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1月1日 4:37 「姉御、そろそろ牌すり変えるの止めてもらえませんでせうか」 「そうよ! 来ヶ谷さん良い加減にしなさい!」 私は左端に揃えていた牌を弄りながら欠伸混じりに反論した。 「ずっとコンビ打ちしてる君達に言われてもなぁ」 「そうです、炬燵の下で牌の受け渡しをするのやめてください」 下家に座る西園女史も眠そうにしている。 麻雀を始めてそろそろ五時間にもなるだろうが、まだ一枚も脱いでいない。 「そ、そんな事してないって。ねー、お姉ちゃん」 「も、もちろんよ。そんな不正するわけないでしょう?」 露骨に動揺する姉妹のうち、姉は二枚、妹は一枚だった。 「何でもありの勝負とはいえ、あからさまな少牌を見逃してきた優しさを理解してもらいたいものだよ、おねーさんとしては」 そもそもこんな勝負を言い出したのは葉留佳君だったではないか。 そう、間違いなく彼女だ。私の薄ぼんやりとした記憶を信じるのならば。 では最初に麻雀で時間を潰そうと提案したのは誰だったか。況や、そもそも初日の出を見ようなどと誰が言い出したのかなど記憶の欠片も見当たらなかった。 「もう良い時間だな……」 「この半荘で終わりでしょうね」 「校舎の屋上でしょう? 急げば直ぐよね」 「理樹くん達はどうなのかな?」 「さっきメールしたが反応がないな。爆睡しているようだ」 「鈴ちゃん達はともかく恭介さん達もかー、意外に根気ないなぁ」 「葉留佳が元気すぎるのよ。私ももう眠いわ」 「炬燵の魔力は偉大です」 全くだ。この温もりには魔力が篭っているとしか思えない。私も気を抜けば瞬く間に眠気が殺到しリンボーダンスを踊り始めるだろう。 喋りながら、お菓子を摘みながら、のんびりと打っているため一戦に時間が掛かるのも眠気を誘う。 「でもここまで来たら、起きてなきゃ損ってもんですよ!」 「葉留佳君は元気だなぁ、無駄に」 「無駄って……」 また欠伸が漏れた。いったいどうして初日の出など拝もうと思ったのか。 「初日の出を拝むと良い年になるのです」 「初詣じゃないのか?」 「初詣は初詣。別腹じゃないんですか?」 「三枝さんの願いはたぶん叶わないと思います」 「叶わない方が平和よ、きっと」 「皆して酷いなぁ」 ぶつくさと不平を口にしているが、葉留佳君らしくて悪くない。 さて、私は何を願おうか。酷くどうでも良い事のように思えるが、チャンスがあるのなら願ってみるのも悪くないだろう。 私は千点棒を掴むと卓に放った。 「では、私は初日の出に恋を願おうリーチ」 「意味わかんないです」 1月1日 7:01 「……私が丹精篭めて育て上げた字一色を平和のみで流すとか、お姉ちゃんは脳みそ腐ってるの? それとも私のこと嫌いなの?」 「ええ、大っ嫌いよ。親リー相手に無意味なカンして裏ドラ乗っけちゃうような馬鹿妹なんて大嫌い」 カーテンの隙間から差し込む陽光はキラキラ輝いていたが、空気は限りなくギスギス引き攣っていた。 「一発逆転を狙ったのに。嶺上開花は女の浪漫なのですよ」 「その所為で私が飛んじゃったんでしょ!」 「いいじゃん、可愛いブラなんだから」 「そういう問題じゃないわよ!」 「形も綺麗だよ?」 「そういう問題でもない!」 ぎゃあぎゃあと喚く姉妹は眠気など忘れたかのように元気だ。葉留佳君はそのままにしても、佳奈多君まですっかり本気になっている。 だが問題は、眠気以上に大事な目的も忘れていた事ではないだろうか。 「すっかり陽が登ってしまったな」 「皆さんが熱くなりすぎた所為です」 「そういう美魚君が冷静すぎなのだよ。一枚も脱いでいないなんてね。いったいどういう魔法を使っているのかおねーさんにこっそり教えてもらえないだろうか?」 「最下位にならなければ良いだけですから。勝たないで良いなら負けません」 そういえば彼女は二位と三位ばかりだったか。 理屈は分かったが何とも詰まらない話だと思った。 「今更だが、初日の出は良かったのかな?」 「別に良いんじゃないですか。どうせただの日の出です。