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心にもない言葉は空から投げる。 ○ 愛だとか恋だとかは並べると何となくロマンティックの香ってくる言葉なのだけれど(もちろん単体で使っても匂いがきつすぎるくらい)、心と心の繋がりだとか、発展したその先の肉体関係にもロマンティックを満遍なく吹きかけられるのは、この日本という国の吃驚するほど安全な環境のおかげであるからして、私にはそんな言葉が関連してくる人生はここまで問答無用になかったのだから――そう、質問されたところで答えようがないのである。 ● 女の子という生き物故なのか、好きだの嫌いだのと一年中休まず大騒ぎしているけれど、一体何がそこまで面白おかしいというのか。私がここまでの人生を白球ばかり見つめ続けてきたそのせいで、そういったものが見えなくなってしまっているのならまだ納得がいく。敬意を持って殿方を見つめたことはあれど、恋、愛、などといったもので目色を塗り替えたことなど一度もない。知識として知っていようと、経験のないものは知らないも同じだ。バットを振ること、ボールを投げることを知っていても、四番で投手を務めることはできない。恋なんてものを単語で知っていようと、恋愛のその実なんて知らない。 だから愛だの恋だの、私にきかれたところで知ったことではないのだ。 ○ そもそもがおかしいのだ。 今まで海外にいた――ただそれだけで、期待に満ち満ちた目をこれでもかと輝かせて色恋沙汰をきいてくるのは。恋愛上手が毎日毎日と変わり映えなく同じ漫画ばかり読んでいるわけないでしょう。当然、わざわざ読書用と保存用で全巻を揃えるわけがない。そんなお金は洋服代とか美容のために飛んでいって然るべきなのだ。 そう、繰り返すが恋慕であるとか愛情であるとかに向かって然るべきもの全てが、それらからかけ離れた方向に全力疾走している時点で、本当、私には何の縁もない類の話だ。 ● そもそもが間違っているのか。 私にきいてくることというより、そんなことを尋ねること自体に意味がないのだから。当たり前の理論だけれど、彼女たち、そしてあいつの頭の中にはまるでないに違いない。首尾よく回答を得られたとしてどうするのか。恋は崩壊、愛は絶望とか言い切られたらどうするのか。 そんな突拍子のない回答が返ってくるのもフィクションの中だけだから、実際のところは答えなんてない。やはり、それで当たり前だ。 恋も愛も追いかけず、白球を追いかける。説明するまでもないが、この三つの中で私のグラブに飛び込んできたことがあるのは、白球だけだ。時間を費やしたことがあるのも、お金を費やしたことがあるのも、白球。 やはり、だ。私には愛だの恋だの知ったことではない。 ○ 何で私が唐突に、こんな犬も食わないようなことに考え耽っているかといえば、そんなことを真っ正面からずどんと包み隠さずぶつけてきた大阿呆がいるからだ。 その阿呆の名前は、直枝理樹という。 ● 素振りの一つでもして少しでも己を磨くべきであるというのに、何故こんな猫もじゃれないようなものを振り回しているかと言えば、そんなものを何ら自分の頭の中では考えた様子もなく、率直すぎるほど率直に私にきいてきたお馬鹿がいるからだ。 そのお馬鹿の名前は、棗鈴という。 ○ 「愛って、なんだと思う?」 視線を落としていた漫画に影が落ち、見上げた先にいた直枝理樹はいきなりそんな台詞を言った。 「……理樹君、保健室に行きましょう」 きっと、あのリトルバスターズとかいう集団にいる中でどこかネジが緩んだか取れたかしたんだろう。あるいは抜き取られたのかもしれない。私の知っている限りでは、彼はまだ常識人だったはずだ。 「いや、大丈夫、頭の方は本当に大丈夫だから」 「大丈夫じゃない感じだったけど?」 「いや、大丈夫」 間を取るためか、深呼吸を一つ。 「ところで、愛ってさ、あやさんは何だと思う?」 