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泣いていた。教室の隅、誰も気づかないような場所で泣いていた。 それは喜びの涙だった。泣きながら、迷子がようやく母親を見つけたみたいに安心していた顔をしてたから。 見たくないと、心の奥から湧きあがってくる。けれども目をそらす事も出来なくて。 気が付けば私も泣いていた。ぽろぽろと涙があふれて止まらなかった。目の前の涙とは違う、悲しみに満ちた涙だって自分で分かっていた。 どんなに泣いても、大声でしゃくりあげても、一番気が付いて欲しい人は気が付かない。だって――…… 魔法の言葉は届かないから ふと気を抜くといつも彼の姿が目に映っていた。授業中、それなりに真面目に先生の話を聞いている姿。休み時間、隣の井ノ原くんに呆れながらつっこみをしている姿。昼休み、中庭でかげなしとお弁当を食べている姿。放課後、かげなしと一緒に笑いながら帰る姿。 どうして私じゃないんだろうと黒い感情が止まらない。あんな友達なんて誰もいないような女なのに、なんでよりによって直枝くんはかげなしを選んで、かげなしも直枝くんだけには心を開いたんだろう。 かげなしの代わりに自分が直枝くんの隣に居る光景を夢想する。直枝くんは今よりもずっと楽しそうにしてるし、話も弾んでいる。くすくすと笑うようなかげなしに合わせた笑いじゃなくて、もっともっと直枝くんらしい元気な笑顔を私に向けている。 かげなしだって幸せだ。誰にも邪魔されずに中庭のケヤキの下で黙って本を読んでいる。寄ってくるハトにエサをやって笑っている。隣にいるのは人間じゃなくてハトの方がお似合いだ。ざまぁみろ。 ――違う。こんな事を想いたいんじゃない。今、私はすごくイヤな女だ。分かってる、自分でも分かってる。 ふと窓の外を見てみれば、中庭のケヤキの下で直枝くんと西園さんが静かに本を読んでいる。風を受けてかすかに揺れる葉っぱに白い光。お似合いの二人だと素直に思ってしまう。 胸が締め付けられる。 痛い。痛い。痛い。痛い。 見なければいいのに。目をそらしてしまえばいいのに。忘れてしまえばいいのに。 見てしまう。目をそらせない。忘れるなんて出来ない。 窓硝子に朧気な顔が映る。辛そうな顔をしている私の顔が映っている。辛いなら見なければいいのに、バカみたい。っていうかバカだ。 私は、バカだ。 好きなんて言ってもいないのに西園さんに嫉妬してる。好きなんて言える勇気もないのに直枝くんの隣を欲しがってる。 バカバカバカバカ、私の大馬鹿。 付き合っているなんて確証もないのに勝手に諦めてしまっている。好きだって言えばいいのに。付き合ってって言ってしまえばいいのに。 言ってしまえれば、いいのに。 グルグルグルと頭と胸と心の中はかき乱される。目だけはお似合いな二人をずっと睨み続けている。 こんな現実なんか欲しくないのに。 「『輝け!! 第10回短歌コンクール〜演歌じゃないよ、短歌だよ〜』?」 我に返る。いつの間にかもう一人中庭に人影が増えていた。確か棗先輩。うちのクラスの棗さんのお兄さん。彼が一枚の紙を見せて何やら熱く語っている。 つい何気なく耳を傾けて話を聞いてみると、どうやら棗先輩は直枝くんと西園さんに短歌を書かせて応募するように焚きつけているらしい。 「チャンスかも」 ぽつりと呟かれた言葉が耳たぶを打つ。 「――チャンスかも」 今度はしっかりとした意思を持って呟く。 もしもそのコンクールに作品を出すならきっと、直枝くんも結果を見に来るはず。そこに私の想いを綴った短歌を忍ばせておく。面を向かっては言えないけどこの方法なら直枝くんに伝えられるかも知れない。正面から伝える事は出来ないけれどもこれはこれでロマンチックな告白になる。 夕日が中庭を照らしていた。もう誰もいない中庭だけど、いつかあそこで直枝くんと一緒にお弁当を食べられる日が来るのかも知れない。そんな想像に心が躍る。 けれど誰もいない中庭を見ると少しだけ不安になる。まるで私だけ置いていかれてしまったみたいで。 期限は後4日しかないから必死になって短歌を作った。授業中も食事中もおかまいなしに。最終日の前日なんて夜も寝ないで短歌を作っていた。どんな短歌を作れば直枝くんに想いが届くんだろうかって。 考えて考えて考えて考えて考えて。書いて書いて書いて書いて書いて。