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私、杉並睦実。 勉強も運動も普通だけどお料理やお掃除は得意とかなり家庭的でお嫁さん候補ナンバーワン、見た目はちょっと地味だけど直枝君への溢れる想いは人一倍大きいキュートな女の子(はーと)。 ……ごめん、色々とごめんなさい。 「どうしたのむつー」 「あらぬ方向にペコペコ頭下げちゃって、ちょっと怖いよ」 お友達の高宮さんと勝沢さんが若干引いた顔で尋ねてきた。 「あ、別になんでもないよ。ただちょっと世界に謝りたくなっただけだから」 なんか不相応な自己紹介をしたような気がしてつい。 「そ、そう」 「病院、行く?」 何故か少しばかり距離を取られてしまった。 というかなんで病院? 「私健康だけど」 「う、うん」 「まあそうなんだろうけど……」 なんだか二人とも歯切れ悪いなぁ。 どうしたんだろう。 うん、まあいいや。それよりも……。 「うーん」 私はさっきまで見ていた窓の外を覗こうとした。 「何、また直枝」 勝沢さんが揶揄するように聞く。 いや、実際そうなんだけどそんな風に言わなくても。 「うん、もうボール拾いから戻ってきたかなって思って」 さっき特大ファールを打ち上げた直枝君はそれを拾いにグランドからいなくなったのだ。 だからあんな意識を脇に逸らす余裕があったわけで。 「はぁ、んなに見たいなら校舎からこっそり見てないで、外で堂々と見ればいいじゃん」 「そうそう。つか私らも間近で棗先輩見たいし」 「うう、でも恥ずかしいし」 そんなことしたらあからさまに興味ありますって感じだもの。 二人には悪いけど勘弁してほしい。 「あぅ、そ、そういえば二人とも棗先輩のこと好きなんだ。知らなかったよ」 話題を変えようと話を振ってみたけど。 「んなのカッコいいからに決まってるでしょ」 「うん、目の保養目の保養。でもむつとは違うよね」 「え?」 勝沢さんの言葉に思わず首を傾げる。 好きって言うならそっちもアピールすればいいのにとか思ってたんだけど。 「そうだね。あたしらのはどっちかというとアイドルに対する憧れであってむつみたいに恋愛感情があるわけじゃないよ」 「だから直枝のことが大好きなむつはさっさと行動しなさい」 最後にそう締めくくられてしまった。 うう、またそっちに話が戻るのか。 「で、実際のとこなんか進展あんの?」 「進展?」 「そっ。アピールしてるのかってこと」 高宮さんの言葉に考え込む。 アピール、か。 「朝と放課後ちゃんと挨拶できるようになったよ」 「……いや、それ普通だから」 勝沢さんに呆れたように言われてしまった。 「で、でも前は言えなかったりする日も結構あったんだよっ。けど今は毎日言えてるし」 これは自分の中では凄い進歩なのだ。 「ああ、分かった分かった、凄い凄い。……けどそれじゃあ全然あいつらと差が埋まらないよ」 「あいつら?」 「リトルバスターズのメンバーよ。まさかと思うけどあいつらが直枝に向ける感情、分からないとか言わないよね」 「うっ」 勝沢さんの言葉に思わず言葉が詰まる。 直枝君自身がどれほど気づいてるかは知らないけど、端から見ていて棗さんたちがどういった感情を直枝君に持っているかよく分かる。 「仲間内でギクシャクするのが嫌なのか知らないけど、幸いあからさまに直枝君にアピールしてるやつはいないんだから今しかないよ。ぶっちゃけ彼と一番距離が近いのはあいつらなんだからさ」 高宮さんの言葉に思わず考え込んでしまう。 そう、直枝君と棗さんたちの間には友達以上の絆が確実にある。 今はまだ大丈夫かもしれないけど、誰かが行動を起こせばもう私に立ち入る隙はないのは確実。 「だからこんな校舎の窓からこっそり見てるんじゃなくて会いに行きなって」 それは分かる、分かるんだけど。 「でもでもみんな魅力的だし、私なんかじゃ」 あんな人たち相手にすっごい普通で地味な私がどう立ち向かえばいいか分からない。 なにより今のところ直枝君が私を好きになってくれる要素が欠片も見当たらないのだ。 