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今日は朝から野球日和。 そんなわけで、一日中野球としゃれこんでみた。 「も、もう一歩も動けねぇ……」 「ふっ。情けない男だ……一歩など造作もないこと……」 「なにぃ? ならオレは……二歩だ!」 「俺なら三歩は……余裕だ」 「実は五歩いけるぜっ」 「……なら俺はその二倍動ける」 『そぉい、ぐはぁっ!?』 ふたりで張り合ったあげく、ふたりそろって仲良く倒れた。 「ほんとにばかだな」 「ふたりの友情をひとことで否定しないでよ……」 「ばかだから、ばかっていっただけだ……つかれてるなら、おとなしくしてればいい」 「まああのふたりはなんだかんだいって体力あるからね。鈴は疲れてないの?」 「……よゆー、だ」 「はいはい。とりあえず汗ふこうね?」 僕はポケットからハンカチを取りだして、鈴の顔に押しあてた。 「うにゅー」とかいいながらいやいやしていたが、やがてあきらめたのかされるがままになる。 あるていどふき取って、「終わったよ」と声をかける。鈴は一度だけぷるりと顔を振って、「ありがと」と消え入りそうな声で言った。 麻痺したように動かしづらい手足を総動員して、グラウンドの大木へと向かう。 幹に背中をあてると、自然に腰が下りていった。そのままへたりこむように座った。 木陰に吹く風が、体にこもった熱をやさしく運んでいく。 ぼーっと木漏れ日を眺めていると、隣に鈴が来た。僕と同じように幹に背中を預けて、地べたに座る。 なにを話すわけでもなく、ときおり吹く風に身を任せる。 隣から「くぁ……」という声が聞こえる。首を横に向けると、目をこすっている鈴。 「ねむいの?」 「うみゅぅ……」 「じゃあ部屋まで送って……鈴?」 とん、と肩にやわらかな感触。そのままずるずると僕の体を滑り落ちていって、ぽすん、と膝におさまった。 「鈴?」 「…………すー」 「いやいやいや起きてよ! こんなところで寝たら風邪引くから!」 「まくらがしゃべるな」 「いつから僕は鈴のまくらになったのさ……」 力なくツッコミをいれるけど、安心しきった寝顔を見て、もうなにも言えなくなった。 「理ぃ樹ぃ……」 「真人ってうわぁ!? ここまで這ってきたの!? 泥だらけだよ!」 「大丈夫だ……オレには鋼の筋肉があるからな」 「その筋肉の影響がない制服がドロドロだよっ。そもそもその筋肉にも泥がついてるじゃないかっ」 「まあ気にすんなって。どうせ制服洗うのは理樹なんだからよぅ」 「いやいやいや、さも当然のように自分の仕事を押しつけないでよ……」 真人は泥だらけになるのもかまわず、這って木陰までたどり着くと、あお向けに寝そべった。 汗まみれだった顔は泥まみれになっていた。 「……悪ぃな。つき合わせちまって」 「ううん。疲れたけど、野球は楽しいから。……野球だけじゃなくて、みんなと遊ぶのは好きだよ」 「そっか」 「そうだよ」 「……ありがとよ」 真人はごろりと横を向いて、「疲れた。寝る」と言って、腕をまくらにしておとなしくなった。 「……くっ」 いつのまにか木陰の中に謙吾がいた。両膝と右手をつき、うつむいていた。 「謙吾? どうしたの、大丈夫?」 「この俺が……二着とは……」 「あ、どっちが先に着くか勝負してたんだ」 「ああ。やつは姑息にも『あれ、おまえの筋肉どこに行ったんだ?』と言ってきてな……」 「真人じゃないんだから、そんなのに引っかからないでよ……」 謙吾は小刻みに震えている。あごから滴り落ちたしずくが、地面を水玉に染めた。 「そこまで必死にならなくていいのに……」 「必死になるさ、お前たちと遊ぶのは楽しいからな。……ずっと、剣に生きてきた。もしも今日まで剣道を続けていたら、こんなにも楽しくなかったはずだ」 「剣道は嫌い?」 「好きだ……だが、リトルバスターズはもっともっと好きだ。愛しているといっても過言ではない」 「愛って……」 「リトルバスターズは、俺にとって愛だ。愛そのものだ……! だから、もっと、ずっと」 遊んでいたい、と。こぼれた言葉はグラウンドに吸いこまれていった。 真人に続いて、謙吾も寝てしまった。 風が吹く。遠い雲は微動だにしない。音はない。 まるで、世界に僕ひとりだけ取り残されてしまったみたいだ。もちろん錯覚だけど。だって僕には、リトルバスターズのみんながいるから。 「理樹……」 グラウンドの中央、遠く離れたそこには僕らのリーダーが立ちつくしていた。 目をつぶって、目を開く。手を伸ばせば届く距離に、恭介はいた。僕は木陰に、恭介はグラウンドの真ん中に、変わらずいる。だけど、距離は近かった。 「……すまない……」 「いやいやいや。たしかに一日中っていうのは無茶だなーとは言ったけど、楽しかったよ」 「違う! そのことじゃない、そのことじゃないんだ……! 俺は、すまない……すまない……俺は、おまえを、おまえたちを……」 「恭介?」 「おまえたちを、強くすることができなかった!!」 ――風が止む。雲は動かない。太陽は動かない。校舎には誰もいない。猫もいない。みんないない。 空は張りぼてのような青。 恭介は両手で顔を覆って、まるで舌を噛み切るかのような口調で続ける。 「俺は、おまえたちを、強くすることが、できなかった。……おまえたちを、まもることが、できなかった。……おまえたちを、幸せに、できなかった……」 「…………」 「どんな手段も使ってきた……真人の、謙吾の、鈴のトラウマすら利用して……なのに、その結果がこれだ!! こんな結末、誰も望んでいなかった! 誰ひとりもだ!」 「恭介、僕は……」 恭介の膝から力が抜ける。重力にひかれるように、倒れこむ。「すまない……すまない……」とうわ言のように繰り返していたが、やがてなにも聞こえなくなった。 起きているのは僕ひとりになった。 空が剥がれた。校舎が、校庭が、木が、さらさらと砂のように崩れていく。そうして白に染まっていく。 空が消えた。校舎が消えた。校庭が消えた。木が消えた。最後まで残っていた校門が、消えた。 瞬きひとつのあと、白い世界は黒く染まった。体に圧迫感。 上を見る。真人が、僕を守るように覆い被さっていた。 横を見る。鈴が、僕と同じように謙吾に守られていた。 周りを見る。車内には人形のように放り出された、クラスメイトたち。 遠くを見る。恭介が倒れていた。ひとりだけぽつんと、投げ出されていた。 僕は真人の体から這い出して、恭介のところに向かう。立ち上がる。がくんと膝が曲がる。めまいがする。頭の奥が重くなる。持病の兆候。ナルコレプシー。 ダメだ。僕は這う。行かなきゃ。足をたわめて、伸ばす。恭介のところに。落ちそうな意識。ひとりにしない。唇を噛み切る。抗う。 届く。届かせる。届いた。 つかんだ。手。恭介の。大丈夫。離さない。 僕たちは。リトルバスターズ。 ずっと一緒。 この体が。 朽ち果てて。 風に溶けるその日まで 轟音。熱。暗転。 [No.521] 2009/11/20(Fri) 23:27:21 |
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