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夏の昼下がり。人影が一つ廊下の一角に立っていた。 「はぁー」 陰鬱な表情で深く溜息を吐き、少女――古式みゆきは胡乱気に上を見上げた。 ――何故こんなところに自分はいるのだろう。 そこには屋上へと続く階段がある。 ……いや、あったと言うべきだろう。 階段の先は封鎖され、誰も表に出入りできない状況だった。 「っ」 不意に右目が痛んだような錯覚を覚え、みゆきは思わず手を当てた。 その手に最近体の一部として馴染んでしまっている眼帯の感触を感じ、抱いていた陰鬱な感情を更に増幅させた。 「どうしてなのだろう」 今度は声にしてみゆきは疑問を口にする。 考えたところで分からなかった。気づいたらここにいたと言うのが正しいのだ。 無意識というのは怖いとみゆきは思う。この場所はずっと忌諱していた場所なのだから。 「……?」 ふと何かの気配を感じみゆきは後ろを振り向いた。 みゆきの暗い色を帯びた金色の左の瞳は一人の女生徒を捉える。 (誰だろう?) 見覚えのない女の子だった。 滲み出るほんわかとした雰囲気が幼いイメージを与えるが、たぶん同じ学年の生徒だろう。 けれどみゆきとの面識は全くない。おそらくただ通りかかっただけなのだろう。 (ああ、でも先ほどの独り言、聞かれてしまったのかしら) みゆきは一瞬不安になるがすぐにその感情は冷める。 何故ならそれはどうでもいいことなのだから。 それに暗い表情で独り言を呟く人間に声をかけてくる酔狂な人間などいないだろう。 そう思い彼女の存在をなかったものとしてみゆきは階段へと向き直ろうとした。 「……あの」 「え?」 だから向こうから声を掛けられて酷くみゆきは驚いた。 「なん、でしょうか」 「え?あ、えっとねぇ、何してるのかなぁって思って」 「はぁ」 とりあえず尋ね返してみた返答はこれと言って目新しいものではなかった。 どうやら目の前の生徒は酔狂な部類の人間だったのだろうとみゆきは判断した。 ならばもうこれ以上構わないで欲しいと考え、冷たく言い放った。 「いえ別に。ただ階段を見ていただけです」 「そ、そう」 「……あの、用がないならもういいでしょうか」 拒絶。 辛辣だとみゆき自身感じてはいたが改める気はなかった。 元々それほど重きは置いていなかったが、あの日からみゆきにとって人との関わりは本当にどうでもいい事柄に成り下がっていた。 だからこれで女生徒が不快な気持ちを感じようがみゆきは何の感想も浮かばないだろう。 「うっ、て、手強いよ~。でもここで諦めちゃダメだよね……ようしっ」 けれど女の子は僅かに怯むだけでなにか気合を入れ始めた。 その様子にこっそりとみゆきは溜息を吐く。 「えっと、えっと、もしかして屋上に出たいのかな?」 「いえ、別にそういうわけではありませんが」 理由があってここに来たわけではないのだ。 なにより屋上に出ればあの一件を思い出さずにはいられないだろう。 わざわざそんなことをするメリットはみゆきには全くなかった。 「うーん、でも前は行けたけど今は塞がれちゃってるんだよね。だからこのまま上っても屋上には出れないんだよ」 「はぁ……」 みゆきが否定の言葉を口にしているのに全くそれを気にしていないようだ。 というよりみゆきが原因でここが塞がれたと知って皮肉を言っているのだろうか。 無邪気な顔でもしや黒い人?などと一瞬想像する。 「うーん、どうしよっかなぁ」 本当に困ったような表情で悩み始める。 「いえ、別に構いませんから」 というか放っておいて欲しい。それがみゆきの偽ざる気持ちだった。 けれど当然というか、女の子は構わず言葉を続ける。 「ダメですよ。あんな深刻な顔で階段を見上げていたんだから説得力ないよ」 「いえそれは……」 全くの誤解なのだがそれを説明するのは難しく、みゆきはすぐにそれを放棄した。 はっきり言って面倒だというのが理由だ。 もう流れに任せてもいいかもとすらみゆきは思い始めていた。 「うーん、なんとかしてあげたいけど見ず知らずの相手を誘うのもおかしいし」 「はぁ……」 「…………そうだっ!お友達になればいいんですよ」 いいアイデアとばかりに女の子はポンと手を打つ。 「はい?」 急な展開にみゆきは頭がついていかなかった。 それも当然といえば当然か。