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この揺れはマジで反則だと思うんだ。ひと眠りして気が付くと、景色が街中から山と田んぼがかわりばんこに流れる田舎のもんに変わっていた。 「やべ、どんだけ寝てたんだ?」 確認しようと周りを見回したが、客もまばらな車内に連れの顔は見当たらなかった。まさか寝過ごしてはぐれたか、と思い始めたところで連結のドアが開き、うるさいやつが戻ってきた。 「あ、真人くんおはよー!やっと起きましたネ」 相変わらずウザったいほどに長く伸ばした髪を妙な形にまとめた三枝が、やっぱり相変わらず能天気そうな顔をちょこんと傾げながら聞いてくる。それで可愛いつもりか。 「んだよ、あんまフラフラすんなっつったろ?寝過ごしたかと思って焦ったじゃねえか」 「飲み物を買いに行っただけよ。それに何をしても大いびきで寝ていたのはあなたでしょう?文句を言われる筋合いはないわ」 すっとぼけた三枝の様子になんだか腹が立って文句を言うと、「うっ」と詰まったその後ろから入ってきた二木に睨まれた。「起こしゃ良かったじゃねぇか」とか言えねぇ。怖えよ。 「そーだそーだ!せっかく真人くんの分まで買ってきてあげたのにー」 ちゃっかり姉キに乗っかって拳を突き上げていた三枝は、その手に持っていた細い缶を席の背もたれに立てた。革ジャンやスカートのポケットからも次々取り出して並べていく。 「いやー、見たこともないご当地ジュースがいっぱいあって、ついつい買いすぎちゃいましたヨ」 器用に並べられていく缶をよく見ると、確かにコンビニじゃ見かけないような品揃えだ。ご当地ってだけあって、北はペプシサーモンから南はタコライスサイダーまで地方色豊かだ。けど炭酸ばっかだな。お、ファンタみそカツなんてのもあんのかよ。 そのうち背もたれだけでは置ききれなくなり、肘かけや座席の上までが主に赤い缶で埋め尽くされた。何本買ってきやがった。 「はいどーぞ」 「飲めるかっ!」 こんなに炭酸ばっかり飲んだら筋肉が溶けちまうじゃねぇか。だが断った瞬間、横から突き刺さる殺気を感じてとっさに身構えた。 「あら……せっかく葉留佳が買ってきてあげたものを飲めないと言うのかしら。しかも手をつけさえせずに」 ……酔っ払いのカラミ酒よりタチ悪ぃぜ。こういうときだけニコニコ笑ってるのがかえって怖い。 「わ、わぁったよ貰うよ。今ムリな分は後で飲むから。……そんでいいよな?」 よろしい、とにっこり笑って頷いた。やっぱ苦手だコイツ。取りあえず一番気になったファンタみそカツを手にとってプルタブを一気に、 「ぶのわぁっ!?」 みその濃厚な味と香りの泡が一気に噴き出した!くそ、思いっきり振りやがったな!!だが顔面に強力なジェットを食らってその怒りは言葉にならず、治まった頃にはどろりと濃厚なみそカツのエキスがオレの顔中からしゅわしゅわと滴っていた。 「やはははっ、だーい成功ーっ!」 「あー。ちっと顔洗ってくるわ……」 もう怒る気力すら失せたオレは、腹を抱えて笑い転げる三枝と口許を隠している二木の横を通り過ぎた。 「ナンじゃこりゃーーーーーーーーーーーーっ!」 車内にオレの怒鳴り声が響き渡る。外はいい天気で、吹きぬける風も気持ちいい。昼寝してる人がいたら悪いが、そのくらい驚いたぜ。トイレで鏡を見たら、みそカツどころの話じゃねえ、額とほっぺたにでかでかと『肉』の字が。犯人は聞くまでもねえ。 「ちくしょーっ!全然落ちねぇーーーーーー!」 さっそくごしごしと洗ったんだが、油性の、しかもかなり強力な奴らしい。石鹸で顔がヒリヒリするまでこすったのに、落ちないどころか肌の赤さでマジックの黒が余計に濃く見えて、それであきらめた。 「久しぶりに理樹と会うってのに三枝のヤロウ、これじゃオレがただの肉まんみてぇじゃ……いや待てよ」 オレの力こぶが閃いたぜ! 「三枝、ペン貸せ!」 そう、引いてダメなら足してみなってな。洗面所を覗いていた三枝からペンをひったくると、オレは全ての『肉』に『筋』の字を足して『筋肉』にしていった。今のオレはただの肉まんじゃねえ、筋肉まんだ!これなら見られても恥ずかしくねぇ。なぜなら真実だからな! 鏡に映った出来映えを見て、オレは自分の力こぶのあまりの鋭さに戦慄していた。 「ひとついいかしら」 「お、二木もこのオレのサロンパスの卵に感動したか?」 「左右逆よ」 へ? 「しまったぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」 結局、落書きを消すのは諦めて、目立たないように上から白っぽいやつで塗りつぶすことにした。化粧のことは良くわかんねえが、三枝が持ってた絵の具みたいな、 「って絵の具じゃねえか!」 「ばっはっははははっ!こっち見ないで!お、ぉばけっ、カブキっ、おなかいたっ!」 「……ぷ、くっ……!」 白を塗りたくったオレの顔を見て、二木までもが口を覆って笑いやがった。 「くそっ、オレは理樹にどんな顔して会ったらいいんだよ……」 「そりゃあ、こんな顔で?」 「うあぁーーーーーーーーーーっ!!」 「クマドリが取れちゃうから泣くの禁止!」 「なんでだようっ!?」 「っくっ……は、ぁっ……」 抵抗する気力もなくし、さらに絵の具を塗りたくっていく三枝にされるがまま、泣きそうな気分で窓の外を見ていると、景色はのどかな田舎から少しずつ山が遠ざかり家が増え、ちょっとさびれた町並みに移っていった。風のにおいも、土と草のにおいから、ちょっと生臭いような潮のにおいに変わる。 「そういや、どこで降りりゃいいんだ?」 流れる景色も停まる駅も見覚えがなくて、今どの辺りなのか、後どのくらいで着くのかオレにはまるで分からなかった。 「そんなことも聞かないで来たの?」 「いや、前に一回乗ったから大丈夫だと思ったんだけどよ」 「呆れた……」 このヤロウ、『あなたの頭に詰まっているのは脳じゃなくて筋肉なのね、筋肉はどこに行ったのかしら、ああそうか筋肉の栄養になってしまったのね』とでも言いたげだなぁっ! 「ふっ、ありがとよ……」 「はぁ?」 「やはは、心配ゴムヨーですよっ。近くまで着たらちゃーんとわかりますから♪」 ペタペタと色を塗りたくりながら三枝が軽く請け負った。ホントかよ、と思わねぇでもないが……まあ、オレよりも多く乗ってる三枝が言うならそうなんだろう。 つうか、もう塗んな。 三枝の言葉はそれからすぐに証明された。 「あ、見えてきたですヨ」 三枝が指差したその先、夕日に照らされ、だんだんと近づいてくるのは、オレにとって、そしてこいつらにとっても思い出深い場所だった。 オレンジ色にぎらぎら光る川を渡る。通り過ぎる土手を眺めていると、ランニング集団とすれ違う。何部だろうな。そして近づいてくる建物と土のグラウンド。 「あ、いたいた!おーい、りきくーん!」 三枝が窓から身を乗り出して手を振る。もう十何年と会っちゃいないが見間違えることはない。 「負けるかあーーっ!理ぃ樹いいーーーーっ!!」 オレは三枝よりもっと目立とうとほぼ全身を乗り出し、足の指力だけで身体を支えると、両手を上体ごと大きく振り回し、そして落ちた。 「うわっ、真人!?何をやってるんだい!」 理樹は慌てて、十数メートル転がって伸びていたオレに駈け寄ってきてくれた、ツッコミとともに。へっ、やっぱり理樹のツッコミが一番しっくりするな。 「凄い角度で落ちたけど大丈ぶっ!?」 起き上がりかけたオレの顔を見るなり理樹が言葉を詰まらせ、その場でうつむいてしまった。 「どうした理樹?」 「い、いや……なんでもっ、ないっ」 震える声。何でもないわけあるか。……そうか、理樹にとっては突然の再会だからな。肩を震わせ、言葉の出ない理樹に声をかけた。 「遠目で見てすぐ分かったぜ。あんま変わんねぇな、理樹」 理樹は少しだけ顔を上げると、またすぐに顔を伏せちまった。 「真人は、その、変わったね……少し」 ……。しまったぁーっ!そういや今カオ絵の具だらけだったーーーーっ!!気付かれたか?いやいや、カンペキに隠せてるはずだ、落ち着けオレ。こういうときは恭介みたいに何でもない顔でとぼけりゃ大丈夫だ。 「そ、そうか?あー、あれだ。会わないうちにまた一回り筋繊維が太くなったからきっとそのせいだな!」 「ああ、うん、そう、かもしれないね……」 よし、バレてねぇな。ヒュウ、あぶねえあぶねえ。 「ありゃりゃ、真人くんだいじょーぶ?」 「何をやっているのよあなたは……」 校門の前で停まっていた電車から三枝と二木も降りてきた。 「葉留佳さんに佳奈多さんまで……久しぶりだね」 少し驚いた様子の理樹だったが、三枝はそれが不満だったみたいで口をとんがらせて文句を言い出した。 「あー、なんかリアクションうすーい。もっとうわー!とかひょえーっ!とか驚くと思ったのに」 「いや、そりゃあ、真人の後だからねぇ」 「お前のせいかーーっ!!」 「何で怒られんだよっ!!」 