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キィンと甲高い音をあげて白球が高く空を舞う。 「んにゃ!?」 「おーっほっほっほ。ソフトボール部次期エースにかかれば趣味で野球をやっている人なんてこんなものですわ!」 「思いっきりファールだけどね」 ――そう、川の方向へ。 「しかも打率2割程度でそこまで威張られても」 「うるさいですわよ、直枝さん」 「それにボールも数が少ないんだけどね。あれじゃあ川に入っちゃうよ」 「うるさいって言ってるじゃないですの! そもそもあっちの方に飛ばしたのはわたくしの本意じゃありません事よ!」 「こらっ、ささみ! 人のボールを景気よく飛ばして文句を言ってるんじゃない!」 バッターボックスの佐々美とマウンドの鈴、そしてキャッチャーマスクをかぶっている理樹がグタグタと言い合いをしている間にもボールはどんどん川の方向へ伸びていく。それを見送るのは途中で追うのを諦めた恭介。 「こりゃロストボールだな」 ボールの行く先に何の障害物もない事を確認してやれやれ目をつぶって空を仰ぐ恭介。またボールの数が減ってしまうとなると、そろそろリトルバスターズのメンバーから部費という形でお金を徴収しなくてはいけない頃なのかも知れない。なんせ勝手に遊んでいるだけなので、使っているボールなども野球部の物を勝手に拝借していたり、恭介の伝手で手に入れたものばかりなのだから。 そうして万が一の可能性があるかも知れないと目を開いて改めてボールの行く先を確かめてみる、と。 「あーはっはっはっは! そうよね、そりゃあそうよね。願った通りの世界になるんだもの、タイムマシンくらいあったってぎゃぁ!」 いつの間に現れたのか、髪を二房に分けて白いリボンで高笑いをしていた少女の後頭部に当たって、カィンと恭介の方に跳ね返ってくるボール。 恭介の気のせいである可能性が低いであろうとても軽いボールのぶつかった音がしたのはさておいて、頭にいきなり後頭部に衝撃をくらった少女は、そのまま川に豪快な音と水しぶきをあげて飛び込んでいった。いや、飛び込んだという表現はおかしい可能性が無きにしもあらずだけど。 そしてそのままプカーと川の流れに乗っかってどこまでも流れて行く少女。うつぶせになって流れていっているので少女の呼吸がとても心配だ。 「えーと」 少女が唐突に現れるという神秘的な現象を目の当たりにして、更に変な笑い声をあげたと思ったら頭にボールが命中したあげく、桃太郎よろしくドンブラコッコドンブラコッコと今なお流されていく少女に上手くリアクションがとれない恭介。 「――彼女は川の流れに乗って、どこまで行くのだろうか……?」 「そんな事言ってる場合じゃないから恭介。早くあの子を助けないと」 遠くから理樹の、結構冷静そうな大声が飛んでくる。ちなみに川の流れでめくれたスカートから見えたそれは、銃だった。女の子でそれはどうなんだろうと思わなくもない。 幻性少女 「わふー。つ、冷たかったです」 犬よろしくプルプルと体を震わせて体についた水滴を払い落しているのはクド。機敏に川に飛び込んで女の子を救出した功労者は冬の寒空に凍えていた。 「クド、大丈夫?」 それを気遣った理樹は上着を脱いで、クドの濡れた服の上から羽織らせてあげる。一瞬だけ現状を理解できなかったクドだったが、理解すると同時に顔が真っ赤に。 「リリリ、リキ!? ダダダダダダメですよ、リキの上着がわふーです!」 「あ、うん。肝心の所がわふーでよく分からなかったけど、言いたいことはなんとなく分かったつもりだよ。けどそのままだとクドが風邪ひいちゃうから。上着は洗えばすぐ元通りになるけど、クドが風邪をひいたら大変だからね」 理樹の幼子を諭すような言葉にわーだのふーだとボソボソと言っていたクドだったが、やがて顔を真っ赤にしてコクンと頷いた。クドの小さな体には大きい理樹の上着で体をすっぽりと包み、ひくひくと鼻を動かして理樹の匂いを嗅ぐクドに一部から羨ましそうな視線が注がれるが、当然彼女はそんな事に気が付ける精神状態にあるわけじゃない。 