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まぶたを透かして射し込む光に鼻の奥をくすぐられ、ようやく自分が揺れていることに気付いた。 ゆさゆさ。心地よい怠惰に埋もれた俺自身が掘り出されるのに合わせて、感覚が外へと繋がっていく。 ――きて、おきてよきょうすけ―― ああ、この声は。まぶたは縫い付けられたかのように開かないが、愛と勇気と根性があればうっすらと持ち上げることくらいは出来る。まあ実際に縫い付けられたわけじゃないしな。 そして、からからに渇いた喉をなんとか湿らせて、微笑みとともに言葉をかけた。 「おはよう、理樹。あと5分寝かせてくれ」 もちろん生真面目な理樹がそんな怠惰を許してくれるはずもなく、俺は布団と言う名の鎧を剥ぎ取られ、睡魔との闘いを始めることになった。 「ほら、馬鹿なこと言ってないで顔洗ってきなよ。途中で寝ちゃったらまずいんじゃないの?」 ベッドの上で身体を起こしたままぼんやりと様子を見ている俺の横で、小言と言う名の攻撃呪文を繰り出して睡魔の体力を削りにかかる理樹。だが今回の睡魔は中ボスクラスらしく、あまり効果は出ていない。 「甘いな理樹。俺は小中高と入学式のたびに熟睡してきた男だ。もちろん会社の入社式でもパーフェクトを狙う」 うつらうつらと舟をこぎながら親指を立てる。そこで半分閉じた視界に映る理樹の髪型がいつもと違うことにようやく気付いた。そのことを理樹に問うと、お下げに編んだ髪を弄びながらはにかんだように、 「鈴にやってもらったんだ。……似合うかな?」 とうつむき加減に俺を見た。 「あ、ああ。似合ってるぜ」 その視線に睡魔もろとも打ち抜かれ、気の利いたことも言えずに頷くしかできなかった。俺は義妹相手に何をうろたえているんだ。 すっかり目が覚め、一張羅のスーツに着替えると一階へと降りた。まあ、着替えるときに朝のお約束的な一悶着はあったが、俺のディスカッターが云々とか思い出してもあまり楽しくはないのでもう忘れた。 食卓には既に朝食が並べられていて、ベーコンとパンの焼けた香ばしい匂いが漂っていた。 「あ、おはようお兄ちゃん〜。朝ごはんできてひゃわっ!?」 サラダが山盛りになった器を抱えた小毬が、キッチンから顔を出した瞬間に俺の視界から消えた。小毬が抱えていたボウルが斜め上向きの力を与えられて、回転しながらゆっくりと放物線を描く。いや、ゆっくりと見えるのは時間の流れが遅いからだ。気付いた瞬間に時間の流れは素の速さを取り戻し、宙を舞ったボウルはその先に座っていた人物の頭にすっぽりと被さった。 「あ……」 ボウルを被った、いや被せられた少女はため息のような声をぽつりと漏らす。 「お早うございます、お兄さん」 「「ノーリアクションっ!?」」 思わず理樹と同時につっこんでしまった。 「ほわぁ!み、美魚ちゃんだいじょうぶ〜?」 「どうした小毬ちゃん!ばか兄貴がなんかしたか!?」 顔面から床にダイブしたのだろう、おでこを赤く腫らした小毬と、その悲鳴を聞きつけてキッチンの奥から飛び出してきた鈴、そして入り口で突っ立ったままの俺を順番に眺めた美魚はふむ、と呟いて。 「お兄さんのせいでこんなに濡れてしまいました。責任を取ってください」 「何その思わせぶり過ぎるセリフ!?」 つっこみありがとう理樹。俺はうっかりドキッとしちまってつっこめなかったよ。 誤解を解き、サラダを片付け、美魚が着替えを終えて皆で食卓についたころにはもう遅刻ギリギリの時間だった。 「いただきます……ごちそうさま!行ってくる」 「こら、ちゃんと噛んで食え!」 鈴の声を背中で聞き流しながら家を飛び出す。「うひゃっ!?」誰かにぶつかりかけ、よろけた相手を慌てて抱きとめた。 「悪い、大丈夫か?」 「危ないじゃないかこんちくしょーっ、ておにーさん?」 ああ、葉留佳だったのか。至近距離で顔をつき合わせて改めて挨拶を交わす。 「悪かったな。遅刻しそうで急いでたんだ」 「あ、そーいや今日が入社式でしたっけ。やー、おめでとーおめでとー」 「おう、サンキュ」 お互いに微笑を交し合う。和むぜ。お隣さんどうしのコミュニケーションは大事だよな。だが、そんなあったか空間は長くは続かない。