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「お兄ちゃん。あーん、だ」 「あーん………うん、美味いぞ。さすがは我が妹」 俺は今、愛しい愛しい我が妹―鈴の手料理を堪能中だ。 「そうか。うん、くちゃくちゃ嬉しいぞ」 「なに、俺もさ」 恥ずかしそうに頬を染める鈴を見て俺の眦は下がりっぱなしだ。 ああ、なんてこいつは可愛い生き物なんだろう。 理樹相手にすら嫁に出すのが嫌になってしまうじゃないか。 「じゃあ次だな」 「おう、どんとこい」 軽く胸を叩き促す。 すると鈴は箸で次なるおかずを摘みあげ、ゆっくりと俺の口に持ってくる。 俺はにやけそうになる顔を必死に戻し、大きく口を開けた。 「はい、お兄ちゃん」 そして放り込まれる唐揚げ。 口の中に広がる味はとてもジューシーだ。 「おお、これも美味いな」 ホントどれもこれも絶品だ。 絶対鈴はいい嫁になるだろう。 くそっ、なんで日本は妹と結婚できないんだ。 内心忸怩たる思いを抱えつつ、次の料理を待った。 「じゃあ次はだな」 「うん、次はどれだ」 どれを食べさせてくれるのかとワクワクしながら鈴の次の言葉を待った。 「さっさと起きろ」 「は?」 あまりに意味不明の言葉に思わず目が点となる。 いやいや脈略のないのは三枝だけにしてくれ。 それともあいつに染まったのか? ちょ、それはマジで止めてくれっ。ホント頼むから。心の底から願うから。 「たく、早く起きなさいよ」 「あん?」 明らかに鈴ではない口調。 それに疑問を覚えると同時に意識が急速に遠のくのを感じた。 「あ、起きた?」 目を開けると目の前には我らが寮長。……いや、引退したから元寮長か。 そいつが目の前に座っていた。 「ああ、そうか……」 夢、だったのか。 そうだよな。鈴があんなに素直なはずねえよな。 お兄ちゃんとか全然呼んでくれないし、料理だって絶対作ってくれない。 現実なんてえてして残酷なもんだ。 「…………寝よう」 そして再びあのパライソに。 俺は目を閉じ、そのまま机に突っ伏そうとした。 「だから寝ないでよっ」 激しく肩を揺さぶられる。 くそ、これじゃ寝れねえ。 「五月蝿い、俺を幸せな夢から叩き起こしやがって。そんなに起きて欲しいなら妹っぽく起こせ」 「え?」 よく回らない頭で拙い言動をしたような気がしなくもないがきっと気のせいだろう。 とりあえずこいつがそんな真似できるとは思えないし、これで再び夢の世界に旅立てるはず。 俺は完全な寝の体勢に入ろうとした。 「し、仕方ないわね。……ふぅー、コホン」 すると数度あいつが深呼吸する音が耳元で聞こえた。 ……何をする気だ? 「お兄ちゃん、起きて」 「っ!?」 突然耳元で囁かれた言葉に思わず俺は飛び上がるように起き上がった。 そう、それはあまりにも完璧な妹声だった。 くそっ、見くびり過ぎてたぜ。 「わっ、本当に起きちゃうし」 俺が起きたのを見て驚いたような表情をあいつは浮かべていた。 そんな顔を俺はまじまじと見つめる。 「ん?な、なに?」 何故かあいつは顔を僅かに紅くする。 なんだ、風邪か? ……まあいいか。とりあえず。 「ふぅー、似合わん」 俺は深く溜息をついてもう一度机に突っ伏した。 「なっ、し、失礼ねっ。人の顔見てそれはないんじゃない?」 「仕方ないだろ。声は確かに素晴らしかったが、お前の容姿に妹の要素は皆無だ。これじゃあ詐欺と変わらん」 俺は顔を上げもせず答える。 半ば声色が理想のそれ――まあ理想の声は鈴なのは当然だが――を充分満たすクール系のロリ声だっただけに、落胆はひとしおだ。 「たく、そんなのやらせる前から分かってるでしょうが」 分かってるよ。 つかお前が本当にやるとは思ってなかったんだよ、などとは口が裂けても言えない。 言ったら絶対殴られる。それはもうグーで。 こいつは結構容赦なく突っ込んでくるからなぁ。 