことがあるほどの腕を持っている。どちらが勝つかなんて分からない。
試合開始、謙吾は果敢に攻めていく。相手の竹刀の軌道を読み、弾き、流し、的確に打ち込んでゆく様は舞の様にも見える。
けれど相手も譲らない。
果敢に攻めてくる謙吾の猛攻を寸での所で全て受け流し、隙あらば打ち込もうと虎視眈々と狙いを定めている。
しかし試合開始早々に防戦一方の相手に対し、謙吾は完全にコーナーへと相手を追い詰め始めていた。
誰がどう見ても試合は謙吾に有利に働き始めていると思った、刹那。
謙吾の太刀に無理やり体をねじ込み押さえつけ、立ち位置を完全に逆転させる。
一瞬の出来事だった。既に謙吾は相手をコーナーぎりぎりへと押さえ込んでいる。
位置が逆転した瞬間、今までの優勢が一気に崩れる。
今までの防御を主体にした攻めと一転、とてつもない勢いで竹刀を繰り出し始める。
既に後退を許されない謙吾はその軌道を何とか留めてはいる物の、誰がどう見ても捌き切れなくなるのは時間の問題に見えた。
そして一瞬。謙吾の防御が、竹刀が、相手の攻撃で僅かに傾く。
「謙吾っ!」
思わず叫んでいた。そんなことでどうにかなることはないだろう。でも、叫ばずに入られなかった。
負けるなと、諦めるなと。
百戦錬磨、無敗の男がこんな事で負けちゃダメだと。
相手の竹刀が面目掛けて振り下ろされる。
それを、謙吾は紙一重でかわす。
足場の無いはずのコーナーで、常人では維持できないような体制で。
そのまま、振り下ろして無防備になった相手の面に一閃。
審判の声と完成が会場に響き渡った。
 試合後はそのまま閉会式及び授賞式に移行するらしく、謙吾はスタッフに導かれて壇上に上がる。
審査員の解説の後にマイクが謙吾に向けられる。
「優勝した宮沢さん、何か言いたいことはありますか?」
いつもなら特に無いとそっけなく返す謙吾だが今日はそのマイクを受け取る。
そして
「理樹、俺はお前を守れなかった」
後悔の滲む声で話し始めた。
「剣の道に進んだのも、俺はお前を守りたいと、思ったからだ。
そして今、こうして優勝することが出来た。だから言おうと思う!
理樹、俺はお前が好きだ。きっとこれからもお前を守り続けてみせる。
だから、俺の傍に居て欲しいっ!」
場内に歓声が響き渡る。理樹、行ってやりなさいと佳菜多さんが壇上へ僕を押し上げた。
「理樹、俺の傍に居てくれるか?」
投げかけられる真摯な瞳と、自信に満ちたその表情に、僕はこくりと頷いた。





