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「聞いてくれ理樹! 俺は重大な発見をしてしまった!!」 「どうしたの? 二次元に入る方法でも見つけたの?」 ノックもなしに自室に飛びこんできた恭介に、理樹は宿題から目を話さずに適当に応えた。 恭介はそんな対応にもかまわず、入ってきた勢いそのままに熱弁をふるいはじめる。 ――ちなみに真人は、「頭を鍛えるまえに体を鍛えてくるぜ!」と言い残して姿をくらませていた。 「それは虚構世界をつくれば簡単に……ってその話じゃないんだ」 「ええ!?」 「なんだその『恭介が二次元と妹と(21)以外の言葉をしゃべった!?』みたいな反応は」 「違うの?」 むしろ違ったら世界が終わる、とでも言いたげな顔に、恭介は若干顔が引きつる。 「でもまあ当たらずも遠からじだ。 理樹、鈴たちはいま何才だ?」 「攻略対象キャラは全員18才以上」 「そうだな。ここで、鈴たちをボーダーラインの18才とし、この学園を高校のような3年制のものと仮定しよう。 鈴たちと理樹は同年代、俺はおまえらより年上……さらに笹瀬川に後輩がいることを考えれば、俺は19才ということになる」 「まあ普通に考えてもそうなるよね」 「だが年齢とはなにか? Yaho○!で調べてみると、『生まれてから経過した年数。とし。よわい。年歯。』とでてきた。 つまり、『生まれてから今日にいたるまで、どれぐらいの時間をすごしたのか』とも言い換えられる」 「……小難しい言い方してるけど、結局普通のことを言ってるよね?」 「ああ普通だ。――しかし、しかしだ。俺たちリトルバスターズは普通の時間をすごしていない」 「もしかして……虚構世界?」 「そのとおり。俺たちは終わらない一学期のなかにいた。なん回も、なん回も繰り返した。 つまり、他の奴らよりも多くの時間をすごしている――すなわち、俺たちはその分年上になるってわけだ! ここで仮に、ひとりの女子を攻略するのに3ヶ月かかったとしよう。ループ回数は女性陣6人足すことの旧リトルバスターズで計7。3ヶ月×7回=21ヶ月。 俺たちは虚構世界で1年と9ヶ月をすごしている計算になる。 よって俺の年齢は、20才なんだ! もう酒が飲めるし、もう3ヶ月もすりゃあ念願の棗 恭介(21)になれるんだぜ!!」 語り終わると同時に、懐から缶ビールを取り出し、ひとりで乾杯を始める。 理樹は開いた口がふさがらなかった。 この男はなにを言っているのだろうと。 「いやその理屈はおかしい」 「ほう……俺のなにがおかしいのか説明してもらおうじゃないか」 「後悔しない?」 もちろん、と大きくうなずかれたので、話しだした。 理樹が座るちゃぶ台の反対側に、恭介が腰を下ろす。 「まず、ひとりの女子で3ヶ月というのがおかしい」 「おいおい、まさか『人によっては1ヶ月です』とか細かく計算していくのか? そんなの誤差のレベルだろ?」 「うん。だけど、ループはいつも5月13日から始まっていた。だからどんなに頑張ってもせいぜい2ヶ月ぐらいだと思うんだ」 「……それでも、2×7=14で1年2ヶ月。ギリギリ酒が飲める年齢だ!」 「いやいや、お酒を止めたいわけじゃなくて……そしてもうひとつ。ループ回数7回というのがおかしい」 指折り数えていく。 「僕はまず、鈴を攻略しようとした……でも結局攻略できなかった。 次に僕はクドを攻略した。 その次は葉留佳さんに行った。 次は来ヶ谷さん。 続いて小毬さん、西園さん。 ようやく鈴に行ったけど……それでもダメだった。 そして僕たちは、辛いだけになってしまった世界を乗り越えた」 右手の指はいったん握られ、そこから折り返して三本の指が立っていた。 「それでも8回……やっぱり誤差レベルじゃないか」 「――なに言ってるの?」 「は?」 「まだ僕の話は終わってないよ?」 「なんだと……?」 話の続きがある……そのことに恭介は戦慄した。 「次に僕はハーレムを狙ってみた。でもあえなく失敗した。 次に辛いだけの世界をもう一度乗り越え、鈴が僕のつばを舐めるのを見た。 そしてさらに来ヶ谷さんがかわいく告白するのを見た」 指折りしていた手が開かれ、再度親指が曲げられる。 それでもまだ、止まらない。話すのを止めない……! 「まさか……やめろ、理樹! やめてくれ!」 「クドが精神的に強くなるのを見届けて。 世界を筋肉に包んで。 そして笹瀬川さん。 二木さん。 沙耶さん! 沙耶さん(馬鹿)!! 