女の子の言葉は全く脈略がないように見えたのだから。 「だから、お友達になりましょう。……ってことでお名前は?」 「え?えっと古式みゆきです」 尋ねられて思わず正直にみゆきは答えてしまった。 すぐ後悔するが後の祭り。 「みゆきちゃんか~。私は神北小毬って言います。気軽に下の名前で呼んでくれると嬉しいな」 みゆきが答えたのを聞いて女の子、いや小毬は嬉そうに名乗ってきた。 「小毬さん、ですか?」 「うんうん。小毬ちゃんとかでもおっけーですよ」 「い、いえ、それはいいです」 さすがにそこまで気軽には話しかけられなかった。 というよりみゆきのこれまでの人生の中で、下の名前で人の名前を呼ぶこと自体珍しい事柄だった。 「うーん、そっか残念。でもこれでお友達だね」 「……えっと、何故お友達なのでしょうか」 「え?お互い名前を知ったんだからお友達でしょ」 不思議そうに小首を傾げ逆にみゆきは尋ねられてしまう。 「……えっと」 そういうものなのだろうかとみゆきは頭を悩ませた。 何か違うような気もするが小毬の態度に自分が間違っているような気持ちにみゆきはなってきた。 とりあえず。 「……私ごときが友人を名乗るのはおこがましいと思うのですが」 「えー、そんなことないよ。みゆきちゃんはお友達だよ」 反論をしてみるが軽くかわされる。 いや、すでに数年来の友人のような態度を取られ大いにみゆきは戸惑ってしまった。 「けどこれで招待してもおっけーですね」 「招待?」 なんのことだろうかとみゆきは首を傾げる。 すると種明かしとばかりに小毬はポンと手を合わせ笑顔で答える。 「はい、そうですよ。実は今までお友達を何人か屋上にご招待してるんですよ」 「え?」 『屋上』という言葉に思わずみゆきは尻込みする。 「だから、みゆきちゃんも屋上にご招待するね」 「え?いえ、えと……どうやってですか?屋上は塞がれているのでしょう」 あまりの展開に焦るがとりあえずそれだけでも確認しようとみゆきは尋ねる。 招待と言ってもその手段がないように思える。 すると何故か小毬は胸を反らし自信に満ちた表情でポケットに手を突っ込んだ。 「ふふふっ、ですよ。実はこんなモノがあるんだよ」 「それは?」 「じゃーん、ドライバー」 なるほど。確かにそれは小型のドライバーだ。 でもこれで何をするのだろうとみゆきは首を傾げた。 「ふふ、付いてきてー」 「え?小毬さん」 屋上に向かって階段を上り始めた小毬を追ってみゆきも続いた。 そして――。 「ようしっ、到着」 あまりにもアッサリと封鎖を解き、小毬とみゆきは屋上へと降り立った。 「……」 しばしみゆきは呆然。 先ほどの小毬の行動を思い出し、あんなにも簡単に屋上に出れてしまうのかと呆れていた。 「……小毬さん」 「ん?なあに?」 「私、少し貴女のことを誤解していたようです。……まさか不良だったとは」 「ふぇえ?違うよ~」 涙目になって反論してきたがどうにもみゆきは信じられなかった。 まあ仕方ないだろう。先ほどの封鎖を解く手際はあまりにも手馴れすぎていたのだから。 「うー、違うのに~。………コホン、とりあえずどうですかここに来た感想は」 気を取り直して小毬はどう?と尋ねてきた。 「そう、ですね」 抜けるような青空。さんさんと照りつける太陽。 「……暑いですね」 「や、そうじゃなくて~」 みゆきの答えに不満だったのか、泣きそうな顔で小毬はみゆきの顔を見つめる。 「はぁ」 言いたいことはみゆきも分かっている。 この景色はきっとひじょうに気持ちのいいものなのだろう。 みゆきもあの件がなければ、いやそもそも右目を失っていなければ晴れ晴れとした表情で気持ちいいと言えただろう。 けれど今のみゆきにはこの光景を楽しむ余裕は持ち合わせていなかった。 「いい景色だとは思いますよ」 だから無難にそう告げるしかなかった。 「……そっか」 小毬もそれ以上何か言うことはなく、隣でジッと青空を見上げていた。 「そうだ、みゆきちゃん」 「……はい、なんでしょうか」 しばらくして小毬が話しかけてきた。 帰ろうとでも言うつもりなのだろうかとみゆきは思った。 けれど彼女の答えは180度違うものだった。 「お菓子を食べませんか?」 「え?」 「今日はワッフルとドーナッツを中心に持ってきましたー」 驚くみゆきを尻目に小毬はどんどんと準備を始める。 