「んなこと言ってたら始まらないって」 「それに何も直接やり合うわけじゃないんだから。ただ好きってアピールするだけなんだから大丈夫っしょ」 うう、それが難しいんだって。 それになにより。 「直接やり合わなくても、例えば来ヶ谷さん辺りが近くにいるところで頑張っても全然振り向いてもらえそうにないんだけど」 「あー、確かに直枝の視線持ってかれそうね」 私の言葉に苦笑しながら勝沢さんも同意した。 「まあそれは仕方ないよ。来ヶ谷ってカッコいいもの」 けれど続いて発言した高宮さんの言葉に私と勝沢さんは弾かれるように振り向いてしまった。 「な、なによ」 「い、いや、あんたって来ヶ谷のこと嫌ってたんじゃなかったっけ?」 「こくこく」 私も隣で何度も頷く。 確か去年のクラスであの人を自分たちの仲間に引き入れられず、それ以来あの超然とした態度が気に食わないとか言ってた記憶があるんだけど。 「そうよ、嫌ってたわ。だからあんなに嫌がらせしたんだし」 「ええっ!?そうなの?」 気づかなかった。嫌ってたのは知ってたけどそんな行動してたなんて。 「……むつ、気づいてなかったの?」 勝沢さんに呆れたように言われてしまった。 あれ、もしかして結構有名なこと? 「むつは天然なとこあるから」 「う〜」 高宮さんに変な納得のされ方をしてしまった。 そうでもないと思うんだけど。 「まあそれでずっとあいつのことを見ていて弱点とか弱みを見つけようとしたんだけど、ね」 弱点も弱みも一緒の意味だよなどとはつっこめなかった。 何故なら話している内に高宮さんの顔がどこか恋する乙女のように変化していって迂闊に何か口にするのが憚れたからだ。 「見ている内にあいつの凄さが分かって……なんつーかその辺の男とか比べ物にならないくらいカッコよくて素敵だなあって」 「そ、そうなんだ」 勝沢さんも若干引き気味だ。 「お姉様って呼ぶの許してくれるかな」 「いやいや、落ち着けって高宮」 「そうだよ。冷静になって高宮さん」 さすがに黙っていられなくなった。 それは拙いよ、非生産的だよ。 「うう、そう、だよね。あたしみたいなの相手にしてくれないよね」 茶色に染めた髪の毛を弄りながら高宮さんは溜息をつく。 かなり凹んでしまっているようだ。 確かにギャルっぽい格好は来ヶ谷さんの好みから外れているような気がしなくもないけど。 「大丈夫だよ。高宮さん可愛いもの。きっと好きって言えば喜んでくれるよ」 悲しんでいる高宮さんを見て思わずそう口にしていた。 「そ、そうかな」 「うん」 「そ、そっか。えへへ」 可愛い子は好きだと公言しているからきっと大丈夫なはず。 誤解されやすいけど高宮さんはこんなに魅力的なんだもの。 「ちょ、むつー。そういうフォローする?」 「へ?……ああっ」 なんで私は非生産的なことを勧めているの? 自分の行動に吃驚する。 「あーもう、高宮」 「あうあう……」 それから必死に二人で説得してとりあえず早まった行動をしないようにとだけは言い含めることができた。 「で、直枝のことだけど」 「え?……ああ」 落ち着いたところで勝沢さんにそう言われて私は思わず声を上げた。 「そういえば元々そういう話だったね」 「そうよ。まぁ分からなくもないけど」 そう言って高宮さんのほうを見たので私も釣られて彼女を見る。 「ん、なに?」 高宮さんは暢気に外を見ている。 見てるのって直枝君たちの練習風景かな、やっぱり。 目で追ってるのは誰だろう。……いや、これは考えないでおこう。 「それで話を戻すけど。むつ、あんた直枝のことは本当に好きなんだよね」 勝沢さんは思いのほか真剣な表情で尋ねてきた。 好き、か。 意図はよく分からなかったがその言葉を噛み締め私は答えた。 「うん、好きだよ。告白するの怖いし、恥ずかしいけどその言葉に嘘はないよ」 私ははっきりと言い切った。 それを口にするのに迷いはない。 「そ。じゃあ告白しろといわないけどもうちょっと頑張ったほうが良いよ。直枝を狙ってるのはなにもあいつらだけじゃないし」 「え?それって」 私が戸惑っていると外を見ていた高宮さんが答えてくれた。 「ああ、そうだね。