これが他のやつなら口八丁手八丁でどうとでもなるんだが、来ヶ谷や西園とはまた違った意味でこいつを御せるとは思えなかった。 だから黙ってるのがベストの選択だ。 「ん?どうかしたの?」 「いや、なんでも」 「そう?」 しかしご他聞に洩れず妙にこいつも勘が鋭いから気をつけねば。 たく、なんで女ってやつは嫌なタイミングで勘が鋭くなるんだろう。これだから苦手なんだよな。 「で、さっさと起きなさいよ」 「嫌だ、起きたくない」 「なっ」 あいつのイラつく声が聞こえたが無視する。 もう眠気自体はどこかに行ってしまったが、これはもう意地なのだ。 何に対してか俺も分からないが、ただで起きるのは負けなような気がするのだ。 「いいから起きなさいよ」 向こうも意地になっているのだろう。 どうせ大した理由もないんだろうが無理やりにでも起こそうとしてくる。 「嫌だ。……どうしても起きて欲しいんならさっきとは別の方法で起こせ」 ふと思いついたのでそんな提案をしてみる。 さっきやるとは思わなかった妹の真似をしてきたやつだ、きっとノってくる。 「たく、いいわよ、その挑戦受けた立つわ」 ほら予想通りだ。 「にしてもどうすれば……。妹じゃないなら姉?いや姉って分からないわね。…………あ、そういえば」 なにかしら呟いていると、しばらくしてあいつは何かをごそごそと漁りだしだ。 「……よし、なるほど。起こすわよ、棗くん」 俺は片手だけ上げてそれに答えた。 ふん、何をするかは知らんがさっきのがダメだった時点で俺の勝ちは決まったも同然。 俺を起こせるようなインパクトある起こし方があるとは思えんな。 ……あー、暴力的行動には出ないよな、たぶん。それだけが心配だ。 「コホンッ……んしょ、んしょ」 少しだけドキドキとあいつの行動を待っていると不意に肩を揺すられる。 けれどそれはさっきまでとは違いとても大人しいものだった。 ……まさかこれで起こそうとは思ってないよな。 そう思っているとあいつの吐息が耳元で聞こえた。 「……恭ちゃん、もう放課後だよ、起きて」 「ぶほっ、な、なんじゃそりゃー!!」 俺は思い切り咳き込みながら飛び起きた。 「おお、起きたわね」 睨みつけた先には俺の愛用の漫画を片手に持って椅子に座っているあいつの姿。 「いやー、幼馴染の言動って予想以上に効くのね」 「ぐっ」 確かその漫画は主人公の幼馴染が朝起こしに来るっているベタなシチュエーションがあったな。 「それにしてもまさか棗くんに妹好き、(21)好き以外にそんな属性があったとは。これからはそれで接してみようかしら」 「ねえよ、そんな属性。あまりにも予想外でびびっただけだ」 意外に嵌っていた気がしなくもないがきっとそれは気のせいだ。 それにニヤつくあいつの顔を見てるとなんかムカつく。 「まっ、そういうことにしとくわ。とりあえず起こしたんだからご褒美頂戴」 「はっ?」 ぐいっと頭を差し出されてもどうすればいいのやら。 俺は困惑の表情でじっとその頭を見つめた。 ほう、綺麗な旋毛だ。それに多少癖っ毛だが艶やかな髪してんだな、こいつ。 「ねえ、まだ?」 焦れたようなあいつの言葉に俺は我に返り咳払いをした。 「あのなぁ、まだって言われても俺は何をどうすればいいんだ?」 「え?何って頭撫でるんでしょ?どんなもんか一度体験してみたかったんだけど」 「はぁ!?なんだそりゃ?いつ俺が頭を撫でるって言ったんだよ」 なにを言い出すんだ、こいつは。 まさか幻聴でも聞こえていたのか? などと多少失礼なことを考えているとあいつは不思議そうに尋ねてきた。 「え?だって棗くんって女の子の頭よく撫でるんじゃないの?」 「なんじゃそりゃ。言っとくが鈴くらいだぞ、頭撫でたことあるのって」 どこからそんな噂が出回ってるんだよ、失敬な。 俺は結構硬派なんだぜ。 「え、そうなの?