直して直して直して直して直して直して。 考えて書いて直して考えて書いて、直して考えて書いて直して考えて、書いて直して考えて書いて直して考えて。 ようやく出来た。 5 7 5 7 7 31文字の短い詩。 放課後。封筒に入れたそれを文芸部の生徒に手渡す。 「あの、大丈夫?」 封筒を受け取ってくれた生徒がそんな事を聞いてくる。首を傾げて聞き返す。 「何がですか?」 「何がって自分で気が付いてないの?」 私の短歌が入った封筒をしまうと、手鏡を出して見せてくれる。 鏡の中の顔は疲れ切った顔をしていた。そのくせ赤みがさしていて、熱っぽそうなで視線が合わないような目で、私の事を見つめていた。 「わぁ。風邪ひいてるみたい」 「どうみても風邪をひいてるようにしか見えないわよね、やっぱり」 「あはは……。短歌を考えてて、昨日、寝てないからなぁ」 「無茶しすぎよあなた」 目の前の生徒が呆れた顔でそんな事を言って、手鏡をしまう。 「確かに預かったから、今日はもう帰って寝たらどうかしら?」 「うん。そうさせて貰います……」 とりあえずお辞儀をするだけしてその場所から歩き出す。遠くから直枝くんと西園さんの声が聞こえた気がしたけど、振り返る元気もなかった。どうやら気力だけで立っていたのに、短歌を出したらその気力さえも無くしてしまったらしい。 ふらふらとした足取りで寮の自分の部屋まで帰ってくると、バタンとベッドに倒れこんでしまった。 ベッドに倒れたら急速に意識が消えていく。本当に私の体は限界らしい。 「これ、ちょっと、まずいかも」 シャワーも浴びてないし、制服も脱いでない。こんな女の子じゃあ直枝くんに嫌われちゃう。そんな事を思いながら意識は沈んでいく。 結局、この日からしばらく寝込み続けていた。 久しぶりの学校。 来たとたんにまず直枝くんの姿を探してしまう。慣れた作業だからか時間なんてほとんどかからなかった。 しばらく見る事のなかった直枝くんの顔。その顔を久しぶりに見たら思わず頬が緩んでしまった。誰かと付き合っているなんて話は聞かないし、もしかしたら本当に直枝くんと付き合う事が出来るかも。そう思ったらまた顔がにやけてきた。 「おっはよー!」 声が響く。聞きなれない声だなと思って入り口の方を見てみたら、嫌な顔が見えた。西園さんだ。 直枝くんと付き合っているなんて噂が流れるくらい直枝くんにベタベタしている女。それに能天気に直枝くんに近づいていくのも気に入らない。私なんて挨拶をするのも躊躇うくらいなのに。 「美鳥……!」 ガタガタと机にぶつかりながら直枝くんは西園さんに近づいていく。一瞬だけ暗い感情が胸に湧きたつが、直枝くんの顔を見たらすぐにその感情も消えてしまう。明らかに苛立っている顔をしているから。それに名前も間違えられてるし、いい気味だ。 ――だから違う。こんな嫌な事を考えちゃいけない。こんなイヤな女だって直枝くんに気が付かれたらきっと嫌われちゃうから。 西園さんは直枝くんに挨拶をしたら馴染みの女の子たちとのお喋りを優先させて直枝くんから離れていく。残されたのは茫然とした直枝くんと、私。 「な、直枝くん。おはよう」 「え、うん。おはよう」 勇気を出して挨拶をしてみたら直枝くんもちゃんと挨拶をしてくれた。やっぱり今日はいい一日になりそうだ。西園さんと直枝くんの仲も悪くなったみたいだし、確か今日の放課後から短歌の結果発表があったはずだ。 もしも直枝くんと付き合えたら一緒にお昼を食べるのもいいかも。私の手作りのお弁当を笑顔で美味しいって言ってくれる直枝くんを想像するだけでドキンと心臓が高鳴った。現金な私。中庭にケヤキの木の下で、サンドイッチでも作って一緒に食べよう。余ったパンの耳をハトにあげてもいいかも知れない。 なんかどこかで見たような気がする風景だけど――――気のせいね。だってそんな穏やかな昼食を過ごせる女の子なんて、直枝くんの傍には私しかいないはずだもの。 そして放課後。短歌の発表の教室。 「う…そ」 そこに立って私は茫然としていた。他にも色々な人が来て肩を落としたり喜んでいたりしているけど、そんな人たちと私は比べものにならない。赤枠に飾られたその場所に私の作品があったんだから。 何度見てもその短歌は私が書いたものだし、作者の杉並睦実という名前も私のもの。間違いなく私が、私の作品が大賞に選ばれていた。 