あの事故の一件以来あいつのことをカッコいいとか最近頼りになるとか言い出すやつが学年問わず増えてるみたいだよ」 「うん、極秘にファンクラブが出来てるとか言う噂もあるくらいだし」 さすがにそれは噂に過ぎないだろうけどねと勝沢さんは続けるが私の耳にはそれ以上入ってこなかった。 なぜなら。 「カッコいい?直枝君は可愛いもの。それに頼りになるのは前からだよ」 私はどうしようもない怒りに震えていたからだ。 可愛らしさの中に時折見せる男らしさが魅力的だし、あの事件の前から直枝君はすっごく頼りになる男の子だ。 そんな安っぽい俄かみたいな発言は許せない。 「…………あれ、どうしたの二人とも。なんかありえないものを見たような顔して」 二人とも目を大きく見開いて私のことを見ている。 「あ、うん。意外にむつって迫力あるんだね」 「今なら来ヶ谷にも対抗できるんじゃない」 「?」 二人の発言がどうも要領を得ない。 何があったのだろうか。 「ま、まあとりあえずそういうわけだからもう少しだけ積極的にいこ」 「ああ、そうだね。挨拶が出来るようになったとかで喜ぶんじゃなくてさ」 確かに二人の言葉はもっともだ。 棗さんたちには敵うかどうかいまいち自信が持てないけど、その辺の人たちが直枝君に告白して、ましてや付き合うなんて事態に陥れば悔いても悔やみきれない 「うん、分かったよ。私もうちょっと頑張る」 ギュッと両手を握り締め宣言した。 「うん、その意気その意気」 「頑張りな。私らはいつでも味方だから」 「うん」 二人の言葉に私は大きく頷いた。 そして次の日のお昼休み。 教室を見渡すとちょうど直枝君が席を立とうとしているところだった。 どうやら他の人たちは先に出て行っているらしい。 これは好都合かも。いや、今が都合よくなくていつが都合いいのだ。 私は意を決して彼に話しかけた。 「あ、あの、直枝君」 ぐっ、少しどもっちゃった。 けれど直枝君は気にした風もなく答えてくれる。 「うん?どうかしたの、杉並さん」 「あ、あの、えっとね……」 うう、拙い。真正面から見つめられるとどんどんパニックになってくる。 ええい、とりあえず聞いちゃえ。 「な、直枝君は今からお昼?」 「え、うん。これからみんなで学食で食べるところだけど」 よし。 これで誰か特定の人間と食べるとか言われたらさすがに無理だけど、みんなと一緒に食べるというなら十分チャンスがある。 「あのね」 「うん?」 あう、でも実際に言おうとすると恥ずかしい。 うう、目の前がぐるぐる回る。 「どうかしたの?」 「う、うう」 「ん?」 間近に迫る直枝君の顔。 それを意識した瞬間、私の意識は限界を突破した。 「わ、私も一緒に食べに行っちゃダメですかっ!!」 そして気づいたときには教室中に響き渡る大声で叫んでいた。 「あー、えっとそれは別にいいんだけど、できればもうちょっと普通に誘って欲しかったかな」 少しだけ顔を赤らめて直枝君は頭を掻いた。 「あぅ……」 私はというと自分がやらかしたことに気づいて耳まで真っ赤になってしまった。 「あーと、とりあえず行く?」 「はい」 消え入りそうな声でそう頷くのが精一杯だった。 うう、教室に戻ってくるのが億劫だよ。 それに高宮さんたちの意外にやるわねって声が凄い耳に残る。 うわーん。 「こちら一緒のクラスの杉並さん。今日一緒にお昼食べようと思うんだけどいいよね」 「よ、よろしくお願いします」 食堂に連れられ、トレイを持ちつつ先に食事をしていたリトルバスターズの人たちに紹介された。 あ、みんな固まった。いや、井ノ原君だけは変わらずカツカレーを食べ続けている。 「あー、理樹。それはその彼女が俺らと一緒に食事するという認識でいいんだよな」 いち早く復活したのは棗先輩だった。 やっぱり困惑するよね、うん。 「うん、そうだよ」 なんでもないように直枝君は答えるけど、私が言うのもなんだけど結構重大な事態だと思うよ。 「理樹君、また女の子引っ掛けてきて」 「手当たり次第ね」 またってそんなに頻繁に他の子と食べてるの? 二木さんも三枝さんに同意するし。 