頭が猛烈に痛い。恐らく、いや間違いなく精神的な物が原因で。
目の前で西園さんと真人と謙吾、恭介が嬉々として話した妄想が原因である事に間違いはない。
できれば一生忘れたい思い出がここで一気に3つもできてしまった。
なにがどうしてこうなったのか……
原因は恐らく僕にある。修学旅行で事故に合い、それでも完全に復帰を果たした頃僕は鈴の事が好きになり始めていた。
初めはそれが何なのか分からなかった。
随分と社交的になった鈴は異性の注目を以前より大分集めるようになって気が気ではなかった。
鈴の見せる笑顔が特別な物のように感じられて心がざわついた。
それが他人に向けられることをどこかつまらなく感じていた。
いつも傍に居ることで好きになっている事実に気づけなかったのだ。
或いは、気づいていてなお、この関係が壊れてしまうことに恐れ心に封じ込めていたのだ。
紆余曲折を経て、それから1ヶ月後には僕の思いは完全な決意として自分の中で確立していた。
鈴が好き。
想い続けているだけではなくて、ちゃんと好きと伝えて付き合いたいという願い。
だけど今まで僕には告白の経験が無い。何故かその先になると色々できそうな気がしたりしなかったりするのだが、好きですと伝える方法がよく分からなかった。
だから僕は恭介に鈴が好きだと正直に伝えて、情けないながらにもどうすればいいだろうと相談したのだ。
恭介はそれを聞いてお似合いだと思ってたと何故か喜び、止めるまもなくすぐに真人と謙吾にも伝えられ実演をしよう、と言うことになったのだ。
その為には相手役が居なければならないと歩いていた西園さんを捕まえて突発的な愛の告白を試みた所、即座に嘘の告白に見抜かれ罵倒されると共に事情の説明を余儀なくされ、
「女性に偽りの告白をするなど問題外です。自分たちで始めたのなら自分たちの中で完結させなくては。ですが協力くらいは出来るはずです。謹んで承ります」
そう言って断る暇も無くいつの間にか理樹と鈴の仲を取り持とう、僕らのラブラブハンターズ(その時点で命名)に加わっていた。
西園さんが相手になってくれるのかと思いきやその気は無いといわれ、指導をしますという言葉とともに僕の部屋に集ることになった。
指導とはずばり、女心を理解することらしい。
彼女なりに様々な文献を読んだ所、告白はとても大切な物でその美しさ次第で駄作と名作にわかれる、との事だった。
何が相手にとってうれしい言葉で、欲しい言葉なのか知るにはまず女心を理解するしかない。
確かにそうかもしれないと思いはしたが女心を理解するのは簡単でことではない気がする。
ならばまず鈴さんの気持ちで告白を受けてみて、何と言われたら嬉しいかを自分で考えてみてください、と言うことになり何故か僕が告白されることになった。
これは練習といえるのだろうかと疑問に思ったがその一言は西園さんからあふれ出る空気読めオーラと鋭い視線でさえぎられてしまった。
その後西園さんは恭介には情熱的な告白を、真人には慰めながらの告白を、謙吾には努力の末の告白を、という仮想の状況を与え、各々がそれを元に告白方法を妄想して発表することになったのだ。
当然、彼らの物語に出てくる僕の反応も彼らの創作である。

「恭介さんの告白ですが、同姓に対してのどうしようもない想いの高ぶり、そして悩んだ末のストレートな告白……感動しました。ご馳走様です」
「いや、一応僕って鈴の役って設定だよね……」
不穏な解説を聞きながらも、確かに少しどきりとした部分はあった。
恐らく真摯な思いで好いてくれる相手にあんなに情熱的に告白されて心を動かさない人は早々いない、と思う。
「直江さんも顔を赤らめて潤んだ表情を見せ付けるなんて、流石としか言い様がありません。本番も楽しみです」
「いやいやいや、誰もそんなこと言ってないよね!? そもそも本番って何!?」
当然、僕の突っ込みはどれも見事になかったことにされてしまった。理不尽だ。
「春の前って言ったらやっぱ卒業だろ?告白のタイミングなに最高のシチュエーションじゃないか
お互い違う道を歩く事に決まってもずっと一緒にいようと誓い合う二人……やべぇ、理樹、卒業式後は空けといてくれよな!」
絶対空けないよ、恭介……。
それにそれじゃ僕が告白するのは半年以上先のことになるじゃないかっ


「次に井ノ原さんの告白ですが……見直しました。
男性としての男らしさ、強さが気丈に振舞う直江さんを優しく包み込む。
普段の井ノ原さんとは一味違うギャップを味合わせてくださいました。
今まで井×直は無いと思っていましたが率直に、これはありです。美しいです。
普段はボケたキャラをしつつも土壇場では一番かっこよく決める。……これは恭介さんの特権だと思っていたのですが、素晴らしかったです。
語りすぎない所も美しいとしか表現しようがありません」
何だ、俺ってそんなに凄いのかと喜んでいる真人が今は何より遠い存在になってしまった。
でも確かに真人と居れば毎日が楽しいし、一見ただの筋肉馬鹿と思われている節もあるけれどその中にある優しさも、頼りがいも近くで見てきた僕はよく知っていた。
いや、だからといってときめいたりはしない。……しない、はずだ。
「ところで、これは何をイメージしたのでしょうか」
確かに真人にしては情景描写や設定がきちんとしているように思える。
「いや、だって理樹が鈴の設定なんだろ?だから猫を埋めてみた」
鈴に知られたら殺されるよ、真人……。