直枝くんがいつもやってるからてっきりあなたの直伝だとばかり」 「理樹?」 何故そこであいつの名前が。 「うん。……んーと、あっ、ほらあそこ」 「ん?」 促されて窓の外を見ると、そこにはベンチに座っている理樹とあいつに後ろから抱き着いている三枝の姿があった。 って、おお。経過は知らんが理樹のやつ、三枝の頭を撫で始めたぞ。 「ね?……念のため聞くけどあの二人って付き合ってるの?」 「ん。いやそれは聞いてないな。現在あいつはフリーのはずだ」 たとえ理樹から言い出さなくてもあいつが誰かと付き合いだせば俺に分からないはずがない。 「そうよねー。あっ、能美さんが来た」 「……あん?口喧嘩し始めたぞ」 「そうね。あ、直枝くんが仲裁始めたわよ。でも原因って絶対彼よね」 「たぶんな。……っておい、今度は二人の頭を撫でるのかよ。つかそれで解決か?」 遠いせいか何を喋っていたかはまったく分からんのだが、とりあえず丸く収まったようだ。 にしてもあいつはいつの間に女の扱いがああも上手くなったんだ? 「凄いわよねー、彼。私の知る限りあなたの妹さんと神北さんの頭も撫でるとこ見たわよ」 「あー、言われてみれば。あまりに自然で見逃してたがあいつウチのメンバーのほぼ全員の頭撫でてないか?」 来ヶ谷はさすがに無いと思いたいが西園辺りなら自然な成り行きで頭撫でてそうだ。 「私が一番驚いたのは二木さんよ。この前寮長室覗いたら恥ずかしげに頭撫でられてたわよ」 「マジか」 あの二木がそんなこと許すとは想像できねえなあ。 理樹、お前はどこに行こうとしてるんだ? 知らないうちに存在が遠いぞ。 「ね、凄いでしょ。だからあの女殺しっぷりはあなたの直伝なのかと思ってなんだけど」 「待て。誰が女殺しだ」 酷すぎる誤解だ。 「えー、だってこの前の体育祭だって運営委員長に色目使ったり色々と裏工作してたでしょ」 「ああ、確かに」 「他にも結構女の子誑かして色々と画策してるじゃない」 「誑かすって失礼な。まぁ、画策したことに関しちゃ否定せんがな」 何かイベントごとを起こす時は色々とクラスの女子や下級生、果ては女教師に根回してるからなあ。 まっ、それ以外に表裏合わせた様々な交渉、実力行使もしてるけどな。 「ほらー」 「けどあくまで交渉カードの一つに過ぎねえよ。容姿や口の巧さは多少自信あるから使うが、イベントを盛り上げるためってだけでそれ以外にわざわざ女子を口説き落としたりしねえよ」 「けど女の子ってそういうの分かんないもの、いえ、分かりたくないのよ。だから棗くんが女心を弄んでるって認識で間違っていないの」 「なるほどね」 そう言われると返す言葉がない。 それに必要とあれば確かに女心か乙女心か知らんがなんでも利用し尽くす性分だしな。 「こんな感じか?」 そう言って俺はさっきから教室の扉越しに覗いてるおそらく下級生の女子達に向かって手を振った。 すると当然のように彼女達は黄色い歓声を上げて顔を紅く染め、その場を走り去った。 「あなたねぇ〜」 呆れたように額に手を当てる姿に苦笑が洩れる。 予想通りの反応だな。やっぱ根本は真面目なんだなこいつも。 「女殺しって言うか女の敵なのかもね、あなたの場合」 「まっ、その辺は想像に任せるさ」 別に女連中の好感度が下がろうが立ち回りに支障がない程度なら気にならないからな。 だが俺がそう言うと何故かあいつは少しだけその表情を歪めた。 なんだ?なんか拙かったか? 「まあ棗くんがいいって言うならいいけどね。寂しいわよ、それ」 あまりこいつのこういう表情は好きじゃないな。 「そうかい?……で、そんなことはどうでもいいとして、俺を起こした理由を聞いてなかったんだが」 懐いた感情を振り払うように話題を変えた。 「ああ、そ、そうね」 するとこいつもシリアスな空気が漂っているのが嫌だったのだろう、喜んでそれに乗ってくれた。 「……と言うか覚えてないの?」 