沙耶さん(スクレボ)!!!」 「…………っ!」 「18回。2×18=36。 ――3年、すごしているんだ。虚構世界で。僕たちは」 「そんな……それじゃあ、それじゃあ……」 「…………」 「俺は……棗 恭介……(22)……なのか……?」 知らなければいい真実もある。政治家の裏の顔、街が発展している裏のヤクザ、両親が結婚した理由、マク○ナル○の原価、……。 でも理樹は話した。恭介が許可した……そんなのはもう言い訳に成り下がっていた。ただ、どうしても話したくなったから話してしまった。無知蒙昧に喜んでいる恭介の姿なんて見たくなかったから。 恭介の体が崩れ落ちる。床に拳をたたきつける。 「……ょう」 「恭介?」 「ちくしょおぉぉ!! なんでだよ! なんでこんなことになるんだよ! ずっとずっと願ってたんだよ! なんで、こんな理不尽なんだよ!! ちくしょう!! ずっとずっと、願い続けてた!! それがかなえられるって思ったのに!! なのに……それがかなわないなんて……。 そんなの……ねぇよ……なんでだよ……わけわかんねぇよ……くそぉ……」 それはまさに、魂の叫びだった。棗 恭介という人間のすべてをかけた絶叫。 ――どうしてここまで悲しむのだろう? なにが彼をそうさせるのだろう? わからなかった。わからなかったが、彼が――幼いころから憧れていたリーダーが、とても悲しんでいることだけはわかった。 「恭介……どうして、そこまで……?」 だから聞いた。恭介の悲しみを理解して、分かち合って、癒せるように。 「……夢、だったから」 やがて恭介は、ぽつりとつぶやいた。 「ずっと願って……事故にあって……その夢がかなわないと知って……それでもあがいて……最後の最後で捨て去った……夢だったんだ。 それなのに、一度あきらめた夢が目の前にあるんだ……! それをつかもうとしちまうのはしょうがないだろ!? 理樹ともっと遊びたかったとか!! 鈴の成長を見守りたかったとか!! (21)になってイヤッホォォォウしたかったとかッ!! そんなちっぽけな願いをかなえようとすることが、いけないことなのか!!??」 つぶやきはやがて、再び魂をふるわせる叫びに変わる。 その、悲壮感あふれる目を、理樹はしっかりと見すえて、 「恭介」 手を差し伸べた。 「そんなに悲しまないで」 「悲しむな、なんて……簡単に言ってくれるな……」 「簡単に言うよ。だって、僕は恭介を助けられるんだ」 「なんだって……?」 「僕が……僕たちが、(21)だ」 理樹は笑う。心の底から。 かつて悲しみに暮れていた自分に、笑いかけてくれた彼のように。 恭介は理樹の笑顔を、呆然と見上げていた。やがてその顔が、くしゃっと崩れる。泣き笑いのような表情。 「そっか……おまえは……俺を、助けてくれるんだな……」 「もちろんだよ……それに、僕だけじゃない。真人や謙吾や鈴や小毬さん、みんなみんな、(21)なんだ! 遊ぼう、恭介。ずっとずっと一緒に。みんな一緒にっ」 「理樹……理樹っ!!」 「恭介!!」 彼らは決して離れないとでもいうように、固く抱き合った。。 恭介は理樹の胸に顔をうずめた。いつの間にかこぼれていた涙を隠すために。 理樹はそれに気づかないフリをして、抱く腕に少しだけ力をこめた。 友情を確認しあっているところに、突然ノックの音が飛び込んだ。 「リキー? お邪魔するのでわふーーーっ! なんだか大変な場面に遭遇してしまいました!?」 続いて飛びこんできたのは、リトルバスターズのマスコット犬・能美クドリャフカであった。愛くるしいほどの大きな瞳をさらに広げ、目前の光景にびっくりしている。 それはそうだろう。彼女がひそかに想いを寄せている相手の部屋に入ったら、男と抱き合っているのだから。それだけならばまだしも、男のほうは見るからにガン泣きしているのである。 「もっ、もしかしなくても私はお邪魔でしたかっ」 「いや別に邪魔にはなってないけど……そうだ、クドも手伝ってくれる?」 「なななななにを手伝うですか!?」 「なぐさめるのを」 「なぐしゃめ――!?」 赤くなってわっふわっふしているクドリャフカに、理樹はこうなった経緯を説明する。 「実はかくかくしかじかというわけなんだ」 「はあ、まるまるうまうまだったのですか」 壮大な勘違いをしていたことに気がついたクドリャフカの顔が、さっき以上に真っ赤になった。 しかし次の瞬間には小首を傾げ、なにやら考えだしていた。 「そういうわけだから、クドも一緒に遊ぼう。今日は(21)祭りだ!」 