「いや、二人とも人聞き悪いこと言ってるよねっ」 慌てて否定する直枝君を見て少しだけほっとする。 やっぱそんな軽い性格じゃないよね、うんうん。 「わふ〜、けれど佳奈多さんがここにいること自体がそれを示してるかと」 「というよりこの場にいる鈴さんを覗く女性全員がここにいる理由がそもそも直枝さんが誘ったからだと思うのですが」 「つーか理樹が連れてこなきゃ今でも幼馴染だけで食ってたよな」 能美さん、西園さん、そして井ノ原君の証言を聞くにつれ、私はどうしていいか分からずおろおろしてしまった。 えっと、あれ?直枝君って女の子を軽々と誘うプレイボーイ? 「もう、真人も同意しないでよ。単純に追加メンバーとして誘えたのがみんなだけだったって話だし、二木さんたちをここで食事するように誘ったのもその方がいいと思っただけだよ。別に変な意図とかないよ、もう」 直枝君は膨れてしまうがそれはどうだろう。 というかなんでこんな可愛い子しか誘ってないの? 「まあ少年は天然だからな」 「……そこはかとなく悪意を感じるのは気のせい?」 「はっはっはっ。それはともかくこれ以上彼女を放って置くのはどうかと思うがね」 「え?ああ、ごめん杉並さん」 来ヶ谷さんの言葉にやっと私の存在を思い出したのか、直枝君は頭を下げてきた。 いえ、いいんですけどね。私って地味だし。 「いいよいいよ。けどみんな楽しい人たちだね」 「え?ああ、うん。なんか僕がからかいの的になってる気がするけど」 「たぶんそれは気のせいだよ」 きっと直枝君に対するあの人たちのそれは、からかうとはまたちょっと違う種類のものだろう。 「ときに杉並女史。今日ここに来たのは自分から?それとも少年に誘われたからかね?」 「え?ああその……自分からお願いしました」 迷惑、だったかな。 「ん?ああいや君の考えるような意図があっての質問ではない。少年が気を利かせたのではと思ったのだが、やはりそれは望みすぎか」 気を利かせてって……やっぱり私の気持ちばれてるよね。 まあここに来た時点でそれは覚悟している。 けれど私が棗先輩とかじゃなくあくまで直枝君目的だってみんな思ってるんだろうか? 思ってるんだろうな、そういう嗅覚は女の子は鋭いし。 特に自分が好きな相手に向けられてる好意は。 「ふぅー」 ……まぁ若干名私の気持ちとか全然気づいてなさそうな人もいるけど。 ちらりと棗さんと神北さん辺りを見つつ軽く息を吐く。 「えっと今のどういう意味?」 「なに、少年は気にすることはない。そうか、勇気があるな、君は」 「なけなしの勇気ですが」 それは色々と勘繰られるのを覚悟してここに来たことを言っているのだろう。 けれどこれは昨日高宮さんと勝沢さんに応援してもらってやっと出来た行動だ。 「なに、それでも十分尊敬するよ」 それでも彼女はそう言ってくれる。 「ねえ、何の話」 「なに、やはり気にするな。それよりも少年は杉並女史から誘われてなぜ了承した?」 それは、ちょっと私も気になった。 女の子が一緒に食べたいって言ったんだもの。それに対して何かしら思うところがあってもいいと思うんだけど。 「え?誘われて拒む理由がないし」 いや、来ヶ谷さんの質問の意図はそういうことじゃないんだけど。 「ふむ、質問を変えよう。君はどのような理由で杉並女史が一緒に昼食を取りたいとは言い出したのか分かるかね」 「え?ちょ、来ヶ谷さん」 あまりの質問に私は思わず声を荒げた。 そんなあからさまに言ったらいくら直枝君でも私の気持ちばれちゃう。 そういうのは直接伝えたかったのに。 ……けれど。 「えっと、リトルバスターズのみんなと食べたかったからじゃないの?」 その発言を聞いて今度は井ノ原君も含めて全員沈黙してしまった。 「え?え?え?」 直枝君は突然のみんなの変化に戸惑う表情を浮かべるのみだ。 うう、これはもうちょっとちゃんとアピールしなきゃダメなのかな。 「ふぅー、おねえさん吃驚だよ」 いち早く復活した来ヶ谷さんがやれやれと首を振る。 「理樹、メッだ」 「ええっ」 棗さんも直枝君を叱る……ってもしかして棗さんも私の気持ちに気づいてる? いや、まさか……。 