「まあそれはいいとしてだ、この子をどうするかだな」 来ヶ谷はクドの様子にガン見しながらデレ顔で真面目な口調で言葉を切り出す。少女は野球の練習に巻き込まれただけの被害者なのだからしっかりと考えなければいけないのは当然の話である。ちなみに少女は美魚が救急用に何故か用意していた毛布にくるまれて気持ちよさそうに御就寝。濡れたままでは風邪をひくと、服を来ヶ谷に脱がされた後なので実は毛布の中は全裸だったりするのだが、まあそこはどうでもいい。 「こっちの過失ですからね、キチンと誠実な対応を取るべきかと思います」 「誠実な対応といってもな、目を覚ましたら平謝りっていう選択肢しかないんじゃないか?」 「もちろん謝るなきゃ〜。けど、その間ずっと野球をやっているっていうのは不誠実だと思うな」 美魚、謙吾、小毬が口を開く。それを皮切りに話はどんどんと続いていく。 「ん〜。じゃあどうしたらいいんだ? 目が覚めるまでコイツの側に正座して待っているのか?」 「鈴はそれをやりたい?」 「やりたくないな」 「ってかグダグダ言う前に保健室とかに連れて行った方がいいんじゃないですかネ」 「そうですわね。いくらなんでもこの寒空の下で毛布一枚というのは問題かと思いますわよ」 そこでクシュンと可愛らしいくしゃみがあがる。みんながそっちの方を見れば恥ずかしそうに顔を赤く染めたクドの姿が。そりゃ全身ずぶ濡れなのに上着を一枚羽織った程度で冬の寒さがしのげる筈もない。 「決まりですね。この子も気を失っているみたいだし、保健室に行きましょうか?」 「よっしゃ、運ぶ役はこのオレの筋肉に任せておけ!」 「毛布一枚の女の子をお前が運ぶなぼけー!」 ばきぃと鈴のハイキックが真人の首に決まる。 「はい、すいませんでした」 「はっはっは。真人少年はエロエロだなぁ。あいにくとおねーさんは君のような可愛らしさの欠片もないような人にエロいサービスをする気はないが、脳内でならば自由にエロエロな事をすればいい」 「うおおおおお! エロ筋肉って言うなぁー! エロと筋肉を合わせるとそれは筋肉じゃねぇんだよぉーーー!」 「ちなみに、エロでもないと思います」 「って言うか誰もエロ筋肉なんて言ってないですよネ?」 ひょいと少女をお姫様抱っこした来ヶ谷の言葉に頭を抱えて暴走する真人。そして一応つっこみを入れてあげる心やさしい美魚と葉留佳。 そんな騒がしい所から少しだけ離れた所に立っている、いつもは騒ぎの中心にいるはずの人物に気がついた理樹が彼に近寄っていく。見れば恭介は真剣な顔をして何か手帳のようなものを凝視していた。 「恭介、どうしたの? その紙は何?」 「これか? あの女の子の生徒手帳だ。ちょっと気になる所があってな」 「……恭介、女の子の脱いだ制服を漁ったの?」 「い、一応言っておくが上着の胸ポケットに入っていたからな。スカートとかには手を触れてない」 「…………ふぅん」 ジト目の理樹から逃れるように生徒手帳を理樹の眼前にかざす。 「とにかくだな、ちょっと名前を見てくれ」 「名前?」 恭介の言う通りに名前を覗き込んでみれば、そこには朱鷺戸沙耶という文字が。 「朱鷺戸、沙耶?」 どこか聞き覚えのある名前に首を傾げる理樹。思い返してみれば少女の顔もどこかで見た気がしてならない。もしかしたらどこかで会ったのかもと必死になって頭を動かす。同じ学校の生徒なのだから、もしかしたら掃除当番とか運動会とかで知り合った人なのかもしれないと。 「ああ、学園革命スクレボの主人公の名前だ。しかも顔までそっくりなんだ!」 「……………………ああ、スクレボ」 一瞬で理樹の顔から興味の色が失せた。そんな理樹に気がつかず、いや気が付いているのかもしれないけど、理樹とは対照的に恭介はテンションを一人でどんどんとあげていく。 「そうなんだ、スクレボなんだよ! もしかして彼女は漫画の世界から飛び出してきたとかそういう話か!? くぅ、楽しみだぜ!!」 「僕はそういう発想をする高校3年生の将来がすごく楽しみだけどね」 「何を言う理樹、ロマンを亡くしたら人間終わりだぜ?」 