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No.495へ返信

all 第44回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2009/11/06(Fri) 00:01:38 [No.483]
赫月ノ夜ニ咲キ誇レ悪徳ノ華 - ひみつ@遅刻11087 byte - 2009/11/07(Sat) 16:44:04 [No.502]
主題歌 - ひみつ@遅刻11087 byte - 2009/11/08(Sun) 04:45:31 [No.511]
設定資料 - ひみつ@遅刻 悪ノリにも程がある - 2009/11/07(Sat) 16:45:38 [No.503]
花摘み - ひみつ@6331 byte 遅刻 - 2009/11/07(Sat) 02:39:47 [No.501]
供え - ひみつ@3,678byte - 2009/11/07(Sat) 01:56:52 [No.500]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2009/11/07(Sat) 00:34:13 [No.499]
好きだからこそ - ひみつ@4761 byte - 2009/11/06(Fri) 23:54:25 [No.497]
アンソダイトの森のなか - ひみつ@9144 byte - 2009/11/06(Fri) 23:20:37 [No.496]
寄り添いながら - ひみつ@7295byte - 2009/11/06(Fri) 23:03:28 [No.495]
幸せの三つ葉のクローバー - ひみつ@7104byte - 2009/11/06(Fri) 21:21:35 [No.494]
名付けられた一輪 - ひみつ@13732byte - 2009/11/06(Fri) 20:29:56 [No.493]
おっぱい消失事件 -Momoto-Yuri - - 秘密@13621 byte - 2009/11/06(Fri) 20:21:03 [No.492]
不可思議な事もあるもんだ - ひみつ@12181 byte - 2009/11/06(Fri) 19:30:53 [No.491]
台風一過と幸せと - ひみつ@15953byte - 2009/11/06(Fri) 04:18:40 [No.488]
終わりのない友情 - 秘密になっていないのはわかっている@10057 byte - 2009/11/06(Fri) 00:43:25 [No.486]
狂花狂酔 - 秘密 16850 byte - 2009/11/06(Fri) 00:35:18 [No.485]


