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「理樹ぃ! 大変だ大変なんだ大変なんだよ!!」 真人が寝ている理樹の体を大声を出しながら揺さぶる。実はこういった行為は、真人にしては実に珍しかったりする。彼はそれが一般常識かはおいておいて、他人を思いやる事ができる優しい人間だ。朝方早く起きての筋トレにしても眠っている理樹に迷惑がかからないようにしているし、寝ている理樹の枕元で「筋肉さんが1人、筋肉さんが2人……」と言うのも理樹にいい夢を見て貰いたいからだ。もちろん、筋肉は1人2人でいいのかという疑問は残るが。 「…………。どうしたの、真人」 だから理樹は叩き起こされた不快感を感じながらも、それを表には出さずに真人を見る。確かに真人はこれでもかと憔悴しきっている。 「だから大変なんだよぅ!」 「だから何が?」 「オレの……オレの! 大切な筋肉進化促進セットがどこにもねぇんだ!」 真人の言葉に理樹は半身を起こすと、部屋の中を見渡す。確かにそこはこざっぱりとしていて、暑苦しく掃除の時は特に邪魔くさい筋トレグッズはどこにもなかった。 「寝る」 「理ぃぃぃ樹ぃぃぃぃぃ!!」 世界の中心で愛を叫んだような絶叫が響いた。 不可思議な事もあるもんだ とはいえ。もう一度布団に入り直したけれども、寝起きのいい理樹は二度寝する事が出来ずに、結局はのそのそと起き出す。 そして部屋の隅で小さくなっている真人へ近づいていく。 「どうして、どうしてだよ理樹ぃ。オレたちは夕日の向かって筋肉神に向かって永遠の筋肉を誓った仲じゃねえかよぅ」 「なにそのやっちゃった感の漂う新しい新興宗教。それはともかく起きたよ、真人」 「……、…………。ぉぉぉ。ま、まさかこれは筋肉さまの見せた幻か? 理樹が、理樹が目の前にいるなんて…………」 「いや、そういうネタはいいから」 「理樹よ、いや筋肉教の教祖よ! 今一度この哀れな筋肉に慈悲をぉ!!」 「寝るよ?」 「ごめんなさいでした」 とりあえず謝った真人は現状を理樹に説明する。と、言っても何が分かっている訳でもなく、朝のランニングから帰ってきた真人が部屋の中に筋肉グッズがない事に仰天して、慌てて理樹を起こしたという訳だ。 その間に理樹は部屋の中を探索して他になくなった物がないかを探していく。 「なるほど、話は分かったよ。それにしても不思議な話だよね。あんなにたくさんの筋トレグッズだけを持っていくなんて。大変な割にはお金になったりもしないのに」 「くそぅ。きっとこれはオレの筋肉に憧れた少年が持っていったに違いないぜ。 オレはどうしたらいいんだよぅ!」 「…………普通に腕立て伏せとか腹筋の量を増やしたら?」 「それじゃあ筋肉に偏りが出来るじゃねえか。偏筋になっちまうじゃねぇかぁぁぁ」 絶叫する真人はとりあえずおいておき、現状に思いを馳せる理樹。だがここで考え込んでいても進展なんてないと思い直し、真人に向き直る。 「とにかく、ここにいても仕方がないよ。外で情報を集めよう」 「おう。理樹がそうしろっていうならそうするぜ」 とたんに立ち直り、理樹と共に部屋を出る2人。 「それでよ、どこに行くんだ?」 「訳が分からないからね。とにかく情報を集めるか人手を集めよう」 彼らの部屋から一番近い友人は謙吾。彼の部屋に向かって歩いていく。そして謙吾の部屋についた彼らはその前でどちらがドアをノックするか軽く揉めた後、真人・理樹・真人の順番でノックをする事になった。 「…………」 「…………」 「…………」 で。出てきた謙吾の暗い顔。その姿を見た3人に沈黙がおりる。 「…………謙吾よ、お前もなのか?」 「という事は真人よ、まさかお前も?」 「ああ。