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そこには部屋がひとつ、ありました。 部屋には女の子がふたり、住んでいました。 ふたりの女の子はとても仲が良く、よくふたりで部屋から出て、外で遊んでいました。そこではふたりは、ごっこ遊びをしたり、空を眺めたりして遊んでいました。 しかしいつの日か、部屋の真ん中に壁が出来て、ふたつの部屋になってしまいました。 片方の女の子は、扉の無い部屋に閉じ込められてしまいました。部屋には窓しかありませんでした。その女の子はそれ以来、ずっともう片方の女の子が外で遊んでいるのを窓から眺め続けていました。 朝の教室で。 教室に入ると、友人たちと挨拶を交わすクラスメイト達。そんな賑やかな空間の中、一席だけ異質な空気を漂わせた場所があった。それは美魚の席。あの子は一人席に着いたまま、誰とも目を合わせず、ずっと本を読んでいた。それはまるで完成した一枚の絵。一人で本を読むあの子から、人が侵してはいけないような何か神秘的な雰囲気が漂っていた・・・・・・ なーんてね。そんなのウソウソ。ただあの子には挨拶してくれるような友達が居ないだけ。何もせずバカみたいに座ってるのも居心地悪いし、それに本の世界、いやコッチに来れば周りのこと意識しないで済むもんねー。あはは。 あたしはふたつの部屋を仕切ってる壁を軽くノックした。居るんでしょ?美魚。確かにあっちの部屋に美魚が居る気配がする。多分、ドアを開けたまま、部屋と外の境界線上に佇んでいるんだろう。贅沢だよねー、ホント。美魚は外に出られるのに、出たがらないなんてさ。あたしなんか出たくて出たくて堪らないのに、出口が無いんだもん。不公平だよ。こーんな窓だけあってもね。あたしは窓を見た。大きなはめ殺しの窓。あたしはここから外の様子を眺めることしか許されない。あたしは再び壁をノックする。メイデー、メイデー。無視しているのか、はたまた本当に聞こえていないのか、あちらからの返事は無い。まあ、いつものことなんだけどね。 外に出たいあたしがドアの無い部屋に閉じ込められて、外に出たくないあの子がドアのある部屋に居る。全く世の中ままならないよねー。あの子はぶきっちょな上に頑固でさ。あたしだったらもっと上手くやっていけると思うんだよね。 とその時、背後から衝撃。どうやら誰かに椅子の足を蹴られたみたい。美魚の背後で声がした。 「あ、ゴメーン。暗かったから居ないのかと思っちゃった」 「・・・・・・」 後ろから美魚の椅子を蹴った生徒の笑い声が聞こえた。甲高い声。うるさいなあ。嫌いなんだよね、この声。美魚は何もせず、何も言わず、何事も無かったかのように本を読み続けていた。でもね美魚。あんた足がちょっと震えてる。全く、要領悪いなあ。だから、こんな目に合うんだよ。 授業中の教室で。 あたしは窓に背中をくっ付けて、部屋の壁をぼんやり眺めていた。学校の勉強なんてつまんない。こんなの何か意味あるのかなー?まあ、クソ真面目な美魚がやっててくれるから、あたしにはカンケーないんだけどさ。これぐらいかなあ、あの子が外に居る方が都合のいい時間なんて。あたしだったら絶対寝ちゃいそうだもん。窓の外からは教師の声と、シャープペンの音、そして生徒たちのヒソヒソ声しか聞こえない。 あたしは床に仰向けに寝転んだ。あの子のことを考える。あたしの姉、分身、あたし自身。そのどれもがピッタリ当てはまるようでいて、当てはまらない。あたしにとってのあの子、それは「裏切り者」だ。あたしをこんな場所に閉じ込めた張本人。もちろん、あの子をそう仕向けた人間のことも知っている。だけど、実際にあたしをこんな目に合わせた人間が、あの子であるという事実は動かない。 違うな。何が違うんだろう?あの子を嫌いな理由。 あたしは床の上を転がる。転がればふと何かを思いつく。そんな期待を胸に秘め。 あたしはあの子が嫌い。何故かは知らない。あの子のやることなすこと全てにイラついた。 人と交わらないあの子が嫌い。あの子は本を盾にして、周囲から一線を置く。何で人と話さないんだろう。あたしは人と話すの好きなのに。それに、人付き合い無くして生きていけるほど、ジョシシャカイは甘くない。出る杭は打たれない。引っこ抜かれて捨てられるだけ。その証拠がコレよ。あたしは窓の外を見る。あの子が数学の教科書を開いてる。ねえ美魚。あんたの教科書、それで何冊目? 何でも人の所為にするあの子が嫌い。あの子を取り巻くこの環境。それを生み出したのは他でもないあの子。なのにあの子は、無関心の仮面の下で密やかに、この環境を、周囲の人間みんなを呪っている。バカみたい。 人を信じないあの子が嫌い。助けて欲しければ、そういえばいいのに。