私が再び立ち上がって手を引っ張り、無理矢理でも保健室に連れて行こうとすると「冗談じゃなくて本気できいてるんだ」と必死の説明が飛んできた。訴える目はどうにも嘘のようではなく、逆に私の方が困ってしまう。 もう一度席に着いてから、今度は私が一呼吸。 「……愛?」 「うん」と首肯しながら、「愛って、何だろう」 「知るかそんなもん!!」 一瞬で耐えられなくなって叫んでしまった。 「お、落ち着いて。そこを考えてみてよ」 促されるままに深呼吸まで行って、一応の落ち着きを取り戻した私。取り戻したはいいけど、内容は相変わらず混沌としすぎだ。いや、単純なんだけど。 「恭介さんなら簡単に答えそうじゃない」 「リトルバスターズのメンバーにはちょっと聞き難くてさ」 私なら聞き易いというのは喜んでいいことなのだろうか。正直、今は面倒でしょうがないからあんまり嬉しくはない。 「でも、何でまた愛なの?」 何か言うに恥ずかしいところがあるのか、頭をぽりぽりとしたりして心を決める為らしい準備動作をしてから、彼は言葉を続けた。 「そのさ、この間鈴に『愛が足りんわ、ぼけーっ』っていきなりキレられちゃって。聞き返しても『愛は愛じゃぼけーっ』としか答えてくれなくて」 「……何で私に聞くの?」 この上ない疑問だった。 「何でだろう。何となく、あやさんなら答えてくれそうな気がしたからかな」 何だか勝手にえらい期待を乗せてきてくれているけれど、残念ながら私にも愛なんてものはわかりません。愛なんてものは。 ただ、こんな聞くからにのろけ話を終わらせる方法を知らないほど賢くないわけでも勿論ない。 「理樹君。私たちの年で『愛』なんてものを悟っているやつがいたらただの変態。そんなもん誰もわかるわけないでしょう? わかる?」 「まあ、それはそうだね」 理解できるなら私に聞く必要ないだろうに。 「ただ、『わからない』のだったら経験してしまえばいいのよ。取り敢えず思い切った行動してみればいいじゃない。あなたが愛だと思った行動でいいんじゃないの?」 ● 「恋とはいったい何だろうな、ザザムシ」 「……その背筋に怖気のする呼び名は私のことなのかしら?」 「気にするな。で、恋って何だ」 気にするなという方が無理だ。何だ、ザザムシって。生憎と虫には知識がないからザザムシがどんなものかなんてわからないけど、語感がかなり嫌だ。生理的に無理な感じのある響きとでも言えばいいだろうか。 とはいえ、慣れてしまうのも酷く癪だけれど、この掛け合いは毎度のことだ。一々つっかかっていたのでは文字通りに埒があかない。 「まあいいですわ。それより、先ほどあなたから聞こえるはずもない単語が聞こえた気がしたけれど、気のせいではないのよね?」 「ムシ、回りくどい」 「ムシなわけないでしょう!」 「すまん、鼻が詰まった」 鼻が詰まっただけで発する言葉がそこまで変わってたまるものか。 「で、恋って何なんだ?」 まるで何事もなかったかのように会話がスルーされてループ。ただいつもと違うのは、からかいだとかではなく本気で聞いているらしく、耳につけた無線機から声が聞こえたりするようなことはない。というか、そもそも今日は無線機を付けていないようだった。第一、本気でなければ棗鈴は私にこんなこと聞かないだろう。 「何故、リトルバスターズとかいうあの集団の人ではなく、私に聞くのかしら?」 「それを語るには事の発端から話さなければならないわけだが、めんどいな」 「さっさと話しなさい」 やれやれ、とこっちの台詞であるはずの文句をつぶやいてから、ゆっくりと口を開く。 「あの馬鹿兄貴がだ、『恋する乙女は綺麗になる。兄ちゃん複雑!』とか意味わからんことをいつものように突然言い出したんだ。説明させようとしても全然言わんし、『リトルバスターズのメンバーに聞いても意味はないぞっ』とかやたらに気色の悪い顔で言ってたからみんなには聞けないわけだ。どーだ。わかるか」 取り敢えず、自分が酷い被害を被っていることだけは理解できる。十二分に。 