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“智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。” そう著したのは一体誰だったか。鴎外辺りだろうか。何となくだが人間関係に悩んでいそうだ。 (夏目漱石ですよ。『草枕』) そうだったか。ちょうど一区切りついたところだったので竹刀を振る手を止めた。しかし物知りだな、君は。 (あなたが知らな過ぎるんです。趣味は読書だ、なんて言っていたのに) まだそのネタを引っ張るのか。勘弁してくれ。腰に提げていた手拭で汗を拭いながらため息をついた。昔の浅はかな自分を思い出して顔が熱くなっているのが分かる。 (昔だけですか?) 大して成長していないと言いたげだな。思い当たるふしがないわけでもないのが悔しい。 知り合いのお嬢さんなんだけどね――酒屋の主人から持ちかけられたのはそんな話だった。唐突ではあったが、驚いて取り乱すようなことでもなかったので淡々と説明を受けた。 「真面目で気立てもいい娘なんだけれど晩生なところがあって。いや本当に今時珍しいいい娘なんだよ」 「はぁ…」 今時そんな娘がいたらたちどころに悪い男の餌食だろうに。勿論そんなことを口に出すわけにもいかず、その分の沈黙をぬるくなった茶を啜ってごまかした。だがいい加減出涸らしていて色つきの湯でしかなかった。 (えー、私は違うんですか?) 自分で言っているような奴は違うだろうな。視線を湯呑に落としたまま胸の内で呟く。今ではこうして他人と差し向かいで話していても気取られないようになった。 「まあ、謙吾君よりもちょっぴり歳上だけど、ほら、姐さん女房はキンの草鞋って言うじゃない」 いや、それは金ですご主人、カネ。 (あと金の草鞋を履いてでも探せ、ですね。姐さん女房を草鞋代わりに履いちゃったら惨劇の幕開けですよ) それは大袈裟すぎないか? まあ喧嘩にはなるだろうが。具体的にどんな惨劇になるのか聞いてみたい気もするが、この場でする話ではなし、我慢することにした。 「それにほら、親父さんもそろそろ正式に道場を任せたいだろうし、跡継ぎとか――」 「いや、父は少なくともあと20年は現役でいるつもりのようですし、流石にそこまでは気が早すぎますよ」 彼女の顔が曇る気配がしたので慌てて流れを遮った。主人も親父の気性からすぐに納得できたのだろう、先方の事情を打ち明けて興味を惹く作戦に切り替えた。俺はそれを聞き流しながら、水面でゆらゆらと揺れる自分の顔を眺めていた。そうか、そういう話が来るような歳なんだな。 (随分経っちゃいましたね…) それに何と答えていいのか分からず、手の中の湯呑をただ弄んでいた。それも彼女には筒抜けなのに。 結局、主人は俺ののらりくらりした態度にも全く挫けることなく粘り、無碍に断りきれなかった俺は近いうちに件の女性と会うことを承諾した。 「参ったな…」 主人が帰った応接間を片付けながら、疲労と倦怠感に愚痴がこぼれる。主人の顔を立てるためとはいえ、付き合う気もない女性に会うのは罪悪感に駆られる。 (いいじゃありませんか。会ってみたら凄く綺麗な方かもしれませんよ?) そういう問題じゃない。「仕方なく」などと、会う動機が不純だと言っているんだ。思ってしまってから、該当者が他にもいたことを思い出した。 (ふふ、気付いてくれたので良しとします) もう10年になるのか。俺達は結構長く続いているんだな。桜の下で出会い、若葉の頃に別れ、そして初雪とともに再会した。それからずっと傍にいる。 (姐さん女房は駄目ですか?) 「生憎俺は歳下が好みなんだ。ずっと歳下がな」 声に出してはっきりと宣言する。俺の揺らがない気持ちを。息を飲む気配がして、ほう、とため息が聞こえた。忍び笑いと共に。 (この、ろりこん) 一緒にするな。あくまでも女子高生限定だ。 (へんたい) ああ、望むところだ。 (…しく…ます) こちらこそ。俺は笑顔で振り返った。誰もいない空間に。 一日を終え、今日も床につく。 「お休み」 (はい、おやすみなさい) 毎晩、眠るのが待ち遠しい。君が見えるから。君に触れられるから。 さあ、今日は何をして遊ぼうか? [No.554] 2009/12/04(Fri) 20:15:53 |
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