「なにがだ?」 ジト目で睨まれても全然思い当たる伏しが無いんだが。 「呆れた。今日買い物付き合ってくれるって言ったじゃない」 「……………………………………………おお、言われてみれば」 確かそんな約束を2、3日前にした記憶がある。 「チッ、完璧に忘れてやがったわね」 コラコラ女の子が舌打ちしちゃいけないな。 それに殺気も纏っちゃいけないな。 つかこええよ。 「で、えーと、俺は具体的に何をすればいいんだ?言っとくが買い物のセンスに期待するなよ」 そういう場合俺は笑いに走るタイプだしな。 まあ、それを期待してるってならご期待に沿えるよう頑張るが。 「なに言ってるの、荷物持ちよ、荷物持ち」 呆れたように言うんじゃねえよ。 「お前なぁ。例え事実だとしてももう少しやる気が出る言い方があるもんだろ。ストレートに荷物持ちとか言われたらテンション駄々下がりだ」 「いいじゃない。こんな美少女と一緒のお買い物だし。デートとか思えばテンション上がるでしょ」 いや、美少女とか自分で言うもんじゃないぞと心の中だけで突っ込んでおく。 先ほど怒らせたのでそんなこと実際に言えばこいつは確実に蹴ってくる。 「理樹や鈴と行く方が楽しそうだな……」 ついつい心の声が洩れたが、それだけは言っておきたい。 やっぱテンションの上がり方が違うし。 「…………やっぱり棗くんってホモでシスコンなの?」 「違うわっ。つかリアルに距離を取るなっ」 距離の取り方がギャグっぽくなくて嫌なんだが。 「まぁ棗くんがどんな性癖だろうと差別なんてしないから」 「おい」 「とりあえずそういうことなんで駅前、行きましょ」 その多大なる誤解を解いておきたいんだがなぁ。 「ああ、待て待て。その前に理樹たちに連絡させてくれ」 「え?」 俺の発言に何故かどん引きされた。 「……今日バスターズの活動に参加できないって連絡するだけだぞ」 「あ、ああ、そういうこと。もう吃驚させないでよ」 あらからさまにホッとするなよ。 つかなんでそんなに安心するんだか。 「まあとりあえず。……そういや理樹たちはまだベンチにいるのか?」 さっきまで三枝と能美と一緒にいたが、まだいるのだろうか。 「ん?いるけど……あら、いつの間にかかなちゃんまでいるわね」 「かなちゃん?……ああ、二木のことか。どれどれ」 再び窓の外を覗くと二木が三人に向かって説教している姿が見えた。 「なにやってんだ、あいつら」 「さあ?おおかた三人が騒いでたんで注意しに来たってとこじゃないかしら」 「なるほど。まあいっか。とりあえずメールを」 俺は簡単に今日行けない旨を理樹に送った。 一応あいつが新リーダーだし、理樹にだけ知らせりゃ問題ないだろ。 するとメールが届いたのか、二木に謝りつつ理樹は携帯の確認を始めた。 「て、あらら。三枝さんたら大胆」 「あいつはなんでああも胸を押し付けるんだろうな」 「直枝くんのことが好きだからでしょ」 そんなの当然でしょと続けるがそんなもんなんだろうか。 俺の目には過剰なスキンシップにしか見えないのだが。 「今度はかなちゃんが三枝さんを引き離したわね。で、怒られるのは直枝くんと」 「理不尽だなぁ」 眼下に広がる光景に俺らは好き勝手に感想を述べる。 「ん、来ヶ谷さんと西園さんね。変わった組み合わせね」 「ああ、おおかた修羅場っぽい空気を察知して来たんだろうよ」 あの二人にはそんな特殊能力があるようにしか見えねえ。 特に西園は俺と理樹が一緒にいると何かに導かれたかのように突如現れるしな。 「凄いわね。……あっ、今度は妹さんと神北さん、それに笹瀬川さんも来たわよ」 「ホントだ。リトルバスターズのほとんどのメンバーが揃ったな」 一応理樹が携帯を持って俺のことを話してるみたいだが、みんなあんま聞いてなさそうだな。 鈴も笹瀬川も言い争いを始めてる。 それを仲裁するように小毬が走り回り、来ヶ谷と西園が騒ぎをこっそり大きくしている。 