ニヒルに笑う恭介だがしかし、この場でそういうセリフが出てくるのもどうかと思う。 「ま、とにかく話は保健室に行ってからだな。もうみんな先に行っちまってる」 その言葉に理樹は振り返るが、すでにリトリバスターズのメンバーの姿は見えない。もうとっくに校舎の中に入ってしまったのだろう。寂しい木枯らしが抜ける中でぽつりと恭介が呟いた。 「しかし薄情な奴らだな。一声かけてくれたり待っていてくれてもいいのにな」 「女の子の制服を漁って荷物を勝手に見る奴にかける言葉なんてないわぼけー!」 鈴のハイキック。恭介に74のダメージ。 「それに冷えた体を早く火照らしたいという少女が2人もいるのに、待つなんて選択肢がある訳もないだろうに」 「確かにね」 保健室の前でようやく追いついた恭介と理樹だったが、かけられた言葉はそんなものだった。正論過ぎる言葉に理樹は苦笑いしか出来ない。 その他に濡れているクドをからかう葉留佳にそれを止めようとしている小毬、黙ってみている美魚。更に何故かケンカしている謙吾と真人、鈴と佐々美にと話が全然進まない状況になっているので、代表して理樹が保健室のドアを開ける。っていうかもしかしたらこの調子だと、しばらくここでたむろっていた可能性も無きにしも非ず。引き戸を引くだけなのに、何故後続が来るまで時間を潰さなくてはならないのだろうかと疑問に思わないこともないのだが、きっとそこは触れてはいけない部分なのだろう。 ガラガラガラと引き戸を開けてみれば、眼前には不機嫌そうな顔がデンとアップで。 「って、佳奈多さん!」 「あ、お姉ちゃんだ」 「直枝、それに葉留佳じゃない。まあ予想は出来てたけど。 ここは保健室の前です。安眠妨害ですから、騒がしくするなら別の場所でやりなさい」 不機嫌そうなのは眠っている所を騒がしさで起こされてしまったかららしい。注意しようと扉を開けようとしたら先に理樹に開けられてしまったという訳だ。 そして不機嫌そうな顔のままでピシャンと扉を閉める佳奈多。ガチャンという重い音が直後になったのを考えると、どうやらついでに鍵まで閉められてしまったらしい。 「って、ちょっと待って!」 いきなり閉まった扉に思わず理樹が大声をあげた。すぐにガチャン、ガラガラガラという音を立てながら不機嫌さ4割増しの佳奈多の顔が現れる。 「なによ?」 「病人がいるんだって。保健室で寝かしたいから、ちょっと中に入れて」 「それなら保健室の前で騒いでいないでさっさと中に入りなさい!」 佳奈多は不機嫌そうにそう言うと理樹を中へ入れようと促す。 「じゃあ入るよ」 「佳奈多さん、失礼いたします」 「やはは。お姉ちゃん、お休みところすいませんネ」 「佳奈多さん、おっじゃましま〜す」 「失礼します」 「まあこの暑苦しい筋肉が入れば保健室も一気に温かくなるってものさ!」 「なんだとぅ、暑苦しさでこの俺が負けるものか!」 「なんで保健室に入るのにかなたに挨拶するんだ、ばかかお前ら」 「先客がいればその人にキチンと挨拶をするのは当然の事でしょうに」 「そういう物なのか?」 「その通りだ鈴くん。ついでに正しいマナーはきものを脱いで入るからな。では実践してみよう」 「字面に騙されそうだけど、実際口にして騙されるバカはいないからな、来ヶ谷」 「うむ、残念だ」 「うっるさーい! 保健室では静かにしなさーーーい!!」 わらわらがやがやと保健室に入り込んでくる総勢12名に、当然のごとく佳奈多の雷が落ちた。 「なるほど。つまり野球の練習をしていたらその女の子の頭にボールが当たって、女の子が川に落ちてしまった。それを助ける為にクドリャフカが川に飛び込んだから、2人分の服と女の子が目覚めるまでベッドを貸して欲しいと、そういう訳ね」 「まとめるとそうなるね」 「その説明をするのに十何分もかけないでよね、本当」 勝手知ったるなんとやら。事情を聞いた佳奈多は保健室を走り回って必要な物を用意していく。ちなみに沙耶はベッドの上で気持ちよさそうな顔をして眠っていたり。 