「最後に宮沢さんです。どう攻めてくるか心配でしたが王道でしたね。
何かを達成した時、人は強くなれます。しかもその理由も、実は彼の為にあった。
かつて宮沢さんは直江さんを救えなくて、それをずっと後悔していて、強くなろうと決めた。
そうして傍らに居ながら強さを目指し、自分という存在に納得できた今、告白する。
とても感動的なストーリーでした」
うっとりと恍惚な表情を作る彼女が今は西園さんに見えない。それに、
「ちょっと待ってよ、謙吾が剣道を始めたのは僕らと出会う前からなんだけど」
「……これはただの予行練習で妄想ですよ、直江さん」
その一言にようやく自分が墓穴を掘らされた事に気づく。
「そもそも呼称を決めるのは面倒だったので、そのままの名前にさせてもらったのですが……直江さんはもしかして本物の告白をして欲しかったのでしょうか」
ぐさぁっと何かが突き刺さる。そんな訳は無い。無いったらない。
「そ、そんな訳無いじゃないか、そもそも僕は鈴と」
鈴と付き合いたいんだ、しかしそう高らかに宣言するより先に恭介が全てをぶち壊す。
「俺はお前のこと、愛してるぜ」
何かを言おうとして、結局何を言ったらいいのか分からず声にならない悲鳴を上げる。
それを横で西園さんが、告白されて悶える直江さん……ありですとノートに何かを書き込んでいた。
いい加減にぼけないでよね、と冷や汗をかきながら恭介に文句を言おうとして、ずいっと真人が前に出る。
良かった、真人はきっと僕の気持ちが分かるはずだ。
「てめぇ、理樹は俺のものだ、恭介なんかに渡すかよ」
高々と宣言すると僕の前で何かから守るように両手を広げる。どうしちゃったんだ真人は。君はどこへ行こうとしてるんだ。何を目指しているんだ。目指す物は筋肉だけで十分じゃないか。それだけでも有り余るというのに。
「大丈夫だ、理樹。お前は俺が守る。俺の言葉は全部本気だぜ」
ごめん真人、真人がもう遥か遠い存在に感じるよ。届かないくらいに。
真人と恭介が視線をぶつけ合う最中、やれやれとばかりに謙吾がため息をついた。
そうだ、謙吾ならこのメンバーの中でも一番の良識派だ。この場も納めてくれるかもしれない。
「お前たち、いい加減にしないか。理樹が困ってるじゃないか」
謙吾、ありがとう。君だけはまともだとずっと思っていたよ。いつかどこかで聞いた、守るという謙吾の言葉が胸に響き……
「それに、理樹は俺の物だ、いやっほぉぉぉぅ!」
轟音とともに崩れ落ちた。ダメだこいつら、早く何とかしないと。
その横を西園さんが三つ巴の略奪愛、大いにありですと更なる恍惚とした表情で見とれている。
はじめから誰かに頼るのが間違いだったのかもしれない。
鈴への想いはずっと胸の中にあったのだから、ただそれを伝えればよかったのだ。
まだ心の整理は付かないけれどきっとすぐに言える日も来る。
よし、と自分に気合を入れて立ち上がる。とりあえずこの3人は放置しようと思ってドアに向かうと、3人分の声がハモって僕の名前を呼んだ。
「「「俺たちの中で、誰の愛をとるんだ!?」」」
「いやいやいや、要らないから。もう勝手にやってて」
言い残してドアに手をかけるその瞬間、全身を嘗め回すような寒気と悪寒が襲った。
「ほう、勝手に、か」
「いいじゃねぇか、じゃあ誰が一番初めに理樹のハートを攫えるかだ」
「そういうことなら任せとけ、理樹、俺が一番初めにお前を連れてバージンロードを歩いてやるぜっ」
そして凍りつく時間と、沈黙。3人が全員本気なのがよく分かる。だって、幼馴染だから。
ばたん、ドアを開けて即座に鍵を取り出し閉める。
すぅっと深呼吸、僕は思い切り校舎を目指して走り抜けた。
その背後から3人がドアに突進してぶち破る音が聞こえてくる。
余りにも非常識だ。幸い3人が邪魔しあってくれているおかげで差が縮まる事は無いものの、開くことも無い。
恐るべし身体能力の高さ。
「「「理樹っ、俺を選べ!」」」
「ひぃぃぃぃぃっ」
時には跳び、或いは投げ飛ばされ、力強く地面を蹴り、時には声を上げながら迫ってくるその様はさながらB旧ホラー映画のゾンビだ。
