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○●○●○● 耳をすませば、心臓の音すら聞かれてしまうのではないか? そう思わせるほどの静かな夜だった。 時計を見る。午後九時半。 眠るには早いが、これからなにかやるには足りない。そんなあいまいな時間。 謙吾と真人は、競うようにロードワークに行っちまったし、鈴はリトルバスターズの女性陣に拉致――いや、お泊り会にさそわれていった。 つまり、ふたりっきり。 理樹と。 いや、べつにそれはいい。いままでも何回かあったことだから。 前は理樹の秘密を暴露させたり、逆に俺の秘密を共有したりとなかなかに楽しい時間だったのをおぼえている。 だがいまはどうだろう? 気まずさに何度も座りなおしながら、全台詞をおぼえるほど読みこんだマンガを流し見ているだけ。飽きたので後ろから読んでみたり、逆さまにして読んでみたりする。面白くなかった。 理樹のほうはというと……西園ご推薦の小説を読んでいた。 ときどき、我慢しきれないといった風の忍び笑いが聞こえる。左手で口元を隠し、肩をふるわせて。 おだやかでけがれを知らない笑顔に、思わず俺の口元もほころんだ。 俺が笑ったのを感じたのか、理樹の顔がこちらを向いた。 ふれあう視線。 内心の動揺を押し隠し、「よう」と片手をあげてあいさつ。「よー」と、笑顔で返してくる。 「……恭介、ひまなんだね?」 「そう見えるか?」 「本。逆さまだよ」 「おおほんとうだきづかなかった」 はあ、とため息をついて「しょうがないなぁ恭介は」と理樹はつぶやいた。 なんだか『かまってほしくてさりげないアピールをしていた』と取られてしまったらしい。不本意だ。 しかし完全に否定できるかというと……否定できないな、うん。俺は黙っている。 理樹は今まで読んでいたところにしおりを挟むと、四つんばいで寄ってきて、俺の隣に座りこんだ。 「じゃあ、なにして遊ぼっか?」 「…………しまった。考えてなかった」 トランプ、ジェンガ、UNO、麻雀、人生ゲームに野球盤……この部屋に持ちこんだおもちゃ類を瞬時に脳裏に思い浮かべるが、どれもぴんとこない。 というかどれも、ふたりっきりじゃそんなに盛り上がらない。なら罰ゲームでもつけるか? 負けるたびに脱いでいくとか……。 腕組みをしてうんうんうなっていると、理樹はポケットからさっきの小説を取り出した。 「決まったら教えてね」 本を開いて、しおりを本と指の間で押さえて読みはじめる。俺と一緒になにして遊ぶのか考えてくれないのか。そんなに面白いのか。 横目で理樹を見る。 男にしては長いまつげ。吸いこまれそうにきれいな目。つつくとマシュマロの触感がしそうな頬。うすい唇は青みがかったばら色で。 ときどき猫のように目を細め、控えめに笑う。さらさらの髪が揺れた。電灯を浴びて、天使の輪のように光っている。 「なに?」 「いや……そんなに面白いのか? それ」 「うん。不良の男の子と普通の女の子の恋愛物なんだけどね、とっても面白いんだ」 「ふーん……どれどれ」 理樹の手元の小説を見る。必然的に顔が近づいた。体温が上昇する。 「途中からじゃわからないんじゃない? 気になるなら、僕が読み終わったあと貸すけど?」 「問題ない。俺はマンガの途中の巻から読んでも楽しめるからな」 「いやいやいや……最初から楽しもうよ……」 「これはこれで面白いぞ? ここにいたるまでの経緯とかを想像しながら読むと、わくわくするからな。たとえばこれ。さしずめ、主人公がヒロインと付き合うために、ヒロインの父親と野球で対決してるんだろ?」 「しかも合ってるし……恭介って無駄なことに才能を発揮するよね」 「へへっすごいだろ?」 「いやいや、ほめてないから」 「なんだとうこいつ」と理樹の頭をぐしゃぐしゃぐしゃーとかきまわす。「やめてよー」なんて言いながらも、俺の手を振り払うことはしない。 