「で、クドリャフカ。その男物の上着は何?」 「これですか? 川からあがって震えていた私にリキが貸してくれたのですっ!」 「ふぅん。直枝が、ねぇ?」 「ちょ、佳奈多さん、何か怖くない!?」 「気のせいよ」 「ところでお姉ちゃん、寝てたんじゃないの? もう眠らなくていいの?」 「このままあなたたちに任せていたらあと何分かかるか分かったものじゃないでしょう。それにあれだけ騒がれたら眠気なんてなくなるわよ」 テキパキと体操服を取り出して休む準備をしていく佳奈多。そして体操服を取り出す段になってはたと手が止まる。 「ねえ、その女の子、サイズはなに?」 「さあ?」 首を傾げる理樹。まあ普通知っているはずもない。 「「M」」 の、だが。何故かこの場に知っている人間が2人いた。2人が2人とも普通ではないので不思議なことでは全然ないのだが。 「えっと、棗先輩に来ヶ谷さん。一応聞いておきますが、その情報源はどこから?」 佳奈多がすごく嫌そうながらも代表して問いかける。その言葉に顔を輝かせて答える恭介。 「ああ、さっき名前を確認した時に生徒手帳を見せて貰ったんだが、そこに書いてあった。 それより何より沙耶と言えば体操着はMだろ!」 「……えっと、直枝。通訳を」 「この子の名前は朱鷺戸沙耶って言うんだけど、それを調べる為に恭介はプライパシーの侵害をして勝手に生徒手帳を覗いたんだよね。 そしてスクレボって漫画の主人公にそっくりだからってこんなにテンションがあがっているんだ」 「きっしょきっしょきっしょ! お前漫画のキャラクターのそういう個人情報まで覚えているのか!」 「ちなみにMなのは沙耶がMだからという説が有力だ」 「きっっっしょ!!」 妹に地球外廃棄物質を見る目で見られる恭介だが、それはさておいて次に視線が向けられるのは即答したもう一人の人物、来ヶ谷。 「それで来ヶ谷さんはなんで分かったんですか?」 「なんで、だと? 愚問だな、佳奈多くん。私が一目見れば、その女の子の全ての個人情報を知れるは常識じゃないか」 得意満面と言った様子で言いきる来ヶ谷に、流石の佳奈多も疲れた表情を隠せない。 「そんなうすら寒い常識を作らないでください、そんな訳ないじゃないですか」 「……佳奈多くんが何歳から一人で布団の中、はぁはぁしていたかというと。7月19日。年は――――」 「やめてぇ! 信じます、信じますから!!」 「はっはっは。おねーさんに勝とうなんて100年早い」 真っ赤な顔で物凄い大声で言葉を遮る佳奈多に、高笑いをする来ヶ谷。佳奈多がちらと理樹を見たかも知れないのは、偶然なのか偶然ではないのか。特にその現場を見てしまった妹としては激しく気になる今日この頃。 「と、とにかくMですね。クドリャフカはSSでしょ。早く着替えなさい」 「あ、はい佳奈多さん。ありがとうございます」 はぁはぁと荒い息のままクドリャフカに近づいて、体操服を手渡す佳奈多。丁寧にお辞儀をしてそれを受け取り、奥の人目のつかない方へ行くクド。 「じゃあ今度は朱鷺戸の服を着替えさせな、きゃ……」 「あ」 それは誰の声だったのか。クドに体操服を渡した足で沙耶の所まで行った佳奈多は誰が止める間もなく沙耶の体を包んでいた毛布を取り外してしまった。まさかその下が全裸だと思っていなかった佳奈多は思わず固まってしまう。つまり必然、沙耶の裸体は全員の視線にさらされる事になり―――― 「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」 ――――硬直する一同の中、不気味な笑いが保健室に木霊した。 「胸ですか胸なんですか胸なんですね? 鈴さんより小さいバストで身長を考慮すればクドリャフカさん以下、つまり最貧乳である私への挑戦なのですね、その露わにされた胸は」 「あー。とりあえず落ち着こうか、美魚女史」 かちゃりとライトセイバーを装備しながら壊れた笑いを続ける美魚に、引きつった笑いをした来ヶ谷が一応止めに入る。だがその手にレプリカマサムネが握られている時点で、彼女の中では未来予知が完了しているのかもしれない。 