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all 第29回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/03/19(Thu) 22:35:37 [No.22]
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愛はある、金がねえ (No.22 への返信) - ひみつ@2802 byte

 そういえば白熊って見た事が無いな。
 鈴はそんな事を考えていた。
 湯船の淵に顎を乗せて理樹がだれている。
 微温湯の中でしばらく動く気配もない。
「動物園」
「……うぃ」
 顔をこちらに向けようともしない。
 瞼は閉じたままで、それでも返事があったので鈴は満足した。
「行きたい」
 白熊を見て虎を見てゴリラを見て出来ればカンガルーも。
「ゾウさんならいるよ」
「もういらんわ、そんなの」
「酷い」
 ゆっくりと浮上したゾウさんは、ゆっくりと潜水していった。
 迂闊にも可愛いと思えてしまった事が鈴には屈辱だった。
 見慣れたものは要らない。
 ここには見慣れたものしかない。
 見慣れたものでも良いのだろうか。
 見慣れないものは少し怖い。
 とはいえ、退屈だ。
 例えばここで手を取り合い浴室を飛び出すと、そこはあるいは綿菓子の花園かもしれない。
 見渡す限り綿菓子の地平が広がっていて、歩き難いったらない。
 だから転がって進む。痛くない。楽しい。
 お腹が空いたので一口含むと喉が渇いた。
 何処かにジュースの出る蛇口はないかと虹色の太陽に尋ねてみると、トイレはあちらですと返ってきた。仕方がないのでそちらへ向かうと理樹が笑っていて、全部ごっくんしてっと腐った発言をしたので、鈴は殴った。
「痛いっ! なに、なんなの、鈴?」
「うん、ちょっと妄想してただけだ」
「唐突だね」
「妄想は何時だって唐突だ」
「そんな行きたいの?」
 またゆっくり浮上してくるゾウさんを無視して、鈴はかぶりを振った。
「別に」
「嘘。声が拗ねてる」
「理樹には分かるのか」
「一応、分かってるつもり」
 そこでようやく理樹がこちらを向いたので、思い切り唇を尖らせた。
「こっち見んな」
「可愛い」
「そんなの知ってる」
 何度も言われたから。
 しかし、全然飽きない自分に鈴は気付いた。
 むしろもっと言え。
 そんな事、口には出来ないけれど。
「遊びに行きたい」
「動物園に?」
「綿菓子の花園」
「何処?」
「知らない」
「知らないところへ行きたいなんて、詩的だね」
 そう表現されると、無性に面倒くさいもののように思えてしまった。
 よくよく考えてみれば、知らないところへなんて行きたくない。
 なんだか、何もかもが面倒くさくなった。
「手、繋ぎたい」
「唐突だね」
「欲求は何時だって唐突だ」
「何処か、遊びに行こうか」
「何処まで行ける?」
「二人分合わせればジュースくらいは買えると思うよ」
「理樹は嘘吐きだ」
「嘘じゃない。部屋中探せば百円玉くらい落ちてるよ、きっと」
 財布を落とした大馬鹿者の戯言を鈴は溜息で向かえた。
「落としたんじゃない。飛んでいったんだ」
「青い鳥」
「それは鈴だよ」
 微妙に不快な喩えだったが、どうせ深い意味はないのだろう。
「で、どうする?」
 手を繋いで、二人で歩く。
 ゆっくりとした足取りで。
 遠くは無い、見慣れた場所へと向かって。
 それも良いかもしれないが、そうでなくても良いやと鈴は納得した。
 倒れるようにして湯船に飛び込む。
 湯が溢れて排水溝へと流れていった。
「……ゾウさん、見たくなった」
「どうぞ御自由に。鈴限定で、入場料はタダだよ」
「虐待してやる」
「猫いじめたら怒るくせに」
「ゾウさんはにゃんこと違う」
「同じように可愛がってあげよーよ」
 軽く、唇を合わせる。
 愛はあるが金が無い、そんなとある休日の一コマ。


[No.31] 2009/03/20(Fri) 19:45:11

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