なのにあの子は、誰も自分を助けないと信じてる。あなたが他人を信じなければ、誰もあなたを信じない。そんな当たり前のことも分からないなんて。本当にバカみたい。 何であんな子が外にいるのだろう?ただ早く生まれたというだけで、何でこんなバカな子が外に居るのだろう?あたしのほうが絶対良いはずなのに。あたしだったら皆とうまくやる。もし外に出られたら、友達もいっぱい作って、恋人なんて腐るほど作ってやる!あーあ、それなのに、それなのに。 あたしは、寝転んだまま窓ガラスを蹴り飛ばす。派手な音はするけれど、何も変わらなかった。そう、何も変わらない。 体育の後の教室で。 体育の時間は嫌いだ。皆が楽しそうに体を動かしているのを、あたしは部屋の中から、指を咥えて見ていることしかできないから。こんなときは、特に美魚のことが羨ましく妬ましくなる。まあ、この子はいつも見学してるだけだけど。美魚ぉ、それってあたしに対する当て付け? 美魚が着替え終わった後(なんで見学なのに着替えているのかは謎だ)、席に座っていつもの本を探す。緑色のカバーの文庫本、若山牧水の歌集。もう何百回も読んでいて、そらんじる事も出来そうなのに、美魚はいまだにそれを持ち歩いていた。そんなに読んでも内容なんて一緒なのにね。 と、あの子の異変に気付く。鞄、机の中、更には机の下の床を探し出している。あの子の首筋がすっと寒くなって、嫌な汗が全身の毛穴からぶわっと出てくるのを感じた。 ああ、またか。持ち物を隠されたりなんて良くあることだった。使える状態で見つかればいいんだけどねー。財布とかそんな貴重品でない分、遥かに良心的だったと思うよ、あたしは。あ、隠したヤツもその本の意味、分かってたのかな?そしたらソイツ、性格相当悪いよー。まあ、あんたの性格も大概だけど。まあ、頑張ってー。 美魚が、クラスの中でも比較的大人しめな女の子に、文庫がどこにあるか知らないかを問い質していた。ふうん。ちょっとは積極的になったね。以前は人に訊くことすらしなかったあんたが。 その女の子は、とても答えにくそうな困惑した表情をしていた。まあ、そりゃそーだ。誰だって、美魚と同じ目になんて遭いたくないもん。ま、無視されなかっただけマシだと思いなよ。その子はちらちらと教室の中央に視線を移す。そこには朝、美魚の椅子を蹴った女子が友達と談笑していた。美魚をよく虐めてる連中だ。ま、予想通りだったね。 さあて美魚、どうするのかなあ?いつものように諦める?まあ、あんな読み古した本、また買えばいいじゃない。また隠されるために、ねぇ? あたしだったら、もしそんな目に遭ったら・・・・・・。まっ、あたしはそんな目に遭わないしね。カンケー無いや。 掃除の時間の裏庭で。 あの子が、クラスの女子二人と対峙していた。あいつらだ。 「私の本、返していただけませんか?」 あの子は、静かに、だけど力強い声で二人に迫っていた。へぇ、あの子が反抗するなんて初めて見たわ。あたしはしばらく窓に引っ付いて、事の成り行きを眺めていた。 「は?本?何のこと?あんた知ってる?」 「さあ、知ーらない。こいつの妄想なんじゃね?」 二人はわざとらしく、とぼけて見せた。 「緑色のカバーが掛かった文庫です。それを体育の時間の着替えのとき、あなたたちが私の鞄から盗ったって、他の人が見てたんです。私の大切なものなんです。返してください」 「あー、そりゃソイツが嘘ついたんだよ。かわいそーに」 「・・・・・・返してください」 二人の顔色が変わる。先程までの、人をバカにした顔から攻撃的な顔に。 「何、ナニ?聞こえないんですケド~?」 「は?何コイツ、あたしたちのこと疑ってんの?違うって言ったのに、ねぇ!?」 二人のうちの一方が美魚の胸倉を掴む。その脅しに心が折れてしまったのか、美魚はボソボソと何かを呟いただけで、俯いてしまった。あーあ、ダメだこりゃ。 「ったく、西園のくせに突っかかってくんなっての。うっとーしい」 胸倉を掴む手を離し、美魚を突き飛ばす。 二人が美魚の元から離れようとしていたその時。二人のうちの一人が、こちらを振り向き、楽しそうに話し始める。 「あ、そうそう。あたし、教室でゴミを拾ったんだー」 そいつのポケットから出てきたもの。それは、緑色の表紙の文庫だった。 「ナニその小汚い本?」 もう一人も面白がって参加してきた。 「何かー、教室に落ちてたのー。こーんな薄汚れた本、きっと誰も読まないだろーし、心優しーあたしが、今から焼却炉に持って行こーとしてたんだよねー」 「あっはははは、そりゃあんた、心優しいわ。こんなゴミ落ちてたら迷惑だもんねー」 「―――か、返してっ」 美魚が文庫を取り返そうと手を伸ばす。しかし、美魚の手が文庫に届くか届かないかのタイミングで、そいつは文庫から手を離す。