案の定、ギギギと油が切れた人形のような動きで来ヶ谷の、特に一部分を見た美魚の瞳が怪しく光る。 「はっ! あなたに何か言う権利があると思っているんですか、この巨乳がぁ!! まずはその全生徒中最大乳から切り取ってやろぉわぁ!!」 「み、みおちゃんが壊れた!」 「ふむ、私は貧乳も萌えだと思うが、それはさておき挑まれた勝負は受けなくてはなるまい。私が買ったら今晩君は私のオモチャだぞ!」 「姉御が理不尽な交換条件を突き付けて勝負を受けたぁ!」 バトルスタートだ。そんな恭介の口から出たり出なかったり。 本格的な殺陣を中心にお祭り騒ぎの状況になっている保健室だが、毛布をはぎ取った下は全裸だった事から始まり、こんなハイテンションに慣れていない佳奈多だけはずっと固まっているまま。 「――ん。何よ、うるさいわね……ぇ?」 沙耶に覆いかぶさり、布団を剥いだ恰好のままで。しかもその片手には体操服。下にいる沙耶は全裸。 「ええええええええええ!? 起きたらいきなり百合ワールド! 私はちゃんと時間移動が出来たんじゃないの!?」 「ちちちちち、違う違うのよ朱鷺戸! 色々なすれ違いがあっただけで私が好きなのはちゃんと男の子で、だけど女の子っぽいし実は女の子もありなのっ!?」 新しい世界の扉を開けかけている2人だった。片方は別の世界の扉をしっかりと開けていたりはするのだけど。 「私は百合は賛成だな。佳奈多くん、バナナ貸そうか?」 「ゴメン。ちょっと来ヶ谷さん、黙って」 騒ぎが一段落して。美魚に辛勝した来ヶ谷だったが、地面に這いつくばる少女がバナナでお願いしますと言ったらバナナもキュウリも常備していると即答した来ヶ谷。その2人はとてもいい顔でサムズアップ。そんな事はさておき。 「なあ、朱鷺戸。お前がスクレボの主人公とそっくりなのはどういう事だ?」 「いや、恭介。それもどうでもいいから」 真顔の恭介にとにかく疲れている理樹。それでも沙耶の方をしっかりと見て、リトルバスターズのリーダーとして頭を下げる。 「あの、さ。まずは朱鷺戸さん、ゴメン。野球のボール頭に当てた上に川に落としちゃって」 「あははは、いいのよ。私と理樹くんの仲じゃない」 ビキィィィという擬音付きで空気が固まった。その爆弾発言のおかげで、照れた顔をした沙耶のそれに気持ちよかったし発言には誰も気が付いていない。 「ちょ、少年! そんな面白そうな事を私に無断で!?」 「し、知らないからそんなに迫って来ないでよ来ヶ谷さん! 朱鷺戸さんもいい加減な事を言わないで!」 「朱鷺戸なんて他人行事的な言い方じゃなくていいって。いつもみたいに沙耶♪って呼んでいいわよ」 「♪、だと?」 来ヶ谷の顔がなんとも形容しがたい表情を形作っていく。そしてその顔のままでギロリと理樹を睨みつける。 「今は私との仲とかそういった事はどうでもいい。とにかく一回沙耶♪と言ってみろ理樹少年!」 「たんをつけてもいいですよ。沙耶たん♪といった具合に」 「実践してくれてもやらないから!」 美魚まで乗ってきた。段々分が悪くなってきた理樹は大声で拒否をする。チッとか2人同時に舌打ちした辺りに彼女たちの本気具合が表れていたが、理樹はそれにつっこみを入れて地雷を爆発させるような事は奇跡的にもしなかった。つっこみ的には退化したが人間的には成長した証だろう。 「で、朱鷺戸さん。いい加減話を進めるけど、どういう事?」 「どういう事って、理樹くんこそどういう事?」 お互いにキョトンとした時間は一瞬。すぐに沙耶はポンと自分の頭を軽く叩いて、てへっと可愛らしく舌を出した。 「きしょ!」 「あ、そっかそっか。過去に来たの忘れてた」 鈴のつっこみはスルー。スルーしざるを得ないような爆弾発言を沙耶がしたから。その言葉に一番反応したのは当然というか、恭介。目がこれまでになくキラキラァと輝いている。 「過去に来た!? って事は何か、スクレボはタイムスリップ要素があるのか!?」 「ええ。地下に眠っていた秘宝ってタイムマシンと細菌兵器だったのよ。