そして気づいた時には日陰にレジャーシートを敷き、魔法瓶とお菓子が広げられていた。 「いつの間に?というかどこにそれを持っていたのですか?」 先ほどはそんな荷物を持っていたように思えなかったのだがと階段で会った時の小毬の姿をみゆきは思い浮かべた。 「ふぇ?えっと……乙女の秘密ですよ」 けれどはぐらかされてしまった。 おそらく事前に屋上に準備をしていたのだろう。 ということはみゆきに出会わなくてもここに来る予定だったということだ。 「まあいいでしょう」 「うん、Never mindですよ。さっ、食べましょう」 「……はい」 今更断るのも悪いと思い、素直にみゆきは頷きシートに腰を下ろした。 「ドーナッツをどーぞ」 「はい、頂きます」 渡されたドーナッツはチョコが掛かった見るからに甘そうな代物だった。 あまりそういったものを食べたことのないみゆきは一瞬躊躇したが。 「ん?」 無邪気に見つめてくる小毬の視線に抗えずおずおずとそれを口にする。 「ん……美味しい」 確かに甘いがそれ以上に美味しかった。 「でしょう。私のお気に入りなんだ」 みゆきの反応に満足したのか、小毬は笑顔を向けてくる。 なるほど。お菓子好きはお菓子好きでもお菓子の質に拘る筋金入りのお菓子好きなのかとみゆきは小毬の評価を決めた。 「ささ、ワッフルもどうぞ。これは私の手作りなんだよ」 「……頂きます」 次に手渡されたワッフルも予想以上に美味しく、みゆきの舌を楽しませた。 「美味しい、ですね」 「うん、自信作なんだ」 「なるほど」 そしてしばらく二人はお菓子を食べることに没頭する。 「……でも良かった」 あらかた菓子を食べ終えたところで小毬は声をかけてきた。 「え?」 「みゆきちゃん、笑顔になったみたいで」 「っ!?」 その言葉に思わずみゆきは自分の頬の手を当てた。 「さっきはまるで世界中の不幸を背負ってますって感じだったからね。うん、やっぱりお菓子を食べると幸せになるよね」 「……幸せ、ですか」 「うん。お菓子を食べて笑顔にならない女の子はいないんですよ。あっ、男の子も笑顔になるけどね」 やっぱり女の子は甘いもの大好きだもん、と小毬は続けた。 その言葉には少々反論したい気持ちがあるが、現実として笑顔を向けていたのだからみゆきは何も言えなかった。 それよりも気になったことがあった。 「……どうして小毬さんは私にこのようなことをしてくれるのですか?見ず知らずの相手ですのに」 「ふえ?なに言ってるの?みゆきちゃんはお友達だよ」 「いえですから……」 なぜ友人になろうとしたのかそれが気になったのだが答える気はないのだろうか。 けれどしばらく小毬は考えた後苦笑を浮かべた。 「そうだね、理由としてはみゆきちゃんが辛そうだったから、かな」 「え?」 「さっき見たみゆきちゃんはなにか思いつめていたように見えたからね。だから力になりたいなって思って」 「っ、ですから何故です?そんなこと貴女に何のメリットもないじゃないですか」 目の前の少女の行動原理が分からず、みゆきは無意識に後ずさっていた。 「んー、そうでもないよ。私のお菓子を食べてくれてみゆきちゃんが笑顔になる。そんな笑顔を見れて私も幸せ。そしたらみゆきちゃんもまた笑顔。ほら、幸せスパイラルですよ」 にこにこと本当に幸せそうに小毬は笑顔を向ける。 その笑顔は確かに言うとおり心をホッとさせるが、同時になんとも言えない恐怖をみゆきに与えていた。 あの時から暗い感情に陥っているみゆきには小毬の笑顔は眩し過ぎるのだ。 (やっぱり屋上は鬼門です) 思わずここから逃げ出したくなってみゆきは立ち上がろうとした。 「はい、どうぞー」 「え?」 けれど不意に小毬からポッキーを差し出され、思わずそのままの姿勢で固まってしまった。 「あ、その……」 「どうぞどうぞ。美味しいよー」 「は、はぁ……」 差し出されたポッキーをまじまじと見つめ、恐る恐る口に含む。 そうしていると横で見つめていた小毬がゆっくりと立ち上がった。 「小毬さん?」 突然の行動にみゆきは思わず声をかける。 「みゆきちゃん。私の趣味を一つ教えてあげるね」 「え?」 すると小毬はそれだけ答え、ゆっくりと屋上のフェンスに向かって歩き出した。 みゆきはというと突然の行動にただ呆然と小毬の行動を見つめるだけだった。 