見たければ何時だって見られますよ」 「人が勝手に作った暦だからな。特別なものではない、か」 「特別に思う気持ちがないなら」 「なるほど、特別というわけではないな」 仲間全員集まってみるのならともかく、一部が眠ってしまったのでは意味がない。 結局、私達は無為に徹夜してしまったという事だ。 「もう良いわよ!」 ドンと卓を叩いて佳奈多君が立ち上がった。 「どこへ行くんだ?」 「花を毟ってくるわ!」 摘むのではないのか。 相当腹に据えかねているらしい……が、それはともかくとして。 「その格好で?」 1月1日 10:26 「なんだか、葉留佳に付き合わない方が勝てる気がしてきたわ」 「……すっかり上機嫌でよかったデスネ」 「あら葉留佳! どうしたの、そんな暗い顔をして!」 「佳奈多君テンション高いなぁ」 「完全にナチュラルハイテンションモードに入ってますね」 対して葉留佳君は恨めしそうな上目遣いだ。 「そういうお姉ちゃんだって上も下も下着のみじゃないですか!」 「でも私は連勝中だもの。負けて素っ裸になるのはきっとあなたね。だって連敗中だもの」 「うう〜! どうして勝てないのかな〜!」 「三枝さん、麻雀はやる気の問題です」 「一番やる気なさそうなみおちんに言われても!」 「まぁ、ここまできたらやる気というか気力の問題ではあるわね」 「もう昼前だな。ご飯がてらテレビでも点けようか」 「やめましょう。騒がしいだけだもの」 そういう佳奈多君も十分騒がしいのだが、往々にして本人は気付かないものだ。 斯く言う私も同じなのかもしれない。姉妹が並んで下着姿という素敵過ぎるシチュエーションに興奮していないと言えば嘘になる。今すぐ抱きついて揉みしだきたい衝動を抑える事は非常に困難だった。 「男共なら感涙だろうになぁ」 「女四人で脱衣麻雀って良く考えたら凄く寂しいですよね〜」 「ちょっと、駄目よ。男が居たらそもそもこんな事しないわよ」 「えー、でも理樹くんなら良いと思うけど」 「…………いえ、駄目。そんなはしたない!」 「間があったな。これが所謂、『※ただしイケメンに限る』というやつだ」 「そ、そんな事は別に……」 「照れてる照れてるぅ」 「三枝さん。それ、ロンです」 「え、嘘! ぎゃんっ、倍満!?」 「おや、珍しく高い手だな。ずっと安全な打ち方だったのに」 「※ただしトイメンに限る」 「狙い撃ちされてるー!?」 「どうやら本当に葉留佳の裸が確定しそうね」 そのようだ。だが、それではちょっと詰まらないだろう。 対面の佳奈多君と眼が合った。それだけで意図は伝わった。 1月1日 15:54 「……………………」 「うーむ、眼福眼福。これは初日の出より良いものが見られたな」 「本当。あなたもそういう顔するのね」 「違うよお姉ちゃん。姉御が言ってるのはおっぱいの事なのです」 「いいや、両方だ」 恥辱と怒りで涙目になっているトップレス美魚君。 これは写真に撮って額縁に収めておきたい絵だね。 「……………………」 「何か言いたい事があるようだけど、どうしたのかな?」 「いいえもう言葉は必要ありません交渉の時間は終わりです私は確実に本気になりました殲滅です殲滅です殲滅し尽します」 「うわー、抑揚のない声だー」 「いい気になっていられるのも今のうちだぞムシケラ共」 「キャラ変わってるわね。よっぽどショックだったのかしら」 眠気マックスのところにこの仕打ちでは流石の西園女史でも冷静ではいられないか。 熱に浮かされるような高揚感は私にもある。この勝負、行くところまで行き着くだろう。 「あの、みおちん。はるちんは別に何もしてないのですよ? 全部お姉ちゃんと姉御の策なんだから」 「相乗りしたくせに」 「葉留佳君は普段致命的なまでに空気が読めないのに、こういう時だけは的確だからな。正直助かったよ」 「そうね。葉留佳にしては上出来だったわ。これからも今みたいに空気を読める子になるのよ?」 「酷い! みおちんみおちん、私ってそんな空気読めない子ですかね?」 「……それを今の私に聞く事が既に空気読めない証明です」 いやいや、本当に葉留佳君は頑張ってくれた。 