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私は青い空をただよふ白鳥です。 私はあをいうみをただよふ白鳥です。 「おはよー」 「あっ、おはよー」 「そうそう、ねえ、聞いてよー。こないださー・・・・・・ ホームルームが始まるまでの弛緩した時間。 次々と生徒たちがわたしの前を通り、友人たちと挨拶を交わしていく。 徐々に騒がしくなっていく教室を、わたしは廊下側の一番隅にある席からぼんやりと眺めていた。 「おはよー、西園さん」 「はよー」 「西園さーん。昨日、あの雑誌出てたよー。もう買った?」 「ええ!?買ってない買ってない。忘れてたよ。放課後買いにいかなきゃ」 「あっ、じゃああたしも駅前行こうかな?一緒に行こーよ」 「うん、いいよ」 そんな騒がしい教室の中心に彼女、西園美鳥がいた。 まだ、クラス替えから1月も経っていないと言うのに、既に彼女はクラスの女子の中心になっていた。 いや、女子だけではない。そのとっつきやすい性格のおかげでクラスの男子たちとも仲が良い。 あの子のまわりには、いつも人がたくさんいて、笑い声が絶えることは無い。 ・・・・・・それにしても、毎日顔を合わせているに何をそんなに話すことがあるのだろう。 聞いてみれば、今日の授業のことや、TVや雑誌の話、恋愛のはなし。 そのどれをとってもさほど意味があるわけでもなく、会話をするために会話をするといった感じ。 そんなことをするくらいなら、ひとりで本を読んでいたほうが何倍も有意義だし気楽だ。 そんな面倒なことを毎日毎日やっている美鳥や他の女の子たちに対して、呆れを通り越して尊敬すら覚える。 やがて、予鈴が鳴り、担任が入ってきた。 「皆おはよう。では、出席をとる」 わたしは視線を教壇へと移し、担任の出欠確認をぼんやりと耳にしていた。 「棗」「ハイ」「西園」「はーい」「西谷」「はい」 また今日も、退屈な一日が始まる。 お昼休み。 わたしは、美鳥を連れて中庭にいた。 ケヤキの下では、生い茂った新緑が、5月の日差しを遮っている。 そこでわたしはケヤキの下、美鳥は太い枝の上にそれぞれ陣取り、昼食をとっていた。 「お姉ちゃんがお昼に誘うなんて珍しいね。どうかした?」 「美鳥は・・・・・・あなたは、毎日皆と他愛の無いおしゃべりをしていて楽しいんですか?」 「あー・・・・・・また、そのハナシかあ。そんな『楽しいか』って訊かれたら返答に困るんだけどな」 風が吹き、ケヤキの葉がさらさらと音を立てる。 足元の鳩たちの鳴き声、羽ばたく音が聞こえる。 中庭の芝生に陣取る他の生徒たちの話し声が大きくなる。 沈黙を破ったのは美鳥の方だった。 「うーん、クラスの皆はさ、あたしに話しかけてくれるしさ。何ていうのかな、クラスの人気者?あたしはそんな人だからさ。やっぱり、楽しいんじゃないかな?」 これまでも何度も行ってきたやり取り。 何度やっても美鳥の言っていることが理解できない。 それは、子供のころに雲の形が何に見えるかで口論になったときと同じだ。 美鳥には、雲が動物や食べ物に見えるわたしがわからない。 わたしには、グループの中で楽しそうに談笑できる美鳥がわからない。 そして、その『わからない』はきっと、これからもわからないのだろう。 わたしはそんな不満を視線に込めて、美鳥を見つめ続けると、突然美鳥が目を逸らした。 「あ、理樹君だ」 「やっほー、理樹くーん」 美鳥は中庭をきょろきょろと見回していたわたし達のクラスメイト、直枝さんに声を掛ける。 「上うえー。どこ見てんのー」 「あっ、居た居た。西園さん」 美鳥に気付いた直枝さんがケヤキに向かってくる。 そして、ケヤキの下から、枝の上の美鳥に話しかける。 「って、ちょっとどこ上ってんのさ!?危ないから降りてきなよ!」 「うーん、降りてもいいんだけど。それだとむしろすけべな理樹君の方が危険かなー?」 その意味を察した直枝さんの頬が朱に染まる。 「あはは、かわいいねー理樹君は。で、どうしたの?」 「ああ、そうそう。恭介が今日の放課後、部室に集合だってさ。何かあたらしいことを思いついたみたい。」 「へえ、恭介さんも暇人だねえ。就職活動中の身の何処にそんな暇あるのやら」 「確かにね。