「えっとね、私を絵本を書くことが趣味なんだ」 「……絵本ですか?」 「うん。それもみんなが幸せになれるお話が大半かな」 言われて思わずみゆきはなるほどと呟いた。 確かに小毬のイメージからして絵本を書くならそう言ったジャンルを好むのは頷ける。 「あはは、まあ悲しいお話でもいい話はいっぱいあるのは知ってるけど、私は幸せだったり楽しいお話が好きだからね。自分が書く話はみんなそういう話なんだ」 「はぁ……」 でも何故いきなりそんな話をするのだろうとみゆきは首を傾げる。 すると小毬はフェンスに手をかけ振り返った。 「ねえみゆきちゃん。みんなが幸せになるお話ってどういうことだと思う?」 「え?」 問われて思わず考え込む。けれどピンと来ない。 とっさに聞かれたこともあるだろうが、それ以上にみゆきの中で幸せの定義というのが曖昧のままなのが原因だろう。 「それはね、主役の子が幸せになるのは当然だけど、登場人物が全員幸せになることなんですよ」 「……え?」 その言葉に一瞬みゆきは虚を突かれる。 あまりにも普通の答えのような気がして、すぐにそれが間違いであることに気づく。 「あの、それは単なる端役もということでしょうか?」 その言葉に小毬はその通りと大きく頷いた。 「脇役も幸せにって作品は結構あるけど登場人物全員が笑顔になるお話ってなかなかないからね。実際難しいし私も登場人物を少なくしないとなかなか書けないけど、それでもみんなが幸せになる結末が望みなんだ」 言い終えジッとみゆきの顔を小毬は見つめた。 そんな小毬の姿を見ている内に何故かみゆきはあの事件の記憶を思い出した。 それはちょうど小毬が立っているフェンスの先、そこで過去みゆきは立っていた。 その記憶はこの場所を忌諱する原因となった出来事であり、思わずみゆきは顔を顰めそうになる。 「え?」 けれどそこにありない姿を幻視する。 記憶をどんなに辿ってもそこにいるはずのない剣道着姿の青年。 それがそこにいた。 「なんで……」 みゆきの理性はそれをありえない光景だと断じている。けれど心はそれを否定し切れていない。 その奇妙さに思わずその人物の名を呼ぼうとして。 「じゃあそろそろ戻ろうか」 小毬の言葉に現実に引き戻された。 「え?あ、その……」 「ん?何かを視たの?」 「え?」 「なんてね」 その朗らかな笑みを見て、思わずみゆきはその手で自身の華奢な両肩を抱きしめる。 小毬はというとそんなみゆきの姿を尻目にシートまで戻り片付けを始めた。 そして気づいたみゆきも慌てて加わり奇妙なお茶会は終わりを告げたのだった。 「さてと、これでいいね」 言いつつ、軽く小毬は手を払う。 その先には屋上に行く前と変わらない封鎖された屋上へと続く扉があった。 「……物の見事に戻してしまうのですね」 「うん?慣れてるからねー」 なんでもないように言う小毬の表情になんとも言えない表情を浮かべるみゆき。 「あっ、そうだ。これ渡しておくね」 そう言いながら小毬が差し出してきたものは先ほどまで使っていたドライバーだった。 「これでいつでも屋上に出れますよ」 「え?その……」 さすがに自分が貰ってもいいものかとみゆきは悩んだ。 人から物を無償に貰うこともだが、それ以上にここを封鎖させてしまう原因を作った相手にそれを突破する術を与えてはダメだろうという思いの方が強かった。 「ノンノン、気にしちゃダメです。きっとこれはみゆきちゃんのためになるから」 「で、ですが……」 ここは自分が忌諱している場所だから、そう告げようとしてみゆきは言葉に詰まる。 何故かそれはもう正解じゃないような気がした。 「大丈夫ですよ。みゆきちゃんも分かってるでしょ、誰かが後ろばかり振り向く自分を前に向けようとしていたのを」 小毬の言葉にみゆきは先ほどの人影のことを思い出していた。 「別に前を向いて歩けとか言わないよ。立ち止まったままでもいいと思うしね。けど気づいたならきっとみゆきちゃんは先に進むんじゃないかな。その時は私のお友達とも一緒に遊んでくれると嬉しいな」 「え?」 「幸せスパイラルですよ」 そう言ってみゆきの手にドライバーを握らせると、小毬はそっとその場から離れた。 「小毬さん?」 「じゃあね。バイバイ、みゆきちゃん」 「あ、待ってっ」 突如湧き上がった焦燥感に駆られ、みゆきは慌てて追いかけようと階段を駆け下り 「キャッ」 誰かとぶつかった。 