私はそのタイムマシンに乗って過去に来たって訳」 さらっとネタバレをしまくっていく沙耶だが、ふと首を傾げるのは真人。 「で、その漫画のキャラが理樹となんの関係があるんだ?」 意外な程核心をついた言葉に思わず固まる沙耶。 「ま、前は私と理樹くんはパートナーで恋人同士だったのよ!」 「理樹に恋人が出来たっていう事は聞き捨てならねぇがそれはともかくとして、なんで理樹が漫画のキャラと付き合えてるんだ?」 ごまかそうとするが、全く真人らしくないブレの無さで追及の手は緩まない。 「そ、それは……」 「それは?」 「…………」 「…………」 「私が知るかぁー!」 「逆ギレかよっ!」 「ああそうよ、理樹くんと付き合った事とか初めては中庭でとかそういった事はちゃんと分かるし、自分が漫画のキャラクターだって事も理解してるのに何で現実に居るのとか全然分かんないのよ。自分の事もロクに分からない、ターゲットである秘宝も勝手に使う。こんなスパイは滑稽でしょ、滑稽だと思ってるんでしょ。笑いなさいよ、笑えばいいじゃないのよ。あーっはっはっはっは」 怒涛の自虐を言いまくる沙耶。なんて言えばいいのか分からない。 「おお、伝説の自虐パフォーマンスをまさか生で見られるとは!!」 「喜ぶなぁー!」 「ファンに喜ぶなって言う方が無理だ!」 恭介だけはしっかりと対応出来ていたけれども。 一回叫び合いが落ち着くと、直前までのハイテンションは何だったと言わんばかりの落ちつきっぷりで恭介が厳かな口調で言う。 「まあ今ここに朱鷺戸がちゃんといるんだからいいじゃないか。むしろ俺的には突然朱鷺戸が現れたのを見たわけだから、時間旅行とかしたとか言ってもむしろ納得だぞ」 「恭介がそういうなら深く考えないが……」 腑に落ちないといった感じで言うのは謙吾。恭介に逆らわない方がいいという奴隷根性はこんなところまでしっかりと染みついていた。 「それはまあいいとして、本当に漫画の世界から飛び出してきたのならこれから彼女はどうするの? 戸籍とか無いんでしょ?」 「あ、それは大丈夫。あてがあるから」 「流石敏腕スパイだな」 佳奈多の問いにさらりと答える沙耶。そんな彼女に恭介が嬉しそうに感心していた。彼女の頭の中で、どうせあやの戸籍があるしとか思っているのは彼の夢を壊さない為にも、知られない方がいいだろう。 「そういった細々とした事はおいといてね」 こほんと小さく緊張をほぐすような咳払いをする沙耶。そうしてそこにいる全員、一人一人の顔をしっかりと見ながら、笑顔で口を開く。 「私も仲間に入れて!」 葉留佳並みの脈絡のない言葉だった。どうしたら脈絡のある言葉になるのかは分からないけれども。 いきなりすぎるその言葉にどう反応していいのか分からず、来ヶ谷や恭介まで固まってしまい、変な沈黙が保健室を支配する。その空気に段々と笑顔が曇っていく沙耶。視線は助けを求めるように理樹の方へ。他のみんなも沙耶につられて視線は理樹へ。 なし崩しに全員の視線を集めてしまった理樹はと言えば、少し落ち着かないとはいえどもそれだけだった。直前まで一緒に騒いでいた事を思えば答えなんて決まっている。 理樹は不安そうな沙耶にむかって片手を差し出した。かつて、恭介にその手を差し出されたように。いつか、誰かにその手を差し出したように。むかし、少女と繋いだ手をまた繋ぐ為に。 「よろしくね、沙耶」 「――うん、またよろしくね。理樹くん」 差し出された手を沙耶な握り返す。不安そうな顔を花がほころぶ様な笑顔に変えて。 結ばれた二つの手を見て。沙耶は思う、理樹も思う。その場にいる全員が思う。みんながきっと同じ思いを胸に抱いているだろうと思いながら、想う。 なぜ、これが幻なのだろうと。 心のほとんどが温かいもので満たされていると感じながら、全員が絶望の欠片を幻のような儚さで、けれども確かにその想いを抱いていた。 [No.313] 2009/08/07(Fri) 23:01:10 |
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