でも残念なことに私も恋なんてものが何なのかは知らない。恋する乙女自身が理解できていないのだ。恋する乙女になったことすらない私が理解できるわけもない。 でも、こののろけは付き合うのが面倒くさいからさっさと終わらせる必要もある。 「棗鈴、残念ながら私にも恋が何であるかなんてことはわかりませんわ」 「何だ、役に立たないな」 「いいから聞きなさいっ」 一呼吸入れて間を取り直す。 「ただ、『わからない』のだったら経験してしまえばいいでしょう? 取り敢えず直枝理樹相手に、思いついたことを思い切ってやってみなさい。それだけで解決しますわ」 「何で理樹限定なんだ?」 「……あー、もう!」 ○ きしきしと鳴き声みたいに風に煽られる屋上のフェンス越しに、グラウンドを走り回るリトルバスターズの面々が見える。茜色の西日はそろそろボールを映し出すには心許なくなるだろう。 直枝理樹はいつも通りにキャッチャーをしていた。相方のピッチャーもいつも通り。たぶん、投げ込まれる玉が見えなくなってきたのだろう。キャッチャーマスクを外し、マウンドへと近づいていって、何事かを話している。 「――はい?」 思わず変な声を出してしまった。漫画の影響でポケットに常備している双眼鏡で確かめたから間違いではない。間違いではないのだけど、なんだそれは。 嗚呼、そうか。『思い切った行動をしろ』といったのは私だ。 私の感覚が正しければ、今あのグラウンドの空気は完全に停止している。マウンド上で阿呆みたいに熱い接吻をかましている二人に釘付けになっているはずだ。 ● 「練習はここまで! 落ちているボールを見えるうちに探し出しなさい!」 日がだいぶ傾き、影がずいぶんと長くなっていた。切り上げ時としてはぎりぎり、故にベストのタイミングだろう。 広いグラウンドを見渡すと、ソフトボール部員ではない立っている何人かの姿が見えた。日が落ちてきたせいで練習になっていないのか、ボールを追いかけているような素振りはない。何だか空間が固まっているような、妙な雰囲気だった。 「――はい?」 自慢の視力を限界まで凝らしてマウンドをみたら、思わず出てしまった。何だ、あれは。見間違えでなければ、神聖なマウンド上でこの上なく阿呆な所行が進行中のようだった。 キス? 嗚呼、そういえば『直枝理樹相手に、思いついたことを思い切ってやってみなさい』と言ったのは私自身だった――と気がついたときには、すでに私はグラウンドの土の上にノックアウトされていた。 私の異変に気がつき駆け寄ってくる声が聞こえ、青空だというのに降り出したらしい雨が目尻に当たって冷たかった。 ○ 「なんじゃそりゃああああああああああ!」 叫んでもまるで聞こえている様子はなかった。動き出したらしい時間が急速に勢いを取り戻して、今度はマウンド上で二人の胴上げが行われている。私の声なんて、まるで、届いちゃない。 「それが――愛?」 私にとってはあまりにも愛がない。いや、愛とか恋とかしらないけれど。でも、うん、何でかな、愛がない気がする。 「いや、そりゃさ、思い切った行動をしろっていったのは私だけどさ! 私がこの結果を導いたのかもしれないけどさ! あんまりすぎるわよね、これ!」 快晴だった空だというのに雨が降り出して、とてもじゃないけどグラウンドの詳細が見えなくなった。 恋はどうせ崩壊、愛もどうせ絶望って誰か言って。誰か言ってよ。あーもう、馬鹿みたい。 フェンスにしがみつき、曇り硝子の向こうに向けて、力の限り叫び付ける。 「滑稽よね! 滑稽でしょーっ! 好き勝手に笑えばいいじゃない! 笑いなさいよ! 笑えこの馬鹿! あー馬鹿は私か! こんちくしょう! あーっはっはっは! あーっはっはっは! あーっはっはっはっひっぐ、うぇーん」 [No.48] 2009/04/03(Fri) 22:48:25 |
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