「す、すみません。人を追いかけていたもので」 「貴女ね。だからと言って前方不注意にもほどがありますわよ」 そこにいたのは猫の耳のような形のリボンで両脇の髪を結わえた高飛車な印象を与える少女だった。 小毬の姿はもうどこにも見えない。 「すみません。あのここから下りてきた子がどちらに向かったか知らないでしょうか」 謝り、起き上がりつつも早く小毬に追いつきたくてついつい尋ねてしまう。 タイミング的に目の前の少女は小毬とすれ違っているはずだから、どこに向かったかも知ってるかもしれない。 けれど返ってきた返答は予想外のものだった。 「下りてきた子?申し訳ないですけど、わたくし誰ともすれ違っておりませんわよ」 「え?ですが……」 どう考えても会わないはずがないのだ。 その言い様ではまるで小毬は消えてしまったかのようだ。 「あの、その方はどのような容姿ですの?」 みゆきが深刻そうな表情を浮かべたのに気づき、少女は気遣うように尋ねてきた。 それが分かったのか、みゆきは僅かに表情を和らげた。 「そうですね、星型の髪飾りをされている方で、見ているだけで癒されるようなそんな雰囲気の方です」 「え?」 だから小毬の容姿を告げた後、少女の表情が固まったのに驚いた。 「あの、えと……」 「………………冗談ではないのですね。それでその方のお名前は知ってらっしゃいますか?」 しばらく呆然としていたが、少女はみゆきの表情から何かを感じ取り小毬の名前を聞いてきた。 「あ、はい。神北小毬さんという方ですが……ご存知ですか?」 みゆきは彼女の名前を告げると、少女は口元に手をやり何事かを考え始める。 そしてみゆきの顔を何度か見た後、更に質問をしてきた。 「重ね重ね申し訳ありませんが貴女のお名前を教えていただきませんでしょうか。もしかしたらと思うのですが……」 「え?……はい、古式みゆきと言います」 頭を深々と下げて自分の名前を答えると、少女をやっぱりと小声て呟いた。 なるほど自分のことを知っているということかと納得する。 つまりあの事件も知っていると言うことだ。まあむしろ知らないほうが少ないだろう。 「それで、ここでなにを?」 その問いは今まで以上に真剣なものだった。 だからみゆきは嘘偽りなく答えようと思った。 「そうですね。ここで階段を見つめていると小毬さんに声を掛けていただきましてしばらくお菓子を食べながら談笑をしていました」 「……神北さんから、ですか?」 「ええ。なんでも私があまりに辛そうな表情をしていたからとのことですが」 そう告げると少女はあの方らしいですわねと小さく笑った。 そしてみゆきへと向き直る。 「あの方は貴女のことなんと?」 「え?その……」 自らの口から言うのは気恥ずかしく、僅かにみゆきは逡巡した。 だが少女からずっと見られていることに耐え切れず、顔を少し赤らめて答えた。 「……友達だと」 「そうですか」 告げると少女は満足そうに頷いた。 「そういうことでしたら今から神北さんの友人のところへ行こうと思っていたましたので、良ければ一緒に参りませんか?」 「え?」 「ついでに道すがら色々と教えて差し上げますわ」 「は、はあ。ありがとうございます」 いきなりの展開に戸惑いながらみゆきは頭を下げる。 「ですが、その……私はあの方を追いかけないと……」 「ですからそれも含めて、ですわ」 申し訳なさそうに断ろうとしたみゆきの言葉を少女は遮るように言葉を重ねた。 それになにか奇妙な感覚を覚え、みゆきは小さく頷いた。 「さて、では行きましょうか。……ああ、自己紹介がまだでしたわね。これは失礼なことを」 「い、いえ」 自分自身もさっきは結構失礼だったなと思いながらみゆきは首を振る。 そんなみゆきの姿を見てすっと姿勢を正し、優雅に頭を下げる 「わたくし、笹瀬川佐々美と申します。おそらくこれから長い付き合いになるのでしょうし、よろしくお願いいたしますわ」 「え?」 「ふふ……」 名乗りの後に告げられた言葉にみゆきが戸惑いの表情を浮かべていると、佐々美は小さく笑みを浮かべた。 その笑顔が何処かしら小毬に似ているようにみゆきは感じたのだった。 [No.322] 2009/08/08(Sat) 00:30:33 |
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