「まあこの話はこれくらいにしておこう。それよりも二人ともさっさと座りたまえ。食事が冷める」 「ああ、そうだね。杉並さんも」 「あ、うん」 と言ったもののどこに座れば。 「ふむ、おねえさんの隣に座るかね」 「あー、それは……」 あとで高宮さんに恨まれそうだ。 「姉御ー。いきなり手篭めにしようってのは……」 「なんだ人聞きの悪い。ただちょっとお近づきになろうとしただけだろう」 「いや、はは……」 あれ?もしかして本当に貞操の危機だった? いやいやまさか。 「あたしの隣に座ればいい」 するとなんと棗さんが自分の隣を指差し誘ってくれた。 え、や、でも。 「そこ、井ノ原君が座ってるよ」 そこにはさっきから井ノ原君が座って食事していた。 「んなのどかせばいい」 「はぁ?いきなりな言い草だな」 「なんだ嫌なのか?」 「あったりまえだろうが」 まあ当然だよね。 隅っこが開いてるし私はそこに座ればいいかな。 「初めてなんだ。真ん中がいいだろ」 「え?」 けれど棗さんの言葉に大きく目を見開いてしまう。 もしかして私を気遣ってくれて? すると井ノ原君はしばらく私の顔を見ると席を立ち上がった。 「しゃあねえな。今日だけだぞ」 そう言って私が座ろうと思ってた隅の席に腰掛けた。 「えっと、ごめんね、井ノ原君」 「気にすんな」 井ノ原君が笑ったのを見て私は棗さんの隣に腰を下ろした。 「よし、じゃあ改めていただこうか」 棗先輩の号令と共に私たちは食事を開始した。 それからしばらくみんなと他愛のない話をしていると神北さんが質問をしてきた。 「そう言えばむっちゃんってさ」 「む、むっちゃん?」 そんな呼び方されたの初めてなんだけど。 「うん?あだ名だよ。睦実だからむっちゃん。ダメかな」 まあ別に拒否することもないだろう。 「いえ、構わないですけど。それで神北さんは」 「小毬」 「え?」 「小毬でいいよ〜」 「あ、はい、小毬さん。それで私がなんですか?」 うーむ、押し切られてしまった。 意外にこの人押しが強い。 「あ、えっとね。むっちゃんは運動とか得意なんだっけ」 「運動、ですか?」 「あ、はるちんクラス違うから全然知らないや。どうなの、教えて教えてー」 答えようとする前に三枝さんが口を挟んできた。 凄い、一気に騒がしくなる。 「葉留佳、落ち着きなさい」 「あたっ」 三枝さんは二木さんに頭をはたかれてそのまま大人しくなった。 面白いコンビネーションだなあ、この二人って。 「どうぞ」 「え、あ、はい。えっと得意って言うほどじゃないですよ。運動音痴でもないけど」 促されたのでそのまま素直に答える。 うん、体動かすのは嫌いじゃないけど得意とか胸張って言えるレベルじゃないし。 「そう?この前のバスケの時間、結構活躍してたと思うけど」 「え?ああうん。あれは集団競技だったから。私他人に合わせるの得意だし」 個人競技じゃそうはいかない。でもそんなに目立ってないと思ったんだけどなぁ。 「おや、そうだったかね。杉並君には悪いがあまり活躍したと言う印象が残ってないんだが」 あ、やっぱりそうだよね。 自分は目立つ性質じゃないから吃驚したよ。 「えー、そんなことないよ、ゆいちゃん。アシストとかボール奪ったり結構色々とやってたよ」 「ゆいちゃんと言うのは止めろと言ってるだろう。……だが、そうなのかね」 軽く額を押さえながら来ヶ谷さんが聞いてきた。 うーん、どうだろう。 「人のフォローとかが得意ってだけで私自身が活躍したことはないですけどね」 もし運動が出来るならこの前だって1点くらい点数が入れられてたはずだし。 「それでも凄いよ〜。私いつも足引っ張ってばっかだし」 自分の言葉に小毬さんは落ち込んでしまった。 「そんなことないぞ。こまりちゃんはいつもがんばってる」 すかさず棗さんがフォローに入った。 「そうですよ。見ていて励みになります。それに野球だってちゃんとボールが投げられたりと成果があるじゃないですか」 能美さんもそれに続く。 うん、そうだよね。小毬さんの頑張っている姿は他のみんなをやる気にさせるものだから。 