「やべぇ……その名前だけでご飯3杯はいけるぜ……」 「ほら、恭介もノリノリだよ!」 「……そ、そのぉ……ひじょーに言いづらいのですが……」 クドリャフカは、その小さな体を縮こまらせて、両手の人差し指をつんつんとつつき合わせている。 「そっか……ほかに用事があるなら仕方ないよ」 「いえ、リキたちと遊ぶのはやぶさかではないです! むしろ嬉しいです! じゃなくて、年齢のことです」 「年齢の……?」 「はい。実は……というほどのことでもないのですが」 言おうか言うまいか、顔を上げては下ろし、口を開いては閉じた。手は無意識なのか、マントのはじっこをいじっていた。 そして。クドリャフカは意を決して話す。 「私、みなさんよりひとつ下なのです」 ――理樹の脳裏に、電流走る! 自ら犯していた……過ち…………それに気づく。 ……冷や汗……圧倒的な冷や汗……!! 「か、隠していたわけではなくてですね、言う機会がなかったといいましょーか、いえむしろ前にリキには言っていますし、ですがほんのわんくりっく分のことですし覚えていないのもしょーがないです! のーじんじゃーです!」 クドリャフカの言葉も耳に入らない。それほどまでの衝撃……やがて弾き出される、正しい答え。 「なんだ……? つまり、能美だけ(20)なのか?」 「違うよ、全然違うよ恭介! 前提条件から狂ってしまうんだ!」 理樹は最初から話しだす。それは恭介に説明するというよりは、自分に言い聞かせるかのような声音だった。 「まず最初に、鈴たちを18と仮定した。だけど、クドは鈴たちの1コ下。このままだと、クドが17になっちゃう!」 「な……!? バカな! それじゃあソフ倫が許さない!」 「つまり、クドを基準に考えなきゃいけなかったんだ。鈴たちは19で、恭介は20!」 「わふー! 恭介さんは実は大人だったのですか! いっつ・あ・あだるとなのです〜!」 「ってことは俺はいま棗恭介(23)なのか」 「作者と同じ年齢だね」 「そして鈴たちは(22)……! くそっ、このうえ鈴たちにさえ、俺の夢はかなえられないのか」 どさり、と自暴自棄に体を投げ出す恭介。 しかし、理樹は首を横に振る。 「まだ希望はあるよ」 「他のクラスの奴らならまだ大丈夫、ってか? ダメなんだ。リトルバスターズじゃないと意味ないんだ……!」 「聞いて恭介。いるんだ、僕たちのなかに」 「なに……?」 理樹は、すっ、と体をどける。恭介にその姿を見せるために。 「能美クドリャフカ――クドリャフカ・アナトリエヴナ・ストルガツカヤ・(21)――僕たちの、最後の希望だよ」 視線の先。そこには突然名を呼ばれ、びくぅっ、と飛び上がったクドリャフカ。 驚愕の表情のままその姿に見入っていた恭介。やがて、その瞳からこぼれる、一筋の涙。 「そうか……おまえが……」 まるですがるかのように伸ばされる手を、クドリャフカは反射的に取ってしまう。 「俺の(21)……だったんだな……」 クドリャフカの手は、しっとりとしていて、なのにすべすべのぷにぷにだった。恭介がいつまでも触っていたいと願うほど。 「うっ、くはぁ!」 「わふ!? どーしましたか?」 「ふぅ……問題ない、ほぼイキかけただけだ」 「イキ……?」 「それより能美、ちょっとついてきてくれないか」 「どこにでしょう?」 「いいからいいから」 「えっと、ですが……」 「いいからいいから」 「はぁ、よくわかりませんが、わかりました」 恭介はクドリャフカと手をつないだまま、扉のほうへと歩いていく。 ドアノブに手をかけたところで、振り返らずに、 「理樹。ありがとう」 「僕はなにもしてないよ」 「俺がお礼を言いたいんだ。言わせてくれ。 俺は大切なものを失おうとしていたんだ。それを取り戻してくれたのは理樹……おまえなんだ」 ――ありがとう―― ――強く、なったな―― 恭介はドアノブを回し、ゆっくりと扉を開けた。 前へ向かう。暗い箱のなかで、動かなくなるのを待つだけだったはずの、恭介とクドリャフカ(21)は。 ――前に。光さすほうへ。 ひとりきりになってしまった部屋で、大きく伸びをする。ひどくさわやかな気分だった。 そしておもむろに、部屋のカーテンを開ける。 空を見上げる。 まるで泳げそうな、 目にしみるような、 どこまでも続くような、 一面の灰色だった。 [No.434] 2009/10/09(Fri) 23:31:42 |
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