「あはは、ははははは」 何分も経ってようやく笑みがこぼれてきた。完璧だ、完璧すぎる。結果を見に来て大賞を見ないなんてありえない。絶対にこれは直枝くんの目に留まる。この短歌に込められた想いだって分かりやすい。他の人ならともかく、張本人の直枝くんが気が付かないはずがない。 絶対に大丈夫。絶対に大丈夫。絶対に大丈夫。 なのに。 直枝くんは結果を見に来なかった。ずっとずっと直枝くんを見ていた。たまに朝の挨拶を交わしたりもした。休み時間の度、放課後になる度、結果発表の教室に行ったけれど、直枝くんは一度もこの教室に姿を見せない。 教室で見かける直枝くんはとても追い詰められた顔をしていた。たまに西園さんの方を険しい顔で睨みつけたりしている。 あの女が何かしたのか。私も西園さんを睨みつける。そして西園さんは私の視線に気が付いたのかこっちを向いて、無邪気に笑いながら手を振ってきた。毒気が抜かれてしまって思わず手を振り返してしまう。 直枝くんはいつもぶつぶつと何かを呟くようになった。鬼気迫る、というのにふさわしいような空気を醸し出し始めている。そんな直枝くんに、井ノ原くんの宮沢くんも棗さんも余り近づけないでいた。ただ遠くから心配そうに見守るだけ。かく言う私もそんな直枝くんに近づけるはずもない。たまに西園さんが近づいて行くけれど、直枝くんの機嫌を更に悪くするだけだった。 それなら近づかなければいいのに。怒らせるだけだとしても直枝くんに近づける西園さんに嫉妬なんかしていないけど、なんだか妙に腹が立った。もう西園さんは直枝くんにふられたんだから、近づくな。 日にちは過ぎていって、結果発表の展示の最終日。直枝くんは一度もここに来ていない。もう文芸部の生徒たちが後片付けに入り始めた時間。最後まで希望を捨て切れずに、文芸部の生徒に無理を言って教室内にいさせてもらった。 「あーっっっ」 廊下から大声が聞こえた。聞き違えるはずもない人の声。振り向いたら、そこにやっぱり彼がいた。 「直枝、くん」 口の中だけで名前を呼ぶ。そして直枝くんが見る邪魔にならないように、赤枠で飾られた短歌の前から体をどかした。ドキドキと心臓の音が止まらない。希望を捨てなかった自分を今なら褒めてやりたい。 すぐに直枝くんは大賞の前まで来る。そして赤枠に囲われた作品を見上げる。私の言葉を受け取ってくれる。 「違う。これじゃない」 だから、そんな言葉が、直枝くんの口から出たなんて、嘘だ。 名前を見てもなんの反応も示さないなんて、嘘だ。 短歌を見ても冷めたように次の作品を見るなんて、嘘だ。 体の力が抜けたみたいだった。たぶんまだ立っていられるのは地面に倒れこむ力もないからだ。 優秀賞や佳作も素通りしていく直枝くん。そしてやがて誰の目にも止まらないような部屋の隅に飾られた短歌の前で、止まった。そして確かめるように二度、その短歌を読むように目を動かした後、しゃがみこんで泣きだした。 それは喜びの涙だった。泣きながら、迷子がようやく母親を見つけたみたいに安心していた顔をしてたから。 その涙を私の作品の前で流してほしかった。ずっと直枝くんを見てきたって、気が付いて欲しかった。望めばすぐ傍にいるからって、分かって欲しかった。 直枝くんが泣いている前の短歌を見る。訳の分からない、私が見ても独りよがりで人に理解させようなんて思わせない短歌。それを見て直枝くんは泣いていた。大賞の私の作品なんか素通りして、部屋の隅の作品を見て涙を流していた。 その作品の作者は西園美魚という名前だった。 悲しみの涙が溢れる。その嗚咽を止めようとは思わなかった。情けない顔でもいい、直枝くんに振り向いて欲しかった。 大声で泣く。しゃくりあげる。わめきたてる。 後片付けをしていた文芸部の人たちは驚いて私の方に目を向けた。教室中で一人を除いて私に視線が集まっているのが分かる。 残った一人、直枝くんだけは私を見ない。誰もが見つめてくれる私を見ないで、追いやられたように隅にいるかげなしだけを見続けているから。 もう誰も見ない赤枠の短歌。 見て欲しい 木陰のあなた 見る私 隣に彼女が 居たとしても [No.393] 2009/09/11(Fri) 19:27:38 |
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