「だそうですよ。私もそう思います。それに小毬さんの要るチームはいつもチームワーク抜群じゃないですか。それは凄いです」 そう、それは本当に尊敬する。 私たちがそうやって声をかけるとやっと小毬さんはいつもの笑顔になってくれたのだった。 「ふむ、麗しい友情だな」 「姉御、もしかして茶化してる」 「まさか、純粋に素晴らしいと思っているのだ。失敬だな」 「やはは、メンゴメンゴ」 来ヶ谷さんと三枝さんが向こうでじゃれあってる。 なにやってんだろう。 「そう言えば杉並君」 「は、はい」 突然呼ばれてちょっと吃驚してしまった。 「なに、そう怯えることはない。少し聞きたいのだが君は野球のルールを知っているのかね」 「え、野球ですか?んー、昔お父さんに何度か球場に連れて行ってもらいましたから大体は」 「ほう。君自体はやったことは?」 「えっと、子供の頃ですけどキャッチボールくらいなら」 「ふむふむ」 そのまま来ヶ谷さんにじっと見つめられ思わず席ごと後ろに下がってしまった。 うう、もの凄い美人だから見つめられるだけで滅茶苦茶迫力あるよう。 「来ヶ谷さん、どうかしたの?」 その状況に気づいたのか直枝君が声をかけてくれた。 これで意識が向こうに逸れてくれれば。 「いやなに、前髪に隠れていて分かり辛いがなかなかの美少女だと思ってな。内向的で大人しい子とは周りにはいなかったタイプだな」 「ど、どうも」 でも自分が可愛いとかは思えなんだけど。 「その照れた仕草もまたよし。……ふむ、今晩暇かね」 「ふぇ?」 来ヶ谷さんの言う意味が分からず一瞬惚けてしまう。 え、それって、えっとえっと……えええーっ!? 「ふかーっ」 私が叫ぶより先に棗さんが威嚇を始め、周りの人たちも私を守るように動いてくれた。 「……来ヶ谷さん」 「なに、冗談だ」 直枝君の呆れたような言葉に飄々と来ヶ谷さんは言葉を返す。 ……本当に冗談だったのかな。少し心配だ。 「ああ、少年。少し話がしたいのであとで時間を取ってくれないか」 「え?あ、うん、いいけど」 「すまないな」 何の用事だろう。 いや、心配すること無いよね、うん。 「あの、それでなんで私はここにいるんでしょうか?」 私がいるのはグランドの端で時刻は放課後。 そう、いつもリトルバスターズが野球の練習をしているところだ。 そんな場所に何故私がいるのか理解が追いつかず、改めて直枝君に質問する。 「えっと、さっきも言ったけどいつも校舎から僕らの練習見てるんでしょ。なら偶にはこっちに参加するのもいいかなって思って」 「でもそれに気づいたの来ヶ谷さんでしょ」 私たちが校舎の窓から覗いているのにあの人は気づいていたらしい。 どれだけあの人は凄いのだろうか。 「うん、まあそうだけど僕も同意見だから。見てるだけなんてつまらないよ。だからさ」 直枝君はそう言って手を差し出した。 まるで子供に一緒に遊ぼうというみたいに。 「いいのかな……」 なにか流されてるよ。それに一足飛び過ぎるし。 昨日まではどうやってさりげなく応援すればと頭を悩ましていたはずなのになあ。 「いいと思うよ」 なんてことない風に直枝君は言う。 いや確かに直枝君にとってはそうかもしれないけど、私にとっては凄い変化なんだから。 「もしかして嫌?」 「ううん、嫌じゃないです」 もし嫌なら誘われた時点で逃げている。 「なら一緒に遊ぼう」 「……うん」 少しだけ逡巡し、私はその手を取った。 そしてグランドにへと向かう。 ふと顔を向けると高宮さんと勝沢さんが西園さんと一緒に木陰でお茶を飲んでいる姿が見える。 暢気なものだなぁ。 「さあ、練習しよう」 みんなへと呼びかける直枝君のその言葉に、不意にいつもいたあの校舎の窓を見上げる。 昨日まであそこにいたのになぁ。ホント、あまりの急な展開に吃驚だ。 「ほら、鈴君が投げるぞ」 来ヶ谷さんに話しかけられ、私はすっとミットを構えたのだった。 [No.368] 2009/08/28(Fri) 22:07:58 |
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