俺の背中に絶対零度の声が掛けられた。 「変態。3秒待つわ。葉留佳から離れなさい3210」 「「早!?」」 お互い慌てて突き飛ばすように離れ、勢いあまって葉留佳は思い切り尻もちをついちまった。 「痛っ、たたたー」 「突き飛ばすなんて最低ね。最低」 「悪い。わざとじゃなかったんだが……」 手を貸して葉留佳を立たせながら謝るものの、彼女のお姉さまは未だお怒りを解いていないと見え、小言で追い打ちをかけてくる。 「もう社会人なんですから、少しは落ち着いた振る舞いというものを見せてください……恭介兄さん」 顔を背け、囁くような声で付け足したひとことに、俺と葉留佳は思わず顔を見合わせた。 「な、何よふたりとも」 「別に」「何でもないですヨ?」 とぼけながらも顔がにやけてしまうのは抑えられず、それに伴って佳奈多の目もきりきりと釣りあがっていったので俺は早々に逃げることにした。 「お早う」 佳奈多たちとのじゃれあいで思いがけず時間をロスしてしまい、駅までの道を全力疾走していた時だ。軽快なエンジン音が俺の背後に迫り、聞き覚えのある声がかけられた。 「は、はっ、よう、お、はよう」 スーツでのダッシュにさすがに息が上がっていて、最小限の挨拶しか返せない俺に、原付にまたがった唯湖がスカートをはためかせながら併走する。 「先ほど家に寄ったのだがもう出かけたと聞いてな。追いつけてよかったよ」 「そっ。わっ、あ、なっ」 「『そうか。わざわざありがとうな』?いやいや、例には及ばんさ。鈴君たちの顔を見るついでに恭介氏へお祝いを述べようと思っただけだからな」 「なっ。おっ、よっ!?」 「『なんだ。俺はおまけかよ!?』?はっはっは、冗談さ。そう怒るな」 唯湖は断片的な言葉から俺の意図を読み取って会話を成立させている。大したもんだ、まともに喋るのはさすがにきついから助かる。ただ、微妙に速度が合わず、先に行ってしまいそうな唯湖を追いかけなきゃいけないからそれはそれできつい。 「ちょ、すっ、おっ」 「どうしたんだ急に。『ちょー電磁スピニングバードおっぱい!』?強いんだか弱いんだかよく判らん技だな。というか朝からそんなことを考えているのか?」 考えてねぇっ!?ちょっとスピード落としてくれって言っただけなのにそれじゃただの変な奴じゃないか。言い方が悪かったんだろうか。 「スピっ、おとっ!」 「違う?『HAHAHA!この間スピリチュアルカウンセラーに、俺の背後霊は池袋の乙女ロードで凝り固まった腐った思念だって言われちゃったんだ★』……すまん、何と言っていいか、かける言葉が見つからん」 「そりゃ俺のセリフだっ!!」 どう考えても長すぎるだろうが。しかもHAHAHA!ってどこから出てきたんだ。つかそれ以前にワザとだろ意味わかんねぇ!?つっこみたいことは山ほどあるのに、今の一言でもう全力は使い果たしちまった。悔しさでヤケになりスパートをかけた俺は、唐突にスピードを落とした唯湖を簡単に追い越してしまった。 「どこに行く、もう着いたぞ?」 予定より5分も早く駅に着いた俺は、かなり情けない顔になっていたと思う。 駅で唯湖と別れ、ホームで電車を待つ列に並んだ俺は、時間を確かめようと携帯電話を開いた。全力疾走の間にメールが来ていた。 「お兄様はろーなのです!本日はお兄様の入社式だとお聞きしましたので、ひとことお祝いをしたいと思いメールしました。ほんとうはお電話で言いたかったのですが、朝のお忙しい時間ではお邪魔だと思いましたので。 お兄さん、入社おめでとうございます。こんぐらっちゅれーしょんなのです!」 にやけながら携帯の画面をじっと見ている俺はきっと怪しい男だろう。けれど遠く離れても兄と慕ってくれる女の子からのメールなんだ。にやけちまうのは仕方ないさ。 ホームへと電車が滑り込んでくる。ドアが開く前から超満員だ。俺は携帯を閉じると静かに気合を入れた。 今日から新しい戦場に乗り込むんだ、この程度で怖気ついてなんていられない。 愛する妹たちのためにも。 [No.321] 2009/08/08(Sat) 00:15:48 |
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