一人負けない打牌に固執し堅牢だった美魚君という名の砦を攻略できたのは、三人で協力したからこそだった。点数調整の難しさから私も随分剥かれてしまったが、美魚君のさくらんぼのためならば惜しくはない。むしろ見せても良い。 「次負けたら、当然下も脱いでもらうからね。もちろん、ちゃんと脱いだか分かるように炬燵だから出て、だ」 「外道にも程がありますよ、来ヶ谷さん」 外道だなんてとんでもない。ただ欲望に忠実なだけである。 「みおちんのえっちぃ所大公開スペシャル! 続きはWebで!」 1月1日 17:00 「…………………………………………」 「負けてんじゃないわよ」 「そこで負ける葉留佳君クオリティが、私は嫌いじゃない」 「私も嫌いではありません。その無様なところが」 というわけで、素っ裸になったのは葉留佳君だった。 美魚君が屈辱に咽び泣く姿を見られなかったのは大変な心残りではあったが、これはこれで悪くないだろう。後ろ向きながらも恥ずかしそうに脱いでいく仕草は普段の彼女からは想像もつかないほどセクシーだったし、素早く炬燵に逃げ込む瞬間、陰の毛も僅かに確認できた。 素晴らしい新年になった事は疑いようもなかった。 「さて、敗者が決定した事だしお開きかしら」 「そうだな。結局お菓子だけでこの時間か。いい加減空腹が限界だ」 「では食堂に行きましょうか。つくっておいたお節がありますから」 「皆ももう起きているだろうしな。新年の挨拶だ」 「片付けは後回しにして、早く行きましょう」 「おや、佳奈多君がそんな事を言うとは」 「良いじゃない。眠いし疲れたし、それに元日だもの」 「確かに元日くらいはのんびりしたいものですね」 「と言っても、もう半分以上終わってしまっているわけだが」 「マダデス」 それは地底から響いてくるような声だった。私は最初、それが心霊現象の一種である事を疑わなかった。それほどに狂気に満ちた声だったからだ。だが直ぐに違う事に気付いた。それはもっと恐ろしいものだったのである。 「毛って、服の一部だと思いませんか?」 「なん、だと……」 「毛は服の一部デス。今この瞬間、世界大統領が決定しました。テレビを点けてみればL字テロップでそのニュースが流れているんです。世界大統領の決定は絶対なんです」 「ま、まさか葉留佳、あなたは!」 「そう、だからまだこの勝負は終わってない!」 どーんと指を天に伸ばし葉留佳君はのたもうた。 「葉留佳、正気なの!?」 「もちろんですとも! 自分だけ素っ裸にひん剥かれて、それでお仕舞いになんて出来ない! 私にだってプライドがあるんだから!」 「そんな無茶苦茶よ!」 「三枝さん、ついに脳が……」 「脳とか言うなー! ついにとか言うなー!」 葉留佳君はおっぱいを揺らしながら喚き散らしていた。 その狂気の姿は本能的な恐怖さえ呼び起こすほどだろう。 こうなってしまっては、最早誰も手をつけられない。 「分かった。泣きのもう一戦だ」 「ちょっと! 来ヶ谷さん、勝手に決めないでよ!」 「そうです。相手にする必要はないかと」 「いや、葉留佳君の覚悟に敬意を表したい」 「でも毛って言われても。葉留佳の髪を切るつもり?」 「まさか。そんな残酷な事はしない。ただ、こうなるだけだ」 胸の谷間から素早く取り出した牌を卓に叩きつけた。 「これは――――白!」 「ええ、白ですね。ところで来ヶ谷さんはずっとそんな所に牌を隠していたんですね。隠せちゃうんですね。軽くイラッとしました」 「これが意味する事を、葉留佳君は分かっているな?」 「もちろん。望むところですよ」 「狂ってる! 狂ってるわよ、あなた達!」 狂気の沙汰ほど面白い、と誰かも言っていた。 私達はそうして、最後の聖戦に挑んだのである。 賭けるのは己の聖域、聖なる森だ。 1月1日 20:44 激闘が終わった。一進一退の攻防は私達の身体から鎧を奪っていた。 素っ裸の女四人の熾烈なる戦いがようやく決したのである。 「うあああああああああああああああああああっ! やったああああああああああああああああああああああああああああっ! うああああああああああああああああああああっ!」 