本気で泣きそうになりながらも渡り廊下を曲がり裏庭を駆けてグラウンドに向かう。
グラウンドに差し掛かる曲がり角を抜けると少し先に見慣れたポニーテールと小さな体、鈴の姿が見えた。
鈴の方も騒々しさに気付いたのか振り返るなり追われる理樹と追いかける3人を見て目を丸くする。
「お前ら何してるんだ」
まるで台所に時々現れる黒くてかさこそして時々飛ぶあれを見る様な目でもつれ合いながら転がり込んでくる三人を一瞥する。
確かにその様はその道の人のようにさえ見える。
「うるせぇっ、理樹は俺のもんだ、鈴、てめぇなんかに渡すかよっ」
「勝手なことをっ、理樹はこのロマンテック大統領たる俺の物に決まっているだろうがっ」
「はっ、お前らわかってねぇな、一番ドキっとさせたのはこの俺だぜ?だったら俺の物に決まってるだろう、な、理樹!」
三人ともその場で俺の物だ俺の物だと罵り合っているのを鈴が心底嫌悪感を込めた冷たい視線で見下ろした。
「何か知らんがお前らきしょい」
全くその通り。けれどその言葉に3人が揃って鈴をにらみつける。一瞬、鈴もひるみかけて、けれど持ち前の気丈さから睨み返す。
「鈴、こいつは真剣な話なんだ、部外者は入ってくるな」
恭介が限りなく真剣に、けれど不真面目な事を平然と言ってのけたが、それにも鈴はひるまない。
「うっさい、大体理樹をどうするつもりだお前ら」
「俺たちは理樹が好きだ。愛しているといっていい。だが、理樹の愛を手に入れられるのは一人だけだ。それが分かったら邪魔をするな」
高々と宣言する謙吾を見て、鈴はひぅっと声にならない悲鳴を上げて完全に目を丸くする。
「本気で、言ってるのか」
「当然だ、だからそこを退くんだ」
そのまま暫し思案するそぶりを見せて、構えた。
「想像した。お前らみんなきしょすぎる……それに」
すっと、鈴の体が前に出る。そのまま脇腹目掛けて踵をふりぬく。
ぐふっという謙吾のくぐもった声が聞こえるとそのままばったりと倒れた。
「理樹はあたしのだ、お前らなんかに渡すもんか。お前らなんかより、ずっとずっとあたしの方が理樹のことが好きだっ」
叫んで、理樹へと手を差し出す。
「理樹はあたしの事、嫌いか?」
僕の目の前で、今何が起こっているのだろうか。起こっていることがわかっても、理解が追いつかない。
だけど僕は答えなければならない。その答えも、ずっと昔に決まっていたのだから。
「大好きだよ、鈴。本当は僕から言おうとしたんだけど……ずっと前から、誰よりも大好きだった、僕と、付き合って欲しいっ」
何より慌てていたし、咄嗟の事だから気の効いたことなんて何もいえなかった。ただありのままの感情を伝えただけだった。
それでも一瞬の間の後、聞こえてきたのは甲高い、けれど優しい鈴の音だった。聞き間違いなのではないだろうかと勘ぐってしまう。
しかし目の前の鈴はふわりと、今まで見たことが無いほど喜びに満ちた笑顔を満面にたたえる。チリン、と鈴の音がもう一度鳴った。
「いこう、理樹。こんな馬鹿どもは放っておいて」
「うん」
差し出されたその手を僕は掴む。そうして自然と笑顔がこぼれた。
僕たちはそのまま手を繋いでグラウンドの先へと駆けて出した。



「全く、転ぶぞあいつら」
それが見えなくなるまで見送って、満足そうに目を細める。
本来なら修学旅行が終わる時にそういう関係になっていることを望んだのだが、余りにも理樹が鈍感すぎた。
それでも今は二人がこうしてともに手を取り合っている。
「ミッションコンプリート、幸せにな」
日を追う毎に風は熱を伴い、見上げた空は青く、蒼く澄んでいく。
どうか願わくば。
二人の未来がこの大空のように晴れ渡っていますように。
そう願って空を見上げた。夏はもう、すぐそこまで来ている。

「くそう……理樹っ!俺はお前が大好きなんだーーーっ」
約一名の頭の中を除いて。


[No.25] 2009/03/20(Fri) 01:03:21

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