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――あ、来る―― 身に馴染んだその感覚に、僕は相変わらず無駄な抵抗を試みる。落ちかかるまぶたの速度を少しでも遅く、あわよくば押し戻そうと。 けれど、その努力が報われたことは一度もない。まぶたよりも先に、暗闇が降りてくる。 まぶたにうっすらと光を感じた。身体を起こそうとして、右脚が動かせないことに気付く。身体が重く、胸も苦しい。腕も痺れたように力が入らない。というか痺れて―― 「重いよっ!?」 ――僕の身体は猫のベッドになっていた。 猫が逃げるように降りた後も、まだあちこちに痺れが残っていた(胸にはドルジが乗っていた。我ながらよく潰れなかったものだ)。ちくちくと首筋を刺す芝生の感触がこそばゆくて身体を起こす。 太陽はまだ高い。昼休みに“落ちて”から1時間くらいだろうか。「くしっ」と小さなくしゃみが聞こえて視線を下ろすと、傍らにもう1匹、大きな猫が丸まっていた。 鈴はむずかってくしくしと鼻を擦っていたけれど、目覚めはまだ遠いようで、すぐに寝息が聞こえてきた。起こすのは忍びなかったので、スカートは僕が直した。しましま。 上着を脱いで鈴にかけた。肌寒い。芝生は陽射しでまだ暖かいけれど、長くいると風邪を引くかもしれない。 気付くと猫たちが戻ってきていて、遠巻きに僕らを眺めていた。 「おいで」 呼んでも近づいては来なかった。暖かそうでいいな、なんて考えていたのが顔に出たのかもしれない。 静かだ。授業はまだ終わらないんだろうか。腕を枕に寝転んだ。遠く聞こえる先生の声が、囁くように眠りを誘う。 もう少しだけならいいか。鈴の寝顔を眺めながら、まどろみに身を任せた。 目を開くと、薄闇に浮かぶ見慣れた天井。重苦しいディーゼルエンジンの音が微かに聞こえる。身体の右側が温かい。布団から左腕を出し、仰向けのままベッドサイドを探る。頭の上にあるのにどうしてサイドなんだろう。指先にフレームの冷たい感触。レンズを触らないよう慎重に摘み、顔の前に持ってくる。 眼鏡をかけて、改めて首を傾ける。隣に潜り込んだ鈴が、僕の右側を占領して寝息を立てている。カーテンを透かす街灯の明かりに、綺麗なつむじがぼんやりと浮かび上がっている。悪戯したくなる眺めだ。 「ひっひっひ、馬鹿め。おれさまがこのつむじを……どうすればいいんだっけ?」 悪役をするには修行が足りないようだ。とりあえずそっと撫でてみる。「ん……うぅ……」顔は見えないけれど、逃れるように首を振っているから嫌ではあるらしい。 暗さに目が慣れて、部屋の輪郭が浮かび上がる。壁には昼間着ていたスーツの上下。薄いカーテン。布団の柄は猫のシルエット。イラストじゃ子供っぽいから、鈴には妥協してもらった。 肩が冷えてきて、布団を少しずり上げる。身じろぎに眠りを邪魔されて、とろりとした目で鈴が朝かと僕を見上げる。 「ごめん。まだ大丈夫だよ」 聞こえる車の音もまばら。夜明けはきっとまだ遠い。鈴は曖昧に頷いて僕の胸に額をこすりつけるようにして潜り込む。僕も細いからだを抱き寄せて、静かな闇に身を任せる。 まぶたを閉じる前、まだ仕事が残っていることを思い出す。明日は晴れるといいな。 燃えている。そう気付いて僕は慌ててまぶたをこじ開けた。一面真っ赤に染まった河川敷、それが夕焼けだと気付くのに時間がかかった。むわりと粘つく残暑を押し流すように、川風が吹き抜けていく。仲間がはしゃぐ声が聞こえる。 どれくらい眠っていたんだろう。途切れた記憶の端っこを手繰り寄せる。ああ、そうだ。僕が鬼だったんじゃないか。このばつの悪さにはまだ慣れない。 所在無さに寝返りを打つと、かけられていた制服がずり落ちた。詰襟にとまっていたトンボが慌てて飛び去っていく。 すぐ傍に鈴の寝顔があった。 気付かれないよう、起こさないようにゆっくりと仰向けに戻った。僕の肘が鈴の手に触れる。鈴が制服を着るようになってから、戸惑うことが増えた。本人は気にしていないから、余計に。 地面に汗を吸わせながら鈴の寝息を聞いていると、不意に大きな水音が上がった。 「うにゃっ?」 猫のように小さく叫んだ鈴がむくりと身体を起こした。ほとんど閉じたままの目を更に細め、じっと河原のほうを見ている。制服のスカーフが風にひらひらと泳ぐ。 「……なんだ、馬鹿か」 ぱたり、と勢いよく倒れこんですぐに寝息を立て始めた。おでこに出来たにきびが気になるのか、その周りをかりかりとかきながら。 僕は、めくれてしまったスカートをどうするか決めかねて、目を閉じた。 目覚めたとき、傍には誰もいなかった。外は明るい。朝まで眠ってしまったみたいだ。さて、今日は何をしようか。 どこからか猫の声が聞こえる。 [No.47] 2009/04/03(Fri) 21:57:02 |
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