裸である事も忘れて葉留佳君が跳ね回っている。 「うわああああああああああああああああああんっ! 葉留佳、葉留佳、葉留佳ぁん!」 裸である事も忘れて佳奈多君がそれの後を追って抱きついている。 「……はぅ」 裸である事も忘れて美魚君が大の字に倒れている。 「まさか、こうなるとはね」 そして私は、一人敗北を噛み締めていた。 これが世界の選択なのか。完璧な打牌を心掛けたつもりが、あまりにも引きが悪かった。最初の親番でものの見事な親被り。その後イーシャンテン地獄に陥り、ようやくリーチをかけたと思ったら当たり牌を掴まされる。 そんな運の枯れた私を見逃してくれる彼女達ではない。玄人と書いてばいにんと読む雀鬼の気迫を身に纏った乙女達は弱者を喰らう事に一切の躊躇いも持たなかった。 東場が終わる頃には既に三者の同盟は完璧なものとなっていた。 「姉御がパイパン! 姉御がパイパン! イェイ!」 目の前に白が三枚突き出される。充血し濁った三対の瞳が私という獲物を舌なめずりするかのように見つめていた。ああ、間違いない。ここは魔界だ。魔界村だ。悪鬼が肩で風を切り大手を振って練り歩く、そんな地獄に違いない。 「ふ……ふふふ」 だが、甘い。 「私を誰だと思っている」 「あ、姉御?」 「私を舐めるなっ!」 最後の白を強く握り締めると、私は立ち上がった。 そして卓に片足を載せ、堂々と見せ付けた。 「さあ、好きにやりたまえ! この毛、くれてやる!」 「流石姉御! カッコイイ!」 「言われるまでもなく好きにさせてもらうわ! 葉留佳、剃刀取って!」 「待ってください。いきなりでは刀が負けてしまいます。まずは鋏で短くしないと!」 「なるほど。流石みおちん! じゃあ鋏、鋏〜っと」 「なんだか断髪式みたいね!」 「残り少ない命。別れを惜しんでは如何ですか?」 「気遣い、感謝するよ。だが彼らとは一時の別れ。いずれまた会えるのだから、今は笑顔で送ってやりたいんだ」 「じゃあバッサリ行っちゃいましょう! ほらほら、みおちんも持って」 「三人で一つの鋏。なんだかケーキ入刀みたいね」 「ちょっと持ちにくいような。ま、後は一人ずつやれば良いでしょうか」 「ではでは、カット・イン!」 私は瞼を閉じ運命を受け入れる。 さようなら、陰の毛。また会う日まで――――。 「皆〜、起きた〜? そろそろ起きてこないと、お節食べられないよ?」 がちゃりとドアが開いた。 「あけましておめでとうござい……ま、ス?」 空気が凍った。 ドアが開いた事で外の冷たい空気が流れ込んできたからだと思いたい。だがどれだけ思ったとしても、現実は変わらないのだ。 そこに立つ小毬君の表情が大きく崩れていく。 今幼気な少女の瞳に映っている光景を客観的に表現するならば、女四人が素っ裸で雀卓を囲みながら陰の毛を引っ張り、そこに嬉々として鋏を入れようとしているという阿鼻叫喚の地獄絵図だった。 「あ、あ」 どうすれば良いのだろう。言葉が全く出てこない。 静まり返った世界の中、耳の奥で血が引いていく音だけが響いていた。それは私だけではなく、他の三人にも共通していたらしい。先ほどまでのテンションは、タンブルウィードのようにさり気なくフレームアウトしてしまった。 後に残ったのは蒼白の面を被った石像だった。断じて美術館に飾る事は出来ないが、争いの不毛さを後の世に遺す教訓としては適切かもしれない。陰の毛を切ろうとしている構図だけに。 「…………うん」 そうこうしている間に、コマリマックスは自分の中で結論付けたらしい。 一つ大きく頷くと、慈愛に満ちた表情で、泣いた。 「ばいばい」 バタンと魔界の蓋が閉じて、全てが封印された。 私達はそこで、しばらくの硬直の後、本気で泣いた 「――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!?」 声にならない慟哭は、新年の空に溶け、輝く星になった。 [No.549] 2009/12/04(Fri) 13:04:56 |
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