地面に本が落ちる音。 「えー?聞こえなーい!キャハハハハハハ」 そいつらは二人、頭にくる甲高い声で美魚を嘲笑った。さらにそいつは地面に落ちたそれをつま先で蹴飛ばした。文庫はくるくると回転しながら地面を滑る。 二人の嘲笑の中、美魚は拳を握りしめて、悔しさに耐えていた。 はぁ、下らないなあ。美魚もこいつらも、ホントに下らない。下らない下らない下らない! あたしは握り拳で窓を殴りつけた。激しい音がしたけれど、ガラスにはヒビ一つついていない。あたしはさらに窓を拳で叩き続ける。力の限り、叩く。しかし窓は無情にもびくともしない。それでもあたしは叩き続ける。 あたしを出して、出して出して出して出せよ出せ出せ出せ出せ出せ、出しやがれぇェェ!! 「―――拾え」 「え?―――ぁぐっ!」 あたしは右手で、目の前にいるヤツの首を掴む。突然美魚の態度が変わったことと、喉を潰さん勢いに、そいつは目を白黒とさせていた。そいつの頭をもう一方の手で掴む。髪をぐしゃぐしゃにしてやる。あんたにはこれがお似合いよ。 耳元で囁くように、低い低い声で、そして静かに、あたしは再び要求した。 「拾えよ」 突き飛ばして、解放してやる。バランスを崩して地面に尻餅をついていたそいつを、あたしは無表情で見下ろす。そいつは、初め混乱していたようだけど、状況を理解すると急に顔を真っ赤にした。立ち上がり、緑の文庫に近づく。しかし、そいつは文庫を拾おうとはせず、あろうことかそれを土足で踏みつけた。 「何よその目は。ホンの冗談なのに、マジになってバッカじゃないの?・・・――っと、髪ぐしゃぐしゃにしやがって。西園のくせにマジうぜー」 そいつは軽薄な笑い声を出して、いまだ自分が優位であるというアピールをする。 あたしは無言のまま、無表情のまま、そいつに近づく。そいつは未だに態度を変えないあたしに、困惑と怒りが混じった表情をする。 「な、何よ」 あたしはそいつの両腕を掴み、無茶苦茶に引っ張る。そいつは体をよじり、手をじたばたさせて抵抗する。 しばらくもみ合いが続いたが、最初に腕を掴んだのが体勢的に良かったらしく、最終的にはあたしがそいつを地面に引き倒すことが出来た。左手でそいつの顔を地面に押し付ける。 「拾え。拾うんだ」 そいつは手足をばたつかせたあと、文庫を掴む。しかし、まだ抵抗を続けるつもりなのか、文庫を乱暴に投げる。あたしの足元でそいつが吠えた。 「ふっざけんなよ!何だよ!てめえ!」 あたしは力任せにそいつを引き摺り回す。そいつの頭を前後に動かし、地面に擦り付ける。ちょうど、おろし金に大根を擦り付けるような感じだ。ああ、紅葉おろしって表現の方が色が合ってて丁度いいかも。顔面が土でぐちゃぐちゃになる。石で顔が切れようとも、あたしは止めようとしなかった。そして、無感情な要求だけを淡々と続けた。 「拾え、拾えよ。拾え、拾え。拾うんだよ」 やがて、そいつの口からあたしを罵る金切り声は消えた。代わりに嗚咽が聞こえる。抵抗もしなくなった。そいつは目の前にあった文庫を両手で掴むと、震える手で恭しくあたしの方に掲げた。 あたしはそいつの頭から手を離すと、立ち上がって、周囲を見渡した。こいつと一緒に居た奴は姿を消していた。先生でも呼びに行ったのかもしれない。そして、ちょうど土下座をしているような格好になっているそいつを見下ろした。こいつのスカした顔が今どんなステキな顔になったのか気になるけど、あたしは醜悪なものをわざわざ見る趣味は無い。まっ、こんなもんか。 御苦労様。 あたしはそいつの後頭部を、土足で踏みつけた。 部屋の中の壊れた窓の真正面で。 あたしは外を眺めていた。澄み渡った青い空に、白い雲が眩しく映える。きっと外は気持ちのいい風が吹いていることだろう。 あたしは散乱したガラス片を足で部屋の端に寄せると、部屋と外の境界線に腰を下ろした。 今やあたしは、出ようと思えばいつでも外に出ることが出来た。けど、そんな必要、今は無い。 美魚はあの日から、虐められなくなった。それでも、皆から避けられていることには変わりはない。美魚は未だにこの部屋のドアを開けたまま、部屋の中を行ったり来たりを続けている。 でも、きっとこれからもっといい毎日になる。 本当は、これが無ければ最高なんだけどね。あたしは二人を分かつ壁をコンコンと叩きながら独り呟く。 この壁が無くなるその日まで、いつでもあたしはあなたの傍に居る。あなたが望めば、いつだって助けに行く。だから、ね、安心して、お姉ちゃん。 [No.356] 2009/08/28(Fri) 00:52:50 |
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