オレ自慢の筋肉進化促進セットが影も形も。昨日作ったばかりのマッスルエクザザイザーまでっ……!!」 「なにそのパチモンくさい名前」 いちおう自分の役割は果たしておく理樹。 「俺も、俺もなんだ。朝起きたらリトルバスターズジャンパーはもちろん、胴着のジャージも、着ていたパジャマさえもっ……!!」 「せめてパジャマは気付こうよ、謙吾」 むせび泣く2人を醒めきった目で見る理樹。 「で、もういい?」 「ん? ああ、うん」 「待たせたな、理樹」 「それで謙吾、この泥棒に心当たりはない?」 「いや、ないな。そもそも普通に考えてパジャマを脱がされたと云うのに俺が起きないのも変だ」 「よかった。その位は分かっていてくれたんだね」 「もちろんだ。それと俺と真人の共通点だが、大切な物がなくなっている。もしかしたら理樹も大切なものが無くなっているんじゃないか? さっき着た恭介も血相が変わってたぞ」 「恭介も来たのっ!?」 「ああ。何を盗まれたかは聞かなかったが。鈴が心配だからって女子寮の方に行ったぞ」 男子寮に特に親しいという人物はいない。 「じゃあ僕たちは女子寮の方に行くよ。謙吾は……どうする?」 「…………部屋にいる。余り人のいる所に行きたくないし、それにこの格好だと特に女子の目が怖いんだ」 「ああ、うん。お大事ね、謙吾」 その言葉を聞いた制服姿の謙吾は、バタンと扉を閉める。 そして走り出す2人。謙吾の様な運動部の連中は朝練があった事もあり、寮の中はちょっとした騒ぎになっていた。どうやら話は理樹たちだけにとどまらないらしいと、とにかく急いで女子寮に向かう。 途中、女子寮に向かう渡り廊下から空の餌入れに向かった悲しそうにぬ〜お〜と世界の中心で愛を叫んだような絶叫が響いていたが、そんなドルジはもちろんスルー。 やがて女子寮につき、鈴の部屋に急ぐ2人。 「ちょ、ちょ、ちょっと理樹くんに真人くん。大変なんですヨ!」 だが、その前にあわあわと騒がしい葉留佳に捕まってしまう。まさか無視する訳にもいかず、また声の調子から困りきった葉留佳を無視する訳にもいかず、止まって振り向く。 「葉留佳さん、その髪どうしたの?」 「朝起きたら髪止めがなかったんですよ〜。理樹くん一緒に探して〜」 「葉留佳?」 涙目で訴える葉留佳。そしてそんな葉留佳の後ろから底冷えした声がかかる。何事かとそちらを見てみれば、葉留佳と同じく髪をおろした佳奈多の姿が。ここまでくると外見のみでは余り区別がつかない。 「あのね、葉留佳。多少のイタズラは我慢するわ。けど髪止めを持っていくのはさすがに……お姉ちゃん許せないなぁ?」 それで佳奈多はキレていた。これ以上なくキレていた。どのくらいかというと、葉留佳も髪止めをしていないのに気がついていないくらい。冷や汗だらだらと流して佳奈多を見る3人に向かって、こんな場面でみたくなかった佳奈多の満面の笑みが迫ってくる。 「落ち着きなさい、二木さん」 恐ろしき佳奈多を止めたのは横から入ってきた佐々美。そんな英雄と呼ぶに相応しい偉業を為した彼女はというと、いつものツインテールではなくて普通に髪をおろしている。揃って新鮮な雰囲気を漂わせている美少女三人。 「佐々美さん。なんとなく答えは分かっている気がするんだけど、リボンはどうしたの?」 「無くなっていたのですわ。全く、あんな安物を盗んでいくなんて何を考えていくのやら」 ただリボンをなくしただけとは思えない反応に、理樹はそのリボンが大切なものだったんだろうなぁと勝手に思ういるが、実は単に髪を纏められなかったおかげで朝練に参加出来ず、苛立っているだけだったりする。 「ちなみに小毬さんも何か無くなってたって騒いでなかった?」 「神北さんならお菓子がなくなったって騒いでましてよ。