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「理樹、いい天気だぞ」 キッチンまで射し込んでくる朝日に目を細めて鈴が言う。 「ピクニックに行こう!」 サンドイッチのバスケット。そして麦茶のたっぷり入った魔法びんを持って。 ぞうじるしと出かけよう 意気ようようと出かけたのは近所の山、というか丘みたいなもの。中腹にある神社までは何度か行ったことがあるけど、今日はてっぺんまで登ることになっている。 のっしのっし。神社までの石段を大またに上っていく鈴に、遅れがちについていく。 肩からさげた魔法びんが重そうだけど、そんなことは感じさせずにぐんぐんと上る。僕はその手で振り回されるバスケットの中身が少し心配だ。もちろんそんなことにも鈴はおかまいなし。ちょっと待って、速いよ。 「なんだ、もう疲れたか?」 声に出したつもりはなかったけど、鈴は立ち止まってくれた。 もう少しだけ上って石段のなかば。少し広くなったところで一休みとなった。木々の覆いかぶさる参道も、眩しいほどの木漏れ日のおかげで明るい。 「すずしいな」 木漏れ日を見上げる鈴の首筋がうっすらと汗ばんでいる。 「のど渇いてないか、理樹?いいものをやろう」 たぶん出かけたときから見せたくてたまらなかったんだろう、得意顔であの重そうな魔法びんのふたを開け、そこに中味を注ぎ始めた。 たぱぱたぷたぷ……。透き通った茶色がふたに注がれるのと同時に香ばしいにおいが漂う。そのにおいにつられて思わず顔を近づけると「まてまて理樹。まずは私が味見する」とお預けを食らってしまった。 こく、こく、こく。腰に手を当てて一息に飲み干していく。それは味見とは言わないと思う。 「理樹、お前も飲め」 とても麦茶をすすめているとは思えない口ぶりで差し出されたふたに、僕はおそるおそる口をつけた。 ! あまい。びっくりして顔を上げると今日一番の得意顔が目の前にあった。 「どうだ、あまくてうまいだろ」 初めての味なので美味しいまずいを判断できないのが正直なところだけど、でも何だかあとを引く。 ちょっと夢中になって飲んでしまったから、それを鈴にじっと見られていたのが照れくさかった。 それから、また登り始めた僕たちは、何度か休憩をはさみながら神社のさらに上、頂上をめざした。 そんなに高くもない山だから、僕らのようにピクニックする人たちも少なくはないのだろう。登山道もそれなりに手入れされていて登るのに支障はなかった。 ただやっぱり始めに飛ばしすぎたんだろう、鈴のペースはだいぶ落ちていて、今は僕が先導するような形になっていた。 「がんばれ理樹、もうちょっとだぞ」 振り向いた僕を励ますというよりも自分に言い聞かせるような鈴の声。視線を前に戻すと、行く先で木々が途切れ、空が広がっていた。 鈴の息づかいがすぐそばで聞こえる。同じものを見たんだろう、足を速めて残り僅かな道のりを駆け上がった。 視界が広がるその先。空。雲。山。街。 「どうだばかやろーっ!」 誰に向かって言っているんだろう。開けた頂上。ゴールテープの代わりに街を見下ろす柵にしがみついて鈴が吼えた。 「頂上に着いたらお弁当だ。ちょうどお昼だしな」 お昼はとっくに過ぎていてちょうどでも何でもないけれど、お腹がすいていたのは僕も同じなので異論はない。 「その前に麦茶を飲もう。喉が渇いたからな」 ちょろろろっ。ぴちゃ。しかし魔法びんから注がれるはずの甘露はふたの半分ほどを満たしただけで底をついてしまった。それも無理はない、休憩のたびに鈴ががぶがぶ飲んでいたから、いくら大きいといっても限界がある。 「む」 かっしゃこっしゃ。諦めきれないみたいで、逆さにして何度も振っている。でも中の氷が音を立てるだけで、麦茶のかさは少しも増えなかった。 「理樹、なくなった」 もう逆さに振っても雫が水面にもようを作るだけ。だからと言って僕をそんな困った顔で見つめられてもどうしようもない。 「ひじょーに残念だ」 両手で持って水面を睨み、惜しみながらゆっくりふたを傾ける。こくこくと鈴ののどが動く。じっと眺めていると「う……お前も飲むか?」とふたを差し出してきた。困った顔で。 それが最後の一杯を惜しむような真に迫った困り顔だったのが僕にはおかしくて、少しだけ、ほんの少しだけ舐めるように飲んで鈴に返した。 ちょっぴりだったけれど、つめたい甘さが喉を滑り落ちて熱を持った身体に元気をくれた。 「ん、もういいのか?」 僕に遠慮してか鈴は少しふたと睨めっこをしていたけれど、結局誘惑に逆らわず、残りを一気に飲み干した。 「ぷはーっ、あまくてうまいな!」 手の甲で口許を拭うしぐさはとても男らしかったけれど、本人が幸せそうなので僕は何も言わないことにした。 さて、困ったのは飲み物なしでどうやってお弁当を食べるかだ。バスケットを開け、案の定パンと具とが別居状態になったサンドイッチたちを前に鈴は途方に暮れていた。 頼みにしていた麦茶はさっき飲みつくしてしまった。頂上に自販機とか水道とかそんな気の利いたものもない。 「こまった……パンはもそもそしてるからな」 鈴はわざわざ言わなくても済むことを口に出してしまうくらい困っていたけど、僕は具だけ摘めれば構わないのでそうでもない。 「あ、こら。それじゃサンドイッチじゃなくなるだろ!」 ハムだけ摘み食いしたところを見つかって怒られた。仕方ないじゃないか、好きなんだから。でもその抗議は聞き入れてもらえない。 まあ、朝早くから準備していたのは僕も知っているから、せっかくならちゃんと食べたいけど。 かっしょかっしょ。鈴は名残惜しそうに魔法びんを振っていたけれど、唐突にふたを開け、中栓を外しはじめた。 「ふっふっふ、すごいことを思いついたぞ理樹。見ろ!」 からころかん、かろん。 鈴が小鼻をひくひくさせて自信たっぷりに傾けた魔法びんの口から、丸四角くて透明っぽい塊がいくつも転がり落ちた。 「これはただの氷じゃない。あのあまくてうまい麦茶を冷やしていた氷だ。きっとすごくうまい」 そう言うと僕が何か突っ込む間もなくぽいぽいと口に放り込んでしまった。 かりこり。こりこり。もひゃもひゃ。 みるみるうちに鈴の顔に残念そうな色がひろがっていく。 「あむみゃひ……あひわ、ふぃにゃうぃわ」 欲張ってみっつもいっぺんに頬張るから噛み砕くのもままならないみたいだ。あんまり味はしないな、とか言っているんだろう。聞き取れなくても顔でわかる。 かりぽり。がりりっ。ようやく口の中が自由になった鈴は、「だが冷たくてうまいぞ」と負け惜しみを言った。 僕はふたを見る。残った氷はあとみっつ。鈴はいつ気がつくんだろう。この最後のみっつの寿命が迫っていることに。 まあ、僕はハムを食べられればいいんだけど。 [No.408] 2009/09/12(Sat) 17:51:34 |
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