「いいから理樹、次をめくってくれ。続きが気になる」 「ちょ、そんなに押さないで、恭す……痛たっ」 とっさに身を引いて理樹を見る。腰を少し浮かせて、お尻をなでていた。 フローリングに薄いカーペットを敷いただけだから、押しつけて痛くしちまったらしい。俺は座布団を使っているからそれほど痛くないが。 「すまん理樹。大丈夫か?」 「うん。平気……」 「この座布団使うか?」 「それだと恭介が痛くなっちゃうでしょ……そうだ」 どうしようかと思った矢先、理樹が妙案を思いついた顔で寄ってくる。 俺の前に立ち、くるりと背を向けて、 「なっ……!?」 ぽすん、とあぐらをかいた俺の足の上に座った。 「これでお尻痛くないし、恭介も本読めるでしょ?」 「り、りき……」 「――懐かしいね。昔よく、こうやって一緒にマンガを読んだよね」 そういえば、こんなこともしてた、か? そうだ、思い出した。みんなでお金を出しあって一冊の週刊誌を買って。誰が最初に読むかでケンカして。結局みんなで顔を寄せあって読んでたな。 ……だが。あのころのように純粋には楽しめない。それは俺が変わってしまったから、なのか? 理樹がそばにいる。俺の腕のなかに。それがこんなにも俺の心を揺さぶる。 理樹はどうなのだろう? 理樹の顔を見る。リラックスした表情。背中の俺が、こんなにも動揺しているなんて考えてもいない。 ……ふわりと、甘いにおいがした。どこかでかいだことのあるにおいだと思っていると、寮のシャワー室に常備してあるシャンプーのにおいだった。理樹の髪から、そのにおいがしていた。俺もみんなも同じものを使っているというのに、理樹からただようにおいだけが、心を惑わせる。 理樹の髪のにおい。理樹の、におい。もっと、もっとかいでいたい。心の熱が上昇する。ダメだ、こらえろ。無理だ。俺は理樹の髪に鼻を、 「ねえ、恭介」 「――!!??」 息をのむ。 理樹は本を閉じて、こちらを振り向く。 「本、つまらなかった?」 理樹の肩が、胸にあたっている。 俺の心を射抜くかのような目を覗きこめば、驚きに染まった俺の顔。 吐息が、俺のあごをくすぐって。 いたずらっ子のように、目を細めて。 青みがかったばら色の唇を、舌でかるく湿らせてから、理樹は、言った。 「それじゃあ、僕と、あそぼ?」 がつん、と頭を殴られたかのような衝撃。 頭が真っ白になる。 理性の糸が、上昇した熱で焼き切れる。 もうダメだ。 何も考えられない。 理樹以外目に入らない。 理樹のそばにいたい。 理樹がいればいい。 理樹が欲しい。 理樹が、理樹が理樹が理樹が! 吐息と吐息が交わる距離。 手を伸ばす。 ふれる。 マシュマロのような。 磁石のように惹かれあい――。 ふれ合う、唇と唇。 「恭しゅんむっ!?」 離れた口を、もう一度ふさぐ。 離さない。 起こしかけた上半身を、左腕だけで抱き寄せる。開いた右手で、理樹の後頭部をおさえる。 技術も、技巧も、思いやりもなにもない、自分の唇を押しつけるだけのキス。 ただあるのは理樹への想いだけ。 ――理樹がいとおしいという想いだけだ。 時が止まればいい。 むしろ俺が止めてやる。 ただずっと、理樹の唇を感じ続けるために。 ○●○●○● 「私はいままで、お二人をどうやって絡ませようか、そのことばかり悩んでいました」 「…………」 「しかし、途中経過も大事だと気づいたのです。今回はいかにして直枝さんが恭介さんに溺れるようになったのか――いわばきっかけ、プロローグの部分ですね。……いかがですか?」 「……西園さん。それを僕に見せられても、どうしていいのかわからないよ」 「…………」 「…………」 「…………、興奮とか」 「し、しないよっ」 [No.268] 2009/07/23(Thu) 23:54:14 |
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