どうせ食べたのを忘れただけにでしょうに」 やれやれとため息をつく佐々美。 「そっかー。小毬さんはお菓子かー」 「そんな事はどうでもいいのです。問題なのはここにいる3人は全て髪留めを奪われた、という事。きっと髪フェチの変質者がこの近くにいるという事ですのよ! 二木さん、三枝さん。一刻も早く犯人を見つけ出してしかるべき制裁を与えましょう!」 ハイテンションな佐々美に、けれどもキョトンとする似た者姉妹。 「お姉ちゃん、フェチってなに?」 「さあ。なにかしらね?」 純朴過ぎる姉妹に、一気に顔が赤くなる佐々美。そんな彼女を生温かい目で見守る男2人。 羞恥をごまかす為にがっしと佳奈多と葉留佳の腕を引っ掴んで歩き出す佐々美。顔が赤いのは変わらないけど。 「そ、そんな事はどうでもよろしんですの! 行く、早く行きますわよ!!」 「あ、理樹くん。まったね〜。出来れば一緒に髪留め探して欲しかったけど、なんか佐々美ちゃんが被害者同盟で探すみたいな雰囲気になってるし、ごめんね〜」 ズルズルと引きずられながら、それでも余裕そうに葉留佳。きっと彼女は引きずられる事に慣れているのだろう。主に一緒に引きずられている隣の姉とかに。 台風一過のようにぽかんとする理樹に真人。結局、彼らがほとんど話をしないままに事態が発生し、進行し、収束してしまったのだからこれも仕方のない事なのかも知れないが。 しばらくそのまま固まり、通りかかった女生徒の胡散臭そうな視線を受けて、やっと再起動を果たす。 「……じゃ、行こうか」 「……ああ、そうだな」 そして歩き出す。寸前に、目の前にゆらりと幽鬼のような人影が現れた。 「……来、ヶ谷、さん?」 「ああ、そうだ」 その余りの異様さと、妙に似合った雰囲気に、思わず理樹の声がどもってしまう。っていうか、黒髪美女が醸し出すその雰囲気は恐ろしい。さっきの佳奈多とは違った、けれども同じニュアンスの恐ろしさで。 「ど、どうしたんだよ。来ヶ谷」 「真人少年も一緒か。なに、私の大事なアルバルが盗まれていたんだ。アレがないと私は生きていけない…………。 アルバムを探しだて、しかるべき報いを犯人に与えてやらねば気が済まないのだよ」 そしてそのまま去っていく来ヶ谷。どんなアルバムかは聞いてはいけなかった気がした。最も、それを一目見れば来ヶ谷のものだと納得出来るだろうという、妙な確信があったりしたのだけれども。 出鼻をくじかれた理樹たちは静かにかぶりをふる。 「……もう、いいと思うんだ。僕たちは十分頑張ったよ」 「いや、諦めるな理樹! 筋肉進化促進グッズを諦めちゃならねぇ!!」 「…………それを聞いてますますやる気がなくなったよ」 それでも真人の必死に呼びかけに応えて、奇跡的に立ち上がる理樹。そして向かうのは鈴の部屋。 そしてようやく鈴の部屋に辿り着き、中に入る。部屋には恭介と鈴だけじゃなく、何故かクドまでいた。 お互いがお互いを見やり、不思議そうな顔をしていた。 「あれ? リキに井ノ原さん。どーしたのですか?」 「クド公じゃねぇか。お前こそどうしたんだよ?」 「……あ、いや、私は部屋から大切なものが無くなったので、ちょっと、あの、探していて」 顔を真っ赤にしながらごにょごにょ歯切れ悪く言うクド。 気にならないではないが、こうも言い淀むのはきっと話しにくい物だと思い、それ以上の追及をやめる理樹。 「そんなんじゃ分からねえよぅ。結局何がなくなったんだ?」 「下着らしい。しかもしょーぶ下着だそうだ」 「り、りぃん、さぁん…………」 なのに空気読めない真人。そして鈴。 真っ赤な顔を更に赤くして、泣きそうな顔で鈴を見るクド。そしてそんなクドを見返し、何故か得意げな顔で胸を張る鈴。 「で、勝負下着ってどういうのだ? どんな勝をするんだ」 「んにゃ。実はあたしにもよく分からん。