ひでぇ言いがかりだぜ全く。ついカッとなってそのまま口ゲンカっぽくなったが、まあ初めから人の話を聞かない三枝に勝てるわけもない。こんなとき言葉に筋肉があればと思うぜ。 「きぇーっ!しょげーっ!ぎょひゃーっ!」 「背筋腹筋マッスル筋!」 「いや、もう意味不明だから」 「あー、うるさい……」 「ぜ、ぜはっ、や、やるじゃねぇかさいぐさ……」 「ま、まさとくん、も、なかなかですヨ……」 オレと三枝の行き詰まる戦いは、お互いが息切れするまで続いた。そして今二人とも大の字になって空を見上げている。夕焼け空をカラスが飛んでいくぜ……。 「悪いわね、こんなうるさいのを連れてきてしまって」 「おねーちゃんひどっ!?」 「まあ悪いのは真人だしね」 「そりゃねぇよ理樹様ぁっ!?」 だがオレたちの悲痛な叫びを無視して、理樹と二木は再開の挨拶を交わしていた。相手をしてもらえなくて寂しいので、オレは三枝と休戦し、二人助け合って理樹たちのところに帰った。 「そういえば奥さんはお元気?」 「やだなーお姉ちゃん、奥さんなんて他人ギョウギー」 「うるさいわね」 二木も変だとは思ってたんだろう。三枝に突っ込まれて睨みはしたが、全然迫力がない。その様子を楽しそうに見ていた理樹の方はすげぇ目で睨まれてたけどな。 「鈴はもう少しあっちにいるって」 「うはー、鈴ちゃん頑張るねー」 全くだぜ。まあ、いいことなんだけどな。 「このあいだ友達になった子ともう少し遊んでからにするってさ」 「なんだそりゃ?」 「おお、もしかして年下の彼氏とかですか?」 コイツの無駄にコトをややこしくしたがる所はちっとも変わんねぇな。目を輝かせんな。 「いやいやいや。年下には違いないけどまだ一桁なうえに女の子だから」 「ちぇー、残念」 「何を期待しているのよ」 なあ二木、こんなのが妹で本当によかったのか?なんて事を言うとものすげぇ怒られそうだったから口には出さなかった。つか全く動じてねぇ理樹は大したもんだぜ。 「その子、鈴が言うには小毬さんそっくりなんだそうだよ」 「おー、すっごい巡りあわせ。そんなに似てるの?」 「僕はそんなに似ているとは思わなかったんだけどね」 「あら、本当に神北さんかもしれないわよ?」 薄く微笑んだ二木の言葉に、理樹はハッとした顔でいろいろ察したようだった。 「そうか、小毬さんは先にいったんだね」 「ええ、クドリャフカや来ヶ谷さんもだけど」 「みおっちなんか私の顔みたとたんにサッサといっちゃったんですヨ?ハクジョーモノーっ!」 ああ、そういうことか。オレも遅れて意味が分かった。 「そういや小毬は来てすぐだったな」 「お兄さん寂しそうにしてたねー。あと恭介さんも」 「おう。ヨメに振られたってんでイジケてるぜ」 今日もリア充がどうたらとかぶつぶつ言ってウザかったので置いてきたのだ。お守りに残された謙吾にゃ悪いことをしたけどな。 「まったく、鬱陶しいったらないわよ」 「あはは、何だか申し訳ない……」 ようやく落ち着いたと思ったらすぐに発車時間になり、結局再会の感動を味わう間もなかった。ったく三枝のヤロウ……。 理樹は窓から軽く身を乗り出して、ゆっくりと遠ざかっていく校舎を見送っていた。 「列車の窓からこんな風に見るなんて思ってもみなかったよ。なんだか感慨深いね」 「しっかりと見ておくのね。きっと見納めになるから」 そう告げた二木の表情は、オレに対するときとは違って柔らかい。 「そっか、私たちにとっても見納めですネ」 無口になって景色を見送るオレたちの目に、遠ざかる校舎の窓がはね返す西日がギラリとまぶしかった。 名前を呼ばれて振り向くと、はじめて会った頃の理樹がいた。恭介に引っ張られて、オレたちの後をおっかなびっくりついてきた理樹が、ひどく大人びた顔で微笑っていた。 「ありがとう、ずっと待っててくれて」 「いいって。待ちたかったから待ってたんだよ」 オレが一番だったから、ちょっとヒマだったけどな。けどそんなに長くもなかったさ。 「……理樹よぅ」 「なに?」 「鈴を迎えに行くときは恭介のヤツを連れてってやってくれ」 「……ん。首に縄でもつけようか?」 「縄じゃ足りねぇな。鎖かなんかでグルグル巻きがいい」 「わかった」 まあ、まだ時間はあるんだ。向こうに着くまでつもる話をしようぜ。 [No.370] 2009/08/28(Fri) 23:15:53 |
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