寄り添いながら (No.483 への返信) - ひみつ@7295byte

 花壇にしつらえてあるのは、アサガオ。その横にはアジサイが煌びやかに花を開かせていた。アサガオは今は花を閉じている。まだ夜も開けていないのだから当然だ。私はアサガオとアジサイに水を上げる。葉が水彩を纏わせて、水音がなんとも心地良い。こうして花に水を上げることはもう日課のようなものだ。そのためにこうして早く起きるのは苦ではない。
 水を上げ終わった後に、持参してきた軍手を手にはめ、周りにある雑草を取り除く。長袖に土が跳ねるが、そんな些事は欠片も気にかけない。黙々と雑草を取り除いていく。
「今日も精が出るな」
 突然の不意打ちに背中を強張らせる。こんな早くに学校に来る人はまずいない。私の場合は特別だ。学校の方にも許可は取ってあるが、それは私が花の手入れがあるためだ。怖々後ろを振り返る。そこには制服姿の棗先輩が立っていた。
「…こんな時間から何してるんですか」
「それはこっちが聞きたいぜ」
 棗先輩が困った顔で私の近くに来て座る。夏が近いとはいえ朝方はまだ冷える。私と棗先輩も白い息を吐き出す。
「アサガオか。小学生のころ見て以来だな」
 蕾を閉じている朝顔に棗先輩が触れる。その蕾や葉についた雫がはらりと地面に滴る。
「不用意に触らないでください。花が痛みます」
「じゃあ眺めてることにするさ」
「そこに座られると作業の邪魔です。退いてください」
「俺は邪魔ものかよっ」
 すごすごと後ろに下がる棗先輩を尻目に、私はまた黙々と作業を始める。
 しかしよく考えれば変な話だ。こんな時間に棗先輩とこうして会うとは。若干緊張する。糸が切れそうだ。一息ついてはぁ、と嘆息した。
「なんか疲れてるみたいだな。仕事もほどほどにしとけよ?」
「誰がそうさせてるんですか、誰がっ」
「……俺かよっ!」
 あたりを十分見回してから言った。怒るのを通り越してあきれる。顔にそれを浮かべつつ、棗先輩に向き直る。
「もう一度聞きますけど、なんでこんな時間にこんなところに居るんですか」
「ん、ああ。理樹が来ヶ谷に愛の告白をしてきたところなんだ、学校で」
 突拍子もない発言に、思わず目を見開く。
「…それ本当ですか?」
 来ヶ谷さんと直枝が? 正直不釣り合いだと思う。いつも振り回されてばかりの直枝に来ヶ谷さんをリードできるのだろうか。頭の中では、来ヶ谷さんが直枝の手を引いてそのまま空の彼方へ投げ飛ばす光景が浮かんだ。
「ああ。本当だ」
 と言って制服の中からゴミのようなものを出した。暗くてよく見えない。
「お祝いに花火をドカンと打ち上げてきた。まぁ演出みたいなもんだな」
 それを私の方に差し出す。笑顔で。花火の大玉の破片が転がった。それにしてもドカンって…、思わず手を頭に置き、よろめく。心配事が+αされた。
「それは風紀委員長として私に捕まえてくださいって言ってるのかしら?」
「そうじゃない、お前なら言わないと思って言ったんだ」
「どんな理屈ですか…」
「理屈じゃない、勘だ」
「今日一番に先生に報告するわ」
 相手するのも疲れて、地面に座り込んだ。気づくと、手がかじかんでいて感覚がなくなっていた。
「って私もう少し前からいたけどそんな音聞かなかったわよ?」
「花火上げたら警備員が追いかけてきたからな。撒いてた」
 ということは、私がここにいる前からずっと逃げてたいわけだ。この暗闇の中を、ひとりで。この人だから念入りに罠を仕掛けただろう。警備員相手に翻弄する棗先輩を想像したらおかしくなって、笑いが堪え切れなかった。手を口に当てて笑っていると、怪訝な顔をされた。
「何がおかしい」
「棗先輩の奇行ぶりに」
「俺はいたって普通だ。むしろ模範的過ぎて表彰状をもらいたいくらいだ」
 真面目な顔でそう言われたので、大爆笑してしまった。腹が千切れる。
「ひでぇな俺の立場…」
棗先輩は空を見上げて一人哀愁に暮れる。私は柄にもなく笑い続けていた。私が笑い止んでから気づいたのか、棗先輩が指差した。
「長袖、汚れてるぞ」
 そう言われて長袖の先を見る。確かに土がついていて多少汚れていた。無論これは無視していたのだが。
「いいわよ、別に気にしてないし」
「そうはいくか。ほら、貸してみろ」
 そう言って棗先輩は強引に私の手から軍手を奪って、雑草を抜き始めた。この行動の強引さが棗先輩たる所以なのだろうと思う。自分の制服が汚れるのも気にしないで。見る間に制服は土気色に変わっていく。
「棗先輩は自分のことには無頓着なのね」
「お前よりは頓着なつもりだがな」