つかすげえ騒ぎになってきたな。 「二木さんも率先して騒ぎに加担しちゃダメじゃない」 「そう言いつつお前は笑ってるのな」 「だって面白い見世物だもの」 「ま、確かに」 上手くすりゃ金が取れそうだ。 クソッ、楽しそうだなぁ。 「窓の外にあんな面白光景が繰り広がられてるとは、行きてえ」 「ダメよ、今日は一緒に買い物行くんだから」 腕を掴まれた。 「ちぇ、分かったよ。確かに今あそこに行けばとばっちり食らうのが目に見えてるからな。ああいうのは傍から見てるのが楽しいんだろうな」 「でしょうね。ほら、でも時間ないし行くわよ」 「はいよ」 俺らは窓から離れ席を立った。 「さあ出発出発ぅ!」 俺の腕を掴みつつ、あいつは陽気に廊下を闊歩する。 妙にテンション高いなぁ。 歩いてる周りのやつらがちょっと引いてるぞ。 ……そういや。 「毎回思うんだがなんで俺なんだ?荷物持ちならもっと力あるやつを呼んだ方がよくないか」 体力に自信が無いわけじゃないんだがどうもな。 するとあいつは気持ちいいくらいあっけらかんとした表情で答えてくれた。 「んなのいい男はべらかせたいからに決まってるじゃない」 「……そうかい」 頼むからもうちょっと言葉をオブラートに包むやり方を覚えてくれ。 頭痛が痛い。 「もう、さっきも言ったけどこんな美少女と一緒なんだからテンション上げなさいよ」 「わーい、うれしいなー」 「チッ、完璧な棒読みね」 舌打ちすんなよ。 つか腕に指が食い込んで痛いんだが。 でも文句言われてもなぁ。 「言われてもただの荷物持ちだろう。なんか特典が欲しいんだが」 「……だから私じゃ不満」 グイッと俺の顔を覗き込んできた。 整った顔立ちとそれを台無しにする悪戯っ子のような表情。 だけど今はどことなくその瞳が不安で揺れているように見えた。 「っ」 まあお前自体に不満が無いんだがな。 こいつの言い分じゃないが連れて歩くには申し分ないやつだし、何より道中楽しい。 けど素直にそう言うのも面白くない。 「ならデートっぽく振舞ってくれないか」 「え?で、デート?」 なんで驚くんだ? さっき自分で発言したことだろうに。 「そっ、ただのクラスメイトとその付き添いじゃ面白くない。それより恋人っぽいやり取りしてみたら道中楽しそうだ。……む、想像したら悪くない気がしてきたな」 「そ、そう?」 何故か戸惑ったような表情を浮かべてられてしまった。 面白い案だと思ったんだがな。 「いいじゃないかそれくらい。それっぽく喋るってだけなんだから許せよ」 「う、うん。……まぁ棗くんならそういう会話手馴れてそうよね」 「なんか引っかかる言い方だな」 「別に」 うん?怒ってるのか? そんなに嫌なら撤回して方がいいのかね。 「まあいいわ、行きましょ」 「お、おう」 けれどこいつの頭の中でどういう変化があったのか、結局了承してくれた。 「って、おいっ。手を握るな、腕を組もうとするな」 恋人同士するように手を握り、俺の腕を自分の胸に押し付けるように腕を絡ませてきた。 こいつ、予想以上に胸あるんだな。 「いや、だから止まれって。おい、あま……」 「むぅ、いいじゃない別に。恋人っぽくするんでしょ」 言いつつぐいぐいと歩き出す。 周りの連中の視線が若干気になるんだ。 「それはそう言ったが、んなの校門出てからでいいだろ」 「別にここからでもいいじゃない」 「……まあお前がいいならいいけどさ」 知らんぞ俺は。 溜息をつきつつ、手を握り返す。 すると一瞬だけあいつは動きを止めたが、すぐに歩き始めた。 「まっ、なるようになるか」 俺は諦め、引きづられるように廊下を歩くのだった。 [No.361] 2009/08/28(Fri) 21:12:36 |
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