じゃあ、僕は教室に戻るから。危ないから早く降りなよ」 「はいはい。理樹君が行った後に降りますよー」 直枝さんが去った後、下に降りてくる美鳥を眺めながら。 最近美鳥は、彼や棗先輩をはじめとするリトルバスターズなるグループと付き合い始めたようだ。 それも、かなりのお気に入りのようで、今ではリトルバスターズの面々と話をする時間が一番多くなっていた。 そんなに他人と関わって、何が楽しいのか。 やはりわたしには、美鳥の考えがわからない。 夕方。 鬱々とした梅雨の合間、久々の晴れだったのでリトルバスターズの面々は野球の練習を行っていた。 今は、その練習後。 他の皆が落ちているボールを探している間、美鳥はグローブなどの練習道具の片づけを行っていた。 わたしは一緒に帰るために自分と美鳥の鞄を持ち、彼女の傍、部室の前で待っていた。 美鳥を待つだけなら、別に図書室でも渡り廊下の前でもどこでもいいのに、何故わたしは部室前という場所で待っているのだろう? ・・・・・・それは多分、美鳥が羨ましいと感じ始めているからなのだろう。 リトルバスターズの人たちと一緒にいるとき、あの子は一番楽しそうにしている、そんな気がしている。 わたしもその輪に入りたいと思っているのであろうか? これまで、あれだけ他人を拒絶していたわたしが? 最早わたしには、自分の考えすらわからない。 そんな中、リトルバスターズのメンバーのひとり、来ヶ谷さんがボールの入ったバケツを持って美鳥の隣にやってきた。 「ちょっといいか」 「あ、来ヶ谷さん。おつかれー。どうしたの?怪我でもした?」 「いや。ひとつ、キミに訊きたいことがあってな。」 「美魚君。キミは、そんなに重たい仮面を被り続けて、苦しくはないのかい?」 一瞬、聞き間違いかと思った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼女は何を言っているのだろう? 『仮面』という普段聞かない単語も謎だが、重要なのはそこではない。 今、彼女は、美鳥に対して『美魚』と呼びかけた。 何故、彼女は美鳥の名前を間違ったのだろうか? もう6月なのだから、クラスの子達が美鳥の名前を間違えるはずがない。 皆、美鳥のことを『美鳥』と・・・・・・・・・ いや。 呼んでいない。 わたしの記憶が確かなら、皆『西園』と呼んでいる。 しかし、それではおかしいではないか。 クラスには、わたしと美鳥、ふたりの『西園』がいる。 それに対して『西園』と呼べば混乱するはずだ。 混乱しないとするのであれば、「『西園』といえば美鳥を示す」という暗黙の了解があることになる。 確かにわたしは彼らと殆ど接点を持っていないから、それなら納得できる。 しかし、現に誰かが『美鳥』と呼んでいる記憶は無い。 教師でさえも。 わたしは頭の毛穴という毛穴からぶわっと冷たい汗が吹き出てくるのを感じた。 もうすぐ夏だというのに、なんという寒さだろう。 指先などは真っ白になってしまっている。 わたしは震える指で、すぐさま二人の鞄に手をかける。 二人の鞄から、それぞれの名前が入ったノートなり教科書なりが出てくれば、わたしの記憶違いで済む。 しかし、ノートも教科書も出すことは出来なかった。 わたしが手にしていたのは誰の鞄でもなく、グローブだった。 先程まで美鳥が座っていた場所に、わたしがいた。 そのことがますますわたしを混乱させる。 ほんの一瞬でわたしが美鳥の位置に移動した。 しかし、美鳥と入れ替わったというわけではなく、美鳥の姿は見当たらない。 あの子は何処へ行ったのだろうと考え、次に自分について考えたとき、背筋を悪寒が走った。 心臓の音が鳴り響く。 わたしは、今まで、何処に居たのだろうか? そもそも来ヶ谷さんは部室前に立っていたわたしに全く気付いたそぶりは見せていなかった。 そういえば、似たようなことはいくつもあったのだ。 教室の中で。 中庭の中で。 何処に、美鳥の席はあったのだろう? 何故、彼はわたしに気付かなかったのだろう? 目の前がぐわんぐわんと揺れているような錯覚に襲われる。 わたしは恐ろしさに叫び声を上げようとするが、金縛りにあったように声を上げることすらままならない。 