 黙々と雑草を抜いている。とは言っても、毎日来ているのでもともと花壇は綺麗に整頓されていた。それにいつも朝早く来るのには他の理由がある。
 まだ夜明けは来ない。時間が経つにつれて、風が吹いてきた。空気も温いでくる。淡々とした作業に流した汗に風が突き刺す。棗先輩は制服の端で額に浮かんでいる汗をぬぐった。
「そういや二木はなんでこんな早い時間にここに居たんだ?」
 最初質問されたことをそのままそっくり返された。棗先輩から返事されているので返さないわけにはいかない。端的に答えることにした。
「見ての通り、花の世話よ」
「そういう事を聞いたんじゃない。それなら別に放課後とかでもできるだろ。俺が聞きたいのはなんでこんな時間にわざわざ世話しに来てるかってことだ」
「……」
 深刻な顔で黙っていると、棗先輩はフォローを入れてきた。
「話したくないなら話さなくていい。人間言いたくないことなんていくらでもあるしな。聞いて悪かった」
 素直に謝ってくれたが、それが暗に話してくれることを待っていると言っているようで、答えられずにいられなかった。
「…アサガオとアジサイっていつ咲くか知ってる?」
「いや、けど今咲いてるんだからこの時期じゃないのか?」
「アジサイはそうなんだけど、アサガオは違うわ。アサガオは7月初期から10月初期。本当はもっと遅咲きなのよ」
 アサガオを慈しむように愛でる。花が若干開きかけている。空が白んで、そのシルエットが刻々と表れ始める。静かに棗先輩は耳を傾けてくれている。
「実際アジサイと会うことのできないけれど、こうしてアサガオは咲いてる。これって奇跡に近いと思うのよね」
 相容れない、花と花。こうして見える景色は実に私の心を潤してくれる。それがたとえ現実でないとしても。
「軸がずれてるのかしらね、やっぱり」
 独り言のように漏らし、自嘲気味に笑う。普段あまり笑わないこともあって、笑みがぎこちないものになる。
「…アジサイの花言葉ってね、正反対の意味があるのよ。『辛抱強い愛情』とか『あなたは冷たい』、とか」
 目に涙が溜まりそうになる。汚れた長袖でそれを拭いた。案の定顔が土に汚れた。土の匂いがする。
「それは本当に花のことだけなのか」
「えっ?」
「いや、下らないことを聞いたな。聞き流してくれ」 
 言われて狼狽している自分に気がつく。深部まで知られているような気がして、心臓の鼓動が高鳴りを増す。早鐘を打つというのがまさに意を得ているだろう。
 東の空が徐々に白んでくる。それはすでに私たちの顔を照らし出すまでになっている。
「真実はどちらなのかしらね。悪か、それとも善か」
 言っている自分が馬鹿馬鹿しくて腹が立つ。こんなことはいつだって受け入れてきたというのに、今日ばかりは違っていた。
 いくら拭っても止め処なく涙は溢れてくる。そこへ不意にぽん、という軽い衝撃が重なる。気がつくと棗先輩の手が頭に置かれていた。棗先輩は優しく私の頭を撫でている。
「これぐらいさせろ。じゃなきゃ理不尽だ」
 下を向きながら、黙って愛撫される。泣きそうになるなんていつ振りだろうと頭の中を回想する。そうすると嫌でもお山に居た頃を思い出させられて、吐き気がした。
 しかしそれより現実はなお残酷だ。落ちた雫は元には戻りはしない。ただ循環の中で終わりを迎えるだけだ。誰にも気づかれずに、ひっそりと。
「お前はもっと自分を気にしろ。無頓着なのはどっちだ」
 棗先輩がそう優しく諭してくれる。この人の前では全て吐き出してしまえそうだ。けど、今は堪える。弱気になっていてはあの子に申し訳が立たない。
「…ありがとうございます。少し落ち着きました」
 ハンカチを取り出して涙を拭く。長袖で拭くなど、一番冷静に欠けた行動だと自分でも思う。ハンカチを制服のポケットにしまう。
「…そういえば私がなんでこんな朝早くに来てるか言ってなかったでしたね」
「ああ」
「実は、これを見るためだったんです」
 顔を上げて、目の前のアサガオを指差す。初め閉ざしていた蕾は、朝を迎えるとその蕾から自分を解き放つようにその花を開花させていた。光明に差されその花弁を開いているアサガオは、隣のアジサイと並んでよく映えた。
「いつか、こんな日が来ますかね」
 苦笑しながら棗先輩を見上げる。その顔は今までよりも強い意志が感じられた。
「ああ、来るさきっと」


[No.495] 2009/11/06(Fri) 23:03:28

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