なんかこう、レスリングとか相撲とか、っぽいのらしいんだが」 「相撲ぅ〜? 相撲なら回しだろうが。しかも女は出来ないし」 「あたしが知るかぼけ! よく分からないって言ってるだろーが!!」 そんなバカ話を聞いてがっくりと肩を落とすクドを誰を責められるだろうか。 「ぅぅぅぅぅ。せめてリキにだけは知られたくなかったですのに……」 「あー。そろそろいいか?」 なんとなくいたたまれなくなった恭介が口をはさむ。顔が微妙に赤いのは彼の名誉のためにも気のせいだという事にしておく。 「まあ、理樹と真人がここに来た理由はなんとなく分かる。大方、お前らも『大切なもの』がなくなった口だろ?」 「そーなんだよ! 俺の大切な筋肉進化促進グッズがぁ!!」 「あたしの買い置きしておいたモンペチが全部なくなってたんだ。 あいつら、お腹すいてるんだろーな…………」 思いだして激昂する真人にしょんぼりと落ち込む鈴。ちなみにクドはさっきのショックからまだ立ち直れていない。 「ちなみに恭介は何がなくなってたの?」 「金」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「能美まで復活してそんな目で見るなよな! 就活用の金だったんだよ! 今度のは最終選考までいって自信があったんだよ!」 「毎回そんな事を言ってるからきょーすけの言葉には信頼性がない」 「んな事言ったって基本的に金は大事だろっ!? っていうか理樹、お前は何が無くなってたんだ?」 「話をそらしたな」 「まあまあ。でも僕はまだ何が無くなってるのか分かってないんだよ」 場を収めるようにそう言う理樹。 「じゃあ理樹も俺と同じように金が無くなってるんじゃないのか? 確かめてみたか?」 「いや。サイフは身につけて寝てるから確認してなかったけど……そういえば謙吾もパジャマをなくしてたしね」 そこだけ聞いた鈴は、あいつはなにを大切にしてるんだと呆れた顔をする。謙吾、本人の預かり知らない場所で好感度ダウン。 それはともかく自分のサイフの中身を確かめる理樹。 「お金はなくなってないみたいだけど…………って、やられた」 中身を確認していた理樹だが、気がついた途端に顔が歪む。 「どうした理樹? 何が無くなってたんだ?」 「写真。みんなで撮ったやつをサイフに入れといたはずなんだけど、それがなくなってる」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 突き刺さる視線に冷や汗を流す恭介。 「そ、そう言えば他のやつは大丈夫だったのかなっ?」 「え〜と。僕に真人、謙吾、葉留佳さん…………。 美魚さんがまだかな」 「じゃあ西園の所に行ってみようぜ!」 さあさあさあとみんなを部屋から連れ出そうとする恭介。 ごまかしやがってこの野郎という視線が彼に突き刺さるが、やがてはそれもなくなってしまう。 その代わりに恭介に注がれる生温かい視線。居心地が悪い事には違いない。 そして美魚の部屋に辿り着く5人。だがもう、なんとなく美魚の無くなったものの目星はついている者が大半。 「みお。入るぞ」 代表して部屋を開けた鈴。そして全員の目に飛び込んできた美魚は、ずーんと部屋の中で煤けていた。 「わ、私の、薔薇本が……」 「やっぱり」 誰ともない言葉。 「今日から薔薇のガーデニングをやろうと思ったのに…………」 「そっち!?」 ちなみに。 結局犯人は分からず、翌日の朝にはなくなった時と同じようにいつの間にかなくなった物は返ってきていたとか。 [No.491] 2009/11/06(Fri) 19:30:53 |
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