自分が立っているのか座っているのかさえわからなくなる。 美鳥は何者なんだろうか? わたしは何者だろうか? 名前を区別されないわたし達、同一地点に同時刻に存在するわたし達。 それらが示す結論は―――――――――― 「美魚君、どうした?具合でも悪いのか?」 心配そうな来ヶ谷さんに、美鳥、いや、『わたし達』は答える。 「大丈夫。だけど、仮面ってどういうこと?」 自分でもぞっとするような冷たい声が出た。 「あ、ああ。すまない。私が言いたかったのは、キミの社交的な部分がキミ自身に負担となっていないかということだよ。」 そこで、仮面の意味に気付く。 なるほど、読書家な来ヶ谷さんらしい発言だと思う。 確かに美鳥にはぴったりの表現なのかもしれない。 わたしとは違って、他人と話をするのが好きな美鳥。 確かにクラスの人気者という社会的役割を果たしていたと思う。 では、わたしは何なのだろうか? 「ふーん。じゃあ、何で来ヶ谷さんはそう感じたわけなの?」 「それは・・・・・・私自身がキミのような表情をしていたからだよ。いや、今もまだそうなのかも知れないな」 意外な言葉だ。 いつも自分の気の向くままに行動する傍若無人の権化のような彼女から出るとは到底思えなかった。 しかし、言われて見れば思い当たる節もある。 彼女の笑い声はいつも判で押したように同じで、つくりものめいていた。 「キミに比べるとまったく児戯に等しい程度のものだったが、それでも私はすぐに自己嫌悪に陥って止めてしまった。最近のキミを見ていると時折つらそうな顔をしていたんでな。もしかしたら私のそれと同じじゃないかと思っただけだ」 『わたし達』は立ち上がると背伸びをした。 「んーーっと。ありがとっ、来ヶ谷さん。気を遣ってくれて。でもあたしは大丈夫。こーいうのには慣れてるんだから」 「騙し続けるのは、つらくはないのか」 「ん。つらくはないっていうと嘘になるけど。だからって今更止められないじゃない。あたしは来ヶ谷さんとは違って気が弱いからさ。それに嘘からでた真ってことわざもあるし、ずっとずっと続けていけば、そのうち何も感じなくなるよ。きっと」 それを聞いて、来ヶ谷さんは不安そうな表情を一層深めたが、一転、いつもの不敵な笑みを見せると。 「・・・・・・ふむ。なら私から無理強いする気はない。しかしな、何かあったら私に相談してくれ。おねーさんはいつだってかわいいものの味方だからな。」 「ありがとう。でも今日話せただけでも十分感謝してるんだから。久々に真面目に話をしようと思えたし。」 「おーい、来ヶ谷、西園ー。そっちは終わったのかー」 他のメンバーたちも部室に戻ってくる。 結局その日は来ヶ谷さんとはこれっきりだったけど。 わたしは自分が何者であるか、そして何をすべきかわかりかけてきた気がする。 そして今、わたしは暗闇の中に居る。 修学旅行の最中、わたし達の乗っていた観光バスが崖から転落したのだ。 どうやら、わたしを含んだクラスの皆は、直枝さんと棗さんを残して、もうじき全員死んでしまうようだ。 しかしそれまでの間、『わたし達』を含むリトルバスターズは1学期を繰り返す夢を見続けるらしい。 そこは走馬灯のようでもあり、自分の願いがかなう天国のような場所でもあり。 わたしは暗闇の中、美鳥と会話をした。 「お姉ちゃん。本当にいいの?」 「ええ、これが最期の我侭になるでしょうから」 「じゃあ、一旦お別れだね」 「そうですね」 「でも、いつかあたしはお姉ちゃんの前に現れるよ。あたし達は二人で一人なんだから」 「そのときが来たら、あなたに全て返しますから」 わたしにはもう、自分が何者であるかわかっていた。 影。わたしこそが影だ。 わたしの願いはただひとつ。 最期に、わたしを見てほしい。 直枝さんや来ヶ谷さん、そしてリトルバスターズの皆に。 夢の中。 再び見える新緑の午後。 わたしはケヤキの下で待っている。 青い空に響くバットの音を。白鳥のように空を飛ぶボールの白を。そして、彼のすがたを。 [No.45] 2009/04/03(Fri) 01:44:16 |
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